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No.4733の一覧
[0] アホウ少年 死出から なのは  (現実→なのは)[コルコルク](2008/11/08 02:06)
[1] 第1話 我思う故に我在り[コルコルク](2008/11/29 23:34)
[2] 第2話 名前で呼ばないで[コルコルク](2008/11/29 23:36)
[3] 第3話 こんな日がふつう[コルコルク](2008/11/29 23:37)
[4] 第4話 闇の書ゲットだぜ[コルコルク](2008/11/29 23:37)
[5] 第5話 案ずるより生むが易し、対極もまた然り[コルコルク](2008/11/29 23:41)
[6] 第6話 アキラメロン[コルコルク](2008/12/13 23:35)
[7] 第7話 すごくあったかいなりぃ[コルコルク](2008/12/27 23:22)
[8] 第8話 無印開始[コルコルク](2008/12/27 23:24)
[9] 第9話 種[コルコルク](2009/01/31 06:37)
[10] 第10話 運命[コルコルク](2009/01/31 06:46)
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[4733] 第6話 アキラメロン
Name: コルコルク◆8f84f3de ID:efa95347 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/12/13 23:35
 さて、アリサ・バニングス誘拐事件は何事もアリアリで、それでも何とか終了したが、はいそれでさようならというわけにも行かなかった。

 アリサを鮫島さん――バニングス家の執事らしい。聞いたことがある気がする、原作キャラか?――のところまで連れて行ったあと、僕は『じゃ、そういうことで』なんていってさわやか雲隠れをしようとしたのだが見事にとっ捕まっていた。

曰く、「鮫島、絶対に逃がさないで」とのこと。

 君、今の今まで緊張の糸が切れて大泣きしてませんでした? なに、その上位者然とした強制力を感じさせる語調。正直カリスマチックで怖いんすけど。

 そして忠臣なるかな鮫島さん。彼は僕をこの拉致事件の悪い意味での関係者と見取ったらしい。哀れ僕は初老の執事の見事なアイアンクローにさらされ、頭をつかまれて宙に浮くという貴重な体験をした。

 まあ、すぐにアリサは誤解を解いてくれて、鮫島さんも謝ってくれたから問題ない。でも僕が消えるのはダメらしい。ケチ。

 んで、アリサは帰宅。僕にとっては連行なノリでバニングス家にお邪魔した。

 なお移動の車の中でやっと僕とアリサは名前を交換して、僕は彼女をアリサと、彼女は僕をアイリと呼ぶようになった。僕が下の名前を語った際のリアクションは割愛したい。
 ちなみに鮫島さんに引きずられていた男は、鮫島さんがアリサを発見した時点で気を失わされ、トランクに入れてバニングス家まで運ばれた。先に言っておこう、ご愁傷様である。




――――――――――――――――――――――――――
アホウ少年 死出から なのは

第6話 アキラメロン
――――――――――――――――――――――――――





 で、バニングス家。

 鮫島さんもここまでのアリサの態度から彼女には大事ないことを読み取ったらしく、いいかげん事情を知りたがっているようだったが、そこに待ったをかけたのがアリサだった。

 彼女は僕の傷のちゃんとした治療を訴えた。忘れてた。ろくに消毒すらしていなかったからありがたいかぎりである。

 バニングス家のかかりつけらしい医者は僕の傷を診ながら、こりゃ銃創じゃないかと言って場を凍らせたが、鮫島さんが耳打ちをすると、以降は不満そうではあったが静かに処置してくれた。幸い肉を削っただけで、骨は逝っていないらしい。よきかな、よきかな。

 治療が終わるころにアリサの父親が息を切らせてやってきた。高級感漂うスーツと柔和な顔立ちを散々に乱しながら駆け込んできて娘を抱きしめる姿はそれはそれは感動的でハリウッド映画のクライマックスのようだった。いいお父さんなのだなあと、まったり見つめていたらアリサが僕に水を向けた。

「お父さま。この人、アイリがわたしを助けてくれたの」

「望月です」

「そうか、君が助けてくれたのか。ありがとう。本当にありがとう望月くん。本当に、本当に……」

「もう、お父さまったらはずかしいわ」

 そんなこんなでバニングスさん家の皆さんへの説明タイム。

 始めはアリサからの下校途中に拉致られてあの廃ビルに連れ込まれたという説明だったが、だんだんと彼女の語調がよどんできたから僕が引き継いだ。まあ何事もなかったとはいえ輪姦ビデオを撮られそうになりましたなんて女の子からはいいにくいだろう。

 僕からの視点での説明に移った。

「僕はいわゆるストリートチルドレンでして、たまたま棲み家の隣の廃墟ビルにアリサが拉致されてくるのを見かけました。警察に連絡しようと思いましたが、途中で連中に拘束される可能性が高かったので、自分で動くことにしました。連中のビルに忍び込んで、動きを確認したところ、一刻を争う状況と判断されたため、その場にいた誘拐犯三名を殺害。アリサを開放して、僕の棲み家にしている隣の廃ビルに移動しました。その後、どうやって人目のあるところまで移動するか頭を悩ましていたところに、そちらの鮫島さんが近くにいらっしゃったのを見つけて現在に至ります」

 僕の口から『殺害』が出た瞬間の反応は見ものだった。アリサの父――デビット氏は愕然と目を開き、鮫島さんは緊迫した表情で息を呑み、アリサは悲しそうにうつむいた。

「今の話は、本当かい」

 デビット氏の問いかけに言葉で応じたのは僕ではなくアリサだった。

「事実よ、お父さま。アイリは、殺したわ。わたしは二人しかその場面を見ていないけど、きっとアイリがそういうなら三人なのよ」

「……そうか」

 デビット氏から何事か耳打ちを受けると、鮫島さんがこの場から立ち去った。

 これ以上は現段階では無意味としたのかデビット氏はしかめつらしい表情で、今日は泊まっていくよう告げてこの場での話を打ち切った。慈しみの表情を浮かべてアリサの頭をなでると颯爽と仕事に戻っていった。

 いやはやいい男である。

「もう少し居てくれてもいいのに」

「いいお父さんじゃないか」

「そんなことわたしが一番知ってるわよ。でも、今日くらいはワガママ言ってもいいでしょ」

 いや、ワガママってのは本人にいってくれなきゃただのグチでは?

