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No.4610の一覧
[0] 魔法少女リリカルなのはReds(×Fate)【第二部完結】[やみなべ](2011/07/31 15:41)
[1] 第0話「夢の終わりと次の夢」[やみなべ](2009/06/18 14:33)
[2] 第1話「こんにちは、新しい私」[やみなべ](2009/06/18 14:34)
[3] 第2話「はじめての友だち」[やみなべ](2009/06/18 14:35)
[4] 第3話「幕間 新たな日常」[やみなべ](2009/11/08 16:58)
[5] 第4話「厄介事は呼んでないのにやってくる」[やみなべ](2009/06/18 14:36)
[6] 第5話「魔法少女との邂逅」[やみなべ](2009/11/08 16:59)
[7] 第6話「Encounter」[やみなべ](2009/06/18 14:37)
[8] 第7話「スパイ大作戦」[やみなべ](2009/06/18 14:38)
[9] 第8話「休日返上」[やみなべ](2009/10/29 01:09)
[10] 第9話「幕間 衛宮士郎の多忙な一日」[やみなべ](2009/11/29 00:23)
[11] 第10話「強制発動」[やみなべ](2009/06/18 14:39)
[12] 第11話「山猫」[やみなべ](2009/01/18 00:07)
[13] 第12話「時空管理局」[やみなべ](2009/01/31 15:22)
[14] 第13話「交渉」[やみなべ](2009/06/18 14:39)
[15] 第14話「紅き魔槍」[やみなべ](2009/02/21 22:51)
[16] 第15話「発覚、そして戦線離脱」[やみなべ](2009/02/21 22:51)
[17] 外伝その1「剣製」[やみなべ](2009/02/24 00:19)
[18] 第16話「無限攻防」[やみなべ](2011/07/31 15:35)
[19] 第17話「ラストファンタズム」[やみなべ](2009/11/08 16:59)
[20] 第18話「Fate」[やみなべ](2009/08/23 17:01)
[21] 外伝その2「魔女の館」[やみなべ](2009/11/29 00:24)
[22] 外伝その3「ユーノ・スクライアの割と暇な一日」[やみなべ](2009/05/05 15:09)
[23] 外伝その4「アリサの頼み」[やみなべ](2010/05/01 23:41)
[24] 外伝その5「月下美刃」[やみなべ](2009/05/05 15:11)
[25] 外伝その6「異端考察」[やみなべ](2009/05/29 00:26)
[26] 第19話「冬」[やみなべ](2009/07/02 23:56)
[27] 第20話「主婦(夫)の戯れ」[やみなべ](2009/07/02 23:56)
[28] 第21話「強襲」 [やみなべ](2009/07/26 17:52)
[29] 第22話「雲の騎士」[やみなべ](2009/11/17 17:01)
[30] 第23話「魔術師vs騎士」[やみなべ](2009/12/18 23:22)
[31] 第24話「冬の聖母」[やみなべ](2009/12/18 23:23)
[32] 第25話「それぞれの思惑」[やみなべ](2009/11/17 17:03)
[33] 第26話「お引越し」[やみなべ](2009/11/17 17:03)
[34] 第27話「修行開始」[やみなべ](2011/07/31 15:36)
[35] リクエスト企画パート1「ドキッ!? 男だらけの慰安旅行。ポロリもある…の?」[やみなべ](2011/07/31 15:37)
[36] リクエスト企画パート2「クロノズヘブン総集編+Let’s影響ゲェム」[やみなべ](2010/01/04 18:09)
[37] 第28話「幕間 とある使い魔の日常風景」[やみなべ](2010/07/03 02:34)
[38] 第29話「三局の戦い」[やみなべ](2009/12/18 23:24)
[39] 第30話「緋と銀」[やみなべ](2010/06/19 01:32)
[40] 第31話「それは、少し前のお話」 [やみなべ](2009/12/31 15:14)
[41] 第32話「幕間 衛宮料理教室」[やみなべ](2010/01/11 00:39)
[42] 第33話「露呈する因縁」[やみなべ](2010/01/11 00:39)
[43] 第34話「魔女暗躍」 [やみなべ](2010/01/15 14:15)
[44] 第35話「聖夜開演」[やみなべ](2010/01/19 17:45)
[45] 第36話「交錯」[やみなべ](2010/01/26 01:00)
[46] 第37話「似て非なる者」[やみなべ](2010/01/26 01:01)
[47] 第38話「夜天の誓い」[やみなべ](2010/01/30 00:12)
[48] 第39話「Hollow」[やみなべ](2010/02/01 17:32)
[49] 第40話「姉妹」[やみなべ](2010/02/20 11:32)
[50] 第41話「闇を祓う」[やみなべ](2010/03/18 09:55)
[51] 第42話「天の杯」[やみなべ](2010/02/20 11:34)
[52] 第43話「導きの月光」[やみなべ](2010/03/12 18:08)
[53] 第44話「亀裂」[やみなべ](2010/04/26 21:30)
[54] 第45話「密約」[やみなべ](2010/05/15 18:17)
[55] 第46話「マテリアル」[やみなべ](2010/07/03 02:34)
[56] 第47話「闇の欠片と悪の欠片」[やみなべ](2010/07/18 14:19)
[57] 第48話「友達」[やみなべ](2010/09/29 19:35)
[58] 第49話「選択の刻」[やみなべ](2010/09/29 19:36)
[59] リクエスト企画パート3「アルトルージュ・ブリュンスタッド 前篇」[やみなべ](2010/10/23 00:27)
[60] リクエスト企画パート3「アルトルージュ・ブリュンスタッド 後編」 [やみなべ](2010/11/06 17:52)
[61] 第50話「Zero」[やみなべ](2011/04/15 00:37)
[62] 第51話「エミヤ 前編」 [やみなべ](2011/04/15 00:38)
[63] 第52話「エミヤ 後編」[やみなべ](2011/04/15 00:39)
[64] 外伝その7「烈火の憂鬱」[やみなべ](2011/04/25 02:23)
[65] 外伝その8「剣製Ⅱ」[やみなべ](2011/07/31 15:38)
[66] 第53話「家族の形」[やみなべ](2012/01/02 01:39)
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[4610] 第51話「エミヤ 前編」
Name: やみなべ◆d3754cce ID:1963cf14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/04/15 00:38

SIDE-アイリ

聖杯の真実。その解放による悲劇と私達の罪業。切嗣の最期。彼の誓い。
正直、今すぐにはとてもではないけれど整理しきれない。
それだけ、私の知った情報は驚きに満ち、そう簡単には受け止めきれないものだった。
だけど、彼らが真実を語っている事だけは本当なのだと思う。

聖杯の引き起こした大災害を話す瞬間の遠坂の子の痛ましげな表情と、それに引き換え無表情な彼。
おそらく、彼にはそれを嘆き悲しむ事さえできないのだろう。
だからこそ、彼女が代わりに泣いていたのだ、心の内で。
それが、二人の間に感じられる深い絆から察せられた。それだけ、彼女は彼を想っているのだろう。

逆に、遠坂の子は切嗣の死に憮然となり、彼は沈痛な顔つきをしていた。
理由はわかっている。彼は切嗣に憧れ、切嗣の後を継いだのだから当然なのだろう。
問題なのは彼女の方。おそらく、彼女は切嗣を嫌っている。そこまでいかなくても、あまり好いてはいない。

だけど、その事に対して反感は覚えない。
苦悩し心がボロボロになって行く切嗣を知る身だからこそ、彼もその苦しみを味わった事が想像できる。
彼女は、彼にそんな道を歩ませた切嗣が嫌いなのだろう。
その事に、何処か安堵と喜ばしさ、そして―――――――幾許かの嫉妬を感じる。

前者二つはわかる。切嗣の後を継いだ彼を支える人がいた事に対するものだ。
でも嫉妬の方は……私が出来なかった事をしているからなのだろうか。
私は結局切嗣を支える事が出来なかった。その重荷を分かち合う事も出来なかった。
だけど、彼女は彼の重荷を一緒に背負っている。それが羨ましく、出来なかった自分が情けない。
だからこそ、私は彼女に対して嫉妬してしまうのかもしれない。
でも、それだけだと釈然としないこの感情はなんなのだろうか……。

それにしても、彼は以前切嗣を裏切ったと言った。
その意味も、おおよそのところは想像できる。彼は『正義の味方』になりたかった―――――過去形だ。
その事に負い目を持っているのかもしれない。だけど、私は彼を責める気にはなれない。

いや、むしろ感謝さえしている。理想を砕かれ、私を亡くしたと思い、イリヤを取り戻せなかった切嗣にとって、彼だけが救いだったのだ。彼が生き伸びた事に救われ、彼が後を継いでくれた事に救われた……。
それが容易に想像できる。だって、それは私も同じだから。
私達が引き起こしてしまった惨劇と地獄。彼はそこに残された希望だ。

逆に、責と罪を問われるべきは私達の方。
そして、今なら彼があの時に自虐的な言い方をした理由が理解できる。
罰してほしいのだ。許してほしくないのだ。許されてしまう事が苦しく、罰が与えられない事が辛い。
例え誰が許したとしても、自分自身がその罪を許せないから。
もし許されてしまえば、贖うことすらできなくなってしまう。それが、恐ろしい。
それは私も同じ。同じだから、理解できる。

同時に思う。私は、彼に一体何をしてあげられるのだろう。
切嗣の息子であり後継者である、この優しい子に。
私はもう切嗣にも、イリヤにもなにもしてあげられない。
だけどこの子には、きっとしてあげられる事があるはずだ。
まだ、イリヤとの間に何があったかわからないけど、きっと彼が言った事は彼にとっての真実で、事実ではない。
おそらく、彼女が言った様にどうしようもない理由があったのだろう。

だからこそ彼の苦しみを、罪の意識を解きたい。
感謝を、許しを、彼が受け取るべきその全てを、どうすれば与えられるのだろう。

私はいつの間にか、深く深くその事を考えるようになっていた。
でも、やがて思い知る。確かにあの誓いは切嗣にとって救いとなったかもしれない。
だけどそれは同時に、この少年をさらなる無間地獄に落とす呪いでもあったのだと言う事を。

本当に、なんと私達は罪深いのか。
彼から火災によって過去を奪い、誓いによって今を縛り、挙句の果てに未来さえも捧げさせた。
例えそれがこの少年でないとしても、その同一体である事には変わらない。
その事を、この後私は知る事になる。

私達はどれだけの物を彼から奪ったのだろう。
どうか、その万分の一でも良い。彼から奪ったモノを返したい。
話しを聞けば聞くほどに、私の中の思いは強くなっていく。
(切嗣、イリヤ。私は一体どうすればいいの? 彼に、何をしてあげられるの?)



