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No.4610の一覧
[0] 魔法少女リリカルなのはReds(×Fate)【第二部完結】[やみなべ](2011/07/31 15:41)
[1] 第0話「夢の終わりと次の夢」[やみなべ](2009/06/18 14:33)
[2] 第1話「こんにちは、新しい私」[やみなべ](2009/06/18 14:34)
[3] 第2話「はじめての友だち」[やみなべ](2009/06/18 14:35)
[4] 第3話「幕間 新たな日常」[やみなべ](2009/11/08 16:58)
[5] 第4話「厄介事は呼んでないのにやってくる」[やみなべ](2009/06/18 14:36)
[6] 第5話「魔法少女との邂逅」[やみなべ](2009/11/08 16:59)
[7] 第6話「Encounter」[やみなべ](2009/06/18 14:37)
[8] 第7話「スパイ大作戦」[やみなべ](2009/06/18 14:38)
[9] 第8話「休日返上」[やみなべ](2009/10/29 01:09)
[10] 第9話「幕間 衛宮士郎の多忙な一日」[やみなべ](2009/11/29 00:23)
[11] 第10話「強制発動」[やみなべ](2009/06/18 14:39)
[12] 第11話「山猫」[やみなべ](2009/01/18 00:07)
[13] 第12話「時空管理局」[やみなべ](2009/01/31 15:22)
[14] 第13話「交渉」[やみなべ](2009/06/18 14:39)
[15] 第14話「紅き魔槍」[やみなべ](2009/02/21 22:51)
[16] 第15話「発覚、そして戦線離脱」[やみなべ](2009/02/21 22:51)
[17] 外伝その1「剣製」[やみなべ](2009/02/24 00:19)
[18] 第16話「無限攻防」[やみなべ](2011/07/31 15:35)
[19] 第17話「ラストファンタズム」[やみなべ](2009/11/08 16:59)
[20] 第18話「Fate」[やみなべ](2009/08/23 17:01)
[21] 外伝その2「魔女の館」[やみなべ](2009/11/29 00:24)
[22] 外伝その3「ユーノ・スクライアの割と暇な一日」[やみなべ](2009/05/05 15:09)
[23] 外伝その4「アリサの頼み」[やみなべ](2010/05/01 23:41)
[24] 外伝その5「月下美刃」[やみなべ](2009/05/05 15:11)
[25] 外伝その6「異端考察」[やみなべ](2009/05/29 00:26)
[26] 第19話「冬」[やみなべ](2009/07/02 23:56)
[27] 第20話「主婦(夫)の戯れ」[やみなべ](2009/07/02 23:56)
[28] 第21話「強襲」 [やみなべ](2009/07/26 17:52)
[29] 第22話「雲の騎士」[やみなべ](2009/11/17 17:01)
[30] 第23話「魔術師vs騎士」[やみなべ](2009/12/18 23:22)
[31] 第24話「冬の聖母」[やみなべ](2009/12/18 23:23)
[32] 第25話「それぞれの思惑」[やみなべ](2009/11/17 17:03)
[33] 第26話「お引越し」[やみなべ](2009/11/17 17:03)
[34] 第27話「修行開始」[やみなべ](2011/07/31 15:36)
[35] リクエスト企画パート1「ドキッ!? 男だらけの慰安旅行。ポロリもある…の?」[やみなべ](2011/07/31 15:37)
[36] リクエスト企画パート2「クロノズヘブン総集編+Let’s影響ゲェム」[やみなべ](2010/01/04 18:09)
[37] 第28話「幕間 とある使い魔の日常風景」[やみなべ](2010/07/03 02:34)
[38] 第29話「三局の戦い」[やみなべ](2009/12/18 23:24)
[39] 第30話「緋と銀」[やみなべ](2010/06/19 01:32)
[40] 第31話「それは、少し前のお話」 [やみなべ](2009/12/31 15:14)
[41] 第32話「幕間 衛宮料理教室」[やみなべ](2010/01/11 00:39)
[42] 第33話「露呈する因縁」[やみなべ](2010/01/11 00:39)
[43] 第34話「魔女暗躍」 [やみなべ](2010/01/15 14:15)
[44] 第35話「聖夜開演」[やみなべ](2010/01/19 17:45)
[45] 第36話「交錯」[やみなべ](2010/01/26 01:00)
[46] 第37話「似て非なる者」[やみなべ](2010/01/26 01:01)
[47] 第38話「夜天の誓い」[やみなべ](2010/01/30 00:12)
[48] 第39話「Hollow」[やみなべ](2010/02/01 17:32)
[49] 第40話「姉妹」[やみなべ](2010/02/20 11:32)
[50] 第41話「闇を祓う」[やみなべ](2010/03/18 09:55)
[51] 第42話「天の杯」[やみなべ](2010/02/20 11:34)
[52] 第43話「導きの月光」[やみなべ](2010/03/12 18:08)
[53] 第44話「亀裂」[やみなべ](2010/04/26 21:30)
[54] 第45話「密約」[やみなべ](2010/05/15 18:17)
[55] 第46話「マテリアル」[やみなべ](2010/07/03 02:34)
[56] 第47話「闇の欠片と悪の欠片」[やみなべ](2010/07/18 14:19)
[57] 第48話「友達」[やみなべ](2010/09/29 19:35)
[58] 第49話「選択の刻」[やみなべ](2010/09/29 19:36)
[59] リクエスト企画パート3「アルトルージュ・ブリュンスタッド 前篇」[やみなべ](2010/10/23 00:27)
[60] リクエスト企画パート3「アルトルージュ・ブリュンスタッド 後編」 [やみなべ](2010/11/06 17:52)
[61] 第50話「Zero」[やみなべ](2011/04/15 00:37)
[62] 第51話「エミヤ 前編」 [やみなべ](2011/04/15 00:38)
[63] 第52話「エミヤ 後編」[やみなべ](2011/04/15 00:39)
[64] 外伝その7「烈火の憂鬱」[やみなべ](2011/04/25 02:23)
[65] 外伝その8「剣製Ⅱ」[やみなべ](2011/07/31 15:38)
[66] 第53話「家族の形」[やみなべ](2012/01/02 01:39)
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[4610] 第49話「選択の刻」
Name: やみなべ◆d3754cce ID:1963cf14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/09/29 19:36

SIDE-フェイト

今日は、「闇の欠片事件」が一応の終結を見た翌日。
事件のあった夜、リニスを通して凛から告げられたのは遠坂邸への招待。
何を話してくれるかはわからない。だけど、きっとわたし達の知りたい事を話してくれるはずだ。

…………そう、凛を信じたい。
まだわたしの中には凛への不信感が残っている。
でも同時に「きっと話してくれる」と縋っている自分もいた。

いや、今わたしが本当に考えている事はその事じゃない。
今わたしの頭を埋め尽くしているのはもっと別の事。同時にそれは、ここ数日ずっと考えていた事。
でも、今のわたしには納得のいく答えは出せていない。

そうしてわたしは、今日も自室の窓から空を見上げていた。
「……………今日は、晴れるかな?」
呟いた言葉に特に意味はない。ただ何となく、雲で覆われた空を寂しく感じただけ。
太陽も、青空も……なにもかも閉ざされた空は、まさに今のわたしの心そのものだ。

でも考えてみると、こうして空を見上げながら考え事をする時間が増えた気がする。
特に、凛とあんな事があってからはほぼ毎日だろう。



そこで、ふと少し前の会話を思い出す。
部屋にこもるわたしを心配したのか、誰かが部屋の扉をノックした。
「フェイト、ちょっと良いかい?」
「アルフ? うん、開いてるから入っていいよ」
応えると、アルフが部屋へと入ってくる。
でもその顔には何処か影があり、普段の闊達さは見られない。

「何を考えてるんだい? もう何日もそうやってるだろ、クロノもエイミィも心配してるよ」
「あ、ごめんね」
「謝らなくていいよ。あたし達が好きで心配してるだけなんだから。
……でもさ、そうしてるのはやっぱり…士郎達が隠し事してるからなのかい?」
アルフは窺うように、だけど単刀直入にそう尋ねる。でも、厳密に言うとそれは違う。
ただ、わたしとしても自分の中にあるものが雲を掴むような問いなせいもあり、即答できない。

そうしてわたしが少しだけ考えていたら、アルフは別の意味で取ったのか少し声を荒げて言った。
「……そりゃあさ、隠し事があるのは仕方ないってあたしも思う。でも、フェイトもなのはも……ううん、みんなこんなに心配してるのにちゃんと説明しようとしないなんて、絶対におかしいよ!」
「違うよ、アルフ。たぶん、二人が隠すからにはそれだけの理由があるんだと思う」
「じゃあ、フェイトは納得してるって言うのかい」
「そうじゃないよ。わたしだって、ちゃんと教えて欲しい。教えられないって言われた時は、勝手かもしれないけど『裏切られた』みたいにも思った。わたしはこんなに二人の事を心配して、信じてるのに、どうして教えてくれないんだろうって。凛達はわたし達の事なんて、実は全然信じてくれてなかったんじゃなかったってね。
それは今でもそう思うし、寂しくて、悲しくて……やっぱり怒ってる」
それは、母さんに拒絶された時にも似た感情。あの時は茫然自失してしまったけど、今は逆にそうならなかったからこそ色々な気持ちが渦巻いた。
そして、何よりもわたしは凛に嫉妬してる。わたしが知らないシロウを知っていて、それを自分だけのものにする凛に。それが身勝手な感情だって言うのはわかってるけど、同時にそれを抑える事も出来ない。
何か理由があるんだろうっていうのはわかるけど、やっぱり納得がいかない。

そんな気持ちの深い部分を隠し、出来る限り心配させないように笑う。
だけど、アルフの表情を見る限り失敗したらしい。やっぱりアルフには隠せないや。

しかし、その事をアルフが言う前に少し強引だけど話しを進める。
「でもね、今考えているのはその事じゃないの」
「じゃあ、なんなのさ」
「……シロウの事、かな」
「なんか、ハッキリしないね」
「うん、何て言ったらいいのかな…今更だけど、わたしはシロウのどこを好きになったのかなって……」
そう、それがここ数日の疑問。シロウ達の秘密も当然気になるけど、いくら考えてもわたしには答えが出なかった。だけど、そうしてシロウ達の事を考えているうちに、いつからかこの疑問に気付いたんだ。

はじめは、シロウへの不満とかから来た疑問なのかと思った。「なんであんな人を好きになったんだろう」って。
いや、多分そうなんだろう。だけど、きっかけはそれでも今は違う。
上手く言葉にはできないけど、何となくその事を考えていたら答えが出なかった。
感情なんてそんなものかもしれない。だけど、その事が頭から離れなくなった。

そんなわたしの言葉に意表をつかれたのか、アルフは何とも曖昧な表情を浮かべる。
「それって、どういう……」
「好きっていうのはわかるんだけどね、じゃあどこが好きなのか、何で好きなのか、うまく言葉にできないんだ。
好きになったって事に引っ張られ過ぎて、舞い上がってたのかな?」
シロウへの想いは、アリシアの記憶とは関係ないわたしだけの気持ち。
だからこそ、それはどんな綺麗な宝石にも勝る宝物の一つ。
その事に少なからず舞い上がり、自分の胸の内にあるモノを把握できていなかったのかもしれない。
実際、自分だけの感情なんだという事実は、わたしにとってとても重大な意味があったから。

「やっぱり優しくしてくれたり、色々気にかけてくれたからじゃ……」
「うん、わたしもそう思った。もちろん、そんな優しさとかはシロウの魅力だと思う。わたしも、士郎のそういう所が好きだから。だけど、それならクロノ達も同じだよ」
まあ、そんな簡単に比較できるものじゃないって事位はわかってるつもり。
それに、単純にアルフやリニス以外で初めて支えてくれた人だから、っていうのもあるのかもしれない。

だけど……
「なんだか、それだけだとしっくりこないんだよね。もっと、他に何かある気がするんだ」
そう、自分自身に問いかける様に掌を見る。そこに答えがあるわけじゃないけど、掴めそうなのに掴めない答えを求めて見てしまう。

「フェイトは頭が良いから、理屈で考えすぎなんじゃない?」
「そんな事は、ないと思うんだけど……」
でも、アルフの言ってる事は多分正しいんだと思う。なんて言うか、わたしはアレコレ理屈で考えすぎる方な気はするから。だけど、やっぱり何処か腑に落ちないしこりみたいなものが、胸の奥につかえてしまう。