 そのあとアリサは鬱憤を晴らすように僕をバニングスの屋敷の中で連れまわした。屋敷には犬いっぱい。すっげー癒されました。わふわふ、もふもふ。大型犬とか大好きです。前に食べようともしたけれど。

 アリサの母親も帰宅した。ハイヒールのまま走りよって、安堵に涙しながらアリサを抱きしめる彼女もやはり愛に満ちていた。落ち着くとアリサの母は僕に丁重に礼を告げた。

 晩もいい時間になると夕食を振舞われた。久しぶりに食べたパンの耳が主食ではない夕食は感動的だった。はやての料理もうまいが、さすがに作っている年季も材料も違う。これがブルジョワか。『勝ち組だ』ぽつりと呟いたらアリサに鼻で笑われた。ガッデム。

 バニングス家の客人になったことで何気に楽しみにしていたことがあった。久しぶりに風呂に入ることができると思っていたのだ。が、よくよく考えてみれば僕はけが人だ。バニングス家のかかりつけ医は処置を終えるとそそくさと帰ってしまったから聞いてはいないが、常識的に考えて今日は風呂はダメだろう。

 結局タオルで体を拭くだけでいつもとほとんど変わらない。それでも、タオルを濡らすのにはお湯を使えたし、髪は水を使わないドライタイプとはいえちゃんとしたシャンプーを使えたからいつもよりましではあったのだけど。でもやっぱり湯につかりたかったなあと残念。

 22時を過ぎたころ、僕は読書にいそしんでいた。何種類かの身分証明に加えて、闇の書と図書館で借りていた本は肌身離さずもってきていのだ。ベッドに寝転んで電灯の下で眠くなるまで本を読めるなんて、ちょっと前まで当たり前のことがひどく新鮮で幸せだった。

 一冊のあとがきを眺めつつ、もう本を閉じるか考えていると、与えられた客室の扉が叩かれた。デビット氏が仕事にキリをつけて帰宅したらしい。僕からの詳しい話を望んでいた。

 いいだろう。僕にも話しておくことがある。


 呼び出された書斎に行くとアリサはいない。夜の顔とでもいおうか、貴腐の香りをたたええたデビット氏が僕を油断なく見据えている。

 与えられた席に着く。

「お願いできるかい」

「ええ」

 僕はあのビルで自分が具体的に何をしたのか、その経緯を殺害の順番・手段を含めて詳細に説明する。

 途中で何度か入るデビット氏からの質問に答えながらも全ての説明を終えると、氏はそばに控えていた鮫島さんに視線を向けた。

「どうだ?」

「はい。件のビルで確認してきた状況と矛盾はありません。連中がお嬢様を撮影しようとしていたビデオカメラを回収しましたが、そこに入っていた内容も望月くんの証言を裏付けています。信じがたいことではありますが、おそらくは事実かと」

「そうか」

 デビット氏がにがいものでも食べたように顔をゆがめた。そりゃ悩むだろうなあ。

「アリサも、娘も見ているのかい。君が、人を殺す姿を。人が死ぬ光景を」

「余裕もなかったですしね。その点については申し訳ないとしかいいようがありません」
 特にアリサをまたいで槍を刺すとかどうよと思わざるをえない。改めて考えたら、よく彼女は僕を怖がらないな。

「僕としてもせっかく助けた子がそれで心に傷を残してほしくなんかないですから、これについては彼女の心のケアに気を使っていただくようお願いするとして……」

「当然だ、アリサはわたしの娘だからな。それで?」

「僕からもお聞きしたいのです。つまるところ彼女はなんで狙われたのですか?」

 どうでもいいような気もするが、まあ好奇心だ。デビット氏は言葉を詰まらせたが、僕だって巻き込まれたんだから聞く権利くらいあるだろう。

「――私の経営している建設会社が県の公共工事に手を伸ばそうとしているが、既得権益にしがみつく輩のせいでひどく排他的でな、新規参入者には不当に厳しかった。そこで連中の談合の証拠を集めて――いや、すでに証拠は手に入れたんだ。あとはカードを切るタイミングを待つだけだったんだが」

「なるほど」

 焦ったその既得権益にしがみつく輩とやらが強硬手段に出たというわけか。アリサにとっては見事なとばっちりだ。

 デビット氏は歪めるというに相応しい自嘲の笑みを浮かべた。

「私は父親失格だと思うかい」

「それはアリサに聞くことです。僕に答えられることではありませんよ。まあ、しようとしていることに対して守りが甘かったのは事実でしょうね、結果論ですが。ただ、それでも僕はあなた方ご両親がアリサを抱きしめているのを見て親御さんだと思いましたよ」

「――ありがとう」

 どういたしまして。

「つきまして今後どのような対応を取るおつもりですか」

「ああ、娘は当分送り迎えをつける。談合の件も早め決着をつけることにしよう。もう絶対にアリサを危険な目にはあわせんよ」

 や、それは良いけど当たり前すぎる。僕が聞きたいのはそれじゃないのですよ。

「警察には? これをどうするかで僕の進退もかなり変わってくるので早めに聞いておきたいのですけど」

「ふむ――――――君はどうすべきだと思う」

「はあ?」

 もしかして僕、試されてる? 

