アースラ医務室は何ともいえない緊張感が漂っていた。
持病のせいで吐血したプレシアは事情聴取を後回しにして検査のため医務室に移された。 すぐそばにフェイトと和真もいる。
リンディが 『どうせ事情聴取をするなら一緒のほうがいいだろう』 と適当な理由をでっち上げてプレシアが落ち着くまでフェイトといられるようにし、和真は眠ったままプレシアを離さないのでついでにそのまま運ばれたのだ。
簡単な検査が終わり、とりあえず容態は安定したと判断され、親子の会話を邪魔するのも悪いと気を利かせた医務官は部屋から出て行った。
今、部屋の中ではェイトは椅子に座り、プレシアはベッドに腰を掛け、プレシアが座っているベッドには和真が寝かされている。
そんな空間でプレシアとフェイトは互いに向かい合ったまま、検査が終わってから一言も喋っていなかった。 お互い何を話したらいいか分からないのだ。
プレシアは時の庭園でハッキリとフェイトを置いてアリシアと共に行くと宣言した。 が、結局こうして一緒にいることになった。
一度置いて行くと言って、自分なりの別れの言葉をかけた。 もう二度と会うことは無いと思っていた。 それだけの覚悟を持っていたのにとんだ肩透かしだ。
今更なんて声をかければいいのか分からない、どんな話をすればいいか分からない。お互いそんなことを考えているせいで話ができないのだ。
「「あの……」」
二人同時に声をかけ、二人同時に声を詰まらせる。 こんなことを何回繰り返しただろうか?
そんな時に和真が目を覚ました。 起き上がって寝ぼけた目で辺りをキョロキョロと見回した。
フェイトもプレシアもほっと一息つく、原因が何であれこの緊張した空気が和んで話しやすくなったからだ。 ついでにこのまま親子の会話をするきっかけを作ってくれることを期待する。
「プレシアさん? フェイト? あれ? ここどこ?」
「おはよう坊や、ここはアースラの医務室よ」
「アースラ……ってどこだっけ? アリシアは? もう帰ってきた?」
寝ぼけている和真の言葉はよく意味が分からない、ただアリシアの名前を呼んだことが気になった。
和真とアリシアに直接の面識は無い、ただ生体ポットに入っていたアリシアを見たことはある。 それと意識を失う直前の目的意識や状況が組み合わさって夢に出てきたのだろう。
どんな小さなことでも話をするきっかけが欲しいプレシアは和真を話に加わらせることにした。 内容は、とりあえず見ていた夢でいいだろうと考える。
「坊やはどんな夢を見たのかしら? 教えてくれる?」
「えっとね、アリシアが一人でおつかいに行くの。 けどプレシアさんがこっそり後をついて行こうとするからフェイトが家に独りぼっちになっちゃうの。 それで、アリシアがお母さんは家に帰ってって言って、プレシアさんそれでも帰ろうとしないから引っ張ったの」
軽い気持ちで尋ねた夢の内容、しかしそれは二人が驚くのに十分な内容だった。
いなくなるアリシア、追いかけるプレシア、置いていかれるフェイト、この構図はまさしく時の庭園で起きたことだ。 だが、完全に眠っていた和真がその光景を覚えているはずが無い。
そして夢の内容で気になったことがひとつ――
「坊や、アリシアがこないでって言ったの? 間違いない?」
「うん、一人でおつかいできるしフェイトが寂しがるからお母さんは家で待っててって言ったの」
「そう、きっとアリシアもそう望んでいたのね」
がんばってひっぱたんだから、と胸を張る和真。 しかし頭が覚醒するに連れて状況を理解し始める。
アースラにいる自分、プレシア、フェイト。 見当たらないアリシア。 自分が気絶する前のいた時の庭園の状況。
それらの情報がつながった時、和真の目が潤み、涙が溜まっていく。
「う、うう、ぐすっ」
「坊や? どうしたの」
「大丈夫? まさか、どこか怪我が……」
プレシアとフェイトがおろおろし始める。 和真が今にも泣き出しそうなのにどうしたらいいか分からないからだ。
緊張感が切れて安心したからか、それともプレシアに叩かれたことを思い出したからか、なだめようとしても効果が無い。
「うわーん、ごめんなさい、ごめんなさい、うう、ぐすん」
「和真君、どうしたの!」
そしてついに大粒の涙を流して泣き始めた。
