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No.4610の一覧
[0] 魔法少女リリカルなのはReds(×Fate)【第二部完結】[やみなべ](2011/07/31 15:41)
[1] 第0話「夢の終わりと次の夢」[やみなべ](2009/06/18 14:33)
[2] 第1話「こんにちは、新しい私」[やみなべ](2009/06/18 14:34)
[3] 第2話「はじめての友だち」[やみなべ](2009/06/18 14:35)
[4] 第3話「幕間 新たな日常」[やみなべ](2009/11/08 16:58)
[5] 第4話「厄介事は呼んでないのにやってくる」[やみなべ](2009/06/18 14:36)
[6] 第5話「魔法少女との邂逅」[やみなべ](2009/11/08 16:59)
[7] 第6話「Encounter」[やみなべ](2009/06/18 14:37)
[8] 第7話「スパイ大作戦」[やみなべ](2009/06/18 14:38)
[9] 第8話「休日返上」[やみなべ](2009/10/29 01:09)
[10] 第9話「幕間 衛宮士郎の多忙な一日」[やみなべ](2009/11/29 00:23)
[11] 第10話「強制発動」[やみなべ](2009/06/18 14:39)
[12] 第11話「山猫」[やみなべ](2009/01/18 00:07)
[13] 第12話「時空管理局」[やみなべ](2009/01/31 15:22)
[14] 第13話「交渉」[やみなべ](2009/06/18 14:39)
[15] 第14話「紅き魔槍」[やみなべ](2009/02/21 22:51)
[16] 第15話「発覚、そして戦線離脱」[やみなべ](2009/02/21 22:51)
[17] 外伝その1「剣製」[やみなべ](2009/02/24 00:19)
[18] 第16話「無限攻防」[やみなべ](2011/07/31 15:35)
[19] 第17話「ラストファンタズム」[やみなべ](2009/11/08 16:59)
[20] 第18話「Fate」[やみなべ](2009/08/23 17:01)
[21] 外伝その2「魔女の館」[やみなべ](2009/11/29 00:24)
[22] 外伝その3「ユーノ・スクライアの割と暇な一日」[やみなべ](2009/05/05 15:09)
[23] 外伝その4「アリサの頼み」[やみなべ](2010/05/01 23:41)
[24] 外伝その5「月下美刃」[やみなべ](2009/05/05 15:11)
[25] 外伝その6「異端考察」[やみなべ](2009/05/29 00:26)
[26] 第19話「冬」[やみなべ](2009/07/02 23:56)
[27] 第20話「主婦(夫)の戯れ」[やみなべ](2009/07/02 23:56)
[28] 第21話「強襲」 [やみなべ](2009/07/26 17:52)
[29] 第22話「雲の騎士」[やみなべ](2009/11/17 17:01)
[30] 第23話「魔術師vs騎士」[やみなべ](2009/12/18 23:22)
[31] 第24話「冬の聖母」[やみなべ](2009/12/18 23:23)
[32] 第25話「それぞれの思惑」[やみなべ](2009/11/17 17:03)
[33] 第26話「お引越し」[やみなべ](2009/11/17 17:03)
[34] 第27話「修行開始」[やみなべ](2011/07/31 15:36)
[35] リクエスト企画パート1「ドキッ!? 男だらけの慰安旅行。ポロリもある…の?」[やみなべ](2011/07/31 15:37)
[36] リクエスト企画パート2「クロノズヘブン総集編+Let’s影響ゲェム」[やみなべ](2010/01/04 18:09)
[37] 第28話「幕間 とある使い魔の日常風景」[やみなべ](2010/07/03 02:34)
[38] 第29話「三局の戦い」[やみなべ](2009/12/18 23:24)
[39] 第30話「緋と銀」[やみなべ](2010/06/19 01:32)
[40] 第31話「それは、少し前のお話」 [やみなべ](2009/12/31 15:14)
[41] 第32話「幕間 衛宮料理教室」[やみなべ](2010/01/11 00:39)
[42] 第33話「露呈する因縁」[やみなべ](2010/01/11 00:39)
[43] 第34話「魔女暗躍」 [やみなべ](2010/01/15 14:15)
[44] 第35話「聖夜開演」[やみなべ](2010/01/19 17:45)
[45] 第36話「交錯」[やみなべ](2010/01/26 01:00)
[46] 第37話「似て非なる者」[やみなべ](2010/01/26 01:01)
[47] 第38話「夜天の誓い」[やみなべ](2010/01/30 00:12)
[48] 第39話「Hollow」[やみなべ](2010/02/01 17:32)
[49] 第40話「姉妹」[やみなべ](2010/02/20 11:32)
[50] 第41話「闇を祓う」[やみなべ](2010/03/18 09:55)
[51] 第42話「天の杯」[やみなべ](2010/02/20 11:34)
[52] 第43話「導きの月光」[やみなべ](2010/03/12 18:08)
[53] 第44話「亀裂」[やみなべ](2010/04/26 21:30)
[54] 第45話「密約」[やみなべ](2010/05/15 18:17)
[55] 第46話「マテリアル」[やみなべ](2010/07/03 02:34)
[56] 第47話「闇の欠片と悪の欠片」[やみなべ](2010/07/18 14:19)
[57] 第48話「友達」[やみなべ](2010/09/29 19:35)
[58] 第49話「選択の刻」[やみなべ](2010/09/29 19:36)
[59] リクエスト企画パート3「アルトルージュ・ブリュンスタッド 前篇」[やみなべ](2010/10/23 00:27)
[60] リクエスト企画パート3「アルトルージュ・ブリュンスタッド 後編」 [やみなべ](2010/11/06 17:52)
[61] 第50話「Zero」[やみなべ](2011/04/15 00:37)
[62] 第51話「エミヤ 前編」 [やみなべ](2011/04/15 00:38)
[63] 第52話「エミヤ 後編」[やみなべ](2011/04/15 00:39)
[64] 外伝その7「烈火の憂鬱」[やみなべ](2011/04/25 02:23)
[65] 外伝その8「剣製Ⅱ」[やみなべ](2011/07/31 15:38)
[66] 第53話「家族の形」[やみなべ](2012/01/02 01:39)
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[4610] 第52話「エミヤ 後編」
Name: やみなべ◆d3754cce ID:1963cf14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/04/15 00:39

SIDE-はやて

二人が部屋を出て言って数分。
わたし達は結局紅茶に手をつける事が出来んかった。
そのせいで、折角の美味しそうな紅茶はすっかり冷めてもうた。

でも、それはしゃあない。誰も何も口にいれたくないんやから。
さっきだってわたしらは一度吐きそうになったし、次がないとは限らへん。
この先により一層酷い現実が待っているかもしれないと考えれば、当然やろ。

それに、少し考えれば直ぐに思い当たる。
たぶんアイリの娘さん、イリヤさんの死はもう間もなくや。
いや、もしかすると他にも何かあるのかもしれへん。
せやけど、やっぱりみんなが今一番気になっとるのはそこのはずや、もちろんわたしも。

凛ちゃん達の交渉が上手く言ったかどうかは、聞いてみないとわからへん。
せやけど、士郎君はあまりイリヤさんと交流がなかったって聞いとる。
その事からも、おそらくその交渉から間もなくイリヤさんの身に何かあったはずや。
そしてそれは、アイリも気付いとる。

でも、正直なんて声をかければええのかわからへん。
せやけど、それでも何とかアイリに声をかけようと口を開こうとする。
沈み込むアイリの姿は、ホンマに見ていられんかったから。
「アイリ……」
「はやてちゃん」
わたしが口を開くと、その瞬間にシャマルの手がわたしの方におかれる。
声の方を振り向くと、シャマルはそのまま首を振った。

たぶんわたしの気持ちも、わたしが何を言えばいいかわからへんのも、全部わかっとったんやろ。
だからこそ、考えが纏まらないうちに話しかけるべきやないと判断したんや。
そして、シャマルのその判断は正しい。中途半端な同情や憐憫なんて、きっとアイリは望んでへんから。

初め、わたしは士郎君に反感があった。
なんで、なんでイリヤさんを助けてくれへんかったのか。
そう思うと、どうしても士郎君への負の気持ちが湧きでてきた。
でも、こうして話を聞いてそれが薄らいでく。

きっと、士郎君なら何とかしようとしたはずや。
話しを聞けば聞くほどに、士郎君がそう言う人やっちゅう事がよくわかる。
たぶん、自分の身も省みないで助けようとしたはずや。
それが例え、殺し合う関係にあるはずの人でも。

そして、そんな士郎君でもどうにもならへん事態があったんやろ。
そのせいで、イリヤさんは死んでもうた。そう想像するのは、そう難しい事やない。

でも、だからこそなんて声をかければええんや。
そんなわたしの葛藤を察したのか、すずかちゃんとフェイトちゃんが話しかけてくる。
「はやてちゃん、あんまり無理しないで」
「うん。はやて、アイリさんにも負けないくらい酷い顔してる」
「え? そ、そうかな……」
その言葉に、思わず自分で自分の顔に触れる。
鏡がないからようわからへんけど、二人が言うんやからそうなんやろ。

アカンな。誰かを励まそうとしてるのに、自分自身が沈んどったら世話ないわ。
せめて表面だけでも元気にしとかんと、説得力ゼロや。

わたしはそう思って、せめて今だけでも良いからいつものわたしに戻ろうとする。
(この際や。ウソでもええ、仮面でもええ。とにかく、アイリを心配させないような顔をせんと……)
アイリにそんな顔を向けるのは嫌やけど、そんな事言ってられへん。
だって今のアイリのあんな顔、とてもやないけど見てられんもん。

わたしは何とか表情を取り繕い、シャマルとシグナムの方を向いて確認してもらう。
二人はみなまで言わずとも、わたしの意図を察してくれた。
『まだちょっと硬いですけど、それ以上は無理だと思いますし、仕方ありませんね』
『ええ。それに、それならばおそらく大丈夫でしょう』
二人から思念通話でオッケーをもらい、わたしはアイリに顔を向ける。
何を話すか、それはもう表情を作るところで決めてあるから万全や。

「アイリ、あのな……」
意を決して、アイリに向けて話しかける。

せやけど、アイリは私の頬に優しく触れて……
「ありがとう、はやて。でも、そんな無理した笑顔なんてあなたらしくないわ」
「あ、あははは、やっぱりわかる?」
「当たり前よ。だって、私は…………あなたの母親ですもの」
「…………………………………そやね。それやったら……しゃあないわ」
そう言われたら、何も言えへん。ちゅうか、こんなに簡単に見破られるとはなぁ。
まだまだ、アイリには勝てそうにないわ。

ただ、母親と言うまでの一瞬の間。それがどうしようもなく目立った。
なんちゅうか、その事を言うのが酷く苦しそうに見えたんや。
瞳は悲哀で染まり、声には抑えきれない絶望を宿し、顔には色濃い影が浮かんでる。
明らかに、隠しようもない程に無理してるのが丸わかりや。

「アイリ、わたしはアイリの本当の子どもやない。イリヤさんの代わりにはたぶんなれへん。
でも、それでもわたしはアイリの事が大好きや。本当のお母さんの様に思うとる。
せやから、アイリの方こそあんまり無理せんといて。アイリが苦しそうにしとるのは、わたしも嫌や」
「はやて……」
わたしの精一杯の言葉に、アイリの瞳に涙が浮かぶ。

