11/7 14:15 時空管理局人事部執務官課
時空管理局、人事部。情報部以外のあらゆる機関の人事を牛耳り、かつその責任を負っている部隊。その仕事は聞いただけでは分からない苦しみがあり、そのため局のキャリアの中でもかなり高い方に位置される。この日も、出入りする局員が慌ただしそうに走り回っており、オフィスは異様な殺気に包まれていた。
その不穏な空気の中を、颯爽と現れた一人の女性は、暴力行為対策係長室に入ろうとカードキーを差し込む。コンマ5秒を経て、認証システムが作動する。
「認識番号、068J228。声紋認識開始。姓名、デバイス名を」
無生物的な合成音声が響き、それに続いて女性が口を開く。
「フェイト=テスタロッサ・ハラオウン。使用デバイス、バルディッシュ」
「声紋照合完了」
即座に響いた声と同時に、部屋の扉が開いた。
JS事件以降、管理局では綱紀粛正の声とともに、さらなるセキュリティ体制の増強が叫ばれ、係長クラス以上の仕事部屋には声紋チェックなどを導入することとなった。そのため、以前よりも局内の命令伝達速度は遅くなり、随所で不満の声が上がっているが、最近鳴り響くテロの騒乱によってその声は掻き消されている。
「あぁ、フェイト君、座ってくれたまえ」
「失礼します」
フェイトは、執務官の制服ではなく、機動六課の制服を着ており、金色の髪をたなびかせている。それに対するのは、時空管理局人事部執務官課・暴力行為対策係長室長という長い肩書きを持つデリ・ジャッキーという男だ。
デリは、もともと執務官から官僚コースに入ったものではなく、人事部の方へ入ってきたエリートであり、そのため初期のころは現場をしらない者として執務官から嫌われていた。しかし、よく懇親会を開いて自ら現場のことを学ぼうとする姿勢や、階級を鼻に掛けない性格の良さから、徐々に執務官の支持を得ている。
「それにしても、JS事件での君の功績は素晴らしかったなぁ」
「いえ、そんな……」
気軽に相手の功績を話し出して、場を和ませようとするデリ。それに対してフェイトは、少し顔を赤らめながら謙遜する。
「まぁ、長年の執念の勝利、という感じだろう。功績云々よりも、よかったな、スカリエッティをその手で逮捕できて」
「恐れ入ります」
手元に置いてあった紅茶を手渡し、デリがフェイトを労う。その姿からは、相当な信頼関係が読み取れる。二人とも、紅茶に手をつけたところで、デリが本題に入った。
「まぁ、その続きっちゃぁ、聞こえは悪いんだが。JS事件以前の、ラプラス・ギルドの騒動、覚えてるか? 例の、地上部隊への導入が、世論の反対でオジャンになった兵器……」
「ロストロギアを使った爆弾でしたよね。A Lostlogia Hi-Activated, Zamberclus ARmy Destroyer、“アルハザード”の異名を持つ。」
アルハザード―もともとは、次元世界の狭間に眠るとされていた、失われた秘術が眠るとされる伝説の都。だが、昨年度にラプラス・ギルドが開発した兵器がその名を帯びて以来、再びその名は恐怖の代名詞となっている。
「そうだ。イカれた開発者が面白半分でつけたのだろうが……何とも嫌な名称だ。一年前の騒動では、どこからか流出した爆発映像と、旧ベルカの崩壊映像を比較する特番のために、世論が急騰、地上本部も廃案の憂き目に合ったわけだが……一か月前、その研究をしたと思わせる痕跡のある研究所が、謎の爆発を起こした。―君が現場調査した事件だよ」
廃棄事故と呼ばれる、一か月前の爆発。表向きは、管理局が封印していたロストロギアの暴走ということになっているが、実際は情報部の実験による暴走であり、数人の局員の死傷者を出し、またその救出に向かった六課のメンバーも重傷を負う「事件」であった。だが
、機動六課の希望した「巻き込まれた人員の保護」と、情報部の希望した「事件の隠蔽」の二者が一致して裏取引を行ったため、このような幕引きが行われていた。
「六課のチビ狸がなにやったか知らねーが、あんな幕引きは誰が認め……おっと、話が脱線しちまったな。……それでだ。アルハザードの研究は依然として続いているようだ。そして、最近のラプラス・ギルドの幹部を狙ったテロ事件の多発。JS事件の後の管理局の首脳部の覇権争いとも絡んで、危険に政治色をはらみつつある。どういうことか、分かるか?」
そこまで言うと、デリはフェイトの顔を覗き込んで問うた。建前と本音、嘘と真が交錯する今のミッドに立ち込める、危険な匂いは、一執務官であるフェイトも感じ取っていた。