それと同時になのはが医務室に飛び込んでくる。 どうやら扉のすぐ外で室内の様子を伺っていたらしい。
すぐさま和真に飛びつくが和真の様子は変わらない、飛び込んだなのはもどうしたらいいか分からなくなってしまった。
プレシアがフェイトが虐めるはず無いことは分かる、だが和真は誰かに謝り続けるばかりで泣き止む様子が無い。
「ごめんなさい、ごめんなさい、うわーん」
「坊や、誰も怒ってないのよ。 だから泣き止んで」
「ごめんなさい、アリシアごめんなさい、ぐすっ」
「坊や……アリシアに謝ってるの!?」
「生き返れなくてごめんなさい、プレシアさんと別れてごめんなさい、僕が引っ張ったから、ごめんなさい、ごめんなさい」
それで全員が理解した。
和真はテスタロッサ一家がそろうことを願って時の庭園に行った。 テスタロッサ一家とはプレシア、フェイト、アリシアの3人のことだ。
しかしその3人がそろうことはもう無い。 寝ぼけた和真がプレシアを引き止めたせいでアリシアは次元の狭間に消え、プレシアは残ることになった。
夢の中の出来事が実際に起きたことだと分かった和真は自分がアリシアとフェイトを引き裂いてしまったと理解したのだ。 その罪悪感はどれほどのものだろう。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ううう……」
「いいのよ坊や、坊やのせいじゃないの、悪いのは私なのだから」
涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃの和真だが、どれだけ服が汚れようともかまわずにプレシアは和真を抱いて頭を撫でた。
次第に落ち着いた和真は泣きつかれたのか再び寝息を立てて眠りだす。 さっきまで寝ていたというのに、まだ子供ということだろう。
和真をベッドに寝かせたプレシアはそれを見ている視線に気がついた。 その先にはフェイトがいる。
微笑ましく思っているのと同時に、少しだけ羨ましそうな視線。 それを感じた時、プレシアはフェイトにどのように接したらいいのか理解した。 両手を広げてフェイトに向き直る。
「いらっしゃい、フェイト」
必要な言葉はその一言、他の言葉は必要ない。
しかし言われたほうのフェイトは戸惑ってしまった。 今まで母親にこんなことを言われた記憶など無いからだ。
どうしたらいいのか分からない、何をすればいいのか分からない、急に不安になってしまう。
半ば助けを求めるようになのはを見ると、なのははゆっくりとフェイトの後ろに回って両手のひらを背中にそっと添えた。
「行けばいいんだよ、フェイトちゃん。 それがフェイトちゃんのしたいことなんでしょ?」
「私の……したいこと?」
少しだけ椅子から腰を上げる、しかしそれ以上動けない。
母親が呼んでいるのに、行きたいのに、自分の足が言うことを聞いてくれない。
その気持ちを察したなのはは、微笑を浮かべながらフェイトの背中を突き飛ばす。 バランスを崩したフェイトはつんのめりながら前に移動してプレシアの胸の中に納まった。
プレシアがフェイトを抱きしめる。 フェイトはなのはに文句を言おうとして自分の状況に気がついた。
母親に抱かれるのはどれだけぶりだろうか? 植えつけられたアリシアの記憶と境目が分からない自分の記憶のせいでよく分からないが、もしかしたら初めてかもしれない。
でも分かる。 これが自分が望んできた物、これが欲しくて自分は今までがんばってきたのだ。
溢れてくる涙を止めることなどもうできない、二度と離さないという想いで力いっぱい母親を抱きしめる。
母も強く抱き返してくれた。 二人の想いは同じだと理解できた。 それがうれしさを倍増させる。
医務室では静かにという張り紙など無視して、フェイトは力いっぱい叫んだ。 叫ばずにはいられなかった。
「母さん、母さん、母さん! うわあああああああああああん」
「で、君たちの処分だが――」
そう話を切り出すクロノだったが、話を聞く立場の人間は誰もクロノの話しを聞いていなかった。
出されたお茶を手に騒がしくして、落ち着く様子を見せない。
「これが噂のリンディ茶か」
「うお、甘い、マジで甘い!」
「甘いけど……耐えられないほどじゃない! なぜなら俺はフェイトの兄だから!」