そして、そんなわたしの言葉に続く様に、皆もアイリに微笑みかけていく。
「そうですね。そして、それは我等も同じです、アイリスフィール」
「シグナム」
「私達じゃ力不足かもしれませんけど、頼ってください。私達はずっと、あなたを頼りっぱなしだったんですから、すこしは頼ってくださっていいんですよ」
「アイリ……なんて言っていいかわかんねぇけどよ、元気出せなんて言えねぇけどよ、一人で背負うなよ。
 あたしらだって家族だろ。だから、少しくらい分けてくれよ」
「我ら守護騎士は、命ある限り主と共にあります。そして、その母たるあなたとも」
うちの子達全員の、心からの言葉。それはどうやらちゃんとアイリに届いたみたいや。

それに感極まったのか、アイリは両手をいっぱいに広げてわたし達に抱きつく。
「…………みんな!」
「ひゃ!?」
「あ、アイリスフィール……」
「……ありがとうございます、アイリさん」
「アイリ、ちょっと苦しい……」
「嬉しい苦しみだ。甘んじて受け入れろ」
みんな、それぞれの反応を示しながらもアイリの抱擁に応える。
この温もりが、わたし達の気持ちが、少しでもアイリの心を癒してあげられる様に。

同時に思う。もしかしたら、凛ちゃんはこれを狙って時間を作ったのかもしれへんなぁ。
考えすぎかもしれへんけど、二人がおったらこうはできへんかったと思う。
まあ、それでも皆の前でこれをするんはえらく恥ずかしいんやけどね。
でも、こればっかりはしゃあないわ。



第52話「エミヤ 後編」



それと時を同じくして、遠坂邸の別室。
そこで、凛は士郎に改めてその意思と覚悟を問うていた。

「いいのね? 本当に、全部話して。アーチャーの事は、まだ誤魔化しがきくわよ」
「…………」
「迷っているなら、今回は見合わせなさい。中途半端な気持ちで話しても、お互い苦しいだけよ」

凛の言はおそらく正しい。これから先の話は、確かに半端な気持ちで話していいものではないだろう。
それを理解しているからこそ、士郎は再度自身に問いかける。話すのか否か、本当にその決定でいいのかを。
そうして、僅かな時間黙考していた士郎は、ゆっくりと口を開いた。

「……わかってる。でも、避けて通るわけにはいかない、何より俺自身知っておいて欲しいと思ってる。
 アイツらは純粋で、優しくて、力もある。だが、だからこそ危うい。
 いつか、アイツらも選択を迫られる時が来るかもしれない。その時の為に……知っておいてほしい」
「ま、アンタらしいって言えばそうなのかな……でも、話すのは事実だけよ。今回、アンタにとっての真実は必要ない。あの事を聞いて何を思い、何を感じるのかはあの子達次第。そして……」
「ああ……そして、それはイリヤスフィールの事についても同じ、だろ?」
「わかってるならそれでいいわ。じゃ、行くわよ」

そんなやり取りが二人の間で交わされ、凛は士郎の車椅子を押して部屋に戻る。
十年間、士郎の内で行き場もなく燻り続けていた罪を告白するために。
衛宮士郎と遠坂凛、そしてアーチャーとの間にある因縁を語るために。



  *  *  *  *  *



二人が部屋に入ると、既に皆は聞く体勢を整えていた。
イスに深く腰掛け、肩を始め全身に力が入り、そしてその眼には強い意志の光を宿し、口は堅く結ばれている。
それだけで、二人には皆が先程まで以上の覚悟を持ってこの場に臨んでいる事が理解できた。

「さて、続きといきましょうか」

凛がそう言うと、なのは達は無言で首肯する。
口を開きづらい雰囲気と言うのもあるが、何より彼らにとって今はそれどころではないのだろう。
口を開いて発声する、それだけの事に費やす程度の時間すら、今の彼らには無駄に思えたのだ。

「アインツベルンの城までは特に問題なく辿り着けたわ。まあ、腹の立つ警報とかはあったけど……。
 だけど着いてすぐに気付いた、様子がおかしいって」
『…………』

その凛の言葉に、誰も質問を投げかけたりはしない。
気付いていたのだ、既に事は始まっていると。しかし、その想像と事実は大きく異なっている。
なのは達は、バーサーカーがキャスターかランサーと戦っているのかもしれないと考えていた。
だが、事実は違う。バーサーカーが戦っていたのは、まったく別のイレギュラーだったのだ。

「俺達は城に忍び込んだんだが、直ぐに異常の正体に気付いた。
 響いてきたのは紛れもなく戦いの音。剣と剣が打ち合う音だ」

その言葉に、誰もが「やはり」と思う。
そこまでは予想通り。相手が誰かまではわからないが、別段驚くような展開ではない。
だからこそ、驚いたのはその先だった。

「だが、それこそが異常だった」
「どういう事なの、シロウ? 別にそれは、ランサーかキャスターがバーサーカーと戦ってるって事でしょ?」
「そうだな。普通の剣戟であればそう思った。だが、聞こえてきたのはまるで嵐の様に激しい剣戟。
 セイバーとバーサーカーの戦いでさえ聞く事のなかった、そんな音をさせる相手って誰だ?」

確かに、最優と最強の戦いですら聞けないような剣戟を、一体誰が引き起こすと言うのか。
セイバーはまだその時点ではキャスターの令呪に屈していない筈。
ならば、他に一体誰がそんな音を響かせる事が出来るのだろう。
誰もがその事に思いを巡らせるが、答えは出ない。

「なにか、取り返しのつかない事が起きている。俺達にわかったのはそれだけだ。
だから、とにかく広間まで駆けて行き、念のために二手に分かれた。
……そういや、凛に感情を押し殺した声で言われたっけな。『何が起きても手を出すな。戦う手段がない以上、ヤバくなったら逃げろ。どっちかが捕まっても助けようなんて思うな』ってさ」
「当たり前でしょ。それまでのアンタを見てれば、それくらい言わずにはいられなかったんだから」
「ああ、わかってるさ。…………そして見たんだ、在り得ない筈の光景を」
「…………それは、どんな?」

声の主はアイリ。彼女もフェイト同様、緊張から沈黙に耐えられなくなったのかもしれない。
或いは、どこかで娘の最期が近い事を感じ取っていたのかもしれない。
どちらにせよ、彼女の声が怯えと畏れに満たされているのだけは間違いない。

「片方には、黒い巨人と白い少女。それ自体は別におかしくない。だけど、巨人の危機迫る咆哮は以前の比ではなく、それを見守る少女は肩を震わせ泣き叫ぶ一歩手前の表情だった。
 バーサーカーと言う、最強のサーヴァントを従えるイリヤスフィールがそんな顔をする。それがどれだけの異常か、わかりますか?」
「…………」

またも沈黙が場を満たす。誰もが恐怖に身を震わせていた。
士郎のその言葉は、敵に関する具体的な表現を一切せずに、それでもなお戦いの情景を如実に物語っていた。
暴虐の化身とも言うべきバーサーカーが、(おそらくは)一方的に蹂躙されている。その事実を誰もが頭に思い浮かべていた。在り得ない、そう思いつつも、士郎の言葉からその結果しか思い浮かべられずにいたのだ。
そんな皆の表情は凍りついた様に不動。それだけで、皆が同じ思いを共有している事がわかる。

「誰か助けて、そう彼女が訴えている様に俺には思えた。
 当たり前だ。バーサーカーの斧剣は尽く弾かれ、反対に男の攻撃がその体を蹂躙して行くんだから。
 そんな物を見れば誰だって絶望に染まる。ましてやそれが、いる筈のない八人目のサーヴァントとなれば……」
「あり得ないわ! サーヴァントはいつでも七人までの筈……八人目を呼び出すなんて、大聖杯にそんな機能はない!!」

士郎が語る、あまりにも突拍子もない事実。
おそらく、誰よりも聖杯戦争という儀式のシステムを知るアイリには、到底信じられるものではなかった。

「信じられなかったのは私達も同じよ。でも事実、バーサーカーの剣は弾かれ、その体は容易く貫かれていく。
 そんな真似、サーヴァントでなければ不可能よ。いえ、アレだけの事が出来るサーヴァントなんている筈がない。どんな鎧にも勝る頑健な肉体を誇るヘラクレス、その肉体を容易く穿つ武装を湯水のように使う。そんなこと、通常ならあり得ない」
「だからこそ理解した、理解するしかなかった。
男の背後から現れる無数の剣は、その全てが紛れもない必殺の武器、宝具だと。
 そしてその戦い方に、みんなも憶えがあるだろう?」
「まさか……」

そこまで聞いたところで、シグナムの表情に怖気が走る。
彼女も、そしてなのは達も思いだしたのだ。
宝具をまるで消耗品の弾丸のように使う、そんなデタラメな戦い方をするサーヴァントを。
そして、その名を呟いたのはフェイトだった。

「アーチャー…………ギル、ガメッシュ……」
「そうだ。無数の宝具を呼び出し、バーサーカーの胴を穿ち、頭を撃ち抜き、心臓を串刺しにする。そんな事が出来るのは奴しかいない」
「でも、どうして……! いえ、そもそも誰が、どうやって召喚したんですか!?」

シャマルの声には動揺がありありと浮かび、その問いも僅かに右往左往していた。
それだけ、ギルガメッシュの登場が彼女に与えた影響は大きいのだ。

「マスターとして傍にいたのはライダーのマスターだったわ。でも、あんなのは単なる傀儡よ。
 いえ、それ以前にアイツは改めて召喚されたんじゃない。アイツはね、第四次からずっと現界し続けたのよ」
「現界し続けたって……どうやって。確か、聖杯の補助がないとサーヴァントの維持は難しいんだよね?」
「ユーノの言う通りよ。だけど、アイツにはそんな事関係なかった。
さっき言ったでしょ? アイツは第四次の終盤、そこで聖杯の中身を浴びたのよ。
最古の英雄王の名は伊達じゃない。アイツは衛宮切嗣ですら憑り殺した『この世全ての悪』を、逆に呑みこんだのよ。それによってアイツは受肉し、十年に渡って存在し続けた」

その話に、誰もが圧倒される。まさか、『この世全ての悪』を飲み込み、逆に捩じ伏せられる者がいようとは。
世界の半分を背負えてしまう、その在り様に畏れを抱くのは当然だ。

「だが、バーサーカーもそう簡単にはやられない。ヘラクレスの宝具は『十二の試練(ゴッド・ハンド)』。その能力は、蘇生魔術の重ね掛けによる自動蘇生。その数は、伝承にある通りなら優に十を超える。
 だからこそ、彼は即死する度に蘇り、敵へと前進していった。俺達が見た限りで八度。それだけの数無残に殺されながら、それでも前進をやめない。それはまさに、狂戦士の名に相応しかった。
 でもそれを、奴は楽しげに嗤いながら見据えていたんだ」

繰り返される惨劇を、誰もが想像すると同時に恐怖を抱く。当たり前だ、殺しても殺しても向かってくる敵。それがどれほど恐ろしいか、それがどれほどの脅威か、赤ん坊でも理解できるだろう。
にもかかわらず、そんな事など取るに足らないと言わんばかりに嗤う事の出来る者とは、一体どれほどの化け物なのか。眼の前で行われる侵攻を、ギルガメッシュは余興か何かとしか思っていなかった。
それを皆が理解し、同時に畏れが本能的な絶望へと変化していく。

