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No.4610の一覧
[0] 魔法少女リリカルなのはReds(×Fate)【第二部完結】[やみなべ](2011/07/31 15:41)
[1] 第0話「夢の終わりと次の夢」[やみなべ](2009/06/18 14:33)
[2] 第1話「こんにちは、新しい私」[やみなべ](2009/06/18 14:34)
[3] 第2話「はじめての友だち」[やみなべ](2009/06/18 14:35)
[4] 第3話「幕間 新たな日常」[やみなべ](2009/11/08 16:58)
[5] 第4話「厄介事は呼んでないのにやってくる」[やみなべ](2009/06/18 14:36)
[6] 第5話「魔法少女との邂逅」[やみなべ](2009/11/08 16:59)
[7] 第6話「Encounter」[やみなべ](2009/06/18 14:37)
[8] 第7話「スパイ大作戦」[やみなべ](2009/06/18 14:38)
[9] 第8話「休日返上」[やみなべ](2009/10/29 01:09)
[10] 第9話「幕間 衛宮士郎の多忙な一日」[やみなべ](2009/11/29 00:23)
[11] 第10話「強制発動」[やみなべ](2009/06/18 14:39)
[12] 第11話「山猫」[やみなべ](2009/01/18 00:07)
[13] 第12話「時空管理局」[やみなべ](2009/01/31 15:22)
[14] 第13話「交渉」[やみなべ](2009/06/18 14:39)
[15] 第14話「紅き魔槍」[やみなべ](2009/02/21 22:51)
[16] 第15話「発覚、そして戦線離脱」[やみなべ](2009/02/21 22:51)
[17] 外伝その1「剣製」[やみなべ](2009/02/24 00:19)
[18] 第16話「無限攻防」[やみなべ](2011/07/31 15:35)
[19] 第17話「ラストファンタズム」[やみなべ](2009/11/08 16:59)
[20] 第18話「Fate」[やみなべ](2009/08/23 17:01)
[21] 外伝その2「魔女の館」[やみなべ](2009/11/29 00:24)
[22] 外伝その3「ユーノ・スクライアの割と暇な一日」[やみなべ](2009/05/05 15:09)
[23] 外伝その4「アリサの頼み」[やみなべ](2010/05/01 23:41)
[24] 外伝その5「月下美刃」[やみなべ](2009/05/05 15:11)
[25] 外伝その6「異端考察」[やみなべ](2009/05/29 00:26)
[26] 第19話「冬」[やみなべ](2009/07/02 23:56)
[27] 第20話「主婦(夫)の戯れ」[やみなべ](2009/07/02 23:56)
[28] 第21話「強襲」 [やみなべ](2009/07/26 17:52)
[29] 第22話「雲の騎士」[やみなべ](2009/11/17 17:01)
[30] 第23話「魔術師vs騎士」[やみなべ](2009/12/18 23:22)
[31] 第24話「冬の聖母」[やみなべ](2009/12/18 23:23)
[32] 第25話「それぞれの思惑」[やみなべ](2009/11/17 17:03)
[33] 第26話「お引越し」[やみなべ](2009/11/17 17:03)
[34] 第27話「修行開始」[やみなべ](2011/07/31 15:36)
[35] リクエスト企画パート1「ドキッ!? 男だらけの慰安旅行。ポロリもある…の?」[やみなべ](2011/07/31 15:37)
[36] リクエスト企画パート2「クロノズヘブン総集編+Let’s影響ゲェム」[やみなべ](2010/01/04 18:09)
[37] 第28話「幕間 とある使い魔の日常風景」[やみなべ](2010/07/03 02:34)
[38] 第29話「三局の戦い」[やみなべ](2009/12/18 23:24)
[39] 第30話「緋と銀」[やみなべ](2010/06/19 01:32)
[40] 第31話「それは、少し前のお話」 [やみなべ](2009/12/31 15:14)
[41] 第32話「幕間 衛宮料理教室」[やみなべ](2010/01/11 00:39)
[42] 第33話「露呈する因縁」[やみなべ](2010/01/11 00:39)
[43] 第34話「魔女暗躍」 [やみなべ](2010/01/15 14:15)
[44] 第35話「聖夜開演」[やみなべ](2010/01/19 17:45)
[45] 第36話「交錯」[やみなべ](2010/01/26 01:00)
[46] 第37話「似て非なる者」[やみなべ](2010/01/26 01:01)
[47] 第38話「夜天の誓い」[やみなべ](2010/01/30 00:12)
[48] 第39話「Hollow」[やみなべ](2010/02/01 17:32)
[49] 第40話「姉妹」[やみなべ](2010/02/20 11:32)
[50] 第41話「闇を祓う」[やみなべ](2010/03/18 09:55)
[51] 第42話「天の杯」[やみなべ](2010/02/20 11:34)
[52] 第43話「導きの月光」[やみなべ](2010/03/12 18:08)
[53] 第44話「亀裂」[やみなべ](2010/04/26 21:30)
[54] 第45話「密約」[やみなべ](2010/05/15 18:17)
[55] 第46話「マテリアル」[やみなべ](2010/07/03 02:34)
[56] 第47話「闇の欠片と悪の欠片」[やみなべ](2010/07/18 14:19)
[57] 第48話「友達」[やみなべ](2010/09/29 19:35)
[58] 第49話「選択の刻」[やみなべ](2010/09/29 19:36)
[59] リクエスト企画パート3「アルトルージュ・ブリュンスタッド 前篇」[やみなべ](2010/10/23 00:27)
[60] リクエスト企画パート3「アルトルージュ・ブリュンスタッド 後編」 [やみなべ](2010/11/06 17:52)
[61] 第50話「Zero」[やみなべ](2011/04/15 00:37)
[62] 第51話「エミヤ 前編」 [やみなべ](2011/04/15 00:38)
[63] 第52話「エミヤ 後編」[やみなべ](2011/04/15 00:39)
[64] 外伝その7「烈火の憂鬱」[やみなべ](2011/04/25 02:23)
[65] 外伝その8「剣製Ⅱ」[やみなべ](2011/07/31 15:38)
[66] 第53話「家族の形」[やみなべ](2012/01/02 01:39)
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[4610] 第24話「冬の聖母」
Name: やみなべ◆33f06a11 ID:fd260d48 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/12/18 23:23

SIDE-士郎

シグナムを崩壊させたビルで押しつぶした俺は、フェイトに運ばれながら隣のビルに移動中。
そのままビルの屋上に降ろしてもらい、完全に倒壊した向かいのビルを観察する。

崩壊は無駄なく速やかに、そして徹底的だった。
とは言え、さすがに周囲への被害はゼロというわけにはいかないか。
爆破解体(デモリッション)―――――高層建築の解体に使われる高等な発破技術。
全ての外壁が内側に向けて倒壊し、周囲には破片一つ飛び散らないという専門技法だ。
一応それを使ったのだが、あくまでそれは俺のいた階に施したもの。
連鎖的に倒壊した下層階にそんな手の込んだマネはしていないし、かなり瓦礫が散乱してしまった。
それだけでなく、巻き上げられた粉塵が入道雲のような煙幕をなしている。
まあ、他のビルまで道連れになっていないだけ良しとするべきか。

横目で見ると、この光景に圧倒されたのかフェイトは呆然とした表情をしているなぁ。
まあ、かなり派手だししょうがないか。
そんなことを思いつつ瓦礫の山を眺めていると、絞り出したような言葉をかけられる。
「………ね、ねえ、シロウ。今更だけど、こんなことして大丈夫なの?
 っていうか、いくらなんでもやり過ぎだよ!!」
怒られてしまった。だが、正直これくらいしないと意味がないと思うんだ。

……って、ああそう言えば、時間もなかったしそこまで詳しく説明していなかったか。
ビルの中に入ったら窓を突き破って外に出るから、その時は拾ってくれとしか言ってなかったな。
どうりで、準備をしている間ずっと不思議そうな顔をしていたはずだ。

しかし、守りの薄いフェイトだってこれから生還するくらいはできると思う。
実際、ビルが崩れる時矢の様な物が天に上っていくのを確認した。
アレがシグナムの仕業だとすれば、生き埋めになった可能性すら疑わしい。
詳細は分からないが、かなりの威力がありそうだったしな。
おそらく、降ってくる瓦礫やら床やらをまとめて吹き飛ばすくらいはできただろう。

