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No.4610の一覧
[0] 魔法少女リリカルなのはReds(×Fate)【第二部完結】[やみなべ](2011/07/31 15:41)
[1] 第0話「夢の終わりと次の夢」[やみなべ](2009/06/18 14:33)
[2] 第1話「こんにちは、新しい私」[やみなべ](2009/06/18 14:34)
[3] 第2話「はじめての友だち」[やみなべ](2009/06/18 14:35)
[4] 第3話「幕間 新たな日常」[やみなべ](2009/11/08 16:58)
[5] 第4話「厄介事は呼んでないのにやってくる」[やみなべ](2009/06/18 14:36)
[6] 第5話「魔法少女との邂逅」[やみなべ](2009/11/08 16:59)
[7] 第6話「Encounter」[やみなべ](2009/06/18 14:37)
[8] 第7話「スパイ大作戦」[やみなべ](2009/06/18 14:38)
[9] 第8話「休日返上」[やみなべ](2009/10/29 01:09)
[10] 第9話「幕間 衛宮士郎の多忙な一日」[やみなべ](2009/11/29 00:23)
[11] 第10話「強制発動」[やみなべ](2009/06/18 14:39)
[12] 第11話「山猫」[やみなべ](2009/01/18 00:07)
[13] 第12話「時空管理局」[やみなべ](2009/01/31 15:22)
[14] 第13話「交渉」[やみなべ](2009/06/18 14:39)
[15] 第14話「紅き魔槍」[やみなべ](2009/02/21 22:51)
[16] 第15話「発覚、そして戦線離脱」[やみなべ](2009/02/21 22:51)
[17] 外伝その1「剣製」[やみなべ](2009/02/24 00:19)
[18] 第16話「無限攻防」[やみなべ](2011/07/31 15:35)
[19] 第17話「ラストファンタズム」[やみなべ](2009/11/08 16:59)
[20] 第18話「Fate」[やみなべ](2009/08/23 17:01)
[21] 外伝その2「魔女の館」[やみなべ](2009/11/29 00:24)
[22] 外伝その3「ユーノ・スクライアの割と暇な一日」[やみなべ](2009/05/05 15:09)
[23] 外伝その4「アリサの頼み」[やみなべ](2010/05/01 23:41)
[24] 外伝その5「月下美刃」[やみなべ](2009/05/05 15:11)
[25] 外伝その6「異端考察」[やみなべ](2009/05/29 00:26)
[26] 第19話「冬」[やみなべ](2009/07/02 23:56)
[27] 第20話「主婦(夫)の戯れ」[やみなべ](2009/07/02 23:56)
[28] 第21話「強襲」 [やみなべ](2009/07/26 17:52)
[29] 第22話「雲の騎士」[やみなべ](2009/11/17 17:01)
[30] 第23話「魔術師vs騎士」[やみなべ](2009/12/18 23:22)
[31] 第24話「冬の聖母」[やみなべ](2009/12/18 23:23)
[32] 第25話「それぞれの思惑」[やみなべ](2009/11/17 17:03)
[33] 第26話「お引越し」[やみなべ](2009/11/17 17:03)
[34] 第27話「修行開始」[やみなべ](2011/07/31 15:36)
[35] リクエスト企画パート1「ドキッ!? 男だらけの慰安旅行。ポロリもある…の?」[やみなべ](2011/07/31 15:37)
[36] リクエスト企画パート2「クロノズヘブン総集編+Let’s影響ゲェム」[やみなべ](2010/01/04 18:09)
[37] 第28話「幕間 とある使い魔の日常風景」[やみなべ](2010/07/03 02:34)
[38] 第29話「三局の戦い」[やみなべ](2009/12/18 23:24)
[39] 第30話「緋と銀」[やみなべ](2010/06/19 01:32)
[40] 第31話「それは、少し前のお話」 [やみなべ](2009/12/31 15:14)
[41] 第32話「幕間 衛宮料理教室」[やみなべ](2010/01/11 00:39)
[42] 第33話「露呈する因縁」[やみなべ](2010/01/11 00:39)
[43] 第34話「魔女暗躍」 [やみなべ](2010/01/15 14:15)
[44] 第35話「聖夜開演」[やみなべ](2010/01/19 17:45)
[45] 第36話「交錯」[やみなべ](2010/01/26 01:00)
[46] 第37話「似て非なる者」[やみなべ](2010/01/26 01:01)
[47] 第38話「夜天の誓い」[やみなべ](2010/01/30 00:12)
[48] 第39話「Hollow」[やみなべ](2010/02/01 17:32)
[49] 第40話「姉妹」[やみなべ](2010/02/20 11:32)
[50] 第41話「闇を祓う」[やみなべ](2010/03/18 09:55)
[51] 第42話「天の杯」[やみなべ](2010/02/20 11:34)
[52] 第43話「導きの月光」[やみなべ](2010/03/12 18:08)
[53] 第44話「亀裂」[やみなべ](2010/04/26 21:30)
[54] 第45話「密約」[やみなべ](2010/05/15 18:17)
[55] 第46話「マテリアル」[やみなべ](2010/07/03 02:34)
[56] 第47話「闇の欠片と悪の欠片」[やみなべ](2010/07/18 14:19)
[57] 第48話「友達」[やみなべ](2010/09/29 19:35)
[58] 第49話「選択の刻」[やみなべ](2010/09/29 19:36)
[59] リクエスト企画パート3「アルトルージュ・ブリュンスタッド 前篇」[やみなべ](2010/10/23 00:27)
[60] リクエスト企画パート3「アルトルージュ・ブリュンスタッド 後編」 [やみなべ](2010/11/06 17:52)
[61] 第50話「Zero」[やみなべ](2011/04/15 00:37)
[62] 第51話「エミヤ 前編」 [やみなべ](2011/04/15 00:38)
[63] 第52話「エミヤ 後編」[やみなべ](2011/04/15 00:39)
[64] 外伝その7「烈火の憂鬱」[やみなべ](2011/04/25 02:23)
[65] 外伝その8「剣製Ⅱ」[やみなべ](2011/07/31 15:38)
[66] 第53話「家族の形」[やみなべ](2012/01/02 01:39)
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[4610] 第30話「緋と銀」
Name: やみなべ◆d3754cce ID:fd260d48 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/06/19 01:32
SIDE-士郎

