<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

とらハSS投稿掲示板


[広告]


No.4610の一覧
[0] 魔法少女リリカルなのはReds(×Fate)【第二部完結】[やみなべ](2011/07/31 15:41)
[1] 第0話「夢の終わりと次の夢」[やみなべ](2009/06/18 14:33)
[2] 第1話「こんにちは、新しい私」[やみなべ](2009/06/18 14:34)
[3] 第2話「はじめての友だち」[やみなべ](2009/06/18 14:35)
[4] 第3話「幕間 新たな日常」[やみなべ](2009/11/08 16:58)
[5] 第4話「厄介事は呼んでないのにやってくる」[やみなべ](2009/06/18 14:36)
[6] 第5話「魔法少女との邂逅」[やみなべ](2009/11/08 16:59)
[7] 第6話「Encounter」[やみなべ](2009/06/18 14:37)
[8] 第7話「スパイ大作戦」[やみなべ](2009/06/18 14:38)
[9] 第8話「休日返上」[やみなべ](2009/10/29 01:09)
[10] 第9話「幕間 衛宮士郎の多忙な一日」[やみなべ](2009/11/29 00:23)
[11] 第10話「強制発動」[やみなべ](2009/06/18 14:39)
[12] 第11話「山猫」[やみなべ](2009/01/18 00:07)
[13] 第12話「時空管理局」[やみなべ](2009/01/31 15:22)
[14] 第13話「交渉」[やみなべ](2009/06/18 14:39)
[15] 第14話「紅き魔槍」[やみなべ](2009/02/21 22:51)
[16] 第15話「発覚、そして戦線離脱」[やみなべ](2009/02/21 22:51)
[17] 外伝その1「剣製」[やみなべ](2009/02/24 00:19)
[18] 第16話「無限攻防」[やみなべ](2011/07/31 15:35)
[19] 第17話「ラストファンタズム」[やみなべ](2009/11/08 16:59)
[20] 第18話「Fate」[やみなべ](2009/08/23 17:01)
[21] 外伝その2「魔女の館」[やみなべ](2009/11/29 00:24)
[22] 外伝その3「ユーノ・スクライアの割と暇な一日」[やみなべ](2009/05/05 15:09)
[23] 外伝その4「アリサの頼み」[やみなべ](2010/05/01 23:41)
[24] 外伝その5「月下美刃」[やみなべ](2009/05/05 15:11)
[25] 外伝その6「異端考察」[やみなべ](2009/05/29 00:26)
[26] 第19話「冬」[やみなべ](2009/07/02 23:56)
[27] 第20話「主婦(夫)の戯れ」[やみなべ](2009/07/02 23:56)
[28] 第21話「強襲」 [やみなべ](2009/07/26 17:52)
[29] 第22話「雲の騎士」[やみなべ](2009/11/17 17:01)
[30] 第23話「魔術師vs騎士」[やみなべ](2009/12/18 23:22)
[31] 第24話「冬の聖母」[やみなべ](2009/12/18 23:23)
[32] 第25話「それぞれの思惑」[やみなべ](2009/11/17 17:03)
[33] 第26話「お引越し」[やみなべ](2009/11/17 17:03)
[34] 第27話「修行開始」[やみなべ](2011/07/31 15:36)
[35] リクエスト企画パート1「ドキッ!? 男だらけの慰安旅行。ポロリもある…の?」[やみなべ](2011/07/31 15:37)
[36] リクエスト企画パート2「クロノズヘブン総集編+Let’s影響ゲェム」[やみなべ](2010/01/04 18:09)
[37] 第28話「幕間 とある使い魔の日常風景」[やみなべ](2010/07/03 02:34)
[38] 第29話「三局の戦い」[やみなべ](2009/12/18 23:24)
[39] 第30話「緋と銀」[やみなべ](2010/06/19 01:32)
[40] 第31話「それは、少し前のお話」 [やみなべ](2009/12/31 15:14)
[41] 第32話「幕間 衛宮料理教室」[やみなべ](2010/01/11 00:39)
[42] 第33話「露呈する因縁」[やみなべ](2010/01/11 00:39)
[43] 第34話「魔女暗躍」 [やみなべ](2010/01/15 14:15)
[44] 第35話「聖夜開演」[やみなべ](2010/01/19 17:45)
[45] 第36話「交錯」[やみなべ](2010/01/26 01:00)
[46] 第37話「似て非なる者」[やみなべ](2010/01/26 01:01)
[47] 第38話「夜天の誓い」[やみなべ](2010/01/30 00:12)
[48] 第39話「Hollow」[やみなべ](2010/02/01 17:32)
[49] 第40話「姉妹」[やみなべ](2010/02/20 11:32)
[50] 第41話「闇を祓う」[やみなべ](2010/03/18 09:55)
[51] 第42話「天の杯」[やみなべ](2010/02/20 11:34)
[52] 第43話「導きの月光」[やみなべ](2010/03/12 18:08)
[53] 第44話「亀裂」[やみなべ](2010/04/26 21:30)
[54] 第45話「密約」[やみなべ](2010/05/15 18:17)
[55] 第46話「マテリアル」[やみなべ](2010/07/03 02:34)
[56] 第47話「闇の欠片と悪の欠片」[やみなべ](2010/07/18 14:19)
[57] 第48話「友達」[やみなべ](2010/09/29 19:35)
[58] 第49話「選択の刻」[やみなべ](2010/09/29 19:36)
[59] リクエスト企画パート3「アルトルージュ・ブリュンスタッド 前篇」[やみなべ](2010/10/23 00:27)
[60] リクエスト企画パート3「アルトルージュ・ブリュンスタッド 後編」 [やみなべ](2010/11/06 17:52)
[61] 第50話「Zero」[やみなべ](2011/04/15 00:37)
[62] 第51話「エミヤ 前編」 [やみなべ](2011/04/15 00:38)
[63] 第52話「エミヤ 後編」[やみなべ](2011/04/15 00:39)
[64] 外伝その7「烈火の憂鬱」[やみなべ](2011/04/25 02:23)
[65] 外伝その8「剣製Ⅱ」[やみなべ](2011/07/31 15:38)
[66] 第53話「家族の形」[やみなべ](2012/01/02 01:39)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[4610] 第20話「主婦(夫)の戯れ」
Name: やみなべ◆d3754cce ID:fd260d48 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/07/02 23:56