「何を言う。この程度でやられてくれればいいが、おそらくそう都合よくはいくまい。
 そら、よく見てみろ」
ビル一棟分の瓦礫の山には、一点の不自然な空白部分があることに気付く。
目を凝らせば、そこにシグナムもいることがわかる。
やはり、あの矢で降ってくる瓦礫をまとめて吹き飛ばしたのか。

見る限り、埃で汚れているのとバリアジャケットの一部が破けていること、それに髪が乱れている程度。
いや、良く見れば額から僅かに血が滴っている。
あの矢を射る辺りで、降ってきた瓦礫の一部がぶつかったか何かしたのだろう。
だが精々その程度。おそらく、戦闘に支障のあるレベルの負傷はないと見ていい。

シグナムは宙に浮き上がりながら、そこで体に着いた埃を落とし滴る血を拭っている。
滞空するシグナムは、特に怒りを感じさせない冷静な声で言葉を紡ぐ。
「まさか、こんな手で来るとは思わなかったぞ。
 ビル丸ごと潰しにかかるとは、とんでもないことをするな、お前は。
 これが結界の外だったら、確実に大惨事になっていた」
当たり前だ。結界がなかったらこんなことはしない。
安全が保障されているからこその手段だ。

「失望したかね?」
「なぜだ? お前は、ここが結界内であることを考慮して今の策を使ったのだろう?
 それに、地形を利用するのは戦いの初歩だ。極端ではあるが、利にかなっている」
なにやら、後ろでフェイトが唖然とした表情をしている気がするのだが……。
うん、気のせい気のせい。

シグナムからは見えているはずだが、とりあえず気にしたそぶりも見せずに話を進めてるしな。
「だが、同じ手は二度と通じんぞ。生き埋めになるのは御免だからな」
まあ、そうだろう。先ほどのは意表をついたが、次がないのは承知の上。
これは単なる布石。何をしでかすか分からない相手、と認識してくれた方が、何かとやりやすくなる。

それに、ここから先はもっと見晴らしのいい場所で戦うつもりだ。
「フェイト、足場を頼む」
「え? あ、うん」
俺の唐突な言葉に、一度は疑問の声をあげるがすぐに俺の要望に応えてくれる。
ビルとビルの間に形成される、金色の巨大な魔法陣。

俺は魔法陣に降り、シグナムに呼びかける。
「では、今度こそ小細工抜きでお相手しよう」
「まったく、嫌な奴だな、お前は。あれだけ大掛かりなことをしておいて、そのすぐ後にこれか。
 警戒させ、周囲に注意を払わせるのが目的と見るが?」
御明察。あれだけ印象深いことをやったんだ。スグに頭を切り替えるなんて不可能。
必ず、頭のどこかでそれを警戒してしまう。
そうすれば、少しは俺への注意が減る。

まあ、それもそれほど有利に働くとは思えないが。
だが、やらないよりはマシだろう。
「しかし、ここはあえて乗ろう。
 ベルカの騎士相手に、そんな小細工は意味がないと教えてやる」
そう言って、シグナムもまた魔法陣の上に降りる。
シグナムとてこちらの狙いなど百も承知だろうが、それでもなお騎士の誇りとやらで受けて立つ考えのようだ。

とはいえ、もちろんそれだけではない。
自分の力量に、絶対の自信があるのだろう。
どんな策があろうと、それを破って見せる自信が。
その上、その自信が過信でないから厄介なのだ。

さて、上手く事を運べるか。



第24話「冬の聖母」



「どうかな? 奇策を用いれば一度くらいは勝ちを拾える。
 この一度さえ勝てばいいのだから、いくらでも策を弄するぞ。
 このようにな。『投影(トレース)、開始(オン)』」
詠唱と共に、俺の背後に無数の武器が出現する。
剣がある、槍がある、刀がある、鎌がある、斧がある。
さまざまな形態の武器があり、それらが今か今かと命令を待つ。

俺は、そのうちの一つである日本刀を手に取る。
そんな俺を見て、シグナムの顔には納得と疑問の色が浮かんでいる。
「なるほど、ザフィーラが言っていたのはこういうことか。
 それにしても節操がないな。それだけの種類の武器を、本当に使いこなせるのか?」
「なに、心配には及ばんよ。極みにはほど遠いが、扱う分には問題ない。
元より、さして取り柄のない男でね。一つを極めるより、多くを修める道を選んだのさ!!」
その言葉と共に、刀を構えて斬りかかる。
さあ、今度はこちらが攻めさせてもらう。

下段から切り上げるが、シグナムは難なく防ぐ。
そこで俺は、止められた刀を手放し左手で背後から飛来する物体を掴む。
「なんだと!?」
突然の行動に驚きの声を上げるシグナム。
待機させていた武装を、こういう風に使うとは思っていなかったんだろうな。
せいぜい、ザフィーラの時と同じように射出する程度だと思っていたのかもしれない。

だが俺はそれを無視し、掴んだ槍を突き出す。
意表をついての突きは、寸でのところで剣で弾かれる。
剣で弾かれる瞬間に槍は手放し、右腕で次の武器を取る。

手に取ったのは戦斧。
それを渾身の力で上段から振り下ろす。
足場である魔法陣が、振り下ろされた戦斧の衝撃で鳴動する。
だが、シグナムを捉えることは出来ていない。

さらに畳みかけるように、戦斧を振り下ろした流れを使い、体を反転させて次の獲物を取る。
既に戦斧から手は離されており、左手で西洋剣を取り斬り払う。
シグナムはそれをレヴァンティンで受け、斧をかわしたために崩れた体勢のせいで数歩下がる。
そこを狙い、これまでと同じ調子で順々に飛来する剣を取っては振るう。
そして、振るっては手放し、次の武器を振るうを繰り返す。

その調子で続けること十二撃。しかし、一撃たりとも届かない。
初めこそ驚いていたようだが、すぐにそういうモノと割り切ったようだ。
体勢が崩れることはあっても、心が崩れない。
冷静に一撃一撃を見極め、捌き、受け、次に備える。

だが、こちらの攻めに慣れてきたところで、シグナムが打って出る。
「はぁっ!!」
前の武器を離し、次の武器を掴む刹那の隙。
そこ目掛け、シグナムが剣を振るう。

その瞬間に攻守が逆転し、俺は一本の槍を手にシグナムの猛攻を防ぐ。
本来は、間合いの関係上槍の方が有利なんだけどな。
技量の差か、シグナムはそんなことはお構いなしに攻めてくる。
こちらの攻撃を確実に弾き逸らし、間髪入れずに間合いに踏み込む。

一度間合いを広げ仕切り直そうと飛び退いても、シグナムも全く同じタイミングで前に出る。
その結果、後退と前進が釣り合い、位置が変わるだけで間合いに変化はない。
そのまま、先ほどと同じく絶え間ない、豪雨じみた剣戟が繰り出される。
俺はそれを死に物狂いで防ぎながら、自らも槍を振るう。

だが、どうにも分が悪い。
自由度の高い間合いと長い射程を利用し、薙ぎ払いでもって敵を叩き潰すのが槍の戦い方だ。
しかし、それが思うようにいかない。
双剣に比べれば錬度が落ちるとはいえ、それでも決してなれない武器ではない。
にも関わらず、俺の槍は防がれ、返す刃がこの身に迫る。

確かに強い。疑いようもなく迅い。だが、それ以上に巧い。
こちらの槍を巧みに捌き、間髪入れずに剣を振る。
それを繰り返し、徐々にだが確実にこちらの間合いを侵していく。
このままでは、遠からず奴の剣は俺を捉えるだろう。

無論、大人しくその未来を受け入れる気などさらさらない。
まだ背後には先ほど投影し使っていない武装が待機している。
この猛攻の中、さっきのような武装の連続換装はできないが、それでも使い道はある
「いけっ!」
槍でシグナムの剣を弾きながら命令する。
その命に従い、五つの刃がシグナムに向けて襲いかかる。

あるモノは首の横を、あるモノは脇を掠めるようにして、俺の影からシグナムを襲う。
だが、この騎士はその程度で勝てるほど甘い相手ではない。
ザフィーラからこういう使い方も聞いていたのだろう。
眉を僅かに動かすと、間合いを離すように飛び退き、着地と同時に飛来する刃を打ち落とす。

さすがに、あれだけの勢いで飛んでくる刃を撃ち落としながら、俺の相手をするのは苦しいのだろう。
正直、それがわかっただけでも安堵のため息をつきたくなる。
しかし、せっかく間合いを侵したにもかかわらず、それを躊躇なくこいつは捨てた。
つまり、この程度ならいつでも取り戻せるということだろう。それを考えると、複雑な気分になるな。

とはいえ、五つの刃に気を取られが、その隙はあまりに小さい。
おそらく、ここで飛び込んでも一撃入れるのは難しい。
(やはり、これだけでは足りないか。それなら……)
意を決し、数に限りのある手札を使うことを選択する。
今を逃せば、おそらく次はないだろう。
ならば、なにがなんでもここで一撃入れなければならない。

正直、デバイスの補助なしだと不安があるが、一度だけでいい成功してくれ。
「グラデーション・エア!!」
いつでも飛びこめるようどっしりと槍を構える俺の足元に、赤銅色のベルカ式魔法陣があらわれる。
足を止めた状態で可能な限り緻密に術を構築した、イメージも問題ない。これなら!