 デビットさんを見るがその真意は読み取れない。いくつもの企業を運営する彼と比べて、しょせん僕は前の人生をあわせても30年生きた程度。しかもここ10年近くはぬるま湯につかり続けて、成長があったかといえば疑わしい。変な事象に対する適応力はともかく、海千山千の抜け目ない隣人たちと常に切磋琢磨を続けているデビット氏の対人スキルには比べることすらできない。

 そも、日本から出たことのない僕には外人さんの顔から細かい機微はわかりづらいのだ。
 しょうがない。嫌われてもいいから本音でいこう。実際、嫌われたからどうだということもないし。

「僕はデビットさんにお任せしようと思っていました」

「ほう?」

「正直に申し上げて、今日僕が殺害した3人は僕にとって死んでも心が痛まない人たちで、僕は今日行った一連の行動について、罪を償っていこうなんて殊勝な意思は持ち合わせていません。だからといって死体を3体も生産しておきながら放置して、いたずらに警察の仕事を増やすのも申し訳ないです。過剰防衛すら認められるかは怪しい案件ではありますが、僕はいろんな意味で身軽だし、いいかげん行政の保護下に入るのも良いかもしれない。デビットさんがたがアリサを襲った連中の中の人たちをけん制したいというのであれば僕は自首したってかまわないと思っています。しかし一方で、未遂とはいえ襲われたというのがアリサにとって醜聞になりかねないのも懸案事項です。僕が警察に捕まれば絶対的にアリサのことも知れるわけですからね。それに今日の一件はそれを表に出さないことこそデビットさんたちにとっての武器になるのかもしれない。そちらが僕が警察の厄介になるのはまずいとお思いになるのでしたら、今日のことは隠していこうと思います。彼らを殺したからって僕の生活が侵されるのは不愉快でもありますし。もっとも、それができるのは今日のことがまだ警察にもれていない場合に限りますけど」

 さすがに僕も警察の追跡から逃げるほどの体力も熱意もないし、バニングスといえど殺人事件の捜査にまで介入する権力はないだろう。

 紅茶でノドを湿らした。うん、いい葉っぱを使っている。味なんてわからないけど、ここで出てくるということはきっとそうなのだろう。

「まあ、3:7で後者がうれしいといったところですね。基本的にデビットさんのお好きなようにどうぞ。あ、でも警察に突き出すとしてもちょっと時間をくださいね。明日は朝から人と合う約束があるんで。最低でもお別れくらいはしなくちゃいけない」

 なんだかデビットさんはさらに難しい顔をしてしまった。僕は選択肢をあげたつもりなのだけど。

 まあ、自由なんて苦しいモノかもしれない。自らの選択で他者の運命が決定付けられるのならなおさらだ。

 デビット氏、鮫島さん、それに僕、だれもがじっと沈黙を守り、時計の秒針ばかりが響いた。

「……死体はこちらで片付けておく」

 ほう、僕は表に出さぬように一息ついた。これでまた当分は僕の日常が確保されたわけだ。

 もう眠い。今日はずっと動いていて、久々の夜更かしだ。そろそろお暇させてもらうかな。

「今更だが望月くん。君はなんで殺したんだい」

 唐突にデビット氏が言った。

 本当に今更だ。たぶん今の僕はそうとう間抜けな顔をしていると思う。だがデビット氏はきわめて真面目なようだった。

「殺害があの場所で思いつく限りの最善手だったからです。正面から割って入っても勝てるはずがない。よって不意打ちによる各個撃破が前提でしたが、それには相手が警戒していてはどうしようもない。不意を打ったなら即座に黙らせる必要がありましたが、僕は相手の意識だけを一瞬で奪う方法なんて知りません。うまく手足の腱を切れたとしても騒がれたらおしまいだ。速やかに抵抗と口を封じて、次につなげるには殺害が一番現実的だと判断しました」

「なぜ殺せたんだ」

 なんか省略されたな。連中が油断していたからだと答えそうになったが、デビット氏の深い碧色の瞳が求めている回答はもっと別の、精神的なことだろう。しかし難しい質問だ。

 だいたい彼は何が不思議なんだ。正義でパトリオットなアメリカ人だったらか弱い婦女子が襲われているのを目撃すればファック叫びながらぶっ殺すのがスタンダードじゃなかったのか。汚物は消毒だ~って。

「僕は身軽ですからね。それにこういうとイヤに計算高いガキじみていていやなのですけど、捕まってもまず少年法が守ってくれますから。ようするに気分と損得の勘定ですよ。たぶん、あんまり珍しい思考法じゃないと思います。僕と同じように考える人はきっとたくさんいます。ただ普通に暮らしていると、いろんなしがらみに縛られたり、そもそもの機会がないとかで、その思考が行動に発露しないだけで。繰り返しますが僕は身軽ですから」

 僕は彼らの死を悼まない。死んでもいい人間だから、それよりも大切なものを優先させるためには殺すこともある。じつに明快だ。

「君は思想を実践してしまったのだな。この国では、無くてこそ倫理とされる秘めるべき凶器を」

「そういえば種をもっているのと実際に花を咲かせるのは違うとはアナタの娘さんから聞いた言葉でした」

 大麻だって種を所持しているだけなら違法じゃないんだったっけか。いやはやアリサもいいことを言う。

 デビット氏は責めるでも諭すでもなくただ苦しそうに僕を見た。そういう目はやめて欲しい。なんか対応に困るのだ。

 新しい話題も無く静寂が場を満たす。

 そのむっつりとした沈黙はいいかげん眠気に耐えかねた僕が部屋に上がらせてもらうまで続いた。







「はあー、いやされるなあ」

「なんや、やぶからぼうに」

 たったの一日ぶりだったのにはやての家がひどく久しぶりな気がする。やっぱりさあ、思うんだよね。世の中平和がいちばん。殺伐なんてだめだ。ホント。今朝、眠そうなはやてに迎えられて思ったね。

 こう、お茶をすすってへけーと宙を見るときの幸せがまさしく最高だ。

「アイリの用事は昨日でちゃんとおわったんか」

 はやてが算数のドリルから顔をあげて、宿題を見張る先生みたくいった。

「んー、どうだろ。やることやったといえばやったけど、逆にしなくちゃいけないことが増えたというか」

 少なくとも当分は僕の廃ビルには危険が付きまとう。デビット氏はうまく処理してくれると言ったが、それがどこまで本当かはわかったものじゃない。警察が事件を知らなくても、拉致の指示者は3ないし4の行方不明者が出たことに気づいているだろう。

