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No.4610の一覧
[0] 魔法少女リリカルなのはReds(×Fate)【第二部完結】[やみなべ](2011/07/31 15:41)
[1] 第0話「夢の終わりと次の夢」[やみなべ](2009/06/18 14:33)
[2] 第1話「こんにちは、新しい私」[やみなべ](2009/06/18 14:34)
[3] 第2話「はじめての友だち」[やみなべ](2009/06/18 14:35)
[4] 第3話「幕間 新たな日常」[やみなべ](2009/11/08 16:58)
[5] 第4話「厄介事は呼んでないのにやってくる」[やみなべ](2009/06/18 14:36)
[6] 第5話「魔法少女との邂逅」[やみなべ](2009/11/08 16:59)
[7] 第6話「Encounter」[やみなべ](2009/06/18 14:37)
[8] 第7話「スパイ大作戦」[やみなべ](2009/06/18 14:38)
[9] 第8話「休日返上」[やみなべ](2009/10/29 01:09)
[10] 第9話「幕間 衛宮士郎の多忙な一日」[やみなべ](2009/11/29 00:23)
[11] 第10話「強制発動」[やみなべ](2009/06/18 14:39)
[12] 第11話「山猫」[やみなべ](2009/01/18 00:07)
[13] 第12話「時空管理局」[やみなべ](2009/01/31 15:22)
[14] 第13話「交渉」[やみなべ](2009/06/18 14:39)
[15] 第14話「紅き魔槍」[やみなべ](2009/02/21 22:51)
[16] 第15話「発覚、そして戦線離脱」[やみなべ](2009/02/21 22:51)
[17] 外伝その1「剣製」[やみなべ](2009/02/24 00:19)
[18] 第16話「無限攻防」[やみなべ](2011/07/31 15:35)
[19] 第17話「ラストファンタズム」[やみなべ](2009/11/08 16:59)
[20] 第18話「Fate」[やみなべ](2009/08/23 17:01)
[21] 外伝その2「魔女の館」[やみなべ](2009/11/29 00:24)
[22] 外伝その3「ユーノ・スクライアの割と暇な一日」[やみなべ](2009/05/05 15:09)
[23] 外伝その4「アリサの頼み」[やみなべ](2010/05/01 23:41)
[24] 外伝その5「月下美刃」[やみなべ](2009/05/05 15:11)
[25] 外伝その6「異端考察」[やみなべ](2009/05/29 00:26)
[26] 第19話「冬」[やみなべ](2009/07/02 23:56)
[27] 第20話「主婦(夫)の戯れ」[やみなべ](2009/07/02 23:56)
[28] 第21話「強襲」 [やみなべ](2009/07/26 17:52)
[29] 第22話「雲の騎士」[やみなべ](2009/11/17 17:01)
[30] 第23話「魔術師vs騎士」[やみなべ](2009/12/18 23:22)
[31] 第24話「冬の聖母」[やみなべ](2009/12/18 23:23)
[32] 第25話「それぞれの思惑」[やみなべ](2009/11/17 17:03)
[33] 第26話「お引越し」[やみなべ](2009/11/17 17:03)
[34] 第27話「修行開始」[やみなべ](2011/07/31 15:36)
[35] リクエスト企画パート1「ドキッ!? 男だらけの慰安旅行。ポロリもある…の?」[やみなべ](2011/07/31 15:37)
[36] リクエスト企画パート2「クロノズヘブン総集編+Let’s影響ゲェム」[やみなべ](2010/01/04 18:09)
[37] 第28話「幕間 とある使い魔の日常風景」[やみなべ](2010/07/03 02:34)
[38] 第29話「三局の戦い」[やみなべ](2009/12/18 23:24)
[39] 第30話「緋と銀」[やみなべ](2010/06/19 01:32)
[40] 第31話「それは、少し前のお話」 [やみなべ](2009/12/31 15:14)
[41] 第32話「幕間 衛宮料理教室」[やみなべ](2010/01/11 00:39)
[42] 第33話「露呈する因縁」[やみなべ](2010/01/11 00:39)
[43] 第34話「魔女暗躍」 [やみなべ](2010/01/15 14:15)
[44] 第35話「聖夜開演」[やみなべ](2010/01/19 17:45)
[45] 第36話「交錯」[やみなべ](2010/01/26 01:00)
[46] 第37話「似て非なる者」[やみなべ](2010/01/26 01:01)
[47] 第38話「夜天の誓い」[やみなべ](2010/01/30 00:12)
[48] 第39話「Hollow」[やみなべ](2010/02/01 17:32)
[49] 第40話「姉妹」[やみなべ](2010/02/20 11:32)
[50] 第41話「闇を祓う」[やみなべ](2010/03/18 09:55)
[51] 第42話「天の杯」[やみなべ](2010/02/20 11:34)
[52] 第43話「導きの月光」[やみなべ](2010/03/12 18:08)
[53] 第44話「亀裂」[やみなべ](2010/04/26 21:30)
[54] 第45話「密約」[やみなべ](2010/05/15 18:17)
[55] 第46話「マテリアル」[やみなべ](2010/07/03 02:34)
[56] 第47話「闇の欠片と悪の欠片」[やみなべ](2010/07/18 14:19)
[57] 第48話「友達」[やみなべ](2010/09/29 19:35)
[58] 第49話「選択の刻」[やみなべ](2010/09/29 19:36)
[59] リクエスト企画パート3「アルトルージュ・ブリュンスタッド 前篇」[やみなべ](2010/10/23 00:27)
[60] リクエスト企画パート3「アルトルージュ・ブリュンスタッド 後編」 [やみなべ](2010/11/06 17:52)
[61] 第50話「Zero」[やみなべ](2011/04/15 00:37)
[62] 第51話「エミヤ 前編」 [やみなべ](2011/04/15 00:38)
[63] 第52話「エミヤ 後編」[やみなべ](2011/04/15 00:39)
[64] 外伝その7「烈火の憂鬱」[やみなべ](2011/04/25 02:23)
[65] 外伝その8「剣製Ⅱ」[やみなべ](2011/07/31 15:38)
[66] 第53話「家族の形」[やみなべ](2012/01/02 01:39)
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[4610] 第31話「それは、少し前のお話」
Name: やみなべ◆d3754cce ID:fd260d48 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/12/31 15:14

SIDE-凛

戦闘が終わり、情報交換も兼ねて一度ハラオウン家に戻った私たち。

そこで、今はクロノとリンディさんが話をしている。
「申し訳ありません。力及ばず、逃してしまいました」
そう語るクロノの顔は、責任を感じているのか重く沈んでいる。
まあ、まんまと隙を突かれたのは事実だけど、あれは仕方がないだろう。
アレは、クロノ達の知らない攻撃だった。それを相手に初見で的確な対応ができたら優秀どころの話じゃない。

そんなクロノにリンディさんは私と似たような考えで諭す。
「そうね、せっかくのチャンスだったのは確かだけど、あれは仕方がなかったとも思うわ。
 それに闇の書の主を確認できただけでも良しとしましょう。あの銀髪の女性で間違いないんでしょ?」
「ええ。守護騎士たちはそう言っていましたから」
守護騎士が主以外に従う可能性は低い以上、まあアレがそうだということになるんだけど。
でも、ホムンクルスが主になれるのかしら?

ま、私にとってそれはどうでもいい。
横目で側に立つ士郎を見る。
「……………………………………」
この話題になった瞬間、眉間に皺をよせ深刻な表情で考え込んでしまった。
まあ、いろいろ一気にあり過ぎた夜だ。整理するには少し時間が必要かもね。
なにせ相手の名前は「アイリスフィール」だ。それも、その姿は成長したイリヤスフィールそのもの。
これで気にするなという方が無理だろう。

聞いたのが私だけなら、適当にはぐらかすなりダンマリを決め込むなりできたんだけどな。
悪い事に、クロノまで聞いていたから情報を止める手立てがなかった。
貸しが一つできたとはいえ、これだけの重大情報の口止めは無理だし……。

とはいえ、士郎にだけは知らせたくなかった、というのが私の本音なのよね。
(はぁ……考えてどうこうなることじゃないけど、今は自由にさせておくか)
そう結論し、再度リンディ提督たちの話に耳を傾ける。
連中の目的云々のことなどを話しているようだけど、やっぱりそれ自体は私には興味がない。

そこで、守護騎士の概要に話が及ぶ。
「ただ、少し気になることがあります。今回直接見て感じたんですが、なんというか……思っていたのと印象が違いました。彼らは人間でも使い魔でもない、闇の書に合わせて魔法技術で作られた疑似人格。
つまり、主の命に従って行動する、ただそれだけのプログラムにすぎないはずなのに……」
それだけ聞くと、なんか現象として召喚された場合の英霊なんかをイメージするわね。

それを聞いていたフェイトが、どこか躊躇い気味に反応を示す。
「あの、使い魔でも人間でもない擬似生命っていうと………わたしみたいな」
「違うわ!!」
フェイトの発言に力強く否定するリンディさん。まあ、私も同意見かな。
フェイトって、つまりは記憶を転写させたクローンのようなモノと聞いている。
それなら、とりあえず「擬似」生命じゃないと思うのよね。

そんなリンディさんの声を聞いて、他の面々が息をのむ。
「ぁ……」
「フェイトさんは、生まれ方が少し違っていただけで、ちゃんと命を受けて生み出された人間でしょ」
「検査の結果でも、ちゃんとそう出てただろ。変なこと言うものじゃない!」
とりあえず言えるのは、フェイトは周りの人間に恵まれてるってことかしらね。
この人たちの場合、理屈というよりも感情でその辺を捉えている風だし。理屈はあくまでも、自分の考えを補強するための材料って感じよね。