「たぶん、士郎が一番アレのヤバさをわかっていたはずよ。だって、あらゆる剣の情報を読み取り、宝具すら投影できる士郎ですもの。こいつだけは、即座にアイツの使ってる武器が全て“オリジナル以上”だと理解することができた。それなのにこいつときたら……」
「オリジナル以上? おい、そりゃどういう意味だよ」
「? ああ。そういえば、さっきその辺りには触れなかったか。ギルガメッシュが持っているのは、厳密に言えば宝具じゃない。それらは全て、伝説となる前の原典だ」

凛の言葉の意味がうまく理解できず、ヴィータは眉間にしわを寄せる。
英霊…それもその中でも最高位の一角であり、文字通り「不死身の肉体」を持つヘラクレスを平然と殺し尽くす武装の数々を、「宝具ではない」と言われても困惑するのは当然だ。
ましてや「伝説となる前」といわれても、いまいちピンとこないというのが総意だろう。
それを確認した士郎は、改めて詳しくその意味を語るべく口を開く。

「いいか、伝承・神話って言うのはゼロから生まれたわけじゃない。あらゆる物語に共通項があり、当然モデルとなった大本がある。そしてそれは、英雄達の宝具にも言えるんだ」
「そう。アイツは生前、あらゆる財宝を収集した。集められない物、足りない物なんてない。そいつは完璧な宝物庫を持ち、その中にある武器は死後世界に散らばった。
 だけど、そんな奴が集めた武装だもの、生半可なものじゃない。それらは名品であるが故に各地で重宝され活躍し、いずれ宝具として扱われた」

それこそが英雄王の正体に気付くヒント。
他の英雄の宝具を持つ者はいない、だが宝具となる以前の武装を全て手にした王はいた。
それは言わば遺産。英雄達の宝具とは一部の例外を除き、そのほぼ全てがたった一人の男のお下がりなのだ。
それに該当する英雄はただ一人。世界最古の伝承に名を残す、古代メソポタミアに君臨した魔人のみ。
そして、その蔵こそが彼のもう一つの宝具『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』。明確なランクを有さない、あらゆるランクに該当する宝具の片割れ。
まあ、結局は不用心な慎二が真名を思い切り暴露してくれたのだが、それはともかく……。

「だからこそ、アイツは最強のサーヴァントなのよ。
 どんな英雄にも弱点があって、アイツはその弱点を突く事が出来る。それはつまり、あらゆる英霊に対して絶対的な優位性を持つって事でもあるわ。
その上、アイツの強さは『個人』としての強さじゃない。イスカンダル同様『戦争』の域で戦う英雄」
「なるほどな。確かに、どれほど優れた兵士でも戦争そのものには勝てん。
 戦術的な勝利は、決して戦略的敗北を覆す事は出来ない。
それと同じだ。我らや英雄達がどれほど武勇を誇ろうと、そもそも戦略レベルで負けているのだ。これでは戦う前から勝敗は決している」
「そんな……」

ザフィーラは凛の言葉に同意を示し、そのあまりの規格外になのはの声が漏れる。
当然だ、あまりにも卑怯とさえ言える。言わば、決闘に千の助っ人を用意するかの様な戦力差。
…………いや、これはむしろイスカンダルの方か。
正しくは、中世の戦争にミサイルを持ち込むかの如き暴挙言うべきかもしれない。

何しろ、そもそも戦う土俵が違いすぎるのだ。
イスカンダルと違い、ギルガメッシュは曲がりなりにも一対一で戦っている。
そうである以上、卑怯などというべきではないかもしれない。
だが、それでも卑怯と言わざるを得ないほど、前提条件に開きがある。
これでは、確かにザフィーラの言う通り勝負にならない。

そして、それはアイリも理解していた。
だがそれでも彼女は、ほんの僅かな希望に縋って愛する娘の守護者の安否を問う。問わずにはいられなかった。

「バーサーカーは、どうなったの?」
「善戦しました。あんな規格外を敵に回して、それでもなお最強だった。
 確かに着実に間合いを詰め、肉薄して見せました。だが、それでもなお…………その手が届くことはなかった。神性に対する絶対的拘束力を持った鎖に囚われ、殺しつくされたんです」

その段階で、否、それ以前に相手がギルガメッシュであると知った時点で、誰もが結果は予想していた。
その結果は覆る事なく、当たり前の様に、一切の偶然も奇跡も入る事なく、予想通りの結末を迎えたのだ。
当然、その後の結末も皆が予想できていた。

だからこそ、アイリは一瞬その耳を塞ごうと手が浮き上がりかける。
しかしそれは耳にまで届く事なく、ゆっくりと元あった膝の上に戻され、その手は硬く握りしめられた。
聞くと、受け止めると、その覚悟を以て彼女はこの場に臨んでいる。
ここで耳を塞ぐのはその覚悟を翻す事であり、苦しくとも話すと決めた士郎達への冒涜であり、娘の死からの逃避だと理解していた。それ故の自制である。
はやて達の顔にも一瞬逡巡の色が浮かぶが、アイリの覚悟を感じて押し黙った。

だが、苦しいのは士郎も同じ。今でも鮮明に覚えている、思い出すたびに血が溢れる心の傷。
それを今、最も彼女を愛していたであろう人の前で語るのだ。代われるものなら誰かに代わってほしいだろう。
しかしそれは、誰でもない衛宮士郎の役目であるとの自負が、彼に最後の決断をさせる。

「イリヤスフィールは刃が突き立ち、墓標と化したその巨体に駆け寄りました。
 彼女は奴が手にした剣で光を奪われ、続く一撃で肺を貫かれ、真っ赤な血を吐きました」

そのあまりに悲惨かつ酷な死に様に、誰もが口元を抑え涙を堪える。
しかしアイリだけは違った。彼女だけは、瞳を揺らし、涙を湛えながらも、微動だにしない。
逃げてはいけない、拒んではいけない。せめて我が子の死からは、眼を反らしてはいけない。
その態度はそう語っている様で、だからこそ周りの者達の眼にはより一層涙が浮かぶ。

「その瞬間、死んだ筈のバーサーカーが動き奴に襲いかかりました。ですが、それさえも奴は嘲笑って……取り出した宝具でその心臓を穿ち、彼は本当に絶命した。
 おそらく、イリヤスフィールは何が起こったかさえ理解していなかったでしょう。それでも赤い跡を残しながら、動かなくなったバーサーカーに這って行きました」

守護騎士達の肩が震える。耐える様に食いしばる歯は今にも砕けそうで、握りしめられた拳は蒼白だった。
否、ある者は口角からは唇が裂けたのか血が滲ませ、ある者は拳から同様の赤が滴らせている。
アイリと形は違えど、それでも必死で耐えていた。
叫び出しそうな自分を、士郎に掴みかかりそうな自分を、渾身の自制心で抑え込む。
それは、それをするとしたら自分達ではなく、アイリでなければならないと知るが故。
なのは達の方は、最早涙を堪える事も出来ないのか、大粒の雫その頬を濡らしていく。

しかし、それでもなお士郎の口が止まる事はなかった。
一度止まれば動かなくなる、そんな意識があるのかもしれない。

「奴はそれを愉快げに見下ろして、素手で瀕死の彼女にトドメを刺そうとしました。
 同時に、出ていけば必ず殺されるとも理解していました。理屈なんて関係ない、邪魔をすれば、イヤ見つかれば確実に殺される。そう思わせるには十分でした」

その言葉に誰も反論しない。できないのか、しないのか。どちらにせよ、誰もが士郎の言葉の正しさを理解し、当然のモノとして受け入れていた。
臆病者と、卑怯者と蔑む声はない。当たり前だ、行けば殺されるとわかっている場に行くなど自殺行為以下。
それを否定する事こそ、偽善以外の何物でもない。だが……

「だけど、気付けば体は動いていた。その先に待つ事なんて考えないで、気付けば飛び降りていたんだ。
 絞った声で叫んで、なんとか止めようとして……でも、遅すぎた! 間にあわなかった!!
 アイツは笑いながら、イリヤスフィールの心臓を、血が滴るそれを引きずり出した!!!」
『…………っ!?』

分かっていた。わかっていたはずの終わり。
にもかかわらず、士郎の絶叫にも似た慟哭に誰もが言葉を失い、眼を伏せる。
無残な死を迎えたイリヤが憐れで、その事で血を吐く様に叫ぶ士郎が痛ましくて、直視できない。

皆が理解していた。士郎の責任ではない。士郎は間違っていない。
止めに入る事こそ愚かの極みと、一人残らず理解していたからだ。
だがそれでも、ヴィータはこう言わずにはいられなかった。

「……なんでだよ……なんで助けてやらなかったんだ!! おめぇは強えじゃねぇか!!
 それなのになんで、なんで足踏みなんてしやがったんだ!!!」
「やめろ、ヴィータ!!!」
「ヴィータちゃん!!!」

ヴィータはついに我慢の限界を超え、士郎に掴みかからんと腰を浮かせる。
それを、シグナムとシャマルの二人が寸でのところで抑え込む。
シグナムは肩を掴み、シャマルはその体を抱きすくめる。そうする事でやっとヴィータを抑えていた。
それにやや遅れて、止めどなく涙を流すはやてとザフィーラが動く。

「アカン! そんな事言うたらアカン!! 士郎君がどれだけ苦しいか、ヴィータだってわかってるやろ!!」
「そうだ。何より、そのような事を言う事がどれほど無責任か、わからぬお前ではあるまい。
 確かに衛宮は強い。しかしそれは、あくまでも今の衛宮だ。当時の衛宮にそれだけの力はなかった事は明らかだ。それでもなお命を捨てるべきだったと、お前はそういうつもりか? そうでは……ないだろう」

そのような事、ヴィータとてわかっている。
だがそれでも、肉体年齢のせいか、比較的に子どもっぽい彼女には我慢できなかった。
卑怯と言うのも理解している。自分がその場にいたとしても、助けられたかどうか。
しかしそうとわかっていても、言わずにはいられない。

同時に、その時アイリの眼からは涙さえ無くなっていた。
呆然とし、魂が抜け落ちた様な表情で虚空を見ている。
分かっていたはずの結末、それでもなおそのショックは計り知れない。
泣く事さえできないほどの悲しみ、それがどれほどのものか、余人の理解の及ぶものではない。

いっそ泣く事が出来れば、士郎をなじる事が出来ればまだよかっただろう。
だが覚悟していたからこそ、ヴィータが激昂したからこそ、士郎の慟哭が心に響いたからこそ出来なかった。
愛娘を殺したのは眼の前の少年ではなく、ギルガメッシュであり、聖杯戦争というシステムであり、自分自身なのだと理解していたからだ。

自分の時にもっと早く聖杯の破綻に気付いていれば、聖杯戦争を止める事も出来たかもしれない。
その思いがあるからこそ、彼女の中の自責の念は強くなる。
切嗣に呪いを背負わせ、士郎から全てを奪い、イリヤの死を招いた。
所詮はない物ねだりにすぎないが、それでもそう思わずには居られなかったのだ。

そして士郎も、ここまで話したところで顔を俯かせて押し黙る。
士郎とて、ここまで話す事でその心を大きく消耗していた。
故に、その後を引き継ぐ形で凛がその後を語る。しかしその顔は、士郎に劣らぬほど哀しみに満ちていたが……。

