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No.4610の一覧
[0] 魔法少女リリカルなのはReds(×Fate)【第二部完結】[やみなべ](2011/07/31 15:41)
[1] 第0話「夢の終わりと次の夢」[やみなべ](2009/06/18 14:33)
[2] 第1話「こんにちは、新しい私」[やみなべ](2009/06/18 14:34)
[3] 第2話「はじめての友だち」[やみなべ](2009/06/18 14:35)
[4] 第3話「幕間 新たな日常」[やみなべ](2009/11/08 16:58)
[5] 第4話「厄介事は呼んでないのにやってくる」[やみなべ](2009/06/18 14:36)
[6] 第5話「魔法少女との邂逅」[やみなべ](2009/11/08 16:59)
[7] 第6話「Encounter」[やみなべ](2009/06/18 14:37)
[8] 第7話「スパイ大作戦」[やみなべ](2009/06/18 14:38)
[9] 第8話「休日返上」[やみなべ](2009/10/29 01:09)
[10] 第9話「幕間 衛宮士郎の多忙な一日」[やみなべ](2009/11/29 00:23)
[11] 第10話「強制発動」[やみなべ](2009/06/18 14:39)
[12] 第11話「山猫」[やみなべ](2009/01/18 00:07)
[13] 第12話「時空管理局」[やみなべ](2009/01/31 15:22)
[14] 第13話「交渉」[やみなべ](2009/06/18 14:39)
[15] 第14話「紅き魔槍」[やみなべ](2009/02/21 22:51)
[16] 第15話「発覚、そして戦線離脱」[やみなべ](2009/02/21 22:51)
[17] 外伝その1「剣製」[やみなべ](2009/02/24 00:19)
[18] 第16話「無限攻防」[やみなべ](2011/07/31 15:35)
[19] 第17話「ラストファンタズム」[やみなべ](2009/11/08 16:59)
[20] 第18話「Fate」[やみなべ](2009/08/23 17:01)
[21] 外伝その2「魔女の館」[やみなべ](2009/11/29 00:24)
[22] 外伝その3「ユーノ・スクライアの割と暇な一日」[やみなべ](2009/05/05 15:09)
[23] 外伝その4「アリサの頼み」[やみなべ](2010/05/01 23:41)
[24] 外伝その5「月下美刃」[やみなべ](2009/05/05 15:11)
[25] 外伝その6「異端考察」[やみなべ](2009/05/29 00:26)
[26] 第19話「冬」[やみなべ](2009/07/02 23:56)
[27] 第20話「主婦(夫)の戯れ」[やみなべ](2009/07/02 23:56)
[28] 第21話「強襲」 [やみなべ](2009/07/26 17:52)
[29] 第22話「雲の騎士」[やみなべ](2009/11/17 17:01)
[30] 第23話「魔術師vs騎士」[やみなべ](2009/12/18 23:22)
[31] 第24話「冬の聖母」[やみなべ](2009/12/18 23:23)
[32] 第25話「それぞれの思惑」[やみなべ](2009/11/17 17:03)
[33] 第26話「お引越し」[やみなべ](2009/11/17 17:03)
[34] 第27話「修行開始」[やみなべ](2011/07/31 15:36)
[35] リクエスト企画パート1「ドキッ!? 男だらけの慰安旅行。ポロリもある…の?」[やみなべ](2011/07/31 15:37)
[36] リクエスト企画パート2「クロノズヘブン総集編+Let’s影響ゲェム」[やみなべ](2010/01/04 18:09)
[37] 第28話「幕間 とある使い魔の日常風景」[やみなべ](2010/07/03 02:34)
[38] 第29話「三局の戦い」[やみなべ](2009/12/18 23:24)
[39] 第30話「緋と銀」[やみなべ](2010/06/19 01:32)
[40] 第31話「それは、少し前のお話」 [やみなべ](2009/12/31 15:14)
[41] 第32話「幕間 衛宮料理教室」[やみなべ](2010/01/11 00:39)
[42] 第33話「露呈する因縁」[やみなべ](2010/01/11 00:39)
[43] 第34話「魔女暗躍」 [やみなべ](2010/01/15 14:15)
[44] 第35話「聖夜開演」[やみなべ](2010/01/19 17:45)
[45] 第36話「交錯」[やみなべ](2010/01/26 01:00)
[46] 第37話「似て非なる者」[やみなべ](2010/01/26 01:01)
[47] 第38話「夜天の誓い」[やみなべ](2010/01/30 00:12)
[48] 第39話「Hollow」[やみなべ](2010/02/01 17:32)
[49] 第40話「姉妹」[やみなべ](2010/02/20 11:32)
[50] 第41話「闇を祓う」[やみなべ](2010/03/18 09:55)
[51] 第42話「天の杯」[やみなべ](2010/02/20 11:34)
[52] 第43話「導きの月光」[やみなべ](2010/03/12 18:08)
[53] 第44話「亀裂」[やみなべ](2010/04/26 21:30)
[54] 第45話「密約」[やみなべ](2010/05/15 18:17)
[55] 第46話「マテリアル」[やみなべ](2010/07/03 02:34)
[56] 第47話「闇の欠片と悪の欠片」[やみなべ](2010/07/18 14:19)
[57] 第48話「友達」[やみなべ](2010/09/29 19:35)
[58] 第49話「選択の刻」[やみなべ](2010/09/29 19:36)
[59] リクエスト企画パート3「アルトルージュ・ブリュンスタッド 前篇」[やみなべ](2010/10/23 00:27)
[60] リクエスト企画パート3「アルトルージュ・ブリュンスタッド 後編」 [やみなべ](2010/11/06 17:52)
[61] 第50話「Zero」[やみなべ](2011/04/15 00:37)
[62] 第51話「エミヤ 前編」 [やみなべ](2011/04/15 00:38)
[63] 第52話「エミヤ 後編」[やみなべ](2011/04/15 00:39)
[64] 外伝その7「烈火の憂鬱」[やみなべ](2011/04/25 02:23)
[65] 外伝その8「剣製Ⅱ」[やみなべ](2011/07/31 15:38)
[66] 第53話「家族の形」[やみなべ](2012/01/02 01:39)
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[4610] 第39話「Hollow」
Name: やみなべ◆33f06a11 ID:fd260d48 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/02/01 17:32

本来なら、ここで「闇の書の闇」との最後の戦いを描くところだが、その前に一つ時を遡る。

それは、現実世界で衛宮士郎や高町なのは達魔導師が闇の書と戦っている最中。
それは、闇の書の中で夢から醒めた八神はやてが、その管制人格と遠坂凛の「影」に対面していた時。
それは、夢の世界でフェイト・テスタロッサが最早会えぬ筈の人たちとの対面を果たしている頃。
それらと同じ時に起こっていた、未だ語られぬもう一つの物語。

フェイトと同じタイミングで闇の書に取り込まれ、同様に夢の世界にいた「本物」の遠坂凛。
フェイトは半年前に失った母と、会うこと叶わぬ筈の姉の夢を見た。
では遠坂凛は、一体どのような夢を見ていたのだろうか?

闇の書が見せる夢は、対象の精神にアクセスし、深層意識で強く望んでいる願望の発露。
そこは誰にとっても心地よく、誰もが一度は望む様な幸福がある。文字通りの“夢”の世界。
ならば、遠坂凛が見た夢とは、彼女が心の奥底に秘め望む幸せとは一体どのようなものなのか。

だが、ここで一つ疑問を呈したい。
もし彼女の中に、本人ですら憶えていない「あらゆる可能性が満たされた世界」の“残滓”が眠っていたら?
深層意識に根付く願望よりも、なお深い領域にあるそれを闇の書が見つけ出したなら……。
あるいはそれが呼び起され、再現される事など絶対にあり得ないと、誰に断言できるだろう。
「全てがある」それはある意味、どのような幸福にも劣らない奇跡なのではなかろうか。
故に、深層意識の願望とそれよりなお深い領域に眠る残滓が混ざり合い、一つの世界を作り上げた。

舞台はこの世界には存在しない魔術師達の故郷、“冬木”の街。
最早再会すること叶わぬ筈の人々との邂逅は、その心に何をもたらしたのか。
そこに、遠坂凛が流した一雫の涙の理由がある。

それは、時の大河より外れし、穏やかなる日常を再現した“幻”の世界。
遠い昔に失われ、あるいは決して知り得ぬ筈の記憶がいま目覚める。

これは、その一端に触れる幕間劇。



第39話「Hollow」



SIDE-凛

…………懐かしい人を見ている。
私が知る限り一度として報われることの無かったそいつが、出会った時と変わらぬ尊大さで佇んでいた。

遠くには夜明け。
地平線からは、うっすらと黄金の陽が昇る。
それを背に、そいつは見上げる私を黙って見守っていた。

―――――風になびく赤い外套に見る影はない。
外套は所々が裂け、その鎧もひび割れ、砕けている。
存在は希薄。この世の者でないそいつは、足元から消え始めていた。

そいつは、私が最も良く知る男と同じ存在。
だけど、違う。起源は同じ、抱いた理想も同じ。でも、私の愛する男とはもう別の存在。
そいつは、最後の最期で信じた理想に裏切られ、そこでそれまでの自分を否定してしまった。