っていうか、擬似生命って言うのなら、むしろ肉体的には私たちの方がそれっぽいし。
あとは、あの「アイリスフィール」もそうなるんでしょうね。
一応、錬金術の粋を集めた「ホムンクルス(フラスコの中の小人)」なわけなんだから。
そのことに士郎も思い当たったのか、さらに横から放たれる気配が重みを増す。
まったく、励ましの言葉の一つも浮かばないことがこんなにもどかしいとはね。

たしなめられたフェイトは、弱々しく謝罪する。
「あ……その、ごめんなさい」
なぁんか、場の空気が重いわね。

そこでクロノが話題を変える意味も含めて私に話を振る。
「凛、いくつか聞きたいことがある。まず、闇の書の主は魔術師なのか?」
まあね、聞かれるとは思ってたのよ。

のらりくらりと逃げ回れることじゃないし、ちゃんと答えてあげますか。
「そうみたいね。クロノがやられた時の映像は見せてもらったけど、使う魔術は錬金術っぽかったかな?」
「錬金術? それは、卑金属を貴金属に変えようとするあれか?」
どうも、どの世界でも大昔にそういう試みは行われていたらしい。

「まあ、そういう一面もあるわね。
厳密には万物・物質の流転を共通のテーマとする学問で、ありきたりなものがクロノの言った物質の変換。
あとは、物質の練成と創製に、貴金属の形態操作もできるわよ。とはいえ、あんまり戦闘向きじゃないわね。
ああ、それと魔法の中に魂の物質化ってあったでしょ。あれが確か錬金術方面だったはずよ」
かつて第三魔法を得て、遂にはそれを失った錬金術の名門「アインツベルン」。
その名門が千年かけて再びその手に取り戻そうとしたのが、魂の物質化=ヘブンズフィール(天の杯)。
私たちにとっても、結構因縁のある術式・家系・魔法なのよね。
まさか、その因縁がここまで引っ張ることになるとは。

あとは、アレがホムンクルスであるってことも教えた方がいいのかな?
でも、それをするとまぁたフェイトが過敏に反応しそうだし、これ以上鬱人間を増やしたくないわね。正直、それは鬱陶しくてかなわない。
いや、ホムンクルスが主になれるかどうかなんて、魔術の知識のない管理局に分かるとも思えないし、話す意味もないか。
すべては捕まえてみればわかることだし、その辺は管理局組が悩むことだ。

「詳しい術の説明は後でいい。次に、闇の書の力の方向性を変えることは可能だと思うか?」
クロノ達としては、単純に破壊目的にしか使えない闇の書を求めることが釈然としないらしい。
まあ、応用性の欠片もないみたいだし、使い勝手がいいとは言えないだろうって点は納得がいく。
だけど、それでもいいから欲しいって奴はいると思うのよね。

で、クロノが聞きたいのは、魔術を使えばその力をもっと別の形に出来るのかということ。
それができるのなら、使い勝手の幅が一気に広がるから、その分厄介さも増すわね。

だけど……
「それはわからないわよ。だって私はそんなことしたことないもの。
 まあ錬金術を使うってことは、力の流動とかにも長けるだろうし、出来ないことはないかもね」
アトラスの術者だとその限りじゃないけど、これは今は置いておいても良いだろう。
あの連中だと、別の形で応用してきそうではあるけど。

「……そうか。じゃあ最後だ………………君たちは、闇の書の主を知っているのか?
 君たちの反応を見る限り、何か心当たりがあるように見えるんだが」
ああ、やっぱりそれ聞く? むぅ、まぁた士郎の奴がしかめっ面してるわ。
その様子に気付いたのか、なのはやフェイトがちょっと動揺している。

私としてもあんまり気のりはしないけど、ここでダンマリを決め込むわけにもいかないか。
仕方がないと前置きし、溜息をつきながら話し始める。
「同名の他人なら知ってるわよ。面識はないけど」
「どういう意味だ?」
「名前は知ってるけど、会ったことはないの。だって、当人はもうずっと前に死んでるはずだから。
 アイリスフィールって言うのはね、士郎の義理の母親にあたる人と同じ名前よ」
士郎が私同様、天涯孤独なのはこの場では周知の事実だ。厳密には、私には妹がいるけど会えない以上さしたる違いはない。
ましてや、士郎は姉を目の前でそうと知らぬうちに亡くしたという情報も全員の知るところ。
まあ、万が一……本当に万が一のために「はず」と言ったけど。

さすがに気まずくなったのか、クロノはこれ以上の追及はしない。
「すまない、無神経すぎた」
「別にいいんじゃない? アンタの疑問も当然だし、士郎が勝手にショックを受けてるだけだもの。
 全く、いくら同名だからって動揺し過ぎよ」
ホントに、ここまで揺れまくるなんて昔に戻ったみたいだ。
いくつもの戦場を経験し、何度も死線を越えて培われた精神力と自己統制はどこいったんだか。

そんな、普段のアイツからは考えられない姿に、フェイトが酷く悲しそうな顔をする。
「……シロウ……」
気持ちは分からないでもない。あんな姿を見せられた、どう声をかけていいか分からないわよね。


とりあえず、今日はもう時間もアレなので、ここで解散となった。
ただし、ユーノだけは何やら明日から別行動をするみたいだけど。



第31話「それは、少し前のお話」



SIDE-アイリ

何とかあの場を脱出した私たちは、今やっと帰宅した。

本当なら、はやての用意してくれた夕食を食べたいところだけど、今の私はそれすらできない。
魔術を使ったことが引き金となり、これまでに蓄積した疲労が一気に表に出てしまった。
今はシグナムに支えてもらいながら、かろうじて体を引きずりながら自室に向かっている状態。
他のみんなも心配そうにしていたけど、なんとか宥めてシグナムだけに付き添ってもらった。

でも、今回の事でいくつかわかったことがある。
一つは、どうやらあの子たちは管理局と一線を引いた付き合いをしているらしいという事。
そうでなければ、シグナムから聞いた、投影魔術という名を聞いた時のテスタロッサさんの反応が説明できない。
だからどうという事でもないけど、ここに付け入る隙ができるかもしれない。

もう一つは、どうやらあの子たちは何らかの方法で年齢を偽っている可能性が高いという事。
魔術の習得と練熟には、かなりの時間と修練必要になる。少なくとも、魔導師の方が成長は早いだろう。
魔術師があのレベルの実力を身につけるとしたら、どれほど才能があっても十年単位での時間が必要だ。

とはいえ、世界の違いからくる術体系の違いの可能性もある。
だから、映像でしか見れなかった前回は確信が持てなかった。
だけど、今回直接この眼で見てわかった。私の知るそれと、彼女たちの使う魔術に大きな差はない。

となれば、肉体年齢を操作していない限りあの腕前は不自然。
まあ、魔術師の場合身体をいじって延命や若返りを行う者はそう珍しくないから、驚くほどの事じゃない。
しかし、なぜ彼女たちはわざわざ「子ども」になったのだろう。二十代あたりの体を維持する方が、何かと都合がいいはずなのに。子どもの姿にもメリットはあるけど、デメリットと秤にかけるとそれほど意味はないし……。

イヤ、何かしら理由があるのかもしれないけど、ここで考えても詮無い事だ。
それを考察できるだけの情報がない以上、考えても答えはでないだろう。
一つ言えるのは、あの子たちは見た目通りの存在でない可能性が高いという事。
もしかしたら、百年以上生きているかもしれない。
見た目に騙されて躊躇すれば、その瞬間に足元を掬われるかもしれない。それだけは注意しないと……。


そんな事を考えているうちに、自室まであと少しというところまで来た。
そこで、シグナムが心配そうに声をかけてくれる。
「大丈夫ですか、アイリスフィール。お部屋まであと僅かですので、もう少しの辛抱です」
「大…丈夫よ。すこし無理をしてしまったけど、陣の中で休めばすぐによくなるわ」
そう、少しだけ無理をしてしまっただけ。
魔法陣の中で休んで、消耗した分の魔力を取り戻せばすぐに元通りになる。
ホント、こういうときはホムンクルスっていうのは便利ね。
ホムンクルスだからこういうことになっているわけでもあるけど。

「しかし、食事だけでも」
「……ありがとう。でも、魔力さえあれば食事は要らない体だから、ね」
少しでも彼女の心を晴らそうと努めて笑顔を作ろうとしたのだけど、上手く言ったかしら?

そのシグナムの顔には、ありありと痛ましさが浮かんでいる。
やっぱり、上手くいかなかったか。ごめんなさいね、心配させてしまって。

ようやく自室にたどり着き、部屋の中心に据えられたベッドに腰を下ろす。
それだけの動作なのに、今は生半可ではない労力を必要とするのだから困ったものだ。
同時に、私が陣の中に入ったことで、ベッドの周辺に描かれた魔法陣が活性化し淡い光を放つ。

「汗をかいたでしょう。お辛いとは思いますが、せめて服だけも」
「ふふ、風邪なんてひくのかしらね?」
「アイリスフィール、そのようなことはおっしゃらないでください!」
…………そうね、ちょっと軽率だったわ。だから、そんな今にも泣き出しそうな、悲痛な顔はしないで。

「ごめんなさい、そういうつもりで言ったんじゃないんだけど」
「いえ、私の方こそ差し出がましいことを……」
あらあら、あんなに凛々しくてみんなのリーダーであるあなたがそんな顔をしてはダメよ。

でも、確かにこのままというのは気持ち悪いわね。
「じゃあ、悪いんだけど、手伝ってもらえる?」
「はい」
シグナムに手伝ってもらい、普段の何倍もの時間をかけて服を着替える。
まったく、これじゃあ介護が必要なおばあちゃんみたい。