遠目に見た見覚えのある銀の髪は夜風に揺られ、あの城での最後の姿を幻視させた。

あの時の事は、今でも鮮明に覚えている。
破壊の化身の如き黒き巨人と、黄金の暴君によって蹂躙されたアインツベルンの城。
底なしの宝具は狂気の守護者を蹂躙し、その鋼の五体を吹き飛ばす。
それらの全てが即死確実の攻撃だったが、その都度蘇り歩みが止まることはなかった。
だが、その進軍も神を律する鎖によって阻まれ、遂には無数の宝具に貫かれ、沈黙した。

しかし、事はそれだけでは終わらなかった。
光を奪われ、肺を貫かれ、無残にも「心臓を引きずり出される」という残酷な最期を迎えた狂戦士の白き主。
俺が愚かで、無知で、無力であったがために救うこと叶わなかった、雪の様に儚い少女。

彼女の名を「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」。衛宮切嗣の本当の子ども。
母を失い、俺に父を奪われ、おそらくは孤独の十年を過ごしたであろう女の子。

俺が、俺が守らなければならなかった。俺が救わなければならなかった。
――――――――――――――――――死ぬのなら、俺の方でなければならなかったのだ。
二十年前、本来なら死んでいたはずの俺が生き長らえたのに。
何故十年前、彼女が死ななければならなかったのか……その慟哭は、十年を経てなお俺の中で燻り続けている。

だから、ありえない。そんなことがあるはずがない。
彼女はもう死んだ。それはこの眼が、この腕が知っている。
冷たくなった躯を抱え、埋葬したのをこの腕が覚えている。
その口から、胸から、眼から滴る血の紅を、この眼が覚えている。
いったい何度、アレが幻で、夢であって欲しいと願ったか分からない。

だが、そんな都合の良い終わりなどありはしない。
それを、他ならぬ俺自身が誰よりもよく知っている。

では、あそこにいるのは誰なのか。
顔だって見ていない。背格好も違う。符合する箇所など、その長い銀髪だけなのに。
にもかかわらず、俺にはその背中が、あの城で最後に見た時と重なって見えたのだ。

そう、遂にわかりあうことも、それどころか言葉さえもロクにかわせなかった「姉」の姿に。
「………………イリヤ…スフィール?」
思わず、俺の口からはその名が零れた。

俺の呟きは念話にものっていたのか、凛が怒鳴る。
『は? ちょっと士郎、あんた何言ってんの! こら、士郎!!』
だけど、その声は耳には届いても心には届かない。
まるでフィルターでも掛けたように、凛の声はどこか遠く聞こえた。



第30話「緋と銀」



「っ!?」
凛の声さえ届かない自失の中、背筋に走る悪寒に体が反応する。

クロノを助けることも忘れただ呆然としていたが、染みついた動作が体を勝手に動かす。
反射的に右腕を折りたたみ、後ろを振り向き衝撃に備えた。
「ぐ!!」
すると、それに刹那遅れて憶えのある衝撃が伝わる。

そこにいたのは……
「隙だらけかと思ったのだが、存外に鋭いな」
いつぞや、シグナムとの戦いで不意打ちをしてくれた仮面の男が蹴りの姿勢で立っていた。
どうやら、今の衝撃はこいつの蹴りによるものらしい。つくづく、人の不意を突くのが好きな奴だ。

(……俺は、今何をしていた?)
状況もわきまえず、過去の記憶に心奪われこんな醜態をさらすとは。なんて無様。

そうだ、気持ちを切り替えろ。あれは他人の空似だ。あれがイリヤスフィールのはずがない。
今優先すべきは目の前のこいつと、後ろで囚われているクロノの救出。
そして、闇の書の確保だ。この場にいることからしてあの銀髪の人物も闇の書の関係者。
場合によっては、あれが主かもしれない。

「フェイカー、フォルム・スクータム!」
フェイカーを基本形態であるスクータム(盾)に戻し、目の前の男との戦闘に意識を傾ける。
先ほどまで頭を占領していた思考を排除し、追憶を心の奥底に押し込む。

この男をどうにかせずにクロノの救出はない。
背を見せれば、またさっきのようにその隙を突かれる。
そんな状態でクロノを助けられると思うほど楽観的じゃない。

そう心を決め、出し惜しみすることなく新たな力を振るう。
「『投影(トレース)、開始(オン)!』
フェイカー、カートリッジ・ロード! グラデーション・エア!!」
呪文を唱え、無銘の魔剣を投影すると同時に、俺の足元に赤銅色の魔法陣が展開され周囲に剣の幻が生じる。
その数、双方合わせて十五。

投影と幻術の併用。シグナムの時にも使った戦法を、今度はカートリッジの力を借りて拡大して行う。
実体と幻が入り乱れ、それらが半包囲陣形をとって奴を囲む。
弾こうとして幻であれば体勢を崩し、幻と思って無視したのが実体ならばただでは済まない。
最も有効な対処は回避だが、この配置を回避しきるのは難しい。

「この前の借りを返させてもらおう。いけ!!」
号令一下、十五の剣弾が奴を襲う。
同時に、俺自身も干将・莫耶を投影し準備を整える。

前回の戦闘で俺が幻術を使ったのは見ていたのか、無理に叩き落とそうとはせずに回避に徹する仮面の男。
ギリギリのところで剣を回避し、中には服を切り裂くモノもあるがその身には届かない。
ああ、狙い通り。

そして、奴は見事全てを回避しきって見せた。
「そら、景品だ。受け取れ!!」
「!?」
奴が回避しきったその先、ちょうど全ての剣弾を潜り抜けたそこで俺は待ちかまえていた。
回避は容易ではないが、実を言うと意図的に回避できる道順を用意しておいたのだ。
言うなれば、奴はそこに誘導されたことになる。俺からすれば、そこに至るのはまさに想定通り。

物事に完全はない以上、逃げ場を封じたつもりでも回避されることはある。
ならばいっそ、その先に誘導した方が確実だ。
極限状態になれば、人間はより安全そうな方に向かう。
意図して作られた道は、その意味で言えばさぞかし魅力的に映っただろう。
もちろん、あからさまになり過ぎないように気は使ったのだから、こうなってくれなくては困る。

そうして、手に持った双剣を振り下ろす。
「ぐぅ!?」
奴は寸前でシールドを展開したが、粗雑なそれは難なく双剣に切り裂かれる。
そのまま奴の右腕を斬り、浅くない傷を刻みこんだ。

