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No.4610の一覧
[0] 魔法少女リリカルなのはReds(×Fate)【第二部完結】[やみなべ](2011/07/31 15:41)
[1] 第0話「夢の終わりと次の夢」[やみなべ](2009/06/18 14:33)
[2] 第1話「こんにちは、新しい私」[やみなべ](2009/06/18 14:34)
[3] 第2話「はじめての友だち」[やみなべ](2009/06/18 14:35)
[4] 第3話「幕間 新たな日常」[やみなべ](2009/11/08 16:58)
[5] 第4話「厄介事は呼んでないのにやってくる」[やみなべ](2009/06/18 14:36)
[6] 第5話「魔法少女との邂逅」[やみなべ](2009/11/08 16:59)
[7] 第6話「Encounter」[やみなべ](2009/06/18 14:37)
[8] 第7話「スパイ大作戦」[やみなべ](2009/06/18 14:38)
[9] 第8話「休日返上」[やみなべ](2009/10/29 01:09)
[10] 第9話「幕間 衛宮士郎の多忙な一日」[やみなべ](2009/11/29 00:23)
[11] 第10話「強制発動」[やみなべ](2009/06/18 14:39)
[12] 第11話「山猫」[やみなべ](2009/01/18 00:07)
[13] 第12話「時空管理局」[やみなべ](2009/01/31 15:22)
[14] 第13話「交渉」[やみなべ](2009/06/18 14:39)
[15] 第14話「紅き魔槍」[やみなべ](2009/02/21 22:51)
[16] 第15話「発覚、そして戦線離脱」[やみなべ](2009/02/21 22:51)
[17] 外伝その1「剣製」[やみなべ](2009/02/24 00:19)
[18] 第16話「無限攻防」[やみなべ](2011/07/31 15:35)
[19] 第17話「ラストファンタズム」[やみなべ](2009/11/08 16:59)
[20] 第18話「Fate」[やみなべ](2009/08/23 17:01)
[21] 外伝その2「魔女の館」[やみなべ](2009/11/29 00:24)
[22] 外伝その3「ユーノ・スクライアの割と暇な一日」[やみなべ](2009/05/05 15:09)
[23] 外伝その4「アリサの頼み」[やみなべ](2010/05/01 23:41)
[24] 外伝その5「月下美刃」[やみなべ](2009/05/05 15:11)
[25] 外伝その6「異端考察」[やみなべ](2009/05/29 00:26)
[26] 第19話「冬」[やみなべ](2009/07/02 23:56)
[27] 第20話「主婦(夫)の戯れ」[やみなべ](2009/07/02 23:56)
[28] 第21話「強襲」 [やみなべ](2009/07/26 17:52)
[29] 第22話「雲の騎士」[やみなべ](2009/11/17 17:01)
[30] 第23話「魔術師vs騎士」[やみなべ](2009/12/18 23:22)
[31] 第24話「冬の聖母」[やみなべ](2009/12/18 23:23)
[32] 第25話「それぞれの思惑」[やみなべ](2009/11/17 17:03)
[33] 第26話「お引越し」[やみなべ](2009/11/17 17:03)
[34] 第27話「修行開始」[やみなべ](2011/07/31 15:36)
[35] リクエスト企画パート1「ドキッ!? 男だらけの慰安旅行。ポロリもある…の?」[やみなべ](2011/07/31 15:37)
[36] リクエスト企画パート2「クロノズヘブン総集編+Let’s影響ゲェム」[やみなべ](2010/01/04 18:09)
[37] 第28話「幕間 とある使い魔の日常風景」[やみなべ](2010/07/03 02:34)
[38] 第29話「三局の戦い」[やみなべ](2009/12/18 23:24)
[39] 第30話「緋と銀」[やみなべ](2010/06/19 01:32)
[40] 第31話「それは、少し前のお話」 [やみなべ](2009/12/31 15:14)
[41] 第32話「幕間 衛宮料理教室」[やみなべ](2010/01/11 00:39)
[42] 第33話「露呈する因縁」[やみなべ](2010/01/11 00:39)
[43] 第34話「魔女暗躍」 [やみなべ](2010/01/15 14:15)
[44] 第35話「聖夜開演」[やみなべ](2010/01/19 17:45)
[45] 第36話「交錯」[やみなべ](2010/01/26 01:00)
[46] 第37話「似て非なる者」[やみなべ](2010/01/26 01:01)
[47] 第38話「夜天の誓い」[やみなべ](2010/01/30 00:12)
[48] 第39話「Hollow」[やみなべ](2010/02/01 17:32)
[49] 第40話「姉妹」[やみなべ](2010/02/20 11:32)
[50] 第41話「闇を祓う」[やみなべ](2010/03/18 09:55)
[51] 第42話「天の杯」[やみなべ](2010/02/20 11:34)
[52] 第43話「導きの月光」[やみなべ](2010/03/12 18:08)
[53] 第44話「亀裂」[やみなべ](2010/04/26 21:30)
[54] 第45話「密約」[やみなべ](2010/05/15 18:17)
[55] 第46話「マテリアル」[やみなべ](2010/07/03 02:34)
[56] 第47話「闇の欠片と悪の欠片」[やみなべ](2010/07/18 14:19)
[57] 第48話「友達」[やみなべ](2010/09/29 19:35)
[58] 第49話「選択の刻」[やみなべ](2010/09/29 19:36)
[59] リクエスト企画パート3「アルトルージュ・ブリュンスタッド 前篇」[やみなべ](2010/10/23 00:27)
[60] リクエスト企画パート3「アルトルージュ・ブリュンスタッド 後編」 [やみなべ](2010/11/06 17:52)
[61] 第50話「Zero」[やみなべ](2011/04/15 00:37)
[62] 第51話「エミヤ 前編」 [やみなべ](2011/04/15 00:38)
[63] 第52話「エミヤ 後編」[やみなべ](2011/04/15 00:39)
[64] 外伝その7「烈火の憂鬱」[やみなべ](2011/04/25 02:23)
[65] 外伝その8「剣製Ⅱ」[やみなべ](2011/07/31 15:38)
[66] 第53話「家族の形」[やみなべ](2012/01/02 01:39)
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[4610] 第40話「姉妹」
Name: やみなべ◆33f06a11 ID:fd260d48 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/02/20 11:32

SIDE-イリヤ

……………………………待ち人来ず。
まったく、やっぱりリンってば何か遠回りしたみたいね。
下手に色々わかっちゃうから、その途中が抜け落ちちゃうのよ。
才能があり過ぎるのも困りものよねぇ。大方、先走って大聖杯まで行っちゃったんじゃないかな?

本来なら力技で十分出られるんだけど、今は無理。
下手にちょっかい掛けながら取り込まれたせいで、妙に深く飲み込まれてるのよね。
おかげで、抜け出すには力技だけじゃ足りない。
『門』と『鍵』を使って穴をあけ、そこをぶち抜かなきゃ。

でも、このままだとホントに時間切れになっちゃうかもしれないなぁ。その場合、どうするつもりなんだろう?
「う~ん……あなたのご主人さまは、一体今頃何をしてるのかな?」
《マスターの事です。何か、深いお考えがあるのでしょう。深慮遠望とはあの方のためにある言葉ですから》
「本当にそう思ってる?」
《……………………もちろん》
うんうん、そうよねぇ~。その間が全てを物語ってるわ。
リンの事だから、どうせうっかり私の事忘れてたとかその辺でしょ。
それはそれで腹が立つけど。

と、そこで森の結界に何かが触れたのを感じる。
良く探ってみれば、それはよく知った魔力だった。
「よかったわね、ようやく着たみたいよ」
《私はマスターを信じておりました》
本当かなぁ……。まあ、今はそう言う事にしておいてあげるわ。

さて、いよいよ時間が差し迫ってきたわね。
とはいえ、まだ最大の試練が残っている。
悪い事に、リンがこっちに来る時に持っていた持ち物は今私の手元にある。
別に奪ったとかじゃなくて、気付いたらあったのだから仕方ない。
でもそうなると、リンに出来ることは少ない。
ましてや、アレが相手ではなおさらだろう。

出来れば何とかしてあげたいんだけど、私の言う事も聞いてくれないから無理なのよね。
その反動はもちろんあるんだけど、それでも相手が相手だからなぁ。
だからリン、がんばって。そうしないと、辿り着く前に――――――――――――死んじゃうから。



第40話「姉妹」



SIDE-凛

考えてみれば、真っ先に会うべき相手だった。
あの子は聖杯。ある意味、私以上にこの冬木の街と深い関係にある人物。
なら、私にも詳しくわからないこの状況を把握していた可能性がある。
少なくとも、大聖杯に何も無かった時点で会う選択肢を持つべきだった。

その意味で言えば、この世界にいる筈のキャスターもか。
アレは神代の魔女。私などには及びもつかない魔術師だ。
そんな彼女なら、容易く私の状態を把握できるかもしれない。
まあ、だからこそ会えなかったのかもしれないけど。向こうが会わないようにしていた可能性はあるしね。

まあ、それはいい。多少遠回りをしたけど、それでもここに行きついた。
子どもバージョンのギルガメッシュのおかげではあるが、その巡り合わせも天運という事にする。
運も実力のうちって言うしね。


ただ、さすがにこの状況は予想外。
「なんでバーサーカーに襲われなきゃならないのよ――――――――――――――っ!!!!!」
森の中を必死で走りながらの絶叫。全速力で走りながら、よくこれだけの声が出せるな私。
などと感心する暇はない。とにかく逃げる。逃げなきゃ未来がない。
あんな大怪獣、まともに相手に出来るか!?

「■■■■■■■■――――――――――――――――!!!!」
吠えてる、後ろで思いっきり吼えてるぅ!?
それも、さっきより少し近くなってきてるし!!

