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No.4610の一覧
[0] 魔法少女リリカルなのはReds(×Fate)【第二部完結】[やみなべ](2011/07/31 15:41)
[1] 第0話「夢の終わりと次の夢」[やみなべ](2009/06/18 14:33)
[2] 第1話「こんにちは、新しい私」[やみなべ](2009/06/18 14:34)
[3] 第2話「はじめての友だち」[やみなべ](2009/06/18 14:35)
[4] 第3話「幕間 新たな日常」[やみなべ](2009/11/08 16:58)
[5] 第4話「厄介事は呼んでないのにやってくる」[やみなべ](2009/06/18 14:36)
[6] 第5話「魔法少女との邂逅」[やみなべ](2009/11/08 16:59)
[7] 第6話「Encounter」[やみなべ](2009/06/18 14:37)
[8] 第7話「スパイ大作戦」[やみなべ](2009/06/18 14:38)
[9] 第8話「休日返上」[やみなべ](2009/10/29 01:09)
[10] 第9話「幕間 衛宮士郎の多忙な一日」[やみなべ](2009/11/29 00:23)
[11] 第10話「強制発動」[やみなべ](2009/06/18 14:39)
[12] 第11話「山猫」[やみなべ](2009/01/18 00:07)
[13] 第12話「時空管理局」[やみなべ](2009/01/31 15:22)
[14] 第13話「交渉」[やみなべ](2009/06/18 14:39)
[15] 第14話「紅き魔槍」[やみなべ](2009/02/21 22:51)
[16] 第15話「発覚、そして戦線離脱」[やみなべ](2009/02/21 22:51)
[17] 外伝その1「剣製」[やみなべ](2009/02/24 00:19)
[18] 第16話「無限攻防」[やみなべ](2011/07/31 15:35)
[19] 第17話「ラストファンタズム」[やみなべ](2009/11/08 16:59)
[20] 第18話「Fate」[やみなべ](2009/08/23 17:01)
[21] 外伝その2「魔女の館」[やみなべ](2009/11/29 00:24)
[22] 外伝その3「ユーノ・スクライアの割と暇な一日」[やみなべ](2009/05/05 15:09)
[23] 外伝その4「アリサの頼み」[やみなべ](2010/05/01 23:41)
[24] 外伝その5「月下美刃」[やみなべ](2009/05/05 15:11)
[25] 外伝その6「異端考察」[やみなべ](2009/05/29 00:26)
[26] 第19話「冬」[やみなべ](2009/07/02 23:56)
[27] 第20話「主婦(夫)の戯れ」[やみなべ](2009/07/02 23:56)
[28] 第21話「強襲」 [やみなべ](2009/07/26 17:52)
[29] 第22話「雲の騎士」[やみなべ](2009/11/17 17:01)
[30] 第23話「魔術師vs騎士」[やみなべ](2009/12/18 23:22)
[31] 第24話「冬の聖母」[やみなべ](2009/12/18 23:23)
[32] 第25話「それぞれの思惑」[やみなべ](2009/11/17 17:03)
[33] 第26話「お引越し」[やみなべ](2009/11/17 17:03)
[34] 第27話「修行開始」[やみなべ](2011/07/31 15:36)
[35] リクエスト企画パート1「ドキッ!? 男だらけの慰安旅行。ポロリもある…の?」[やみなべ](2011/07/31 15:37)
[36] リクエスト企画パート2「クロノズヘブン総集編+Let’s影響ゲェム」[やみなべ](2010/01/04 18:09)
[37] 第28話「幕間 とある使い魔の日常風景」[やみなべ](2010/07/03 02:34)
[38] 第29話「三局の戦い」[やみなべ](2009/12/18 23:24)
[39] 第30話「緋と銀」[やみなべ](2010/06/19 01:32)
[40] 第31話「それは、少し前のお話」 [やみなべ](2009/12/31 15:14)
[41] 第32話「幕間 衛宮料理教室」[やみなべ](2010/01/11 00:39)
[42] 第33話「露呈する因縁」[やみなべ](2010/01/11 00:39)
[43] 第34話「魔女暗躍」 [やみなべ](2010/01/15 14:15)
[44] 第35話「聖夜開演」[やみなべ](2010/01/19 17:45)
[45] 第36話「交錯」[やみなべ](2010/01/26 01:00)
[46] 第37話「似て非なる者」[やみなべ](2010/01/26 01:01)
[47] 第38話「夜天の誓い」[やみなべ](2010/01/30 00:12)
[48] 第39話「Hollow」[やみなべ](2010/02/01 17:32)
[49] 第40話「姉妹」[やみなべ](2010/02/20 11:32)
[50] 第41話「闇を祓う」[やみなべ](2010/03/18 09:55)
[51] 第42話「天の杯」[やみなべ](2010/02/20 11:34)
[52] 第43話「導きの月光」[やみなべ](2010/03/12 18:08)
[53] 第44話「亀裂」[やみなべ](2010/04/26 21:30)
[54] 第45話「密約」[やみなべ](2010/05/15 18:17)
[55] 第46話「マテリアル」[やみなべ](2010/07/03 02:34)
[56] 第47話「闇の欠片と悪の欠片」[やみなべ](2010/07/18 14:19)
[57] 第48話「友達」[やみなべ](2010/09/29 19:35)
[58] 第49話「選択の刻」[やみなべ](2010/09/29 19:36)
[59] リクエスト企画パート3「アルトルージュ・ブリュンスタッド 前篇」[やみなべ](2010/10/23 00:27)
[60] リクエスト企画パート3「アルトルージュ・ブリュンスタッド 後編」 [やみなべ](2010/11/06 17:52)
[61] 第50話「Zero」[やみなべ](2011/04/15 00:37)
[62] 第51話「エミヤ 前編」 [やみなべ](2011/04/15 00:38)
[63] 第52話「エミヤ 後編」[やみなべ](2011/04/15 00:39)
[64] 外伝その7「烈火の憂鬱」[やみなべ](2011/04/25 02:23)
[65] 外伝その8「剣製Ⅱ」[やみなべ](2011/07/31 15:38)
[66] 第53話「家族の形」[やみなべ](2012/01/02 01:39)
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[4610] 第17話「ラストファンタズム」
Name: やみなべ◆33f06a11 ID:fd260d48 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/11/08 16:59

SIDE-士郎

フェイト達の後を追っている最中、俺はプレシアが放った傀儡兵に襲われていた。

だが、接近戦ができるほどには回復していない。
こうして走りまわるだけでも体が軋む。
こんな状態で接近戦など、自殺行為だ。
距離を取り、剣弾や弓での遠距離攻撃に徹するしかない。

いや、仮に接近戦ができるコンディションだったとしても、こんなデカブツ相手に斬りかかるのは得策とは言えないか。
普通に戦っていては足しか攻撃できないし、思い切ってジャンプしても空中で移動できない俺では格好の的だ。
飛びあがっても、虫のように叩き落とされるのが目に見えている。

そうなると、やはりこうして走りまわっての遠距離攻撃くらしか有効な手はない。
宝具を使えばその限りではないが、こんな状態では負担が大きすぎる。
この後にまだ何があるかわからない以上、できる限り力は温存しておかなければならない。

だが、それもすでに限界が近付いている。
体に強化をかけて走り回っているが、傷が響いて動きに切れがない。
痛みに耐えるのは慣れているが、体の方が反応についていかない。
いくら動かそうとしても、体が言うことを聞かないためにどんどん追い詰められていく。

それも向こうには命の心配がないせいで、だんだんと追いつめられてきている。
一応天の鎖で拘束したりはしているが、こいつらには神性なんて欠片もない。
そうである以上、奴らにとっては多少頑丈な鎖でしかない。
これだけのデカブツが相手だと、強化をかけたくらいでは気休めにもならない。
当然、簡単に引きちぎられてしまう。

全く、罰当たりな。仮にも神代において天の雄牛を捕縛した、世にも珍しい対神兵装だというのに。
数ある宝具の中でも、対神兵装なんてそうはない。
如何に俺の作った贋作とはいえ「少し遠慮しろ」と声を大にして言いたい。
その上、あの英雄王が「友」と呼んだ代物だ。もしこれを見られたら、ここは一瞬で消滅するな。

って、あれ? 俺そんなのいつ聞いたんだ? 
少なくとも、奴が黒い孔に呑まれそうになった時は、そんなこと言ってなかったはずなのだが……。

ズンッ!!!

「ふっ!」
そんなことを考えていると、目の前に非常識な大きさの槍が叩きつけられる。
直撃を受けていれば、轢殺された蛙にも劣らないほどぺしゃんこにされてしまうところだった。
それを、寸でのところで飛び退くことで回避する。

動きのキレは悪いが、こんな大振りが簡単に当たるほど間抜けではない。
しかし向こうは、数を頼りに玉砕を前提とした突進をしかけてくる。
その勢いに押され、後退を強いられる。
せめて、まともに動ければ違うのだがな。
このままでは、そう長くは持たないだろう。

ドンッ

そんなことを考えているうちに、背中に固いモノが当たる。
不味いな、いよいよ壁際だ。これ以上は下がれない。
そこへ剣を手に持ったタイプが接近し、俺を叩き潰そうとしてきた。

いくら俺が纏っているのがオリジナルの聖骸布製の外套とはいえ、相性が悪い。
本来は魔力遮断の聖遺物なのだから、物理攻撃こそが弱点だ。あんな巨大な剣の直撃など防ぎようがない。
この体では左右への回避も難しい。
半包囲状態なので、逃げてもその先には敵がいる。
根本的に解決するには、敵すべてを倒すしかない。

この体でそれをしようと思うと、手段など一つくらいしかない。
できれば避けたかったが、こうなったら宝具の真名開放でまとめて薙ぎ払うか。
体に掛かる負荷が並みじゃないけど、それでもここで潰されるよりかはマシだ。

ところが、今まさにひき肉にされそうになっているところへ、図ったかのようなタイミングで救援が来た。
ただし、それは人間ではなく、桃色の光を放つデタラメな威力の砲撃だった。