一端空に避難し、間合いを開けた奴は俺の手元を見て驚愕の声を上げる。
「……なんだ、それは」
それも当然。なにせ、俺の手には何も握られていないのだから。

いや、正確には“何も握られていないように見える”だ。
「ふむ、見てわからんかね? このとおり素手だが?」
「戯けたことを……幻術、それも透過か」
そのとおり、これは幻術で光の屈折を操作し不可視にする魔法。
名を「インビジブル・エア」。かつて共に在った騎士の持つ剣、その鞘代わりを務めていたそれに倣ったものだ。
アレと違い別に風を纏っているわけではないので、遠隔攻撃やら何やらはできない。
だが、見えないという一点だけでも有用な魔法だ。特に、俺には。

まあ、発動してることは丸わかりなんだがな。
なにせ、発動してる間中ずっと環状魔法陣が腕に出てるし。
その上、フェイカーの補助があり、なおかつカートリッジを使わないとロクに使えない代物でもある。
はぁ、有用ではあるんだが、つくづく使い勝手と燃費が悪い。

「その手にあるのは、あの時の双剣か?」
「さあどうかな? 戦斧かも知れぬし、槍剣かも知れぬ。いや、もしや弓かも知れんぞ」
奴の問いをかつてのセイバーのようにはぐらかす。

見えない武器。ただでさえ間合いがつかめず、その上戦い方までわからないそれを相手にするのは困難を極める。
剣と槍では、その使い方からして違うのだから、武器の種別さえ分からないのはとてつもなく厄介だ。
だが、それでも戦っていればある程度武器の種類や大雑把な間合いくらいは読める。
正確に看破するのは難しいが、それでも経験豊富な者であればそれくらいは可能だ。
しかし、こと俺に至ってはその限りではない。なにせ、俺は武器を自在に換装できる。それはつまり、一瞬後には全く別の武器を握っているかもしれないことを意味する。

武器の不可視化と武装の瞬間換装、これほど厄介な組み合わせもそうない。
戦闘能力が上がるわけではないが、それでも戦い難いことだけは間違いない。
まあ、これで剣弾の不可視化もできれば言うことなしなのだが。
残念ながら、俺ではそこまでできない。できるとしたら、こうして握っている対象を不可視化するので精一杯。
それが、この魔法を使う上での条件になっている。

「さあ、いつぞやの借りは返した。
 と言いたいところだが、相棒がスパルタでね。受けた借りは倍にして返さなければ後が怖い。
 悪いが、ここで仕留めさせてもらうぞ」
なのはに自分の借りは自分で返させるように、俺にも「やるからにはあの時の借り、のし付けて倍返しにしろ」と徹底してやがるからな。ここで逃せば、あとで何を言われるやら。

奴はこちらの見えない武器に動揺している。
故に、現状精神的にはこちらが優位だ。
クロノのことも気になるが、そろそろ凛がこちらに来る。
なら、そっちは任せて大丈夫だろう。

この場で俺がすべきことは、凛の邪魔をさせないことだ。
「さて、そろそろその仮面の下の素顔を拝ませてもらおう!」
そう宣言し、不可視の双剣を手に一気に間合いを詰める。

「ちぃ!」
そう舌打ちし、奴は自身の周囲に四つの魔力球を展開し、射出する。

その形成速度、弾速は決して遅くはない。
だが、同時にそれほど脅威を覚えるほどのものでもない。
隠形やいつぞやの蹴りの威力を考えると、そのレベルは数段下がる。
接近戦には長けるが、そちらと比べればこの手の魔法は不得手なのだろう。

叩き落とすのも手だが、奴の接近戦能力を考えると隙を見せるのは不味いか。
俺は身をかがめ、左腕の盾の影に体を隠すようにして突っ込む。
「なに!?」
仮面の男が驚きの声を上げる。

無理もない。まさかこんな強硬手段に訴えるとは思っていなかったのだろう。
普通であればただでは済まないだろうが、こっちの盾は特別製。
思惑通り、盾に施した魔力指向制御平面と対魔力効果により、迫る魔力弾を弾く。

結果、俺は勢いをそのままに奴への接敵に成功した。
「おおお!!」
両手の干将・莫耶を十字に振り抜くが、それを奴は大きく飛び退くことで回避する。
やはり、正確な間合いが掴めないが故に、回避行動は大味にならざるをえないか。

大きく飛んだことで出来た隙を逃さず、双剣を投擲する。
手から離れたことで、その瞬間不可視化は解け、黒白の双剣が姿を現す。
左右から迫る双剣を、仮面の男はシールドを展開し弾く。

手ぶらになった好機を見逃さず、双剣を弾くと同時に一気に間合いを詰めてくる。
新たな武器を手にする暇を与えないつもりのようだが、その間が弱点なことはこちらも承知の上。
一瞬もの時間があれば、再投影には十分。

新たに投影し、不可視化した槍で迎え打つ。
だが、突き出された槍は寸でのところで回避される。
「………間に合わなかったか」
「いや、なかなかに危ないところだったよ。
 さあ、楽しいクイズの時間だ。先ほどは双剣だったが、今私の手にあるのは剣か槍か、それとも……!!」
相手を惑わす言葉を口にし、動揺を誘う。
しかし、どうやら向こうも腹をくくったらしい。
目に見えるような揺らぎは見えず、淡々とこちらの攻撃をかわし、間隙をぬって拳を、蹴りを放つ。

とはいえ、さすがに間合いが広い上に不可視の攻撃は厄介らしく、向こうは攻めあぐねている。
だが、あまり続けていると大まかな間合いを読まれて対応されるのも時間の問題かもしれない。
ならば、一気にたたみかけ、間合いを測る隙を与えなければいい。
「ふっ!」
「なっ!?」
攻撃範囲の広い薙ぎを使い、石突きで足元を打つ。それによりバランスが崩れ、僅かに浮き足立つ。
その隙をねらい槍の回転速度を上げ、円運動を利用した連続攻撃を放つ。

柄の両端を攻撃に使用できるからこそ可能な、同じベクトルの運動量を保持したままの攻撃だ。
剣のように、一々方向転換をする必要がない分その速度は早い。
まあ一定方向に勢いがついている分、どの方向から攻撃が来るかはある程度予測ができるのだが。

しかし、魔導師相手に薙ぎだけでは決定打になりにくい。
これは斬撃よりも打撃に近く、穂先に触れない限り防御系魔法はそう簡単には破られない。
どの方向から攻撃が来るか読めているが故に、そちらに重点を置いて守ればしばらくは凌げる。