弓兵のサーヴァント「アーチャー」。
そう、それがこいつの呼び名。
ほんの二週間程度だが、背中を預けた協力者。
十年間、共に歩み続けた相棒ではない。どれほどよく似ていても、二人は同じではない。

そいつが、朝焼けそのものの晴れ晴れとした顔をしている。
一度として報われることの無かった男。救いを与えたくても、それはできない。
仮に騎士をこの世に留めたところで、与えられるものはない。
なぜなら、座に帰ってしまえば全ては“ただの情報”に堕ちてしまうのだから……。

その事実に必死に涙を堪え俯く私へ向け、そいつは声をかける。
「―――――――――――凛」
かけられた穏やかな声に反応して、思わず顔を上げる。
見上げた顔には、かすかな笑みが浮かんでいた。

そいつは、少し私の顔を見つめた後、遠くで倒れている少年に視線を投げる。
そうして……
「私を頼む。知ってのとおり頼りないヤツだからな。
 ―――――――――――――君が、支えてやってくれ」
他人事のようにそう言った。

それは、この上ない別れの言葉。
こいつは、私の事を信じてくれた。
私が側にいるのなら、視線の先にいる少年の未来は変わるかもしれないと。
そんな希望が込められた、遠い言葉。

けれど、そうなれたとしてもこの紅い騎士にとっての救いとはならない。
こうして存在してしまっている以上、彼は永遠に守護者であり続ける。
過去の改竄程度では、その掃除屋としての呪縛からは逃れられないのだ。
既に死去し、変わらぬ現象となった青年に与えられるものは――――――――――やはり、ない。

それを承知で、私は頷いた。
なにも与えられないからこそ、最後に、満面の笑みで返すのだ。
何もしてやれない自分の無力さに悔しさがないわけじゃない。
だけど……………「私を頼む」と。
そう言ってくれた彼の信頼に、精一杯応えるために。

そうだ。だからこそ、こいつが安心して逝ける様に、笑って送らなければならない。
「うん、わかってる。わたし、頑張るから。アンタみたいに捻くれたヤツにならないよう頑張るから。
 きっと、アイツが自分を好きになれるように頑張るから……!
 だから、アンタも――――!」
―――――――――今からでも、自分を許してあげなさい。
言葉にはせず、万感の思いを込めて騎士を見上げる。

それが、どれほどの救いになったのかはわからない。
だけど、こいつから返ってきた答えは一つだった。
「答えは得た。大丈夫だよ、遠坂。オレも、これから頑張っていくから」
ざあ、という音。
そいつは私の答えを待たず、ようやく、傷ついたその体を休ませた。

ああ、あんな顔をされては落ち込んでいる暇などない。
騎士が立っていた荒野に別れを告げ、私は少年の下へと駆けていく。
ちゃんと、こいつが救った人たち全てを束ねてもなお敵わない位、幸せにしてやらなければならないのだから。

――――黄金に似た朝焼けの中。
消えていったそいつの笑顔は、いつかの少年のようだった。


これが、十年前に私が心に刻んだ一つの誓い。
でもそういえば、アイツはちゃんと自分を許せたのかな。
アイツはかなり頑固だから、きっと……自分を許せなくても頑張ってしまえる。

得た答えとやらは、失った「理想」を取り戻させてくれたかもしれない。
だけど、かつての自分への「許し」も与えてくれたのだろうか。
それを聞けなかった事が、未練と言えば未練だった。



  *  *  *  *  *



「……………………………ん」
何か鳴っている。
じりり。じりり。と忙しなく甲高い音が自分の頭の上から聞こえてきた。

「…………うるさい。止まれ」
音は止まない。
ジリリジリリと、まるで私が親の仇だと言わんばかりの騒々しさだ。

もうちょっと寝かせてくれてもいいのに………いや、むしろ寝かせるべきだ!
昨日何があったかよく思い出せないが、人間眠らないと死ぬ。
つまり、それを妨害するこいつは私を殺したいに違いない。

って、あれ? そう言えば私、目覚ましなんて使ってたっけ?
確か、目覚まし代わりに起こしてくれる奴がいるから、今の私はそんなモノ持っていなかったはず。

しかし、そんな私の疑問とは裏腹に音が鳴り止むはずもなく。
「……ああ、もう…………融通の利かない奴……………」
目覚まし時計に言葉は通じない。
だっていうのに、ジリリジリリという音が「さっさと起きろ、だらしのない」と聞こえてくるのは、いったいどんなカラクリなのだろう。

それに、このまま寝続けていると後で小言のうるさい小姑(舅)がいる。それも二人。
「…………うぅ………朝から小言は、勘弁………」
あの二人に、両耳それぞれを使って説教されるのはさすがに嫌だ。
まったく、私は師匠でマスターなのに、弟子も使い魔も遠慮がない。
少しは私を敬う気持ちがないのだろうか。

仕方なく、目覚まし時計を手探りで止め、重い瞼を開ける。
そこで最初に目に入ったのは………
「………天井ね。当たり前だけど」
眼に映ったのは白い天井。
だけど、そこにどこか違和感を覚える。
既視感というか、妙に懐かしい。私の部屋の天井って、こういう感じだったっけ?

だが、目覚め時の私は思考能力が低下する。
疑問は憶えているのだが、それ以上進展しない。
まあ、頭がはっきりしてくればそのうちわかるだろう。

とりあえず、のそのそとベッドから這い出す。
「………うぅ、寒!」
布団という天国から、冷気という地獄に移動したことで、すぐさまベッドに戻りたい衝動にかられる。
しかし、ここでそんなことをしていてはいつまでもこのままだ。

箪笥から着替えを引っ張り出し、手早く着替えて身支度を整える。
温かい冬物のおかげで、着替えが終われば寒さが身に染みることも無い。
先人達は偉大だ。こんな素晴らしいモノを後世に残してくれたのだから。

だが、ここでも違和感を覚える。
見覚えのある家具。見覚えのある内装。見覚えのある整頓(散らかり)具合。
どれも記憶にあるのだが……はて、本当にここは私の部屋なのだろうか?
そういえば、なんか自分の体にも違和感と同時にこれまた既視感の様なモノがある。
憶えがあって当然なのに、どうして「既視感」なのだろうか。

まあ、それも今は置いておこう。
とりあえず、キッチンに言って冷蔵庫から牛乳を出してそれを飲んでからだ。
もちろんホットにして。この寒いのに、わざわざ冷たいまま飲む必要はない。
世の中には、「文明の利器」という非常に便利なモノがあるのだから。

そうしてノブを掴み、扉を開ける。
扉を締める間際、最後に部屋の中を見た。
なんだか、目に焼きつけておきたい気持ちになったのだ。

日々の惰性で廊下を歩く。
間取りや廊下の長さなど、それなりに長く暮らしていれば自然と地図と距離感が体に染み付く。
慣れた場所なら特に意識することも無く、ぼんやり歩いているだけでも目的地に着いてしまえるのが人間だ。
だからだろう。私は廊下の景色を目に映しながらも、頭の中にまでは入れなかった。

歩いているうちに、誰かと出会う。
その誰かは、私の方を見ると笑顔でこう言った。
「あ、おはようございます。姉さん」
「うん。おはよう、桜」
何の変哲もない朝の挨拶。
別に変な所など何もないし、ここにいることもおかしくない。
だってこの子は、私がこの家に来るようになる随分前からこの家に通っていたのだから。

「朝ごはんの支度、もう出来ていますから先に居間に行っていてください。
 私、ちょっと部屋に用があるので」
「ん、早くしなさいよ」
「はい。あんまり時間がかかり過ぎると、藤村先生やセイバーさんが暴れ出してしまいますしね」
そう笑って言いながら、その子は私と擦れ違って早足で歩いていく。
ああ、確かにあの二人なら、食事が遅くなった程度でも大暴れするわね。
で、その被害は主にアイツに、というか全てアイツに集中するだろう。

擦れ違って数歩。私はその場で足を止め、今すれ違った人物の事を考える。
私はいま、なにかとんでもない人物と擦れ違わなかったっけ?
「…………………………………………………………………………………………………………はぁ!?」
しばしのシークタイム。そのおかげで少しだけ戻ってきた思考能力は、私に驚愕を与えた。
だって今挨拶して擦れ違ったのは、前の世界に置き去りにしてきた私の妹ではないか。

大急ぎで振り返り、疑問の声を上げる。
「な、なんで桜がいるのよ!!??」
しかし、答えてくれる声はない。
辺りを包むのは静寂。擦れ違った桜も、すでに私の声は聞こえていないらしい。

よく見れば、見覚えがあるはずだ。そして、違和感を覚えたはずだ。
だってここは、今の私たちの家ではなく“衛宮の家”ではないか。

と、そこへ…………
「………そんなところで何をやっているのですか、リン?」
「へ?」
これ以上ない位に怪訝そうな声が耳にとどき、思わず間の抜けた声を漏らしながら自分の背後を見る。

そこにいる人物の姿を目に移した瞬間、私は硬直した。
「………………………………」
「? どうかしたのですか?」
そんな私を見て不思議そうに首をかしげているが、今はそれどころじゃない。
なにせ、眼の前にいる人物への理解が追い付かないのだから。