不味い、徐々に差が縮まっているらしい。
念のために持ってきた宝石を使って足止めしてるけど、さして意味がないかぁ。
このままだと、遅かれ早かれ捕まる。そんな事になったら、確実に私は死ぬ。
ただでさえ相手はサーヴァント。それも、あの「ヘラクレス」を狂化した「バーサーカー」だ。
知っている範囲でも、その基本性能は第五次に参加した全サーヴァント中、断トツのトップ。
元が最高位の英霊で、ギリシャ一の英傑だ。そんなのを狂化して能力を引き上げたとなれば、むしろ当然。
ちなみに、バーサーカーの真名は昔アーチャーが言っていたことだ。

その上、あれの宝具が厄介極まる。肉体そのものが宝具で、それも真名開放いらずの常時発動型。
能力は、自動蘇生と一定ランク以下の攻撃無効化だろう。
このあたりは、昔見たギルガメッシュとの戦闘と逃げながらの牽制で確認済み。

あの時何度か蘇生してたし、さっきから足止めのために逃げながら攻撃してるのに全然効果がない。
あれの逸話とかその他諸々を考えると、蘇生回数は十一回、有効そうな攻撃はAランク以上。
つまり、アレを止めたければ、Aランク以上の攻撃で十二回殺さないといけないことになる。

うん。とりあえず、言いたいことはこれだ。
「ふっっっっっっっっざけんなぁ―――――――――――――!!!
 そんなのどう相手にしろってのよ――――――――――――!!!」
カーディナルなし、宝石剣なし、そのうえ主力礼装もなし。
これでどうあの化け物と戦えってのよ。向き合った瞬間に死ねる自信があるわ!!

まあ、この場でカーディナルがあっても意味はないと思う。
私は攻撃魔法とかほとんど習得してないし、バインドがあの怪獣にどの程度効果があるか疑問だ。
バインドを気合いだけで引き千切り、ケージを指一本でぶち壊しても私は驚かない。
っていうか、魔法であれにダメージ与えるには、それこそスターライト・ブレイカーでもなきゃ無理無理。

せめて、指輪か宝石剣でもあればなぁ……。できれば宝石剣。
指輪はしょせん補助礼装だから、なくても術行使に問題はない。それこそ、使い捨ての宝石でも同じ攻撃が可能。
ただし、それだとドンドン宝石を消費するし、術の発動までに時間もかかって威力も下がるけど。
その上、使う魔術はAランク以上が目安。お金が、お金がぁ――――!!

その点で言えば、宝石剣なら問題ない。
あれは使っても減らないし、すぐさま術が使える上に、魔法の一端だから通常のランク規定から外れる。
ランク表記するなら、おそらくEX相当。これなら十分効果があるだろう。
だけど、ないものねだりしても意味がない。
ここは、今ある手持ちで何とかするしかないかぁ……。

後ろなど見ている暇はないけど、おおよその距離はプレッシャーでわかる。
これは追いつかれるのは時間の問題なんてものじゃない。あと数分とせずに射程距離に入る。
「えっと、残りの手持ちはアゾット一振りに……宝石が十数個か。
 数はあるけど、質が伴ってないのがキツイわね」
いくつかはやりようによってはA以上の攻撃ができそうなものもあるけど、それだけだ。
所詮は“いくつか”でしかなく、十二回には到底届かない。

とはいえ、これでも長いこと戦場にいた身だ。
窮地の一つや二つどころか、何十という死地を生き抜いてきた。
相手があんまりにもアレで、自分の状態がとてつもなく貧層だけど、やりようはある。
そもそも、無理に殺す必要はないのだ。一時的に動けないようにしてやれば、それで充分とも言える。
たぶん、殺すよりそっちの方が可能性は高いだろう。

それに、なんだか昔見た時よりだいぶ動きが悪いように思う。
まあ、何でなのか知らないけど、それは正直ありがたい。
そうでなかったら、とっくに殺されてたかもしれないし。

ただ、それにしても……
「あのガキィ……私にそんなに会いたくないか!!」
理由はまだ確証が持てないけど、ギルガメッシュとの邂逅で一つ仮定がたった。
だからまあ、その仮定が正しければ会いたくないという気持ちはわかる。
私に会えば、この世界は崩壊ないし消滅するだろうから、それは彼女にとっても同様だろう。

おそらく、ここは私の夢とか空想とかそう言うので編まれた世界。
少なくとも、闇の書が一から十まで全て編んだわけじゃない。
そうでない限り、アイツが士郎以外を知っている筈がないのだから。

まあ、だとすると疑問があるわけだけど。
例えば、どうしてライダーの素顔や子どものギルガメッシュ、そしてあの裸ドクロの不審者がこの世界にいるのか。
それに、私はライダーの素顔なんて知らない。
ましてや彼女の眼が水晶のような眼球に、四角い瞳孔だなんて事も知らない。
子ども版のギルガメッシュに会ったこともなければ、アレの性格に子ども版の片鱗すら見いだせていない。
特に、あんな裸ドクロの不審者には見覚えすらないのだから。

なのに、どうしてそれらがこの世界では当たり前の様に存在するのだろう。
私の夢とかそういうものの類なら、私のイメージの外に出ることはないはず。
少なくとも、私が全く知らないことなんて出てくるはずがない。
だから、ライダーの瞳孔は本来丸くなきゃおかしいのだ。
昔桜に聞いて忘れてたって可能性もあるけど、そこまで聞いた憶えはないし。
他のギルガメッシュや白髏面など尚更だ。

しかし、いつまでも思索にふけっている時間を与える気は向こうさんには無いらしい。
「■■■■■■■■■■――――――――――――――――――!!!!」
「っと、いよいよ来たわね」
覚悟を決め、アレと対峙するべく足を止める。
逃げ切れない以上、少しでも体勢を整えた状態で当たらないとそれこそ確実に死ぬ。

アレに手加減なんて思考はないし、そもそも私は手加減する相手でもない。
私は侵入者で、それもこの世界をぶち壊そうとする敵。それはあいつが守護するイリヤスフィールの消滅も同義。
なら、何も躊躇する必要はないし、その理由がない。

立ち止まると同時に、ガンドを真上に乱射し、天蓋の様に空を覆っていた木々に穴を空ける。
これから使う術は、私一人で使えるような類のものじゃない。
まともな術で倒せる相手でないのなら、自然の力を借りればいいだけの事。

そのまま手持ちの宝石の内、七つを穴に向けて放り投げる。
これらは、さっきまで足止めに使っていたのと同じ、そこまで質のいい宝石じゃない。
だけど、それでも使い道はある。
「『Setze eine Linse(鏡門展開)、Multiplikation(乗算増幅)―――――Ein positiver Speer(日輪の穂先よ)!』」
私が頼みとする術の一つを起動させるべく、右腕を天に掲げながら詠唱を開始する。
別に、これは指輪がなくても使おうと思えば使えるのだ。問題なのは時間。
そのために、まだ多少距離がある状態で準備に入ったわけだしね。

詠唱が進むにつれ、上空の像が歪む。空中に、光を捻じ曲げる何かが現れたのだ。
それにやや遅れ、バーサーカーの姿が森の中から現れる。木々をなぎ倒し、倒れた木を踏み砕いていく。
その姿はまさに、狂戦士の名にふさわしい。

だけど、こっちもすでに準備は出来ている。
「『―――――――――――Verbrennender Blitz des Lichtes(貫け、火光の槍)!!!』」
視界に納めると同時に、渾身の一撃を叩きこむべく掲げていた右腕を振り下ろす。
すると、不可視の何かがバーサーカーに向けて降り注ぐ。

しかし、寸前で気付いたのか。バーサーカーが飛び退いた事で、とらえられたのは下半身まで。
だが、それでも効果は十分。「ジュッ!」という音と共に色々焦げる匂いが辺りに充満し、思わず眉を顰める。
これまでに散々嗅いで、慣れたと言えば慣れた匂いだけど、それでも気持ちのいいものではない。

とはいえ、さすがにこれを受けて無事には済まないだろう。
なにせ、太陽の力を直接利用したのだ。どれほどの英傑でも、大自然の力に抗えるはずがない。
これは太陽の熱を利用する代物で、確か……太陽炉とか言ったっけ? なんかそういうのの原理と同じらしい。
太陽熱を一点に集中させるそれは、最大焦点温度は三千度に達するとかなんとか……。
ランクもAに届くはずだから、これで下半身は黒焦げだろう。
蘇生能力なんてあるんだし、この程度すぐにでも回復するだろうけど足止めにはなったはず。

でも、私はバーサーカーの状態を確認する事無くに走りだす。
再生にかかる時間なんてわからないし、チンタラしてたら捕まってしまう。そうなったら確実に殺される。
それが握り潰されてなのか、轢き殺されるのか、はたまた岩みたいな斧剣で叩き斬られるのかはわからないけど。

しかし……
「さすがにアレだけやれば再生に時間はかかるでしょ。
一応直撃したはずだし、再生しながら追いかけては来ないわよね」
というのは、どちらかというと願望に近い呟き。
もしそうでなかったら、やっぱり私は殺されるから。こんなところで死ぬわけにはいかない。
私は、あっちに戻らなきゃらないんだ。あの、士郎のいる世界へ。

幸い、足音は聞こえてこない。私の予想は一応正しかったようだ。
「あとは、これでどれだけ距離を稼げるかね。
 空が飛べれば楽なんだけど、アインツベルンの森でそんなことしたらどうなるか分かったもんじゃないわ」
さすがにいくらヘラクレスでも、空は射程外だろう。少なくとも、跳躍しても届かないくらい離れれば。
でも、今度はここが敵地であることが問題になる。下手に飛べば、それこそどんな罠があることか。
こうして走っている方が、まだ安心だろう。

それにしても、ここまででだいぶ魔力を消費したわね。
バーサーカーの足止めに、なおかつ指輪なしでのランクAの魔術。
いくら宝石の分の魔力も使っているとはいえ、元から質のいいのはほとんどない。
おかげで、自分の魔力で大部分を賄う羽目になった。
まあ、それも生き残ればこそ出てくる不満か。死んだら不満さえ持てないしね。

そこで、背後からまたあの腹の底に響く足音が響きだした。
「うわ……もう来た!」
結構離せただろうけど、それでもあれ相手にどの程度意味があるか。

えっと、確か城まであと半分くらいか。
はぁ、生きてたどり着けるかなぁ、私。



Interlude out

SIDE-イリヤ

リンはだいぶ頑張っているようだ。
もうお城まであと半分の所まで来ている。

森の中の事は私には手に取るように分かるし、あれだけ派手にやれば尚更だ。
一応こっちでもバーサーカーの進行を阻む様にトラップを使ってるけど、ほとんど意味がない。
まあ、元からヘラクレス相手に対して期待はしてなかったけど。

