~ 当時を振り返って ~ 一郎「三年ぶりに目を覚ました俺は、元機動六課のメンバーと全く実感の湧かない再会を果たした。 ほとんど変わってないなのは達、微妙に成長したティアナにスバル、大きくなったキャロにヴィヴィオ。 エリオなんかはでかくなりすぎて、最初見た時は誰だかわからなかった。 誰だって聞いた時、ティアナが爆笑してたっけ。 みんなの成長や、知らぬ間になくなっていた機動六課などに何度も驚かされたが、一番驚いたのはキャロのことだった。 キャロは機動六課解散後、すぐに管理局をやめて桃子さん達の世話になっていたらしい。 高町家から学校に通って、翠屋の手伝いをしながら毎日を過ごしていたそうだ。 なぜ機動六課をやめたのかをキャロに聞くと、キャロは俺に相談しなかったことを謝りながらも、迷いのない目で答えてくれた。 相談しなかったのは俺が悪いんだから謝る必要はないし、キャロ自身が納得して決めたみたいだから、まぁ・・・がんばれぐらいしか言うことはなかった。 キャロがどうこうってよりも、そんな大変な時にベッドで寝ていたことが少しだけ悔しかった。 しかたないって言えばそうなんだろうけど、やっぱりなんとかしたかったなって思う。 高町家のみんなには本当に世話になりっぱなしで、動けるようになったら必ず恩を返さないといけない。 入院中、そんなことをベッドの上で考えていた」 キャロ「あの頃の私は、急ぎすぎていたんだと思います。 一郎さんのためや、困っている誰かのため・・・。 そんなことばかり考えていて、本当にしたいことがよくわからなくなってたんです。 だから、もっといろんなことを勉強したり経験したりするために、管理局をやめることにしました。 一郎さんに相談しないまま管理局をやめるのはとても迷いました。 桃子さんやアギトさん、それに六課のみなさんにもどうすればいいのか相談したんですけど、みなさん決まってこう言ってくれました。 一郎さんがどうこうじゃなくて、私がどうしたいかが大事なんだって。 たくさん迷ったんですけど、一郎さんが目を覚ました時に胸を張って会えるように、ゆっくりでも頑張ることにしました」 一郎「目覚めた俺は、ミッドでアギトに手伝ってもらいながらリハビリを開始した。 桃子さんは家に来るよう誘ってくれたが断った。 さすがにこれ以上迷惑は掛けられないし、俺がいたんじゃキャロも気になるだろうと思ってた。 それから暫く経って、体も元通りになりつつある頃、俺とアギトは元六課の料理長と再会した。 相変わらず豪快というか大雑把というか、久しぶりに会ったっていうのにちっとも変わってなかった。 世間話をしているうちに今後の俺達の話になり、どうしようか迷っていることを告げると、料理長は俺達を自分の店に誘ってくれた。 六課解散後に店を持ったらしく、よかったら来いってことらしい。 今後どうするかは特に決まっていなかったし、まだあの人から教えて欲しいこともあったので、アギトと相談して二人で世話になることにした。 そして、それから数年が過ぎた。 俺とアギトはあの人の下で働き、キャロは高校に通っている頃のことだ。 突然、キャロが俺とアギトに話したいことがあって尋ねてきたのだ。 しかし、再会を喜ぶ俺とアギトに対し、キャロはずいぶんと緊張した様子だった。 キャロが話してくれた、桃子さんがキャロを養子にしたいという話と、それをキャロが受けようと思っているという話。 あの話を聞いた時、俺はどんな顔をしてたのかな・・・」 キャロ「いつからかはっきりとはわからないんですけど、私の中で一郎さんに対する気持ちが変わってきたんです。 一郎さんは大切な家族です。 あの日、一郎さんと初めて会った日から変わらず、私にとって特別な人です。 一郎さんと出会えてとても幸せで、その気持ちは変わってませんでした。 でも、その気持ちとは別に、新しい気持ちが私の中に生まれたんです。 一郎さんは、私が子供の頃に私のことを好きだって言ってくれて、その気持ちはずっと変わってなかったそうです。 私の気持ちも一郎さんと同じはずだったのに、いつからか、一郎さんのことを男の人として見ていました。 だから・・・怖かったけど、私は変わらなくちゃいけなかったんです」 一郎「当然のことながら、この時の俺はキャロの気持ちなんてこれっぽっちも気付いちゃいなかった。 キャロの話を聞きながら、ショックで頭が真っ白になっていたと思う。 