だから、確認するように眼を閉じシロウの事を思い出す。
色々な事を思い出すけど、最初に思い出すのはいつも決まっている。
「憶えてる、アルフ。わたしが母さんに真実を聞かされた時の事」
「あ、ああ。憶えてる……って言うか、忘れられないよ。
あの時のフェイトは生気の欠片もなくて、ホントに心配したっけ」
「……ごめんね、心配かけて。
だけどね、シロウの事を思い出そうとすると、いつもあの時の事を思い出すんだ」
「それって、士郎が助けられなかった大切な人の話かい?」
「ううん。わたしが思い出すのは、いつもシロウのあの背中なんだ」
あの時、言える事は全て言ったとばかりに傷だらけの体で立ちあがって向けた背中。
その姿が、アレから半年たった今でも鮮明に思い出せる。
他の記憶にしても、どうしても背中を思い出す事が圧倒的に多い。
言い様のない寂しさと、遠い何かを見るような感覚と共に。

「ふ~ん……もしかして、そこに答えがあるって事?」
「わからない。だけど、そんな気がする」
何回も反芻して考えてきたけど、いくら考えても答えは出なかった。
もしシロウ達の話を聞けたら、その答えが出せるのかな。



これが少し前にかわされた会話。
もちろん、昨日あの人達が言っていた事も気になる。
だけど、答えはあの夜に出した。「絶対に二人を見捨てない」って決めたんだ。
だから、受け止める覚悟はある。二人の真実も、自分の気持ちの出所も。

そう……あるつもりだった。
シロウ達の秘める真実が、どんなものか知らなかったから。



第49話「選択の刻」



待ち合わせ場所で合流したなのは達は、遠坂邸に向けて歩いていた。
集まった人間は、今回の話の重要人物であるアイリスフィールをはじめとした八神家一同の他に、なのはやフェイト、すずかとアリサ、そしてアルフとユーノもいる。
これが、凛達が秘密を話す上での限界という事だろう。

だが、それだけというわけでもない。
管理局……いや、この場合はリンディやレティというべきかもしれないが、彼女らはこの件について深入りする気はなかった。彼女らにとって重要なのは、凛と士郎が預言の人物の最有力候補であるという確信だけ。
それ以上先は、「知っておければいい」程度に過ぎず、無理をして知らねばならない事でもない。

また、月村忍も凛達との関係を一種のビジネス或いは協定とみているだけに、やはり無理に知ろうとは思わない。
彼女には凛達がひた隠す秘密の存在を許容できるのだ。
あるいは、その一種の緊張感を孕んだ関係を楽しんでいるのかもしれない。
故に、集められたのは知らないままではいられない子どもたちと、知らねばならない八神家一同だけとも言える。



そうして集った面々の表情は一様に硬く、特に八神家のそれは顕著だ。
しかし、それも無理はないだろう。彼女らは少なからずこれから語られるであろう真実を知っている。だからこそ、さらなる真実に緊張を覚えずにはいられない。
そこで重苦しい空気に耐えられなくなったのか、アリサがアイリに向けて話しかける。

「えっと、アイリスフィールさんは……」
「あ、私の事はアイリでいいわ。アイリスフィールじゃ長くて面倒でしょ?」
「は…はい。それじゃアイリさんも、魔術師ってやつなんですか?」
「そうね、厳密に言うと違うんだけど、そう思ってもらっていいわ」
『?』

そんなアイリの返答に、八神家以外の全員が頭に疑問符を浮かべて首をかしげる。
彼女らは知らない事だが、ホムンクルスであるアイリは生まれてから魔術を習ったわけではない。
正しくは、“生まれつき”魔術を修得していると言うべきだろう。
ホムンクルスは内面外見の双方において、完成された状態で生まれてくるが故に。

「あの、お体の方は大丈夫なんですか? ずっと眠っていたって、はやてちゃんから聞きましたけど」
「ありがとう、すずかさん。でも、ちゃんと休んだからもう大丈夫よ」
「そう……ですか」

実際には、まだその顔色は良いとは言い難い。
それに他の面々も気付いただろうが、同時にその顔に浮かぶ決意から何も言えなかった。
アイリはすでに決然たる意志を持ってこの場に臨んでいる。
最早、誰が何を言った所で引き返しはしないだろうと、誰もが悟った。

そこで再び会話は途絶え、やがて彼らは遠坂邸の門前にたどり着く。
そして出迎えの為だろう、門前にはリニスが立っていた。

「あ、リニスさん。おはようございます」
「リニス、おはよう」
『おはよう(ございます)』
「ハイ、おはようございます、みなさん。本日は急な呼び出しにもかかわらず、よくぞおいで下さいました」

なのは・フェイトと続いて全員が挨拶すると、それにリニスは丁寧に答える。
しかし、リニスという人物を良く知るフェイトやアルフなどは、その様子に一抹の違和感を覚えた。
その様子はどこか堅く、伏せられた眼の奥には鋭い光がある。
だが、その事を二人が問う前にリニスはゆっくりと口を開いた。

「本来ならすぐにでもお通しすべきなのでしょうが、一つだけ確認させていただきたい事があります。
 みなさん、真実を知る覚悟はおありですね」
「何を言ってるの、リニス」
「本来私が口にするべき事ではないのでしょうが、僭越ながら申し上げます。
 聞かなかった方が良かった、そう思うかもしれませんよ」

リニスの声は静かで、それ故に重く皆の体にのしかかる。
同時に全員が悟った。おそらくリニスは、一足先にこれから語られるであろう事を知ったのだ、と。
しかしそこで、リニスの目が硬い表情を浮かべるアイリに向けられる。

「……ええ、覚悟はあります。私は全てを知り、受け止めるために来たのだから」
「そうですか。それは、立派だと思います」

そのリニスの言葉に、守護騎士やはやてはどこか悲しげな表情を浮かべる。
彼女の言う全てが何を指しているのか、断片的とはいえその意味を知っているからこそ。
もちろん、それを知らないなのはやフェイトなどといった面々は首を傾げる。
しかし、アイリだけはリニスの言葉に含まれたわずかな含みに気付く。

「なにか、仰りたい事でもあるのですか?」
「…………先日まで、私はあなたに対し何処か憐憫に似た感情を抱いていました」

アイリの問いに、リニスはまずそう答える。
それは、我が子と夫を失った彼女の心の傷と痛みを察してのものだったのだろう。
だがそれは同時に、今はそう感じていないと言う事だ。

「ですが、今私はあなたに対し、憤りの様なものを抱いています」
『え!?』

拳を固く握りしめるリニスは、敵意の様なものの籠った瞳でそう告げる。
その言葉は、アイリに限らずその場の全員を驚愕させるには十分過ぎた。
そして、その言葉の不穏さに守護騎士達は身構え、他の面々は体を強張らせる。
臨戦態勢一歩手前、そんな空気が場を満たす。しかし、そんな空気を無視してリニスは言葉を重ねていく。

「娘さんや旦那さんの事を思えば、あなたに対しこんな事を言うべきではないと承知しています。
 士郎もまた、過去の事を引きずっても恨んでもいないでしょう。
 それでも、私はあなた方が引き起こした事態にそう感じざるを得ません」

絞り出すように紡がれた言葉に、全員が息を飲む。
同時に、なぜそこで士郎の名が出てくるのかがわからずに困惑する。
特に、士郎と切嗣やイリヤの関係を一応とはいえ知る八神家の面々は、その困惑が深い。

「あなたは先程、全てを知り受け止める覚悟はある、と仰りましたね」
「え、ええ」
「なら、もう一つ覚悟しておいてください。
あなたに失ったものがあるのと同様に、士郎もまたあなた方によって奪われたものがある。
 あなたは士郎から全てを奪った一人、その事を知る覚悟を持って下さい」

全てを奪った、その剣呑な一言が場を支配する。
彼らの関係をまるで知らないなのは達はもちろん、八神家の面々もまた意味がわからずに立ちつくす。
それも無理はない。なにせ、はやて達は切嗣とイリヤの死に際を聞かされるのだと思っていたのだ。
なぜそこで、アイリが士郎から「全てを奪った」などと言われるのか、さっぱりわからないのは当然だろう。

「り、リニス。何を…言ってるの? アイリさんが士郎に何をしたっていうの……?」
「そのままの意味ですよ、フェイト。
彼女達があんなバカげた事をしなければ、士郎があんなにも擦り切れる事はなかったでしょう。
 ただ、それだけの事です。しかし、だからこそ……」

そう言いかけたところで、リニスの口が止まる。
同時に、リニスは館の方を振り仰ぎ二・三度首を縦に動かすと、ゆっくりと息をつく。
どうやら、念話で凛から何か言われたらしく、最後に小さく凛に向かって謝罪した。

「わかりました。確かに、私が勝手に話すべき事ではありませんでしたね。
差し出がましい真似をし、申し訳ありません」

どうやらそれで話はついた様で、先程までの険のある瞳はなりを潜め、リニスは再度フェイト達の方を向く。
どのようなやり取りがなされたかはわからないが、リニスの独断を制止した事だけは間違いない。
ただ、それでもなおアイリを見るリニスの瞳には、非難というには余りにも鋭く冷たい光が宿ったままだった。

同時に、アイリはリニスの言葉の意味を考える。自分達がやったバカな事、彼女には思い当たる節はあった。
該当するとすれば、聖杯戦争。士郎が第四次聖杯戦争で何かしらの被害を受けたであろう事を推測するのは、そう難しいことではない。いや、士郎とアイリの間に接点となりうるものがあるとすれば、それしかないのだ。
しかし、アイリに推測できたのはここまで。少なくとも、彼女が関与した事柄の中で聖杯戦争参加者以外に迷惑をかける様な事をした記憶が無かったからだ。
だがその考えそのものが、ある意味において的外れである事を彼女は知らない。士郎は聖杯戦争の“過程”ではなく、その“結果”として全てを失ったのだから。まあ、知らなくて当然と言えばそれまでだが。

「お見苦しい所をお見せしました。その事も含めて、凛達が全てを語るでしょう。
二人の過去にあった真実を知る覚悟がおありでしたら、ついてきて下さい」

リニスはそれだけ言って遠坂邸の門を開く。
だがそこで、未だに先程の様子から立ち直りきれていないフェイトとなのはがリニスに声をかける。

「あ、リニス……」
「リニスさん!」
「なのは、フェイトも。行こう」
「「ユーノ(君)……」」
「せやね、ここで何を言ってもたぶん意味はないんやと思う。
 わたしらは、ただリニスさんの言った通りに覚悟だけはしておこ」

ユーノが二人を止めると、はやてがそれに続く。
少なからずアイリから以前の世界の事を聞いているからか、彼女は他の皆よりかは冷静だった。
アイリ達がかつていた世界の魔術は、時に酷く酷薄である事を知識としてだけは知っていたからこそだろう。
しかし、その認識さえも甘かったという事を、じきに彼女らは知る事になる。



  *  *  *  *  *



そうして彼女らは遠坂邸の中へと招きいれられる。
リニスに案内され一際広い部屋へと通されると、そこにはソファに体を預けて瞑目する凛と、車イスに座る硬い表情をした士郎がいた。

数日ぶりの再会ではあるが、誰もが部屋を満たす空気に当てられ何も言えない。
同様に凛と士郎もなにも言わない。堅く口を閉ざし、重苦しい空気のみによって場は占められていた。
しかしいつまでもそうしてはいられない。リニスが促すと、各々緩慢な動作で席に着く。
あらかじめ用意していたのか、リニスが座った面々の前に紅茶を配していくと、やっと凛が口を開いた。

「さて、ここまで来たって事は聞く覚悟はあるとみなすけど、良いわね?」

迂闊に何も言えない空気もあってか、誰も声には出さずに首肯する。
その覚悟にどれだけ内実が伴っているかはわからないが、それを表に出す事に意味があるのだ。
今のは「引き返すなら今だぞ」という最後通牒であり、彼女らはそれを拒んだのだから。
ここから先は全て自己責任という事になる。少なくとも、凛はそういう認識で問うたのだろう。