着替えが終わり眠ろうとする私に、シグナムは部屋から出る前に尋ねる。
「なにか、お飲物をお持ちしましょうか?」
「ありがとう。でも、今は眠りたいの。あなたも、みんなとゆっくり食事でもして休んで頂戴」
「わかりました。では、そうさせていただきます。
食事が終わり次第様子を見に来ますので、その時に水をお持ちしましょう」
ま、ホント妙なところで頑固よね、あなた。
ただ、そういうところも含めてあなたの事を好いているわけだし、お言葉に甘えましょうか。

そして、「失礼します」とシグナムは部屋を後にした。

一人暗い部屋の中に残った私はベッドに身を横たえる。
それに、明日の朝にははやてが帰ってくる。
それまでに体調を戻し、いつものようにふるまわないといけない。

よほど体に無理をさせていたのだろう。
体を横たえて間もなく、私は眠りに落ちていた。



  *  *  *  *  *



時折、この世界に来る直前の事を思い出す。

かつての世界での最後の記憶。
それは、言峰綺礼に向けて精一杯の憎悪と侮蔑の言葉を吐いたこと。
そこから先のことは憶えていない。おそらく、言峰が私の意識を断ったのだろう。
その際に命も刈り取られた事は、想像に難くない。

次に目を覚ました私が見たのは――――漆黒の闇。
黒い、底が見えないほどの黒い孔。
いつからそこにいたのか分からないけど、気がついたら真っ逆さまに落ちていた。
際限なく闇に落ちて行き、周りの闇が少しずつこの身を蝕んでいく。
そうやって、深い深い奈落の底に落ちていく。

その落下があまりにも長過ぎたから。
いつしか落ちているのではなく、昇っているような錯覚を覚えた。
だけど、それもいつの間にかなくなり、遂には何も感じなくなる。

どこに向かっているのかさえ分からない墜落。
その感覚に耐えられなくなったのか、思わず一つの問いが零れた。
「ここ、は……どこ?」
答えを期待してのものじゃない。ただ、何となく頭に浮かんだ言葉が出ただけ。

だけど、予想に反してその問いには答えが返ってきた。
『そうね、あえて言うなら聖杯の中かしら? 正確には、聖杯が開けた孔から続く道の途中だけど』
どこからともなく響く声。
それは聞き覚えのあるような気がするのだけど、どこで聞いたのか判然としない。

段々とその声が近付いていき、やっとその方向がわかってきた。
『まだ全てのサーヴァントが取り込まれていなかったから、少しでも埋めようとしたのでしょうね。
 たいして足しにもならないけど、手近にあった魂(貴女)を飲み込んだのよ。
とはいえ、今となってはそれも無意味でしょうけど』
やっと掴めた声の所在の方を向くと、そこには特徴の掴めない黒い人型の何かがいた。
顔はなく、特徴を表す記号を一切持たない。
全体的に起伏が無く、まるで現実感のないのっぺらぼうのよう。
その何かは、どこが口かもわからないのに言葉を発している。

そうして、それは唐突に私に尋ねてきた。
『一つ聞きたいのだけど、全てを失う代わりに得る残酷な生と、このまま闇に呑まれて消える穏やかな死。
貴女ならどちらを選ぶ?』
奇妙な問いだ。生と死のどちらを選ぶかなんて、普通は聞かない。
だって、そんなことは聞くまでもない事だから。自殺志願者でもない限り、後者を選ぶはずがない。

だけど私は、その問いを無視して次の疑問をぶつけていた。
「あなた…なに?」
何故そう思ったのかはわからない。
だけど、これにたいして“誰”と問うても意味がない気がしたのだ。

問いに応えることなく次の問いを発した私に気分を害した様子もなく、これは愉快そうに答えてくれる。
『ふふふ、さすがは聖杯の護り手、勘がいいのね。“誰”じゃなくて“何”という質問は正しいわ。
 同時に、あまり意味のない問いでもあるけど……』
何が楽しいのか、目の前にいる黒い何かは頭部らしき部分を揺らして笑っている。
そこでふっと気づく、これは私ととてもよく似た声だった。
だからだろうか、その声にどうしようもない違和感を覚える。

そんな私を無視して、黒い人型は上機嫌に話し始めた。
『そうね、今のわたしは貴女の人格を殻として被った“何者でもない誰か”。
 気味が悪いと思うかもしれないけど、その辺りは大目に見てほしいわ。
 だって、そうしないと私は他者と意志の疎通ができないんですもの。
 貴女の人格を借りたのは、単に最初にわたしに触れたのが貴女だったから。
 一々別の殻を被り直すのって、とっても面倒なのよ』
この口ぶりだと、私と会う前からこれは私の殻を被っていたことになる。
いったいそれで何をしたのか甚だ気になるけど、なんとなく聞いても答えてくれない気がした。

だからだろうか、私の口からは別の問いが発せられる。
「なぜ……そんな姿なの?」
『??? ああ、貴女にはわたしが見えていないのね。
 たぶん、今の貴女が剥き出しの魂だからだと思うわ。
 そんな状態で貴女の殻を被ったわたしを見たら、自我の境界が曖昧になるのかもしれないわね。
 それを防ごうとしているんじゃないかしら?』
そうか、私の体はとっくに無くなっていたのか。
なぜか、そのことを特に抵抗もなく受け入れられた。

それに、言っていることは一応筋が通っている。
肉体という明確な境界が無い状態で私の殻を被った存在に触れれば、確かにそういうことも起るかもしれない。
自我境界が緩んでしまえば、こうして対話することすらできないのだから。
これは一種の防衛本能なのだろう。

まだまだ聞きたいことはたくさんある。
切嗣とセイバーは勝ち残り聖杯を手にできたのか。そして、イリヤは運命の枷から解き放たれたのか。
だけど、それらを聞く前にこれは話を元に戻してしまう。
『さて、聞きたいことは多いでしょうけど、あまり時間もないわ。
 そろそろ、さっきの質問に答えてもらえないかしら?』
それは、生と死のいったいどちらを選ぶのかという問いの事。
どうやら、これに答えないことには私の問いにも答えてはくれなさそう。

でも、「全てを失う」代わりに得る生とはどういう意味なのか。
生きているだけでは意味がない。大切なモノのない生なんて、そんなのは空っぽと同じ。
だけど、同時に理解もしていた。生きてさえいれば、もう一度愛おしい二人に会えるかもしれない。
それなら、死を選ぶなど愚行以外の何ものでもないのだ。

なら、選択の余地なんてない。私は、正直に自分の願いを言葉にした。
もしかすると、私はこの時初めて真に自分に正直になったのかもしれない。
「ええ、生きたいわ。私は、もう一度二人に会いたい。
 叶うなら切嗣と、イリヤと一緒に生きていきたい」
それはきっと、ずっとどこかで押し殺してきた願い。
叶わぬと諦め、ならせめて夫と我が子だけでもと目を逸らし続けてきた。
……ああ、もしかしたら私は、本当は聖杯も切嗣の理想もどうでもよくて、二人と一緒に生きたかっただけなのかもしれない。

『そう、確かにその願い承ったわ。
幸い、外にはいくらでも抜け殻があるから、それを使えば新しい入れ物くらいは作れる。
 さすがに聖杯までは再現できないけど、それでも生きられるようにはしてあげられるわよ』
ええ、それで充分。それに、私はもう聖杯には興味がない。

しかし、世の中はそう都合よくは出来ていないみたい。
『だけど、会いたい人たちに会えるかどうかは、終点に着いてみないとわからないわ。
 わたしはたいした力は持っていないから、貴方の行き先までは操作できないし……』
そういえば、これは初めから生と死のどちらを選択するかを問うていたのだった。
それなら、その範疇を超える願いはこれにはどうしようもなくて当然だろう。
でも、それで構わない。生きてさえいれば、きっともう一度会えるから。
ここから先は、私自身でどうにかすることだろう。

けれど、この時の私はこの言葉の意味を真に理解していなかった。
行き着く先は、何もこれまで私がいた場所と同じところとは限らない。
これが聖杯が開けた穴から続く道である以上、その先は世界の外かもしれなかったのに。
私の願いが叶うかどうかは、恐ろしく分の悪い運任せだったのだ。

ああ、でも最後にひとつだけ聞かないと。
だって私は、どうしてこれが願いを叶えてくれるかさえ知らないのだから。
「なぜあなたは、こんなことをしてくれるの?」
『? だって貴女、まだ生きたいのでしょ?』 
返ってきたのは、そんな当たり前のような答えだった。
生きたいと願う者を生かす、なるほど至極当たり前の事だ。
出来るかどうかはともかく、別におかしなことはなにもない。

そこで、これは思い出したようにこう付け足した。
『まあ、わたしが人助けをするなんて本当はルール違反なのだけど、偶にはこんなのもアリじゃないかしら?
それに、そもそもわたしの本質は“人の願いをかなえる悪魔”なわけだし』
そういえば、見ようによっては悪魔とは人間の味方でもあったのよね。
彼らは形はどうあれ、人の苦悩を取り除こうするのだから。
そういう意味では、人を助ける悪魔というのは別に矛盾しない。

『あとは……そうね、あの男への意趣返しというのもあるかしら。
あの男は何も知らない。貴女がいなくなることも、命を繋いでいることも、ね。
 的外れな懺悔や哀悼で心を痛めているとすれば、それはそれで中々に滑稽ですもの』
「それは、どういう…………?」
『ふふふ、それは秘密。それじゃあ、幸運を祈るわ。“お幸せに”』
皮肉気に囁かれたこの言葉を最後に、私は黒い杯のような太陽に呑まれた。

あの太陽こそが、アレの言っていた終点なのだろうと思いながら。



SIDE-はやて

いまわたしは、すずかちゃんと同じベッドで寝とる。
わたしもよくアイリやウチの子たちと一緒に寝るけど、こんなにベッドが大きくないからその時はちょう狭い。
まあ、それで身を寄せ合ったりするわけやから、まんざらでもないんやけど。