突然の閃光に目が眩む。
閃光は一瞬だったので、すぐに問題なく見えるようになった。
襲いかかってきた傀儡兵がどうなったのか確認しようと、眼を擦りながら前を見る。

そこには、見事な大穴が空けられていた。
目の前まで迫っていた傀儡兵の姿はない。頭上から降り注いだ桃色の閃光によって、粉々にされたのだろう。
ついさっきフェイトとあれほどの勝負をしたばかりだというのに、もうここまで回復したのか。
回復力も一撃の威力も、何もかもがデタラメだ。「若い」の一言で済ませていいレベルじゃないぞ。

あまりの光景に呆れていると、上から人の気配を感じる。
振り仰いでみると、ユーノやクロノを伴ったなのはがやってくるところだった。
「し、士郎君!? 動いて大丈夫なの?」
なのはは重傷のはずの俺が動いていることに驚きつつ、心配そうに聞いてくる。
砲撃によって傀儡兵が吹き飛ばされるのに少し遅れてきたところからすると、少し離れたところから撃ったのだ
ろう。威力が半端ではないのは知っていたが、狙いと判断力も悪くない。
そのうち、本当に射撃・砲撃戦のエキスパートになれるかもな。

それはそうと、とりあえずスカートを押さえろ。
地に足をつけている俺は、当然なのはの下にいる。
降りてくるまではいいが、滞空していると直立の姿勢を取ることになるので中身が見える。
いくら九歳とはいえ、もう少し恥じらいというモノを持ってくれないかなぁ……。
無論覗きなどする趣味はない。
若干頭痛のする頭を押さえながら、なのはの方を見ないように余所を向く。

心配そうにしているなのはを安心させるために、相変らずそちらを見ないようにしながら答える。
「走る程度なら大丈夫だ。やろうと思えば戦闘もできる。
でも、いまのはさすがにやばかったからな、正直助かった。
 その様子だと、駆動炉の封印は終わったみたいだな。なら、凛たちのところへ向かっているところか?」
鞘の加護のおかげで回復してはいるが、相変らず順序がめちゃくちゃで、動くところと動かないところがばらばらだ。治り具合も違う。
もう少しちゃんと制御できるようになれば、任意のところから治せるようになるのだろうか。
便利ではあるが、うまくコントロールできないのが欠点だ。

そんな俺に向かって、クロノが呆れたような表情で答えを返す。
「ああ、その通りだ。
 だが、君も無茶をするな。さっきエイミィから連絡があったから急いできたんだが、そんな体で来るなんて……正気か?」
この程度で正気を疑うようでは、元の世界での俺の行動を聞いたら一体どんな反応をするのかな。
興味はあるが、クロノの精神的平穏のためにも知らない方が幸せだろう。
それに俺が無茶をするのは、もう条件反射のようなものだ。
こんなのと関わってしまったことを、不運と思ってもらおう。

「生憎と、本気だよ。
向こうにはフェイトも行っている。焚きつけた身としては、放っておくわけにもいかないしな。
それに凛が心配だ。あいつ、ここ一番でポカするから、また何かやらかしてないか気がかりだ」
あの呪いは本当に厄介だ。これまでも、大なり小なり被害を受けてきた。
笑い話がほとんどだが、ここで発動しては笑えない。
いざとなれば、宝具による殲滅攻撃だってするつもりでいる。
単純な攻撃力で、宝具の真名開放を上回るものはそうはない。
なら、俺にしかできないことがあるかもしれない。

「わかった。事態はほとんど終結に向かっている。駆動炉は抑えたから、最悪の展開はないはずだ。
下手に君を連れ戻すほうが、戦力を減らすことになってかえって危ない。同行を許可するよ。
ただし、邪魔だけはしないように」
俺を戻らせようとすれば、護衛の意味も込めて誰かをつけねばならない。
こんな怪我人に自力でリンディさんのところまで行け、なんて言うのは普通に考えれば非常識だ。
誰かについてきてもらうしかない以上、そんなことに人手を割く暇はないのだろう。
駆動炉を抑えても、ジュエルシードが暴走すれば一気に事態が悪くなることもある。
それを抑えるには、少しでも人手を確保しておくべきだ。


怪我をしていることもあり、俺単体では遅いのでユーノに抱えられながらの移動になった。
正直、なのはに抱えられるのは恥ずかしい。また、クロノと一緒に周囲の傀儡兵を倒しているので、手をかけさせるわけにはいかない。
そこでデバイスなしで攻撃も得意でない、現状一番身軽なユーノにお鉢が回ってきた形だ。

「悪いな。なんだか足手纏いみたいで…」
体はロクに動かず、移動のために抱えられているのでは、まさにその通りだ。
手伝いに来て結果として邪魔をしているのだから、まったくいい迷惑だろう。
分かってはいるのだが、それでもこの状況下では居ても立っても居られないのが俺の性分でもある。
自覚がある分、かえって性質が悪い気もするが俺も譲る気はない。

申し訳なさそうにしつつも、俺が断固としてこの先に進んで行こうとする意志を感じたのか、ユーノから出たのは同意の言葉だった。
「ううん、別に気にしないで。僕だってそう役に立てているわけじゃないし、待っていられない気持ちもわかるしね。
僕はなのはやクロノみたいに攻撃は上手くないし、今はできることを精一杯やっておきたいから」
俺の謝罪に、嫌な顔一つせずユーノが答える。

自分の特性に多少コンプレックスのようなものがあるようだが、卑下することではない。
戦場においては前線の兵力もさることながら、後方のサポートがしっかりしていないと戦っていられない。
物質的な意味だけでなく、いわば心の支えのような役割もある。
ユーノはしっかりその役割を担っている。二人が気兼ねなく前を向いて戦えるのは、ユーノのおかげともいえる。いっそのこともう少し偉そうにしてもいいと思うが、それはユーノの性格上無理な相談だろう。

とはいえ、今はあまり話しこんでいる場合でもないので、このことは後日伝えればいい。
そのまま会話をやめ、俺たちは前を行く二人とその周囲にいる敵に意識を向ける。
二人が何とかしてくれているとはいえ、いつ予想外の行動に出てこちらにまで攻撃が及ぶかわからない。ここから先、余所に意識を向けている余裕はないので、俺たちも周囲の様子を警戒しながら先を急ぐ。

そして、俺たちが最下層にたどり着き中に入ったところで、銃声が鳴り響いた。



第17話「ラストファンタズム」



中に踏み込む同時に、薄紫色の突風が体に叩きつけられる。
いや、違う。これは魔力だ。
方向性持たない、あるいは制御を失ったとんでもない量の魔力が無差別に発散され、風のようなモノになっているだけだ。
色を帯びているのは、使おうとした人間の魔力光が残留しているからだろう。

同時に、この場で俺だけがこの突風が何を意味するのかすぐに理解する。
この風は、さっきの銃声が原因となって発生したモノだ。
回数こそ少ないが、それでも過去に何度か聞いたその音。
それ聞き間違うはずがないし、それによって何が起こったのかは確認するまでもない。

それは親父の形見にして、魔術師殺しの礼装。
凛が俺の懐から拝借していった、「切断」と「結合」の起源を内包した魔弾。
出来れば使う前にと思ったが、使ってしまったのか……。


リンカーコアといえど、力を流す道はあるはずだ。
血が血管を通るように、あるいは電気が回路を通るように、魔力を通す道がなければならない。
そうでなければ理屈に合わない。
体の内外を問わず、力を行使することにはそういったものが必要不可欠だ。

切嗣の起源弾は、その道を断ち切りデタラメにつなげ、魔力を道筋から外す。
道から外れれば、魔力は勝手に暴れ回り周囲を破壊することになる。
その際の破壊は、使用していた魔力に比例する。

非殺傷設定を用いようと、肉体に傷がつかないだけで痛みと衝撃がなくなるわけではない。
過負荷を瞬間的にかけた場合などでは、魔力だけではなく身体的にもダメージが及ぶこともあるそうだ。
ならば、魔導師にとっても魔力の暴走は肉体を傷つける危険性がある。

プレシアがジュエルシードを使っていようと関係ない。
アレに魔力を制御したり、使う者の望む方向性を持たせたりするなんて、気の利いた真似はできない。
ジュエルシードを利用しようと思えば、魔力だけ引き出してあとは自分で制御するしかないのだ。

そして制御するからには、たとえ外部から引き出した魔力であろうとリンカーコアが少なからず作用する。
なのはの収束砲が外界の魔力を利用していながらも、自身の魔力光に染まっているのが何よりの証拠だ。
ならば当然、リンカーコアも起源弾の影響で発生するフィードバックを受けるはずだ。

その際の破壊は、使用していた魔力量に比例する。
ジュエルシードなんて使っていたら、使用される魔力量は尋常ではないはずだ。
普通に考えれば、確実に死に至るダメージを受ける。


そう、理屈ではそういうことになる。
だが今のは、結局俺が立てた仮説でしかない。
その可能性は高いが、本当に効果があるかは実際に使ってみなければ確かめようがない。
万が一にも無事であれば、すぐにでも全員まとめて蒸発させられる。
ジュエルシードから魔力を引き出せるということは、そのレベルの攻撃をするのに必要な魔力を、容易に調達できるということだ。

警戒を怠ることなく周囲を見渡すと、赤い水溜りとそこに仰向けに倒れている人影を発見する。
例の試験管のような容器からは、ずいぶんと離れた壁際だ。
この場には凛とプレシア、そしてフェイト達一行といま到着した俺たちしかいない。
凛とフェイト達は、向こうで紫色の帯に拘束されている。いや、それも今し方粉々に砕け散った。
破られたようには見えなかったので、たぶん自壊したのだろう。

姿が見えないのがプレシアしかいない以上、あそこで倒れている人影は彼女以外あり得ない。
おそらく、さきほどの突風をもろに受け、あそこまで吹き飛ばされたのだろう。
敵がすぐ近くにいる状況で、あれほど固執していたアリシアの肉体の入った容器から離れるとは考えられない。
容器の位置から壁際までかなりの距離がある。つまり、これだけの距離を吹き飛ばされたのか。
一体、どれだけの魔力をつぎ込んだんだ。その際のフィードバックは計り知れない。

その口腔からは、夥しい量の血が流れ出している。
倒れてもなお血は止めどなく溢れ出し、体を血の海に沈めていく。
この時点で確信する。プレシアが身を浸す血の海は、すでに致死量だ。
これだけの血を失えば、失血死するのには十分すぎる。