話が終わってキャロが帰った後も、俺は暫くの間ぼーっとしていた。 その日から、俺は仕事も手に付かずにキャロのことを考え続けていた。 そして、どれだけ考えてもこの話に反対する理由が見つからなかった。 俺みたいないい加減なやつより、桃子さんと士郎さんが親のほうがキャロにとっていいに決まってる。 実際、当時の状況を考えたら桃子さん達のほうがよっぽどキャロのためにいろいろしてくれていた。 そんな風に考えていると、キャロと離れてミッドで働いていることは間違っていたんじゃないかって、当時の俺は思うようになっていた。 悔しさと、キャロのためには仕方ないという諦め・・・。 必死に自分を納得させようとするのだが、どうしても納得することが出来なかった。 それぐらい、俺にとってもキャロは特別で大切な家族だったから。 それでも、たとえ納得出来ないとしても、キャロのためになるなら俺の取るべき道は一つしかなかった。 俺は地球に戻って桃子さん達に会いに行き、自分の思いを必死に隠しながらキャロを頼むと言って頭を下げた。 ・・・後で聞いたところ、俺の思いなんか桃子さんにはバレバレだったらしい」 キャロ「自分の気持ちに気付いてから、まずは学校のみんなに相談していました。 一郎さんと共通の知り合いには恥ずかしくて話せなかったんですが、学校の友達にも詳しいことは話さなかったのでどうすればいいのかわかりません。 それで、結局桃子さんに相談することにしたんです。 私の相談を聞いた桃子さんは、真剣な顔をしながら私にこう忠告しました。 『もしうまくいかなかったら、二度と一郎くんの前で笑えないかもしれない。 そうなったら、一郎くんだって気まずい思いをすることになるわ。 それに、今のままならお互い大好きな家族でいられるのよ。 それでも、キャロちゃんはなんとかしたいの?』 当時の私は、そんなことになるかもしれないなんて考えてもいませんでした。 でも、よく考えればその通りで、そう考えると怖くてたまりませんでした。 この気持ちは隠したほうがいいのかなって考えたこともあります。 でも、怖いから逃げるのは嫌でした。 管理局を辞めたのは逃げるためじゃない。 だから、怖くても逃げないって決めたんです」 一郎「その後、キャロと家族じゃなくなって気落ちしている俺に、重大な事件が起こった。 料理長ではなく、この頃は店長と呼んでいたあの人が、料理の勉強がしたいから店を任せたいと言い出した。 元々願望はあったみたいなのだが、今までチャンスがなくて諦めていたそうだ。 数年前にそのチャンスはあったものの、自分の店を持つチャンスにも恵まれ、悩んだ結果、店を持つことにしたらしい。 それなのに、ある程度店が軌道に乗ってきた所で物足りなくなってきたって言うんだから困ったもんだ。 俺だって将来店を持ちたいとは思ってたが、幾らなんでも突然すぎると言って店長の申し出を断った。 それに、この頃の俺には自信が全くといっていいほどなかった。 それは料理の腕や経営力ではなく、キャロのことで味わった自分の無力さが原因だった。 なにか他にやりたいことがあるなら無理して俺の傍にいなくてもいいと、アギトに一度だけ言ったことがある。 まあ、顔の形が変わるんじゃないかってぐらい殴られたけど・・・。 そんな感じで、俺は店を任せるって話は断り続けていたんだが、ある日思いもよらない出来事が起きた。 朝、アギトと共に店に行くと、事態は取り返しの付かないことになっていた。 既に、店長はミッドを出ていたらしい。 ・・・今でこそ笑い話にもなるけど、俺が逃げ出したらどうするつもりだったんだろう?」 アギト「そんな訳で、イチローは突然店を経営していかなくちゃいけなくなった。 店長は仕入先とかにある程度の説明はしていたみたいだけど、それだけで上手くいく筈なんてない。 桃子さんにアドバイスでも聞こうかってイチローに言ったんだけど、あいつはそれを頑なに拒んだ。 イチローからしたら複雑なんだろうから、あたしから口にすることは二度となくなった。 それから何ヶ月か経った頃、どこで聞きつけてきたのか、店で働きたいたいと言う二人がやってきた。 ディードとオットー。 今さらなにをするって訳じゃないけど、あたしにとっては嫌な記憶を思い出させるので少し複雑だった。 でも、イチローにとってはそうでもないようで、二人が尋ねてきたことを単純に喜んでいるようだった。 