しかし、覗き見した光景には驚かされる。
なにせリンは、不意を突いたとはいえ一度あのバーサーカーの足を潰したのだから。
聖杯戦争当時のリンだったら、たぶん命がけの奇襲で一回殺すのが限度。
それにしても賭けの様子が濃すぎ、はっきり言って分は悪い。
それも、魔力を貯めに貯め込んだ宝石をいくつか持っていることを前提にした場合の話。

だけど、今回のリンに上質の宝石はほとんどない。
森に張り巡らした感覚が捉えた魔力を考えると、おそらく一つか二つ。
それ以外もゴミとまでは言わないけど、バーサーカー相手にはそう言われても無理はない程度のモノ。
でも今リンは、その上質な宝石ではなく、質の悪い宝石を上手く使ってバーサーカーを殺した。
これが聖杯戦争から経験を積み、自身を磨き抜いたリンの成長なのだろう。

それに、今のバーサーカーは私の命令に強引に逆らっているせいで弱体化しているのも大きい。
やり方次第だけど、あと何回かはダメージを与えられるかもしれない。
殺せるかどうかはまた別の問題だけど、それでも足止めくらいにはなる。

その数回で、なんとか城にまでたどり着ければリンの勝ち。
その前に凛をとらえればバーサーカーの勝ち。これはそういう戦い。
「…………………それでも、難しいわね」
良いところまではいけるかもしれない。
でも、辿り着けるかとなると、やはり厳しい。

魔力だけならまだ余裕はあるだろう。
だけど、宝石魔術師である凛が宝石を失うという事は、弾丸を失った拳銃に等しい。
どれだけ火薬があっても、撃ち出すべき弾頭がなければ意味を為さないのだ。

私が行ってどうにかなればいいんだけど、そういう問題でもないしなぁ。
「むしろ、私が行っても足手まといよね。
 私に出会って驚いた隙に、リンが殺されるし」
いきなり私が出てきたとなれば、リンの動きは止まる。そうなれば一巻の終わりだ。
なにより、私を抱えている隙が致命的。私の運動能力は低いから、文字通りの足手纏いになる。
バーサーカーからすれば、要は私さえ殺さなければいいわけだし。

だから、凛には何としてもここまで来て貰わなければならないのだ。
《マスターに飛ぶよう助言しては………》
「飛ぶのも………お勧めできないわね。
なんか、昔飛んできたバカがいたせいで、そっちへの護りは一層厳重だし。
私がいなくても動くよう、自動化されてて手が出せないのよねぇ」
その上、この状況でリンが私の言う事を信じてくれるかが問題。
っていうか、さっき叫んでいたことを考えると無理よね。

「会いたくないわけじゃないのよ、リン。むしろ、私は少しでも早くあなたに会いたい。
 話す時間は少ないけど、それでも伝えておきたい事があるから……」
正直、私はリンがこういう状況になって喜んでいる。
バーサーカーに追われていることじゃなくて、この世界に来た事に。

おかげで、私はやっと伝えられる。
例えここにいる私がまやかしでも、それでも私の言葉はイリヤスフィールの言葉。
この世界は、リンが認識・回想出来ない部分まで正確に呼び起こし、人格を再生している。
だから、この私から発せられる、あるいはこの世界にいる全ての人の言葉はその人自身のモノ。
まあ私や一部の人の場合、あの「四日間」の私たちになるんだけど。

《あなたは、何を伝えようとしているのですか?》
「いろいろあるわ。でも、全てを伝える時間も無い。
 だから、ほとんどの事は凛自身に思い出してもらうつもりよ。あとは…………」
そう、伝えなきゃならない。私の事、シロウの事、そしてお母様の事。
全ては無理でも、その一端でもいいから伝えたい。
これは、たぶんこれ以上ない幸運。シロウだけでなく、お母様にまでリンは出会っている。
こんな可能性、どれだけの並行世界を見渡してもそうはない。その機会を、無駄にするわけにはいかないわ。

それ以上私の伝えたいことへの追及を辞めたのか、宝石から発せられる言葉は別の問いとなる。
《思い出す? まるで、マスターはほとんどの事を知っているように聞こえますが……》
「ええ、知ってるわ。ただ、思い出せないだけ。
それはリンが体験したことではなく、魂に残った記憶とでも言うべきものだから」
そう、リンは憶えていない。せいぜい既視感とか夢とかとして記憶が残っている程度。
それは、シロウも大差ない。ただ、シロウの方が少し鮮明かもしれないけど。

と、そこでリンが再度バーサーカーに追いつかれつつある。
「これで一回。残りもそう多くないし、その間に辿り着けるかしら?
 まあそれも、この一回をちゃんと上手くやれればの話だけど……………………ん? これは!?」
そこで、リンとは別の反応を森の外縁部で感知する。
それはリンに続く、新たな侵入者。

「まさか、気付いた誰かがリンを止め来た!?」
事の真相に気付き、この世界を壊させないために誰かが動いたのかと思い、戦慄が走る。
唯でさえバーサーカーのおかげでギリギリなのに、これ以上状況が悪くなったらもうどうにもならない。

私は大急ぎで視界を切り替え、新たな侵入者を確認する。そこにいたのは…………
「そうか…そうよね。あなたがリンの危機に駆けつけないわけがないもの。
 よかったわね、カーディナル。もしかしたら、本当にリンはここまで辿りつけるかもしれない」
《それは、どのような意味でしょう?》
「簡単よ、勝利条件が変わったの。心強い援軍が来てくれたわ。
それが辿り着くまで粘れば、リンの勝ちよ」
そう、よく考えてみればそんなことはあり得ない。
第五次に関わった連中は、そのほとんどがそういう事とは無縁の連中。
それは、あの四日間の終焉でハッキリしていたではないか。
なら、ここでこの森に侵入するとしたら何も知らない偶然か、あるいは援軍以外の何ものでもない。

リンはすでに森の半分以上を踏破している。
アレが辿り着くまでには時間がかかるから、それまで保つかが勝敗の境目。
「って、あ………」
《あ、とはなんですか!?》
「リン、そういえば知らなかったんだっけ?」
そっかー、こっちのリンは知らなかったんだ。

どうやら、リンは「十二の試練(ゴッド・ハンド)」のもう一つの効果を知らなかったらしい。
こっちのリンが知るのは、自動蘇生と概念による一定ランク以下の攻撃の無効化のみ。
もう一つの能力は、実は目にした事が無かったのだ。

不味いかも、今ので致命的に近づかれちゃった。
この距離だと、ホントにやられちゃうかもしれない。

Interlude out



SIDE-凛

「って、何よこれぇ―――――!?
 反則にも程があるでしょうが!!」
叫びながらも、何とかあのバカでかい斧剣を地面にダイブするように回避する。
体裁なんて気にしていられない。そんなこと気にしてたら死ぬ。

再度近づかれてきたところで、もう一度さっきと同じ魔術をぶつけてやったのだが、ものの見事に無傷。
まさかアイツ、一度受けたダメージを学習して、その耐性を肉体に付加するなんて能力まであるの!?
それじゃあ、一回分無駄にしたってことじゃないの。
最悪。ダメージを与えられる回数なんてホント限られてるのに、それを無駄遣いするなんて。

だけど、そんなことを言っていられる場合じゃない。
今はとにかく、何とかしてこいつから再度距離を取るか、あるいは別の方法で殺すしかない。
とそこで、バーサーカーは斧剣を振り上げ、地面に思い切りたたきつけた。
「冗談でしょ。『Ein Speer ermüdende(雷槍一閃) Donnergehen durch Sie(汝を射抜く)!』」
手に持っていた宝石を投げ、そこから一条の太い雷撃が奔る。
それとぶつかり合ったのは土砂の波。なんとバーサーカーは、単純な腕力で地を割ったのだ。
その威力により生じた土砂の波が直進し、私に迫っていたのを雷撃で相殺したという事。

まったく、とんでもないデタラメだわ。技じゃなくて、力でこんな真似するなんて。
それにしても、外套があれば楽なのに。
あれの防御力には自信があるし、この手の攻撃は空間を歪めて逸らす事が出来る。
でも、やっぱりない以上別の方法で身を守るしかないのが辛い。
普段、どれだけ装備に恵まれていたかってことよね。自作だけど。

とはいえ、このままじゃジリ貧。一度、嵐の中に踏み込むしかないか。
宝石をバーサーカーの足元に投げ、それを起動させる。
「『Ein Fluß wird schwer gefroren(凍てつけ 冬の川)!!』」
すると、氷が発生しその身を包んでいく。
奴に一定ランク以下の攻撃が効かないとしても、表面を氷で覆えば少しは動きづらいだろう。

事実、僅かにバーサーカーの動きが鈍った。
その隙に一気に懐に入り込み、とっておきの一振りを足に突き立てる。
「■■■■――――!」
足に刺さったのは、一本のアゾット剣。剣としての精度はともかく、込められた魔力のおかげで刺さった。

あとは……
「『läßt――――!!!』」
そのアゾットの柄尻に向け、魔力を込めた拳を叩きつける。
結果、アゾットは魔力と共に爆ぜ、バーサーカーの右足を破壊した。

これ以上こんなところにいてたまるかと、大急ぎでバーサーカーから逃げ出す。
「全く、生きた心地がしないわよ。よく生きてるわね、私」
自分で自分の状態に感心する。

だけど、これでバーサーカーにダメージを与えられる手は残すはあと一回が限度。
それが出来るかさえ怪しいのに、それが出来たとしてもたどり着けるかはわからない。
少しでも前へ、一歩でも遠くへ。まるで津波から逃げる海沿いの人の気分。
まあ、あながち間違ってないんだろうけど。あれは確かに天災レベルよね。


そうして私は、ひたすらに逃げ回る。
だが、そこは英霊と魔術師。人間以上の存在である英霊と、どこまでいっても人間でしかない魔術師。
結果は、火を見るより明らかだった。