「ベルカ独立派と、ミッド右翼の、それぞれ過激派の衝突―そんなところでしょうか。」
「そうだ。今に始まったことじゃないが、友好関係にあるミッドとベルカは、水面下では一部の団体によって猛烈な批判合戦が繰り広げられている。ミッドの国粋主義者は、ベルカ自治領の完全消滅を叫ぶし、ベルカ独立派の過激派は、自治領からミッドへ侵攻を叫んでいる。どちらも馬鹿馬鹿しいとは思うが、今はそういう場合じゃない。つまりだ。アルハザード……あの強大な兵器を巡って、おそらくベルカ独立派のテロ組織が、ラプラス・ギルドに攻撃を加えているようなのだ。」
ミッドとベルカ。二大魔法体系をもつこの二派は、それゆえに歴史的にもかなり衝突をしてきた。それぞれにアイデンティティがあり、譲れない思いが交錯し、交わった結果、今のミッドがある。ベルカ自治領として、ミッドの一部が使用され、さらに聖王教会の信教の自由がミッドを始め、基本的には局の管理する世界全てで保障されている。だが、そのことをよしとしないミッド内の勢力があるのもこれまた事実であり、それに反発してベルカの国としての管理局離脱という独立を目指す勢力があるのもこれまた事実である。
憎しみが憎しみを呼ぶ、復讐の連鎖―そのスパイラルが、今始まろうとしている。
「ミッドの右翼過激派は、ここぞとばかりにアルハザード導入の動きを見せている。無論、レジアス容疑者の……証拠不十分と、事件の最中に死んだことから不起訴になったんだったな……で、奴の戦闘機人プロジェクトの失敗が、その火に油を注いだ。」
デリが手元の紅茶に口をつける。ちょっと深みのある赤色の液体が、小刻みに波を立たせて、部屋の光を映えて怪しげな空気を醸し出している。
「皮肉な結果だな。ミッドの治安向上、安全保障を目指していて、結局、相対的にはリスクが高まったんだ。世の中は皮肉でいっぱいだ。と、さて、俺も皮肉的なことを言わなくちゃいけねぇ。一応、拒否することもできるが……この一連のテロ事件、担当してくれないか?」
唐突に、辞令書を手渡すデリ。ちらと見たところで、フェイトが口を開く。
「機動六課が、テロ対策に運用されることに、関わりがあるのですか?」
元々、急ごしらえで作られていた六課だったが、JS事件の功績もあり、徐々にその力を認められつつあった。その機関を、テロ対策に充てようとするのは、時代の流れというものだろう。
「あぁ。それで、皮肉的といったのはそのことじゃない。実はな……例の裏取引、暴こうって連中がいてな、上からの命令で、機動六課を取り調べしなきゃならんようなんだ。情報七課、知っているか? 表舞台では「イプシロン」と呼ばれている会社だ。そこからやってくる情報官、つまりスパイを補佐する。それが君の影の任務になる」
「なっ……」
あまりの内容に、フェイトは絶句した。つまりそれは、大切な友への背信行為である。
「上には、急進的に権限が成長している八神を叩いておきたいって連中もいるんだ。たぶん、そいつらのせいだろう。情報部のほうには介入せず、八神のみを潰す、って算段だろうな」
「そんな……友達を裏切ることなんて……そんな、私には……」
聞こえるかどうか、という声で、フェイトは言う。
「それでもやってもらわなければならない。人事としても、跳ね除けられない命令でね……とはいっても、君をわざわざ着けるのは、君に八神をつぶしてほしいからじゃない。どちらかと言うと、守ってほしいからだな」
「え?」
「俺たちにも情報七課の存在は、この辞令で分かったことなんだ。陰に隠れている穢れ役だか何だか知らんが、法を越えた何かをやっとるのは間違いない。我々としても、どこかで叩かねばならん組織なのだ。そして……どうも今回やって来る情報官、周りが胡散臭くてね」
「というと?」
「六課に入り込んでいる新入りに近い存在なんだよ。きな臭いと思っていてね」
フェイトは、自分の置かれている立ち位置が大きくぐらつき始めているのを感じていた。
※ ※
11/8 7:57
機動六課演習場
どうしてこうなってしまったんだろうか――
今、僕、シータ・オルフェンは、ここ機動六課の演習場にいる。
冷静に考えよう。状況説明を自分自身で行う。
この状況の直接原因は、なのはが模擬戦を行うと言ったこと。彼女の思想はちょっと飛びぬけているところがあると言わざるを得ない。彼女の説得は酷い。力押しだからな。話を聞いて、と交渉に入り、相手が聞き入れなかったら力押しでは、自分の思想の押し付けに他ならないのだが……。その性格が災いしてか、あまり恋愛関係の話題が飛び交わないのは不幸中の幸運だろう。
