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No.4610の一覧
[0] 魔法少女リリカルなのはReds(×Fate)【第二部完結】[やみなべ](2011/07/31 15:41)
[1] 第0話「夢の終わりと次の夢」[やみなべ](2009/06/18 14:33)
[2] 第1話「こんにちは、新しい私」[やみなべ](2009/06/18 14:34)
[3] 第2話「はじめての友だち」[やみなべ](2009/06/18 14:35)
[4] 第3話「幕間 新たな日常」[やみなべ](2009/11/08 16:58)
[5] 第4話「厄介事は呼んでないのにやってくる」[やみなべ](2009/06/18 14:36)
[6] 第5話「魔法少女との邂逅」[やみなべ](2009/11/08 16:59)
[7] 第6話「Encounter」[やみなべ](2009/06/18 14:37)
[8] 第7話「スパイ大作戦」[やみなべ](2009/06/18 14:38)
[9] 第8話「休日返上」[やみなべ](2009/10/29 01:09)
[10] 第9話「幕間 衛宮士郎の多忙な一日」[やみなべ](2009/11/29 00:23)
[11] 第10話「強制発動」[やみなべ](2009/06/18 14:39)
[12] 第11話「山猫」[やみなべ](2009/01/18 00:07)
[13] 第12話「時空管理局」[やみなべ](2009/01/31 15:22)
[14] 第13話「交渉」[やみなべ](2009/06/18 14:39)
[15] 第14話「紅き魔槍」[やみなべ](2009/02/21 22:51)
[16] 第15話「発覚、そして戦線離脱」[やみなべ](2009/02/21 22:51)
[17] 外伝その1「剣製」[やみなべ](2009/02/24 00:19)
[18] 第16話「無限攻防」[やみなべ](2011/07/31 15:35)
[19] 第17話「ラストファンタズム」[やみなべ](2009/11/08 16:59)
[20] 第18話「Fate」[やみなべ](2009/08/23 17:01)
[21] 外伝その2「魔女の館」[やみなべ](2009/11/29 00:24)
[22] 外伝その3「ユーノ・スクライアの割と暇な一日」[やみなべ](2009/05/05 15:09)
[23] 外伝その4「アリサの頼み」[やみなべ](2010/05/01 23:41)
[24] 外伝その5「月下美刃」[やみなべ](2009/05/05 15:11)
[25] 外伝その6「異端考察」[やみなべ](2009/05/29 00:26)
[26] 第19話「冬」[やみなべ](2009/07/02 23:56)
[27] 第20話「主婦(夫)の戯れ」[やみなべ](2009/07/02 23:56)
[28] 第21話「強襲」 [やみなべ](2009/07/26 17:52)
[29] 第22話「雲の騎士」[やみなべ](2009/11/17 17:01)
[30] 第23話「魔術師vs騎士」[やみなべ](2009/12/18 23:22)
[31] 第24話「冬の聖母」[やみなべ](2009/12/18 23:23)
[32] 第25話「それぞれの思惑」[やみなべ](2009/11/17 17:03)
[33] 第26話「お引越し」[やみなべ](2009/11/17 17:03)
[34] 第27話「修行開始」[やみなべ](2011/07/31 15:36)
[35] リクエスト企画パート1「ドキッ!? 男だらけの慰安旅行。ポロリもある…の?」[やみなべ](2011/07/31 15:37)
[36] リクエスト企画パート2「クロノズヘブン総集編+Let’s影響ゲェム」[やみなべ](2010/01/04 18:09)
[37] 第28話「幕間 とある使い魔の日常風景」[やみなべ](2010/07/03 02:34)
[38] 第29話「三局の戦い」[やみなべ](2009/12/18 23:24)
[39] 第30話「緋と銀」[やみなべ](2010/06/19 01:32)
[40] 第31話「それは、少し前のお話」 [やみなべ](2009/12/31 15:14)
[41] 第32話「幕間 衛宮料理教室」[やみなべ](2010/01/11 00:39)
[42] 第33話「露呈する因縁」[やみなべ](2010/01/11 00:39)
[43] 第34話「魔女暗躍」 [やみなべ](2010/01/15 14:15)
[44] 第35話「聖夜開演」[やみなべ](2010/01/19 17:45)
[45] 第36話「交錯」[やみなべ](2010/01/26 01:00)
[46] 第37話「似て非なる者」[やみなべ](2010/01/26 01:01)
[47] 第38話「夜天の誓い」[やみなべ](2010/01/30 00:12)
[48] 第39話「Hollow」[やみなべ](2010/02/01 17:32)
[49] 第40話「姉妹」[やみなべ](2010/02/20 11:32)
[50] 第41話「闇を祓う」[やみなべ](2010/03/18 09:55)
[51] 第42話「天の杯」[やみなべ](2010/02/20 11:34)
[52] 第43話「導きの月光」[やみなべ](2010/03/12 18:08)
[53] 第44話「亀裂」[やみなべ](2010/04/26 21:30)
[54] 第45話「密約」[やみなべ](2010/05/15 18:17)
[55] 第46話「マテリアル」[やみなべ](2010/07/03 02:34)
[56] 第47話「闇の欠片と悪の欠片」[やみなべ](2010/07/18 14:19)
[57] 第48話「友達」[やみなべ](2010/09/29 19:35)
[58] 第49話「選択の刻」[やみなべ](2010/09/29 19:36)
[59] リクエスト企画パート3「アルトルージュ・ブリュンスタッド 前篇」[やみなべ](2010/10/23 00:27)
[60] リクエスト企画パート3「アルトルージュ・ブリュンスタッド 後編」 [やみなべ](2010/11/06 17:52)
[61] 第50話「Zero」[やみなべ](2011/04/15 00:37)
[62] 第51話「エミヤ 前編」 [やみなべ](2011/04/15 00:38)
[63] 第52話「エミヤ 後編」[やみなべ](2011/04/15 00:39)
[64] 外伝その7「烈火の憂鬱」[やみなべ](2011/04/25 02:23)
[65] 外伝その8「剣製Ⅱ」[やみなべ](2011/07/31 15:38)
[66] 第53話「家族の形」[やみなべ](2012/01/02 01:39)
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[4610] 第41話「闇を祓う」
Name: やみなべ◆33f06a11 ID:fd260d48 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/03/18 09:55
SIDE-グレアム

場所は局内の私の自室。
そこで私は、計画の結末をある人物と共に見届けていた。
「上手くいったようですね、提督」
「ああ、これで後顧の憂いはない。さあ、レティ提督」
そう言って、私は両手を差し出す。
クラッキングに捜査妨害、データベースの改竄と民間人への傷害。
これだけそろえば逮捕するには十分だ。

むしろ、ここまで見届けさせてくれただけでも異例だろう。
元から私に逃げる意思がないとはいえ、普通なら問答無用で逮捕しているところだ。

「本来、それは私の仕事ではないんですけどね。
ですが、最後まで見なくていいのですか? まだ、完全に事態が終結したわけではないようですけど」
「そうだな。だが、あの子達ならきっと何とかするさ。
 私の様に愚かな過ちを犯す事はないと、そう信じているよ」
あの子達には、百万の感謝の言葉を以てしても足りない。
私が諦めていた可能性を、あの子達は見事に切り開いてくれた。

まったく、自分が年である事は自覚していたつもりだったが……。
こうして若い力を目の当たりにすると、それを一層自覚させられるな。
最後の最後で、本当にいいモノを見せてもらった。
それだけで、この年まで局に居座った甲斐があるというモノだ。

「わかりました。ですが、その前にお聞きしたいのですけど、あの二人の事で何かわかった事はありますか?」
「預言の事かね?」
「ええ。どのような取引をなさったか、差し支えなければお聞かせください。
何か、ヒントがあるかもしれませんから。黙秘権の行使、という手もありますけど」
「いや、その必要はないさ。さして話せる事はないからね。
取引を持ちかけられはしたが、彼女は自分達に何ができるかしか教えてはくれなかった。
我ながら、よくもそんな賭けに出たものだと思うよ」
普通なら、そんな怪しげな取引になど応じない。
しかし、彼女にはそれを信じさせるだけの自信と力があった。
なにより、それは私がずっと探し続けていたものであったが故に、私は賭けに乗ったのだろう。

力になれなかったのは申し訳なく思うが、それが事実だ。
「そうですか。では、提督は彼らに何を提供するのですか?
 取引というからには、提督からも何か差し出すのでしょう?」
「ああ、私が彼らに渡すのは情報だ。私の知る、あるいは後に知り得るであろう管理局の情報。
 彼らは、それを使って自分達の身を守ろうと考えているのだろう」
情報は武器だ。それは何も、戦いにおける形勢のみに適用される事ではない。
私は管理局の清濁をずっと見続けてきた。故に、表沙汰に出来ない事件や不祥事などを多く知っている。
管理局を離れても、かつての人脈やコネから情報は入って来るだろう。
あの子達は、それらを管理局と付き合う上での材料にするつもりなのだ。
まあ、元より私が彼らに渡せるものがあるとすれば、あとは金銭とこの命くらいなのだが……。

本来ならば、私が墓まで持っていくつもりだった事柄もある。
あるいは、機を見て公表するつもりだったものもある。
外部の者に漏らすべきものではないのだろうが、あの子達は自衛のためのカードを増やすのが目的だ。
それならば、無闇にそのカードが切られる事もないだろう。
なにより、私にはこんな形でしか恩人達に報いる術がない。

「彼らは、預言の事を?」
「いや、彼らにはまだその事を話していない。
 話すべきか迷ったが、聞きたい事だけ聞いて後回しにされてしまったよ」
その時の事を思い出すと、苦笑を禁じ得ない。
合理的と言えばそうなのだろうが、もう少し人の話を聞いてもらいたいものだな。

「わかりました。ですが、とりあえずもう少し様子を見ましょう。
 それに、教え子の雄姿を目に焼き付けておいてもいいのではありませんか?」
教え子、か。私は不出来な師だったが、それでもクロノが教え子である事には変わりない。
私への刑がどのようなモノになるとしても、管理局にはいられまい。
故にこれが、クロノの戦う姿を見る最後の機会になるだろう。

それを許してくれるレティ提督の温情に、深く感謝する。
「ありがとう、レティ提督」
「……おそらく、提督への刑には減刑の余地はあります。
 今回の事件の背景には情状酌量の余地はありますし、提督の実績を考えてそれは確定でしょう。
 ですが、それでも……」
「執行猶予はないだろうな。局員、それも高官が起こした不祥事に手心を加え過ぎれば、それは局の自浄能力の欠如を曝け出す事になる。メンツがあるとはいえ、それでは人々の支持が得られない。
魔力の大幅封印と懲戒免職は確定として、あとは傷害の件で賠償や罰金がつくか」
クラッキングと捜査妨害だけならそうは重くならなかっただろうが、そこに民間人への傷害とデータベースの改竄だ。さすがに、あまり軽すぎると沽券にかかわる。