「なら俺はあえて地獄に挑戦してやる、砂糖追加お願いします!」
「糖尿病になるぞ……あ、飲み物自分で持ってきたんでいいです」
アースラの艦長部屋、そこにいるのはクロノとリンディと時の庭園で遭遇した14人の魔導師。
リンディはその騒がしい様子を微笑ましく見ているが、クロノはこめかみに青筋を立てながら震えだす。
「お前たち! 少しは落ち着いて話を聞け! もう少しで犯罪者になるところだったんだぞ!」
クロノが一喝して騒いでいた者たちも静かになった。 あぐらや正座などそれぞれが畳に相応しい座り方をする。
全員が落ち着いたところで刹那が手を上げる。 質問があるという意思表示だ。
それに気がついたクロノは発言の許可を出す。 部屋内の全員が刹那に注目した。
「犯罪者になるところだったってことは、犯罪者じゃないのか? 局員叩きのめしたり、プレシアの前に真塚和真を連れて行ったり、結構問題があると思うんだが」
管理局員に対しての攻撃、次元犯罪者の前に魔法の使えない民間人を連れて行く、どちらも管理局からすれば立派な犯罪行為だ。
それは執務官のクロノが一番よく分かっているはずだが、クロノは落ち着いた様子で 「なんだ、そのことか」 と言った。
「確かに君たちの行動には問題がある。 だが、それらはプレシアを説得するという意思の下で行われたのだろう? そこを中心に考えると逆に協力的だったと考えることもできる」
「たとえば?」
「プレシアの説得はあの少年がいなければ不可能だっただろうし、一般の武装局員が突入したらヤケになって次元震を起こしたかもしれない。 何より次元の狭間に落ちるプレシアを助け出せたのは君たちの協力があったからだ。 それについては感謝する」
「局員と戦ったのはプレシアを説得する過程の違いから生まれた不幸な事故と判断しました。 よって皆さんに悪意はないと考え、特に罰をかけないことにします。 ただ、武装局員の方々には後で謝ってくださいね」
リンディの言葉にある者は喜び、ある者はがっかりする。
喜んでいるのはリュウセイ、紫音、烈火。 落ち込んでいるのはディスト、蒼牙、翼。 ものの見事に元介入反対派と元過激派に分かれていた。
喜ぶのはともかく、罰が無いのになぜがっかりするのか? クロノには分からない。
近くにいた刹那に尋ねることにする。
「彼らは何故落ち込んでいるんだ?」
「大方これを機に嘱託になろうとでも考えていたんだろ?」
「優秀な魔導師が管理局に入ってくれるのは歓迎する。 帰るときに資料を渡してやるか……」
「そうしてくれ、嘱託は犯罪者が罪を軽くするためになるものだと思い込んでいる」
「使われることが多いだけで試験さえ通れば誰でもなれるんだがな……君は管理局に入る予定は無いのか?」
「将来は分からないが、今はなるつもりは無い。 もう少し子供を楽しむつもりだ」
「残念だ。 この集団のリーダーは君だろう? 指揮ができる人間は貴重だからな。 君なら優秀な局員としてどんな仕事でもできるだろうに」
「なりたくなったら、今日できたコネを使わさせてもらうことにするよ」
クロノと刹那は力強く握手を交わした。
それを見ていたリンディはお茶をすすりながら笑顔を浮かべる。
「二人とも仲がいいのね」
「クロノさんは、まぁ、一番気に入ってますから」
「妙な言い方だな? 何の中で一番気に入っているんだ?」
「……この事件に関わった人間の中で、そしてこれからおきる事件に関わる人間の中でかな?」
クロノは刹那の奇妙な言い回しの仕方に少しだけ疑問を感じたが、今はとりあえず再び騒ぎ出した他のメンバーを静かにさせることにしたのだった。
プレシア・テスタロッサはジュエルシードを使い次元震を起こした。
幸いにも被害は時の庭園だけで済んだが被害の程度が問題なのではない、起こしたこと自体がすでに罪になってしまうのだ。
それでも説得に応じて (正確には和真を助ける過程で生き残ったのだが、応じたことにしたほうが罪が軽くなる) 投降したことや動機、これから先管理局への協力する意思があることを考えると情状酌量の余地は大いにある。
なによりプレシアには体調の問題がある。 持病を持つプレシアは長期の刑務所生活には耐えられないだろうから、恐らく管理局関係の病院に監視付きで入院ということになるはずだ。