「結論を言えば、ギルガメッシュはイリヤの心臓を得て満足したのか退いてくれた。
 じゃなきゃ、私達も死んでたでしょうね」

返ってくる言葉はない。誰もが、今自分の中で湧きたつ感情を抑えるので精一杯なのだ。
凛の言葉は聞こえていても、それに反応する余力がない。
それでも構わずに、凛は過去を振り返る。ここから先少しの間は、別に無理に聞いてもらわねばならない点と思っていないのだろう。

「正直、その時私はあまりイリヤの事を気にかけていなかった。それよりももっと、重要な事があったから」
『…………』

皆はやはり無言。普段のなのは達からすれば、あまりに酷薄と取れる言葉。
故に、その言葉を糾弾し非難するところだろう。だが今回に限っては、何もなかった。
それだけ皆の受けたショックは大きいのだ。

「私は少し前から士郎が歪んでいると思っていた。そしてあの時確信したわ。こいつは自分より、どうでもいい他人が大切っていう、間違った生き方をしてる。自分っていう秤を壊してでも他人を助けようとする。
自分がない、生きてるだけの人間ならそれでもいい。でもこいつには確固とした自意識があって、あるくせに蔑ろにする。『人助け』そのものを報酬とする、歪んだ価値観しか持てない人間だったのよ」

その言葉に、段々と皆の視線が集まっていく。
心の整理がつくには明らかに速い。つまりそれだけ、凛の言葉に込められた哀切が強いのだ。
その深く重い感情が、混沌とした皆の心の奥に届いている。
皆には、凛が泣いている様に思えた。

「理由は士郎から話を聞いてすぐに分かった。原因は十年前、こいつはそこで憎悪を、憤怒を、希望を、自分を亡くした。故に『嬉しい』と思う事は出来ても、『楽しい』と感じる事はない。
そんな空っぽの状態だったから、眼の前の衛宮切嗣に憧れた。その時芽生えた感情だけが、こいつの中に残されたのよ。だから、こいつはその為になら全てを捨てられる。
 自分が助かった幸運を素直に喜べず、次があるのなら助けられなかった人達の代わりに、全ての人を助けなきゃいけないんだ、なんて思ってしまった。
 それが、どうしようもなく頭に来たわ。いっそ、憎しみさえ覚えるほどにね」

だからイリヤの事どころではなかった。同情はあっても、頭がそちらに向かなかった。
眼の前にいる、どうしようもなく報われない道を行く男の事で一杯だったから。
心配で、不安で、悲しくて、腹立たしくて。凛の心は、その時そんな感情で一杯だったのだ。

「…………凛」
「凛ちゃん……」

呟きは、フェイトとすずかのモノ。
二人にはわかったのだろう。その時の気持ちをきっかけに、凛は今日まで士郎と共にあり続けた。
『自分がこいつの面倒をみよう』そう決め、凛は『誰かの為に』戦い続ける『士郎の為に』戦ってきたのだ。

「…………ふぅ、ちょっと熱が籠り過ぎたかな。
とりあえず、イリヤはその場で埋葬して、後で衛宮切嗣の娘って事がわかったから、衛宮の墓に移したわ。
今は、たぶん桜や藤村先生が面倒みてくれてる筈よ」
「そう……」

ならばイリヤもさみしくはないだろう、そうアイリは思う。
十年の時を経て、やっと父と娘は同じ所で眠る事が出来た。
その事だけが、アイリにとっての救いだったのかもしれない。

同時に、アイリは未だに俯き肩を震わせる士郎に向けて恐る恐る、だが優しくその繊手を伸ばす。
先程の時のヴィータと違い、それを止める者はいない。凛もまた、ただそれを黙って見守っていた。
そうしてアイリは、士郎の背に手を回し優しく抱きしめる。

「お願い、もう泣かないで。あなたは悪くない、これはあなたの責任じゃない。
 切嗣の事も、イリヤの事も、私はあなたに感謝している。
 ありがとう、あの人を救ってくれて。ありがとう、あの子の為に泣いてくれて……」

厳密に言えば、士郎は泣いていない。だがアイリの眼には、士郎が泣き続ける幼子の様に写っていた。
士郎は許される事を望んでいない、その事を理解しても尚アイリから溢れた言葉はそれだ。
言葉では表しきれない感謝の気持ち、彼に全てを背負わせてしまったという悔恨の念、そして……愛おしさ。

「あなたに罪があるというのなら、既にそれは償っているわ。十年間、罪の意識に苛まれてきたという事実、それでもう充分にあなたは償っている。だから、もう自分を責めるのはやめて」
「アイリ、スフィール…さん……」
「切嗣への誓いも同じ。あなたがなぜその生き方をやめたのか、私は知らない。だけど、それでもあなたが真摯に切嗣の願いを背負っていた事はわかる。きっと、それであの人も救われた筈よ。
 だから、あなたは幸せになって良い。いえ、むしろ、二人の分まで幸せになって。
 もしまだ償いたいと思うのなら、あなたが幸せになる事こそが償いなのよ」

卑怯な言い方かもしれない、アイリは心のどこかでそう思っていた。
だがそれでも、これ以上苦しむ士郎を見たくなかった、士郎に幸せになってほしかった。
それは、紛れもない彼女の本心。だからこそ、卑怯でもいいから士郎にそうなってほしいと思ったのだ。

同時に、アイリは切嗣との誓いが士郎にとっての呪いである事にも何処かで気付いていた。
だからこそ、彼女はそれから解放された事に安堵している。
呪いを残した切嗣への思いは複雑だ。救われたであろう事への喜びはある、しかしこの少年の人生を縛った事への憤りもあった。故に、少年の人生が解放された事を喜ぶ気持ちがある。
そうであるが故に、尚の事彼の幸せを願わずにはいられない。

その思いはどこまで伝わったのか、士郎はただ黙ってその抱擁を受け止める。
或いはそれこそが、アイリの想いを受け止めた証拠なのかもしれない。
そんな二人を見て、誰もが『母と子』を連想し、凛もまた深い安堵の息を漏らす。
だが、士郎はまだ気持ちを整理しきれないのか、声に出してこう言った。

「ありがとう…ございます。でも、俺は……」
「すぐに答えを出さなくていい。ただ、それが私の本心だという事だけは、知っておいて」
「…………はい」

アイリは士郎の答えを急かしはしなかった。
士郎もそれを受け入れ、明確な感情の読み取れない表情のまま答える。
そうしてしばしの間沈黙が場を満たし、やがて凛が改めて過去を紡ぎ始めた。

「問題はその後だったわ。イリヤが脱落して、こっちは完全に手詰まりなんですもの」
「ランサーさんに手伝ってもらうわけにはいかなかったの?」
「マスターの正体がわからないんじゃ、交渉のしようがないって思ってたんだけどね」
「え?」
「こっちは向こうの正体も所在も知らないけど、向こうはそうじゃなかったって事。
 ランサーの方から協力を要求してきたわ」

なのはがその答えをどう取ったかはわからないが、断じて求めてきたわけではない。
彼はあくまでも『自分が選んでやった』という、自分本位の考えでそう“決めた”のだ。
まあ、心臓を貫いた事を『面識』の一言で済ませられる男である。
その事を考えれば、何処か納得がいくのだから不思議だ。

「そいつを受けたのかい?」
「当たり前でしょ。選択の余地なんかないわ」

アルフの問いに、『他に手はなかった』とばかりに凛は答える。
まあ、実際それは事実だ。二人で特攻をかけても死ぬだけだし、ギルガメッシュとは協力できない。
なら、選択肢など初めから存在しないも同然だ。

「だからアーチャーにランサーを、葛木に士郎を当てて、そしてキャスターが私の担当って事になったわ」
「まあ、妥当な組み合わせなのだろうが、アサシンはどうしたのだ?」
「それは問題なし。アレはルール違反で呼び出されたせいで、柳洞寺から動けなかったから」

シグナムはもう一体のサーヴァントについて言及するが、それが無用の心配である事を凛は告げる。
そうなってくると、あとは個々の戦いだ。目的はセイバーの奪還であり、その為にはキャスターの打倒が必須。
つまり、士郎やランサーは足止めだけでもいいが、凛にはキャスターを打倒する策が必要になる。

その事を、なのは達はちゃんと理解していた。
故に、アリサはその方法を問う。

「でも、どうやってキャスターを倒したのよ」
「私の作戦自体はそう複雑じゃないわ。単純に魔術勝負を挑んで、アイツに私達の戦いは魔術戦だと思い込ませる。そして、油断を誘って接近戦に持ち込めばこっちのものよ。
 ま、そもそも魔術では勝ち目がないんだから、勝機を求めるならそこしかないんだけどね」

凛の格闘能力を知る面々はその発想に納得の意を示す。
確かに相手の意表をつけるだろうし、凛にとっても必殺を狙える手段だ。
何より、魔術師同士の戦いに全く別の要素を持ち込む凛の発想の柔軟性は、見事の一言だろう。
自身の専門に固執せず、臨機応変な対応をする。単純なようで、そのなんと難しい事か。

「せやったら、それでキャスターは倒せたんやね」
「期待させて悪いんだけど、結局はダメだった。確かに追い詰めたんだけど、葛木が思いのほか強くてね。
 必死に足止めしてた士郎を置き去りにして、こっちを討ちに来たわ。
 たぶん、身体能力だけなら今の恭也さんともタメ張れるんじゃないかな?」
「そんな……」
「お兄ちゃんと……」

凛はあえて身近な人間を引き合いに出す事で、その突出ぶりを計る物差しとした。
それは功を奏し、高町恭也と言う人間の肉体的スペックを端的にとはいえ知るだけに、すずかとなのはの驚きは只事ではない。あの、一般常識と言うモノに正面からケンカを売る男と同等以上の身体能力の持ち主。
それだけで葛木宗一郎と言う男は、二人の中で化け物認定されていた。

「でも、それならどうやってキャスターを倒したんですか」
「別に私達が倒したなんて言ってないでしょ? 殺したのは…アーチャーよ」

その言葉は、誰もが予想しえないものだった。
裏切った筈のアーチャーが、さらにまた裏切る。
いや、正しくは、初めからそれを狙っての演技と言う事になる。
その事を、なのは達は十数秒かけて理解した。それだけ、彼女らには思いもよらぬ考えだったという事だろう。

「アーチャーの不意打ちでキャスターは消えて、葛木もアイツが殺したわ」
「まんまと、アーチャーの策に乗せられたという事か」
「そうね、私達も含めて」

複雑な心情の片鱗が窺える声音で、ザフィーラはそう評した。
おそらく彼は、歴代全サーヴァント中随一の戦上手だ。
歴戦の守護騎士でも、その考えを読み切れなかったのだろう。
しかしそれを恥じる事はない。彼は単純に、そうあらねば生き残り、勝つ事が出来なかっただけなのだから。
知恵も技術も、必要だからこそ身につける。逆に言えば、アーチャーほどに彼らはそう言ったモノを必要としなかったとも言える。それだけ、彼らの基礎能力が恵まれているのだろう。

「でも、それでセイバーは助けられたんだよね」
「ああ。確かに、セイバーは助けられた」

確認するように尋ねるフェイトに、士郎はどこか意味深な答えをする。
その意味を、誰もが測りかねていた。
皆、士郎はセイバーと、凛はアーチャーと再契約したと信じて疑っていなかったのだ。

