「いこうか、シロ」
「くぅ~ん」
シロと一緒にトボトボと家を出発します。
元気が出ません、自分でも元気が無いって分かるぐらいだから他の人にはもっと元気が無いように見えるんだと思います。
お父さんやお母さん、はやてにも心配されてしまいました。
でも魔法関係のことは、たとえ家族に対しても話さないようにって言われてます。 だから本当のことを話すことは出来ません。
嘘をついて心配ないことを伝えます、けど僕は嘘をつくことが苦手です、きっとみんな僕が嘘をついていることに気がついているでしょう。
それでもそれ以上深く聞いてこないのは、普段嘘をつかない僕がそこまでして隠したがっていることが大切なことだと感じてくれているからかもしれません。
きっと僕の方から話すのを待っていてくれてるんだと思いますが……そういう風に思われているのに答えることが出来ないのが辛いです。
そんな嫌な気持ちを吹き飛ばすつもりで走り出します。 もう全力で、運動会のかけっこをするくらいの気持ちで。
なのははいません、ユーノもいません、僕はもう……ジュエルシードを探していません。
なぜなら、ジュエルシードに関わっちゃいけないって時空管理局の人に言われてしまったからです。
鬼道君に呼び出されてから数日後、いつもどおりなのはとフェイトがジュエルシードの取り合いを始めました。
僕は見てるだけ、というか身動き取れない状態です。 アルフさんが僕を抱きかかえてます。
フェイトがそういう指示を出したらしいです、僕をジュエルシードに近づけるなって言ってました。
この前ジュエルシードを壊そうとしたのを怒っているのでしょうか? そう思ってアルフさんに尋ねるとクスクスと笑われてしまいました。
「アンタが怪我しないようにって言ってたよ。 この間は下手したら死んでたかもしれないんだし、魔法が使えないんだから大人しくしてな」
必死にもがきますが抜け出せません、脱出は無理だという結論に辿り着きました。
僕が暴れなくなったのでアルフさんはシロとおしゃべりを始めました。 趣味とか好みの女性のタイプとかを聞いています。
シロが 「わん」 と鳴くたびにアルフさんは喜んだりちょっと落ち込んだりしました。 シロはどういう風に返事をしているのでしょうか?
そっちも気になりますが、それよりもなのはとフェイトの方を心配しなくてはいけません。
ケンカする二人を止める方法は無いのでしょうか? 僕も魔法が使えたら……
そう考えていると、突然空間が歪んで黒い服の男の子が現れました。
ワープです、絶対魔法関係の人です、年齢は僕より少し高いくらいでしょうか?
「僕は時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ。 二人とも武器を収めろ!」
その声で二人が止まりました。
なのはは何が起きたのか分からないという表情をしてます、けどフェイトはかなり驚いた顔をしています。
少しだけアルフとアイコンタクトをすると一目散に逃げ出しました。 クロノという人は逃げるフェイトに向かって杖を向けます。
いけません、攻撃する気です。 杖の先から魔法の弾を出してフェイトを打ち落とすつもりです。
何とか止めないといけません、どうしようかと思ってアルフさんの顔をみました。
「ごめんよ、でもあの娘ならちゃんと受け止めてくれるだろうさ」
一瞬アルフさんが何を言っているのか分かりませんでした。 そして考える余裕もありませんでした。
アルフさんは僕の胸倉を片手で掴むと――クロノに向かって投げつけました。
僕は空を飛ぶことができません、当然投げられたらそのままです。 ものすごい速度でクロノに向かった僕は……
「っ!? シールド!」
「ぎゃう!」
クロノの前に現れた壁に当たって止まり、今度は重力に引っ張られて真下に落下しました。
そんな僕をなのはが空中でキャッチします、木の時と同じです。
ただ一つ違っていたのは、今回なのはは泣いていません、怒った顔でクロノを睨みつけてます。
「すまない、とっさに防いでしまった。 彼は大丈夫か?」
「和真君は魔法が使えないのに……酷い」
「幸い怪我は無さそうだ。 このままアースラまで一緒に―― 「ディバイィィィン……」 なぁ!?」
なのはは片手で僕を抱きかかえ、もう片方の手に持っているレイジングハートをクロノの方に向けました。
杖の先に桃色の光が集まります、かなり本気みたいでたっぷりと時間をかけてチャージしています。
クロノがとても驚いた顔をしました。 何で攻撃されるのか分かってないのでしょう、というか僕にも分かりません。
何か、すごい勘違いをしているのかもしれません、というか絶対しています。 なのはは割と思い込んだら突っ走る傾向があります。
「ま、待て! 責めるべきは防いだ僕ではなく投げつけたあの使い魔じゃ……」
「バスタアアアアアア!」
「うおわぁ!」
桃色の閃光をクロノはギリギリのところで避けました。 かなり危なかったらしく冷や汗をかいてます。
なのははすかさず二発目を撃つ準備に入りました。
なのはの周りに光の弾が出てきます。 確かディバインシューターって名前だったと思います。 この弾が相手を追いかけるのです。
きっと真っ直ぐ飛ぶディバインバスターが避けられたので違う魔法にしたのでしょう、けどコレが当たったら……なんかこう……ものすごくマズイ気がします。
「なのは、その人は時空管理局っていうこの世界の警察みたいな……」
ユーノがなのはを止めようと必死に説得しています。 けどなのはは話を聞いていません。
「和真! なのはを止めて!」
自分では無理だと感じたユーノが僕に丸投げしました。
そんなこと言われても、今のなのはは変な感じにテンションが上がっています。 どうしたら止められるでしょうか?