本来なら、不当な闇の書とその主の封印で拘置所行きになっている事を考えれば、十分すぎるほど軽い。
逆に軽い事に不満の様なモノを覚えないでもないが、それはそれでおかしな話だ。
「ええ、私もそう思います。とはいえ、それならリーゼ達は大丈夫でしょうね」
「ああ、大幅封印といっても、完全にゼロになるわけではない。維持には問題ないだろう。
 まあ、二人には不便な思いをさせる事になるだろうが……」
おそらく、私も二人もほとんど魔法を使う事は出来なくなるだろう。
その事を不便に感じるとは思うが、元は魔法などない世界で生きてきた私だ。
元の場所に収まると考えれば、特に問題はない。

保護観察がつくかまでは分からないが、いずれにしろ故郷に帰る事になるだろう。
そうなれば、こうして世界を渡る事もないか。その事には一抹の寂しさを覚えるが、それでいいとも思う。
まあ、どちらにせよ厄介払いも兼ねて他世界への渡航の禁止がつくかもしれんし、大差はあるまい。

あとは……そうだ、いつかはやて君に会わなければならないな。
今まで通りに援助を続けるつもりだが、どこかで真実を告げ詫びるつもりだ。
彼女がそれをどう受け止めるかはわからないが、それが私の最後のけじめだろう。

そうして私達は、再度自分達の前に映る映像に目を向ける。
呪われた魔導書と呼ばれた魔導書の、その悲劇の歴史に終止符を打つであろう光景を。



第41話「闇を祓う」



SIDE-士郎

相変らず、世界は鳴動している。
まるで、これから天変地異の一つでも起きようかというように。
いや、実際そんな生易しいモノじゃないのかもしれない。
闇の書の暴走は、守護者を呼び出してしまうほどに危険なモノだ。
ここで何とか出来なければ、この一帯の消滅につながるのだろう。

俺達の視線の先には、海面に現れた黒い淀みと、その手前にある純白の小さな球体がある。
アースラからの報告によれば、はやてはちゃんと防衛プログラムを分離できたらしい。
そして、あの黒い淀みこそが暴走の始まる場所という事だ。

そこでエイミィさんがクロノに、何やら届けモノがあるとの事。
「届けモノ? って、これは!?」
『うん、リーゼ達から。
自分達はこのまま災害担当の局員達と一緒に消火にあたるから、デュランダルはあげるって。
どうせ、消火が終わったらそのまま局に連行されるし、クロノ君が持ってた方がいいだろうってね』
クロノの手元に現れたのは、リーゼ達がもっていた待機形態のカード型デバイス。
つまり、これを使ってアレを何とかしろって事か。

『私達はこれで舞台を降りる。これからは、次の世代が主役を張る番だ。しっかりやれよ、クロノ……だってさ』
潔い、というべきなんだろうな。次の世代に何かを残す、それは全ての生き物に課せられた役目。
そして、リーゼ達にとっては今がその時という事か。

クロノは目の前にあるデバイスを、まるで儚いガラス細工にでも触れるように手に納める。
これは、師から授かった最後の贈り物。認められ、後を託された信頼の証。
それを手にするまでの一瞬に、どれほどの感慨があったのかは余人にはわからない。
しかし、いまクロノは確かに大切な何かを受け取った。その手にではなく、その心で。

そこで、前方にある白い光の玉が一際強い光を放つ。
光が治まると、四人の守護騎士達が球体を護るように四方を固めていた。
「我ら、夜天の主の下に集いし騎士」
「主ある限り、我らの魂尽きる事無し」
「この身に命ある限り、我らは御身の下にあり」
「我らが主、夜天の王、八神はやての名の下に」
そして、守護騎士達が宣言を終えるのと時を同じくして、純白の球体が割れる。
すると、そこから杖を持って二本の脚で立つはやてが姿を現した。
どうやら、守護騎士達も含めて上手くいったようだ。

はやては天にその杖を掲げ、言葉を紡ぐ。
「夜天の光よ、我が手に集え。祝福の風リインフォース、セーットアップ!」
杖から光が放たれると同時に、はやての体を騎士甲冑が包んでいく。
それは、あの闇の書が纏っていたものとよく似ていながら、同時に細部はわずかに異なっていた。

守護騎士達は、再会を喜ぶというよりもまるで懺悔でもするかのようにはやてに対している。
そんな自分の騎士達に、はやてはただ優しく……
「おかえり、みんな」
そう告げた。それに感極まったのか、ヴィータがはやてに泣きつく。
そんなヴィータをはやては優しく抱きしめる。
その姉妹の様な光景を、残りの騎士達も穏やかな眼で見守っていた。
彼らは主従であると同時に、確かに家族である事をその姿が強く教えてくれる。

できれば、このまま感動の家族対面を続けさせてやりたい。
だが、今は先に片付けねばならない問題がある。
俺は凛に運んでもらいながら、他の面々もはやて達の下へと向かう。

「ごめんな、みんな。うちの子達がいろいろ迷惑かけてもうて」
「ああ、感謝も謝罪も後回しにしましょ。いまは、先にやる事があるわけだしね」
「水をさしてしまうのは申し訳ないが、そう言う事になる。僕は、時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ。
 時間がないので簡潔に説明する。あそこの黒い淀み、闇の書の防衛プログラムがあと数分で暴走を開始する。
 僕らはそれを、何らかの方法で止めないといけない」
とめるだけなら、まあ手はある。
今までだって闇の書の暴走は起こっていたのだから、それと同じ対処で何とかなるだろう。
ただし、周辺への被害を度外視すればの話だけど。

「プランは現在三つある。
一つは……士郎、君だ。君の持つあの聖剣、エクスカリバー。あれで吹き飛ばせないか?」
俺……というか、エクスカリバー頼みか。
昔似たような事をした事があるらしいし、あれならまとめて消し飛ばす事もできるかもしれない。

そこで、シグナムがクロノの言葉に反応する。
「エクスカリバーだと!? 衛宮、お前そんなものまで……」
「昔、いろいろあってな」
まあ、その辺は予想していた。
アイリスフィールと一緒にいたのだから、聖杯戦争の事を聞いていても不思議はない。
とはいえ、今は詳しく話す時ではないし、ここは肩をすくめるだけにとどめる。

しかし、エクスカリバーはどちらかというと凛が要だ。凛の魔力の残量次第で、使えるかどうかが決まる。
軽く目配せすると、凛は首を振り俺の代わりに答えた。
「無理ね。士郎もさっきまでの戦闘でだいぶ魔力を使ってるし、アレを使えるだけの余力はないわ」
厳密には、俺ではなく凛の方に余力がないという事になる。
闇の書の中で何かあったのか、今の凛には聖剣の使用に必要な分の魔力の提供が出来ないらしい。
それに、クロノ達には凛からの魔力供給が出来る事を話していない。
それを秘密にするなら、こう言う言い方をするしかないのだ。

クロノも、これまでの戦闘で俺がだいぶ魔力を使っているのは知っている。
だから、元からそれほど期待はしていなかったらしい。そうでなければ、あんな遠回りな前置きはしない。
「そうか。となると、残るプランは二つ。一つは、極めて強力な氷結魔法で停止させる。
 二つ、軌道上に待機している艦船アースラの魔導砲『アルカンシェル』で消滅させる。
 これ以外に他に良い手はないか? 闇の書の主と、その守護騎士の皆に聞きたい」
「えっと、最初のは難しいと思います。
 主のいない防衛プログラムは、魔力の塊みたいなものですから」
「凍結させても、コアがある限り再生機能が止まらん」
第二次ラインのプランだったはやてとの分断後の凍結封印は、どのみち難しかったかもしれないのか。
てっきり主と分断すれば何とかなると思っていたが、思い違いをしていたらしい。
過去にそんな例はなかったようだし、あくまで推論でしかなかったわけだから仕方がないか。

また、アルカンシェルの使用にもはやてから難色が示される。
「その…アルカンシェルっていうんも使えそうにないみたいなんやけど……」
「それは、どういうことだ? 危険なのは確かだが、消滅させるという意味でなら有効なはずだぞ」
「リインフォースが言ってるんやけど、今の防衛プログラムにアルカンシェルを使うと何が起こるか分からへんらしいんよ。凛ちゃんを取り込んだ時に、なんや変な影響を受けたとかで……」
そういえば、夜天の書の蒐集能力の対象はリンカーコアのみ。
だが、魔術回路を回している状態の凛を取り込んだ事で、なにか予想外の変質を起こした可能性はある。
なにせ、今までに例のない事だろうし……。

明らかに『聞きたくない』という顔をして、クロノが尋ねる。
「具体的には?」
「防衛プログラムのバリアは魔力と物理の複合四層式なんやけど、その下に五層目が出来てるんやて。
 その五層目が問題で、空間を歪める力を持ったみたいなんよ」
「つまり、その歪みとアルカンシェルがぶつかり合って、どんな反応を起こすか分からないって事か」
そううなだれて呟きながら、クロノはジトッとした眼で凛を見る。
理屈はサッパリだが、凛と一緒に外套の能力まで吸収しちまったって事か。

凛の外套の作る歪みには、一部の例外を除き、破壊という概念は基本的に通用しない。
突破する事はできるが、完全消滅させるには発生源を潰すしかないのだ。
蜃気楼の様なもので、いくら蜃気楼に向けて攻撃しても像は歪んでも消える事はない。
歪みの向こう側に攻撃を届かせる事は可能だが、発生源を何とかしない限り歪みそのものを消す事が出来ないのだ。故に、防衛プログラムを破壊するか、魔力が切れるまでその歪みが消える事はない。

だが、そうなると不味いな。
なんでもアルカンシェルとやらは、発動地点を中心に百数十キロ範囲の空間を歪曲させながら反応消滅を起こさせる魔導砲らしい。
下手にそんなものを空間の歪みを纏う防衛プログラムにぶつけたら、確かにどんな結果になるか分からない。
効果範囲が一気に倍になるかもしれないし、下手をすると次元震とかを引き起こす可能性だって否めない。
何も起こらない可能性だってあるが、賭けをするには危なすぎる。

『…………凛(ちゃん)』
「わ、悪かったわね!! どうせ私がうっかり取り込まれたせいで、こんな面倒な事になりましたよ~だ!」
俺達が恨みがましく見やると、逆切れした凛が怒鳴り散らす。
いやな、お前のせいじゃないってのはわかってるんだが、この行き場のない感情はお前以外に向けようがないし。