「それは、どういう意味なの?」
「簡単な話よ。アーチャーは士郎を殺そうとした、当初の予定通りにね」
「なんで、そうも執拗に……彼はもうマスターですらないのよ」
「そうね、私と違って令呪もなくしてたし、こいつには欠片の脅威もないと言ってよかった。
でも…そんな事は問題じゃないの。言ったでしょ? 予定どおりって。
アイツはね、はじめから士郎を殺す為にキャスターを利用したの。キャスターを殺したのなんて、そのついでに過ぎない」
「彼を殺そうとする事と、キャスターに何の関係があるというの?」
「あ、言い忘れてたっけ? アーチャーって、一度士郎の事殺そうとしたでしょ?
 その時にね、私と士郎が手を組んでいる間は攻撃出来ない様に令呪で縛ったのよ。だからあいつは、私のサーヴァントでいる間は士郎を殺せなかった。それが理由よ。そして、その縛りを解くにはキャスターは最高の宝具を持っていたってわけ。ま、結果的にはセイバーが庇ってくれたから何とか首の皮一枚繋がったけど」
「だが、消耗しきったセイバーじゃアーチャーには敵わない。
 僅か数合で、セイバーは遥かに劣る筈のアーチャーに膝を折ったんだ」

まだ、どこか士郎の様子を窺う様なアイリの問いに二人はゆっくりと答えていく。
それを聞き、誰もが『そんな』と思いつつ、同時に『またか』とも思っていた。
アーチャーが必要以上に士郎を敵視している事は、最早誰もが承知していたのだ。
理由こそ定かではないにしろ、その敵意が尋常なものではない事くらいはわかる。

だが本来、セイバーがアーチャーに負ける道理はない。
それでもなお容易くあしらわれたという事実は、セイバーがどれだけ令呪に抵抗していたかを物語っていた。
同時に、その疲労の度合いもまた……。

「もちろん俺も抵抗したが、さすがに年季が違う。投影した剣は簡単に叩き折られた」
「凛ちゃん…そう! 凛ちゃんはどうしたの!?」
「私はすっかりお邪魔虫扱いよ。アイツが作った剣の檻に押し込められて、手も足も出なかった」

すずかの問いに応える凛だが、その言葉の中に聞き捨てならない単語が混じる。
『剣の檻』。なぜアーチャーがそんな物を作れるのか。何よりそれは、かつて士郎が作ったものと酷似している。
その事に、なのはとユーノだけが気付いていた。

「だから、私にできた事は一つだけ」
「え? それって……」
「そうか……セイバーとの――――――――再契約ね」
「そう言う事。
マスターのいないサーヴァント、サーヴァントのいないマスター。となれば、出来る事はそれしかないわ」

はやてとアイリは凛の意図を察し僅かに眼を輝かせた。
確かにそれなら、その最悪の状況を覆しうる。
かつて衛宮切嗣が警戒したその可能性を、凛とセイバーは掴み取ったのだ。

「再契約しちゃえばこっちのモノ。
魔力が戻っただけでも、セイバーは完全にアーチャーを圧倒した」

それこそが本来あるべき両者の姿だった。
こと白兵戦において、弓兵が剣士に勝てる筈がない。
しかしそれは、アーチャーもまた理解していた。

「だが、それでもアイツは俺を殺す事に固執した。当然だ、それこそがあいつの目的なんだから」
「な、何を言ってるの、シロウ……」

フェイトは戸惑いの声を上げるが、士郎はそれを無視して話を進めていく。
誰もが「信じられない」と言う眼で士郎を見る。なぜ士郎がアーチャーに殺されねばならず、アーチャーは士郎を狙うのか。未だに、誰もその意味を理解できていなかった。

「アイツは、セイバーの望みが間違っていると言って剣を捨てた」
「その局面で話い合い…というわけでもなさそうだな」
「ああ。アイツは弓兵だ、剣で戦う者じゃない。なら、自分の本分に戻ればいい。
 いや、そういう意味で言えばアイツはそもそも弓兵ですらないな。
何しろ剣を捨てたあいつは、静かに“詠唱”を始めたんだから」

『詠唱』。その単語を聞いた瞬間、シグナムの…いや、皆の顔色が変わる。
弓兵と言うからには、てっきり彼を戦士や騎士の類だと誰もが思っていた。
だがそれが勘違いである事に気付く。詠唱を行う者、それは魔術師に他ならない。

「長い呪文にも関わらず、周囲に変化はなかった。魔術は世界に働きかけるモノなのに、だ」
「そして詠唱が完了した瞬間、世界が一変したわ。一言で言うなら製鉄場。燃え盛る炎と空間に回る歯車。
 一面の荒野に、担い手のいない剣が墓標のように延々と突き刺さっていた」
「まさか、それって……!」

その世界に憶えがあるシャマルをはじめとした守護騎士達が、反射的に身を強張らせる。
無理もない。彼らにとっては、遠い過去の事とはいえ最悪の記憶の一つなのだから。

「それに覚えがあるって事は、間違いないわ。大昔、アンタ達を殲滅したのはアーチャーなんでしょうね。
 アイツは守護者だもの、そういう場面に召喚される機会には事欠かない」
「ならば教えてくれ。あの世界は、一体何なのだ……!」
「固有結界『無限の剣製(アンリミテッド・ブレイドワークス)』。
イスカンダルの様な“能力”としてではなく、本当の意味での魔術だ」
「魔術の極みに至った魔術師……それが奴の正体か。弓兵が聞いて呆れるな」

その世界の正体を語る士郎の言葉を引き継ぎ、ザフィーラは押し殺すような声で呟く。
そして、士郎はその能力の概要を口にする。

「同時に、アイツは聖剣も魔剣も持っていなかった。アイツが持つのはあの世界だけ。宝具の定義は『英雄のシンボル』だ。だからこそ、アレが奴の宝具。
 武器であるのなら、実物を見るだけで複製し貯蔵する。それが奴の、英霊としての能力だ」
「それ故の…『無限の剣製』か……」

あの世界の意味するところを知り、やっと合点がいったとばかりに苦々しく呟くシグナム。
彼女は直感的に気付いていた。無限の剣製は、王の財宝と同系統の宝具である事に。
ならば、それが発動した段階で彼女らは戦略的な敗北を喫していたのだと。

しかし彼らは気付いていただろうか、未だにアーチャーと士郎を重ねていない自分達に。
いや、正確には重ねない様にしているという方が正しいか。士郎と自分達を殲滅した男『アーチャー』が、瓜二つである事を理解しつつ、それでもなお否定していたのだ。
良く似てはいるが、それでも他人の空似だと。士郎が言う様に、彼とあの男は別人なのだと。
彼らはそう、信じたかったのかもしれない。
だが、それでも彼らは既に深層の部分でその事を理解しつつあるのだろう。

そして、それは守護騎士達だけに限ったモノではない。
なのは達もまた、薄々アーチャーと士郎の関係について理解しつつあった。
当然だろう。ここまでで聞かされた二人の能力は、あまりにも似すぎている。
特にフェイトは、士郎の世界を知るだけにその顔色は悪い。
しかしやはり彼女らも、士郎を殺そうとするアーチャーを彼と重ねる事は出来ずにいた。
或いは、士郎の能力の上位種とでも思おうとしたのだろうか。だがそれも、既に限界を迎えつつある。
だからこそ、誰もがあと一歩先に踏み込まないよう無意識のうちに思考を止めていたのかもしれない。

そんな皆の様子に気付いていないのか。いや、気付いていない筈ない。
だがそれでもなお、士郎は休む事なくその先の言葉を発していく。
まるで、最後の一歩を踏み出させようとするかのように。

「さっき『中にはランクに該当しない宝具がある』って言ったろ。無限の剣製もその類だ。
 ランクEXではなく、王の財宝と同じあらゆるランクに該当する宝具。
 複製した武器により、使用する武器によってランクが変動する能力なんだ」
「でも、王の財宝とは違いますよね。
アレと違って数に限りがないし、何より戦えば戦うほどに強くなるんですから」
「え? ど、どういう事ですか、シャマルさん」
「な、なに言うとんのシャマル」
「つまりですね、見るだけで良いなら、敵がその能力に該当する武器さえ持っていれば、幾らでもその幅が広がるって事ですよ」

シャマルはなのはとはやての問いに丁寧に答えていく。
そして、まさしくその通りだった。無限の剣製は単体では役に立たない。
経験を積めば積む程、見た武器の数が多ければ多い程、その能力は強化され、成長し、進化していく。
「王の財宝」が所有者の財によって性能を変える様に。

その意味では、衛宮士郎は聖杯戦争に参加したからこそ、その真価を発揮できたとも言える。
もし彼が参加する事がなければ、彼の貯蔵に宝具が入る事もなかっただろう。
ただの武装と並みの礼装ばかりでは、その真価を十全に活用したとは言えない。

「なんとかその場は凌ぐ事が出来たんだが、今度は凛があの野郎に連れてかれた。
 交換条件のつもりらしいが、馬鹿げてるよ。
そんな物が必要ない事くらい、他ならぬアイツ自身が一番よく知ってるんだからな」
「シロウ……?」

吐き捨てる様に言う士郎に、フェイトは気遣わしげな視線を送る。
彼女の中では、既に答えは出ていたのかもしれない。
だからこそ、それを士郎に否定してほしかった。自分の勘違いだと、単なる偶然だと。
そう、言ってほしかったのだろう。

「俺達はアインツベルンの城でケリをつける事になって、夜が明けてからそこに向かった。
 その間は、アイツが凛の安全を保障したからな」
「ランサーはどうしたんだい?」
「気が変わったとか言ってついてきたよ。二度も凛を裏切ったアーチャーは許せなかったらしい」

当然だとばかりにアルフや守護騎士達は頷く。
主に仕える彼らにとって、例えどんな理由があっても、主を裏切るアーチャーの在り様は受け入れがたい。
むしろ、眼の前にいれば何をしでかしたかわからないほどに怒っている。

「でも、その間凛は本当に大丈夫だったの?」
「椅子に縛られてたけど、一応はね。ま、アイツは最後まで私の顔を見ようとはしなかったけど……」

ユーノの問いに凛は素っ気なく答える。もうあんな奴は知らん、そんな風にも聞こえそうな声だ。
だが、その本心が異なるという事に皆は気付かずにいた。

「でも、少しだけ話は出来たわ」
「? そんな奴と何を話したってのよ」

凛の回想にアリサは憤慨を露わに問う。
アルフや守護騎士だけでなく、子ども達としてもアーチャーの在り様は許しがたかった。
なぜ、そう何度も人の信頼を裏切れるのか。彼女らには理解できない事だ。

「アイツは士郎を根本から否定した。
まあ、言い分そのものは私も同感だったけど、それでもやっぱり頭に来たわ」

誰もがその言葉に納得する。凛は士郎の恋人でありパートナーだ。
なら、己が半身を否定されて黙っていられる筈がない。そう思った。

「アイツは、あんな甘い奴は消えた方がいいって言った」
「何様のつもりよ、そいつ!」

英霊様でしょ、凛はそう言ってアリサの言葉をお茶を濁す事はしなかった。
その代わりに、あの時と同じ事を言う。

「アイツはね、何度も何度も他人の為に戦って、何度も何度も裏切られて、何度も何度もつまらない後始末をさせられて―――――それで、人間ってものに愛想が尽きたのよ。
 身勝手な理想論を振りかざすのは間違ってる、最後の最期でそんな結論しか持てなかった。
 ま、当然と言えばそれまでなんでしょうけどね。だって、それだけのモノを見せられるのが守護者なんだから」
「だけど、なんでそんな……」
「その先を知りたいなら、士郎に聞きなさい。私は直接その場にはいなかったから」