中間原因は、スターズ隊の不和。なのはの話から推測するに、あの殺気を放っていた少女――確かティアナ・ランスターといったか――と例の軍曹の間に因縁があるらしい。それを解消するのがこの模擬戦というが、本当に解消されるのか……悪化しないことを神に祈るだけだ。
神に祈る、といえば、僕は一応聖王教会信者だ。全く教義なんかは覚えていないし、教会に行くことも稀と言っていい。昨日話した内容によれば、相良も同じ立場で、イスラム教なんぞを信仰しているとか。あちらも教典は暗唱できても教義は守っていない、ということだったけど。
深層原因は、JS事件以降の管理局の失態。これがなければ相良や僕はここに来る理由がなかった。そうなればこの模擬戦も行われることはなかっただろうに。歴史にifをつけることはご法度だけどね。
模擬戦は、本来なら問題ない。レベルが同じ程度――たとえば例のフォワード連中くらいなら、戦い合う自信はある。だが、今回は隊長二名と、フォワードの中でもJS事件でナンバーズを三機撃墜した記録をもつ例の少女だ。つまり、なのは・フェイト・ティアナが敵である。
若干、疲労が残っている。今までの徹夜生活があったから、昨日も夜まで戦略を練っていた。チームを組む相良はデバイスチェックを行っていたし、クルツは局の女の子に声をかけまくっていた。
昨日と言えば、なかなか忙しい日だった。六課に着任、挨拶のあと、同じ分隊の子たちとおしゃべり。そのあとデバイスルームに道具を持ち込み、部隊長室で仕事の確認。結局エリオとキャロの支援だったので、早速溜まっていたデスクワークを片づける。シャーリーがデバイスの調整をしている間、フェイトの仕事もやっておいた。こういうとき、執務官補佐の権限は役に立つ。それがなければ閲覧できない資料が多いからだ。そういえば、フェイトは昨日どこに行ってたんだろう……。その後は、夕食時にスターズの子たち(といっても4歳しか変わらないし、見た目だと僕と大差ない)とも談話した。ちょっと因縁について探りを入れてみたが、途中で止めた。深入りしない方がいいと思ったからだ。夕食後は訓練。模擬戦があるのもあって、デバイス付きで久しぶりにやってみた。機動力は十分だ。その時にスターズの、殺意の子じゃない方の、スバルに会った。秋風がちょっと肌寒かったけれど、それも気にしないくらいに話をしたかな。ウイングロードのヒントをシャーリーに言っていて、どうもマッハキャリバーが本能的にそれを分かってたみたいだった。デバイスマイスター冥利に尽きるよ、そういうのは。その後は、男子寮で相良とクルツと模擬戦対策会議。意外と、相良はいい奴だった。根がまじめなようだ。
そう、やるからには勝ちたい。今回の模擬戦は、どんな手段を使ってでも、のデスマッチ3対3戦。こちらが仕掛けるのは、1対1。連携戦だと、練習不足で確実にこちらがやられるからだ。
だから既に始まる前から散開している。あと二分。さて、そろそろスタートだ。
≪マイスター≫
僕の愛機、グレイプニルが話しかけてきた。待機モードなので、カード型になって内ポケットの中に入っている。それを取り出して、僕は言う。
「あぁ、いくぞ」
≪了解。久しぶりの戦闘、楽しみだね≫
そして、僕は防護服を纏っていく。ステルス性の高い素材で、空気抵抗が極力少ないようにしてある。基調となる色は白だ。グレイプニルも待機を解除させ、鎖のついた杖へとその姿を変える。
グレイプニルは、昨今のデバイスの中でも傑作中の傑作と言える。魔力量の少ない僕をサポートするため、ミッド式の杖にベルカ式の鎖の2つのデバイスを融合させたものだから、一度に二回カードリッジをロードすることができる。この仕組みだけでも、おそらく何かのコンテストの賞は取れる。
≪マイスター。あと1分≫
「分かってる。……やるからには負けられないな」
≪もちろん。敵が敵だから、そう簡単にはいかないと思うけど≫
「あぁ。だが、全力でいくぞ。遅れるな」
≪どのデバイスに言ってるんだよ。あなたの最高傑作だよ、あたしは≫
「そうだったな」
不敵に笑い、開始時刻を待つ。さぁ、戦闘だ。
※ ※
「アル、データリンクのテストをするぞ」
≪ラジャー。ADM、ON。PCL、コンタクト。403から412を開放。TAC、転送開始≫