第51話「エミヤ 前編」



かつての士郎の夢。
少し前までなら誰もが温かく受け止めていたかもしれないが、今は違う。
その意味するところ、その苦難を、絶望を、嘆きを知るからこそその表情は硬い。
特にフェイト達は、士郎の危うさの一端を知るだけに一層深刻だ。
この、いざとなれば我が身を省みない少年がそんな道を進めば、一体どうなってしまうのか。

いや、事実士郎はその道を進んだ後だ。
だからこそ、彼が今日この日までに歩んできた道を知るのが恐ろしい。
そのせいか、フェイトは小さく士郎の言った言葉を反芻する。

「正義の、味方……」
「ああ。それが俺にとっての全てだった。でも、当時の俺にはどうすればいいのかわからなくてな。
 切嗣に引き取られて十年、俺は結局何もできはしなかった。ただ漫然と日々を過ごし、自分にできる範囲で人助けをしていたよ……………もしかしたら、切嗣はそれを望んでいたのかもしれないけどな。
 でも、今から十年前の冬。転機があったんだ」
「転機……」

その言葉に皆が息を飲み、続いて苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。
それが何を指すのか、そんな事は今更考えるまでもない。
この話が始まって間もなく凛は確かに言った、『私と士郎が参加したのが五回目だ』と。

ただ、疑問がないわけではない。聖杯戦争は長い準備期間を要する。
にもかかわらず、十年という短い期間でなぜ五回目が起こったのか。
しかしその答えは、士郎の口から苦笑混じりに語られた。

「どうやら、四回目が酷く中途半端な形で終わった事が原因らしい。全く、俺はとことん聖杯と縁があるな」
「そんなのって、ないよ……」

確かに、士郎と聖杯には奇妙な縁がある。だがそれは、決して喜ばしいものではない。
だからこそ、すずかは今にも泣きそうな声で呟いたのだ。
一度ならず二度までも、この忌まわしき儀式によって士郎の人生は翻弄された。
友人として、その事実に嘆かずにはいられないのだろう。
だがそこで、士郎は凛にある事を尋ねる。

「どうする、そっちの話もするか?」
「別にいいわよ。結局は召喚辺りの話ししかする事もないしね」
「そうか。まあ、お前がいいなら別にいいけど……」

士郎はそう言って頷き、自分の経験を中心に話す事に決めた。
凛と士郎は基本的に行動を共にしていたし、話す事の大半は共通している。

ただし、当然ながらずっと行動を共にしていたわけでもない。
その為、別行動をしていた時、特に召喚前の所などは話しておくべきか悩んだのだ。
とはいえ、アーチャーを召喚してから士郎が聖杯戦争に巻き込まれるまでは特に目立った事もない。
故に、凛は特別説明する必要性を感じなかった。

「さて、厳密にどこから巻き込まれたのかって言うと結構判断が難しんだが……やっぱり一番のきっかけはアレだな―――――――初っ端に殺された時」
「ふ~ん…………って、待ちなさい! 殺されたらもうそれで終わりでしょうが!!」
「安心しろ。冗談じゃなく、殺されたのは本当だ。その時の傷も残ってるが、見るか?」
「見るか!! って言うかそういう話じゃな―――い!!」

あまりにも軽い調子で爆弾を放り込む士郎に、激昂したアリサが怒鳴り散らす。
一瞬頷きかけてしまっただけに、その怒りは通常の二割増しだ。

「やめときなさい、アリサ。いちいち驚いてたら体がもたないわよ。
 コイツ、聖杯戦争中にざっと数えて十回は死んでなきゃおかしいんだから」
「うわぁ……士郎君、ホンマに人間? 実はエイリアンやったちゅう事はない?」
「失敬な。正真正銘の人間だぞ」
「頭の中は大分アレだけどね。それにあの当時は、アンタがトカゲかなんかじゃないかとさえ思ったわ」
「余計なお世話だ! いや、確かに良く生き残れたなぁ、とは思うけど」

そんな軽く済ませていい問題ではない筈なのだが……誰もが突っ込みたい気持ちになりながら、誰もしない。
簡単な理由だ。なんと言うか、言うだけ無駄な気がしたのだろう。
まあ、事実としてこの男、十回以上のタイガー道場を回避し続けた結果としてここにいる。
つまり、逆に言えばそれだけ死ぬ機会に恵まれていたと言う事だ。嬉しくもなんともない機会だが。

「いや、話が脱線したな。とにかく、きっかけは学校での事なんだと思う。アレがなければ、或いは俺は無関係なままだったかもしれない」
「学校? でも、学校なんて人の多い所で戦ったりせんのとちゃう?」
「昼間はな。だが夜になれば、アレ程人気の薄いところもない。
 俺はその日ちょっと用事があって校内に残ってたんだが、帰り際に物音がする事に気付いたんだ」
「物、音? まさか、それって……」
「ああ、今思えば不用心の極みなんだけどな。
まさか、学校の敷地内でそんな物騒な事が起こるはずがない、そう思い込んでいたんだ」

はやての問いに、士郎は自嘲気味に答える。
だが、それは別に士郎が責められるような事でもないだろう。
一般常識から考えて、士郎の判断は別に事さら不用心などと言われる様なモノではないのだから。

「それが鉄と鉄がぶつかり合う音だと言う事には、割と早く気付いた。まあ、さすがに殺し合いをしているとまでは思わなくてな。だからこそ、その光景を見た時は息を飲んだ。
 赤い男と青い男、その二人が離れて見ても尚眼で追えない速度で斬りあっていた。
 同時に見た瞬間に悟ったよ、アレは人間じゃない。人間に似た何かだって。なにせ、明らかに人間の限界を超えた動きをしているんだから」
「士郎は、どうしたのさ?」
「動けなかった。危険なのはわかってたんだが、殺気に充てられて体が震えだすのを抑え込むので必死だった」

アルフの問いかけに、士郎は呆れたとばかりに肩を竦めて答える。
だが当然だろう。如何に魔術を身につけているとはいえ、それでも士郎は術者としては半人前以下だった。
いや、そうでなくてもロクに戦闘と言うモノを経験した事のない人間が、サーヴァントの殺気に充てられれば体は硬直する。むしろ、余波でしかなったとしても良く錯乱しなかったと称賛されるべきところかもしれない。

「だが、激しく斬り合っていたかと思うと、奴らは唐突に動きを止めた」
「戦いをやめたの?」
「違う、むしろその逆だ。青い方、後でランサーと知ったんだが、奴は殺すために手を止めたんだ」
「宝具、だよね?」

ユーノの問いかけに、皆の顔色が変わる。そして、士郎も静かにそれを首肯した。
特にここにいる何人かは、宝具の放つその異様でおぞましい気配を知っている。
故に、その時の士郎の驚愕を容易に想像できたのだろう。

「周囲から魔力を吸い上げる、なんてものじゃない。水を飲むという単純な行為ですら、度が過ぎれば醜悪に映る。それと同じだ。ランサーがしている事は、魔力を持つ者なら嫌悪を覚えるほどに暴食で、絶大だった。
 だからだろう、あの赤い奴は間違いなく殺されると思ったよ。理屈なんて関係ない。そもそも、ランサーの持つそれに理屈なんて通じない。それを、問答無用に叩きつけられたような気分だった」
「せやったら、その赤いサーヴァントはやられてもうたんか?」
「それがな、そうはならなかった。運の悪い事に、ことそこにいたって奴は俺の存在に気付いたんだ」
『え!?』

士郎の言葉に、全員が驚愕の声を上げる。
ここまで話を聞けば、誰もが理解していた。もし無関係な者がそれを見たりすれば、間違いなく口封じで殺されてしまうと。魔術の世界がそういうものだと、否が応にも理解させられていたのだ。

「し、シロウはどうしたの?」
「逃げたさ。いや、むしろ勝手に足が走り出したと言った方が正しいか。
 とにかく無我夢中で走って、気が付いたら校舎の中にいた。バカな話だ、殺されるってわかってたくせに、どうしてよりにもよって校舎の中に逃げるんだか」
「で、でも、士郎君は無事だったんだよね。なら……」
「いや、残念ながら無事にとはいかなかった。というか、さっき殺されたって言ったろ」

フェイトやすずかは今の士郎がいる事から、きっと無事に逃げきったに違いないと思った。
いや、もしかすると思いこもうとしたのかもしれない。
それが、どうしようもなく甘い希望的観測だと知っていても尚。

だが、そうはならなかった。否、そもそも無事に済ませられるはずがないのだ。
目撃者は殺す、これは聖杯戦争の大前提と言ってもいい。
それに、幾ら必死に逃げたからと言って、人間如きがサーヴァントから逃げ切れるはずがないのだ。

「限界がきて足を止めたら―――――――目の前にランサーがいた。俺の足が止まるまで待ってたんだろうな。
 あとはまぁ、言うまでもないだろ。聖杯戦争に参加するとかしないとか、それ以前に、俺はアイツに殺された。心臓を一突きにされてな」

心臓を貫かれる、それはこれ以上ないほどの致命傷だ。
或いは、早急に病院に搬送すれば助かるかもしれない。だが、夜間の学校では望むべくもない。
つまり、その瞬間に衛宮士郎の命と未来は断たれた……筈だった。

「だが、お前はこうして生きている。それはなぜだ」
「昔、一度味わった感覚だけに、俺は死を強く意識した。
 だけどその中で、誰かの声を聞いたんだ。何を言っているのか、誰の声なのはかわからなかった。でも、ゆっくりと、少しずつ体の機能が戻っていったのは覚えている。
 そこで、俺の意識は完全に途絶えた」

シグナムの問いに要領を得ない答えを返す。だが、それでも皆の顔に生気が戻っていく。
こうして生きているのだから、何らかの幸運に恵まれて生き残った事はわかっていた。
しかし、さすがに心臓を一突きにされたとなれば気が気でない。

「気がついた俺は、とりあえずその場の片づけをして、ゴミを拾い集めてポケットに突っ込んでから家に帰った」
「士郎君、そんな時までブラウニ―なんだね……」
「そこまで来ると真性ね、いっそ褒め称えたくなるわ」
「ほっとけ! 俺だってあの時は何やってんだろうなぁと思ったんだよ!!」

すずかやアリサに散々な評価をいただいた士郎は憎まれ口を叩くが、やはりキレが悪い。
自分自身、何でそんな馬鹿な真似をしたのか呆れているため、どうも強気になれない。

「だけどさ、家に帰れたんならそれで終わったんだろ?」
「いや、そんな事はあるまい。
もし衛宮が生きている事を知られれば、間違いなくもう一度殺しに来るだろう。違うか?」
「ああ、ザフィーラの言う通りだ。
家に帰ったまでは良かったんだが、それから間もなく青いサーヴァント…ランサーに襲われたよ」
「そ、それじゃあ今度はどうしたんだよ! そのままだったら、また同じ事の繰り返しじゃないか!」
「ああ、俺もそう思った。だから、あの当時唯一使えた強化の魔術で手近にあったポスターを武器代わりにした。
気休めにしかならない事はわかっていたけど、ないよりはマシだと思ったからな」

声を荒げるアルフに、士郎は努めて冷静にあの当時の事を述懐する。
実際、武器を確保した程度ではどうにもならないほどの戦力差だ。
それは他の面々も予想しているだけに、ならばどうやってその窮地を切り抜けたのかを考えている。

「まあ、本当に気休めにしかならなかったよ。『今度こそ迷うなよ』とか言いながら殺そうとしてきたかと思えば、こっちがちょっと抗う姿勢を見せただけで『少しは楽しめそうだ』と言って遊ばれた。その上、下手糞だとわかると、散々『使えねぇ』だの『拍子抜け』だのと罵られたよ。
 まあ、ちょっとだけ驚かせるくらいはできたからかな。一度だけ『筋はいい』って褒めてくれたっけ」
「おい! てめぇを殺そうとした奴の事だぞ! なんでそんなに暢気なんだよ!!」

内容と裏腹にあまりにも緊張感に欠ける士郎の声音に、ヴィータが怒鳴る。
まあ、士郎としては殺されたり殺されかけたりした借りは確かにあるのだが、それとは別に凛を助けてもらったりした恩もある。それに、個人的にもあの男を嫌いきれていない事もあったのだろう。
いや、決して好いているとも言えないのだが。

「でも、それじゃあジリ貧じゃないですか。どうやって……」
「忘れたのか、シャマル。聖杯戦争の原則は、サーヴァントにはサーヴァントを当てる事だぞ」
「……それって!」
「ああ、運よく土蔵まで逃げた、と言うか蹴り飛ばされたと言うか。とにかく辿り着いてな。当時の俺は知らなかった事だけど、あそこにはアイリスフィールさんの魔法陣が敷かれていたんだ。
 たぶん、それに反応したんだろうな」