目の前にあるすずかちゃんの顔を見ながら、ふっと思いを巡らせる。
「こうして誰かと一緒に寝とると、アイリが来たばっかのころのことを思い出すなぁ」
そう、それまでわたしにとってベッドはただ寝るためだけの場所やった。
せやけどアイリと出会って、一緒に住むようになってからは全く別の意味も持つ場所になったんや。



  *  *  *  *  *



大きな地震があり、あの拾った蒼い石と入れ替わる形で現れた女の人。

初めはもうなにがなにやらわからなくて、ひたすらあたふたしとったんやけど、少しして冷静になった。
「えっと……………どないしょ?」
とはいえ、冷静になったかてこれをどうないせいちゅうねん。

偶然なのか何なのか、とりあえずいきなり目の前に現れた人はわたしのベッドの上におる。
それはええ。気を失ってるみたいやし、安静にした方がいいと思うからベッドに運ぶ手間が省けたのは助かる。
せやけど、何でこの人全裸なん? ちゅうか、それ以前に一体どこから来たん?
「~~~~……よし! とりあえず布団をかぶせとこ」
このままやと風邪ひいてまうし。まあ、一種の現実逃避やね。

布団を被せ防寒対策はしたけど、ここで現実に引き戻される。
さて、この場合は警察? それとも病院? というか、こんなこと話して誰が信じてくれるんやろ。
(いやいや、待てわたし。いくらなんでも全裸の人を引き渡すのはどうや)
不審者と言えば不審者なんやけど、これをただ不審という言葉で済ませてええもんか……。

などと悩んでいるうちに、ベッドを占有している女の人のまぶたが動いた。
「………ん?」
そやな、とりあえず起きるのを待とう。
幸いというかなんというか、この家に泥棒さんが入ってきてもいいことなんてほとんどない。
それになんちゅうか、この眠り姫さんへの好奇心が勝ってもうたわ。


それから間もなく、この人は眼を覚ました。
「………ここは?」
「あ、起きました?」
「え!?」
うわぁ、なんやすごく驚いていらっしゃる。
普通、この場合立場は逆なんやないかな? などと考えている当たり結構余裕があるな、わたし。

「えっと…あなたは? それにここは……」
う~ん、もしかしたらとは思うっとったけど、ホントにこの人もこの状況がわかってないみたいや。
いや、あんな現れ方非常識にもほどがあるし、そうかもしれへんなぁとは思ったけど。

まあ、一番現状を把握してるのはわたしの方っぽいし、とにかく答えてみよう。
「ああ、わたしは八神はやてです。で、ここはわたしの家。
 あと、そのかっこのままだとアレなんで、これでもどうぞ」
そう言って渡したのは一枚のタオルケット。
申し訳ないんやけど、この人のサイズに合う服なんて持ってないもん。特に胸部。

「あ、ありがとう。えっと、ヤガミハ……ヤテ?」
「いや、それやと“八神派やて”や。いくらわたしが関西弁でも、それはどうかと……。
 まあ、外人さんみたいやから無理もないですけど、『八神』『はやて』です」
「え? ……あ、ごめんなさい。私はアイリスフィール。アイリスフィール・フォン・アインツベルン」
むぅ、とりあえず危ない人ではなさそうや。どちらかというと、今の間違い方からしてオモロイ人かも。
ちゅうか凄い名前や。わたしの名前が貧相に思えてくるもん。

ただ、まだまだ現状が飲み込めていないのか、それとも頭がはっきりしていないのか。
その顔はどこかボンヤリしている。
「ここは、あなたのお家?」
「はい。アインツベルンさんはどこから来たんですか?」
「私は…………冬木市から」
答えるまでに少し間があったけど、どうしたんやろ?
でも冬木市か、聞いたことないな。たぶん海鳴の近くではないと思う。

「ここは、冬木じゃないの?」
「ええ、ここは海鳴市です。冬木市ってところは、この近くにはないと思いますけど」
「そんな………あなたは、私がどうしてここにいるか知ってる?」
さて、どうしたもんやろ。正直に答えて信じてもらえるかな?
当事者のわたしからしても、あれは信じがたい光景やった。
それを一応当事者とはいえ、見ていない人に信じろ言うのは無理がありそうや。

といっても、他に説明のしようもないんよね。
生憎、ここですらすら嘘をつけるほどわたしのオツムは優秀でもない。
こうなったら、洗いざらい正直に話してみよう。信じるかどうかはこの人に任せることになるけど。


で、話してみたはええけど、案の定半信半疑な顔をされてもうた。
むしろ、半分くらい信じてもらえただけでもラッキーかも。
その後はアレコレお互いに話をし、とりあえず冬木市に何やら用事があるらしいので、そこに戻るお手伝いをすることにした。
なんや、話していているうちにほっとけなくなって、ここで「はい、さようなら」ってする気にはなれへんかったんよ。

まず手始めに服を調達して、次に冬木市の場所探し……と思ったんやけど。
「でも、服を買ってもらうなんて、そこまでしてもらうわけには……」
「まあまあ、困った時はお互いさまってことで。それに、お金ないんですよね?」
「うぅ……そ、それはそうだけど」
少しゴネられてもうたけど、こう言ったら渋々承諾してくれたわ。
あとで必ず返すということで妥協し、やっとの思いで受け取って貰ったんや。

けど、本当の問題はここからやった。
「冬木が………ない?」
そう、いくら調べても冬木市がなかったんや。
それどころか、よくよく確認してみるとこの人の記憶にある年と今の年がかなりズレてることもわかった。それこそ二十年近く。
後で聞いた事やけど、空間を超えることは時間を超えるという意味もあるのではないか、って言われとるんやて。
だから、時間がズレとったのはそのせいかもしれへんらしい。わたしにはようわからへんけど。

それはそれとして、植物状態で何十年も過ごす人がいるという話は聞いたことがある。
もしかすると、二十年の間に自治体の名前が変わったかもしれへん。
せやから、念のためそっちの方も調べたけど、やっぱり見つからない。
いくらなんでも現代の日本で、それこそ二十年程度前まで使われていた町の名前がわからないなんてことはない。
それはつまり、冬木という町が初めから存在していなことを意味する。

他にも、アイリさん(そう呼ぶように言われた)の知る連絡先とかにも連絡してみたんやけど、どれも繋がらない。
仮に繋がっても、どれもアイリさんが望んだ相手には繋がらなかった。


そうして、行く当てのないアイリさんの帰る場所を探してしばらく経った。
その間は、乗り掛かった船ということでウチに泊まってもらい、余っている部屋の一つを貸した。
というか、そもそもアイリさんは無一文なので、他にはホームレスになるしか選択肢がない。
せやから、そういう事になるわけやけどな。
正直、ずっと一人で暮らしてきたから、家に誰かがいるのが嬉しかったのは秘密。
宿泊代は、断固として後で払うと言ってきいてくれへんかったけど。別にそんなん気にせんでもええのに。

そんな感じに一緒に住むようになって、いろいろな話しを聞いた。
好きなこと、嫌いなこと、故郷のこと、そして家族のこと。
アイリさんはどうもお貴族様らしくお城に住んでいて、旦那さんとわたしくらいの娘さんがいるらしい。
それら一つ一つの話は、わたしにとってどこかおとぎ話のようやった。
ああ、もちろんわたしのことも話したけど。

そんな日々が少し続き、出た結論は……
「まさか……並行世界、だとでも言うの?」
「あのぅ、アイリさん。並行世界ってなんです?」
アイリさんは信じられないという顔で、同時に絶望に染まった顔でそうつぶやき、膝を折って座り込んでもうた。
並行世界ってのはようわからへんけど、一つわかったのは、もう家族に会えへんいうこと。
アイリさんの話を聞いて、どれだけアイリさんが家族を愛しているか分かってもうた。
せやから、その絶望があまりにも痛々しい。

そして同時に、安堵のようなモノも感じた。
(?? なんやろ、これ)
その意味が分からず、わたしは首を傾げたけどスグにそれどころやなくなった。

なぜなら、座り込んでいたアイリさんが、おもむろに立ち上がったから。
「アイリ…さん?」
「今までお世話になっちゃったわね。お世話になった分のお金は何とか働いて返すから、安心して」
そういって、アイリさんは今にも泣き出しそうな顔で無理に笑う。
だけどその言葉は、まるで別れの言葉みたいやん。
その想像に、まるで極寒の中に放りだされた様に心と体が凍りつき、目の前が真っ暗になった。

立ちあがったアイリさんは、その足で玄関へと向かっていく。
「ちょ、ちょっと待って!? どこいくん!?」
「これ以上迷惑をかけるわけにはいかないわ。今までよくしてくれてありがとう。だけど……」
「せやかて、アイリさん行くとこないやん!」
せや、一緒に調べたわたしにはこの人に行く当てがないことはわかりきってる。
お金もなくて、行く当てもない。そんな状態で、一体どうするつもりや!?