SIDE-士郎

放課後。

普段なら下校はみんなと一緒なのだが、今日は珍しく別行動。
凛たちとは途中で別れ、現在は行きつけの商店街で夕飯の買い出しをしている。
理由は、急遽本日から一週間料理当番を任されたから。
この後には翠屋に行って、年末年始のバイトのシフトを相談する予定だ。
凛は今頃、なのはと魔法の訓練なんかをやってるんじゃないだろうか?

そんな俺の目下最大の懸案事項は、今夜の献立。
「今日はひときわ寒いし、おでんなんて良いよなぁ。
 ああ、でも人参やジャガイモが安い。いっそシチューやカレーの方が……。
 だがしかし、そっちに負けず劣らず……いや、むしろおでんの方が安かった」
頭を抱え、お買い得品のはざまで苦悩する。

今朝のチラシによると、今日はスーパーでおでんセットがお買い得らしい。
対して、八百屋の大将の威勢のいい呼び込みによると、人参やジャガイモが大変お安くなっている。
どちらも大変財布に優しいのだが、おでんの方はなぜか一セット当たりの分量が非常に多いのが問題だ。
ウチの食糧消費者は俺と凛の二人だけなのだから、あれだと多すぎる。
おでん以外に使い道がないわけではないが、野菜と違って応用範囲が狭いのが難点だ。
だが、せっかくのお買い得品をみすみす放置するなど……。

虎か獅子がいれば楽なのに!
この際だから黒豹でも………………いや、あれはやめておこう。
この世界にもいたとして、万が一にも遭遇するとは思えんが、それでも滅多なことを思うもんじゃない。
なんか、どっかから湧いて出てきそうだし……。

なにせ、先祖は瀬戸内海で海賊をやっていた剛の者。
呼んでないのに現れ場を掻き乱すのは、アレの得意分野と言えよう。
その上、実家の店の屋号が「詠鳥庵(エイドリアン)」だ、老舗の呉服屋なのに。
(注:「エイドリアン」ではなく「えいちょうあん」です)
あんなファンキーかつガッツの具現のような名前の店の後継ぎであり、「ギリギリまで追い込んで絶望させる」なんていうわけのわからん指導方針を持つS。(氷室が言うにはMらしいが、スゴク信じられん)
さらに、球技大会に血わき肉躍るボールの唸りに地獄を垣間見るバトルを望む様な奴だからなぁ。
一言言いたい。…………ねぇよ! そんな修羅な球技大会!!

うむ。「粗忽」とは奴の為にあるような言葉だろう。
そのくせ高級和服を見事に着こなすのだから、世界は摩訶不可思議な事象で満ち溢れている。
あれはもう、怪奇現象の域だな。

それに虎や獅子はなんとか手懐けたが、アレはまったく慣れなかった。
凛と付き合いだしてからはしょっちゅう襲われるようになり、気配がしたら一目散に逃げてたほど相性が悪い。
何が癪にさわったのか知らんが、散々酷い目にあった思い出は今や俺の黒歴史。

あ、そういえば昔奴の店の前を通りがかった時、美綴や氷室に「ジャイアン」と呼ばれていたな。
友人たちさえもその認識だ、あれの傍若無人・傍迷惑ぶりは尋常じゃない。
ある意味絶滅危惧種だが、できればああいった手合いとは関わりたくないなぁ。
何と言うか、行動が無計画・理不尽過ぎて対策が立てられないのだ。
凛とは違った意味で天敵だった。
後藤君のこともあるし、可能性が絶無じゃないから困る。

しかし、こうして何を買うかで悩んでいると、懐の厳しい貧乏生活のようだが別にそういうわけではない。
むしろ月村家からの給金のおかげで、それなりに家計は潤っている。
けれど、凛の宝石代などを考えると決して余裕があるわけでもない。
美味い飯の為には材料費はケチらない主義だが、切り詰められるところは可能な限り切り詰めないと。
なにせ、いつ凛が大散財をするか分からない。となれば、それへの備えは怠れない。
一度ならず借金にあえいだ身としては、アレはもう勘弁してほしい。

そんな小学生らしくない悩みを抱えていると、後ろから声が掛かる。
「クスクス……一体何をそんなに悩んでるんですか?」
かかった声は柔らかく、まるで包み込むような優しさがある。
声の主の人となりが、如実に表れていると言えるだろう。

声だけでその人のひととなりを判断するなど妙な話だ。
だが、それは見ず知らずの他人の話。
そこまで深くかかわっているわけではないが、この人とは一応それなりに親しい間柄と言える。