その利点を活かし、奴は無理を承知で間合いを詰めてくる。
薙ぎが一撃当たるたびに体は揺らぐが、その都度立て直し、徐々に互いの距離が縮む。
そして、遂に奴は自身の間合いに俺を捉える。
「がはっ!?」
槍の回転方向を変更し、突き離そうとするより早く奴の拳が俺を打った。
魔力や上半身の力だけでなく、下半身の力も乗せきった一撃で肺の中の空気を一気に吐き出す。

一端間合いを離し、仕切り直しを図ろうとするがそう簡単にはやらせてくれない。
こちらが一歩引く間に、奴は二歩進みこちらの懐に潜り込んでくる。
見事なまでのインファイト。突き離そうにも間合いが近すぎる。
ここまで近いと長柄の武器では取り回しが悪すぎる。

仕方なく槍を捨てるが、再度投影する暇はもらえない。
そのまま、俺自身も拳を握り打ち合う。
「くっ」
「がっ」
相打つ形で互いの拳が相手を捉えるが、いかんせん基本性能が違い過ぎる。
間合い、ウエイト、筋力、全てにおいて奴の方が上。
その上、多少強化してもそれは向こうも同じ。必然、ダメージはこちらの方が上となる。

このまま打ち合ってはジリ貧か。事実、徐々にだが、俺の方が押され出している。
今すぐどうこうということはないが、何かしら手を講じなければな。
(また、凛に怒られるんだろうが、仕方がない)
そう心を決め、この場を打開する一手を打つ。

ほぼ単一能力しかないからこそ、俺に打てる手は少ない。
こういう時、万能型の他の連中が羨ましくなる。

とはいえ、そんなことをウダウダと考えていても仕方がない。
苦し紛れとしか思えない掌底を放つが、半歩下がられそれでは間合いが足りない。
「『I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)』」
その詠唱と共に、掌から血に濡れた白刃が出現する。
それにより間合いを稼ぎ、回避したと思い僅かに気の緩んだその腹に刃が迫る。

「くぅ!?」
寸でのところで身を捩って回避するが、そこでバランスが崩れた。
しかし、奴は驚異的なバランス感覚を発揮し、そのままの体勢で放たれた拳が俺の肩を打つ。

たたらを踏むが、これで良しとする気はない。掌から生えた剣を引き抜き奴に投げる。
「やってくれる! 『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』!!」
投げ放った剣が爆発し、お互いに爆風に煽られ間合いが開く。
反撃こそ被ったが、とりあえずこれで仕切り直すことには成功した。

互いに体勢を立て直し、隙を探す睨み合いに入る。
八本の黒鍵を投影し、構えるが今度はその姿は消えない。
インビジブル・エアは、定期的にカートリッジを使わないと維持できない。
まあ、今は使う意味もないからいいんだけど。

そのまましばしの間にらみ合いが続くが、天から響く轟音を合図に奴が動く。
それにやや遅れ、奴の進行方向に向けて左手の黒鍵を投げ放つ。
同時に……
「カートリッジ・ロード。グラデーション・エア」
幻術を用い、放った四本の黒鍵の周囲にそれに倍する幻を展開する。

それにより、十二本にも及ぶ黒鍵が仮面の男を襲う。
「…………一か八か、か」
そう呟き、奴は回避しきれないと踏んで魔力弾と自身の拳で黒鍵を弾きにかかる。

十二本のうち八本は幻なのだから、当然その大半が空振りに終わった。
とはいえ、幻が大半とわかっていても、中途半端な防御は実体だった時のリスクが高い。
必然、相応の力を必要とし、空振る度に僅かにバランスが崩れる。

本来なら、その隙をついて攻撃したいところなのだが、そこで違和感に気付く。
(どういうことだ? なぜ奴は、あんな面倒な対処をする?)
そう、奴の防御はどこか不自然だ。決して正面から迎撃することはせず、必ず黒鍵の側面を叩く。
拳だけならともかく、魔力弾でも必ず誘導性を持たせてそれを行っているのは明らかに不自然だ。
魔力弾で迎撃するなら、そんなことをするよりも正面から撃ち落とした方が楽のはず。
対面する形で撃ち出したのに、わざわざ弧を描くようにしてぶつけるのは非効率的だ。

それに、あれは明らかに鉄甲作用を意識している。
(だが、だとするとなぜだ? 確かにシグナムと戦った時に鉄甲作用は使ったが、シグナムはそれを直接は受けていない。なら、鉄甲作用の効果を知っている筈がないのに)
鉄甲作用を付与した投擲に対処する場合、正面からではなく側面から弾くのがセオリー。
どれだけ衝突時の威力があろうと、側面を叩いて進路を変えてやれば怖くはないからだ。

一度でも鉄甲作用の効果を見ていればわかる、割りとすぐに思いつく対処法だ。
しかし、俺はまだこの事件に関わってから本当の意味で鉄甲作用の効果を見せていない。
にもかかわらず、奴はそれを知っている。そうでないなら、あんな面倒な対処はしないはずなのに。

この疑問が、俺に一瞬の躊躇を生んだ。
その隙を突き、奴は五発の魔力弾をこちらに向けて放つ。
うち四発を黒鍵で叩き落とし、残りの一つを回避する。

だが、それだけでは終わらなかった。
五つ全てに対処したところで、時間差をつけて新たな一発が迫る。
「なめるな!!」
その怒号と共に左腕を裏拳気味に振るい、手の甲側に装着された盾で殴り返す。

弾き返された魔力弾は、そのまま射手へと返り――――――――――爆発した。
「…………………………ちっ、逃がしたか」
爆煙が張れると、そこあるはずの人影は消えていた。
頃合いと見たのか、今の煙にまぎれて逃げられたらしい。

結界の方を見れば、そちらもすでになくなっている。
どうやら、さっきの轟音の時に破られたらしい。
奴の目的が守護騎士たちの援護と仮定すれば、正しい判断だな。

詳しい状況はわからないが、奴の様子からすると守護騎士達には逃げられたと見るのが妥当か。
とりあえず、凛の元に向かうべきだな。



SIDE-凛

今は、ちょうど結界を挟んで真反対に位置するクロノの元へ向かう途中。

そこで、飛びながらさっきの士郎の言葉を反芻する。
「士郎の奴、あの時はいったい何を……」
士郎は確かに「イリヤスフィール」と言っていた。それって、あのイリヤスフィールのことよね。
まさかそんなことはあり得ないし、他人の空似ってことかな?
しかし、士郎をそこまで動揺させるなんて、どんだけ似てるのよ。