ここまで話せば、誰もがどうやって士郎が生き延びたか気付いていた。
簡単な話だ。戦力で劣るのなら、それに匹敵する戦力を用意すればいい。
士郎は無意識かつ偶然に、それを成し遂げたのだ。

「……懐かしいな。現れて早々アイツは言ったよ『サーヴァント・セイバー、召喚に応じ参上した。これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある。ここに契約は完了した』ってさ」
「そう、あなたが召喚したのもセイバーだったの」
「ええ。俺が召喚したのも『アーサー王』です」

アイリの言葉を、士郎は僅かに訂正を加えて繰り返す。
しかし、それがもたらした驚きは尋常なものではなかった。

「え!? 士郎君もアーサー王を召喚したんですか!」
「おいおい、マジかよ……」
「凛ちゃん凛ちゃん、二回連続で同じ英霊さんが召喚される事ってあるの!?」

シャマルやヴィータは驚きを露わにし、なのははそのまま近くにいた凛に詰め寄る。
凛はそれを鬱陶しそうあしらいつつ、自身の考えを述べる。

「ああ、はいはい。驚いたのはわかったから、ちょっと落ちついてね。
 詳しい所は私も知らないけど、たぶん初めてなんじゃない?」

凛の考えはおそらく正しい。
サーヴァントの召喚は、触媒を用いない限り意中の英霊を呼び出す事は不可能に近い。
触媒なしの召喚だと、召喚者に似た者が召喚される。
つまり、召喚者によって呼び出される英霊は千差万別になると言う事だ。

切嗣の場合、触媒を用いてセイバーを召喚した。そうでなければ、彼の下にアーサー王が現れるはずもない。
逆に言えば、士郎が余程アーサー王と似た者同士でない限り、触媒なしに彼がアーサー王を呼べるはずもないのだ。そして、士郎と騎士王の間にはあまり近似性はない。故に、士郎が彼女を召喚する事は不可能に近いだろう。
そう、触媒がなければ。

「もちろんちゃんと理由はあるわよ。ね、士郎」
「ああ」

凛がそう言って士郎の方を見ると、士郎は自身の胸の前で一度両手を合わせてからゆっくりと広げていく。
すると、僅かに光を放ちその手の間に何かが現れる。
それを見て、士郎の手にある物が良く見知ったモノである事にアイリが気付いた。

「それは、まさか!?」
「あ、それって……アルフ」
「うん。フェイトを治療する時に士郎が出してたやつだよ」

フェイトやアルフもそれには見覚えがあり、半年前の事を思い出していた。
だが、他の面々にはそれが何なのかわからない。しかしそれでも、士郎の手にある物が尋常ならざる逸品である事は容易に悟った。当然だろう、溢れる神々しさ、放つ魔力、共に常軌を逸しているのだから。

「そう。アーサー王の失われた宝具、エクスカリバーの鞘。ランクEX結界宝具『全て遠き理想郷(アヴァロン)』。
 そのオリジナルであり、俺が有する唯一の真作です」

士郎はそんな皆の反応を事さら気にする事もなく、その名と由来を告げた。
とはいえ、さすがに八神家を除く面々には士郎の能力がまだちゃんとは知られていないだけに、最後の部分について違和感を持つ者もいた。だが、結局その意味を理解する事が出来た者はいない。

「そう、あなたが持っていたのね」
「はい。おそらく二十年前、切嗣は死にかけていた俺にこれを埋め込んだのでしょう」

そうでなければ、切嗣に発見されたとはいえ、あの中から士郎が生き残れるはずがなかった。
如何にその場で命は保っていても、業火に焙られその体はボロボロだったはず。
そのままでは死にゆくだけだった士郎を、切嗣は宝具の力を借りる事で生かしたのだ。
士郎は一頻り皆にそれを見せた後、再度それを自身の内に戻す。万が一にもなくしては困るし、入れておけば傷の治りも早くなるかもしれない。
それに、二十年も共にあった半身だ。ないと、それはそれで違和感があるのかもしれない。

「とはいえ、あの当時の俺は事態の変化について行けなかった。その上、あの二人は俺を放っておいて勝手に戦い始めたからな。おかげで余計に置いてきぼりを食らったよ」
「セイバーとランサーの戦いは、どうなったのだ?」
「二人の戦いは互角、いや、セイバーが押しているように思えた。
だけど、ランサーがそのままで良しとするはずもない。アイツは学校の校庭でやったように、その宝具を使おうとした。違いがあるとすれば、あの時と違って邪魔が入らなかったってところだな」

その一言に、場に戦慄が走る。
この場にいる全員は、具体的ではないにしろ、その危険性を承知していた。
宝具とは、多少の戦力差など容易く覆してしまであろう代物である事を。
だからこそ、皆の眼には先を催促するような輝きが宿っていた。

「突き出された槍は唐突に在り得ない軌道を描き、セイバーの心臓めがけて疾駆した。銘を『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』。因果逆転の呪いを宿した、必殺必中の魔槍。ケルト神話の大英雄、光の御子『クー・フーリン』の宝具だ。
これを防ぐのに必要なのは、速さでも防御力でもない。定められた運命を覆す強運、それをセイバーは持っていた。だからこそ、アイツはその必殺必中の一撃を回避できたんだよ」
「あ、その人のお話読んだ事があるよ。確かルーっていう神様の子どもなんだっけ?」
「へぇ、よく知ってるじゃないすずか。こっちではあんまり有名じゃないのに」

凛の言う通り、日本ではあまり有名な英雄ではない。そのためか、他の面々の反応も薄い。
他に分かっているのはアリサとはやて、それにアイリくらいだろう。
まあ、この場にいる者のほとんどが地球の伝承に明るくない他世界出身である事を考えれば無理もない話だが。
だからなのか、フェイトはとりあえず話しの先を聞こうと士郎に問いかける。

「それで、その後はどうなったの? やっぱり、どっちかが倒れるまで……」
「いや、どうもランサーは妙な命令をされていたらしくてな、そのまま逃げちまった」

本来なら、彼とて決着をつけたかっただろう。
しかし、本来のマスターならともかく、あの時は例の性悪がマスターだった。
そのおかげもあり、彼は結局望んだ様な戦場にほとんど巡り会えずに脱落してしまったのだ。
それを知るだけに、士郎や凛の顔は僅かばかりの苦さを宿している。

「まあ、俺としては一段落ついたところでセイバーから話を聞きたかったんだが、そうもいかなかった」
「どういう事なん?」
「今度は別のサーヴァントが現れたからだよ。マスターも一緒にな」

そう言って、士郎と凛は互いに目配せする。
それだけで勘の良い者は気付いただろう。
ランサーに続いて現れたのが、凛とそのサーヴァントなのだと言う事に。

「もしかしてそれって、凛ちゃんなの?」
「まあね。ちなみに、さっき士郎が言ってた赤い方が私のサーヴァント、アーチャーよ」
「セイバーの奴、人の話も聞かずに勝手に飛び出してな。その上、いきなり凛達に襲いかかったんだ」

ああもう頭が痛い、と言わんばかりの様子で士郎は頭を抱える。
まあ、彼の反応は無理もない。訳のわからない状況におかれたと思ったら、今度は唯一その事態を理解してそうな人間が独断専行したのだ。士郎でなくても頭を抱えるだろう。
しかし、そんな士郎を凛は意地の悪い笑みを浮かべながら見つめている。

「くくく……アンタ、後先考えずにいきなり令呪を使ってセイバーを止めたもんね」
「令呪の扱いに関しては凛にだけは言われたくない。
よりにもよって『絶対服従』なんて曖昧な命令に使うなよな」
「う……ほっといてよね。私だってあのときは軽率だったなぁと思って反省したんだから」

そんな二人のやり取りを、一応は令呪の重要性を知らされた面々は胡乱気に見る。
事情を理解していなかった士郎はまだしも、まさか貴重な令呪を凛がそんな大雑把かついい加減な使い方をするとは思わなかったのだ。そこで全員が一様に凛への評価を改めたのも、無理からぬ事だろう。

「その後はどうしたんですか?」
「まあ、成り行きでね。士郎に聖杯戦争の事とかを説明して、ついでに教会まで連れていったわ。
参加するにしろ降りるにしろ、情報がない事には決められないでしょ。それにホラ、あれよ…敵にもなっていない奴の相手なんかしたくないし、令呪を使わせちゃった借りもあるし……」
「まったく。本当にお人好しだよ、お前は……」

シャマルの問いに、凛はなんとも要領を得ない弁明を返す。
それに士郎は呆れた様な、だけど楽しそうな声音で呟く。
凛はそんな士郎の声が聞こえていなかったのか、まだブツブツと何か言っている。
とそこで、すずかはどこか思い詰めた様な表情で士郎に問いかける。

「士郎君は、どうして聖杯戦争に参加しようと思ったの? そこで引き返してれば……」
「そうだな、そこで引き返せば平穏の中に戻れたかもしれないな」
「なら、なんで!? 死んじゃうかも…しれなかったんだよ?」
「言っただろ? あの当時の俺は正義の味方になりたかった。そんな馬鹿げた殺し合いを認めることなんてできなかった。だから俺は、少しでも被害を抑えたくて参加したんだよ。
知ってしまった以上、知らないフリはできない。幸い、セイバーもいてくれたしな」
「…………………」

分かっていた筈の答えだったにもかかわらず、士郎の口にした言葉にすずか達は悲しみに表情を曇らせる。
なのはとて似た様な理由でジュエルシードに関わったが、比較すべき対象ではないだろう。
何しろ、なのはの場合は「命の危険」を認識していなかったのに対し、士郎は実際に一度「殺されている」のだ。
死の危険を承知の上で他人の為に死地に挑む、それを士郎は平然と選択した。

それは確かに尊いかもしれない。
だが、その先にある物を僅かでも知るならば「引き返してほしかった」と思う。
ここで引き返してしまえば、士郎が切嗣と同じ苦しみを背負い、傷つく事もなかったのだから。

そんな皆の気持ちは士郎とて承知しているのだろう。
しかし、それももはや手遅れであり、いまさら何を言っても詮無い事。
だからこそ士郎は、あえて少々強引にでも話を進めて行く。

「さて、その帰りだったな…………イリヤスフィールと出会のは」

士郎がその言葉を言った瞬間、アイリやはやて、守護騎士達の体が強張る。
いつかは来ると思っていた事柄ではあるが、それでもいざその時が来ると平常心ではいられない。
十年、両親を失った彼女がどのような人生を歩んだかはわからない。だが、それでも彼女が生き残る事はないと言う事だけは知っているだけに、どうしても体に力が入ってしまう。

「歌うように、幼い声が夜に響いた。その声は俺達が歩いてきた坂の上からのモノで、見上げるとそこに彼女がいた。バーサーカーと言う、最悪の怪物を引き連れて」
「一応言っておくけど、あの子はちゃんとバーサーカーを制御していたわ。
おそらく歴代初でしょうね、バーサーカーを制御したマスターは。それも、その正体がギリシャ神話最大の英傑『ヘラクレス』だって言うんだから、冗談じゃないっての」
『ヘラ、クレス……』

さすがに、その名はなのはでも知っている。
それこそ、知名度ではアーサー王と同等かそれ以上の大英雄だ。知らない方がおかしい。

「イリヤはあなたに、何か言った?」
「初めて会ったのは、その数日前です。まあ、その時は『早く呼び出さないと死んじゃうよ』と言われただけでしたし、次に会った時はロクに話しをする間もなく……」