「OK。それじゃあ……」
「まって、凛。それはつまり、この前の質問にちゃんと答えてくれるって事だよね」
「答えはイエスでありノーよ」
「どういう意味よ?」

フェイトの問いに、凛は曖昧な答え方をする。
それに対し、アリサは不満をあらわに眉間にしわを寄せながら問うた。
だが、凛は特に動じた様子も見せずに答える。

「別に私はあなた達の質問に答える気はない。私達は私達の真実を話すだけよ。
 ただ、その中にあなた達の質問の答えも含まれる、それだけの事」
「隠し事はしないってわけね」
「さあ、どうかしらね? 案外、まだまだ秘密はあるかもしれないわよ。
でも、今回のアンタ達は単なる傍聴者、とりあえず大人しく聞いてなさい。で、まずはこれね」
「凛ちゃん、これ何?」
「アイリスフィールならわかるでしょ?」

なのはの問いを、凛はそのままアイリに振る。
アイリは自分達の前に出された代物の意味を知るからこそ、しばらくそれを凝視し続けた。
仕方のない話だが、まさかこの場でこんなモノを出すとは思っていなかったのだろう。
少なくとも、自分や守護騎士はともかく、仲間であり友人でもある子ども達にまでそんなものを要求するとは思わなかったのだ。

「……自己強制証文(セルフギアス・スクロール)。最も容赦のない呪術契約の一種で、一度誓約したら最後、生涯これに縛られる。随分と仰々しい物を用意したのね。私はともかく、こんな子ども達にまで……」
「これから話すのはそれだけのモノって事よ。内容は、私達は真実を話す。その代わり、アンタ達は絶対にそれを口外できない。それだけの物」

確かに、内容としては「それだけ」かもしれない。だがその実、そこに課せられる誓約の重さが尋常ではない。
なのは達も、理解できないなりにその重さを悟らざるを得ない言葉の重みを感じていた。
そこで、肝が据わっているのか、はやてが率先して羊皮紙を手に取り、フェイトとすずかもそれに続く。

「はぁ~…アイリに話しだけは聞いとったけど、なんや思ってた程ごっつくないんやね」
「これに、サインすれば……」
「士郎君達の事、ちゃんと教えてくれるんだよね」
「そうだけど、アンタ達その意味わかってる?」
「だって、別に他の人達に話さなければいいんだよね?」

凛の問いに、なのはは「なんて事ない」と言わんばかりに問い返す。
彼女からすれば、その程度の事はむしろ大前提という認識なのだ。
せっかく話してくれた秘密を、その信頼を裏切って他人に話すなど善良な彼女らにとってはあり得ないのだろう。
他の面々も同じなのか、一様にハッキリとした意思を以て首を縦に振った。ほんの僅かな例外を除いて。
しかし、凛からすればその僅かな例外を除いた面々の認識は「甘い」と映る。

「いいえ、やっぱりわかってない。いい? これはね、一度契約したらアンタ達の意思なんて関係ない。
 何があろうと、絶対に、一切の例外なく、アンタ達は私達の秘密を誰にも言えないのよ。
 それが何を意味するか、本当にわかってるとは思えないわね」
「なんだよそりゃ、あたしらがペラペラ話すとでも思ってんのかよ!」

凛の言葉に気分を害したのか、ヴィータが食って掛かる。
もちろんそれだけで済むはずもなく、他の面々もそれぞれに反応を示す。たとえば……。

「ちょっと凛! いくらなんでも、わたし達の事なめすぎなんじゃない!」
「あたしも同感だ。アンタらが慎重なのは今に始まった事じゃないけど、それでもさすがにこれは頭に来る!」

割と気性の激しい方であるアリサやアルフなどが、隠す事なく憤りを露わにする。
いや、それどころか元来大人しい性格のすずかやユーノでさえ不満げな表情を浮かべていた。

だが僅かな例外、アイリやシグナム、それにザフィーラなどはその表情が曇っている。
彼らはその言葉の意味を理解しているのだろう。
しかし、やはり大勢としては程度の差はあれ、憤りの感情が強いのも事実だ。
だがそこで、これまで沈黙を保っていた士郎が口を開く。

「落ち着いてくれ。凛も俺も、皆が俺達の秘密をそう簡単には話さないって事位わかってる。
 だけど事はそう単純じゃない。いいか、凛が言いたかったのは……」
「例え我らが口にしようとせずとも、衛宮達の秘密を知りたがる輩は出てくるかもしれない。
 その時の事を、お前達は言っているのだな」
「シグナム?」
「主はやて、あなたはまだ幼い。いえ、あなただけでなくテスタロッサや高町達もです。
故に世界の、人の残忍さをご存じでない。人の欲望の前では、時に人権などチリ同然に扱われる事を知らない。
それは決して罪ではありませんが、衛宮達はそれを知っているからこそ危惧しているのでしょう」

士郎の言葉を継ぐ形で、シグナムは重々しく語る。
やはり、彼女も途中から気付いていたのだ。士郎達が真に危惧しているのは、それを知る事で降りかかるかもしれない、友人達への災厄だ。そして、今口にしたのはその一例に過ぎない事を、彼女らは知らない。
無論、自分達の秘密と身の安全も決して軽視してはいないが、それでもだ。
そうして、一同の視線がシグナムに集まったところで、シグナムはシャマルに問う。

「シャマル、お前であればどうやって情報を引き出す」
「やり方は色々あるわ。まずは普通の尋問、それでだめなら拷問という手もあるし、或いは洗脳して自白させる事も出来る。他にも薬や人質、やろうと思えば手段なんて幾らでも考えられるわ。
 それこそ、直接脳をいじるっていう方法だってある。その場合、された人は廃人になるでしょうけど……」

シグナムの問いの意図を察し、シャマルはあえて特にえげつない方法を冷淡な表情で述べていく。
それは、まだ幼いなのは達に人の負の側面を見せると言う事だが、今はそれが必要な時だ。彼女もそう判断したのだろう。そして、シグナムはそのシャマルの言葉を静かに首肯し、再度口を開く。

「……分かりますか? 彼らが気にかけているのは、あなた方がそんな目に会うかもしれない可能性です。
そして、その時にあなた方はどれだけ非人道的な扱いを受けても、決して衛宮達の秘密をしゃべれない。
 話せてしまえば楽になるのに、それすら許されなくなるのです」

その言葉は「手段さえ選ばなければ自分でもその程度は思いつく」と言っている様に、皆には聞こえた。
その事に、シグナムと幾度も矛を交えたフェイトは驚きに眼を見開く。
彼女にとって、シグナムがそう言う発想をするという事自体が意外だったのだ。

確かに、シグナムは高潔にして誇り高く騎士道を重んじる実直な女性だ。
しかし、だからと言ってそれだけの人物でもない。
必要とあらば、そう言った事に考えをめぐらす事も出来る。
そして同じ様にザフィーラもまた、その先にある苦しみの一端を言葉にのせて子ども達に告げる。

「知らなければそうとしか言えません。あるいは、ただ衛宮達を恨むだけで済みます。
 しかし、知っていながらしゃべる事が出来ないと言う事は、あまりに酷かと……」

自分達の目の前にある薄っぺらい一枚の紙。
それがどれだけ重い選択を迫るものなのか、やっと彼女らはその一端を理解し、その重さに息を呑む。

「どうするかはアンタ達の自由よ。だから、良く考えて決めなさい」
「だが、無理にそんな事をする必要はない。手を出さなければ危険が降りかかる事もないだろう。
踏み込む事で得られるモノなんて、そのリスクに比べればあまりに少ない」

二人はそう言って、子ども達が答えを出すのを待つ。
士郎の場合、あえて逃げ道を用意して促す事でそれを選ぶ事への罪悪感を下げる意図もあったはずだ。
そして「契約しない」という選択をしたその時は、決して巻き込まない為の手を打つだろう。
だが、同時に凛はこう思ってもいた。

(ま、フェアじゃないって言えばそうなんだろうけど……。
 でも、記憶を消すだの縁を切るだの言ったら、この子達は絶対にサインする。それこそ…ね)

確かに、記憶を消す事を説明しないのは卑怯かもしれない。
だがその場合、なのは達はリスクを無視した選択をする。
それが明らかだからこそ、二人はこうするしかなかったのだ。

それを知ってか知らずか、守護騎士達も主たる少女を急かす事はしない。
ただ、彼女の決定を受け入れる、そんな決意の表れだ。
子ども達もまた、そんな周りの者達の意図を察してか性急に答えを出そうとはしなかった。
なのは達も、近くの者に相談すると言う素振りは見せず、ただ黙って自分の内に答えを探す。

おそらく、この時点で答えを出している者は一人、アイリだけだろう。
彼女だけは唯一、その全てを踏まえた上でサインする決意を固めていた。
彼女にとって夫と愛娘の結末を知る事には、それだけの価値がある。

そうしてどれだけの時間が経過しただろう。
やがて、子どもたちは散発的に各々顔を上げていく。
その眼には決意の光があり、お互いの意思を確認するように頷きを交わす。

「決まったのか?」
『うん』

士郎の問いに、皆がゆっくりと緊張した硬い声音で頷く。
そして、全員の意思を代表するようにユーノが口を開いた。

「サイン…するよ」
「良いんだな」
「うん。確かに、士郎の言う通りにした方がいいんだと思う。僕も、たぶん皆も、そんな目にあうのは怖い。もしそうなった時、この決定を後悔しない、なんて言いきれない。
 でもここで足踏みすれば、きっとこの溝は埋まらないし、距離も縮まらない。それどころか、決定的な決別になる気がする。そんなの…絶対に嫌なんだ、いつかするかもしれない後悔よりも。
だから、今一番誇れる方を選ぶよ。先の事なんて、わからないから」

そう言ってユーノは、何処か不安げに皆の顔を確認する。
すると、皆も同じ意見なのか、ユーノが口を閉じると同時に小さく或いは大きく首を縦に振った。
その顔には笑みがあり、どうやらユーノは彼女らの気持ちを不足なく伝えられたらしい。
だがそこで、そんな決意の言葉に対し凛は冷笑を浮かべる。野暮な事を、と思いながらも。

「今が良ければそれでいいなんて、随分とまた短絡的ね」
「そうかもしれない。でも、ユーノ君が言ったように先の事なんてわからないもん」
「せやけど、わかってる事もあるから」

凛の冷笑に、穏やかな顔でなのはとはやてはそう答える。
そこへすずかとアリサ、そしてフェイトがその言葉の後を引き継いだ。

「今ここでこの手を離しちゃったら、きっとわたし達は後悔すると思うんだ」
「それにね、アンタ達の言ってるのは結局未来の可能性でしょ? なら……」
「あるかどうかもわからない事より、今目の前にある確実な事を優先するのは当然だよ」

するかどうかもわからない後悔の為に、今後悔する事など選べない。
少女達はそう言い、アルフや守護騎士達は微笑を浮かべている。
その決定を誇っているのか、或いは呆れて笑うしかないのかは余人にはわからない。
だが、これは彼女達なりにちゃんと悩んで決めた事。ならば、誰が文句を言うものでもない。

しばしの間凛はなのは達を睨むが、誰もその眼を逸らさない。
結局、これ以上は何を言っても無駄と判断したのか、凛はため息をつきその表情から剣呑さがなくなった。

「わかったわ。それじゃこいつだけど……」

そこで凛は、改めて全員に見えるようにスクロールを持ち上げる。
そしてそれに両手を添え、勢いよくそれを――――破り捨てた。

ビィッ!!
『あ!?』

その突然の行動に、士郎とリニスを除く全員が驚きの声を上げる。
それも当然だろう。なにせ、さっきまで彼女らが真剣に睨み据えていた契約書が、無残にも破り捨てられたのだ。

「ちょ、アンタ何してんのよ!?」
「別に、アンタ達がそういう答えをするんならこんなのいらないわ。
 元からね、アンタ達みたいな子どもを縛る気なんてないんだから」

驚くアリサに向けて、凛はそう言って何度もそれを破りまくる。
そして、遂にはジグソーパズルよりも細かくなったそれを、今度は発火の魔術で焼却した。
いや、いっそ見事と言いたくなる程に後腐れない処分だ。
だが、しばし呆然としていたがやがてその意味を悟り、なのはがどんよりした眼で凛を睨む。