「ハァ、ハァ、これで最後か。何とか…うまくやらないとねぇ」
ここまでずっと走ってきたせいで、息が乱れる。
それも、あんなのと戦いながらだ。正直、今こうしている自分は死んだ後の錯覚ではないかと思えてくる。

それにしても、次はどんな手でやろうかしらね。
アゾット剣はおしゃか。「虹の咆哮」も、今の手持ちだと使えない。
その上、宝石も残り少ないときた。となると、もうできることがほとんどないな。

まあ、もうこうなったらウダウダ言ってても仕方ない。
とにかく、やるしかないんだ。やらなきゃ死ぬ以上、選択肢なんてない。
「来たわね」
「■■■■■■■■■――――――――――――!!!!!」
一際巨大な咆哮。その音圧だけで、体が竦み膝を折りそうだ。
久しぶりに見たけど、何度見ても桁外れね。戦闘時の英霊って連中は。

だけど、ここで立ち止まるわけにはいかないのだ。
ここで止まれば、全てが終わる。そんなこと、受け入れられるもんですか!
「■■■■■■■■■――――――――!!!」
再度行われる、力任せの振り下ろし。
それは土石の雨を生み、こちらに向かって降り注ぐ。

それを魔術とダッシュで何とか避ける。
一つ一つは小さいが、それでも勢いがシャレにならない。
あんなモノ、一つでも当たれば体に風穴があいても不思議じゃない。

小回りを活かし、時に木々を盾にし、時に木々に隠れるようにして付け入る隙を探る。
初めみたいな不意打ちなんて、こいつにはもう効かないだろうけど、それもやりよう。
そもそも、正面からやって勝てないからこういうことになるのだ。

相手はやっぱりとんでもない怪物。
樹が盾の役割なんてしないのはわかっている。
だけど、少しくらいならあの巨体の動きを制限することを期待していた。
セイバーもそういう戦法を取っていたから、やるならこれしかないと考えたのだ。

しかし、ここで今までで最大の一撃が振り抜かれた。
「■■■■■■―――――――――!!!!」
「きゃあ!?」
凄まじい勢いで振り抜かれた斧剣は、周囲の木々をまとめて薙ぎ払い、小さな広場をつくる。
今までが手加減していたってわけではないだろうけど、ここにきて本当の全力が来た。

薙ぎ払われた木々の一部は、台風に吹き飛ばされるように飛来し、あまりの数に避け損ねる。
「つぅ。しまった………!」
飛来した砕かれた樹の破片が右足に突き刺さる。
これで機動力は大幅に低下した。まずい、ここまで生き残れたのは小回りが利いたからだ。
それを失ったいま、私に生き残る術はない。

なんとか移動しようとするが、当然ながらバーサーカーからは逃げられない。
仕方なく、相討ち覚悟で最後の一撃を見舞うべく術を編む。
先にこちらの術が届けば、とりあえずのこの場は脱せる。

そのあとは、傷を治療するか、それともこのまま逃げるか。
「はは、どちらにしても絶望的ね」
そんなことをしていたら、どのみち追いつかれるのは目に見えている。
でも、かつて綺礼が言っていたように「最後まで諦めない」のが私であり、同時に「覆らない現実を瞬時に認める」のも私なのだ。

逃げきれる可能性はほぼ皆無。
それこそ、ここから数メートル先に城があるか、あるいは次でバーサーカーが死ぬとかのご都合主義が必要だ。
そんなもの、そう都合よくあれば苦労はない。

でも、仕方無い。
今できることがあるのに、少し先の絶望のためにそれをしないのは流儀に反する。
行動を起こさなければ、そのご都合主義だって起きないのだから。

時間がスローになる。
振り下ろされる斧剣が、酷く遅く感じた。同時に、自分の動作の一つ一つが遅い。
時間感覚の延長か、久しぶりに来たわね。まあ、来たからどうってことでもないけど。
別に私は、これが来ればどんな攻撃でも回避できるびっくり人間ではない。

だけど、だからこそ見えた。
迫りくる斧剣との間に入り込む、蒼銀の人影を。

ギィン!!

斧剣が何かに弾かれる。
それは風の鞘に包まれし不可視の剣。

それは、私に背を向けたまま、まるで守護者の如くバーサーカーの前に立ちはだかる。
しゃらん、という可憐な音。否、目前に降り立った音は、真実鉄よりも重い。
およそ華やかさとは無縁であり、纏った鎧の無骨さは凍てついた夜気そのものだ。
華美な響き等あるはずがない。本来響いた音は鋼。
ただ、それを鈴の音に変えるだけの美しさを、その騎士が持っていただけ。

その後に響いたのは、鈴の様な少女の声だった。
「ご無事ですか、凛」
「セイ…バー?」
そこにいたのは、十年前一時この身と共にあった一振りの剣。
誰よりも気高く、誰よりも崇高で、誰よりも清廉潔白かつ公正無私な騎士であり王だった英雄。
本当は年頃の少女の様な面を持ちながら、それを覆い隠した意地っぱり。
そして、私にとって数少ない「親友」と呼べた友人。

そのセイバーが、今この時あの頃の様にこの身を守るために駆け付けたのだ。かつての誓いを守るように。
「これは、一体どういうことですか。なぜバーサーカーが?」
「……さあ? イリヤスフィールに会いに来たんだけど、なんかそれがお気に召さないみたい」
理由はわかる。こいつはイリヤスフィールを守るために立ちはだかったのだ。
私が彼女に逢えば、きっとこの世界が消えてしまうから。
世界のためではなく、自己のためでもなく、守るべき主のを守るためにこいつはここにいる。

「状況はよくわかりませんが……バーサーカーよ。
貴方が我が主に剣を向けるなら、私が相手となろう!!」
セイバーは不可視の聖剣を地に付き立て、そう宣言する。
それは堂々とし、少女の体を何倍にも大きく見せた。

「凛、行ってください。イリヤスフィールはこの先です。ここは私が……」
「…………ごめん」
一言、それだけ言って私は動きの鈍い右足を無理やり動かす。
まずはここを離れる。そうでないと、セイバーが思い切り戦えない。

それにしても、一体どうやってこの状況を知ったのだろう。
ラインの繋がりからか。否、今私と彼女の間にその繋がりはない。
この様子だと、私の目的を知ってというわけでもなさそう。
おそらくは、その持前の直感で何か気付いてここまで来たのだろう。
その事に、心からの感謝を覚える。

そんな私をバーサーカーが睨むが、セイバーに阻まれ動けない。
如何に理性はなくとも、本能が迂闊な行動を抑制する。
一歩動けば、この眼の前の騎士王が自分に牙をむくとわかっているのだ。

ある程度離れたところで、私は最後に親友に向けて言葉を発する。
「セイバー!! ―――――――――――――ありがとう」
正直、もっと言うべきことがあるんじゃないかという気はする。
でも、これ以外に何も思いつかなかった。
ここ一番でまた機転が効かないのか、それともこれで良かったのかはわからない。

だけど、伝えたいことはちゃんと伝わっていた。
「あの日の誓いは、今もこの胸にあります。この身は御身の剣。故に、ただ一言『戦え』と命じて下されば良いのです。その信頼に、私はこの剣で応えましょう!」
「そうね。その方が私たちらしいか。
 ………ここは任せた。戦いなさい、セイバー!」
「御意!!」
そうして、セイバーとバーサーカーが動く。

動き出しは同時、二人の剣が衝突するも互いに譲らない。
剣戟は高く響き、落雷の如き衝撃音を雨の如くまき散らす。

その音を背に、私はアインツベルンの城を目指す。
私を行かせるために、訳など知らず、理由など聞かず、ただ信頼と誓いのみで戦ってくれる友人に報いるために。
彼女に報いる術は一つ、私が目的を達成すること。
ならば、こんなところで足を止めているわけにはいかない。



  *  *  *  *  *



城門は開いていた。立ち止まらずに城へ急ぐ。
足の応急処置はしてあるから、これでもうしばらくは保つ。
バーサーカーはセイバーが足止めしてくれている。
その間に、何としてもイリヤスフィールを確保しなければならない。

城の玄関を殴り開け、城内に侵入する。
不躾な来訪だけど、あんなのを襲わせたんだから遠慮する必要はない。
なによりここは敵陣。いつ兇刃が降ってきてもおかしくはなく、故に私も最初から臨戦態勢。

そして案の定、第二の守護者が立ちはだかった。
「ふっ!?」
振り下ろされたのは、時代錯誤な長柄の武器。ハルバート。
アレは確か、昔この城に立てかけられていたのと同じものだ。
その超重量の白兵戦武器を、後ろに飛び退いてやり過ごす。

「リン。イリヤには会わせない。帰って」
感情のない声。四十キロを超える凶器を、重さを感じていないかのように不器用に扱うホムンクルス。
アイツも、私は知らない。ここが私の記憶とかから作られた世界って言うのは、勘違いなのだろうか。

彼女の目的もバーサーカーと同じなのだろう。
だけど、だからといって引き下がるわけにはいかない。
「悪いけど『はい、そうですか』で帰れたらここまで来ないわよ」
「帰らない? なら、仕方無い」
こちらの戦意を読み取ったのか、ホムンクルスはハルバートを振り上げる。
戦力を測っている時間はない。また、戦闘を長引かせるほどにこちらが不利。
なら、初撃で倒しにかかるしかないか。この際だ、死んでしまっても仕方ない。

そう私が覚悟と意志を固めたところで、ホムンクルスの戦意が薄れる。
無表情ながらも強い気迫に満ちていたソレは、唐突に戦意を失い無防備に私に背を向けた。
「………………セラ?」
「そこまでです、リーゼリット。その方はお嬢様のお客様、丁重にもてなしなさいと言ったはずです」
キツイ口調でホムンクルスを叱責するのは、同じくホムンクルス。
階段の上から、鋭い眼差しを臨戦体制だった私たちに向ける。

その眼には、私に対する確かな敵意がありながら、同時に戦意はない。
つまり、私は敵だが、ここで戦うつもりはないということか。
まあ、ありがたい。足の状態がアレだし、これ以上酷使するのはきつかったところだ。