振り返って眼に映ったのは、予想通りのよく見知った若奥様風の美人さん。
その人に親しみのこもった視線と共に答える。
「ああ、シャマル。少し……久しぶりだっけ?」



第20話「主婦(夫)の戯れ」



彼女は彼此数ヶ月の付き合いになる特に親しい主婦(夫)仲間。
名前はシャマル、姓は八神だったか。
未婚らしいが、日系人には見えないんだけどなぁ。
って、この人にはあんまり関係ないか。
ただ、どっかでこの姓を聞いた憶えがあるのだが、思い出せない。

以前は買い物をしている時に割と頻繁に顔をあわせていた金髪ショートボブの似合う、ほんわかした雰囲気を纏う美人さん。
凛やリンディさんなど、今まで会ってきたどの人とも違うタイプだ。
三枝さん辺りが近いかもしれないが、あの人は小動物系だしやっぱりタイプが違うと思う。

一ヶ月位前から家庭の事情とかで会う機会が減っていたのだが、今日は珍しく顔を合わせた。
「そうですね。たしか半月くらい会ってませんでしたし、その前に会ったのもやっぱりそれくらい前でしたから。
 でも、ごめんなさい。せっかくお料理教えてもらってるのに……」
それなりに親しいって言うのは、まぁそういうこと。
良妻賢母っぽい外見だが、結構そそっかしいところがあるし、何より料理の腕がちょっとアレだったりする。
で、紆余曲折あってこの人は俺の料理(厳密には家事全般)の教え子になった。

それがだいたい夏休み半ば、忍さんに頼んで工房を用意してもらったころあたり。
それで、ここ最近はちょっとご無沙汰。
俺がタメ口なのは、仮にも先生だかららしい。
いや、かなりゴリ押しされたんだけどさ。
はじめは「さん」付けかつ丁寧語で話していたのだが、抗しきれずに矯正されてしまった。

「気にしなくていいって。たしか、同居している親戚のお子さんの容体が思わしくないんだったよな。
 それじゃあ仕方ないさ。少しでも早くよくなるよう、ちゃんと看病してあげた方がいい」
詳しい家庭事情を聞いたわけじゃないが、そんな理由があるそうだ。

「そう言ってもらえると助かります。
 元気になったら、またお世話になりますね」
「ああ、まだまだ教えなきゃならないことはたくさんあるからな。
 せめて、凛のあの評価は撤回させたいだろ?」
ちなみに、凛のシャマルへの評価は、上手くいった時でさえ「聖人並みに好意的、かつ一兆歩譲って『灰汁(アク)の強い珍味』ってところね」というものだ。
シャマルは初心者だってのに、辛辣にもほどがあるだろう……。
まあ、否定は…………出来ないんだよなぁ。

シャマルの手料理を食べた時の、凛のあの何とも言えない顔を思い出すと苦笑いしか浮かばない。
たぶん、俺も似たような顔をしてたんだと思う。
桜のことがあったから、教えるのにはそれなりに自信があったんだけどなぁ。
だがそれも、シャマルという教え子を持って見事木端微塵に粉砕された。

なぜかは一切不明なのだが、料理修業はいまいち成果が上がらない。
別に食えないモノになるわけじゃないのだが、味のバランスというか調和というか、そういったものがない。
しょっぱいとか甘いとかそういう次元ではなく、なんとも表現しにくい味わいなのだ。
別に特殊な調味料を使っているわけじゃないのに、どうしてあの味が出せるのか不思議だ。
あそこまで来ると、ある種の才能ではないだろうかとさえ思えてくる。

俺が示す目標を聞き、その困難さにシャマルがガックリと肩を落としてうなだれる。
「うぅ、それはそうなんですけど……。
凛ちゃんは手厳しいですから、やっぱり難しいですよね」
「でも、逆に言えば凛から及第点がもらえればそれなりに自信を持っていいってことだから。
 それに少しずつだけど、着実に進歩はしているからきっと大丈夫だって」
先行きに不安を覚えているシャマルに、一応慰めの言葉をかけ励ますように腰を叩く。
本当は肩か背中を叩きたいところなのだが、身長差があるので難しい。
普通に叩こうとすると、どうしても腰になってしまうのだ。
こういう時に自分が縮んだことを実感する。

だが、それでどの程度効果があるか。
嘘は言っていないのだが、これは食材の調理や選び方の話。
どういうわけか味付けだけは進歩がみられないのは、ここは丁重に無視しておく。
とはいえ、なかなか進歩していない現状は教えている側としても申し訳ない限りなのだ。
ホント、どうしよう………………。

俺の気持ちをくみ取ってくれたらしく、ちょっと頑張ったような印象の笑顔を作る。
「あはは、そう言ってくれると嬉しいです。
 じゃあ、先生の期待に応えられるよう頑張らないといけませんね」
なんか、逆に気を遣わせてしまったらしい。
励まそうとしてこれでは、全く教える側として情けない限りだ。

だが、気を遣わせてばかりでは格好がつかない。
ちょっと別の視点から励ましてみることにする。
「だけど俺が見るに、シャマルはコツさえ掴めばあっという間に上手くなると思うぞ。
 最初にウチで来たときだって、初めて作ったものなのに上手だったじゃないか」
そう、まだまだ不慣れでぎこちなくはあるが、決して不器用というわけではない。
その点で言えば、十分上達する可能性を秘めている。
しかし少々事情があって、未来は決して暗くないはずなのに霧で霞んでしまっている。

原因はやっぱり、おっちょこちょいというかなんというか、割りと「ドジ」なところか。
ファリンさんみたいに何もないところで転んだりはしないが、それでも結構いい勝負だと思う。
具体的には、調味料を振りかけていたら突然蓋が外れて中身全部投入したり、塩や砂糖とベーキングパウダーを間違えたり、なんてことが割と『頻繁』にある。
普通ないだろ、そんなこと…………。でも、実際にやってるから怖いんだ。
ああ、毎回包丁で指を切って食材を着色してるし、突如フライパンが炎上して黒焦げにしてしまうこともあるな。

徐々に減ってきたけど、それでも必ずどこかで惨事を引き起こすのはお約束になっている。
頻度が減り、惨事に「大」がつかなくなっただけマシなんだけどさ……。
でも、やっぱり火事だけは怖いからせめてフライパン炎上は何とかしたい。
天井が燃えそうになった時は、心底焦ったもんだ。
しかし、酒をかけているわけでもないのに、何であんなことになるんだろう?

