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No.37930の一覧
[0] 万事屋はやてちゃん(リリカルなのは×銀魂)[ファルコンアイズ](2013/09/16 03:07)
[1] プロローグ 雪の中の誓い[ファルコンアイズ](2013/06/25 00:23)
[2] 第1話 高町なのは 魔法少女始めます 前編[ファルコンアイズ](2013/06/25 00:25)
[3] 第2話 高町なのは 魔法少女始めます 中編[ファルコンアイズ](2013/06/25 00:25)
[4] 第3話 高町なのは 魔法少女始めます 後編[ファルコンアイズ](2013/06/25 00:27)
[5] 第4話 星光と孔雀姫[ファルコンアイズ](2013/06/25 00:28)
[6] 第5話 星光と夜王[ファルコンアイズ](2013/06/25 00:31)
[7] 第6話 星光と醜蜘蛛[ファルコンアイズ](2013/06/25 00:32)
[8] 第7話 親の心子知らず 子の心親知らず[ファルコンアイズ](2013/06/25 00:33)
[9] 第8話 目覚める魔導書[ファルコンアイズ](2013/06/25 00:33)
[10] 第9話 新しい家族[ファルコンアイズ](2013/06/25 00:34)
[11] 第9.5話 星光と月光[ファルコンアイズ](2013/12/05 20:50)
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[37930] 第8話 目覚める魔導書
Name: ファルコンアイズ◆49c6ff3b ID:5ab2f191 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/06/25 00:33
苦しくもどこか楽しかった夢が途切れ、途方もなく長い眠りが唐突に終わりを告げた。周囲を見渡すと真っ暗なだけで何もない空間、そこには私1人しかいない。それが意味するものを理解して小さく息を吐く。それがまた多くの命を無に帰すことだと分かっていたから、私が存在するだけで無用な破壊を招いてしまうことを理解しているから。
 本来ならここに今回選ばれてしまった主が来るはずなのだが、どういうわけだろうと私は本を通して外の世界を見る。白い雲がまんべんなく広がる青い空が美しい。地上から昇る黒煙で形成されてない雲を見るなんていつ以来だろうか、地平線まで広がる炎によって彩られる赤い空以外の本来の空を見るなんていつ以来なのだろうか。

「顔も知らねえ文通相手に発情してるテメエに言われたくねえよ! 髪飾り片手に居間で悶えてたのはどこの誰だ!」

 怒声が聞こえた。妙な着物をだらしなく着ていて、腰にさした木剣と銀髪の髪が印象深い。
 あぁ思い出した。夢の中でよく私を重い物で下敷きにしたりその汚らしい髪を押し付けて人を枕代わりにしてた、何かあればいつも私に暴力を振るっていた男だ。目を覚ます直前の記憶を思い浮かべる、どうやらこの男の拳で中途半端に目覚めてしまったらしい。まったくはた迷惑なことだ。

「うわあ~~! 言うな~! こんな所で人の秘密言うな~!」

 次いで聞こえた幼い声に振り向く。癇癪を起こしているのかヒステリックな声を出しながら頬を赤らめている少女。
 ……そうか、この子が今回の選ばれた主。いや、私なんかに選ばれてしまった被害者なのか、見る限り争いなんかとは無縁そうな、私が傍らにいる資格なんてないほど純粋な人なのに。
 罪悪感が重くのしかかるが、同時に少しだけ安堵した。夢の中でこの子を見てきたから分かる。恐らくこの子は歴代の主達のように狂気に呑まれて欲望に囚われることはないだろう。何よりそれを望みはしないだろう。
 良かった。私の重ねてきた罪を押し付けることになってしまうが、これで終わりのない負の連鎖が終わるかもしれない。やっと私の暴走に巻き込まれ、望まぬ戦いを強いられてきた彼女達に安らぎが来るかもしれない。
 もしも神がいるというのなら、どうかこの私の闇に終焉を、私の名が戻ることを望みます。

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 爽やかで温かい陽気な風がひゅるりと青い空を掛ける。
 鬱蒼と生い茂る草原はそのたびに揺れ動き、美しいダンスを披露して見るものを魅了する。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 そんな美しい舞踏会の中、新八はこの世のものとは思えない形相で後ろに迫るゴリラ、ジュエルシードが特定の生物や無機物を取り込んだことで変化する異相体から全力で逃げていた。ゴリラと言っても万事屋のペットである定春が霞んで見えてしまうほど巨大な体躯で、体中に白い紋様がいくつもあしらわれている。
 その豪腕は軽く振るわれるだけで地面を大きく抉り、力を込めればちょっとした地震を起こす。それに反して走る速度は自動車のそれと変わらない。何の防具も装備していない新八では軽く触れられただけでその場でひき肉と化してしまうだろう。