「ようこそおいで下さいました、お客様。お嬢様の命により、歓迎いたします」
「その割には、随分な門番と衛兵だこと」
「申し訳ございません。なにぶん、二人ともお嬢様を思ってのことですので。どうか、お許しください」
「まあ、いいわ。それより、イリヤスフィールに会いたいから、案内してくれる? その為に来たのでしょう?」
二人の会話から察するに、その目的以外にはちょっと考えられないしね。

しかし、それでもなお目の前のホムンクルスはその場を動かない。
「もちろんです。………下がりなさい、リーゼリット。ここからは私がお相手します」
「でも……セラ」
「全ては、イリヤスフィールお嬢様の御意志。貴女は、その御意思に背くと言うのですか?」
「…………ううん。リズ、イリヤの言う事、ちゃんと聞く」
そこで二人の話はついたのか、今度こそハルバートを構えたホムンクルスはこの場を去る。
残ったのは私と、キツイ雰囲気を持ったもう一人のホムンクルスだけ。

「では、ご案内いたします。こちらに………」
そうして、私はイリヤスフィールと対面するべく城の中を案内された。



長い廊下を抜けて辿り着いたのは、中庭とも言うべき場所。
花々の咲き乱れる整えられた庭の中心に、十年ぶりに見るあの少女がいた。

その少女は、こちらを振り向くと無邪気な笑みを浮かべる。
「久しぶりね、リン」
「そうね。あなたにとってはどうか分からないけど、私にとってはざっと十年ぶりってところかな」
この少女の外見は、あの頃と全く変わらない。
衛宮切嗣の手記から、彼女の成長が止まっていることは知っている。だから、それ自体には何の感慨も無い。
それに、この世界の人間はたった一人を除いて、全て私が最後に見た日の姿そのままだ。
彼女も、その例に漏れなかったらしい。
でも、アイリスフィールの姿を見たことで、ついついこの少女のするはずのない成長を想像してしまう。

そんな私に向け、イリヤスフィールは悪戯っぽく問いかける。
「へぇ、いきなりね。普通、私がどこまで知っているのか確認くらいしそうなものだけど」
「必要ないでしょ。バーサーカーを差し向けてまで私を避けてたんだから」
「あ、それは誤解よ。あれはバーサーカーやリズの独断なんだから。
 私はやらなくていいって言ったのに………」
ふてくされたようにイリヤスフィールは主張する。
………信用は、できるか。そうでなければ、あのホムンクルスを止めたことが説明できない。
それにそれなら、バーサーカーの動きが鈍かった事も納得がいく。

まあ、それでもこいつが全てを知っているだろうという確信は揺るがないけど。
「それはいいわ。こうして何とか辿り着けたわけだし。
で、いい加減東奔西走して疲れてるから、本題に入ってくれない?」
「うん、リンにはあまり時間が無いもんね」
やはり、この反応からして全て知っているわけか。

「じゃあ、先にこの子を返すわね」
そう言いながらイリヤスフィールは歩み寄り、私に手を差し出す。
その手の上には、カーディナルと指輪、そして宝石剣がある。なるほど、ここにあったのか。

「カーディナル、気分はどう?」
《良好です》
そうか、ならよかった。もし壊れてたりしたらどうしようかと思ったけど、そうでないなら何より。

さて、受け取るモノは受け取ったし、さっさと柳洞寺に戻りたいけどそういう雰囲気じゃないわね。
「う~ん、まず何を話そうかしら?」
「手短に頼むわ」
「もちろんよ。話すことを話したら、ちゃんと戻る手伝いをしてあげる♪」
そう言いながら、雪の少女は満面の笑みを浮かべる。
初めて会った時の無邪気で酷薄なモノではなく、その笑顔は温かさに満ちていた。

「まず、この世界について。
もう予想出来てるかもしれないけど、ここは主にあなたの記憶とか願望とかで編まれているわ」
「にしては、私の知らないことが多すぎない?」
「それは知らないんじゃなくて、思い出せないだけよ。
 ここはね、第五次聖杯戦争終結後の10月に発生した異常事態の記憶の影響を受けているの」
聖杯戦争後の10月? えっと、何かあったっけ?
異常事態というほどの事があった記憶はないんだけど。
むしろ、その少し前に大師父が来ていろいろ引っ掻き回してくれた方が鮮明に記憶に残っている。

首を傾げる私に、イリヤスフィールはにこやかなままだ。
「思い出せない? 10月と言えば、バゼットやカレンと出会ったころよ」
「ああ、そう言えば……でも、それとこれと何の関係があるわけ?」
「あの時、不思議に思わなかった? 初対面のはずなのに、ヤケに士郎がバゼットやカレンと親しくしてて」
ふむ、確かにそんなことがあった気もする。

だけど、やっぱりそれとこれとの関係が分からない。
「あんまり遠まわしな話は好きじゃないんだけど……」
「ふふ、ごめんなさい。じゃあ、順を追って説明するね。バゼットはコトミネの不意打ちを受けて聖杯戦争が始まる前に敗退し、仮死状態だった所をカレンが見つけた。ここまでは知ってるでしょ?」
「まあ、二人から聞いたことだしね」
「でも、それだと変じゃない?
 聖杯戦争から10月まで、その間どうやってバゼットは仮死状態を維持したのかしら?」
言われてみれば、確かにおかしい。
バゼットはそう言うのは得意じゃなかったし、綺礼がそんなことをするはずがない。
という事は、第三者が何かしたということか。

では、それは誰? 十年前は気にも留めなかったけど、こうして問われて気付く。その不自然さに。
「そう、誰かがそれをした。
たぶんだけど、その誰かが同時に聖杯戦争を『再現』したのよ。『再開』じゃなくてね」
つまり、終わったところから始めるのではなく、もう一度はじめからやり直すということか。
いや、それもおそらく厳密には正しくない。それなら『振り出し』だ。
振り出しに戻ったのなら、もう一度ケリがつくまで聖杯戦争をやらなければならない。

「それはね、どのパーティも欠けておらず、起り得るすべての可能性を内包した世界。
 同時に、結果がすでに出ているが故に戦う事もなく、皆が日常を謳歌し続けた。
それがあの頃に起こったの。だから、リンは知らない筈のことを知っている」
「えっと、そこではライダーもいて、戦わずに普通に生活してたから、私がライダーの素顔を見る機会もある。
 だから、この私も知っているってこと?」
「そういう事。ついでに言うと、それは四日間に限定され、ある条件が満たされるまで何度もそこをループしていたような感じになるわ。まあ、本当はシロウ以外は全ての体験を並列化できないみたいなんだけどね。
 それでも、シロウが起こした行動の結果は次の回にも引き継がれてたようだから、たぶんリンたちにも深層意識とかの方で何かしら残ってたんだと思うわ」
どこまでも眉唾な話だが、一応それなら筋は通るか。
だとすると、やっぱりあの仮面の不審者は本来の「アサシン」ってことか。
どのハサン・サッバーハでも、そういう格好だっていう話だし。

だけど、ここで疑問が生じる。
「でも、なんでシロウだけ並列化できるのよ? っていうか、その誰かって誰?」
「さあ? 私はリンが知る以上のことは知らないわ。
この説明も一度シロウがリンに相談して、そこでリンがそれを一応真剣に考察して答えた時のものだから……」
そう言って、可愛らしく首を傾げるイリヤスフィール。
そうだった、この世界は私の記憶が根幹にあるのだった。
私が知る以上の事を、この世界の住人が知る筈がないのだ。
ただ、この様子だとある程度の予想はできるようだけど……。

まあ、それはいい。それ自体はそれほど重要な事じゃないし。
「でも、私はその時のこと全然覚えてないわよ」
「当然よ。あれは偽りの四日間、終わってしまえばその四日間そのものが無かった事になる。
 でも舞台は偽物だけど、登場人物は本物だった。だから、夢や既視感として憶えているの」
夢は起きた時には、そのほとんどを忘れている。つまりは、それと同じということか。

「全てを知る人間がいるとすれば、士郎かバゼット、あとはカレン位ってこと?」
「そう言う事になるわね。少なくとも、バゼットとカレンは特に強くその時の記憶が残っているわ。
 シロウは、時々何かの拍子で僅かに思い出すくらいみたいね」
『聖杯戦争を再現した四日間』というのなら、確かにバゼットがいても不思議はない。
たぶん、そこでバゼットと士郎が出会っていたということか。
まあ、なんでそこにカレンが含まれていたのかよくわからないけど。

とはいえ、これで疑問は解けた。ここがわけのわからない異世界とかではなく、単純に私の記憶から再現した世界であることが確認できただけでも意味がある。
「これで、話は終わり?」
「この世界についてはね。ただ、モノはついでってことで、その時のこと少し思い出してみない?」
「出来るの?」
「表面化している今ならできると思うわ。
私の特性は過程を無視して結果を導き出すものだから、術を習得しているかどうかは関係ないしね。
全ては無理でも、ある程度までは思い出させてあげられるはずだから、それだけでも意味はあるはずよ」
まあ、この子は聖杯なんだから、それくらいはできるか。それに、興味がない、と言えば嘘になる。
私はこの世界で……というか、その再現された世界とやらでどんな風に生活していたのだろう。
いやむしろ、そこでセイバーや桜がどう暮らしていたのかが知りたい。

「ついでに言うと、アンリ・マユの正体とか、その他諸々の裏話も少しわかるはずよ。
 確かアンリ・マユに関しては、ギルガメッシュが言っていたのと、ゾウケンから聞いた範囲までしか知らないのよね?」
「まあね。それが聖杯の中身で、解放されたら人間を呪い殺しつくす。臓硯は第四次で回収した聖杯の欠片が桜の中に入れ、そのせいで桜も聖杯になった。そして、いつかあの中身の影響を受けて怪物になる運命にある。
 私が知っているのはそこまでよ。アンリ・マユの正体までは知らない」
「でしょ? でも、あの四日間のリンはそれを知っていた。それを知る未来もあったってことね。
だから、その記憶を引き出せば、今のリンが知らない裏話もある程度はわかるんじゃないかしら」
「いいわよ、やって」
たぶん、知っておいて損はない。
これから、アイリスフィールにもいろいろ話さなきゃらならないだろうしね。

イリヤスフィールの高さに合わせて膝をつき、彼女の手が私の額に振れる。
本来なら、抵抗感とか警戒心とかが沸くところなのに、なぜか大人しくされるがままだ。
私の中にある忘れ去った記憶が、そうさせるのだろうか。