また、ドジなだけでなく加減も知らない。
分量や大きさを正確に指定すれば、おっかなびっくりではあるが物凄く几帳面に実行しようとする。
だが、「適量」などのあいまいな表現があると極端な量を入れてしまう。
だけどさ、なぁんで「適量」とか「お好みで」って言われて瓶丸々使おうとするのかなぁ……。
逆に一滴とか一粒しか入れないこともあるし、物によるだろうが隠し味だってもう少し入れるぞ。

まあ、仮に正確に指示しても妙な味わいになるのが「シャマル・クオリティ」なのだが。
あれか? 手にした食材や調味料を変質させる呪いにでもかかっているんだろうか?
どっかのカレー怪人な死徒がそんな能力を持っていると噂で聞いたが、もしかして無意識の御同類なのか?
ヤバい、自分で考えておいてなんだが、これまでのことを思うと信憑性があり過ぎる……。

だが、こんなことを言うとまた落ち込ませてしまうので口を噤んでおく。
「あ、あれは……確かに作るのは初めてでしたけど、あれくらい誰でもできるじゃないですか」
あれ? もしかして逆効果だったのだろうか。
例え簡単なものでも、初めてでちゃんと形を整えられればなかなかのものだと思うのだが。

当時のことを思い出してか、シャマルは拗ねたような表情を見せる。
「あの時は結構ショックだったんですよ。
 何を教えてくれるのかと思って意気込んで行ってみたら、いきなり『おにぎり』なんて……」
料理初心者に初めにおにぎりを握らせるのは、なんというか俺の基本方針のようなモノだ。
桜の時もそうだった。
何を測るというものでもないが、一番基本的なことを知ってもらうには有効だと思っている。

「でも、苦手意識は少し消えただろ?」
家族にもいろいろ言われていたらしく、当時のシャマルは料理への苦手意識があった。
料理をしたいと思っていながら、ちょっと尻込みしていたのだ。

俺の問いに対し、シャマルは「むぅ~っ」という感じの不満そうな顔をする。
二十歳少し過ぎの年齢らしいが、この顔を見る限りもっと下に見える。
むぅ、最近身の周りに年齢不詳な人が多い気がするのは気のせいだろうか。
あ、最たる例は俺自身か。
「まぁ、それはそうですけどぉ……。
 だけど、あの時何度怒って帰ろうと思ったか分かってます?」
そりゃあな、バカにしていると思われても仕方がないか。
昔、桜にも同じことを指摘された。

そのことは一応わかっているので、俺はちょっと別の返しをする。
「じゃあ、何で怒って帰らなかったんだ?」
そう、バカにされていると思ったのなら帰ってしまえばよかったのだ。
こんな子どもにバカにされたと思えば、どれだけできた人でも怒るだろう。

シャマルは呆れたような笑顔が浮かべて、あの時のことを述懐する。
「……あの時の士郎君、親の仇に挑むみたいな真剣な表情でおにぎりを作ってるんですもの。
 アレを見て文句を言える人がいたら会ってみたいですよ」
いや、そんなのはそこら辺に掃いて捨てるほどいると思うぞ。例えばどっかの黒豹。
怒れなかったのはシャマルがお人好しだからか、あるいは俺の真意にどこかで気付いていたからだろう。
多分前者だと思うけど。

「ほら、やっぱり習うより慣れろだと思うんだ。
 多分、この先もこのやり方は変えないだろうな」
言わば、あれは俺が料理を教える上での最初の課題みたいな意味があるのかもしれない。
やはり、口で言うよりも実感してもらった方がいい部類のことだと思う。

まあ、俺がしたことなんて実際にはそうたいしたことじゃないんだけどな。
シャマルが作ったおにぎりを自分のと交換し、そのまま頬ばり手を合わせて「ごちそうさま」と言っただけ。
だが、どうやら伝えたかったことはちゃんと伝わっていたらしい。
「まあ、振り返ってみれば効果絶大だったとは思いますよ。
 初めは見返すためでしたけど、今はみんなにも『ごちそうさま』って言ってほしいからですし」
やっぱり、そうだよな。
見返すなんて理由より、こっちの方がずっと長続きする。
見返すのは一回で終わりだが、ごちそうさまと言ってもらうのに終わりはないのだから。

「そうか、ならよかった。
 それならこの先、ビシバシ厳しくしても問題なさそうだな」
「えっ!? そ、それはちょっと手加減してほしいなぁ、なんて……」
俺の言葉を聞いて、アタフタして止めようとするシャマル。

そんなシャマルの反応が面白くて、少しばかり悪戯心が出てくる。
「いやいや、はじめて来た時も高度なことを教えてほしかったみたいだし、そろそろ期待に応えないとな。
 いつまでも待たせると愛想を尽かされちまいそうだ」
そう言って、少し意地の悪い笑顔を浮かべる。
別にそこまで厳しくするわけじゃないが、これはその場のノリというやつだ。

