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No.4610の一覧
[0] 魔法少女リリカルなのはReds(×Fate)【第二部完結】[やみなべ](2011/07/31 15:41)
[1] 第0話「夢の終わりと次の夢」[やみなべ](2009/06/18 14:33)
[2] 第1話「こんにちは、新しい私」[やみなべ](2009/06/18 14:34)
[3] 第2話「はじめての友だち」[やみなべ](2009/06/18 14:35)
[4] 第3話「幕間 新たな日常」[やみなべ](2009/11/08 16:58)
[5] 第4話「厄介事は呼んでないのにやってくる」[やみなべ](2009/06/18 14:36)
[6] 第5話「魔法少女との邂逅」[やみなべ](2009/11/08 16:59)
[7] 第6話「Encounter」[やみなべ](2009/06/18 14:37)
[8] 第7話「スパイ大作戦」[やみなべ](2009/06/18 14:38)
[9] 第8話「休日返上」[やみなべ](2009/10/29 01:09)
[10] 第9話「幕間 衛宮士郎の多忙な一日」[やみなべ](2009/11/29 00:23)
[11] 第10話「強制発動」[やみなべ](2009/06/18 14:39)
[12] 第11話「山猫」[やみなべ](2009/01/18 00:07)
[13] 第12話「時空管理局」[やみなべ](2009/01/31 15:22)
[14] 第13話「交渉」[やみなべ](2009/06/18 14:39)
[15] 第14話「紅き魔槍」[やみなべ](2009/02/21 22:51)
[16] 第15話「発覚、そして戦線離脱」[やみなべ](2009/02/21 22:51)
[17] 外伝その1「剣製」[やみなべ](2009/02/24 00:19)
[18] 第16話「無限攻防」[やみなべ](2011/07/31 15:35)
[19] 第17話「ラストファンタズム」[やみなべ](2009/11/08 16:59)
[20] 第18話「Fate」[やみなべ](2009/08/23 17:01)
[21] 外伝その2「魔女の館」[やみなべ](2009/11/29 00:24)
[22] 外伝その3「ユーノ・スクライアの割と暇な一日」[やみなべ](2009/05/05 15:09)
[23] 外伝その4「アリサの頼み」[やみなべ](2010/05/01 23:41)
[24] 外伝その5「月下美刃」[やみなべ](2009/05/05 15:11)
[25] 外伝その6「異端考察」[やみなべ](2009/05/29 00:26)
[26] 第19話「冬」[やみなべ](2009/07/02 23:56)
[27] 第20話「主婦(夫)の戯れ」[やみなべ](2009/07/02 23:56)
[28] 第21話「強襲」 [やみなべ](2009/07/26 17:52)
[29] 第22話「雲の騎士」[やみなべ](2009/11/17 17:01)
[30] 第23話「魔術師vs騎士」[やみなべ](2009/12/18 23:22)
[31] 第24話「冬の聖母」[やみなべ](2009/12/18 23:23)
[32] 第25話「それぞれの思惑」[やみなべ](2009/11/17 17:03)
[33] 第26話「お引越し」[やみなべ](2009/11/17 17:03)
[34] 第27話「修行開始」[やみなべ](2011/07/31 15:36)
[35] リクエスト企画パート1「ドキッ!? 男だらけの慰安旅行。ポロリもある…の?」[やみなべ](2011/07/31 15:37)
[36] リクエスト企画パート2「クロノズヘブン総集編+Let’s影響ゲェム」[やみなべ](2010/01/04 18:09)
[37] 第28話「幕間 とある使い魔の日常風景」[やみなべ](2010/07/03 02:34)
[38] 第29話「三局の戦い」[やみなべ](2009/12/18 23:24)
[39] 第30話「緋と銀」[やみなべ](2010/06/19 01:32)
[40] 第31話「それは、少し前のお話」 [やみなべ](2009/12/31 15:14)
[41] 第32話「幕間 衛宮料理教室」[やみなべ](2010/01/11 00:39)
[42] 第33話「露呈する因縁」[やみなべ](2010/01/11 00:39)
[43] 第34話「魔女暗躍」 [やみなべ](2010/01/15 14:15)
[44] 第35話「聖夜開演」[やみなべ](2010/01/19 17:45)
[45] 第36話「交錯」[やみなべ](2010/01/26 01:00)
[46] 第37話「似て非なる者」[やみなべ](2010/01/26 01:01)
[47] 第38話「夜天の誓い」[やみなべ](2010/01/30 00:12)
[48] 第39話「Hollow」[やみなべ](2010/02/01 17:32)
[49] 第40話「姉妹」[やみなべ](2010/02/20 11:32)
[50] 第41話「闇を祓う」[やみなべ](2010/03/18 09:55)
[51] 第42話「天の杯」[やみなべ](2010/02/20 11:34)
[52] 第43話「導きの月光」[やみなべ](2010/03/12 18:08)
[53] 第44話「亀裂」[やみなべ](2010/04/26 21:30)
[54] 第45話「密約」[やみなべ](2010/05/15 18:17)
[55] 第46話「マテリアル」[やみなべ](2010/07/03 02:34)
[56] 第47話「闇の欠片と悪の欠片」[やみなべ](2010/07/18 14:19)
[57] 第48話「友達」[やみなべ](2010/09/29 19:35)
[58] 第49話「選択の刻」[やみなべ](2010/09/29 19:36)
[59] リクエスト企画パート3「アルトルージュ・ブリュンスタッド 前篇」[やみなべ](2010/10/23 00:27)
[60] リクエスト企画パート3「アルトルージュ・ブリュンスタッド 後編」 [やみなべ](2010/11/06 17:52)
[61] 第50話「Zero」[やみなべ](2011/04/15 00:37)
[62] 第51話「エミヤ 前編」 [やみなべ](2011/04/15 00:38)
[63] 第52話「エミヤ 後編」[やみなべ](2011/04/15 00:39)
[64] 外伝その7「烈火の憂鬱」[やみなべ](2011/04/25 02:23)
[65] 外伝その8「剣製Ⅱ」[やみなべ](2011/07/31 15:38)
[66] 第53話「家族の形」[やみなべ](2012/01/02 01:39)
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[4610] 第35話「聖夜開演」
Name: やみなべ◆33f06a11 ID:94acabce 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/01/19 17:45

SIDE-はやて

わたしが入院して数日が経った。
今日はもう12月23日や。
残念ながら、この調子やと今年のクリスマスは病院で過ごす事になりそうやな。
そうなると、すずかちゃんたちからのクリスマス会の御誘いには、応じられそうにない。
それが、残念と言えば残念やった。

まあそれでも、ウチの子たちやアイリが来てくれる。
一緒にいられへんのはさびしいけど、それでもみんなが来てくれるだけでええ。
それにすずかちゃんたちもよくお見舞いに来てくれてる。
それで十分、わたしは幸せや。

ほんの半年前まで、わたしはこの病気が悪くなって死ぬとしても怖くはなかった。
でも今は違う。今は死ぬのが怖い。今のわたしには大切なモノがたくさんあるから。
生きたい理由が、生きなきゃならへん理由が、一緒にいたい人たちがいる。
せやから、何としてでも元気に退院せなあかん。
アイリを、ウチの子たちを悲しませることだけは絶対にしたくないから。


そんな日の深夜。
わたしは奇妙な夢を見た。

ある時、唐突にふっと眼が覚める。まず目に入ったのは、もう見なれた病室の天井。
せやけど、どこか現実感がない。まるで、この病室だけ世界から置き去りにされたかのよう。
同時に体に力が入らず、それ以前に頭がぼうっとして上手く思考がまとまらない。
わたしは、ただこの眼に映るモノを漫然と見、耳に入る音を受け入れる。

そこへ、どこか聞き覚えのある声が響いた。
「悪いわね、こんな夜中に」
その声が聞こえてきたのはベッドの横。
暗くて顔は見えへんけど、ただ暗闇の中その人の口が動いているのだけが見えた。

その人はベッドを操作し、わたしの体を起きあがらせる。
「昼間だとあなたの家族に鉢合わせるかもしれないし、なにより変なことをすると病院の人がうるさいから。
 というわけで、こうしてみんな寝静まった夜にこっそりお邪魔させてもらったわ。
ああ、見周りとかは気にしなくていいわよ。ちょっと外に細工をさせてもらったから、しばらくここには誰も来ないし、近くにきても多少のことには気付かないから」
普通に考えれば、これは非常に不味い状態のはず。病室に不審者があらわれ、わたしには抵抗する力も術もない。
その挙句、最後の頼みの綱である職員の皆さんの助けも期待できないと言う。

そんな状況やのに、わたしの中に危機感や恐怖はない。
その声音が温かかったせいか、むしろ心は穏やかでさえある。
「あなた………だれなん?」
「ん? 強いて言うなら、ちょっと気の早いサンタクロースってところかしら?
 聖夜には少し早いけど、あなたにプレゼントがあるの」
そんな答えとは到底言えない答えを口にし、その人は手に持っていた何かを私に差し出す。

それは、一粒の綺麗な赤い飴玉の様なものと、同じく赤い飲み物。
「これを飲みなさい。本当の意味でのプレゼントは明日になるけど、そのためにはこれが必要だから」
「これ……なに?」
「そうね………………差し詰め、あなたの『未来』かな。
 正確には、それを選ぶチャンスという事になるのだけど」
未来を選ぶチャンス? まるで、わたしの未来が決まってるかのような言い方や。