さすがにそれ以上語るのは心苦しいのか、士郎はその先は言わなかった。
しかし、それでもその先を想像する事は容易だ。故に、アイリもまた沈痛な表情で押し黙る。
士郎はイリヤの事を知らなかった。それを責めるのはお門違いだろうし、唯一事情を知っていたイリヤがそれでは尚更だ。むしろ、アイリは何も知らされなかった士郎に対してこそ申し訳なさが募っていく。
故に、凛はそんな二人の様子に気を配りながら、とりあえずは話しを進めていく事にしたようだ。

「セイバーは上手く戦ったわ。真っ向勝負は危険と判断して、身軽さと小回りを活かせる墓地に戦場を移した。
 だからまぁ、問題があるとすればアーチャーの方だったのよ」
「え? それってどういうことなの?」
「アイツね、セイバー諸共バーサーカーを攻撃したのよ。それも、牽制なんてヌルイものじゃない。一撃で、セイバーとバーサーカーを殺せる、少なくとも殺せるだけの物をアイツは射った。
 もし士郎がセイバーを助けに入ってなかったら、致命傷、とまでは言わないけど、相当な傷を負っていたかもしれない。まあ、確かにセイバーは味方ってわけでもなかったんだけど……」

フェイトの問いに、凛は憮然としながら答える。
その内容に、誰もが眉を顰めた。凛の言う通り、確かに味方でもない相手を援護する理由はない。
それどころか、纏めて敵を葬れるとなればまさしく一石二鳥だろう。
その意味で言えば正しいのだろうが、それでもそんな事を平然とやってのけるアーチャーに、反感を覚えずにはいられなかった。

だが、彼らはアーチャーの正体を知らない。だからこそ、ある可能性を考える事が出来なかった。
士郎がセイバーを助ける事さえも彼の予想の内だったという可能性に。他ならぬ彼になら容易く予想できた事だろうし、そうだとすれば彼は元から殺す意図など無かったという事になる。

しかし、未だアーチャーの正体を知らぬ彼らにはそんな事わかるはずもない。
一つだけ確かなのは、そうして黙りこんでいても話は進まないということ。
こう言う時にそういった役回りを負い易いのか、ザフィーラが口を開く。

「それで、決着がつくまで戦ったのか?」
「いいえ、なんか知らないけど、イリヤはやる気が無くなったみたいで帰ったわ。
 だけど士郎はアーチャーの攻撃の余波で倒れちゃったから、仕方なく私も士郎の家に付き添って様子見。
 半日くらいした頃には意識が戻って、それからちゃんと敵対宣言して別れたわよ」
『え!?』
「何に驚いてるのか知らないけど、別にその時点じゃ味方でもなければ友人でもないの。
 れっきとした敵なんだから、いつまでも慣れ合ってる方がおかしいでしょうが」

どうやら、なのは達はその時点で二人は組む事にしたと思ったらしい。
しかし、実際には同盟を結ぶまでにもう何ステップか必要としたのだ。
まあ、今の二人を見ていて、初めは敵同士だったと言われても想像しにくいのかもしれない。
それを言いだすと、なのはとフェイトや守護騎士達との関係も大概なのだが……。

「で、私と士郎が次に会ったのが翌日の学校よ。まあ、さすがにその時は驚いたわ。
 まさか、アレだけ脅しておいたのに無防備に学校に来るなんて思ってなかったしね」
「え、えっと、凛。なんだか怖いんだけど……」
「そ、そやねぇ。ちょう、その般若みたいなこわ~い笑いはやめて欲しいかなぁ、なんて思うんやけど……」
「ふふふ。そうよ、あの時はホントに頭に来たわ。だからもう、そんなのの相手をしてるとこっちの神経が持たないって思ってね、面倒だから一思いに殺っちゃう事にしたのよ」

凛はそんな事を呟きながら、当時の事を思い返して獰猛な笑みを浮かべる。
まあ、顔こそ恐ろしい形とはいえ笑っているが、その眼の奥はもっと怖い。
なにせ、まったく目が笑っていない上に、やたらと危険な光が宿っていた。

いや、それどころか『今からでも遅くないかも』なんて考えが見え隠れしている。
早い話、その場にいるほぼ全員が命の危機を感じ、その時の士郎の浅薄を呪っていた。
しかしそこで、凛の獰猛な気配に引き寄せられたのか、士郎も口を挟む。

「いや、あの時はホントに死ぬかと思ったな。もう呪いとかそんなレベルじゃなくてさ、効果音がリアルで銃弾みたいになってるんだ。背後からガトリング砲で狙われてる気分だったぞ」
「自業自得でしょうが」
「にしてもだ! よりにもよって学校の中であんなモンぶっ放すのはどうだ!! しかも乱射!!」
「アンタが逃げ回るから狙いに熱が入るんじゃない!!」
「それはあれか? 大人しく死ねって事か!?」
「そうよ!!」
「威張っていう事か!!」

なんだか、段々と外野そっちのけで痴話喧嘩の様相を呈してきた様な気がしないでもない。
実際、話の内容としてはマスター同士の一騎打ちと言う、かなりシリアスな場面の筈だ。にもかかわらず、この二人が夫婦漫才よろしく言いあっていると、どうにも緊張感が伝わってこない。

「「ふぅふぅふぅふぅふぅ……」」

とはいえ、息が切れたのか二人の言い合いはいったん止まった。
しかし鼻息は荒く、今にも続きを始めかねない。
そこで、二人が動き出す前にはやては多少強引と思いつつ話題を変える。
まあ、内心二人の迫力にビビって「ヒー、何でわたしがこないな損な役やらなあかんの~!?」とか思っていたりするのだが……。

「え、えっと、それで結局どうなったん?」
「ん? ああ、教室に結界張って中をぶっ飛ばしたりしたんだが…あ、もちろんやったのは凛だからな」
「っさいわね! 余計な事言うな!!」
「それでまあ、なんだかんだで俺が逃げ回っているうちに睨み合いになって、そこで―――悲鳴が聞こえたんだ」

士郎のその言葉に、緩みかけていた空気に緊張が走る。
そんな状況下で聞こえた悲鳴。そうたいした事でもないのかもしれないが、そうと断定もできない。
聖杯戦争関連かもしれない、と考えるのは至極当然の発想だろう。

「悲鳴のした方に行ってみると、そこには生命力を根こそぎ抜かれた女生徒がいた」
「生命、力?」

単語としては割と良く耳にするそれを、思わずなのはは復唱する。
もし、そんなものが抜き取られてしまったらどうなるのか、想像に難くない。

「ええ。手遅れじゃなかったのが幸いだけど、それでも放っておけば死ぬ。そういう状態よ。
 まあ、それだけなら治療すれば問題なかったんだけどね」
「どういう事だい?」
「抜かれたって事は抜いた奴がいるって事でしょ。そして、それが近くにいないとも限らない。
 っていうか、そいつ思いっきり私を殺しにかかったしね」
『っ!?』
「正直、士郎がいなきゃヤバかったわ。危うく、顔の風通しが良くなるところだったもの。
 ま、その代わりに士郎の腕には飛んできた釘みたいな剣が見事に刺さっててね。
さすがにあのときは動揺したわ。なにせ、思いっきり腕を貫通してるんだもの。血もドバーッて」

アルフの質問への答えを聞きその時の事を想像したのか、なのは達はまたも顔を青くする。
守護騎士達は血や負傷など慣れっこだろうが、子ども達はそうではない。
大量の血と言うのは、それだけで気の弱い者は失神する。
例え想像だとしても、それをイメージするのは精神衛生上よろしくない。

「その上、このバカときたら勝手にそいつを追って行って、まんまと罠に嵌ったのよ。
 サーヴァント相手にケンカするなんて、正気の沙汰じゃないわ。能力が低めとされるライダーでも、紛れもなく疑う余地もない自殺行為よ。
それが、ギリシャ神話に悪名高いゴルゴン三姉妹の末女、女怪『メデューサ』となれば尚更だっての。むしろ、食われなかった事が奇跡だわ。
何より、あの時はまだそんな関係じゃなかったとはいえ、味見されてたりしたらムカつくし」
「まあ、否定はしないが……(おい、こいつらの前で『食われる』とか『味見』は不味いだろ)」
(いいじゃない、どうせわかりっこないんだから)
(にしてもだ、時と場所くらい弁えてくれ。見ろ、あいつらのあの不思議そうな顔。
もし意味を聞かれたらどうするんだ!)
(適当にはぐらかしなさい)
(丸投げか!?)

まあ、自分の男が他の女につまみ食いされていたとなれば、さすがにいい気分はしないだろう。
実際、場合によってはそういう事になっていた可能性もあるので、割とシャレになっていないのだ。

しかし、それにしても子どもの前で話すような内容ではないのも事実。
さすがになのは達に意味がわかるはずもないが、この辺りは大人としての節度だろう。
そして、士郎の危惧したとおり、凛の言葉の意味がわからずアリサは真顔で士郎に問いかける。

「? メデューサが人を食べた、なんて聞いたことないけど、どういう意味なわけ?」
「聞くな。大人になればわかる、だから今は聞くな」
「何それ?」

物凄く真剣な表情で子ども達を説き伏せる士郎。
その様子からおおよその言葉の意味を解した大人組は、一斉に頷き士郎に加勢する。
さすがに、子ども達に18禁的な話をするわけにもいくまい。

「それで、あの、士郎君は罠にかかってどうなっちゃったんですか? 可及的速やかに教えてください! できれば可能な限りショッキングな表現で、今していた会話を忘れるくらい!!」
「必死ね、シャマル。あんた、意外とそういうの苦手なの?」
「今はそんなことはいいんです!?」
「…………はいはい、ちょっと気になるけど情けをかけてあげるわ」
「凛ちゃんは鬼です、あくまです、人でなしです。闇の書の守護騎士に、いい意味での経験なんてあるわけないってわかってるくせに……自分には恋人がいると思って……」

こうして、シャマルの割と身を呈した力技により話はピンク色に脱線することなく、本筋に戻される。
子どもたちが、妙なところで大人の階段を踏み出すことは防がれたのだった。
まあ、その子どもたちは終始二人の会話の意味がわからず首を傾げていたが。

「そこでメソメソしてるのは無視するとして、イメージ的には百舌鳥の早贄ね。腕に釘みたいな剣が刺さったまま、西部劇の絞首台みたいに木にぶら下がってたのよ。
追いついた時にそれでしょ、さすがにこいつのトンマぶりには頭が痛かったわ。
まあ、見捨てるのもあれだから助けてやったけど……」
「貸し借りについてはその前の事もあったし、相殺だろう「はぁ?」……と思ったのですが、すみません。わたくしめが悪うございました。軽率な行動ばかりとって、ホントすみません」

凛のあまりの言い様に士郎は反論しようとしたのだが、凛の殺視線に直ぐに降伏してしまう。
いや、確かにそれはもう『睨み殺すぞ』と言わんばかりの視線だったから、さぞかし怖かったのだろう。

「まあ、このバカは置いておくとして、とりあえずその後は士郎の腕の治療の為に一度家に行って、そこで休戦協定を結ぶ事にしたのよ」
「え? なんだか、随分とまた唐突じゃない?」
「まあね。ユーノが疑問に思うのは当然だけど、あの時学校には性質の悪い結界が張られてたのよ。
発動すれば、学校中の人間全員を生贄にして吸収できるって代物でさ。
 だから、私としてはそっちを先に片付けたかったってわけ。士郎は信用“だけ”は出来るからね」