「凛、歪みの消去はできないのか? あれは、元は君の術なんだろう?」
「できないとは言わないけど、一度出来上がった術を無効化するのはかなり厳しいわよ。いくら術式を知り尽くしてるとしても、やっぱり時間はかかるわ。
それに、変質してる可能性を考えるとどれだけ時間がかかるか見当もつかないし」
「……そう、か。歪みさえ何とかなれば……やりようはあるのに」
希望に縋るようにクロノは問うが、その希望が薄い事もわかっているのだろう。
その声音には隠しきれない悔しさと、抑えきれない自分への不甲斐なさへの怒りが籠っている。

俺としても何とかしたいのは山々なのだが……そこで一つの考えが頭に浮かぶ。
「一つ、手がある」
「本当か!」
「ああ。その空間の歪みが凛の術のコピー……つまり元が魔術であるのなら、消し去る術はある」
なにせアレは、あらゆる魔術を破戒する短刀。裏切りと否定の剣。魔術によって生じた何かを、“作られる前”の状態に戻す究極の対魔術宝具。裏切りの魔女の神性を具現化した魔術兵装。
殺傷力は微弱で、ナイフ程度の威力しかないが対魔術においては無敵に近い。

空間の歪みそのものを破壊する事は出来ない、術式に干渉して無効化する事も出来ない。
それなら、その歪みを生む「取り込まれた魔術式」を破戒してしまえばいい。
「それを使えば、一時的にせよ本体を丸裸にできるはずだ」
「そんなモノまで持っているのか。君はどこまで……いや、今は文句を言う時じゃないな。
 これでアルカンシェルを使う目処が立った、ここはその幸運を喜ぶべきか」
「待てよ! こんなところでアルカンシェルなんて使って、はやての家はどうすんだよ!!」
アルカンシェルを使う上での最大の懸案事項を解決する策はでた。しかし、それが無くともアルカンシェルを使う事が大事であることに変わりはない。
多少この場から移動した程度では大して意味がないだろうし、引き起こされる衝撃による津波だけでも、はやての家に限らず沿岸の街は壊滅だ。

多少の被害ならともかく、そこまで来るとさすがに無視できない。
とはいえ、防衛プログラムを放置するわけにもいかないし、天秤にかけるなら考えるまでもないだろう。

と、そこでアルフが痺れを切らしたように叫ぶ。
「ああもう、鬱陶しいなぁ!! 纏めてズバッとふっ飛ばすってんじゃダメなの!」
いや、それが出来ないから皆悩んでいるんだし……。

そんなアルフの叫びに何か感じるものがあったのか、なのは達が何か呟いていたかと思うと、徐にクロノに問う。
「ねぇ、クロノ君! アルカンシェルって、どこでも撃てるの?」
「どこでもって、例えば?」
「いま、アースラがいる軌道上」
「宇宙空間で」
つまり、そこまで転送してしまおうと言う事か。
アレだけの大質量となると難しいが、可能レベルまで削ればいい。
まったく、こいつらの発想力には時々驚かされる。エイミィさんが言うには、可能らしいし。

「確かに、それなら……士郎、歪みの消去に何か条件の様なものはあるのか?」
「ああ、使うには直接突き立てなければならん。だから、残す問題はどうやってそこまで辿り着くかだ」
バリアだけならともかく、防衛プログラム自体に戦闘能力がある。
しかも、暴走状態に入ると周囲の物体や生き物を吸収して擬似的な生体部品を増殖するらしい。
下手に近づいて触れれば、逆にアレに吸収されて一部にされてしまう。

俺の回避能力や現状の疲労の度合いを考えれば、格好の餌になるのは目に見えているな。
「情けない話だが、ノコノコと近づいて行っても的になるのが関の山だろう」
「気にするな。それに関して言えば、君だけじゃないさ。
だけど、アレに近づいて行くのを支援するとなると難しいな」
転送系の魔法で運ぶにしても、近くに空間の歪みがあってはそこまでは近づけない。
歪みの規模を考えると、近づけても数十メートルは距離が開いてしまうらしい。
だが、支援さえ受けられれば近づいていく事もできる。

しかし、その支援こそが難しい。なぜなら……
「純粋に、人手が足りないか」
「ああ、バリアの破壊に本体への攻撃でみんな手一杯になる。
 君を守るだけならともかく、突っ込んで行くのを支援する余裕なんてないぞ。
 他の武装局員だと、アレの相手をするには力不足だし……」
だろうな。アレからの攻撃を相殺ないし反らせるだけの力の持ち主は、そのほとんどがここに集まっている。
ここにいる以外となると、リーゼ達とリンディさんだが、それでもなお手が足りないだろう。

だが俺の手には、それを可能とする切り札がある。もう、こうなったら大盤振る舞いだ。
「凛……『奥の手』を使おう」
「な!? アンタ何言って……!」
「わかっているのだろう? アレならばあらゆる障害を退けて、道を通す事が出来る。
今使わずに、いつ使うと言うのだ」
なにせ、あそこには『無限の剣』があり、その中には宝具も含まれる。
普通の剣やちょっとした魔剣程度では力負けするだろうが、宝具ならば向こうの攻撃にも対処できるはずだ。
物量において負けはなく、力においてもタメを張れる以上、アレ程の適任は存在すまい。

「方法があるのか?」
「ああ。私の、とっておきだ」
「~~~~~~~っ!! だぁもう! アンタに付き合ってるとホント心労が絶えないわ。
 わかったわよ、でも一つ条件があるわ。なのは達は外! いいわね?」
なのは達は言葉の意味が分からないらしいが、俺にはわかる。
つまり、なのは達にアレを見せる事だけはするなって事か。
確かに、管理局にアレを見られるのだけは避けたいしな。
まさかとは思うが、また追い回されるのは御免だ。

だが、ここにはその言葉の意味が分かる者達がいる。
「……なぁ。お前の事、信じていいんだよな」
「ヴィータ?」
「あの時みたいに、なにもかも壊すなんて事…しないよな!」
ヴィータはまるで懇願するように俺の裾を掴み、今にも泣き出しそうに目を潤ませる。
闇の書は、七百年前にアイツと戦ったかもしれないのだ。なら、その時にアレを見ていても不思議はない。
故に、俺達の言っている事がわかったのだろう。自分達がかつて見た、あの世界の事だと。

だからこそ、その事が不安になる。また、その時と同じ事になるのではないかと。
「安心しろ。俺は、アイツとは別の人間だ。
壊すためじゃない、殺すためじゃない。ただ、今を守るために戦うんだ」
ヴィータの問いに答えながら、その頭を撫でる。
まったく、アイツはいったいこいつらに何をしたのやら。

『なんか、さっきから妙に通じ合ってるわね。どういう事?』
『どうも、昔アーチャーの奴に酷い目にあわされた事があるらしい』
『……抑止力か、まさか守護者まで呼び出されてたとはね』
念話で凛に大雑把な事を伝える。
闇の書の中に取り込まれていた凛は、その辺の事をまだ知らないからな。

「やはり、お前はあの男の関係者なのだな」
「確定ではないが、おそらく間違いないだろう。
しかし、憶えていて今まで気付かなかったのか? それとも今思い出したのか?」
「今思い出した。主はやてが管理者権限を握ったからかもしれん。
 今思えば、はじめて戦った時の違和感はそれが原因だったのだな」
シャマルが俺に会った事があるような気がしたのも、全ては奴が原因という事か。
まったく、巡り合わせというのはわからないな。

そこで、蚊帳の外だったクロノが話をまとめにかかる。
「詳しい事はわからないが、できると言うなら信じるしかない。君達の関係も、今は置いておく。
 どうせ、僕達には他に案もないからな」
「すまんな。だが、期待には応えてみせよう」
詳しい事を説明できない事は申し訳なく思うが、こちらとしてもアレを知られるのは困るんだ。
悪いが、勘弁してくれ。

でも、詳しい事は言えないが事前に説明しておかないといけない事があったな。
「それと、一ついいか」
「まだ何かあるのか?」
「そう嫌そうな顔をするな。なにせ、聞いてもらわねば困る事だ」
「どういう事だ?」
「実は、奥の手を使うと一時的に我々はこの場から姿を消す。
 だが、その時間はそう長くはない。一分もしないうちにまた同じところに現れるだろう。
 だから、それまで決して持ち場を離れないでくれ」
もし、何も知らせないまま固有結界を使えば、それこそこの試みが失敗する事になりかねない。
突然俺達を含めて闇の書の闇が姿を消せば、皆浮足立ち持ち場を離れてしまうかもしれないのだ。
それでは、再出現した時にすぐさま攻撃する事が出来ない。
これだけは事前に伝えておかなければならない事だ。

「詳細説明は……まあ期待していない。短い付き合いだが、そういう人間だって事はわかってる。
 同時に、やると言ったからにはやる人間だって事もな」
これもまた、一つの信頼の形なのだろうか。
深く詮索する事なく信じてくれるクロノに感謝する。

そして作戦会議を行い、各々の役割と手順を決定した。
実に個人の能力頼みのギャンブルそのものの手段。
しかし、上手くいくも何もない。失敗すれば他に手がないのだ。
こんなところでアルカンシェルと空間の歪みの未知の反応なんて、起こさせるわけにはいかない。



暴走開始まであと二分を切った。
各々準備を整え、あとは暴走の始まりを待つ。
そこへ、はやてとシャマルが俺達の方に飛んでくる。
「士郎君、凛ちゃん、ちょう待って。シャマル、お願いや」
「はい、お二人の治療ですね。
士郎君と凛ちゃんは、これから大切なお役目があるんですから、万全にしておかないと」
そう言ってほほ笑むシャマルだが、やはりその顔には不安がある。
ヴィータ同様、アーチャーと戦った時の苦い記憶が原因か。

だが、なんと声をかけていいのかわからない。正直、ヴィータに言った以上の事が思いつかないのだ。
この手の事は、行動で示す以外にどうすればいいのやら。
シャマルはそんな俺の心情に気付いたのか、悲しそうに謝罪する。
「あの……ごめんなさい」
「気にするな、別にシャマルが悪いわけではない」
「そうかもしれませんけど、私は本当の士郎君を知っています。
 だから、士郎君があの人違うって事もわかってるんです。なのに……」
「理解と納得は別だろう。違う存在だと言ったところで、何の証拠も出していないのだ。
 そうして信じようとしてくれるだけで、私は嬉しく思うよ」
まったく、アイツのおかげでとんだとばっちりだ。