「つまり凛ちゃん、わたし達を試したの!?」
「ま、そういう事になるかな……ああ、はいはい、試すような真似して悪かった、御免なさい。
 謝るからそんなにむくれないでよね、一応考えがあってやったんだから」
「なのはちゃん、落ち着いて。凛ちゃん、それでなんなの、その考えって?」
「私達に関わるって事が、何を意味するのか。それを端的に、かつ分かり易い形で示す為に一芝居打っただけよ」

そう、元からなのは達にそんな誓約をさせる気はなかった。
ただ、この先も自分達に関わっていくつもりなら、そんな可能性は常に付きまとう。

しかし、それをただ言葉にしただけでは実感が湧き難い。
だからこそ一芝居打ち、プレッシャーをかけた上で問うたのだ。
悪趣味と言えなくもないが、彼女らのこれまでの人生を考えれば、それは知っておいてほしいと思う事だった。

とはいえ、できれば抑止力の危険にも言及したかったのが二人の本音。
だが、今その事に触れても現実味がないだろう
なにせ、自身が異物である事を説明する前に話しても意味がわかる筈がない。
故に、この点に関しては後回しにせざるを得なかった。

それに、重要なのは関わっていく事の危険を伝える事。
それさえ出来るなら、その内容そのものはさほど重要ではない。
どのみち、言葉をいくら重ねたところで伝えられる事には限度があるのだから。

そして、なのは達は良く考えた上でそれを背負うと決めたのだ。
衝動的な感情に流されたのではなく、今の彼女たちの想像力の及ぶ範囲で凛の言葉を噛みしめた。
ならば、これ以上凛から言う事はない。その事に、凛は小さく微笑みながら口を開く。

「でもま、どっかのバカみたいに即決せず、ちゃんと悩んでくれて一安心かな」
「悪かったな……」

凛の言葉が誰を指しているのかわからなかったなのは達だが、それに続く士郎の反応で一応は理解した。
なのは達はまだ知らない事だが、この男の命知らずっぷりは常軌を逸している。
そんなのと十年も付き合ってきた凛からすれば、ちゃんと悩んだなのは達の反応には安堵さえ覚えただろう。

「もちろん、これから話す事は秘密にしてもらうわよ。バレないに越した事はないしね。
 だけど、アンタ達が命をかける必要なんてないのよ。バレたらバレたで、その時には別の手を打つだけだしね。
ま、こんなのは心の税金もいいところなんだけど、諦めも付いたわ」

凛はそう言って肩を竦めるが、その顔には笑みがあった。
どうやら、そんな無駄で無意味で害悪にしかならない様な自分の言行に、呆れを通り越して可笑しさすら感じているようだ。もうなる様になれ、そんな捨て鉢な印象さえ見受けられる。

「さて、それじゃあそろそろ秘密の話を始めるとしましょうか」
『うん』

凛の言葉に、なのは達は引き締まった表情で静かに頷いた。
しかし、出だし早々に思いもよらぬ言葉が凛の口から放たれる。

「まず大前提から。私と士郎、それにアイリスフィールはこの世界の住人じゃない」
『へ?』
「それってつまり、凛達もフェイトと同じ次元世界の出身って事?」

凛の言葉になのは達は一瞬戸惑い間の抜けた声を洩らすが、いち早く復帰したアリサは首をかしげながら問う。
彼女にとって、違う世界の住人というのはそういう意味なのだ。
しかし、並行世界の存在を知るフェイトとなのはは別の反応を示す。

「もしかしてシロウ達って……」
「並行世界から来たって事…なの?」
「あ、なのはちゃん達は知らなかったんやね」
「はやては知って……って、アイリさんと一緒に住んでるんだから知ってるのは当然…なのかな。
 それに、だとするとシグナム達も?」
「まあ、そういう事になるんかな」

一応双方の間で合意は得られたようだが、まだ意味が良くわかっていないすずかとアリサにユーノが説明する。
並行世界の存在とその定義、それに並行世界へ干渉する事を可能にする第二魔法と呼ばれるものがあり、凛がその一端を行使できる事。
それらの事実を聞き、もう驚くのも面倒と言わんばかりに二人は溜息をつく。
そういうものがある、と受けいれてしまった方が楽であり勝ち組みなのだろうと悟ったらしい。
だがそこで、半年前の会話を思い出したユーノが口を開く。

「あれ? 確か凛は、並行世界への転移はできない筈じゃなかったっけ……」
「あ、そうそう! リンディさん達にもそう言ってたよね。もしかして、アレってウソだったの!?」

ユーノの言葉を聞き、なのはもその事を思い出す。
しかし、凛はそれを心外そうな表情で否定する。

「人聞きの悪い事言わないでよね、今でもできないんだから。でも、準備さえ整えばできない事はないの。
 私は並行世界に向けて穴をあけられる。あとはそれを押し広げて人が通れるレベルにすればいいんだから、やりようはあるわ……移動するだけならね」
「なんか含みがあるけど……それってどういう意味なの、シロウ?」
「つまり、移動するだけならできるがどこに飛ぶかわからないって事だ。
こんなのは到底転移とは言えないよ」

どちらかといえば、意図的に事故を引き起こしている、と言った方が正しい。
転移とは意図通りの場所に出てこそ。
完全運任せのその方法は、到底「転移」などという高尚な呼び名が使われるべきものではない。

「まあ、良いわ。次元世界と並行世界なんてわたしにとっては大差ないし、違いがあるとすれば行けるか行けないかってだけでしょ。で、アンタ達二人とアイリさんはこことはちょっと違う世界から来たって事ね」
「かなり乱暴な解釈だし、大差ないって発言には文句の一つも言いたいけど、まあその認識でいいわ」

アリサの大雑把過ぎる要訳に、凛は不満一杯な顔をする。
しかし、言っている内容自体はそう間違ってもいないだけに、強く言い返す事も出来なかったが……。
とそこへ、すずかが別の凛の言葉に反応を示した。

「でも、逆に言うとその準備が整ってなければできないって事だよね。どれ位かかるの?」
「良い質問よ、すずか。そうね、ちゃんとした設備がある状態で、たぶん数十年」
『うわぁ、それもう出来ないのと同じじゃん』
「うっさいわね、理論上だけじゃなくて一応実践できるんだから大違いよ!」

凛の答えに、全員が呆れを隠そうともせずにツッコミを入れる。
まあ、さすがに準備にそれだけの時間がかかるモノは出来ないのと大差ないだろう。
しかしそこで、なのはとフェイトがある疑問点に気付く。

「あれ? アイリさんはどうやってこっちに?」
「……わからないわ。気付いたらこっちにいたから、私もどういった経緯があったのかは……」
「凛は、わからないの?」
「さっぱりよ。まあ、仮説位は立てられるみたいだけど、今は整理できてないからまた今度って事で」
『???』

フェイトの問いに凛は意味深な答えだけを返す。
凛自身、まだ整理できていない情報が多いだけに仮説は立てられないのだろう。
しかし、事情を良くわかっていない面々は、頭に疑問符を浮かべる事しかできないのだった。
彼女らがあの幻の四日間の事を知るのは、まだ少し先の事。

「う~ん…でもさ、それなら別にそんな秘密にする程の事でもないんじゃないかい?」
「バカ言わないでよ。並行世界の転移をまがりなりにも可能にしたんですもの、調べたがる連中が出てきてもおかしくない。他にも肉体に受ける影響とか、私達自身を調べたがる連中も出てくる事も予想されるわ。言うまでもないけど、実験動物にされるのは断固お断りよ」

その点に関しては全くと言っていい程興味がないらしいアルフの言葉に、凛は憮然として答える。
少なくとも、真っ当な魔術師であればバラバラに解体してでも調べたがる連中は掃いて捨てる程いるだろう。
そして、こちらでも同じ事をしたがる連中がいるかもしれない。それが問題なのだ。
フェイトやすずかなどは、自分自身の体の事があるだけに少しその気持ちがわかるらしく、その表情は硬い。

「それに、実際に影響が出てるんだから尚更だな」
「え? それって……」
「フェイトの考えている事はわかる。確かに、この間の俺の術の暴走もその一端の可能性はある。
 だけど、もっと目に見える形で影響は出てるんだ」
「見たところ、これといっておかしな所はなさそうだけど……」
「そう思うか?」

どこもおかしな所はないと言うユーノに、士郎は意地の悪い笑みを浮かべる。
おそらく、知ればほぼ全ての人間の度肝を抜くだろう。
なにせ結果が結果だ。普通、想像もしない様な出来事の筈。

「そうね……シャマル、私達の年齢ってどれ位に見える?」
「え? はやてちゃんと同じ位に見えますから、九歳位じゃありませんか?」
「残念、大ハズレ」
「え? じゃあ、凛ちゃんと士郎君って今いくつなん? クロノ君位?」
「まあ、アイツも年の割に背が低くて幼い感じだからそう思うのも無理はないけど、俺たちはその比じゃないぞ」
「いいから、もったいぶらないで教えなさいよ!」
「……二十七だ。つまりお前達のほぼ三倍で、クロノより一回り以上年上だ」
『…………ウソォォォ―――――!!!』

しばしの沈黙、そして絶叫。まあ、それは当然だろう。
今までずっと同い年だと思っていた人間が、唐突に三倍の年齢だと知らされれば誰でも驚く。

「冗談みたいなホントの話よ。気付いたらこのサイズになってたんだから」
「こっちに来て最初に難儀したのが、住居でもなければ食糧でもなく、衣服ってのは情けなかったけどな」
「衣食住のうち食と住はともかく、衣だけは大丈夫だと思ってたから尚更ね」

『アハハハハハハハ』と軽快に、だが何処か虚ろな雰囲気で笑う二人。
まあ、気付いた時には子どもでした、なんて言うのはブラックジョークにも限度がある。
とはいえ、さすがにある程度予想していたアイリや守護騎士達はそれ程でもない。

「やはりそうだったのか」
「ああ、そういやそんな話してたっけな」
「えっと…シグナムさんとヴィータちゃん、知ってたの?」
「別に知ってったってわけでもないけどな。ただ、あいつらの技術とか経験が妙にアンバランスだからよ」
「魔術的な手法で若返りか肉体年齢の停滞をしているかもしれないと、アイリスフィールから伺っていたのだ」
「でも、まさかそんな理由があったなんて思いませんでしたけど……」
「だが、それならば二人が隠したがったのも頷ける。これ程までに肉体に影響が出ていては、な」

最期にシャマルとザフィーラが考察し、二人が必死になって隠したがった理由を理解する。
それこそ、最悪の手段に訴える者が出てきても不思議ではない。
とはいえ、それでもさすがに他の面々はすぐには飲み込めず、そんな二人を凝視し続けていた。

「ま、信じられないのも当然か。はい、これ」
「何、これ?」
「いいから見なさいって」

凛はそう言って、なのはに一枚の写真を押しつける。
周りの面々も集まってきて、覗き込むようにしてその写真を見た。

そこに写っていたのは、高い身長を筋肉の鎧で覆った偉丈夫と翠の瞳に長い黒髪の美女、そして他一名。
そんな三人組が、厳かな日本家屋の門扉を背景に撮った写真だった。
そして、この写真に写っている二人とパーツが符合する人間を彼女らは知っている。
というか、この状況で渡した以上、何を意味するかは考えるまでもない。

「もしかして、これって……」
「いや、もしかしてもなにも…答えなんて一つでしょ、すずか」
「おお、士郎君結構ええガタイしとったんやね! 凛ちゃんの方は……ちょう残念な感じやけど」
「何を指して残念なのか、あとで詳しく追及させてもらうわよ、はやて」

先日、直接その姿を見ていないすずかとアリサ、そしてはやての三人は、その二人の写真を見て素直に和気藹々とした反応を示す。
まあ、はやての不用意な一言は、モノの見事に凛の逆鱗に触れていたりするのだが……。
しかし、そんな素直な反応する事の出来ない者もいた。

「そっか……やっぱりあの人達は……」
「凛ちゃん達、だったんだね」

先日、月村邸で戦った相手が誰の思念体だったのか。
その正体を知り、なのはとフェイトは悲しげに思い返す。
予想は出来ていた。だが、できればそうであって欲しくなかったのだろう。
だがこの事実により、ある程度あの思念体が二人の何を元にして生まれたのかも理解できた。
そして、男の方に別の意味で心当たりのある守護騎士達も、心中穏やかではいられない。