その言葉に誰もが頷き同意を示す。
確かに、この男は余程の事があっても味方を裏切ったりはしない。フェイトの時でも、本質的には敵対関係にありながらあれこれと世話を焼いていたのだ。人の好さ、と言う意味では抜きんでている。
まあ、本人に言わせれば偽善であり、人が好かったとしてもそれは昔の事、と言う事になるらしいが。

「ふ~ん、それで凛と士郎はやっと仲間になったって事なのね」
「そう言う事。ま、あの時はまさかこんなに長い付き合いになるなんて思わなかったけどね」

アリサの言葉に、凛は感慨深げに応じる。
確かに、あの当時の彼女からすれば、今の状況は予想もしない事だったろう。
たった一人の男の為に、何もかも投げ打って共にあり続ける。
言葉としては単純で、ロマンに溢れた内容だ。しかし、実際にそれをなす事のなんと難しい事だろう。
それが士郎の様な男ともなれば尚更だ。
しかしそこで、思い出したかのようにはやては凛に尋ねる。

「あのな、凛ちゃん。ちょう聞きたいんやけど」
「なに?」
「士郎君は巻き込まれて、聖杯戦争の被害を減らしたくて参加したっちゅうのはわかった。
 せやけど、凛ちゃんやアーチャーは何が目的だったん? やっぱり凛ちゃんは、根源の渦?」
「ああ、その事ね。私は違うわよ。父さんが死んだ事もあって、私は本来の目的は知らなかったから」
「え? じゃあ、どんな願いがあったん?」

凛の説明を聞き、興味が湧いたのかはやては更に問いただす。
それに関しては他の面々も同意なのか、なのはやアリサなどは身を乗り出してさえいる。
如何に聖杯が破綻しているとわかっていても、凛の願いとそれは別問題なのだろう。

「特になかったわ」
『はい?』
「だからなかったの。アーチャーの奴は世界征服なんてどうだ、とかバカな事言ってたけど、それこそくだらないわ。だってそうでしょ? 世界ってのはつまり自分を中心とした価値観で、そんなものは生まれた時から私のものよ。ま、仮に本当に世界を手に入れるとしても、それはそれで面倒じゃない。上に立つって事は、色々気苦労も多いわけだしね」
「えっと…ならあなたは何のために戦ったの?」
「そこに戦いがあったからよ。ま、ついでに貰える物は貰っておく、くらいのつもりだったけどね。
そのうち欲しいものが出来たら、その時に使えばいいだけだと思ってたから」

その言葉に皆は絶句する。
しかしそれも一瞬で、呆れて言葉も出ないと言う風だったのが徐々に納得へと代わっていった。
初めは面食らったが、なるほど実にこの少女らしいと誰もが思ったのだろう。
まあ、とりあえず凛への好奇心は満足したのか、続いて話はアーチャーへと及ぶ。

「それじゃあ、アーチャーさんはどうだったの?」
「アーチャーの奴は、聖杯を悪趣味な宝箱って言ってた様な奴よ。確かに“恒久的な世界平和”って真顔で言う様な奴だったけど、思いっきり爆笑してやったら拗ねてね『やはり笑われたか。まあ他人の手による救いなど意味はない。今のは笑い話にしておこう』とか言ってたっけ」

凛はそう懐かしむ様になのはの問いに答えたが、他の面々はそう気軽に受け止める事は出来なかった。
恒久的な世界平和、それはあの衛宮切嗣と同じ願い。
その果てに彼が何を決断したのか、それを知るからこそ皆の心は重い。

「ちなみにね、他に願いはないのかって聞いたら『有るには有るが、聖杯で叶えるほどの物でもなし。それは自分で叶えてこそ意味がある』って言ってたわ」
「ふ~ん。ところでさ、アーチャーの真名ってなんなわけ?」
「ん~、まだ秘密。どうせ今言ったって信じられないでしょ。
だけどヒントは上げるわ。そいつはね、ここにいる全員が知ってる奴よ」
『はぁ……』

アリサの問いは、別に今すぐ答えてもいいものだろう。しかし、それを信じさせるのは割と面倒だ。
なら、順を追って話していく方が面倒がなくて良いかもしれない。少なくとも凛はそう考えていた。
ところどころに、アーチャーの正体に繋がるヒントを布石として撒きながら。
とはいえ、この段階でなのは達が真相に辿り着けるはずもなく、皆が曖昧な返事を返す事しかできずにいた。

「じゃ、話しを戻すわよ。とりあえず翌日から私と士郎で結界探しをするようになって、士郎の方ではセイバーに鍛えてもらう事にしたのよね。俄仕込みでも、ないよりはましって感じで。
 まあ、まったくもって役に立たなかったわけだけど……」
「悪かったな……どうせ俺はヘッポコだよ」
「拗ねない拗ねない」

凛の無体な言いように不貞腐れる士郎。それに対し、面白そうに笑みを浮かべる凛。
そんな二人を見て、彼らが乗り越えてきた試練を想像できた者はいなかった。

「なにしろこいつときたら、キャスターにかどわかされてまんまとその手に落ちたのよ。
 まったく、何のためにセイバーがいると思ってるんだか……」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ凛! それって凄くマズイでしょ!?」
「マズイどころじゃないわ、むしろ最悪よ。相手はキャスター、しかも神代の魔術を操る裏切りの魔女『メディア』。魔術師としてなら間違いなく私より遥か格上。そんな奴に捕まって、無事に帰してもらえるはずがないじゃない。
 その上、場合によっては火力でもアンタ達と渡り合えるかもしれない奴だしね。本来戦闘機であるはずのサーヴァントに、重爆撃機クラスの攻撃範囲と火力を搭載していると考えれば、そのヤバさがわかるでしょ?」

そう、こと人間を相手にする場合において、キャスターはおそらく最も効率よく虐殺できるサーヴァントだ。
サーヴァント同士ではどうしても分が悪いが、対魔力を持たない者達が相手なら、むしろ彼女こそ最強のサーヴァントと言えるかもしれない。
その上、破壊力だけでなく技巧にも優れたサーヴァントだ。士郎など、操るも殺すも自由自在だった。

「セイバーもすぐに気付いたんだけどね、生憎足止めされちゃってさ」
「でも、キャスターとセイバーは相性が悪かったはずよ。
最高ランクの対魔力を持つセイバーなら、相手が神代の魔術師の工房であっても突破できるわ」
「そう。だから、セイバーの足止めをしたのはキャスターじゃなくてアサシン。
それも、キャスターが召喚した反則のね」
「そ、そんな事出来る筈が……!」
「そう? でも相手は神代の魔女よ。サーヴァントを呼べるのが魔術師なら、アレにも一応その権利はある。
 まあ、やっぱりルール違反なだけあって正規のアサシンは呼ばれなかった。呼ばれたのは架空の剣豪『佐々木小次郎』。その実在も疑わしい上に、あくまでその殻に該当した亡霊を呼んだだけの存在よ。
 ま、こと剣技に関してはセイバーすら上回る、歴代最高峰の怪物だけどね」

さすがに、アイリとしてもそんなルール違反は信じられないのか、凛に理詰めで説き伏せられても未だに納得のいかない表情を浮かべている。
だが、それはシグナムとて同じ事。いや、彼女の場合は方向性は違うのだが、それでも納得していないという点では同じだ。

しかし、それも無理はない。
本来名もなき剣士であるアサシンが、最優のサーヴァントであるセイバーはおろか、歴代全サーヴァント中随一と評しても良い程の剣士だなどと、そう容易に信じられるものではない。

「しかし、如何な剣豪とはいえ、暗殺者のクラスで呼ばれた者がセイバーを凌駕するなど……」
「気持ちは分からないでもないけど……割と良くある話でしょ、無名の鬼才なんてさ。
アサシンもその口でね。アイツ、他にやる事がなかったなんて理由で我流の剣を磨き抜いた末に、一切の神秘を用いずに純粋な剣の技量のみで多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)を可能にしたのよ。
 それがアサシンの秘剣『燕返し』。相手を三つの円で『同時に』断ち切る絶技。
 未だ、私にも片鱗すら再現できないトンデモ級の魔剣技なんだから」

そこまで言われては、さすがにシグナムと言えど反駁の声もない。
まさか、一切の術法を用いずに第二魔法の一端を引き起こすなど、想像の外だ。
それは無論他の面々も同じで、歴代サーヴァント中随一の剣技の持ち主、という看板の意味を思い知っていた。

「そんなのに足止めされたもんだから、セイバーも士郎の所には行けなかった。でも……」
「……アーチャーがな、“一応”助けてくれた。
まあそんなわけだから、そこからはアーチャーとキャスターの戦いになったよ」

思わず「一応」を強調する士郎。
十年の時が経ち、それなりに相手の事を認めていたとしても完全に受け入れる事は難しいらしい。
その声は苦く、自分の不甲斐なさへの怒りやアーチャーへの根強い反感が宿っていた。

「だけどあの野郎、キャスターをあと一歩と言うところまで追いつめて見逃しやがったんだ」
「え? な、何で……だって、倒すチャンスなんでしょ?」

フェイトをはじめ、誰もがアーチャーの行動に驚きを隠せない。
それに対し士郎は、十年前に抱いた不満をそのまま口に乗せた。

「アイツが言うには、キャスターを泳がせてバーサーカーを討たせようって腹だったらしい。確かにそれはわかる。だけどそれは、街の人達をキャスターの危険にさらすって事だ。当時の俺には、それが許容できなかった。
 しかもキャスターの奴はキャスターの奴で、俺とあいつが似た者同士だと言いやがるし……」

無論、キャスターの言葉が実に的を射ていた事を今の士郎は知っているし、アーチャーの方針の合理性も承知している。だがそれでも、今なお士郎にとってそれは好きになれないやり方だ。
正しさは理解できる、いざとなれば自身もまたそれを選択するかもしれない。だがそれでも、矛盾しているとしても、士郎はそんな選択肢が大嫌いだったし、ましてやそれを選ぶしかない自分が嫌いだった。
合理的で正しければ『良し』としたアーチャー。如何に合理的で正しくても、それを嫌悪する『矛盾』を抱きつつけた士郎。それが、今に至って明確な形として現れた二人の差異だった。

確かに、結果的にはどちらも大差ない様に映る。
しかし、それで『良し』とした賢いアーチャーと、それでもなお『可能性』を追い求めた愚かで強欲な士郎。
その点において、この二人は全く別の在り方を選択していた。

「全てを救うなんて夢物語に過ぎない。そんな事はずっと昔から分かってた。俺自身がその結果だからな。
 稀に、介入後の犠牲者をゼロにする事は出来ても、それ以前の犠牲者をゼロにする事は出来ない。敵を含めた全てを救うなんて、それこそ奇跡以上だ。
 だけど、アイツが言うと無性に腹が立ったよ。一人も殺さない、なんて方法では結局誰も救えない。そんな事はわかりきっていたはずなのに、俺にはどうしてもそれが認められない。認めるわけにはいかなかった」
「シロウは……違うよ。シロウはアーチャーとは違う。だって、シロウはそうやってずっと頑張ってたんでしょ。
 無理な事を無理って諦めないで、何度手を汚しても……全員を救おうとしたんじゃないの? わたしの知ってるシロウは、そういう不器用な人だよ」
「うん。わたしもそう思う。士郎君は、いつだって諦めずにがんばる事が出来る人だもの」
「…………」

フェイトとすずかは、なんとか士郎を慰めようと声をかける。
それらは確かに二人の本心だが、士郎はただ静かに微笑むだけで何も言わない。
まるで「そう言ってくれるのは嬉しいけど、それは少し違う」そう言っている様に二人には思えた。
その微笑みの意味を知る凛とリニスだけは、どこか悲しげな面持ちで三人を見やっている。