わたしは別に今のままでええ。ただ家族と一緒にいられて、穏やかな生活が出来ればそれで……
「いいえ、座しているだけじゃなにも守れない。それでは、手の隙間から雫の様に零れ落ちるだけよ。
欲しいモノは実力で勝ち取って、大切なモノは体を張って守るしかないの。
 私からのプレゼントはその機会よ。手に出来るかどうかは、あなた次第だけどね」
微笑みながら紡がれた言葉は、自然と心にしみわたる。
よくわからへんけど、たぶんこれは大切なことなんやと思う。

そうしてわたしは、促されるまま差し出された飴玉と液体を口に含み一気に飲み干す。
「それじゃ、今夜の事は忘れなさい。これはあなたが見た、弾けて消える泡沫の夢なのだから」
その言葉と共に、どんどん意識が闇へと沈んでいく。
この人の言うとおり、次に起きたらきっと今あったことのほとんどを忘れているだろう。

再び眠りに落ちようとするわたしに背を向け、その人は外に向けて歩み出す。
だけど、そこでハタと足を止め、背中を向けたまま言葉を紡ぐ。
「がんばりなさい、はやて。全てを手に入れるか、それとも失うかはあなた次第。
 でも、せっかくの聖夜ですもの。こんな日くらい奇跡の安売りをしても罰は当たらないんだから。ここは一つ、ご都合主義のハッピーエンドといきましょう。
そうでないと………………………アイツも、あなたの母親も、誰も救われない」
そう語る声音は、どこか悲しかった。

だから、だろうか? 沈みゆく意識の中で、もう一度この問いが零れた。
「あなた……だれ?」
「? ああ、実を言うとね、私『魔法使い』なのよ。そして……あなたの姉になるかもしれない人間。
 おやすみなさい、はやて。闇を抜けた先に、幸多き未来がありますように」
どこか悪戯っぽい響きを宿した答えを残し、今度こそあの人は扉をくぐって病室を後にした。
それと同時に、わたしの意識も闇に落ち、再度眠りにつく。



第35話「聖夜開演」



SIDE-士郎

今日はクリスマス・イブ。
翠屋をはじめ、どこもかしこもクリスマスセールやイベントで街の活気は最高潮。
翠屋など、ケーキ販売や店でクリスマスを過ごす人たちでごった返し、地獄の忙しさが確実らしい。
リニスだけでなく、俺も手伝いに来てほしい旨を頼まれたが、今日は事情があって断った。

なぜなら今日は、凛から聞かされた計画を実行に移す日でもある。
凛がグレアム提督から聞き出した様々な情報と当初の計画、及び変更された計画。
正直、グレアム提督のしようとしていたことには、賛同と否定、両方がせめぎ合う。
やろうとしていたことはわかる。実際、普通に考えればそれが一番確実だろう。法的・倫理的な問題、封印解除の危険性はあるが、あの人の計画はそう悪いモノではない。それは認めるしかない。
だが同時に、まだ九歳の女の子、それもやっと幸せを手に入れた子どもを犠牲にするその前提は受け入れ難い。俺に彼を非難するような資格はないが、それでもやはり反感を持つのは抑えられない。

しかし、今はそんなことを考えている場合じゃないし、現在の俺たちの関係は協力者のそれだ。
同じ目的、同じ願いを抱いているのだから、反感も遺恨も抑えよう。
まあ、凛の立てた計画もなんだかんだで酷いモノなのだが、それで丸く収まる可能性があるなら文句はない。
おそらくはこれは、俺に出来る「あの人」への数少ない贖罪でもあるだろうから。

だが、もちろん楽観できるわけではない。
上手くいくかは多分に賭けの要素が強いし、なにより最後の最後ははやて次第。
完全な暴走が始まるまでの決して長くはない時間、その間に何としてもはやてに管理者権限を握らせないと。
それ以外の策も用意してあるが、できれば使いたくはない。
そちらの場合確実に取りこぼしが出るし、はやてを救える保証もないのだ。

これは、元からどう使っても構わない時間を有効利用するからこそ、成り立った計画。
暴走が始まる際の数分間、その前までがタイムリミット。その時が来れば、提督は当初の計画を実行に移す。
最悪でも、当初の計画に支障が出ない試みだからこそ、グレアム提督は納得してくれたわけだしな。
まあ、次善の策を使えば、とりあえず当初のプランに出番はないだろうが。


そして終業式を終えた俺たちは、はやてへのサプライズプレゼントを持って病院の中を歩いている。
この時期にこのタイミングでアポなしで行けば、おそらく守護騎士かアイリスフィールのどちらかとかち合うことになるだろう。
もちろん、それも計画のうちなのだが……。

ただし、これはフェイトやなのははおろか、リンディさんやクロノにも話していない。
凛の計画だってある意味色々とスレスレだし、グレアム提督に至ってはモロだ。
そういうわけで、事後承諾的に計画が動き出してから強制参加させることが決まっている。
準備段階はアイツらにとっては受け入れがたいものだ。なにせ、守護騎士達には一度消えてもらうのだから。
だが、動きだしてしまえばはやてを救うために協力してくれるだろう。

はやての病室を訪ねる前に、担当の石田先生にはやての都合を確認してきた俺にアリサが問う。
「どうだった?」
「ああ、今御家族が一緒らしいが、その人たちさえよければ問題ないらしい」
「そっか、よかった。さすがに石田先生に頼むってのも味気ないしね」
まったくだ。なにより、全員集合しているのがありがたい。

病室の前まで行き、そこですずかが控え目にノックする。
「こんにちは」
そうすずかが声をかけると、部屋の中から伝わってくる気配が変化した。
さっきまでは暖かな気配が漏れていたが、そこに張りつめた緊張感が生じる。
すずかが来たということで、俺達もいる可能性に思い至ったのだろう。

しかし、そんなことには気づいていないらしい部屋の主は、快く受け入れてくれる。
「あれ? すずかちゃんや。はい、どうぞー!」
『失礼しまーす』
フェイト達は無邪気に、俺たちは内心を覆い隠して元気にあいさつする。

予想通り、そこにははやてだけでなく、守護騎士一同とアイリスフィールの姿があった。
まあ、ザフィーラがいなかったのは当てが外れたが、狼がいないのは当然か。
「っ!」
俺たちの姿を見て、ヴィータの表情が変わる。
まあ、当然か。ずっと隠してきたモノを見つけられてしまったのだから。

だが、そんなことは露知らず、すずかとアリサは丁寧に頭を下げる。
「あ、今日は皆さんお揃いですか」
「こんにちは、はじめまして」
「「ぁ!?」」
引き換え、その面々に見覚えのあるフェイトとなのはは小さな驚きの声を上げ、眼を見張った。
俺と凛も、怪しまれないように同じように振る舞う。

シャマルは狼狽を露わに視線を泳がせ、アイリスフィールも驚愕の余り目を見張っている。
そんな二人に対し、前衛組の対応早かった。
シグナムはすぐさま警戒態勢に入り、それにやや遅れてヴィータもこちらを睨む。
そんな周りの様子に困惑したのか、はやては家族と俺達を交互に見やる。

アリサもまた、場の空気がおかしい事に気付く。
「あの……すみません。お邪魔でした?」
「あ、いえ。そのようなことはありません。少し、驚いただけですので」
「え、ええ。そうなんですよ。いらっしゃい、みなさん」
「そうですか、よかった」
シグナムとシャマルは何とか場を取り繕い、すずかもそれに応える。
ただし、フェイトとなのはは相変らず固まったままだが。

その中、アイリスフィールの視線は俺に固定されていた。
「どうかしましたか?」
「え? えっと、ごめんなさい。なんでもないわ」
アイリスフィールはそう答えるが、何でもない筈がない。そう言う表情をしていた。
我ながら、バカなことをしているな。しかし、今はまだみんなに知られるわけにはいかない。

「ところで、今日はみんなどないしたん?」
「「えへへ……………………………せーっの! サプライズプレゼント!!」」
はやての問いに、すずかとアリサは悪戯っぽい笑みを浮かべてから隠していたプレゼントを晒す。
その手には、包装紙とリボンで装飾された大振りの箱があった。

それを見たはやての顔に、見ているこちらまで引っ張られそうな喜色が浮かぶ。
「今日はイブだから、はやてちゃんにクリスマスプレゼント♪」
「わぁ、ほんまかぁ。ありがとう」
「みんなで選んできたんだよ。それと、士郎君からもあるんだよね?」
「え?」
プレゼントを受け取りながら、俺に視線を向けるはやて。

「手袋を編んできたんだが、受け取ってもらえると助かる。
 だけど悪いな。もっと時間があればセーターとかマフラーとかも編んだんだが、それは来年ってことで」
「って、こんなにたくさん? もしかして……」
「ああ、ご家族の分もだ」
手渡したのは、綺麗に包装された計六つの袋。その一つ一つに、色やサイズの異なる手袋を入れてある。
いや、ロンドン時代に出費削減のために始めた編み物だったが、すっかり板に付いたものだ。
普通に買うよりも、こうして編んだ方が安上がりだったからなぁ。

