地球にあった家電製品のように、デバイスにも種類がある。 その中で、俺が貰ったインテリジェントデバイスとは、その名の通り知性を持ったデバイスの事だ。まあ、俺のいた地球の現代科学では考えられないほど高度なAIだと言えば分かりやすいかもしれない。「ソーセキ。今度の構成はどうだ?」『【まだ少し無駄があります。ですが、発動には十分過ぎるでしょう】』「んー…それじゃあ、そろそろ実際に走らせてみるか。具体的にロスが出た部分を報告してくれ」『【了解しました】』 デバイス起動時の第一声にならって某お札の人の名前を付けたのだが、これならユキチでも良かったかもしれない。そう思わせるほどに、ソーセキは魔法の教師として優秀だった。独学で学んでいるが為に発生している俺のスパゲティソース(注 複雑に絡み合い、助長した整理されていないプログラム。主にプログラマーの技量不足が原因)をあっさり読み取り、最適化の為の手順を優しく丁寧に何度でも分かりやすく説明してくれるのだ。これ以上の教師など、存在しないと断言しても良い。 便利なデバイスを使うことによって、自分で作る構成が拙くなるのだけが怖かったのだが、逆にここ最近の俺の腕は少し前までと比べ物にならないほど上達しているだろう。 ソーセキを使い始めてから数ヶ月といった所だが、もう一時たりとも手放せないほどどっぷり嵌り込んでいた。マリエルの心配は見事的中したとも言える。 それにこちらは思ってもみなかった事だが、ソーセキに対して子供口調で話す必要がないというのは予想外に楽だった。お喋りは昔から特に好きじゃなかったが、アイリーンになってからはさらに心から楽しい会話というものが減ったように思える。それがデバイスのソーセキ相手とはいえ、何の遠慮もない……しかも、趣味のプログラミングの事で会話できるのは実に楽しかったのだ。「ソーセキ。浮遊プログラム起動」『【浮遊プログラム、起動します】』 そして、今凝っているのはこれ。クロエに初めて見せてもらった魔法である、飛行魔法だ。正確にはその下位の浮遊プログラムではあるが、飛行魔法とそう構成は変わらないのでこれさえマスターしてしまえば自由に空を飛べる事になる。 魔力をソーセキに流し込むと、全身を風が包んだような感覚が起こり、ふわりと足先が地面から離れる。 マリエルの趣味で長く伸ばしている青い髪の毛が風に煽られて散っているが……成功だ。「このまま空の散歩したい所だなぁ」『【マスター、ミッドチルダ市街での飛行は法律で禁止されています。それにバリアジャケットも構成出来るようになってからでないと危険が……】』「分かってるよ。言ってみただけだ」 市街を自由に飛ばれて衝突事故でも起こったら危険だという事で、ミッドチルダでは街中の飛行は基本的に禁止されている。たまに地球のパトカーや救急車よろしく、緊急事態で空をかっ飛んでいく魔導師はいるが、一般人が何の許可もなく飛べば管理局に捕まってしまうだろう。 一方、ソーセキの言うバリアジャケットとは、魔法で出来た防護服のことで着ているだけであらゆる衝撃から身を守ってくれる。空を飛行するには許可だけではなく、このバリアジャケットもも必須だ。上空何百メートルから真っ逆さまに落っこちても死にはしないというのだからその性能は折り紙付きである。 俺の肉体年齢はたったの3才。30cmの高さからでも足の骨を折りかねないので、浮遊していた身体を慎重に下ろしていく。さすがに緊張していたのか、地面に足が付くと自然に口から息が零れた。『【肝心の浮遊プログラムは満点ですが、飛行魔法に使用する推進機能との接合が上手く行ってません。15%ほど魔力にロスが出てしまうでしょう】』「そうか。んじゃ、家に帰ってから修正だな」 最近は家で魔法の練習をしているとマリエルが煩い。特に今日は危険性がそれなりにある飛行魔法だったので、ばれない為にも近所の公園へと出張してきていたのだ。ミッドチルダの首都であるクラナガンにある割に木々に挟まれた小さな公園で、知名度がほとんどないのか昼間だというのに人気がほとんどない。だから、こそこそ魔法の練習をするには打ってつけだった。 ソーセキを待機モードに戻して懐に仕舞い込む。待機モードとはデバイスの持ち歩きが便利になる機能で、質量保存の法則に真正面から喧嘩を売り、1m弱はあるソーセキが少し大きめのキーホルダーサイズまで縮んでしまうのだ。 ちなみにソーセキの待機モードはウサギ型だ。金属製でウサギの形が象られているだけなのでマシだが、クロエが無理を言ってこの形にしたらしい。本当の幼児が持つようなウサギさんキーホルダーだったら常に起動状態で持ち歩くところだ。 公園は自宅から徒歩で20分ほど離れた場所にある。まあ、3歳児の足なのでたかが知れてるが、それなりには離れている。本人の勘による魔力探知などという芸当は漫画や小説じゃあるまいし、まずないと言って良い。