「まあ、当時は俺も若かったからな。後先考えずに、逃げたキャスターを追おうとした。
 だがその瞬間、氷の様な殺気を真後ろに感じたんだ」
『え?』
「振り向きざまに飛び退くのと、奴の剣が一閃したのは同時だった。
そして、それはつまり間に合わなかったって事でもある。
 だから、気付いたら肩口から袈裟懸けにバッサリやられていたよ。
消えそうな意識で止めどなく流れ出す血を見ながら、体には力が入らなくて、俺はよろよろと後ろに下がった」

よりにもよってアーチャーがそんな事をするとは思っていなかったのだろう。
誰もが、それこそ歴戦のシグナム達でさえアーチャーの凶行には驚きを隠せない。
まさか、主と同盟を結んだ相手を殺しにかかろうとは。

「そのままあいつはトドメを指そうと歩み寄ってきて言ったんだ『戦う意義の無い衛宮士郎はここで死ね。自分の為ではなく誰かの為に戦うなど、ただの偽善。真の平和など、この世の何処にも在りはしない』って。
正直、ぼやけかけていた頭が怒りで一瞬覚醒したよ。なんで、よりにもよってこいつにそんな事を言われなくちゃならないのかってさ。
 だけど俺がそれを言う前に、奴は憎しみの籠った瞳で『理想を抱いて溺死しろ』…そう言って、トドメを刺すために刃を振り落とした。
 それを奴の言葉に反発したい一心で後ろに飛んだ。その結果は―――――――階段からの転落だったよ」
『…………ふぅ……』

その言葉を聞き皆が安堵のため息をつくと同時に、アーチャーに対しての怒りに震えた。
なぜ、そのような非道を行う男に眼の前の少年が否定されなければならないのか。
それも、純粋に一人でも多くの人を救いたいと願い、その為に死地に踏み込んだ士郎を。
手を汚す様になった士郎ならばまだ納得できたかもしれないが、それ以前の彼を否定される事は許せない。
彼らは純粋にその事に怒りを覚える。まさか、その対象もまたその少年である事など知らずに。

「まあ、その後俺はセイバーに助けてもらって家に戻った。
 最後に見た限りだと、アーチャーとアサシンが戦っていたな。俺達を逃がしてくれたのか、或いはキャスターの命令なのかまでは分からなかったけど……」
「でも、なんでアーチャーさんはそんな事を……だって、その時の士郎君はちゃんと味方だったんだよね?」
「ああ、俺と凛は味方だった。だけど、俺とアーチャーはそうじゃなかったっていう、それだけの話だ」

そんな士郎の言葉に、なのはは釈然としないものがあるのか険しい表情になる。
さすがに、同盟関係にあるからと言って無条件に背中を預け合えるとは限らない、と言う事までは彼女にはまだ納得できない範囲の事のようだ。
彼女からすれば、敵味方など関係なく、きっと話し合えば理解しあえるという思いが強いのだろう。それは幼く、だがそうであるが故に美しい理想論だった。

「傷の方はセイバーがいたおかげで鞘の恩恵が受けられたからすぐに治った。俺が何度も死にかけながら生き残れたのはこのおかげだな。だが、それでも聖杯戦争は止まってくれたわけじゃない。
 次の日、今度は学校の結界が起動した」
「校舎は一面赤に染まってたっけ。血の様に赤い廊下と空気、教室には死んだように倒れている生徒と教師。
 正直、あの時は死体だと勘違いしたわ。ま、こいつは一目でわかったみたいだけど……」
「まあな。二十年前に散々見て慣れてたから、嫌でもわかったよ」

凛の言葉に士郎は苦笑を浮かべる様に呟く。
だが、そんな士郎となのは達との間には明らかな温度差が生じていた。
幼くして人の死を見なれる、その悲劇。悲劇を悲劇として認識できない、その破綻。
衛宮士郎と言う人間の歪みに、この時彼らは気付き始めていた。

「結界を張っていたのはライダーだったんだけど……」
「倒したのかよ?」
「士郎がセイバーを呼んだから倒せたかもしれないけど、駄目ね。先に―――――――殺されてたから。
 それも、一撃で首を引き千切られて……いや、アレは万力か何かで肉と骨を抉り取ったような感じかな」
「バカな……」

ヴィータの問いへの答えを否定するように呟いたのは、シグナムだ。
凛の口ぶりから、彼女らが発見した時には既に殺された後だったと悟ったのだろう。
だからこそ信じられない。サーヴァントの異常性は散々教えられていたし、故に士郎達が辿り着くまでの僅かな時間でサーヴァントの首を一撃で断った事が信じ難いのだ。
同じサーヴァントであっても、それは決して容易な事ではない筈だから……。

「その犯人は少し後でわかったわ。色々調査していくうちに、私達の学校の教師でそれはもう怪しい奴がいる事がわかってね。とりあえずそいつにぶつかってみる事にしたのよ」
「だからってなぁ、話しあいもせずに実力行使はどうなんだ?」
「別にいいじゃない。結局黒だったわけだし、仮に白だとしても二日風邪で寝込めばそれで済むだけなんだから」
『いや、それは絶対に良くない(ぞ・よ・と思うんだけど……)』
「な!? アンタ達……」

いや、普通にそんな通り魔じみた真似に賛成する者は極少数だろう。
確かに命に別条はないのかもしれないが、それでも乱暴すぎるというのが常識人の反応だ。
とはいえ、凛はそんな常識人達の反応に思いっきり不満を露わにしているが……。

「でもさ、黒だったってんならそいつのサーヴァントの仕業だったって事かい?」
「いや、その逆だ。やったのはマスターの方だったんだよ」
「いやいや、いくらなんでもそんな事無理だってアンタ達が言ったんじゃないか」

士郎のあまりにも突拍子もない発言に、アルフは思わず「なんの冗談か」と否定する。
当然だろう。それはこれまで散々言われてきた事を否定する事なのだから。
その場にいるほぼ全員が同じ気持ちだったが、士郎はそれでも神妙な面持ちで事実を口にする。

「まあな。だけど、葛木のサーヴァントはキャスターだ。アイツにそんな事は不可能なんだよ」
「っていうか、葛木自身がアサシン以上に暗殺者してたのが理由なんだけどね。
 こっちのセイバーも、油断があったにしてもまんまとしてやられたわけだし……」
「そんな、セイバーが……」

実際にその眼でセイバーの戦いを見た事があるアイリだけに、驚愕は大きい。
まさか人間が、英霊であるセイバーを圧倒するなど信じられるはずがない。

「俺達もその時は眼を疑いましたよ。
鞭のようにしなる腕、にもかかわらずそれは直角に変動するんです。死に至る毒を帯びたその突起物は、まるで獲物に襲いかかる蛇の様でした。
アレは、とてもじゃないけど初見では軌道が読めない。危うく、あのセイバーですら頭を飛ばされるところだったんですから」

士郎としても、あの時に見たモノを上手く言葉にできない。そのためその表現はどうしても曖昧になる。
おそらく、この場にいる全員がその時の状況を正確にイメージできなかっただろう。
士郎自身、アレを再現しようとした事はある。しかしそれは叶わなかった。
技の芯や核となる部分が、士郎には理解できなかったからだ。せめて、葛木が武器を使っていればその憑依経験から何か引き出せたかもしれないが、相手は無手。結局士郎にはその技を解き明かす事は出来なかった。

「だが、それでもお前達は生き残った。それは何故だ?」
「投影魔術、士郎が土壇場で使ったその魔術のおかげで、私達は命を繋いだわ」

ザフィーラの問いに返された「投影魔術」と言う名称。
それを過去に聞いた事のあるフェイトは、その意味を問う。

「前にもシグナムが言ってたけど、なんなの? その、投影魔術って……」
「簡単に言っちゃえば、魔力でオリジナルの複製を作る魔術よ。幻術と違って、ちゃんと実体もあるわ」
「へぇ、なんか便利そうね」
「バカ言うんじゃないわよ。アレ程燃費の悪い魔術はないわ。
 複製しても性能はオリジナルを遥かに下回り、存在を維持してられるのも数分。ハッキリ言って、難しいだけで何の役にも立たない魔術なんだから」
「? それじゃおかしいじゃない。そんな使えない魔術で、どうして凛達は生き残ったのよ」

凛の酷評に、アリサは納得がいかないと不満そうな顔を向ける。
それもそのはず、そんな危機的状況下で役に立たないモノがどうして命を救ったと言うのか。
それは誰もが抱いた疑問だった。

「こいつは特殊でね……いい? 『特別』じゃなくて、『特殊』なの。オリジナルと遜色無い精度の投影を半永久的に維持できるのよ。それが一点特化の投影魔術師、衛宮士郎の特性」
「じゃ、じゃあ今まで士郎君が使ってた武器って……」
「全部……偽物…?」

アリサやすずかは魔法や魔術に疎い分、何がすごいのかよくわかっていない。
だが、八神家の面々はまだ予想していただけにましにしても、なのは達の驚きは大きい。
特に、アレだけの魔力をどうやって工面したのか、その疑問がフェイトとユーノの頭を占めていた。
しかしそれを問う前に、すずかが先程の士郎の言葉の意味を理解する。

「あ、だからさっき『唯一の真作』って……」
「そう言う事よ。時の庭園で生き残れたのも鞘のおかげね。剣のカテゴリーからは外れるけど、かれこれ二十年近くの付き合いになるし、士郎にとっては一番複製しやすい文字通りの半身よ」

剣に特化した魔術師である士郎が最もスムーズに投影できる宝具が鞘、というのも妙な話かもしれない。
だがそれだけ、士郎と聖剣の鞘との間にある繋がりは深いと言う事でもあるのだろう。
とそこで、完全無欠で常識の世界の住人であるアリサが、『全て遠き理想郷』の能力を反芻する。

「どんな力も防ぐ能力…だったわよね? 正直、全然ピンとこないんだけど……」
「ああ。次元震を防ぐとなると、聖剣の鞘以外では不可能だっただろうな。少なくとも、俺には。
 あと、正確には『あらゆる物理干渉を“遮断”する能力』だ」
「何が違うのよ」
「“力”ではなく“物理干渉”、“防ぐ”のではなく“遮断”だ。これは似て非なる物、より高い次元の……」
「だぁかぁら! それがピンとこないんだって言ってるのよ!!」
「なんちゅうか、ほんまにチートやなぁ」
「否定はできないわね。でも、だからこそのランクEX、評価規定外の宝具よ」

アリサやはやての感想も無理はない。はっきり言って、常識から逸脱し過ぎている。
特にアリサにとっては、『全ての物理干渉を遮断する』などと言われても『どんな力も防ぐ』との差別化が出来ないのだ。後半のややイライラした声音も、いまいち理解できない事への苛立ちだろう。

まあ、それほど厳密に分ける必要もないのかもしれない。
どちらにせよ、重要なのは『絶対不可侵の能力』であるという一点なのだから。
ただし、アリサよりも少なからず魔法への知識があるはやてなどの場合になると、少し違う感想を抱くらしい。

「いや、確かに鞘もとんでもなくチートなんやけど、むしろそんなものまで投影できる士郎君の方が……」
「まあねぇ。何しろこいつ、この異端が原因で封印指定までされた始末だし」
「でしょうね。消えることなく、宝具まで投影できるなら、その扱いも当然よ。ましてや……」

アイリはそれ以上語らず、だがその心中で「固有結界まで使えるとなれば」と呟いていた。
それ自体に関しては、ほぼ確信しているにしてもまだ推測の域を出ていないためだろう。
もしくは、まだアイリの中では完全には投影と固有結界の関連は結びついていないのかもしれない。
或いは、あまりの非常識ぶりに本能的に否定していた可能性もある。
だがそこで、耳慣れない単語があった事にアリサが気付く。