 新しい住処に移動したほうがいいだろうな。候補地は何個かある。でもやっぱり今の廃ビルよりどうしても何ランクか下がるんだよなあ。しばらくは候補地のどれかで暮らし、ほとぼりが冷めた頃に今の廃ビルに戻ればいいかな。いやはや今が秋や冬でなくてよかった。

「ちょっと引っ越し作業がしばらく続きそう」

「な! そんな、アイリ引っ越すん?」

「うん、ちょっとね」

「そんな……わたしそんなんイヤや」

 なんだか意気消沈した声。どうしてはやてはそんなに深刻ぶって――あ、そっか。はやては関西から越してきたから引っ越しといったら会えなくなる距離が前提なのか。

「あ~~、うん。だいじょうぶだよはやて。引越しっていってもすぐ近くだし、もう会えなくなるわけでもないから」

 なんか光るものをためているはやてのすがるような瞳はそれだけで僕をイエスマンにしかねない引力がある。

 ぐす、と鼻をすすってか細い声で聞いてきた。

「ホント?」

「ホント、ホント」

「引っ越してもちゃんとうちにきてくれる?」

「うん、うん。まあ引越し期間中は忙しくなるけど」

 とりあえず現状の第一候補地は国守山の麓。第二、第三の候補地も壁がないのは確定だからまずは楽しいダンボール工作の時間になるだろう。製作にはちょっと時間がかかりそうだ。

「わかった」

 はやてはしぶしぶうなづいてくれた。善き哉、良き哉。

 でもちょっと言っておくことがあるか。

「なあ、はやて。べつに僕ははやてが来て欲しいっていうからこの家に来ているんじゃないからね。たださ、友達だから遊びにきてるんであって、どっちがほしいとかそういうんじゃなくてさ」

 はやてがちょっと湿った瞳で僕を見上げてくる。

 まいった、えらく恥ずかしい。一体、前の人生で僕が『友達』なんて言葉を吐いたことがどれだけあっただろうか。べつに友人がいなかったわけじゃないが、わざわざ言葉で友誼を確かめたことなんて数えるほどしかなかった。

「あーなんていえばいいんだろ。とにかくさ、卑屈にならないでくれよ。僕らはどっちが上とか下とかじゃなくて友達なんだから。いや、まあ僕が餌付けされてる感は否めないけどさ」

 友達なんてたまたまその人と同じ道を行くとき、互いの暇を紛らわすために歩調をあわせる程度の関係がちょうどいい。ちょっと転んだとき手を差し伸べあうくらいのもので、それに対してなくてはならないもののように頼り切るのはどうかと思うのだ。

 いるとちょっとうれしい。でもいなくなったて、一人でやっていけるような。だからこそ一方にかしこまる関係はよろしくない。

 ……とは思うが、そんな酷なことをはやてにいえるはずがない。一般論からして8才の女の子なんて甘えたい盛りなのだ。だがはやてに親は亡く、おまけに足まで悪くて友達を作るのも難しいときている。僕との関係に比重が偏るのも無理はない。

 やはりはやてには家族が必要か。

 ヴォルケンリッターの皆さん。僕は闇の書のことを思い出した。闇の書はいまもココに持ってきてある。

 いや、しかし、はやてに闇の書を返すのにもちょっと勇気が必要だなあ。銃弾を受けても傷一つ付いていなかったけど、拭いても洗っても僕の血のシミが落ちないのだ。

 ……返しづれぇ。だいたいあんなべっとりついた血液、気にならないはずもないが理由を聞かれても答えられるはずがない。

(まあ、はやての誕生日にはまだ日があるし)

 適当な言い訳が思いつくまでは預かっておこう。

「さぁさ、勉強勉強。飽くなき知識の蒐集の果てに道は開かれるよ。わからないことがあったらなんでも聞いていいからね。あと1ページくらいはちゃっちゃと片付けてしまおう」

「うん。――――じゃあ、なんでアイリは引っ越すん?」

「え」

「ううん、それだけやない。わたし、今までアイリのこと聞いたことがなかった。お父さんのことも、お母さんのことも、なんで学校いってないのかも。なあアイリ。わたしアイリのこともっと知りたい」

 あ、やぶ蛇だったかも。はやてには、いや、はやてに限らずだれに対しても、あんまり僕の家庭事情とか話したくないんだよなあ。たぶん引かれる。武士は食わねど高楊枝を信条とする僕としてはあんまり同情だって買いたくないが、その一方で客観的に考えて僕は同情されてしかるべき身の上だ。だからこそ知られないのが一番なのだが。

 それに僕のことを良識のある人が知ったらすぐにでも孤児院的な施設にぶち込まれるだろう。その行為の道徳性に僕自身が納得できるだけに厄介だ。

「そうだね。でもちょっと長くなるからその前にやることをやってしまおうか。それからお昼を食べてからにでもゆっくり話そう」

「わかった」

 ちょっと納得いかなそうにだけどはやては了解した。

 僕も手元に視線を落とした。はやても勉強しているのだから僕だってしないと不公平にうつるだろう。本を読んで雑多な知識を仕入れるのも勉強だが、ここはいかにもな『勉強』を。せっかくだから大学で単位こそ取れたものの身についたとはいいがたい応用数学の演習問題に手をつけた。

 それにしても全部言っちゃっていいもんかなあ。

 昼食は僕とはやての合作だった。勉強に集中できなかった僕が気分転換をかねて作ろうと思っていたのだが、はやてもまったく同じように昼食作りに名乗り出た。お互い今日のノルマは終わったし、ならば仲よく作りましょ、と。