とりあえず、シャマルがまた来れるようになったら少しだけレベルを上げることにしよう。
味付け以外に関しては徐々にだがちゃんと上達してるし、そのあたりは引き上げても問題ない。
ここ最近はみていないが、腕が落ちていないようならそろそろ次のステップに上がる頃合いだと思っていた。
少なくとも見栄えの上ではそれなりのモノができるようにもなってきたし、本人が思うほど悪くはない。
味付けの独特さですべて台無しになっているけど。

そんな俺の言葉を真に受けたのか、シャマルは少し涙目でうなだれる。
「あうぅ~~~~…………」
「まあ、今は親戚の子を優先してくれ。
 元気になったら、そのうち一緒に来てもいいんじゃないか?
 俺としてもその子の料理の腕は気になるし」
シャマルから聞く分には、その親戚の子とやらは結構な腕前らしい。
年は俺とそう変わらないらしいが、それは外見の話。
俺のキャリアはすでに二十年近いのだから、小学生相手に負けてなるものか。
でも、一度競ってみるのは面白そうだな。

「むぅ、それは駄目です!
 少なくとも、免許皆伝をいただけるまでみんなには秘密なんですから」
ああ、悪いんだがそれはいつになるか本当にわからないぞ。
結局桜にも完全な免許皆伝なんてやってないし、シャマルの腕だとそれまでに何年かかるやら。
そういうわけだから、シャマルとの師弟関係はあと数年続くのかもしれない。

しかし、まだ隠す気なのか。
驚かせたい気持ちはわからないでもないけど、そうなるとやっぱり練習はウチでやることになるんだよな。
家族の居る家でやっても意味がない以上当然と言えば当然だが、その都度台所が荒れるのは悩みの種。
それに、凛としてはあまり人を招きたくないだろうし、これもどうしたものか。
凛の辛口評価の原因の一端には、もしかしてこれがあるんじゃないだろうか?

そんなことを考えていると、突然背後から腕が伸びてきて胸の前で組まれる。
そのまま後ろに引き寄せられ、柔らかくて弾力のある温かいモノに押し付けられる。
たとえるなら、餅……だろうか?
分厚いコート越しなのが残念、なんて思ってないぞ! ホントだぞ!!
「なぁシャマル。これは、一体なんのマネだ?」
「ちぇ~……全然驚いてくれないんですね」
俺の言葉に不満そうな声を漏らすシャマル。
顔は見えないが、多分口を突き出しているんじゃないかと思う。

まあ、後ろに回ったのは気付いてたし、何をやろうとしているのかを不思議には思っていたんだ。
ただ、こんなことをするのは予想外だったけど。
せいぜい後ろから驚かせようとしているくらいだと思っていたのだが、その方法が予想の斜め上を越えていた。

しかし、実を言うとちょっと危なかった。
まさか抱きしめるなんて思わなかったから、つい目の前の腕を掴んで投げちまいそうになった。
腕を掴む寸前で気付いたので、ギリギリのところで手はひっこめたけど。

それにしても………変に気配の消し方が上手いんだよなぁ、シャマルって。
おかげで、普段抑えている条件反射が動き出してしまいそうだった。
ああ、そういう意味では驚いたとも言えるか。

それを誤魔化す意味もあって口ではあんなことを言ったが、首筋や背中に感じるふくよかな感触には正直ドギマギしてますよ。
それを表に出すのは恥ずかしいし、シャマルの狙い通りになるのが癪だっただけだ。
必死に自制しているが、もし気づいていなかったらもっとあからさまに反応しただろう。
その場合、本当にシャマルを投げ飛ばしていた可能性もあるが……。

そんな俺の内心を知ってか知らずか、シャマルはよくわからないぼやきをする。
「シグナムほどじゃないにしても、結構自信があるんですけどねぇ」
「一体なんの話をしているんだ? 俺は何でこんなことをするのか聞きたいんだけど」
正直、体に伝わる感触もさることながら周囲からの視線も気になる。
妙齢の美女に抱きかかえられる少年って言うのは、かなり話題性がある。
このままだと、明日には町中のご近所ネットワークに知れ渡ることだろう。

まあ、こうして親しみをもって接してくれるのが嬉しいのは間違いない。
何と言うか、初対面の時からシャマルは俺に対してどこか身構えている印象があった。
それは本当に注意してみないとわからないくらい僅かなもので、人を観察するのに慣れた者でなければまず気付かないレベルだった。
俺の場合、主に戦場なんかで培ったものだけど。
それも数ヶ月の付き合いになってくるとほとんどなくなり、こうして気軽に接してくれるようになった。
ただ、やっぱりどこか固い印象があるんだよなぁ……。

う~ん、あんまり異性になれていないのだろうか?
こんな美人なら引く手数多だろうに。
いや、仮にそうだとしてもこんな子ども相手に慣れもへったくれもないと思うんだが。
ま、いくら考えても一度だって結論が出たことはない。
いくら考えても意味がないんだし、俺が女心を解そうとするだけ無駄なのかもしれないな。

そんな感じで俺が一種諦めの境地に達していると、シャマルが可愛く首をかしげながら答えてくれる。
「何でって言われると、強いて理由をあげるなら抱き心地がいいからですね。
 いっそこのままお持ち帰りしてウチの子にしたいくらいなんですから、このくらい我慢してください」
何が「このくらい」なのか分からんが、それは下手すると誘拐だぞ。
下から見上げた顔は、少し上気していてなんか幸せそうというか、「一見」楽しそうに見える。

シャマルが弟と言ったが、確かに俺ってどこか「頼もしい弟」に見られてる節があるんだよなぁ。
出会いが出会いだったから仕方がないし、外見年齢を考えればなおさらだ。
どこか固いところがあったり、でも弟扱いしたり、女心は複雑すぎる。
やはり、理解しようとするのは徒労なのだろうか。
だが、それにしてもこの扱いは困るから勘弁してほしい。
男心も、それなりに複雑なのだ。

しかし、今日はなんか様子がおかしい。
前から軽いスキンシップくらいはされていたが、抱きしめられたのは初めてだ。しかもこんなに強く。
それに、表面的には明るい笑顔なのだが、奥にいつもの固さとは違う影がある気がする。
何かから目を背けようとしているような、そんな感じだ。
なにか、あったんだろうか?