「まあ、どんなものかは開けてからのお楽しみってことで……」
「うん♪」
手袋とは伝えたが、まだ色とかは袋の中にあるためにわからない。
こういう、なにが出てくるか分からないこともプレゼントの楽しみの一つだろう。

そこで、アイリスフィールが皆を代表する形で礼を述べる。
「えっと……ありがとうございます。私たちの分まで、大変だったでしょう?」
「いえ、お気になさらず。これから…………………長いお付き合いになっていくかもしれませんから」
できるなら、そうあってほしいと思う。
この人が俺を許してくれるかはわからないが、それでも俺はこの人を………いや、この人たちを助けたい。

しかし、ヴィータの凄みのある睨みは居心地が悪いのか、なのはは肩身が狭そうにしている。
「なのはちゃん、フェイトちゃん。どないしたん?」
「あ、ううん。なんでもない」
「ちょっと御挨拶を………ですよね?」
そう言って、シグナム達に目配せするフェイト。
シグナム達もそれに応じ、とりあえずこの場ではお互いに上手くはぐらかすべく動き出す。

シャマルにコートを渡し、備え付けのロッカーにかけてもらう。



  *  *  *  *  *



その後、通信妨害されていることもあって、緊張状態を保ったまま時は流れた。
まあ、魔術的なラインを繋いでいる俺と凛には関係のない話だが。

暗くなってきたところでお見舞いを終え、病院を後にする。
その間、ずっとヴィータが険しい眼つきで俺達を睨んでいたが、それをはやてがたしなめていた。
彼女にとって守護騎士たちは家族であると同時に、面倒を見る対象であるのだろう。

病院にいる間に小声で用件を伝えていた俺たちは、それぞれの目当ての相手と対峙している。
こことは別のところで、今頃フェイトとなのはは守護騎士たちと対峙しているはずだ。
俺と凛は二人のいるビルからやや離れた別のビルの屋上で、アイリスフィールだけでなくシャマルとも顔を突き合わせている。

そうして、最初に口を開いたのはシャマルだった。
その姿は普段のそれではなく、あの黒尽くめの見慣れぬ女性の姿。
しかし、その変装がすでに無意味なことも彼女は承知の上なのだろう。
「もう、わかってるんですよね。私が………」
「ああ、ずいぶん長く騙された………と言うより、こちらが勘違いしていただけなのだろうな。
 てっきり、君は無関係だと思っていたよ、シャマル」
「やっぱり……………………お願いです、邪魔しないでください!」
変身魔法を解くと、そこには見なれた柔らかな金髪を揺らす女性が立っていた。
その声は悲鳴一歩手前で、今にも泣き出しそうだ。

「あと、あとちょっとなんです。あと少しで闇の書は完成する。そうすれば………!」
「はやてを助けられる、か?」
「っ!! もう、そこまで……」
「アイリスフィールはホムンクルス。そして、魔術師はリンカーコアの存在を知らない。
 ならば、魔術師の手で生み出された彼女にそんなモノがあるはずがなく、そうである以上主の資格もない」
事実を確認するように、淡々と言葉を紡ぐ。
凛は黙して語らず、数歩下がった場所でただこちらを見ている。

そこで、やや離れたビルの屋上から爆音が響いた。
「向こうも、始まったようだな」
「邪魔をするというのなら、あなたが相手でも……!
 この一帯には封鎖結界と一緒に、通信妨害もかけてあります。あなた達を外には出しません!!」
「いや、闇の書の完成を目指すなら好きにすればいい。私にはもう、君たちの邪魔をする意思はない」
「え?」
「わかっているのだろう? 用があるのは………彼女だ」
そう言って、アイリスフィールに目を向ける。
俺の視線を受け止めたアイリスフィールは、僅かに身動ぎしつつそれを受け止めた。

しばしの沈黙。俺の言葉を信じていいのかわからず、シャマルはただ困惑の色を浮かべている。
「はやては友人だ。救えるものなら救いたいと考えるのは、別におかしなことではないさ。
 なにより、私にとっては闇の書よりも彼女と話す事の方が重要だ。それは、彼女も同様なのではないかね?」
「…………わかりました。ただし、私も残ります。
アイリさんははやてちゃんだけでなく、私たちにとっても大切な人。
なにかあっては、はやてちゃんやみんなに顔向けできませんから」
「好きにするといい。私は構わんよ」
グレアム提督からの情報で、アイリスフィールがはやてと親子に似た関係を作っていることは聞いている。
それを、どこか嬉しく思う。彼女がこの世界で、新たな幸せを見つけたことを。

同時に、因果なモノだとも思う。この人は知らないだろうが、切嗣とよく似たことをしているのだから。
両親を失った子どもと、家族を失った大人が家族として共に過ごす。
かつての切嗣の位置にアイリスフィールが、そしてあの頃の俺の位置にはやてがいる。これは、そういう事だ。
それを知り、この眼で見た時。まるで、二十年前の俺自身を見ているかのような錯覚をした。

シャマルは一歩下がり、アイリスフィールに場を明け渡す。
舞台は整えられた。
出会うはずの無かった二人が、二十年越しの邂逅を果たす時が来たのだ。



SIDE-アイリ

シャマルが一歩下がるのと前後し、私は意を決して眼前の少年へと足を向ける。
私を見つめる少年の眼は複雑な光を宿し、その心境を読み取ることはできそうにない。
ただ、その光の中に何処か逡巡に似た何かがあるような気がしたのは、気のせいではないのだろう。

およそ二メートルの距離まで歩み寄り、そこで足を止める。
私が足を止めたのを見て取った少年は、まず何と言って話しかけるべきか迷っているのか、ゆっくりと口を開く。
「はじめまして…と、言うべきなのでしょうか?」
開かれた口から紡がれたのは、シャマルと喋っていた時とは違う口調による場違いとも思える遠慮がちな挨拶。

しかしその姿は、まるで親に叱られた子どもの様であり、すぐに何処か自嘲めいた笑みに変わった。
これが、シグナムを相手に勇壮かつ巧緻な戦いをしていた少年と同一人物とは思えない。
覇気や腹の探り合いをしようという意志を感じられず、その事に何処か拍子抜けに近い感覚を覚える。
私はむしろ、一戦交えるくらいの覚悟でこの場に臨んでいたのに……。

身に纏うその雰囲気はあまりに無防備で、毒気を抜かれてしまう。
「ぁ……そ、そういう事になるのでしょうね」
思いもよらぬ彼の様子に戸惑い、思わず何処か間の抜けた返事を返す。
そういえば、直接言葉を交わした事はなく、それどころか面と向かって顔を突き合わせるのも初めてだ。
でも、これまでシャマルやシグナムから彼の様子を聞いてきたこともあり、あまり初対面という気はしない。
それは、彼もまた私の事を知っているだろう事も無関係ではないはずだ。

だが、私たちの邪魔をする意思がないとしても、彼は味方ではなく限りなく敵に近い存在。
それを相手に、いつまでも戸惑ってなどいられない。
緩みかけた気を引き締め、意識的に傲然とした態度を取って眦を決して睨みつける。
「それで、用件というのは。まさか、世間話をするわけではないのでしょう」
「……ええ、あなたにとっても重要な話です」
気持ちに区切りをつけられたのか、私と正対した白髪の少年の眼つきが変わる。
それは、レヴァンティンの記録映像で見た鷹の様に鋭い、並々ならぬ覚悟を湛えた眼差し。
それまでのどこか悲壮な、あるいは消沈した雰囲気は微塵もなく、強い意志を宿した瞳で私を見据える。

これが、この少年の本来あるべき姿なのかもしれない。
事実、口調こそ変わらず丁寧だが、その言葉にも異論を挟ませない力強さがある。
「ですが、その前にこれを受け取ってください。本来、あなたが持つべきものでしょうから」
そう言って懐から取り出したのは、遠目から見た程度ではよくわからないくらい小さな何か。
だけど、それを視認した瞬間わけもわからず体が硬直した。

彼は私にそれを渡そうと一歩歩み寄るが、思わず私は後ずさる。
理由はわからない。だけど、「それが何なのか知ってはならない」と心が警鐘を鳴らす。
知ってしまえば、自分の中の何かが崩れてしまう気がして……。

私のその反応に彼はどこか沈痛そうな表情を浮かべて一度眼を伏せ、手に持った物を私に向けて投げる。
このまま近づこうとしても無意味と悟ったのだろう。だから、「手渡す」のではなく「投げ渡す」事にしたのだ。
そして、その選択は正しかった。足が、地面と一つになったように動かない。
受け取ってはいけないはずなのに、何か知ってはいけないはずなのに、体が言う事を聞いてくれない。
逃げる事も出来ず、気付けば放物線を描く物体を受け止めるべく手を差し出していた。

それは吸い込まれるように私の手中に収まり、反射的に落とさないように両手で優しく握る。
響いたのは硬質物体同士がぶつかった事を示す、小さく甲高い衝突音。
続いて手に伝わってきたのは、無機物特有の冷たい感触だった。

それは私の手に覆われ、まだその姿は見えない。
(まだ………まだ引き返せる! このままこれを捨ててしまえば、まだ間に合う。だから、早くこれを……!!)
頭ではそうとわかっている。これは見てはいけないものだ。なのに、相変わらず体が言う事を聞かない。
手放したいのに、このまま彼に投げ返したいのに、金縛りにあったようにそれができない。

それどころか、私の意志を無視して手が勝手に開いてゆく。
(やめて……やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて――――――――やめて!!!)
必死に自分自身に懇願する。なんで、何で言う事を聞いてくれないの!
私は知りたくない。この手にあるものが何か、知りたくなんてないのに!!