「セカンダリーもだ」
≪ラジャー≫
同時刻、相良宗介は、静かに戦闘開始を待っていた。
≪アラート・メッセージ。戦闘開始まで、あと2分≫
「分かってる。―それにしても、貴様がこんな形でこちらでも俺に関わるとはな」
≪同感です、軍曹殿≫
宗介のデバイスのAI、アルは奇しくも、宗介が乗っていたアーム・スレイブ<レーバテイン>のAIである。同様にクルツもAI<ユーカリ>を使っている。どうやら次元跳躍のときに一緒に転送されてきたらしい。
≪というわけで軍曹殿。演習前です、以前のように音楽でもかけましょうか≫
「必要ない」
≪ラジャー。しかし、戦闘状態の前の緊張はほぐしておいた方がいいはずです。こちらの世界の、ベストヒットソングを数曲ダウンロードしてありますので、それを――≫
「俺は不要だ、と言ったんだ」
アルは基本的におしゃべりである。そして宗介はそれが好きではないのだが、この二人、いや一人とAIは強烈な信頼関係で結ばれている。それは戦火を潜り抜けてきた戦友としての友情である。
「ソースケ。久しぶりの戦闘だな。」
クルツが無線――こちらでは念話というらしい――で連絡してきた。
「なんだ」
戦闘前だというのに、奴には緊張感が見られない。それもいつものことか。
「いや、ただ連絡しただけだよ。お前の援護、しっかりやってやるから、きっちり清算してこい」
「言われなくても分かってる」
そう、以前ならどうって思わなかったにちがいない。だが、最近の宗介は、同僚に気をつかうことも、その大切さも分かってきていた。
≪アラートメッセージ。戦闘開始まであと30秒≫
「マスターモード2。ミリタリー・モードで戦闘駆動」
≪ラジャー≫
宗介もまた、順調に、静かに戦闘開始を待っていた。
※ ※
「もうすぐやなー」
機動六課の部隊長、八神はやてが呟く。周りにはシグナムやヴィータ、シャーリー、スバル、エリオにキャロ、ヴァイスなど六課の面々がそろっている。
「にしても、観衆がすげーな。勢ぞろいじゃねえか」
ヴィータが辺りを見渡して言った。六課で手が空いているものはみんなこの戦闘を見に来ている。
「スバルは、どっちが勝つと思う?」
はやてがスバルに問いかける。
「私は……やっぱりなのはさんたちだと思います」
「私もや。でも、面白いとこまでいくと思うで」
はやてはここにいる人のなかで、唯一シータの実戦をその目でみた人物だった。だから、そのスタイルもある程度は分かる。簡単に負けるような戦い方はしない。
少なくとも、六課のフォワード陣とならシータは勝つ。戦術構築においては、自分よりもシータが秀でているかもしれない、とはやては思っている。
「私もそう思います。シータは昨日、なのはの最大の脅威は……アクセルシューターだ、と言ってました。」
そうシグナムが言うと、スバルが不思議そうに尋ねた。
「え、SLBじゃないんですか?」
「素人はそう思う。だが、あの心躍る空戦――高町との戦いをやった私なら分かる。アクセルシューターは厄介だ。SLBは強力は強力だが、所詮はただの砲撃にすぎん。当たらなければ、な」
血戦となった戦いを思い出しながら、シグナムが言う。
「ま、なのはも全力でいくだろーけどよ」
「そうだな。ところでヴァイス。おまえは何でいるんだ?」
ヴィータの言葉に相槌を打ちながら、シグナムが問いかけた。
「んーと、あのクルツって男。俺と同種なんじゃないか、って思うんですよ」
「と言うと……狙撃手か?」
「そうっス。あの鋭い目、間違いなさそうなんすけどね……。」
ヴァイスがそう呟く。となりのスバルが、はやてに尋ねた。
「シータさんって、どれくらい強いんですか? 昨日、夜に練習見てたんですけど、機動性はかなり良かったみたいですけど……」
「そーやなぁ。得意分野はフィールド系やからあんまり前線は向かないんやけどね。パワーやったらスバルに負けるし、防御もそんなに堅くない。もちろん、例の魔法も使うけどな。その防御の代わりに機動性はまぁまぁや。魔力保有量も少ないしな……ただ、奴の戦術はあなどれへん。何しでかすか、楽しみやなぁ……」
「ザフィーラはどうした?」
シグナムがヴィータに聞いた。
「知らねーよ。興味ねぇとか言ってた」
「残念だな……主、そろそろ時間です」
「さぁて、ギャラリーは静かに楽しませてもらおか」
※ ※
始まって、最初に動いたのはシータだった。
開始と同時に動き始めた他の5人とは違い、その場で詠唱を始める。