あたしだけ気にしてるのも馬鹿らしいし、二人と打ち解けるいいきっかけになればと思っていたんだけど、イチローは二人が働きたいと言う申し出は断った。 正直言って意外だった。 あまり広い店ではないけど、元いた従業員が辞めたせいで忙しかったし、誰かわからないやつを雇うよりよっぽどいいんじゃないかと思っていたので、イチローはてっきりOKするもんだと思ってた」 一郎「ディードとオットーのことを恨んだことなんて一度もないし、ああなるように俺が仕向けたんだから二人が気にするようなことじゃない。 ただ、罪悪感から俺を手伝いたいと言うのなら、それを認める訳にはいかなかった。 そんな理由で手伝いたいなんて言われても迷惑だし、二人にとってもいい筈がない。 だが、そう断った理由を二人に話した後、ディードが俺に向かってこう言った。 『罪悪感は確かにあります。 ですが、それだけではありません。 私とオットーは知りたいんです。 あなたがなぜ、あなたがあんなことをしたのか。 ただドクターの命令を聞いていただけの私達とは違い、あなたは自分の意志であの少女を助ける為に命を賭けた。 自由になって、姉妹達はそれぞれの道を歩き始めています。 私達もそうしていたんですが、まだ理解出来ません。 心、というものがわからないんです。 姉妹達やスバルさん達がいる以上、戦闘機人だからというのは理由になりません。 心がないのではなく、まだ見つけてないのだと思っています。 私達は、それをあなたの傍で見つけたい。 二人で悩んでいた時、あなたのことを聞いてそう思いました。 ですからお願いします。 私達をあなたの店で働かせてもらえませんか?』 頭を下げて頼む二人。 これ以上断る理由は見つからなかった。 俺の店じゃないってことだけはわからせた後、一緒に頑張ろうと二人に言った。 店のことや二人のこと、やることは幾らでもあったので、次第にキャロのことで落ち込むこともなくなっていった。 というか、考えないように意識してたんだと思う」 アギト「それからまた暫く経って、確かキャロが高校を卒業した頃だったと思う。 ついに、キャロがあたし達に会いにやってきた。 キャロと再会した時のイチローは、なんつーか、すげえ面白い顔をしてた。 イチローに絶対教えないという条件で、なぜキャロがあんな行動を取ったのかあたしは知ってたので、その時はキャロの想いが届くよう願っていた。 けどさあ・・・あたしはてっきり、キャロがイチローに告白でもするのかと思ってたよ。 それが、なんでいきなりプロポーズ? 今思うと残念なのは、キャロのプロポーズを受けた時のイチローの顔を写真に撮っておかなかったことだ。 ディードとオットーはよくわからなかったみたいだし、あたし一人で楽しむのは勿体無すぎる。 ・・・・・ん、結果? イチローが陥落するまで一年かかったよ。 あいつはキャロをそういう風に見たことなかったから、時間が掛かったのは当然って言えば当然だけど。 いや、もしかすると早かったのかな? あたしもイチローも、キャロがあんなに粘り強いとは思わなかった。 キャロのことなんにもわかってなかったんだなって痛感したよ。 まあそんな訳で、二人はまた家族になった。 今年で二十歳になったキャロ、未だに俺は店長代理だとか言ってやがるイチローに、最近じゃよく感情を表すようになったディードとオットー。 さらに最近はヴィヴィオがバイトに来るようになって、店はさらに賑やかになった」 魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】 最終話「また旅に出るかな。 きっと、第二・第三のキャロが俺を待っている」 ミッドチルダの首都クラナガンの一角にその店はあった。 その店は、開店当初は手頃な値段でおいしい食事が食べられると評判だったのだが、数年経って店長が変わってから大きく様変わりしていった。 ミッドチルダでは馴染みの無い料理を出す店として密かに人気で客足が絶えない。 デザートも評判で、わざわざケーキだけ食べに遠くからこの店に足を運ぶ人も多いと言う。 物語の最後は、この店にクロノが訪れた所から始まる。 天気のいい昼下がり、ランチのピークも過ぎて客足も少なくなった頃にクロノはやってきた。 店内に入ったクロノを、オットーと共にテーブルの後片付けをしていたディードが出迎える。