しかし、無情にもパンドラの箱が、禁断の封が開かれる。
「……………………………これ、は?」
目に飛び込んできたのは、月光を反射して光を放つ小瓶。
その中には一発の銃弾と、銀色の細い髪のようなモノが細い紐で束ねて納められている。

一見何の変哲もない銃弾だけど、そこから微量の魔力を感じる。
それは髪の毛の方も同様で、違いがあるとすれば、それが普通なら気付かないほどに僅かな事くらいだろう。
でも、私はそれに気付いた……気付いてしまった。そして、そこから感じる魔力は酷く懐かしい。

もしかしたら、私はこの二つが何であるのか既にわかっていたのかもしれない。
だけど、それを理解するのを拒んでいたのではないだろうか?
そうでなければ気付いたはずだ。
この銃弾に込められた魔力とその外観は、かつて一度あの城であの人に見せてもらった物と同じであることに。
束ねられた銀髪が、私のよく知る人物のそれだと言う事に。
そう、気付かない筈がないのだ。だってそれは、私が最もよく知る人たちのモノなのだから。

しかし、それを理解したくない私は、ただ受け取ったモノを見つめ呆然となる。否、目を離せずにいた。
そしてそれを渡した少年は、ゆっくりと…噛み締める様に最悪の言葉(事実)を口にする。
「衛宮切嗣とイリヤスフィールの………………“遺品”です」
「っ!!!!」
その一言は、まるで稲妻のように私の体と心を貫いた。
まるで、全身の力が抜け堕ちたように私はその場に座り込む。

遺品? 切嗣とイリヤの?
そんな………………………そんなこと有る筈がない。
だって………だって二人は、今頃あの争いの無くなったあの世界で、穏やかな生活をしているはずよ。
そんなこと信じない。こんなの、出来の悪い冗談か性質の悪い嘘に違いない。

でも、この銃弾から感じるよく知った魔力と見覚えのある外見。
そして、見間違うはずのないあの子の銀髪が手元にある事実は、彼の言葉を肯定する何よりの証拠。

何とか否定したいのに、それが上手く言葉にならず、やっとの思いで声を絞りだす。
「………ぁ…………………………………………………………………………ぅ、嘘…嘘よ!!
 切嗣は言ったわ。冬木で流す血を、人類最後の流血にして見せるって!
 そして、約束してくれたもの!! 必ずイリヤを……………」
「その約束が、果たされなかったということです」
彼はまるで耐えるように強張った声音で、拳を固く握りこんで震わせながら、私の言葉(願い)を否定する。
その言葉に、まるで足元が崩壊したかの様な墜落感を覚えた。

それじゃあ切嗣は、セイバーは負けたというの?
イリヤは運命の枷に囚われたままで、何も変わらなかったとでも言うの。
……………………………………でも、だとしたらなぜ彼は“衛宮”なのだろう。
聖杯戦争に敗れたというのなら、切嗣の命は絶望的だ。
それなら、どうして彼は“衛宮”を名乗っているのだろう。

「あなたは…………………………………………だれ?」
「俺は衛宮切嗣に救われ、その後を継ごうとし、それを止めた裏切り者。
 そして……イリヤスフィールと敵対することしかできず、その挙句に彼女を死なせた度し難い愚か者です!」
その言葉の一言一言は、自らに向けた断罪の刃の様。
懺悔するように、彼は自らを貶める。まるで、それこそが己に相応しいと言うように。

でもこの時の私には、冷静にそんなことを察する余裕はなかった。
頭の中を様々な単語が駆け巡り、一つの感情に集約する。それは『憎悪』と言う名の激流だった。
「……………敵? それじゃあ、お前が……お前がイリヤを!!!」
しゃにむに駆け出し、彼に掴みかかりその首に手をかけ押し倒す。
自分が何をしているのか、自分でさえもわからない。
ただ感情の赴くまま、首にかけた手に力がこもる。

第三者から見れば、私の行動はあまりにも理不尽に思えたかもしれない。
しかし、彼がイリヤの「敵」で、そしてイリヤを「死なせた」のならば、そこから導き出される結論は一つのはずだ。少なくとも、魔術師とはそういう人種なのだから。
…………もしかしたら、内に渦巻く憎しみの捌け口を求めた、ただの八つ当たりだったのかもしれない。
それでも今の私には、そうとしか思えなかった……。

気道を圧迫されたことで、苦しそうに言葉が切れながらも彼はしゃべることをやめない。
「……そう、です。俺が、愚かだっ……たばかりに、あの人を救えな…かっ…………」
一切の抵抗を見せず、全てを受け入れる少年。その腕はだらりと下がり、抵抗する素振りを見せない。
少し冷静になれば気づいただろう。彼の眼がどこまでも深く、どうしようもなく暗い悲しみに満ちていることに。

手に込める力が増すにつれ、彼の顔から生気が失せていく。
このままいけば窒息してしまうというところで、それまで呆然としていたシャマルが声を上げた。
「………ダメ…ダメ! アイリさん!!」
でも、私の耳にはその声が届かない。
今この眼に映るのは、この少年の苦しむ顔だけ。
耳に届くのは、苦しそうにヒューヒューとかろうじて行われる呼吸の音。

もう少し………もう少しで、こいつ(憎い仇)を殺せる。
こいつはイリヤの仇だ!! どれだけ呪っても足りない。
イリヤの“死”の報いを、今すぐ受けさせてやる。
(殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる―――――殺してやる!!!!!)
その時の私の頭には、もはやそれしかなかった。

しかし、あと一歩と言うところで誰かが私の手を掴み、無理矢理彼の首から引き剥がす。
「そこまでよ。士郎の好きにさせるつもりだったけど、これ以上は見過ごせない。
 あなたには全てを知る義務がある。それを聞きもしないうちに、こいつを憎むなんて認めない!」
淡々とした声音は、段々と熱を帯び最後は怒鳴り声になっていた。

普段ならそれに動じるなり、逆に冷静になるなりするけど、今の私にそんな余地はない。
「離しなさい……」
「イヤよ。いいから、まず話を聞きなさい」
「離せ!!!」
「話を聞けってのよ、この分からず屋!!!」
私の叫びに怒鳴り返し、そのまま彼女の拳が私の頬に突きささった。

私はその一撃で倒れ込み、彼女は自分の拳を見やる。
「アイリさん!? 凛ちゃん何を……!」
「あちゃ~……思わずやっちゃった」
などと言いながら、彼女は自分の額に手をやって空を仰ぐ。

「まあ、済んだことはしょうがないとして……士郎、大丈夫?」
少女は勝手にたった今の行動を自己完結し、自分の足元に目を向ける。
そこには、コンクリートの地面に座り込んで咳き込むあの少年がいた。

「ゲホッゲホッ……ハァ、ハァ…お前な、何やってんだよ………」
「うっさいバカ! ちゃんと事情説明もしないで何バカやってんのよ。
 バカだバカだとは思ってたけど、呆れ果てるのを通り越して、いっそ見上げたくなるバカねアンタ。
 ここまで来ると天然記念物か、あるいは世界遺産級のバカよ」
「バカバカ言い過ぎだ、バカ」
そんなやり取りをしながらも、彼女は少年の手を取る。
まだ足に力が入らないのか、少年は少女に支えられながら立ち上がった。
若干フラフラとしながらも、変わらず少年は私を見つめている。

今の一撃で幾分激情に水を差されたのか、私の心は少しだけ冷静さを取り戻せた。
「アイリさん、大丈夫ですか?」
「私は…今、何を……」
自分がしていた事を思い返し、思わず体が震える。

倒れたまま、震える自分の手を呆然と見つめ思う。
(私は今、彼を殺そうとしていた…の?)
わかっていてやったはずなのに、体の震えが止まらない。
彼女が止めに入らなければ、私は確実にあのまま彼を絞め殺していただろう。

人を殺そうとした事がショックなのではない。私が震えるのは、その先の事。
(私はそんな手で、もう一度はやてを抱けるの? 抱いて…いいの?)
血に濡れた手であの子に触れて、それではやては笑ってくれるのだろうか。

知らなければ笑ってくれるかもしれない。でも、もし知ったら……そんなこと考えるまでもない。
(ああ、だから切嗣はイリヤに触れる時、いつもあんなに怯えていたんだ……)
大切な人を、その手にこびり付いた血で汚してしまう気がして、それが堪らなく怖かったから……。
はじめてこの手で人を殺そうとした今だから、それが理解できた。

そこで、呆然とする私を助け起こすシャマルに彼女が尋ねる。
「ふぅ、そっちも落ち着いた?」
「え、ええ。そうみたいです」
「じゃ、こいつに任せてると自分を悪役にしそうだから、ここからは私が話すけど構わない?」
そうだ。考えてみればおかしい。普通、自身の罪を隠ぺいするならともかく、彼の行動はまるで自分に全ての罪をかぶせるかのような言い方だった。
また、開かれた彼の掌からは少量の血が流れている。たぶん、拳を握りこんだ時に爪が皮膚を裂いたのだろう。
私は、そんなことにも気付かないほど気が動転していたのか。