「懐かしい顔だな。良い記憶などないが……」
「っていうか、いくらなんでも似過ぎですよね?」
「だが、年齢を考えれば本人ではあるまい。この期に及んで年齢を偽っている筈もない」
「でもよ、血筋にしたって似過ぎだし…………ああもう! 分けわかんねぇ!!」

そんなやり取りをする守護騎士達を、士郎と凛は何処か困った様な笑みを浮かべてみている。
彼らからすれば仇敵なのだろうが、士郎には覚えがない。というか本当に知らない。
知っているとすれば、ある意味士郎にとっても仇敵と言えたあの男の方。
とはいえ、その事は追々話す事になるので、今のところは丁重に後回しにされた。

しかし、これに写っているのは三人組なのだ。
つまり……

「ところで凛ちゃん、この人誰? 凄く綺麗な人だけど……」
「そうそう! このお淑やかそうな人誰よ! まさか、これが凛って言うんじゃないでしょうね!?」
「それが私だと何か不都合でもあるわけ、アリサ」
「うん、あり得ない」
「あははは、簀巻きにして川に流すわよアンタ。
まあ、それが私じゃないのは事実だし、柄じゃないってのも否定しないけど」

凛は顔をひきつらせながらそう答えるが、士郎は見逃していなかった。
すずかが「凄く綺麗な人」と言った瞬間、凛の眼が僅かに誇らしげになった事を。
なんだかんだ言っても妹を褒められれば嬉しい。それが自慢の妹なら尚更だ。

「それは妹の桜よ。ちなみに、こっちに来る直前に撮った写真だから」
「はぁ……ホントにこっちに来る前は大人だったんだ。なんか、証拠があっても実感がわかないよ。
それに、この人本当に凛の妹なの? ……なんか、全然似てないけど」
「ああ、それはあたしも思った。なんて言うか、凛と真逆っていう感じじゃないかい?」
「うん、そんな感じだよね」
「フェイト、アルフ、言っとくけどその子、怒らせたら私より怖いわよ」
「「またまたぁ、嘘言わないでよ、凛」」

写真に写る女性の穏やかな笑みからは、凛の言い分はとてもではないが信じられない。
当然、フェイトとアルフははノータイムで凛の言葉を嘘と判断した。
しかし彼らは知らない。この女性、危険度で言えばある意味で凛を軽く凌駕するのだ。

「マジよ」
「ああ、マジだ。桜は凛よりも怖い。正直、何度死を覚悟したか……。
 時々マッサージが伝説の暗殺神拳バリに経絡秘孔を突いてくるし、特にあの復讐帳(誤字に非ず)は……」

そこまで言ったところで、士郎の体がガタガタと震えだす。
同様に、凛も珍しく顔を青褪めている。それだけ、この桜という人物は恐ろしい存在なのだ。

そしてその反応を見た面々は、この二人をここまで恐れ慄かす桜を、一種の怪物として認識した。
まあ、あながち間違ってもいないのだが。
だがそこで、一応は遠坂家の家族構成を知るアイリが疑問を口にする。

「待って! 確か、遠坂の子どもはあなただけの筈じゃ……」
「そうなんだけどね。知ってるでしょ、魔術師で兄弟姉妹って言ったら魔術を教わらずに過ごすか、或いは養子に出されるのが普通、桜は後者よ。で、その養子先で色々あって最終的には出戻って来た、みたいな感じ」

厳密に言うのなら「色々あった」の色々とは、凛と士郎でその家を断絶させてしまったのと同義だったりする。
まあ、今はそこまで話す必要もないし、桜の過去を紐解く気も二人にはない。少なくとも、今のところは。

「ま、とにかく、一応はそれが証拠よ」
「えっと、せやったらこれからは敬語で話した方がええんかな? 年上なわけやし」
「やめてよね、気色の悪い。今さら話し方なんて変えなくていいわよ」
「それに実年齢はどうあれ、今はこんな体だ。変に気にされても違和感があるだけで、こっちも困る」

はやての問いに凛と士郎は素っ気なく返す。
二人からすれば、もうすっかりタメ口には慣れてしまっている。
何より、おかしな仕草を見せればそれが面倒事の種になりかねない。
色々な意味で自然体でいて欲しいだろう。

「まあ、本人達がそう言うんならそれでいいんじゃない?」
「そうだね。わたしも、その方がいいかな」

アリサとすずかの二人をはじめ、他の面々もそれを受け入れた様だ。
彼女らとしても、今さら友人の呼び名を変えるのは変な感じがしていたらしい。
双方合意の上なのだから、問題があるはずもなし。

「とにかく、士郎君と凛ちゃんは並行世界の出身で、移動した時に若返ってしまった。
 そして、その時の影響であの時に能力が暴走してしまった、って事で良いんですよね」
「まあ、概ねシャマルの言ってる内容で間違ってないし、とりあえず今はそれでいいわ」

この口ぶりからもわかると思うが、凛は自分達の体の事も話してもいいかと思っている。
なにせ調べてもわからない。一度魂が定着した肉体は、その魂の情報によって元の体が再現される。
最高精度と言っても過言ではない蒼崎製の人形の場合、その再現度は最早元の体とほとんど差異がない。
その為、真っ当な検査ではこれが人形であるとはわからないのだ。

検査でわからない以上、立証はほぼ不可能。
わざわざ言いふらす様な事ではないが、隠匿の優先度はそれ程高くない。
しかし同時に、立証不可能であるが故に話す意味もない、とも考えているのだが……。
それに、先に話しておかなければならない事がある。

「わかっただろ? 俺達は、世界にとって異物だ。抑止力が働いて、世界が排除しにかかる事もあるだろう。
対象が俺達だけなら俺達の問題で済む。だが、お前達が巻き込まれる可能性は決して低くない。
昨日の件にもその可能性がある。だから……」
「見損なうんじゃないわよ、士郎。そんなの、さっきあの契約書を見せられた時に確認したじゃない。
 何があろうと、わたし達はアンタ達との事をなかった事にする気なんてないの。
 抑止力だか何だか知らないけど、こっちからすればアンタ達の事を調べたがる連中と大差ないでしょうが!」

確かに、抑止力にしろ人為的なものにしろ、迷惑を被ると言う意味では同じだろう。
なら、その確認は今さらなのかもしれない。
だが、それでも堂々とそう言えるアリサに士郎は感嘆を禁じ得ない。

「……そうだな。確かに、そんな事は今さらか」
「ふん! 分かればいいのよ、わかれば」

それで全員の間で同意が得られたのか、もう誰もその点については口にしない。
凛の方は、既に契約書の段階で承知していたのだろう。
肩を竦めて呆れたような溜息をついてから、話を進めるべく口を開いた。

「ま、とにかくこれで話の前提部分は終わり。
 で、次からが本題よ。少なくとも、私達とアイリスフィールにとってはね」
「ねぇ凛ちゃん。それ、わたし達も聞いていいの?」
「今さら何を気にしてるんだか……いい、なのは、それにアンタ達も。
 聞かせる為に呼んだのよ、聞かなくていいなら呼ぶわけないでしょうが!!」
「にゃ~~~!? ごめんなさ~い!?」

思い切り息を吸ったかと思えば、肺活量の全てを使ってどなる凛。
まあ、その事を話すためになのは達を呼んだのだ。故に、なのはの問いは今さらだ。
そりゃ、あくま降臨位して当然だろう。なのはのあまりにすっとボケた問いには、怒鳴りたくもなる。
また、凛達は己の過去以外についても話すつもりでいる。

隠し事をしたくない、という感傷もある。だが同時に、孤立無援に近い状況に置かれている自分達の味方を得たいという打算もあった。この子らであれば、自分達の味方になってくれる、そう信じて。
確かに、味方になったところでまだ彼女達では力が足りないだろう。
だが、そもそも信じられなければ意味がない。力など、あとから幾らでもつけさせられるのだから。

「さて、それじゃあ本題に入るけど…まずは予備知識が必要よね。
 はやて達は別にいいだろうけど、アンタ達はそうじゃないんだし」
「あ、うん。ところで、何の話なの」
「聖杯戦争、俺達とアイリスフィールさんを繋げる大魔術儀式、その話だ」
「私達にとってはただの昔話だけど、アンタ達にはそれなりに得る物があるでしょ……」

そう、この話をする事は凛達だけでなくなのは達にとっても意義があるだろう。
いずれ彼女らが直面するかもしれない苦悩、それは凛達にとってかつて通った道だ。
だからこそ経験談を聞く事で、いつか来るかもしれないその時に備える事は出来るだろうから。

「聖杯……」
「戦争?」
「確か聖杯ってアレよね、キリストが最後の晩餐で使った杯とか、キリストの血を受けたとかって言われてる」
「まって、アリサちゃん。確か『万能の釜』っていうのもあったよ」

なのはとフェイトはその耳慣れぬ単語に首をかしげるが、アリサとすずかには思い当たる節があった。
まあ、この世界の出身でないフェイトは仕方がないだろう。
なのはに関しては、偶々そういった物語を読んだ事がなかったのかもしれない。
とそこへ、一応聖杯戦争の概要くらいは知っているはやてが入ってくる。

「うん、この場合はすずかちゃんの方が正解やね。冬木って町でな、そのどんな願いでも叶えてくれる『聖杯』を作る儀式が行われたらしいんよ」
「どんな、願いでも……」
「フェイトちゃん……」

はやての言葉に、フェイトはどこか陰のある顔をする。
半年前、同じような代物を巡って色々あったが故に心中複雑なのだろう。
それを間近で見て知っているなのははなんと声をかけていいのかわからず、ただ寄り添う事しかできずにいた。

だが、フェイトにとってはそれだけでも十分だったようで、少しだけ表情が柔らかくなる。
フェイトはなのはに優しく微笑み返し、凛の言葉に耳を傾けた。

「ふむ、やっぱりはやては知ってたか。
 まあ、詳しい経緯とかは省くけど、元はとある三つの魔術師の家系が参加した儀式なの。
 それが遠坂、マキリ、そしてアインツベルンの三家。後に御三家と呼ばれる家系よ」
「それって、凛とアイリさんの?」
「そう言う事。まあ、元々聖杯探求をしていたのはアインツベルンだけで、残りの二家は後からアインツベルンに誘われた、っていうのが正しいんだけどね」

アリサの問いに、凛は出来る限りかみ砕いて説明する。
あまり魔術的な話をしてもわかり難いだろうし、何より時間がかかりすぎるのだ。
しかしそこで、アルフがなかなかいい所を突いてくる。

「誘ったって事は、自分達じゃそいつを作れなかったのかい?」
「いや、確かに聖杯そのものは作れたのよ。ただね、アインツベルンはそれの中身を用意できなかった。
 だから、遠坂とマキリを利用してその中身を用意しようとしたってわけ」
「り、利用? でも、協力し合ってたんでしょ?」
「ま、魔術師ってモノを良く知らないならそう思うわよね。いい? 確かに御三家は協力して聖杯を作ろうとした。でもその実、どいつもこいつも他の二家を出し抜いて聖杯を独占する気満々だったのよ」

ユーノの問いに、凛は「バカバカしい」と言わんばかりの表情で解説する。
その結末を知る身としては、不毛さが際立って感じるのも当然だ。

「でも、そんなのおかしいよ。だって、折角協力して作ったんだから、皆で使えばいいのに……」
「なのはの言う事は正しいけど、聖杯なんてものが量産できるはずないでしょ。
 数に限りがあれば必然的に争奪戦になるわ。そこで聖杯探求が、聖杯を奪い合う聖杯戦争になったわけ」

皮肉気な調子で語る凛だが、八神家を除くその事情を知らなかった面々は、何処か複雑な表情を浮かべている。
彼らからすれば、どこか人の浅ましさを突き付けられた様な気がしたのかもしれない。
逆に八神家一同は、当事者でもあったアイリに気遣わしげな視線を向けていた。
しかし、そんな彼らの反応を気に留める事もなく話しは続いて行く。