アイリさんは明らかに気が動転しとる。
この先どうするにしても、一度落ち着かな話にならへん。

せやけど、そのまま足を止めずに玄関へと向かっていくアイリさん。
わたしはなんとか引き留めようと、車イスを走らせる。
「ま、待って! とにかく話を…あ!?」
ガシャン、と途中で車椅子がバランスを崩して倒れてもうた。
たぶん、無理に角を曲がろうとしたから……。

せやけどその音を聞いて、やっとアイリさんの足が止まった。
「っ!? はやて!!」
「だ、大丈夫。ちょう転んだだけや」
大急ぎで駆けよってくるアイリさん。
その顔には、抑えきれないほどの焦りと悲しみ、そして心配の色があった。

その顔を見てわたしはふっと思った。
(ああ、なんやお母さんみたいやな)
お母さんのことはもうあんまり憶えてへんけど、もし生きてたらこんな感じなんやないかと思った。
それと同時に、どうしようもないほど心があったかくなるのを自覚する。

そして、やっとさっきの安堵の意味を悟った。
(はは、そうか……帰るところがなければ、アイリさんがずっといてくれると思って、それで……)
それで、安心したんやな。そのことを自覚して思わず涙が出てくる。
まったく、自分のことやけど嫌気がさすわ。

わたしはアイリさんのことを心配してたんやない。
ただそれを、アイリさんと一緒にいる口実にしてただけや。
そんな自分の醜さに、汚さに、どうしようもなく腹が立つ。
(なんてバカなんや…わたしは)
これやったら、アイリさんが出て行ってまうのも当然やんか。

駆け寄って抱き起こしてくれるアイリは、そんなわたしを見て動揺を露わにする。
「は、はやてどうしたの!? ケガ? と、とにかく救急箱を!」
「……ちゃう、そんなんちゃうんよ。ただ…自分の事が嫌いになっただけ……やから」
「え?」
アイリさんにしがみつき、顔を隠す。
こんな汚いわたしの事を見て欲しくない。アイリさんが家族のところに帰れないことを、僅かでも喜んだ自分が許せへん。

「……ヒック。ごめん…な…さい。ごめん…なさい。ごめんなさ…い。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!! ごめんなさい!! ごめんなさい!! ごめんなさい!!! ごめんなさい!!! ごめんなさい!!!!」
「はやて?」
ただ、そうとしか言えへん。他に、何と言って謝っていいか分からんから。
わたしは、なんてことを考えてもうたんや。

そんなわたしを、アイリさんは優しく抱きしめて頭を撫でてくれた。
「泣かないで。私は、はやてに泣いて欲しくない。あなたのためなら、私はなんだって……」
「………う……うぁぁあぁぁぁぁぁぁ―――――――――っ!!」
その感触があまりに優しくて、あまりにあったかくて。ますます涙が止まらない。
わたしには、こんな風にしてもらう資格なんてないのに。



その後、どれくらい泣いていたのかはよう覚えてへん。

泣き疲れて眠ってしまって、起きるとそこにはわたしの手を握るアイリさんがおった。
行かないでくれた。そのことが嬉しくて、同時に引きとめてしまったことが申し訳なくて、また涙がにじむ。
なにより、この人の傍にいることに罪悪感が募った。

そして、わたしは全てを打ち明けた。
話す事は怖かった。だけど、それ以上に何も言わずにいることに耐えられなかったから。
その結果、この人がわたしのもとを去ってしまうとしても、それは仕方のないことのように思った。
いや、そう思おうとしてたんやろな。

そんな汚いわたしへの、アイリさんの答えは……
「ごめんなさい」
そう言って、アイリさんは握っていたわたしの手を離す。
ほらな、やっぱり一緒にいてくれるはずがない。
だってわたしはこんなにズルくて、こんなにヒドイ人間なんやもん。それが当たり前や。

短かったけど、それでも幸せな時間を過ごせたんや。わたしは、それで……。
「……ごめんなさい。
はやてが、そんなに苦しんでいたなんて……私は自分のことで精一杯で、気付いてあげられなかった」
「え?」
次に耳に届いた言葉は、私の思っていたモノとは違った。それは拒絶ではなく、どこまでも深い悔恨。
その両手はこれ以上ない位に握りしめられ、あまりに強く握ったせいで震えている。
それどころか、僅かに血が滲んでいた。

それをやめさせようと声をあげかけて、それを制するようにアイリさんはためらいがちにこう尋ねた。
「はやては……私の事が、好き?」
「え? えっと……」
「私は、はやての事が好きよ。
はやてさえ許してくれるのなら、私はずっとはやての傍にいたい。イリヤの代わりじゃないって断言はできないけど、それでもあなたの成長を見ていきたいと思っているのは、紛れもない本心よ。
 そ、それにほら! 私行く当てなんてないし、どこにもいかないことだけは保証できるわ」
あははは、と困ったようにアイリさんはわかりやすくいくらいに頑張って笑う。

初めは、アイリさんの言っていることが分からへんかった。
だってそれは、わたしが心の底でずっと願っていたこと。
だけど、こんなわたしにそんな資格があるんやろか。そんなことを望んでも、良いんやろか?

困惑する私に向けて、アイリさんは相変わらず困った笑みで語る。
「本当は、私の方から言い出すようなことじゃないと思うの。だって、それははやてに強制するようなものだし。
 はやては優しいから、私がそう言ったらきっと嫌でも頷いちゃうわ」
嫌やなんて、そんなこと考えたこともない。
わたしにとって、アイリさんとの日々は幸福でこそあれ、疎む様なモノやなかったから。

アイリさんと出会ってから、毎日が楽しかった。
誰かのために料理をするのが、あんなに嬉しいなんて知らへんかった。
家の中に自分以外の人がいることが、あんなにあったかいなんて知らへんかった。
ベッドの中で孤独じゃない事が、あんなに安らげるなんて知らへんかった。
みんな、みんなみんな、全部アイリさんが教えてくれた事や。
それを手放したくなくて、また独りになることが怖くて、わたしはあんなヒドイ考えを持ってしまったんやから。

アイリさんには帰る場所があって、帰りを待つ家族がおる。
だから、縛っちゃあかん思って…いや、拒絶されるのが怖くて言い出せんかった。
でも、アイリさんもそれを望んでくれているのなら。
「………あぅ……ぁ…………あぁ……ああぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁ―――――――っ!!!
……わた、わたしは…………アイリさんと…いたい! ずっと、ずっとずっと一緒にいて!!
 わたしを独りにせんといて!! もう独りは嫌や!!!」
言い募るほどに涙が零れる。だけどそれは、さっきのそれと違う。
さっきのような嫌な涙やない。嬉しくて、幸せで、今までに無いくらい心があったかくて溢れる涙。

本を読んで感動して泣いたことはあった。
孤独の寂しさに耐えられなくて泣いたこともあった。
ついさっきは、自分のバカさ加減が許せなくて泣いた。
だけど、人は嬉しくても泣けるのだと、この日初めて知った。

ボロボロと流れる涙で汚れたわたしを、アイリさんはまた優しく抱きしめてくれる。
「誓うわ。私はあなたを置いてどこにもいかない。
 私があなたを守る。はやてが望んでくれるのなら、私は命ある限り傍にいる。
 この身は聖杯。あらゆる願いを叶える万能の釜。故にはやて、あなたのその願いを叶えましょう」
これが契約。アイリさんからのやない。わたしからのでもない。
わたしとアイリさんの間で交わされた、不変の契約。

この日、わたし達は家族になった。



  *  *  *  *  *



「いや、なんちゅうか、こうして思い出すとえらい恥ずかしいな」
自分のあまりの醜態に、場もわきまえずに身悶えそうや。

そうそう。そういえば、あのスグ後やったな「さん」付け禁止令。
家族として暮らす以上、そんな他人行儀なのは認めません、て。
そして、アイリが全てを打ち明けてくれたのも。
色々調べてどうも魔術師がいないっぽいという結論に至ったのもあるけど、それ以上に隠し事をしたくないちゅうことで一通り全部教えてもらったんや。

けど、一部黙秘権を行使されて「はやてにはまだ早い」って、教えてくれへんこともあったけど。
まあ、そのうち教えてくれるやろ。そのことには特に不安はないし、気長に待つつもりや。
だって、わたし達は家族なんやから。

いや、もちろんさすがに初めは疑ったんよ。
魔術に神秘、聖杯、ホムンクルス、その他諸々。どれも、わたしにとってはフィクションの中の話やから。
せやから驚いたわ。アイリが『Shape(形骸よ)ist Leben(生命を宿せ)』って詠唱? をしたら、持ってた針金が動き出しんたんやもん。針金が縦横に輪を描き、複雑な輪郭を形成し、互いに絡まり、結束し、まるで藤編み細工のように複雑な立体物を形成していく様は圧巻やった。
そして、元はただの針金だったはずのそれが、遂には猛々しい翼と嘴、そして鋭利な鉤爪を持つ勇壮な鷹になったんやから。
アレ見たら信じんわけにはいかへんて。

それと、本来はアイリの体の中にあったはずの聖杯は、もうその存在を感じられへんらしい。
でもまあ、それは別にええ。だってわたしの願いは、アイリがいてくれるだけでかなっとるんやから。
それどころか、シグナムにヴィータ、シャマルやザフィーラまでいてくれるようになった。
それで、わたしは十分に満たされとる。せやから、別に万能の願望器ってのには興味がないんよ。

そう言ったら、アイリははにかむ様に笑っていた。
どうも、聖杯ではない自分というのに少し自信がなかったらしい。
まあ、生まれた時からそうやったんやから、そんなものかもしれへんな。

ただ心配なのは、聖杯がないせいかアイリの体はちょう不安定なこと。
魔力の大半を生命活動に回し、自由にできる魔力はそう多くないらしい。
これは、わたしの前で魔術を使ってくれてわかったこと。
日常生活を送る分には問題ないけど、魔術師としては決定的な欠陥て話や。
まあ、要は使わなければいいだけやし、使う必要もないから大丈夫やと思う。

ちなみに、わたしに魔術の才能は欠片もあらへんかったけどな。魔術回路0、どないや!!
とはいえ、アイリから聞く分には魔術は人間が使うと相当苦しいらしいんやけど。
そういう理由もあって、アイリとしては調べること自体ノリ気やなかった。
結局全く適正無しとわかった時のアイリは、それはもう安心してたなぁ。

まあ、アイリを悲しませなかったのはよかったと思うから、別にそこまで残念でもないかな?
ああ、それとこれはウチの子たちにも言える。
なんでも元からそんなモノは想定していないらしく、構造的に存在する筈がないって話や。
同様に、アイリにもリンカーコアはない。これもウチの子たちと同じ理由やね。
せやから、思念通話ができないのはちょう残念かな?