よく観察してみれば、それだけではないことに気付く。
目、鼻、耳からも血が流れ出し、毛細血管がやられたのだろう全身を血に染めている。
起源弾の効果を考えると、中身も破壊しつくされているのは間違いない。
内臓は見る影もなくなっているだろう。

また、胸部は特に酷い。
まるで、小型の爆弾でも炸裂したかのようだ。辛うじて原形をとどめているが、見るも無残な有様になっている。
皮膚は跡形もなくはじけ、ところどころに申し訳程度に残っているだけだ。
そのかわり、筋肉や神経が露出している。場所によっては骨さえ見える。
あるいは、肺や心臓も露わになっているかもしれない。
原形をとどめていればの話だが……。

このあたりが特に酷いのは、リンカーコアの位置が原因だろう。
リンカーコアは心臓付近にあるらしいので、胸部の破壊が著しいのは当然だ。

いや、運用していた魔力によっては胸部に風穴が開いていたかもしれない。
それに比べれば、マシな部類だろう。少なくとも、人としての体裁は保たれている。
プレシアがジュエルシードを使っていたのなら、決してあり得ない可能性ではない。
アレから引き出せる魔力は、それだけの量になるのだから。

だが、どちらにしても致命傷であることには変わらない。
ただでさえ、プレシアは死病に侵されている。
かなり衰弱しているのは、リニスに確認しているので間違いない。
リニスがまだ普通に活動していた頃の情報であることを考えれば、今はさらに悪化しているはずだ。

昔、嫌というほど人の死を見たせいか、俺は人の生死に対し言葉にしにくいが、妙に勘のようなものが働く。
その勘は、プレシアはまだかろうじて生きていることを告げている。
しかし今すぐ最高の治療を施し、延命に努めたとしても十分もたないだろう。
即死でないのが不思議なくらいだ。

拘束から解放されたフェイトは、その場に力なく膝をついてプレシアの方を見ている。
「母……さん…」
フェイトの口から弱々しい声が漏れる。
こちらからでは顔は見えない。泣いているのか、それとも……。
思いを伝えられたかはわからないが、やはりこんな形になってしまったか。

本来なら、俺がプレシアの死を背負うつもりだったのに、それを凛にやらせてしまった。
アイツは「なんてことはない」と言うだろうし、事実それほど気にしないかもしれない。
人を殺したのも、初めてではないのだ。

それでも、凛はたとえ苦しくてもそう言うやつだ。
だから、もしアイツが無理をしているようなら弱音を聞いてやるのが、俺にできる唯一のこと。
俺にだって、背中を貸してやることぐらいはできる。一緒に重荷を背負ってやることもできる。
俺の方からはなかなか任せることができないが、それはお互い様だ。
アイツも大概強がりだからな。無理に背負ってやらないと、いつまでも言わないだろう。

あらためて、プレシアの方に目を向ける。
俺は彼女を許すことはできないし、やろうとしたことを肯定することもできない。
それでも、こんな無残な死に方をして当然と思えるほど、嫌うこともできない。
プレシアは単純に、失った苦しみに耐えられなかっただけなのだ。
やり方は間違っていたが、その苦しみは人として当然のモノだ。
だからだろうか、あれほど心を満たしていたプレシアへの怒りは鎮まり、代わりに憐憫の情が芽生えている。

俺はプレシアを否定し、彼女を阻む手伝いをした。
同情する権利など俺にはないのはわかっている。
だがせめて、プレシアの遺体だけでも確保した方がいいだろう。
ここにいては、いつ虚数空間とやらに落ちるかわからない。
やはり、死体のない棺は悲しすぎる。気休めだが、あるのとないのでは大違いだ。

フェイトの肩に手を置いて話しかける。
「フェイト、プレシアを連れて行こう。ここで落ちてしまえば、本当に独りになってしまう。
 俺が言えることではないけど、丁重に弔ってやろう。そこの…アリシアも」
たとえ中身のない入れ物でも、それがアリシアという少女の姿をしているなら、やはりちゃんと弔ってやるべきだ。

プレシアは彼女の死を許容できなかった。まともな葬儀もされていないかもしれない。
俺たちにできるのは、失われたものを覚えていることだけだ。
葬儀という一つの区切りをつけ、決して忘れない記憶としてこの胸に刻むのが、せめてもの弔いだろう。



Interlude

SIDE-プレシア

私は、一体どうなったの?
気がつくと、全身の感覚がなくなっていた。
何も見えないし、聞こえない。今の自分が立っているのか、それとも倒れているのかさえ判断できない。
苦しみはない、痛みもない。あるのは、久しく忘れていた不思議と安らかな心だけ。

こんな穏やかな気持ちになったのは、いつ以来だろう。
あの人形が形の上だけでも完成した時か、それともアルハザードの存在を確信した時だろうか。もしかすると、アリシアの生きていた時まで遡らなければならないかもしれない。

そんな心境だから、だろうか? 体の感覚はないのに、妙に頭が冴えているように感じる。
周囲の様子すらわからない私だけど、一つの確信がある。
それは、私はあの少女に負けたのだろうということ。
私が極大の魔力を使って放った攻撃をどうやって防いだのか、どうやってあの強固な防御を抜いたのか、分からないことだらけだ。
でも、こうして私が自分の状態すらわからず、長年にわたってこの体を蝕んでいた病からくる苦痛からも解放されているところからすると、それしか考えられない。

私の病は末期に達しており、すでに手の施しようのない状態まで進行しているのは間違いない。
医者は本業ではないが、プロジェクトFの過程で人体に関する研究も行っていたので、並の医者よりよほど人体には詳しい。
いや、違法研究にも手を出したのだから、真っ当な医者では知りえないことまで知っている。その私から見ても、この体は限界に達している。

苦痛とは、人体が発する一種の危険信号だ。破損や不具合のある場合などに、それは発信される。
それがないということは、どこにも問題がないか、あるいはもう機能を停止しようとしているからだ。
生命として限界に達している私には、後者しかあり得ない。
世界はいつだって冷酷だ。ここにきて、突然体が全快するなどという奇跡が起こるはずもない。


つまり、私は長年の悲願に届かなかったということ。
本来ならば、私を阻んだ者を呪い、世の理不尽を恨み、望みがかなわなかったことを嘆くはずだ。
だけど、今の私にそんな感情はない。むしろ「やはり」という、予想通りの結果になった気持ちだ。

あの子たちに言われなくても、多分、私はどこかで自分の望みがかなわないとわかっていたのだろう。
だけどそれを認められなくて、アリシアのいない世界が許せなくて、自分でもわかっているのにそれを否定し続けた。
だから、ずっと心が軋んでいた。それを忘れるために、私は徐々に狂おうとするようになっていった。
そうしているうちに、いつしか正気と狂気の区別がつかなくなっていった。

私があの子たちの言葉に激昂したのは、図星をさされたからに他ならない。
わかっていて目を背けていたことを指摘され、それでもなお受け入れられなくて、存在そのものを消し去ろうとした。
これでは、どちらが子どもかわからない。

全てが潰えた今なら受け入れられる。私は、ずっと駄々をこねていたのだろう。
アリシアがいなくなってからの生活は、どれほど研究に没頭しても空虚だった。
それでも、それをしていないよりはずっと楽だった。
少なくともその間だけは「アリシアが帰ってくるという」決してかなうことのない、だけど甘い夢を見ていられた。
いつしかその甘さだけが支えになり、都合の悪い現実から目を逸らし、都合のいい夢を拠り所とするようになっていた。
まったく、これでは本当に思い通りにならないことに駄々をこねる子どもではないか。

私は現実を否定するだけでなく、自身が生み出した命を拒絶し、心身ともに虐待し尽くした。
だけど、私が現実を受け入れられたとしても、おそらくフェイトのことは拒絶しただろう。
あれは、アリシアへの愛情を、アリシアの過去を奪い取ろうとする、怪物にしか見えなかったのだ。

今思えば、なんと滑稽なことだろう。自分で生み出しておいて、その存在を恐れるなんて。
今の私に恐れはないが、それでもアレは受け入れられない。
私にとっては、どこまでいってもあれはアリシアのミスコピーであり、失敗作だった。
それはこの先も変わらないし、変えられない認識だ。
自分で作ってしまったために、どうしても見方が変えられない。
自分でも知らなかったけど、私は、ここまで頭が堅かったのか。

あれがこの先どう生きていくかは知らないし、勝手にすればいいと思う。
私はあれを道具として見て、これからはその道具を使うこともできなくなるのだから、道具の行く末になど興味はない。
しかし、見た目はアリシアと寸分違わない。
せめて、アリシアに恥をかかせるようなマネだけは、しないでほしいモノだ。

ああ、こんな事なら、あれの事などさっさと放り出してしまえばよかった。
そうすれば、あれのことで不快感を覚えたり、恐れを抱いたりすることもなかっただろう。
全く、何もかも今更だ。もっと早くに気付いていれば、別の未来もあっただろうに。

私は…愚かだった。
それでも、アリシアとの日々を願わずにはいられなかったのだ。


悔いがないわけではないが、多分、これでよかったのだろう。
ここまでやって悲願が成就しなければ、私はきっと本当に壊れていた。
最後の望みが潰えれば、これまで私が閉じ篭っていた夢は終わる。
そうなったら私は、ずっと目を背け続けてきた絶望と、これまでに自分がしてきたことの重さに耐えられなかったかもしれない。
あの赤い少女に阻まれたことで、私はそれと向き合うことはなくなった。

それに、次元震を引き起こすという、最後の一線も越えずに済んだ。
もしここを越えていたら、多くの犠牲が出ていただろう。
私はどれほどの犠牲が出ようと関心はないが、アリシアは違う。
アリシアは優しい子だ。
自分のために途方もない犠牲を出したと知れば、あの子はどれほど傷ついた事だろう。
そうならずに済んだ事だけは、あの子たちに感謝してもいい。