 僕はタコと大葉のペペロンチーノ、はやては付け合せのサラダを作った。

 全てを胃に収めて食器を洗い、リビングに戻った。

 はやては、忘れてないよなあ。さっきからどことなく張り詰めた表情で僕を見ていた。
 こりゃある程度は話さなきゃ許してくれないか。べつに僕はどうも思っちゃいないんだけど、はやてはきっと自分の環境と重ねて心揺れるだろう。だから話しずらいのだ。もっとも、前提(転生)を話さない時点で、これについて他者から理解を求めるのは間違いだってわかるけどさ。

 まあ前世の記憶はともかく生まれてからの身の上は隠していたわけじゃない。自分から言う気はなかったが、聞かれれば偽ることでもないだろう。

「それじゃあ話そうか」

 電車での旅番組を流していたテレビを消した。

 さて、語るぞ。イヤだけど。大きく息を吸い込んで、後ろ向きな意気込みが最初からクライマックスに至る。

「うん。教えて、アイリのこと」

ピンポーン。

 間抜けな音が鳴り響いた。

 気が抜ける。それはいつも僕が家の外から押して聞く音で、玄関のチャイムである。僕は一息で言い切ろうとしていた空気の塊を吐き出す。はやても似たような気分だったようで顔をあわせて二人苦笑いをもらした。

「出て来る?」

「はあー。――行ってくるわ」

 なんとも弛緩した空気が流れる。

 ピンポーン。

「はいはい。いまいきますわ~」

 はやてが車椅子を発進させる。ついていくかな。車椅子の持ち手に手をかけて僕も玄関へと向かった。

 ドアを開けた瞬間、まるで地獄の底から搾り出されたような声がした。

「あんたぁ~、勝手にどこいってんのよ」

 あーー、なんか選択肢間違えたかもしんね。僕を見つけてはガーっと指差してプリプリしているお嬢さんを見て思った。

 戸惑ったはやてが僕の袖をクイと引く。

「アイリ、この人んチあがっていきなり怒り出した人知り合い?」

「知らない人です」

「ああん?」

 仏千切るぞ的な凶視線をアリサに照射されて僕は振る首の向きを90°変えた。

「ごめん。知ってる。すごく良く知ってる」

「……ふーん」

 なんかはやて不機嫌? そりゃこれから重大な話ってタイミングで水差されたらそうもなるか。

「で、この人はなんでこないにおこっとるんや。アイリ、この子のプリンでもとった?」
「いや、虫のいどころが悪いんじゃないかな。もしかしたらもち米に小豆を混ぜて食べる時期かもしれない」

「アンタら人を無視してんじゃないわよ」

 突然の来客がほえた。その人物は、いうまでもない僕のことを知っている人なんてすごく限られている。アパートを出てからはなおさらだった。

 僕は秋の小麦畑のように黄金の髪をゆらす勝気な少女を見つめた。

「君もねアリサ。人の家にやってきて家主を無視して話を進めるものじゃないよ」
「うっ」

 アリサがひるむ。唐突に常識を思い返したのかバツの悪い顔をしてはやてにむきなおった。

「ごめんなさい。ちょっと頭に血が上っていたみたい。コイツの顔を見たらなんか言いたいことがあふれ出ちゃって」

「うん。ええよ」

「改めて自己紹介するわ。わたしはアリサ・バニングス。聖祥大付属小学校の3年生よ」
「わたしは八神はやてや。3年やったらうちらとおんなじやな。立ち話もなんやし、とりあえず上がらん?」

「ええ。お邪魔させてもらうわ」

「アイリもそれでええね」

 もちろんだ。

 アリサをリビングへ連れて行く。電気ポットの湯で入れた番茶を出したら『雑ねえ』と顰蹙を買ったがブルジョワの意見は聞かん。その際に僕がはやての家の食器棚をフリーダムに漁って湯飲みを出し入れしているのを訝しげにしていたがスルーした。

「アリサさん、んー、カタカナっぽいからバニングスさんやな――バニングスさんがうちにきたったのはアイリにようがあってってことでええんやな」

「アリサでいいわ。今日は身体測定だけだったから早く帰ってきたってのにコイツは」

 キッと威嚇してくるアリサ。僕、なんかしたか。

「約束かなんかしてたっけ」

「してないわよ。だいたいアンタわたしが学校行くまで寝てたじゃない」

「じゃあ何事さ。用があるならメモを残すなり使用人に言付けるなりすればよかったじゃないか」

「だから約束なんかないっていってるでしょ。わたしは屋敷に帰ってからアンタに用ができたのよ」

 なんじゃそりゃ。ふと見るとはやても苦笑している。昨日のことがトラウマになってなければいいと思ったけどいくらなんでも元気すぎやしないか。

「わたしはアンタに言ってやらなきゃ気がすまないの」

 [東映]そんなロゴがでてきそうな荒波のイメージをバックに僕に指を突きつけるアリサ嬢。その指先に僕の指も合わせればETだななんて思っていたらはやてが助け舟を出してくれた。

「なんかようわからんけど。ちょう察するにアリサちゃんはアイリと一緒に暮らしてるんやな」

「ちがうわ。昨日からの客人ね」

 アリサも押しかけた弱みがあるのかはやてにはちゃんと答えてやる。

「なのに愛天使ったら勝手に飛び出して」

 愛天使ゆーな。

「そりゃ出るさ。今日ここに来るのはおとついからはやてとの約束だからね。それともバニングスの御屋敷には客と呼ぶ相手を決して外に出してはならない特殊なしきたりでもあるのかな」

 そういえば鮫島さんに捕獲されてバニングス家まで連行された誘拐犯の一人は元気だろうか。彼のことを考えるとしみじみとなる。

「でも昨日の今日よ。一人で出たって言うし、危ないじゃない」

 ハイ、アウトー!!!