今はどうも仮面の男と交戦中で、そのおかげもあって気持ちの切り替えはできたみたいだけど、アイツ大丈夫かな? いつまでも戦闘中に余計な事を引きずるほど未熟じゃないはずだけど、事が事だけに心配だ。
イリヤスフィールのことは、ある意味アイツのトラウマだし。
そう、私にとって桜の事がそうであるように。正直、似たような場面に出くわしたとして、完全に冷静さを保てる自信はちょっとない。

「って、私も士郎のことばっかりに気にしてる場合じゃないか。
 なぁんか、あっちもヤバそうね」
空を見上げると、何やらとんでもない魔力の収束した塊が見えた。
なにやる気か知らないけど、いつまでも結界の上にいるのは危ないか。

と、そこでようやく反対側に到着した。
まったく、どんだけ広範囲に結界張ってんだか。
行き来するだけでも一苦労だっての。

上空から観察してみるけど、士郎は相変わらず交戦中。
ただし、武器が見えないところを見ると早速アレを使ったか。アレって、シンプルなだけに対処も難しいのよね。
見たところ向こうさんは相当やりにくくしてるみたいだし、この分なら放っておいてもいいか。

だから、問題はクロノの方。
何やら拘束されているみたいだけど、その時点であからさまにピンチ。
もし人質になんてされたら、それだけで面倒ね。
無視しても良いんだろうけど、知り合いなだけにちょっと寝覚めが悪いか。
本当にヤバくない限りは可能な限り助ける方針でいてあげましょ。
リンディさんたちに借りを作るのも悪くないし。

「とはいえ、私って遠距離攻撃はともかく、精密射撃って苦手なのよねぇ」
こう、まとめてぶっ飛ばすなら手なんていくらでもあるんだけど、それするとクロノが……ねぇ。
士郎となら、長年の付き合いでその辺はある程度何とかなる。私の意図とか呼吸を知りつくしているから、ちゃんと回避してくれるしね。
でも、クロノにそれは期待するわけにはいかない。

そもそもアイツ身動きとれないし。意識があるかも不明。
確かにそれをすれば連中を倒せないまでもその場から退避させられるから、クロノの確保はできる。
ただし、確保するのは負傷したクロノか、あるいは死体になりかねない。それは、ちょっとマズイかな?

となると、やるとすればやっぱり。
「直接向こうに乗り込むか」
ってことになるのよね。
まあ、ウダウダ悩んでいても仕方がない。
即断即決。さしあたりそれしかなさそうだし、とにかくまずは行動!

「そういうわけだから、付き合ってくれる? カーディナル」
《当然です。念のため、バリアジャケットに回す魔力を増やしておきましょう》
「オッケー。じゃ、それでいきましょ」
カーディナルの言葉通り、体の周りに感じる魔力の量が増した。
これで少しは防御力が上がったってことね。これからあそこに突っ込むわけだし、それくらいは必要か。

さて、上の方もそろそろ臨界っぽいし、チンタラしていられないか。
魔術刻印を発光させ、ガンドの準備を整える。
突っ込むと同時にガンドの掃射で注意を分散させて、その間にクロノをかっさらうとしよう。
その後のことは、クロノと結界の状態次第かな。

「それじゃ、行きますか!!」
位置エネルギーも使い、一気に降下する。
これは刹那のタイミングが勝負。精々上手くやってやろうじゃないの!



Interlude

SIDE-アイリ

「結界破壊まで、あとどれくらい?」
「もう少しです」
結界破壊のための砲撃の準備をするシャマル。
闇の書のページを大分消耗してしまうけど、背に腹は代えられない。
ここでみんなが捕まってしまえば、全てが閉ざされてしまう。

ふっと、背後で倒れている少年が声を上げる。
「あなたが、闇の書の主なのか」
「ええ、そうよ」
拘束こそしているけど、別に意識は失っていないし蒐集もしていない。
捕まえた時に蒐集できればよかったんだけど、あの時にはもう砲撃の準備に入っていてそれどころじゃなかった。
だからこうして、魔法を封じた状態で拘束して偽りの情報を与えている。

そう念のため、魔力を消して隠れていたのが幸いした。
一応姿を現すのは前提としていたけど、それでも無防備にさらしていいわけじゃない。
戦闘型じゃない自分と一緒なのだからと、シャマルが私を物陰に隠れさせてくれた。
ここまで付いて来たは良いけど、今回は状況が状況だから、姿を見せるのは見送ることにするつもりだったのだ。

そのシャマルの危惧通り、砲撃をするか悩んでいたシャマルの背後を取られた。
この少年はデバイスを突きつけて投降を呼びかけたけど、私の存在には気付いていなかった。
だから、その隙を突き術と特性の針金で作った鷹を飛ばし、それを振り払おうと接触したのを利用して彼を拘束。
あとは、シャマルに魔法を封じるための処理と思念通話の妨害をしてもらった。
そんなわけで、今のこの少年にこの拘束から逃れる術はない。

それと前後して、いくらか離れた所から派手な音がしたかと思うと、そこに例の少年「衛宮士郎」がいた。
あの仮面の男と戦っているみたいだけど、まだあの男から蒐集して数日。
どうしてああも動けるのか、シャマルも不思議がっていた。
でも、あの人のおかげで今はこうして結界破壊に集中できるのだから、感謝すべきなんでしょうね。

「なぜ、闇の書の完成を目指す」
「おかしなことを聞くのね。これだけの力、手の届く所にあると知れば欲するのは自然な事だと思うけど」
「違う!! それは、そんな生易しいモノじゃない!」
「あなたが何を知っているのか知らないけど、敵の言葉を鵜呑みにするわけがないとは思わない?
 それに、こっちには闇の書そのものと、その守護騎士がいる。あなたより余程詳しいわ」
どのみち、何と言われようと何を知ろうと私たちは止まれない。
だって、これしかはやてを救う手立てが私たちにはないのだから。

そこで、準備が整ったのかシャマルは砲撃を放つ。
「眼下の敵を打ち砕く力を、今ここに―――――――撃って、破壊の雷!!!」
その言葉と同時に、上空に発生した魔力の塊から紫色の稲妻のようなモノが降り注ぐ。

だけど、降ってきたのはそれだけじゃなかった。
「なに!?」
「きゃ!?」
私とシャマルが、同時に声を上げる。空から降ってきたのは、黒い何かの雨。
それが私にとって、決して馴染みのないモノでないことを察するのに時間はかからなかった。