そう、きっとこれはなるべくしてなったのだ。
だから私は、この結果に僅かに安堵している。


ああ、私はもうじき死ぬ。何となくだが、それはわかる。
だって、段々と意識に靄がかかってくる。
この靄で意識が覆われた時が、私の死ぬときなのだろう。

そういえば、死んだ後、人の精神はどうなるのだろう?
消えるのか、それとももっと別の結果があるのだろうか? 思えば、そこを考えたことはなかった。
私は曲がりなりにも科学者、死後の世界などという非科学的なものを信じていはいない。
でも、もし本当にそれがあるのなら……そして許されるのなら、アリシアに会いたい。
あの子が私を許してくれるかはわからない。
むしろ、これまでやってきた事を振り返れば、考えるまでもない。
あの子がいた頃も、いなくなってからも、私はいい母親ではなかった。

この願いも、愚かな駄々にすぎないのかもしれない。
だけどひと目でいい、もう一度あの子の笑顔が見たい。
生き返らせたいなどと、贅沢なことは言わない。
一瞬でもいいから我が子に会いたいという願い、これだけは誰にも否定できないはずだ。

消えかかる意識の中、私は最後の力を振り絞ってその願いを口にしようとする。
「…ア……シ…ア………に……い……た…」
最後まで言えたかわからないけど、私は終わりの瞬間までアリシアを愛し続けることができた。
それだけは、誇っていいモノだと思う。

Interlude out



フェイトの肩に置いていた手を離し、改めてプレシアの方を向き直おる。

すると、プレシアの腕がほんの少しだけ地面から浮いているのが目に入る。
見方によっては、宙に向かって手を伸ばそうとしているようにも見える。
意識の有無はわからないが、あんな状態でまだ動くことができることに驚愕する。

それと同時に、ある考えが頭をよぎる。
(いっそ、楽にしてやったほうがいいのかもしれないな)
もうプレシアは助からない。今はかろうじて生きているが、あんな状態では苦痛しかないだろう。
それに、プレシアにこんな無残な死を強いた一因は俺にある。
俺が起源弾を凛に渡したからこそ、プレシアはこんな結末を辿ることになった。

ならば、俺はプレシアを死に追いやった人間の一人。
そんな俺がプレシアにしてやれるのは、この苦しみを断ってやることだけだ。
そして、この瞬間のことを決して忘れず心に刻みつける。
それが、この人を殺す手伝いをした俺の責任だろう。
言葉にはせず、一つの決意と覚悟持って歩みを進める。

プレシアのすぐ傍まで歩み寄り、剣を投影しようとする。
その時、死に至ろうとしているはずのプレシアの口が、僅かに動いていることに気付く。
俺は、大急ぎでプレシアの口元に耳を寄せる。

今際の際の言葉だ。
何を言い残そうとしているのかはわからない。
だが、それが誰かに向けてのモノならば、俺はこれをその人に伝えなければならない。
これは、一人の人間の最後に立ち会う者としての責務だ。

「              」
……どうやら、間に合ったようだ。
あまりに弱々しいそれを、何とか聞きとることができた。
不明瞭なところは多々ある。
大半が擦れていたが、聞きとれた音からそれが何を伝えようとしたものか推測することはできる。

それは、今まさに消えそうな命の灯を精一杯に燃やしての願い。
愛娘との再会を望む、一人の母親の穢れ無き愛に満ちた言葉だった。
俺がそれを聞き届けたところで力尽きたのか、プレシアは動かなくなった。
(それほどまでに…取り戻したかったのか……)
あまりにも無垢なその願いは、プレシアの愛情が計り知れないほどに深いことを容易に悟らせる。
それを知った俺の心を占めるのは憐憫ではなく、言葉に出来ないほどの感嘆。

ああ、今確信したよ、プレシア。
貴方は、確かに決して許されない行いをしてきた。
フェイトへの度重なる虐待。悲願と引き換えに、一つの世界さえ犠牲にしようとした。
どちらも許されることではない。第三者が知れば、誰もが貴方は罰されるべきだと口にするだろう。
だが、それらすべての罪と比してなお劣らぬほどに、貴方の愛は深く尊い。
俺ごときでは、それを推し量ろうとすることさえおこがましい。
認めよう。俺が今貴方に抱くのは、紛れもない尊敬の念だ。

プレシアが最後に紡いだ言葉とその内に秘められた想いに、俺はしばし圧倒されていた。
だが、いつまでもそうしていられるはずがない。
俺は血に濡れることも構わずその場に跪き、首を垂れる。
大層な理由なんてない。見下ろしていることが、どうしようもなく罪深く感じたからだ。
そのまま手を合せ、心から祈りを捧げる。

これまで持っていた、怒りや憐憫など全て消し飛んだ。
これほどの想いの前には、そんな感情など塵芥にすぎない。
貴方の行いは肯定できないけど、貴方が守り続けたその想いは、比類なく美しい。
その一端に触れることができたのは、つまらぬこの身には過ぎたる幸運だ。

(どうか、安らかに………)
俺に冥福を祈られても、プレシアからすれば迷惑でしかないだろう。
それ以前に、死に追いやった俺にはそれをする資格などない。

だが、それでも祈らずにはいられない。
もし死後の世界とやらがあるのなら、愛娘と再会できることを……。



SIDE-凛

士郎がプレシアの傍で祈りを捧げて、すでに一分以上が経っている。

その前にプレシアの口元に耳を寄せていたことから、何か聞いたのだと思う。
あんな状態で言葉を発せるとは思えないが、そうでなければ士郎の行動が説明できない。
何かを聞き、それ故にああして祈りを捧げているのだろう。
その姿には、どこか神聖な雰囲気すらある。

フェイトは相変わらず膝をついたまま、呆然としている。
ただしその目には涙が溢れ、幾筋もの線を描いて頬を伝い落ちる。
声を上げないのは抑えているから、というわけではないようだ。
ショックが強すぎて、声を上げることさえ忘れているのだろう。

そんなフェイトにどう声をかけていいのか分からないようで、なのはやユーノは心配そうに見守っている。
アルフはフェイトの肩を抱きながら、士郎の方を見ている。
その瞳には、主に非道を重ねてきたプレシアに祈りを捧げることへの怒りはなさそうだ。
ただ、眼に宿る光は複雑すぎて、そこに渦巻く感情は察することができない。

リニスは無理が祟ったのか、体を力なく横たえている。
アルフは手が空いていないし、フェイトもあんな状態だ。
今は私の腕の中だ。目こそ開いているが、こいつも一言も発さない。
一体、何を思っているのかしらね。

クロノは士郎に意識が向いているが、これといって行動に移る様子もない。
祈りを捧げる士郎の姿に、何か思うところがあるのだろう。
本来ならこの場にはもう用がないのだから、全員を促し脱出を指示すべきところだ。
まあ、プレシアが倒れた以上ことを急ぐ理由はない。
各人が納得いくまでやらせるつもりなのだろう。


私自身はというと、いい気分ではないのは確かだ。
プレシアのことは嫌いだが、だからといって殺したのは成り行きというか、こうするしかなかったからだ。
あのまま起源弾を撃たなければ、私もフェイト達も跡形もなく消えていた。
殺されるか、それとも殺すか。あれはそういう選択だ。
そして私は、殺す方を選んだ。

今まで奪ってきた命の数は、すでに三ケタに上る。
魔術とはあまり関係ない戦場に出たこともあるので、大勢での殺し合いの経験もある。
三ケタになんてなっているのは、これが原因だろう。

しかし、何度やっても殺しは気が滅入る。
必要ならそれをすることに躊躇はないが、それとこれは別問題。
いかに魔術師が血の匂いを纏う者とはいえ、これに「快」を感じるようになるのはよろしくない。
私にとって「殺し」は手段でしかなく、目的としたことは一度としてない。
私は別に殺人鬼や殺戮者、あるいは殺人快楽者になりたいわけではないのだから。

それにしても士郎の奴、余計な責任を感じていないでしょうね。
アイツのことだから「嫌な役を押し付けた」なんて思っているかもしれない。
そりゃあ、気分のいいことじゃないのは確かなんだから、嫌な役を担ったのは事実だ。

だが、それを「押し付けられた」なんて微塵も思っていない。
これは私が自分の意思で選択し、自分の意思で行った。
アイツが責任を感じるなど、御門違いもいいところだ。

初めプレシアに近づいていたのはとどめを刺すためみたいだったし、その役を肩代わりしようとしたのだろう。
そんな余計なマネをさせなかったという意味では、プレシアのしぶとさに感謝しよう。
もし士郎があそこでプレシアのことに気がつかなかったら、本当にそれをしていたはずだしね。

あとで念のため、士郎にはちゃんと言い含めておかないと。
これはアイツが気にすることではなく、一から十まで私の責任なんだから。
ただ、それだけだと士郎は納得しないわね。

……そうね、これを口実に久しぶりに少し甘えてみようかな。
ここ最近はずっと別行動だったし、アイツの温もりが少し恋しくなってきたところだ。
その時は精々照れて赤くなるアイツを、からかってやるとしよう。
そうすれば士郎も、余計なことをウダウダ言わなくなるはずだ。

けれど、不意打ちには注意が必要ね。
士郎は特に意識しないで殺し文句とか言うから、おかげでこっちが恥ずかしい思いをすることになる場合がある。
はぁ……無意識だからこそ腹が立つのよねぇ。

まあ、これで一応今回の一件は一段落かな。
長かったけど、一人も欠けることなく終わったのだから、文句を言うと罰が当たるわね。
士郎のことや宝石剣ことなど、できれば最後まで隠しておきたかったことがばれたのは、この際仕方がない。
幸いにも宝石剣を使っている光景は誰にも見られていないし、士郎の本質も知られていない。
最良ではないが、そう悪くもなかったのだ。
悲観するほどのことでもない以上、これで良しとしておこう。

プレシア殺害に関してはまだどうなるか不明瞭だから、考えても仕方がない。
状況などを鑑みれば、まだ十分弁護の余地はある。
また、今回使った宝石はそうたいしたものではない。
だけど、貰えるものはしっかり貰わないとね。
宝石代の請求と合わせて、まだ全てが終わったわけではない。

だが、一番の山場は越えたのだから少し位気を抜いてもいいだろう。



SIDE-士郎

どれぐらいそうしていただろう。
万感の思いを込めて祈りを捧げていると、周囲の異変に気づく。
「え!?」
思わず顔を上げ、辺りを見回し異変の出所を探す。
目にとまったのは、いまだ中空に浮かぶ八つのジュエルシード。