……驚いた。何が驚いたって、そこいたのは神がかったほどの美人だから。ちなみに、眼鏡美人。
言ってしまえば、ドがつくクラスの美女である。女が女を美女という時は、それはホントの美女なのだ。
これまで色々なタイプの美形に出くわしたけど、これほどの美女にお目にかかった回数は片手の指で足りる。
惚れ惚れするような均整の取れた肢体。そうでありながら、嫉妬する気さえなくなりそうな豊かな胸と細い腰。それらを包むのは野暮ったいトレーナーとジーンズでありながら、十分彼女の魅力を引き立てている。
また、足元にまで届きそうな、枝毛などあり得ない美しい紫の髪。
そして端正、などという領域に収まらない顔立ち。

なんと答えていいのか咄嗟に思いつかず、歯切れの悪い答えをする。
「え、えっと…気にしないで」
「………そうですか。それはそうと、タイガやセイバーが痺れを切らしています。
急がないと、士郎が見るも無残な事になるでしょうね」
などと言いつつ、彼女は私を擦れ違って桜と同じ方に去っていく。
どうやら、桜を迎えに行くらしい。

この人が誰なのか、私にはまったく心当たりがない。
ないはずなのに…………彼女の姿に、いつか見た「紫の蛇」を幻視した。
良く思い返せば、彼女とあのサーヴァントは符合する箇所が多い。
それに、アレは本来桜のサーヴァントだ。なら、桜の事を気にかけるのも納得がいく。

つまり、アレは…………
「ライダー……ってことよね?」
彼女が視界から消えた頃、誰に尋ねるわけでもなくそう呟く。
はぁ、大地の神性の持ち主だし、それならあのスタイルも納得か。
それにあの眼はキュベレイのはずだから、魔眼殺しも納得がいくわね。

しかし、彼女はとうの昔に消えている。
また、私は彼女と気軽に話せるような間柄であった憶えもない。
いや……そもそも、何で私は彼女がライダーであるとすぐに思い至り、その存在をこんなにすんなり受け入れられるのだろう。

だが、一連の驚愕が私に現状を思い出させる。
私はたしか、なのはたちと闇の書相手に戦っていたはずだ。
それで、アルフがチャンスを作り、はやてに仕込んでおいたアレを発動させた。
しかしそこで、魔導書の方の闇の書が輝いて、その後の記憶は―――――――――――ない。

まさか、あれ全てが夢だったはずもないけど、じゃあ今この状態はなんなのだろうか?
「………ちょっと落ち着こう。まずは顔を洗って、頭をはっきりさせてからね」
ここで考えても意味がない。
それに、さっきの桜やライダーと思しき人物の言っていたことも気になる。
彼女たちの言っていたことが正しければ、居間にはあの娘がいることになるはずだ。

懐かしき衛宮邸を歩き、よく憶えている洗面所で顔を洗う。
頭がはっきりしてきたところで「何が起きても驚かないぞ」とばかりに覚悟を決める。
あらかじめ、桜とライダーに出会えてよかった。おかげで、心の準備をする時間が出来たのだから。
そうでなかったら、居間でとんでもなく不審で無様な反応を見せていたかもしれない。

居間に入ると、ある意味覚悟していた通りの光景が広がっていた。
「おはようございます、凛。いい朝ですね」
「あ、おはよう遠坂さん」
「え、ええ。おはようございます、セイバー、藤村先生」
覚悟はしていた。していたけど、視界がぼやける。
眼をこすると、少しだけ潤んでいたらしい。

「どうかしたのですか、凛? 朝に弱いのはいまさらですが……」
「大丈夫。ちょっと寝不足でね、あくびしたら涙が出ただけよ」
微妙に失礼なことを言うセイバーに、なんとか笑顔を向けて心配させないようにふるまう。
ああ、本当にいた。嬉しいのかどうなのか、自分でもよくわからない。
いつかまたこの娘と会えたらとは思っていたけど、会えないという事もわかっていた。
その希望がこうして叶ったが、それにどう反応したらいいのだろう。

藤村先生はというと、だらしなくテーブルの上に突っ伏している。
どうやら、お預け喰らって拗ねているようだ。
「ねぇ士郎~! まぁ――――だぁ――――――?」
「それ、三十秒前にも言ったぞ藤ねえ。少しは我慢ってものをしろよな、いい年のくせして」
「うわ―――――――ん、年の事は言うなぁ!! セイバーちゃーん、士郎がいじめるぅ~~」
大声で吠えたかと思うと、一転してセイバーに泣きつく藤村先生。
私の記憶通り、喜怒哀楽の変化が激しい。にもかかわらず、どこか憎めないのはさすがな人徳と言えよう。

でも、キッチンから聞こえてきたのは耳によくなじんだ声。
およそ十年、ほぼ毎日聞き続けた声だ。聞き間違える筈がない。
アイツもやっぱりここにいるんだ。そして、その声音からは私の様な困惑は感じられなかった。
すなわち、士郎にとってこの状況は当然のものなのだろう。

「大河、必ず来る幸福を待つのも幸せのうちです。とはいえ、あまり待たされては幸せが不満へと変化することもある、と言う事をシロウには理解していただきたい」
とは、微妙に脅迫まがいの事を言うセイバー。
つまり、早くしないと不満を爆発させるぞ、という事である。

「わかったわかった。ほら、もう出来たからそっち行くぞ!」
そうして、士郎がキッチンから出てくる。

しかし、その姿は私にとって意外なモノだった。
「ぇ……………!?」
思わず驚きに目を見張る。
予想だにしない光景が目に飛び込んできて、思考が停止した。
なんで、士郎は…………こんな姿をしているのだろう。

そんな私に、士郎が怪訝そうな眼つきで尋ねる。
「どうしたんだ? 凛」
「な、なんでもない! なんでもないから………気に、しないで」
なんか、さっきからこればっかりな気がするのは気のせいだろうか。
そこにいたのは、確かに私の相棒兼弟子兼恋人の衛宮士郎その人。

だけど、私が予想していた姿とは違う。
エプロンもしている。あまり飾り気のない私服に身を包んでいるのも予想通り。
では、どこが予想と違うのか。それは――――――――その容姿だ。
そこにいたのは、赤銅色の髪に琥珀色の瞳をした、十年前の士郎だった。
ただし、その体格だけは180センチ超の筋肉質。
つまり、若返る前の士郎の肉体に、十年前の配色をしたような姿という事。

私が思い描いた衛宮士郎とは、白髪で褐色の肌の青年の姿。
なぜならそれは、今の私自身が、つい半年前までの「大人の肉体の遠坂凛」であったからだ。
また、さっきすれ違った桜や今目の前にいる藤村先生も十年前の姿ではない。
桜も藤村先生も、最後に会った日の姿そのままでここにいる。
まあ、藤村先生と最後に会ったのは、もう何年も前だけど。

だけど、なぜだろう……。
どうして私は、士郎のこの姿にここまで心を揺さぶられるのか。
ショックを受けた…………というのとは、どこか違う。
予想外だったから驚いたのは本当だけど、それだけでは説明できない何かが心の内にある。
掴めそうで掴めない、そんなひどく曖昧で形の定まらない感情が心を埋め尽くす。

士郎はそんな私の様子を気にかけるが、それ以上追及はしない。そう言うところも士郎らしい。
話せるような事なら折を見て話してくれるだろう、そう考えているんだと思う。
そのまま士郎は、手に持ったお皿をテーブルに並べ朝餉の用意を済ませる。
そこへ、部屋に用があって戻っていた桜とそれを迎えに言っていたライダーが帰ってきた。

私もまた、周りの流れに無意識に合わせて自分の定位置に着く。
考えても仕方ない。幾ら心の中に手を伸ばしてみても、私にはまだ渦巻くそれを掴めないのだ。
わからないものに執着しても仕方が無いし、わかるようになるくらいはっきりするのを待つしかない。
さしあたっては、一度その事は頭から締め出して、周りの様子を観察するべきだろう。

そうして、全員が席に着いたところで………
『いただきまーす!』
全員が一斉に、ただしそれぞれが微妙に異なる合掌をする。唯一人、私を除いて元気に。

テーブルには焼き魚を主菜とした朝食が、ズラリと六人前。
「はい。そんなわけで今朝は久しぶりに俺と桜の合作です。
 みんな、特にそこのぐうたら人間は、俺は別にいいけど桜にはしっかり感謝しつつ、よく噛んで食べるよーに」
こくん、と生真面目に頷くサーヴァント二人。
いや、たぶんあなた達の事じゃないでしょ。
士郎が言っているのは、藤村大河という名の野生動物の事だろうから。

その虎兼教師の不思議動物さんは、ご満悦の様子で朝食をすごい速さで平らげつつ桜に尋ねる。
「そういえば桜ちゃん、今日はバゼットさんとカレンちゃん、それにイリヤちゃんはどうしたの?」
「バゼットさんは早朝からの力仕事のバイトらしいですよ。今度こそは、って意気込んでました。
 カレンさんは、教会で早朝ミサがあるからと。そう言うわけで、二人とも一足早く食べて行っちゃいました。
イリヤさんは……………セラさんに捕まってるんじゃないでしょうか?」
「そうだな。確かセラの小言がうるさいって言ってたし、そろそろセラも我慢の限界かもしれないな。
というかだ、藤ねえ。それ、バゼットとカレンが昨日言ったぞ」
「あれ? そうだっけ?」
「まったく、人の話くらいちゃんと聞けよな」
とは、その虎の飼育員かはたまた猛獣使いの様な立ち位置にいる士郎。
ちなみに、すごい小声で「だから結婚できないんだぞ」と言っていたりするが、本人には聞こえていないらしい。
もし聞こえていたら、きっと…………いや、考えるまでもないか。