そして、それはそう時間をかけることなく終わった。
「………つぅ、なんか頭痛いんだけど」
「今はまだそんなものよ。あとから、徐々にいろいろ思い出すわ。
 じゃあ、そろそろ行きましょうか」
「話は終わり?」
「ここではね」
やはり、まだ何か言いたい事はあるのだろう。
それはそうだ。ここまで話したのは、言ってしまえば事務的な事実確認でしかない。
この世界で士郎とイリヤスフィールは、それなりに仲良くやっているらしい。
なら、だからこそ言いたい事があるはずだ。私も、内容によっては士郎に伝える意志もある。

まあ、それはそれとして。
「で、どうやっていけばいいわけ? またバーサーカーに襲われるのは嫌よ」
「ああ、それは大丈夫。ここからは飛んでいきましょう。できるんでしょ?」
「罠とかないでしょうね」
「あるけど、問題ないわ。この城と庭のトラップは、私さえ一緒なら起動しないから」
つまり、イリヤスフィールを担いで飛べば問題ないってことか。
まあ、小さいし軽そうだから特に問題ないと思うけど。

ん? 待てよ、そう言えばセイバーはどうするのかしら?
「ちょっと、セイバーがまだ戦ってるんだけど」
「ああ、それね。リン、あの二人の戦いを横から止める自信ある?」
「………………………ない」
「でしょ?」
つまり、止めたくてももう止められないってことか。
いや、英霊同士の戦闘なんてそんなものだけどさ。アレはもう、人間如きにどうこう出来るレベルじゃない。
半ば人間辞めてるような連中ならともかく、私はそうじゃないし。

「まあ、セイバーは心配いらないわ。
今のところ怪我らしい怪我もないし、この様子なら余程の事が無い限り最悪の事態にはならないと思う」
「そうなの? まあ、バーサーカーは動きが悪かったから、セイバーなら問題ないのかもね」
「うん。それに、セイバーは別にバトルマニアじゃないし、実際なんとかバーサーカーを振り切ろうとしてるわ。
 たぶん、隙あらばこっちに来ようとしてるんじゃないかな? だから、遅かれ早かれここまで来るし、そうすれば後は安全だから心配はいらないわ。
 でも、セイバーにまで説明とかすると面倒だし、できればこのままセイバーが来る前に行きたいんだけど……」
おそらく、セイバーはイリヤスフィールやギルガメッシュほどこの世界の状態に詳しくない。
説明しても納得させるのは手間だろうし、イリヤスフィールの言う事も最もか。

そういうことなら、とりあえず急いで柳洞寺に向かうとしますか。
「オッケー。じゃ、すぐに行きましょ」
「あ、ごめん、ちょっと待って。着替えてこなきゃ」
「なんでよ」
「大聖杯を動かすのに必要なの!」
私の問いにイリヤスフィールはむくれた様に頬を膨らませ、両手をブンブン振りながら不満そうに答える。
外見年齢相応のその姿は、威圧感などとは無縁でどこまでも可愛らしい。

それと同時に、イリヤスフィールの言葉の意味にもすぐに思い当たる。
ギルガメッシュの言を信じるなら、大聖杯は門でイリヤスフィールが鍵ということになるらしい。
鍵を差し込んだら回さなきゃいけない。そのために必要ってことか。

「わかったわ。じゃあ、急いでよ」
「は~い。あ、ねぇリン」
「なに?」
「私の事は、『イリヤ』って呼んで。キリツグやお母様はそう呼ぶわ」
その言葉に、一瞬呆気に取られた。それはつまり、私にそう呼ぶことを許したという事だ。
本来親しい人にしか許さない筈のその呼び名。それは、私をそう言う対象として見ると言う事。

私の知る限り、私たちはそんな間柄じゃない。
でも、この世界ではそうだったのかもしれない。なら、それでいいのかもしれないかな。
「………………いいから、早くしなさいよ『イリヤ』」
「うん♪」
嬉しそうにそう答え、彼女は城の中に戻って行った。

本当に………本当に何かが僅かに違っていれば、私たちにはこんな未来もあったのかもしれないわね。
そのことを、少しだけ残念に思った。



 *  *  *  *  *



場所は、新都の上空。

私は着替えたイリヤを、俗に言う「お姫様だっこ」で空を飛んでいる。
カーディナルが手元にある以上、転送でもすれば速いのかもしれない。
だけど、アインツベルンの城から柳洞寺への転移なんて危なくて出来ないわ。
柳洞寺にはキャスターのトラップがあったし、アインツベルンの城も似たようなモノ。
そんなところで転移なんてしたら、何が起こるやら考える気にもならない。

柳洞寺まではまだあるのだが、いつまでも無言はさすがにアレだ。
とはいえ、吹き付ける風は冷たいし、スピードを出すのに集中した方が早く着く。
なにより、正直何を話していいのかよくわからないというのが大きいか。

というわけで、自然と私は黙り込むことになったが、イリヤはそうではない。
だけど、それにしたってもっとセリフがあったのではないか?
「うわぁ♪ ねぇリン! ―――――――――――――――見ろ、人がゴミの様だ」
前半は喜色に富み、だが途中からは「この愚民どもが」みたいな感じに冷たい。
なんなのよ、そのギャップは。

「何よ、それ」
「え? 高いところから人を見下ろす時のマナーだって、お爺様が言ってたんだけど」
どんなマナーだ、それは。アインツベルンの教育方針は、よほど頭がおかしいらしい。

「そんなマナーは忘れなさい。アンタは大人しく、外見相応に空の散歩を楽しんでればいいのよ」
「ちぇ~、楽しいのに~」
ぶつくさ文句を言うイリヤ。
ああ、こんな時でなければこのままパラシュートなしのスカイダイビングをさせてるところだ。

まあ、ここはぐっと我慢。こいつがいないと外に出ることもできやしないらしいし。
だけど、ちょっと気にあることがある。
「なんであんた毛布にくるまってるのよ」
「だって、凛に触れるわけにはいかないんだもん」
「どういう意味?」
「ああ、気を悪くしたのなら謝るわ。そういう意味じゃなくて、これは天のドレスって言ってね。
 人間が触ると黄金になっちゃうから、運営は精霊や小人、ホムンクルスじゃなきゃ無理なのよ」
黄金という単語に思わず反応しそうになるが、これがおしゃかになれば帰ることが出来ない。
しかたない、ここは諦めるしかないか。

なんでも、アインツベルンに伝わる魔術兵装で、アインツベルンの魔術師が千年かけて積み上げてきた、第三魔法に至るための外付けの魔術回路らしい。
同時に、大聖杯を制御する心臓にして、魂を数秒間だけ物質化させる魔術を帯びているとか。
まあ、第三魔法は専門外だし、この世界でもそれは使えないらしい。
だから、今回は純粋に大聖杯を動かすための鍵の一部としてのお目見えだとか。
イリヤが着ている純白のドレスが、そんなとんでもないモノとはね。


そうして、しばらくの飛行を経て柳洞寺の手前に私たちは降り立つ。
ここからは歩き。キャスターの結界とかに引っかかるのは御免だしね。
ある程度までは階段を昇って行き、途中で森の中に入るのだが………
「おや、遠坂じゃないか。こんなところで何をしているんだい?
 ああ、そうか。この美しい僕に会いたか…ゲボァ!!
 顔が、僕の美しい顔がぁ!! え? ちょ、まっ…う、うわぁぁぁぁぁ~~~~!!」
階段の途中で絡みついているワカメを、鬱陶しいので顔面を殴り、悶えているところを蹴り落とす。

「リン、何か転げ落ちたわよ」
「気にしなくていいわ。あれは人じゃなくてワカメ。陸に打ち上げられた哀れなワカメだから、ここ山だけど」
「ふーん、そうなんだ。最近のワカメって人間みたいな姿をしてるのね。私初めて知ったわ」
「お前ら!? 人としてそれでいいと思ってんのか!?」
下で赤いワカメが何か言ってる気がするけど無視。
幻聴だ。ワカメが人語を話すなんて話聞いたことがない。

しかし、それでもなお幻聴が治まることはなく、耳障りな雑音が振り撒かれる。
ああ、うっとうしい。せっかく見逃してやろうと思ったのに……。
「ちょっとそこのワカメ」
「ワカメ言うなぁ!!」
「黙らないと…………毟るわよ」
「…………………………………………う、うわ――――――――――ん!! ちっくしょ―――――――!!」
ワカメは去った。よかった、あんなのを手で鷲掴みなんてしないで済んで。

そこで改めて上を見上げると、いつの間にかフードなしのキャスターがいた。
「なにか用?」
言外に、邪魔だからどけ、という意味を込める。
わざわざ私の正面に立っているという事は、何か用があるのだろうが、それに付き合うつもりはない。

私の問いへの答えは、言葉ではなく行動で示された。
道をあけるのではなく、ビンタという形で。
「…………痛いじゃない」
正直、キャスターが手を上げると言うのは予想外過ぎて、同時にその威力の弱さから思わず避け損ねてしまった。
キャスターの腕力から繰り出される平手なんて、今更避けるほどの危機感を与えないという事だ。

右手を振り抜いたまま、キャスターは無言で私を見る。
「返事はなし、道を空ける気もなし、ね。なんなら、また………」
そう言いながら、キャスターの前で拳を握る。
この距離は私の間合いだ。ここからなら、キャスターが魔術を使うより早く拳を入れられる自信がある。
魔術勝負になれば、たとえ宝石剣があっても御免被りたい相手だが、この場なら私が有利。

そのままにらみ合いになりかけるも、イリヤが間に入る。
「キャスター、わかってるんでしょ?」
「……………………………………ふん! 正直な話、できるならもっと続けたかった。これはその八つ当たりよ。
 むしろ、この程度で済んだ幸運を喜ぶ事ね」
言いたいことだけ言って、キャスターは姿を消した。
そう言えば、キャスターは葛木のことを………。
なるほど、アイツからすれば私は今この場で殺してやりたい相手だろう