でもわたしは、みんなが笑ってくれているなら、それで十分幸せや。



SIDE-シャマル

食事を終え、お水を持ってアイリさんの様子を見に行っていたシグナムが降りてきた。
「シグナム、アイリさんは?」
「眠っている。さすがに、疲れたのだろう」
元々体はそう丈夫な人じゃないし、できればしばらくじっくり休んでもらいたい。

幸い、管理局への顔見せはできた。これで、アイリさんを主と思ってくれるはずだ。
少なくとも、主の最有力候補としては見てくれる。
それだけでも意味があるし、同時にもうアイリさんを連れ回す必要性はない。
一度見せれば十分なのだから、これでアイリさんにはこっちでゆっくりしてもらえるだろう。

そうして、シグナムは夜空を見上げる。その横顔を見ていて、何となく思った。
「もしかしてあの頃のこと、思い出してる?」
「ああ。わかるか?」
昔だったら、きっとわからなかった。
でも今なら、何となくだけどあなたの考えていることが分かる気がする。
あなただけじゃない、みんなのことも。

「変わったわね、私たち」
「全ては、あの日。主はやてが我等のマスターとなり、同時に我等が初めて家族となった日に、だろうな」
ええ、きっとそれが運命の転機。
ただ戦うだけの道具として過ごしてきて、幸せの意味も知らなかった無知な私たち。
そんな私たちが、こうして幸せをかみしめることができるのも、すべては二人のおかげ。

忘れることなんて、できるはずもないわよね。



  *  *  *  *  *



あの時は、まあ……驚いたわ。

はやてちゃんの誕生日であり、闇の書が起動した夜。
私たちが新たな主に拝謁すると、その年若い主はいきなり気絶。
たぶん、幼い体に闇の書の起動はちょっとショックが大きすぎたのでしょうね。

どうしたものかと困惑していると、慌ただしい音を立てて部屋の扉が開かれた。
「はやて!?」
そうして、動揺を露わに入ってきたのがアイリさんだった。
一応自室を持っていて、基本的にはそっちでアイリさんは寝ている。
まあ、頻繁に一緒に寝たりしていて、そんな部屋割にはあんまり意味がなかったみたいだけど。今でもそうだし。

だけど、そんなことは露知らぬ私たちは、警戒を顕わにして対峙した。
「何者だ!」
決して大きくない声で、だけど大抵の人を圧倒する気迫を持ってシグナムが問うた。

だけどアイリさんは、それに毛ほども圧されることなく、私たちとはやてちゃんの間に立ち塞がる。
「はやてに…………何をしたの」
その眼には、見たこともないような強い輝きがあり、私たちは一瞬その光に呑まれた。
明らかに私たちより弱いとわかる相手に、一瞬とは言えシグナムさえも気圧されたのだ。

一度は気圧されながらも、すぐさま立て直してシグナムがアイリさんと睨みあう。
「………我々は何も。元より主…その御方に対して害意はありません」
絞り出すように、ゆっくりと言葉を選びながらシグナムは言う。

目の前の人物が主に危害を加えようとしていないことは、今の様子を見れば分かる。
危害を加えるつもりなら、いくらでもチャンスはあったから。
とはいえ、それでも何者か分からない相手であることも事実。
この位置関係だと、迂闊に刺激すれば主を危険にさらす可能性は否定できない。
だからこそ慎重に、なおかつスグに主を守れるように対処せざるを得なかった。

それでも、決して警戒を緩めることなくアイリさんは私たちを睨み続ける。
「……………………………………………いいわ、信じましょう。
そちらの方が数は多いし、嘘をつく意味なんてないものね。とにかく、はやてを病院に……!」
「それならば、我等も……」
「それはダメよ」
シグナムの申し出……というか、護衛の意志をばっさり切り捨てたアイリさん。
まあ、こっちの素性やらなんやらがわかってなかったんだから、今思えば当然なのだけど。

それに対し、眉間に皺をよせるシグナム。
「貴女に何の権利あると?」
「私はこの子の家族…母親よ」
その言葉に、私たち全員が顔をしかめる。
今思えば失礼だろうけど、あの時は仕方なかった。

だって、二人は親子というには……
「あまり似ておられませんが?」
「ええ、確かに血の繋がりはないわ。
でも、私はこの子…はやてを愛している。それは、誰にも否定させない」
言葉は静かだった。それだけに、一語一語が重く私たちに染み渡り、重石のようにのしかかる。
それは私たちに向けられたものというよりも、世界そのものに向けられたようだった。

そこで、私はすぐ隣にある机に立てかけられている写真に気付く。
「シグナム」
「なんだ、シャマル」
「これを見て」
そこには、無邪気に笑う新たな主と、その手を握る優しい微笑みを浮かべた目の前の女性が写っていた。
咄嗟にこんなものを用意できたとも思えないし、一応は目の前の女性の言葉と辻褄も合う。

シグナムはしばし黙考し、その言い分を信用することにしたようだ。
「…………………………………………わかりました、貴女が主に近しい方であるというのは事実なのでしょう。
ですが、それだけでは納得できません。なぜ同行許していただけないのか、その理由をお聞かせ願いたい」
「あなたの言葉は信じたけど、だからと言ってあなた達のことを信用したわけじゃない。
 どこのだれかもわからないあなた達を、そうそう信じられるはずもないことくらいはわかるでしょう?
 それに、そんな人間を連れて行って不審に思われない筈がないし、病院の人に説明のしようがないわ」
まさか、即席で親戚云々と言った設定をでっちあげるわけにもいかない。
だってそんなの、あからさまに苦しいのはわかりきっている。

「その様子じゃ、出て行けと言っても聞かないんでしょ?
だから、私たちが戻るまでここにいなさい。これが最大限の譲歩。話しは、それからよ」
有無を言わせぬアイリさんの態度に、なぜか私たちは逆らうことができない。
まるで、金縛りにでもあったかのようだった。

そうして、はやてちゃんを抱えたアイリさんは電話で病院に連絡すると、すぐに家を出て行ってしまったのだ。



半日後。

無事戻ってきた二人に、私たちは自分たちのこと、闇の書のことを話した。
当初、アイリさんが同席するのを拒もうとしたのだけど……
「アイリはわたしの家族や。その家族を蔑にする気はないし、アイリも聞けんのやったらわたしも聞かん」
と、はやてちゃんが主張し、主の命ならばと私たちが折れる形になった。

そして、一通りの話を聞き終えたはやてちゃんは、苦笑するようにつぶやいたのをよく覚えている。
「あれかな? わたし、もしかしてそういう星の下に生まれたんやろか?」
その時は言ってる意味が分からなかったけど、はやてちゃんは問うようにアイリさんを見た。
それに対し、アイリさんも私たちのことを警戒しながらも、困ったような笑顔で応じる。

まさか、その少し前に似たようなことがあったとは、私たちにわかるはずもなく。
ただ、二人の言っている意味が分からずに、首を傾げるしかできずにいた。

「そういえば、アイリがこの本に魔力を感じるって言うてたけど、そういうことやったんやね。
 それにしても、魔術の次は魔法かぁ。
なんや、すっかりファンタジーの世界に飛び込んでもうたみたいやな、わたし」
「はぁ……」
その言葉の意味を理解できず、言葉を濁す私。
わかったのは、主の横に立つ女性は魔力の存在を知る人物なのだということ。

机に向かい何かを探していたはやてちゃんは、目当ての物を見つけたのかこちらに移動しながら言葉を重ねる。
「まあ、とりあえず、わかったことが一つある。
 闇の書の主として、守護騎士みんなの衣食住きっちり面倒見なあかん言うことや。
 幸い住むとこはあるし、料理は得意や、ね?」
そう言ってはやてちゃんはアイリさんに見やり、アイリさんは呆れたような困ったような、だけど優しい笑顔で応じていた。まるで「しかたがないな、この子は」という声が聞こえてきそうな、そんな笑顔で。

はやてちゃんは手に持った物から布のようなモノを引っ張り出し、その目的を明かす。
「で、みんなのお洋服買うてくるから、サイズ測らせてな」
『…………は?』
私たち全員、その言葉に呆気に取られ間抜けな声を発してしまった。

そんな私たちを見て、アイリさんは……
「まあ、そんな格好でうろつくわけにいかないし、私の時もそうだったから気にしない方がいいわ。
 主の配慮を受け取るのも、騎士の努めよ」
と、苦笑しながら語ったのよね。



  *  *  *  *  *



その後、しばらくの間穏やかな日々が続いた。

新たな主は闇の書の完成を望まず、人様に迷惑をかけるくらいなら、今ある幸福で充分と考え。
アイリさんは脚の事をよく考えるように言いはしたけど、最終的にはその意志を尊重し是とした。
となれば、私たちが何を言う必要もない。それが主の決定であるのなら従うだけ。

そうして、血の繋がらぬ者達が家族として過ごす、奇妙な共同生活が始まった。
ある時はみんなでピクニックに出かけ、またある時はシグナムと人間形態のザフィーラを荷物持ちにお買い物をし、時にはいつもお世話になっているはやてちゃんに感謝し、みんなでこっそりプレゼントを用意したりもした。
他にも、私とアイリさんではやてちゃんやヴィータちゃんを着せ替え人形にしたこともある。
そういえば、ヴィータちゃんがはやてちゃんに買ってもらったお気に入りの『のろいうさぎ』。アレに、アイリさんが悪戯でヴィータちゃんの意識を転移させたこともあったわね。
アイリさんがヴィータちゃんを猫可愛がりしたりして、はやてちゃんがヤキモチを焼いたこともあった。