俺が術を発動するとほぼ同時に、全ての刃を叩き落とされた。
だが、そこでシグナムの顔色が変わる。
「っ!!」
弾かれたように後ろを向き、鞘を取り振るう。
今、目の前で槍を構えている俺を無視して、だ。

だが、その危険を冒してまで振るった鞘は虚しく空を切る。
「バカな!?」
いや、空を切ったというのは正しくない。
シグナムの鞘は確かに目当てのものを捉えた。
ただ、その対象が鞘に触れた瞬間に消失してしまったのだ。

これこそが待ち望んだ好機!! 今奴は、思わぬ空振りをしたことで体勢が崩れている。
「そら、どこを見ている!!」
一気に接近し、手に持つ黄色の短槍でシグナムに突きを放つ。
直前に気付いたシグナムは、レヴァンティンで弾こうとする。
しかし、完全には捌き切れず、槍がシグナムの右肩を裂く。
それにともない鮮血が舞い、槍の穂先と足元の金色の魔法陣、そしてシグナムの体を紅に染める。

槍の狙いは外れたが、目的そのものは達した。
俺が使ったのはただの槍ではなく、「ゲイ・ボウ(必滅の黄薔薇)」と言う名の魔槍。
彼のフィオナ騎士団随一の騎士「輝く貌」のディルムッド・オディナが妖精王より賜りし宝具。
この槍の能力は、回復不能の傷を負わせる不治の呪い。
この槍で一度つけられた傷は、この槍があるか限りどんな神秘や科学を以てしても癒えることはない。
これこそが、俺の真の狙い。

シグナムを倒すのは難しい。少なくとも、今すぐこの場でケリがつくとは限らない。
場合によっては、この先また対峙する可能性もある。
だからこそ、あるかもしれない次以降の為にこの槍を使った。
ここでシグナムの戦力を削ることができれば、この先があった時に有利に働く。
これで、少なからずシグナムの戦力を削げたはずだ。

念のため、シグナムの肩を切り裂いた槍を捨てる。
まだシグナムはこの槍の能力を知らないが、万が一にも槍を破壊されてはならない。
なら、先ほどまでの武器と同様に捨てたと思うはずだ。こいつの方は、あとで回収すれば問題はない。
複数の武器を使い捨てにしたのも、本当の狙いから目を逸らさせ隠し切るためのもの。

そんな俺の思惑を知らず、シグナムが素直に感心する。ただし、それは俺が先ほど使った魔法に対してだ。
「やられたな。まさか、あんな隠し玉があったとは」
「それは、先ほどの幻術のことかね?」
まあ、かなり珍しい部類に入るからな。だって、ベルカ式で使う奴ほとんどいないらしいし。
近代・古代を問わず、ベルカ式はその性質上サポート系の魔法に乏しい。だが、全くないわけではない。
だから、中には俺みたいに幻術を使うモノ好きもいる。

本来はミッド式が得意とする魔法であり、ベルカ式では応用性が低いのも使用者が少ない理由。
実際、こいつは武器の幻を作ることに限定し特化させた魔法だしな。
しかし、こちらの幻術は、「見せる」モノではなく「作る」モノ。
相手の内に干渉し幻を見せると言うのとは根本から異なり、幻影や幻像に近い。
言わば魔力で出来たハリボテで、表面をイメージで本物そっくりに加工しているという感じ。
これならどうにか、俺の得意分野である「剣」と「作る」の両立が可能となる。

ただし、俺の幻術は少々特殊。
投影魔術を応用し、創造理念・基本骨子・構成材質・製作技術・憑依経験・蓄積年月をイメージすることで、限りなく真に迫ることに成功したのだ。名前の由来もここにある。
その完成度は、たとえ死角から迫られてもなおその存在感を感じるほど。
それは、ついさっきのシグナムの反応が証明している。

とはいえ、上手くいってよかった~……。
なにせ、念入りに準備した万全の状態でも成功率が五割に満たない。
聖杯戦争の時もそうだったが、割りと本番に強い性質なのが幸いした。
今回は上手く行ったけど、実戦での使用には課題が多い。
さっきは使うしかないから使っただけで、上手くいくことなんて期待していなかったもんなぁ。

しかし、そんなことは全く知らないシグナムは、手放しの称賛を贈ってくれる。
「ああ、今までにも少ないながら幻術使いと立ち会ったことがあるが、あれほど真に迫ったモノは初めてだ。
 まさか、視界に入ってもいないのに存在を感じ、背筋に悪寒が走るとはな」
一流の剣士からこの評価。どうやら、一応の完成を見たと言っていいようだ。
とはいえ、おっそろしく魔力効率が悪くて、日に使える回数は二桁に届かないのが難点。
さっきザフィーラと戦った際に魔法陣を使ったし、それも含めるとさらに減るな。

しかし、俺はどこまでいっても、何をやっても贋作者(フェイカー)と言うことか。
それを思うと、思わず苦笑いが浮かびそうになる。
こういうのも、首尾一貫しているというのだろうか?

そこで、突然なのはからの念話を受信する。
『みんな聞いて。わたしが結界を壊すから、その間に転送を……』
確かに、一向に外部からの救援が来る気配がない。
よほどのこの結界が強固なのか、リニスも結界を破ろうとしているみたいだが上手くいかないらしい。
増援が来ることを期待しての戦闘だが、それが望めないなら自力で脱出するしかない。
その意味で言えば、なのはの提案は現実的だ。

今手が空いているのは、なのはとリニスだけ。
他のみんなは、それぞれの役目があり他に手を回す余裕はない。
後はフェイトだが、どちらかと言えばフェイトはなのはほど結界破壊に長けてはいない。
となると、なのはが結界を破りリニスやフェイトが転送を担当するのが適任だろう。

だが……
『アンタね、自分の状態を把握した上でそれ言ってるの?』
凛が不機嫌を隠さない声音でそれを制す。
そう、なのはは決して万全の状態ではない。むしろ、ボロボロと言っていい状態だと聞いている。
そんな状態で大技を使えば、体にかかる負担は無視できない。

しかし、それで引き下がるようななのはでもない。
『でも、みんなが戦ってるのに何もせずにいるなんてできないよ。
 それに、スターライト・ブレイカーならこの結界だって撃ち抜ける!』
『凛、なのはさんは私が監督しますから、どうか許してもらえませんか』
また、リニスまで頭を下げてくる。
なのは一人だと危なっかしいが、リニスが見ていてくれるなら………。

問題は、結界を破壊してもまた張り直されてしまうかもしれない可能性。
だけど、それでも再度展開し直すには若干のタイムラグがあった。
さっきはほかのみんなとの連携が取れていなかったが、今なら破壊したその瞬間にまとめて転送できる。
その点でも、これは十分有効な手段だろう。

凛もそれはわかっている。それに加えてリニスの進言まであったせいか、渋々承諾の意を示す。
『はあ~~~……わかったわよ。じゃあその間は私達が時間を稼ぐから、確実に成功させなさい。
 ただし、絶対に無茶はしないこと。したら折檻が三倍になると思いなさいよ、二人とも』
ああ……つまり、折檻するのには変わらないんだな。
その言葉を聞き、なのはは絶望色のリニスは沈痛な声で「はい」と答える。
助け船くらい出してやりたいが、受信はともかく送信ができないので見送るしかない。

しかし、これで方針が決まった。
それなら、俺たちの仕事はシグナムにそれを気付かれないようにするか、あるいは絶対に行かせないこと。
今はちょうどいい舞台にいるし、何とか時間を稼がないと。