まあ、私が殺されたらこの世界も破綻するから、それもできそうにないけど。
ここまで会わなかったのも、アイツが意図的に避けていたからか。



そうして、私たちは大聖杯に辿り着いた。
さっき来た時とは違う。その中心には僅かに光が灯り、動きだそうとする気配が伝わってくる。
なるほど、たしかに鍵なしでは何ともならないというのは本当だったようだ。

でも、今日はいろいろな人に会った。
懐かしい顔ぶれだったけど、会いたい人と会いたくない奴様々だったわね。
だが、そこでふっとある事に気付く。
「ん? そういえば、アーチャーと綺礼には会わなかったわね。あ、臓硯もか。
 まあ、今はまだ太陽が出てるし、臓硯に遭遇しないのは当然よね」
「それは違うわ、リン。アーチャーはともかく、その二人は会わなかったんじゃなくて、元からいないの」
「どうして?」
疑問は自然と口から零れた。
だって、ここが全ての可能性が出揃った世界をベースにしているなら、アイツらもいないとおかしいんじゃないだろうか。

「簡単よ。だってリン、コトミネとゾウケンには会いたくないでしょ?」
「そうね。正確には、会ったら今度こそ八つ裂きにしてやりたいわ」
綺礼には父さんのことで借りがあるし、臓硯には桜のことで借りがある。
会いたくはない。会いたくはないが、会ったら絶対に殺してやるつもりだった。

「綺礼はランサーに持ってかれちゃったし、臓硯も結局私はトドメをさせなあーかったしね」
「たしか、コトミネの後任に浄化してもらったんだっけ?」
「そう、洗礼詠唱で桜の体ごとね」
まあ、厳密には確実に消し去るためにいろいろやったんだけど、主なところはそれだ。
やはり、あの手の吸血鬼やら妖怪やらは教会の代行者の領分だろう。
ただそのおかげで、私が臓硯をなぶり殺しにする機会を失ったのだが。

本来なら、教会の人間相手に借りを作るのは好ましくない。
だけど第五聖杯戦争において、教会から派遣された監督役たる綺礼はその領分を越える行動を取った。
魔術協会から派遣された正規のマスターであるバゼットを不意打ちしての令呪、およびサーヴァントの強奪。
その後も奪ったランサーを使って暗躍し、本人の考えはともかく、形の上では「監督役」でありながら「マスター」でもあったのだ。あそこまでくると、監督役としての「責務と仕事の範疇を逸脱した」どころではない。
一応は聖杯戦争の勝者であり、冬木の地の管理者である私には、そこを追及する権利と義務があった。
そのカードがあったおかげで、桜の事は貸し借り帳消しという形で手を打てたのだ。
私からすれば失ったものもなければ、何も損をしなかったのは僥倖だっただろう。
教会への貸し自体、一種のタナボタみたいなものだったわけだしね。
まあ、なにより桜を放ってなんておけなかったから、多少の借りは我慢するつもりだったけど……。

でも、それでどうしてあの二人がいないことになるのだろう。
「確かにあの四日間の影響は受けているけど、あくまでもベースはリンの深層意識とか願望よ。
 だから、リンが心底嫌いな相手は出てこないの」
「他は………まあいいとして。ルヴィアや慎二はどうなのよ」
カレンも微妙だけど、あの二人が出てくる意味が分からない。

「う~ん、ルヴィアとはいつか決着付けたいとかって気持ちがあるからじゃない?
 それに、仲は悪いけど嫌いじゃないんでしょ?」
「むぅ…………………」
否定したい。否定したいが、できない。
正直、時計塔時代はしょっちゅう衝突を繰り返してたし、今でも別に好きな相手じゃない。
だけど、同時にアイツと競い合っている時間は充実していたし、それなりに楽しかった。
それはおそらく、アイツが唯一タメを張れる敵だったからかもしれない。

「シンジは…………どうでもよかったからじゃないかな?
 あるいは、一応サクラのことを教えてくれたからとか」
確かに、私は慎二に全く興味がない。嫌いでも好きでも無く、どうでもいいのだ。
だけど、確かに聖杯戦争での借りを返すって言う話で、桜のことを知らせてくれたのは慎二だ。
その点で言えば、私はアイツに多少は感謝しているのかもしれない。

まあ、これで一応綺礼や臓硯の事はわかった。
これが心地よい夢を前提としているなら、心底嫌っているあの二人が出てくるはずがないのだ。

まあ、それはいい。一応納得できたし、会わないに越したことはない相手だもんね。
「じゃあ、アーチャーに会わなかったのは?」
「それはもっと単純な問題よ。キャスターと同じで、アーチャーが避けてただけだから」
「何それ……」
アイツめ、一体どういうつもりよ。あの時言い残した分の文句、纏めて言ってやろうかと思ってたのに。
まさか、それを読んで避けてたとか?

しかしそこで、唐突に声が掛けられた。
「ふむ、人聞きの悪い事を言うのはやめてほしいな。別段、避けていたつもりはないのだがね」
「あ、いたんだ、アーチャー」
「白々しい物言いはやめたまえ。それではまるで、私がいた事に驚いているように聞こえる」
「なーんだ、バレてたんだ」
声のした方向へ振り向くと、そこには声の主があの時と変わらぬ尊大さで佇んでいた。

そいつに向け、精々うらみがましい目を向けて文句を言ってやる。
「なんで今まで出てこなかったのよ」
「特に理由はないのだが…………同じように、会う理由もなかろう。
 別れは、十年前に済ませたのだからな」
「はん! 文句言う前に逃げたくせに、何言ってんのよ」
でもまあ、確かにいまさら会ったからって何かしたい事があるわけでもない。
強いて言うなら、あの時言いそびれた文句を言ってやるくらいだが、十年も間が空くとなんかマヌケな気がするし……。そういう意味では、こいつの言ってる事はもっともか。

そんな私に向け、アーチャーは相変わらず皮肉気な笑みを浮かべながら応じる。
「やれやれ、君は変わらんな」
「進歩がないって言ってるように聞こえるけど?」
「くっくっく………それは穿ち過ぎだよ、凛」
まったく、相も変わらずかわいげのない奴。
十年経験を積んで少しは腹の探り合いとかにも慣れたつもりだけど、未だにこいつの腹は読み切れない。

「で、一体何の用? 会う気もなかったのにわざわざ出て来たんなら、何か理由があるんでしょ?」
「ああ。ついさっき、一つ確認しておきたい事があった事を思い出してな。
 凛、君は…………………後悔しているかね?」
「愚問ね、応える価値なし。十年前に自分で言った事を忘れたわけ?」
「そうだったな。遠坂凛は――――――――――最後まであっさりと自分の道を信じられる、そういう人間だ」
歌う様に、噛み締める様に、かつての相棒は楽しげにかつて言った自分の言葉を反芻する。
まあ、なんだ。結局私は、こいつの言う通りの人間だったという事なのだろう。

それで用は済んだとばかりに、アーチャーは私に背を向けて歩き出す。
「聞きたい事はこれで終わり?」
「ああ、それで充分だ。やはり……君は変わらんよ。今も昔も、君は眼も眩むほどに鮮やかだ」
「そ。じゃあ、こっちからも聞きたい事があるんだけど……」
その言葉に、アーチャーの歩みが止まる。
まったく、なんだかんだで律義な奴だ。用が済んだのなら、さっさと出て行けばいいだろうに。

「アーチャー…………あなたはまだ、後悔してる?」
「それこそ愚問だな。あの時も言ったはずだ、私の最後はもう……」
「だから、“最期のその先”に行った今もまだ後悔してるのかって聞いてるのよ」
かつて私が「最後まで自分が正しいと信じられるのか」と問うた時、こいつはそんな質問は無意味と断じた。
なぜなら「私の最期は、とうの昔に終わっている」のだと。

しかし、私が聞いているのはそんなことじゃない。
その「終わりの先」で、今なお後悔しているのかと、そう聞いたのだ。
「無論だ。後悔はある。やり直しなど、何度望んだかわからない。
あの結末を、未来永劫、私は呪い続けるだろう」
その言葉に偽りはない。その声には、行き場などなく、抑えようもない怨嗟が込められている。

だけど、その中にほんの僅かに別なものが含まれている気がしたのは、きっと気のせいではないはずだ。
私がその先を待っている事に気付き、アーチャーは諦めた様に溜息をついてから、小さく本心を零した。
「だが、それでも―――――――――――俺は、間違えてなどいなかった」
十年前に聞きそびれたその「答え」は、私の心にも安堵をもたらす。
こいつは今、「理想」ではなく「自分」が間違っていなかったと言った。
それはつまり、自分という存在をほんの僅かにでも許せたと言う事なのだろう。
例えこれが、私の夢の中の都合の良い言葉だったとしても、それを聞けて良かったと思う。

「さて、今度こそ私は行くぞ。もう聞きたい事はないのだろう?」
「ええ、文句は山ほどあるけど、今は時間も惜しいし見逃してあげるわ」
「くっ、それはそれは……。では、君の気が変わらんうちに行くとしよう」
もはや心残りはないと、素直にその程度の事すら言わずに最後まで皮肉気な口調でそいつは去っていく。
だけど、去り際に残していったのは、いつかの少年のような笑顔だった。

うん、あれならきっとあいつはこれから先も、あの日言ったように「頑張れる」はずだ。
それがわかっただけでも、良しとしよう。
だから、その後ろ姿にかけるのは別れの言葉だけで良い。
「達者でね、相棒」
返ってくる言葉はないし、私もそんなものは期待していない。
ただ、何となくアイツはきっと良い顔をしているんじゃないかと思う。

なら、それで充分だ。それに、別れは十年前に済ませてある。
いまさらあの時と同じことを繰り返しても仕方がないし、あの日の未練ももう晴らしてしまった。
ならば、アイツを引きとめる理由も方法もない。

でも、その後ろ姿を見送りながら、ふっと士郎のことを思い出した。この世界の士郎の姿は……
「………ああ、そうだったんだ」
「? どうかしたの、リン?」
「ん? なんて言うか、私は自分で思ってるよりもずっと…………頑固だったみたい」
そうだ、この世界に来てそれをやっと自覚できた。
ここは私の心の奥の願望で作られた世界。故に、私自身の無自覚な思いも反映される。
だからこそ、私はそれをやっと自覚できたのだ。