 僕ははやてに見えないようにウィンクを連射連射連射。気持ち悪い片目バチバチ行動にアリサは察してくれたのかモゴモゴと口を閉ざした。

 おそらくアリサは護衛をつけてここまできたのだろう。そして僕はつけてこなかった。このあたりについても怒っているのだ。

 だが誤解がある。僕は連中に顔は割れていない。そもそもそんなもの必要ないのだ。

 それでもちゃんと防犯ブザーは頂いたし、尾行がないことは来る途中に何度も確認した。出る前には行き先としてこの家の住所は告げてある。だからアリサもここがわかったのだし。

「ん? どゆことや。アイリとアリサちゃんは一緒に暮らしてて、外に出るとあぶない。昨日なんかあったん」

「一緒に暮らしているわけじゃないよ。昨日、アリサが年上の男連中に絡まれているところをたまたま見つけてね。困ってるみたいだったから、後ろから不意打ちしてアリサをつれだしたのさ。それで彼女を家まで送ったんだけど、もう遅かったしね、泊めてくれるっていうお誘いにのったんだよ。ただちょっと心配なのは、今アリサが言った通りにその連中っていうのがこれまた粘着質な感じでね。また見つかったりしたら厄介かもしれないんだ」

 アリサがよく言うわって感じの呆れた視線を送ってくるのは華麗にスルー。嘘はいってないぞ、嘘は。オブラートをちょっとたくさん重ねたけど、おおまかに真実だ。いや、オブラートって表現も変かな。あれは薬の全てを包みこむけど、こっちは大切な薬効成分が抜けてそうだ。

「ほおー、アイリえらいなあ。それでアリサちゃんはアイリを心配してここまできてくれたんか。でもアリサちゃんも出歩いてだいじょうぶなん?」

「大丈夫よ。ちゃんと信頼できる人についてきてもらったし」

「僕も大丈夫。僕はアリサを連れてさっさと逃げたから顔も見られてないしね」

 ちゃんと全員の口を封じてあるから危険があるとすれば基本的にアリサだけなのだ。

 そういえば、とアリサは神妙さと腑に落ちた感の混じった複雑な表情で納得した。

 よしよし。アリサを見たときはいったいなんだと思ったが。なんでもなかったらしい。

「そっかあ。じゃあアイリが引っ越さなきゃいけなくなったゆうのはまた別のお話なんやな」

「ちょっと、それどういうことよ!」

 あれ?

 なんで怒ってる?

 片目をバチバチバチーっとサインを送ってみたがアリサ大明神は鼻息で蹴散らした。釈明せよと? はやての前で? そもそも何が気に食わない?

 あ、わかった。アリサは僕がこのままバニングス家に引っ越してくる。そりゃ怒る。だが僕はそんなことしません。

「どういうもなにもただの引っ越しだよ。今住んでいるところはちょっと騒がしくなりそうでそうだからほとぼりがさめるまで出て行くんだ。場所はまだ決まってないけど、今日からでも何軒か確かめてみる予定」

「っこの――ヴァカ!」

 ヴァカ?

「あんたウチを出ていったい何処にいこうっていうのよ」

「いやいやいや。何を言っているんだ、君は。ずっと君ん家の世話になっているわけがないだろう」

「そうやなあ、アイリかてずっと泊まってたら、いくら放任主義な親御さんかて心配するやろうし」


 あ、なんか時間止まった。


 はやて、援護してくれるのはありがたいんだけど。ソレちがう。地雷。もしかしてわざと?

 というかアリサ、むしろバニングスはもう僕のことを調べきったんだろうなあ。だからってソレをアリサにまで伝えなくても良いのに。

 ほら、アリサったらぷるぷる肩を震わして『親、放任主義……』とかなんとか呟いちゃってるし。ちなみに笑いを我慢しているのでは決してない。

 さぁ来るぞ。3,2,1――

「ふざけないで、コイツに心配してくれるような親がいればわたしだってこんなこと言わないわよっ」

「――え」

 静寂がうるさい。アリサは苦虫を噛み潰したように眉をしかめた。はやては表情を凍らせてひたすらアリサの言葉を反芻しているようだった。

「アリサ」

「何よ」

「ちょうどはやてにそのあたりについて話すところだったんだ。せっかくだから君もいるかい」

「……ええ」

 アリサの口から語られるよりは僕が自分で説明したほうが良い。

 しかしこうなったら虚偽はもう通じまい。偽るどころかボカすことすら許してもらえないだろう。はぁーと深呼吸のようなため息をついて戸惑うはやてを見た。

「そういうわけだから、はやてちょっと寄り道したけど話を戻そうか」

「ん」

 感情が波立ってはいるようだが前を向いている。いいことだ。

 僕は説明を始めた。

「とはいえ大した話じゃないんだがね。とりあえず、話そう。まず僕の両親は僕が4才の頃に離婚している。親権は母がとって、それから母との二人で暮らしていた」

 ちなみに離婚前の旧姓は紅竜院。ただのサラリーマンの家系である。

「しかし先日、3月半ばに母が失踪。僕は独り暮らしをすることになったけど、お金がなく家賃も払えないから適当な廃墟ビルを見つけてそこに暮らしていた、以上。あれ? ホントに語ってみると短いなあ」

 はやても何もいわない。特にコメントすべき点が見つからないのだろう。そりゃそうだ。裏でどんな大変そうな事情があったって、はやてはこれまでに僕が普通に生きていたことを実際に触れて知っているんだ。ふぅん、難儀やなあ、の一言で済む話だ。

「こんのっ、どアホぉ! なんでそういうこと、もっとはよ言わんの」

 へぁ。

「いやいや、べつに言う必要のないことだろ?」

「なんで、なんでや。友達が困ってても知らなきゃ助けられへんやないか」

「そもそも困ってないし」

「宿無しが何いっとる!」

「ちなみにコイツの住んでた家? というか廃ビルには水道も電気も通ってなかったわね。ウチのものが見てきたけど、パンの耳やおからとそこら辺の雑草とかを主食にしてたみたい。あとリンゴガイの貝殻や、さばいたカエルとかもあったらしいわ。吊るして干し肉にして、すごいわね」