「だから、謝らないでくれ」
「……はい。それじゃあ、治療しちゃいますね。クラールヴィント、本領発揮よ」
《Ja》
「静かなる風よ、癒しの恵みを運んで」
すると、俺と凛の体を緑色の光が包み込み、あっという間に怪我とバリアジャケットの破損が修復される。
さすがに魔力までは回復しないが、それでも体の痛みが消えただけでも助かった。

そうして、凛の口から洩れたのは純粋な讃辞。
「へぇ、すごいじゃない」
「ああ、たいしたものだ」
戦いの場にあって、どれだけの戦力を抱えているかは重要な要素だろう。
だが、それと同等か、あるいはそれ以上に重要なのが補給をはじめとする後方だ。

シャマルのこの能力は、戦闘での価値は計り知れない。
それが分かるからこそ、シャマルの能力には感嘆の念を覚える。
「『湖の騎士』シャマルと『風のリング』クラールヴィント、癒しと補助が本領です」
いままで戦闘にはほとんど参加していなかったが、これが守護騎士の一員シャマルの力か。
まったく、いい具合にバランスのとれた連中だ。

まあ、これで魔力や疲労なんかも回復できれば……と思わないでもないが、さすがに無理か。
回復系の魔法で出来るのは、あくまでも傷の治療まで。
疲労や消耗した魔力の回復を後押しする事は出来ても、すぐさま回復させられるわけじゃない。
治療はともかく、回復となるとそれなりに時間をかけざるを得ないのだろう。

だがそこで、凛は何を思ったのかいきなり物騒な事を言い出す。
「いやぁ、本当はなのはの事とかその他諸々の借りって事で、一発引っ叩いてやるつもりだったんだけど……」
「「え!?」」
「おいおい……」
「安心しなさいよ。これでチャラって事にしてあげるから」
凛はそう言って、シャマルに背を向けながら手をひらひらさせる。
こいつなりに、ケジメを付けるためにこんな事を言ったのだろう。

「他の皆はもういいのか?」
「あ……はい、もうみんな回復は完了してます。
 ただ……その、シグナムは……」
ああ、そういえばシグナムにはゲイ・ボウで付けた傷があったか。
一端消滅し、そこから再構築されてもなおその呪いは健在だったらしい。

まあ、これ以上シグナムに怪我を負わせておく意味はないしな。
「わかった、今解呪するからシグナムの治療も頼む。『投影、消去(トレース・カット)』」
それにしても、さすがに再構築されれば治ると思っていたが、それでも効果を失わないあの槍はとんでもないな。
宝具というモノのデタラメさを、何と言うか、再確認した気持ちだ。

まあ、それはそれとして、家に保管しておいた槍が消滅する手応えを感じた。
これでシグナムの怪我を治せるだろう。
「……よし。これで大丈夫だ。行ってやってくれ」
「は、ハイ!」
「あ、シャマル待って。士郎君、なんやようわからんけど…ありがとうな」
そう言って、シャマルは俺にお辞儀をするとシグナムの下へと向かう。
はやても、話の流れがよくわかっていないなりに、礼を言ってシャマルの後を追う。

さて、こちらの体勢はこれで整えられる範囲では整ったか。
あとは、その時が来るのを待つだけだな。



SIDE-凛

そこで海から漆黒の光の柱が立ち、黒い淀みを囲む。
さらにそのまわりを、あの触手や何かの尻尾の様なものがうねっている。
いよいよ、暴走開始か。

役割分担は単純。
とりあえず全員がかりで士郎の詠唱時間を確保、同時進行でバリアの破壊。
その後、士郎の奥の手で囲いこんで空間の歪みを消去する。
次に、再出現したところを魔導師組と騎士達の一斉攻撃でコアを引きずり出して転送。
締めは、丸裸になったコアをアースラのアルカンシェルで消滅させる。ただそれだけだ。

柱は徐々に細くなり、それが消える頃には淀みが少しだけ浮き上がっていた。
そしてそれは、まるでシャボン玉が割れるかの様に消える。
そこから姿を現したのは、なんとも言い難い怪物。
アレが、夜天の魔導書を呪いの魔導書と呼ばせた元凶。
言わば、「闇の書の闇」と言ったところか。
色々なモノを見てきたが、あそこまでわかりやすい敵役というのも珍しい。

だが、それでもアレは擬似生体部品で構築された柔軟な体と、脚部や胸部の外皮を覆う硬質装甲の肉体を持つ難敵。
また、魔力と物理の複合四層式のバリアに、私から無断で手に入れた空間の歪みのおまけつき。使用料よこせっての。
その上、周囲の物体や生命を侵食し取り込む事で、尋常ならざる高速再生能力を発揮するときた。
まったく、厄介過ぎて逆に笑えてくるわ。

しかし、こちらとてあんな本体から除去されたガン細胞みたいなのに屈するつもりはない。
「動いたわね。士郎!」
「ああ。『――――I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)』」
眼を閉じ、胸に手を当て、精神を集中しながら同時に詠唱を始める。
これより、外界で何が起ころうと士郎は一切反応しない。
ただ、士郎の内でその時を待つ世界を顕現させるべく、力の全てを注ぐ。

と同時に、士郎の詠唱の邪魔をさせないよう、皆が動く。
「チェーンバインド!!」
「ストラグルバインド!!」
サポート班のアルフとユーノは、その触手に向けバインドを伸ばす。
それらは触手に絡み付き、引きちぎった。

だが、それだけでは終わらない。
「縛れ…鋼の軛!!」
さらにザフィーラの手から放たれた白い光が、残った触手をまとめて切り落とす。

そこへ、フェイトが一枚目のバリアを破るべくバルディッシュを構える。
大剣形態のバルディッシュから三つの薬莢が排出され、黄金の輝きが増していく。
フェイトはそれを手に、体を一回転させ振り抜いた。
「はぁっ!!」
その斬撃が空を駆け、一直線上にある触手を薙ぎ払う。

一時無防備となった防御プログラム対し、フェイトはバルディッシュの切っ先を天に向ける。
そこに紫電が走り……
「撃ちぬけ雷神!!!」
《Jet zamber》
伸びた金色の刀身で以て、一枚目のバリアを一刀両断する。

それと時を同じくして、ズクンと自身の変化を自覚する。
決して多くはなかった残りの魔力が、どんどん私の中から消えていくのだ。
「『―――Steel is my body.(血潮は鉄で) and fire is my blood(心は硝子)』」
それは、士郎が容赦なく私から魔力を持っていき、それを使ってありったけの魔術回路を限界ラインで回しているから。眼を瞑ったその顔に表情はないが、滲み出る汗がその苦しさを物語っていた。

そこへ、闇の書の闇より出現した触手の先端に魔力が集中していく。
「盾の守護獣ザフィーラ。砲撃なんぞ、撃たせん! テオラァ――――!!!」
その一声と共に海中から光の棘が出現し、砲撃の発射態勢だった触手を穿った。
しかし、その棘は強固なバリアに阻まれて闇の書の闇本体には届かない。

また、残る守護騎士達のうちシャマルを除くシグナムとヴィータが触手たちを潰していく。
「ラケーテン…ハンマ――――!!」
「飛竜…一閃!!」
ヴィータは突起の付いたハンマーで近寄ってくる触手を殴り飛ばす。
シグナムも炎を纏った連結刃の切っ先を操り、触手たちを斬り払っていく。

そこで、シグナム達の作った隙を突きなのはが動く。
なのはの足元に一際大きな桜色の魔法陣が展開され、レイジングハートを天に掲げる。
《Load cartridge》
レイジングハートから四つの薬莢が排出され、光の翼が展開された。

なのははレイジングハートの先端を闇の書の闇へと向ける。
「エクセリオン…バスタ―――――!!!」
《Barrel shot》
レイジングハートから不可視の方弾が発射され、それが迫ってきていた触手を薙ぎ払う。

その隙になのはは自身の眼前に巨大な魔力球を生みだした。
「ブレイク……」
放たれたのは四条の光が放たれ、バリアとぶつかる。

だが、それだけではバリアが崩れない。そこにむけ、ダメ押しの一手が押し込まれる。
「……シュ――――――ト!!」
四条の光を放つレイジングハートから、さらに四条全てを巻き込む形でさらいに太い光が放たれた。
その結果、何とか持ちこたえていた二枚目のバリアが崩れ去る。

横目で士郎を見ると、やはり微動だにしない。
導く先は一点のみ。ただそこに向け、士郎は自身の全てを賭けている。
「『―――I have created over a thousand blades. (幾たびの戦場を越えて不敗)』」
僅かでも魔力の制御を誤れば確実な死が待っているにも拘らず、士郎には微塵の動揺もない。
失敗する可能性など、元より見ていない。
そんなモノに気を向けた時こそが、暴走の時だと本能的に理解しているからだ。

そこへ、ザフィーラ達の警戒網を抜けた一条の砲撃が私たちに迫る。
「させるかっての!!
『Herausziehen(属性抽出)―――Konvergenz(収束),Multiplikation(相乗)』」
五指にはめられた宝石が輝きを放ち、その光は掌の中央、その一点に収束され光弾を作り上げる。

同時に、握っていた宝石を宙にばらまく。
詠唱と共に込められていた魔力は解放され、その魔力も光弾に上乗せする。
光弾は輝きを強め、その力は臨界に達し、溜めこんだ力を一気に解放する。
「『―――Rotten(穿て) Sie es aus(虹の咆哮)!!!』」
眼前にある光弾を殴りつけ、その力をすぐ前にまで迫っていた砲撃に叩きつける。
二つの光条は真正面から衝突し、互いに食い合って相殺した。
まったく、かなりの出力があったはずなのに、それでやっと相殺できるってどういう威力よ。

続いて、クロノがデュランダルを掲げる。
「まったく。こういう力技は、僕の柄じゃないんだけどな!」
魔法陣を展開するクロノの頭上には、スティンガーブレイドと思しき光刃が現れる。

しかし、それはいつものそれと趣が異なる。
光刃の周りの大気は白く、その刃が冷気を帯びている事を示す。
何より、その数とサイズが違う。
通常なら百にも届く刃を形成するはずが、その力の全てを一本に集約し巨大な刃を形作る。

「スティンガーブレイド…コキュートスシフト!!!」
巨大な一本の氷刃がバリアに突き刺さり、氷漬けにしていく。
コキュートスは確か、地獄の最下層で罪人を永遠に氷漬けにする場所だったはずだ。
なるほど、氷結属性の攻撃には似合いの名だろう。