「どういうこと?」
「こっちの士郎ってさ、なんかチグハグなのよ。
体格は半年前の若返る前のころのものなのに、士郎の髪や眼、肌の色は昔のまま。
 でもそれってさ、私はあの頃のアイツでいて欲しかったんだってことじゃない?」
段々とアーチャーに似ていく士郎に、少なからず反発心みたいなのがあったのかもしれない。
成長するのはいい、でも似ていくのは我慢ならない。例えそれが、外見だけの物であったとしても……。
それでも私は、余程士郎がアーチャーに近づいて行くのが嫌だったらしい。
だから朝士郎を見た時に、掴みきれない感情が心を埋め尽くしたんだ。

「ほら、さっさとこんな辛気臭いところから出るわよ。で、私はどうすればいいの?」
「あ、うん。私が門を開けるから、そこに向かって宝石剣で思いっきり攻撃してくれればいいわ」
ふーん、そういうものなのか。

じゃ、これ以上チンタラしていても仕方ない。やることやって、元の世界に帰りましょうか。
「あ! 待って、リン」
「なに?」
「シロウに伝えて欲しいの。もう、私の事で苦しまなくていいんだよ。もう、自分を許していいんだよって。
 そして……………ありがとう、私のために泣いてくれて」
それは、今にも泣き出しそうな表情で紡がれた、許しの言葉。
この十年、ずっと苦しんできた士郎への救いとなるであろう言葉だ。

だけど……
「それは……」
「うん、わかってる。たぶん、それでも士郎は自分を許せない。
 そもそもこの私は、あなた達が死を看取ったイリヤスフィールとは少し違うから、説得力もないだろうしね。
 それでも、伝えて欲しいの」
意味はないのかもしれない。救いにはならないのかもしれない。
でも、それでも構わないと、伝えることに意味があるのだろうと、私は思った。

「いいわよ。ちゃんと伝えてあげる。まあ、色々とケリがついてからになると思うけど」
「うん、それでいいわ」
「アイリスフィールには、何かある?」
たぶん、きっとあるはずだ。士郎にだけあって、母親にないというのはちょっと考えにくい。

長い沈黙。言葉を選んでいるのか、それとも気持ちがまとまらないのか。
「……………………………ごめんなさい。そう、伝えて」
「いいの? それだけで」
「うん………それ以外、なんて言っていいか分からないから」
その顔には、士郎への言葉を発した時とは違う悲哀があった。
その言葉のとおり申し訳なさそうに、先立ち残してしまった母親への精一杯の謝罪を紡いだのだ。

そうして、イリヤは純白のドレスをたなびかせながら大聖杯へと降りていく。
その途中、聞いてはいけない筈の事を聞いてしまった。
「なんで、助けてくれるの? 私は、あなたを見殺しにしたのに…………」
別に、そのことに罪悪感があるわけじゃない。
あの時はそうするしかなかったし、助けに入っていれば私たちは死んでいた。それは疑いようのない現実だ。

だからこそ、恨み事を言われ罵られる憶えはあっても、助けてくれる理由がわからない。
かつて自分を見殺しにした者に対し、自分にとって不利益にしかならない様な手助けをする人間がいるだろうか。
私がこの世界に残る限り、彼女はここで生き続ける事が出来るのに……。
そんな彼女の振る舞いに、ほんの僅かに……………後ろめたさを感じる。
いっそ、思い切り咎めてくれた方が楽なくらいだ。

故に、思わずにはいられない。なぜこの少女は、私に手を貸してくれるのだろう、と。
「なんだ、そんなことも分からないなんて、本当に抜けてるのねリン」
思わず口をついた問いに返ってきたのは、やはり私の思っていたものとは違った。
それどころか、彼女の声音にはなお一層の温かさが宿る。
それはまるで、手のかかる教え子に教え諭しているかのよう。

イリヤは振り向かず、私に背を向けたままさらに言葉を紡ぐ。
「だって………………私はお姉ちゃんだもん。“妹”を助けるのは当然でしょ?」
背中越しだけど、それでもはっきりとわかるくらい、イリヤの声には誇らしさが滲んでいる。

言葉の通り、それがさも当然の事であるように気負う素振りすら見せぬ声音。
まるで、私の感じる後ろめたさなど、単なる取り越し苦労に過ぎないと言わんばかりに。
それが何より、彼女の本心を語っていた。

でも……そうか。私たちの関係には、そういう見方もできたんだっけ。まあ、まだ「予定」が頭につくけど。
しかし、それなら返す言葉は謝罪であってはならない。彼女もまた、そんなものを望んでいないのだから。
「…………ありがと。じゃあ、頼める? 姉貴」
「もちろん♪ お姉ちゃんに任せなさい!」
やっと振り向いたイリヤの顔には、満面の笑みがある。
悲しみなどない、心残りもない。
あるのはただ一つ、一度として手を取り合えなかった妹の力になれることへの、無上の喜びだけ。

「それとねリン、実はもう一つあるんだけど……………」
まあ、姉からの一生で最後の頼みだ。それを聞いてやるのは妹の務めだろう。

「お母様とシロウをお願い。二人とも危なっかしいから、リンがしっかり見ていてあげて欲しいの」
なるほど、さっき「幸せになって」の一言もなかったのはそういう事か。
つまるところ、初めから私に「幸せになる」ように見張らせておくつもりだったのだろう。
やれやれ、私が思っていた以上にこの姉は強からしい。

だけど、それは同時に全てに勝る信頼の証なのだろう。
母親と弟であった筈の男の両方、自身の家族を私に託すのだから。
何より、姉貴たっての頼みだしね。

だから、答えは決まっている。
「…………しょうがないわね、姉妹のよしみで受けてあげるわ。
でも、良いの? 母親と弟の事だけで?」
「……………そっか、たしかにそうだね。じゃあ言い直します」
「なに?」
出来る限り優しく、この小さくて優しい姉に答える。
もう二度と言葉を交わす事はないだろう。だからせめて、この一時に持てる全ての親愛の情を込めて。

「私の家族をお願い。
頼りないお母様に、何かと手のかかる弟。
それに我慢強過ぎる妹と、その困った騎士たちだけど………みんなを見守ってあげて。
私には………できないから」
「……任せなさい。まとめて、ちゃんと面倒見てあげるわよ」
「うん、ありがとう! リンが見ててくれるなら、安心かな」
自分で言っておいてなんだけど、こうなったら「心の贅肉」なんて言ってられないか。
やれやれ、たった半年で随分と大家族になったモノだ。
アイリスフィールがどんな答えを出すか分からないけど、こうなったらできる限りのことはしてやらなきゃね。

そうして、イリヤが大聖杯の前に立つ。
すると、大聖杯が光を放ち、その前面に光の柱が立った。
「いいわよ、リン!」
「了解! 『Eins,(接続、)zwei,(解放、)RandVerschwinden(大斬撃)――――!!!!』」
そこに向け、宝石剣を輝かせながら渾身の力と魔力で一閃する。

そこで世界はひび割れ、どんどん崩れていく。その最中、最後に姉の声を聞いた。
「―――――――――じゃあね。
 私とリンは血が繋がっていなかったし、一緒にいれた時間もわずかだったけど。
リンと姉妹で、本当によかった」
その言葉に、不覚にも一滴の涙が頬を伝う。
まったく………これじゃ約束、しっかり守らなきゃ。

でも、この人の前で醜態なんて晒せない。
さらに零れそうになる涙を堪え、その代わりに万感の全てを込めて応える。
「―――――――――うん、じゃあね姉貴。
 私も、イリヤと姉妹で本当によかったわ」
本心からの、嘘偽りの無い言葉。ああ、確かにイリヤが姉で良かった。
私はきっと、これから先ずっとこの姉の事を慕っていける。
短い間だったけど、彼女と共有できた時間はこの先ずっと心に残るだろう。

そうして、最後に二人の声が重なる。
「「バイバイ」」
今生の別れとしては味気ないかもしれないが、私たちにはこれで充分。
姉は妹に心残りを託し、妹は確かにそれを受け止めたのだから。

私は忘れない。私にはこれ以上ない位、可愛らしく優しい姉がいたことを。その事を、ずっと誇りに思うだろう。
光の中に消えていく世界、その直前に見たイリヤは――――――――やっぱり、笑っていた気がした。






あとがき

いつだったか、「姉妹の再会を経て云々」という予告を出しましたが、こう言う意味でした。
士郎と結婚すれば、凛にとってイリヤは姉妹になるわけですからね。
まあ、桜とも会ってますけど……意味合いとしてはこっちの方が重要でしょう。

あとは、セイバーが少し活躍させられたので楽しかったです。
それと、凛がバーサーカーを二度ダメージを与えています。まあ、少なくとも殺すよりかは楽だと思うんですよ。
それに他のサーヴァントが相手ならこうはいかなかったんですが、なにせ理性のないバーサーカー。
罠には真っ向から突っ込むのは当然でしょう。
となると、問題は彼にダメージを与えられるだけの攻撃ができるかどうかですしね。

その上イリヤの命令に背いていますから、そのせいでいろいろ制約を受けてしまって弱体化。
これくらいでやっとバランスがとれると思うんですが、どうでしょう。
というか、改めてサーヴァントの反則ぶりを痛感しました。

それと、アーチャーとの対面が割と淡泊だったのは、私の中ではUBWのラスト以上の物はないという思いがあるからです。正直、アレ以上の別れなんて二人には無いでしょう。
というわけで、二人ともあの時に残してきた問いをぶつけ合う、最後のケジメ的なやり取りで済ませました。
ただお互いに「答え」を確認し合う、それだけであの二人には十分なんじゃないでしょうか。

まあ、何が一番楽しかったかというと、イリヤに「私はお姉ちゃんだもん」を言わせられたことですね。
個人的にはFateの中でも指折りの名言であり、感動的なシーンだったと思っているヘブンズフィールラストのアレの引用です。ハッキリ言ってしまえば、前話も今話も全てはこれを言わせるためのものだったと言っても過言ではありません。ラストの凛との触れ合いこそが、39・40話の全てと言っても良いでしょう。
アーチャーとの対面ですら、これの前では前座に過ぎないというのが私の考えです。


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