そんなことを考えているうちになのはの魔法発射体勢が整いました。 あとは掛け声をかけるだけで魔法の弾はクロノに向かって殺到します。
「ディバインシューター!」
もう時間がありません、手段を選んでいる余裕もありません。
僕はなのはの顔に向けて指を突き出しました。
「シュー 「えい」 ト?」
ぷに
なのはの頬っぺたに僕の指が突き刺さります。
急に集中が途切れたせいで魔法の弾はメチャクチャの方向に飛んでいきました。 クロノには一発も当たってません。
とりあえず安心です、なのはは何が起きたのか分かっていないみたいです。
混乱しているなのはの両頬に手を当てて無理やり僕のほうに向けます、なのはと目が合いました。 ちょっと恥ずかしいです。
「大丈夫だから、怪我とかしてないから。 ね?」
「う、うん……わかったの」
なのはが落ち着きました。
ユーノもクロノもほっと胸をなでおろしました。
そのタイミングを見計らったかのように空中に画面が浮かび上がりました。 これも魔法でしょうか?
どっちかっていうと別な感じがします。 魔法よりも宇宙刑事とか宇宙が舞台のロボット漫画とか……
画面に映っている女の人はリンディ・ハラオウンと名乗りました。 アースラって宇宙船の艦長らしいです。
その宇宙船に招待してくれることになりました。 宇宙船って始めてなのですごくワクワクします。
ワープして目に入ったのは、まるで漫画に出てくるようなカッコいい宇宙船の中でした。
見るもの全部が新しいです、乗組員の人たちもカッコいいです、そして案内されたのは……何故か和室でした。
別の意味で驚きました。 なんで別の世界の宇宙船に和室があるのか分かりません。
差し出されたのはお茶と羊羹です、ちゃんと湯のみです。 この宇宙船は本当に別の世界から来たんでしょうか?
お茶を飲んでみて……甘いです。 珍しいお茶です、お父さんが飲んでいるお茶は苦かった気がしますが、種類が違うんでしょうか?
リンディさんは普通に飲んでます、クロノは手をつけてません。 クロノはきっとお茶が嫌いなんです。
リンディさんがお茶を飲んで、湯飲みを置いて、話が始まりました。
「さて、貴方達にコレまでの事情を聞きたいのだけど?」
「キミは変身を解いて楽になったらどうだ?」
「あ、そうですね。 わかりました」
そういうとユーノが光に包まれて人間になりました。
すごいです、ユーノは喋れるだけじゃなくて変身できるフェレットでした。
あれ? 人間が本物でフェレットが変身した姿? でもユーノはフェレットで、フェレットが人間で、フェレットがユーノで……
「いたい、いたい、いたい、何でシロは僕を噛んでるの? 和真止めて、僕人間だから、もうフェレットじゃないから」
シロがユーノに噛み付いてます。
シロは他の人に噛み付くことはしません、ってことは、やっぱりユーノはフェレットなんだと思います。
リンディさんとなのははそれを見てクスクス笑い、クロノは溜め息をつきました。
ユーノからシロを引き剥がして、そのままシロを抱きかかえて座ります。 こうしたらシロは大人しくなるのでもう大丈夫です。
ユーノの服の袖がシロの唾液でべたべたになってしまいました。 その部分をハンカチで拭きながらユーノはコレまでに起きたことを説明します。
ユーノが地球に来た理由、ジュエルシード、協力する僕となのは、そして同じくジュエルシードを集めているフェイト。
一通りの話を聞き終わったリンディさんはまたお茶を一口すすりました。
そして今までの優しい表情から厳しい大人の表情になります。
「事情は分かりました。 これより先は時空管理局が調査します。 あなたたちは元の生活に戻ってください」
「けど、私も何かしたいんです。 出来ることがあるのに何もしないなんて嫌なの!」
なのはの気持ちは分かります。
僕だって海鳴の街が大好きだから、その街がジュエルシードで大変なことになるのが嫌だから、今までがんばってきました。
それにジュエルシードに関わるうちに色々とやりたいことも出来ました。
なのはとフェイトの仲直り、ジュエルシードをめぐってケンカする二人を何とかして仲直りさせたいです。
でもリンディさんの言うことも分かります。
時空管理局は警察に似たものらしいです、世界の平和を守るために頑張っています。
そんな人たちのお仕事に僕たちが関わっていいのでしょうか?