しかし……そうか、この世界ではバゼットとカレンもまだこの家で暮らしているのか。
その上、話の様子だとイリヤスフィールまで生きているらしい。とんでもないご都合主義だ。

「? どうしたのですか、凛。食が進んでいないように見えますが……」
「大丈夫よ、ちょっと食欲がないだけだから。別に、病気とかってわけじゃないしね」
私の様子を心配したセイバーが顔を覗き込んでくるが、なんとか笑って取り繕う。

そこへ……
「じゃあ、私が貰ってあげる―――――――――♪」
「「藤ねえ(藤村先生)、あんまり意地汚いことするな(しないでください)!!」」
「あぅぅ、士郎と桜ちゃんが怖い~~。お姉ちゃんは親切で言ってるのに~~……」
しょぼくれていじける藤村先生。しかし、誰も同情はしない。
この程度、衛宮邸で過ごしていれば日常茶飯事だった。

「おかわりならたくさんありますから、そんなことしなくても大丈夫です。
 というわけで、じゃんじゃんおかわりしてくださいねー」
「言われるまでもなく。――――――――――桜、タワー盛りでお願いします」
そう言って、お茶碗……というかどんぶりの親戚みたいなお椀を差し出すセイバー。

そこで、ライダーと目があった。
「……………」
「……………」
お互い無言。言いたいことは一緒だが、言わぬが花というものだろう。
でも、「タワー盛り」って何よ?

既に食べ終わっていたライダーは、そのままお茶を淹れる。
そのまま無言で口に運ぶ姿は、実に様になっているわね。



その後、セイバーは三杯目“だけ”お椀をそっと出し、あとは躊躇遠慮なく五杯目までおいしくご飯を頂いていた。
藤村先生もそれに負けじと食べていたが、軍配はセイバーに上がる。
まあ、あの子はあの子で底なしっぽいから。
ちなみに、桜もちゃっかりご飯を三度おかわりしていたのを私は見逃していない。

食後の団欒を終え、藤村先生は学校へと出勤した。
なんでも、今年の弓道部は有望株が多いとかで張り切っている様子。
だがどうやら、ここの桜や士郎は弓道部との直接的な関係はもうないらしい。
藤村先生を見送り、そのまま士郎は洗い物、桜は洗濯に取りかかる。
ライダーは自室で読書、セイバーは道場で汗を流すそうだ。

ここまで来て、私は自分のおおよその状態を把握する時間を得た。
手元にあるいくつかの情報を考察し、出した結論はある意味当然の答え。
「夢………………ってところなのかしらね」
というか、そうと以外に考えようがない。
厳密には夢とも違うのかもしれないが、それがもっとも妥当な表現の様に思う。

どちらが、など愚問だ。
私には、この世界における今日以前の記憶がない。
昨日何があって、みんなが普段何をしているのか知らない。
私の記憶にある世界が夢で、私が本来の記憶を失い、あの世界での出来事を現実と思いこんでいない限りは。

そして、私の記憶にある世界が現実である証拠がある。
「魔法が使える。なら、それが事実ってことよね」
胸の前で手を合わせ、それを少しだけ開く。そこには、緋い小さな魔力球が生じていた。
魔術回路は使っていない。つまり、これは魔術以外の何かによって生じている。

その何かとは、リンカーコア。魔術師ではなく、魔導師が使う器官。
これこそが、あちらが現実であることの何よりの証左だ。
おそらくは闇の書に何かされて、不思議の国のアリスよろしく、私はこの世界に迷い込んでいるのだろう。
まったく、おとぎ話の主人公とかは柄じゃないのになぁ。
むしろ、主人公に手助けしたり、あるいは邪魔したりする魔女の役だろうに。

とはいえ、それならいつまでもチンタラしていられない。
念話を使おうにも誰にも繋がらず、はやての中の私の魔力に向けて意志を届かせようとしても反応がない。
「離れて闇の書と戦っていた時でも、少しくらいは手ごたえの様なものを感じてたんだけどなぁ。
その上、どういうわけかカーディナルは手元にないし、宝石剣も指輪も無いってのがキツイか」
事実上の戦力半減……どころか、そのほとんどを封じられたようなモノ。
あるのは、部屋に在った宝石がいくつかとアゾット剣くらい。
奪われたのか、それともこちらの世界にまで持ち込めなかったのかはわからない。
どちらにしても、在り処が分からない以上見つけることも不可能。なら、この装備で何とかするしかないか。

そこで問題が生じる。では、どうすれば元の場所に戻れるのか。
「……………やっぱり、怪しいのはあそこよね」
ここが冬木市なら、まっさきに思いつくのは「柳洞寺」………その地下にある「大空洞」だ。
あそこはこの街一番の霊脈のポイントだし、柳洞寺はその要石、その上大空洞には大聖杯まである。

言わば、この冬木の街の心臓とも言うべき場所だ。
まず真っ先に調べるとすれば、あそこ以外はあり得ない。

そうと決まれば、善は急げだ。大急ぎで柳洞寺に行って、何とかここから出る方策を考えないと。
あっちの状況はサッパリだけど、これで間に合わなくなったら最悪だ。
あれだけ啖呵きったのに、それを無様に失敗したのでは遠坂凛の沽券にかかわる。

だけど、その前に……少しだけ寄り道をしても良いだろう。



出かける前に訪れたのは道場。
中で誰かが打ち合っているようで、外にまで激しく打ち合っている音が届く。

中を覗き込むと、案の定士郎とセイバーが打ち合っている。
「おお、やってるわね。二人とも」
集中しているだろう二人の邪魔にならないよう、小声でつぶやく。
別にやましい事をしているわけではないので気配まで消しはしないが、それでも物音を立てずに扉の前に立つ。

しかし、気配で気付いたのか。扉の前に立ってすぐにセイバーが反応した。
「おや? どうしたのですか、凛」
「ん? ちょっと見学。邪魔なようならすぐに消えるけど?」
「いえ、構いません。ですが、面白いモノではないでしょう……」
「そうでもないわよ。ボコボコの士郎ってのはそれだけで十分面白いし」
私と話しながらも、セイバーは危なげなく士郎と打ち合う。
私が見る限り、私の知る士郎と技量に差はないように思う。
十年経っても、まだ士郎とセイバーの間にそれだけの差があるという事なのだろうか。

とは言っても、セイバーは別に手を抜いているわけでもない。
私と話していても目は士郎を向き、油断なく構えている。
つまり、士郎はセイバーにとってそれだけの使い手に成長したということか。
まあ、それでも負けが込んでいるみたいだけどね。

「悪かったな!? っと隙ありだ、セイバー!!」
「甘い!!!」
「くっ!?」
隙を見つけた士郎が竹刀を振るうが、それをセイバーが弾く。
そのまま一撃を入れようとしたところで、士郎がギリギリ回避した。
うん、やっぱりそれなりに勝負にはなっているようだ。

そうして、二人の稽古を五分ほど見る。
その間、士郎は一貫して押されているものの、決して決定打は入れさせない。
セイバーが本気ではあっても全力ではないせいもあるだろうが、それでもだ。
剣の英霊相手に、あれだけやれれば相当なモノ。セイバーは手加減こそしているが、決して容赦はしていない。

だが、それでもやはり士郎が勝つのは無理らしい。
「ぐわっ!?」
「いい勝負でした。腕をあげましたね、士郎」
「いててて……。やっぱりそう簡単には一本取れないか」
「そうですね。ですが、この調子で続ければ、いつか取れるかもしれませんよ。
それだけ、貴方は成長しましたから。師として、それは嬉しく思います」
あくまでも「かも」なのね。まあ、士郎とセイバーの本来の差を考えるとそんなものか。
元から、アイツは剣で戦う者じゃない。剣は単純に、手段の一つでしかないのだから。
でも、あれだけやってすぐに息を整えられるだけ、士郎も相当なモノなのだろう。

さて、見たいものも見れたし、そろそろ行くとしよう。
「出かけるのですか、凛」
「うん。ちょっと大切な用があってね」
「そうですか。いってらっしゃい、凛。お気をつけて」
「ふぅ。おう、気をつけろよ、凛。
ここのところこれと言って事件とかはないけど、何があるか分からないからな」
汗を拭きながら、セイバーと士郎がそう言う。
少しだけ、この世界から出ていくことを躊躇いそうになるけど、すぐに振り払う。
ここは居心地がいい。だけど、あまりに良すぎて逆に居心地の悪さを感じてしまう。
水清ければ魚棲まずっていうけど、つくづく自分はひねくれていると思う。

でも、幸せだけど空虚な夢より、危険な現実の方を私は選ぶ。
ま、ここが夢かどうかさえ私にはわからないし、現実じゃないって証拠もないんだけどね。
それでも、やっぱりここは私の居場所じゃない。