凛の話から、アーチャーもまた人を救うために自分をすり減らした人間である事は容易に察しが付く。
そうでなかったとしても、守護者として見せつけられた『負の側面』に彼が絶望した事は想像に難くない。
反感はあれど、それを認められない子ども達でもない。

だからこそすずかは、なぜそんな事になってしまったのかと、悲しげに漏らす。
守護者の救いの無さは聞かされているが、それでもと思わずにはいられない。

そうして全員の視線が士郎に集中する。
悲しげな瞳、怒りを宿した瞳、この先に待つであろう事態に不安を隠せない瞳、その他諸々。
個々によって異なる感情の色彩を帯びながらも、等しくその瞳は士郎を写していた。

「城についたところで、ランサーは凛の救出に向かい、セイバーは立会人になる事を望んだ。
 そうして俺達は対峙した。その頃には、俺にもアイツの真名がわかっていたよ」
『…………』

誰も、アーチャーの真名を聞こうとはしない。
忘れていたわけではなく、もう分かっていたのだろう。
だが、それを聞くのが恐ろしい。そうであってほしくない。
そんな声が、立ち込める空気から伝わってきていた。
しかし、それを言わなければこの話をした意味もない。

「ランサーに殺された時、俺を救ったのは凛だった。だけど初めはそうと知らなかった。
だから衛宮士郎は、救い主の物であろうペンダントを持ち続けた。一生涯……そして、それが答えだ」
「士郎君、一体何を言うとるん?」
「英霊エミヤ、それが奴の真名。未来の俺自身。未熟な衛宮士郎が能力を完成させ、理想を叶えた男」
『っ…………!!』

聞きたくなかった答えが、士郎自身の口から吐き出された。
なぜ、よりにもよって士郎がそんな事になるのか、なのは達には信じられなかった。
この半年で知った衛宮士郎と言う人物と、アーチャーはあまりにかけ離れている。
確かにフェイトを騙し裏切った事はあるが、それでも彼と士郎は違う。そう、誰もが思っていたのに。

「凛はアイツに縁のある物を持っていたからアーチャーを召喚出来たんじゃない。
 アーチャーが凛と縁のある物を持っていたからこそ、アイツは凛に召喚されたんだ。
 英霊は時間軸から離れた存在、縁となる品さえあれば未来の英霊だって召喚できる。
 ま、普通はそんな物狙って手に入れるのは不可能なんだがな。
だがその縁となった品は、今も俺の手にあるんだ」
「なんで、なんでシロウがシロウを殺そうとするの? 例え守護者だとしても、それでもアーチャーは理想を叶えた、英雄になったんでしょ? それなら……!」
「そうだな。アイツは、死んでも尚人を救えると思ったからこそ世界と取引し、喜んで死後を売り渡した。
 だが、それは違った。守護者は人間を守る者ではなく、単なる掃除屋に過ぎない。それはアイツの望んだ英雄ではなかった。
 確かにいくらかの人間は救えただろう。自分にできる範囲で多くの理想を叶え、世界の危機も救った事もあると言っていた。英雄と、遠い昔に憧れた地位にさえ辿り着いたんだ」

なら、何も悔いなど無いではないか。望みを叶え、理想を叶え、願った通りの自分になった。
これほどの幸福が、満足がある筈がない。ならば、十分に報われたのではないか?
誰もがそう思った、あのセイバーですらも。

「だけど、そんなアイツがその心に得たのは後悔だけ。残ったものは…死、だけだったから。
 アイツは思い出せないほどに何度も戦い、死を賭して戦った。だが救われない人間は常に存在し、新しい戦いは生み出される。なら、正義の味方は止まるわけにはいかない。
だからアイツは結局……殺し続けるしかなかったんだ」

最後の一言は、まるで槍のように皆の心臓を貫いた。
生きている間殺し続け、死んでからもなお殺し続ける。
その、なんと救いようのない呪縛。

「何も、争いのない世界なんてものを望んだわけじゃない。ただ、せめて自分の知る世界では、誰にも涙してほしくないだけ。それが、アイツの願い。切嗣のそれに比べれば、あまりにもちっぽけだ。
 だけど、そんな物はどこにもなかった。そんな物は所詮、都合のいい理想論だったのだとアイツは悟った。
 その程度の願いすら、世界は許してくれなかったんだろうな」

それは、本来なら幼いうちに悟るであろう事。
だが、エミヤシロウは父である切嗣同様、それを悟るのが遅すぎた。
それ故に、彼は無間地獄に足を踏み入れる事となる。

その頃にはもう、誰も何も言えなくなっていた。
ただ、士郎が語るエミヤの言葉に押し潰されまいと耐えるしかなかったのだ。

「アイツが最終的に至った考えは、切嗣と同じだ。被害を最小限に抑える為に、いずれ零れる人間を速やかに一秒でも早く切り落とす。それが英雄と、俺が理想と信じた正義の味方のとるべき行動だからと。
 誰にも悲しんで欲しくないという願い、出来るだけ多くの人間を救うという理想。その二つが両立し、矛盾した時に取るべき行動は一つ。俺達が助けられるのは、味方をした人間だけなのだから」

しかしそこで、フェイトが今にも泣きそうな声で尋ねる。
それは失望ではなく、絶望でもなく、懇願に近かった。

「シロウも、同じなの? アーチャーと同じように、自分なんていらないって……」
「ああ、そうだ。俺も同じだ。どれだけ否定しても、俺がとった方法は奴と同じ」
「…………そんな……」
「だけど、士郎はアイツとは違うわ。アイツはそれに慣れた、犠牲になる誰かを容認した。
 でもこいつは、とんでもなく諦めが悪かった。慣れてしまえば、容認してしまえば楽なのに、結局最後の最期までそれを拒み続けたのよ。殺す度に泣いて、救えなかった事を嘆いて、いつもいつも身も心も傷だらけ」
『ぇ……』

凛は割って入る様な形で、これまでの十年を振り返る。
確かに士郎は大勢殺した。より多くを救うために、誰も死なさないようにと願ったまま、一人には死んで貰った。
誰も悲しまないようにと口にして、その陰で何人かの人間に絶望を抱かせた。
方法は同じ、抱いた理想も同じ。違いがあるとすれば、それは向き合い方。
遂に士郎は最後まで賢い生き方を選択せず、一番苦しく辛い生き方を選んだのだ。

「それが、こいつが昔から全く変わらないところ。あの時もアンタ、結局アーチャーを拒んだでしょ?」
「当たり前だ。確かにそんな俺は死んだ方が世の為なのかもしれない。だけど、それでも救える人達がいるかもしれない。なら、何があろうと死んでやるわけにはいかなかったじゃないか」

士郎の声には先程までの重さがない。
それは誇らしく、清々しいまでの力強さを秘めていた。
今はその道を歩んでいなくとも、過去その道を歩んだ事を間違っていたとは思っていない。
その声こそが、何よりも雄弁に士郎の本心を語っていた。

「でも、アーチャーさんはそう思ってなかったんだよね。自分はいない方がいいって、そう思ったんだよね?」
「理想に反したのではなく、理想に裏切られた男。
 奴にできたのは、自分を殺す事でその罪を償う事だけだったのか」

なのはとシグナムはそんな士郎の言葉に安堵を覚えつつ、アーチャーへの同情の念を禁じ得ない。
だがそれは、英霊エミヤにとっては笑止な感傷でしかなかった。

「それは違う。アイツは償うべき罪など無く、他の誰にもそんな無責任な物を押し付けた事はないと言った」
『……え?』
「何度も裏切られ欺かれ、救った筈の男に罪を被せられ、挙句の果てに争いの張本人だと押し付けられて絞首台に送られたりもしたそうだ。罪があるというのなら、その時点で償っているとも」

一切の報酬を求める事なく…否、求める事を考えもしなかった男。
彼は別に、罪の意識から自己の抹殺を志したわけではない。
彼が自己の抹殺を目指したのは、ひとえに自分自身の為。
生涯自身に返る欲望を持てなかった男は、死した後にそれを持った。あまりにも不毛なそれを。

「守護者が奴隷である事を承知の上で、アイツはそれに乗った。それで誰かを救えるのなら本望、かつてのエミヤシロウはその誓いを守れなかったから、それで良いと思ったんだろうな。
 しかし、結局は今までやっていた事と何も変わらなかった。絶望が増し、やる事の規模が大きくなっただけ。
 自分の意思など無く、勝手に呼び出され、ヒトの罪の後始末をして消える。英霊になってすら、アイツは理想に裏切られ続けた」

なのは達は、まだ理解しきれてはいなかった。英霊に、守護者になるという事の意味を。
否、それを理解できるのは実際になった者だけなのだろう。
そして、なってしまえば引き返す事は出来ない。だからこそ、アーチャーは叫んだのだ。

「アイツ言ってたよ『そうだ、それは違う。そんなモノの為に、守護者になどなったのではない』って。他ならぬ俺(自分)に向けて。あそこにいたのは、人間の醜さを永遠に見せ続けられる、摩耗しきった残骸だった。
 だからアイツは憎んだんだ。奪い合いを繰り返す人間と、それを尊いと思った自分(俺)を」
「それで、それで士郎君を殺そうとしたんか! そんなん、そんなん酷過ぎる!!」
「そんなの八つ当たりじゃない!!」

はやてとアリサは、そう絶叫しながらアーチャーをなじる。
いない者をなじっても無意味と知りながら、それでもなお言わずにはいられない。

「少し違うわね。八つ当たりってのは自覚してたみたいだし、気にもしてなかったけど、一番の目的は違うわ」
『え? それは……』
「アイツは、自分の手で俺を殺す事で自分を守護者から引きずり降ろそうとしたんだ。
 過去の改竄程度では無理だが、それを自身の手で行う事に希望を見出した。矛盾が大きければ歪みも大きくなり、或いはエミヤと言う英雄を消滅させられるかもしれない、と」

結果など今さら彼は求めていなかった。
だが、そんな希望とも言えない希望に縋らなければ、許容できなかったのだ。
それほどまでに、彼の絶望は深く重い。それは最早、想像も及ばぬ虚無と暗黒だったろう。

「戦ったの? 士郎君は」
「戦わないわけにはいかないさ。後悔だけはしない、それが俺の思いだった。
 なら絶対に、アイツを認めるわけにはいかなかったんだから」

すずかは、声にこそ出さなかったが勝てる筈がないと言外に語っていた。
当然だ。英霊、しかも未来の自分と戦って勝てる筈がない。
少なくとも、未だ発展途上にあった士郎と、完成した存在であるエミヤが戦えば勝敗は火を見るより明らか。
それこそ、戦いとは無縁に生きた者ですら容易に結果が想像できる。

「俺とあいつの戦いは剣製の競い合いだ。僅かでも精度が落ちた方が負ける。だが……」
「勝てるわけがねぇ。お前はその時、魔術も剣も、全部ズブの素人だったんだろ? それじゃあ……」
「ああ、ヴィータの言う通りだ。俺の剣は容易く砕かれ、その度に致命傷寸前の傷を負ったよ」

その言葉に誰もが同意し心を痛める。
何も不思議な事はない。如何に同一人物と言えど、赤子と大人では勝負にならない。
士郎とエミヤの戦いは、実のところそれと大差ないのだ。
それを、誰もが疑う事なく理解していた。