「聖杯戦争は過去五回行われ、一回目と二回目は取り合ってるうちにタイミングを逸して失敗、三回目は中身を受け入れる器が壊れてやっぱり失敗したそうよ。
そして、アイリスフィールが参加したのが四回目で、私と士郎が五回目になるわ」
「むぅ、ところで凛、さっきから中身中身って言ってるけど、中身ってなんなの? っていうか、なんでアイリさんの所はその万能の釜ってのを作ろうとしたわけ?」
「さすがに目の付け所が違うわね、アリサ。これが冬木の聖杯戦争のとんでもないところでね、聖杯の中身は馬鹿げた量の魔力よ。それこそ、魔術師じゃ一生かかっても使いきれない程のね。確かにそれなら、どんな願いもかなえられるでしょうよ。
 でも、本当に問題なのはそこじゃない。重要なのは、どうやってそれを工面したかよ」
「どうやってって……やっぱりどこかから集めるんじゃないの?」
「それはまだ前段階ね。冬木は霊的に優れた土地だったけど、それでも聖杯戦争を起こす為には六十年に渡って地脈が枯れない様に徐々に魔力を吸い上げなければならなかった。でも、それを直接聖杯の中身にしたわけじゃないの。あくまでも、それは聖杯の中身を用意するための呼び水でしかない」
『呼び水?』

凛の言葉に、なのは達は頭に疑問符を浮かべる。
それはそうだろう。莫大な量の魔力が必要なだけなら、そうやって気長に集めるだけでいい。
だが、実のところ聖杯の中身に必要な魔力をその方法で集めるには六十年では足らない。それこそ、数百年単位で時間がいるだろう。いや、それでも足りないかもしれない。何より、それだけでは本来の目的を達せない。
だからこそ、六十年かけて集めた魔力を呼び水にするのだ。

「聖杯の中身はね、“英霊”……って言われてもわからないか。
 英霊とは歴史上の偉人・英雄のことよ。後世、信仰の対象となった彼らは輪廻の輪や時間軸から外れ、世界に召し上げられ人間より上位の存在へと昇華する。
ま、早い話が普通の人間とは違う特別待遇を受けるって事よ。軍神として各地の関帝廟に祀られてる三国志の関羽とか、大宰府に天満天神として祀られた菅原道真なんかがわかりやすい例ね。彼らは死後、経過はどうあれ神として扱われた。それを世界のシステムレベルで、形式だけでなく内実も伴って成立した存在が英霊なの」

英霊の概念を知らないなのはたちにとって、その話自体は正直信じがたいものだろう。
だが他ならぬ凛が、この上なく真剣かつ神妙な顔立ちで語るその話に口を挟むことは、彼女らにはできなかった。
そんななのはたちの様子に気づいていながら、凛は立ち止まることなく話を進めていく。

「聖杯戦争では七人のマスターが選ばれ、一人につき一騎、計七騎の英霊を召喚し使役するわ。ただ、本来人間に御せる様な相手じゃないから、令呪っていう三度限りの絶対命令権が与えられるんだけどね。
それが英霊と呼ばれる“霊長最強”の魂よ。これを還元して得られる魔力は次元が違う。
 まぁ、英霊を生贄にするのはそれだけが目的って訳じゃないんだけど、今は置いておきましょ」
「つまり、聖杯戦争って……」

凛の言葉から、ユーノを始め皆がある一つの想像に至る。
だがそのあまりの血生臭さに、誰もが顔色を悪くし唇を震わせていた。
そして、そんな皆の反応を凛は軽く受け流す。

「多分アンタ達が考えている通りよ。というか、曲がりなりにも戦争なんだから、そりゃあ殺し合うでしょ、普通。汝、聖杯を欲するなら己が最強を証明せよってね。
 敵の英霊を殺し、己が英霊をも聖杯にくべる、万能の願望器を手にする為に。全く、悪趣味というかなんというか……。ま、万能の願望器までなら七騎全てを贄にする必要もないんだけどね」

まるで「万能の願望器」を軽視するかのような言葉に、事情を知らないなのは達は困惑する。
当然だろう。どんな願いでも叶うと言われる代物を軽く見る方がどうかしている。
それには無論理由があるが、その理由を知らないなのは達にはやはり困惑する事しかできない。
そこですずかが、この状況では極々当たり前の質問を口にする。

「それって、どういう意味なの?」
「万能の願望器なんてのは副産物に過ぎないからよ。本来の目的は、アインツベルンから失われた第三魔法の再現、或いは根源への道を開く事にある。
そして、そのためには七騎全てを生贄として捧げる必要があった。敗れた英霊は根源へと還っていく、これを利用して根源への道を確保しようとしたの。とはいえ、これを知っていたのは御三家だけで、外様の魔術師は願望器としての聖杯を求めた訳だけど…これは余談かな。
 一応勝ち残った英霊にも聖杯を使えるっていう報酬はあるんだけど、これじゃ茶番もいいところね」

せせら笑う凛に対し、事情を知らなかった子ども達はあまりの事に顔を強張らせる。
それはそうだ。英霊という、人類の中でも突出した存在を呼び出し戦わせ、あまつさえ生贄にするなど。
真っ当な良識を持った人間ならば、本能的に忌避感を覚えて当然だ。

ましてや、この場にいる者の半分は子ども。
凛の口から当たり前のように溢れ出る「殺す」という単語に、当然ながら顔が青ざめていく。
如何に魔術師の悲願のためとはいえ、どうしてそんな事が出来るのか。彼女らには理解できなかった。
そしてそれこそが、両者の間に隔たる不可視の溝でもある。

「ついでに言うと、この場合危険なのは英霊だけじゃない、マスターもよ。
ううん、それどころか一般人にも被害が出る事がある」
「な、なんで!? だって、戦うのは英霊さんだけなんでしょ!」

凛の不穏極まりない発言に、なのはは色めき立つ。
それは他の子ども達も同様で、凛に視線を集まった。
そこには少なからぬ険が宿っているが、その程度で動じる凛でもない。

「サーヴァントはマスターと契約しなければ現界できない、使い魔に準ずる存在よ。だから、一番簡単に勝つ方法はマスターを殺す事なの。というか、そもそも英霊は人間以上の存在、本来人間に勝ち目なんてないわ」
「ちょ、ちょっと待って! 英霊さんって、そんなに強いの?」
「まあね、よっぽどの例外でもない限り人間じゃ太刀打ちできないわよ。
 もちろん、私と士郎も戦えばまず間違いなく殺される。そりゃ少しはもたせられると思うけど……」
「そんな……」

自身にとって一つの目標とも言える二人ですら、勝ち目がないと聞かされ息を飲むなのは。
同様に、二人の力を知る者達も戦慄を隠せない。
だがそこで、凛はふっと思い付いたかのように付け足す。

「まあ、単純な火力とか破壊効率っていう意味でなら魔導師の方が優れてるんだけど……」
「え? じゃあ、魔導師の方が強いんじゃないの?」
「気持ちはわかるけど、そう単純な話じゃないわ。なんて言うか、戦闘能力の方向性が違うのよ」
『方向性?』
「そう。一口に戦闘能力って言っても色々種類があるわ。単純なところではスピード重視とパワー重視とかね。
例えるなら英霊は戦闘機で、魔導師は重爆撃機よ。都市破壊や火力でなら文句なしに爆撃機の方が優れているけど、ドッグファイトをしたら戦闘機の方が有利でしょ?
それと同じよ。想定している戦いが、戦闘能力の向いてる方向が違うの。単純比較なんてできっこないわ」

フェイトの問いに、凛は自らの認識を述べて行く。そして、それは概ね正しいと言えるだろう。
純粋な破壊行為で競えば、まず間違いなく魔導師が勝つ。英霊と言えど、そのほとんどは白兵戦を主体としている関係から、攻撃範囲や破壊性能そのものには難がある。

しかし、一歩でも間合いに入ってしまえばそこからは英霊の独壇場だ。
基本的な肉体的スペックが次元違いであり、白兵戦技能に関しては神域にある彼らである。伝説の幻想種や竜種、あるいは神々と戦ってきた彼らにとって、人間の域を出ない魔導師は得物が届くところにいれば脅威は高くない。
無論、これは非常に大雑把かつ乱暴に解釈したものなので、一概に断ずる事は出来ない事を追記する。

「それってやっぱり、凛ちゃん達魔術師さんが相手でも同じなんだよね?」
「まあね。私達も火力や汎用性じゃアンタ達の足元にも及ばないけど、特異性に関してはいい線いってると思うわ。特に暗示みたいな内面干渉や呪詛の類なんて、アンタ達にとっては鬼門でしょ?」

なのはの質問に答えつつ、凛はシグナムに話を振る。
なのは達などははっきり言ってまだまだひよっこにすぎない。
ならば、百戦錬磨のシグナムに意見を求めた方が確実だ。
そしてその解答は、概ね凛の思っていた通りのものだった。

「確かに、呪いなどどう破っていいのか見当もつかんな」
「でしょうね。アンタ達、そういうオカルトな方面はからっきしだし。
概念武装もそうだけど、呪詛に限らず魔術は割とアンタ達の常識から外れた術が多いわ。
強力ではないけど特殊で異常、それが魔術よ。
言わば裏技、変化球を使って相手の読み……いえ、想像の外から攻めるのが私達のやり方よ。
(まあ、だからこそ脆い部分があるのよね。先鋭的に特化し過ぎてるから、特化してる部分を避けられると結構簡単に攻略されるし……)」

最後の部分に関しては、自身の弱点を晒すような部分なだけに心中で呟くのみにとどめる凛。
たとえば「熾天覆う七つの円環」や「第七聖典」がいい例だろう。
どちらも優れた宝具と概念武装だが、決して万能ではない。むしろその逆だ。
熾天覆う七つの円環は投擲武器以外にはその真価、鉄壁の防御力が発揮できない。
第七聖典もまた、人間相手には単に物騒な武器でしかないのだ。
優れた武装であるのは事実だが、それ故に隙も多い。いや、むしろ長所以外はすべて弱点とさえ言える。
これは程度の差はあれ、神秘の側に属するもの全体(無論例外は存在するが)に言える傾向だ。

そして、これもまた彼らが自身の神秘を知られまいとする理由の一つ。
知られれば、能力の隙を容易く突かれて死にいたるのは目に見えている。
なら当然、自身の能力は徹底的に秘匿しようとするだろう。

ちなみに、凛は自分達のやり方を変化球に例えた。
だがこの場合、切嗣や士郎は直接バッターの頭を狙ってくるタイプだろう。
相手を打ち取るのではなく、討ち取る。最も手っ取り早く対戦者を排除するのが、彼ら魔術師殺しのやり口だ。

「と、ちょっと脱線したわね。話を戻すけど、そんなわけだから英霊がマスターを狙った方が楽なのよ。英霊同士じゃどっちが勝つかわからないしね。それに、マスターを失った英霊は依り代を失い消えるしかない。そりゃあしばらくは現界出来るけど、それも時間の問題。
ほら、わざわざ倒し難い英霊と戦うよりその方がずっと簡単よ。
まあ、だから基本的にサーヴァントはマスターを守る事を最優先にするから、そう簡単にマスターが殺される事もないし、結局サーヴァント同士が戦うのが普通なんだけどね。
だけど、仮にサーヴァントの方を倒しても、やっぱりマスターを殺すのが常道よ。だって、他でマスターを殺されて野良になった奴と再契約されちゃたまらないし」
「でも、それならなんで普通の人達まで……」
「英霊はその本質が霊体だからね。彼らのエネルギーは魔力だけど、人間の精神や魂を喰らう事でも補填出来る。
稀にね、能力の低いマスターが英霊に人間を襲わせる事があるわ。だから、一般人にも被害が出るの。
「そんなのって……」
「酷い……」

なのはやフェイトはそのあまりの凄絶さに言葉を失くす。
だが、それは何に対してだろう。望まぬ搾取を強いられる英霊への同情か、それとも強いるマスターへの非難か。
あるいはもっと話を遡り、平然と私利私欲のために殺し合う儀式そのものへの義憤か。
確実に言えるとすれば、何の罪もなく、それどころか完全に無関係な一般人まで巻き込まれる理不尽への怒りだけだろう。

「わかった? これが魔術師よ。皆が皆一般人を犠牲にするってわけじゃないけど、そう言う連中もいる。
 そして、別にそういった連中を咎めたりはしない」
『っ!?』
「もし咎められる事があるとすればそれは唯一つ、魔術の秘匿が破られた時だけ。バレなければ何をしてもいい、それが魔術の世界。犯罪者と同じ穴の狢、それどころか場合によっては遥かに性質が悪い。
 …………なのは、フェイト、それにはやて。局に入るのなら、これからアンタ達が相手にするのは私達みたいな人種よ。だから私達の事を話す事にした。私達がこれまでに見て感じて、そして知った事を教える事は、きっと意味があるから」