シャマルが咄嗟にシールドを展開し、私たちはそこに避難する。
「これは、ガンド!? まさか!」
上を見上げるのとすれ違うように、何かが私の視界を掠める。

それは赤い人影。その人影は、地面に倒れ伏すあの少年を拾い上げると、一気にその場を離脱した。

Interlude out



やれやれ、一応上手くいったか。
「クロノ、これで貸し一つだからね」
「わかってる、助かった」
私に抱えられているクロノは、憮然とした表情で礼を言う。
まあ、見事なまでに格好のつかない状態だしね。

とはいえ、結局あの攻撃の前には間に合わなかったか。
あわよくば、私に気を取られて延期ないし、中断してくれたらよかったんだけど。
まあ、できなかったことを言っても仕方がない。

とりあえず抱えたクロノと少し離れたビルに降り、あちらさんの様子を見る。
「なるほど、士郎が動揺するわけだわ」
驚くと同時にそう納得する。そこにいた人物は、あまりにもイリヤスフィールと似過ぎていた。
銀色の髪、白磁の肌、そして紅い瞳。違いがあるとすればただ一点。それは肉体年齢の相違のみ。

だけど逆に言えば、もし順調に成長していればいずれはそうなっただあろう姿がそこにあるという事でもあった。
(まったく。双子でもなきゃ、普通ここまで似てないわよ)
そう、内心で独り呟く。
一応半分とはいえホムンクルスであるイリヤスフィールだから、そっくりさんくらい作れるのかも知れないけど、錬金術は門外漢だから何とも言えない。

だけど、何よりも驚いたのは……
(冗談でしょ? あれ、マジでホムンクルスじゃない)
あんまりの事実に思わず顔を手で押さえる。
それなりの術者になってくれば、一目でホムンクルスと見抜くくらいはそう難しいことじゃない。
で、少なくとも私の目にはそう映る。もしかすると、似て非なる存在なのかもしれないけど、私の知るホムンクルスの特徴やらなんやらと符合し過ぎるくらいに符合してるから、魔術師としてはそう判断するしかない。

どうやら、向こうも私の視線の意味を理解したらしい。
どうも、あからさまに驚きとかそういうのが出ていたようだ。
で、あちらさんは驚きというよりも、納得に近い表情を浮かべる。
「そう、一目で私がそういうのだとわかるのね、貴女。
 それにさっきのガンド。やっぱり魔術師、それも一角の術者ということかしら」
「………勘弁してよ……冗談にしたって性質の悪い」
これは、私の思考を向こうが肯定したということであり、向こうが魔術師というものを知っているということを意味する。まさかご同郷ってことはないだろうけど、こっちにも魔術師がいたってことよね。それが私たちと同じ認識でいいかはともかく、えらく酷似した体系の元で成り立っているのは、この女を見れば間違いなさそう。

せっかくそっち方面の脅威がないと安心したのに、ここにきて持ち直すって趣味が悪いわ。
そこで、話の意味が分からないクロノが口をはさむ。
「何の話だ?」
「ん? ちょ~っと昔の知り合いと似てたんでそうかと思ったんだけど、大当たりだったってこと」
正直、真面目に答えるわけにもいかないのよねぇ、この辺。
どの程度情報を開示するかちょっと計りかねるし、今はこれくらいかな。
これくらいなら相手が魔術師臭いと思った、って言う感じで誤魔化せるだろうし。

と、そう思っているうちに、壊れた結界の中から幾筋かの光が飛び去っていく。
しかし、そのうちの一つがこちらに向かってくる。それはフェイトと戦っていたはずのシグナムだった。
「お待たせいたしました、我が主。急ぎ撤退を」
「ええ、ありがとう」
そう礼を言う所作は、どこまでも優雅でちょっと嫉妬を覚えそうなほどだった。
なるほど、まさに騎士とお姫様って感じだわ。
それはそうと、主は適性のある人間から無作為に選ばれるらしいけど、ホムンクルスでもいいのかしらね?
ってか、ホムンクルスに適性ってあるの?

できればここで引き留めたいところだけど、向こうは三人。
クロノの拘束は即席で壊すのは少し難しい。
見事な術式で括られているし、これ自体もかなり頑丈で壊すのは一苦労だ。
少なくとも、壊す間は無防備な姿を晒す事になるし、八方ふさがりか。

となると、ここは見送るしかないわね。
「…………ふぅ。いいわよ、行きなさい。勝ち目のない戦いはしない主義だから」
「なるほど、賢明だ。では、参りましょう」
私の言葉を信じたのか、シグナムはホムンクルスの手を取った。
クロノの方も現状を理解しているのか、特に何も言ってはこない。ただし、その顔は明らかに悔しそうだ。
まあ、アンタだけの落ち度とは言わないけど、ここは諦めなさい。

「なに!?」
だけど連中が去る寸前、あらぬ方向から魔力弾が飛んできた。
そっちの方を見ると、どうやら士郎達の戦いの流れ弾らしい。
あの仮面が放った魔力弾を士郎が避けるか弾くかして、それがたまたまこっちに来たのだろう。
って、まだやってたのかアイツら!?

寸前のところでシグナムがそれを叩き落とし、心配そうに声をかける。
しかし、そこでとんでもない単語を耳にした。
「ご無事ですか、“アイリスフィール”!?」
は? アイリ…スフィール? それって、確かイリヤスフィールの母親の?
衛宮切嗣の妻で、士郎の一応義理の母親に相当する?

連中が今度こそ離脱しようとするのを、しばし呆然と見送った。
「……………………どういうことよ」
ただ似ているだけなら他人の空似で何とかなるけど、いくらなんでもこれはそれだけで済ますには無理がある。
そりゃあね、たまたまアレがホムンクルスで、たまたまアレの名前がアイリスフィールだったっていうだけの完全無欠の偶然なのかもしれない。ってか、そっちじゃなきゃおかしい。
だけど、偶然で済ますにはちょっとでき過ぎだ。偶然なんだろうけど、そうだと証明しないといけない。

だって、このことは遅かれ早かれ士郎の耳に入る。
運の悪い事に、今のを聞いていたのは私だけじゃない。
私が黙っていても、すぐにでもクロノ経由で士郎も知ることになるのだから。

「はぁ……いま悩んでも仕方がないか」
そう独り呟く。まったく、これは本当に厄介なことになった。
後悔先に立たずとはよく言ったものだ。まさか、こんなことになるなんてね。
いっそ、完全に無関係で通していればこんなことにはならなかったのに。

とはいえ、今更後悔しても遅いし、士郎にどれだけ言って聞かせたところで意味はないだろう。
士郎は確かめずにいられるような奴じゃない。
如何にあり得ない可能性だったとしても、理屈だけで納得できれば苦労はないのだから。

