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No.4610の一覧
[0] 魔法少女リリカルなのはReds(×Fate)【第二部完結】[やみなべ](2011/07/31 15:41)
[1] 第0話「夢の終わりと次の夢」[やみなべ](2009/06/18 14:33)
[2] 第1話「こんにちは、新しい私」[やみなべ](2009/06/18 14:34)
[3] 第2話「はじめての友だち」[やみなべ](2009/06/18 14:35)
[4] 第3話「幕間 新たな日常」[やみなべ](2009/11/08 16:58)
[5] 第4話「厄介事は呼んでないのにやってくる」[やみなべ](2009/06/18 14:36)
[6] 第5話「魔法少女との邂逅」[やみなべ](2009/11/08 16:59)
[7] 第6話「Encounter」[やみなべ](2009/06/18 14:37)
[8] 第7話「スパイ大作戦」[やみなべ](2009/06/18 14:38)
[9] 第8話「休日返上」[やみなべ](2009/10/29 01:09)
[10] 第9話「幕間 衛宮士郎の多忙な一日」[やみなべ](2009/11/29 00:23)
[11] 第10話「強制発動」[やみなべ](2009/06/18 14:39)
[12] 第11話「山猫」[やみなべ](2009/01/18 00:07)
[13] 第12話「時空管理局」[やみなべ](2009/01/31 15:22)
[14] 第13話「交渉」[やみなべ](2009/06/18 14:39)
[15] 第14話「紅き魔槍」[やみなべ](2009/02/21 22:51)
[16] 第15話「発覚、そして戦線離脱」[やみなべ](2009/02/21 22:51)
[17] 外伝その1「剣製」[やみなべ](2009/02/24 00:19)
[18] 第16話「無限攻防」[やみなべ](2011/07/31 15:35)
[19] 第17話「ラストファンタズム」[やみなべ](2009/11/08 16:59)
[20] 第18話「Fate」[やみなべ](2009/08/23 17:01)
[21] 外伝その2「魔女の館」[やみなべ](2009/11/29 00:24)
[22] 外伝その3「ユーノ・スクライアの割と暇な一日」[やみなべ](2009/05/05 15:09)
[23] 外伝その4「アリサの頼み」[やみなべ](2010/05/01 23:41)
[24] 外伝その5「月下美刃」[やみなべ](2009/05/05 15:11)
[25] 外伝その6「異端考察」[やみなべ](2009/05/29 00:26)
[26] 第19話「冬」[やみなべ](2009/07/02 23:56)
[27] 第20話「主婦(夫)の戯れ」[やみなべ](2009/07/02 23:56)
[28] 第21話「強襲」 [やみなべ](2009/07/26 17:52)
[29] 第22話「雲の騎士」[やみなべ](2009/11/17 17:01)
[30] 第23話「魔術師vs騎士」[やみなべ](2009/12/18 23:22)
[31] 第24話「冬の聖母」[やみなべ](2009/12/18 23:23)
[32] 第25話「それぞれの思惑」[やみなべ](2009/11/17 17:03)
[33] 第26話「お引越し」[やみなべ](2009/11/17 17:03)
[34] 第27話「修行開始」[やみなべ](2011/07/31 15:36)
[35] リクエスト企画パート1「ドキッ!? 男だらけの慰安旅行。ポロリもある…の?」[やみなべ](2011/07/31 15:37)
[36] リクエスト企画パート2「クロノズヘブン総集編+Let’s影響ゲェム」[やみなべ](2010/01/04 18:09)
[37] 第28話「幕間 とある使い魔の日常風景」[やみなべ](2010/07/03 02:34)
[38] 第29話「三局の戦い」[やみなべ](2009/12/18 23:24)
[39] 第30話「緋と銀」[やみなべ](2010/06/19 01:32)
[40] 第31話「それは、少し前のお話」 [やみなべ](2009/12/31 15:14)
[41] 第32話「幕間 衛宮料理教室」[やみなべ](2010/01/11 00:39)
[42] 第33話「露呈する因縁」[やみなべ](2010/01/11 00:39)
[43] 第34話「魔女暗躍」 [やみなべ](2010/01/15 14:15)
[44] 第35話「聖夜開演」[やみなべ](2010/01/19 17:45)
[45] 第36話「交錯」[やみなべ](2010/01/26 01:00)
[46] 第37話「似て非なる者」[やみなべ](2010/01/26 01:01)
[47] 第38話「夜天の誓い」[やみなべ](2010/01/30 00:12)
[48] 第39話「Hollow」[やみなべ](2010/02/01 17:32)
[49] 第40話「姉妹」[やみなべ](2010/02/20 11:32)
[50] 第41話「闇を祓う」[やみなべ](2010/03/18 09:55)
[51] 第42話「天の杯」[やみなべ](2010/02/20 11:34)
[52] 第43話「導きの月光」[やみなべ](2010/03/12 18:08)
[53] 第44話「亀裂」[やみなべ](2010/04/26 21:30)
[54] 第45話「密約」[やみなべ](2010/05/15 18:17)
[55] 第46話「マテリアル」[やみなべ](2010/07/03 02:34)
[56] 第47話「闇の欠片と悪の欠片」[やみなべ](2010/07/18 14:19)
[57] 第48話「友達」[やみなべ](2010/09/29 19:35)
[58] 第49話「選択の刻」[やみなべ](2010/09/29 19:36)
[59] リクエスト企画パート3「アルトルージュ・ブリュンスタッド 前篇」[やみなべ](2010/10/23 00:27)
[60] リクエスト企画パート3「アルトルージュ・ブリュンスタッド 後編」 [やみなべ](2010/11/06 17:52)
[61] 第50話「Zero」[やみなべ](2011/04/15 00:37)
[62] 第51話「エミヤ 前編」 [やみなべ](2011/04/15 00:38)
[63] 第52話「エミヤ 後編」[やみなべ](2011/04/15 00:39)
[64] 外伝その7「烈火の憂鬱」[やみなべ](2011/04/25 02:23)
[65] 外伝その8「剣製Ⅱ」[やみなべ](2011/07/31 15:38)
[66] 第53話「家族の形」[やみなべ](2012/01/02 01:39)
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[4610] 第50話「Zero」
Name: やみなべ◆d3754cce ID:1963cf14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/04/15 00:37

SIDE-アルテミス

(…………はじまった、か)
光はなく、音はなく、匂いはなく、何も存在しないそこで、私はぼんやりとそんな事を考えていた。
時間の感覚など無いし、単体では外界の情報を得る術を持たない私に時を知る術はない。

しかし、私と士郎は繋がっている。それだけが、私に外の世界の事を知らせてくれる情報源。
その繋がりから、何処か緊張を孕んだ気配が伝わって来た。
私は既に、士郎の過去を知っている。確か、士郎のパートナーの使い魔も同様だったはずだ。
知った時はショックを受けた、今も士郎が眠った時には彼の過去の一部が流れてくる事がある。
故に、それが紛れもない真実である事も承知していた。

それは、きっかけは確かにありふれた悲劇だったのかもしれない。
しかし、ありふれたものであったとしても、それが「悲劇」である事に変わりはない。
その重さを、度合いを論ずることに意味はない。その重さなど、本人以外に計りようがないのだから。
そう、「悲劇」はただ「悲劇」として心に深い傷を残す。
それを今、かつての主やあの小さな勇者達が知る事になるのかと思うと、心が軋む。

知る事には意味があるだろう。それはきっと、あの子らの未来への糧になる。
(どうか、押し潰されないでくれ。世界は確かに残酷で、どうしようもなく不公平だ。
 しかしそれでも、救いがないわけではない。こんな私にですら救いがあった。
 その事を忘れるな。世界の闇を知ってなお、強く羽ばたいてくれ……)
どうか、その幼く無垢な心が負うであろう傷が取り返しのつかないモノではない様に。
どうかその傷を乗り越えて、さらなる力に変えられる様に。

私にできるのは、そうして祈る事だけ。
願わくば、あの子らが痛みを強さに変えられる様に……。



第50話「Zero」



遠坂邸の一室。
そこに今、二十年の時を超えて出会った魔術師達と、世界の壁を越えて巡り会った魔導師達がいる。
話しは魔術師達の秘密から始まり、やがて彼らの過去へと及ぶ。
そうして、アイリスフィール・フォン・アインツベルンはゆっくりと当時の事を語り出す。

「切嗣が召喚したのは全サーヴァント中最優と名高い『セイバー』。それも、セイバーとしては最高のカードと言ってもいい『アーサー王』その人だったわ。
まあ、その姿は私達が想像していたものと違って、可愛らしい女の子だったけど」
『女の子!?』
「なんでも彼女、王様をしていた時はずっと性別を偽っていたんですって」
「まあ、当時の人達からすればあの子が男か女かなんてどうでもよかったんでしょ。
 あの子に求められたのは『完全無欠の理想の王』という役割で、あの子もまたそうある事を選んだんだから」

さすがに、いきなりのビッグネームの登場に皆は驚きを隠せない。
地球出身でないフェイトやユーノでさえ、士郎が半年前に使った聖剣の関係からその名は知っている。
とはいえ、それでも彼らは想像していなかった。理想の王である事を求められたセイバーが、一体どのような苦悩を抱えていたのかを……。

しかし、アイリは凛の言葉に違和感を覚える。
セイバーの事を親しげに語る凛の様子に、一つの疑惑を持った。

「あなた、まさかセイバーの事を知っているの?」
「悪いんだけど、ここでまぜっかえす気はないのよ。後でちゃんと話すから、今は話しを進めてくれる?」
「…………わかったわ。とりあえず、先に参加者の方から話しましょうか。
セイバーは今言った通り『“騎士王”アルトリア・ペンドラゴン』、ランサーはケルト神話のフィオナ騎士団から『“輝く貌”のディルムッド・オディナ』、ライダーがマケドニアの『“征服王”イスカンダル』、キャスターにはフランス救国の英雄でありながら『聖なる怪物』とも称された狂人『“青髭”ジル・ド・レェ』、そして暗殺教団の歴代頭首の一人『“山の翁”ハサン・サッバーハ』がアサシンとして呼ばれたわ。
 ただ、アーチャーとバーサーカーについては私も知らない。あなたは知っているんじゃない? 少なくとも、アーチャーはあなたの父親が召喚したわけだし」
「まあ、一応知ってるわよ。アーチャーは古代メソポタミアの『“英雄王”ギルガメッシュ』、バーサーカーは円卓の騎士の一角、完璧な騎士とも称された『“湖の騎士”サー・ランスロット』…だったかな?」
「っ! そんな、それじゃセイバーは……」

凛から明かされた事実にアイリは驚きを隠せない。
それは他の面々も同じなのだが、彼女は一際ショックを受けている。

しかし、それも仕方がないだろう。
セイバーを良く知る彼女だからこそ、そのセイバーがその事実を知った時の心を慮らずにはいられない。
実際、その事を知った時のセイバーが受けたショックは並々ならぬ物だったのだから。
それこそ、彼女をして剣の冴えが見る影もなくなってしまうほどに。

そして、凛がアーチャーの正体を知っているのは、別に父「時臣」から聞いていたからではない。
その十年後に、彼女自身が遭遇して知ったのだという事を。
まあ、今は混乱させるだけと判断したからこそ、あえて黙っているわけだが。
だがそこで、伝承の類に知識のあるはやてが小さくつぶやく。

「サー・ランスロットちゅうたら、確かアーサー王を裏切った……」
「……ええ。でも、それならバーサーカーがセイバーに固執したことも説明がつくわ。
 彼からすれば、セイバーは恨んでも恨み切れない相手なのかもしれない」
「ですがアイリスフィール、仮にも騎士が一度忠誠を誓った主を裏切り恨むなど、あってはならない事です。
その伝承を私は詳しく知りませんが、如何なる理由があろうと、騎士として失格であると言わざるを得ません」

シグナムがそう考えるのも無理はない。
騎士道という観点でみれば、確かにランスロットのそれはほめられたものではないだろう。
しかしそこで、凛は少し困ったような様子で頭をかく。

「まあ、考え方は人それぞれか。そういうところがあんたらしいって言えばらしいわけだし……」
「何か言いたい事でもあるのか?」
「別に他意はないわ、気に障ったなら謝るけど?」

少しばかりムッとした表情を浮かべるシグナムに対し、凛は肩を竦める。
シグナムもリラックスした状態を崩さない凛に毒気を抜かれたのか、それ以上追及しようとはしない。

「さて、伝承の内容自体は割とよくある『悲恋』よ。
主の妻と恋に落ちてって奴なんだけど…実際はどうかしら?」
「どういう意味だ?」

あまり詳しい伝承を知らないシグナム達にもわかるように、凛はこの場合の要点のみを説明する。
だがその末尾は、どこか思わせぶりだ。
当然シグナムもそれに反応し、全員の視線が凛に集中する。