『新八さん、聞こえますか? こちらの準備は整いましたので指定された場所まで異相体を誘導して下さい』

「準備できてるのならテメエも来やがれエエエ!!! なんで僕だけであんなゴリラの相手しなきゃいけねえんだ! つうか神楽ちゃんはどうしたアアア!!!」

 すぐ後ろで自分の命を奪おうと迫る死神の存在が焦りを生んでいるのか、耳に備えたインカムから聞こえるユーノの声にツッコむ新八。この絶体絶命な状況でも理不尽なことに対するツッコミを欠かさないのはある意味大物というか緊張感がないというか。

『すみません、でも今の僕じゃこの罠の遠隔操作はできないし、それと神楽さんはなのはを護衛すると言って聞かなくて……』

「あのエセチャイナ野郎! どう考えてもなのはちゃんより僕の方が護衛必須だろうがッ!!!」

 明らかに守る対象を間違えてることに怒りを露わにする新八。それを隙と捉えたのか、ゴリラは右肩に備えられたアタッチメントを展開、6連装のガトリング砲から毎分6,600発もの速度で20mmの弾丸を新八に向けて吐き出す。

「ギャアアアアアアアアッ!! もう何でもいいから早く封印してくれエエエエ!!!」

 しかしそんな高速弾をジグザグに走ることで辛うじて避ける新八。もう人間、というか生物としての性能を軽く凌駕しているその動きに感情のないはずのゴリラも追いかけながら口をポカンと開けて唖然となる。
 その時だ、ゴリラを中心に4つの魔法陣が展開。そこから緑色のヒモが複数現れ、ゴリラの体に幾重にも巻き付かれる。

「成功だ!」

 近くで確認したユーノが喜びのあまり声を上げる。物質に寄生した異相体の実力は思念体の比ではない、未だ全快ではないユーノ、思念体にさえ手も足も出なかった神楽、凄いのは魔力量のみでコントロールがド素人のなのはでは正面から挑めば苦戦を強いられる。だからこのように罠を仕掛けたのだ。
 ユーノが隠密性の高い罠を仕掛け、新八と神楽が囮となって誘導、動けなくなった所をなのはの魔法でとどめを刺す。単純だがそれぞれが徹底した役割分担をすれば相手が異相体であろうと被害を被ることなく目的を達成できる。はずだった。

「どこが成功だアアアアア!! なに僕まで一緒に縛ってんだお前は!」

 逃げ遅れて罠に巻き込まれた新八が叫ぶ、単に相手を拘束するだけの魔法のはずなのだがなぜか亀甲縛りになっており、心なしか非常に苦しそうだ。

「あぁ! す、すみません! 今解きますから……」

『おっしゃアアア、今だなのはッ! どでかい一発かましてやれゴルァ!!』

 インカムから聞こえる神楽のやかましい声。まずいと思って新八とユーノは空を仰ぐ。目線の先には元気玉よろしくピンク色の光球がその体積を増して膨張していくのが見えた。

『はい! 高町なのは! いきます!!』

 既に準備は万端だとばかりの気合の入ったなのは返事が、新八にとって死の宣告に聞こえた。

「ギャアアアアアア!! なのはちゃんタンマタンマ! こっちも動けないから、僕まで巻き込まれるから!」

「なのはダメだ! 新八さんがまだ逃げてない!」

『くたばれゴリラアアア!!!』

 必死に攻撃を止めさせようと声を張る2人の声は、しかし空中でなのはの首に掴まる神楽の叫びによってかき消される。それにしても空も飛べないのにどうやってなのはを護衛しようというのだろうか。

『ディバイイイン、バスター!!!』

 名称と共に光球は太く長い光軸へと変わり、ゴリラと新八へと一直線に進んでゆく。激しい轟音と衝撃を伴う粒子、それでいて熱量を一切もたない光が草原を覆い尽くす。

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「なのは! 攻撃のタイミングは神楽さんじゃなくて僕の指示で撃ってってあれほど言ったじゃないか!」