まず、連携が取れる相手と、そうではない自分たちの戦力差を埋める方法。
そして、絶対的制空権を取られないための方法。
なのはのアクセルシューター。操作者によって自由自在に動くその光弾は、発射された瞬間制空権を握ってしまう。すぐに迎撃できたとしても、あっさりと第二波を打たれる上、そんな簡単に迎撃はできない。
彼女の基本戦法は、アクセルシューターによって敵の動きを封じた上で、本命の主砲を打ち込むという単純なもの。エースと言われているが、戦法はあまりに単純であり、しかしその単純さゆえ攻略が難しい。「エース」というより、熟練のベテランに近い。
海鳴市で彼女を助けていた間、シータはその戦い方をまじまじと見ていた。
「全てを乱す風よ、戦場を駈けよ―」
シータは魔法の高速起動を得意とする。そのため詠唱魔法も相当なスピードで処理することが可能だ。
グレイプニルも既に主が起こそうとしていることを理解していた。あとはプログラムの補助をするだけ。
「古に帰する力、今ここに集結せよ!」
そして、全ての詠唱が終了する。グレイプニルの杖の部分の戦闘に魔力が充填され、怪しげに輝いている。シータの魔力光は藍色で、不気味な色になって辺りを威圧する。
「妨害の息吹!」
シータがそう呟くと、集中していた魔力光が、弾けたように一気に四方八方に広がる。だんだん色が薄れていくが、やがてそれは演習場をすべて満たすほどのものになった。
≪Caution.(警告)≫
その光がなのはを包み込んだとき、レイジングハートが警告を発した。
「うん……。この感じ、結界に近いね。たぶん、シータ君」
≪I think so, too.(同感です)≫
早速念話を使って、フェイトやティアナに連絡を取る。フィールド系魔法の場合、最低3人がその魔法が到達した時間を測定すれば、使用者の位置が特定できる。
「フェイトちゃん、ティアナ、聞こえる?」
何回も呼びかけるが、応えがない。
「おかしいな……レイジングハート、バルディッシュやクロスミラージュと連絡取れる?」
≪I couldn't.(出来ませんでした)≫
「まさか、ジャミングかな……?」
そう口に出して、シータならまずやりかねないとなのはは思った。
≪The way he seem to think.(彼が考えそうなやり方です)≫
どうやらレイジングハートもそう思ったようだ。これは大変、となのはは思った。念話が使えない、ということは誰がいつ襲われたか、という情報が入ってこない。つまり、敵が何人襲いかかってくるか分からない、ということだ。
「仕方ないね……レイジングハート」
≪All right. Wide Area Search.(分かってます)≫
レイジングハートの先端から、たくさんの小型光球が発生される。ジャミングでも、これからは逃れられない。しかし――
「嘘っ!? 操作不能!?」
シータのジャミングは強力だった。小型光球が操作不能となると、敵の捜索も厄介だ。
仕方なくなのはは生み出した24の小型光球に直線移動、そして反応探知とともに自動追尾を命じて四方八方に飛び立たせた。
「もしかして、こうなるとアクセルシューターの操作もできないってことかな……?」
≪It thinks so though it is frightening.(恐ろしいですが、そうなるかと)≫
早速戦況を有利に傾けたシータにちょっとした戦慄を抱きながら、なのはは敵を求めて高度を取った。
確かに戦況は不利。だけど打開できないレベルじゃない。空戦なら、負けはない―そう確信している自分に、慢心はいけない、と諫めながら、一人のエースは空を飛んだ。
※ ※
≪Communication is defective.(通信不良です)≫
そうクロスミラージュから報告を受けたティアナは、あたりを警戒しながら通路を進んでいた。
通信ができないということは、この模擬戦の性格上、つまり開始時刻にチームはバラバラな状況で始まる形式だと、大変なことだった。仲間と出会えない。そのことに少し恐怖感を感じたが、ティアナは自分を奮い立たせた。自分にだって、3人と渡り合った自信はある。
それに、自分はこのあと執務官を目指す身だ。一人で戦う、そんな戦場は数多と用意されているだろう。
そう、怖がってなんかいられないんだ。
そのために、これまでやってきた教導がある。なのはさんから受け継いだ、数多くのスキル。
前に進まなければ。
数多の思考を経て、ティアナが大きな通路に出ると――