「ところで、封印指定ってのは何なの?」
「後にも先にも現れないと協会が判断した稀少能力を持つ術者を貴重品として優遇し、協会の総力をもってその奇跡を永遠に保存するためにサンプルとして保護する、っていう令状よ。ま、建前だけどね」
『建前?』
「そ、建前。その実態は、保護の名目の下に拘束・拿捕し、一生涯幽閉する事。それも、生死問わずにね。
そんなわけだから、『協会三大厄ネタの一つ』何て笑い話にされたりもするわ」
「場合によっては、生きたまま解体して脳髄を保存する場合もあると聞くわ。つまり、人間あるいは魔術師として保護するのではなく、一資料、実験材料として保存・解析するのが目的よ。
 それ故に、魔術師にとって最上級の名誉であると同時に最大級の厄介事ともされているの」

凛とアイリから聞かされたそのあまりの血生臭さに、アリサは聞いた事を即座に後悔した。
まさか、大戦時の旧日本軍よりなお非道な真似をするものだとは思ってもみなかったのだろう。
いや、それどころか、その内容を想像して思わず嘔吐を抑えようと口元を抑える。
そして、それは何もアリサに限った事ではなく、子ども達全員に言えた事だった。

「わかった? だから私達は士郎の事を秘密にしてたのよ。
 管理局がそこまでするなんて考えたくないけど、情報なんてどこから漏れるかわからない。もしヤバい連中にバレたら、昔の二の舞になりかねないしね」
「隠していたのは、すまないと思う。みんなには本当に心配をかけた」
「でも、そう言う事なら仕方がないと思います。だって、本当に命がけじゃないですか。
 むしろ、話してくれた事こそ申し訳なくって……」
「そう言ってもらえると救われるよ、シャマル。だが、それこそお前達が気にする事じゃない。
 その事も含めて、覚悟した上で話してるんだからさ」

士郎達が頑ななまでに秘密を隠し続けたその理由、それを理解しなのは達は己が浅慮を呪う。
自分達はただ友達の事を知りたくて、友達の事が心配で彼らの秘密を知ろうとした。
しかし、その秘密こそが彼らにとって最も命を危ぶめる原因だったと理解したのだ。
迂闊に踏み込んではいけない領域に、そんな事を考えもせずに踏み込もうとした自分が恥ずかしく情けなく思う。
無論、彼女達とて安易に踏み込もうとしたわけではないが、自分達と士郎達の視点の違い、想定している危険の違いに愕然としたのも事実。まあそれは、両者がこれまでに経験してきた事柄の違いだ。
まだ九歳の子どもとその三倍の時間を生きた大人。モノの見方、考え方が違って当然なのだ。
ましてやそれが、世界の暗部を生きてきた者達ともなればなおさらだろう。

「まあ、そんなわけでなんとかその時も生き延びる事が出来たわけだ」
「さっき凛ちゃんが言うてた事の意味がようわかるわ。ホンマ、士郎君何回死にかけとるんよ」
「本当よね。っていうか、それを言いだしたら凛だって相当なものだけど……」
「ほっときなさい。ただ、絶体絶命だったのはむしろその後よ。
 なんせこいつ、キャスターにセイバーをとられちゃったんだから」
『ウソ(なに)!?』

セイバーを奪われる。それはつまり、士郎の生命線を断たれるのと同義だ。
今の士郎ならまだしも、サーヴァントのいない士郎に生き残る術はない。
その事をなのは達はこれまでの話から良く理解していた。

「俺達が家を空けている間に、藤ねえ、俺の姉代わりをしてくれていた人が人質に取られたんだ」

その瞬間、誰もがおおよその経緯を理解した。
この場にいる者達は、血の繋がりの有無に関わらず、決して失ってはならないモノがある事を知っている。
それは家族であり、仲間であり、友人達。それら深い絆によって繋がった掛け替えのない存在、その全て。
それを人質に取られればどうなるか、想像に難くない。

「大して重要じゃないから詳しい経緯は省くけど、キャスターはセイバーに自分の宝具を使った。
それが『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』。あらゆる契約を覆す裏切りの刃。
そいつを使って、セイバーのマスター権を奪い取ったのよ」
「まさしく、裏切りの魔女に相応しい宝具だな」

その思いも寄らぬ能力に、シグナムの声は苦い。
さすがは智謀に長けたサーヴァントと言うべきか、守護騎士やアルフの間に戦慄が走る。
もし自分達に使われたら、望まぬ主に仕えさせられる事もあるかもしれない。
今の主を敬愛している彼女らにとって、それは決してあってはならない可能性だった。
その重苦しい空気によろしくないモノを感じたのか、ユーノが話題を変えるべく凛に話しかける。

「セイバーを奪われた後、士郎は…どうなったの?」
「……キャスターはセイバーに私の始末を命じたわ」

そのユーノの問いに、凛は少しばかりズレた返答をする。
その意図を、初めは誰もが理解できずにいた。

「ところがこいつ、私を庇って自分の身を晒したのよ。結果、セイバーはよりにもよって自分の手でマスターを斬る羽目になった、肩をザックリね。本来なら致命傷よ。
命があったのは運が良かったけど、高潔で清廉なあの子にとっては最悪でしょうね、涙を流すくらいには」
「バカな……それほどの騎士が……」
「幾らセイバーでも令呪には逆らえない。ま、多少は抗えたからこそ私達の命はあったわけだけどね。
 もしあれがセイバーじゃなかったら、あの時点で私達は死んでいたわ」

信じられない、と言わんばかりの顔で呟くシグナム。
だがそれは、聖杯戦争における令呪への認識の甘さでもある。
絶対命令権と言うのは、セイバーの対魔力を持ってすら僅かに抵抗するのが精一杯のものなのだ。

そして誰もが、セイバーの悔恨と無念を思って歯を食いしばる。
騎士王とまで称されるほどに高潔かつ清廉な彼女が主を斬る、その口惜しさは余人の想像の及ぶものではない。
だからこそ、なのは達はその心の痛みを想って自らの心が痛むのを自覚する。

「セイバーは血を吐く様な声で『逃げろ』って言ったわ。あの時の私達にできたのは、その思いを汲む事だけ。
 セイバーとの契約が切れたから士郎の治癒力はないも同然。意識も朦朧としてたから、とにかく士郎を引きずって私の家に戻って大急ぎで手当てしたわ。まあ、治療なんて言えるほど立派なモノじゃなかったけど」
「その後は、どうしたの?」
「サーヴァントも令呪も失ったんですもの、士郎はもう戦う必要はない。
 そう言ったんだけど、こいつときたら……」

すずかの問いに、凛はもう呆れて物も言えないという風に肩を竦めてため息をつく。
まあ、実際にはそんな穏やかな表現ではなかったのだが……。
しかし、それは真っ当な反応だ。むしろこの場合、それでもなお強情を張り続けた士郎の方がどうかしている。
少なくとも、せめて負傷し弱り切った体をなんとかせねば話にならない。
その点は全員同意なのか、視線が士郎に集中する。

「そんな目で見ないでくれ。セイバーをあのままになんてしておけなかったし、一度戦うと決めたんだ。途中で投げ出す事なんてできなかったんだよ」
「その志は見事だ。しかし、それは無謀や蛮勇を通り越して『身の程知らず』としか言えんぞ」
「今頃気づいたのか? 俺は基本的にそう言う人間だぞ。そうでなければ、正義の味方なんて目指せない」

苦言を呈するシグナムに、士郎はどこか冗談めかした口調で応じる。
しかし、口調こそ軽いが言っている事は紛れもない本心。
だから、そうでない人間が『正義の味方』なんて目指すモノじゃない。暗にそう言っているのだ。
別に自身がその道を言った事には後悔していないが、その道の険しさも知っているが故の言葉だろう。

「シロウは、どうしたの? やっぱり……」
「俺はそんなに諦めが良くない。誰かに負けるのは仕方ない。打ちのめされるのは慣れてたし、どうあっても届かないものがある事くらい、悔しいが理解していた。
だけど、それは相手が他人の時の話だ。“自分には負けられない”。相手が自分なら負ける要素は存在しない。だって、持っているものは同じなんだから。
そして、そこで諦めるって事は自分が間違っていたと宣言する事になる。
なら、そこで退くわけにはいかないじゃないか。俺は、その道が正しいと信じたんだから」
「わかった? 十年前からずっとこうなのよ。アンタの口癖の一つよね『誰かに負けるのはいい、でも自分にだけは負けられない』ってさ。おかげで私がどれだけ苦労した事か……」

凛はそう言うが、その割には顔には不満の色がない。
どちらかと言えば、『仕方ないなぁ』という呆れを含んだ印象だ。
なんだかんだと文句を言いつつも、結局彼女は士郎を見捨てなかった。
それは彼女が、呆れながらもそんな士郎を好いていたからなのだろう。

しかし、この時フェイトには凛の言葉が耳に入っていなかった。
ただ小さく『誰かに負けるのはいい、でも自分にだけは負けられない』と言う士郎の言葉を繰り返す。
フェイトは半年前ならともかく、現在は自分が強いとは思っていない。むしろ、自分の心は弱いと思っている。
そして、その自己判断はおそらく正しい。彼女の心は揺らぎやすく、迷いやすい。
それは決して罪ではないが、それでも彼女にとって一種のコンプレックスとも言える点だ。まだ九歳の少女に、そんな揺らがず迷わない心の強さを求める事そのものが間違っているだろうが……。

だが、この際客観的な評価や事実はあまり関係ない。問題なのは、本人がそう考えているという点だ。
そして、だからこそ士郎の言葉は強く彼女の心に響いた。
しかし、士郎はそんなフェイトの様子には気付かずに話しを進める。

「だから、次の日は朝からなんとか凛を見つけようと探し回った」
「良くもまぁ、そんな体で動けんなおめぇ……」
「ああ、私もそれは思ったわ。ま、あの時はそんな事言えなかったんだけどねぇ」
「? そう言えば、凛ちゃんの方はどないしとったん?」
「ん? 私はキャスターを探してたんだけど……ああ、そう言えば……」

凛はそこで、何かを思い出したように遠い目をする。
その顔には懐かしさだけでなく、苦々しさが浮かんでいた。

『???』
「アーチャーの奴に、こんな事を聞いたっけ。『最後まで自分が正しいって信じられるか』って。そしたらアイツ『その問いは無意味だ。私の最期は既に終わっている』とか言ってたなぁ」
「なぜ、そんな事を?」
「アーチャーが守護者だったからよ。マスターとサーヴァントは、時々眠っている時とかに相手の記憶とかを見たりする事があるの。
そこで、アイツの過去を見てわかったのよ。アイツは守護者として使役され続けてきたんだって」

アイリの問いに答えるその言葉には、隠しきれない暗さが、重さが、悲しみがあった。
同時に、士郎の顔にも似たモノが浮かぶ。
しかし、アイリを除く全員がその言葉の意味を理解できずにいた。
故に、一同を代表する形でユーノが問う。