そこで、ちょっとだけ聞いてみることにする。
あんまり深く詮索するわけにもいかないけど、それでも話を聞くくらいはできるから。
「シャマル……なにか不安な事とか、心配な事でもあるのか?」
「え?」
俺が真剣な表情で問うと、シャマルの笑顔が凍る。
どうやら、俺の勘は外れていなかったらしい。

目の前にある細い指に力がこもり、その手は一層強く握られ白さを増す。
それが、何かに耐えようとしているように見えた。
「……なんで、そう思うんですか?」
絞り出すようにして出されたのは、問いの答えではなく新たな問い。
あまり、答えたくないことなのかもしれないな。

だとすると、これ以上聞くわけにはいかないか。
さらに問いを重ねても、シャマルを困らせるだけだろう。
「いや、ちょっと『らしくない』かなって思ってさ」
だから、少し曖昧に答える。
あんまりはっきり言っても追い詰めるだけになりそうだし、これ位にとどめるべきか。
無理に聞き出す権利なんてないのだから仕方がないが、やはりもどかしいと感じてしまう。

それに、シャマルは戸惑ったような調子で答える。
「そ、そうですか? 気のせいでしょう」
そうは言うけどな、そんな強張った顔で言っても説得力がないぞ。

とはいえ、俺に出来ることなんてそれに乗ってやるくらいか。
そんな無力な自分が情けないけど、それを隠して応じる。
「そうだな。久しぶりに会ったから、そう感じたのかもしれないな。
 まあ、なにかあって話せるようなら話してくれ。
 力になれるかはわからないけど、できる限りのことはするし、話すだけでも楽になるかもしれないしさ」
そう答え、目の前にある固く握られた手に自分の手を重ねる。
これで少しでも、シャマルの中の重りが軽くなるように祈って。

俺の手がシャマルの手に触れると僅かにピクリと反応したが、特に振り払おうとはせずに受け入れてくれる。
「……はい。その時は、頼りにしちゃいますね」
改めて向けられた顔にそれまであった影はなく、純粋な笑みだけがあった。
まあ、こうして笑ってくれただけでも良しとしよう。
シャマルには家族がいるし、きっとその人たちが力になってくれると信じて、自分を納得させる。

微妙な空気を払拭するように、シャマルはより強く引き寄せるように腕に力を込める。
結果、俺は一層強くやわらかいモノに押し付けられるので、半ば埋もれるような感じだ。
不味いな。この状況に不満はあるが、それ以上にちょっと気持ちがよくて逃げる意思が萎える。
「さっきの続きですけど、妹みたいな子はいるんですが弟みたいな子はいないんですよ。
 だから士郎君は、先生であると同時に弟みたいなものなんです」
シャマルなりのこの行為の理由が明らかにされるが、やはりこれは弟分へのスキンシップということらしい。
そう言えば藤ねえも程度の差はあれ、似たようなことはしてきた。
あの虎の場合、そのまま新型サブミッションの開発大会に移行するけど。
姉貴分からすれば、こういうことがしたくなるものなのだろうか。

「ところで、気持ちよくありません?」
「ぐっ!?」
答えにくいことを聞かないでくれ。
いくら若返っていると言っても、所詮俺も健全な男だ。
この状況でそんなことを聞かれれば、答える言葉は一つしかない。
ついでに言うなら、嬉しいかと聞かれても答えは一つだ。

しかし、それを口にするのはさすがに躊躇われる。
正直に言ったら、なんだか「ムッツリ」っぽいし。
周りからの温かい視線を努めて無視して、俺にはそっぽを向くことしかできない。

その反応に気を良くしたのか、シャマルは俺を抱き上げ耳元に息を吹きかけながら問う。
「嫌ならやめますけど、どうします?」
なんか色っぽく聞こえるのは、俺の錯覚か?
基本的に俺が優位なのに、こういうときはどうしても不利になる。
まあ、男と女なんてそんなものなのかもしれないな。
俺もそれなりの年齢だが、男はいくつになっても女に勝てない生き物なんじゃないかと思う。

本音を言えばこのまま継続してしまいたいが、さすがにそれは不味いので答えはこうなる。
「あとでなんでも言うこと聞くから、そろそろ解放してくれ……」
白紙の小切手を切ることに危機感はあるが、それでもこのままよりよほどマシだ。

そうすると、それまでが嘘のようにシャマルは手を放してくれる。
「それじゃ、今日のところはお買い物に付き合って下さい。
 士郎君の今日のお勧めは何ですか?」
もしかしなくても、からかわれていたんだろうなぁ。
そのままシャマルは俺の横に移動し、手を取ってぐいぐい引っ張る。
これじゃ、どっちが子どもか分からんな。

「はいはい、仰せのままに」
まあ、こうやって引っ張られるのは凛で慣れている。
逆らうだけ無駄なのだから、大人しく言うことを聞くとしよう。


そうして、俺たちは姉弟のように商店街を物色していった。
恐ろしく似てないから、誰も姉弟とは思わなかっただろうけど。
それでも、間に流れる和気藹々とした空気はそれなりに親しいものであることを感じさせただろう。
実際、向けられる視線の温かさは相当なモノだった。

結局俺はおでんセットを買うことにし、多すぎる分は同じ物を買ったシャマルに分けることにした。
シャマルの方は人数こそ普通だがよく食べるのがいるので、少し多すぎるくらいがちょうどいいらしい。

途中までは同じ道なので、一緒に歩きながらの帰宅となった。
もちろんそこまでは荷物の一部を持った。
これは、買い物に同行した男の半ば義務だからな。

シャマルと別れた後、俺はそのまま予定通り翠屋に寄って年末年始の予定を話しあった。
話し合いは特に問題なく進み、これと言った予定のない俺は年末年始ほとんど出ずっぱりになることが決定した。
ついでに少しだけフロアを手伝い、今日のところは早めに帰宅する。
早く帰れた分おでんの仕込みにはかなり凝ることができ、凛も満足の一品が仕上がった。


そうして、師走の初日が終わった。
こんな平穏な日々が、これから先も続くと良いのに。



Interlude

SIDE-シャマル

今私は、赤く染まった夕日を見ながら帰路についている。
でも綺麗な夕暮れと違い、私の心は淀んでいる。
頭を占めるのは家族のことや自らの使命ではなく、ついさっきまで一緒に歩いていた一人の少年のこと。

先ほどのことを思い出し、夕日を見上げながら小さく溜息をつく。
「はぁ、危なかったぁ……」
士郎君は、妙なところで勘がいい。
何とか取り繕うことができたけど、かなり心配させてしまったみたい。
私に気を使って深く詮索しないでくれたのには、本当に感謝している。
もし追求されていたら、口を滑らせるくらいはしていたかもしれない。

同時に、気を遣わせたり心配させたりしてしまったことを申し訳なく思いつつ、それ以上の罪悪感が私を苛む。
それはあの時「衛宮士郎を闇の書の贄にする」という誘惑が脳裏をよぎったから。
一瞬でもそんなことを考えてしまったことが恐ろしくて、わずかに顔に出ていたのかもしれない。
それを隠すように、いえ、それから目を逸らすためにふざけて抱きついた。
そこに他の感情がなかったというわけではないけど、やはりこれが一番の理由。
まあ結局、それでも士郎君は私の心の内を見抜いてしまったわけだけど。

でも、この思考はある意味私達の本能の様なものだから、仕方がないとわかってはいる。
闇の書の守護騎士プログラムである私達は、その根底に「闇の書を完成させろ」という絶対命令がある。
故に、日常にあっても眼は魔力の多そうな人を探し、頭はどうすれば効率よく収集できるかを考えてしまう。
そして、それは私達にとって何度も繰り返してきた当たり前のこと。
以前の私なら、このことに一片の罪悪感も抱きはしなかった。

しかし、わかってはいても、今の私は親しい人を贄にしようとする自分に嫌悪感を抱かずにはいられない。
身近でないなら許される、というわけでもないのに。
「他のみんなは、どうなのかしら?」
家族の親しい人に、闇の書の贄となれるだけの魔力保有者はいない。
だから、こんなことを考えるだけ無意味なんでしょうね。

どうして、こんなことになってしまったのだろう。
ほんの少し前まで、こんなことを悩む必要なんてなかったのに……。
そう思うと、なんだか悲しくなってきた。
誰もこんなことは望んでいないのに、でもそれをしなければならない。

本来、私達は闇の書の蒐集などしなくてもよかった。
当代の主はそれを望んでおらず、私達もそれをしないと誓っていた。
でも、そうも言っていられない状況になり、私達はそれが主への裏切りになると承知の上で、禁を破った。
元から選択肢なんてなかったけど、それでもこの選択は間違っていないと信じている。
何より、動き出してしまった以上、もう止まることも引き返すこともできない。
あとはただ突き進んでいくだけ。

全て承知の上で選んだ私に、今更罪悪感や嫌悪感を抱く資格なんてない。
こうして迷うこと自体が、今更なことなのはわかっている。
彼一人見逃した程度で、罪が消えるわけじゃないんだから。
(でも、士郎君の魔力量は少ない。
 彼を襲っても、たいした足しになんてならないのは明白。
 だから彼にかまけるより、もっと大物を探す方がいい)
例えば、家族の一人が言っていた巨大な魔力反応の主。
その人を見つけ出せれば、きっと数十ページを稼げるだろうと言っていた。
だから、優先すべきはその人物の捜索。
他のことは後回しにすべきなんだ。

そう自分に言い聞かせ、何とか誘惑を振り払った。
こんなこと、ただの言い訳でしかないのに。

だけど、心の澱みは消えない。
だからだろうか、向ける相手もいないのに問いが零れる。
「私がこんなことをしていると知ったら、貴方は私を軽蔑しますか? 士郎君。
 私は、たくさんの人たちを傷つける悪い人なんですよ」
聞くまでもない事だ。
こんなことをしていると知ったら、誰だって軽蔑し拒絶するだろう。
しかし、それを恐れ否定しようとする私が確かに存在する。
あの不愛想ながら優しい少年なら、それでも一方的に否定する事はないんじゃないかと、都合のいいことを思ってしまう。

昔の自分が見たら、きっと嘲笑するんじゃないだろうか。
如何に微小であっても、足しになるならやった方がいいに決まっている。
それに、こんな感情も無意味で無駄なモノだ。
私達が考えるべきは主のことだけ。だって私達は、主の為にのみ存在するのだから。
その他大勢のことなんて、気にする方がおかしいはずなのに……。

彼を糧に出来ないのは、単純に感情の問題で実行自体は簡単だ。
以前からの知り合いだから、向こうも油断しているし蒐集は容易いだろう。
事が一刻を争うなら、真っ先に狙うべき相手。
それに士郎君の家族である彼女は、それなりの魔力を有している。
二人まとめて蒐集すれば、いくらかページを稼げるのは確実なのだから。
そう、頭ではわかっているのに感情が納得しない。

二人のことは、まだ家族にも言っていない。
これは重大な裏切りだとわかっているけど、どうしても二人を犠牲にする気にはなれない。
こういうのを情が移った、というのだろうか。

そう遠くないうちに、きっとみんなも二人の存在に気付く。
そうなったら、ただ魔力を有しているだけの二人には為す術がない。
この世界に魔法がない以上、わけもわからないうちにすべてが終わるだろう。
要は、遅いか早いかの違いでしかない。
だったら、今の内に可能な限り穏便に事を済ませてしまった方がいいのかもしれない。
補助に特化している私なら、そういったこともできるから。

しかし、そうとわかっていても決断できない。
こんなことはただ問題を先送りにしているだけであり、ただの逃避でしかないのに。
それでも私は、二人を巻き込みたくない。
二人を襲うことで、何かが決定的に変わってしまう気がして怖いのだ。
だから、その時が来るのが一日でも遅くなって欲しい。
叶うなら、最後まで彼らを巻き込まずに済ませたい。
いつかまた、この日常に帰ってきたいから。

違う。きっと単に、自分の身が可愛いだけなんだ。
二人を襲うことへの罪悪感を背負えなくて、それで逃げてしまっている。
私はいつの間に、こんなに腑抜けてしまったのだろうか。

ただ、心のどこかでそれを否定する自分もいる。
これはどちらかというと、本能的な部分。
プログラムである私に本能なんてものがあるか疑問だが、そうとしか言いようがない。
私はいつもどこかで、士郎君に対して身構えている。
初めのころに比べると、だいぶ和らいできたと思う。
けれど、それでもやはり固さが残っていると自覚している。

これに関しては、まったく理由がわからない。
不安・危機感・恐怖・敵意etc、なにともつかないモノが私の中から湧き上がってくる。
同時に感じる、微かな違和感のようなもの。
自分のことのはずなのに、わからないことだらけ。
これではまるで、「人間」みたい……。

一つ言えるのは、私は彼を警戒している……らしいということ。
もしかすると、彼を贄としたくないと思うのはこれも関係しているのかもしれない。
でもだとすると、一体何が私を警戒させるのだろうか……。
仮にも闇の書の守護騎士である私が警戒するほどのモノが、彼にあるようには見えない。
主に負けないほどに家事が得意で、少しの魔力と優れた武技を持っている、ただそれだけの少年のはずなのに。

まあ、あの年であれほどの技量があるのなら、家事・武術共にその才能は抜きんでているんだろうけど。
直接戦闘が専門外の私では詳しいことはわからないけど、シグナムならきっともっと詳しくわかるはずだ。
実直な人だけど、アレで結構バトルマニアなところがあるし、「手合わせをしたい」なんて言い出すかも。
あるいは、成長に期待して鍛えようとするのかしら。
少なくとも、いくら優れた技量を持っていてもまだ子どもの彼が勝てるはずがないわよね。

思考が逸れてしまったけど、そんなことは今考えるべきことじゃない。
二人を巻き込みたくないのなら、巻き込まないですむくらい大急ぎで事を済ませてしまえばいい。
重要なのは、闇の書を完成させて彼女を真の主にすること。
結果としてそれがなせるのなら、過程など問題ではない。
可能であるあらゆる手段を用いて、それを為す。

とはいえ、あらゆる手段というのは手段を選ばないという意味ではない。
私たちは己の許す行為しかできないし、主の未来を血に染めることもできない。
また、私達はいずれ罰も受けるし、必要なら消えてもいい。
その覚悟は……ある。
これが私達に残された、騎士としての最後の矜持だから。

でも、夢見て望むくらいはいいだろう。
おそらく初めて体験したであろう、あの幸せな日々に帰れることを。
「お願いします。
 どうか、あの日々をもう一度……」
主と私達四人、そして次元世界とも違う「並行世界」から来たというあの人を含めた六人。
いえ、闇の書が完成すればあの子も家族の一員になるのよね。だとすると、七人になる。
家族七人で暮らす、穏やかな日常こそが私の願い。

そうして私は今日も空を見上げながら、信じてもいない神様に願う。

Interlude out






あとがき

ちょっと意表を突けたらと思っていきなりシャマルを出しましたが、どうだったでしょう。
詳しい経緯や諸々はそのうちでますので、今しばらくお待ちください。
この先フラグがどうなるかはまだわかりません。
皆さんの反応次第、でしょうか。
立てるのは特に問題ないと思うんですよ。
あの人たちは老化ってものをしませんから、年の差なんてあってないようなモノですしね。
シャマルの勘違いですが、まあ直接戦闘は専門外なんでそういうこともありますよ。

次回は、性急かもしれませんが早速衝突です。
日常的な部分をやってしまったので、あとは突入するしかないんですよね。
一応だいたいの構成はもう決まってますので、たぶん第二部も最後までやれるはずです。

では、今回はこれにて失礼します。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.029855012893677