そのことは決して表に出さず、先ほどまでと変わらないやり取りを続ける。
「だが、所詮は幻。実体がないのであれば、恐れることはない」
「虚勢はよしたまえ。君にこの魔法の有用性がわからないはずがない。
 私は武器を呼び出す事が出来る。その私が武器の幻を作る。それも虚実の見極めが恐ろしく困難な幻だ。
 さて、君は一体どうやって本物と幻を見極めるのかね?」
もし虚実の見極めができれば脅威はないが、できないのなら迂闊な対応は命取り。
判断を誤れば、さっきの様に致命的な隙を生むことになるし、逆に剣が体を貫くことになるかもしれない。
まあ、実を言うとどこにも本物なんてないんだがな。

そこで、肩の痛みに眉をしかめていたシグナムの顔に、おもむろに笑みが浮かぶ。
「……ああ、確かにお前の言う通りだ。私には、虚実を見極める術がない。
 これは、一瞬たりとも気が抜けんな」
言っている内容とは裏腹に、その声音には隠しきれない喜色が含まれている。
まるで、長い間待ち望んだ何かを見つけた子どものような印象さえ受ける。

「その割には、ずいぶんと嬉しそうに見えるが?」
「わかるか? 数多の敵と戦ってきたが、お前ほどの難敵はそうはいなかった。これで心踊らない筈がない。
 それに、その若さでその実力としたたかさ、よほど良い師に恵まれ、練磨絶やさなかったのだろうな。
 先の武芸百般ぶりといい、才なき身でたいしたものだ」
この短いやり取りでそこまでわかったか。
さっき自分から「取り柄がない」と言ったが、それを謙遜でも何でもなく事実だと認識している。
シグナムは衛宮士郎と言う人間の戦闘者としての性質を、大まかにだが把握したらしい。

だが、シグナムの顔には僅かに喜び以外の何かが含まれている。
なにか、策でも練っているのだろうか?
いや、むしろ何か疑問を感じているというのが正しいように思う。
時間稼ぎもしたいところだ。ここは一つ、疑問に答えてみるのも手か。



Interlude

SIDE-シグナム

まったく、これほどの高揚はいつ以来だ。
テスタロッサの太刀筋も見事だったが、この男はその上を行く。
まさか、主とさほど年の変わらぬ子どもがこれほどのレベルに至っているとはな。

しかし、何故だ。何故私は、衛宮に言いようのない違和感を覚えるのだろう。
奇妙な所は多々ある。
研ぎ澄まされた剣技、境地に至った弓、見なれぬ魔法、どれも異常の一言だ。
まあ弓は反則、魔法は未知であることを考えれば、ここで深く考えても意味はない。
だが、剣だけはそうはいかない。あれだけは、私の持つ基準と照らし合わせることができる分、異常さが際立つ。

いや、それだけではない気がする。もっと…もっと別の何かがある気がしてならない。
正体の掴めない違和感に、らしくもなく二の足を踏んでいる。
浅くない傷を負って弱気になっているのかとも思ったが、違う。
私はこの程度の傷で怯んだりはしない。将が弱気になれば、全体の士気にかかわる。
なにより、敵の力に奮い立ち果敢に攻めるのが普段の私だ。

だからだろう。私の中の何かが、このまま戦うのは危険だと警鐘を鳴らすのを強く自覚する。
そこで、奴から思いもよらぬ言葉がかかる。
「その様子では、何か聞きたい事でもあるようだな。答えられる範囲の事なら答えるが?」
まさか本気で言っているとも思えないが、情報操作が目的か?
だが、信じるか否かはこちらの自由。それほど意味のあることでもない。
目的もわからずに、迂闊に乗っていいものか……。

僅かに逡巡するが、剣を振るう者としてこの疑問を無視することはできなかった。
「……………ならば、一つ聞きたい。その剣、どうやって身につけた?」
数多の武器の中で、ひときわ目を引いた黒白の双剣。
正直に言えば、奴の剣に魅かれたと言ってもいい。
舞うような双剣の軌跡は清流で、その心に邪なモノがないことを如実に物語っている。
才能や天賦の物に左右されない、鉄の意思で鍛えられた技量。
テスタロッサのそれとは違う、非凡ではないからこそ届く頂。

おそらく、鍛えれば大抵の人間がそこに届くだろう。
だが、そのために必要な時間と鍛錬の数は計り知れない。
千人いれば千人が途中で挫折し、あるいは絶望し道半ばで諦める。
だからこそ、そこに至った奴の心の強さが窺える。

しかし、返ってきた答えには私の予想以上のモノはなかった。
「どうやってと聞かれてもな。日々の鍛錬と実戦の中で磨いた、としか言いようがない」
「そんなことはわかっている。お前の剣はそういうものだ。
 一切の無駄を削ぎ落とした無骨な剣。華やかさこそないが、研ぎ澄まされた美しさがある。
 だが、それには膨大な時間が必要なはずだ。技量や経験とお前の年齢は、あまりに不釣り合いだと言っている」
そう、本来あの若さで至れるようなモノではない。
良い師に学び、鍛錬の質を上げ、戦闘経験を積んでも純粋に時間が足りない。
異常なまでの戦闘経験の豊富さといい、まるで時間の流れを無視しているかのようだ。

鋭い眼差しで問いただすが、それに動じた風もなく皮肉気な笑みで流される。
まったく、本当に子どもか? こいつは。
「それを言うのなら、私の弓もそうではないかね?」
「そちらは考えるだけ無駄だ。確かにお前の射は美しかったが、アレを倣うことなど誰にもできない。
 お前のそれは最早“術”ではなく、一種の特殊能力だ。
 そんなものを一般的な基準で測ることがそもそも間違っている」
どうも奴は、自分が一つの境地に至っているという自覚が薄いようだが、もはや奴の弓は術ではない。
初めから出来る者は、どうすれば出来るようになるかわからない。故に、できない者にそれを伝えるのも不可能。
術とは人に伝えてこそ。伝えられない時点で技術とは呼べず、ただの能力だ。
人間が鳥に飛び方を教わっても飛べるはずがないのと大差はない。

「ふむ、興味深い意見だ。確かに、弓に関しては基本以上を指導できるとは思えんな。
なるほど、能力とは上手い例えだ。
では、魔法も同様と考えているのかな?」
「見たこともない術式を自分の基準で判断するほど愚かではない。
 引き起こされる結果さえわかっていれば十分だろう」
衛宮は転送を使うようだが、その対象や範囲を勝手に決めるのは命取りになる。
固定観念は捨て、転送ができると言うことだけ知っていればいい。

「ああ、たしかに、全くもって正論だ」
そう応じる奴の顔には、相も変わらず皮肉気な笑みが張り付いている。
おかげで、その本心を窺うことができない。これと腹の探り合いをするだけ無駄か。

しかし、いつの間にか立場が逆になっていたな。
これも奴の狙いなのかはわからんが、軌道修正すべきだろう。
「いい加減、私の質問に答えたらどうだ?」
「む? ああ、どうやって剣を修めたのか、だったな。申し訳ないが、先ほどの答えがすべてだよ。
 ………いや、あえて付け足すなら、元々はある男の模倣からはじめた事だったか」
言うまでもなく、技の伝承とはすべて模倣から始まる。
わざわざ付け加えるようなことではないし、こいつの磨き抜かれた剣技の説明にはならない。
まったく、ここまで不明な点の多い敵というのもそうはいなかったぞ。

「別に師はいたのだがね。彼女の剣は私には合わなかった。
 奴の剣を真似るのは正直いい気分ではなかったが……」
衛宮はどこか遠い目をしながら、さまざまな感情が入り混じった顔をしている。
その男に対する感情は、かなり複雑らしい。

衛宮はさらに続けようとするが、そこで桁外れの魔力を感知する。
(なんだ、このすさまじい魔力は!?)
仲間のものではない。
なら、これほどの魔力を使うということは、目的は一つ。
やけに饒舌だとは思ったが、これが狙いだったのか。

まずい、今はまだそれをさせるわけにはいかない。
衛宮と戦っている場合ではなくなった。
今すぐ阻止しなければ、結界が破られる。

Interlude out



適当に話を引き伸ばしている最中、突如としてシグナムの表情が変わる。
驚愕の後、顔をあらぬ方向に向けた。気付いたか。
「ふぅ、もう気付いたのかね? すまないが、もう少しばかり相手をしてもらうぞ」
ビルの谷間にいたおかげで眼に見える変化がなかったのが幸いしたが、さすがにそれも限界らしい。
なのはが収束砲の準備を進めることで、その膨大な魔力の波動を感知された。