そこからただならぬ気配と、空間の歪みを感じ取る。
「これは、どんどん空間の歪みが大きくなってきているのか……。
 まずい、まだ何も終わっていない! 早く離れろ、巻き込まれるぞ!!」
それの意味するところを悟り、弾かれたように立ち上がる。
そのままプレシアの体を抱え、投影した鎖でアリシアの入った水槽を引っ張る。
決してジュエルシードのそばを通らないよう、壁沿いを走って凛たちのところに移動する。

それと前後して、ジュエルシードを中心にとてつもない魔力が放たれる。
間一髪間に合ったか。あと少し気がつくのが遅れていたら、巻き込まれていたかもしれない。
俺がついたところで、クロノが問いただす。
「どういうことだ!? 使用者のプレシアが死んだんだから、もう発動しないはずじゃ…」
紡がれるのは、あり得ないという驚愕混じりの否定の言葉。
だが、いくら否定しても現実として発動している以上、何とかしないと本当に次元断層に発展しかねない。
それぐらいにとんでもないレベルで起動している。

俺なりに一つの仮説はある。
いや、あの状況からしてこれしかあり得ない。
「……おそらく、原因はプレシアの願いだ。
死ぬ間際の願いともなれば、それこそ余計なものが入り込む余地がない。
ならば、その願いはこの上なく強力なはずだ」
プレシアは、最後の最後まで娘との再会を願っていた。
その願いにジュエルシードが反応したのだろう。

あらゆる生物は、第一に自身の生を望む。「生きたい」というのは、最も基本的で強い欲求だ。
だがプレシアは、それよりもアリシアとの再会こそ求めた。
それは、生存本能をも上回ったということを意味する。これに勝る願いなどあり得ない。

疑問の視線が俺に集中する。
あれを聞き取れたのはすぐ近くにいた俺だけから、無理もない。
俺は、先ほど聞いたことを簡潔にみんなに伝える。
「なるほど、ね。ジュエルシードが願いに反応する以上、これが一番強力に発動できるってことか。
 ただしあまりに強力すぎて、願いをかなえるっていうプロセスすらすっ飛ばしているわ。
この様子だと、一気に道を通そうとしているみたい……。
 死の間際までそんなことを願うなんて、いっそ見事ね」
凛が呆れたように、同時に讃えるように言っている。
そう、死ぬときまで揺るがずに願い続けられるともなれば、それはある意味称賛に値する。
もしかするとプレシアは狂っている以上に、俺のように人としてどこかが壊れてしまっていたのかもしれない。
それだけアリシアへの愛情が深かったのだろう。
母親としては見事としか言いようがない。だが、それ故に耐えられなかったのか。

「まずいよ、みんな!!
さっきまで落ち着いてた次元震が再度活性化して、いつ断層が発生してもおかしくない状態になってる。
いま何とか艦長が抑えているけど、それもいつまでもつか……。とにかく、早く脱出して!」
エイミィさんから、悲鳴のような報告が来る。
確かに、今すぐ離脱すれば何とかなるかもしれないが、それは俺たちに限った話。

海鳴、あるいは地球はこの影響をもろに受けることになる。
高次元空間内とはいえ、座標の上では地球のすぐ近くだ。十分に影響を与えられる。
そうなったら、滅んだ世界のようになくなってしまう可能性が高い。
離脱の方も間に合うかは分の悪い賭けだ。

「凛。今、魔力はどれぐらい残ってるんだ?」
本来ならここで手詰まりだが、たった一つだけこの事態を打破できる方策がある。
方策はあるが、可能かどうかは凛の魔力の残量次第だ。
ただ大きな声で言えることでもないので、小声で話しかけ確認を取る。

俺の方から魔力の確認をする必要がある手段など、二つしかない。
そしてその一つなら、ジュエルシードだろうが、次元震だろうが、まとめて吹き飛ばすことができるはずだ。
十年前にも、似たようなことをしてあの呪いの塊を一気に薙ぎ払ったことがある。
まぁ、あの時やったのは俺じゃないけど。
しかし、蓄えられているエネルギーが尋常ではないので、吹き飛ばしても多少なりとも余波は出るかもしれない。
だが、今はこれぐらいしか手がない。

「プレシアの相手はほとんど宝石剣でしてたから、かなり温存できてるわ。って、まさか…アレやる気?
魔力自体はまだ8割近くあるから、やろうと思えば最大出力も出せなくはないけど…。
いくらなんでも、それは見せ過ぎよ」
それに凛も思い当たったのか、引きつったような声で聞いてくる。
気持はわかる。あとで何をされるかわからないので、これを見せるのは非常に不味い。
だが、この事態を打破できる手はほかにない。選択の余地がない以上、これはどうしようもない。

「それしかないだろう。このままだと地球がなくなりかねないし、それに比べれば安いものだ。
 もし何かあっても、俺一人なら鞘を使えば何とかなる。
 これが現状では、よりベターな方法だろ?」
もし地球がなくなれば、本格的に管理局と関わらなければならなくなるし、それに比べればましだ。
何より、失うものが多すぎる。
せっかく手に入れた平穏な日常も、友人も、すべてなくしてしまうなど論外だ。
なら、迷っている暇はない。

凛とてそれはわかっているのだろう。観念したように溜息をついている。
「はぁ、わかったわ。確かにそれしかなさそうだし、下手すると私たちも巻き込まれかねないもんね。
 いいわ、思いっきりやっちゃいなさい。あと腐れないように、完全に吹き飛ばすこと」
他に手がないのは分かっているので、しぶしぶ了承してくれる。
そこで密談を終え、みんなに提案する。


内容としては、俺にはこの事態を打破できる手があるので残るから、みんなは先に避難するようにと話した。
鞘を使えば大抵のことは大丈夫だが、あれは個人を対象としている。なので、もし不測の事態が起こった時みんなにまでは手が回らない。
俺以外に向けての発動もできないので、いつものように俺が犠牲になるなんてマネもできない。
故にこの場に残るのは、俺一人でなければならない。
ただ時間が少しかかるので、リンディさんにはその間、少しでも事態の進行を抑えてもらうことになった。

「本当にできるんだな。それと、君もちゃんと生き残れるんだろうな。
 これ以上の犠牲者は出したくない」
クロノが念を押すように聞いてくる。
このままでは、周辺への被害が大きすぎるのはわかりきっている。
俺の提案に乗るしかない以上、聞くことはそれぐらいだ。

「大丈夫だ。万が一の時の保険もある。
 それより、早く行ってくれ。俺もすぐに準備をしないと間に合わない。
 詳しいことは、生き残った後に話せばいい」
俺の言葉にしぶしぶ頷いて、みんなを先導し、プレシアやアリシアを連れてこの場を離脱していこうとする。

そこへ、凛がこちらに向かって歩みよってくる。
「どうしたんだ? 早くしないと、本当に間に合わなくなるぞ」
急かそうとする俺の前まで来て、凛は唇を噛み俯く。
どうしたのかと思い、俺が顔を覗き込もうとすると、凛はぐっと表情を引きしめ顔を上げる。
その鋭い視線に気圧され、わずかに体が仰け反る。

そして、両手で俺の顔をがっちりと掴んだと思ったら、いきなり唇を重ねた。
『――――――っ!!!?』
……驚いた。
この十年で、凛の不意打ちにはいい加減慣れたけど、やっぱり驚くし内心は混乱の極致だ。
「何故?」という単語が頭の中を駆け巡り、そこから先に進行しない。

慣れのおかげか、少しすると徐々に冷静になってきた。
疑問への答えは出ないが、その代わり羞恥心が沸き上がってくる。
別に行為自体は初めてというわけではないが、人前でするのは初体験だ。
ああもう、とんでもなく恥ずかしいぞ!!!
まったく、少しは時と場合をわきまえてくれないか。

じっくりたっぷり、舐るように舌まで入れてくる。
時間にして十秒程の接吻の後、凛はそっと唇を離す。
なのはたちは突然のことに、完全にフリーズしてしまっている。
「…き、君たちは…………い、いきなりな、何を……」
唐突な凛の行動に、一早く復帰したクロノが何とか声を絞り出している。
まあ目の前でいきなりキスシーンを見せられれば、当然の反応か。
ただでさえクロノは、そういった色恋沙汰に不慣れに見える。後ろのメンツも同様だろう。

しかし凛は、そんなクロノの声と、未だに固まったままのギャラリーを無視して口を開く。
「…後は任せるわ。……念のためパスは補強したから、これで大丈夫なはずよ」
凛はこちらの眼を見据えて、小声で話しかけてくる。
ああ、そういうことか。

パスをつないだのは、前の体の時のことだ。
この体に移ってからも、パスを通じての交信には特に問題はなかった。
なので、あまり意識していなかったが、どこかに綻びがあるかもしれない。
これからやることのためには、かなりの魔力を凛から貰う必要がある。
その途中でパスに異常をきたし、失敗してしまっては最悪だ。それを防ぐための補強なのだろう。
それならそうと初めに言ってくれればいいのに、おかげで年甲斐もなく慌ててしまった。


用件を終えた凛は、フリーズしているなのはたちの頭を叩いて再起動させ、この場を離れる。
まあフェイトはアルフに、なのはは凛に、そしてユーノはクロノに引っ張られているようなものだったが。
それだけショックが大きかったのだろう。小学生に見せるようなモノじゃないからな。
とりわけフェイトの顔が赤かったが、フェイトは純粋だからな。仕方がないか。

クロノたちが動き始めるのを確認し、すぐに俺も準備を始める。
右手に嵌めてある銀色の腕輪から、一本の視認さえ困難な糸を引っ張りだして、額にさす。
これはアトラス院の次期院長、シオン・エルトナム・アトラシアが用いる礼装である「エーテル・ライト」を利用した小型の演算装置のようなものだ。

エーテル・ライトとは、エルトナム家に伝わる第五架空元素を編んで作られた、ミクロン単位のモノフィラメントだ。
これは生物と接触することで、神経とリンクし疑似神経となる。

俺の持つそれには、俺の脳髄との間でのみ情報のやり取りができる機能を持たせている。
本来はエルトナム家の人間か、余程才能のあるものでなければ扱えない。
だがここまで機能を限定していれば、才能のない俺でも一応扱える。
そうなるようにシオンさんが調整してくれた。