「待ってくれ凛!!」
「却下! 他人に理解を求めず、何でもかんでも一人で背負いこんで、その挙句自分自身を犠牲にする。
それ、アンタの悪い癖よ。いい加減、その癖直しなさいよね。
アンタ一人が責任を負って丸く収まるほど、世界が単純じゃないことくらいわかってるでしょ?」
彼女の言葉にぐうの音も出ないのか、少年は押し黙る。
なんとなくだが、彼女はずっとこうしてあの少年が道を誤りそうになるのを正してきたのだと思う。



Interlude

SIDE-シャマル

アイリさんは僅かに冷静さを取り戻し、凛ちゃんは士郎君に説教中。
とりあえず、さっきまでの危ない空気は一応なくなった。

だけど、それでもアイリさんの顔には絶望の色が濃く表れている。
無理もない。お子さんと旦那さんがすでに亡くなっていると聞いて、平然としていられるはずがない。
なんと声をかけて励ませばいいのかわからない。
こんな時にこそ支えなきゃいけないのに、それができない自分の不甲斐なさが恨めしい。

同時に、目の前のアイリさんの事以外にも思考が回る自分に自嘲する。
(さっき、凛ちゃんはアイリさんが全てを知らなければならないと言った。
ならそこに、士郎君が全ての責を自分一人で負おうとした訳が……)
参謀役としては当然なのだろうけど、こんな時ですら家族の事だけを思えない自分が嫌になる。
そんな事だから、アイリさんを励ますことすらできないのだと、突き付けられている気がして……。

しかし、遅かれ早かれ聞かねばならない事だ。だが、そこでここではない別の場所で起こった異変に気づく。
「シグナム!? ヴィータちゃん!?」
私たち守護騎士には、多少なりともお互いへの感応能力がある。
具体的なことはわからないけど、二人の身に何かあったのだけは間違いない。

今すぐ駆け付けたい。
でも、向こうに何が起きているか分からない以上、アイリさんを連れていくわけにはいかない。
だからと言って、ここに残していくというわけにも………。
「行ってきたら? 私たちにアイリスフィールに危害を加える意思はないモノ。
 全てを知って貰わないうちに何かあったら私たちも困るし、ちゃんと面倒見るわよ」
その言葉を、一体どこまで信じていいのだろう。
個人的には二人を信じたいと思うし、信じられると思う。それにこれまでの士郎君の様子だと、少なくともそういった害意の類がないのは明らかだ。そのつもりなら、さっき接触した時に簡単にできた。
戦闘に向かない私程度、二人なら容易く退けられるだろう。

だけど、今この二人はどれだけ好意的に見ても限りなく敵に近い。
その懸念のせいで、なかなか思い切りがつかない。

しばしの逡巡。最後の決め手となったのは、アイリさんの囁くような弱々しい声だった。
「……行ってシャマル。私は大丈夫だから。今の二人に私への敵意がないのは、さっき証明されたでしょ」
「アイリさん………すみません、すぐに戻りますから!
士郎君、凛ちゃん。こんなこと頼める義理じゃありませんけど、アイリさんをお願いします」
二人に向けて深々と頭を下げ、精一杯の懇願を込める。
返事はない。ただ凛ちゃんは肩を竦め、士郎君は静かにうなずいてくれた。
なら、今は二人を信じよう。

そうして、ヴィータちゃん達のいるビルに向けて飛び立つ。
何が起こったかは分からない。だけどお願い、間に合って!

Interlude out



SIDE-凛

さて、シャマルのあの様子だと始まったか。
(悪いわね。許せなんて言うつもりはないけど、上手くいけばちゃんと助けられるはずだから)
そう心の中で謝罪し、あらためてアイリスフィールの方を向く。
シャマル達には一度消滅してもらわなければならない。必要なプロセスとはいえ、やっぱり気が重いわ。

だけど、事が動き出した以上もう時間がない。
この場での説明は簡単なモノで済ませて、あとでゆっくり事情を話すしかないか。

そこへ、まだ何処か足元のおぼつかないアイリスフィールから弱々しい声が掛けられる。
「それで、私は何を聞けばいいの?」
「ああ、それなんだけど……ちょっと時間がないからかいつまんで説明するわ。
 詳しいことは、今日が無事終わってからってことでお願い」
「何を言って…………あなた、何をするつもりなの!?」
察しの良いことだ。今のやり取りで、この状況が仕組まれたものである可能性に思い至ったか。

「別に悪いようにはしないわ。やろうとしていることは、あなた達がしようとしていたのと変わらないもの。
 ただ、それだけだとはやてを助けられない。だから、最後のひと押しをするのよ」
こいつらの目的は、闇の書を完成させてはやてを真の主とし、それではやてを治そうと言うモノ。
しかし、普通にやってもそれは果たせない。
そこで、はやてが闇の書の管理者権限を掌握する後押しをしようと言うのだ。

とはいえ、こんな説明だけじゃ納得出来る筈もないか。
だけど時間もないし、その辺の話はあとでリニスあたりにでも任せればいい。
「信じる信じないは任せるけど、現状あなたに出来ることは何もない。戦力差は明らかだしね」
アインツベルンの魔術は戦闘に向かない。ウチも似たようなものだけど、それでもだ。
なにより二対一。この状況では、彼女に勝機などあり得ない。

その事は向こうとて百も承知。だからこそ、悔しそうに顔を顰めることしかできない。
「だけど、まだ動き出すまで時間があるわね。だから今のうちに、軽くさっきの続きを説明するわよ」
今頃は、リーゼ達が上手くあの場にいる全員を拘束しているところだろう。
と言うことは、もう少ししたらはやてを呼び出して、闇の書を覚醒させる筈だ。
なら、急がないと間に合わないわね。

「まず、私と士郎のあなたとの関係。
 私の場合は簡単よ。あなたの知る『冬木の宝石魔術師である遠坂』が私。
 ちなみに父の名前は時臣だから、あなたも知ってるはずよね?」
「ええ、あなたの名前にも聞きおぼえがあるわ」
ああ、知ってたのか。それなら話が早い。
おそらくは、父さんのことを調べるときに私の名前を知ったのだろう。

「二百年に渡る仇敵だけど、今は水に流しましょ。ここに大聖杯はないんだしね。戦う意味がないモノ。
 で、問題は士郎の方。こいつは衛宮切嗣の息子、厳密には養子ね」
「ま、待って! じゃあ、切嗣は……」
「ええ、聖杯戦争を生き残った。だけど、彼は聖杯を手にできなかったし、その五年後に死んだわ。
 それを看取ったのが、ここにいる衛宮士郎よ」
足早に事実を口にしていく。話しのテンポについていけないのか、アイリスフィールは呆然としているけど。
まあ無理もないか、割と驚愕モノの事実のオンパレードだし。

でも、それに合わせている暇はない。早くしないと時間が来てしまう。
「その意味で言えば、士郎とあなたも親子になるわね」
「彼が……」
「イリヤスフィールの話は…………ちょっと一言じゃ終わらないわ。
 ただ、一つ訂正。士郎がイリヤスフィールを死なせたっていうのは正しくない。
 士郎はイリヤスフィールの死に一切関与していないわ。目の前で死なれたのは本当だけど、こいつは何もしていない。ま、士郎に言わせれば見殺しにした事こそが罪ってことになるんだろうけど………」
まったく、士郎って実は自虐趣味でもあるんじゃないのかな?

「で、あとは大方の予想はつくでしょう? 
衛宮切嗣は聖杯を手に入れられなかったのだから、アインツベルンからすれば役立たずもいいところ。
その彼がイリヤスフィールを迎えに行っても、門前払いを食らったのは当然かな」
厳密には、役立たずじゃなくて裏切り者になるんだけど、そこに触れる時間はない。

「…………………たしかに、大爺様ならそうするでしょうね。あるいは殺そうとするか………。
 でも待って! 切嗣なら城の結界を破って、イリヤを奪い返すことくらい……」
「出来るでしょうね。ただし、それは彼が万全ならばの話。
 言ったでしょ? 五年後に死んだって。これは聖杯戦争で受けた傷と言うか、呪いと言うか、それが原因よ。
それは衛宮切嗣を蝕み、彼から魔術師としての能力を奪った。その結果、彼は城に侵入することはおろか、結界の基点を見つける力すら失ったのよ」
私の背後に立つ士郎は、いまきっと酷く苦い顔をしているか、あるいは悲しみに顔を曇らせているだろう。
当時、彼が何をしていたのか士郎は知らなかった。そのことを負い目に思っているのかも。

「でも、それならどうしてイリヤが……………イリヤが死ななければならないの!?
 アインツベルンの城にいたのなら、命が危険にさらされる筈がないわ!」
「城にいたら、ね」
「え? それは、どういう……」
「聖杯たるホムンクルスが城を出るとしたら、理由は一つでしょ?」
私の言葉にすぐさま理由に思い至ったのか、その顔は驚愕で塗りつぶされる。
当然か。普通、それだけ短いスパンで聖杯戦争が起こるとは思わないわ。