「凛、守護者ってなんなの?」
「抑止力の事は前に説明したわね」
「う、うん。確か、それはいつだって既に起こってしまったことの後始末をする為に動く存在で、そこに例外はない。起こってしまった事を、一番確実な方法……最速で抹消することで世界全体を救う防衛システム、だよね。
 そこでただ生きているだけの無関係な人たちも纏めて……」
「そう。そして、守護者はアラヤの抑止力の一つの発現形態に過ぎないわ。だから、その基本的な在り方は他の抑止力と同じ。彼らは人の世を護るために『世界を滅ぼす要因』が発生した瞬間に出現して、その要因を抹消するの。自由意志などなく、ただ“力”として扱われるだけ。
故に、やる事はいつも同じ。人間は自滅によって滅ぶ種よ、その滅びの要因はいつだって人間自身…その意味するところは、『人間を消滅させる為の殲滅兵器』という事よ。たぶん、大昔に闇の書を滅ぼしたのも“こいつ”でしょうね。まあ、英霊の全部が全部そうってわけじゃないけど、アーチャーはそうだったわ」
『…………………』

予想もしない抑止力の形に、なのは達は声も出ない。
守護者と聞けばいいイメージが湧くし、何より相手は英霊だ。まさか、英霊という存在がそんな形で世界に、或いはヒトに使役されるとは思ってもみなかったのだろう。
だが彼らは一つ勘違いをした。凛の言う『こいつ』を彼らは『抑止の守護者』と捉えたが、そうではない。
それはむしろ『アーチャー』をこそ指していたのだ。

「そいつは延々と『人間の自滅』を見せつけられる。人々を救う英霊として呼び出されたのに、人間がしでかした不始末の処理を押し付けられ続けるのよ。
 それを虚しいと思い、人の世を侮蔑せずにいられなくなるには、そう回数はいらない。つまりはそう言う事よ」
『ぁ…………』

彼らには到底理解が及ばない。一体、どれほどのモノを見れば人間と言う存在を見限れるようになるのか。
独善や傲慢ではなく、純粋に諦観と絶望で人間を見限るとはどれほどのものなのだろう。
人間と言う存在に希望を持つ子ども達には、到底想像できる事ではなかった。
そして、それを身勝手と断ずる事もできない。なぜなら、彼女らはそれほどのモノを見た事がないのだから。

「話しが逸れたわね。とにかく、私達はキャスターの行方を追ったんだけど、奴が教会にいる事を突きとめた。
 ならやる事は決まってるわ。時間もないし、そのまま乗り込んだ」

当然だろう。セイバーがいつ堕ちるかわからない以上、悠長に構えてはいられない。
万が一にもセイバーが堕ちれば、ただでさえ悪い状況がなお悪くなる。
そうなれば、凛達にキャスターを討つ事はできなくなるのだから。

「教会で奴を見つけた時、まだセイバーは陥落していなかった」
「それなら、キャスター倒せたのよね?」
「アリサの言う通りになったらよかったんだけど……」
「だがそこで、アーチャーは凛を裏切った」
『裏…切り………』

信じられない。さて、もう何度目の呟きだろう。
しかし、今までとは方向性が違う。まさか、英雄であるアーチャーがマスターを裏切るなどとは……。
それが、全員が等しく抱いていた感想だ。無論、第四次のキャスターの様な英霊もいる。だが、二人の話を聞く限り、冷徹かつ冷酷ではあっても決して非道や卑劣からは無縁だと思っていたのだ。

にもかかわらず、彼はそちらの方が有利と言う理由で主を裏切った。
確かに打算は決して全否定されるべきものではないが、それでも決して侵してはならない領域と言うモノがある。
それが、この場にいる者達の総意。そうして、最初に激昂したのはやはりヴィータだった。

「ふざけんな……ふざけんなよ!! よりにもよって、騎士が自分から主君を裏切んのかよ!!!」
「背後からの不意打ちをしたかと思えばそれか……そのような男、騎士とは呼べん!!」
「本当ですよ! 確かに勝敗を考慮するのは当たり前ですけど、それで裏切りを正当化できるわけじゃありません!!」
「…………」

誇り高き守護騎士達は、それぞれ違った形でアーチャーをなじる。
ザフィーラだけは無言を通したが、それは単に口にするのも汚らわしいという思いの表れであって、決してその在り方を認めたわけではない。

なのは達にしたところで、口にこそしないが、全員が一様に失望の色を露わにしていた。
三騎士と呼ばれ、あの遠坂凛に召喚されたサーヴァントであるアーチャーが凛を裏切る。
その事実は、彼女らの偶像崇拝にも似た憧れの感情に、冷や水をかけるどころか氷漬けにしたかのような効果を与えていた。
しかし気付いていただろうか。その感情は、少し前に衛宮切嗣に向けていたものとよく似ているという事に。

「まあ、そんなわけでモノの見事に絶体絶命。
逃げようにも、背中を見せた瞬間に殺されるのは目に見えてたのよね」
「じゃあ、どうやってアンタは逃げたんだい?」
「いるでしょ? どうしようもない命知らずのお節介が」

固有名詞を一切使わず、その言葉だけで全員の視線が士郎に集中する。
それも『また無茶をしたのか』という、呆れやら感心やらの感情が混ざり合った視線が。
ちなみに、極一部からは無茶を重ねる事への一種の非難染みた視線や怒りの視線も混じっている。
あえて誰から向けられているかは言わないが。
とはいえ、さすがにバツの悪い士郎は丁重に気付かないフリを通す。

「ふん。なんだ、助けて欲しくなかったのか?」
「まさか……頭に来たのは本当だけど、でも嬉しかったわよ。身を呈して守ってもらえるなんて、女冥利に尽きるじゃない。ま、守られてばっかりなんて性にあわないから、すぐに背中を蹴り飛ばすけど」
「怖いな。これじゃあオチオチ背中を見せられない。
助けた姫に後ろから刺されたんじゃ、笑い話にもならないじゃないか」
「刺されたくないなら、もう少し自分の身を心配する事ね。あの傷で葛木とやりあうなんて自殺行為なんだから、あの時私がどれだけ“    ”したと思ってるのよ」

最後の部分は小さすぎて誰の耳にも届かなかった。
しかし、何となくのニュアンスくらいはわかる。なにせ、凛の耳はその時の事を思い出してか、それはもう真っ赤になっているのだ。おそらく、本人的には酷く恥ずかしいと感じるセリフなのだろう。
まあ、そう言うモノは往々にして他者からは「なんだそりゃ」と言う様なものだのだが……。
だがここで、凛の顔に悪魔的な笑みが浮かぶ。

「それにしても…………女の子を泣かせるなんて、どうなのかしらねぇ」
「う”、それは……あ、アレは仕方ないだろう」
「ふ~ん、女泣かせておいてそんな言い訳するんだ」
「え!? 士郎君、凛ちゃんを泣かせたの!?」
「ま、待て! 確かに事実ではあるんだが、真実ではないというか……」

なのはの言葉に士郎は最後まで反論する事が出来ず、その声は尻すぼみに声が小さくなる。
無理もない。全女性陣からそれはもう冷やかな視線を向けられているのだ。誰だって何も言えない。
無論、ユーノやザフィーラからの助け船があるはずもなく、士郎は女性陣全員による追及を受けるのだった。
当然、困り果てる士郎を凛が大笑いしながら見ていたのは言うまでもない。



………………そうして三十分後。

「はいはい、楽しい弾劾裁判もそろそろ休廷といきましょ。
 いい加減話を進めたいしね」

その言葉に渋々了承する女性陣。しかしお気づきだろうか、これはあくまで休廷しただけで終わってはいないのだ。つまり、士郎への弾劾はまだまだ続く。
というか、その原因を作った人間が何を言っているのやら……。
そして、士郎は既に灰となって崩れ落ちそうなほどに憔悴しているのだが、それがトドメになっていたりする。
同時に数少ない男性二人は、そんな士郎を見て『女を敵に回してはいけない』という不文律を心に刻んでいた。

「だけど、まさか士郎に続いて凛までとはねぇ」
「うん。これじゃあ戦う事なんてとても……」
「まあ、確かにそのとおりよね。こっちの戦力は事実上のゼロ。
 キャスターはもちろん、他の誰にも挑めない」

アリサとすずかの言葉に、凛は気にした様子も見せずに同意する。
当たり前だ。聖杯戦争においてサーヴァントを持たないマスターなど、「逃げるか」「殺されるか」しかない。
その意味で言えば、二人の聖杯戦争はそこで終わっていたはずなのだ。

「だけど、それで諦める凛ちゃん達じゃないよね」
「わかって来たじゃない、なのは。でも、それはそう簡単な話じゃない。
 私の宝石魔術、士郎の投影魔術。確かにこれらは貴重な戦力よ。でも、二人がかりでもサーヴァントとは戦えない。っていうか、今の私らでも二対一ですら分が悪い。
 となれば、選択肢は一つ」
「もしかして、他のマスターと協力するって事?」
「そう言う事よ」

フェイトの言葉に、凛は簡潔に同意を示す。
その状況下で出来る事は限られてくるし、何より他のマスター達にとってもキャスターの陣営は脅威。
となれば、普段なら鼻で笑われるだけであろう交渉も成り立つ可能性が出てくる。
そして、アイリには誰と協力するかわかっていた。

「そこで、イリヤと協力したのね」
「ランサーのマスターは不明だし、選択の余地がなかったからよ。それに……」

凛はアイリに聞こえない声で、『別に協力できたわけじゃないけどね』と呟く。
確かに協力を求める事は決めた。しかし、それが成功したとは言っていない。
そこで凛は一度豪壮な柱時計に眼をやり、時間を確認する。

「話しを進めたいところだけど、一度休憩にしましょう。
 ここまでずっと語りっぱなしだし、さすがに疲れたわ」
「あ、うん……」

さて、その同意は誰のものだったか。
誰もが話の続きが気にかかりながらも、機先を制して立ち上がった凛のおかげで先を求める事が出来ない。
だが、その凛の態度にアイリは感じるモノがあった。もしかしたらここが、イリヤの死に関する場面なのかもしれないと。
凛の不自然な態度、唐突な休憩、一瞬浮かんだ哀しみの色。それらが、アイリの脳裏にその可能性をちらつかせる。

そうこうしているうちに、凛は士郎の車椅子を押して部屋を離れる。
それにやや遅れて、いつの間に準備していたのか、リニスが全員に紅茶と茶菓子を配って行く。
はたして、これが話しをせがまれる事を防ぐための足止めだと皆は気付いていただろうか。

無論、これらは一応凛なりに考えがあってのものだ。
ここまでで高ぶった気持ちを落ち着け、これからの話しに備えさせるための配慮。
同時に士郎の体を休め、心を落ち着かせるためのでもある。それだけこれから語られる部分は、士郎の心と体に負担を強いる。それを誰よりも熟知しているが故に、多少強引でも休憩をとらせたのだ。

そうして昔語りは急展開を迎えていく。
イリヤスフィールの死、アーチャーの正体、そして聖杯戦争の終結。
もうじき語る事になるであろうそれらを、士郎と凛はどこか冷めた気持ちで思い返していた。






あとがき

ああ、やっぱり二話かかりましたか。
案の定というかなんというか、アレだけ長いUBWを一話に納める事はできませんでしたね。
と言うか、よく前話は一話に納められたと自分で驚いています。

まあそれはそれとして、遂に次回は第五次聖杯戦争の山場部分です。
士郎のトラウマとか、士郎の試練とか、そう言う処の話ですね。
出来る限り上手く要約して、なのは達の気持ちや反応をしっかり描写したいものです。

それと、いまさら気付きましたが人数が多すぎて大変です。
メインで話すのは士郎と凛なのですが、他の面々を所々に入れていかなければなりませんからね。
というか、入れないと本当にただの回想であり、原作のなぞり直しにしかなりません。
とはいえ、そうなってくるとバランスが悩みどころなのです。ついつい、コメントの少ない人とかが出てきてしまって……誰とは言いませんよ。比較的に、フェレットモドキとかを忘れそうになるって事はありません。本当です…よ?


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