でも、アイリスフィール・フォン・アインツベルンはとっくの昔に死んでいる。
それが事実であり真実。
だから、どれだけそれっぽくてもやっぱり他人の空似にすぎない。
同様に、士郎が何をしようと、それはあの親子への償いにはならない。

結局、償いなんてのは自分自身の問題だ。少なくとも、償われる側がいなければ。
そして、イリヤスフィール関連で士郎が償うような相手なんて、もうこの世にはいない。
その父親や母親といったその死を悼む者がもういない以上、償いは士郎自身の自己満足。
死者は黙して語らない。降霊なんてしても、それは本人の残骸でしかなく、やっぱり本人じゃない。
なにをしても、もういない人への償いなんてできないんだ。

そこで視界の端に地面に転がる芋虫の姿が目に入るけど、すぐに排除。
「………おい! いい加減これを何とかしてくれ!!」
なんて事をクロノが叫んでいるけど、それどころじゃないので無視。
ちょっとは場の空気を読みなさいよね。
もう逃げられちゃったんだし、少しくらい思索にふけっても良いでしょうが。

でも、もし………本当にもし、「何かの冗談みたいな可能性」が現実になった時、それが一番の問題だ。
「……………士郎の奴、バカなこと考えなきゃいいけど」
それが一番の不安。この十年、アイツにとって一番の負い目だったことだ。
償いたくとも償う相手がおらず、ずっと心のうちに溜め込んできた罪の意識。
その意識の向けどころを得たアイツが、いったい何をしでかすか………。

まあ別に、アイツが償いをすることを全否定するつもりはない。
それで士郎の心が多少でも晴れるのなら、する意味はあるだろう。

だけど本来、あいつが償わなきゃならないこと“罪”なんてない。
士郎はイリヤスフィールに何もしていない。なにもしなかったことが罪だというのなら、それは詭弁だ。
だって「しなかった」んじゃなくて、アレは「できなかった」んだから。
罪があるとすれば、彼女を救い出せなかった衛宮切嗣の方。
そして、士郎にもっと別の形でその願いを託さなかったことだ。

だから“償い”は認めても、士郎が償わなきゃならない“罪”なんて認めない。
この私が認めない。絶対に……。



Interlude

SIDE-はやて

う~ん、わたしの家族は最近忙しそうやなぁ。
なんや、アイリやシャマルまで急用とかで慌てて出て行ってもうた。
まあ、こうしてすずかちゃんの家にお泊りできるのは、それはそれで楽しいんやけど。

で、目下の話題はお泊りの定番恋の話題。
すずかちゃん家のニャンコ達を膝に載せながら、ペチャクチャとお話し中や。
「はぁ、すずかちゃんもう好きな人がおるんや。羨ましいなぁ。
 わたしあんまり出会いがないから……」
なにせ、わたしが行くところはだいたい図書館か病院、あるいはスーパーや。
これでどうやって同年代の男の子と知りあえと?
いや、出会いがないこともないんやけど、やっぱりなぁ。

「で、でも片思いだし。それに、その人はもう別に好きな人がいるから……」
わたしの言葉に慌てて付け足すすずかちゃん。
ほぉ~、それはまた罪作りな人や。こんな可愛い子に好かれておいて、それで他の子にうつつを抜かすとは。
これは、将来的に後ろから刺されるんとちゃうか、その人。

「そ、そういうはやてちゃんこそ、本当にいないの?」
「せやから、おらへんて。だって、そもそも出会いがないんやから」
「でも、お話ししたことのある人くらいいるでしょ?」
う~ん、まあそれくらいはな。そこまで寂しい人生は送ってないつもりや。
せやけど、ホントに好き云々て話になるほど話したことのある人なんておらんのよ。

そこでふっと、半年くらい前の事を思い出す。
「……………………あ! 好きとかやないけど、もう一度会いたい男の子ならおるかな」
「え!? それ、どんな人?」
「でもなぁ、向こうはわたしのことを憶えてるかさえ怪しいんよ。
 なんせ、ちょう助けてもらって、あとは名前を名乗りあっただけやし」
会ったのは、その一回こっきりやったからな。
もう一度会えるかさえ分からんし、それどころかほんまにあっちはわたしを憶えてるのかどうか。
なんや、あの時の様子がナチュラル過ぎて、日常の一部として忘れ去ってる気がするんよ。

「そんなことはないんじゃないかな?」
「いや、あれはほんまに特別な意識はなさそうやった」
とりあえず、これだけは断言できる。なんせ、そうやったからこそわたしも気負わずに名乗れたんやもん。

まあ、縁が有ればそのうちまた会えるやろ……ちゅうのがわたしの考えかな?
むしろ、気になるのはすずかちゃんの方や。
「ほれほれ。すずかちゃんこそ、その人の写真とかないんか? ケチケチせんと見せてぇな」
「はやてちゃん、なんかおじさん臭いよ」
失敬な! ただ単に興味津々なだけや! 下心なんてあらへんよ?

「むぅ、その代わり、はやてちゃんが会いたい人のことも教えてよ」
「ええよ、別に隠すような事でもないもん」
それを聞いたすずかちゃんは一瞬嬉しそうな顔をするんやけど、すぐに複雑な顔になってもうた。
たぶん、自分の話す内容とその話題のわたしの中での位置関係に納得がいってへんのやろ。
せやけどなぁ、別に恋の話ってわけでもないから、聞かれても恥ずかしくともなんともないんよ。
これに文句を言われても困るわ。

「えっと……………………この人」
そう言ってすずかちゃんが携帯を開く。ほぉ、携帯で常に持ち歩いてるんやね。
うんうん、真っ赤になって初心やなぁ。そもそもそんな相手がおらんわたしが言うと悲しいけど。

って、あれぇ? この顔には見覚えが……。
「なんや、隠し撮りっぽいアングルなのはこの際置いといて……この人なんて名前?」
普通に考えると決して横に置いて良いことではないんやろうけど、この際そんな常識は無視や!
いまのわたしにとっては、こっちの方が重要問題。

だって、この特徴的な髪と肌の色。
いくら海鳴に外人さんが多くて、わたしのところには別世界の出身の人やら、そもそも分類的には人間ではない人までいるとしても、こんな特徴的な人がそうそういるとは思えんわ。