だけど、少しくらい心を残していっても良いだろう。
「わかってるわよ。それと、セイバー」
「はい?」
「士郎の事、ありがとね。これからもしっかり鍛えてやって」
「? ええ、もちろんです」
セイバーは首をかしげながらもそう答えてくれた。
この世界が何なのかはよく分からないけど、私はここを出ていく。
もう生きているうちに会う事も無いだろうから、聖杯戦争の事も含めて万感の感謝と親愛を込めて言葉を紡いだ。

「じゃ、いってきます」
別れは、この一言だけでいい。
二人は何も知らず、ただ当たり前のように送り出してくれた。



そのまま私は玄関まで行き、そこでブーツに履き替える。
「あ、姉さん。出かけるなら、ちょっとお買い物頼んでもいいですか?」
「ああ、ごめん。ちょっといつ帰ってくるか分からないから、士郎に頼んで」
正確には、もう帰ってくることはないはずだ。少なくとも、この私は。

「そうなんですか?」
「悪いわね。私もどれくらいかかるか分からないからさ」
「はぁ……。じゃあ、あとで自分でいきますね」
これで納得してくれるとは思っていないけど、それでも桜は受け入れてくれる。

と、そこへライダーもやってきた。
「サクラ、あのドラマが始まりますよ」
「え? 本当ライダー、急がなきゃ!」
そう言って慌てる桜。なるほど、なにか楽しみにしている番組があったらしい。
この様子だと、ライダーも一緒に見ているのか。

じゃあ、その前に一言言っておきましょうか。
「桜」
「え? なんですか、姉さん」
出来る限り優しく声をかけると、桜はちゃんと振り返ってくれる。
その顔を、できる限り鮮明に目に焼き付ける。次に会えるのはいつになるか分からない。
なら、今この時を大切に胸にしまおう。これだけは、この世界に来てよかったと思えることだ。

「アンタは、もうちょっと我を通した方がいいわよ。相手を立てるのもいいけど、ほどほどにね」
「はぁ、どうしたんですか、姉さん?」
「ちょっとね、そういう事を言いたい気分になったのよ」
笑って誤魔化し、しんみりした気持ちを覆い隠す。
ここで怪しまれると面倒だし、バレるわけにはいかない。

「それとライダー、桜をよろしくね」
「? もちろんです。私は、サクラのサーヴァントですから」
「うん。ありがと」
そう言えば、昔桜が言っていたっけ。ライダーは、ずっと自分の事を心配してくれていたって。
もし彼女が生き残っていたら、こういう風に桜と仲良くやっていたんだろうな。
それをもっと見たい気もするけど、是非もなし。

伝えたいことは伝えた。あとは、別れを済ませるだけ。
「じゃ、いってきます。二人とも」
「「いってらっしゃい、姉さん(リン)」」
そうして、今度こそ私は懐かしき衛宮邸をあとにした。

さあ、サッサと柳洞寺に行って、あそこへ戻る方法を見つけよう。
見つからなかった時は………その時考える。どうせ、手掛かりはこれくらいしかないのだから。



Interlude

SIDE-???

「さて、あなたのご主人さまはいつになったらここに辿り着くのかしらね?」
テーブルの上にある赤い宝石をつつきながらそう尋ねる。
アレでリンは結構抜けてるし、もしかしたらとんでもない遠回りをするかもしれないわね。

だけど、この子は一向に反応を見せない。
《………………………》
「もう! 少しくらい話し相手になってくれてもいいでしょ」
主に似ず、愛想が悪いというかなんというか。
似たような事を結構長く続けているけど、一度も反応が返ってこない。

たしか、ちゃんと受け答えが出来る程度の知能は備えてるって話のはずなんだけどなぁ。
「もしかして、壊れてる?」
《失礼な。私はいたって正常です》
「ああ、よかった。もし壊れてたらどうしようかと思っちゃった」
もし壊れていたりしたら、私には直しようがないモノ。

《………あなたは、何を望んでいるのですか?》
「さあ、何だと思う? 一つ言えるのは、リンがいなければこの世界は成り立たないってこと。
 もちろん、この世界にいる全ての人間もね。例外は、リンとあなただけ」
言ってしまえば、このリンはこの世界の中心であり柱であり、そして土台だ。
そのリンなくして、この世界が維持できるはずも無い。いや、むしろリンはこの世界そのものと言っても良い。

《マスターは、いずれここに辿り着きますよ》
「でしょうね。リンは紛れもない天才よ。だから、遅かれ早かれ“気付く”のはまず間違いないわ。
 でも、それがいつになるかはわからない」
《あなたは、その時どうするつもりなのですか?》
なるほど、リンに似て侮れない子ね。
普通なら邪魔すると考えるところなのに、この子はそうと決めつけていない。

でも、正直に答えてあげるつもりはないわよ。
だってあなた、聞きたい事を聞いたらまたダンマリを決め込むだろうし、もう少しおしゃべりを楽しみましょう。
「どうしようかしら。一つ言えるのは、気付いても辿り着くのは難しいわよ」
《どういう意味ですか?》
「さあ? それはその時のお楽しみ♪」
さて、リンは無事にたどり着けるかな?

別に私から何かするつもりはないけど、ちょっとここまで来るのは大変なのよね。
なにせ、森には怖~い怖~い怪物が出てくるんだから。

Interlude out



SIDE-凛

衛宮邸を出て、一目散に柳洞寺まで来た。
そのまま大聖杯のある大空洞に潜ったんだけど…………
「何もないわね」
どうも、それっぽいモノは見当たらないし、感じられない。
大聖杯も完全に停止し、特にこれと言って動き出す様子も無い。

答えとまではいかなくても、最悪で何かのヒントくらいあると踏んでただけに、落胆は大きい。
「当てが外れたかなぁ、何かあるとすればここだと思ったのに……。
 こうなったら、怪しそうなところをしらみつぶしに探すしかないか」
さしあたっては、私の実家か。あとは言峰教会と、新都の公園ね。
あれらも聖杯が降霊できるだけの場所だし、何かある可能性は十分にある。

まあ、それはそれとして、この二人は何をやっているのやら。
向き合う二人の男。一人は葛木。もう一人はアサシン。二人の間には、緊迫した空気がある。
まさか、こんなところで何かやらかすつもりじゃないでしょうね。

それはそうと、アサシンまでいるのかこの世界では。
この様子だと、全てのサーヴァントがいると考えた方がいいかもしれない。

そして、アサシンが重々しくつぶやく。
「―――――王手!」
「ふむ、どうやら詰みの様だ。ついに負けたか、思っていたより早かったな」
「って将棋かい!?」
ただならぬ気配を発しながら何をやっているかと思えば…………。

「む、遠坂か」
「ほお、もう用事は済んだのか? まったく忙しないことだ」
来る時に私の事を見ていたのか、アサシンが呆れたようにのたまう。
しかし、ほっとけ。私だって好きでこんなところをウロウロしているわけじゃないのよ。

「で、これはどういう事?」
「見てのとおり、将棋を指している。いやはや、やっと一本取ることができた」
アサシンはずっと負け続けていたということか。
まあ、ひたすら刀ばかり振ってきたようなこいつが、こんなゲームに長じているはずも無い。

ああ、なんか緊張してたのがバカらしくなってきた。
さっさと次の所に行こう。
「はぁ、勝手にやってなさい。私は行くから」
「「……………………」」
人の話など聞いていないのか、二人はまた黙々と将棋を指し始める。
この二人、そんなに暇なのだろうか。

そうして山門を降りていくと、途中で一成にまで出会う。
「貴様っ! 何故ここにいる遠坂!!」
「別に私がいてもおかしいことはないと思いますけど?
 私だって、時にはお寺にお参りすることくらいありますし」
まったく、こんな世界でも変わらず私を目の敵にしてるのか、この寺の子は。

「何か企んでいるのではあるまいな」
「柳洞君、心にやましいモノがあるからそういう風に見えるんですよ。
 人を疑うより、人を信じる努力をするべきじゃありません?」
「無論、普段からそのように心がけている。
 しかし、貴様は例外だ。貴様の様な女怪、心許した瞬間が命日だからな」
はぁ、酷い言われようだ。
この寺の人とウチは古くから相性が悪かったみたいだけど、私たちが一番かもしれないわね。

「まったく、衛宮もなぜこのような女狐を選んだのか。
 あやつならば、もっと良い相手もいるだろうに。例えば、セイバーさんとか……」
なるほど、どうやらこの世界でも私と士郎はくっついているらしい。
それは、こいつにとってはさぞ苦々しい事だろう。
ちょっと「いい気味」という気もしないではないのは秘密だ。

そのままブツブツと不平不満を漏らす一成。
とはいえ、私もこいつに付き合っていられるほど暇じゃない。さっさと行くとしよう。
「それじゃあ、これで失礼しますね」
「ぬ………待て、遠坂」
こいつが私を呼びとめるなんて珍しいわね。
その表情は真剣で、邪見にしたり無視したりするのをためらわせる力がある。