「いらっしゃいませ、クロノさん」 十二分にとは言えないが、ディードの顔には誰が見ても分かる程度には笑みが浮かんでいた。「久しぶりだね、ディード。 仕事もすっかり板についたみたいで安心したよ」 クロノは、ディードと、食器を片付けているオットーを見ながらそう言った。 二人にとって、一郎の傍で生活する事は良い方へ向かっているらしい。「いえ、まだまだです。 減ってはいますが、今でも失敗ばかりです」「でも、楽しいだろ?」 クロノがそう聞くと、ディードは少し考えるそぶりを見せた後、「・・・はい」 嬉しそうな顔をしながら呟いた。 そんな二人の傍を、食器を抱えたオットーが通る。「ディード、席に案内しないと」 そう言って、オットーは奥の厨房に消えていった。「すみませんっ、すぐに・・・」 ディードの忠告を聞いて慌てるディード。「話し掛けたのはこっちなんだから謝らなくてもいいよ。 むしろ、仕事の邪魔をしたようですまない」 慌てるディードを制し、クロノは店内を見渡した。「(・・・お)」 すると、クロノは窓際の席に見知った顔を見つけた。 しかし、「(う~ん・・・なんだか荒れてるな)」 クロノが見る限り、あまり機嫌が良いようには見えなかった。「(なにかあったんだろうか?)」 考えてみるものの、思い浮かばない。 すると、 「あの、クロノさん。 お席の方に御案内してもよろしいでしょうか」 急に黙り込んでしまったクロノを、ディードが不安そうな顔で見つめていた。「ああ、すまない。 ・・・そうだ、ディード」 クロノはディードに再び迷惑を掛けてしまった事を詫びながら、「あの席にいる客に、相席してもいいか聞いてきてもらえるかな?」 何時ものおせっかいを発揮していた。 「クロノが来てる?」「はい」 厨房でオットーの話を聞いた一郎は、思わず洗い物の手を止めて聞き返した。「クロノさんが来てくれるなんて珍しいですね」「本局に勤めてる連中はあんまり顔見せに来ないからな」 同じ厨房内で作業をしていたキャロとアギトも気になったのか、一郎達の話に加わってきた。「まだ昼食を食べてないそうです。 マスター、ランチってまだ出ますか?」「ああ、大丈夫だ」 そう言って、一郎が調理を始めようとすると、キャロは呆れた顔をしながら一郎を止めようとする。「それは私がやりますから、一郎さんはクロノさんに会いに行ってください」「ん、いや、でもな・・・」 しかし、一郎はキャロの提案を聞き入れずに準備を続けていた。「次はいつ来れるかわかんないだろ。 いいから行けよ」 アギトもそう言って一郎を説得した。「そりゃそうだが・・・」 尚も渋る一郎。 相変わらず、普段と違って料理の事になると途端に融通が効かなくなる。 仕方なく、キャロは説得を諦めて実力行使に出る。「私はさっき休憩しましたし、他のみんなもちゃんと休憩は取ってます。 休んでないのは一郎さんだけですよ?」 キャロはそう言うと、一郎の持っていたフライパンを奪って背中を押した。「おいっ、キャロ!」 一郎は抗議の声を上げるが、キャロ相手に手荒な真似は出来ないのでされるがままだ。 結局、一郎はキャロの勢いに押されて厨房から出て行った。 店内を見渡すとすぐにクロノは見つかったのだが、一郎は思わず呆れてしまった。「ティアナ、お前まだいたのかよ・・・」「一郎さん、普通、客に向かってそういうことは言わないと思います」「あ、あはははは・・・」 クロノがいるテーブルには、数時間前に店に来たティアナも座っていた。 一郎は二人のいるテーブルに着くと、クロノの隣に座って向かいにいるティアナを見た。「キャロが仕事に戻ってから一時間以上経ってねえか?」 休憩から戻ってきたキャロが、久しぶりにティアナと話せて喜んでいたのが丁度そのくらいだった。 なので、一郎はまさかまだティアナがいるとは思わなかった。 それに、「お前これからエリオと会うんじゃなかったっけ?」 一郎はキャロからそう聞いていた。 だからこそ、一郎はなぜティアナがまだここにいるのか不思議だった。 すると、 「うっ」「馬鹿・・・」 ティアナは明らかに不機嫌な顔つきになり、クロノは溜め息混じりに首を振った。 一郎は事態が把握出来ず、横にいたクロノを見て、 「なんかあったのか?」 すると、クロノは苦笑いを浮かべながらこう答える。「午前中には任務が終わって、今頃はエリオがこっちに来るはずだったんだけど、別件があって今日は来られなくなったって」「ふ~ん。 