そして……
「――――砕けろ!!」
その一声と共に、凍てついたバリアは跡形もなく砕け散った。
さあ、これで三枚目。残すは一枚だ。

そういえば、みんなの耳には届いているのだろうか。この声、夜空の下朗々と響く士郎の声は。
周りがこれだけ騒がしくしていながら、決して大きくはない士郎の声が私にははっきりと聞こえる。
「『―――Unaware of loss.(ただの一度の敗走もなく)
Nor aware of gain.(ただの一度の勝利もなし)』」
世界に響く呪文。周囲に変化はない。
当然だ。魔術というのは世界に働きかけるものだが、士郎のそれは違う。
これは外ではなく、内に向けて働きかける為の呪文なのだから。

とはいえ、さすがに皆の対処能力を上回って来たのか、警戒網を抜けた幾つもの砲撃が襲いかかる。
しかし、この状況は想定済みだ。
「ディバイ―――ン…バスタ―――!!」
「プラズマ…スマッシャ―――――!!」
「ブレイズ・・・キャノン!!」
魔導師組の三人が、それぞれの得意砲撃で迫りくる光条を迎撃した。

「ったく、危ないわね。自分達の担当分くらいちゃんと処理してよ」
「あははは……ごめんね、凛ちゃん」
「……ごめんなさい」
「すまない。言い訳はしたくないが、こっちも自分達の事で手一杯なんだ」
まあ、それがわからないわけじゃないけどね。
闇の書の闇は、何も私達だけを攻撃しているわけじゃない。
なのは達も攻撃対象であり、自分達の分を対処しながらとなると難しいのだろう。

だが、そんな外界の様子など意に介す事なく、なおも士郎の詠唱は進む。
「『―――Withstood pain to create weapons.(担い手はここに孤り)
     waiting for one's arrival(剣の丘で鉄を鍛つ)』」
長い呪文だ。まあ、仕方がないと言えばそうなんだけど。
だってこの呪文は五小節以上の、ほとんどテンカウントに近い長詠唱なのだから。

とそこへ、守護騎士達に守られるはやてから、シャレにならない魔力が放たれる。
「彼方より来れヤドリギの枝、銀月の槍となりて―――――撃ち貫け!」
はやては夜天の魔導書を手に、その杖を振るう。
すると、足元に純白のベルカ式魔法陣があらわれ、天に七つの光を生む。

掲げられた杖は勢いよく振り下ろされ、七つの光が防衛プログラムを襲う。
「石化の槍――――――ミストルティン!!!」
七つの槍が闇の書の闇のバリアとその周辺に突き立ち、それを受けた触手群が石化し活動を停止していく。
なるほど、考えたわね。処理が追い付かないのなら、まとめて動きを止めてやればいいってことか。
同時に、石化の効果で最後のバリアも砕かれた。

まあ、できればまとめて闇の書の闇も石化させてくれたらよかったんだけど、やはりそうはいかないか。
それに、五層目を破る一手を打つために士郎がいるんだしね。
「『――I have no regrets.(ならば、)This is the only path(わが生涯に意味は不要ず)』」
詠唱も佳境、残すはあと一節。
それを紡いだ時、この世界に最も魔法に近い魔術、大禁呪と称された神秘が顕現する。

「行くわよ、カーディナル!!」
《了解》
詠唱に集中している士郎を抱え、諸共闇の書の闇の近くまで転移する。

転位系の魔法は繊細だ。空間の歪みのある所じゃ上手く使えない。
だから私に行けるのは、その手前まで。
そこから先は、こいつが頼りだ。

転位は速やかに終わり、空間の歪みまであと数十メートルという位置に出る。
さあ、ここからはあんたの仕事よ。
「士郎、いま!!」
「『―――My whole life was(この体は、)”unlimited blade works”(無限の剣で出来ていた)!!!』」
最後の一節を唱え、真名を口にする。同時に、士郎は眼を見開きながら右手を振るった。
まるで、何かに命じるかの様に。

瞬間―――――炎が走る。空中を走るそれは、内と外を分かつ境界線。
私達を闇の書の闇もろとも囲うように、士郎の背後から左右に伸びていく。
それは広大な円を描いて繋がり――――――世界を変革させる。

その異界は元あった現実を塗りつぶし、一人の男の幻想にすり変えた。
空が赤い。いや、空だけではない。大地さえも赤く染まっている。
目の前に広がるのは荒野。草木一本存在しない大地。
その荒涼とした丘に、無数の剣が墓標のように突き立っている。

果てはない。炎の境界線は見えるのに、この世界はそのずっと先まで広がっていた。
まさに無限。見渡す限りあるのは剣と荒野と地平線だけ。視界の全てがそれで埋まっているのだ。
生き物のいない剣のみの世界、瓦礫の王国の中心に士郎は王の如く君臨している。

いや、事実士郎はこの世界の王であり神だ。
固有結界。心象世界を具現化し現実を侵食する、空想具現化の亜種とされる秘法。
故に、この世界は術者である士郎の心象。そして、この世界は士郎によって創られた。
そんな存在を、『王』あるいは『神』と呼ばずに何と表現するのか。

それにしても、相も変わらずここは殺風景だ。地平線の彼方まで同じような風景が延々と続いている。
そこで、この身を温かく包みこむ柔らかな何かの存在に気付く。
「……ぁ」
いつからかこの世界は、太陽の位置すら分からない雲に閉ざされた。だけど、今は空から光が射している。
世界を覆う分厚い雲に入ったささやかな切れ目の奥に、澄んだ空と燦然と輝く太陽を臨む事ができた。
かつての様な、自分自身さえも焼き尽くしてしまいそうな空ではない。
空はやはり赤いけど、それは「温かな暖色」に染まっている。

足元に目を移せば、そこにあるのはやはり痩せこけた大地。
雑草一本ない、“一見”枯れ果てた世界。そんな世界を占める土もまた、肥沃とは無縁の赤土。
専門的な知識などなくても分かる。こんな土では、樹はおろか、雑草一本生えはしない。

しかし体は勝手に動き、足元の土の一部を掬い上げ感触を確かめる。
「……柔らかい」
乾いた土特有の脆さ故に、土は触れたそばから崩れていく。

だが、それだけなら「柔らかい」ではなく「脆い」と言う。
そう言わなかったのは、指先に僅かな湿り気と柔らかさの余韻が残されたからだ。
眼を凝らせば、僅かに……本当に僅かに命の息吹を宿す黒土の兆しが含まれている事に気付く。
潤いはなく、恵みもない不毛な大地であったはずなのに、そこには確かに生命を支える沃土の兆しがあった。

「そっか……変わって無いように見えて、いつの間にか変わってたんだ」
つまりは、そういう事。心象風景の変化は、そのままその人物の心の在り方の変化を意味する。
曇っていた空から光が射し、大地に僅かな息吹が宿ったという事は、士郎の心にそういう変化があったのだろう。
それは私にとって何にも勝る喜びであり、新鮮な発見だった。

エミヤとも違う、かつての士郎とも違う。歯車も火の粉もなく、空気を占める重苦しさもない。
雲海の隙間から射す清々しい陽光を受け、突き立った剣達が息吹を得たように輝いている。

私はずっと、この世界が気にくわなかった。
命の息吹がなく、孤独で寂しいこの世界を変えたかったのだ。
その変化の片鱗が、今眼の前にある。

それが嬉しくて、この世界の大地を豊穣なものにしたいという新たな願いが芽生えた。
いつかきっと、雲一つない晴天を見たいと思う。
ああ……やっと私は、この世界が好きになれそうだ。



Interlude

SIDE-はやて

「シロウ達が……」
「消えちゃった……」
呆然とした呟きは、フェイトちゃんとなのはちゃんのモノ。

でも、それはこの場にいる全員の気持ちを代弁している。
凛ちゃんが士郎君を連れて闇の書の闇に接近したところで、赤い炎の線が二人を中心に円を描いた。
そしてその炎の線が繋がった瞬間、その二人と闇の書の闇が消えていたのだ。
いや、その寸前に確かにわたしは見た。士郎君達の足元に広がる赤い大地を。
一瞬やったけど、暗いこの場所でその光景は鮮明やった。

そのあまりの出来事に、わたし達三人は士郎君に言われた事を忘れて、思わず少しだけ前に出る。
せやけど、そこで異変が起こった。
「ふぇ、フェイトちゃん!?」
「ど、どこにもおらへん……シャマル!」
唐突に……ホンマ唐突にフェイトちゃんの姿が消えた。
まるで、初めからそこにはいなかったかのように、跡形もなく。

「す、すみません! 調べてはいるんですけど、まるで痕跡が掴めないんです。
 どこに行ったのか、何が起きたのかもさっぱりで……」
返ってきた返答は、まるで悲鳴の様。
管理局の方でも色々調べているみたいやけど、三人の行方を追跡できないらしい。

「転送魔法……なんかな?」
「ですけど、それなら少しくらいは痕跡が残るはずです。
それに、あの空間の歪みを纏った防衛プログラムに転送なんて無理ですし」
そういえば、そういう話やったよね。でも、だとしたら何が起こったんや。

そこで思いだす。さっきまでわたし達がいたところは、士郎君達を中心に描かれた円、そのギリギリ手前やった。
つまり、たった今わたし達はあの円の領域に入ったんや。だとしたら……。
その事に、皆もすぐに思い至ったらしい。
「でも、確か昔もそうだったんですよ~。
訳の分からないうちに、見た事もない場所に転送させられちゃって……」
「さっき見えたのは、あの炎と一瞬見えた赤い地面だけやから、あそこに行ったって事なんかな?」
「たぶん……士郎君があの人と関係があるのなら、行き先はあそこ以外に考えられません。
 おそらくは、テスタロッサちゃんもそこに紛れ込んでしまったんだと思います」
そういえば、さっきからシグナム達は士郎君に誰かの影を重ねてるんやったっけ。
つまり、その人がやった事と同じ事を、今士郎君もやったかもしれへんっちゅう事か。
そして、きっとフェイトちゃんも今はそこに……。
でも、わたし達とフェイトちゃんの違いってなんなんや?

そこで、えっと……クロノ君がシグナムに尋ねる。
「詳しく、聞かせてくれないか」
「私とて確信があるわけではないが、それでも?」
クロノ君の頼みに、シグナムは問い返す。
どうせ、今はそれ以外に情報がない。なら、気かへん事には始まらへん。

みんな同じ気持ちなのか、なのはちゃん達も頷き返す。
それはわたしも同じで、わたしが促すように頷くのを確認したシグナムは、慎重に言葉を選びながら口を開く。
「奴の時も、同じように炎が走りました。そして、炎が繋がった瞬間…世界は一変したのです。
 そこは見渡す限り夥しいほどの剣が突き立った、まるで廃棄場の様な荒野。
 荒れ地と鉄しかない、人の住めぬ灰の空が広がっていました」
シグナムは身震いするように、その時の事を述懐する。

「燃えさかる炎、空を埋め尽くす無数の巨大な歯車、その奥で太陽を遮る曇天。そして……墓標のように並ぶ剣。
あれは、最早この世のものでありません。あまりに異質で、まるで悪い夢のようでした」
それが、今士郎君達がいる場所なんか?