フェイトの方はもっと簡単である、何しろ主犯のプレシアが生きているのだから。
ジュエルシード集めはプレシアに命じられた。 主犯のプレシアがそう言えば疑いようも無く受け入れられる。
フェイトは母に責任を押し付けるその方針に嫌がったが、プレシアの説得でしぶしぶながら納得した。 これでうまくいけば無罪にすることも可能だろう。
これがクロノが予測したプレシアとフェイトの今後でした。
裁判とかよく分からないけど、プレシアさんは何か罰を受けるんだということは分かりました。
「プレシアさん、無罪にならないの? あんなに優しい人なのに……」
「次元震を起こしたことと、君に暴行を働いたことは消しようが無いからな。 できる限りのことはするつもりだ」
「僕も証人としてついて行くから、まかせてよ」
「ユーノ君……なんか頼りないの、やっぱり私と和真君が行った方が……」
「ぐはぁ」
なのはの一言でユーノが地面に倒れました。 病気でしょうか? 心配です。
そんなユーノを引きずってクロノはこの場からいなくなりました。
時間はあまり取れないけど、少しでも話ができるようにしてくれたらしいです。 クロノは優しいです。
そういえば、フェイトと落ち着いて話すのはすごく久しぶりな気がします。 ケーキ屋さんで話しましたが、あの時はジュエルシードとかそんな話でした。 普通の話をするのは始めてかも知れません。
そう考えると、急に何を話したらいいか分からなくなってしまいました。 フェイトとなのはも同じみたいです。 少し気まずい空気です。
そんな空気を変えたのはシロとアルフさんでした。 アルフさんは人間の姿でシロを抱きかかえて泣いています。 別かれたくないんだと思います。
「うわああん、シロさん! シロさんと別れたくない~!」
「わん、わん」
「ぐすん、そうだよね。 アタシはフェイトの使い魔なんだ。 ついていくのが使命なんだ」
「わわん、わん」
「友達? いいや、大歓迎だよ! うん、アタシもシロさんと友達になりたい!」
「わん!」
「友達、遠距離恋愛、恋人、結婚、子供は10匹くらい……ああ、シロさん!」
「く~ん」
「ああ! 引かないで! ごめん、ちょっと飛躍しすぎた。 友達だね、友達、手紙とか書くから!」
「わん!」
「え? この首輪を? ありがとうシロさん。 大事にするよ!」
シロとアルフさんが友達になりました。 アルフさんがとっても嬉しそうです。
空気が和んだところでフェイトが話を始めました。
「私嬉しかった。 真っ直ぐぶつかってくれるあなたが、私と母さんの為に耐えてくれる君が。 あの時言ったよね? ジュエルシードを集めて、母さんの願いをかなえたらって。 今なら言えるよ、私は君たちと友達になりたい」
フェイトの方から友達になりたいって言ってくれました。
嬉しいです、僕も友達になりたいです。 というかもう友達です!
でもフェイトは少しうつむきました。 何か心配事があるんでしょうか?
「でも、友達ってどうしたらいいか分からない。 だから教えてほしいんだ、どうしたら友達になれるのか?」
思わずなのはと顔を見合わせました。 こんなことを聞かれるとは思っていませんでした。
友達になるのって簡単です、僕もなのはもそれを知ってます。
「私、高町なのは」
「僕、真塚和真」
「え? え? 何?」
急に自己紹介を始めたからフェイトが少し混乱したみたいです。
でも止まりません、話を続けます。
「名前を呼んで、そうしたら友達になれるよ」
「名前を……?」
フェイトは目を閉じて、深呼吸をしました。
それから決意をしたように目を開き口を開きます。
「和真、なのは……」
「「うん!」」
「和真! なのは!」
「「うん!」」
だんだんと大きくなるフェイトの声に、僕たちの声も大きくなります。
そして3人で手をつなぎ、僕となのはでフェイトを挟んで抱き合います。
もうすぐお別れです、友達になれて嬉しいけど寂しいです。 でも平気です、またすぐに会えます。
少し涙目になりながらフェイトから離れたなのはは、自分のリボンを外してフェイトに差し出しました。 フェイトにあげるみたいです。 僕も何かあげたいけど、何かあるでしょうか?