 プンプンと机の上で腕を組みながら怒るユーノの声がジャンクフード店、ヤスノハウノに響き渡る。
 結局草原でのジュエルシード捕獲作戦は、その場に巨大なクレーターを形成したことと、新八が全身包帯まみれのミイラ男になった以外は完璧に成功したといっても良かった。しかしの指示を無視して勝手に攻撃したことは褒められた行為ではない。そもそもそれのせいで新八が思いっきり重症を追ったのだから当然である。

「いくら非殺傷設定でもまったく無傷ってわけにもいかないし怪我しても今の僕じゃ治療できないし、何より君はまだ魔力運用が完璧じゃないんだから過信しちゃダメ! あれだけの砲撃魔法をこの国の政府に捉えられないように探知妨害するのだって大変なんだから!」

「……ごめんなさい」

 矢継早に繰り出される説教にシュンと落ち込むなのはに、向かいの席から見ていたミイラ男、もとい新八がちょっと可哀相かなと思ったのかまあまあと場をなだめようとする。

「まあまあユーノ君、まだなのはちゃんは魔法を使うようになって間もないんだからしょうがないよ。こうやってジュエルシードも確保できたんだし」

 某ひとつなぎの大秘宝を探す海賊漫画で出てきた砂漠の町で長鼻男と同じ姿にされてこんな寛容になれるのは本人の人柄か、もしくは単なる考えなしか、どちらにしても怪我を負った本人が許してしまうのでは仕方がないとユーノは小さく頷く。

「ごめんねユーノ君、私魔導師なんてテレビでしか聞いたことなかったから、自分がそうなったって思うとはしゃいじゃって、でも次は先走ったりせずにちゃんと言いつけを守るから!」

「いや、僕も言い過ぎた。元々協力を頼んだのは僕だし、何よりもまだ素人のなのはのことを考えてなかった」

 お互いに頭を下げる姿が妙に微笑ましいと新八は僅かに笑みを浮かべる。言葉や考え方はすごく立派だが、こういうのを見る限りユーノは自分よりも幼いのだろうかと考えた。

「そうネ、そもそも肝心な時になのはを止められなかったお前が言っても何も説得力ねえぞオコジョ」

「ユーノです! そもそも僕の声を遮った神楽さんに問題ありますからね! あれさえなければそもそも新八さんだって怪我しなかったんですから!」

 だというのに空気を読まずになのはの隣で野次を飛ばす神楽に収めていた矛を再びむき出しにする。万事屋でのやり取りの時もそうだがどうもこの2人は相性が悪いというか、互いに毛嫌いしているきらいがある。

「んだコラア! 包丁で惨たらしく殺したあと犬肉と一緒に火災樹にして食うぞハクビシンもどきがッ!!」

 もう怒りを超えて殺意を持って罵倒する神楽。どうでもいいがハクビシンはネコ科の動物で間違ってもフェレットの仲間ではない。
 これ以上まずいと思ってなのはが2人の間に入ることで一応は沈静化する。新八や銀時が同じ事をすれば間違いなくドギツい罵倒と共にその鉄拳が振るわれたのだろうが、さすがの神楽も相手を見て対応を決めるようだ。

「それにしてもたった1つ手に入っれるだけでもこんなに大変とはね、あんまり焦っても意味ないし、気長にやっていくのが一番かな」

「……多分、そうは言っていられないかも知れません」

 新八一言に反応したユーノは神妙な顔で呟いた。 

「どういうこと?」

 言葉の重み、何よりもその雰囲気に違和感を感じてなのはは問いかけた。
 確かにジュエルシードが危険な代物だという話は本人から聞いているし、外の世界からは犯罪組織の温床という不名誉な称号をもらっているこの97世界でそれを欲しがる人間が大勢いる事も理解している。だが時間を置けば時空管理局と呼ばれる組織も応援に来てくれるし、仮に幕府に正体が露見しても話せば理解してくれるだろうと思っていたからだ。だが。

「僕達以外にも最初からジュエルシードを狙っている人がいるかもしれないんです」

 え!? と目を点にしながらユーノを見る3人。

「僕が万事屋さんで事情を話した時に言いましたよね? ジュエルシードを運んでいた輸送船が謎の魔導師の襲撃にあったって、あの時は単に97世界に住み着いているただの野良魔導師だと思っていました。船員の証言から確かにその魔導師は97世界の方面から現れたことが分かりました。でも船の破損状況からそのランクは最低でも総合AAA以上はあるという結論に至ったんです」