真剣な表情で凛は三人にそう告げる。
もし、これで三人が自分達を恐れ忌避するようになったとしても、それは仕方ないと受け入れていた。
自分がそう言う人種だと凛は理解していたし、理解した上でそう生きてきたからだ。

無論、凛は一般人を研究の為に犠牲になどしてこなかった。
だが、自身がそういう人種と同じである事を否定する気もない。
自分はやらないが、それでもやはり自分とそいつらは同類なのだと、彼女は承知しているのだ。
理由は何であれ、彼女もその手で多くの命を殺めているが故に。

「それでもまだ、私達を信じる?」
「………………………当たり前だよ。だって、凛ちゃん達はその人達と違うもん」
「どうかしらね。動機は何であれ、私達が人殺しである事に変わりはない。
士郎の場合『少しでも多くの命を救う為』だったけど、私にそんな大層な理由なんてなかったし……」

なのはの問いに、凛は肩を竦めるようにして答える。
凛の戦う理由は、確かにそう立派なものではないだろう。
士郎と違い、凛は見ず知らずの赤の他人を助けるために奔走するタイプの人間ではない。
彼女はただ、いつでもたった一人の男を護るために戦場に立っていたのだ。

凛はあえてその理由を口にはしなかったが、なのは達は言葉にされずとも何となくそれを察していた。
それを知ってか知らずか、凛はそのまま続きを紡ぐ。

「それに、この際重要なのは理由じゃなくて結果よ。
はっきり言わせてもらうけど、私達はこれまでに山程人間を殺してきた。正確な数なんて私達にもわからない。大人数を纏めてってのも珍しくなかったし、悠長に数を数えていられる状況ばかりじゃなかったからね。
それでも殺めた命は三百を下らないし、とばっちりや巻き添えを含めたら数えるのも馬鹿らしいわ。
何しろ、老若男女を問わず、赤ん坊だって例外じゃない。実際、一つの村や集落を切り捨てた事もある。
当然、アンタ達くらいの子どもも殺してきたわ」

いっそ、軽い位の口調でかつての所業の一端を明かす凛。士郎もまた、かつての行いには何も言わない。
重さを感じさせない口調が、沈黙を守る士郎の姿が、何よりも雄弁に事実であると物語っている。
無理からぬことだが、なのは達は思わず表情を強張らせて俯き、目には涙を浮かべていた。

「……助けたかった、救いたかった…それは嘘じゃない。
だが、そんなものは免罪符にならないんだ。どんな理想があっても、俺が多くの命を奪った事実は変わらない。
いや、そもそも『誰かの、何かの為に』なんて戯言こそが低俗な責任転嫁だな。
怨嗟を背に屍の山を築き、血の海を作る。それが俺達の半生であり、目を逸らしちゃいけない現実なんだから」
「そうね。だけど、それで事態が好転したならまだマシかしら。
私達のせいで泥沼になったり、戦火が広がったりした戦争もあったし」
「ああ、その場・その瞬間の最善が、明日においてもそうとは限らない。
その日、先を見越した上で最善を尽くしたとしても、予想外の事態から裏返り最悪の結果に繋がる事がある。
全能ならぬ人の身の矮小さを……思い知る日々だったよ」

数多の命を奪い、大勢の人々に絶望を抱かせ、数え切れない程の人生を狂わせた。
挙句の果てに、最善と信じた決断が裏目に出て、最悪の結果を招いたことさえある。
無論、望んだわけではない。だが、それが士郎達の過去。

正しいだけでは救えないから、より多くを救うために「正しさ」を断ち切った。
たとえ、最悪の結果につながるかもしれないとしても、今できる最良を尽くし続けた。
そして、想いや願いで行為と結果を正当化する事はできず、罪が赦されるわけではない事もよく知っている。

だからこそ、なのは達に重々しく問いかけた。
血塗れの過去と現在を持つ、自分達と共にあるのかを。

「それが私達よ。それでも、アンタ達は私達を信じるというの?」
「……………信じるよ。わたしは、わたしの知ってる二人を信じる。
 私の知ってる凛ちゃんと士郎君は、本当はすごく優しいから。今だって、平気な顔して凄く悲しそうな目をしてる。そんな二人を、わたしは信じたい」
「………………………好きにしなさい。それで、アンタ達も同じなわけ?」

凛の問いに皆は深く頷き返す。そんな反応に、凛は小さなため息をついた。
そこにどのような感情が宿っているかは、余人にはわからない。

だが、全く嬉しくないと言えば嘘になるだろう。
一般人。なのは達をそう評していいのかは微妙だが、とりあえず分類的にはそちらよりの友人がいなかったわけではない。しかし、その友人達は一人としてその裏の顔を知らなかった。
だが、今ここにいる友人達はそれを知り、なおかつそれでも友人として向き合ってくれる。
それを嬉しくないと断ずる事は、凛にも出来なかった。

「まあいいわ、とにかく話を進めるわよ。
で、ここからはアイリスフィールにも参加してもらおうと思うんだけど、良い?」
「順序としては、私から話した方がいいのでしょうね」

確かに、凛達が経験したのが第五次である事を考えれば、第四次に参戦したアイリから話すのが正しい流れだ。
アイリもそれに納得したのか、一度目を閉じ過去を反芻する。
誰もそれを急かす事はせず、ただゆっくりと時間が過ぎた。
そして、時計の秒針が三周程したところでアイリの目が開かれる。

「まず、私の事から話しましょうか。はやて達はもう知っているけど、私は人間じゃない」
『え?』
「私は第四次聖杯戦争において、聖杯の器を守るために作られた外装、錬金術で鋳造されたホムンクルスよ」
「あの……それって、わたしみたいな?」
「? テスタロッサさんの事はよくわからないけど、私は魔術による人造生命体よ。私に親はいない、ただ目的のために作られた存在。どちらかと言えば、使い魔のそれに近いかもしれないわね。
 さっき遠坂の子が言っていたでしょ? 第三次聖杯戦争は、聖杯の器が破壊されて儀式半ばで終わってしまった。その失敗を教訓に、聖杯に自己管理能力を備えたヒトガタの包装を施したのが私。
 あらゆる危険を自己回避し、聖杯の完成を成し遂げるために『器』に『アイリスフィール』という偽装を施したのよ」

その告白に、八神家と魔術師組を除く全員が息を飲む。
たしかに効率的かもしれない。だが、そのあまりに非人道的な発想は、彼らには受け入れがたいのだ。
なにより、自身を「偽装」と言い切るアイリに、皆が戦慄していた。
それは認識の相違。彼女の本質を皆は「人」と考え、魔術師は「聖杯」という名の道具であると考える。
この決して相容れない認識の差こそが、両者の超える事かなわぬ隔絶だ。
その事を理解できるアイリは、理解できない皆をあえて気にせず話を進める。魔術師の事も、両者の隔絶も、彼女らが理解するにはまだ早いと知るが故に。

「でも後になって、私に新たな役目が与えられたわ」
「それが、衛宮切嗣との間に子をなすって事なわけね」
「ええ。元々、アインツベルンの魔術は戦闘向きじゃない。そこでお爺様は外来の魔術師、当時『魔術師殺し』として悪名を馳せていた切嗣を招いて、マスターとして参戦させた。
元より、アインツベルンの目的は聖杯の完成とそれに伴う第三魔法の再現だけ。切嗣がそれをなしてくれるのであれば、不満はあっても文句はなかった。
 ただ、それでも万全とは言い難い。そこでお爺様は、次の戦いの事も視野に入れてイリヤを産ませたのよ」
「だから、あの子もまたあなた同様聖杯の外装ってわけか」
「そうなるわ。違いがあるとすれば、あの子の方が私より高性能というだけね」

凛とアイリのやり取りに、誰一人として口を挟めない。
二人は当たり前の様に話しているが、その会話の内容はあまりにも命というモノを軽視している。
本来神聖であるはずの出産という行為を、アインツベルンは道具の製造工程の一つとしか見ていなかったのだ。

故に、誰もがその双眸に、神聖なものを汚す事への嫌悪と命を軽視する事への義憤を宿していた。
中でもフェイトのそれは強く、怒りに肩を震わせ瞳には苛烈な光が宿りつつある。
あるいはその感情は、憎悪に近かったかもしれない。
しかしそこで、すずかがその会話の中に含まれていたある単語に反応した。

「あの、魔術師殺しって……」
「魔術師として魔術師を知るが故に、最も魔術師らしからぬ手段で魔術師を殺す者。文字通り、魔術師を殺すこと事に特化した暗殺者。『衛宮切嗣』に与えられた、異名と呼ぶにはあまりに禍々しい忌名よ。
でもそれは、聖杯戦争において最高の人材である事の証明でもある。アインツベルンが彼を招いたのは、戦略的に正しかった」
「ええ、切嗣は魔術を研究対象としてではなく、只の道具と考えていた。その点において、あなた達に近いモノがあると思う。それは何も魔術に対するあり方だけじゃなくて、その願いもまた」
『え?』
「魔術師殺しなんて呼ばれてはいるけど、あの人は本当は誰よりも優しい人。
だけど、世界平和を願う夢想家でありながら、その実現においては冷酷非情のリアリストだった。それ故に、最も効率的かつ確実な方法で、より多くを救うために戦ったのよ。
ただその手段は、誰もが否定し嫌悪をするものだったけど」
「あの、それって……」
「俺が知る限りでも旅客機の撃墜、高層ビルの爆破等々、普通に考えればテロリストのそれだ。
ま、俺も爺さんの事を言えた義理じゃないけどな。
それでも親父の一連の行動は、数字の上では事を最小の被害で抑える為に最適なものだった」
「でも、命は数で計って良いものじゃ……!!」
「ああ、確かにフェイトの言う通りだ。人は紙の上の数字じゃない。
けど、それなら何を基準にする? 重さなんて計る者によって違う。年齢・性別・人種、何を基準にしてもそれは差別になる。だから、もし絶対的な基準があるとすれば、それはやはり“数”しかない。
命に貴賎はなく、そこに軽重を問わず、定量の一つの単位として扱う、それが衛宮切嗣だった。
仮に、親父がやらなかったらその何十・何百倍という犠牲者が出ていた件がいくつもあった。
だからこそ、誰もが最善と思っても許容できない、そんなやり方を親父は実践していた…するしかなかった」

おそらく、最も衛宮切嗣に近しい所にいたであろう二人から語られる人物像。
その内容に、誰もがはっきりとした意見示す事が出来ない。あるのは瞳の奥に秘められた、命を数で捉える事への嫌悪感と非道・外道を行う事への義憤だけ。
……だが切嗣の行いを頭から否定する事は、誰も出来ずにいる。
なぜならそれ否定するという事は、「救えた命を見捨てるべきだった」と言う事と同義なのだと理解できるから。

最も効率の良い救済、それに必要な最小の犠牲、その為の倫理や道徳を無視した手段。
確かにそれが一番なのかもしれない。
犠牲なしには何も得られない。陳腐な言葉だが、同時に真理でもある。金銭を払わずに物は買えない、これはその延長線上にある事柄だ。
彼女らは、それを頭で理解できるくらいには賢く、理性で納得できないくらいには幼かった。

もし、それを目の前でやられたのならいざ知らず、言葉としてのみ知らされたからこそ冷静に考えてしまう。
否定できない、できるはずもない。過程は「最悪」だが、その結果は「最善」なのだから。ここで「最悪」を否定すれば、「最善の結果」もまた否定してしまう。
救われたという事実を否定しないためには、切嗣を肯定するしかない。

それを理解できるが故に、誰もが押し黙る。
だがそれでも、まだ幼く潔癖な子ども達に、それを一つの在り方と認める事などできるはずもない。
否定できない、したくても救われた命を否定できない。だが、そのやり方を認めてしまうわけにもいかない。
故に、口からこぼれるのは弱々しい抵抗の言葉だけ。

「でも、そんなの……」
「間違ってる、か?」
「…………シロウのお父さんの事をこんな風に言いたくないけど、それでもわたしは……絶対に、認められない」

間違っている、ではなく「認められない」。
その言葉こそが、何よりも雄弁にフェイトの心情を物語っている。

とはいえ、ここまでならただの子どもの駄々にすぎないし、それだけならその主張には一片の価値もない。
一人も殺さずに救えるならそれに越したことはないが、それが出来ないからこその「必要な犠牲」なのだから。
しかし、それを認めた上で否定するとなれば、話は違ってくる。