「あ、うん。衛宮士郎君」
だ~いせ~いか~い!! なんやこれ、どういう偶然なん?
はぁ、世の中ご都合主義みたいな事があるもんやな。TVとか小説の中の話やと思うっとったんやけど。

そんなわたしの様子に、すずかちゃんが不思議そうな顔をしとる。
「どうしたの?」
「ああ、わたしが会いたい人やったよね」
「え? うん、そうだけど」
一応確認すると、すずかちゃんはしっかり頷き返してくれた。
しゃあない、とばかりにすずかちゃんの携帯を指さす。

「え?」
「せやから、この人」
「え、えぇえぇぇぇぇえぇぇぇ―――――――っ!!」
うわ!? そんなに驚くほどかなぁ? いや、わたしも驚いたんやけどね。
それにしても、そっかぁ士郎君がすずかちゃんの想い人で、そのうち刺される人か。
これは、早めに再会せんと会えへんようになるかも。

何とか驚きから復旧したすずかちゃん。
「えっと、それじゃあ士郎君に教えた方がいいのかな?」
「え? う~ん、それはちょっと待って。
 会わせてくれるんは嬉しいんやけど、わたしのことは秘密で」
さっきも言ったけど、もしかするとわたしの事を忘れてるかもしれへん。
その辺を確認してみたいし、名前などなどは教えへん方がいいと思うんよ。

「確かに士郎君、そういうことを特に意識しないでするけど、きっと覚えてると思うよ……たぶん」
せやから、それを確認するためやて。ちゅうか、すずかちゃんも結構自信ないやん。
それに、憶えてるのならよし、憶えてへんかったら二度と忘れられへんようにしたるつもりや~。

「まあ、ヒントで名前くらいはええよ。でも、できるだけ写真は伏せて。
 もちろん、会ったことがあるなんて断固秘密や」
正直、会わせる相手の名前すら教えないのは無理があると思う。
写真もまあ、今の時代ではちょっと無理っぽいから、そこまで徹底するつもりはないんよ。
せやけど、それ以上はNGや。

ふふふ、さ~てどんな結果になるか楽しみやなぁ。
と思っていたところで、あることに気付く。
「ん? そういえば、士郎君が好きな人ってどんな人?」
「ああ、うん。この子」
そう言って見せてくれたのはさっきと違う普通の写真。
そういえば、やっぱりあれ隠し撮りなんかなぁ。ちょう気になる。

それはともかく、写真に写っていたのは黒髪に碧の眼をした美少女。その周りにいる子たちも負けず劣らずや。
なるほど、どうも士郎君の周りは美少女率が高いみたいやね。いや、凄い女運しとるなぁ。
「へぇ、この子がそうなん?」
「うん、遠坂凛ちゃん。一応二人は一緒に住んでるんだ」
なんやて!? おお、この年で同棲か。それはまた、はるか先に行かれとるなぁ。
なるほど、確かにすずかちゃんは不利やね。でも、わたしはすずかちゃんを応援するよ。
まあ、この人の事をよう知らんから、肩の持ちようがないんやけど。


と、こんな感じで夜が更けていく。
まさかこんな形での再会になるとは思ってもみなかったけど、それはそれでよしとしよう。
少なくとも、会えへんよりずっといいもん。

さて、まず再会の第一声は何にしようかな。
あ、それよりもホンマに忘れてるかもしれへんし、その時の事の方が重要かも。
でも、楽しみであることには変わらへんし、その時をじっくり待とう。

そう言えば、士郎君の苗字は「衛宮」なんやよね。
それってたしか、アイリの旦那さんの「切嗣」さんと同じ。
なんや、すごい偶然やなぁ………。アイリ、これ知ったらどう思うんやろ?






あとがき

というわけで、今度こそちゃんとした遭遇でした。凛が、ですけど。
ははは、期待していた人もいるかと思いますが、もうしばらく引っ張るのでした。
というわけで、士郎が本格的に対面するのはまだまだ先ですね。

正直、当初はクロノが捕まった時に蒐集されるのと、今回みたいなのの二種類作ったんですが今でも悩んでます。
クロノが蒐集されても大筋的には特に問題ないのですけどね。ただ、そうなるとクロノの意識がなくなるので、出来れば意識を保っていてもらいたいな、ということでこうなりました。
割とあっさりクロノは捕まってしまいましたが、そもそもアイリは魔力を隠ぺいしていたので存在にすら気付きませんでした。で、そこに若かりし頃の言峰さえ捕まえたあの術を使われては無理もないかと。

最後に士郎の新魔法「インビジブル・エア」について。
現状、これで士郎が習得した魔法は出しつくしました。名前のとおり、セイバーのアレをイメージしてます。幻術魔法を使うことに決め、ならこういうこともできるだろうという発想ですね。
手で握った対象に限定して透明にする、ただそれだけの魔法です。そのため、手から離れたり、触れてさえいなかったりする対象は透明にはなりません。射出した剣弾も透明に出来れば便利なのですが、今の士郎には無理です。将来的にできるようになるのかというと、さすがにその場合は便利過ぎるので望みは薄いですね。
また、発動にはフェイカーからの補助が必要不可欠で、なおかつカートリッジも必須。一発ごとに約一分持続でき、効果が切れる前に再度使わないと解けてしまうという、ちょっと厄介で燃費のすこぶる悪い仕様。この手の魔法はティアナの場合でも、対象が激しく動いたり魔力を大量に使用したりすると効果時間が加速度的に減るらしいので、士郎はカートリッジを使い、手から直接起動させることで何とか一分間を稼いでいます。
あんまり大きなものには使えませんので、やっぱり武器サイズにしか使えません。人は……たぶん無理。
他にも、使用中は常に環状魔法陣が腕に出ているので、見えなくても武器を持っていることはモロバレです。
ですが士郎の性質上、武器が見えないだけで十分すぎるくらい役に立ちますので、これらのデメリットには目をつぶっても問題がないのです。だって仮に間合いを見切られても、すぐに別の武装に換装できるので何の問題もありませんからね。
対策としては、士郎の腕だと単純な光学スクリーンしかかけられないので、不可視化はできてもレーダーやセンサーの類までは騙せないことですね。早い話、専用の機器を使うかゴーグルを付けてれば丸見えになるわけです。

この先魔法の追加をする予定はありません。
まあ、予定がないのは単純に他に思いつくモノがないからなので、思いつけば追加しますけど。
とりあえず、もしする場合には「○○・エア」で統一しようと思います。
ほら、「グラデーション・エア」に「インビジブル・エア」ですから。やっぱりこの流れは踏襲すべきかと。


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