はやてからもらったお守りを見つけました。 そういえばズボンのポケットに入れっぱなしでした。
ここで名案が思い浮かびます。 このお守りをフェイトに渡します。 はやて→僕→フェイトです。 これでフェイトとはやても友達になれます!
「思い出になるもの、こんなのしか無いけど……」
「これ友達からもらったの。 今度会ったら紹介するから、きっと仲良くなれるから、また会おう! いつか、かならず」
「うん、それじゃあ私も」
フェイトがリボンを外して僕となのはに差し出します。
フェイトの左右の髪をまとめていたから二つ、僕となのはにひとつずつ。
それを交換して、フェイトが何か言おうとしたときでした。
「俺、大空蒼牙! よろしく!」
どこからともかく蒼牙君が現れて――
「空気読めこのバカヤロウが!」
リュウセイ君がものすごい速度で走ってきて蒼牙君を殴りました。
蒼牙君はくるくる回りながら街灯にぶつかって止まります。 とても痛そうです。
それをきっかけに他のみんなも現れます。 見送りにこないと思っていたら、どうやらみんな隠れていたみたいです。
フェイトもなのはもあっけにとられました。 状況が飲み込めていません、というか僕も何がなんだか分かりません。
「かんにんやー、がまんできなかったんやー、俺もフェイトと友達に、あわよくばその先に――」
「ここは見守るって昨日話し合っただろうが。 ってか何で関西弁なんだ? あー、リュウセイ・クロウバードです。 よろしく」
「結局、お前もじゃねぇか。 ヴォルフ・マクレガーだ」
「ディスト・ティニーニ、できればお兄ちゃんって呼んで欲しい!」
「自重しろ。 幽鬼紫音だ」
「アルス・エヴォリュアル、むしろなのはと友達になりたい!」
「……龍堂翼、竜使いの子供を引き取ったら是非教えて欲しい」
「神尾烈火だけど、何か思い出になるようなモンあったかなぁ?」
「ザップ・トライフォン、この邪気眼封印用包帯をあげよう」
「そんなのもらっても困るぞ、竜宮カムイ。 このお饅頭、お勧めだからぜひ食べて欲しい」
「馬鹿だなぁ、こういう時は保存の利くものだろ? この煎餅なら長く持つし日本茶にも合う。 あ、ジェフリー・マークハントです」
「なに言ってる、フェイトっつったら洋菓子だろうに。 ファルゲン・C・ライデュース、ケーキは生ものだから早めに食べて欲しい」
「食いモンばっかり渡してどうする。 鬼道炎、デジカメ持ってきた。 こういうときの基本は写真だろ?」
「天崎刹那だ。 すぐ行くんだからインスタントカメラじゃないと、ちゃんと持ってきたぞ」
まだ戸惑っているフェイトを中心に全員が並びます。
中央をフェイト、その両側に僕となのは、フェイトの後ろにシロを抱いたアルフさん、そして場所の取り合いをしているみんな。
カメラのタイマーをセットした刹那君が急いで端っこに加わりました。
急なことでフェイトが緊張しています。 このままじゃ緊張した顔のフェイトが写真に残っちゃいます。
「フェイト、笑って。 笑うと楽しいよ」
「フェイトちゃん、みんなの思い出、笑顔で残そう!」
「和真、なのは……それにみんなありがとう。 私、とっても嬉しい!」
シャッターの切れる音がして、写真が撮れました。
たくさんの友達がみんな笑顔、楽しいです。
「で、終われば綺麗にまとまったのに。 なんでこんなことしてんだ?」
「休日の学校に忍び込んだからだろ? 文句言わずに働け」
すべての授業が終わった放課後、僕たち15人はゴミ袋を持って街を歩いています。
教頭先生に呼び出された僕たちはしこたま怒られました。 なぜか先生も怒られてました。
一時間くらい説教されたあと、町内で一週間のゴミ拾いボランティアをすることになりました。 毎日の放課後に一時間、みんなと一緒に街中を歩き回ります。
こうやってみんなと一緒に過ごすのは初めてです、ゴミ拾いでも楽しくなります。
みんな文句を言いながらでもちゃんとゴミ拾いはしています。 なんだかんだ言って全員真面目です。 結構隅の方まで確認してゴミを集めています。
15人でいっせいに掃除をしたらすぐに綺麗になりました。 それにおしゃべりもしていると一時間くらいすぐに過ぎていきます。
「みんな~、そろそろ時間ですよ~」
終わる時間を見計らって先生が来ました。 手にビニール袋を持っています。 中身は缶ジュースです。
みんな先生の前に並んで缶ジュースを受け取りました。 僕はオレンジ味です。 飲み終えたらちゃんとゴミ袋に入れます。
「でもいいんですか? 一応罰なのにこんなことして」
「教頭先生には内緒ですよ? みんな頑張っているからご褒美です」
微笑む先生の後ろに人影が現れました。
僕たちはいっせいに視線を逸らします、先生はまだ気がついていません。
教頭先生です。 少し怒っている教頭先生が笑っている先生の後ろに立っています。 いつの間に来たんでしょうか?