 雑草じゃない野草だ。つーかアリサ、裏切ったか。勘弁してください。そういえばウシガエル食べてなかったなあ。まだ試したことがなかったから楽しみにしてたんだけど。

「それに、それにお母さんが失踪って。アイリ心配じゃないん?」

「いやあ、男の所にいるだけだと思うし。たぶん生きてるんじゃない?」

「そんな」

「――生きてるわよ。隣の県で男性と一緒に暮らしてるそうよ」

「へえ、そりゃいいことだ」

 それにしてもバニングス家の情報は速いな。母には僕の知る限りでは借金はなかったし、身を隠しているわけではないだろうとはいえ、昨日から調べ始めてもうそこまで。デビット氏もそれだけ僕のことを怪しく思っていたのか。

 でもわざわざアリサに教えなくてもいいのに。それとも帝王学の一環だろうか。

「なら会いにいけば」

「おいおい、どう好意的に見ても僕は捨てられたんだよ。どんな顔して会いに行けって言うんだい」

 僕なんかが行ったって、双方(+母の恋人)ともに不幸を増やすだけだ。あっちはあっちで幸せになってもらいたい。

「でも」

「それにね僕はこれでも現状をわりと好意的に見てるんだ。母が憎いわけじゃないよ。見た目上の若さと美しさを武器に男をとっかえひっかえで、おまけにスイーツ(笑)をこじらせてはいたけど、これで親子仲は良好だったんだ。でもね、なんというかソリの合わない人でさあ。まあ生んでくれたんだからある程度は尽くす気だったけど、これでその必要はなくなった。捨てるってことはソレとの関係をすべて破棄するってことだろ。僕の感情云々はおいといて子捨てをする母に人間的に呆れつくしたってこともある。とにかく、これで一つの枷が消えたんだ。せっかく捨ててくれたことだし、しばらくは一人で生きていこうかなあ、なんて」

 だから心配しないで。なんて言おうとしていたら――――しまった。なにを調子に乗ってペラペラと僕は。はやてが泣きそうになっているじゃないか。

「なんでそんなふうに笑えるんや。なんで、だって、わたしはお父さんもお母さんも死んじゃって、すごく悲しいのに」

 知っている。だからはやてにはできるだけ言いたくなかったのだ。死別と生別の違いはあれど僕とはやての境遇は一見して似ている。

 ついにはポロポロとなみだを零し始めたはやてのあたまを撫でながら僕は言う。

「はやて。はやてはそれでいいんだよ。子が親を惜しんでいけないはずがないんだ。それでいい。でも、ただね、ただ人にはちょっと人それぞれの感じ方があるだけなんだ。君が君のご両親を大切に思えるのは素晴らしいことだよ。それを僕は否定しない」

 鼻を鳴らすはやての背をゆっくりなでる。胸にもたれかかる重さをやさしく抱きとめた。

 脇でアリサは気まずそうにしていたが、知るもんか。僕だってものすごく恥ずかしいんだ。それでも僕は湯気の上がりそうな顔で、はやてが落ち着くまでなで続けた。



「で、結局ウチから出て行くってどういうことよ」

「だから、出るも何も昨日たまたま泊まっただけだろう? デビットさんはまだ聞きたいことがあるらしいから今日はまた泊まるかもだけど、どちらにしろ長居はしないよ。だいたい犬や猫じゃあるまいし、ちょっと拾ったからってずっと泊めるなんて発想のほうがおかしいだろう」

「あのね、アンタは一応わたしの恩人なのよ。それを家がないってわかってるのに放り出すなんてできるわけないじゃない」

「居場所なんてあるもんじゃない、作るもんだ」

「うるさい、なにちょっとカッコよさげなこと言ってるのよ。作るったってどうせダンボールででしょ。だいたいアンタお金あるの? ご飯は?」

「大丈夫。このあたりに生えている可食性の野草はだいたいチェックしてあるから」

「――――ねえ、はやて。こいつやっぱバカなの?」

「いままでは頭ええ子や思ってたけど。――いかん、わからんなってもうた」

 口元を隠してこそこそとやる二人。聞こえてる。聞こえてるよ二人とも。なんつー失礼な。

「いいんだよ。これだって貴重な経験なんだから。伊達と酔狂のストリートチルドレンだ。好きでやってるんだから、ほうっておいてくれ」

「そんなことできるわけないでしょ」

「できれ。いいか、二人とも。日本はいい国だよ。僕程度の年のいたいけな子供が助けをもとめれば、個人なり行政なりまず誰かが確実に助けてくれる。いつでもどうにかなる手段があるのにソレをしないってことはつまり好きでやっているからだ。本人が好きでやってるなら周りがどうこう言うことじゃあないんじゃないかな」

 そう。助けを求めればきっと与えられる。だから僕はストリートチルドレンをするにあたって悪質な盗みなど直接的かつ多大な迷惑行為は働かないと決めていた。まあ僕のような浮浪児がいることで治安悪化を心配させるといった間接的な迷惑は棚上げさせてもらおう。人の負感情全てを背負っていたらキリがない。

「あかん。どうしよアリサちゃん。アイリが真正のアホやぁ」

「処置なしね。こうなったら首に縄つけてでもウチに連れて行こうかしら。こいつには一度徹底的な教育が必要だわ」

 失礼な。

 アリサが呆れたように首を振る。少し遅れて金髪が揺れた。

「わかった。アンタがだいじょうぶだっていう理由は一時的に保留しとくわ。納得はしないし、まだ言い足りないけど。で、アンタは何がイヤなのよ?」

「イヤって?」

「ウチの世話になること」

 理由は二つある。僕はそのうちの小さいほうを一口に言った。

「借りを作るのがイヤだ」

 つまるところ僕が母に捨てられてむしろ喜んでいるのは『借り』を気にしなくてよくなったということに尽きる。これまではどんなにソリの合わない人であろうと産んでもらった恩と自分が普通の子ではないという負い目によって見捨てるわけには行かないと思っていたが、逆に向こうから捨てられることによって精神的な束縛から体よく解放された。