「急いでいるんですけど……」
「俺とて貴様と長話する気なぞないわ! だが、一つ言っておくことがある」
「じゃあ、“一つ”だけ聴きましょう」
「ふん! 衛宮が貴様を選んだのは………業腹だが仕方あるまい。衛宮が選んだことだ、俺がとやかく言うべきことではないのだろう。故に、俺の『天敵』遠坂凛ではなく『衛宮の選んだ女性』という事で納得してやる」
「これで“一つ”ですね。話は終わりですか? これ以上となると、明らかにオーバーしますけど」
「喝! 揚げ足を取るでないわ、女狐!!
 いいか、もし衛宮を不幸にしてみろ。その時は、俺の手で仏罰を下してくれん!」
それって、何か間違ってない? 普通、男の方が叩かれるところなのに。
まあ、こいつからしてみれば士郎は大切な親友。その行く末を心配する気持ちは、わからないわけじゃない。

だから、私も衛宮士郎と共に歩む者として答えてやろう。
「もちろんそのつもりですよ。私がいる限り、衛宮君を最高にハッピーにしてみせますから」
「その言葉、努々忘れるなよ」
そう言って、一成は山門の階段を昇っていく。
終始仏頂面で、最後まで愛想の一つも振り撒かないのはアイツらしいと言えばそうだろう。

良く見ると、一成が山門をくぐったすぐ後、アサシンがこちらを見て笑いをこらえているのが目に入った。
あの笑い方から察するに「いやいや、青春とは素晴らしいモノだ」とかなんとか言っていそうだ。



次に、とりあえず一番近い霊脈のポイントである、実家を調べるべく移動する。
柳洞寺でも駄目だった以上、ここにヒントがある可能性は低いけど、他に当てもないのだから選択の余地は無い。

しかし実家に着いて私が見たのは、あまりにも予想外の光景だった。
「なんで、あの人たちが………………」
ほんと、この世界は一体どうなっているのだろう。
よりにもよって、なんであの三人が一緒にいるのか。

私の視線の先にいるのは、懐かしき父と母、そして………雁夜おじさん。
その三人が、庭先で紅茶を口に運びながら談笑している。
「いまさら……どんな顔して会えってのよ」
会いたいのか、それとも会いたくないのか、自分でも判然としない。
父さんの事は今でも尊敬しているけど、同時に桜の事で思うところもある。母さんにしても、第四次の後に色々あって心中複雑だ。雁夜おじさんの場合、桜から多少間桐での事を聞いているだけに感謝にも似た感情はあるが、なおのこと会い辛い。今の私は、あの人が大嫌いな魔術師なのだから。

だが、そんなこちらの気持ちを無視して、事態は勝手に進んでいく。
「あら?」
「どうした、葵?」
「あなた、そこに凛が」
気配を消す事はおろか物陰に隠れる事さえ失念し、棒立ちしていたのだから当然だろう。
その手の事にはド素人の母さんでも、バカみたいに突っ立っていれば気付く。

本当に、私はうっかりしている。
さっさと隠れるなり何なりすればよかったのに、思わず凍り付いてこのありさまだ。

さて、どうしたのものか……しかし、その答えが出る前に父さんが口を開いた。
「ふむ。凛、そんなところで何をしている」
「少し調べ物があって来たんですけど、どうもお楽しみ中だったようで…お邪魔でしたか?」
「いや、気にする必要はない。
しかし、そうか……お前の事だ、何も心配はしていないが、遠坂の名に恥じぬようにな」
「はい」
ああ、この人は本当に相変わらずだ。二十年前に最後の別れをした時同様、娘に対してすら愛想の欠片もない。
でも、その事にどこかほっとする自分もいる。父はこうでなければ、そう思うのだろう。

とはいえ、それで良いと思えない人もいるわけで……。
「おい、時臣。もう少し言い方があるだろう」
「黙れ、雁夜。我が家の方針に口出しする様な権利が、君に…………」
「だいたいお前は昔から…………」
なんか、勝手に盛り上がっていく二人。
ついさっきまで一緒に茶を飲んでいたはずが、いきなりの険悪ムード。
この様子を見る限り、一見仲が悪そうに見えてこの二人………やっぱり仲が悪いんだろうなぁ。

まあ、正直どう相対していいか決めかねていただけに、蚊帳の外にされてちょっと安心していたりするけど。
だけど、そんな二人を見つめながら、母さんはおっとりとした口調で評する。
「うふふふ、時臣さんも雁夜君も本当に相変わらずね。
 あなた、仲がいいのはわかりますけど、凛が見ているんですからほどほどになさってくださいね」
どうも、母さんにはあの二人のやり取りが友好的に映るらしい。
いまさらかもしれないが、もしかしてこの人、割と世間知らずと言うか、天然なのではなかろうか……。

とりあえず、あんまりここで時間を費やすわけにもいかないわよね。
「えっと、それじゃあ私は用があるから……雁夜おじさん、ごゆっくり」
「あ、待って凛。これ、さっき焼いたクッキーなんだけど、士郎君たちのところへ持って行って頂戴」
「待ちなさい、葵。衛宮の小倅に与えるものなど、この家には一つとしてない。
 そもそも、私は凛と奴の交際も認めたわけでは……」
「あのな、時臣。恋愛くらい娘の自由にさせてやれないのか? お前は」
「愚かだな、雁夜。凛は誉れ高き遠坂の当主。ならば、その伴侶もそれに相応しくなければならん。
 如何に魔導を学ぶ凛の弟子であろうと、あのような馬の骨に凛は任せられるはずが無い」
「はいはい。凛ちゃん、こんな駄目親父の言う事を聞く必要はないよ。君の人生だ、君がいいと思うように生きるといい。なぁに、いざとなれば幾らでも力になるさ」
「あらあら……あなた、あまり厳しくしてばかりいると、桜だけでなく凛まで雁夜君に取られてしまいますよ」
ふむ、どうやら雁夜おじさんの方がある意味大人らしい。
主張を押し通すばかりだけでなく、変化球も使えるみたいだしね。
それにしても、父さんは士郎がお気に召さないか。いや、何となくそうなんじゃないかとは思ってたけど。

「ごめんなさい、父さん。それについては、どれだけ反対されても考えを変えるつもりはありません」
「……………………………………………」
「ふぅ、時臣さんも頑固ね。士郎君、あんなにいい子じゃないですか。
 まあ、頑固と言うのなら凛や桜も同じですけど……そうは思わない? 雁夜君」
「同感です。ただ、桜ちゃんや凛ちゃんは時臣と違ってそこまで頭の固い堅物ではありませんよ。
いや、そこは似なくて本当によかった」
なんか、父さんがすっかりこきおろされている。
おっかしいなぁ、父さんってこんなキャラだったっけ?

だけど、それを見て思わず頬が緩む私がいる。
いつの間にか、どんな顔をすればいいのかとか、そういう小難しい事は頭から消え、自然と笑っていた。
(ああ、難しく考える必要なんて……なかったのかも)
確かに、父さんたちには色々と複雑な感情を持っているけど、だからと言ってここの父さんたちに何を言っても仕方が無い。だって、私にとっての父さんたちは、もう死んでしまっているのだ。
なら、あまりこだわり過ぎてもしょうがないか……。

じゃ、さっさと家を調べるとしましょ。
願わくば、ここで何かしらのヒントがありますように……。



で、そんな事がありながらも一応実家を調べてみたが、やはり何もない。
もしかして、私はなにかとんでもない思い間違いをしているのだろうか?
だけど、これ以外に今は当ても無いし、とにかく行ってみるしかないのよね。

まあ、そんなわけで仕方無く新都へ向かう事にした矢先。
なぁんか、非常に嫌な気配がする事に気付く。

こう………意味も無く癪にさわると言うか……。
そして、その正体はすぐに判明した。
「オ――――――ホッホッホッホッホ!! 見つけましたわよ、ミス・遠坂!
 さあ、今日という今日こそは………」
「ああ、はいはい。今日は忙しいからまた今度ね。いつになるか知らないけど、千年後あたりを希望するわ」
と、努めて視界に入れないようにしながら早足ですれ違う。
こんなバカの相手をしている暇なんてないのよ、こっちには。
ああ、見るだけで鬱陶しい、声を聞くだけでストレスが溜まる。

「ちょ、相変らず礼儀というモノを知らない野蛮人ですわね、貴女は! お待ちなさい!!」
と、嫌な予感がし、咄嗟に横に飛び退く。

すると、何かがさっきまで私がいたところを勢いよく通って行く。
「ちぃっ! よく避けましたわね!」
「アンタね! いきなり人の背後からタックルかますって何考えてんのよ、この金ドリル!!
 限度ってもの考えなさいよ! しまいにはその縦ロール引きちぎるわよ!!」
まったく、危うくアスファルトと仲良くハグをするところだった。
やっぱりこいつとは、千年経っても相容れそうにないわ。

よく見れば、いつものごとくあの改造ドレスの袖は取り外され、ノースリーブとなっている。
やっぱりアホだわ、こいつ。
しかし、そんな呆れ混じりの視線などどこ吹く風。その口からは、身体的特徴に関する不適切発言が飛び出す。
「あーら、なんて野蛮な。体も貧しければ心も貧しいというわけで「黙れ金バカ!」ホワッ!?
 レディの眼球になにしやがりますか、ミス・トオサカ!!」
こいつの一々癇に障る物言いと態度に、思わず眼つぶしをかましてしまった。
とはいえ、そんなモノを易々と当てられるようなら苦労はないか。
寸でのところで避けられ、私の指は空を切った。外したこと以外何も悔んでいない。