先生は教頭先生に気がつかずに話を続けます。
「思えば真塚君は一年のころから男子の中で孤立してましたから、仲良くなって先生嬉しいです。 そのお祝いもかねておごっちゃいます」
「それはそれは、座土先生は大変な生徒思いですな」
「いや~、それほどでも……って教頭先生!」
「座土先生には教育者としての心得について……くどくどくどくど――」
先生が教頭先生に怒られている間、僕たちはそ知らぬ顔でジュースを飲みました。
飲み終わって空き缶を集め、適当な世間話をしていると教頭先生は学校に戻っていきました。 説教は終わったみたいです。
僕たちも一旦学校に戻ります。 学校でゴミ袋を焼却場に出して、それからさよならです。
その途中、僕は先生の袖を引っ張りました。 先生に聞きたいことができたのです。 気がついた先生は足を止めて目線を僕に合わせてくれました。
「なんですか? 真塚君」
「えっとね、先生の名前って座土って言うんですか? いつも先生って呼んでるから知りませんでした」
「え!? ま、まさか……」
先生がみんなの顔を見ます。 みんないっせいに先生から顔を逸らしました。
みんな冷や汗をかいてます。 何人かは完全に後ろを向いて口笛を吹いてます。
「2年以上同じクラスなのに、生徒に名前を覚えられていなかった……」
「せんせええええええええええええええええええ!」
「大丈夫、大丈夫です。 覚えましたから、座土先生!」
「あれ? でも下の名前は?」
「おま! しー! しー! 黙ってろ!」
「先生はいい先生ですから、俺たちの先生は先生しかいませんから!」
先生は膝をついてorzってなりました。
みんな先生を励まそうと必死に呼びかけます。 そのうち変にテンションが上がったのか皆で先生を担ぎ上げました。
まるで御神輿のように先生を持ち上げるとそのまま学校まで運んで行きます。 通行人が何事かと注目しますが、そんなこと気にせずにどんどんスピードを上げて見えなくなってしまいました。
ゴミ袋を持っている僕は参加することができません。 後を走って追いかけます。
「ちょっと坊や」
追いかけているとお婆さんに呼び止められました。 赤いチャンチャンコを着て杖をついています。 80歳くらいでしょうか? もっと上かもしれません。
手招きしているから近づきます。 何の用でしょうか? 困っているならお手伝いしないといけません。
「今運ばれたのは坊やの先生? あの子はちゃんと先生してる?」
「うん! 先生優しいよ、困った時の相談も聞いてくれるし、僕先生が先生でよかった!」
「それはよかった。 頑張るんだよマナミ、今度カツオを送ってあげるからね」
「マナミって……先生のこと?」
お婆さんはニッコリと笑うと、消えました。
いきなり目の前からいなくなったのです。 辺りを見回してもどこにも見当たりません。
皆に追いつけなくなるといけないので学校に向けて走ります。 今ならまだ間に合います。
途中に一度だけ振り返って……電柱の上に人影が見えました。 でも眼をこすってもう一度見ると誰もいません。 たぶん見間違いです。
今度から先生のことはマナミ先生って呼ぼうと自分で決めて、僕はまた走り出します。
大好きな友達と大好きな先生、明日の学校も楽しみです!