そうそう、いつだったかそんな私たちを見て、石田先生が「なんというかアイリさん、いつの間にかすっかりお母さんしてますね」と言っていたけど、たぶんその通りなんだと思う。
だって、それを聞いて誰も違和感を覚えなかったから。
むしろ、全員がどこか照れたように顔を赤らめていたほど。

その中で、アイリさんの素性や故郷とも呼ぶべき世界でのことを聞く機会もあった。
並行世界の概念にはじまり、御家族のこと、現代の文明で再現可能な神秘である魔術と再現不可能の神秘である魔法。アイリさんが身を置いた聖杯戦争という名の大儀式。
どれもこれも信じられないモノだったけど、いくつかの証拠を提示され信じるしかなかった。

とりわけはやてちゃんが……いえ、私たち全員が興味を引かれたのが、聖杯戦争に参加した英霊たちの話。
御家族のことにも興味はあったのだけど、その話をする度にアイリさんの顔に浮かぶ悲しみもあって、その話に触れることは少なかったから、結果そちらの話が多くなった。

そこで飛び出した名前は、この世界の神話や歴史を知らない私たちにとっては、イマイチその凄さがわからないモノだった。
だけど、本好きでもあるはやてちゃんはその名前一つ一つに目を輝かせ、私たちにも丁寧に教えてくれた。
そのおかげで、私たちにもその儀式の突拍子のなさと非常識さ、そして壮大さが僅かに理解できた。

はやてちゃんの財産管理をしている「グレアムおじさん」の故郷でもある「イギリス」。その大英雄にして、ブリテンの赤き竜、全ての騎士の誉と称された「騎士王 アーサー」こと、セイバー(剣の騎士)「アルトリア・ペンドラゴン」。
同じ英国のケルト神話に名高いフィオナ騎士団随一の騎士にして、グラニア姫との悲恋において数多の武勇を打ち立てたことでも知られる、ランサー(槍の騎士)「輝く貌 ディルムッド・オディナ」。
アレキサンダー、またはアレキサンドロスなどの名でも知られる、マケドニアの王にして「東方遠征」の偉業を成し遂げ、世界征服に手をかけたと称される、ライダー(騎乗兵)「征服王 イスカンダル」。
フランス救国の英雄として元帥の座にまで登り詰めながら、その栄光に背を向けて黒魔術の背徳と淫欲に耽溺した「聖なる怪物」、狂気に堕ちた英雄、キャスター(魔術師)「青髭 ジル・ド・レェ」。
そのクラス名アサシンの語源となった暗殺教団の歴代頭首の一人、皮と鼻を削ぎ落とし、誰でもなくなることで「山の主の座」を受け継いできた、唯一英霊ではない者、アサシン(暗殺者)「山の翁 ハサン・サッバーハ」。
残りの「アーチャー(弓の騎士)」と「バーサーカー(狂戦士)」については、アイリさんもその正体を知らないらしい。

だけどキャスターとアサシンを除けば、残りの三人は紛れもなく誰もが憧れる名立たる英雄揃い。
真名のわからない二人にしても、それに勝るとも劣らない人たちなのだろう。
アイリさんはアーチャーの事を、かなり性格に問題があったと言っていたけど……。
でも、セイバーとランサーの正体とその伝承を聞いたシグナムの顔には、抑えきれぬ子どもの様な興奮があった。
ヴィータちゃんも素っ気ない顔をしつつ、結局ははやてちゃんから二人の伝説を教えてもらおうとせがんだ。
ただ、「鉄槌の騎士」がいないことに文句を言っていたわね、そういえば。

アイリさんは、そんな彼らの戦いをゆっくりと思いだしながらできる限り詳細に教えてくれた。
ただ、キャスターの所業や所々で言葉を濁し「未成年お断り」と口をつぐんでいたけど。
でもそれが、はやてちゃんのことを思ってのものだったことは想像に難くない。

そんな中でアイリさんがこう言っていた。
「ごめんなさいね、できれば最後まで教えてあげたいのだけど、私はこの物語を途中までしか知らない。
 だから、お話はここでおしまいなの」
そう語るアイリさんの顔には、一抹の寂しさがある。
残してきた家族、果たされたか分からない願い。それを想えば、その気持ちも無理はない。

場の空気が重くなりかけたところで、それを払拭するようにヴィータちゃんがこう言いだした。
「そうだ! いっそのことさ、今の話を本にして出しちゃえば?
 どうせこの世界にそれをして文句言う奴だっていないし、最後とかヤバそうな部分は適当に脚色したりしてさ」
「ほぉ、面白いことを考えるな」
その話を聞き、シグナムが感心したようにヴィータちゃんを見る。
たしかに、それは面白いかもしれない。最後の方は、やっぱりハッピーエンドになるようにして。
どんな評価がつくかはわからないけど、一応実体験に基づくわけだし、リアリティはあるわね。

なにより誰に迷惑をかけるわけでもない。
もし少しでも売れたりしてくれれば、家計の助けにもなるわ。

話題が変わったことでアイリさんの表情も少し柔らかくなった。
そのまま少し思案したようなアイリさんは、シグナムを見る。
「そうね。ここには良いモデルもいるし、新しく追加するセリフとかは、みんなの意見を参考にしても良いわ。
例えば、シグナムはセイバーに似ていると思うの。
あなたのその生真面目さや実直さは、彼女を思い出させるから」
「きょ、恐縮です」
同じ剣を主武装とし、騎士の誉と称される聖君アーサー王にシグナムは憧憬や尊敬の念を抱いていた。
同時に、常々「出来れば、一度手合わせ願いたかったものだ」とも語っていたけど……。
ただ尊敬するだけではなく、そうして武を競いたいと思う辺りが彼女らしい。
ああ、他にも「騎士道について語り明かしたい」とも言っていたっけ。

だけどそんなシグナムを見て、ヴィータちゃんが対抗するように尋ねる。
「ねぇアイリ。じゃあ、あたしは?」
「そうねぇ……ライダーかしら?」
「えぇ!? なんでだよ!!」
「だって、なんかこう、障害があっても力尽くで強引に進んでいく所とか、似てると思うのよね。
 まあ、セイバーにもそういうところがあったから、英霊は皆そんなモノなのかもしれないけど……」
なるほど、確かにヴィータちゃんはそんなところがありますよね。
でも、ちょっと私のことは聞きたくないかなぁ。
ないとは思うけど、キャスターなんて言われたら泣いちゃいます。

それに対し、断固抗議するヴィータちゃん。
でも、はやてちゃんも含めてだれも加勢してくれずに不貞腐れたりしていた。
あのザフィーラでさえ、ふっと笑って「似合っているぞ」と言っていたものね。

そうやって、みんなが思わず笑顔を零す、幸せな日々。



だけど、そんな日々に影が射した。

それは、私たちがはやてちゃんの元に現れてから半年が経った頃。
はやてちゃんの足の病の進行、それにともない麻痺が少しずつ上に進行して言っていることが判明した。
いずれ、それは内臓機能の麻痺に発展し、命にかかわるであろう事も。

その原因は病気ではなく、闇の書。言わば、闇の書の呪いとも言うべきもの。
はやてちゃんと密接に繋がっていることで、抑圧された強大な魔力がはやてちゃんの体を蝕み、健全な肉体機能はおろか、生命活動さえ阻害していたのだ。

それは、闇の書が第一の覚醒を迎えたことで加速した。
覚醒と共に現れた私たちの活動を維持するため、僅かにやてちゃんの魔力を使用していることも無関係ではない。
つまり、私たちの存在が、はやてちゃんの病を進めてしまっているということ。

だけどそれは、私たちにはどうしようもないこと。
私たちが消えればその分の負担は消えるけど、それでは根本的な解決にはならない。
いずれ徐々に闇の書の呪いは進行し、遠からず同じ結果が待ち受ける。
なにより、はやてちゃんがそんなことを望まないことくらい、私たちにも理解できた。

私や石田先生だけじゃなく、アイリさんも魔術方面で方々手を尽くしてくれた。
だけど、結局は僅かに進行を抑えるのが関の山。
如何に聖杯の護り手とはいえ、その身の内に聖杯を持たず、それどころか生命活動自体にやや不安定なところのあるアイリさんに、できることはそう多くはなかった。

だから、最終的にこの結論に至るのは、自然な流れだったのだと思う。
とあるビルの屋上で、私たちは決意を以て集った。
「主の体を蝕んでいるのは闇の書の呪い」
「はやてちゃんが、闇の書の主として真の覚醒を得れば」
「我等が主の病は消える。少なくとも、進みは止まる!」
「はやての未来を血で汚したくないから、人殺しはしない。
 だけど、それ以外なら……なんだってする!!」
これしか、私たちに出来ることはこれしかない。
許されることとは思わない。だけど、そのために必要ならどんな罪でも犯す。
その結果、主のお叱りを受け罪の罰を受けることになろうとも。
それで主を……はやてちゃんを救えるのなら!!