最初に出会ったのは宗介とティアナだった。アルがその位置を逐一クルツ機(ユーカリ)とシータ機(グレイプニル)に転送しながら、二人は相まみえる。
先手を打ったのは、ティアナだった。16発のオレンジ色の光弾を出現させ、一気に宗介に向けて叩き込む。
それを見た宗介は、自分の相棒に厳命した。
「手を出すな。特に例のブツは」
≪ラジャー。しかし、あなたの行為はナンセンスです≫
「やっぱりお前はただの機械だよ。学習命令。本戦術の利点をシミュレーションせよ。戦闘が終わったらな」
その間にティアナの光弾は迫る。ティアナは第二波を撃つため、クロスミラージュを構えて宗介を狙いながら相手の襲撃に備える。
宗介が防御魔法を展開、そしてその粉塵に紛れ移動、第二波を撃つはずだった。
けれど、宗介は何もしなかった。
光弾が宗介に一発も外れる事無く命中する。
身じろぎひとつせず、真正面からそれを受け止めた宗介は、すさまじい力で吹き飛ばされていった。
粉塵が巻き上がり、視界が無くなる。
ティアナは警戒したまま足を進める。気を抜くことはできない。ダメージを食らったように見せかけて、一気に逆襲をしかけてくることもある。 特に、奴の今回のやり方は正直意味が分からない。あの時は、こちらを見るなり撃ってきた男なのに。
煙が薄れ、宗介が現れた。
その姿に、ティアナは絶句した。いや、それを指摘してはいけまい。たとえ歴戦の魔導士でもそうなっただろう。
あたりの空気を完全に圧倒するその姿。血にまみれ、それでも眼に力を宿した宗介の、戦士としての顔。
ティアナは硬直した。照準したクロスミラージュの引き金を引くことができない。
瞬間が永遠にティアナは感じられた。吹き抜ける風が、妙に寒々しく感じられる。本能的な恐怖を、ティアナは感じた。
そして、宗介が口を開く。
「これで、おあいこだな――」
刹那、ティアナは驚き、全てを理解した。この男のタフさに驚いたのではない。この男がとった、この無粋な行為に。
知らず知らずのうちに、自分が向けていた敵意。なのはさんに朝から言われていたのに、言葉じゃ分かっていたのに、受け止めきれなかった自分。
この魔法は、人を傷つけないためのものなのに……
兄さんから受け継いだ力は、こんなものじゃないはずなのに……
どうして自分は受け止めきれなかったの?
どうして?
ティアナは自分の悔恨が全身を突き抜けるのを感じ、そしてその感情が怒りに変わったのを自覚した。
こんなの、私は望んじゃないっ!
気がつけば、宗介はもうその場を去り、移動していた。
「ふざけんじゃないわよっ!!!」
再びクロスミラージュを宗介に照準し、光弾を生み出す。
カードリッジが二発飛び出す。
≪Variable Barret≫
その時、何か殺意を感じた。鋭いそれが去来し、ティアナはしゃがむことで避ける。頭上を鉛色の光弾が飛びぬける。
そのまま体を道に寝かせ、回転することで照準を避ける。思ったとおり、次々と着弾する。そして、その後に発射音が聞こえた。
この着弾と発射音の相違は……長距離狙撃!?
※ ※
「ソースケ、酷い格好だな」
「黙って狙撃を続けろ」
「へいへい」
念話で語りかけてきたクルツに返答しながら、シータからもらったカードを使う。向こうからは、立て続けに発射音が聞こえるから、まだ命中していないのだろう。
「アル、損傷報告。」
≪デバイスに異常なし。全弾、軍曹殿に命中。なかなかの精度です≫
「減らず口をたたくな。カード解放(リリース・マジック)」
藍色の光がカードから発し、癒しの風を宗介にもたらす。カードに詰め込まれた回復魔法が作動したのだ。
魔力を詰め込んだこのカードは、シータがデバイスを応用して作ったもの。簡単な魔法しか詰め込むことができないが、このようにいつでも使うことのできるインスタンス性がある。
徐々に止血し、傷が癒えていく宗介。
「……なのはとフェイトの位置を確認した。転送するぞ」
シータが念話を割り込ませ、グレイプニルから転送された位置データが3Dレーダーとなって宗介・クルツの眼前に広がる。
散発的に3つの赤点があった。地上にいるクルツを示す青点のそばにはティアナが、そしてそこから少し離れたところで宗介の赤点が、一気に離れたところにフェイトが、そしてそれに接近しているシータが見える。最も高度を取っているのはなのはだ。
「これからフェイトを襲う。宗介は傷が癒え次第、なのはにかかってくれ」
「了解」