 ランク、AAA、聞き慣れない単語に首を傾げる3人の顔を見て、ユーノは慌てたように説明する。

「ランクは大雑把に言うとその人が持っている資質や魔力の量、他に魔法をどれだけうまく使えるか、どれだけ多くの任務をこなせるかという魔導師の力量を表す順位みたいなものです。SからFまであって、原則的にAランクからはAAや+や-を付けて順位を付けるんです。ただ空戦に特化した空戦ランクや陸戦、これら両方をこなせる総合もあるんで一概に魔導師の強弱を決められるものでもないのですけど、ある程度の目安にはなります」

「へえ」

「ちなみに思念体や異相体は個体差はあっても大体Aランク、そしてその輸送船を襲った魔導師は推定AAA、Aランクの最上位がAAA+ですから、それがどれだけ凄いのかは想像できると思います」

「す、凄い徹底してるんだね……」

 それまでゲームやアニメの中でしか表現されていないと思っていたアルファベットによるランク分けが現実にあることに苦笑いする新八。今の自分はどれくらいなんだろうかと好奇心を露わにするなのは。しかしその2人とは対称的に神楽だけはユーノの話に違和感を覚えた。

「でもおかしいアル。そんなランクと船を襲うことと何の関係があるんだヨ?」

「極端にランクの高い魔導師は無許可で管理外世界に渡航、滞在することは違法行為なんです。それを理解してあえて管理外世界に滞在するのは何らかの犯罪に加担しているか、もしくはその世界に求めるものがあるからです。だけどAAAとなると管理局でも全体の5%しか存在しない高ランクで、エイリアンバスターや夜王が相手でも複数人で挑めば一時的に渡り合える程の魔導師。民間からも引く手数多の凄腕が中身の期待できないオンボロの輸送船を襲うわけがありません」

「つまり、その魔導師さんは最初から輸送船の中身を理解していたってこと?」

 こくりと、なのはの言葉に頷くユーノに、新八達は背筋が凍る思いになった。今回戦ったゴリラの異相体、神楽が手も足も出なかった思念体でさえAランクだというのに、自分達と同様にジュエルシードを狙っていると思われる魔導師はそれよりも2ランクも高いというのだから無理もない。

「もちろんこれはあくまでも僕の仮説ですけど、これが本当なら僕達は知能のない異相体の他に対人を想定した戦いも覚悟しないといけません。そうなると僕の罠も新八さんを囮にする作戦も通用しない」

「何で僕が囮になるの前提!? いや確かにAAAとかそんな凄そうな人を相手に正面から戦おうなんて思わないけど!」

 さり気なく今後の自分が辿る運命に反論する新八だが、それでも周りの重い空気は変わらない。
 特になのははユーノの言葉にスカートを強く掴みながら震えていた。まだ自分は魔法を覚えて数日しか経っていない新米なのに、そんな凄い人が仮に存在したとして、果たしてちゃんと戦えるのだろうか。自分が原因でユーノ達を危険な目にあわせてしまうのではないのだろうか。想像しただけで頭の中がグチャグチャになってしまうその恐怖。

「大丈夫だぞなのは、AAAとか+とかそんな中二臭え奴が敵に出てきても私が全部やっつけて護ってやる!」

 両肩から感じるぬくもりによってそれが一瞬で消え失せた。顔を上げるといつになく真剣な表情で見つめる神楽の顔。

「神楽ちゃん……」

「だから絶対に無茶すんなよ? お前に何かあったら桃子のおばちゃんにもうケーキ食わせてもらえないかもしれないし、アリサやすずかだって笑えない。何よりお前がいないと私が耐えられないアル……」

 普段から気丈に振る舞うチャイナ娘の本音がポロッと出てきて、なのはは少しだけおかしくなり、さっきまで感じていた震えも収まっていた。
 不思議だった。単体では決して思念体にも異相体にも勝てないのに、それ以上の敵が相手でも絶対に護ると語る少女がとても頼もしく見えて、そして自分がその少女の言葉を信じていることに。