いくら僕でも現実と漫画が違うことくらい分かる年齢です、カッコいいヒーローや面白い漫画を見たらワクワクしますけど、ニセモノって理解してます。 ただし魔法は存在することは最近知りました。
だからいわゆる、殺人事件の捜査をする少年探偵とかいうのが日本にいないことくらい分かります。
そういうことは大人の仕事、僕のような子供が出ることじゃありません。
……僕はどうしたらいいんでしょうか?
「分かりました。 けど一日考えてください。 それでも考えが変わらないのなら手伝ってもらうわ」
「はい!」
話がまとまったみたいです。
なのはは手伝う気満々です。 なのはの性格を考えると当然の答えでした。
すごいです、なのはは自分の思いを貫く強さを持ってます。
そんななのはを見ていると僕も勇気が沸いてきます、がんばろうって気持ちに慣れます。
「わん!」
シロも応援してくれてます。
魔法が使えない僕がどんなことできるか分からないけど、何か出来ることがあるはずです。
「僕も 「ただし和真君、あなたは別です」 え?」
手伝う、と言おうとしたところでリンディさんに言葉を止められました。
真剣な顔で僕の目を見つめてます、この目は見たことがあります。
僕が危ないことをしそうなとき、それを止めるお父さんとお母さんの目です。 リンディさんがその目をしているということは……
「和真君、正直に答えなさい。 あなたはジュエルシードに関わって何回危ない目に遭いましたか?」
「……2回です。 木から落ちたときと、ビルから落ちたとき」
「その時はうまくなのはさんやフェイトって子が助けてくれたみたいですが、もし間に合わなかったら? もしそのまま地面に落ちていたら?」
「……怪我してました」
「大怪我です、もしかしたら死んでいたかもしれません。 魔法を使えない貴方がジュエルシードに関わるのはそれほど危ないことです。 そして次にそんな事態になった時、助かる保障もありません」
「でも、僕はなのはとフェイトが――」
「これ以上ワガママを言うようなら事件が解決するまで君を拘束することも考慮しなくてはならない。 いくら君にやる気があっても、ハッキリ言って足手まといだ」
クロノが拘束とか怖いこと言ってます。
きっと牢屋みたいなところに閉じ込められて毎日オニギリ二個の生活とかさせられるんだと思います。
不安になってなのはの方を見ると、なのはは何か考え込んでいました。
「わたしも和真君は元の生活に戻った方がいいと思うの」
なのはがそんなことを言いました。
ショックです、まさかなのはの口からそんな言葉が出るとは思いませんでした。
これまで一緒に頑張ってきたのに……確かに僕は何も出来なくてなのはに助けられてばかりだったけど、こうして真正面から言われるのは辛いです。
多分今の僕は泣きそうな顔をしています。 目に熱いものがたまっていくのが分かります。
そんな僕の頭になのはが手を置いて、やさしく撫でてくれました。
「わたしが守りたい大切なものの中に和真君も入っているの。 和真君が危ない目に遭うのは嫌だから……お願い、私に任せてほしいの」
「和真おかえり~、ってどうしたん? 何で泣いとんの? 怪我でもしたん?」
あの後どんな話をしたのか覚えていません。
管理局の人に近くの公園までワープで送ってもらいました。 そこから何も考えずに家まで歩いたんだと思います。
玄関を開けて、出迎えてくれたはやての言葉を聞いて初めて自分が泣いていることに気がつきました。
お母さんは僕を元気付けようと、晩ご飯のハンバーグを大きくしてくれました。 うれしいです、けど美味しくないです。
ふらふらしながらお風呂に入り、いつも見ているアニメも見ずに寝ます。
みんなにいっぱい心配をかけてしまいました。 明日になったらいつもどおり、元気にならないといけません。
そう、明日になったらいつもどおり……明日になったら……
なのはがしばらく学校を休むって、なのはのお父さんから電話がありました。
おたふく風邪って言ってるけど嘘です、なのはは一度おたふく風邪にかかったって以前聞いたことがあります。 絶対魔法関係です。
きっとアースラの人たちと一緒にジュエルシードを探しているんだと思います、けど僕にはどうすることも出来ません。 宇宙にあるアースラに行くことなんて出来ません。
「なかなかしょぼくれてるじゃないか? どうした?」