傷が治りかけた腕を見ながら、宗介は杖となった愛機を見つめた。空ではASモードは使えない。経験がそこまでない空戦だが、もうその機動には慣れきっている。
同じスターズ分隊に所属した、スバルが出撃前に心配していた。「飛び始めて一か月なんて無理だよ――」そう言われたが、戦闘のいろははその月日で決まるのではない。「問題ない。俺は専門家だ」その言葉に嘘偽りはない、そう宗介は思っていた。これまでも、そしてこれからも。
エースを落としに行く、そのことに高揚も恐怖もない。完全に修復した腕を見て、アルを握りしめた宗介は、道を踏む足に力を込め、空に飛んだ。
※ ※
「……サガラ君、無茶なことやりよるなぁ」
「ただの馬鹿だよ、あんなのは」
「だが、騎士の誇りに値する行為だ」
「しっかし、あいつの狙撃力、すごいっすよ」
「うーん、どの子もすごいよっ!」
「ティア……大丈夫かな」
口々に観衆として好き放題言う面々は、その周りで白熱している連中と変わらず興奮していた。シータの最初の一撃が、戦況を分からなくした。加えてシータは、強力なフィールド系探査魔法を出し、なのは、フェイトの位置をつかんでいることから、中にはシータらが勝つとさえ言いだした連中もいた。
「ほら、宗介君もう動き出した……タフやなぁ」
「主、彼といつかやり合いたいものです」
はやてが自分が裏取引をしてまで戦力に加えた宗介に感動し、それにシグナムが続いた。
「結局、バトルマニアかよ……」
「何か言ったか?」
「いや」
シグナムに嫌味を言いながら、宗介の動きに注視するヴィータ。なのはの戦術は遠距離からの一撃必殺。敵の動きが分からず奇襲を受ければ。
「奇襲」という単語を思い出して、ヴィータは顔をしかめた。あの日、最初になのはと出逢った時も、自分の奇襲が原因だった。あの日、自分の隣でエースが堕ちたのも奇襲だった。圧倒的な防御力の穴は、突然の敵の来襲。そう自分が気づいた時には、取り返しのつかない事態になってしまっている。どれだけ悔やんでも帰ってこない過去。だから、自分は守ると決めた。攻撃の力を、守る力に転嫁する自分に戸惑いながらも、これまで、ここまでやってきたんだ。けれど今、あいつの空には自分はいない。
「ヴィータ副隊長? 大丈夫ですか?」
いつの間にか顔つきが変わっていたらしい。心配そうにのぞきこんできたスバルに「なんでもねぇ」と言いながら、くそっ、と心の中で呟いた。
「なるほど、そう来たか……」
余裕が出来て、ヴァイスの言葉を聞くことができた。どれどれ、とモニターに目を移せば、ティアナが幻影を放出させている。
「フェイク・シルエットやな……クルツ君も、これならそう簡単に撃てへんくなるはずや」
「そうですが……おそらくティアナはまだ、クルツの狙撃位置を把握していない」
「クルツ君も冷静や。もう狙撃をやめて位置特定されへんようにしてる」
はやての言葉に、ヴァイスはさもありなんというように頷く。同じ狙撃手として感じるものがあるらしく、さっきから他の戦場は見ずにクルツの動きを注視していた。
「シータのフィールドで空気が一変しましたね」
「そうやな。あーいうことができる指揮官になりたいわ」
はやてが言ったのは、ある意味羨望だった。エースと同じく、戦場を味方に引き込む力をもつ指揮官の力は、そう簡単なものではない。フィールド系の力を増強させ、以前よりもさらに指揮官系へと力をつけてきているシータに、はやては憧れた。
以前シータと一緒に闘っていた時は、ここまで強くなかった。「なのはの代わり」という感じにはならなく、正直言ってちょっと強い武装局員って感じだった。戦術はすごかったけれど。
ただ民間で研究だけしとったわけじゃないんや、と思いながら、はやてはこの男も呼ぶことが出来てよかった、と思った。これからの対テロ戦、こういうことができる魔導士は正直喉から手が出るほど欲しい。自分の長距離魔法と合わせれば、最強の援護になるな、といつの間にか打算を始めている自分には嗤わざるをえないが、期待するで、と心の中でつぶやく。
「そろそろ、始まりそうやな」
シータとフェイトの戦闘。二人とも早い戦いを好むけれども、なのはのように一撃ではなく、柔軟に戦うこともできる二人の戦いは、そのスピードに反して長くなるだろう。そして、宗介となのはの戦い。宗介の映像データを見る限り、その戦い方は若さの割に老獪なものだ。ベテラン対ベテランといった様相を見せるだろう。そして、今なお続くティアナ対クルツの行方。これは射撃型の真髄を見せる戦いとなるだろう。