辛うじて立っていたアイリスフィールの体からは力が抜け落ち、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
「そんな……」
僅かに間を置いて漏れた呟きと共に、アイリスフィールの顔が失意と絶望に染まる。
その意味を誰よりも理解しているからこそ……。

なんか、トドメを指すみたいであんまりいい気分はしないけど、ここで止めるわけにもいかないのよね。
「衛宮切嗣の死後、しばらくして儀式は起こったわ。原因は………第四次が中途半端に終わったせいでしょうね。
 そして、そこにイリヤスフィールが投入されるのは必然よ。それは、あなたの方がよく知っているはずでしょ?」
なにせ、元からそれをねらって用意された子だ。
出し惜しむはずがないし、そんな神経を妄執に囚われたあの連中が持っている筈がない。

「あとは言わなくてもわかるわね。アインツベルンは、五度に渡って悲願を逃した。
 そして、彼女と同じく参加者だった私たちは、偶々彼女の死に際に遭遇したのよ」
偶然でしかないけど、あそこまでタイミングがいいと、むしろ運命って奴を信じたくなるほどだ。

それにしても、私たちの年齢に言及してこないか。
ショックで自失状態になってるからかもしれないけど、やっぱり予想はできてたっぽいかな。
「その様子だと、私たちの実年齢が見た目相応じゃない可能性には気づいていたみたいね。
 まあ、今の状態は私たちにとっても予想外だったわけなんだけど………」
魔導師ならともかく、魔術師がこの年齢でこのレベルの戦闘能力を有しているのはさすがに異常だ。
となれば、何らかの方法で年齢を偽っていると考えるのが普通。
時計塔には、それこそ百近いくせに二十代みたいな見た目のジジイもいた。
あるいは、数百年を生きた妖怪だっているのだから、見た目なんて当てにはならない。

とはいえ、一応これで話は終わり。本当は、まだまだ話さなきゃならないことはたくさんあるんだけどね。
でも、今の切迫した状況ではこの程度が限界。そろそろ時間っぽいから、あんまり時間をかけ過ぎるわけにもいかないし。だけど、それでもアイリスフィールに底知れぬ絶望を与えるには十分だった。
最愛の夫「衛宮切嗣」に加え、愛娘「イリヤスフィール」の死がアイリスフィールに与えた衝撃は計り知れない。
かろうじて夫の死に耐えていた気丈さは限界を迎え、心のダムは決壊し抑えるものを失くした感情が溢れ出す。

アイリスフィールは肩を震わせ、離れたこの位置からでも彼女の嗚咽が聞こえてくる。
顔を手で覆うが、泣いているのは明らか。しかし、突如顔を上げると涙を溢れさせながら叫ぶ。
「……………………………どうして……どうしてイリヤを助けてくれなかったの!?
 あなた達が助けてくれていればあの子は……! あの子は……ぁ、うああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!! イリヤ!! 切嗣!! どうして……どうして!!!!」
「それは……俺が、俺が躊躇したせいです。あの時、俺がもっと早く動いていれば……」
「死んでたわね、確実に」
士郎の悔恨の言葉をばっさりと切り捨てる。
仮にイリヤスフィールと英雄王の間に割って入っても、あの時点での士郎に勝ち目はない。
アーチャーとの戦闘なくして、衛宮士郎が英雄王に対抗できる力を得ることはなかったのだ。

そんなわたしの言葉に、士郎は食ってかかる。
「凛!!」
「わかってるでしょ? あの時私たちは見逃してもらった。
そうでなければ死んでいたし、奴が目的のモノを手に入れずに帰る筈がないのよ」
「そ、それは………」
そう、あの時はイリヤスフィールの心臓を手に入れ、上機嫌だったから見逃された。
そうでなければ、マスターでもない慎二を人質に取ったところで意味などない。

むしろ、あの場で私も士郎もろとも殺されていなかったことの方が、今考えれば不思議なくらいだ。
少なくとも、イリヤスフィールを守ろうとしても奴の目的が彼女の心臓であった以上、それを奪わずに奴が退いた可能性は皆無。どうやったって、あの状況では助けようがなかった。
士郎の言ってることは、「もし」の話としてすら成立しない。

しかし、一度に畳みかけるように話をしたせいか、アイリスフィールは地に顔を伏せて泣き続ける。
本当なら、もっと段階を踏んでゆっくり話すような内容だしね。無理もないか。それに……
「まだ聞きたいことはあるでしょうけど、今はここまでよ。
 そろそろ時間だしね。あの黒い光、始まったってことか」
そう、なにより今はこれ以上彼女にかまっている場合じゃない。
いよいよ闇の書が覚醒した。となれば、ここからは忙しくなる。

でも、その前に一つ言っておこうかな。そう思い、泣き崩れるアイリスフィールに向けて話しかける。
「私は士郎みたいに甘くないし、自分の命をかけてまではやてを救いたいとまでは思っていない。
 でもあの子を救えば、それはあなたを救うことになる。私は士郎に、その機会をあげたかっただけ……」
他にも理由がないわけじゃない。はやてに言ったように、未来の妹かもしれないからってのも本当だ。
もし士郎とアイリスフィールの関係がいい方向に進めば、そういう事になることだってあるだろう。
それ以外にも、あの子の境遇は桜に似ている面があった。
かつて臓硯は言っていた「桜はいつか怪物となる運命にある」と。それが、はやてと被ったというのもある。

しかし、一番の理由はやっぱりこれだ。
「こいつはずっと贖罪を望んでいた。でも、すでに死んだ人間にどれだけ償っても、許しなんて得られない。
 贖っても贖っても、償っても償っても満たされない。まるで賽の河原の石積みね。
 だけど、今ここに生きたあなたがいる。それなら、少しは意味があるでしょ?」
許すかどうかは彼女次第。もしかしたら許されないかもしれないけど、いない人に終わらない償いを続けるよりかはまだ建設的だ。死者への償いを嗤う気はないが、それでも「許し」が得られる可能性の有無は大きい。

「アイリスフィールさん。俺は、どうしようもないほど罪深い男です。
 この手で数多の命を奪い、無数の命を見殺しにしてきました。
その挙句、今その全ての命を踏みつけて平穏を生きようとしている、そんな罪人です」
それは、きっとこいつがずっと抱えてきた心の澱。
あの丘で一度死を迎え、その時に決めた新たな生き方。
もしかしたら、それをこいつはずっと迷ってきたのかもしれない。

本当にそれでいいのか、と。いまさらそんなことが許されるのか、と。
人間、そう簡単に生き方を、在り方を変えられれば苦労はない。
ましてや、人一倍頑固でまっすぐな奴だから、尚更だろう。
その上、元より「幸せ」を苦しく感じる破綻者だ。そう易々と、宗旨替えなんてできるはずがない。
こいつが密かにうなされていることを私は知っている。
背負ってきた命に、大切な人を切り捨てられてきた人達に、そして理想を継いだ衛宮切嗣に謝っていた。

でも、私からは何もしてやれない。今、こいつにそういう生き方をさせているのは私だ。
その私に「そんなことは気にするな」などと言う資格はないから。
これは、士郎自身が折り合いをつけるしかない。
都合よく忘れるなんて、器用な事が出来るような奴じゃない。
士郎が選ぶのは、いつだって苦行の様に辛く険しい道なのだから

「凛はああ言いましたが……許しを請うつもりはありません。その資格もありません。
だけど、今俺は持てる力の限りを尽くしてはやてを助けます。
 あの時、俺が弱かったばかりにイリヤスフィールを助けられませんでした。だけど、今の俺はあの時より少しだけ強くなりました。その力で今度こそ、あなたの『娘』を助けます!」
まるで、自分自身に言い聞かせるように士郎は宣言した。
たぶん、こいつの贖罪は一生続く。そして、私もそれに付き合うことになるだろう。
こいつが道を誤らないように、ちゃんと自分も幸せになれるように。

そのまま士郎は体の向きを変え、アイリスフィールの咽び泣く声を背に黒い光の柱が立つビルを向く。
「もういいの?」
「ああ。あとは、全てが終わってからだ」
「そ、ならいいわ。リニス!」
「はい!」
ずっと気配を消して影に隠れていたリニスが、私の呼び掛けにこたえて姿を現す。

「アイリスフィールをお願いね。彼女を連れて、戦闘区域から離脱してちょうだい。
あと、必要なら情報提供もしてあげて」
「承知しました、マスター。お任せください、必ずや守り通してみせます。ご武運を」
頼りになる家族兼使い魔の心強い答えを聞き、笑みを浮かべて頷き返す。
これで、とりあえずアイリスフィールの方は大丈夫か。

そこで、士郎が私の横に立ち声をかける。
「凛」
「ん? どうしたのよ?」
「………ありがとう」
そう言って、士郎は屋上を蹴って隣のビルへと跳ぶ。

ほんの少しの間士郎の背を見送り、私も空へと身を躍らせる。
「………なに言ってんのよ、バカ…………」
本当に、何をいまさら………。
誰に頼まれたわけでもないし、感謝して欲しかったわけでもない。
私はこの十年、ずっと苦しんでる士郎を見てきた。
だから単純に、もうそんなアンタを見たくなかっただけよ。

さて、まずはなのは達やリーゼ達との合流ね。
そこで今回の計画を教えて、はやてを叩き起こすとしましょうか。



SIDE-士郎

俺はビル伝いに、凛は空を翔けながら移動する。
その最中、黒い光の柱が消えたと思うと、今度はその上空に馬鹿でかい黒い球体が発生した。
それは急速に膨張し、近くのビルの上部を次々と飲み込んでいく。

「あれは!?」
「空間攻撃ってやつらしいわね。
確か、闇の書の特性は広域攻撃って話だったけど、こうしてみると圧巻だわ。
だけど、あんなこと出来てホントにベルカ式なわけ?」
凛の言う事も尤もだな。普通、ベルカ式でああいう術を使う事っていうのはあまりないんだが。
まったく、俺たちはこれからあんなのの相手をしなきゃならないのか。
というか、あそこの近くにいる筈のフェイト達は無事なのか?