「うん、絶対に無茶しないよ。だから私が危なくなったらまた助けてね」

 だからこそ、こうやって濁りのない笑顔で答えることができた。その笑顔に神楽も、そしてそのやり取りを見ていた新八も自然と笑う。

「……果たしてどこまで信じていいものか」

 聞こえないように呟くユーノを除いて。
 ジロリとなのはと笑い合う姿を注視し、そこに夜兎族特有の打算や虚言が含まれていないかを観察する。彼もできることなら神楽の事は信用したいと考えてはいる。だがなのは達の命を預っている彼にとっては最悪の可能性も想定しなければいけない。
 だからこそ対人を想定した戦いの話をする時、暗に『神楽を戦力とみなしていない』と取れる発言をしたのだから。

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「シュテルと地雷亜、確かにそう言ったんだね?」

 日が西に傾いてオレンジ色の空が広がる中、高層マンションの一室で狼形態でソファーに寝転ぶアルフの背中をさすりながらフェイトは昨日の夜に起こった出来事を聞いていた。

「あぁ。昨日の夜にフェイトの戦いを観察してる所を偶然見つけてさ、どうやら連中もジュエルシードを狙っていたみたいだから事情を聞こうと思ったけど、結局返り討ちにあっちゃった……」

「気にしないで。アルフが無事だったことが私には何よりも嬉しいから」

 バツが悪そうに下を向くアルフの頭を撫でる。気恥ずかしいのか手を払いのけようとするその仕草が母性を掻き立てるのか、フェイトはさらに手の力を強める。普段なら非力な彼女なんてすぐに引き離してしまうアルフの力は、しかし今では見る影もない。
 包帯が巻かれた背中を再び撫でる。あの夜、倒れていたアルフに付けられていた傷は出血こそ止まったが未だに完治していなかった。刃物に対魔法用の毒物でも施されていたのか治療魔法もほとんど効果はない。母親クラスの大魔導師か、もしくは回復に特化した魔導師なら難なく治療できるのだろうが、今の自分にはそれだけの能力ががないことが腹立たしかった。

「私も辰羅達の口からある程度聞いたよ。あの時の戦いはシュテルの部下に見られていたって言ってたけど、話を聞く限りその部下は多分地雷亜のことだろうね」

「あぁ、他の仲間の名前を口に出さなかった所を見るとそれで正しいと思う」

 別の世界から来た魔導師が現地の忍を使って偵察をする。妙な話だとフェイトは顔を歪めた。たとえフリーであろうと魔導師が管理外世界に許可無く渡航するのは犯罪行為だというのに、あろうことかその世界の人間と妙な行動をするのだから。しかもそれが過去の大戦を題材にした映画では夜兎と荼吉尼に並んで出演する辰羅とも繋がりを持っているとのだから余計だ。

「……フェイト。こんなこと言っても無駄だろうけど無茶しないでおくれよ。シュテルはバカみたいに強かったし部下の地雷亜と組んだら多分手に負いないよ。その上あの傭兵部族までジュエルシードを狙ってるんだ。アタシの怪我が治るまで絶対に動かないでおくれ」

 今にも泣きそうな声でアルフは意味がないと分かりつつも自重するように訴える。それを聞いたフェイトは険しかった表情から一転、再び元の柔らかい笑顔で見つめながら何度も頷く、

「ありがとうアルフ。でも大丈夫、その話を聞く限りシュテルと地雷亜は私達から攻撃しなければ何もしてこないみたいだから単にジュエルシードを集めるだけなら問題ないよ。もちろん辰羅のこともあるからしばらくは彼等の手が届かない遠い場所のものから探すから心配しないで」

 結局自分が動けない間も捜索活動自体は続けるというフェイトの言葉に反論しようとしたが、自分の柔らかい体毛に気持ちよさそうに顔をうずめるその姿を見て詰まってしまった。普段は気負い過ぎて余裕がない少女が見せる年相応の仕草があまりにも愛らしくて、それでいて自分の言葉が今のままでは届かないことを理解しているから。

「あの人達よりも先に手に入れてみせる。誰かを傷付ける前に、母さんをこれ以上悪く言われる前に……」

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 どうしたものだろうか。今日のジュエルシード探しを終えて万事屋に戻ってみると、先に帰ってきていたらしいはやてと銀時の険悪なムードに当てられること数時間。新八は心の底からそう叫びたくなった。