すぐそこにいる人間から魔力を感じることは可能だし、アホほど魔力を消費する魔法でも使えば気付くだろうが。浮遊魔法程度では、この距離で気付かれることはありえないだろう。 マリエルの魔法の腕前を知らないのが心配といえば心配だ。「まあ、デバイスを持ってるようには見えんし、大丈夫だろ」『【マスターアイリーン。あと30分ほどでご昼食の時間です。そろそろ移動しないと間に合いません】』「……食事を無視するとマリエルが煩いしな」 母親がご飯を食べない3歳児を叱るのは当然なのだろうが、何か違う気がする。どちらかというと、家に引きこもって作業に没頭する駄目息子を叱る母親の図、という方が正確だろう。 脳裏に描けた構図に苦笑を漏らしながら、帰宅しようと足を動かした矢先に……目元を擦りながら公園に入ってくるお子様を発見した。 お子様と行っても、7、8歳ほどの少女。つまり、こちらより年上だ。少女は真っ赤に腫らした目をこちらに向けてきたが、すんっと鼻を鳴らして視線を逸らした。子供の頃の3、4歳といえばかなりの差だ。大人の10歳差に匹敵する。年下に泣いている所を見られて、子供なりに羞恥心が働いたのかもしれない。 無視して帰っても良いんだが…中身二十歳過ぎの大の大人としては、そういう訳にもいかなかった。「……こほん。お姉ちゃん、どうかしたの? お腹痛いの?」「ぐずっ…う、ううん、何でもないよ」 咳払いをして、今の両親以外に使ったことのなかったアイリーンモードの口調で少女に話しかける。その甲斐があったのかどうか、少女は鼻をひと啜りして首を左右に振って平気だと言わんばかりに笑顔を見せた。空元気でも元気というし、一度泣き止んでしまえば平静になれるもんだ。 少女の身なりはボーイッシュなミニTにチノパンといった格好で、髪は青……俺やマリエルの水色と違って深い藍色だ。やっぱりこっちの世界じゃこの色はそう珍しくないのかもしれない。「ふーん……でも、それだったらどうして元気ないの? 困ってる事があるなら相談に乗るよ」「げ、元気だしっ、困ってるわけじゃないよ。ちょっと……帰り道が分からなくなっちゃっただけで」 それは迷子だ。立派に困ってる。 口まで飛び出し掛かったツッコミを堪えて、そうなんだと相槌を打つだけで済ます。しかし、迷子となると少々厄介かもしれない。なんせ、こちとら3歳児。遠出をする機会もそうなければ、近所を徘徊することもままならない。例外はこの公園にこそっと脱出する時ぐらいだ。ネットに繋がる携帯ぐらいあれば、住所から地図ぐらい出せるだろうが。そんな便利な物は持ってな……あ。「ソーセキ。住所から地図って出せる?」『【可能です。ミッドチルダ・クラナガン市内ならどこでも問題なく表示できます】』「わっ、喋った……」 ソーセキのいつもながら頼もしい返答に、少女が目を丸くする。どうやら、インテリジェントデバイスを見た事がないらしい。まあ、そもそもデバイス自体があんまり一般人の持ってるもんじゃないらしいし、中でもインテリジェントデバイスは高性能&高級機種だ。こんな小さな少女だ、一度も見たことないのも無理はないかもしれない。「という訳で、お姉ちゃん。家の住所分かる?」「え、あ、う、うん」 さすがにこの年頃になると自分の家の住所が分からないということはなく、たどたどしい口調で住所を口にした。俺が復唱する必要もなく、ソーセキが空中に地図を投影する。そして、地図に浮かぶ赤い光点が少女の自宅だろう。 少女の家は、なんとこの公園から5kmも離れていた。迷っている内にこんな所まで来てしまったのだろうが、子供の足でこの距離を歩いたのは相当きつかっただろう。この距離を歩いて帰すのは気が引けるし、第一幼児の俺がこの距離を行って帰ってくるのは無理がありすぎた。 ほけーっと呆けた表情で空中の地図を眺めている少女に苦笑しながら、俺は猫を被った声で言葉を掛けた。「お姉ちゃん、遠いからうちに来なよ。私のかーさんに車で送っていって貰えるように頼むから」「え、え、で、でも、迷惑なんじゃ」「でも、お姉ちゃん、この地図見て今来た距離を一人で帰れる? 私は付き合えないから、地図もここで覚えて一人で本当に帰れるの?」「うぅ……無理です」 ボーイッシュな外見とは裏腹に、押しに弱く気も小さく、引っ込み思案らしい少女は俺が次早に放った言葉にがっくり肩を落として白旗を揚げた。子供は素直がよろしい。 少女の肩を叩いてどんまい、と慰めるが少女は非常に複雑そうな顔をした。3歳児に同情されたのだから当然といえば当然だ。少々苛めすぎたかもしれないが、泣くよりマシだろうと俺は勝手に納得した。 少女と連れ立って公園から出る頃には、すっかりお日様は真上に来ていた。正直昼食の時間までに着けるか微妙だが……まあ、この迷子の少女を連れて行けば誤魔化せるだろう。