「申し訳ありません、我等が主。ただ一度だけ、あなたとの誓いを破ります。
 我等の不義理を「ああ、やっと見つけたわ」っ!!」
シグナムが最後の言葉が中断される。

その声の主は……
「アイリ…スフィール……」
屋上に出る扉、そこにはもう一人の家族がいた。

「まったく、探したわよ。たぶんこんなことだろうとは思ったけど」
アイリさんは息を切らしながら、私たちを見てそう語る。
その顔には、怒りとも呆れともつかない表情があった。

「申し訳ありません、アイリスフィール。ですが……」
「はい、ストップ。あなた達の考えていることはわかってるつもりよ。
 それより、まず私の話を聞きいてちょうだい」
そう言われて、私たち全員の動きが止まる。
いつの間にか、すっかりこの人の頭が上がらなくなってしまった。

たぶん、アイリさんは私たちを止めに来たんだと思う。
だけど止まれない。だって、私たちにはそれ以外に方法がないから。
いくらアイリさんの言葉でも、それこそはやてちゃんの言葉でも止まるわけにはいかない。

そう、思っていたら……
「安心して、別に止めるつもりなんてないから」
「「「「え?」」」」
「だって、私じゃあなた達を止められない。言葉でも力でも、ね。
 私は止めるためじゃなくて、文句を言いにきたの。ああ、あと提案もね」
文句? 提案? いったい、なにを……?
いえ、文句というのならわかる。だって、私たちのせいではやてちゃんが……。
だからせめて、その責任くらいは取らないと。きっと、アイリさんもそのつもりで。

だけど、そんな予想はそれが当たり前のように裏切られる。
「まったく、何で私だけ仲間はずれにするの! あんまり苛めると、泣いちゃうわよ!」
可愛らしくプンプン怒りながら、アイリさんは私たちを叱る。
そう、普段と変わらない様子そのままで。

予想外の対応に、思わず困惑の言葉が口から漏れる。
「え? いえ、苛めるって……そんなつもりは……」
「反論禁止!」
その言葉と共に、何とか否定しようとする私の額に「ズビシ!」とチョップが入る。

あまりの事に額を押さえながら呆然となる私。「こ、これがDV!?」とか思ってはいません。
他のみんなも、一歩下がってチョップが来ないように警戒している。
「だってそうでしょ、はやてを助けたいのは私も同じ。
 そりゃ、私はあなた達と違って戦う力なんてほとんどないし、足手纏いになる自信だけは誰にも負けないけど」
いや、そんなことを自信満々に言われましても。

「でもね、そんな私でも出来ることはある。例えば、もしもの時にはやての身代わりになるくらいは「ま、待ってください、アイリスフィール!! それは!?」…なんと言っても聞きません! もう決めました! お母さん権限であなた達の意見は全却下!!」
もう独裁もいいところである。それこそ、過去の主達がかわいく思えるくらいの横暴ぶり。
誰ですか、この人にこんな強権持たせたの……って、私たちでしたね。

「苦しい時に支え合って、辛い時に力になるのが家族でしょ。
 で、今がその時でなかったら、いつがそうだと言う気?」
「しかしこれは、我等の責任で……」
「そう? じゃあ、あなた達ははやてがああなることを望んだのかしら?」
「そんなことは!?」
そう、そんな筈がない。私たちだって、こんな事態になるなんて思ってもいなかった。
だけど、なってしまったモノはどうしようもない。過去を変える力がない以上、せめて未来を変えないと。
そう思ったからこそ、私たちはあの誓いを破ることを選んだのだ。
それが、はやてちゃんへの裏切りと知ってもなお。

そんな私たちの気持ちなどお見通し、という風でアイリさんは優しく語る。
「ええ、だからこれはあなた達の責任じゃない。不可抗力、どうしようもなかったのよ。
 できることがあったのにしなかったのなら、それはあなた達の責任だけど、今回はそうじゃない。
 あなた達はただそこにいただけであり、はやてとの誓いを守っただけ。どこに責任があるというの?」
「それでも、我等の存在が主はやてを……」
「そうね。確かにそれは一面の事実。
でも、それはあなた達にとっても不本意なことでしょ。私には、あなた達に非があったとは思えない。
 なにより、はやてが言うと思う? これはお前たちのせいだ、と」
言わない。言う筈がない。あの優しいはやてちゃんが、そんなことを言うなんてあり得ない。
それが分かる程度には、私たちは今の主と心を通わせているつもりだ。

「それにね、今は責任云々なんてどうでもいいでしょ。
 何もできないという意味で言えば私もそうだし。仮にあなた達に罪があるとしても、それは私も同罪よ。あの子の異変に………私も気付いてあげられなかった。これじゃ、母親失格だわ。
 だけど、そうやって悔やんでいても状況は良くならない。今考えるべきは、どうやってはやてを助けるか、のはずだと思うけど?」
「それは、確かに……」
「だから、私は私に出来ることをする。家族を救いたいのは、なにもあなた達だけじゃないんだから。
 力のない私にも、身代わりくらいならできる。それくらいは……させてちょうだい」
そう言って私の手を握るアイリさんの顔は、さっきまでと違って今にも泣き出しそうだった。
いえ、事実その紅い眼いっぱいに涙をため、何とか零れるのを抑えている。

ああ、そうか。この人も何もできないことを悩み、苦しんでいたんだ。
アイリさんは、お子さんの為、旦那さんの理想の為に自身の命を差し出そうとまでした人。
そんな人が、はやてちゃんを救うために何もできないことを良しとするはずがない。

いつの間にか、そんなアイリさんの周りにみんなが集まっていた。たぶん、その思いは私と同じ。
「アイリ……」
「………………」
なんと声をかけていいのか分からないのか、ヴィータちゃんとザフィーラはただ身を寄り添わせる。

そこで、意を決してシグナムが話しかけた。
「アイリスフィール………………わかりました。申し訳ありませんが、お力を……お借りします」
そう言って、深々と頭を下げるシグナム。
きっとシグナムの中でも色々な葛藤はあったはず。だけどそれを見せず、ただその意志のみを口にする。

おそらく、何と言ってもアイリさんはその決意を曲げない。
そうとわかったからこそ、シグナムは折れたんだ。



アイリさんはすでに私たちのしようとしていることを、さっきの言葉通り概ね察していた。
だけど、改めて私たちの口から聞いて、その決意を問う。
「きっと、許されることじゃないわ。被害者にも、もちろんはやてにも。それは、わかってる?」
「……はい。重々承知の上です」
「でも、今はそれしかないのよね?」
「……はい。我々には、これ以外の打開策がありません」
シグナムの返答に、アイリさんは一言「そう」と悲しそうにうなずいた。
やっぱり、この人としてもそんなことは出来ればしたくないのだろう。

ならまだ間に合う。今ならまだ、見て見ぬふりをしてくれれば、その罪は私たちだけで……
「ダメよ! あなた達だけに背負わせるなんて、できるわけないじゃない。
私はあなた達と共に行き、共にその罪を背負います」
静かな言葉で語られた決意。あまりに静かなそれは、逆に一切の反論を封じていた。

思わず涙が出る。ハラハラととめどなく涙が零れて止まらない。
そんなことをさせてしまうことが申し訳なくて、一緒に背負うと言ってくれたことに救われて。
様々な感情がないまぜになり、ただ涙となって溢れ出す。
それは私だけのものじゃなく、みんながそれぞれに涙を流していた。
ヴィータちゃんは声をあげてアイリさんにしがみ付き、シグナムやザフィーラでさえ数条の雫を頬に伝わせて。

こうして、私たちの方針は決まった。
闇の書の蒐集は行うが、極力対象を傷つけず、殺害は絶対の禁忌とする。
はやてちゃんの未来を、血で汚していいはずがないから。
そして、もし管理局に捕捉された場合には、アイリさんを偽りの主として振る舞う。
決して、はやてちゃんを真の主とは気付かせずに事を為すために。

これが私たちの間で定められ、交わされた誓い。



  *  *  *  *  *



「取り戻したいわね。あの時間を」
「ああ」
全てが終わった時、私たちがどうなっているかはわからない。
管理局に捕まっているかもしれないし、何人か欠けているかもしれない。
だけど今は、とにかく進んで行こう。今できることを、精一杯。それが、たとえ罪深い事でも。

もしかしたら、はやてちゃんは私たちを許さないかもしれない。
全てを知れば、罪悪感に囚われるかもしれない。
しかしそれも、生きていればこそ。
だからまずは、はやてちゃんを生かす。そのために戦おう。
その先のことは、その時になってからでないとわからない。

願わくば、その日が一日でも早く訪れることを。
叶うなら、その時にはやてちゃんの心にかかる重みが少しでも軽い物であって欲しい。
出来るなら私たち全員、またあの日々に戻れますように。

そんな想いを、私は夜天に輝く月に託す。
(どうかその輝き以て、私たちを導きお守りください)
闇を照らす月光が祝福の光であることを信じて、祈りを捧げた。






あとがき

さて、思ったよりかは長くなりましたが、とりあえず過去話はこれで終わりです。
ってか、泣いてばっかりの話だった気もしますけどね。
アイリとはやての出会い、守護騎士たちとの交流の一端に触れてみたお話しでした。
ちょっとしんみりしてもらえたら幸いなんですけど、自分で書いているとそれが自己満足な気がしてきてなりません。というか、推敲のために読み返せば読み返すほどわからなくなってくるんですよ。
この辺はギャグをやっても同様なので、だからほのぼのやシリアスは書きやすいんですよね。
日常編ならほのぼのに、バトルとかならシリアスに自然となるんで。

アイリがこちらの世界に来た原因は、まあ聖杯の中にいるあれのせいです。
バゼットの時も何かしてましたし、今回もそれと同じような感じですね。
ただ、バゼットの時と違い聖杯戦争終盤だったり、アイリが体をなくしてたりで違うアプローチにはなりましたけど。
とはいえ、かなり苦しいこじつけだったとは自分自身でも自覚しているところなので、できればツッコミは控えめにお願いします。これくらいしかあの人を生存させるアイディアが浮かばなかったのです。

それはそれとして、アイリ自身は割と動転したり混乱したりで、あまり合理的でない行動が目立ったと思います。
ですが、普通ああいう状況に置かれたら正常な判断とかできないと思うんですよ。
それに、アイリの人間っぽさを表現するならそういう所を強調する方がいいと思い、こういう形になりました。

つぎにちょっとまた日常編をやって、そしたら異世界での衝突を予定。
まあ、どうなるかは書いてみないとわからないんですけどね。
自分でもこの計画性のなさには呆れてしまいます。
今回も、まさかこんなに長くなるとは思ってませんでしたから。


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