「何しろアーサー王は女だったわけだし、背景はもっと複雑だったんじゃない?
 ギネヴィアに女としての幸せなんてなかっただろうし、そもそもその婚姻自体が政策的な意味合いが強かった筈よ。どこかで無理が生じたのも、ある意味では必然だったのかもね」
「しかし……」
「ギネヴィアの女の部分がランスロットに惹かれ、ランスロットの何かが女の幸せを満たせないギネヴィアに向いたとしても、それ自体は罪じゃないわ。それは感情の問題であって、騎士道云々なんてのとは別なんだから。
もし、ギネヴィアとランスロットの双方が、お互いに『王妃』と『騎士』としての役割に徹し、一つの装置であり続けられれば問題はなかったんでしょうけどね。でも、そう上手くいかないのが人間でしょ?」
「む……」

凛はシグナムの言葉にかぶせるようにして、そう問いかける。
その問いには、シグナムとしても口籠らざるを得ない。
確かにサー・ランスロットは騎士としての道を違えたのかもしれない。

だが、それが本当に『間違い』であったかは別の問題。
それを知らないシグナムではないし、そう問われてはさすがに全面的に否定する事も出来ない。
そうならざるを得なかった事情があるのかもしれないと考えれば、彼女としても他人事ではないのだから。

「ま、結局詳しい事情なんて私達にはわからないし、悩むだけ無駄よ。考察するにしても材料が足りないもの」
「それは、そうなんでしょうけど……」

凛の言葉に、シャマルは釈然としない様子だ。それは何もシャマルに限ったものではなく、全員に共通している。
凛の言わんとする事はわかるが、そうやって放棄してしまっていいのだろうか、と。
しかし、なのは達がそこに言及する前に、士郎が他の者たちとはベクトルの異なる疑問を呈する。

「なぁ凛。なんでお前、そんな事知ってるんだ?」
『?』

士郎の問いの意味が理解できないのか、皆は首をかしげる。
凛が知っている以上、士郎も知っているのは当然だと思ったのだ。
しかし、それは少しばかり違う。アーチャーは別にいいが、なぜ凛がバーサーカーの真名を知っているのか、それが士郎にも疑問だったのだ。なにせ、彼もまたその事実を知らなかったのだから。

「うん? ちょっとねぇ~」

しかし、凛は士郎の問いをそう言ってはぐらかす。
士郎も、まあそのうち話してくれるだろう、と思ってそれ以上は追及しない。
凛がバーサーカーの真名を知っていたのは、単純に先日イリヤに引き出してもらった記憶のおかげだ。
セイバーが現界し続けた場合、第四次の事を知る可能性もあった。要はそう言う事である。

とはいえ、それとて完全ではない。
故に凛としても、あまり詳しく双方の事情に触れる事が出来ず、推測を交えるしかなかったのだ。

「ところでさ、悪いんだけど、そう何度も中断してると話が進まないんじゃない?」
「酷い人ね、あなたは。……………でも、確かにその通りかしら。
 あと事前に話しておく事があるとしたら、二人の願いね。
 切嗣の場合、あの人が聖杯に託した願い……それは世界平和だったわ」
「世界…平和」

その呟きは、果たして誰のものだったか。
確かに万能の願望器に願うのに相応しい願いだろう。しかし、実際にそれを心の底から願っている者がいるのだろうか。確かに平和を願うのは当然の気持ちだし、誰もが願う事だ。
だが同時に、完全な世界平和など叶わないと言う事も誰もが知っている。
また、凛曰く「恒久的な世界平和など最悪の願い。争いのない世界なんて死んでいる」、かつて英霊エミヤは言った「それが賢者の考えだ」と。

それは真理だろう。争いのない世界とは、即ち競争も衝突もないという事だ。
争いを推奨するわけではないが、それでも競争も衝突もない社会は成り立たない。
まさに凛の言う通り、それは死んだ世界と言えるだろう。何しろ、現在の人間の繁栄自体がその『競争』と『衝突』の成果なのだから。それを否定するという事は、今日の繁栄を、文明の進歩を否定してしまう。
無論、衛宮切嗣がそれを理解していなかったとは思えないが、それでもなお彼は求めた。

だが、この場にいる者達のほとんどはまだ幼い。
その幼稚な夢想とも言える願いを嗤う者はおらず、ただ真摯にその言葉を受け止めていた。
やり方の是非はともかく、その願いは立派だ、そう思っていたのかもしれない。
凛もまた、今はまだその事に言及する必要はないとダンマリを決め込む。

「そして、セイバーは滅んだ祖国の救済を望んでいたわ」
「王様、だもんね。自分の国が滅んだりしたら、やっぱり悲しいよね」
「そうね。特にセイバーは国を、民を守るために王となった。あの時代は内乱が続いていたし、外敵からの侵略もあったから、尚更守れなかった事を悔やんだのだと思うわ。
 だから彼女は、歴史を覆してでも滅びへと向かう運命を変える事を願った」

アイリの言葉に、すずかは悲しげにセイバーが抱いていたであろう気持ちを想像する。
皆は知らない事だが、セイバーは少々特殊なサーヴァントだ。
死後の英霊としてではなく、死の間際、カムランの丘にいた彼女が召喚されている。
彼女にとって国の滅亡は眼前の事実であり、同時にすでに挽回しようのない段階まで進んでしまった現実。

セイバーが望んだのは、その滅びの運命を覆す事。それすなわち、過去の改竄に他ならない。
彼女は確かにまだ生きているが、それでも既に滅びは決定してしまっている。
そうであるが故に、彼女の悲願はやはり「現在」ではなく「過去」に向いているのだろう。
しかし、ここでフェイトが小さく疑問を呟いた。

「でも、それは本当に正しいのかな?」
「え? フェイトちゃん、何を言って……」
「わたしはセイバーの事を良く知らないけど、それでも凄く誠実な人なんだって事はわかる。
 だけど、起きてしまった事をなかった事にして……いいのかな?」
「でも、それが叶えば大勢の人が救われるわ」
「はい。それは…分かります。だけど……」

すずかやアイリはいぶかしむ様な表情で、フェイトを見つめている。
いったい、国を救いたいと言うセイバーの願いの何が間違っているのかと。
しかし、なのはもまたフェイトと同じ様に納得のいかない表情をしていた。
そこでフェイトとなのはの視線が士郎とぶつかり、士郎は何も言わずにゆっくりと頷く。
『思うようにすればいい』二人はそんな声ならぬ声を聞いた。
それに促されたのか、今度はなのはが口を開く。

「前にクロノ君が言ってました『世界はこんなはずじゃなかった事ばっかりだ。それに立ち向かうか、逃げるかは個人の自由。でも、他の人をそれに巻き込む権利は誰にもない』って。
何て言うか、わたしにはセイバーさんが逃げているように思えるんです。それも、他の人を巻き込んで……」
「うん。それに、その願いは母さんの願いと何処か似てる。シロウは言ったよね、母さんの願いは失われたものを否定するって…………わたしも、そう思う。
 何もかもなかった事にしたら、滅んじゃった国の人達の想いは……どこにいくのかな?」
「だけど……!」
「ああ、はいはい。今はそんな議論をする所じゃないでしょ。
 議論は後でもできるから、先に話を進めてちょうだいな」

二人の言葉に、アイリはかつて共にあった騎士の想いを守らんと反論しようとする。
しかしその機先を制し、凛がそれを押さえた。
その後のセイバーを知る彼女は、最終的にセイバーが至った答えを知るだけにこの論議の不毛さも理解している。
遅かれ早かれ凛達の口から語る事になる点なのだ、ならば話しを進めてしまった方がいいだろう。
とはいえ、そんな事情を知らないアイリは何処か納得いかないモノがあるようだが、渋々ながら話を進める。

「…………分かったわ。
 セイバーという最高のカードを得た私達だけど、切嗣の考えた策は意表を突くものだった。
 だってそれは、セイバーを囮にし、別行動をとっていた切嗣がマスターを暗殺していくというものだから」

その策に誰もが絶句する。
まさか、聖杯戦争において主戦力とも言うべきサーヴァントを囮に使うとは思ってもみなかったのだ。
概ね、聖杯戦争においての戦略の要はサーヴァントの選定にあり、戦術の要はその運用にある。
つまり、どの英霊を呼び出し、どれだけその英霊を効率的に運用し、令呪でサポートするかだ。
マスターの戦力を無視するわけにもいかないが、やはり重点はサーヴァントにおかれる。

そして、切嗣の策はその裏をかく。
なにせ戦闘の要であるサーヴァントに頼らず、それどころかほとんど重視すらしていない。誰もがサーヴァントを注視しているところで、彼だけは全く別のモノを見て狙っていたのだ。
英霊の絢爛さを逆手に取った、まさしく逆転の発想だろう。

「とはいえ、マスターが近くにいないと不審に思われるかもしれない。
 そこで切嗣は、聖杯の護り手である私を代理のマスターにして、セイバーに護衛させたのよ。私がいなければ聖杯は得られない以上、私の重要度はマスターと大差ない。
 それに、性格的にも切嗣より私の方が相性が良かったから……」

そう言って、アイリは小さく苦笑する。
あの当時の二人の不仲ぶりを知るだけに、もう苦笑いしか浮かばないのだろう。

「だけど、切嗣はセイバーと交流を温めようとはしなかったから、セイバーには詳しい所は教えていなかったわ。
それどころか、私と聖杯の関係についてすらちゃんと説明していなかったくらいだから」
「そんな……」
「切嗣はね、あんな小さな女の子に『王』という残酷な役目を押し付けた周りの人達に憤っていた。
 同時に、その運命を受け入れてしまった彼女にも同じように感じていたんでしょうね。
 その上で、それを出過ぎた感傷だと理解していたから何も言わなかった。自分とアルトリアという英雄はどうあっても相容れない、そう諦めてしまっていたのよ」

そして、切嗣のその判断はある意味において正しかった。
少なくとも、自身とアルトリアという英霊が決して互いに信頼関係を結びえないという点において、その判断は正しかったのだ。おそらく、無理に切嗣かセイバーが歩み寄ろうとしても、結果的には反発しあって余計に仲が拗れてしまうだけだっただろう。
故に、召喚して早々に距離を取った切嗣の考えは正しい。元より、切嗣は彼女の力をそれほど必要としていたわけではなかったのだから、尚更だ。

「そうして、互いの距離を全く縮める事が出来ないままその時が来たわ。
 切嗣は私達に先行して冬木に入り、私とセイバーはその後から囮役として冬木に入った。
 そして、第四次聖杯戦争が始まったのよ」

アイリの語る過去に、皆神妙な面持ちで耳を傾ける。
一度ならず聞いていたはずの八神家の面々ですらも、その眼と雰囲気には緊張の色があった。

当然だ、今回は以前のそれとはまるで違う。
なにせ、以前は語られなかった暗部も含めて語られることになるのだから。
故にアイリも、出来る限り慎重に言葉を選びながら話しを進める。

「冬木に入ってすぐ、私達はランサーに戦いを挑まれたわ。
 セイバーと彼の力は伯仲し、互いになかなか攻めきれずにいた。だけどランサーは巧妙に戦いを運び、セイバーに一撃入れる事に成功したの。それも、その一撃はセイバーの戦力を大きく削ぐと言う結果をもたらした」
「え? でも、一撃…なんですよね」

アイリの言葉に、思わずと言った風でなのはが反応する。
非殺傷設定での戦いが当たり前の彼女達からすれば、たった一撃で戦いの趨勢が決まるとは考えにくいのだろう。
無論、それが戦場のバランスを崩しうる事は知っている。

だが、彼女らにとって戦いとはやはり『削り合い』なのだ。
少しずつ敵の力を削ぎ落とし、機を見計らった大技で押し切る。それが彼女達の基本戦術。
となれば、余程の実力差がない限り、一撃で勝敗が決するという事は稀だろう。
誘導弾が一発直撃した程度で、決着が付くなど彼女たちの戦いにはほとんどないのだから。

引き換え、アイリ達の戦いとは『必殺の応酬』だ。
一撃でもいれれば勝ち、或いは一撃でも入れれば形勢を大きく傾ける。
その認識の下で彼らは戦っているのだ。どれほど凡庸で貧弱な一撃でも、刃が刺されば人は「死ぬ」のだから。

おそらく、この辺りの意識の違いがなのはの疑問の原因だろう。
そして、その事にアイリも気付いていた。

「あなた達の戦いと違って、こっちには非殺傷設定がないから。どんな一撃でも、容易く致命傷に成り得るわ。
ましてやそれが、宝具による一撃ともなれば尚更よ」
「ほうぐ?」
「あの、宝具ってなんですか?」

耳慣れない単語に、アリサとすずかが反応を示す。
いや、それは何も二人に限った事ではない。八神家と魔術師組を除く、その場の全員が同様に首を傾げている。
そこで凛とアイリが視線を交わし合い、無言の内に凛が説明役を引き受けた。

「宝具ってのはね、簡潔に纏めるなら英霊達の『象徴』よ。どんな英雄譚も、英雄と敵役だけじゃ成り立たない。そこには必ず、彼らを象徴する“何か”がある」
「それって、例えば『エクスカリバー』とか?」
「そう。フェイトが言ったエクスカリバーは、この場合セイバーの宝具よ。
英霊の持つ宝具は基本的に一つなんだけど、中には複数持つ連中もいるし、なにも形状は武器や防具とは限らない。場合によっては、王冠や指輪みたいな補助的な武装の宝具を持っているかもしれない。それどころか、一つの宝具という言葉が意味するのは一つの物品とは限らない。一つの特殊能力、一種類の攻撃手段といった場合もあるわ。
 つまり、その英霊を象徴するのであれば決まった形はないの。その英霊にまつわる、とりわけ有名な故事や逸話が具現化したものだから」
「それって、連想ゲームみたいに『A』がでたら『B』が思い浮かぶ、みたいな関係のモノ全部がそうって事?」
「ん、だいたいそんなところね」

アリサの言った連想ゲームというのは良い喩えだろう。
そうであるからこそ、聖杯戦争では宝具の使用には細心の注意を張るのが当然なのだ。
迂闊に使用すればそこから真名が割れ、挙句の果てには弱点まで露呈する事になりかねない。
凛はついでとばかりにその事も説明し、再び話をアイリの回想へと引き戻す。

「セイバーが受けたのは不治の呪いを持った槍よ。おかげで、セイバーは左手に決して癒えない傷を負った。
 人間相手ならいざ知らず、同等の力を持つ英霊同士の戦いにおいて、それは致命的とさえ言えるわ」
「じゃ、じゃあ…それってすっっっっっごくピンチなんじゃ……」
「ええ、ただその時、なんと言うか…………あるサーヴァントが乱入者してきてね」

すずかの言葉に、アイリは困った様な様子でひきつった笑みを浮かべて語る。
それはそうだろう。乱入してきたあのサーヴァントの与えた影響を考えれば、まともな思考回路を持つ者は大抵頭を抱える。実際、そのマスターは胃が痛くなる様な思いをさせられたのだ。
それどころか、一度ならずその話を聞いている八神家一同も顔が引きつっている。

だが同時に、フェイトやなのは達の疑問の色が浮かぶ。
おそらく、そこで士郎の武装の事にも思考が行ったのだろう。
しかし、何やら口を挟める雰囲気ではなく、そのまま彼女らは結局聞く事が出来ずに話しが進んでいく。

「乱入してきたのはライダーのサーヴァントなんだけど、来て早々に自分の真名を明かし、あろう事かセイバー達を『勧誘』したのよ」
『か、勧誘!?』
「ええ。聖杯を譲って、自分と一緒に世界征服をしないかって……ちなみに、待遇は『応相談』らしいわ」
「リンディさんでも……」
「うん。そこまで見境なくはないよ」

頭痛を堪える様な面持ちで語るアイリに対し、なのはとフェイトは身近な勧誘魔を思い出す。
しかし、さすがに直球ど真ん中で敵であるはずの者達を勧誘したりはしないだろう。
そんな事をするのはよほど器が大きいのか、或いは天然か、それか天井知らずのバカとしか思えない。
そして困った事に、イスカンダルはある意味この全てに該当する男。
とはいえ、その気持ちをそのまま口に出す事も出来ず、すずかはその先を問うた。

「そ、それでどうなったんですか?」
「もちろん二人とも断ったわ。そうしたら今度はライダー、いきなり他のサーヴァント達を挑発したのよ。しかも、それに乗ってアーチャーとバーサーカーまで来たものだから、こうなったらもう収拾がつかないわ」

もう笑うしかないとばかりに乾いた空虚な笑みを浮かべるアイリに、全員が同情的な視線を向ける。
それはそうだ。当事者でなくても、その場の混沌ぶりには声も出ない。
とはいえ、いつまでも笑ってはいられない。アイリは初っ端から疲れた雰囲気を撒き散らしながら、その後の事を語っていった。
そして、一連の流れを聞いた皆の反応はというと……。

「なんていうか、いきなりすんごい事になってますね」
「そうね。あの時も思ったけど、序盤からあそこまで派手になった聖杯戦争はないんじゃないかしら?」
「その点に関しては私も同意見よ。実際、私達の時でもそこまでじゃなかったわ」

明らかに唖然とした様子で呟くアリサにアイリは同意し、そのまま凛に話しを振った。
当然、第五次の序盤はそこまで派手ではなかっただけに凛もそれに同意する。
というより、第四次と第五次であれば、派手さや一般社会への被害の規模は第四次の方が上だ。
それどころか、第四次は参加者の質の高さでも全五回中最高と言えるかもしれない。
逆に、第五次は全五回中一番のイレギュラーだろう。

なにせ第四次には王を名乗る英霊が三体喚ばれ、マスターの側も二名を除けばほぼ全員が高い能力を有した魔術師だ。引き換え、第五次には八番目のサーヴァントがいたり、変則的なマスターが数名いたり、未来から召喚された英霊や架空の亡霊がいたり、聖杯戦争に二度呼ばれた英霊までいる始末。
こうして比較してみれば、第四次の質の高さと第五次の異質さは一目瞭然だろう。

「その後私達は一度アインツベルンの拠点に向かったのだけど、その道中で今度はキャスターに出くわしたわ。
 ただ、黒魔術の背徳と淫欲に耽溺したと言うのは伊達じゃないわね。どの程度似ているかはわからないけど、彼、セイバーをジャンヌ・ダルクだと思い込んでたの。それも、こっちの話を全く聞かないものだから、全然話しが通じなくて、なんだかひどく疲れたわ……」
「えっと…なんて言ったらいいか……」

ユーノなどは、半ば愚痴にも近いアイリの回想になんとかフォローを入れようとするがそれは叶わない。
彼としても、一体なんと言えば慰めになるかさっぱり分からないのだ。
いや、彼もそこまで会話の成立しない人間と相対した事がないのだから、まあ当然だろう。

「だけど、今思えばあの時早々に彼を討つべきだったのかもしれない。
これは、まだはやて達にも教えていなかった事なのだけど、彼を召喚した人物は偶然マスターになった殺人鬼なの。キャスターを召喚してからは、まるでタガが外れた様に節操無く人を殺して回ったわ。
結果、何人もの人が行方不明になり、遂に監督役が動いたわ」
「排除…ですね」
「ええ、シグナムの言う通りよ。ただし、その理由はあなた達が思っているモノと少し違うわ」
『え?』
「彼らは人を殺したから排除されたんじゃない。あまりにも秘匿を無視しすぎたために排除される事になったの。
もし、彼らがもっと上手くやっていたら、あるいは監督役が動く事はなかったかもしれない」
「そんな……」

ここまでの決して長いとは言えない話の中でも、魔術師の在り方は彼らとて理解していたはずだ。
しかし、例えそう言う人種、そういう世界なのだとしても、それでもなぜそんな風に在る事が出来るのか。
それが、なのはにはどうしようもなく理解できなかった。いや、それはなのはだけに限った話ではない。
当然、その先に起こった惨劇もまた、彼女達の理解の範疇を超えている。

「キャスターはその後、アインツベルンの拠点に攻め入り、そして……さらってきた子ども達を、怯え泣き叫ぶ子どもを殺したわ!」
「なんで…何でそんな事を!? 聖杯戦争と、なんの関係があるっていうんですか!?」
「見せしめ……ですらないと思うわ。おそらく彼は、特に理由もなく殺したのだと思う。
 実際、セイバーが彼の下に現れた時、生き残っていたのは一人だけ。いいえ、それすらも楽しみの内だったんでしょうね。だって、たった一人助けられたと思ったその子も、体を化け物に食い破られて殺されてしまった。
殺す必要なんてなかったはずなのに……そして、殺された子ども達の躯を生贄に海魔を召喚したのよ!!」

母であるが故なのか、それまではまだ毅然とした態度を保っていたアイリも、やがてその声に熱を帯びていく。
無理もない。直接でないとはいえ、ほぼリアルタイムでそれを見ていたのだ。
我が子と年の変わらぬ幼子が無残に殺されていく光景を見て、平然としていられる親などいない。

同時にすずか達も、自分達では到底考えつきもしない、そのあまりに外道かつ残忍極まりないやり口に言葉を失った。歴戦の戦士である守護騎士達も、そのあまりの外道ぶりに静かに血が沸き立っている。
いや、切嗣の手記からある程度知っていた士郎ですら、はじめて知った時同様の怒りを感じているのだ。
はじめてその事を知った皆が、怒りに震え、本能的に嫌悪し、その想像に身を強張らせ、哀しみに心を覆われるのは当然だろう。

「セイバーはその場でキャスターを倒そうとしたけど、負傷した左手や物量差もあって海魔の軍勢を防ぐので精一杯だった。だけどそこで、ランサーが戦いに加わったわ。彼も、許せなかったみたいね」
「当然です! そのような男は一刻も早く討たねばなりません」
「ああ。あたしも大概いろんなクズは見てきたけど、そいつは格別だ。挽肉にしたって後悔しねぇよ」
「シグナムさん…ヴィータちゃん……」

二人の言に、なのはは怯えたかのように身を震わせる。
二人からほとばしる怒気は、まだ本物の殺し合いを知らない彼女達には刺激が強すぎた。
いや、怒りというのであれば誰もが感じている。ただし、その気配が一際強いのが守護騎士と士郎だったせいもあり、子ども達は置いてきぼりを食らったような状態になっていた。

なにせ、子ども達は純粋に義憤だけを宿しているのに対し、彼らは殺意と憎悪を当たり前のように纏っている。
これでは温度差がありすぎるし、その類の経験のない子ども達にとっては、かえって近くにいる彼らの方に本能的な恐ろしさを覚えてしまう。

これは単純に、踏んできた場数と経験の違いだろう。
士郎達にとって、そんな外道を『始末』することは極々当たり前の事。
だが、どんな相手でも話し合えば分かりあえると素直に信じ、人の善性を疑わないなのは達には、そも『殺人による解決』や『殺してでも凶行止める』という発想自体が存在しない。
だからこそ、当たり前のように「殺意」を放つ士郎達がなのは達は恐ろしかった。
なぜそうもう簡単に、「人を殺す」という意思を持てるのか理解できないが故に。
しかし、これですらもまだ序章に過ぎない。

「ただ、切嗣やランサーのマスターは少し考えが違った。いえ、むしろよりシビアだったのかもしれない。
 二人はこの機に乗じて、お互いを討とうと考えたのよ」
「っ、ざけんじゃねぇ! なんなんだよ、それ!!」
「バカな!! 魔術師共は、世の道理さえ弁えぬと言うのか!!」

ヴィータとシグナムは切嗣やランサーのマスターであるケイネスへの怒りのあまり、渾身の力でテーブルを殴りつけた。
両者が打ちつけた一撃は、魔力を用いていないにも関わらず強力で、テーブルからは重い悲鳴が上がる。
しかし激昂は一瞬だけ。怒りに身を任せそうになる二人に、静かだが重々しい声がかかった。

「抑えろ、二人とも。過去の話だ、当事者もいない。何を言っても無意味だ」
「……ザフィーラ…怒るな、なんてふざけたこと言うつもりじゃねぇだろうな」
「如何にお前といえど、それは聞けんぞ。これを認めれば、我らも奴らの同類ではないか!」
「分かっている。俺とてそのような戯言を言うつもりはない。
だが、時と場所は弁えるべきではないか? せめて、アイリスフィールの前では」

そこで、一瞬三人の視線が交錯する。
そして、先に視線を外したのはシグナムとヴィータだった。

「すまん、少々熱くなりすぎたようだ。それに……失礼しました、アイリスフィール。あなたの夫の事を……」
「その、なんだ……ごめん、アイリ」
「気にしないで。切嗣自身、そんな評価を受ける事は覚悟していたわ。
いえ、正確に言えば、どう思われようと気にも留めていなかった、というべきなんでしょうね」

アイリの言葉に、シグナム達はその瞳に僅かな険を宿す。
自身の怒りすら、切嗣にとっては取るに足らぬと軽んじられたようにも思えたのだろう。
そして、おそらくそれは正しい。少なくとも切嗣は、二人の抱いたような怒りを、本当に取るに足らないと考えていた。どのような非難も侮蔑も、彼の覚悟と信念を揺るがすには到底足りない。
セイバーの怒りですら、彼の心にさざ波一つ立てられなかったのだから。

「……………そのあとは、どうなったのですか?」
「結論を言えば、セイバーはキャスターを仕留めきれず、逆に切嗣はランサーのマスターを追い詰めたわ。
ただ、トドメを指す直前にランサーが割って入ったせいで、上手くはいかなかったようだけど……」

そこで、アイリは少しだけ嘘……というよりも、真実の一部を隠した。
別段嘘をついたわけではないし、確かにこの場面でそれはさほど重要ではないだろう。
実際、結局は失敗に終わった切嗣のケイネス襲撃を話してはいない。
しかし今回彼女は、意図してか無意識にか、言峰綺礼の襲撃を話さなかった。
それが言峰への敵愾心から来たものなのかどうか、それは本人にすらもわからない。

「その件が終わってすぐ切嗣は拠点を離れ、別行動をとったわ。
 ただそれから間もなく、ライダーとアーチャーが現れて、セイバーと酒宴を開いたりしたのだけど……」
「はぁ? そいつら状況わかってんのかい?」

気を取り直したように話を進めるアイリに、アルフがもうこれでもかというくらい胡乱気な声を上げる。
まあ、まさか殺し合いをする関係にあるサーヴァント達が宴会を開いたとなれば、その反応も当然だろう。

「私にもよく理解できないのだけど、王には王の矜持があるみたいね。
 お酒を酌み交わす事も、彼らにとってはある種の勝負になるらしいわ……」
『はぁ……』

アイリの弁明染みた説明に、今度はほぼ全員が胡散臭げに頷く。
たぶん、誰も今の説明を信じていまい。しかし、割とそれがマジだったりするのだから世の中は不思議だ。
ちなみに、士郎や凛などはセイバーの驚異的な負けず嫌いを知るだけに、『やりそうだなぁ』と思っていたりするが、これは余談だろう。

「彼らは各々の王道を語っていたわ。結果、ライダーはセイバーを王とは認めず、アーチャーはセイバーを道化と嘲り、セイバーはライダーの言葉を笑止と切り捨てる事ができなかった。
 でも、セイバーの王道は二人とはかけ離れたものだったけど、私は彼女が正しいと思う。彼らは結局のところ暴君に過ぎないし、私なら高潔な王たらんとしたセイバーを担ぐわ」
「同感です。人の上に立つ者が、私利私欲だけで振る舞うなど……」
「私達も色々な人を見てきましたけど、そう言う事をしているといずれは皆離れていきます。誰もついてきてくれなかったら、それこそ王もなにもありませんよ」

シグナムとシャマルは、やはり清廉潔白な王であり続けたセイバーを支持する。
他の面々も声にこそ出さないが、首肯などの形で賛意を示す。
当然だ。誰でも、上に立つ者が下の者達を疎かにするなど言語道断だと思う。
また、幼い子ども達や騎士道を報じる守護騎士達からすれば、その単純かつ綺麗な在り方の方が好ましい。

「でもその酒宴の最中、理由こそ定かではないけどアサシンが乗り込んできたの」
「何それ? 三対一じゃ勝負にならないじゃない」
「あ、アリサちゃん……」
「そうね。でもそれが三対一ではなく、三対大勢だとしたら?」

アリサの遠慮のない言葉に、思わずすずかが止めに入る。
しかしアイリは特に気にした素振りも見せず、むしろ含みのある語調でそれに応じた。
当然だろう。誰もが三対一だと思っているが、実際には逆の意味で多勢に無勢だったのだから。

「宝具か何かだと思うのだけど、どうやら分身能力を持っていたみたいで、何十人というアサシンが現れたわ」
「んな無茶苦茶な……」
「驚くのは早いぞ、アルフ。
それこそ、アサシンの能力がチンケに思えるくらいの規格外が、世界には存在する」

かつてのライダーのマスターであるウェイバーと多少ながら交流がある士郎や凛は、この後の事を知っている。
だからこそ、今の段階ですら開いた口が塞がらない、という様子のアルフに苦笑しながら士郎は告げた。
この後に待っているモノは、聖杯戦争の中でもとりわけの規格外。故にこの程度は、まだ序の口に過ぎないと。

「彼の言う通りよ、ライダーはその秘中の秘を以て彼らを殲滅したわ。その“圧倒的物量”で」
「ま、待って下さい! だって、アサシンは何十人も……」
「確かに、何十という数は脅威よ。でも、もしそれに数倍する数を揃えられるのなら恐ろしくはない。違う?」

アイリの言葉に思わずユーノは割って入ろうとするが、先にアイリはその正体を明かした。
ライダーの誇る、独立サーヴァントの連続召喚を可能にするランクEX対軍宝具『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』。
英霊が数多の英霊を召喚する、まさしく究極の規格外。第五次のキャスターでさえルール違反をしてやっと一体召喚しただけにとどまったと言うのに、彼はそれを個の能力として何十倍という規模で行えるのだ。
宝具の域に達した『絆』は、神代の魔術師をもたやすく凌駕して見せた事になる。

「でも、どうやったらそんな事が……?」

そのあまりの規格外ぶりにユーノは茫然としたまま呟く。
当然だ。サーヴァントは一人のマスターにつき一体が原則。
その原則を無視し、英霊の大軍勢を用意できるといというのは最悪の規格外だろう。

「固有結界に常識は通用しない、ということよ」
「固有…結界?」

アイリの言葉に、フェイトは反芻するように、信じられないかのようにそうつぶやく。
無理もない。結界、というからには内と外を隔てる類の物で間違いない。
だが、彼女達の常識から考えてそんな事が出来るものなど、最早「結界」という範疇にはないのだ。

同時に、アイリは一瞬士郎と凛に目配せする。
士郎は「固有結界」持ちの魔術師だ、それ故に念のために確認したのだろう。
本当に話していいのか、と。

しかし二人は黙して語らず、一切の反応を返さない。
それを「許諾」と判断し、アイリは固有結界の概要を語る。

「……固有結界とは、自己の心象世界を現実に侵食させ、現実を創り変える魔術の総称よ」
「総称、ですか?」
「ええ、魔術師の間では、最大の禁呪、最も魔法に近い秘法と呼ばれているわ。
それは風景ではなく世界の在り方そのものを覆す大魔術。性質は千差万別、術者によってまるで別種の世界が構築されるが故に、定義はあっても決まった形がないの。
 そして、結界内は通常空間とは全く違う物理…いえ、異界法則に支配されているわ。だからこそ、可能だったのでしょうね」
「は、はぁ……」

正直、そう説明されてもまったく理解できないのか、ユーノ返事は曖昧だ。
無論、他の面々とて理解など出来てはいない。
彼らの知る常識、あるいは魔法理論からしてもその能力はあまりに常軌を逸しているのだ。
そんな事は最早、ヒトの領分ではない。術などという範疇にはない。
世界を壊し、世界を作る。如何に規模は小さくとも、それは卑小な人間にできる事ではない。
だがここで、多くの本を読み伝承伝説にも造詣の深いすずかが疑問を呈する。

「あの、イスカンダル王はそもそも魔術師じゃない筈じゃあ……」
「ええ、その通りよ。でも彼は言ったわ、それは苦楽を共にした仲間達全員が心に焼き付けた景色であり、彼ら全員の心象であるからこそ可能なのだと。彼らの絆が可能にした、文字通りの奇跡なんでしょうね」
「……奇跡」

はたして、最後の呟きは誰のものだったろう。
なのはかもしれないし、フェイトかもしれない。あるいはユーノか、もしかすると全員だったかもしれない。
それはそうだ。死した後にも保たれ、世界に召しあげられてなお揺るがない絆。
その尊さ、その強靭さを誰に笑う事が出来よう。むしろ、誰もが感嘆し憧憬の念を抱かずにはいられない。
征服王の宝具とはそういう領域にあり、同時に彼の言う「王とは諸人を魅せる姿を指す言葉」を体現している。
そのセリフも知っているのか、凛と士郎の顔には苦笑が浮かぶ。
あるいは、別のランクEX宝具も知っているからこそなのかはわからない。

「奇跡か、ランクEXは伊達じゃないって事かしらね」
「確かに、な」
「ねぇ、そのEXって何なの?」
「ああ、宝具にはE~Aのランクがあるのよ。まあ、厳密には+補正とか他にも分類があるし、特殊な能力や効果を持つ宝具も多い。そんなわけで、単純にランクだけじゃ性能をはかりきれないんだけどね」
「だが、中にはそのランクに該当しない宝具も存在する」

アリサの質問に、二人はそもそもの宝具のパラメータールールについて話していく。
もちろん対人や対軍、対城などの基本的な種別分けも忘れない。
割とこの辺はゲーム的な感覚が強いので、ゲームという文化になれた子ども達はすんなりと受け止めたようだ。

「ちなみに、私達の知る限りランクEXの宝具は三つ」
「一つは『王の軍勢』だよね。残り二つは? もしかして『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』もなの?」
「いや、確かにエクスカリバーは強力だが、ランクはA++。EXには届かない」
『……』

士郎の言葉を聞き、フェイトを始めエクスカリバーが放たれた時の映像を見た者たちは絶句する。
艦砲クラスとも称されてなお、EXには及ばないという。
その事実に、開いた口が塞がらないのだ。
とはいえ、そんな子どもたちの様子を尻目に、士郎は話を続ける。

「だが、エクスカリバーというのは惜しいな」
『???』
「簡単な話だ。ランクEX宝具の一つはアーサー王の失われた宝具、星の聖剣エクスカリバーではなくその鞘の方だったんだよ。銘を『全て遠き理想郷(アヴァロン)』。あらゆる物理干渉を遮断し、傷を癒し老化を停滞させる『不死の力』だ。
そして、もう一つがギルガメッシュの持つ乖離剣・エアによる空間切断、対界宝具『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』。出力ではエクスカリバーをも凌駕する、原初の時代、世界を切り裂き天地を分けた剣だ。
余談だが、一応俺には構造解析ができるけど、乖離剣に関しては全く構造が読めなかったぞ」

あまり話を中断しすぎてもいけないと考えたのか、疑問符を浮かべる皆に士郎はかなり大雑把に説明していく。
なにぶん、細かく説明するとなると長くなる。
それに、剣に特化した士郎でさえ構造が読めない『剣』と言うだけで、十分過ぎるくらいに驚愕ものだ。
実際、誰もが開いた口が塞がっていない。

「それにしても、王様ってのは皆そうなのかしらね?」
「あ、そう言えば持ってるのって皆王様なんだよね。それが、ランクに該当しない宝具……」

凛の言葉に、なのはは何か思う処があるのか神妙そうに反芻した。
だが実を言うと、厳密には他にもランクに縛られない宝具が二つある。
それらはEXとも異なり、正しくランクが存在しない宝具。
より正確に記すなら、全てのランクに該当するのだ。その中にはEXさえも含まれる。
なにせ、片やEX宝具をその内に納め、片やEX宝具を生み出す事が出来るのだ。
ランクEXが“規格外な宝具”なら、そちらは“異端の宝具”と言えるだろう。
とはいえ、今この場ではあえて触れる必要がないと判断したのか、凛達は口を噤む。

「そろそろ話を戻しましょうか。とりあえずその場はアサシンの消滅で終わり、彼らは帰って行った。
 私達の方でも、拠点を散々荒らされた事もあったから、場所を変えたりもしたわ。
 だけど問題はその先だった。それから少しして、キャスターが復讐戦を挑んできたのよ」
「まさか、また……!!」
「いえ、さすがにいくら狂人でも同じ事を何度も繰り返したりはしないわ。
あるいは、いっそ繰り返してくれた方が対処はしやすかったのかもしれないけど、それでも子ども達が殺されなかっただけマシね。少なくとも、私達の目の前では……」

不安と怖気に身を強張らせるシャマルに対し、アイリは安心させるように語りかける。
だが、それが欺瞞でしかない事にも気付いていた。確かに自分達の目の前で殺戮は行われなかったが、それ以前はどうかわからない。或いは、前回に数倍する子ども達を生贄にしていたかもしれないのだ。
シャマルもその事に気付き、悲しそうに眼を伏せる。
今守護騎士達やはやては、アイリがなぜその時の事を詳しく語りたがらなかったか嫌というほど思い知っていた。

「キャスターは自身の宝具の力を限界まで開放し、巨大な海魔を召喚してその中に隠れたのよ」
「あの、すみません。なんだか上手くイメージできないんですけど、それって不味いんですか?」
「ちゃんと制御できていれば問題はないの。でも、如何に英霊と言えど使役できる使い魔の格には限度があるわ」
「ちょ、ちょっと待って下さい! それってまさか!?」
「そう、制御する事を度外視し招き寄せただけよ。喚ぶ事に全てを費やし、操る事を捨てた段階でそれはもう魔術とは呼べない、“魔”そのものよ。
その上、召喚された魔物は自身を維持するために周囲のモノを喰らい尽す。制御する術がないんですもの、あの規模なら街一つ程度軽く平らげるでしょうね。まさしく狂人の所業だわ!」

今思い出しても怒りがこみ上げてくるのか、この場にいない誰かに叩きつけるようにアイリは語る。
質問したユーノをはじめとした面々もまた、そのあまりの分別のなさに言葉も出ない。

特に、守護騎士達はまだしも、子ども達は本当の意味で頭のイカレタ人間というモノを知らない。
狂った者達が起こす、常人には理解しがたいその所業をどう評していいのか彼らにはわからないのだ。

それにしても、この短い時間の間で彼らは何度自分達の理解の外に生きる者達の行動とその結果を知った事か。
凛や士郎はこれらの話をする事が彼らの糧になると判断していたが、まさしくだろう。
百聞は一見にしかずと言うが、人間はこの世の全ての事象を体験する事は出来ない。
そうである以上、こうして経験談を聞き疑似体験する事で得られるものはやはり貴重だ。
その意味で、士郎達の考えは正しかった。なのは達は今まさに、いずれ直面するかもしれない時の事を想像し、その時に自分ならばどうするのか、あるいはどうすればいいのかを考えている。
―――――――――凛達の思惑通りに。

「如何に魔術師と言えど、さすがにそれを見過ごす事はできないわ。聖杯戦争の事を抜きにしても、秘匿の欠片も考えていないんですもの。共同戦線を張ったのはある意味で自然な流れでしょうね」
「じゃあ、サーヴァントさん達全員が協力したんですか?」
「それが出来ればよかったのだけど、そうはならなかった。
 とりあえずセイバーとランサー、それにライダーは共闘したわ。あとは、アーチャーも少なからず手を貸してくれたみたいね。でもバーサーカーだけは違った。彼だけはセイバーに固執したのよ」

なのはの問いにアイリは口惜しそうに答える。バーサーカーの真名を知った今なら、納得はできないがある程度は理解できた。彼の湖の騎士がセイバーに固執するのは当然だし、ましてやバーサーカーだ。理性的な行動などそもそも望むべくもない。
だが、それでも全サーヴァントの半数以上が共闘する希望にフェイトは縋る。

「で、でも、サーヴァントが四人も協力しているなら!」
「それでも攻めきれなかったわ。確かにダメージは与えられたけど、傷つけたそばから再生してしまって効果がなかったの。だから一度撤退して作戦会議をしたわ。
どうすれば、再生の余地を与えずに海魔を消滅させられるかを」

アイリの言葉を聞き、何か引っかかるものがあったのかアルフは顎に指を当てて考え込む。
しかし直ぐには答えに行きつかないのか、アルフが考えている間にアイリは話を進めていく。

「とはいえ、そのまま海魔を放置しているわけにもいかない。
 そこでライダーは王の軍勢で海魔を結界内に閉じ込めて足止めしたのよ」
「という事は、戦いそのものは見れなかったのですか?」
「ええ。ライダーの固有結界は発動すると位相がズレるみたいね。そのおかげで隔離空間内に閉じ込めておけるのだけど、その代わりに私達の方からも中の様子はわからないの」

その話を聞き、シグナムをはじめとする守護騎士達が顔を見合わせる。
話のどこかに気になる点でもあったのか、何やら小さくブツブツと呟きながら自身の内に埋没してしまう。
だがそこで、アルフが景気良く「パン」と手を叩いた。

「あ! そうだよ、エクスカリバー! アレを使えば!!」
「そうね、確かに最終的にはセイバーの聖剣を使う事になったわ。だけど、あの時のセイバーは左手に怪我をしていた。そんな状態じゃ、とてもじゃないけど一撃で消し飛ばす事は無理よ」
「じゃあ、どうしたのさ!?」
「セイバーの左手を封じていたのはランサーの宝具。なら、それを破壊すればどうなるかしら?」

確かにそれは道理だろう。しかし、それが何を意味するか皆が理解した。
自身の切り札であり、最も信頼する半身である宝具を破壊する。
それがどれほど危険かつ重い決断なのか。デバイスという相棒を有するなのは達には、ほんの少しだが理解できた。

「切嗣はそれをランサーに告げたわ。でもセイバーは言ったの『この傷は誉れであり、枷ではない』と。
だけどランサーは聞かなくて、『キャスターが赦せない。騎士の誓いにかけて看過できぬ悪だ』そう言ってゲイ・ボウを折ったわ」
『…………』
「誇り高き騎士だ、どちらも」
「ああ、本当に騎士の鏡だぜ。いや、本来騎士ってのはそうじゃなきゃいけねぇんだよな」
「ですね。勝敗は確かに重要ですけど、それで大切な事を見失っちゃいけません」
「だが、それでもなお躊躇う事なくそれをなしたランサーは、やはり見事だ」

その決断の重さに感動したのか、或いは圧倒されたのか、なのは達は押し黙った。
無理もない。むしろ当然とさえ言えるだろう。何しろ、彼女らにとってみれば自身のパートナーであるデバイス達を自らの手で破壊したのと同義なのだ。
その重さ、その苦悩は、彼女らにも理解できた。

それに対し、同じ騎士として感じるモノがあるのか、守護騎士達は二人を讃える。
まあ、切嗣などに言わせれば、彼らの反応は「下らない感傷」であり、「愚かな自己陶酔」という事になるのかもしれないが。
そして、その後に何が待つのかを知るアイリや士郎達は、何処か苦い表情でそんな彼らを見ていた。

「その結果は……言うまでもないわね。邪魔は入ったけど、セイバーの一閃は海魔を飲み込み跡形もなく消し飛ばした。それどころか、その後ろにあった船も纏めて吹き飛ばしてしまったけどね。
 だけど、あの時の威光は今でもはっきり覚えてる。まさに騎士王の理想、その輝きそのものよ」

その言葉に思うところがあったのか、フェイトの視線が自然と士郎に向く。
それに気づき、士郎はどこか困った様に頭をかく。

彼もまた、贋作とはいえエクスカリバーを振るった事のある身だ。
今の自分が放つ一閃が、オリジナルのそれに遠く及ばないのは自覚している。
間違いなく、フェイトは今の話しを聞きながら半年前の一閃を思い出しているはずだ。
だからこそ、贋作でしかない自分の一閃をセイバーのそれと重ねられている事に申し訳なさが募る。
本物のセイバーの一閃は、自分のそれとは比べ物にならないという意識が在るが故に。

「じゃあ、その日はそれで終わったんですね」
「残念だけどそうはいかなかった。むしろ、セイバー個人に限れば本番はその後よ」
「え? でも、サーヴァントさん達はみんな疲れているはずじゃあ」
「だからこそセイバーは動いたのよ。皆疲労している、それなら邪魔が入る事もないってね。
 それまで先延ばしにしていたランサーとの決着をつけようと考えた」

その言葉に、質問したすずかも含めて全員が呆れかえる。
とはいえそこには若干の温度差があり、ある者は「よくやる」と呆れ、ある者は「なるほど」と納得し、またある者は「頑張るなぁ」と感心した。

まさか、その騎士達の正々堂々とした決着の最中に、思いもよらぬ横槍が入るとは想像もせずに。
その意味で、彼らはまだ“彼”を甘く見ていたのかもしれない。

だが、それを責められる類のものではないだろう。単純に衛宮切嗣がそれほどまでに悪辣であり、同時に手段を問わないほど真摯に悲願の達成を切望していただけなのだから。
そして、なのは達にはまだ、それほどまでに駆り立てられるほどのものがないだけとも言える。

「セイバーとランサーの一騎打ちは、まさしく彼らの誇りの競い合いだったわ。
ランサーはゲイ・ボウを折ってもなお堂々と戦い、セイバーは慙愧で剣が鈍ると左手を握りこまなかった。初めはランサーも手心を加えさせたと思って苦しそうにしていたけど、セイバーの言葉を聞いてからは晴れ晴れとした顔で『騎士王の剣に誉れあれ。お前と出会えてよかった』と讃えていたわ」
「見事だな。是非とも剣を交えてみたかった」
「まぁたうちのリーダーの病気が始まった、いい加減それ治せよな……」

ヴィータはシグナムのバトルマニアぶりに辟易し、疲れたような表情でそう呟く。
いや、実際に疲れているのだろう。
その気のない彼女からすれば、仲間とはいえシグナムのそう言った所は理解しがたい。
とはいえ、シグナムの方は今さらその程度の事では反省どころか反応すらしない。
だがここで、話は急展開を見せる。

「二人の戦いは壮絶を極めたわ。だけど、終わりはあまりにも呆気ないものだった」
「そうでしょうね。それだけの技量の持ち主同士の戦いなら、一撃で戦いは終わります」
「違うの」
「どういう、事ですか?」
「確かに一撃で戦いは終わった。でもそれは、ランサーが自分の槍で自分の心臓を貫くという結果だったのよ」
『な!?』

そのあまりにも予想外な結末に、誰もが驚愕に目を見開く。
はやてやシグナム達ですら、単に結果としてセイバーが「生き残った」事しか知らなかった。
まさかその真相がそのようなものだったなどと、どうして彼女らに想像できようか。

ありえない、当然誰もがそう思っただろう。どこの世界に、決闘の最中に自害する者がいる。
ましてやそれが、当事者達にとって何にも代えがたき誉れと清々しさに溢れたモノであるのなら尚更だ。
少なくとも、ランサーが自分から命を断つなど在る筈がない。

「なぜ、そのような事を……決闘の最中では、なかったのですか……」
「そうよ、少なくとも本人達はそのつもりだった」
「…………っ! まさか……」
「ええ、二人が戦っている間に切嗣はランサーのマスターに接触したの。
人質に取った許嫁の命と引き換えに、全ての令呪を以てランサーを自害させろ、そう持ちかけた」
「……外道が!!!」

先程まではアイリの手前一応は抑えていた怒りが、シグナムの中で再燃する。
それは他の守護騎士にも言える事だが、烈火の将の二つ名の通りその眼には紅蓮の炎が宿っていた。
同時に彼女は歯を食いしばりながら、椅子の肘かけを砕かんばかりに握りしめる。

「そう思うのが、普通なんでしょうね。彼も消える間際『聖杯に呪いあれ。その願望に災いあれ』と、怨嗟の言葉を残していったわ。あれだけ高潔だった騎士が、今際の際に残したのは呪いの言葉だった」
「たりめぇだ!! 騎士の決闘を穢した野郎を、許していいはずがねぇ!!!」
「同感だ。如何にアイリスフィールの夫と言えど、もはや許容できん」

シグナムに続き顔を憤怒に染め上げ怒鳴るヴィータ。普段ならば制止役に回るザフィーラでさえ、声音こそ静かだが、この時ばかりはその奥には隠そうともしない侮蔑がある。シャマルは何も言わないが、それでもその顔にはありありと嫌悪の色が見て取れた。
なのは達にしたところで、その眼に宿っているのは悲嘆か義憤のどちらかだ。
当然なのだろうが、誰一人として切嗣を支持する者はいない。
さすがにそれには悲しそうに目を曇らせるアイリだが、なのはの問いに現実へと引き戻される。

「でも、それでランサーさんのマスターさんは許嫁を取り戻せたんですよね。
それで、二人とも生きて帰れたんですよね!」

なのはの言葉は問いと言う形式こそ取っているが、その実悲鳴に近い。
あるいは心のどこかで気付いていたのかもしれない。ここで終わるはずがないと……。

「そうね。確かに切嗣はランサーのマスターに許嫁を返したわ。
切嗣自身、ランサーのマスターとの契約で手出しはできない状態だったから」
「じゃあ!」
「……だから切嗣は舞弥さん、助手であるその人に二人を殺させた。自分は手を出せないけど、自分以外なら問題ないから。でも、ランサーのマスターは即死出来なかった。いっそ、楽に死ねた方が幸せだったんでしょうね。憎しみも怒りもない絶望に沈んだ目で『殺してくれ』と縋ったけど、契約があって切嗣にそれはできない。
 だから、最後は見ていられなくなったセイバーが…彼を殺したわ」

言い終えると、場をこれまでにない重苦しさが支配する。
これまで何度か非道外道と思われる行いが語られてきたが、これは格別だ。
キャスターの凶行と方向性こそ違うが、下劣さでは劣らない。少なくとも、彼らはそう思った。
そうして、ヴィータは吐き捨てるように侮蔑の言葉を吐く。

「つまりよ、そいつはトコトンクズだったって事だろ!
 世界の救済だか何だかしらねぇけど、んなもん嘘っぱちじゃねぇか!!」
「違うんだよ、ヴィータ」
「何が違うってんだ!! おめぇの親父だからって信じられるわけぇねだろ!
 あたしにはわからねぇし、わかりたくもねぇけど、そいつはアイリやセイバーを騙してたんだろ!!」
「違う。切嗣は、本気で世界を救おうとしていた」
「だったら、なんでこんなひでぇ真似ができんだよ!」

激昂するヴィータの言葉を、士郎はどこまでも静かな悲壮を宿した声で否定する。
切嗣の本心を、その後の絶望を知るからこそ返って頭が冷えていく。
しかし、これでは埒が明かないと思ったのか、アイリが二人の間に割って入る。

「落ちついて、ヴィータ」
「でもアイリ!」
「彼の言ってる事は本当よ。あの時、セイバーもあなたの様に切嗣を問い詰めた。
 切嗣はセイバーの問いに答えようとはしなかったけど、私が彼女と話すよう促すとこう言ったわ。『話す事なんてない。栄光だの名誉だの、そんなものを嬉々として持て囃す殺人者には、何を語り聞かせても無駄だ』って」
『な!?』

そのあまりにもあまりな言いように、怒りに身を任せていたヴィータは色を失う。
同時に他の面々もその痛烈な言葉に呑まれ、シグナムですら反論する気力を一瞬失った。

「セイバーは騎士道を穢されたと思って怒鳴ったけど、切嗣はどこまでも冷淡だった。そんなものは幻想だと、騎士に世界は救えないと否定した。
 当然、セイバーはそれに反駁して『人の営みである以上、決して侵してはならない法と理念がある』と説いたわ。そうでなければ、戦場に地獄が具現すると」

誰もがセイバーの主張に賛意を示し、程度の違いはあれ首を縦に振る。
しかし、それを暗い眼で見る士郎の肩に凛は手を置き、首を横に振った。
それが何を意味するものかは、余人にはわからない。だが、リニスにはまるで「仕方ない。これがアンタ達の選んだ道だ」と、「アンタ達とでは、物の見方が違うんだ」と言っているように思えた。
そして、リニスの感想は正しい。特に、戦場というものへの考え方という点において、士郎は切嗣と非常に近い考えを持っているのだから。

「切嗣はセイバーを嗤ったわ。『戦場は正真正銘の地獄、希望はなく、あるのは掛け値なしの絶望だけ。だから立ち会った全ての人間はその悪性を、愚かさを、弁解の余地なく認めなければならない』。それが切嗣の主張よ。そして底知れない悲憤に擦り切れ、怨嗟にも似た声で、切嗣は英雄と言う存在を『血を流す事の愚かさを認めない馬鹿共』と断じたわ」
『…………』

先程までは場を満たしていたはずの反感が、いつの間にかナリを潜めている。
誰もが理解していた、理解せざるを得なかった。切嗣の主張が一面の事実である事を。
衛宮切嗣と言う男は心から争いを嫌悪し、そうであるが故に英雄とそれを生み出し憧れる者達全てを憎悪しているのだと。その場にいる全員が、有無を言わせずに理解させられてしまった。
その事を理解しているのか、アイリは静かに記憶の奥底から切嗣の言葉を発掘していく。

「『今の世界では、最後には必要悪としての殺し合いが要求される。なら、最大の効率と最小の消費で、最短の内に処理をつけるのが最善の方法だ。それを卑劣と蔑もうが、悪辣と詰ろうが勝手にしろ。正義で世界は救えない。そんなものに興味はない。例え“この世全ての悪”を担う事になっても、それで世界を救えるなら喜んで引き受ける』。それが切嗣の信念であり、方法論だった」

ある意味、衛宮切嗣は聖人だったのだろう。だからこそ彼は耐えられなかった。世界の在り方に、人の業に。
故に彼は、最善の結果の為に最悪を選択し続けた。
最悪こそが最善に繋がると、過程など成果で洗い流せると、心からそう信じたのだ。

そしてそれは、彼の血の繋がらぬ息子が取り続けた方法論でもある。
直接本人から言葉として聞いたわけではないにしろ、それを知る凛は小さく消え入りそうな声で呟く。

「……血は繋がってなくても、やっぱり親子って事かしらね。良く似てる」
「どういう意味だ、遠坂」

だが、その消え入りそうな呟きをシグナムは聞きとっていた。
一度は切嗣の凄絶なまでの覚悟と意思に呑まれていた彼女だが、その言葉を聞き逃す事は出来なかったのだろう。
まさか、自身が認めた男もまた切嗣と同じ考えの持ち主なのかと。
如何に親子だとしても、せめて自分が認めた男にだけはそれを否定してほしかったのかもしれない。
だからこそ、そんなシグナムの問いに答えたのは士郎だった。

「誇りか……俺には無縁のものだ。理解できない、とまでは言わない。だが、やはり俺とは無縁だよ。
シグナム、お前が俺を買ってくれるのはありがたいが、それでもやはり俺は本質的に切嗣と同じ側の人間だ」
「だが! お前はそのような真似は……!」
「ああ、していない。とりあえず、こっちに来てからはな。
だけどそれはしなかったんじゃない、出来なかったわけでもない。
単に、その“必要”がなかっただけだ。もし必要に迫られれば、俺は躊躇なくそれをする。それが出来る。
俺もまた、かつては“魔術師殺し”の忌み名で呼ばれた男だ」
『……』
「俺は弱い。少なくとも、理想を叶えるには力が足りなかった。
だから、足りないモノを補うためにそれが必要だった。そういう事だ」

そう語りながら、士郎は胸の内で思う。『だからこそお前達の事が、俺には眩しく映る』と。
誇りを捨て、誉れを拒み、倫理と道徳を投げ打つ事で衛宮と言う魔術使いは理想を叶えようとした。
そうしなければ理想に手が届かなかったからだ。

理想を取るか、人としての尊厳を取るか。そこで士郎と切嗣は、理想を選んだ。
その事に後悔はない。あるとすれば己が無力さだが、それは所詮無い物強請りに過ぎない。

だがそれでも、正道を歩める者達が士郎には眩しくて仕方がなかった。
己れには決してできないその綺麗な在り方を、それが幼稚な正義感から来るものであっても、直視することが辛い。それは、まだ純粋に理想に燃えていた頃を思い出すからか、あるいは……。

フェイトやなのはをはじめとした友人達は、そんな事はないと口にしようとする。
しかし、そう言いかけたところで士郎と眼が合い、それを抑えこまれてしまった。
士郎に黙然と首を横に振られ、拒まれてしまったのだから。

しかし、「それにしても」と士郎は思う。
この世全ての悪を担うと言った男が、事実としてそうなったのは何の皮肉だろう。
彼の覚悟が本物であった証明ではあるが、それにしても意地が悪すぎる。

「最終的に、セイバーは切嗣に聖杯を捧げる事を決めたわ。それこそが最善であると、彼女も思ったみたい」

少し前までなら、その事に反駁する者がこの場のほとんどだっただろう。
しかし、切嗣の心の内を知った今となっては誰もそれに何も言えない。

「だけど、残すサーヴァントが四体となったところで、私の限界が近くなっていたわ。その時の私には、もう立ち上がる力さえ残っていなかった。
 だから私はそこで戦線離脱し、後を切嗣とセイバーに任せて眠りについた。
 でも、それが不味かったのかしらね。眠りと覚醒を何度か繰り返した後、気付けば私は見知らぬ場所にいた。
 そしてそこにいたのは切嗣ではなく、言峰綺礼。おそらく、私はあの男に拉致されたのでしょうね」

そう語るアイリの声には悲嘆がある。
だがそれと同時に、言峰の名を出した瞬間には確かに嫌悪と侮蔑が混じっていた。
この場にいるほとんどの者は言峰を知らないため、余程危険か嫌いな相手なのだろうと推測する。
逆に、言峰と言う男の事を知る二人は、その名が出た途端眉が急角度でつり上がった。
それに気付いたのか、アイリは凛に向けて問いを発する。

「確か、言峰はあなたの兄弟子に当たるはずよね。つまり……」
「ああ、違う違う。それ父さんじゃないわ」
「でも、あの男は元々遠坂のサポートに回るために参加していたはずじゃなかった?」
「初めはそうだったと思うけど、どこかで気が変わったみたい。
 信じられないっていうのもわかるけど、父さんを殺したのが綺礼よ。それでも疑う?」

アイリとしては、時臣が自分の拉致に関与していないことは驚くには値しない。
それ以前から、言峰が時臣の手を離れて独断専行していることを知っていたからだ。
とはいえ、さすがに弟子の手にかかったという事実には、少なからず衝撃を受けた。
特になのは達からすれば、大恩ある師を殺すなど、親殺しにも匹敵する大罪に感じられたはずだ。

「アンタ達が驚くのも無理はないけど、それはあくまで一般論よ。
 こっちじゃ親兄弟の諍い、師弟間の殺し合いなんて驚く事じゃない。まあ、滅多にないのは事実だけど、利害がぶつかればそう言う事もあるわ。父さんと綺礼の間にも、何かがあったんでしょうね。
 ま、だからと言って許したわけじゃないけど……」

そう語る凛の声音には確かな殺意が漲り、この話が事実である事を容易に知らしめた。
とはいえ、前半部分はあくまでも魔術師としての理屈であり、凛とて納得しているわけではない。
そもそも、理屈だけで感情が制御できれば苦労はないのだ。まあ、元よりこの件に関しては理屈を優先させる気も凛には無いので、あまり関係のない話でもあるが……。

「それじゃあ、アーチャーは……」
「綺礼に奪われた…っていうのは考えにくいわね。どう考えたってそんな性格じゃないし。
たぶん、自分から鞍替えしたんでしょ」
「そう……なら、ここから先はお願いできる? 私はこの後の事を知らないから」
「了解。でも、私だって当事者じゃないから、かなり大雑把な話になるのは諦めて欲しいんだけど、いい?」
「ええ。私も、あの戦いの結末を知りたいから」

そんな簡単なやり取りがなされ、語り手はアイリから凛に引き継がれる。
凛とてその全てを承知しているわけではないが、それでもある程度は把握していた。

「それじゃ、まずはアイリスフィールを拉致った奴……」
「すまん、その前に一つ良いか?」
「ああ、そういえばあの事も話さなきゃいけなかったっけ」
「いったい、なにを……」
「久宇舞弥の、事についてです」

凛の言葉を遮る形で、士郎はその人物の名を口にする。
士郎は形式的、あるいは表面的事実としての二人の関係しか知らない。
だからこそ、正直その名を口にする事には少しばかりためらいがあった。

何しろ、アイリが切嗣の個人としてのパートナー(伴侶)であったのに対し、久宇舞弥という人物は魔術師殺しとしての切嗣のパートナー(部品)だったのだ。
方向性こそ違うが、彼女らの立ち位置は切嗣を挟んで同格であったという見方もできる。
その為アイリが舞弥に抱く感情が、複雑かつ好意的とは言えないものではないかと彼が想像したのも無理はない。実際、一時はそういった感情を抱いたりもしただろう。
しかし、それはやはり一時のもの。少なくとも今現在において、士郎の危惧は杞憂だった。

「……なんとなく、あなたが何を言おうとしているかはわかるわ」
「ええ、恐らくあなたの思う通りです。
 久宇舞弥は、聖杯戦争の渦中でその命を落としました」
「……………」

久宇舞弥という人物の事を知らないなのは達は、二人の顔を交互に見る事しかできない。
ただ、アイリが故人を悼んでいる事だけは、誰の目にも明らかだった。

士郎は、アイリのその反応に僅かに安堵する。
彼女の死の理由を少しでも知る身であれば、そう反応して当然だ。
だが、それを知らないアイリは少しばかり的外れな言葉を口にする。

「……そう。でも、舞弥さんも覚悟していた筈ですもの、同情は…侮辱なのでしょうね。
 それに、切嗣を守って逝けたのなら、まだ……」

幸せだったかもしれない、あるいは本望と言えるかもしれない。
舞弥の死そのものには、アイリは自分でも不思議なほど驚かなかった。
それはきっと、舞弥の在り方を知っていたからこそ。
自身を切嗣の部品として規定する彼女は、恐らく切嗣より先に、彼を守って死ぬ。そんな予感があったのだ。
少なくとも、彼女の知る舞弥であればその事を悔いはしないだろう。

だから、聖杯戦争という過酷な戦いの中で命を落とした事、それ自体は予想の範疇を出はしない。
ショックがないわけではないが、全く予想もしなかったわけでもないのだ。
だがその死の理由は、アイリの予想を大きく裏切るものだった。

「いえ、それは違います」
「え?」
「確かに久宇舞弥は“誰か”を守って死にました。
ですが、その守った相手は切嗣ではなく……………あなたです、アイリスフィールさん。
あなたが拉致されそうになったその時、彼女は身を呈してあなたを守り、命を落としました」

その言葉にショックを受けるとともに、アイリは過去を思い返す。
確かに舞弥は切嗣よりアイリの守護を任され、彼女もアイリの守ると約束してくれた。
しかしそれでも、アイリを守るためそこまでするとは、思っていなかったのだろう。

(舞弥さんには、謝らなくちゃいけないわね。
 彼女を疑っていたつもりじゃない。だけど、大局を見据えて私を守ることに固執しないと思っていた。
 聖杯を守るために死ぬより、奪われた聖杯を取り戻すために生き残る方を選ぶと思っていた。
私も、そのつもりだった。なのに舞弥さんは、本当に私を守ってくれたのね……)

その事実に、アイリは深い感謝と親愛の念を覚えると同時に、重い…あまりにも重い慙愧を抱く。
それは、自分の為に舞弥を死なせた事への罪悪感ではない。
それこそ、命を賭して守ろうとしてくれた舞弥への侮辱に他ならないだろう。

慙愧の根源は、舞弥の誠意を理解できなかった事に対して。
アイリにとって、恐らくはただ一人の友であったろう舞弥を信じられなかった事への後悔だった。

「アイリスフィールさん……」
「……ありがとう、舞弥さんの事を教えてくれて。
おかげで私は、たった一人の友人の死を知る事が出来た。その死の理由をはき違えずに済んだわ」

その声音には、嘘偽りのない純粋な感謝が宿っている。
士郎達にはその理由など分かるはずもないが、「友」という一言だけで十分な気がした。

「ふむ、なんで『友人』なんて言葉が出てくるのかよくわかんないけど、まあ別に良いわ。
 あなたにとってそれで良いならね」

凛もまた必要以上に詮索するようなことはしない。
余人にはあずかり知らぬ、二人の間だけにあった何か。
それを詮索するなど野暮だし、二人の間だけにあるからこそ意味があると思ったのだろう。

「で、そろそろ本筋に話を戻したいんだけど……」
「ええ、お願い」
「ん。とりあえず、あなたを拉致した前後の状況を整理すれば、下手人は絞る事が出来るわ。
なんでも、攫われて直ぐにセイバーが追跡したけど振り切られたらしいから、この時点で人間の仕業じゃない。
ギルガメッシュもライダーもそう言う事する柄じゃないし、特にライダーのマスターには会ったことがあるけど、その話をしたら大層驚いてたし、これは白ね。
なら、残る可能性はバーサーカーだけ……たぶん、綺礼に良い様に利用されたんだと思うわ」

個人的にバーサーカーのマスターを知るが故に、凛の表情にはわずかな悲しみが宿る。
「組んだ」ではなく、「利用された」という言葉にもそれはうかがえた。
実際にどちらだったかは、凛にはわからない。
だが、凛は一切の証拠がない状態でありながら、何の迷いもなくそう確信していた。
それは間桐雁夜という人物と、魔術師を嫌悪していた筈の彼が聖杯戦争に参加した理由を知ればこそ。
アイリもそんな凛から何かを感じ取ったのか、あえて深く追求せず別の点に触れる。

「……そう。それにしても彼、生き残ったのね」
「うん。昔の事は良く知らないけど、今じゃ時計塔の名物教授よ」
「だな。術者としてはともかく、他人の才能を引き出す事にかけては一級品、あの人が教え子を集めれば時計塔の勢力図が一変するって噂もあったか」
「はぁ……変われば変わるものね」

現在と過去、そのどちらかのウェイバーを知る三人は各々当の人物を思い出し感慨に耽る。
特に過去のウェイバーを知るアイリなどは、その変貌ぶりに驚きを隠せない。
まあ当然だろう。過去のウェイバーは本当にダメダメだったのだから。

「ただ、当時のセイバーはライダーがあなたを拉致したと思ったみたいね。
 詳しい経過は知らないけど、最終的に両者は戦う事になった。しかも『約束された勝利の剣』と『神威の車輪』の真っ向勝負だったそうよ、派手よねぇ。
 結果はタッチの差でセイバーの勝ち。だけど、ライダーはギリギリのところで『神威の車輪』を引き換えに逃走したって聞いてる」

さすがに、当事者ではない凛にはこれ以上詳しい説明はできない。
一応は多少の話は聞き及んでいるようだが、やはり又聞きの話となるとこの辺りが限界だろう。
それにこれでも十分皆に与える影響は大きい。なにせ、対軍宝具と対城宝具のぶつかり合いだ。
優劣にも興味はあるだろうが、その衝突そのものへの関心も並みではない。

「そして、綺礼はあなたを新都の冬木市民会館に運び、そこで狼煙を上げたのよ。他の連中を誘い込むためにね」
「随分とまた、大胆な事を……」

そんなシャマルの呟きに、凛は肩を竦めるだけにとどめた。
何しろ、彼女にしたところで綺礼の詳しい目的など良くわかっていないのだ。

あの男が聖杯などに興味があったのかがそもそも怪しい。
聖杯を手に入れるにしろ、別の目的があるにしろ、全員を一ヶ所に集める意味もない。
ギルガメッシュと言う最強のサーヴァントを擁しているのだから、各個撃破で問題ないのだ。
しかし、アイリにはその意図がわかっていた。

「おそらく、言峰は切嗣を誘い込もうとしたんだと思うわ。乱戦になれば、それだけ切嗣に接近しやすくなる。
 それに、あの男は私を捕えた後切嗣の事しか聞いてこなかったし……」
「そうなんですか?」
「ええ。あの男は、自分と切嗣が似ていると思ったみたい。だから、どうしようもなく空虚なあの男は、切嗣にそれを埋める可能性を求めたのよ。
本当に、愚かな男。虚無しかなかったあの男と、虚無を約束された切嗣が同じな筈など無いと言うのに」

言葉の内容こそ同情的に聞こえるが、その響きはまるで異なる。
むしろ侮蔑する様な、或いは嘲笑うかのような響きだ。

しかし、その言葉に士郎は若干の違和感を覚えた。
士郎は言峰綺礼に、あまりそういった印象を受けなかったように思う。
まあ、それも当然だ。アイリの知る言峰は答えを持たず、士郎の知る言峰は答えを持っていた。これはその違い。

「それはともかく、さすがに局面が終盤近くだった事もあって、全員がその誘いに乗ったみたいね。
 ライダーはギルガメッシュと、セイバーはバーサーカーと対峙したわ。
 そして、衛宮切嗣は綺礼と戦った」

その場にいる全員が、固唾をのんで凛の言葉に耳を傾ける。
それは文字通りの最終局面。この反応も当然だろう。

「ただ、さすがにその詳しい内容まではわからない。ライダーのマスターも詳しくは教えてくれなかったし、セイバーの方は尚更よ。衛宮切嗣の方にしたって、やっぱり良くわかんない。
 だから、私に教えられるのは結果だけ。ギルガメッシュはライダーを破り、セイバーはバーサーカーに勝った」
「つまり、騎士王と英雄王の一騎打ちになったと言う事か……それで、どちらが勝ったのだ?」

凛の話に、ザフィーラは重々しく問う。
他の面々も、さすがにクライマックスとあって手に汗握りながら凛を注視する。
しかし、そこで凛の口から放たれたのは、予想もしない言葉だった。

「いいえ。確かに一騎打ちの様相を呈したようだけど、結果的に決着がつく事はなかった」
「なに?」
「え? どういう事なの凛」

シグナムとフェイトは凛の事なに驚きを隠せず、皆も(今日何度目かわからないが)驚きに眼を見開く。
だが士郎とリニスだけは、その後に起こった事を知るだけに痛ましげに眼を伏せている。

「その時点で聖杯は顕現していたらしいんだけど、衛宮切嗣がセイバーに令呪で命じたの。
―――――『聖杯を破壊せよ』ってね」
「バカな!! 誰よりも聖杯を求めた男が、それを捨てたと言うのか!?」
「ほ、ホンマなんか、凛ちゃん!!」
「ちょ、ちょっと凛!」

さすがにここにきての大どんでん返しに、シグナムやはやて、アリサも声をあげて問い詰める。
他の皆にしたところで、この三人の反応がもう少し遅れていたら、彼らが動いていたかもしれない。
ただ、アイリだけは信じられないと言わんばかりに呆然自失とした表情で固まっている。
無理もない。まさか、よりにもよって最愛の夫が聖杯の破壊を命じるなど……。

「な………なんで……切嗣は、私達を裏切ったの……?」
「違う! 親父は、切嗣は裏切ってなんかいない! 切嗣は、それまでと同じ事をしただけです!」

呆然として呟くアイリの言葉に、士郎は思わず声を大にして否定する。
当然だ。よりにもよってこの人に、妻であるアイリにだけは誤解してほしくないだろう。
切嗣は、確かに彼女が信じた衛宮切嗣として正しい選択をしたのだから。

「シロウ…それ、どういう事なの?」
「親父はその直前、言峰と戦っている時に聖杯の中身を浴びていたんだ」
「聖杯の中身? って、魔力なんだよね」
「ああ、そうだ、その筈だった。だけど事実は違う。なぜそうなったのかはわからない。
だが、聖杯の中身は純粋な魔力“無色の力”ではなく、極大の呪いにすり替わっていた」
「極大の…呪い?」

そのあまりに物々しい“何か”に、思わずフェイトは息を飲む。
詳細は分からずとも、その響きだけで危険なのは明らかだ。
古今東西、呪いなどと呼ばれるものが真に人のためになった例など無い。
特に、その危険性を誰よりも良く知る凛と士郎の表情は暗い。

同時に、凛はここで口を出すべきか一瞬迷う。
一応イリヤのおかげで多少の知識は引き出せているが、それでもまだ断片的だ。
とても一つの纏まった考察を作るには足りないし、凛自身整理しきれていない。
そんな理由もあって、凛はこの事を話すのは整理が出来てからにする事にした。

「その名は『この世全ての悪(アンリ・マユ)』。その名の通り、全ての人間を食い潰す終わりの泥。
 皮肉なものね、衛宮切嗣の『この世全ての悪だって背負って見せる』という言葉は正しかった。そんな彼だからこそ、あれに呑まれてもなお生存できたのよ。そして生き残った彼は、その危険性を誰よりも理解していた。
 だからこそ、彼は聖杯の破壊をセイバーに命じたのよ」

とはいえ、さすがにその極大の呪いを肌で感じた事のない面々の顔には釈然としない様子がある。
仕方のない事だ。まさか聖なる杯の内に、そんなものがあるとは信じられる筈がない。
凛が嘘を言ってるとは思っていないが、どうしても信じられない。
ましてや、聖杯自身とも言えるアイリにとっては尚更だろう。

「セイバーは限界間近だった事もあって、エクスカリバーの使用で魔力切れになり消滅。
ただし、聖杯の器はちゃんと破壊されたけどね」
「そ、それならその呪いっていうのはちゃんと……」
「溢れだしたわ」
『え!?』
「衛宮切嗣に落ち度があったとすれば、彼は聖杯の器ではなくそれによって生じた孔を狙うべきだったのよ。
 器が破壊されても孔は健在。確かに間もなく閉じたけど、その直前に中身の一部が零れた。
 ちなみに、ギルガメッシュはその直下にいたから一緒に呑まれたらしいわ」
「それじゃあ、その呪いっていうのは……」

それ以上を口にするのが恐ろしくなったのか、ユーノはそこから先は言わない。
しかし、誰もが思っていた。もしそれが事実で、聖杯の中身がそう言ったものならロクな事にはならないと。
なにせ、相手は『この世全ての悪』の名を冠した呪いなのだから。

「死傷者は五百名以上、焼け落ちた建物は百三十四棟。新興住宅街のど真ん中から発生したそれは、地方都市の一つの街を軽く飲み込んだわ。陳腐な表現をするなら、未曾有の大火災って所でしょうね」
「それが……聖杯の引き起こした事だと言うの……」
「そうよ。それが、第四次聖杯戦争の結末。
 まあ、それも被害は少ない方だったんでしょうね。衛宮切嗣の英断がなければ、それこそ本当にあの呪いの全てが世にばら撒かれてたわけだし」

その被害の規模に、アイリは顔を青くして震えだす。
自分達が求め、切嗣の理想を叶える筈だった奇跡が、まさかそんな大惨事を引き起こしたとは思いたくない。
だが、凛はそんなアイリの心中を承知した上で、さらに言葉を紡いでいく。

「でも、人間って言うのは意外としぶとい生き物でね。
不幸中の幸いだったのは、アレだけの火災でも生き残りがいなかったわけじゃない事かしら。
 ま、家も家族も、記憶や心すら焼かれ、炎の真っ只中に放り出されて何が『幸い』かって話だけど。
 だけど、命以外の全てを失って、それでもなお生き延びた人たちは確かにいた。例えば……」

言いながら、凛は士郎の方に視線を送る。
そこで、アイリはようやくこの家に入る前にリニスに言われた一言、その意味を理解した。
彼女は言った、「アイリ達が士郎から全てを奪った」と。
この状況、この話の中で送られた視線、その意味。
それを履き違えられるほど、アイリは愚かではなかった。

「まさか、あなたが……」
「…………」

士郎は答えない。凛もなにも言わない。
だがしかし、それこそが何よりも明確に事実を伝えていた。
アイリはそれ以上士郎に何も聞けない。
聞く事が怖く、だが目を反らしてはならないとも理解していた。それ故に、彼女は身動きが取れない。
それを汲み取ったのか、ザフィーラはゆっくりと凛に問う。

「説明を、してもらえるか」
「士郎は答える気がないみたいだし、私が話すけど良い?」
「……かまわん」

一瞬の間は、他の者達の意見を確認するために目配せした時のもの。
誰もそれを止める事はせず、沈黙を保つ。士郎は一瞬凛を止めようと動きかけたが、その無意味さを悟りやめた。
全てを話す、その覚悟を持って士郎もこの場に臨んだのだ。ならば、ここで引き返すなど虫の良い事は出来ない。
何より、ここまで来てしまった以上この先の事に関して口を噤んだとしても、それは彼女を苦しめるだけだ。
ならせめて、真実の全てを自分の口から語るべきではないか。そう、士郎は覚悟を決める。

「……いや、俺が話すよ」
「いいのね」
「ああ」

二人のやり取りは短く、それ故にその中に込められた想いは深い。
同時にアイリも覚悟を決めたのか、まだ揺らぐ瞳を何とか抑え士郎を見据える。

しばしの停滞。誰も急かしはしない。
それがしないのかできないのか、それは当の本人達にもわからなかった。
だがやがて士郎は、まるで祈る様にゆっくりと過去を紡ぎだす。

「そう……それはとにかく、酷い火事だった。
辺り一面焼け野原、建物は崩れ落ちて原形なんて留めちゃいない。そして当然、たくさんの人が死んでいった」

そうして士郎はその当時の事を、出来る限り鮮明に、可能な限り鮮明に思いだそうと目を閉じる。
二十年も前の事なのだから、多少苦労するかと思っていた。
しかし意外なのか、それとも当然なのか。それは容易く瞼の裏に再現される。
衛宮士郎にとっての原初の記憶。彼の心の原風景である、あの戦場跡の様な廃墟。
彼は、まるで二十年前に戻ったかのような気持ちで、その時の事を語るべく口を開いた。

皆が悲しそうな目で見つめているのを、士郎はどこか他人事の様な気持ちで感じている。
それは、出来る限り客観的に話そうとしているためなのか、それとも……。
そんな疑問を抱きつつ、士郎はゆっくりと止まる事なく過去を振り返る。

「その中で、原形を留めているのが自分だけというのは、不思議な気分だった。
ここまで生き延びたのは運が良いのか、それとも楽に死ねずにいるから運が悪いのか。
どちらかはわからないけど、ともかく自分だけが生きていた」

ゆっくりと語るその声音には、その言葉通り困惑の色が宿っている。
事実、今でもその当時の事を思い出すとそんな気持ちになるのだろう。
全てが変わり果てた世界の中で、自分だけが例外であった事に。

「そこを歩いた。いつまでもココにいては危ないと、もう顔も思い出せない誰かが言っていた気がしたから……」
「思い、出せない?」

士郎の言葉に、フェイトは思わず問い返した。
出来れば聞き間違いであってほしい、そう心の内で懇願しながら。

「ああ。あの時の事は二十年たった今でも覚えているのに、その人達の顔が、名前が思い出せない。
それが赤の他人だったのか、それとも俺にとって大切な誰かだったのか……。
いや、そもそも俺はあれ以前の事を何一つ憶えちゃいない」
「そんな……」

返答はあまりにも無情だった。
そしてフェイトは士郎のその言葉に絶句し、今にも泣きだしそうになる。それはなにもフェイトに限った事ではなく、子ども達は一様に目に涙を浮かべ、大人達も沈痛そうに頭を垂れる。

士郎は一瞬「気にするな」と言おうかと思い、途中でやめた。
本人は確かに気にしていないが、その事を伝えた方がかえって皆を悲しませる気がしたからだ。
そして、その配慮は正しい。もしそう言われていたら、フェイト達は本当に泣き出していたかもしれない。
過去や記憶を失うと言う事は、それまでの自分を亡くしたのと同義だ。にもかかわらず、その事に対し何も感じられないのだとすれば、それはあまりにも悲し過ぎる。

「……とにかく歩いた。生き延びたからには生きなくちゃって思ったんだ。
でもそれは、黒こげになるのが嫌だったわけじゃない、死ぬのが怖かったわけでもない。
そこまで生きていたのが不思議だったから、助かるなんて到底思えなかった。言ってしまえば、義務感だな。
それはつまり生きる意志が、生きたいという欲望がないという事で……心は、体より先に死んでいたんだと思う。まあ、大差はないか。ただ、それでも他の人達より少しばかり長生きできたよ」

士郎の声はどこまでも平坦で、そこにはまるで感情を感じさせない。
当然だ。ただ彼は、その時に思っていた事を素直にそのままの形で吐き出しているにすぎない。
故に、その声音に哀しみはなく、恐怖はなく、絶望すらない。当然、理不尽に対する怒りも。
ただ淡々と、ありのままの事実を語り続ける。

「そうして倒れた。力尽きたのか、それとも体が動かないほどに壊れていたのかはわからない。
 とにかく倒れて、曇り始めた空を見つめて雨が降りそうだって、そんな事を思ったっけ」
『…………』

士郎の語る過去に、声が出ない。
その地獄を知らない彼らには、なんと声をかけていいのかがわからなかった。
どのような慰めも、何の意味もなさないとわかっていたのだろう。
否、元より慰めたところで、士郎にはその意味がわからなかったかもしれない。
同時に、アイリの眼にはこれまでにない絶望が浮かび、リニスの言葉を理解する。

(私が、私達が彼から全てを奪った…………苦しかった過去を、苦しいとさえ思えないほどに。
彼を……壊してしまった)

アイリは理解した。
言峰が元より空虚な人間で、切嗣が空虚を約束された人間なら、この少年は空虚にされてしまった人間なのだ。
同時に、アイリはこの少年と舞弥を重ねる自分に気付く。
理由は考えるまでもない。境遇こそ違えど、彼女も全てを奪われた側の人間と言う点では同じだからだ。

だが、それこそがより一層アイリを打ちのめす。
友と信じるあの女性と同じにしてしまった、その事実がアイリを責め苛む。

心が軋む、眼に涙が溢れそうになる、今すぐにでも叫び出したい、逃げ出してしまえたらどんなに楽か。
しかしその全てを抑え込み、アイリは士郎の言葉に耳を傾ける。
そんな資格は、とうの昔に失っていると知るが故に。

「理由は……………………なんだったかな。
空に手を伸ばしていたんだが、やっぱり力尽きてそれも落ちた。落ちる…筈だった。
 ああ、一番鮮明に覚えている。俺の手を握る感触、覗き込む目、助かってくれと懇願する声を」
「シロウ……?」

今までずっと無表情に語るだけだった士郎に、初めて感情が宿る。
それは羨望であり、憧憬だった。だが同時に、その表情には何処か一線を引いたような印象を受ける。

「そこで俺の意識は途絶えた。次に目を覚ました時は病院で、少しして切嗣が来たんだ。
 施設に行くのと、知らないおじさんに引き取られるの、どちらがいいかってさ。
 考えるまでもなかった。俺は切嗣と行く事を選んだ。だから俺は……」
「衛宮の姓を名乗る事になったのか」
「ああ」

シグナムの確認に、士郎は静かに頷いた。
その時、ほぼ全員が悟っただろう。
地獄に突き落としたのが切嗣なら、地獄の底から士郎を拾い上げたのもまた切嗣なのだと言う事に。

「それから一緒に暮らすようになってしばらくして、親父は良く旅に出るようになった。
今思えば、イリヤスフィールを迎えに行こうとしていたんだと思う」
「助け、られなかったのか?」
「ああ。切嗣は、確かにこの世全ての悪を背負った。でも、それは人間には重すぎる。親父の体はもう限界だった。魔術師としては死んだも同然だったらしい。そのせいで、アインツベルンの結界を見つける事さえ出来ず、親父は一度として城には辿り着けなかったんだ。
 そして、そのうち親父は家にいる時間が長くなった。たぶん、死期を悟っていたんだろうな。最期の夜、俺は親父と縁側に出て、一緒に月を見ていた」

ここにきて、アイリの顔から先程までの絶望が消える。
本人も現金なものだと軽蔑したが、それでもやはり他の事など気にならなくなった。
愛した男の、最期まで悲願に準じた夫の死。その瞬間の話を、一語一句聞き逃すまいと思うのは当然だろう。

「爺さんは言ったんだ『子どもの頃、正義の味方に憧れた』って。
俺にはそれが、どうしようもなく許せなかった」

額面通りに受け止めるなら、お前にそんな事を言う資格があるのか、ともとれる。
実際、士郎は犠牲者なのだ。そう言う資格はあるだろうし、切嗣とてそう思っていただろう。
だが、衛宮士郎の場合はその限りではなかった。

「そうだろう? だって、俺にとってあの地獄から救い出してくれた切嗣こそが、『正義の味方』そのものだったから。だから許せなかった、切嗣が自分を否定することが。今思えば、本当にガキの我が儘だよ。切嗣に何があったか、あの時の俺は全く考えていなかったんだから」

そう語る士郎の声音には、自嘲の色が濃い。
だがそれだけではない。懐かしさ、親愛、哀しみ、それらの感情がないまぜとなっている。
それは、士郎の複雑な心中を物語っていた。

「でも、爺さんが正義の味方は期間限定だ、なんて言うもんだからさ。『子どもの俺なら大丈夫だから、代わりになってやるよ』って言ってやったよ。そして『爺さんの夢は俺が形にしてやる』って、言おうとしたんだ。
 でも切嗣は、俺が言い終わる前に『ああ、安心した』って笑いながら……眠ったよ」

そうして、衛宮切嗣はたった一つの安堵を胸に息を引き取った。
誰もが思った。その幼き日の士郎の一言は、彼を救ったのだろうかと。
確かめる術はないが、救われてほしい、それが全員の総意だった。

同時に、アイリは声も出さずに泣き崩れる。
救われたかもしれない可能性が嬉しいのか、それとも夫の死を嘆いているのか。はたしてどちらなのだろう。
だが、それを見やりながら士郎は、万感の思いを込めてこの言葉を口にする。

「……それにしても、まさか俺がこれを言う日が来るとはな」
『え?』
「わかるだろ? 俺も昔は、『正義の味方』になりたかったんだよ」

かつて、父が言った言葉と同じ言葉を、後を継いだ息子が口にする。
そこに秘められた想いは余人にはわからないが、士郎の顔は苦笑しながらも、何処か晴れやかだった。
その意味を、彼らが知るのはもう少し後の事。

これで、衛宮切嗣にまつわる物語は終わりを迎えた。
これより主役は交代し、息子の物語が紡がれようとしている。






あとがき

ああ、なんとかZero編を一話にまとめる事が出来ました。
この調子でFate本編の方も一話でまとめたいものです。まあ、場合によっては二話かかるかもしれませんけどね。なにせ、はしょりたくてもはしょれないところが多いので……。

というか正直人数が多すぎる。書いていてバランス良く全員にセリフを回そうとするのが意外と大変なんですよね。しかも、割と重要人物の筈のアルテミスはここ最近ずっと開店休業中。
いや、仕方ないとは思うんですよ。
彼女はいま非常に不安定な状態なので絡ませにくいし、あまり早く復帰させるとそれはそれでどうかと思うので。

それと問題点が一つ。今回からしばらく先までは「なのは達に士郎達の経験を伝える」がコンセプトであるだけに、どうしても長く、かつ原作のなぞりなおしな感が強いんですよね。今回、書いてみてそれを強く感じました。
出来る限りなのは達の気持なんかを絡めて書いていますけど、はたしてこれは皆さんに楽しんでいただけるのか甚だしく疑問です。とはいえ、コンセプトがアレなだけに、あまり一足飛びで話しを進め過ぎても逆に味気ないでしょうし、悩みどころだったりします。
秘密の多いキャラって、こう言う時に面倒臭いんですねぇ……。

あれ? なんか最近愚痴が多い気がする。すみません、なんだか見苦しくて……。
とりあえず、もう書き始めてしまったので当分はこのノリで行きます。
退屈かもしれませんが、気長にお付き合いくだされば幸いです。


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