その途中、ちょっと驚くような光景を目にする。
「凛、あそこを見ろ」
「ん? 全く、何やってんのよ、あのバカ猫姉妹……!」
とあるビルの屋上。そこには、バインドで拘束されたリーゼ達の姿があった。
さらに、その正面にはクロノ。つまり、弟子にまんまと捕まったのか。

ここで放置してもいいのだろうが、クロノという戦力を遊ばせるのは旨味がない。
この計画には、投入できる戦力の全てを入れたいし……。
仕方無い、おまわりさんに補導された迷い猫を引き取りに急ぐとするか。
「私が行こう」
「うん、お願い。私はなのはたちの方に行くから」
そうして二手に分かれ、俺は方向転換しクロノの元へ向かう。
フェイト達は、凛が何とかするだろう。

クロノの元にたどり着くと、こんなやり取りがなされていた。
「こんな魔法………教えてなかったんだけどなぁ」
「一人でも精進しろと教えたのは、君たちだろ」
クロノの口調は苦く、できればそうあってほしくなかった、という気持ちが滲んでいる。
おそらく、少し前から何かしら勘付いていたのだろう。

とはいえ、クロノの気持ちを慮っている場合じゃない。
「そこまでだ、クロノ。リーゼ達を離してくれ」
「士郎!? どいうことだ!」
「少々事情があってな。君の力も借りたい、彼女らの事は後回しにしてくれないかね?」
俺の言葉に、クロノは強く睨みつける。
まさか、俺が二人と繋がっているとは思わなかったのだろう。

「いや、悪いね。捕まっちゃったよ」
「まったく、これから忙しくなるというのに何をやっている。急げ、時間がないぞ」
「待て、士郎! まさか、君たちは!」
「ああ、実を言うとね、クロノ。私ら、少し前に買収されててさ」
「なに!?」
買収とは人聞きの悪い。
お互いにとって有益な、対等な取引だろう………と思うんだが、あいつまた何か無茶な要求をしたのか?
計画を手伝う代わりに、何かしらの対価を要求してても不思議じゃないし。

「どういうことだ。君たちはグレアム提督の指示で、闇の書の永久封印のために動いていたんじゃないのか?」
「半分正解。それで、半分は間違いだよ」
「士郎達に買収されたというのがそうか?」
「ああ。知ってるだろ? 闇の書は、完成前に主を捕まえようと、完成後に破壊しようと転生してしまって意味がない。
だから私たちは、主ごと凍結させて、次元の狭間か氷結世界にでも閉じ込めることを考えたんだ。
 いろいろ問題はあるけど、私たちに出来る範囲ではそれが一番確実な方法だった」
そう、それがグレアム提督たちの当初のプラン。
これまでの主にしても、強力な兵器によって蒸発させたりしてきたそうだ。
その点で言えば、あまり大差はないだろう。むしろ、封印さている間は闇の書が動くこともない分有効と言える。

ただし、封印の解除そのものはそれほど難しくないのが難点だが。
おそらくは、どれだけ厳重かつ秘密裏に封印したとしても、いつかは誰かがそれを解くだろう。
早い話、これまでやってきた事の拡大版でしかないと言えばそうだ。
ただ、次の悲劇が起きるまでの時間をそれまでより遠い未来に出来ると言うだけで。

しかしこれは、あくまで当初のプランでしかない。
つまり、今は違うと言う事だ。
「だけどね…少し前、アンタよりも早く事の真相に気付いた奴がいた」
「それが凛と士郎なんだな」
「正確には凛の方みたいだけどね。とにかく、あの子はそこで一つの取引を持ちかけてきたんだ」
「それで………買収か」
クロノはこちらを見て「なんで黙っていた」と言うような眼をしている。
いやだって、お前聞いてたら絶対反対しただろうし。
なにせこれ、結構綱渡りだぞ。上手くいくなんて保証はどこにもないしな。

クロノは俺の方を見たまま、さらに問いを兼ねる。
「取引の内容は? 凛は、一体何を差し出したんだ」
「八神はやて、及び闇の書の守護騎士たちさえも含んだ救済の可能性」
「っ!?」
クロノの表情が驚愕に歪む。まあ、普通に考えれば無理だな。
仮に、俺一人だったとしても不可能だ。はやてだけなら何とかなる可能性もなくはないが。

そこでクロノは、確認するように俺に問う。
「……………………そんなことが、可能なのか?」
「可能性はある。どの程度のものかまでは私たちにも計りきれんが、それでもそれは確かに存在する。
そして、リスクに比べて配当は大きい。賭けるには十分だ」
最悪でも、これまでの闇の書事件ほど酷くはならない。
なら、試してみる価値はあるはずだ。

クロノは一応それに納得したのか、言外に同意を示す。
「君たちへの見返りは、今は置いておく。具体的にはどうするんだ?」
「それは…………フェイト達が来てからと思ったが、来たらしいな」
「士郎君!」
「シロウ!」
話をしているうちに、ユーノとアルフを伴って凛がフェイトとなのはを連れて来た。
よし、これで役者がそろったな。


そうして、全員が集合したところで凛が計画の内容を伝える。
早めにしないと、向こうのビルの屋上にいるアイツが動き出してしまう以上、時間はかけられない。
「いい? 計画は三段構え。第一に、はやてに闇の書の管理者権限を掌握させる。
 これでうまくいけば文句ないんだけど、それでダメなら闇の書とはやての繋がりを強制的に断つ。
 それでも失敗したら、当初の計画通り闇の書が暴走を開始した時に封印をかける」
「ちなみに、封印をかけられるのは闇の書が暴走を開始した数分だけだから、それがタイムリミットだね」
最後を締めたのはアリア。つまり、第一ラインは凛が要、第二ラインは俺が要だ。
そして、できれば到達してくほしくない第三ラインが当初のプランと言う事になる。
いや、そもそも俺にまでお鉢が回ってきては意味がない。

「待ってくれ! その段階では、闇の書は永久凍結を受けるような犯罪者じゃないだろ!」
「ああ、その心配はいらないわよ。とりあえず、形はどうあれ第二ラインでまず間違いなくケリはつくから」
「闇の書との関係の断絶、本当にそんなことができるのか?」
「可能だ。闇の書そのものの消滅は難しいが、関係を断つだけならできる」
闇の書は、それ自体は一種の機械装置としての性質が強い。
「破戒すべき全ての符(ルール・ブレイカー)」を使用してもデバイスを破戒出来ないように、アレそのものをどうこうできる可能性は低い。

だが、契約だとかの目に見えない曖昧なつながりならば、それはこっちの独壇場だ。
上手くすれば、はやての体から闇の書が離れ、はやてを救う事も出来るかもしれない。
それに、この方法なら主を吸収しての転生機能は働かない可能性がある。転生するとすれば、それは闇の書単独で行われるかもしれないのだ。
なにせ、主とのつながりが断たれれば、奴には吸収すべき主がいなくなるのだから。

ただしその場合、守護騎士たちは諦めねばならない。
これは、今のように闇の書に吸収されていようがいまいが関係ない。
なぜなら、どのみちはやてと闇の書との関係が断たれれば、守護騎士たちも闇の書に引き摺られるからだ。
だからこそ、これは次善の策となったわけで……。

「この場合の問題は、転生機能が起動して逃げられる可能性だけど……」
「それを防ぐために、私とロッテが凍結魔法の準備をしておく。
もし逃げられそうになっても、主のいない闇の書が相手なら効果は充分期待できるからね。
元々、闇の書の凍結が可能なのが暴走開始の数分なのは、無防備な瞬間がそこしかなかったからなんだ」
「でも、凛たちのおかげでもう一つ当てが見つかった、それが主のいない時ってわけだね。
 いくらなんでも、主がいない時なら効果はあるはずだよ。
 それに、それだったら永久凍結されるのは闇の書だけだから問題ないだろ? なぁ、クロノ」
リーゼ達が交互に、凛の上げた問題点に一応の解決案を提示する。
元から、封印されなきゃならないようなロストロギアだからな。
法的に問題があるのは、もろとも無罪の人間が凍結されるからだ。それがないなら問題はない。

ただ、その準備のおかげでリーゼ達の援護は期待できないんだけどな。
準備に時間がかかるから、第二ラインに移行してからじゃ間に合わない可能性がある。
つまり、第一ラインのうちから準備に専念しておかなければならず、こっちにまで手が回らないのだ。