まあ、その後の展開はお約束ってやつね。
奇襲に奇襲で返されたルヴィアは、案の定お得意のランカシャースタイルで一部の隙もなく構える。
そう簡単に逃げ切れるような奴じゃないし、何よりこいつから逃げるのは我慢ならない。
というわけで、戦いの火ぶたが切って落とされた。

数十分後。
「ハァハァ、まったくどういう体してんのよ。
 いくら殴っても倒れないって、アンタいつの間に人間辞めたわけ?」
「そう言う貴女こそ。
いくら投げても当たり前のように起きてきて、いつからリビングデッドになったんですの?」
ああ、バカらしい。何でこんなところにこいつがいて、こんなところでまでケンカしなくちゃならないのよ。

「おーい。見ろよ、由紀っち、メ鐘。遠坂が金髪お嬢と肉体言語で語り合ってるぜ!」
「む? どうした蒔?」
「あ、遠坂さんだ。あの人お友達かな」
なんでこの人たちまでいるんだろう。
蒔寺はどうでもいいとして、なんで氷室さんと三枝さんまで。

不味いわね、ここで捕まるといよいよ時間が……。
こうなったら……
「蒔寺さん、ちょうどいいところに来ましたね。
何でもこの方、お金があり余っていて、是非ともあなた方におごりたいそうなんです」
「マジ!? ヒャッホ――――!!」
「汝、そんな与太話を信じたのか?」
「蒔ちゃん、ちょっと落ち着いて……!」
よかった、蒔寺がバカでホントによかった。
それとごめんなさい、氷室さん、三枝さん。そのバカの相手をして、さぞかし苦労している事でしょう。

よし、あとはバカはバカ同士、仲良くくっつけてやろう。
「はぁ!? 何を言ってますのミス・遠坂!」
「あら? エーデルフェルトのご令嬢ともあろう方が、その程度の出費で泣言をおっしゃいますの?」
「な、そんな事あるわけないでしょう! エーデルフェルトの財力を以てすれば、このような極東の貧相な街に構える店の一軒や二軒、かるーく大人買いしてみせますわ。オーホッホッホッホ!!」
「じゃ、あと宜しく」
そう言って、すべてを金ドリルに押し付け私は逃走する。
あのブルジョワめ、そのお金こっちによこせってのよ。
別に寄付しろってんじゃなくて、全てよこせって意味だけど。

とりあえず、これで厄介なのをまとめて排除できた。
蒔寺を振りほどくのは面倒だし、氷室さんは只者ではない、何より三枝さんを無碍にするのは気が引けてしまう。
しかし、これなら万事オッケー、問題なし。
蒔寺は元より、氷室さんや三枝さんもそれなりにいい思いが出来るだろう。

やはり、アイツにはこの手のプライドをくすぐる戦法が効くわね。
ちなみに、これは決して逃げるわけではない。
純粋な私の頭脳の勝利である事を明記する。
戦わずして勝つ、これぞ策士の妙技なり。



で、やっと新都に到着し、公園を見てみるがやはり成果は無し。
まあ、何となくわかってはいたけど。しかし、この調子で見つからなかったらどうすればいいのかしら。
早く戻らないと、何もかもが手遅れになってるかもしれないってのに。

だから……
「うおお――――! 俺は俺が大好きだ――――!!」
「うっさい!!」
ちょっとイライラして、近くで訳のわからんことを叫んでいたバカを殴っても私は悪くない。
どうせすぐにでもこの世界から消えるんだし、多少やり過ぎても問題ない、と開き直る。
それにしても、あの男はまたドラマの影響でも受けたのか。

しかし、鬱陶しいのは何も後藤だけではない。
「あのさ、何公園でさめざめと泣いてるわけ?」
「放っておいてください。どうせ、どうせ私なんて……」
「まあ、ダメット。またアルバイトをクビになったのね。
だから言ってるでしょう? あなたに出来るのは、男装してプロのリングに上がることだけだと。
ああ、でも相手を殺してしまうから追放間違いありませんか」
「カレン、今の私は機嫌が悪い。その消毒液臭い体、サンドバックにしてハラワタぶちまけますよ」
ああ、そう言えば、確か朝そんな話してたわね。
しかし、力仕事のバイトもダメってあんた……。他に出来ることってあるの?

「あら? そんなことをしたらあなたの大切な駄犬(ランサー)を永久に失う事になりますよ。
 それでもいいのですか? なんと薄情な“元”マスターでしょう」
あえて「元」を強調するカレン。薄情っていう意味で言えば、アンタの右に出る奴もそうそういないと思うけどね。

「凛、それは違うわ。私は、全人類を愛しているもの」
「ふ~ん。で、アンタにとって愛って何?」
「イヤだわ、恥ずかしい。そんなの『殺したいほど想っている』に決まっているでしょう」
何が恥ずかしいのか知らないけど、あんたつくづく歪んでるわ。
なんていうか、その邪悪な笑みをさっさとひっこめなさい、このド腐れシスター。
それと、人の思考を読むな。

しかしここで、バゼットが一念発起して食ってかかる。
「そもそも、なぜあなたがここにいる! あなたの様なLUC値をドレインするレイスがいるから、私の運気が下がるのです!!」
「はぁ、落ちるところまで落ちたわね、バゼット。自分のいたらなさを人のせいにするなんて。
 なんて、なんて独善的なのかしら」
だとしたら、何でアンタはそんなに嬉しそうなのよ。
憐れんでるような言葉だけど、その実楽しくてたまらないって顔してるわよ。
それとバゼット、そいつはレイスじゃなくてリッチだから。

「その言葉、挑戦と受け取った! ここであなたを倒し、今度こそランサーを取り戻します!」
「ふぅ、まったく短絡的ね。そんなことだから、どのバイトもクビになるのよ」
燃え上がるバゼットと、どこまでも冷静なカレン。
これは、始まる前から結果は見えたわね。

とりあえず、巻き込まれるのは御免なのでさっさと退散しよう。
バゼットが、早めに職場とランサーを得る日が来ることを祈りながら。
まあ、当分無理そうだけど………。



そして私は、最後の当てである言峰教会へと向かう。
良い思い出なんて何もないところだけど、せめて手掛かりの一つでもあって欲しいわ。

と、その途中で不審者発見。普段なら無視するのだが……。
「はい。おばあさん、つきましたよ」
「ええ、ええ。ご親切に、どうもありがとうございます」
「いえいえ、この程度当然のことですから」
おばあさんを背に背負い、歩道橋を渡る裸ドクロの男。
普通に考えると、どうみてもおばあさんが危ない。だけど、誰もそのことに反応を示さない。

なぜ? なぜ誰もアレに突っ込まない。
買い物袋を持ち「さあ、今日の晩御飯は何にしようかしら?」なんて言ってるのをなぜ誰も不審に思わないのよ。
もしかして、おかしいのは私? 私なの!?

その上、こいつの善行はその程度では終わらない。
「あら、何かしらこれ? ………お財布。交番はどこでしたかな?
 もし、そちらのお嬢さん。よろしければ交番の方向を教えて下さりませんか?」
「…………………あっちよ」
「ありがとうございます。おや、坊ちゃんどうしました? え? お母様とはぐれた?
 わかりました。不詳このハサンめが、あなたのお母様を見つけ出して御覧にいれましょう」
そうして、その不審者は子どもの手を引きながら歩いていく。
その子から名前を聞き、「○○君のお母様~」なんて呼びながら。
何故誰も、あれから子どもを助けようとしないのだろう。それどころか、なぜ警察も動かない。
私は唯、その異様な光景に圧倒された。何でもありだ、この世界。

「なんなのよ、あれ……」
「知らないのか? アレは最近有名な仮面の紳士、通称『ジャスティス・ハサン』だぞ」
「はぁ……じゃすてぃす。しかも、ハサン? ………………って綾子!?」
「よっ! こんなところで会うなんて奇遇だな、遠坂」
私が呆然としてる間に、いつの間にやら美綴綾子が隣に立っていた。

まあいいわ。ある程度は予想していたこと。
ここまで来ると、もう知り合い全員に会うんじゃないかって気がしてきたところだ。
一つ疑問なのは、あの不審者を全く知らないことなんだけど、別に知り合いしかいないわけじゃない。
ここがどういう世界なのか分からなし、知らない奴がいても不思議はないか。

まあ、一つ綾子に疑問があるとすれば、一緒にいる奴なんだけどね。
「で、何でランサーまで一緒?」
「あれ? 遠坂、ランサーさんの事知ってるのか?」
「まあ、ちょっとね」
まさか、以前殺し合いの戦いをした仲で、その後助けてもらった間柄なんて言えるはずも無い。
適当に言葉を濁し、誤魔化すのが吉か。

「おう! 久しぶりだな、嬢ちゃん」
「何してんのよ?」
「あん? まあ、デートってやつだな。もちろん俺のおごりでよ。
 こっちの嬢ちゃんもなかなかいい女でな」
そういえば、こいつは気に入りさえすればそういうのみさかいない奴だったっけ。
気に入ったなら仇とでも酒を飲め、とは昔豪語していたことだ。