どちらにしても、ただ固唾をのんで行方を見守るエリオとキャロの今後の糧になるはずだ。
「主、フェイトは……」
そうシグナムが言った時、シータが戦闘を始めた。第二の戦場が、開演した。
※ ※
高速機動で敵から太陽の位置にあたる方向に回避する。バルディッシュが優秀だったのか、予想外に早く補足されてしまった。
まともに戦っては落とされる。
≪マイスター。初撃で落とせそう?≫
「うーん、どうだろ。正直、そうは思えない。そうなったら最後、逃げの一手だね」
≪ったく……自信なさげだなぁ。そんなマイスター、あたしは好きだけど≫
「まぁ、逃げるときは本当に全力で頼むよ」
≪分かってる。その為のシステムだもん≫
グレイプニルも、これから始まる戦いに静かに興奮している。僕もアドレナリンが体中に充満し、神経一本一本が燃え上がるような適度な興奮を覚えている。
「お前に最終審判を任せることになって、よかった。あとは、予定を進めていくだけだ」
≪まだ、マイスターが死ぬと決まったわけじゃないでしょ≫
「……優しいな。別れの時まで、付き合ってくれ」
その言葉と同時に、グレイプニルをフェイトに向ける。
「カートリッジロード」
≪オッケーッ!≫
妨害の息吹を使っているために、常時僕の魔力はガス欠状態だ。
魔力量や、実力で埋まらない差は、デバイスで埋めてやる。これがS級デバイスマイスターの戦い方だ。
「グレイプニル、“イージスシステム”起動!」
≪Activated Aegis System.≫
さぁ、戦いは始まったばかりだ。
≪マイスター!≫
早速警告をしてきた相棒から、鎖を放出させる。
日光の方角にも関わらず突撃してきたフェイトの方向に鎖を展開させ、四角形を作る。その四角形に形成される、防御魔法。
元々弱い僕の防御魔法だけれども、四方から魔力をたたきこむことでその強度を増す。
≪Square Guard≫
角度を微妙に変えて敵の攻撃を止める。
すでにバルディッシュの声が聞こえるところまでフェイトが来た。
≪Haken Slash≫
カードリッジ一発をロードした刃が迫る。その力を流しながら、急降下してきた力を上昇に転じさせる。
衝突。
90度に力が変換され、互いにはじけ飛ぶ僕とフェイト。ここまで壁が抉られるとは思わなかった。
やっぱり力で闘うのはまずい。
いつの間にか接近していたのは、二の手のフェイトの射撃魔法、プラズマランサー。8発が接近してきていた。
≪Thunder move≫
雷のようなジグザグ運動をしながら、プラズマランサーを回避する。ところが、雷の槍は方向転換して、再度迫ってきた。
こちらと同様、あちらも海鳴市の時とは違うということか。舌打ちしつつ、愛機に尋ねる。
≪イージスシステム、正常に作動。8発の敵砲撃、ついでに対象を完全に補足してるよ!≫
「よし、こっちも行くぞ!」
カードリッジを2発ずつ、計6つロードする。扱いきれるぎりぎりの魔力がグレイプニルの先端に集中し、撃ち出すのは対空迎撃砲。
≪対空迎撃弾、発射≫
12発の光弾が一気に敵の方向に駆ける。誘導は、なのはのように術者が行うのではなく、完全にデバイスの管制に従っている。4発が先行しすれ違い、残り8発が雷の槍の迎撃に向かう。
「さぁ、全力で逃げるぞ」
≪マイスター、結局そうなるの?≫
「あぁ、逃げることも戦場では美徳の一つだ。だけど……その前に」
僕は冷凍魔法を即時にグレイプニルにかける。グレイプニルの鎖の素材は特殊な金属で出来ていて、その金属は特殊状況下、つまりものすごい超低温のときに、電気抵抗がゼロになる。
フェイトの最初の一撃の時に回収した電気をグレイプニルの鎖に流し込む。電気抵抗のないグレイプニルの鎖を、杖の部分から、その前方に伸びるように取り巻くように設置する。
その動きは瞬間的だ。このスピードが、この魔法の活き死にを決める。
カードリッジをさらに二発同時にロード。
鎖はすでに磁力を生成した。これに乗せるのは、同じく静電気で磁力を持たせた砲弾。
「駈けよ、光弾」
≪Blaze Canon≫
魔力自体は冷却魔法のみ。しかし、デバイス工学の応用で、弾速は極めて早い砲撃になる。これが対フェイト戦の隠し玉だ。
まだまだ戦いが終わる気配は見せない。そう思いながら、シータは太陽の方角に向かってさらに上昇する。
妨害の息吹(Einmischung Atem)
効果範囲 SS 発動速度 C
念話・誘導弾操作を妨害するジャミング