こんなものを持っているのは、俺の投影が通常かなり脳を酷使するのが理由だ。
こいつは、それを少しでも軽減させるための礼装として、縁があって貰い受けた。
詳しい経緯は省くが、とある事情からシオンさんに依頼され、俺が倒した死徒を研究のために提供することになった。

それ以前から死徒の相手を頻繁とは言わなくても、それなりにしていた。
なので、倒した死徒を引き渡すこと自体は別にかまわなかった。
俺は連中の保有する神秘には興味がなかったし「その研究で吸血鬼化を治療できるようになるのなら」と思い可能な限り協力していた。

こいつはその対価として、俺の投影の性質を知ったシオンさんが製作してくれた品だ。
依頼を受けた際にシオンさんの方から「何かしら対価を払うがどうする」と聞かれはじめは断ろうと思った。
俺としては別に対価などいらなかったし、依頼内容は「死徒を倒す」ことではなく「倒した死徒の提供」なので、対価をもらうほどではないと考えたのだ。

まあそんな俺の考えとは別に、あの人は勝手にこれを作り、無理矢理押し付けてくれたけど。
さすがにそこまでしてくれたものを受け取らないわけにもいかないので、大人しく受け取った。

それに、正式に凛の弟子になってからというもの、事あるごとに「魔術師が相手の時は、特に貸し借りはしっかりしろ」と言われていた。
等価交換が原則の魔術師相手には、俺がどう思っていようと関係ない。
向こうがそれを貸しと取ることが多々あった。ならば、受けた貸しは必ず返すのが彼らの流儀だ。
それを断る方がかえって失礼になるし、迷惑をかけることになる。

そういうわけで、俺の方から対価を要求することはなかったが、いつの間にか「くれるものは貰う」ようになっていた。
受け取った対価の内容にもよるが、その一部は凛が宝石剣を作成するための費用にしていた。
これで少しは、凛から受けた借りを返せていたらいいんだけどな。
いつまでも借りっぱなしじゃアレだし、いつかはこちらから貸し付けてやるのが俺の密かな目標だ。
署名捺印の入った借用証書とか必要だけどな。それぐらいないと、生半可には借りたことを認めないし。

そういえばシオンさん、やたらと人のことを不思議動物扱いしてくれていたっけ。
論理的思考の極致とも言えるアトラスの錬金術師であり、そこの次期院長だ。
俺の行動は、理解不能どころの騒ぎではなかったのだろう。
だけど、ああもあからさまに「珍獣」でも見るような眼で見なくてもよかったんじゃないだろうか。

まあそれは置いておくとして、この腕輪には俺の脳への負担を軽くし、なおかつ投影の補助をしてくれる機能が備わっている。それをエーテル・ライトで脳と直接リンクさせている。
これのおかげで、それ以前より投影の速度が上がり頭痛も減った。

だが、恩恵はそれだけではなかった。
かつてアーチャーは、セイバーの聖剣を投影しようとしても完全には無理であり、仮に真に迫るものを作ったとしても自分が破綻すると言っていた。
それは俺にも言えることで、衛宮士郎個人では聖剣の投影は不可能だった。
それを、この礼装が解決してくれた。

いまだ完全には無理だが、真に迫るものを作るぐらいなら破綻せずに可能となった。
しかし、最大の問題が解決されたからといって、いつでもどこでも使えるようになったわけではない。
投影するだけで足を止めた状態で2分必要だし、そこから魔力を注ぐのにさらに1分かかる。
その必要量は、最低で凛の総量の7割、最大出力を出すなら8割は必要だ。
さらにとんでもない頭痛を伴うので、投影後しばらくすると気絶してしまう。
そのため、とてもではないが実戦では使えない。
だが、必要な魔力を確保でき、投影にのみ集中できるなら使用は可能だ。そして、今がその時だ。

「『投影、開始(トレース・オン)』」
詠唱と共に、二十七の撃鉄を引き上げる。
目を閉じ、自己に埋没しながら、思考のすべてを剣製に回す。
空間の異常も、荒れ狂う魔力も、体や脳にかかる苦痛も、全て意識からはじき出し全身全霊で作り上げる。

引き上げた二十七の撃鉄を連続して叩き落とす。

創造の理念を鑑定し、

一切の妥協をせず、一部の隙もないよう丁寧に、渾身の力で『それ』を鍛ち上げていく。

    基本となる骨子を想定し、

ある瞬間から、頭を砕かれるような痛みが走る。

     構成された材質を複製し、

だが、それでも立ち止まることなく工程を踏んでいく。

     製作に及ぶ技術を模倣し、

難しい筈はない。

     成長に至る経験を共感し、

不可能なことでもない。

     蓄積された年月を再現し、

もとよりこの身は、

     全ての工程を凌駕し尽くし―――――――

ただそれだけに特化した魔術回路―――!

――――ここに、幻想を結び剣と成す――――――!!

「はぁ、はぁはぁ…」
出来上がったのは、彼の騎士王が振るいし、星々の輝きを集めた黄金の剣。
星に鍛えられた神造兵装。あらゆる聖剣の頂点に君臨する、まさに王の剣。
俺ごときが振るうには過ぎたものだが、俺にとってはある意味、最も思い出深い剣。
剣の師であり、ともに戦った戦友であり、契約が切れてもなお忠義を尽くしてくれた彼女が振るった剣。

贋作とはいえ、今それをここに再現し手に取るとなると、感慨深い。
「あんまり、感傷に浸っている場合でもなかったな。
 急いで魔力を注がないと、間に合わなくなる」
アーチャーのやつを相手にしたときにも劣らない頭痛に、手で頭をおさえながら前を向き魔力を注ごうとする。

その瞬間、周囲の空間に異変が起こっているのを感じ取る。
あえて表現するなら、周囲の空間が鳴動している。
何が起ころうとしているかはわからない。だが、ロクなことじゃないだろう。

こういう時の勘は、当たる当たらないなんて問題じゃない。
何かが起こるかもしれない以上、それに対する可能な限りの備えが必要だ。
杞憂に終わればよし。そうでなかったら、最悪の展開になるのだから。

ただでさえエクスカリバーの投影で負担がかかっているというのに、つくづく運が悪い。
「ちぃ、『投影、開始(トレース・オン)』!」
舌打ちと共に、再度投影開始の呪文を口にする。
その瞬間。それは、あらゆる工程を省いて完成した。
一から作る必要などない。完全に記憶し、一身となった、それは衛宮士郎の半身なのだから。
精神集中も八節を踏むこともなく、すべてすっ飛ばして作り上げたそのカタチを左手で握りしめる。

そこで、光が爆ぜた。
膨大な魔力と、次元震のエネルギーが波濤となって襲ってくる。
膨大な力の奔流が体に届く直前……真名を告げる。
「『全て遠き理想郷(アヴァロン)』」
囁くようにその名を呼ぶと、その瞬間鞘が四散した。
鞘は数百のパーツに分解し、この身を包みこむ。
そこで世界は一変し、外部からのあらゆる干渉を防ぎ切る。

否、それは「防ぐ」などという領域ではない。
それは「遮断」。
外界からの一切の干渉を寄せ付けない、妖精郷の壁。
この世とは隔離された、何人たりとも辿り着けぬ一つの世界。
それはあらゆる物理干渉のみならず、六次元までの多次元からの交信さえもシャットアウトする。
無論、五つの魔法さえも例外ではない
すなわち、この世界における最強の守りであり、なにものも寄せ付けぬ究極の一。
それはこの一瞬のみ、この身が現世の全ての理から断絶されることを意味する。

だから、この程度は驚くに値しない。
この世界を、ロストロギアや次元震などが侵犯するなど不可能だ。
騎士王が追い求めた理想郷の具現が、この程度の力に遅れを取るはずがないのだから。

それだけでなく、体を苛んでいた軋みや痛みも嘘のように消えていく。
さすがに頭痛までは消えてくれないが、それでも先ほどまでよりよほどコンディションは良くなった。
聖剣の真の能力は、この鞘による“不死の力”。所有者の傷を癒し、老化を停滞させる能力がある。

本来の能力である「遮断」からすれば、それは「おまけ」にすぎない。
だがそれでも、信じられない速度で俺の体を癒してくれる。
普段の微弱なそれとは違う。真の力を解放したために、こちらの能力も完全に近い形で引き出されている。

外で荒れ狂っている魔力がやや落ち着いてきたところで、周囲の様子を確認し、再度ジュエルシードの方を向く。
見たところ周囲はかなり破壊されているが、最悪の状態ではなさそうだ。
正直、間に合わなかったのかと焦った。
だが、どうやらまだ完全に解放されたわけではなく、あふれた力の一部がはじけただけらしい。

しかし余波に過ぎないとはいえ、こんな至近距離でそれを受ければ、一瞬のうちに体は消滅しただろう。
一部ではあるが、ジュエルシードという膨大な魔力の塊から解放された魔力や、次元震のエネルギーが炸裂したのだ。「普通」ならただで済むはずがない。
鞘はそこから放たれた衝撃も魔力も受け切ってくれ、昔から助けられてばかりのなのには苦笑する。

みんなを避難させておいて正解だった。
俺一人だから何とかなったが、ほかの人間がいたらほとんどが死んでいたはずだ。
俺が庇える数だって、たかが知れている。

最悪の事態には至っていないが、このままではいつ完全にはじけてしまうかわからない。
「この様子だと、もう本当に時間がない。急がないと不味いな」
手にした剣に、凛から供給される魔力を丁寧に注いでいく。
できればもっと急ぎたいが、完全に投影出来ているわけではないので、あまり乱雑に注ぐと崩壊しかねない。

「ぐぅっ!?」
しかし、本当に底なしだ。
竜の因子と膨大な魔力を持つセイバーの愛剣であり、種別は対城、ランクはA++という破格の宝具なのだ。
この程度は、当然なのかもしれない。
それでも、まるでむさぼるようにこちらの魔力を持っていくので、あまりのことに怖気すら走る。
同時に、魔力を注いでいくほど剣が放つ輝きは強まっていく。

剣が満足いくだけ魔力を注いでやると、その時には剣から放たれる光は最高潮に達していた。
それはもはや光などと呼べるものではなく、極光という表現が正しいだろう。
この輝きの前では、太陽すら霞んで見える。
鞘の作る異界の外で荒れ狂う魔力も、この剣から放たれるそれには及ばない。
ジュエルシードの方も、もうすぐ臨界を迎えようとしているが、何とか間に合った。

まだ僅かに軋む体に鞭打って、剣を構える。
標的は、斜め上方に浮かぶジュエルシード。
一刀で八個すべてを飲み込めるよう、狙いをつける。
目標を見据え、真名を告げ全力で振り抜く!