「……ちょっと出費がかさんでるなあ、明日は遠い所まで買い出しに行こ。石田先生の車で」

 机の上で簿記をしているはやてがわざとらしいくらい大きな声でそう言ってようやく理解した。こいつらまた石田先生絡みで喧嘩してやがる。
 この2人が喧嘩する原因の中でも多いのはまずはやてがいつも大切にしている鎖付きの本。次にはやてのお子様下着を勝手に触ること。そして石田医師だ。特にはやては色々と気にかけてくれている医師のことを大切に想っており、彼女を悪く言われるとよく怒る。まあ大半はいきすぎた暴言を吐く銀時に問題があるから基本的にはやてに理があるのだが。
 普段ならまたかよと呆れながら無視して適当な時間になったら家に帰るつもりだったのだが、この状況を放置したら一週間は続く可能性がある。何とかして仲直りさせなければと思案する。

「はやて~、お腹すいたアル。ごはんは?」

 そんな新八の必死の考えとは裏腹に、自分の欲望に忠実な神楽は定春にまたがって虚ろな目で夕飯の催促をする。それに気づいたはやてはノートを閉めるといそいそと車椅子を動かして台所まで移動する。いつもならちゃんと返事をする人間が無言で行動をするのは不気味以外の言葉が見当たらなかった。

「……ええっと、銀さん今度は何やらかしたんですか?」

 時計の秒針が規則正しく動く音が支配する万事屋の居間。これはチャンスとばかりに不機嫌な雰囲気を惜しげもなく晒し出す銀時に問いかけるが。

「別に~、そこのチンチクリンが勝手に怒ってるだけで俺は何も知らないよ新八君。聞くならはやてちゃんに聞けば~?」

 挑発するような声色で答える銀時。その大人げない態度だけで今回の喧嘩は相当根が深いことが理解できたが、同時にこうなってしまうとはやての方から折れない限りは解決しないという結論に至った。

「私も人の私物を勝手に見るようなデリカシーのない人が不機嫌になってる理由なんてまったく知らへんけどな!」

 その小さな体から想像できない音量で叫ぶはやてにがっくりとうなだれる。向こうも取り付く島がないのではどうやってこの居心地の悪い空気から脱することができるのかわからないからだ。
 額に怒りマークを出しながら台所を見据えた銀時はその場で大きく深呼吸。そして。

「手紙に得意料理を延々と書く子は言うことが違うねえ。さり気にトヨタ君の好きなもの書いてたのは驚いたな銀さんは! でもお前がそれを作ってる所1回も見たことないな~! 嘘付いといてデリカシーとか良く言えるな~!」

 必要もないのにわざわざ両手をメガホンのようにしてこれでもかと喋る。
 マズイと思った次の瞬間、銀時の鼻から鮮やかな鮮血が迸り、次いでゴトンとフローリングに落ちる鎖付きの本には真新しい血液が付着していた。

「ヌアアアアアア!! 鼻が、鼻が曲がったアアアッ!!!」

「ちょっとオオオ!! 大丈夫ですか銀さん!」

 ゴロゴロとその場で転げまわりながら辺りに血を撒き散らす銀時に駆け寄る新八。どうやら本に巻きついた鎖が運悪く鼻に直撃したらしい。その様子を冷ややかに見ながら神楽は大きくアクビをかき、そして本を投げた張本にであるはやては頬を目一杯膨らませながらしゃくりを上げて泣いている。

「銀ちゃんのアホ! 常識知らず! 怠け者! 糖尿病患者! 恥知らず! 怖がり! ニート侍! 甲斐性なし! ツッコミ下手! ギャンブル狂! シモネタ! パクリ! パラメーターにAなし! 必殺技なし! 9話も連載してて1回も戦ってへん上に出番も私の方が多いってどんな主人公や! 何でもオイイイって言わせればギャグが成立すると思うな! 本気で天然パーマで苦しんでる人達に謝れ、なんちゃって天然パーマ!!」

 ダンッ! とフスマが閉められ、居間には銀時の悲痛な叫び声だけが残る。

「ヌオオオ、あのガキャア、親に手を上げるなんざいい度胸してるじゃねえか!」

「娘にぶたれる親の方がよっぽど情けないアル天パ。頼むからしばらくなのはに話しかけるなよ、バカがうつるから」

 心底軽蔑するように言い放つ神楽に、はやてはどうでもいいのかと思った新八だったが、またいきすぎた過保護な発言だろうと無視してモップで血の着いたフローリングを掃除する。