「そういえば、まだ名乗ってなかったね。私はアイリーン・コッペル。お姉ちゃんは?」「わたしはスバル。スバル・ナカジマだよ」「スバルお姉ちゃんか。よろしくね、迷子のスバルお姉ちゃん」「うぅぅ……なんでわたしこんなちっちゃな子に苛められてるんだろう……」「あはは、スバルお姉ちゃんは冗談が上手いね。本当のことしか言ってないのに」「う、うぅぅぅぅ」 結論から言ってしまえば、スバルちゃんは送っていくのではなくて向こうの親が迎えに来た。まあ、そりゃいきなり他人が押しかけるより、連絡するのが当然だし、そうなれば親が迎えに来るのは当然だ。 スバルちゃんの親が迎えに来た頃には、すっかり不安と緊張も解けて仲良くスパゲティを食べていた。いや、マリエルの表現し難いペペロンチーノを食べさせるのもなんだったので、俺がミートソースを実装したばかりの浮遊魔法を併用しながら作り、こっそりとぶっかけたんだが。 迎えに来たのはそれはもう美人さんのクイント・ナカジマさんと、いかにも親父っぽい親父なゲンヤ・ナカジマさん。それに、スバルちゃんの姉のギンガちゃんとナカジマ一家勢ぞろいでだった。 なんかこー、女性のランクが異様に高い上に、あんまり釣り合わない男がそれを貰うってのはミッドチルダのデフォなんだろうか? いや、失礼な感想ではあるんだが。 スバルちゃんの時も内心思ってたんだが、ナカジマ一家は実に日本的な名前で驚いた。ミッドチルダは地球の海外と同じで、名が先に来るけれど前後を変えてしまえばナカジマスバル。それこそ、日本にならかなり居そうなネーミングだ。 子供を持つ親同士、あるいは美人同士気でもあったのか、ナカジマ一家がお礼を述べた後、マリエルとクイントさんは意気投合して井戸端会議と洒落込んでいた。微妙にゲンヤさんが居辛そうだったが、さすがに前の俺ならともかく今の俺じゃ話相手にはなれない。我慢してもらうしかなかった。 俺はというと仲良くなったスバルちゃんと、妙にお姉さん面する(いや、間違いなく一番お姉さんではあるんだが)ギンガちゃんと遊ぶ事を強制されていた。子守のつもりだったが、オママゴトは正直勘弁して欲しい。「それにしても、アイリーンちゃん凄いですね。こんな年でインテリジェントデバイスを使いこなしてるなんて」「どうも魔法が楽しくて仕方ないみたいで……インテリジェントデバイスはやりすぎだって思うんですけど。主人が無理に買い与えてしまって」「うーん、確かにあんまり早い内からはちょっと怖いですし、寂しいですよね。うちの旦那も娘達に甘くて甘くて……」 ……あー。あれは本気で居辛そうだ。ゲンヤさんは大きな身体を縮こまらせてお茶を啜っている。がんばれ、ゲンヤさん。 俺の方もあんまり喜ばしい話題じゃないので、こっそり聞いてはいるが聞いてない振りをしている。オママゴトはギンガちゃんの赤ちゃん役だ。とりあえず、バブーとか言っておけば問題ないだろう。とか思ってやったら怒られた。ハーイ、の方が良かったか? しばらく経って、休日出勤していたクロエが帰ってくる。と、ゲンヤさんと顔を合わせて二人して驚いていた。どうやら知り合いだったらしい。なんでも、ゲンヤさんとクイントさん、両方とも現役の管理局員だとか。そう、クロエと同じ職業なのだ。 その管理局だが、正式名称は時空管理局。某青狸のタイムパトロール? と問いたくなる名称だが、時間を越えたりは魔法でも出来やしない。次元を超えていくつもの世界を管理する機関、なのだそうだ。 前に管理局を警察と表現したが、実際の所はそれに軍隊と裁判所を足したような、三権分立を真っ向から否定する強大な組織らしい。つまり、魔法で武装して犯罪者を取り締まり自分達で罪を裁けるお巡りさんということだ。ミッドチルダの行政にもかなり強く意見できるらしいし、権力集中しすぎじゃないか? まあ、そんなような話を管理局員であるクロエとナカジマ夫妻。それに元管理局員のマリエルが議論していた。そんなグレーな話題、子供の居る所でするなよと思わないでもないが、普通の子供が理解できる話じゃないので仕方ないだろう。 それからというものの、完全に家族ぐるみで仲良くなってしまったコッペル家とナカジマ家はことあるごとに顔を合わせることとなった。いや、スバルちゃんとギンガちゃんは可愛いんだが……魔法の構成を練る時間が著しく削られてしまった。どう考えても、マリエルの策謀である。ガッデム。■■後書き■■この作品は結局終始このペースで続きます。燃える展開をお望みの方はブラウザの戻るボタンでバックして、型月板でも見る事をお勧めします。サブタイ「進みすぎた魔法は科学と区別が付かない。自動車やらテレビやらは明らかに科学だよな?」とどっちにしようかと迷いましたが、原作キャラが出てくるのにスルーするのもなんだなと思って表題のタイトルに。テスト板ってマイペースで進む作品多いよね?