「ですが、アレは夢などではなく、確かにそこにある現実でした。
奴が腕を振るう度、無数の剣が次々と浮遊し我々を襲い、あの剣の軍勢は……我等の体を穿ったのです」
正直、聞いただけやと上手くイメージができへん。
おそらく、それは実際に見た人にしかわからない何かなんやろ。

だけど、深くその事を考える前に、大気が不穏な鳴動を発した。
「な、なんや!?」
みんなの混乱は、ここにきて最高潮に達する。
まるで、士郎君が行ってもうた向こう側の振動が、こっちにまで伝わってきてるみたい。

いったい今、向こうでは何が起きてるんや。
士郎君達は、大丈夫なんか?

しかし、そこで混乱し浮足立つわたし達をクロノ君が制止する。
「みんな落ち着いてくれ。気持ちはわかるが、僕達にできる事は少ない。
 今は、士郎達の言っていた通り持ち場につこう。士郎の言葉が本当なら、必ずまた姿を現すはずだ。
 信じて……その時を待とう」
クロノ君も、フェイトちゃんの事が気にならないわけやないんやと思う。
口調こそ落ち着いているけど、その手は固く握り締められていた。

クロノ君の言うとおり、今は信じて待つしかないんやと思う。
ちゃんと三人が帰って来た時に、もしわたし達が何も出来なかったら、それこそ全てが水の泡になる。
それだけはしちゃアカンし、この事態はあらかじめ知らされていた事。
なら、わたし達は今できる事をして、三人が帰ってくるのを待とう。

三人とも、無事でいて。

Interlude out



SIDE-士郎

詠唱を終え眼を開けた瞬間、あらゆる物が別の形で再構築された。
目の前に広がるのは、懐かしき俺の世界。無数の剣が乱立する、剣の丘。
これが俺の本当の魔術。俺の魔術は剣を作る事ではなく、無限に剣を内包し製造する世界を創る事。
剣を作るのは、その副産物でしかないのだ。

見渡す限り剣ばかり。そういう世界だとわかってはいるが、毎度の光景に少し苦笑する。
そんな俺の傍らには、すっかり馴染んだ凛の気配がある。
この身は剣、ならばアイツは俺を護る鞘なんだろう。そう、ずっと俺はアイツに護られていた。
故に、その気配は俺に深い安堵をもたらす。凛が傍にいる、それだけでどこまでもいけそうな気がする。

「ちょっと、いつまでそうしてんのよ。こっちだって魔力の残量がきついんだから、早くしてよね」
「っと、すまん。ずいぶん長く見ていなかった気がしてな」
俺の魔力は最早一割を切っており、凛の魔力も闇の書から解放された時点で半分以下。
おそらく、結界の展開時間は真名解放をする事を考えると、一分を切るだろう。
その間に、何としてでも空間の歪みを消去しなければならない。

……とそこで、凛が俺の肩を叩く。
「どうした?」
「なんで、あの子がいるのよ」
「は?」
凛が指で指し示す方に顔を向ける。

すると、そこにいたのは……
「フェイト…………って、なに!?」
確かに、戦闘区域そのものはそこまで広くはなかった。
あまり闇の書の闇と距離が開き過ぎると、攻撃の威力が拡散してしまうかもしれないからだ。

とはいえ、範囲内にいられては固有結界の中に取り込んでしまう。
だから、万が一にも巻き込んでしまわないように、外にいる様に位置取りをさせた。
仮に、展開された後で範囲内に入ったのだとしても、ここにいる事はあり得ない。
固有結界は、一度発動してしまえば外から侵入する事は基本的には不可能なはずだ。
少なくとも、今までに展開後に外から侵入してきた奴はいなかった。

ならば、一体どうやって……しかしそこで、凛がある事に気付く。
「ねぇ、士郎。そういえばアンタ、あの子に魔力を込めたペンダント渡してたわよね」
「ああ…………って、アレのせいか?」
「他にある?」
「……ない…な」
可能性として考えられるものがあるとすれば、確かにそれくらいしか思いつかない。
アレには俺の魔力が宿っているし、それが鍵になって道を開いたのかもしれないな。

当のフェイトはと言うと、キョロキョロと辺りを見回している。
どうやらと言うか当然と言うか、何が起こったのか理解できていないらしい。
まあ、普通そうだよなぁ。

とはいえ、いつまでもあそこでウロウロさせているわけにもいかないか。
「フェイトこっちへ来い。そこにいるのは危険だ!」
「え? シロウ……な、何がどうなってるの!?」
「いいから早く来なさい! そんなとこにいると死ぬわよ!!」
「は、はい!?」
凛に一喝され、フェイトは大急ぎでこちらに向かって下りてくる。
これからやろうとする事を思えば、確かにその通りなだけにあそこにいるのは危ない。
正直、フェイトを避けながらはキツイしな。

「ハァ……凛」
「わかってる。こっちは任せなさい、適当に口止めしておくから」
「頼む」
まったく、見られないように注意を払ったはずなのに、まさかこんな事になろうとは。



Interlude

SIDE-フェイト

「こ、ここは……どこなの?」
わたしは、ついさっきまでなのは達と一緒に海の上にいたはずだ。
なのに、気付くといつの間にか見た事もない場所にいた。

見渡す限り、どこまでも続く地平線。そこには、わたしがさっきまでいた海の影も形もない。
それどころか、眼下に広がる赤い大地は遠目にも痩せこけ、草木の代わりに無数の剣が突き立っている。
そして、空もまたさっきまでの様な夜空ではなく、夕焼けよりも尚赤く厚い雲に覆われた空が広がっていた。
(なんて、寂しいところなんだろう……)
地面が枯れている事か、それとも空のほとんどを覆う雲のせいか、あるいは……。
理由まではハッキリしないけど、わたしにはこの世界がどうしようもなく哀しく感じられた。
だってここは、まるで何もかもが死に絶えてしまったかのように、命の息吹が感じられないから。

それに、どうやってわたしはここに来たんだろう。
転送魔法? だとしても、「いつ」「誰が」そんな事をしたの。
それに、空間が不安定な場所では転送系の魔法は使えないはずなのに。
わたしは何が起こったのか理解できず、首から下げたペンダントを握りしめ、ただ辺りを見回す事しかできずにいた。少し遠くを見れば、先程まで戦っていた闇の書の闇がいる事にも気付かずに。
それだけ、この時のわたしは動揺していたのだ。

しかしそこへ、下方からよく知った声がかかる。
「フェイト、こっちへ来い。そこにいるのは危険だ!」
「え? シロウ……な、なにがどうなってるの!?」
「いいから早く来なさい! そんなとこにいると死ぬわよ!!」
「は、はい!?」
凛に叱責され、大急ぎで二人の元へ下りる。
二人がいるって事は、わたしは二人と同じ場所に飛ばされたという事なのだろう。

でも、それはなんで? わたしは二人が消えるのを確かにこの眼で見た。
なのに、いつの間にわたしは二人と同じ場所にいる。
時間差でわたしも飛ばされた? 誰に?
今までの様子を考えるとシロウという事になるはずだけど、それはおかしい。
だって、そのシロウ自身わたしがここにいる事に驚いていた。
それはつまり、シロウにその意思がなかった事を意味している。
わたしはもしかして、何か勘違いしているんじゃないだろうか。

降下しながらそんな事を思っていると、いつの間にか近くに来ていた凛が厳しい口調で言う。
「フェイト、あんたが今起こっている事態を理解しようとするのは自由だけど、今見た事、考えた事は誰にも言わないで。私も、アンタに手荒な事はしたくないしね」
「凛? なにが起こ……」
わたしの眼を見据えるそのまなざしは、鋭く有無を言わせない力を宿している。
「これ以上聞くな」とその眼が何よりも雄弁に語っていて、わたしはそれ以上言葉を紡げなかった。
だけど、同時にその瞳の奥にどこか悲しい光がある。

もしわたしが今見た事を誰かに話せば、きっと凛はわたしを許さない。
理由はわからないけど、そんな気がする。
「う、うん……」
「ゴメン、ありがとう。バルディッシュも、悪いんだけど記録の方は消してくれない?」
《……Yes, sir》
バルディッシュは軽く明滅して凛の頼みを聞き入れる。
これで、バルディッシュにもここでの記録は残らない。少なくとも、データとしてのそれは。

そこで、ふっとある事に気付く。
もしかしたらここが、以前シロウが言っていた武器を納める「蔵」なんじゃないだろうか。
でも、それは決してここが「何処」なのかという疑問への答えにはならない。
だってここは、明らかに地球とは思えないから……。

それに、こんな風に武器を野晒しにする蔵なんてありえない。
きっと、ここには蔵である以上の秘密があるんだ。
それこそが、シロウ達の知られたくない事。
その事を知る凛を羨ましく思い、少しだけ……嫉妬してしまう。

わたしは、シロウの事をどれくらい知っているのだろう。
もしかしてわたしは、本当は何も知らないんじゃないだろうか。
その事がすごく不安で、思わずシロウの背中を見る。
(ねぇ、シロウ。わたしは、ちゃんとシロウの事を……知ってるよね。
 凛よりは少なくても、わたしの知るシロウはちゃんとそこにいるんだよね)
その背中は、今まで感じた事もないくらいシロウを遠く感じさせた。

Interlude out



SIDE-士郎

フェイトを迎えに空に上がっていた凛が、フェイトと一緒に降りてくる。
どうやら、降りてくる間に話はついたらしい。
本当は聞きたい事があるだろうに、それでも聞かずにいてくれる事を申し訳なく思うと同時に感謝する。

まあ、フェイトが紛れ込んだのは予想外だったが、今はその事を気にしても仕方がない。
意を決し手近にあった剣を無造作に掴むと、それは俺を担い手と認めるように容易く抜ける。
「ご覧の通り、貴様が挑むのは無限の剣―――――剣戟の極地」
俺がその腕をゆっくりと上げると、同時に背後に並び立つ剣達もそれに従うように次々と浮遊していく。
ここにある剣は、ただの剣ではない。俺の意に忠実に従う、もの言わぬ騎士。