「私とて、できればここで決着をつけたいが、そうも言ってはいられん。この勝負、預けるぞ」
「それはそちらの都合だな。こちらにはこちらの都合がある。二対一になるが、諦めろ」
別に、本気でフェイトに戦わせるつもりはない。だが、そう意識させるだけでも意味はある。
フェイトもその意を汲んでくれたようで、シグナムの上を塞ぐ形でフォトンランサーを待機させる。
バルディッシュの補助がない分、少々数が少ないがこれで充分。

空を見上げ、抜け出すことの困難さを知ったシグナムは諦めたように告げる。
なのはのところへ向かうにしても、俺を何とかしておきたいところだろう。
進路を妨害された状態で背を向けるなど、自殺行為以外の何物でもない。
「……仕方がない、か。だが、殺さずに済ます自信はないぞ」
「それはこちらも同様だ。極力殺さぬよう配慮するが、それもどこまで上手くいくか」
これは、紛れもない俺達の本音。
シグナムを相手に絶対はない。勝てるかどうかさえ分からないのだ。
その上、確実に生かして倒すとなると、半ば運任せに近い。

「ならば、お互いに全身全霊で戦おう。
 その結果、望ましくない事故が起きたとしても、その責を負う事を誓う」
「ふっ、そう簡単に死ぬつもりはない。その危惧、杞憂にして見せよう」
ここから先は無言。もはや語ることはない。
ベルトにさしておいた干将・莫耶を握る。
シグナムも、構え迎え撃とうと剣を構える。

双剣を握る手に力がこもる。
ゲイ・ボウは当てた。だが、できればここで仕留めておきたいのも事実。
しかし問題なのは、俺とシグナムの力の差。
以前の体であれば、防戦ながら拮抗するくらいはできただろう。技量の差を、経験と戦術で埋めることができた。
ところが、子どもの体になったせいで基本的な性能が落ちている。
これでは守りに徹してもなお、剣の打ち合いではジリ貧になるのはこれまでの剣戟で証明されている。

だからこそ、ここまでひたすら奇策に訴えてきた。
現状、まともに打ち合っては勝ち目がない。
ならば、勝てる何かを創造(想像)せねばならない。

そこで選んだのが、この双剣。
長い戦いの人生の中で、最も手に馴染んだ愛剣だ。
当然、それには理由がある。
ただ、投影しやすいと言うだけではない。ただ、最も衛宮士郎にあっている武器と言うだけでもない。
数多の戦いの果てに辿り着いた、とっておきの奥の手が存在する。
多くの戦いを制してきた“必殺の一撃”があるからこそ、干将・莫耶は衛宮士郎の愛剣なのだ。

二つの曲線。
引かれ合う陰と陽。
連続投影。
剣術自体は基本を守る。
そして、突如として伸びる間合い。
それこそが、衛宮士郎が編み出した唯一つのオリジナル、究極の四手。

こちらの気迫が満ちていることを感じ取ったのか、敵は僅かに腰を落とす。
「―――鶴翼(しんぎ)、欠落ヲ不ラズ(むけつにしてばんじゃく)」
左右の双剣を同時に投げる。
それぞれに魔力をこめての一投。
それと同時に、敵もまた動きだす。

双剣は、ちょうど敵上で交差するように飛翔する。
鶴翼が描くのは、美しい十字。
それを、それまでより一歩深く踏み込むことで、敵は紙一重のところでかわす。
僅かに掠めたのか、数本の髪が風に散り、両の頬に紅い血の線が引かれる。

双剣は狙いから外れ、騎士のすぐ後ろで十字を象り、そのまま遥か彼方へと飛んでいく。
下がるのではなく、止まるのでもなく、そこでより深く一歩を踏み出すことがどれほど困難なことか。
僅かでも躊躇すれば、そこで双剣は奴の体に突き刺さっていただろうに。
それを恐れず、平然とやってのける目の前に迫る騎士に、改めて脅威を感じる。
まったく、わかっていたつもりだったが、とんでもない奴を敵に回した。

敵の進行は止まらず、その手にある剣も十分に力を蓄えている。
対して、こちらはこれで無刀。
だが、そんなことは構わずに俺もまた突進する。

普通に考えれば、明らかな自殺行為。だが……
「―――『凍結(フリーズ)、解除(アウト)』」
あらかじめ用意しておいた干将・莫耶をもう一度作り上げ、奴を迎え撃つ。
少々予想と違ったが、それでもこの状況は想定済みだ。

俺の手の双剣を目にし、シグナムの目つきが変わる。
「っ!」
おそらく、これを先ほど投げた双剣だと思っているのだろう。
これまで同様、失った剣を転送し改めて構えたのだと。だが、それこそがこの技の罠。

奴の間合いに入り、カートリッジが排出され、炎を纏うバカげた力を乗せた一撃が振るわれる。
「紫電…一閃!!!」
「―――心技(ちから)、泰山ニ至リ(やまをぬき)」
それを、双剣と足に渾身の力をこめ、振るわれる剣に向けて叩きつける。
この一度だけでいい。何としても一歩も下がらずに、この場に踏みとどまる。

その目的は達し、衝撃に押されながらも俺は変わらずその場所に立ち続ける。
しかし、かろうじて剣は手放さなかったが、すぐに剣を振るえる状態ではない。
振り下ろされた奴の剣に、力負けしたのだ。

(まったく、あの肩の傷で、何でこんな一撃が打てるんだ)
と、そう思わずにはいられない。
決して浅くない傷のはずだ。事実、今の一撃でさらに傷が開いたのか、僅かに鮮血が舞っている。
いや、むしろカートリッジまで使われてなお耐えきれたのは、肩の傷があるからこそか。

しかし、これで今度こそ絶対絶命。
ここは奴の間合いの中。
あちらはすぐにでも剣が振れるが、こちらは一度体勢を立て直さなければ迎撃することはできない。
それまでにかかる時間は一秒もないだろう。だが、シグナムにとってはそれで充分。
次に振るわれるであろう剣を、俺には防ぐ手がない。
体勢を整える前に、奴の剣は確実にこの体を断つだろう。

シグナムもそれを確信し、振り下ろした剣の勢いをそのままに、今度は薙ぎを放つべく柄を握り直す。
「終わりだ!!」
シグナムの言葉通り、これで終わり。
剣鱗で防ごうにも、おそらく展開する前にその剣が体に届く。

だが、すでに仕込みは完了している。
「―――心技(つるぎ)、黄河ヲ渡ル(みずをわかつ)」
俺の眼は、シグナムを捉えていない。
俺が見ているのは、そのさらに後ろ。
シグナムの後方から飛翔する、黒白の双剣だ。

言うまでもない。それは投擲し、敵にかわされた一度目の双剣。
干将・莫耶は夫婦剣。
その性質は、磁石のように互いを引き寄せる。
故に、手に片方の剣があれば、もう片方も必ずこの手に戻ってくる。

しかし、敵もまた一人ではない。
《警告! 後方より飛来物!!》
「レヴァンティン、シュランゲフォルム!!」
シグナムの指示と全く同時に、その手の剣がカートリッジを排出する。
すると剣は形を変え、いくつもの節に分かれた蛇腹形態となる。

「はっ!」
シグナムは気合いと共に形を変えた剣を天高く掲げる。
剣はまるで生きた蛇のように動き、シグナムの後方めがけてその身をくねらせる。
結果、後方から襲いかかる干将と莫耶は迎撃される。
奴の体を交点に、十字を描こうとしたその軌道を寸でのところでずらされたのだ。

時間が凍りつく。
全ての動きがスローになり、奴の剣が元の形態に戻ろうとする動きさえ恐ろしくゆっくりだ。
一挙手一投足が、まるで手に取るようにわかる。
それは向こうにも言えることだろう。
一秒にも満たない刹那、互いの状態を確認する。

今の一瞬で、俺は体勢を立て直した。
弾かれた双剣を外から内に振るい、交差する剣が十字を描くだろう。
これが、この攻防における最後のチャンス。

対して、シグナムはまだ剣が戻りきっていない。
おそらく、俺の剣を防ぐには間に合わないだろう。
だが、剣を持つのとは逆の手がいつの間にか鞘を握っている。
鞘はすでに、俺の剣が描くであろう軌跡を塞いでいる。
双剣が鞘を断つまでの一瞬があれば、間合いから外れることなどシグナムにとっては容易だ。
あるいは、戻した剣で勝負を決しようとするかもしれない。