「だが、そっちはまだよかった。傷の痛みなんて、その時には気にならなかったからな。
だから、問題は別の所。俺はアイツの真似さえすれば強くなれた。馴染むのは当り前さ、それは本来長い年月の末に得る筈の、エミヤシロウにとって『最適の戦闘方法』なんだから」
「そうか、だからお前は対抗できたのか。打ち合うほどに引き上げられる技量が、お前の命を繋いだのだな」

普通に考えれば、誰でも士郎は一瞬で殺されると思う。
しかし、意外にも士郎はエミヤと打ち合い続けた。
それを可能にした由縁、その原因を知りザフィーラが呟く。

「だが、その代償はあったのではないか?」
「敏いな、その通りだ。むしろ、そっちの方がキツかったよ。
なにせ、本来知ってはいけない未来の自分を知るんだ。アイツから引き出したモノは、何も技術だけじゃない。
それどころか、俺がいずれ味わうであろう出来事が、断片的に視えてしまう事の方が恐ろしかった」
「それって、まさか……アーチャーの、記憶?」
「ああ。奴がそこまで変わった理由。正しいかどうかなんてわからない。美しいものが醜くて、醜いものは美しかった。客観的に見ればおぞましい物なんてないのに、偏りが生じる。
 心が折れそうだった。同情なんてしないけど、これからその道を歩むかと思うと心が欠けそうになった」

その気持ちが、フェイトにはほんの少しだけ理解できた。
それまでの自分を全否定される。その経験が、フェイトにはあったからだ。
だがそれでも、フェイトの時ですらこれほどではなかった。
あの時は『生きる支え』の否定だったが、士郎のそれは過去と現在だけでなく、未来さえも否定されたのだ。
その事実に、フェイトは今にも泣き叫んでしまいたかった。しかし、それでも彼女は口を手で押さえ必死になってその衝動を抑え込み、士郎の言葉に耳を傾ける。

「気付けば体はズタズタにされていた。セイバーが近くにいたから鞘のおかげで命を繋いでる、そんな状態だ。
 その上、アイツの声まで響いてくる。俺は偽物で、生きている価値なんてない。
 挙句の果てに、何で正義の味方になりたいのか、そう聞かれた」

その言葉の意味を、誰もがその瞬間測りかねていた。
なにせあまりにも平凡な問い。そんな事、ほかならぬエミヤが最も知っているだろうに。
だがそれこそが、衛宮士郎にとっては致命の一撃となり得るのだ。

「それは、それが俺の唯一つの感情だから。逆らう事も否定する事も出来ない感情。例えそれが『自身の裡から表れたモノではない』としても。
そう言われた瞬間、心臓が止まったような気がした。否定しようとして、出来なかった。それが事実だったからだ。俺の理想は借り物で、切嗣の真似をしているだけ。
 自分から零れたモノはなく、それ故に偽善だと。強迫観念に突き動かされ、何も感じずにひた走る。それこそが大罪だと、そんな理想は破綻していると……支えの全てを根底から叩き壊された」

その時フェイトは、半年前に士郎が言った言葉の意味を理解する。
自分の裡から零れたモノ、フェイトにはあって士郎にはなかったモノ。
だからこそ士郎は、自分にないモノを持つフェイトが人形と言われる事が我慢できなかったのだ。
だが、同時にフェイトは思う。

(なんで、シロウはそれでも走り続けられたの?)

あの時、自分は立ち止まってしまった。一時的とはいえ、それでも自分は止まった。
なのに士郎は、止まる事なく走って来たのだろう。少なくとも、エミヤと戦っていたその時に止まった筈がない。
止まれば死、そんな事は言葉にされずともわかっていた。

「士郎はそれで、どうしたの? 心が、折れなかったの?」
「どうだろうな……だけど、体だけは『負けない』って訴えていたんだと思う」

ユーノの問いに、士郎は何処か呆れたような様子で呟く。
今にも折れそうだった自分の心を、まるで自嘲しているかのようだ。

「満身創痍だったけど、そんな事関係なかった。理想が破綻してて、偽善だって事もどうでもよかった。
 ただ、綺麗だと思ったんだ。そう生きられたらどんなにいいだろうと憧れた。
 衛宮士郎が偽物でも、それだけは本物だ。俺自身は間違っていても、信じた理想は間違いなんかじゃない。
 そうやって、ただ我武者羅にデタラメに剣を振った」
「え? でも、アーチャーから引き出した経験とかで技術は上がってたんだろ?」
「いや、そんなのは所詮付け焼き刃だ。いざとなれば、すぐに化けの皮が剥がれるメッキに過ぎない。
打ち合わせた剣の火花、圧し合う裂帛の気合。何十合にも渡る攻防は未熟で、とても剣舞なんて呼べやしない。不器用で、退く事を知らなかった剣のぶつかり合い。
まともに憶えているのは―――――――――その耳障りな音だけだ」

アルフの問いに自嘲するかのように士郎は答える。
いや、実際に呆れているのかもしれない。せっかく引き上げられた剣が、いとも容易く見る影を失ったのだから。
だが、それを嗤う者はいない。笑えるはずもない。真に必死な人間を嗤えるほど、彼らは愚昧ではなかったから。

「そして、気付けばそんな俺の剣は―――――――――アイツの体を貫いていた」

なぜ勝てたのか、そんな事は士郎にはわからなかった。
途中からほとんど意識もなかったし、ただ眼の前の壁を壊す事しか考えてなかったのだ。
勝てる要素など無く、勝っているものもない。なのに勝った。
ならそれは、眼で確認できるモノではなかったのだろう。

だが、シグナムをはじめとする守護騎士たちは理解していた。だからこそ、彼の剣はあの男に届いたのだろうと。
力も、速さも、技も、武器も、戦術も、その全てにおいて劣っていた。それは疑いようもない。
ならば、士郎が勝っていたモノがあるとすればそれは何か……あるとすれば、それは心。
そして心が、あらゆる要素を凌駕したのだろう。

極稀に起こるその奇跡を、数多の戦場を駆けた彼らは知っている。
何より、それは彼ら自身にも身に覚えがあった。
遥かに格下の筈の敵に、彼我の力の差をその心力一つで覆された事が皆無ではなかったが故に。
勝負を決めるのは力でも技でもなく、心。極限の中に身を置いた事のある彼らは、その本当の意味を知っていた。
なのは達には未だ理解の及ばぬその領域を、シグナムをはじめとする歴戦の守護騎士たちは理解している。
故に、なのは達が首を傾げる中、彼らはその事実を当たり前のものとして受け止める事が出来たのだろう。

「それで、彼はどうしたの?」
「負けを認めて、あっさり引き下がりました。ただ『凛がもう少し非道だったら、昔の自分を思い出さなかったのに』なんて、冴えない捨て台詞を残しはしましたけどね」

そうして最初に口を開いたのは、ずっと沈黙を保ってきたアイリだった。
それはおそらく、同一存在である二人の結末を確かに聞き届けたからだろう。
聞き終えるまでは一切口を挟まない、それが彼女の覚悟だったのか。
同時に、アイリはもう一人の当事者に話を振る。

「そう言えば、あなたは大丈夫だったの?」
「ん? あんまり大丈夫じゃなかったかな、危うく綺礼に聖杯に仕立て上げられるところだったし。
 ランサーが助けてくれなかったらヤバかったわ」

ここで慎二の事を無視するあたり、彼女は本当に彼を人畜無害とみていたようだ。
ここまで来るといっそ慎二が憐れである。大物ぶろうとして失敗した、その典型とさえ言えるだけに。
とはいえ、すっかり慎二の事など忘れ去っているなのははランサーの動向を尋ねる。

「ランサーさんは、その後も協力してくれたの?」
「いいえ、ランサーはそこでリタイアよ。
アイツのマスターは綺礼で、その綺礼に逆らって令呪で自害させられた。
それも、綺礼の奴は第五次の監督役よ? 審判であり参加者って、どんな反則だっての……」
「うわ……本当にとんでもない奴だね、監督役のくせにそれかい。しかも、自分のサーヴァントを……」

さしものアルフも、言峰の徹底した悪役ぶりに辟易している。
絶対に会いたくないタイプ、それがこの場にいる全員が持った言峰への印象だった。
まあ、当然としか言えまい。本人も笑って肯定するだろう。

「まあね。厳密に言うとアイツのサーヴァントって言うのは正しくないんだけど、今は良いわ。
ついでに言うと、そこで父さんの事とかを知ったわけ」
「って、そりゃそうか。知ってて師事するわけねぇもんな。ところで、やっぱり殺したのか?」
「出来ればそうしたかったけど、それはランサーに持っていかれたわ。
 アイツも綺礼には積もり積もったものがあったみたいだし、仕方ないわね」

ヴィータの問いに凛は肩を竦めがなら答える。
普段ならなのはたちが反応しそうなものだが、いい加減感覚がマヒしてきているらしい。
僅かにギョッとした表情こそ見せたが、もう言及する余裕は残っていなかった。
そこでザフィーラは、ある意味この場では最も妥当であり、誰もが失念していた事を問う。

「しかし、心臓を貫いていたのだろう? よく動けたものだな」
「本人曰く『この程度で死ねるなら、英雄になんぞなってない』そうよ」
「そういうものか」
「そういう時代だったってことでしょ」

ランサーの最期は、英雄の名に相応しい壮絶な最期と言えるだろう。
まあ、普通なら到底納得できるような答えではないのだが、それを納得させてしまえるから凄まじい。
そして彼は、別れの最中にも笑っていた。なら、同情などするだけ野暮というものだろう。

「ところで、アーチャー…ギルガメッシュはどうしたの? まだ、彼が残っていたはずよ」
「どうもこっそり見てたようでして、俺達の戦いが終わったところで乱入してきました。
 アーチャーが庇ってくれなかったら、俺もアイツ諸共串刺しにされていたでしょうね」

アーチャーが士郎を助けた。その事実に、どこか心が温かくなるモノを感じるなのは達。
彼が何を思ったかまでは分からずとも、それでも士郎を認められるようになったのだろう。
それだけで、彼がほんの少しでも救われたように感じられたのだ。
アーチャーの事は好きになれないかもしれないが、それでもなのは達はその事を喜んでいた。

「そのままだと間違いなくヤバかったんですが、ランサーが放った火のおかげで帰ってくれましたよ。
 煤で汚れるって言って……」
『本当なの(なんですか)……?』
「おいおい、マジかよ……」
「「マジ」」

全員が、ほぼ同じタイミングで呆れたように突っ込む。
しかし、事実なだけに士郎達としてもそうとしか言いようがない。
さすがに、まさかそんな理由で帰るとは思ない。だがそれが本気なのだから、とんでもない話だ。

「そんなわけで私達は一時帰宅。だけど、ギルガメッシュを放置するわけにもいかない。
アイツはイリヤの心臓を持っていて、それを使って聖杯を降ろそうとしてたしね。
さすがに十年前の再現か、それ以上の被害が出るのを容認するわけにはいかないでしょ」
「でも、なんで第四次聖杯戦争を生き残ってその危険性を知る彼がそんな事を……?」

そう、聖杯がどんなものか知っていればわざわざそんな物を使い理由がない。
そんな物を使っても、絶対的で確実な破滅しかないのだから。
だが、むしろそれこそがギルガメッシュの狙いだった。

「それは考え方が逆よ。アイツは聖杯を願望機としてではなく、兵器として使おうとしていた。
 その性質を知ってたからこそ、自分にとって支配するに値する人間以外を間引く為に、アレを利用しようとしてたんだから」
「わかってたつもりだけど、飛んでもなくぶっ飛んだ脳みそしてるわね、そいつ」
「それに関しては全面的に同意するわ。みんないなくなったら王も何もないってのに、アイツは死に絶えるならそれでいいって発想なんだもん」