それはまさに軍勢。血の通わぬ、剣のみの軍団だ。
そして俺の手にある剣は、これ以上ないほど軍勢を指揮するのに相応しい剣。
銘を「勝利すべき黄金の剣(カリバーン)」。剣の師の手から永遠に失われた宝具、その贋作。
魔術師マーリンの導きにより選定の岩から抜かれた王の象徴。岩に刺された王を選定する剣。
武器としての精度ではエクスカリバーには及ばないが、権力の象徴としての意味がある剣。
この剣と俺の軍勢が釣り合うかはわからないが、少しは様になるだろう。

そうして、俺は振り上げた剣を勢いよく降ろし、切っ先を闇の書の闇に向ける。
「さあ――――――恐れずして掛かって来い!!!!」
号令一下、無数の剣が切っ先を向けて闇の書の闇に襲いかかる。
赤い空からも、無数の剣が流星群の様に光を放ちながら降ってきた。

しかし、もちろん奴とて大人しくこの軍勢に蹂躙される事を良しとするはずもない。
触手を伸ばし、あるモノはそこから砲撃を放ち、降り注ぐ剣を迎撃する。
それとは別に、先端を鋭く尖らせた触手が俺達目掛けて鎌首を伸ばす。
「では、行って来る」
「えっと、気をつけてね」
「しっかりやんなさい。こいつまで使ったんだから、ヘマしたら許さないからね」
「……くっ、それは怖いな。ならば、気合を入れていくとしよう」
二人にそう告げ、俺もまた敵を目指して疾駆する。
手にしたカリバーンを構え、迫りくる触手を切り捨てていく。

そんな俺に危険を感じたのか、数十にもおよぶ触手が襲いかかる。
「おおおおおおおおおおおおおお!!!」
それを、黄金の一閃で以て一息に薙ぎ払う。
黄金の剣から閃光が走り、俺の視界の全てを埋め包み込んだ。
残ったのは、バラバラと落下する触手の残骸だけ。

その間にも、並行して天空の激突は続いている。砲撃と剣の衝突は、空に艶やかな花火を生む。
「ただの剣」であれば、膨大な魔力頼みの砲撃に敵うはずもない。
だが、降り注ぐ剣は決して「ただの剣」ではない。
全てではないが、そのうちの数割は宝具(ノウブル・ファンタズム)と呼ばれる武装。
人間の幻想を骨子にして作り上げられた、物質化した奇跡。英雄達が愛用した、文字通りの伝説の武具の数々。
如何に真名解放はしていないとはいえ、それらは決してこちらの世界の魔導に劣るものではない。

砲撃の雨と空間の歪みとの衝突に競り負け、大半が弾かれる。
しかし、全体の一割ほどの剣がそれらを貫き、宝具の流星が闇の書の闇に突き刺さった。
その際に響く音はまさに轟雷。一つ一つが山をも穿つ威力により、着弾箇所の周辺を粉微塵に吹き飛ばす。
とはいえ、相手のあまりに巨大な体躯からすれば、剣弾の直撃による被害は全体の一割程度か。
しかし、今はそれで充分。ここに行く手を阻む数多の障害は無限の剣に遮られ、道を作る。

だがそこで、体の中から奇妙な、何かがひび割れるような音が響いた。
「っ! これは……不味いかな」
一瞬自分に何が起こっているのか疑問に思ったが、すぐに理解した。
体の内側から、神経を裂くような痛みが走る。
以前であればなかった痛みだが、今の俺には思い当たる節があった。
何より、自分の体だ。今起こっている事態を、俺自身に正確に伝えてくれる。

しかし、今更止まれない。今止まったところで、そういう意味で言えば最早手遅れだ。
「……行くか!」
剣の流星を降らせつつ、無数の剣弾によって開かれた道を突っ切る。

だが、それでもなお空間の歪みへの障害は残っていた。
天から降り注ぐ剣弾を潜り抜け、数本の触手が俺めがけて殺到してくる。
「ちっ……まだ耐えるか、つくづくしぶとい! いい加減、消え……!?」
殺到する触手に向け、黄金の剣を薙ごうとするがその瞬間に体に痛みが走り、体勢を崩す。
まずい、今から剣を振ったのでは間に合わない。

しかしその瞬間、背後から声がかかった。
「そのまま伏せて!」
思考するよりも早く指示に従い、崩れた体勢のまま地面に伏せる。

すると……
「プラズマランサー…ファイア!!」
俺のちょうど真上を、光り輝く無数の何かが通り過ぎていく。
迫っていた触手達はその光に貫かれ散乱する。

誰がやったのか、考えるまでもない。
今の凛は俺への魔力供給で支援をする余裕がない以上、残すは一人。
怪我の功名と言うかなんと言うか、フェイトがいてくれて助かったな。
立ち上がって眼に映ったのは、フェイトが放った魔力弾が剣弾の作ったそれをさらに押し広げた道。

そうして、俺はその道を通って遂にそこに辿り着く。
「ハァハァ……ハァ、ハァ。間違いないな、ここが境界か」
目では見えない、しかし空間感知に長ける俺にはわかる。
あと一メートル先に、内と外を分ける不可視の幕がある事に。

俺は、カリバーンを手放しその手に新たな宝具を握った。
凛からの魔力供給は続いている。あと一回くらいの真名開放は大丈夫だ。
「――――『破戒すべき全ての符(ルール・ブレイカー)』」
手にした裏切りと否定の剣に魔力を注ぎ、見えぬ幕に突き刺し真名を解放する。

一瞬の輝きが切っ先から放たれ、それは消滅した。
だが、まだ気を抜くわけにはいかない。
空間の歪みは消滅したが、まだコアは健在。これが消えない限り、終わりではないのだから。

それに……
「……抑え…きれるかな?」
今はまだ抑えていられる。しかし、それもいつまで保つか。
なにせ、さっきからずっとギチギチと体の内側から嫌な音がしているのだから。

そこで、役目を終えた事により現実を侵食していた幻想が解ける。
まるで、ジグソーパズルが壊れるように崩れていき、世界が薄らいでいく。
赤い荒野はその色彩と現実味を希薄化させ、あるべき夜の海が姿を現す。

そして、最後に残った足場が消え、俺と闇の書の闇は海に向かって落ちていく。
しかし闇の書の闇と違い、俺を落下から拾い上げる手が現れた。
「まったく。アンタね、そのまま落ちたら下手すると溺死するわよ」
「くっくっく……。理想ではなく、闇の書の呪いと一緒に溺死するのか? ゾッとしないな」
ああ、どうやらまだ軽口を叩く程度の元気はあるらしい。あるいは、消える前の蝋燭と言うやつなのかな。
できれば、前者であってほしいのだが……。

「ほら、さっさと行くわよ。フェイトも所定の位置に戻ったから、あとはあの子達が締めてくれるわ」
「そうか……」
体から力を抜き、体の中で暴れ狂うそれを抑え込む事に集中する。

同時に、俺達がある程度離れたのを確認して、皆が構えた。
「せっかくだ、号砲の代わりくらいにはなるか。
――――――『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』」
闇の書の闇に突き刺さっていた数十本の剣が炸裂し、その体を部分的に吹き飛ばす。
あとは、皆に任せるしかない。

そして、それを合図にしたかのようにクロノが動く。
「行くぞ、デュランダル」
《OK, Boss》
「悠久なる凍土、凍てつく棺の内にて…永遠の眠りを与えよ」
クロノはリーゼ達から託されたデュランダルを起動形態にし、新たな相棒と共にその力を振るう。
すると、防衛プログラム周辺の海面を凍てつかせていく。

時を経るごとに周囲の気温が下がり、なおもクロノの魔力を冷気へと変換する。
「―――――凍てつけ!!!!」
《Eternal coffin》
海水諸共、闇の書の闇一帯が凍り付いた。

しかし、これでもなお完全に動きを止めるには至らない。
表面は凍っているが、それも芯までは届いていないのだろう。
凍った表面を砕き、脱皮するように新たな組織が凍った表皮の下から現れる。

そこへ、さらに追撃をかけるべく二人の騎士が動く。
「遅れるなよ、ヴィータ!」
「誰に言ってんだよ! シグナムこそ、しくじるんじゃねぇぞ!!」
長い付き合いであろう二人は、お互いに叱咤し合いながらそれぞれの得物を構える。

先に動いたのは、ヴィータだった。
「鉄槌の騎士ヴィータと、鉄の伯爵グラーフアイゼン!」
《Gigantform. Form》
「轟天…爆砕!!」
巨大な鉄槌へと姿を変えたグラーフアイゼンを振り上げる。

振り上げきった時、それはすでに「闇の書の闇」と大差ないサイズだ。
ヴィータはそれを……
「ギガント…シュラ―――――ク!!!!」
気合と共に、渾身の力で振り落とす!
それにしても、客観的に見るとシュールな光景だな。
あんなチビッ子が、ビルみたいな槌を振り回しているんだから。

それに僅かに遅れ、シグナムもまた剣と鞘を構える。
「剣の騎士シグナムが魂…炎の魔剣レヴァンティン。刃と連結刃に続く、もう一つの姿」
《Bogen form》
シグナムが剣の柄尻と鞘を合わせると、レヴァンティンはカートリッジをロードし二つが一つとなる。
そうしてレヴァンティンは、弓へとその姿を変えた。

シグナムは弦を引き絞り、その弓の間には物質化された一本の矢。
さらに二発のカートリッジが排出され……
「翔けよ…隼!!!!」
《Strum falken》
矢は閃光となり、闇の書の闇へと疾駆した。

鉄槌と紫炎の矢は闇の書の闇へと襲い掛かり、その身に喰らい付く。
未だ氷結していた肉塊は、そのあまりの威力に砕かれ大幅にそのサイズを削られた。
特に、鉄槌に叩き潰された箇所は見る影もなく、矢の着弾箇所は炎に焼かれている。
だが、それでもなおその体の全てを消し去るには足りない。

しかし、あいつ等もまだすべてを出し切ったわけではない。
ここにはまだ、三人の切り札がいる。
「高町なのはとレイジングハート・エクセリオン……」
「フェイト・テスタロッサとバルディッシュ・ザンバー……」
「八神はやてと祝福の風リインフォース……」
「「「行きます!!」」」
それぞれが自身と相棒の名を宣言し、自分達の最大の一撃のために有りっ丈の力を溜め込み始める。

なのはの元に、無数の桜色の流星が集う。
「全力全開! スターライト…」
それらが収束し、なのはの眼前に巨大な魔力の塊となって光を放つ。

同時に、フェイトもまたバルディッシュを構える。
「雷光一閃! プラズマザンバー…」
足元の魔法陣から紫電が放たれ、天からも雷霆が落ち大剣へと集う。
その結果、フェイトの大剣が尋常ならざる輝きを放つ。
その様は彼の聖剣の縮小版の様で、思わず苦笑が漏れる。