ま、あいつも今やお前と肩を並べるぐらいになっちまったから大変だな」 一郎はそう言って、せっかくの休みが駄目になってしまったエリオに同情した。 この頃エリオは次元航行部隊に所属し、若くして艦船の艦長を務めるまでになっていた。 かつての自分のような子供を出さない為に、日々管理世界を飛び回っている。 ティアナは念願だった執務官になる事が出来、こちらも毎日忙しい。 今日は二人の休みを合わせ、久しぶりに会えるとティアナは喜んでいたのだが、「っとにもう、エリオのやつ・・・」 ティアナは苛立ちが抑えきれないらしく、この日何個目になるかも分からないケーキを、食べるでもなくフォークで解体していた。「仕事じゃしょうがねえだろ?」 そんなティアナを見て一郎は不機嫌になるが、他にも客がいるために自分を抑えた。 ティアナは一郎の話を聞いて深く溜め息を吐く。「わかってますよ。 私だって子供じゃないんだし、こんなことはよくありますから」 ティアナだってエリオが悪い訳では無い事ぐらい分かっていた。 寧ろ、これでエリオが自分の所に来るようならそれこそ問題だ。「じゃあなんでそんな不機嫌なんだよ?」 一郎の問いに、ティアナは二人に顔を見られないよう下を向き、「それはそれ、これはこれです」 と、二人には理解出来ない事を呟いた。 いまいち鈍い一郎とクロノに、女性の気持ちを分かろうとする方が無理なのかもしれない。 一郎とクロノが顔を見合わせて戸惑っていると、ディードがクロノの注文したランチを持って来た。「お待たせしました」「ああ。 ありがとう」 一礼し、厨房に戻ろうとするディードを一郎が呼び止める。「ディード」 一郎の呼び止めを聞き、体ごと振り返るディード。「はい。 なんでしょうか、マスター」 「俺も食べるから持ってきてくれ。 そうだな・・・じゃ、ショートケーキと紅茶で」「かしこまりました」「あ、ちょっと待った」 戻ろうとするディードを一郎が再び止めた。「はい」 「何度も悪いな。 紅茶なんだけど、オットーに任せてみようと思うから、一人でやらせるようにアギトに言ってくれるか?」「えっ!?」 ディードは驚きを隠せなかった。 最近のオットーは料理を作る事に興味を持ったらしく、接客の合間に、一郎が料理を作っている様子をじっと見ている事があった。「よろしいんですか?」「これから持ってくるのがうまくいったらな。 言っとくけど、俺は面倒臭いぞ」 一郎はそう言ってにやりと笑った。「はい・・・ありがとうございますっ!」 しかし、一郎の挑発も今のディードに効果は無く、寧ろ満面の笑みを浮かべて嬉しそうだ。 嬉しさのあまり、ディードは小走りで厨房に戻って行った。「ったく、店の中で走るなっての」 一郎は、走り去っていくディードの後姿を見ながら溜め息を吐いた。「まあ、それだけ嬉しかったってことか・・・・・ん?」 同じ席に座っている二人から視線を感じ、一郎は言葉を止めた。「「・・・」」 「な、なんだよ?」 目を丸くして見つめてくる二人の視線に一郎はたじろいだ。「いや・・・びっくりして、なあ?」「・・・そうですね」 二人はお互いを見ながら、微妙な表情で苦笑いを浮かべた。 そんな二人の態度が理解できない一郎は、「なにが?」 と聞くと、二人は躊躇いながらもこう答えた。「いや、君がちゃんとしてるところって、ほとんど見たことがないから新鮮で・・・」「同じくです」 というか、実際に見ても何処か信じる事が出来ない。「て、てめえら・・・」 一郎は二人を睨みながら呻き声を上げるが、一郎に対するフィルターが掛かってない人からすればそんなものかもしれない。 その後、一郎とクロノはティアナの愚痴に付き合う事になり、一時間程経って、ティアナはすっきりした様子で帰っていった。 二人になった所で、一郎はクロノに、「悪かったな、せっかく来てくれたのにこんなことになっちまって」 すまなそうには思ってない顔をしながら謝罪の言葉を述べた。「いいさ、ある程度は覚悟してティアナと相席したんだから」「ならいいけど・・・」「それに、ああいうことがあってこそ、この店に来たんだなって思うしね」 クロノは笑いながらそう言った。 ティアナからしてみれば不本意だろうが、管理局で頭を悩ませる毎日を送っていると、今日のようなイベントも気が抜けて丁度いい。