だから、これで詰み。
俺の最後の一閃は、確実に無に帰す。
この攻防は、俺の手詰まりで決着する。
最後の一閃が無に帰し、その後に俺は完全な無防備を曝け出す。
そこを、体勢を整えたシグナムが仕留めて終わる。
最後の最後で、俺は読み違えた。あるいは、運に見放されたのだろう。

――――――――と、奴は思っている。
あいにくと、未だかつて自分の運を頼りになどしたことはない。
エミヤシロウの運の悪さは筋金入りだ。
それは、聖杯戦争でのアーチャーのステータスが物語っている。

ならば、どうやって衛宮士郎は戦い、生き残ってきたのか。
それは共に在り続けた相棒と、この身に培った洞察力の賜物。
心眼。修業と鍛錬、そして数多の戦いの果てに導きだした“戦闘論理”。
逆転の可能性が1%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せる。
戦闘では、あらゆる可能性を考慮しなければならない。その中には、当然最悪の可能性も含まれる。
ならば、この状況を予想していないはずがない。

故に、この手にはこの先が用意されている。
「『同調(トレース)、開始(オン)』」
両手に持つ双剣に向け、ありったけの魔力を注ぐ。
限界まで魔力を注ぎ、干将・莫耶の性能を一時的に極限まで引き上げる。
崩壊する可能性は考えない。
一秒でいい。それだけ保ってくれれば、必ず勝利をつかんでみせる。

同時に「強化」の魔術を応用し、より攻撃力を高められるようその形を変える。
―――唯名(せいめい)、別天ニ納メ(りきゅうにとどき)。
「ビキッビキッ」と言う異音をたて、双剣がその形を変える。
刀身は通常の干将・莫耶の倍ほどにも長くなり、棟から鎬にかけてささくれが立つ。
その様は、まるで出刃包丁か翼のようだ。

それを見て、敵の表情が凍りつく。
姿を変えた剣が、ハッタリではないことに気付いたのだろう。
如何に頑丈な鞘であろうと、これだけやれば両断するのは容易い。

無論、急所は外す。
重傷は負うだろうが、死にはしないはずだ。

しかし、ここで騎士はさらに俺の予想を上回る動きを見せる。
「っ!?」
視界の端で、何かが光った。
それが何か判断する前に、首を傾ける。

ザシュッ!

そんな音をたて、俺の右頬の横を何かが通り過ぎていく。
頬に灼熱感がある。おそらく、通り過ぎた何かが切り裂いたのだろう。
目だけでそれを追うと、そこには鋭い銀色の光を放つ血に濡れた切っ先があった。

その瞬間に、それの意味することを理解する。
あれは、蛇腹状になっていたシグナムの剣の先端だ。
こちらの剣が防げないと見るや、剣を戻すのをやめ、そのままの形態で伸ばしてきたのだろう。

目の良さが幸いしたな。
もし気づかなければ、危うく喉を貫かれていたところだった。
そうなれば、よくて相討ち。
悪くすれば、俺の負けだったかもしれない。

だが、正直驚いた。
これは初見でこそ意味をなす技。だからこそ、初見においてこれを防ぐのは至難を極める。
それは、俺のこれまでの経験が証明している。
その意味で言えば、よくここまでついてきたとさえ思う。
まるで、この一連の流れを知っているかのような反応だった。

心に宿ったのは、嘘偽りのない敬意。同時に、シグナムの眼に宿ったモノに気付く。
そこには、悔しさがある。無念もある。だが、それらを感じさせないほどの称賛がある。
「見事」と、そんな声にならない声を聞いた気がした。
「―――両雄(われら)、共ニ命ヲ別ツ(ともにてんをいだかず)!!!」
だから俺は、それに応えるためにも躊躇なくこの剣を振るう。

しかし、剣がシグナムの身を捉える直前、背後から聞きなれない男の声が掛かる。
「ああ。そして、こちらにも都合がある。あと紙一重、届かなかったな」
その言葉に反応し振り返りかけるが、その前にわき腹に衝撃が走る。

ゴキゴキッ!!

完全に隙を突かれた蹴りの衝撃が突き刺さり、肋骨を貫通し内蔵にまで届く。
衝撃で肺からありったけの空気が絞り出され、無様な声が漏れる。
「がっ!?」
蹴りの威力は完全に俺に伝わり、魔法陣から足が離れビルの側面に激突する。
手に持っていた干将・莫耶は、過剰な強化と変化に耐えられなくなり砕け散った。

体はコンクリートの壁に埋まり、蹴りの衝撃で息が詰まる。
呼吸ができない。腹の中をぐちゃぐちゃにされたかのような錯覚さえ覚える。
左わき腹に走る激痛が、あばらを数本持っていかれたことを教えてくれる。

痛みに耐え何とか顔をあげると、そこには仮面の男が浮遊していた。
その後ろには、バインドで拘束されたフェイト。
シグナムはそんな俺たちを見て、状況が理解できないながらも仮面の男への警戒心を露わにしている。
「貴様、何者だ! 一体何が目的だ!!」
「そんなことはどうでもいい。じきに蒐集が終わる。
 この場は退け。お前たちは、まだ捕まるわけにはいかないはずだ」
シグナムの問いを無視し、男はそう告げる。
何者かは知らないが、どうやらシグナム達の目的を知っているらしい。

「そら、結界が壊れるぞ」
男はそう言って、空を仰ぐ。
すると、天に向けて桃色の中に僅かな赤を内包した閃光が伸びていく。

閃光が空を覆う結界を貫く。
その結果、結界は跡形もなく砕かれる。
シグナムは一瞬口惜しそうな表情を見せるが、何も言わずこちらに頭を下げる。
そして、顔をあげるとこの場から離脱した。
仮面の男も、いつの間にかその姿がない。逃げられたか。


俺はなんとかビルの壁からはい出し、フェイトもバインドを破壊する。
お互いに、一度屋上に上がり現状を確認するべく俺は凛に、フェイトはアルフに念話を使う。
仮面の男は「蒐集が終わる」と言った。
言葉の意味はわからないが、シグナム達の目的が何らかの形で達成されたのだろう。

そして、その対象として真っ先に浮かぶのは……
『凛、なのはは?』
『ごめん、してやられた。
 命に別条はなさそうだけど、かなり衰弱してる。
 今はユーノが回復魔法をかけてくれているけど、早くちゃんとした治療をした方がいい』
やはりか。何があったのかはわからない。
だが一つ言えるのは、今回は俺たちの完敗だと言うこと。

しかし、あの仮面の男は一体何だったんだ?
シグナムも知らないみたいだったが、少なくともこちらの味方と言うことはないのだろう。
それに、あれは相当な手練だ。
いくらシグナムに集中していたとはいえ、完全に背後を取られるなんて。

いや、今はなのはが心配だ。
フェイトも、なのはのことが気になるせいか顔色が良くない。
とりあえず、いったんみんなと合流するのが先決か。



Interlude

SIDE-リニス

私は、その瞬間我が目を疑った。

ユーノ君が張った結界が解かれ、なのはさんが収束砲の準備をする。
私は、誰かが妨害しにかかることを想定し、周囲を警戒しつつ転送魔法の準備を整えていた。
二つの作業を同時に進行していたが、決して油断はしていなかったし、異変もなかったはずだった。

だけど、それは起こった。
なのはさんが収束砲を撃とうと構えた瞬間、あり得ないモノが現れたのだ。
なのはさんの胸から手が伸び、彼女のリンカーコアを捕獲した。

気付いた時にはすでに遅く、迂闊にその手を攻撃しようものなら、リンカーコア自体を傷つけてしまうかもしれない。そうなれば魔力の暴走を誘発するかもししれないし、プレシアのようなことになりかねないのだ。
このままでいいはずもないのは承知しているが、手をこまねいて見ていることしかできない。
こうしてリンカーコアを確保されてしまった時点で、既に手詰まり。
こうなる前に気付かなければならなかったのに……。

そのことに歯噛みする私を無視して、なのはさんのリンカーコアは徐々にその光を小さくしていく。
(なのはさんの魔力を…吸収している?)
こんな魔法に見覚えはないし、聞いたこともない。
だけどこの手によって、なのはさんのリンカーコアは着実に弱ってきているのは紛れもない事実。
だけど、いったいどうすれば……。