「『約束された(エクス)――――――――勝利の剣(カリバー)』!!!!!」


渾身の一閃と共に、黄金の極光が放たれる。
斬撃の正面にあるすべての存在を切り裂き、極光の中に飲み込んでいく。
それはジュエルシードや、それらを中心に発生する次元震も例外ではない。
その場にあるすべてが一刀のもとに両断され、完全に消滅した。

結果、聖剣はジュエルシードを次元震ごと薙ぎ払い、最悪の事態だけは防ぐことができた。
それを確認したところで、役目を終えた聖剣が砂のように崩れていく。
聖剣が崩れていく感触を感じながら、俺は激しい頭痛と共に気を失った。



Interlude

SIDE-リンディ

私は時の庭園の門前で、次元震を抑制すべくディストーション・シールドを展開している。
士郎君が何とかするという話だが、一体どうするつもりだろう。
これはもう、一個人でどうこうできるレベルではないというのに。

クロノをはじめとした他の突入部隊はすでに帰還し、アースラへの転送も済ませている。
子どもたちは多少の怪我こそあるモノの、およそ無事と言っていい状態だ。
そのことには安堵する。まだ完全に気を抜いていい段階ではないが、子どもたちが無事なのは何よりだ。
あとは、一人残った士郎君が無事戻ってくれば、現状望み得る最良の結果になるのだが……。

つい先ほど、プレシア・テスタロッサの死亡が確認された。
あの傷を見れば、素人目に見ても即死は確実だ。
そういう意味では、この報告自体は当然のこととして受け止められる。

詳しい死因はまだ判明していないが、おそらく魔力の暴走による自傷ではないかと報告を受けている。
通常、魔導師にとって魔力の暴走というのはかなり珍しい例だ。私自身、そんな経験は今までに一度もない。
仮に暴走したとしても、致命的な傷を負うことなどさらに稀だ。
いくらプレシア女史の病が末期で運用していた魔力が尋常ではないとはいえ、そう簡単にどうこうなるはずがない。

おそらく、凛さんが最後に使ったあの銃が原因だろう。
あれはプレシア殺害の証拠品になるので、後で提出を求めるつもりだ。
これに関しては大義名分があるので、彼女も出し渋ることはあるだろうが、最終的には提出するしかない。

犯人が死亡してしまったのは、この際仕方がない。
密かに放ったサーチャーでモニターしていた光景を考えれば、凛さんを責めることはできない。
あの状況では、ああするしかないだろう。
アレならば十分正当防衛が成り立つ。そうしなければ、死んでいたのは彼女の方だったのだから。

むしろ、彼女でなければ生き残ることすらできなかっただろう。
ほぼ無尽蔵に近い魔力を行使する、オーバーSランク魔導師。
そんな存在の相手を出来る者が、次元世界に全体にいったい何人いるか……。
プレシア女史の戦闘経験の少なさを考慮しても、三桁に届くかどうかだ。
私たちでこれをどうにかしようと思えば、管理局内の最高戦力を投入するか、トップエースのみで編成された特殊部隊が必要になる。

そんなもの、事前にわかっていなければ用意することすらできない。
もしやろうとすると、手続きだけで気が遠くなる。
つまり私たちだけだったなら、今回の事件は最悪の事態になっていても不思議じゃなかったということだ。

それにしても、九歳の女の子があそこまでやれるというのは完全に予想外。
彼女が年に似合わぬほどに完成されているのは知っていた。
だが、まさかあんな真似が出来るなんて……。

プレシア女史が無尽蔵なら、彼女は無制限。
持久戦においてほぼ負けはない。またその瞬間放出量は、すでにSランク魔導師に匹敵する。
最大運用できる量ではそれにかなり劣るが、そんなものさせなければどうということもない。
今回のような息をつかせぬ撃ち合いになれば、その不利もなくなる。
十歳に満たない少女が、次元世界でも指折りの戦闘能力を持っているのだ。
そんなこと、この目で見ていなければ私だって一笑に付して信じようとはしないだろう。

凛さんがそれを可能とした方法は、これ以上ないほどに非常識な反則だ。
「並行世界」なんて、次元の海を渡る私たちにすら、いまだ存在を確認出来ていない未知の領域。
そこに向かって孔を穿ち、向こう側の魔力をくみ上げる。
彼女の技術力は、次元世界の最先端といわれる管理局のそれをはるかに上回る。

これをモニターしていた他のクルーたちは、一様に信じられないと言わんばかりの顔をしていた。
私たちとて、世界の全てを知っていると言うほど驕ってはいない……そのつもりだった。
だが、私たちがこれまで疑ったことさえなかった常識は、容易く覆された。
まるで、石器時代に飛行機でも持ち込まれたかのような心境だ。

しかしその時、私だけは違った反応をしていた。
その時私の中に有ったのは「そういうことか」という納得だった。
「世界を穿つ」とは、並行世界に向けて孔を空けるということだったのだ。
預言の中でも特に不可解だった部分の一端の意味を知り、私の中に有った予想は限りなく確信に近いモノに変わる。
十中八九間違いない。彼女こそが「原初の探究者」だ。

さすがにあの宝石でできた剣は直接プレシア女史の殺害には関係ないので、徴発するための大義名分がない。
できれば銃同様調べたいが、多分無理だろう。要求しても、断固として拒まれるのは目に見えている。
あれほどのモノを、無条件に渡すなど考えられない。
それにあんな非常識なモノを調べて、私たちに何かを掴めるかも分からない。
こちらは、そんなものがあるということを知れただけで良しとしよう。
私たちにとっては、十分収穫があったのだから。


いま私は、責任者としてギリギリまで時の庭園に残っている。
現在ここに残っているのは、私と一人の少年だけだ。

私が残っている、理由は二つ。
一つは、次元震を抑え次元断層に発展するのを少しでも遅らせるため。
もう一つは、最深部に残ってジュエルシードの後始末をすると言った士郎君を待っているからだ。
彼が、一体どんな方法でそれを成そうとしているのかはわからない。
だが凛さんが渋々とはいえ戻ってきた以上、それができると確信しているからに他ならない。

ならば私は、それの準備が整うまでの間、何としてでも最悪の事態になることを防がなければならない。
あんな子どもがたった一人で頑張っているというのに、それを守らなければならない大人が情けないことを言っていられるはずがない。

同時に、管理局の提督としての私は、決してそれを見逃すわけにはいかない。
私の考えが正しいのなら、彼こそが預言の人物の片割れである「異端の騎士」なのだから。
預言の内容を考えれば、彼の能力は凛さんのそれに匹敵する反則だ。
一応サーチャーを放って記録しているとはいえ、できる限りこの目でそれを確認したい。

ここを放り出すわけにはいかないのだから、直接見に行くことはできない。
だからせめて、少しでも近いここから彼のやろうとしていることを観測する。
こんな時まで仕事を優先しようとする自分には呆れてものも言えないが、それでも怠るわけにはいかない。
彼らは、次元世界全体を守る上で重要なカギになるかもしれないのだから、私心は捨てなければならない。

だがつい先ほど、時の庭園そのものを揺るがす轟音と震動が発生した。
それと共に配置していたサーチャーは全滅、最下層の様子を知る術がなくなった。
最後に見た映像では、士郎君の手には眩い輝きを放つ黄金の剣と、彼が傷を癒すのに使っていた鞘が握られていた。

鞘の方は治療用らしいし、おそらく未だ万全とは言えない体で無理をするための保険だろう。
だから、本命は剣の方のはずだ。
どんなものかはわからないが、この局面で出した以上相当に信頼を置いている武装だろう。
同時に、この状況を打破できるだけの力を秘めているのは間違いない。
少なくとも、彼らはそれができると確信している。そうでなければ、あの場に残ることなどできない。

しかし、今はそんなことに気を回している場合ではない。
一度はジュエルシードがはじけ、次元断層が起きたのではないかと危惧した。
だがまだ事態はそこまで進行しておらず、ギリギリのラインで均衡を保っている。
とはいえ、それとて長くは持たない。
あとほんの少しで全てのエネルギーは解放され、この周辺は次元断層に飲み込まれるだろう。

いま私は迷っている。
今からでも遅くないから、士郎君を連れだしこの場を離れるべきではないか。
もしかしたら今のですでに死んでいるかもしれないが、生き残っている可能性はゼロではない。
少なくとも、死亡を確認されてはいないのだ。
ここで彼を失えば、預言が成就してしまうかもしれない。
そんなことになれば、一体どれほどの命が失われるか想像することもできない。
世界のことを思うなら、今すぐ彼のことを無理やりにでも連れ出すべきだ。

そんな自分の思考に、言葉にできないほどの嫌悪感が生まれる。
それはつまり、より多くの命と引き換えにこの世界とそこに住む人々を見捨てるということだ。
この世界の人口は約六十億。他の動植物の命も含めれば、計り知れない命が失われることになる。

書類の上で見れば、次元世界全体の数%に満たない微々たる犠牲だろう。
だが、それで失われるのは次元世界にいくらでもある、しかし決して同じモノのない尊い六十億の命だ。
天秤にかけられるものではないし、かけていいものでもない。

それをするのなら、命を一つの単位とする血も涙もない計測機械にならなければならない。
それは、全ての命を等価のモノにするということだ。あらゆる命を平等に尊び、平等に諦める。
最愛の息子と憎むべき仇を天秤にかけたとしても、それでもより多ければ仇の方を救う。
そんな、無謬の天秤の計り手となる。その覚悟もなく、それをするわけにはいかないのだ。