「お前はなにを求めて来てんだよ・・・」 一郎としてもあまりいい気はしない。 来てくれた客が食事をして笑顔になってくれれば最高だが、別に無理に笑わせようとしている訳では無いのだ。「そうは言っても、ここに来ると大抵なにかあるだろ?」 足繁く通っている訳では無いが、クロノはそう記憶している。「・・・くっ」 一郎は否定したかったが、思い返してみると確かに、いい意味でも悪い意味でも騒ぎばかり起こしている気がする。 夕方になり、店は忙しくなってきた。「じゃあ、そろそろ帰るよ」「ああ、またな」「次来る時はあれか、子供が生まれる報告でも聞けるかな?」「・・・・・とっとと帰れ」 二十年来の友人になる二人の間には、もはや遠慮というものが存在しなかった。 一郎が仕事に戻って暫くすると、学校帰りのヴィヴィオがやって来た。 「一郎、お待たせっ」 ここまで走ってきたのか、息を弾ませながら話すヴィヴィオの額には汗が滲んでいた。「急がなくてもいいって前に言ったろ」 何度言っても聞かないため、一郎は無駄と思いつつも注意した。「いいの。 わたしが好きでやってるんだから。 それじゃ、着替えてくるねー」 ヴィヴィオは一郎の話を話半分に聞き流し、そのまま控え室に消えていった。 「おいっ! ・・・はぁ」 手が止まる事は無いが、一郎は溜め息を吐いていた。 やはり、今回も無駄だったようだ。 そんな一郎をキャロとアギトが慰める。「ヴィヴィオは一郎さんと料理するのが好きなんですよ」「いいじゃねえか、元気があって。 店の中も活気付くだろ?」「・・・まあ、そりゃそうだが 学校で居眠りでもしてるんじゃないか心配でな」 ヴィヴィオがアルバイトをする事になってなのはから頼まれているので、一郎はつい心配してしまう。「アンタじゃあるまいし、気にすることないって」「ちょっと待てアギト、なんでそんなこと知ってんだ?」 一郎は思わず聞き返した。 中学時代の話をした事はあるが、わざわざ自分の恥ずかしい過去を話すような事はしていない。「聞いたからだよ」 何を当たり前の事を、とでも言いたげ顔をしながらアギトは答えた。「誰に?」「ウチの常連に、アンタの一コ下で同じ学校通ってたのが三人もいるじゃねえか。 アンタがその三人のことをよく知ってるように、三人もアンタのことならよく知ってるってことだろ」 それもそうだ、と思いながらも気落ちする一郎。 キャロを見ると、躊躇いながらも頷いた。 キャロも知ってるらしい。「あいつ等はどこまで話したんだ?」「それは言えねえな。 ま、でもこの分じゃ、ディードとオットーにアンタの正体がバレるのも時間の問題だな」 ディードとオットーは、スバルと同じぐらい一郎を尊敬しているので、手遅れになる前に目を覚まさせた方がいいのかもしれない。 賑やかになる厨房。 「なにが正体だ、人聞きの悪い・・・」「まあまあ、一郎さん落ち着いてください」「着替えてきたよー、って、どうしたの?」「なんでもねえよ、いいから仕事に・・・」「おおヴィヴィオ、ちょうどいいところに。 実はイチローがさぁ・・・」「黙ってろっ!!」 「え、なになに? キャロさん、教えてください」「う、う~ん・・・」 月日が経って、人間関係も変わっていった。 出会いと別れは、きっとこれからも続いていくだろう。 それでも一郎は変わらない。 「みなさん、客席にまで聞こえてしまっているんですが・・・」「でもディード、お客さん笑ってくれてる」「オットー、それは笑われてるの」 いや、少しぐらい変わった方がいいのかもしれない。 ・・・終わり。 ◆あとがき◆ なんとか終わらせる事が出来ました。ミッドで翠屋って名前で店をやっているというのを当初考えていたんですが、悩んだ結果こうなりました。一度、誰ともくっつかずに曖昧な感じで終わる話を書いたんですが、どうも物足りなかったので全部書き直しました。色々と強引な所はありますが、起伏も無く終わるよりはよかったんじゃないかなと思っています。 なにはともあれ、最後まで書けてよかったです。 最後に、自分のミスで百件近い感想を消してしまい申し訳ありませんでした。その後もたくさん感想をもらってすごく嬉しかったです。今までは見る側だったので、感想をもらうことがこんなに嬉しいとは思わなかったです。 最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございました。