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No.4610の一覧
[0] 魔法少女リリカルなのはReds(×Fate)【第二部完結】[やみなべ](2011/07/31 15:41)
[1] 第0話「夢の終わりと次の夢」[やみなべ](2009/06/18 14:33)
[2] 第1話「こんにちは、新しい私」[やみなべ](2009/06/18 14:34)
[3] 第2話「はじめての友だち」[やみなべ](2009/06/18 14:35)
[4] 第3話「幕間 新たな日常」[やみなべ](2009/11/08 16:58)
[5] 第4話「厄介事は呼んでないのにやってくる」[やみなべ](2009/06/18 14:36)
[6] 第5話「魔法少女との邂逅」[やみなべ](2009/11/08 16:59)
[7] 第6話「Encounter」[やみなべ](2009/06/18 14:37)
[8] 第7話「スパイ大作戦」[やみなべ](2009/06/18 14:38)
[9] 第8話「休日返上」[やみなべ](2009/10/29 01:09)
[10] 第9話「幕間 衛宮士郎の多忙な一日」[やみなべ](2009/11/29 00:23)
[11] 第10話「強制発動」[やみなべ](2009/06/18 14:39)
[12] 第11話「山猫」[やみなべ](2009/01/18 00:07)
[13] 第12話「時空管理局」[やみなべ](2009/01/31 15:22)
[14] 第13話「交渉」[やみなべ](2009/06/18 14:39)
[15] 第14話「紅き魔槍」[やみなべ](2009/02/21 22:51)
[16] 第15話「発覚、そして戦線離脱」[やみなべ](2009/02/21 22:51)
[17] 外伝その1「剣製」[やみなべ](2009/02/24 00:19)
[18] 第16話「無限攻防」[やみなべ](2011/07/31 15:35)
[19] 第17話「ラストファンタズム」[やみなべ](2009/11/08 16:59)
[20] 第18話「Fate」[やみなべ](2009/08/23 17:01)
[21] 外伝その2「魔女の館」[やみなべ](2009/11/29 00:24)
[22] 外伝その3「ユーノ・スクライアの割と暇な一日」[やみなべ](2009/05/05 15:09)
[23] 外伝その4「アリサの頼み」[やみなべ](2010/05/01 23:41)
[24] 外伝その5「月下美刃」[やみなべ](2009/05/05 15:11)
[25] 外伝その6「異端考察」[やみなべ](2009/05/29 00:26)
[26] 第19話「冬」[やみなべ](2009/07/02 23:56)
[27] 第20話「主婦(夫)の戯れ」[やみなべ](2009/07/02 23:56)
[28] 第21話「強襲」 [やみなべ](2009/07/26 17:52)
[29] 第22話「雲の騎士」[やみなべ](2009/11/17 17:01)
[30] 第23話「魔術師vs騎士」[やみなべ](2009/12/18 23:22)
[31] 第24話「冬の聖母」[やみなべ](2009/12/18 23:23)
[32] 第25話「それぞれの思惑」[やみなべ](2009/11/17 17:03)
[33] 第26話「お引越し」[やみなべ](2009/11/17 17:03)
[34] 第27話「修行開始」[やみなべ](2011/07/31 15:36)
[35] リクエスト企画パート1「ドキッ!? 男だらけの慰安旅行。ポロリもある…の?」[やみなべ](2011/07/31 15:37)
[36] リクエスト企画パート2「クロノズヘブン総集編+Let’s影響ゲェム」[やみなべ](2010/01/04 18:09)
[37] 第28話「幕間 とある使い魔の日常風景」[やみなべ](2010/07/03 02:34)
[38] 第29話「三局の戦い」[やみなべ](2009/12/18 23:24)
[39] 第30話「緋と銀」[やみなべ](2010/06/19 01:32)
[40] 第31話「それは、少し前のお話」 [やみなべ](2009/12/31 15:14)
[41] 第32話「幕間 衛宮料理教室」[やみなべ](2010/01/11 00:39)
[42] 第33話「露呈する因縁」[やみなべ](2010/01/11 00:39)
[43] 第34話「魔女暗躍」 [やみなべ](2010/01/15 14:15)
[44] 第35話「聖夜開演」[やみなべ](2010/01/19 17:45)
[45] 第36話「交錯」[やみなべ](2010/01/26 01:00)
[46] 第37話「似て非なる者」[やみなべ](2010/01/26 01:01)
[47] 第38話「夜天の誓い」[やみなべ](2010/01/30 00:12)
[48] 第39話「Hollow」[やみなべ](2010/02/01 17:32)
[49] 第40話「姉妹」[やみなべ](2010/02/20 11:32)
[50] 第41話「闇を祓う」[やみなべ](2010/03/18 09:55)
[51] 第42話「天の杯」[やみなべ](2010/02/20 11:34)
[52] 第43話「導きの月光」[やみなべ](2010/03/12 18:08)
[53] 第44話「亀裂」[やみなべ](2010/04/26 21:30)
[54] 第45話「密約」[やみなべ](2010/05/15 18:17)
[55] 第46話「マテリアル」[やみなべ](2010/07/03 02:34)
[56] 第47話「闇の欠片と悪の欠片」[やみなべ](2010/07/18 14:19)
[57] 第48話「友達」[やみなべ](2010/09/29 19:35)
[58] 第49話「選択の刻」[やみなべ](2010/09/29 19:36)
[59] リクエスト企画パート3「アルトルージュ・ブリュンスタッド 前篇」[やみなべ](2010/10/23 00:27)
[60] リクエスト企画パート3「アルトルージュ・ブリュンスタッド 後編」 [やみなべ](2010/11/06 17:52)
[61] 第50話「Zero」[やみなべ](2011/04/15 00:37)
[62] 第51話「エミヤ 前編」 [やみなべ](2011/04/15 00:38)
[63] 第52話「エミヤ 後編」[やみなべ](2011/04/15 00:39)
[64] 外伝その7「烈火の憂鬱」[やみなべ](2011/04/25 02:23)
[65] 外伝その8「剣製Ⅱ」[やみなべ](2011/07/31 15:38)
[66] 第53話「家族の形」[やみなべ](2012/01/02 01:39)
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[4610] リクエスト企画パート3「アルトルージュ・ブリュンスタッド 後編」
Name: やみなべ◆d3754cce ID:1963cf14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/11/06 17:52
ひょんな事から六年前の事を話すことになった士郎と凛。
それはまだ二人が元の世界で戦っていた頃、まだ士郎に左腕があった頃。
そして、その左腕が奪われた時の話。

寒極の大地で遭遇したのは、白い魔犬を引き連れた黒衣の少女。
少女から放たれるは、禍々しい魔の気配と濃密な死の予感。
故に相手が手札を切るよりなお早く、最速を以て士郎は動いた。

それは実に魔術師らしからぬ、だが実に魔術師殺しらしいやり口。
小型焼夷弾による、焼滅。
無論、これで倒せると思うほど士郎も甘くない。
だが、足止め程度にはなった…………筈だった。相手が、並みの化け物であったのなら。

しかし、立ちはだかったのはけた外れの存在である化け物の中でも、さらに別次元の存在。
その時の二人は、未だ自分達が何を相手にしていたのか、理解していなかった。



  *  *  *  *  *



焼夷弾により生じた煉獄の炎は、極寒の世界をも焼きつくす。
だがそれでもなお、燃やせないものがそこにいた。

「あら、もう行ってしまうの?
 舞踏会は始まったばかりですよ、もう少しゆっくりしていかれてはいかがかしら」

白く輝く炎の中から、鈴を転がした様な涼やかな声が届く。
すると、まるで炎は何事もなかったかのように消え去る。
本来、水や消火剤をかけても消えず、燃焼に酸素を必要としない化学反応式であるが故に燃え尽きるのを待つしかない筈の業火だ。それを、この少女はこともなげにねじ伏せて見せた。
一体それは、どれほどの化け物の所業なのか。

予想していた以上に、目の前の少女の力は強いらしい。
そう考えを改めていた二人だったが、更なる驚愕が襲いかかる。

「なんだ、その姿は……?」
「ふふふ、どうでしょう? これで、少しはあなたと釣り合いが取れるかと思うのですが」

そこにいたのは、先ほどのまでのどこか幼さを残した少女ではない。
十代後半、およそ十七・八歳位の、少女を脱し大人の女性へ移行しつつある年頃の漆黒の女がそこにいた。
何より驚くべきは、その身から放たれる重圧がそれまでの比ではない事。
士郎達の目の前にいる女の力は、これまで士郎が出会ってきた数多の化け物たちの中でも上位に位置する。
それこそ、全身全霊をもって挑んで勝てるかどうかという、そういうレベルの。

「なるほどね、そうやって力を抑えていたわけか」
「ええ、その上私の力は少々不安定でして……。
大抵は、この姿で相手をすると皆あっという間に…壊れてしまうものですから」
「つまり、私たちならその姿でやっても耐えられるって事かしら?」
「さあ、それは試してみないと分かりませんけど、お願いですからすぐに壊れたりしないでくださいな。
ただでさえ不安定な上に久しぶりなので、少々加減を失敗するかもしれませんからね。
折角この姿になったわけですし、すぐに終わってしまってはつまらないでしょう?」

そう、漆黒の少女……いや、女はそれがさも当たり前であるかのように告げる。
そして、それは紛れもない真実。彼女は、凛と士郎の二人がかりですら手に負えない怪物。
死徒と呼ばれる化け物達の頂点と、鬼才と異端、二人の魔術師の戦いはこれからが本番だった。



リクエスト企画パート3「アルトルージュ・ブリュンスタッド 後編」



女の言は、あからさまな挑発だ。いや、本人にはそのつもりはないのかもしれない。
彼女にとってそれは当たり前過ぎて、唯事実として口にした可能性は高い。
だがそれでも、気位の高い凛にとっては聞き流していい類の言葉ではなかった。

「…………………言ってくれんじゃないの」

黒い女の言葉に凛の顔が屈辱に染まる。
手を抜いてやるから精々耐えてみろ、そう言われたのだ。
気位が高くそれに見合った力も持つ彼女からすれば、許しがたい侮辱だろう。

士郎は巻き込まれないように一端距離をとり、その上で背後に古今東西の白兵戦武器を展開していく。
元々、遠坂凛という魔術師は精密攻撃に向かない。
士郎ならば阿吽の呼吸で避けて戦う事もできるが、それにも限度がある。
ここから先、近くにいては凛の攻撃の巻き添えを食うのは必至。
言葉にして「下がれ」と言われずとも、長い付き合いの士郎にはそれがすぐに分かった。

「なら、お望み通りにしてあげるわよ!
『―――――――――――――Anfang(セット)!』」

鬱屈した感情を叩きつけるかのごとく、凛はガンドの雨を黒衣の女に叩きこむ。
それは一見すれば、激情にまかせた後先考えない愚かな攻勢にも映る。
しかしそれと同時に、左手にはめた五つの指輪の一つが輝きを放つ。

「『―――――――Vier(四番、),Der Klumpen des(爆ぜよ豪風)Windes wird befreit(吹き荒べ)!』」

感情に流されているように見えて、その実彼女はいたって冷静だった。
ガンドの雨で一瞬の時間を稼ぎ、その間に礼装を以て周囲に突風を巻き起こす。
結果、降り積もった雪は舞い上がり、双方の間に純白の幕を引いた。

「凄い風ですね。でも、これではあなたの視界もふさがれるのでは?」
「そうね、でも数撃てば当たるっていうでしょ? つるべ打ちにしてあげるわ!
『Drei(三番、) Der lightball drückt einen(光球連弾)!!』」

その言葉通り、凛はさらにガンドの回転を上げていく。
また、中指の指輪が輝くと同時に、溢れんばかりの力を湛えた無数の魔弾が女を襲う。
そればかりか、五つの指輪はそれぞれイルミネーションの様に多彩で幻想的な輝きを放ち、多種多様な魔術が次々に編まれていく。

それも複数の術が並列して、だ。
同時にいくつもの術を編み起動させるなど、生半可な技量でできるものではない。

当然、ただ光りを放ち、術が編まれてそれで終わる筈もなし。
炎が、氷柱が、雷が、鎌鼬が、飛礫(つぶて)が、あらゆる角度から猟犬の如く牙を剥く。

「っとと、これはまた絢爛ですね。白銀の世界に踊る多彩な輝き、見世物としては中々の物ですよ」
「ふむ、あまりそちらにばかり気を取られるのは関心せんな。そら、背中ががら空きだ!!」

そればかりか、さらに背後からはいつの間にか移動していた士郎までもが無数の剣弾を放ってくる始末。
いや、士郎自身も弓を構え、息つく暇も与えない様に矢を射続ける。
黒衣の女を以てしても、さすがにこの濁流の様な大攻勢には手古摺らざるを得ない。
しかも不思議なことに、一連の攻撃はまるで女の事を目視して放っているかのように正確なのだ。

その事に女は内心で首をひねる。
背後にいる士郎はまだいい。その威力や連射の速度に比して、精度には目を見張るものがあるがそれだけだ。
士郎は別に、凛の目眩ましの影響を直接的には受けていない。

しかし、雪のカーテンを間に挟んでいる凛の攻撃の正確さは、明らかに異常だ。
だが、答えの出ない問いに執着する事なく、眼前に迫る魔術の数々を引き裂き、矢と剣弾を蹴散らしていく。
彼女の反射神経を以てすれば、雪のカーテンを越えてきてからでも十分対応可能だ。

そして凛は、そんな光景を『上空からの視点』で観察していた。
士郎が戦っている間に、上空にウォッチャーを飛ばしその視界から戦場を俯瞰していたのだ。
それこそが、自ら視界を封じていながら正確に攻撃できた理由。
あまりにも単純だが、それ故に見落としがちな初歩の初歩。
実戦においてはこういった単純な手こそ、転じて悟られ難く効果的である事を彼女は知っていた。
簡単で単純であるからこそ、それは「盲点」となりうるが故に。

さらに、追い打ちをかけるように右手の指に挟んだ宝石を投げる。
色とりどりの宝石が宙を舞い、凛の詠唱と共に目も眩まんばかりの輝きと共に膨大な魔力を放つ。

「『Ein KÖrper(灰は灰に) ist ein(塵) KÖrper(は塵に)―――!』
まだいくわよ! 耐えられるもんなら耐えて見せなさい!!
『Fixierung(狙え、), EileSalve(一斉射撃)――――!!』」

士郎の矢は上空からも降り注ぎ、女の行動を制限する。
その上で無数の剣弾と多彩な魔術が、怒涛の勢いで漆黒の女を攻め立てているのだ。
これでは、反撃はおろかその場から動く暇さえなかなか見いだせない。
だがそれと並行して、凛の冷徹な部分が先の言葉を冷静に吟味していた。

(ヤバいわね、完全に相手の力量を見誤った。
いくら抑え込んでいたとはいえ、それを見逃すなんて不覚とかうっかり何てレベルじゃないわよ。
たぶん、低く見ても死徒の中でも上位に位置するくらいの力はある筈。場合によっては祖に匹敵するかも。
 となると、下手を打てばホントに瞬殺されかねない。でも、今の感じなら……)

打倒は不可能ではない。リスクを無視すれば、やりようによっては殺しきることも可能だろう。
そこまで無理はしなくても、二人揃って生き残る算段は充分に付けられる。
しかし凛の見立ては、正しくもあり、間違いでもあった。
たしかに、“今のままならまだ”凛達でもあれから逃げるくらいはできるだろう。

だがもし、その本当の力が解放されたのなら……。
そうなれば話は変わってくる。しかし、凛は未だ女の本当の力を見切れていない。
悲しいかな、凛ほどの才智を以てしても、その力の深淵を見抜けなかった。
だがそれは凛の未熟などではなく、あまりにも単純かつ残酷なまでに、黒衣の女の次元が違いすぎただけの話。

「見事です。大胆にして繊細、精緻にして豪快。
 これほどの技量と胆力をその若さで身につけるとは、大した才能です。
 そちらの騎士も、なかなか素晴らしいコレクションを持っていますね。
ですが、この程度ですか? もしそうなら、非常に遺憾ながら落胆せざるを得ません」
「まさか、ここまでのはぜ~んぶ布石。本命はこれからよ、乞うご期待ってね!
『Gewicht(重圧、), um zu(束縛、)Verdopp(両極硝)elung――――!!』」

不意を突く形で重力系の捕縛陣が展開され、女の体が雪の海に沈んでいく。
常人であれば全身の骨が折れ、内臓が潰れ致命的なダメージを負うだろう。
だが相手は常人どころか、そも人間ですらない。

(まあ、瞬間契約級のランクがあるわけでもなし、アレほどの死徒なら壊すにしても抜け出すにしても、恐らく五秒とかからないわね。だけど、だからこそ……!!)
「士郎、離れて!!」

凛の一喝により、士郎は全速力で黒衣の女から距離をとる。
しかしその一瞬、士郎の眼に逡巡の様なものがあった。
だが幸か不幸か、凛はそれに気づかなかった。

「『Koordiniere Rahmen(座標設定)―――――――Laß Flugzeuge an(術式起動)』」
ああもう! アンタのおかげで大赤字よ、責任とってもらうからね!」

士郎が稼いだ時間を費やして展開した、瞬間契約級の大魔術。
それを起動し、凛達の周囲が帯電する。その電圧は、最早大自然の放つ落雷と比べても遜色ない。
普段であれば、あまりにも煩雑すぎるその性質からとてもではないが実戦では使えない代物。
それを今ここに、たった一人の敵を殲滅する為に使う。

「テンカウントの大魔術よ、有り難く喰らいやがりなさい。
『Sehr großer Blitz(雷光招来)―――――――Ärger des Himmels(降り注げ、天の怒号)
―――――――Gib Bestrafung vom Licht(其は等しく下される裁きの鉄槌)!!!』」

凛がそう宣言するのと同時に、周囲で帯電していた雷光が一点に収束する。
あまりにも激しい光は夜を昼と錯覚させ、その耳朶を貫く轟音は聞いた者の平衡感覚を乱す。
同時に凛は、自身の放った渾身の一撃に確かな手応えを覚えていた。

(よし、確実に直撃した。科学兵器じゃ効果は鈍くても、魔術で消し炭にしてやればしばらくは動けないでしょ。
 できればとどめを刺したいけど、藪をつつくのは御免だし、今は逃げる方が先決………って!?)

凛がそこまで考えたところで、今なお鳴り響く迅雷の嵐に向かって突き進む人影があった。
それは、彼女にとって何よりもよく見知ったものだ。

「士郎! アンタ何やってんのよ! 今は逃げる方が……」

凛は大声で叫ぶが、その声が届いていないのか士郎はなおも突き進む。
その手には、禍々しい魔力を湛えた真紅の魔槍。
そこに来て、やっと凛は士郎の意図を悟る。

(そこまでしないと、逃げられない相手だっていうの? それとも……)

殺す以外に、この場から生きて帰ることが不可能な相手か。
士郎の行動の意味は、そのどちらかしかあり得ない。

一つ確かなのは、どちらにせよ凛の認識が甘かったという事。
誰よりも近くで黒い女と戦い、その力の深淵の一端を垣間見た士郎だからこそ、感づいた何かがあるのだ。
焼夷弾の爆発を当たり前のように耐えた瞬間から、士郎は認識を改めていた。
曖昧な推測や勘を当てにすることなく、最大限の警戒を以てこの敵に対すると。
だからこそ彼は、これだけの大魔術に加えて更なる追い打ちをかける為に疾駆する。

「『刺し穿つ(ゲイ)―――――――――死棘の槍(ボルク)!!!』」

真名を解放し、士郎は槍を雷光の中に突き入れた瞬間に後方に飛びのく。
だが主の手を離れてなお、槍は敵の心の臓目掛けて雷霆の中を掻き分けていく。

当然だ、何しろ放たれたのは因果を逆転させ『すでに心臓に命中している』事実を作ってから放つ必中の槍。
回避も防御も不可能な、『槍のダメージ+相手の体力』となるが故に必ず敵を殺す魔の槍。
本来の投擲・対軍宝具としてではなく、第五次聖杯戦争のランサー『クー・フーリン』オリジナルの使用法。
その神代の一刺を以て、士郎はその命脈を絶ちにいった。

そして、士郎が槍を突き入れたのとほぼ同時に一際大きな閃光が生まれる。
目も潰れんばかりの眩い輝きは一瞬。
だがその瞬間、耳に馴染んだ声が凛の下へ届く。

「ぐ、あぁぁぁあぁ!」
「士郎!?」

届いたのは、全身を電撃が駆け抜ける痛みに耐える士郎の声。
いくら対象として設定されていなかったとはいえ、アレだけ近づけば余波くらいは受ける。
だがそのリスクを負ってでも行かねばならないほどの存在と、士郎はあの黒衣の女を認識したのだ。

光が収まるのとほぼ同時に、凛は己が半身を探して周囲を見渡す。
やや離れた場所に、防寒具の上着を黒こげにした士郎が横たわっていた。
その瞬間凛の顔から血の気が引くが、すぐに首を振って心を立て直す。

(あの程度で死ねるんだったら、アイツは聖杯戦争の最中に十回は死んでる。
 アイツの一番の武器は、異端の魔術でも精神性でもなくて、そのしぶとさなんだから)

その認識の正しさは、横たわる士郎が身じろいだことで証明された。
どうやら、電圧で多少焦げただけで大事はないらしい。
反撃を受けた形跡もない。これならば行動に支障をきたす事もないだろう。

その予想通り、そのままゆっくりと士郎は起き上がり、凛に一瞬目配せをして再度前を向く。
その眼には、「まだ終わっていない」という意思がありありと浮かんでいた。

「アレでもまだ終わりじゃないわけ? 一体何なのよ、アイツ。
士郎、手ごたえは!」
「確実に心臓を貫いた、それは間違いない」
「だったら、どんなにしぶとくてもしばらくは……」
「ああ、そうだ、その筈なんだ! なのに、これだけやったっていうのに、まるで生き残れる気がしない。奴の力の底が見えてこないんだ! ここまでやって、それでも死ぬのは俺たちなのか!!」

士郎の声には、明らかに焦燥と恐怖がにじんでいる。
凛と自身の必殺を期した攻撃を与えたにもかかわらず、それでもなお揺るがない不吉な予感。
そして士郎は、先ほどまでの自分達の認識の甘さを痛感していた。

(抑え込んでいた力を見抜けなかった? 力の程を見誤った? 違う、そんな生易しいもんじゃない。
 ダメージを受けた今なら分かる、力は抑えてはいても隠してはいない。隠そうともしていない。
 なのに気付かなかったのは、アレという存在が、あまりにも暗く深く、巨大すぎたんだ。
俺たち如きでは、計りきれないほどに)

それは、大海の広さを皮膚感覚で認識できない事とよく似ている。
あるいは、完全な暗闇の中で視覚は役に立たないと言うべきか。
要はそれほどまでの差が、両者の間にはあったのだ。

その事実を認識し、士郎は思わず歯噛みする。そもそも、アレと遭遇した時点で打つべき手は逃走の一択のみ。
にもかかわらず、二人は戦ってしまった。その時点で、最早二人の命運は尽きていたのだろう。
あとできる事があるとすれば、もてる力の全てを費やして奇跡に懸けるしかない。
あるいは、ほんのわずかな時間寿命を延ばすことができるかもしれない、という程度かもしれないが。
とそこで、凛はようやく目の前の存在の正体に行きついた。

「……………………言い訳する気にもならないわね。ここまで気付かなかったなんて、完全に私のミスだわ。
これだけやって死なないとすれば……間違いなく二十七祖、それも下手すると最上位クラス。
その条件の中で、こいつと符合するようなのは一体しかいない」

そして、まるでその言葉にこたえるかのように、黒い女は黒焦げになった大地に悠然と屹立していた。
その身は先の雷撃により焼け爛れていたが、それも見る間に消えていく。
ダメージがどれほど残っているかは定かではないが、さすがに完全に消えたという事はあるまい。
恐らく……としか言えないが、消えたのは表面的な傷だけで、中身までは完全ではないだろう。
だがそれでも、女は胸を貫いていた槍は無造作に引き抜き、容易くへし折って消滅させる。

「あら? やっと気付きましたか。聡明そうだから、もっと早く気が付くかと思ったのですけれど」
「悪かったわね。正直、その姿になったばかりの時点だと、そう大きな力がある様には感じられなかったのよ」
「まあ、無理もありませんか。先ほども言いましたように、私の力は不安定なのですよ」
「つまり、やっとその姿での本調子が出せるようになってきたって事かしら?」

そう、「不安定」と言う言葉は、何も力を「うまく抑えられない」と言う事だけを意味する言葉ではない。
逆に言えば、「上手く力を引き出せない」ともとれる。
幸運か不運かはさておき、先ほどまでは後者であった。

「でもそう、じゃあやっぱりあんたは……」
「ええ、あなたの思う通りです。私はアルトルージュ、アルトルージュ・ブリュンスタッド」
「死徒二十七祖の第九位、実質的な二十七祖の頂点。それが、なんでこんなところに……」

そう、凛がその可能性を除外していたのはそれに尽きる。
二十七祖、それもこのクラスとなれば表に出てくる事など滅多にない。
その上、白騎士と黒騎士という最強の護衛も伴わずに、死徒の姫君が現れるなど誰が予想しよう。
遭遇すること自体が奇跡に等しいはずの存在と、このような極北の地で出会うとはだれも思わない。

何より、彼女であれば二人を瞬殺することだって可能なはずなのだ。
ブリュンスタッドの名を持つという事は、つまりそういう事。
こうして面と向かってまだ生きていること自体が、凛には悪夢としか思えなかった。

「なんで? 私がここにいるのはそんなにおかしなことでしょうか?」
「ええ、おかしいわね。こんな辺鄙なところに来る理由もわからないし、いる筈の護衛がいないのもわからない。
 っていうか、姿が変わるなんて初めて知ったわよ。
まあ、あなたの情報なんてほとんど出て来ないから仕方ないかもしれないけど。
 で、まさかこの災害に乗じて血を飲みに来た、何て小物みたいな事を考えているわけじゃないんでしょ?」
「そうですね、確かにこの状況なら血を吸っても怪しまれませんが、本来の目的ではありません。
 ちょうどいいので、晩酌代わりにしようかとは思っていますけど。ですが、本当に理解できませんか?」
「だから、理解できたらそもそもこんなことになってないわよ」

どこまでも自然体に、自分がここにいるのは当然、と言わんばかりのアルトルージュ。
だが、凛にそれが理解できるはずもない。もし可能性があるとすれば……

「この辺にあなたの城があるとでも?」
「いいえ、私の城は別の場所にありますよ。
ですが…………本当に分からないのですね。
 なら、もう少し付き合ってくださいな。生きていたら、その時に教えてさしあげましょう」

そう言って、アルトルージュは一歩踏み出す。
そこで士郎達は気付く、彼女は今まで一歩も動いていなかった事に。
それほどまでの戦力差が、彼らの間にはあったのだ。

(ったく、いくらなんでもあんなのの相手なんてできないわよ)
(逃げる、これ以外の選択肢はない。だが、それにはどうすれば……)
「ああ、もし逃げると言うのなら構いませんよ。ただ、その時はこの子に先ほどの人間達を追わせるだけですが。
 それでもいいのなら、お逃げになって結構です」

二人の思考を先回りするように、アルトルージュは最悪の未来を宣言する。
アルトルージュが従えると犬となれば、そんなものは二十七祖の第一位『ガイアの魔犬』以外に考えられない。
霊長に対する絶対的殺害権を有するそれから逃げおおせるなど不可能。
追われた人々は、確実に、間違いなく、一人残らず食い殺されるだろう。
それは、士郎達にしたところで例外ではない。
そしてこういう時、衛宮士郎がどういう行動に出るか、遠坂凛は誰よりもよく知っている。

「ちぃ、やるしかないようだな………」
(士郎相手にそれは最悪だわ。もうこいつには、逃げるっていう選択肢はない。
ま、どのみち逃げようとしたら私達も追われて食い殺されるんだろうし、賭けてみるしかないわよね)

奇跡に、ではない。二十七祖が二体、それも最悪の部類に入る二体だ。奇跡の起こる余地すらない。
こんなものを相手に、凛達では逃げおおせる事など不可能だし、ましてや勝つ事などできる筈もないのは明らか。
そんなことは、二人とも先刻承知している。

しかし、今ならまだ相手はアルトルージュ一人。
これでも勝ち目はないだろうが、やりようによってはしばらく命を繋ぐ事が出来る。
夜明けまで持ちこたえれば、生き延びる事が出来るかもしれない。

相手は死徒の姫君、風の噂では「死徒と真祖の混血」と聞く。
ならば、半分とはいえ死徒の血が流れている筈だ。
それなら……

(夜明けさえ来れば、あの女もこの場に居続けるわけにはいかなくなるかもしれない)

それだけが、凛達に残された希望だった。
可能性は低いが、それ以外に縋るべきものがない。
幸いなことに、東の空が白み始めている。
夜が明けるその瞬間まで生き延びる、それが二人の戦いだった。

その狙いには当然アルトルージュも気づいているだろうが、彼女にとってこれは遊戯。
ならば当然、これくらいの制限がなくては面白味がなかった。

(はてさて、どこまで楽しませてくれるのでしょうか?
 まだだいぶダメージも残っていますし、中々期待できそうですね)

はっきり言ってしまえば、先の一撃のダメージはかなり大きい。
なにぶん雷撃とゲイ・ボルグの一撃を受けたのは本調子からは程遠い状態の時。
あの状態では、些細な(アルトルージュ視点)ダメージでもそれなりに深刻なものになりうる。
如何に力を解放したとはいえ、さすがに万全からは程遠い。

だがそれでも、彼女は負けるなどと微塵も思っていない。
そも、この程度の人間を相手に彼女が負ける筈がない。
彼女に致命傷を負わせる得るほどの力をもった人間など、魔法使いを含めても十人いるかどうか。
多少のダメージを受けた程度で、その事実は崩れるものではない。
死徒二十七祖の頂点、真祖と死徒の混血、真祖の王族『ブリュンスタッド』の名を持つとはそういう事なのだ。
そして当然、目の前の二人がその十人でない事だけは明白だった。

「それにしても、大したものですね。この百年、私を黒焦げにし、あまつさえ胸を貫いた者はいませんでした。
 時間を与えた上に、あの槍のおかげもあったとはいえ、それでも見事ですよ」
「よく言う、その傷にしたところですでに消えているではないか」
「まあ、これくらいで私を殺しきるのは無理でしょうね」

これくらいとは言うが、言うほど簡単な話ではない。
十人いれば、十人が確実に死ぬような武装だ。二十七祖でも十分に殺せるほどの。
だが、それを受けきってこその二十七祖の頂点なのだろう。

「さあ、私が護衛も連れずに立ち会うなんて、数世紀に一度あるかないかです。思う存分足掻いてくださいな」
「上等じゃないの。なら、こいつはどうよ!!
『Es last frei.(解放、)Werkzung(斬撃)―――!』」

凛はそういうや否や、懐から取り出した短剣を一閃する。
その軌跡から、膨大な魔力を宿した極光が迸った。
並みの者が相手なら、この一撃で灰燼に帰す事もできただろう。
だがそれほどの一撃ですらも、頂点を討つには到底足りない。

「規模と格は落ちるとはいえ、疑似エクスカリバーみたいなこいつを受けてなんで平然としていられるのよ」
「……本当に驚きました。あなた、シュバインオーグの系譜の者だったんですね」
「一応はね。どう? 朱い月の二の舞でも演じてみる?」
「フフフ、それも一興ですね。一度、それと戯れてみたかったものですから!」

宝石剣の一撃を片手で受け止めたアルトルージュは、攻撃目標を士郎から凛に変更し雪原を疾走する。
それに対し、凛もまた全身全霊の力を以て相対した。

「出し惜しみはなしよ。最初から全開で……薙ぎ払う!!
『Es wird beauftragt.(次弾装填)! Es last frei.(解放、)Eilesalve(一斉射撃)――――!!!』」

その言葉通り、凛は装填できる限界の魔力を切っ先に乗せて放つ。
しかも、それは一度や二度ではなく、息を突く間もないほどの連撃としてだ。

「『Gebuhr, zweihaunder(次、接続)…………! Licht versammelt sich(収束),Alle Befreiung(一斉解放)!!』」
「大盤振る舞いですね。できるなら、私がそこに行くまでもたせてくださいな」
「言われるまでもないわよ! 『Eins,(接続、)zwei,(解放、)RandVerschwinden(大斬撃)――――!!!』」

使えば使うほどに腕の筋肉が千切れていく激痛の中、それでも凛は攻撃の手を休めない。
一瞬でも手を休めれば、その瞬間にアルトルージュの魔爪が己が体を砕くと知っているのだ。
だからこそ、後先考えず、今持てるすべての力を惜しみなく注いでアルトルージュに対するより他にない。
このペースを維持する事だけが、彼女の命を繋ぐ唯一の方法であるが故に。

「『――――――――Ein großer photosphere(大光球) Schnepfe(狙い撃て)!!』
ハァ、ハァハァ、どういう構造してるのよアイツ。これだけ魔力の塊喰らって、なんで傷一つ付かないかなぁ。
『Es last frei.(解放、)Werkzung(斬撃)―――!』」

巨大な光の塊が、薄く鋭い高密度な魔力の刃が、それぞれ無数の軍勢となってアルトルージュを襲う。
にもかかわらず、彼女はそれらを無造作な爪の一薙ぎで蹴散らしていく。
圧倒的で、絶望的なポテンシャルの差。
技術など介在する余地もなく、圧倒的で次元違いの魔性に魔導の奥義は蹂躪されていく。
それを悔しいと思う事さえできないほどの隔絶した存在を前に凛は―――――――――――――――――――絶望してはいなかった。

(頼んだわよ、このペースじゃ私も長く持たない。
アンタのそれで、少しでもダメージを与えるしか、もう手はないんだから)

凛の視界の端に写るのは、彼女が頼りとする唯一人の相棒の姿。
凛が命の危機にさらされながらも、士郎は微動だにしない。
目を固く瞑り、右手を胸に当て何事かを呟く。

「『――――I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)』」

それは、士郎の心を世界に映す為の詩。
彼のみに許された大魔術を起動する為の、世界で一つだけの呪文。
今士郎は、唯その神秘を為すだけの機構となっている。

全ては、最終的に二人で生き残るために。
だがその心中は、決して穏やかなものではない。

(焦るな、ここで失敗すれば全てが終わる。
 凛が意識を引きつけているうちに、何としてでもこれを完成させるしか、俺達が生き残る術はない)

実のところ、アルトルージュは士郎が何かをしようとしている事には気付いている。
しかし、気づいていて何もしない。それでは面白くないからだ。

「『―――Steel is my body.(血潮は鉄で) and fire is my blood(心は硝子)』」
(女の方は第二魔法の限定行使、男の方は神代の武装の使い手……いえ、アレは再現というべきでしょうね。
 そして、今している詠唱は一体何でしょう? まったく、これだから人間は…………本当に面白い)

アルトルージュの顔が喜悦に歪む。
人間は彼女を飽きさせない。科学でも神秘でも、彼女の想像の上を行く。
だからこそこうして人間相手にたわむれるのは、悠久の時を生きる彼女にとって貴重な楽しみだった。
そして士郎と凛は、ここ最近では最高レベルの『あたり』だったと言える。

「『Es wird beauftragt(次弾装填)―――――――Hohe(力の) Wellen(波濤)!!』」
「『―――I have created over a thousand blades. (幾たびの戦場を越えて不敗)』」
「アハハッ、アハハハハハハ! まだ、まだですよ。もっと、もっともっと見せてくださいな。
 あなた達の力を、あなた達の蓄積を、あなた達の研鑽を!」

凛が放つ魔力の本流を掻き分け、士郎の魂の詩に耳を澄ます。
人間はどこまで行くことができるのか、それは彼女にとって何よりも興味深い事柄の一つ。
その人間達の生み出した物を自分はどこまで凌駕できるのか、それは彼女にとって命を懸けるに値する娯楽。
決して彼女は戦闘狂ではない。ただ単純に、子どものように純粋に、自分と人間の力を知りたいだけなのだ。

だがこの遊戯も、終わりが見えてきていた。
ついにアルトルージュの魔爪が、凛の喉元にまで迫る。

「これが朱い月を滅ぼした第二の一端、堪能させてもらいました。
 でも、まだあなた【人間】では私を滅ぼせない」
「そうね、あなたを滅ぼすにはまだ足りない。
でもね―――――――――――手傷を負わせるくらいならできる! 人間、なめんじゃないわよ!!
『Herausziehen(属性抽出)―――Konvergenz(収束)、Multiplikation(乗算増幅)!
 ―――――――――――Rotten(穿て) Sie es aus(虹の咆哮)!!!』」

虹の咆哮数発分の魔力を一点に収束させた上で拳に乗せ、ゼロ距離からアルトルージュの胴めがけて放つ凛。
右手で宝石剣を操りながら、左手で最後の一手を編み上げていたのだ。
その一撃はカウンターの要領で決まり、アルトルージュの体を七色の極光が貫き、吹き飛ばす。

「士郎、今のうちに終わらせなさい! アレなら、数秒で立ち上がってくる!!」
「『―――Unaware of loss.(ただの一度の敗走もなく、)』」

凛の声が届いたのか、士郎の詠唱も着々と進んでいく。
瞬間契約にも匹敵する長詠唱だけに先は長いが、その時間を稼ぐのが凛の役目。
ならば、一撃入れた程度で気が緩む事などない。
そのまま凛は宝石を上空に投げ上げ、静かに詠唱を開始した。

時を同じくして、弾き飛ばされたアルトルージュはその顔に喜悦を浮かべながら、無残な姿になった自らの腹を見る。そこには、腹部を貫通するほどの風穴があいていた。だがその傷も、見る間に消えていく。
強力な復元呪詛を有する彼女にとって、この程度はかすり傷と大差ない。

とはいえ、それは少しばかり長期的に見ればの話。
明日には跡形もなくなり余韻すら残らない傷だろう。
だが、今この時に限れば、このダメージが抜けきるにはもうしばらく時間を要する。
何しろ、ここまでに彼女は無数の雷撃、宝具の一撃、さらには宝石剣の連撃に晒されてきた。
表面的には取り繕われているが、内に蓄積したダメージは尋常ではない。

まあ、並みの死徒であればとっくの昔に死んでいなければおかしいのだが、そこは頂点に立つ者。
この程度では、まだまだ彼女の命には届かない。
だがそれでも、未だ命の危機を覚えない現状でも、自分に確かな傷を与えた人間に、彼女は惜しみない称賛の念を抱いていた。

(“まだ”全開ではないとはいえ、本当に手傷を負わせますか。
 蓄積したダメージも馬鹿になりませんし……あの人間の言う通り、これだから人間は侮れませんね)

それは、紛れもないアルトルージュの本心。
絶対的な力の差を覆そうと足掻くその意思は、生まれながらの超越者である彼女にはないものだ。
それ故に理解できない。理解できないからこそ、彼女は人間のそんなところを警戒していた。
どれほどの超越者であっても、「分からない」ものほど恐ろしいものはないのだから。

「『―――Nor aware of gain(ただの一度の勝利もなし)』」
(動こうと思えばでなくもありませんが……いささか無粋ですね。
このダメージでは動きもそれなりに鈍りますし、醜態を晒すのもちょっと……。
何より、それはあまりにも――――――――――――つまらない)

そうして彼女は傷が完全になくなるまでの間、あえて白銀の大地に身を横たえる。
この傷はあの女があの男につなげる為に、命を賭して付けたもの。
なら、この傷がなくなるまでの間くらいは、待ってやろうと思ったのだ。

とはいえ、凛に黙って傷が癒えるのを待つ義理はない。
当然、この好機を逃すことなく一気呵成に攻め立てる。
例えそれが儚い希望に縋る様な、あるいは自身ですらどれほど意味があるのかと不安を覚えようとも、だ。

「『――――Wahrheitball(真球形成)、Leichte Anstiege(魔光汪溢)
――――Herbst vom Himmel(天の原より来れ)―――――Laß die Sonne fallen(堕ちろ、燐光の鎚)!』」
(と、あまり余裕ぶっている場合ではありませんか。
 これ以上ダメージを受けると、さすがに“抑え”がきかなくなるかもしれませんしね)
「『―――Withstood pain to create weapons.(担い手はここに孤り)』」

宝石剣から魔力を供給された光の球がアルトルージュの真上に形成され、それは加速度的に大きさを増していく。
しかもその数たるや五つ。その威力は、先ほど凛が放った『虹の咆哮』にも迫るかもしれない。

そして、如何なアルトルージュとて、『今の状態』でこれ以上ダメージを受けるのは危険だ。
今の彼女の力は、蓄積したダメージのせいもあってだいぶ弱体化している。
それこそ、現状では祖の中で最下位扱いになってしまうほどに。

無論、この程度でくたばるほど甘くはないが、それがかえって危険なのだ。
彼女は真祖と死徒の混血。この両者には数多の差異があるが、共通点もまたある。
その一つが吸血衝動、その意味合い、理由こそ大きく異なるが、それでも両者に共通してそれはあるのだ。
あまりダメージを受け過ぎると、普段は抑えているそれが首をもたげるだろう。

(そんな事になっては、折角の楽しい時間が終わってしまいますね。
 となれば、何としてもこれを受けるわけにはいきませんか。
彼女には少し悪い気もしますけど、背に腹は代えられませんし……)

アルトルージュはそう結論し、この戦いが始まって初めて逃げを打つ。
まだ癒えきっていない傷を抱えたまま起き上がる。
そして、尋常ならざる…だが先ほどより確実に遅い速度でその場から離脱した。

結果、凛の追撃は虚しく雪原に沈む。
しかし、凛はそれを口惜しんではいない。

「ったく、やっぱり狸寝入りしてたか……。趣味が悪すぎんのよ!」
「ああ、やはり気付いていましたか。なんとなくそんな気はしていたのですが……」
「ったり前でしょうが!! この程度で動かなくなるなんて、それこそ物理的にあり得ないわよ」
「まあ、事実その通りなのですから、返す言葉もありませんね」
「でも、さすがに傷が癒えきってないみたいね、動きが鈍いわよ。
『Es wird beauftragt(次弾装填)―――――Licht versammelt sich(収束),Alle Befreiung(一斉解放)!!』」

そうして、凛はさらに莫大な魔力の乗った一撃を放つ。
アルトルージュはそれを正面から受ける事はせず、ヒラリと軽やかに紙一重の所で回避していく。

それが幾度繰り返されただろう。
一見すれば、凛の攻撃は無駄打ちに写る。
だが、これまでアルトルージュは全てを力づくでねじ伏せてきた。
その彼女が、回避に回っている。見る者が見れば、それは愕然とするような光景だ。

それも、怒涛の攻撃の全てを回避しきる事は今のアルトルージュの状態では難しいのか。
彼女の体にはわずかずつであるが、小さくない傷が刻まれていく。

しかし、それも時間の問題。刻一刻とアルトルージュの傷は癒えて行っている。
しかもその速度は凛が傷を与える速度を凌駕し、受けた傷の悉くが見る間に消えていく。

そしてその反対に、凛の顔には疲労と焦燥が色濃く浮かび上がっていく。
無理もない。確かに傷を、ダメージを与えているのに、つけた傍からその傷がなくなっていくのだ。
それはつまり、アルトルージュがさらに力を解放し安定してきていることを意味していた。

たとえば自転車がそうであるように、いっそ速度を出した方が安定するものがある。
今のアルトルージュがまさにそうなのだが、そんな事は凛にとってなんの意味もない事実だったろう。
例え、ヒトの身でここまで彼女の力を引き出した者がそういないとしても……。

(仮にそうだったとして、それになんの意味があるんだっての……。
 『よくやった』とでも言って、自分を慰めろとでも?
 生き残れたならそれも良いけど、今はそれどころじゃないんだから!!)
「『―――waiting for one's arrival(剣の丘で鉄を鍛つ)』」
(士郎の詠唱もあと少し。なら、何があろうとそこまで繋ぐっきゃないでしょ!)

そう、だからこそ凛は生き残るために最善を尽くし、その為に尚足掻き抜く。
全ては、自分と相棒が生き残る為に。

「あっちも終わりが近いわね。なら、少しそこで休んだらどう? 手伝ってあげるわよ」
「あら、どうやってですか?」
「こうやってよ!!
『――――Belasteb Zunahmen(天蓋失墜)、Einheit entspannt sich(結束解体)
――――Provoziere es im Tod(黄泉の門を開く)――――――Begrabe einen Sarg(沈め、礫塊の棺)!!』」
「あ、これは……」

途端、アルトルージュの周囲にそれはまでと比較して、なお強力な魔力が生じる。
そしてその結果、アルトルージュの体が雪原に沈む。
先ほどとは比べ物にならないほど強力な重力場が、彼女を雪に埋める。

否、雪どころではない。
それこそ厚い雪と氷の層を貫き、さらに下にある大地さえも泥状になって沈下していく。
唯の高重力空間ではなく、同時に足元の雪や大地の結束を崩し、一種の液状化現象に近い現象を引き起こした結果だ。普通に考えれば、底なし沼の如くアルトルージュの体は地の底に沈んでいく事だろう。
そう、普通に考えれば……。

「『―――I have no regrets.(ならば、)This is the only path(わが生涯に意味は不要ず)』」
「惜しかったですね、もう少し早くこれを使っていれば、私を地の底に一時的に封じる事も出来たでしょうに。
 さすがに、これだけの大魔術を発動するには、時間がかかってしまいましたか……おかげで、だいぶ復元させていただきましたよ」

その言葉通り、アルトルージュは今なお地上にいる。
周囲の情景から、未だに桁外れの重力場が存在している事は明白だ。

ならば、なぜ彼女は沈まないのか。
それはひとえに、彼女が自身にかかる重圧の全てを相殺しているからに他ならない。
それは空想具現化によるものなんか、それとももっと別の何かなのか。それは凛にもわからない。
あるいは、それこそ力技で圧し掛かってくる重圧を支えているだけという可能性すらある。

だが一つだけ確かなのは、これでもなおアルトルージュの動きを制限するので精一杯という残酷な事実だけ。
それだけの力を行使できるほどに、彼女は回復してしまっていたのだ。
しかし、凛はそれで構わぬとばかりに重圧をかけ続ける。

「そうみたいね。でも、それならそれで、このままそこに縫い付けてやるだけよ!!」
「なるほど。つまりこれは、彼の詠唱が終わるまでに私が術を破るか、あるいはあなたが術を維持できるかの戦いという事ですね。中々面白い趣向です、乗って差し上げましょう」

そう、確かにアルトルージュは自身にかかる重圧を何らかの方法で防ぎ地上に立っている。
だが、同時に彼女は先ほどからその場から動いていない。
その意味するところは、今はまだ互いの力が拮抗しているという事。

それなら凛のする事は決まっている。
士郎の詠唱が完了するその瞬間まで、何としてでも術を維持し続けるのみ。
対して、アルトルージュはその言葉通り、術から抜け出すのではなく術を破る事に力を注ぐ。
アルトルージュは悠々と術を破戒しようとし、凛は必死の相貌で術を維持する。

そして、それは間に合った。
ガラスにヒビが入っていくような音が響く中、士郎の口が最後の呪文を紡がんとする。
その事に気付き、さらにアルトルージュの笑みが深くなった。

(完璧なタイミングですね。
私も彼女も狙ったわけでもないというのに……これが人間達の言う『信頼』や『愛情』のなせる業なのでしょうか? さあ、待っていた甲斐があるか、最後のトリを飾るにふさわしいか、私に見せてください!!)
「……さすがに限界、か。後は任せたわよ、士郎」
「ああ。『―――My whole life was(この体は、)”unlimited blade works”(無限の剣で出来ていた)!!!』」

アルトルージュが術を破り凛が倒れ伏すのと、士郎の詠唱が終えたのは全くの同時。
その瞬間、白銀の大地に二本の赤い炎の線が生じ弧を描く。
二本の線は一つとなり、内と外を分ける境界となる。
そうして隔離された円の内側で、世界は崩壊し――――――――――――新たな世界が産声を上げた。

それは、先ほどまでの白い世界とはまったく別種の赤い世界。
ダイヤモンドダストの代わりに舞うのは、数え切れないほどの火の粉。
夜空は夕焼けのように赤く染まり、重く厚い雲が天蓋のように空を塞ぐ。
地を埋め尽くすのは雪ではなく、荒野に屹立する古今東西の魔剣・聖剣・妖刀・神槍から無銘の刃まで、気が遠くなりそうな武器の数々。それらが、あたかも墓標のように無造作に断ち並ぶ。

その作り変えられた現実を前に、さしもの死徒の姫君も感嘆を禁じえない。
それは本来、千年にも及ぶ研鑽の末にさえ至れるか否かという領域。
二十七祖の中にあっても、使える者が限られる禁呪。
それを一介の魔術師が為したとなれば、千の賛辞を以てしても到底足りない。
何しろ、彼女ですらこれを見た事など数えるほどしかないのだから。

「…………素晴らしいです。これがあなたの能力の秘密、これがあなたの世界、これがあなたの心。
 何度見ても思います、どのような形、どのような思いを抱いていようと、心を形にした物は須らく美しい。
 人間達の目にどう映るかは分からないけれど、この世界はどんな名画にも勝る芸術ですよ」
「…………………」
「あら? どうなさいました?」
「いや、今までそんな事を言われた事がなくてな。どう反応していいか、正直困っていた」
「どう反応していいか? そんな事は簡単ですよ。
誇りなさい、芸術は須らく作者の心を形にした物。なら、心の全てを形にしたこの世界は、至高の芸術です。
そこに貴賎はない、そこに優劣はない。あるのは唯、『美しい』という現実だけです。
世界は唯美しくあらんとするのみ。ならそれは、この『世界』にも言える事でしょう?」

死徒の姫君からの、虚飾を排した純粋な手放しの称賛に士郎は戸惑う。
だが、やがてその言葉の意味するところを理解する。

(なるほどな。つまり、はじめからこのお姫様は俺達【人間】を知りたかっただけなのか)

戦っている間中、ずっと敵意も殺意も何も感じなかった。
一度はなめられているのかとも思った。それだけの実力差があるのだから仕方ないとも。

だが、それは全て間違いだった。
アルトルージュという存在は、ただ相手の本質を、根幹を知ろうとしていただけ。
戦闘など、彼女にとってそのための手段の一つにすぎなかったのだ。
友人になる為ではない、理解し合う為でもない。知ってもらう為ではなく、ただ一方的に知りたいがために。
相手の全てをさらけ出させる為に、徹底的に追い込もうとしただけなのだ。
彼女に理解者は必要ないからこその、ある意味最も完成されたあり方だった。

(とはいえ、気を抜けば本当に殺されるのだからたまったものではないな。
 今にしても、ここでやめようものなら八つ裂きにされかねん)

士郎にはそれがわかっていた。知ることが目的であるが故に、生かす事など慮外。
彼女と対峙して許される選択肢は、「殺される」か「結果的に生き残る」だけ。
生かされる事など、ありはしない。

「行くぞ死徒の姫君。私を知ろうと欲するのなら、我が全身全霊その悉くを打ち破ってみるがいい!!」

士郎は両腕を翼のように広げ、それに呼応する形で地に突き刺さる剣軍が浮き上がっていく。
そして、天高く掲げられた腕を振り下ろすと、全ての剣が王命に従うかの如くアルトルージュに向けて殺到する。
その豪雨の様な剣の軍勢を前に、アルトルージュは息を突く

「さすがに、これは“このまま”だと少し危ないかもしれませんか。
 あの女から受けたダメージもまだ完全には消えていませんし……」

傷こそなくなったが、凛から受けた攻撃のダメージの蓄積はかなりの物だ。
凛が無数に放った魔術の数々、それらは確かにダメージを与えていた。
だからこそ、その上これだけの概念武装や宝具の連弾にさらされるのは危険。
如何に二十七祖の頂点といえど、限界は当然存在する。

そう、“このまま”ではそろそろ限界が近づきつつある。
となれば、“このまま”なければいいだけの話。

「ああ、この姿を晒すなんて、本当にいつ以来でしょうか。あなた達には、それだけの価値がある」

そうアルトルージュが呟いた瞬間、彼女は剣の軍勢にのまれた。
だが、士郎も凛もそれに安堵する事は出来ずにいる。
なぜならアルトルージュがのまれる瞬間、空気が一変したからだ。

「ちょっと……なんなのよ、これ……」
(空気が、重い。とてつもない重圧と絶望感、何が起こっている……)

まるで、目の前に隕石でも迫っているような、そんな印象。
抗う事など、立ち向かう事など想像することさえできない、圧倒的で絶対的な何か。
それが、突如として士郎達の全身に圧し掛かった。

しかし二人は即座に理解する。
今まで垣間見ることさえできなかったアルトルージュの力の底、その一端がほんのわずかだけ顔を出したのだと。

「これが、二十七祖の頂点だと? 化け物なんて言葉でも生温い……」
「一端のさらに一端に過ぎないはずなのに、私達とどれだけ差があるってのよ」

今まさに目の前でその変貌を目の当たりにしたからこそ、士郎にはそれがわかった。
魔術師の総本山、時計塔でも指折りの優れた魔術師であるが故に、凛にもそれがわかった。
だが、どれほどの差があるか理解できない。自分たちでは、比較対象にすらならないと言う事しかわからない。
もし相手が「最古参」と呼ばれるような祖や、それに近い力を持つ祖でもない限り、二人とて「二人でやっても絶対に敵わない」とまでは思わないだろう。
分は悪いにしても、事実上手く立ち回れば「なんとかなるかもしれない」位の力はある。

しかし悲しいかな、相手はその「最古参」をも従えるような別格。
規格外の化け物揃いの祖の中にあって、尚他の追随を許さぬ者。
真祖の血を継ぐ、血と契約の支配者にして黒血の月蝕姫。
霊長最強の魂とまで称されるサーヴァントをも容易く凌駕するもう一人の朱い月の後継者、黒と対をなす白、真祖の姫『アルクェイド・ブリュンスタッド』と並び立つ存在。
遭遇し戦闘になった事、それ自体が敗因になる様な力の持ち主なのだ。

(あのジジイ、どうやってこんなの倒したのよ……。
 これじゃ、両腕が使えたって足止めすらできないじゃない)

凛の左腕は、すでに宝石剣の使い過ぎでボロボロ。同様に、右腕もまた限界ギリギリの魔術行使に焼けただれズタズタだ。これでは使い物にならないが、その事実さえ今は気休めにもならなかった。
仮に両腕が顕在でも、どうにもならないという現実を叩きつけられているが故に。

その上、現在進行形で彼女の魔力は桁外れの勢いで消費されている。
理由は言うまでもない、固有結界だ。士郎はすでに真名解放を一回使っているし、唯でさえ魔力量は多くない。
ならば、夜が明けるその時まで結界を維持するには別の所からの補給を必要とする。
それが凛の役目。もし援護しようとして魔力を使えば、それこそ士郎の足を引っ張る事になる。
故に彼女には、最早傍観に徹する以外の選択肢は存在しなかった。

「死ぬんじゃないわよ、士郎」

彼女にできるのは、士郎の無事と早く夜明けが来る事を祈るだけだった。
そんな俺の無力さに、凛は歯噛みし綺麗な唇をかみちぎる。

そして、今まさに戦場に立つ士郎は、あらんかぎりの力を振り絞りその全てをアルトルージュに叩きつけていた。
それはある意味、消えかけた蝋燭の最期の灯に似ていたかもしれない。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

砲弾のように射出される数多の武装、その数は優に千を超える。
だがその全てをアルトルージュは時に軽やかに回避し、時に力技で打ち落としていく。
それは一種の舞いとなり、轟く着弾音すらも引き立て役へとなり下がる。

未だかつて、ここまで真っ向から固有結界『無限の剣製』に挑んだ敵はいなかった。
小細工抜きで、己が身一つで、剣の丘を凄まじい速度で駆け抜けていく漆黒の吸血姫。
その顔には、溢れんばかりの笑みが浮かび、状況が状況でなければ思わず見とれた事だろう。

「アハハハハハハハハハハハハハハ!! 素晴らしい、本当に素晴らしいですよ、あなた方は!!」
(これが、この姿が、この力が……ブリュンスタッドの名を持つ者の本領か……)

アルトルージュの姿は、先ほどまでのそれからさらに変化している。
十代後半の少女と女性の中間の姿から、二十代中頃の艶やかで妖艶な美女へと姿を変えていた。
おそらく、これが彼女の本来の姿にして本当の力。
その力に、士郎は最早絶望することすらできずにいた。

ブリュンスタッドの名を持つ者と、他にも出会った事がないわけではない。
殺人貴と共にあるもう一人の姫君と、少なからず顔を合わせた事はある。
だが彼女は、士郎達の前で一度としてその本領を発揮した事がない。
単純にその必要がなかったのだ。大抵の敵は彼女にとって敵にならないし、士郎達も彼女がいる場で殺人貴と事を構えようとはしなかった。負けると分かりきっていたからだ。
だからこれが、士郎達が初めて目にするブリュンスタッドの本領の切れ端である。

(結界が消えるのが先か、奴がたどり着くのが先か……。まあ、恐らくは後者なのだろうがな)

最早、士郎の鷹の眼を以てしても視認すら困難な速度で振るわれる両腕。
髪を振り乱しながらも、決してその優美さが、妖艶さが損なわれる事はない。
同時に、髪の隙間から垣間見える瞳はその紅さを一層増しているように思われた。

侵攻の速度は衰える事を知らず、いくら数を投入しても焼け石に水。いや、この場合は火山か。
赤い大地と剣の雨の中にあって、漆黒のドレスと白磁の肌は異様な美しさを放っている。

だが、士郎にそれを注視している余裕はない。
アルトルージュが見えない腕を一振りすると、彼女に迫っていた戦斧が消えた。
そしてその直前、士郎は嫌な予感……いや、泥のように纏わりつく死の気配に従い、大きく体を傾ける。
すると、何かが士郎の頬の横を通り過ぎ……いや、僅かにかすめていった。

「ちぃ!? 殴った宝具をこちらにはじき返すなんて、バカかあいつは!
 常識外れにもほどがあるぞ!?」

そう、アルトルージュはよりにもよって、宝具のピッチャー返しを行ったのだ。
しかもその速度は、士郎の目ですら視認できない超高速。
並みの者であれば、当たった事に気づく間もなくミンチになり絶命していただろう。

しかも、それは一度や二度ではない。
大体のコツをつかんだのか、その後連続して致死性のピッチャー返しが士郎を襲う。

この瞬間より、両者の立ち位置は完全に逆転した。
最早士郎には、攻め続けると言う唯一のアドバンテージすら許されない。
彼はなんとかアルトルージュの足を止めようと剣軍を放つ一方、飛来するはじき返された宝具から逃げ続ける。
アイアスを使えば防げるだろうが、魔力を惜しむのなら真名解放はできない。
そんな事をすれば、結界の維持時間を大幅に削ることになる。
それは、自殺行為以外の何物でもない。

そうこうしているうちに、士郎の体は朱に染まっていく。
飛来する宝具の速度は、士郎の回避限界スレスレ。
手近な武器と相殺するか、あるいは辛うじて回避するの連続。
それを繰り返せば、自ずと士郎がボロボロになっていくのは必然だった。

そして、やがてそれも終わりを迎える。
だがそれは、決して士郎が限界を迎えたからではない。
ついにアルトルージュが、その間合いに士郎を捉えたのだ。

「大したものです。今の私を相手にこれだけ抗えた人間も珍しい。
 約束通り、あなた達の名前を聞かせてくださいな。その名、永劫刻む事を約束しましょう」
「もう過去系かね? というより、なぜ今のタイミングなのだ?」
「? 次であなたは死ぬでしょう? なら、いま聞くしかないではありませんか」

その言葉に、士郎は「やはり」と思う反面、僅かな光を見た。
相手の中でこの戦いはすでに終わっているのだろうが、現実的にはまだだ。
実情はどうあれ、士郎はまだ生きている。とどめを刺し、死亡を確認するまでが戦い。
それを怠ったという事は、アルトルージュの中に油断が生じたという事。

どれだけ取るに足らなく、どれだけ彼我の力に差があろうとも、油断は油断。
ならその油断を突けば、あるいは……。
しかし、今はまだそれを悟られるわけにはいかない。

「衛宮、衛宮士郎だ。彼女は遠坂凛。これでいいかね?」
「ええ。シロウにリン、あなた達の事は千の時を経ても忘れません。
さようなら、楽しい時間をありがとうございます」

それだけ聞いて満足したのか、アルトルージュはその身を低くし疾走の構えをとる。
士郎はそれに対し、最後の力を振り絞って叫ぶ。

「……………………凛も言ったろう、人間をなめるな!!!」

アルトルージュが動き出す直前、バーサーカーの斧剣とハルバートという超重武装を放つ。
そしてその瞬間、アルトルージュの姿が消えた。
それはもう、人間の反射の限界を越えた速度。
人間は撃たれた弾丸を見てからかわせない。これは、それと同じレベルだった。

だがそれなら、発射のタイミングを見極め、弾道を予測することで回避することもできるのではないか。
アルトルージュが動く寸前、最後の剣弾を放ったその瞬間、士郎はすでに動きだしていた。
あの体勢では、最後の剣弾をはじく可能性は低い。
アルトルージュならば武装を砕いて進むこともできるが、飛来するそれが宝具である可能性を考慮するのならその選択肢はまずとらない。宝具が相手となれば、多少でもダメージを負う事はすでに分かっている。

決着を宣言したからには、これ以上の傷を負う事を彼女がよしとする筈もないだろう。
故に、取られる選択肢は『飛来する武装を避けての攻撃』の筈。
彼女なら、動き出すその瞬間に進路を変えることくらいは造作もないだろう。
なら後は、限定されたその軌道を読み切れば回避は不可能ではない。

長年死線を彷徨う戦場と厳しい鍛錬に明け暮れた士郎が得たスキル「心眼」。
それは、修行・鍛錬によって培った洞察力。窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、活路を見出す“戦闘論理”。逆転の可能性が1%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。
それを以て士郎は、アルトルージュという凶弾の軌道を読み切った。

しかし、人の身の限界はいついかなる時も存在する、冷徹かつ残酷なまでに。
即ち、攻撃の軌道は予測できても、士郎にはそれをかわせるだけの運動性能はなかった。
つまり……

「がっ…あ、あぁぁぁぁぁぁぁあぁぁあっぁあぁあぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁあぁぁあっぁあぁあぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁあぁああっぁあっぁぁあぁあぁぁ!!」

響き渡るのは断末魔の如き絶叫。
爪なのか、それとも牙なのか、あるいはもっと別の何かによるものなのか。そもそも、敵は自分に触れたのか。
それすら判然としないが、士郎の左腕は肩から少し先がなくなっていた。
士郎は口からただならぬ量の血を吐きながらも、残った右手で傷口をつかむ。
だが、その程度では止血にすらならない。血は止めどなく溢れ、唯でさえ赤い荒野をさらに紅く染める。
しかし最後の一滴まで流れ出すように見えた紅い命の噴水も、その全てが吐き出される事はなかった。

「……と、『凱甲…展開(トレース…オン)』…………」

士郎は激痛に苛まれながらも『剣鱗』を展開し、無理矢理傷口をふさいで止血する。
剣と剣が噛み合い、さながらジッパーの如く傷口を閉ざした。
僅かに血が漏れ出してはいるが、それでも先ほどまでの様な大出血というわけでもない。
少なくとも、これで出血死する事はないだろう。
その代わり非常に荒っぽい処置のせいで、傷口はより一層酷い有様になってしまったが……。

だが、士郎が受けたダメージはそれだけではない。
今のアルトルージュの一撃がかすめたのか、左側の肋骨が全壊し内臓を傷つけている。
士郎の口からも零れる血は、内臓が深刻なダメージを受けた証だった。
それらから伝わる激痛は、最早想像を絶する。と同時に、「無限の剣製」が大きく鳴動した。

(ヤバ!? 唯でさえ魔力が底を尽きかけているのに、今のショックで結界が揺らいでるじゃない!)

士郎からやや離れたところでその光景を目の当たりにした凛は、状況の悪さに目を見開く。
無理もない。一瞬でも長く固有結界を維持することが、彼らの勝利条件を満たす唯一の方法なのだ。
ならば何があろうと、今ここで結界を崩すわけにはいかない。

そもそも、固有結界とは術者の心象風景を具現する大魔術。
それすなわち、術者の精神状態がもろに影響すると言う事。
如何に自分の命に価値を見出せない士郎とはいえ、腕を失えばショックも痛みもある。
それは彼の鋼の精神に僅かな動揺を与え、唯でさえ魔力不足で不安定になりつつある結界を揺るがしていた。

「気張りなさい、士郎! ここでアンタが崩れたら、全部水の泡なんだから!!」

何もできない自身の無力さに奥歯を噛みしめ、痛む両腕に眉をしかめながらも、声を大にして士郎を叱咤する。
士郎は文字通り血反吐を吐きながらも必死に結界の維持に努め、剣弾を待機させつつアルトルージュの姿を探す。

そして、それはすぐに見つかった。士郎の背後、およそ五十メートル先。
そこでアルトルージュは士郎に無防備にも背を向け、その右手に士郎の左腕を握っていた。
士郎はすぐさまそこに向け有りっ丈の剣弾を叩きこむが、その全てが空を切る。

彼女はそれまで以上に軽やかに、いっそゆっくりにさえ見えるほど優雅な動作でその全てを回避したのだ。
だが、そんな超絶技巧を披露した本人はというと、実に不思議そうに先ほどの事態を反芻していた。

「おかしいですね、確実に心臓を抉っていたはずなのに……?
 あなた達の言う通り、侮っていたのでしょうか? でもどちらかというと、あなたのした事は軽い奇跡だと思いますから、私に非があるのではなくて、あなたが私の予想を越えたというべきでしょうね、この場合は」

身体には最早痛み以外の感覚はなく、口の中は血の味しかしない。
士郎が意識を保っていられるのは、ひとえに痛みが気つけになり、喉と口を満たす血の不快感があればこそだ。
それらにしたところで他の五感同様、徐々にだが確実に感覚に幕が掛かり、霞み、遠ざかっていく。
当然、身体を支える脚からも力が抜け、自身が立っているかどうかさえあやふやになりつつあった。
それはつまり、それだけ死が士郎に迫りつつあるという事だろう。
しかしそれでも、士郎は総身の力を総動員して意識をとどめ続ける。

「かっ、はぁ……ごぼっごほっごほっ、そんな事はどうでもいいがね。まだ、やるのかな?
 一度仕留め損ねた相手を二度襲うと言うのは、君としては…どうだ?」
「そうですね、さすがにそれはちょっと無様過ぎますか。でも、これくらいなら問題ないでしょう?」

そんな士郎のダメもとの問いに答えつつ、アルトルージュは自由な左手を一閃した。
すると、それまで辛うじて維持されていた結界は途端に砕け散る。
そうして現れた外界は、まだ完全に夜の帳が明けきってはいない微妙な時間帯だった。

同時に、唐突に再び晒された極寒の空気により、士郎の全身の傷口は血液もろとも凍結していく。
当然、失われた左腕も剣鱗もろとも血液が凍りつく事で完全に止血された。
しかし、剣鱗と言う「金属」で直接塞がれている左腕には、あまり時間は残されていない。
早く剣鱗を解除して処置しなければ、本当に壊死してしまうだろう。
だがそれらの事に気付くことすらできないほど、結界を破壊されたという事実に士郎は愕然となる。

「そんなに驚くほどの事ではありませんよ。あそこまでガタガタなら、壊すことくらいは簡単です」
「言ってくれる、一応あれは…私の秘中の秘なのだが…ね」

そこまで言ったところで士郎は力尽きたかの様に、あるいは諦めたかの様にその場で崩れ落ちる。
氷結しているとはいえ、目に見える傷は多々あり、左腕まで失っているのだから当然だが、それだけではない。
極限の戦闘を続けた精神的疲労、限界まで絞り尽くした魔力、そして最後のアルトルージュの一撃の余波で左腕を奪われ左側の肋骨もぐしゃぐしゃだ。正直、それまで立っていられたことこそが不思議な有様だろう。

よく見れば、凛もまた雪原に倒れ伏したままだった。
原因など分かりきっている、魔力の枯渇以外にあるまい。
それだけ、二人にとってこの戦いは限界ギリギリのものだったのだ。
それこそ、身動き一つできないほどに消耗するくらい。

「ハァハァ、ハァ……後は好きにするがいいさ、もはや立つ余力もない。私の…敗北だ。
 だが、頼みがある。この命はくれてやる、だから……」
「彼女を見逃せと? バカにしているのですか?」

その答えは、ある意味予想通りのものだった。
そんな取引などしなくても、アルトルージュは容易に士郎を殺せる。
最早これは交渉とさえ呼べないものだったが、それでも士郎はそう懇願せずにはいられなかった。
せめて、せめて凛だけは……。誰に対しても平等であらねばならない正義の味方としては失格かもしれないが、それでも士郎はこんな時くらい誰よりも大切な人を守りたかった。

「それが叶わぬというのなら…………君を道連れにするだけだ」

できるかどうかは思慮の外。ただ「やる」。それ以外の選択肢など、この時の士郎には存在しなかった。
そして、士郎の言葉は唯の苦し紛れでもなければ、単なるハッタリでもない。
死を前にした今となっては、魔術回路が焼き切れたところで問題ないのだから、いくらでも無茶ができる。

(手がないわけではない。もう一度、コンマ一秒でも固有結界を展開できれば手はある。
 試した事はないし、試す事も出来なかったが…理論上はできる筈だ。
 彼女を道連れに固有結界を消滅させれば、あるいは……)

固有結界は、魔術であると同時に一つの世界だ。
なら、それを「魔術として消滅」させるのではなく「一つの世界として自己崩壊」させればどうなるか。

それは、未だ誰も試した事がない究極の捨て身の術。何しろ、そんな事をすれば自分が死ぬ。
固有結界はその性質上、例外はあるが術者も敵も基本的に結界よって括られた“世界”の内側に存在する。
もし、それを一つの世界として崩壊させる事が出来れば、それは一種の空間消滅に匹敵する可能性があるだろう。
当然、その内部にいる者はそれに巻き込まれ、跡形も残さず消え去るはずだ。
いやそれ以前に、術者は自身の心象風景を消滅させることになるのだから、先に精神的な意味での死を迎えることになるだろうが……。まあそれにしたところで、数秒程度の差でしかないだろう。

だが、そんなものに巻き込まれれば、さすがの頂点でもただでは済むまい。
殺しきれるかは疑わしいが、それだけが現状士郎に打てる唯一つの手だ。
魔力も残り少ない。刹那でも発動できるか分からないが、それしかない。

とはいえ、それも所詮は机上の空論。試した事はないし、試した者も知らない。
本当にそんな事ができるのか、できたとして期待しているような効果があるのか、全てが未知数。
最悪、士郎は廃人となるだけにとどまり、現状が全く変化しない可能性すらある。
しかも、その可能性は恐ろしく高い。それでも、それに縋るしか士郎にはなかった。

「おやめなさい。自己犠牲は確かに美しいかもしれませんが、私の好むところではありません。何よりそれはあまりに無意味です。
いえ、そもそもあなたは、私がそんな無様を晒すと思っているのですか? 私はあなた方を殺そうとし、あなた方は生き残った。それが全てですよ。
 勝ち負けを言うのなら、これがあなた方【人間】の勝利でなくてなんだと言うのですか」

士郎の思考を先回りするようにかかる、アルトルージュの制止の言葉。
それは、到底素直に信じられるようなものではない。
どこの世界に、折角仕留めた獲物を見逃す獣がいるというのか。
彼女が遊んでいただけにしても、それはいくらなんでも酔狂過ぎる。

「本気で、言っているのか?」
「当たり前でしょう。本来、私と対峙した時点であなたの死は決定していたのです。
それをたった一度とはいえ、曲がりなりにも覆したのですから」

先ほどはああ言ったが、こうして生き残れた事が士郎は今でも信じられず、イマイチ実感がわかない。
ただアルトルージュの顔は、不機嫌そうであり、同時に楽しそうでもある事が印象深かった。
それはおそらく、思い通りにならなかった事への複雑な感情なのだろう。
しかし彼女は、口に出してはこういった。

「ええ、人間にしては楽しめました。
 まさかこんな所、こんな時代で守護者になる資格を持つ者と会うとは、思ってもみませんでしたから」

士郎はそれを聞き、思わず目を見開く。
一体何を以てそう判断したのかはわからない。
だが彼女の眼には、確かに士郎がその資格を持つ者として映ったのだ。
士郎と凛、それに桜以外知らない筈の事に気付いたという事実。
改めて士郎は、この姫君の規格外さを思い知った。

「本当に、月が綺麗だったので散歩に出たのは正解でしたね」
「おい、それがここにいた理由なのか?」
「? そうですが、それが何か?」

まさかそんな理由でこんな目にあったとは思っていなかっただけに、というか思いたくないので、士郎は思わず残った右手で眉間を押さえる。全身を襲う痛みも、倦怠感も、失った左腕も気にならない。
何かの気まぐれで殺されてしまうかもしれないという懸念すら消えうせた。
それほどまでに、彼女の発言は士郎にとって頭が痛かったのだ。

「まあ、正確に言えばここは私のお気に入りでして……。
この時期、この場所で満月の夜に見るダイヤモンドダストは、本当に美しいのですよ」
「まさか、吹雪が突然止んだのは……」
「はい、少々邪魔だったので無理にどいていただきました。具体的には……」
「その話はもういい!? 頼むから話題を変えてくれ!」

いったいどうやってどかしたのかは大いに疑問だが、士郎はそれを聞く事を拒んだ。
聞けば絶対に後悔する、そんな確信があったからだろう。
聞くところによると、アルトルージュには空想具現化は使えない。
それが力を抑えた状態だからなのか、それとも解放してもそうなのかは定かではない。
だが、使えなくてもこいつなら力技で何とかしてしまえる気がするから恐ろしい。
むしろ、その可能性が怖くて士郎は聞く事を拒んだのだ。

「ああ……情けなさ過ぎて死にたくなる」
「そんなに死にたいのなら、手伝いましょうか?」
「いらん!!!」

意外に、というか妙にズレた事を言う姫君に士郎は怒鳴る。
それで不評を買って殺されるとしても、そんな事はどうでもよかった。
そんな下らない理由でこんな死闘をさせられたのかと思えば、これくらいは言ってやらないと気が済まないのだ。
というよりも、そうやって愚痴っていないとやっていられないと言う方が正しいかもしれない。

「そうですか。まあ、それはともかくとして、今の問いに答えた代わりに一つ聞かせていただきたいのですが」
「なんだ?」
「あなたはなぜ、ここにいたのですか? それも、あの人間達を助けようとしているようにも見えましたが?」
「ズバリその通りだよ。何か問題でも?」
「いえ、あまりに魔術師らしからぬので」
「ああ、生憎と俺は魔術師じゃない、魔術使いだ。俺が求めるのは根源でも魔法でもない」
「では、何を?」

士郎の答えに、アルトルージュは興味があるのかないのかよくわからない表情で問う。
相手がそんな表情だったからだろう、士郎は僅かに思案しつつもその本心を久方ぶりに他人に吐露した。
もう最近では、凛の前で位しか口にしなくなっていたその単語を。

「………………………………………正義の味方」
「なんですか、それは?」
「なに、か…………確かに、君には理解できないものかもしれんな。いや、理解する必要すらないのか。
 そんな余分なものなど、本来君にとっては必要ではないし、あっても害悪にしかなるまい。
だが俺は、誰一人取り零すことなく、みんなを救う正義の味方になりたい。それだけを、追い求めてきたんだ」

流れたのは沈黙、アルトルージュは士郎の言葉を笑うではなく、だからと言って感想を述べるわけでもない。
只黙ってその言葉を租借し、彼女なりに理解しようと努めていた。
そして、ゆっくりと彼女は口を開く。ただし、最後まで彼女は士郎の夢について自らの考えを述べはしない。
それがなぜなのかは、恐らく本人にしかわからないだろう。

「……そうですか。では、今宵は楽しませていただきましたし、褒美を取らせましょう。
 あなたの存在、能力ともに稀有なものですが、何よりも貴重なのはその在り方。
 あなたがどのように生き死ぬのか興味があります」
「なに?」

士郎は饒舌にそう語るアルトルージュに、思わずいぶかしむような表情を浮かべる。
無理もない、士郎が夢を語った相手で誰一人としてこのような反応を示した事はないのだから。

「あなたの奮戦と理想に敬意を表し、今宵は腕一本を代価に、この場にいた人間その全てを見逃しましょう。
 精々足掻きなさい人間。あなたの望みは、ある意味魔法にさえ匹敵する」

それだけ言って、アルトルージュは士郎に背を向ける。
その胸には、血に濡れることもいとわず士郎の左腕が抱えられていた。
背中からでは表情はわからないが、滲み出る空気はどこか上機嫌そうな印象を与える。
彼女にとって、これまでの戦闘もそれに費やした時間も、そして最後に得た戦利品も満足のいくものなのだろう。
それこそ、都合よく見つけた月夜の晩酌を捨てたところで、惜しむ気持ちの欠片も浮かばないほど。

士郎にしてみれば、自分の腕など持ち帰ってどうするつもりなのか甚だ疑問なのだが、恐ろしくて聞けない。
故に、士郎は口に出してこう尋ねた。

「いや、俺達だけじゃなく、あの人たちも見逃してくれるのはありがたいが……褒美なのか、それ?」
「………………………………………」

なにか、士郎の言葉が妙なところを刺激したのか。
アルトルージュは背を向けたまま、途端に不機嫌そうなオーラを放ち始める。
そうして、今度は不機嫌さを隠しもしない……だがどこか拗ねた様な声音で脅しをかけた。

「では、改めて殺して差し上げましょうか?」

誰を、とは敢えて言わない。恐らくは今夜この土地にいた人間の全てを指しているのだろう。
それ自体は非常に肝が冷える内容なのだが、もし士郎が正面からアルトルージュの顔をみる事が出来たならば、そうは思わなかったかもしれない。
何しろ、死徒の姫君が口を尖らせて不貞腐れると言う、数百年に一度あるかどうかの貴重な、最早珍事としか言えない表情をしていたのだから。

まあ、士郎がそれを見る事はなかったし、別に見たいとは思わなかっただろうが……。
重要なのは、士郎はそれ以上余計な事は言わなかった、それだけだろう。

「わ、わかった、感謝する。だからもう一度殺そうとするな!」

とりあえず大急ぎで士郎が弁明すると、何やら満足げにアルトルージュは「それでいいのです」などと呟く。
どうにも、士郎にはこのお姫様のキャラクターがつかめなかった。

「ああ、それと私の契約を望むのならいつでもいらっしゃい。世界などに渡してしまうのは少々惜しいもの。
 そうですね、その時はあなたの腕も返してあげましょう。この腕は私が魂レベルで奪っているので、たとえ復元させたとしても機能は戻りませんよ」
「性質の悪い呪いを残してくれる」
「あなたの心…いえ、魂の奥に根付くそれに比べれば、かわいいものですよ」
(本当に底がしれんな、このお姫様は……)
「それでは、またお会いする機会があるとよいですね。
帰りますよ、プライミッツ。あまり遅くなると、フィナやリィゾがうるさいですからね」

それだけ言って、アルトルージュはプライミッツ・マーダーの背に乗り、その場から姿を消した。
残されたのは、左腕を失ったボロボロの魔術使いと、両腕に重傷を負った魔術師。
互いにガス欠だったが、幸いそこはウイルスや細菌も生きられぬコキュートス(極寒の地獄)。
士郎の傷にそれらが侵入する心配はなかった。とはいえ……

「俺としては、二度と会わない事を祈るばかりだ………………って、このままじゃ凍傷になるじゃねぇか!
 いや、それどころじゃないのか?
 って、おい凛…………凛? こら凛! このうっかりあくま、寝るな! 寝たら死ぬぞ!!!」
「うぅ……あれ? 母さんが川の向こうで手を振ってるぅ~……」
「それは三途の川だ! 絶対に渡るんじゃないぞ!! っていうか死にそうなのはむしろ俺だろ!!
 誰か――――――――――――! た―――すけて―――――――――――!!」

その後、つい先ほど逃げた男達のうちの何人かが引き返してきて、士郎達は何とか一命を取り留めた。
幸いにも、ロシア政府の救援は割と早く訪れ、生存者の中から死者を出す事態は防がれる事になる。
そうして、ある程度体が動くようになった二人は、士郎の左腕をなんとかするべく時間を費やすことになったのだが、それはまた別の話である。



  *  *  *  *  *



「と、まあ大体そんな感じだったかな」
『……………………………』

もう何とコメントしていいのか分からず、なのは達はあんぐりと口を開いていた。
そして、ようやくアリサが一言口にする。

「なによ、その怪獣大戦争……」
「待ちなさい! なんで私達まで怪獣扱いなのよ!?」
「いや、十分すぎるくらいに怪獣だと思うんだけど……」
「なのは、何か言ったかしら? よく聞こえなかったからもう一度、はっきりと大きな声で言ってちょうだい。
 そうね、内容次第では今後の訓練をもっとゴージャスにしてあげるわ、嬉しいでしょう」
「あ、あははははは、やだなぁ凛ちゃんってば、わたし何も言ってないよ、ホントだよ!!」

なのはは凛に睨まれて、すっかり負け犬となって目を逸らす。
完全に確立され揺らぐ事のない上下関係が、そこにはあった。
しかし、そこでアイリが士郎にある事を尋ねる。

「そのあと、彼女と会ったりはしたの?」
「いえ、会えそうな場にいた事はありますが、結局会う事はありませんでした。
 たぶん、お姫様なりの拘りとかがあったんじゃないですかね。護衛の黒騎士に遭遇した事がありましたが、『姫から手出し無用と言付かっている』みたいなこと言ってましたし。
 推測ですが、俺の方から会いに行かない限り絶対に会わない様にしていたんだと思います」
「そう……」

士郎のその言葉に、一同揃って安堵する。
もう一度会っていたら、一体どんなことになっていたかと冷や冷やしていたのだろう。
何しろ、下手をすると士郎が死徒にされていた可能性もあるのだから。

「でも、シロウ達の所の吸血鬼って……なんだか壮絶なんだね」
「確かに、これじゃあわたし達の事なんて怖くもなんともないよね……喜んでいいのかよくわからないけど」
「まあ、あのレベルはさすがにほとんどいないけどな。
会うとしたら、それはもう天災に見舞われたみたいなものだよ。運が悪いにもほどがあるっての」

そう言って肩をすくめる士郎に、フェイトもすずかもひきつった笑みを浮かべる。
確かに、遭遇した理由が理由なだけに運が悪すぎるとしか言いようがない。
さすがにそれに関してどうフォローしていいのかわからないので、こうして笑ってごまかすしかなかった。
だが、そこでいい加減痺れを切らしたはやてが士郎の行動に突っ込みを入れる。

「みんな、思いっきり目を逸らし取るけど、なんで焼夷弾なんて常備しとんねん」
「人生何が起こるか分からないからな、備えあれば憂いなし」
「良い事言ったつもりかもしれへんけど、もっと他に備えておくべきものがあるで。絶対」

さすがにというか何というか、焼夷弾はいくら何でもやり過ぎだろう。
もう戦場意識がどうこうというレベルではなく、明らかに発想がかっ飛んでいる。
本人も自覚はしているが、そのおかげで生き残れたようなものなので、当面それを直す気はないのだった。

「ま、人生こういう事もあるから、今のうちに詰め込めるだけ詰め込むわよ」
「結局そこに行きつくんだよね……」
「仕方ないよフェイトちゃん、もうわたし達に引き返す道なんてないんだろうし」
「当たり前でしょうが。大体、アンタ達にはこれくらいがちょうどいいのよ」
「「それどういう意味!?」」
「やり過ぎくらいがちょうどいいって意味」

なのはとフェイトは、そんな凛の無体な言葉に悲嘆にくれる。
そのやり取りを眺めていた守護騎士達は、割と凛の意見に賛成的。
よく言えば彼女らの事を買っているのであり、悪く言えば追いこんで楽しんでいるとも言える。

まあ何にせよ、世は事もなし。
こうして子ども達は、また一つ友人の歩んできた壮絶な道のりを知ったのだった。






あとがき

結局こういう形で仕上がりました。
賛否両論色々あるかと思いますが、アルトルージュの情報はほとんどないので独自設定で埋め尽くされています。
ですが、できればあまり気になさらないで頂けると幸いです。

あと、アルトルージュがめちゃめちゃ強いですが、仮にもアルクェイドと同格に位置する筈である「もう一人の朱い月の後継者候補」ですし、これくらいはできるんじゃないですかね。
基本的に、二十七祖はサーヴァントとほぼ互角かやや不利なくらいの力があるそうです。
で、平均的な宝具を持つサーヴァントは出力30%時のアルクェイドのさらに四分の一相当の力があるとの事。
段々頭が痛くなってきましたが、アルトルージュの力がほぼ同格である筈のアルクェイドに比べて圧倒的に劣ると言うのもおかしな話ですし、たぶん彼女の力も全力を出せば似た様なものなのでしょう。
一応今回の話では、彼女の「二段階変身する」「普段はそう大きな力はない」という情報から、第一形態では並み程度の死徒、第二形態で上位十位を除いた他の二十七祖クラスかやや下くらい、第三形態でアルクェイド級としました。実際にどうかは知りません、月姫2あたりにでも期待しましょう。
そして、士郎や凛が「二人がかりで何とかなるかもしれない」のは、この第二形態辺りまでになりますね。第二形態になったばかりの時点は、まだ「長く楽しむ」為にちょっと力を押さえていたんですが、ゲイ・ボルクを喰らったあたりからは、出し惜しみせずに第二形態という条件で一応本気でやっていた事にしています。

また、『士郎達弱過ぎるんじゃね?』と思うかもしれません。
ですが、一応設定的にはそう外れていない筈なんですよ。
何しろ、士郎は自分を最大まで鍛錬・運用しても技術・経験・戦術のすべてでバゼットを下回るため、対魔術師戦に特化したプロフェッショナルである彼女を相手に勝ちの目は薄く、そのバゼットはフラガラックを開眼しない限りシエルには勝てません。そんな出鱈目に強いシエルですらサーヴァントを相手にすると、対等な条件では無理だが防衛戦であれば戦えるレベル、になってしまいます。この時点で士郎の最大値は確実にサーヴァントを下回る事になります。そして、サーヴァントと二十七祖だと相性の問題はあるが基本的にはサーヴァントが有利、という事になるそうなので、結局二十七祖と戦っても勝ち目は薄い事になります。凛の魔術も基本的には戦闘向きではありませんし、戦闘能力に関しては士郎とほぼどっこいどっこいとしています。
つまり、戦闘に限定した場合「士郎・凛<バゼット≦シエル<二十七祖(第二形態のアルトルージュ)≦サーヴァント<アルクェイド(第三形態のアルトルージュ)」という不等式が成り立つことになるわけです。
とりあえず、これならそう矛盾はしないんじゃないですかね。
それとたぶんですが、英霊エミヤは世界と契約して英霊になった口らしいので、その契約をしてやっとこの差を埋められるんじゃないかと解釈しています。

それと、士郎の最期の捨て身技……といっても、実際には使ってませんけど。
これは「結界師」で「淡幽」という神佑地の主(土地神だったかな?)が「神佑地の異界」を閉じた時のそれに近いものです。イメージ的には固有結界に近いものがある気がしたので、もしかしたら似た様な事も出来るかなぁと思いました。こう、敵も味方も関係なく、全てを強制終了するというけったいな代物です。
しかし、本作中では誰も実行した者がおらず(文字通りの捨て身技の為)、仮に実行した者がいたとしてもその性質上情報が出てこない(範囲内にいる存在全てを巻き込み消滅させる)ので、結局本当にできるかどうかは不明としています。理論上はできそうなんですが、どうなんでしょうね。
ちなみに、この術それ自体に名前はありません。名前を付けると言う事は、確固とした存在として意味付けするという面があるので、士郎に使わせたくなかった凛が断固として名前を付けることに反対した為です。また、理論と可能性自体は固有結界の存在を知っている術者なら誰でも知っており、時計塔の講義や魔術書などでも固有結界を取り上げれば自然と出てくるくらいポピュラーなものとしています。
まあ、一種のトリビアか豆知識的扱いですね。使ったら死ぬなんて、魔術師的には全然意味のない代物でしょう。まあ、そもそも使える術者自体が極僅かなんですけど……。
ああ、「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」とはまったく別種の術なので、当然士郎以外にも使えますよ。たぶん、攻性能力としてなら固有結界丸ごと「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」するより上でしょうね。あちらは内部にある武装の数で破壊力が決まりますし、そもそも火力という概念から出ません。それに対し、こちらの捨て身技は空間消滅という一種の反則なので、破壊力とか火力なんて概念を超越してるでしょう。
ま、結局は凛がいる限り使われる事はないんでしょうけどね。

最後に、それでも士郎達は本編のそれよりやや弱めに設定して書きました。
この件があったのは、本編開始時からおよそ六年以上前。
今ほど二人とも完成されておらず、発展途上末期くらいをイメージしてくれればよいかと。
本編中の二人なら、相討ち覚悟でやればメレムのペット達のうち一体を殺せるくらいかな、を考えています。
アレ自体が祖一体分に相当する力があるそうなので、その辺が妥当なんじゃないでしょうか。

というか、そう考えるとメレムは祖数体分の戦力を保有している事になりますよね。
本人の個体としての能力は不明なので数えず、ネズミも戦闘型でないので除外するとしても、それでもなお3体分に匹敵するわけですから、とんでもない話です。
しかも、そのメレムですらアルトルージュの護衛であるモノクロ騎士コンビの片割れと相討つのが限界って、二十七祖上位勢の戦闘能力はホントに条理の外ですね。


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