けれど、私にそんなことはできない。
息子を見捨てるなど、母としてできるはずがない。
だから私には、そんな覚悟を持つことなどできない。

だが私は、唇を切るほどに噛み締めて言葉を紡ぐ。
「………ごめん、なさい……」
…………出来ないが、それでも選ばなければならない。
ここで、彼を失うわけにはいかない。
この世界で生きる全ての命を見捨てることをこの心に刻みつけ、多くの大切な人がこの世界で暮らしているであろうなのはさんや凛さんの怨嗟を背負う。
せめて、その覚悟だけはする。

おそらく今の私は酷い顔をしているだろう。
涙が頬を伝うのがわかる。両手は血が滲むほどに握りしめ、口惜しさから震えている。
これから自分がしようとすることを思えば、今すぐにでも全てを投げだして逃げてしまいたい。
だが、それをするわけにはいかない。この道を選んだのは他ならぬ私自身。
だから、いつかこんなことが起こることもわかっていた。
ついに来る時がきた。ならばすべきことをするのを、躊躇うわけにはいかない。

私は、士郎君がいるはずの最深部に向けて広範囲の転送魔法を起動する。
彼の具体的な位置が分からない以上、そのあたり一帯をまとめてアースラに転送する。
これなら、生きてさえいれば彼を助けることができるはずだ。

今まさにそれを行おうとしたところで、異変に気付く。
「え!? いったい、なにが起こっているの?」
異質だが、同時に途轍もないほどの魔力の波動。
ジュエルシードから放たれるものと比べても、なお異質。
それだけじゃない。こんな魔力は、人間に出せる出力ではない。

発生源は足元、いや、そのずっと下。おそらく、時の庭園の最深部。
つまり、士郎君がいるはずの場所。
ジュエルシードとも違う何か。あそこには士郎君しかいないのだから、彼が何かをしている以外に考えられない。
彼は生きている。その確信に、状況も忘れて思わず安堵の溜息をつく。

そして、それは眼も眩むほどの輝きと共に放たれた。

それは、文字通り光の線。
とてつもない魔力を伴う光の奔流は、あらゆるものを飲み込んでいく。
あまりの出力に恐怖を覚えるより前に、私はその輝きに魅せられていた。
神々しささえ感じられるその輝きを、どうして恐ろしいなどと思えようか。
そう、私は確かにその一瞬「恐怖」という感情を忘れていたのだ。

やっとの思いで口から出たのは、今起こった光景に対する純粋な感想だった。
「な、なんてデタラメな…………」
時の庭園の外壁を容易く突破し、彼方に消えていく光の奔流を見送りながら、私は茫然と立ち竦んでいた。
アレはもう人間技ではない。例えるなら、アースラのような戦艦に搭載されている艦砲とかのレベルだ。
技術とか才能とか、そういったものすべてを無視する圧倒的なまでの力。

これが、彼の持つ反則ということだろう。
預言にある「世界を侵す」や「虚構の剣」とは全くつながらない。
だが、それでも反則どころの騒ぎではないのは確かだ。
いや「剣」なら持っていたが、それのどこが「虚構」だというのだろう。
あれは、確かにそこに存在した。
そもそも、「虚構」の剣に一体何ができるというのか。
そこに実在しなければ、何もなすことができないではないか。

そんな答えの出ない疑問とは別のところで、幾分冷静さを取り戻した私は、彼の放った一撃に戦慄を覚える。
あんなモノの直撃を受ければ、為す術もなく飲み込まれて跡形も残らないだろう。
もし地上で放っていたら、そこには見るも無残な大断層ができていたはずだ。

本当に、謎の多い子たちだ。
魔術師の在り方を思えば、そういうものなのかもしれない。
だが、彼らはその中でも群を抜いて異質なはずだ。
他の魔術師までこんなデタラメな存在だったら、私たちの常識など跡形もなく粉砕されてしまう。

そんなことを考えながら棒立ちしている私に、エイミィから通信が入る。
「……えっと、艦長」
その声には未だ困惑というか、状況を飲み込めていないような響きがある。
無理もない。私自身、一番近くでこれを見ていたのに頭の中が混乱している。

私はその声に、弾かれたように応じる。
「え? ……あ、ああ、何かしら?」
我ながら間抜けな質問だ。
この状況下で「何かしら」もないモノだ。
聞くべきことなどいくらでもあるのに、一瞬何を聞けばいいのか分からなくなっていた。

「ジュエルシードの反応が消失しました。
 それと共に次元震が鎮静に向かっています。
完全に治まるまで少しかかるでしょうが、事態が終息に向かっているのは確かです」
つまり、士郎君が本当にそれを成したということだろう。
転送魔法を発動するのがもう少し早ければ、彼の邪魔をしてしまうところだったわけだ。

あの迷いが、辛うじて私の首をつなげた。
それは管理局内での私の地位とか出世とか俗な話ではなく、本当にそのままの意味だ。
もし彼を転送して逃げていたら、最悪の場合、凛さんたちに殺されていたかもしれないわね。
そうなったら地球はなくなっていたのだから、あの子たちがどんな手に出るか分かったモノではない。
私も悪運が強い。自分の甘さで命拾いをした。

すると右手を押さえた凛さんが、少し痛そうにしながらエイミィを押しのけて通信に割り込んできた。
彼女が最後に使った銃の大きさを考えれば、その反動は想像がつく。子どもの体には負荷が大きすぎるだろう。
捻挫くらいしていても不思議じゃないし、あるいは骨にヒビくらい入っているかもしれない。
彼女もあとで医務室に行かせなければならないな。

その後ろでクロノがなにか文句を言っているが、それを聞く気はないようだ。
「どうやら士郎がうまくやったみたいね。命拾いしたわね、リンディ艦長。
 それはそうと、あの馬鹿今頃気絶しているはずだから、ついでに回収してきてくれないかしら」
どうやら、私がしようとしていることに気が付いていたらしい。
どうして私がそれをしようとしたのか、その全てを把握しているわけではないだろうが、本当に聡い子だ。

それにしても、やはりあの光は士郎君の放ったものか。
そうとしか考えられないとわかってはいても、本当に彼がやったのかいまだに信じられない。
それだけ馬鹿げた威力があったのだ。詳しい計測ができる状態ではなかったけど、それでよかったかもしれないわね。
もしちゃんと計測できていたら、そのあまりのデタラメさに卒倒していたかも。

それはそれとして、あれだけの一撃を出したからだろう。士郎君はいま動けないようだ。
それくらいの影響がなければ、あれは強力すぎる。それを聞いて少し安堵したくらいだ。
「わかりました。今から彼の元に向かいます。
 発見次第、一緒にアースラに帰還します。
それと、彼は怪我を押して無理に出て行ったんですもの、治療の用意をしておいてね」
現場には今私しかいないし、今更他の誰かを呼び付けるのも気が退ける。
それに、すぐに行けば彼が使ったであろうあの「黄金の剣」がまだ残っているかもしれない。
誰かが来ようとすれば凛さんも同行しようとするだろうし、それだと回収するのが難しくなる。
最後には返すことになるだろう。だが、それまでに少しでも調べることができれば、彼の能力の秘密にも迫れるかもしれない。

「了解。お気を付けて」
私からの指示に、再び通信に復帰したエイミィが応える。
その顔にはわずかに笑顔がある。わけのわからないことだらけだが、ひとまず決着がついたことに安堵したからだろう。私も同感だ。

全く、最後まで波乱続きだったけど何とか一段落ついた。
最悪の事態は回避され、とりあえずこちらには重大な被害は出ていない。
プレシア女史の死は痛いが、事件の規模を考えれば上出来と言える部類だろう。

さあ、早く士郎君を回収して、残っていれば彼の使った何かも拾っていこう。
戻ったら、まず熱~いお茶に、たっぷりのミルクとお砂糖を入れて一服入れたいわね。

Interlude out






あとがき

まず、以前予告した17話で終わらせるというのを破ってしまったことをお詫びします。
さんざん悩んだ挙句に、予定を変更して最終話を二話に分けることにしました。
なにせ今までで一番長いですし、さすがにこれは長すぎだと思いました。

プレシアの死に様はもう少し無残さを出せればよかったのですが、そういったことは作者が苦手なモノでして……。
描写がいまひとつかもしれませんが、ご容赦ください。
私の表現力ではこれが限界です。

あと、プレシアをただの「悪役」や「やられ役」にするのが嫌だったので、なんだか大仰なことを書いてしまいました。
多少誇張はしていますが、あれはおおむね作者の持つプレシアへのイメージです。
「愛ゆえに狂った人」であり「失ったために壊れた人」というのが私の持つ印象です。

なんだか「Interlude」がやたらと長いですが、あまり気にしないで下さるとうれしいです。
元は次回の話と一つだったので、それと合わせれば適切な状態になるはず……。

では、エクスカリバーについて少し補足をしておこうと思います。
エクスカリバーの投影は、士郎と凛双方にとってやたらとコストの掛かる使い勝手の悪い手段です。
確かに、あらゆる武装の中で最高の攻撃力と攻撃範囲を誇ります。
ですが、使おうとすれば投影するのにやたらと時間がかかるし、魔力を注ぐのにはさらに時間がかかります。
実戦の場で一分や二分も足を止めているのは、自殺行為ですからね。
でも足を止めて集中してやらないと、そもそも使用できないので、余程好条件がそろった時しか使えません。
その上、投影してしばらくすると士郎は頭痛に耐えられずに気絶し、凛の魔力の大半を使い切ってしまいます。
使うための準備段階と使った後、両方で色々危ないために滅多なことでは使えません。
エーテル・ライトを出したのは、アーチャーがエクスカリバーを投影しようとすると破綻するなんて言っていたので、なら投影を補助する物があれば可能になるのではないかと考えたからです。
士郎の投影は脳に大きな負荷をかけるので、それが限界を超えるために破綻するのだと解釈しています。
エーテル・ライトの性質なら、脳に直接つなげることができるので、あとは補助する機能を別に持たせれば何とかなるはずです。


次回こそは本当に無印編最終話になります。
次回はアースラ組への解説なんかが半分近くを占めていますが、それ以外もありますのでそちらを重視してください。
だって、解説の方は皆様からすれば今さらでしょう。
でも、話の流れ上入れないわけにもいかないので……。

きれいに終われるよう頑張りますので、しばしお待ちください。

P.S ちなみに、「エーテライト」の正式名称が「エーテル・ライト」なので間違いではありません。今回は説明文の中での使用だったので、こちらを使用しました。


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