散歩をしていると声をかけられました。
鬼道君です、こんなところで会うなんてすごい偶然です。
そうです、鬼道君に会ったら聞きたいことがあったんです。 あの夜、クラスの皆とケンカしていたこととか、魔法のこととか。
そう、魔法です。 鬼道君も魔法使いで魔法が使えるんでした。
鬼道君にお願いします、僕に魔法を教えて欲しいんです。 頑張って覚えるから教えてください。
「無理だ。 お前には魔法を使う源が無いから、どれだけ頑張ろうと魔法を使えない」
残念です、魔法が使えたら僕もなのはの手伝いが出来たのに。
鬼道君が駄目なら他のクラスメイトに魔法を習うことも考えていました。 けど僕に源が無いなら、他の誰に頼んでも魔法を覚えることは出来ないのでしょう。
しょんぼりしていると鬼道君が缶ジュースを差し出しました。 おごってくれるらしいです。
近くの公園のベンチに座ってお話をします。
なのはのこととか、フェイトのこととか、ジュエルシードのこととか、鬼道君は魔法使いだから話しても大丈夫だと思います。
「なるほど、高町なのはとフェイトって娘がケンカするのが嫌なのか。 でもケンカしてから仲良くなることもあるだろ? ある意味王道の展開だ」
それはそうかもしれません、けど痛いのは嫌です。
なのはもフェイトも優しい子です、ケンカなんかしなくてもきっと仲良しになれるはずです。
なんで二人がケンカをするんでしょうか? 二人を止めることは出来ないのでしょうか?
僕じゃあどうしようも出来ないのでしょうか?
「だったら知ることだ。 情報が少ないと考えも纏まらないぞ。 何でフェイトがジュエルシードを集めてるかを知って……チッ、もう来たか」
鬼道君が空を見上げました。 それに釣られて僕も同じ方向を見ます。
空の彼方に見える人影、杖を持っています。 魔法使いです。
管理局の人? 違います、こちらに向かってきているのは見慣れた人間です。
あれは天崎君です、そういえばこの間ケンカしていたクラスメイトの1人に天崎君もいました。
そして天崎君と鬼道君は別々のチームでケンカしてたと思います。
二人はまたケンカをするのでしょうか? 止めないといけません。
「鬼道! 管理局も来ているのに、何をしようとしている!」
「二人ともケンカしないで!」
思わずベンチから立ち上がります。
天崎君を止めようと前へ出ようとして――
「もうちょっと話したかったがしょうがない、マサ、やれ」
後からの衝撃で、僕は意識を失いました。
「あれ?」
「どうした? エイミィ」
「海鳴で魔力反応が出たの。 あ、消えた」
「フェイトちゃんですか?」
「ジュエルシードの反応は無いから違うと思うけど……サーチャーにも何も映って無いし、終わった後だろうね」
「なら調べても無駄だろう。 それも気になるが今はジュエルシードを優先するべきだ」
クロノの話を聞きながら、なのはは日常に戻った友達のことを考えた。
本当は一緒にいたかった、けど何の力も無い和真をこれ以上危ない目に合わせるわけにはいかない。
分かれる間際、泣いていた和真の顔を思い出すと胸が痛くなってくる。
だから少しでも早くジュエルシードを集め、フェイトとお話をしようと決意を固める高町なのはであった。
転移反応を感じた女性は、自らの足で招かれざる客を出迎えることにした。
最初は娘が戻ってきたのかと思ったがどうやら違うらしい、かといって敵意のある侵入者でもない。
いまここにいるのは自分ひとり、ほんの少しの興味も合わさって自分の目で確かめることにしたのだ。
そうして見つけたのは……娘と同じほどの年齢の子供と白い犬だった。
リンカーコアも無い人間がどうやってここに?
気にはなったが気絶している少年をこのまま置いておくわけにもいかない、取り合えず寝かせられる場所に運ぼうと抱きかかえた。
「わん、わん!」
「この坊やの友達? 大丈夫、ちゃんとした部屋に運ぶだけよ」
「くぅ~ん」
主人に危害を加える存在ではないと理解したのか犬は大人しくなった。
すると今度は少年が目を覚ます。 状況を理解していないのか辺りをキョロキョロと見回した。
「気がついた? 坊や」
その声で少年は抱きかかえられていることに気がついたらしい、寝ぼけた顔で女性の顔をまじまじと見つめた。
そして大きな欠伸をし、目を擦って口を開く。
「おばさん、だれ?」
女性はコケて、頭を打った少年は再び気絶した。