有効な手立てが浮かばず、手をこまねいていることしかできない自分が歯痒かった。
だが、それでもなのはさんは収束砲を撃とうとする。
「いけません!! そんな不安定な状態で撃ったら、どんなことになるか分からないんですよ!!!」
魔力の源であるリンカーコアに干渉されている最中に、収束砲なんて言う規格外の砲撃を撃つ。
そんなことをすれば、リンカーコアに何らかの障害が残るかもしれない。
それどころか、リンカーコアの機能それ自体が停止するかもしれないし、最悪の場合命にかかわるかも。

無理矢理にでも止めようとしたところで、有無を言わせぬ指示が飛ぶ。
「リニス!! こっち任せた!」
私は思考するよりも先にその命令に従い、こちらに飛来する赤い人影とすれ違う。
そして、その後ろから迫るもう一つの人影を阻むべく、フォトンランサーを撃ち出す。
それによって足が止まり、私はヴィータと言う少女と対峙する。
私に勝てる相手とは思わない。でも、足止めくらいなら……。

私とすれ違ったのは凛だった。おそらく、一早くこの異常に気付いて駆けつけたのだろう。
凛はなのはさんの横に降り立つと、レイジングハートに命令する。
「ありったけの魔力をこっちに移しなさい! 後は私がやる!!」
リンカーコアの魔力はある程度の互換が可能。
つまり、他人の魔力をもらったり、他人に魔力を分け与えたりすることができる。

凛がやろうとしているのは、スターライト・ブレイカーの魔力を自分に移すこと。
そうすることで、なのはさんにこれ以上負担をかけないようにしようとしている。
つまり、なのはさんから魔力を移し、そのまま凛がスターライト・ブレイカーとして撃とうと言うのだ。
これは凛もスターライト・ブレイカーは使えるからこその判断。

レイジングハートもその意をすぐに把握し、明滅しながらもカーディナルに魔力を移す。
《おね…がいし、ます》
《あとは、任せてください》
二機のデバイスの間で交わされる、短いやり取り。
その間にも、レイジングハートの前に収束されていた魔力がカーディナルに移っていく。

それを見ながら、なのはさんが弱々しい声を発する。
「り、凛…ちゃん?」
「ったく、なに無茶やってんのよ、アンタは。
…………でも、よく頑張ったわ。あとは任せて、アンタは休みなさい。お疲れ様」
頭に手をやって呆れていたかと思うと、今度は母親のように優しい声をかける。
その声に気が抜けたのか、なのはさんの意識が落ち倒れ込む。それと同時に、胸から出現していた腕も消えた。
凛の左手はなのはさんの背を支え、右手でカーディナルを握りしめるのを視界の端で捉える。

凛はなのはさんの胸を睨みつけながら、先ほどまであった腕の主に向けて宣言する。
「どこのどいつか知らないけど、私の弟子に随分なことやってくれるじゃないの。
 今は見逃してあげるけど、必ず追い詰めて、この落とし前はきっちり付けてあげるわ」
その声には、さっきまでの優しさは微塵もない。あるのは、まるで猛獣のような獰猛さ。
その時確信した。この手の主は、たった今踏んではならない竜の尾を踏んでしまったのだと。

そして、完全に魔力の委譲を終えた旨をカーディナルが告げる。
《マスター、準備が整いました》
「オーケー。それじゃ、いくわよ。
 スターライト………ブレイカー!!!」
凛に委譲されたせいか、その巨大な魔力球には若干赤が含まれている。
また、なのはさんの手元にあった時より縮んでいる。
いくら互換できるからと言っても、他人の魔力は扱いづらいのだろう。
そして、凛はそれに向けて、カーディナルの柄頭に嵌め込まれた宝石を叩きつける。

放たれたスターライト・ブレイカーは天を覆う結界を貫き、そこから結界が砕けていく。
私の目の前にいた赤い少女は、結界が破られたのを見ると躊躇なくその場から離脱する。
どうやら、他の二人も同様のようで幾筋かの光条が四方に散っていくのが見えた。

私は後を追わず、なのはさんの元に移る。
ここで深追いしても危険なだけ。今は、なのはさんの方が心配だ。
向こうからは、ユーノ君とアルフがこちらに向かってくる。
フェイトと士郎もじきに来るだろう。


私達はその後、なのはさんと士郎の治療のためにアースラに身を寄せることとなった。

Interlude out



SIDE-???

私は、最近になってやっと慣れてきた料理の出来に満足しながら、同居する少女と共にテーブルに料理を並べる。

……といっても、作ったのはほとんど少女の方で、私はそのお手伝いをしただけなんだけど。
それでも、シャマルよりは料理の腕が上の自信がある。
みんなからの評価だって、少しずつ上がってきているんですもの。
一緒に料理をしたはやても、「教えがいがある」って誉めてくれたし。
きっとそのうち、一人で台所に立つ許可だってもらえるはず。
娘のように思っている子に、料理を教わるのはちょっと情けないけど……。


もう料理の方は並べ終えるけど、食べるのはまだ先。
なぜなら、まだ家族が揃っていないもの。
だから、みんなが帰ってくるまで少しの間待つことになる。

こうしていると、まだみんながあらわれる前の、二人で過ごしていた頃を思い出す。
決して長い時間じゃなかったけど、あの頃は戸惑いの連続だった。
思い出すと、つい笑みがこぼれてしまう。
でも、確かにあの頃もよかったけど、今の方が私は好き。
だって、今の方が賑やかで、あの頃よりもなお一分一秒が満ち足りている。
たった一つの、憂い事を除けば……。

でも、こうやって二人の時間を楽しむのもすぐに終わる。
少し前に、シャマルから他のみんなと急いで帰るという旨の電話があった。
初めは操作に四苦八苦していた家電の扱いも、今では随分手慣れてきたと思う。
少なくとも、以前のように逐一はやてに操作方法を聞かなくてもよくなったのは、目覚ましい進歩のはず。
あの人が今の私を見たら、いったい何を思い、どんな表情をするのだろうか?

そうしていると、私の知覚に何かが引っかかる。
「あら?」
「ん? どないしたん?」
玄関の方を見た私に、はやてが尋ねてくる。
でもその顔には笑みが浮かんでいて、多分私の反応の意味に気付いているのだろう。

この家の周りには結界が張ってあり、そこに何かが触れると私に伝わるようになっている。
つまり、誰かがこの家の敷地の中に入ったということ。
覚えのある気配だったから、やっぱりあの子達ね。
「みんな、帰ってきたみたいよ」
そう答えると、はやての顔が一層綻ぶ。
待ちかねた家族の帰りに、年相応の反応を示す。
大人びたところのある子だけど、こういう所は実に子どもらしいと思う。
その笑顔に、思わず残してきた娘の顔がダブる。

はやては待ち切れないのか、車椅子を動かし玄関の方に向きを変える。
「じゃあ、迎えにいこか?」
「ええ、そうしましょうか」
ここで待っていたっていいのでしょうけど、せっかくだからお出迎えして驚かすのもいいかもしれない。
私は車椅子の後ろに回り、慣れた手つきで押す。


玄関前まで来ると、ちょうど扉が開くところだったようで取っ手が動く。
そうして扉が開き、愛おしい家族が帰ってきた。
「ただいまぁ~。あぁお腹すいたぁ。はやて、早くご飯にしよ」
「意地汚いぞ、ヴィータ。主はやて、ただいま戻りました」
「あ!? ごめんなさい、はやてちゃん。わざわざ出て来てもらっちゃって」
ヴィータにリードを引かれるザフィーラを除く全員が、それぞれ思い思いに帰宅を告げる。
本当に、ここはにぎやかになったわ。

そんな家族に向けて、はやても満面の笑みで迎える。
「そんなん気にせんでええよ、シャマル。それと、お帰りみんな。
 ご飯もう出来とるから、手洗ってうがいして、はよ食べよ」
その笑顔には非の打ちどころがなく、心からの喜びに満ちている。
半年と少し前からは考えられないほどの幸せを、今はやては感じているんでしょうね。

だけど、何でみんなはやてにだけ話しかけるのかしら。
そりゃあね、はやてがみんなのマスターなんだからしょうがないと思うんだけど、お母さんさみしい……。
「みんなヒドイ!! なんで誰も私に『ただいま』って言ってくれないの!
 もしかして私、この家にいちゃいけないの……」
涙目になって、「よよよ……」という擬音が聞こえそうな仕草で座り込む。

すると、はやてもそこに便乗してくる。
「ごめんな。みんなには後でわたしから言っとくから、泣かんといて。
 大丈夫。わたしだけは味方やから、元気だそ」
私の手を取り、潤んだ瞳で語るはやて。
まるで、以前ドラマで見た姑のような扱いね、みんなが。とすると、私は虐められる嫁かしら?