「どれだけ結果が良くても、過程を正当化できるなんて、思わない。
大勢の人を救ったのは立派だと思うし、差別しないのは凄い事だよ。わたしにはそれだけの人を助ける事も、差別しない事も出来るとは言えない。だからその事は、本当に尊敬していいんだと思う。
でも、人を殺した事は変わらない。子どもっぽい我儘かもしれない、現実が見えてないのかもしれない。
だけど、それとこれは別の問題だと思う。殺されなきゃ救えなかった命はあるかもしれない。
でも、殺されていい命なんてない! そんなやり方は認められない! どんな理由があっても、命を自由にする権利なんて誰にもない!! 例え救われた命を否定する事になっても、わたしには認められない……!」

それは、フェイトなりに必死に悩んで出した心の叫び。
根幹にあるのは確かに子どもらしい潔癖さだろう。だが、それでも血を吐くような気持ちで彼女は叫んだ。
殺さなければ救えなかった命、必要だった犠牲の存在を肯定した上で、なおそのやり方を「認めない」と言う。
それは救われた命を否定するという事。それを彼女は確かに理解している。理解してなお言葉にして拒んだ。

思うだけなら、口先だけで否定するなら容易い。
だが、フェイトにも失ったものがある。自身の生い立ちに暗い影を持つが故に、彼女は人一倍命に対して敏感だ。
だからこそ、命を否定する言葉を吐く事は、彼女にとって身を切る様な痛みを伴う。

それでもその言葉を吐いたのは、彼女なりに決して譲れない思いがあったから。
たとえそれが子どもの戯言でも、醜いエゴでも構わない。
これは、そうと自覚しても譲れない物があると言うだけの話。

そして、それは何もフェイトだけに限った話ではない。
子どもたちは一様に強い意志を宿した目で士郎を射抜く。
言葉にせずともわかる。皆、フェイトと同じ気持ちなのだと。
だが、その視線を士郎は氷の瞳でねじ伏せる。

「理解した上で認めないと言うのならそれも一つの決意だ、否定はしない。救われた命を否定しているという事を理解できないお前たちじゃないし、その情けない顔を見れば一目瞭然だよ。
だが、これから先の話ならどうだ? お前達の我儘の結果、目の前で多くの命が失われるかもしれない。
全員を救うという希望は否定しない。そういう事もあるだろう。しかし、お前達が思うほど世界は優しくない」
「分かってる……なんて言わない。きっと、わたしは…わたし達は何も分かってない。
 殺さなきゃいけない状況なんて、想像もできないから。でも、それは確かにあるんだよね?」
「……」

答えるまでもない、巌のように険しい表情が雄弁に物語っている。
そんな光景を、士郎は数え切れないほど見てきたのだから。

「その時、できるならみんな救いたい。だけど、それはきっと簡単な事じゃないんだってこと位は…わかる。
 もしかしたらわたしも…………と思うけど、そんなのはやっぱり嫌なんだ。
 わたしは、自分の手を汚す事が怖い。自分がかわいいだけだとしても、怖いからしたくない。
命なんて、わたしには重すぎるから」
「なら、そんな道を選ばなければいい。直面しなければ、悩む事もない。
平穏を望み、そう生きる権利がお前達にはある」
「うん。だけど、できる事があるのにしないなんて事も…出来そうにない。
 他の誰でもなくて、わたしがわたしを許せない。だから、やっぱり執務官を目指すことに変わりはないよ」
「そうだね、わたしも同じ…かな?
 いつかその時がきたら、きっとわたし達は最後まで抵抗するよ。その方が、ずっと気楽だと思うの」
「せやね。情けなくてカッコ悪くても、そっちの方がええ。
 それにな、ホンマにその時どうするかなんて、その時になってみんとわからへんよ。
士郎君には失望されてまうかもしれへんけど、これがわたし達の本音や」

フェイトもなのはも、そしてはやても、自身の弱さを隠すことなく吐露する。
ここまで弱さを取り繕わずに本心を口にすれば、それはいっそ強さと言えるだろう。
また、如何に想像力を働かせたところで限度があるのも事実。
はやての言う様に、その時にならなければ結果はわかるまい。
とそこで、唐突にはやてはすずかとアリサに話を振る。

「すずかちゃんとアリサちゃんは、どう思うん?」
「え? えっと……わたしね、小さい頃は色々な事を諦めてた。わたしは普通じゃないから、普通になんて生きられないって。
 だけど、違うんだよね。諦めてたから無理だっただけで、欠片位の可能性はいつでもあったんだ。
 それを皆が教えてくれたから、わたしは諦めたくないし、皆にも諦めないでほしい。
 多分なのはちゃん達とは違う生き方になるけど、それでもその気持ちは変わらないよ」
「わたしは……正直、その時どうするかなんて聞かれても知ったこっちゃないわ。皆と違ってこっちは普通人だもの、立派なことなんて言えない。何か言っても、薄っぺらい事しか言えそうにないから言わない。
わたしが言いたいのは、人殺しが嫌いって事だけ。もちろん、それが士郎達でも関係ない。アンタ達が沢山人を殺してるって言うなら、アンタ達のそういうところは嫌いよ。他の所がどれだけ好きでも、そこだけは嫌い。
なのは達は優しいから、全部ひっくるめてアンタ達を友達だと思うんでしょうね。でも、友達の全部を好きになる必要なんてないでしょ? だから、アンタ達のそういうところを嫌いなままでいるわ。
わたしは、なのは達ほど優しくないからね。文句ある?」

アリサの言葉を聞き、士郎と凛は笑い出したい衝動を堪える。
フェイト達の言葉にしても、弱さを明らかにし、出した答えに苦悩してくれた事には安堵をおぼえた。
だが、アリサの言葉が純粋に士郎達は嬉しい。同時に、「お前が一番優しいじゃないか」とも思う。
無条件に受け止める事だけが優しさではない。時に、こうして嫌ってくれる事もまた優しさなのだ。
しかし、それに感謝を述べるのは違う。アリサの優しさに答える術は、そんな安易なものであってはいけない。
それを理解しているからこそ、士郎は心の中でのみ感謝を述べ、全く別の言葉を口にする。

「……いや、文句なんてあるわけない。むしろ、怖い事を怖いと、嫌なものは嫌と言えるお前達が俺は好ましい。
確かに切嗣のやり方は“よりマシ”な結末を掴むだろう。でも、お前達がそれを真似する事はない。むしろ、そんな事しちゃいけない。切嗣は、ある意味で誰よりも強かった。どれだけ傷ついても、どれだけ苦しくても、それでもなお歩みを止めないそんな強さがあった。それは、切嗣だからできた事だ。他の誰にも同じ事は出来ない。できるとすれば、それは……空っぽの人間だけだよ。お前達にそんな強さはない、お前達には中身がある。だから、絶対にそんな事は出来やしない。できもしない事をしようとしても不幸になるだけだ。
だから、やり方は自分で決めろ。ただ俺は、俺の知る全てを教えるだけだ。幸い、外道・非道と呼ばれるやり口には長けてる。それを知り対策を身につける事は、きっと役に立つだろう。
でも、最後の一線は自分で決めろ。知った上で甘さを抱えて進むもよし、時に非情になる事を受容するもよし。お前達の人生だ、好きなようにすればいいさ。
お前達が『最後まで』自分の道を信じ抜いてくれれば、俺はそれでいい」

十年に渡り苦悩し続けてきた士郎だからこそ、その言葉は重い。
なにより「自分の道を信じ抜く」こと、その難しさがいい意味で彼女達には理解できない。
それがどれほど困難なことなのかイメージできないが故に、果てしなく遠い道のりと感じていた。
だがそこで士郎はその相貌を崩し、穏やかに語りかける。

「そもそも、お前達はまだ十歳にもなってないだろ。
答えを出すのも、スレて諦めるのも、まだまだずっと先の話だ。
いずれ選択を迫られる時が来るかもしれない。だけど今は、その素直な気持ちを大切にしてくれ。できるなら、この先もずっと。……俺はただ、最後まで陽の下で胸を張って生きて欲しいと、そう願うだけだ」

最後の呟きに宿る何かは、重く圧し掛かっていた言葉の数々を子ども達の心と体に沁み渡らせていく。
恐らくは手放せないであろう自分達の甘さを、世界の冷たさを誰よりも知るこの男は望んでくれる。
それだけで、子どもたちはどこか救われるような気がした。

同時に、ただ優しいだけではないことにも気付く。
より多くを知って、それでもなおその在り方を損なわないでほしいと、無理難題を押し付けようとしているのだ。
ある意味、冷酷さや非情さを押し付けるより性質が悪い。
そのままであることの難しさと辛さを、誰よりも知っているというのに。

それに気づいて誰もが一瞬不満を抱くが、長続きはしない。
なんと言われたところで、そう生きることに変わりはないと分かっているからだ。
ならば、誰に文句を言っても仕方がないと、そう納得してしまっていた。
そこで凛は、手を打って話を元の場所に引き戻す。

「ほらほら、いい加減時間もアレだし、さっさと本題に戻るとしましょ」
「そうね。第四次聖杯戦争は、寒い…そう、とても寒い冬に起こったわ。
 切嗣はアインツベルンの城でサーヴァントの召喚を行い、そして彼女が呼び出された。
 私達の狙い通りの、だけどちょっと予想外な彼女が……」

呼び出されたのは一人の少女。
失われた鞘を触媒に、騎士の王たる英雄が魔術師殺しの下に招かれた。
本来、真逆といってもいいあり方のマスターとサーヴァント。
故に互いに理解を深める事はせず、ただその関係だけがあった。

いや、それどころかマスターはサーヴァントと別行動をとる事を選択する。
その代わりに、代理のマスターとして己が妻をあてがった。
そうする事で、より効率良く敵の背中を狙えるようにという策略をめぐらして。

やがてその時は訪れ、妻と夫は愛娘に別れを告げる。
妻は永久の別離を、夫は再会を約束した。
そうして彼らは、戦いの地へと参じる。
そこに、悲願を叶える最後の希望があると信じて。






あとがき

さあ、やっと辿り着きました暴露話! とはいえ、今回はまだサワリというか前提部分ですけどね。
いえ、そもそも今までの中でも今話は特に長い! 削りたいのに、推敲する度に長くなる不思議!?
ちょうどよく切れる所もなく、そのまま出すことになりました。
ええ、もういい加減諦めましたとも。
私に文章を最適化してスマートにするなんてきっとできないんですよ~だ!!

それはさておき、次回からはZeroの話になり、その後は原作の話になります。
大雑把な概要に触れるだけになりますが、なくてもいいのかなぁと思ったり思わなかったり。
しかし、いくつかの場面でなのはたちのコメントとか入れさせたいですし、「はい、話し終わりました」というのも味気ないので、それなりに巻いてはしょりつつやってみるつもりです。

ただ、これまで話で心配事が一つ。凛は一応一通り全てを話す事にしましたけど、それが皆さんを納得させられる展開だったかどうか……。
一応以前のリンディとの話の事もありますし、前話までの「闇の欠片事件」というクッションも入れたんですけど、どうでしょう? ちゃんとした味方を作るとか色々理由はあるんですが、これで皆様を納得させられるか心配で心配で。
いや、凛としては、いつまでも士郎やリニスだけが味方、なんて事は考えてなかったんですよ。
遅かれ早かれ、外に対しても信頼のおける味方は必要だろうと考えてはいました。
小さく固まってばかりいても、あまりよろしくありませんからね。魔術師は排他的でこそありますが、それでも他者との関係を完全に無視すると言うわけにもいかないでしょう。その一つが弟子をとる事であり、もう一つが今回の様に秘密を共有する事による信頼関係の構築だと考えています。
その意味で言えば、なのは達は味方とするのにはそれなりに良策と言えるでしょう。なんだかんだで、腹芸とか裏切りに不向きですから。リンディさん達は、同盟相手であって厳密には味方とは見てませんけどね。

あ、それと言うまでもないかもしれませんが、次回からはFate原作とZeroのネタばれ街道を驀進します。
避けては通れないところではあるのですが、それでも一応未プレイ・未読の方は気を付けてください。


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