俺たちの説明を受け、納得の色を見せるクロノに凛が挑発的な笑みを向ける。
「つまりはそういうこと。確実性なんて保証できないけど、試す価値はあるでしょ?」
まあ、なにせかつて一度も試されたことのない試みだ。
実際にやってみないことには、どんな結果が待っているかはわからない。

というか、グレアム提督の当初の案にしたところで、元から問題の先送りに近い。
これなら確実に……と言うわけではないが、あちらよりかは望みがある。
最悪の場合、闇の書を逃し、はやても助けられないという結末だってあり得るだろう。
しかし、それは当初の案でも変わらない。封印はできるはずだが、それは理論上の話。
良くわかっていない部分の多い闇の書が相手では、どこまで効果があるかは試してみるしかない。
早い話、失敗の可能性に大差はなく、だからこそより望みのある方を選択したのだ。

とはいえ、第二ラインでもはやてを救えるとは限らない。そうなると、やはり肝は第一ラインだ。
「第一ラインの方は、具体的にはどうするんだ? 闇の書に干渉すれば、転生を誘発しかねないぞ」
「それは闇の書に干渉した場合の話。私がするのは『はやて』への干渉よ。
 あの子にはもう仕込みをしてあるから、あとは接触さえできれば………」
はやてを叩き起こすことが出来る。少なくとも、闇の書には一切触れないのだから転生機能が動くことはない。
凛は昨日のうちに、はやての中に自分の魔力を流し込んでいた。
つまり、それだけはやてへの干渉がしやすくなっているという事。
あとは凛が後押しして、はやてに管理者権限を握らせるようにすればいい。

その為には………
「つまり、僕たちの仕事は凛が彼女に近づけるよう場をセッティングするってことか」
「そう言うこと。第二ラインの場合、それが士郎になるだけだから基本的なところは変わらないわ」
正直、第一ラインにしても第二ラインにしても、危なっかしいことこの上ない。
なにせ、相手は広域攻撃型。その近づくまでが危険極まりない。

その上、どれもこれも「できるかもしれない」でしかなく、やってみなければわからない「モノは試し」の領域。
はやてへのバックアップをすることでの管理者権限の掌握、「破戒すべき全ての符(ルール・ブレイカー)」による闇の書からの解離。
どれもこれも、上手くいくという確証なんてどこにもない。
仮に成功しても、それで望んだ結果になるとも限らない。
だが、それでも可能性がある以上試す価値はある。

一応計画には納得したらしいが、そこでフェイトとなのはがどこかやりきれない表情でいることに気付く。
「でも、シグナム達の事は? ……あれじゃあ、はやてが可哀そうだよ」
「は? そんなことないわよ。言ったでしょ、守護騎士も救える可能性があるって」
「ど、どういうことのなの? 凛ちゃん」
実際にシグナム達が消える場面を見ていた二人としては、そう感じるのも無理はない。
だが、上手くいけば彼らだって助けられる。
彼らもまたはやての……ひいてはアイリスフィールの家族。叶うなら、何としても救いたい人たちだ。

「良く思い出してみろ。
そもそも、守護騎士は闇の書の一部。彼らは消えたのではなく、ただ元の場所に戻っただけに過ぎない。
なら、はやてが管理者権限を握れば、彼等を再構築出来るはずだ」
だからこそ、第一ラインで決着を見るのが一番なのだ。第二ラインでは、彼らを救う事が出来ない。

「ほ、ホントなのシロウ!?」
「ああ、握れればの話だが、それをこれからするわけだ。責任は重大だぞ、気を引き締めてかかれ」
「良かったぁ、ヴィータちゃんたちも助けられるんだ。
 だけど、一緒に協力してもらった方が良かったんじゃないの? それにやっぱり、アレは酷いんじゃ……」
「それだが、闇の書が覚醒すると守護騎士たちもそれに引きずられることがわかっている。
 彼らの相手をしながら闇の書への接敵、そんなリスクは負うべきではなかろう」
良い気分がしないのは俺も同じだ。
だが、アイツらを相手にしながら接近するとなればそれは至難の業。
どのみちはやてが管理者権限を掌握できなければ彼らも消え、掌握出来れば復活できる。
なら、掌握する可能性を少しでも高める方にもって行った方がいい。

はやてを闇の書に取り込ませたのも、その方が管理者権限を掌握しやすいはず、という事だからな。
外より中にいた方が、何かと都合がいいというのはそう間違っていないだろう。

二人もそのことに渋々納得し、気持ちを切り替える。
自分たちのがんばり次第では、望み得る最高の未来が待っているかもしれないのだ。
そのことに奮い立ち、その小さな体から溢れんばかりの覇気を漲らせている。
人間、こうなると強い。いつだって、希望に向かって進む人間は底なしの力を発揮するものだから。

そんな二人に対し、クロノとリーゼ達師弟組はちょっと微妙な空気。
「クロノ、アンタもまあいろいろ言いたい事があるだろうし、私らを拘束しなきゃならないのはわかってる。
 でも、今だけは見逃して。私たちの、父様の悲願にやっと手が届くんだ」
「ああ。それも、私たちが見ていたそれより、ずっといい形で……」
「…………………………………………………………そういえば、逮捕状を取り忘れていたよ。
 現行犯で逮捕しようにも、君たち二人を僕一人で捕まえるにはさっきみたいな不意打ちでもしなきゃ無理だ。
 とりあえず、応援が来るまでは泳がせておいてやるさ」
憮然とした表情で、クロノは二人から目を逸らしながらそんなことを言う。
おそらく、これがクロノなりの精一杯の言い訳なのだろう。いやはや、難儀な性格をしているな、お前も。

まあ凛の奴は、いざとなればいつぞやの貸しで言い訳を用意してやるつもりだったらしい。
だが、その必要はなかったな。クロノは確かにお堅いヤツだが、それでも柔軟性がないわけじゃない。

「だけど、勘違いするなよ。あとで、思いっきり絞ってやるからな!!」
「ちょっとは成長したねぇ、クロノ♪」
「ホントホント。あの堅物が、やっと一人前になってきたかな」
クロノの精一杯の言い訳に、少し前までの神妙な雰囲気を消し去りおちょくるように応じる二人。

まあ、これでとりあえずは全員了承と言う事だ。
そこで、計画の中核である凛が一同を叱咤する。
「さ、全員自分の役目は把握したわね。それじゃ……気合を入れなさい!
さっさと寝坊助叩き起こして、聖夜に相応しい結末を飾ってやろうじゃないの!!!」
『応(うん)!!!』
全員が威勢よく応え、気持ちを一つにする。
たった一人の少女とその家族のため、そんなちっぽけで……だけど掛け替えのないモノの為に、これだけの人が動こうとしている。それは、なんて素敵なことだろう。
なるほど、たしかにこの状況は聖夜に相応しい。

そういえば、いつか誰かが言っていたな。
誰が言ったかは思い出せないけど「苦しみを伴って助けに来られても迷惑だ。望むのは問答無用のハッピーエンド」と言っていた気がする。まったく、なんて傲慢な言葉だろう。
みんながみんな満足のいく結果、非の打ちどころのない大団円、誰も願いを我慢しない結末を、当然のように要求するなんて。そいつはきっと、とんでもない我が儘で自分勝手な奴に違いない。

だが、思い返せば俺が望み、目指していたのだってそういうモノだったんだよな。
前の世界では、遂にそれは叶わなかった。
十全てを救えたとしても、誰ひとりとして不満を持たない結末はさすがにない。

だけど、今日……今この時くらいはそれも良い。
凛の言うとおり、今宵の聖夜に相応しい奇跡を起こしに行こう。






あとがき

というわけで、いよいよ物語は大詰めです。
これから先は、ノンストップで一気に転がっていくことでしょう。

士郎達の方でも、アイリスフィールとのちゃんとした対面も終えましたしね。
当SSのアイリスフィールは、割と感情に流されやすいというか、そういう面を強くしています。
士郎の首絞めにしても、あまりにショックな事を聞いて気が動転していたが故の暴走とお考えください。

まあ、士郎とアイリの対面自体はそれなりに上手くできた…………んでしょうか?
正直、自信がもてないんですよねぇ……今回一番の見せ場なのに。
しかし、今の私にはこういう展開が限界でして、ハッキリ言って滅茶苦茶ビビってます。
ある意味この話の一番大事なところなのに「もしかしたら上手くやれてないんじゃないか?」と。
一応私にできる範囲で、過去最もねちっこく描写したつもりではあるんですけどイマイチ自信が……。

書けば書くほどに、読み返せば読み返すほどにその辺が分からなくなるんですよねぇ。
書いてる時は「手ごたえ」の様なものを感じながら書いてるんですが、改めて見直すとそれが錯覚だった気がしてならないのです。
二次創作を書き始めて一年少々経ちますが、今でも試行錯誤の連続ですよ。
書いてみてわかりましたが、本当に難しいと感じる今日この頃です。



P.S
士郎の告白部分に不自然さを感じられる方が多かったようなので、微修正しました。
その分、アイリの暴走が不自然になったかもしれませんが、出来る限り違和感がなくなるようにしたつもりです。
まあ、ここから先は読者のみなさんの反応を見て考える事にします。


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