「っていうか、アンタお金あるの?」
「まあな。他人の家の門を叩けば主人のもてなしで飲み食い、ってご時世でもねぇからよ。
 てめぇの飲み扶持くらいはてめぇで稼ぎださねぇとな」
つまり、その稼ぎの一部を使っているというわけか。
まあ、ある意味有意義と言えば有意義な使い方かもしれないのかな。

まあ、いいわ。綾子が誰と一緒にいようと、私がどうこう言う事じゃないし。そう、綾子はね。
「そ、じゃあ楽しんできたら?
 それとランサー、あんまり遊んでばかりいると、バゼットやカレンに睨まれるわよ」
「ああ、それか。こう言う時くらい忘れさせてくれや」
なるほど、どっちの事かは知らないけど、相当苦労しているらしい。顔はどこまでも苦々しいから。
もしかすると、「どっちか」ではなく「どっちも」なのかもしれないけど。

それと、友人のよしみとして綾子にアドバイスしておくか。
「綾子、もしもの時はランサーにホットドッグを食べさせてやりなさい」
「は? ホットドッグ? なんで?」
「やってみればわかるわ。なんなら今からでも……」
「ちょっと待て、聞こえてるぞ! それと、ホットドッグは勘弁してください!!」
疑問顔の綾子に、ヴァンダミングに土下座するランサー。
英雄の誇りも、光の御子の栄華も地に落ちたわね。

はっ! また時間を無駄にした!?
もしこれが全部時間稼ぎだとしたら、どれもこれも的確過ぎるわ…………。



そうして、やっと私は言峰教会に辿り着いたわけなのだが……。
やはり、手掛かりはなし。そんな気がしていたとはいえ、やはりショックはある。
しかし、いつまでもそのままではいられない。
手掛かりがありそうな所は全て周ったが、こうなったら冬木中を調べるしかないか。

そう思っていたら、見なれぬ金髪紅眼の子どもが教会から出てきた私に近づいてくる。
「どうしました、お姉さん。探し物が見つからないって顔をしていますけど」
「へぇ……随分察しがいいのね」
「いえいえ、それほどでもありませんよ♪」
「ふ~ん……じゃあ、察しが良いついでに教えてほしいんだけど、あなた私の探し物がどこにあるか知らない?」
見覚えはない。ないが、こいつがただの子どもの筈がない。
身に纏う常人とは隔絶した空気、かなり力を込めた視線で見据えているのに動じもしない胆力、どれもこれもただの子どもが持たないものだ。その上、言外に「自分はお前の知りたい事を知っているぞ」とまで言ってくれた。
これでこいつを「通りすがりの子ども」とスルーする方が無理な話だ

その上、どこかこいつの雰囲気には警戒心を抱く。只者じゃない、というだけでは説明できない何かがある。
理由はわからないけど、一つ確かなのは、私の直感がこいつは「子ども」などではないと告げている事。
「ええ、知っていますよ。というか、お姉さんも別に間違ってはいないんですけどね。
 ただ、順番が違うんですよ」
「順番?」
「本当はヒントを出すのはどうかと思うんですが、僕としてもこんな『ままごと』にいつまでも付き合わされるのは嫌なんですよ。ですから、とっておきのヒントを差し上げます」
『ままごと』とはまた辛辣な。だけど、この様子だとこいつは事の真相を全て知っているということか。
やはり、只者ではない。子どもの戯言の可能性はあるけど、そういう雰囲気じゃない。

「お姉さんが見てきたのは『扉』、あるいは『門』なんですよね。
 でも、『鍵』がなくちゃ『門』は開きません。だから、行っても何も気付かなかったんですよ」
抽象的な言葉だが、言いたいことはだいたい分かった。今まで行ったところで『門』と言えばあそこだろう。
そして、その門を開ける『鍵』となり得る存在には心当たりがある。
なんてことはない、私は焦るあまり先走り過ぎて途中を抜かしてしまったのだ。

聞きたいことは聞けた。ならもうここに用はない、と踵を返しかけるが、この子どもの言葉には続きがある。
「ただ、本当はそういうことにはならないはずなんですよ。
ですが、お姉さんが何かしたせいで、他の人より深く飲み込まれちゃいましたから、そのせいなんでしょうね」
何か、というのは心当たりがある。
はやての体に魔力を仕込んでいたことで、私は闇の書の力により一層強く影響を受けたのだろう。
しかし、さすがにサービス過剰ではないだろうか……まあ、別にいいけど。

さて、これで本当に聞くべきことは……ああ、もう一つあった。
「アンタ誰?」
「まあ、無理もありませんよね。お姉さんは忙しそうなので、手っ取り早くいきましょう。
 僕の匂いをよく嗅いでみてください」
匂い? 体臭……ってわけでもなさそうね。

そこでふっと気付く、この子どもからはあの匂いがするのだ。
「そういえば、お金の匂いがする」
「でしょう? 僕にはランクAの黄金律がありますから。ちなみに、あげませんよ♪」
黄金律。ここで言っているのは、身体の造形ではなく人生に関するモノの事を指すのだろう。
そして、その意味は人生において金銭がどれほど付いて回るか。つまり、こいつの周りには勝手にお金が集まるという事だ。しかも、ランクAともなれば「一生金に困る事はない」と言っても過言じゃない。
それこそ、大富豪でもやっていける金ピカぶりだろう。なんて羨ましい。

そして、それを持っていそうな奴に心当たりは確かにある。
「ってことは、アンタまさか……!!」
「ええ、そうなんですよ。なんでも『この状況は児戯以下の茶番に過ぎん。付き合っていられるか!!』って、若返りの薬を飲んだみたいです。まあ、今回は僕も同意なんですけどね」
困ったような表情をして、この金ピカ子どもはそう言う。
いや、アイツならそう言うモノを持っていても不思議はないけど、ホントに何でもありだ。

「まあいいわ。あり得ないほど性格違うじゃないってのは、この際置いとく。
アンタに私を邪魔する気がないのならそれでいいし。
 とりあえず、ヒントありがと。さっそく向かってみるわ」
「はい、そうしてください」
一度は殺し合いをした仲なのに、人生ってのは不思議なモノだ。

まあ、これでどうすべきか定まったことだし、さっさとこの状況を何とかしますかね。
そうして私は、一路アインツベルンの城を目指す。
そこで、まさかあんなモノが待っているとは露と知らずに。






あとがき

予定に反して二話に渡ってしまったぁ!!! 次こそこの話は終わらせます。それは間違いありません。
とはいえ、本当は一話で終わらせるつもりだったんですが、思いのほか長くなってしまいました。
しかも、いつもの様な「推敲して書き足しているうちに長くなった」のではなく、普通に書いてたら予想外に長くなってしまったのです。というわけで、次の話を書きあげるのは少し時間がかかるかもしれません。
どうせだからってことで、Fate組のほとんどを出そうとしたのが不味かった……。

とりあえず、この世界はhollowの世界に近い世界となっています。
個人的に、Fateで夢とか幻の世界とかいうと、なんかこれを思い浮かべてしまうんですよね。あれはあれで、かなり幸せな世界だと思いますし。
それに、hollow本編でカレンが「衛宮士郎や遠坂凛といった、もとから存在する方たちには夢や既視感として記憶は残ります」と言っていましたので、凛がhollowの時の事を憶えているのは当然なのでしょう。
で、早い話死んだ人間も含めほとんどの人がここにはいます。Zeroからも三人ばかり出てますしね。
いない人ももちろんいるんですが、それは凛的に心底会いたくない人です。
まあ、それが誰のなのかは次回に分かると思います。言わなくてもわかりそうですけど。
ルヴィアは相性がアレですけど、ライバルでもあったので決着を望む気持ちの反映とでも思ってください。
Zero以外のFate出演組では音子と零観位でしょうね、影も形も出ないのは。
他の面々は何かしらの形で、最低でも名前くらいは出ますから。

とはいえ、一番苦労したのはZero組ですね。
正直、時臣の日常風景がまるでイメージできないし、口調が……。
結果としては、なんか雁夜と葵で時臣をいじるエピソードになってしまったような感じがチラホラ。

そして、冒頭の回想に関しては私の私見になります。なので、結構皆さんの反応にビビってたりします。
ほら、確かにアーチャーは答えを得られましたが、それは必ずしも彼への「許し」になるとは限らないでしょう。
少なくとも、凛はその答えがどんなものか知らないわけですしね。
アーチャーも大概強情ですから、「許せないままでも頑張る」なんて事になりかねないと思います。
凛からすれば、アーチャーの得た答えは「頑張っていく理由」にはなっても、「過去への許し」になったかどうかはわかりません。心のどこかで、その辺りを心配しているとしても不思議じゃないかなぁ、と思った次第です。

それにしても、凛はさっさとこの世界から出ようとしていますが、結果としてはウロウロする事になってますね。
魔術に詳しいからこそ、出る為には何か条件の様なものがあるのだろうという考えです。
まさか、力技に訴えれば出られるとは思っていないでしょう。
まあ凛の場合、事情があって力技に訴えても無理なんですがね。


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