アリサの呟きに、凛もまた賛意を示す。
当然だ、あまりにもぶっ飛び過ぎてとてもではないが理解が追い付かない。
しかし、一つだけ確かな事がある。それは、そんな事は決して看過してはならないという現実だった。

「なわけだから、一応作戦会議をして、アイツを止めるために柳洞寺に向かったわ。
 そこで聖杯の召喚をするのは目に見えていたし、慎二……ああ、一応とはいえ元ライダーのマスターね。詳しいところは面倒だからはしょるけど、そいつを器にするのも予想できてたのよ。
 とはいえ、その間にできた事と言えば、大まかな作戦を立てることと、士郎に魔力供給用のパスを通したことくらい。充分には程遠かったけど、あんまり時間もなかったしね。この辺りがあの時の限界よ」
「ですけど、どうやって戦ったんですか? 相手は、真っ当なサーヴァントじゃとても……」
「そうね。セイバーは相性が悪いし、アイツ金にモノを言わせて対魔術の武装を山ほど持ってるんだもの。私はもっと相性が悪い。だけどいるでしょ? 一人だけ、アイツとガチンコできる能力を持った奴が」

シャマルの問いに、凛は悪戯っぽい笑みを浮かべながら答える。
ズブの素人に過ぎない筈の士郎が、逆転の駒に化けるのだ。
あまりにも予想外過ぎて、逆に笑いたくなってくるだろう。
それを察したシグナムは、「奇縁だな」と言って口を開く。

「衛宮はアーチャーと同一存在、故に同じ術が使える。
 そして無限の剣製は魔術。実際、衛宮は我等の前でそれを使っていた。
未熟な衛宮では使えんだろうが、その一端でも使えれば……」
「そう、士郎の能力は王の財宝と同系統、剣でありながら唯一投影できない乖離剣を使われない限り拮抗できる。ネックは魔力量だけど……」
「なるほど、そこを補うためにパスとやらを繋いだのか」
「そういう事。でも、皮肉よね。原典が贋作に追い付かれるってんだから。ま、だからこそアイツは士郎やアーチャーを目の仇にしてたんでしょうけど。この二人こそが、ギルガメッシュにとっての天敵なんだから」

ギルガメッシュを最強たらしめるのは宝具の数。
逆に言えば、同数の宝具を持っていれば拮抗できる。
だからこそ、武器を複製する能力を持つ士郎達は天敵なのだ。
彼らに対してだけは、互角の戦いをせざるを得ないだけに。

サー・ランスロットも天敵と言えるだろうが、士郎達とは若干その性質が異なる。
彼はその宝具の性質上、必ず放たれた武器を「取る」というプロセスが必要なのだ。
そのため、どうしても後手に回らざるを得ない。

一概には言いきれないし、『後の先』という言葉もあるが、基本的に戦いは『先手必勝』。
先出しをした方が断然有利なのは間違いない。
その点において、士郎達はランスロットを上回る正真正銘ギルガメッシュの天敵なのだ。

「とはいえ、さすがに士郎をギルガメッシュに直接ぶつけるのは危ないからね。
 とりあえず二手に分かれて、セイバーを陽動に私達は裏から回り込む。で、セイバーに足止めしてもらってる間に私達は聖杯を処理、その後は士郎とセイバーの二人がかりでギルガメッシュを倒す。
 その上で、器をとられて不安定な聖杯をセイバーが破壊っていう作戦だったんだけど……」
「上手く、いかなかったの?」
「ああ。なぜかアサシンがまだ現界してたらしくてな、セイバーがそっちで足止めを食らってたんだ。
 だから、俺がギルガメッシュの相手をして、その間に……」
「私が慎二を聖杯から切り離す事にしたってわけ。全く、士郎がうつったのかしらね。
見捨てちゃえばいいのに、アイツを助けようとするなんて……」

フェイトの問いに、士郎は肩を竦めるようにして答える。
まさかのアクシデントではあるが、それでも何とかなったからできる事だ。
結果的に、三人ともちゃんと生き残ったのだから。

「セイバーの方は詳しい状況は私達にもわからない。一つ言えるのは、ちゃんと勝って応援に駆け付けてくれたって事。まあ、士郎は自分の事は良いから私の方に行かせたんだけどね」
「もう少し前だったら素直に手伝ってもらっただろうな。
 実際、あの時はアーチャーと戦った時に負けず劣らずボロ雑巾だった。不出来な贋作じゃ、原典の雨あられをしのぐだけで精いっぱい。とてもじゃないけど、反撃に出る余裕なんてなかった。
だが、ある時気付いたんだよ、自分の勘違いに」
「勘…違いって、何を勘違いしてたの?」
「俺の剣製は、剣を作る事じゃない。そんな器用な真似はできない。俺にできるのはいつだって、自分の心を形にする事だけだ。剣を作るのは俺の世界の能力であって、結局は二次的な副産物に過ぎなかったんだよ」

なのはの問いに士郎は笑って答える。
何十、或いは何百という原典を贋作で迎撃し、乖離剣の一撃から辛うじて生き延びた時。
そこでようやく気付いたのだ、自分自身への決定的なまでの思い違いに。

「まさか、あなた……」
「ええ。俺はその時初めて、固有結界を、俺の世界を現実に呼び出したんですよ」

さすがに、今まで使った事もない術をいきなり使った事にアイリをはじめ、なのは達も驚いている。
ぶっつけ本番にもほどがある。魔術の性質を考えれば、それこそ自滅していても不思議はない。
如何にアーチャーのそれを見て、アーチャーと戦った事で彼の技術や経験を得ていたとしてもだ。
真っ当な術者なら、思い付いても実行しないそれを士郎は実現した。

「固有結界の中なら俺はアイツの先手をとれる。
だから、とにかく乖離剣だけは使わせない様に、ひたすら攻勢に出続ける。そう言う戦いをした」
「生きている…という事は、勝てたのだな」
「まあ、こっちもかなり満身創痍だったけどな」

当然だ、むしろ英雄王と戦って無傷な方がおかしい。
セイバーの助力を断り、それでもなお生き延びたのだから十分過ぎる。
それをザフィーラが言おうとしたところで、士郎が重々しい口調で言う。

「だが、勝ったって言っていいのかは微妙だな。
 確かに追い詰めはしたが、そこでアイツ……たぶんアレも聖杯の影響なんだろう。
 黒い穴が出来たと思ったら、そこに呑みこまれたんだ」
「え? じゃあ、それで終わったんか?」
「いや。あの野郎、天の鎖を俺に絡めてそこから這い出ようとしたんだ。
 危うく、俺まで呑みこまれるところだったけどな」
「ちゅう事は、士郎君は呑まれへんかったし、ギルガメッシュも出てこんかったんか?」

はやてがそこまで聞いたところで、士郎は不満一杯、と言うかなんというか。
とにかく、すっきりとしない表情を浮かべながらこう答えた。

「こうなったら我慢比べだ、と思ったら声が聞こえたんだ」
『声?』
「ああ、『お前の勝手だが、いいから右に避けろ』ってさ。
気付けば、顔の横を通った刃が、ギルガメッシュの額に突き刺さっていた」

誰がそれをなしたのか、聞くまでもない。
凛もセイバーもその場にはおらず、士郎にそんな顔をさせる人物は限られる。
そして何より、表情こそすっきりしないが声には微量の別の何かが含まれていた。
それがなんなのかは、おそらく本人でも上手く表現できないだろう。

「凛の方はちゃんとやれたの?」
「こっちもかなりヤバかったわよ。慎二を助けるところまでは出来たんだけど、そこから逃げられなくてさ。
 こりゃあ年貢の納め時かなぁって思った所で、こっちもむかつく声を聞いたわけよ。
『いいから走れ。そのような泣言、聞く耳もたん』とか、勝手に言ってくれてさ」

ここにきて、なのは達の中に燻っていたアーチャーへの反感は完全に鎮火された。
主を裏切り、自分殺しを望んだ男は、最後の最期で生来のモノであろう義理堅さを発揮したのだ。
限界などとうに超えているだろうに、それでもなお最後まで彼は彼であり続けた。
士郎と凛を守ってくれたのだ。それだけで、なのは達には十分だった。

「それで、最後はセイバーにエクスカリバーで聖杯を消し飛ばしてもらったわ」
「セイバーは、何か言っていた?」

問いの主はアイリ。心の底から聖杯を求めた彼女が聖杯を破壊する、その無念は余人には計り知れない。
だからこそ、せめて少しでも彼女の心に去来する虚しさが軽いものであってほしかった。
しかし、それこそ杞憂に過ぎない事を凛は伝える。

「ライン越しにね『これで終わり。私の戦いは、ここまでです。私が……愚かでした。その事を、二人が教えてくれた。後悔は抱えきれぬほど重く、罪は贖えぬほどに深い、でも決して折れなかったものがあった事を。なら、私も前に進まないと―――――――契約は完了した。貴女達の勝利だ、凛』ってね。
 あの子もちゃんと胸を張って、誇れる自分を取り戻してた。なら、それで充分なんじゃない?」
「…………」

凛の言葉に、アイリは何も返す事が出来ない。この時になり、セイバーの言葉を聞き、やっと彼女も気付く。
セイバーが求めたモノは全て揃っていて、ただその結果が滅びであっただけ。
彼女の誓いは守られ、その過程には一点の曇りもなかった。ならば、一体何を恥じる事があろう。
悔いはある、嘆きもある、不甲斐なさもある。しかしそれでも、間違ってはいなかった。
その答えこそが、何よりも彼女を救ったのだ。
むしろ、やり直しを求める事こそが彼女の誓いと誇りを穢す事となる。
フェイトとなのはの言葉の意味を知り、アイリもまたその正しさを認めていた。

「これで、私達の聖杯戦争はおしまい。
アレだけの騒動だったって言うのに、私達の手元にはな~んにも得るモノはなかったって事」
「答えを失って、同時に答えを得た。プラスマイナスはゼロ。結局何も変わっちゃいない。
 本当に、割に合わないったらなかった」

そう言いながらも、二人の声に不平不満はない。
形として得たモノは皆無。だが、それでもその心に何も得るものがなかったわけではない。
何より、彼らは掛け替えのないパートナーを得た。それだけで、十分過ぎるほどの報酬だから。

その言葉を聞き、なのは達の心に去来したのは清涼感にも似た何か。
言葉では表せないが、誰もがその戦いの結末に安堵し、戦い抜いた二人を心の中で讃えていた。

こうして現在と過去を繋ぐための昔語りに一つの幕が引かれた。
無論、まだ話さねばならない事、伝えたい事は多くある。
だがそれでも一つの山は越えた。なら、今はそれで満足していいだろう。

まだ彼らには時間があり、故に急ぐ事はない。
これからゆっくりと、それらを伝えていけばいいのだから。






あとがき

ああ、足掛け三話に渡った聖杯戦争の回想がやっっっっっっっっっっっと終わりました。
もうちょっとコンパクトにまとめたかったのですが、上手くいかない物ですね。

さて、とりあえず暴露話は次で終わりになります。
ついでに、たぶん次でA’s編は終わる予定です。
まあ、こっちの要であったアイリとのアレコレが節目だと思いますから。
ただ、その前に一回外伝を入れるつもりなので、最終話はその次ですね。


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