 どうせだったらこの自由をもうしばらくは享受していたいのだ。

 とりあえず一冬くらいは無頼の生活で挑戦してみたいし、できれば1,2年ほどはこのままでいたい。

 あんまり年をくったら『いたいけな子供』としての同情収集能力にもかげりが出てきて行政もあんまり気にかけてくれなくなるだろうから、中学期へ上がる前には適当な施設に庇護を求めるつもりだ。それからはバイトでもして進学費用をためつつ、普通人のレールに戻る予定だから、こんな生活できるのは今だけだ。だからこそ今しかできないこと経験してみたいのだ。

「国とかならその借りにたいして、いずれ相応しい税金を納めればいいと納得できる。でも個人にはダメだ。その借りは一生を縛る枷となりえる」

「バカらしい。そんなのカッコいいと思ってるわけ」

 ふん、こちとら人生二回目だからな。全クリこそしなかったとはいえ、普通のプレイはもうだいたい理解したから、二週目は縛りプレイとか奇抜なプレイスタイルを求めるのは当然だろ――とはいえない。

「だいたいわたしはアンタに助けられた、アンタは間違いなくバニングス家の恩人なのよ。その恩を返して、やっとそれで貸し借りゼロじゃない。一方的に貸し付けて返済を求めないなんて、それこそフェアじゃないわ」

「ちがうな。デビットさんにはすでに違うことをしてもらっている。ちょいと――後片付けをね」

「―――っ」

 あえて含みのある言い方をすると、アリサは僕が始めて話しかけた時の色が浮かんだ。瞳孔が拡大し、息が止まる。両の手を胸の前に引いて僕から身を守るように身構えた。理解できない相手に対する畏れ。自分が大切にするナニカをあっさりと踏みにじった僕への不可解。そして自身もあっさり切り捨てられるのではという疑念と信頼がせめぎあう戸惑いの表情だった。

 昨日話した印象ではデビット氏は僕に感謝しつつ、同時に強く警戒している節がある。確かにアリサを助けた経緯があるからある程度の尊重はしようが、娘に悪影響を与えること間違いなしの存在を長期に留まらせることなどないだろう。

 僕も同感だ。アリサが今何を思って僕の前に立つのかは知らないが、僕を受け入れるということは、多かれ少なかれ殺人を認めるということだ。僕は人を殺したことに大して感慨をもたなかったが、彼女がそうなるにはまだ早い。いずれアリサが成長して、広い世界観を持ってから一部の殺人を是とするならそれも良いだろう。だが、僕をそばに置くことで、なし崩し的に認めるのではダメだ。昨日の件については僕からは距離をとって、冷静に振り返ってほしかった。

 これから僕が何処へ行くにしてもアリサの家だけは避けるつもりである。



「つまりアイリはウチにすめばいいんやな」

「はい?」

 あの、はやてさん? いったいどういうつながりで『つまり』になるんでせうか。
 こりゃあ名案やぁ、じゃなくて。ぽんと手を打ってなくて――え?

「ないないないない。ありえんですよ」

 僕にヒモになれと申されるか。

「えー、でも今だってほとんど毎日いっしょにいるやん。わたしももっとアイリといたいし、アイリもいちいちアイリん家と往復する手間が省けて、屋根と壁とお布団とあったかいお食事げっとや。お得やろ」

 こてんと愛嬌のあるしぐさで首をかしげる。だけど僕は同意できない。

「いやいやいや、いまだって毎日のようにお昼ご飯を頂いているんだ。人一人養うってのは簡単じゃないよ。そうだ食費はどうするんだい」

「大丈夫。わたし、働かなくても一生食べてけるだけのお金はあるから」

 くそう。忘れていたがはやてもブルジョワさんだった。このブルータスめ。アリサに驚きがないのは、僕がバニングスの使用人にはやての存在を漏らした時点ではやてのことも調べられていたからに違いない。

「借りが云々ゆうんやったら、アイリはそのぶんわたしを助けてくれればええ。わたしの家政夫さんで家庭教師さん。その分お家賃と食費はなし。ぎぶ・あんど・てーくや」

「なるほど住み込みの使用人ってわけね。いい考えじゃない」

「ちゃんとお小遣いも上げるで」

 うわっ、なんか傷ついた。はやては善意からの提案なんだろうけど、うっわ。9才の女の子から御小遣いもらう約30才(精神の経過年数)ってどうよ。そりゃ戸籍的、肉体的には同い年でも、ちょっと絶望的じゃね? 

 僕の懊悩を違ったふうに解釈したアリサが口を出す。

「あのねえ、アンタここらへんで折れておかないとチクるわよ。警察にでも児童保護施設にでも、ストリートチルドレンがいますって。」

 彼ら公的機関のおせっかいぶりはアリサの比ではないだろう。僕なんかいくら反抗しようと組織はしかるべき強制力とオトナの責任をもってその施設へ連れられてゆくに違いない。それは僕個人の意志や性質に関わらず社会的には明らかに正しいことなのだ。

「まあまあ、アリサちゃん。それでどうや、アイリ。べつに使用人ゆうてもそないに気にせんでええんよ。ただ一緒にいて、ちょっとウチには大変なこと助けてくれて、それで一緒にいてくれればええねん。な、だから一緒にくらそ?」

 はやては僕の手をとると柔らかく微笑んだ。太陽のように暖かでつつみこむ少女に僕は抗うすべを知らない。ただ不承不承だぞとアピールする仏頂面を守ることが精一杯だった。

「ん、お世話になる」

 押し殺した渋い声ははやてのパァと咲くような喜びようを見るに果てしなく無意味だったようだ。

 ああ、何で僕はこんなツンデレじみたことをやっているのだろう。自分の頭に沸いた疑問がおかしくて僕も笑った。

 そんな僕らの様子がおかしいのかアリサもけたけたと笑っていた。


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