ちなみに、いつの間にかザフィーラもこちら側にいて、涙に濡れる私の顔を舐めて味方であることを主張する。
我が家の優秀な番犬は思いの外要領が良く、ちゃっかりしているらしい。

それを受けて、各々口ごもりながらも弁明する。
なんというか、乗せやすい子たちだわ。
「あ、いえ、決してそのようなわけでは……」
「ご、ごめんなさい!? 私、そんなつもりじゃ」
「べ、別に泣かなくてもいいじゃんかぁ~……。つーかザフィーラ! 一人だけ抜け駆けしてんじゃねぇ!!」
みんな慌てふためき、必死になって慰めてくれる。
ヴィータなんて「アワアワ」と言う感じに困り果て、遂にはザフィーラに八つ当たりする始末。
まあ、一人だけ保身に走れば、周りからヒンシュクを買うのは当然よね。

しかし、せっかくだからもう少し悪戯を続けちゃおうかしら。
「そうね、私にははやてとザフィーラがいるものね。
 はやての騎士たちは私のことが邪魔みたいだけど、私負けないわ」
「「「誰もそんなこと言ってません(ねぇよ)!!!」」」
口を揃えて力一杯否定する守護騎士一同(守護獣除く)。
あらあら、そんなに必死になっちゃって、嬉しいわ。

あんまりイジメ過ぎても可哀そうだし、そろそろ許してあげようかな。
「ふふふ、ごめんなさい。別に怒ってなんかいないから、安心して」
ついさっきまでの涙目が嘘のように(実際嘘泣きだったのだけど)、口元に手をやりながら笑いかける。
それを見て、あのシグナムまでも「はぁ~~」っと、深く深く溜息をつく。
その顔は疲れ切っていて、心底慌てていたことを物語っている。

気を取り直し、一同を代表してシグナムが苦言を呈する。
「我々にも非はありますが、悪フザケもほどほどにしてください。
 疑う余地などなく、貴女も掛け替えのない家族なのですから」
ええ、わかっているわ。でも、あなたたちのそんな反応も楽しくて仕方がないのよ。
以前のあなたたちときたら、まるで人形のように表情や感情と言うモノに乏しかったんだから。
まあそれも、表に出す方法を知らなかっただけなことは、今のあなたたちを見れば明らかだけど。
もしかしたら、あの人と出会ったばかりのころの私もそうだったのかもしれないわね。

そこで、シグナムが改まったように姿勢を正し、一つ咳ばらいをする。
「ゴホン。まあ、それはそれとして一言よろしいでしょうか」
「え? なに?」
もしかして、やり過ぎちゃったかしら。
シグナムのお説教って、長いのよねぇ。
私はまだされたことがないけど、シャマルやヴィータが時々怒られているのを見る限り、かなりのものだ。
シグナムは正座を気にいっていて、お説教の間はずっとそれ。
その状態で、数時間にも及ぶお説教をクドクドと続けるんですもの。ヴィータじゃなくても嫌がるわ。

しかし、そんな私の嫌な予想は大外れだったのだった。
「ただいま戻りました、アイリスフィール」
「アイリ、ただいま」
「アイリさん、遅くなってごめんなさい」
「ウォンッ!」
みんなは笑いながら、少し遅い帰宅の言葉をかけてくれる。
ここは玄関先だから、ザフィーラだけは念のために鳴き声になるけど。
だけど、それでもうれしいことには変わらない。だって、こうしてわざわざ言い直してくれたんですもの。
思わずジ~ンっときて、目頭が熱くなっちゃった。

それなら、私もちゃんと返さないといけないわね。
「ええ、お帰りなさい」
零れそうになる涙を指先で拭い、私もまた笑顔で応える。


彼女等が、今の『アイリスフィール・フォン・アインツベルン』の家族。
ここが今の私の居場所にして、帰るべき家。
一度は全てを失った私の、掛け替えのない宝物。

これを守るためならば、私はどんなことだってしてみせる。
それがたとえ、この身と命を捨てることになろうとも。






あとがき

ああ、やっと最初の戦闘が終わりました。
原作二話目が終わるまでにかかった話数、実に6話分。
長いなぁ、当初の予定を軽く超えてますよ。
戦闘の方も、当初は二話位を考えていたのにいつの間にか倍ですからね。
自分の計画性の無さに呆れてしまいます。

まあ、それはともかく。
ちょっと予定を変更してここで待望の新キャラ、みんなのお母さん「アイリ」に出てもらいました。
本当は、次回あたりで出す予定だったんですけどね。
「なんでいるのか」や「どうして生きているのか」など、疑問は多くあると思います。
一応、そのあたりは考えてあります。
ですが、かなり無理のある設定かもしれません。
でも、いいんです! だって、この人を絡ませたいんですから!! 苦しいとか言っちゃだめなんです!!!
そういえば、あの人の稼働年数はまだ九年位なので、ある意味はやて達と同い年なんですよね、人生経験とか。

しかし、本当にタイトルはこれでよかったのでしょうか。
だってあの人が出たのは最後だけなんですよ。
けれど、たぶんこの話で一番重要なのはアイリの事だろうし……。
他にいいタイトルも思いつかないので結局これにしたのですが、まだ悩んでいたりします。

でも、鶴翼三連が使えたのでそのあたりはちょっと満足。
戦闘の方も、前回と違い割と正攻法に近い戦いをしていたと思います。
まあ、それでも奇策の類に近い戦い方だとは思いますけどね。
士郎がシグナム相手に互角に戦えたのも、基本的に奇策を繰り返したからです。
普通に戦えば、身体能力が落ちていることもあって確実に圧倒されてしまうんですけど。
あとは、ザフィーラの時と違って完全な真っ向勝負かつ同じ土俵で戦えたのが大きいですね。
ただ、拮抗できる相手よりいっそ圧倒的に不利な相手の方が士郎は戦いやすいのでは? と思った回でした。

さて、最後に士郎初のまともな魔法「グラデーション・エア」について、ちょっと解説を。
元々は、投影する際の工程が幻術にも応用できそうだと思ったのがきっかけです。
あれだけ緻密にイメージしているのですから、綻びもほとんどないでしょう。そうなると、幻を作る上でも効果的かなぁと。
他の魔法と違って魔力で幻を「作る」わけで、属性があっていれば上手くいきそうです。
士郎の幻術は基本的に武器関係に限定し、複雑な動きもしないので割と使いやすい仕様なのです。
ただそれでも、士郎の場合デバイス抜きだと動きながらだと使えませんし、成功率も低いんですけどね。
ただし、イメージが恐ろしく緻密なので、その存在感は通常の幻術の比ではありません。
問題なのは士郎の魔力量が乏しい事で、日に数本分程度の幻しか作れないことです。まあ、カートリッジを使えばその辺りを補えるんじゃないでしょうか。
また、宝具級の武器だと魔力などの異質さから虚実の判断は可能です。
あと、ベルカ式のくせに幻術って、特殊にもほどがあるでしょう。そのあたりが逆に士郎らしいと思いました。決して王道の能力は持っていない所とか。
それに、士郎はどこまでいっても贋作者(フェイカー)です。なら、魔法もそれに違わぬものであるべきでしょう。

ちなみに、魔法の名前が英語なんですが、近代ベルカ式はどうもその辺が曖昧なんですよね。
スバルやギンガは、普通にミッド式と同じ英語の名前の魔法も使ってるんですよ。
スバルはミッド式への適性はないらしいんですが、それなのに名前が英語なのです。
なので、そこまで厳格にドイツ語にはこだわっていません。その点はご了承ください。
というか、一応「グラデーション」と「エア」のドイツ語訳も調べて、「Abstufung」と「Luft」であることはわかりました。でも、今度はそれの発音がわからないので、結局どうしようもなくなってしまったんですけどね。
Luftの方は、多分ラフトだと思うんですが、もう片方はどう発音するのやら。
訂正:ROM猫様からのご指摘によると、ラフトではなく「ルフト」らしいです。
また、名無し様からの情報によると、「Abstufung」は「アプシュトゥフンク」と発音するそうです。
あるいは、StlaS様の情報によると「アップ・シュトゥーフング」と発音するらしいですけどね。
まあどちらにせよ、語呂が悪そうなので使うことはないと思いますが。

しかし、今回はいつにも増して反応が怖いですね。
士郎の魔法については、非難轟々になりそう。
出来たらお手柔らかにお願いします。


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