はやてもまた、掲げた杖に力を集めていく。
「ごめんな、おやすみな……響け、終焉の笛! ラグナロク!!」
正三角形のベルカ式魔法陣がはやての前に出現し、各頂点上で光が膨張する。

そして……
「「「ブレイカ――――――――――――!!!!!」」」
三人が、一斉に最大出力の砲撃を発する。
それらは轟音を発しながら防衛プログラムを、三方向から包囲したまま着弾した。

だが、これでもまだ終わりではない。
今のは、あくまでも本体コアを守る鎧を剥がすための行為。
「…………本体コア、確認。捕まえ、た!! 転送、いけます!」
クラールヴィントを展開して何かを探していたシャマルが、目的の物を見つけた。

シャマルの指示に従い、既に転送の準備を整えていた二人も動く。
「長距離転送!」
「目標、軌道上!」
「「「転送!!!」」」
サポート班のユーノ、アルフ、シャマルの三人が、コアをアースラのいる宇宙空間まで転送する。
あとは、アースラのアルカンシェルがなんとかしてくれるはずだ。

しかし、転送されたそれが確かに消滅したのかは、この場にいる俺達にはわからない。
しばしの間、結果報告が来るのを待つ。
そうして、それは来た。
『アルカンシェル、着弾を確認。本体コアの再生反応、観測できません。
みんな、お疲れ様』
エイミィさんからの報告が届き、全員が安堵のため息をつく。
もう少しの間は再生しないかを観測しなければならないらしいが、一応これで状況は終了したようだ。

なんとか、見届けられたな。
しかしそこで、俺もまた限界を迎える。
「は……あ………あ、は……これは、ヤバいかも…な…………」
何とか抑え込もうと必死になるが、体の内側から響く音は静まらない。
そうして剣鱗が肉を裂き、皮膚を食い破って出現する。

今の俺では、抑え込んでもここが限界だ。
体の内側から数百の刃が生えないよう、総身の力と意志力で以て捩じ伏せる。
だが、それでも何とか内側から串刺しにされるのを抑えるので精一杯。
そのため剣鱗の侵食が止まらず、俺の体を不気味な鱗が覆っていく。

そこで俺の異変に気付いた凛が大声を上げる。
「士郎! アンタ、ちょっと…しっかりしなさい!!」
意識が霞み、視界が濁る。
バリアジャケットのおかげか、一応剣鱗の刃は届いていないらしい。
その事に、自分の事を忘れて安堵した。俺のせいでこいつが傷つく事が、どうしようもなく嫌だったから。

体が硬い。動かそうとしても、まるで鉄になったかのように関節が動かせない。
それが体が壊れかけているからか、それとも体が剣になっているからなのかは判別できないが……どちらにしても、楽しい想像じゃないな。
「がはっ……は、ごほっ、ご」
咳き込むと同時に、血の塊を吐く。どうやら、いよいよ内臓もヤバいらしい。
すでに体の感覚はない。もう、自分が立っているのか倒れているのかさえ分からなかった。

全ての感覚が遠くなる。だが、それでも凛の声だけははっきり聞こえた。
「アースラ!! 今すぐ私と士郎を転送、手術室を貸しなさい! それから、アイリスフィールも寄越して!!
 リニスはありったけの宝石を持って合流!! 急いで!!!」
他にも声が聞こえる気がするが、よくわからない。
聞き慣れた声な気もするし、初めて聞いた声かもしれない。

ただ、消えゆく意識の中で一つの事を思った。
(…………ああ、死にたくないな)
俺が死んだら、凛はきっと悲しむだろう。
凛にそんな顔をされるのだけは……困る。

こんな俺でも、凛以外にも死んだら悲しんでくれる人もいるだろう。
それに、俺はまだあの人に伝えなきゃならない事がある。
だから俺は、まだ死ねない。死ねないんだ……。



Interlude

SIDE-リンディ

アースラのブリッジ。
そこで私は、クルー達から様々な報告を受けていた。

例えば、闇の書の闇の本体コアの再生反応がない事。
あるいは、はやてさんが倒れたのは、慣れない魔法の使用が原因である事などがあげられる。
だけど、とりあえずそれらの事柄に関して問題はないらしい。
まあ、それは何よりだ。あの子は、これから幸せにならなきゃいけない。
守護騎士達の事で彼女も監督責任が問われる事になるだろうけど、それでもだ。
まだ九歳の少女の未来が、こんなところで影を落としていいはずがない。

ただその中には、未だこちらに何の報告も届かない案件がある。
「それで……士郎君の容体は?」
「手術が始まって以後、報告はありません」
手術は凛さんとアイリスフィールさん、それにリニスと守護騎士のシャマルで行われている。
うちのスタッフが何とかすると言ったんだけど、それじゃ間に合わないと言っていた。
たぶん、魔術的な方法での治療が中心なのだろう。

だからこそ、責任者に無理を言って彼女達だけの手術を許可したのだ。
医療スタッフの責任者からは「責任が取れません!」って文句を言われたけど。
なんとか、命を繋ぎとめて欲しい。彼もまた、こんなところで死んでいいはずがない。
預言などとは無関係に、彼はまだ死んではならないのだ。

「フェイトちゃん達は、手術が終わるのを手術室の前で待っています。
 休むようには言ってるんですが……」
「あの子達が、聞くはずがないわよね」
自分達に出来る事は何もないとわかっていても、そうせずにはいられない。そういうモノだ。

「どれくらいかかるかは、わかる?」
「どうでしょう、魔術の事はさっぱりですから」
今のミッドの技術なら、どれだけの傷でも生きてさえいれば完治出来る見込みがある。
その意味で言えば、彼がこの手術に耐えきれるかどうかが問題だ。
普通なら、ショック死していても不思議じゃない負傷と聞いているけど……。

原因は、例の『奥の手』以外にない。
だけど、得られたデータはほとんどない。サーチャーも飛ばしたのだけど、今回はほとんど収穫がなかった。
せめてどんなものであるか把握できれば、治療に使える情報があるかもしれないのに。
いや、それなら凛さんが言っているか。
彼女とて、士郎君の命を危険に晒してまで秘密を守ろうとするとは思えない。

そもそも、彼女自身この事態は予想外だったのだろう。
そうでなければ彼女がこんな事を許すはずがないし、許してももっとはやく対処したはずだ。
と、そこへ艦内通信が入る。
「はい、はい……本当ですか! 艦長!!」
「どうしたの!?」
「士郎君が何とか一命を取り留めたようです!!
 まだ手術は続いていますが、重大な危機は乗り切れたと……!」
その報告を聞いて、ブリッジ全体が安堵のため息をついた。
私も肩の力が抜け、思わずだらしなく突っ伏してしまう。

そうか、生き残ってくれたのか。その事に、心から安堵する。
せっかくこうして最高の形でケリがついたのに、その後に人死が出ては台無しだもの。
それに、士郎君の犠牲の下で助かったとなれば、はやてさんは一生その重荷を背負う事になったはず。
それは、まだ九歳の少女にはあまりに重すぎだ。

本来なら、考えなきゃならない事は沢山ある。
事件の当事者であり、一応は加害者の側になる八神家一同の事。
あるいは、力を貸してくれた子ども達への謝礼。
何より、士郎君の『奥の手』と預言の繋がりや守護騎士達の言っていた『赤き騎士』の事。

特に最後のは、この先の世界の命運にかかわる可能性がある分、ある意味最重要事項だろう。
ヒントはいくつかある。守護騎士達の言っていた事と、かろうじて撮影できた映像。それに『固有結界』と『投影魔術』という名称。
遠目に士郎君が術を使う光景を見ていたアイリスフィールさんが、その単語を漏らしていたのは確認済み。撮影出来た映像からも、うっすらと見える“赤い大地”の姿は確認できている。
そして、まるで観測できなかった転位による消失と再出現。

これだけのピースがあれば、核心に迫る事もできるかもしれない。
「だけど……それは後でもいいわよね。今日はおめでたい日なんだから」
そう、今日はこの世界で言うところの「聖夜」。同時に、闇の書の呪いが解かれた記念すべき日。
そんなおめでたい日に、そんな事を考えるのは無粋だろう。

今この時くらいは、闇の書の悲劇が止められた事を、はやてさん達が生き延びた事を、誰も欠けずに事態が終結した事を、そして……士郎君が一命を取り留めた事を喜んでもいいはずだ。
なにせ今日は聖夜、世界と人々が祝福される日なのだから。






あとがき

はい、というわけでフルボッコ終わりです。
凛が闇の書に吸収されたのも、夢の中で大立ち回りをしたのも、一応はこのための伏線ですね。
それに、エクスカリバーを使わせたらそれだけで終わりそうですし。

それと、固有結界の暴走は「外伝その2」あたりで出した魔術刻印との拒絶反応が根拠になっています。
今の体になって半年、まだ色々馴染み切っていなかったんですよ。
今まで試した事はなかったのか、とお思いになるかもしれません。
ですが、こっちに来た当初はいろいろバタバタしていたし、魔術師がいるかもしれない土地で下手にそんな規格外のモノを使うのは不味いと自重。
その後はジュエルシードに関わり、管理局まで出張ってきてしまったので迂闊に使えなくなりました。
事件後も、変に感知されたりしないように大人しくしていたわけです。
その結果、今回になってやっと使用したんですね。
それに、他の魔術を使っても何も問題なかったんで、てっきり大丈夫だと思っていたんでしょう。

で、士郎の今の心象に関しては、正直かなり迷いましたね。
ベースをアーチャーの方にするか、それとも士郎の方にするかで。
歯車は入れたいところだったのですが、それを入れるとほとんどアーチャーと変わらないじゃないですか。
そうなると、一応アーチャーとは違う結末を迎えたという事をアピールできそうになかったので、結局はなしにしました。
とはいえ、十年前そのままではなく、空が曇天で覆われるなど多少変化はしていましたけど……。
そこからさらに変化したのが、今の世界という事になります。

そして固有結界そのものは、Zeroでイスカンダルが使っていた「王の軍勢」を参考にしています。
固有結界を外から見た場合の描写とかって、アレくらいしかないんですよね。
ですから、他の固有結界だと違うのかすらよくわからないので、アレが一般的な形という事にしました。
つまり、結界が出来上がってしまえば外界から隔離され、外からは中の様子が分からないという事です。
また、結界が完成するまでの一瞬に、内部の風景の影響がほんの少し現れたりするところですね。

P.S
すみません、クロノの砲撃のところで名称を間違えていましたので修正しました。


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