「チクショウ、あの野郎最近反抗的になってきやがったな。いっぺん焼きいれてやるか」

 そう言って銀時は台所まで足を運ぼうとしたが、ふと目線を下に落とすとさっき自分の鼻を潰した憎き本が転がっている。
 
「……!」

 頭の中で何かが開いめいたような音がしたのか。何をするつもりだと呆れる新八を尻目に本を机の上に置き、ゴソゴソと押し入れを探り始める。

「ちょっと銀さん、ただでさえ今はやてちゃんの機嫌悪いんだからこれ以上話がこじれるようなこと……」

 そこで新八の言葉が止まった。
 ギザギザの歯が幾つも外縁にまとわり付く物々しいその物体、銀時が持ち手の紐を引っ張ると同時に黒い煙を出し、まるでエンジンを始動させたような音と、同時に外縁の歯が高速で回転し、聞いているだけで耳を塞ぎたくなるような甲高い音が響き渡る。
 見てるだけで生理的恐怖を感じるそれは、伐採などに使うためのチェーンソーであった。

「ようし、やるぞ」

「オイイイイイイイ!!! やるって何をだ!! 殺るのか! 殺っちまうのか!!」

 あまりに非常識すぎるその光景に間髪入れずにツッコむ新八。

「ちげえって、今日はこの本の鎖に何度も痛い目に遭わされたからな。もう二度と俺のような被害者が現れねえように切り取ってやろうと」

「全部テメエの自業自得じゃねえか! それはやてちゃんの大切な本つってんだろ! やめろバカヤロー!」

 ジェイソンみたいなホッケーマスクを被る殺人鬼、もとい銀時を後ろから羽交い絞めするが、腐っても主人公。その状態のままチェーンソーを大きく振りかぶり、机の本に向かってその刃を突きつける。

「神楽ちゃん何とかして! このバカマジでやる気だから! マジでいっちゃってるから!」

「ようし銀ちゃんばっちこい! 新八は私が押さえといてやるネ!」

「お前も煽ってんじゃねえで止めろ!! つうかはやてちゃん何してんの! 君の本やばいことになってるよ!!」

 神楽と取っ組み合いになっている新八の訴えも虚しくチェーンソーは本の鎖に接触。激しい火花と金属がこすれ合う音が鼓膜を突き破らんばかりに響きくが……。

「ヌオオオオオオ!! やっぱり切れねえ! ルナ・チタニウム製かこの鎖は!!」

 同じ箇所に刃を当て続けるが、鎖は切断どころか傷さえ付いている様子がない。元々チェーンソーは硬いものを切断するのに向いていないとはいえこれは異常という他なかった。

「クソオ、負けてたまるかアアアッ!!!」

「やめろおおおおッ!!!!!」

 しかしそれで諦めるような銀時ではなかった。机の上に乗っかってチェーンソーを本の上から押し付けて強引に切り裂こうとする。大人1人分の体重がチェーンソーの先に集中し、本への圧力が増していき、そのギザギザが鎖からそれて表紙に触れようとしたその時だ。

「ッ!」

 本を中心に球形のエネルギーが形成。それに押し上げられる形となったチェーンソーが弾かれていく。
 ホッケーマスクをかぶった銀時も、いつの間にか殴り合いにまで発展していた新八と神楽も驚きを隠せなかった。だが問題はそれだけでなかった。
 フローリングに黒い正三角形の模様が浮かび上がる。まるで魔法陣のようだと3人が思うと同時に本はその場で空中を浮き、人間の心臓のように激しく脈打つ。そしてその度に周りを覆う鎖が悲鳴を上げる。チェーンソーではビクともしなかったそれは、本の動悸に合わせるようにミシ、ミシと鳴り、小さなヒビが無数にできていく。

「ち、ちょっと銀さん! 何なんですか! 一体どうしちゃったんですかあの本!」

「え? 何これ? ひょっとして結構マズイことになってる?」

 予想外の出来事に困惑する新八と銀時。そして本から尋常ではない気配を感じたらしい定春が何度も唸り声を上げて威嚇する。

「……カッケー」

 そんな中、1人だけ2人とは異なる感想を呟く神楽。今この場で尋常ではない現象が起こっているというのにまったく気にする素振りがない。

<<……主の魔力適性、水準未満。されど外部からの激しい攻撃から緊急を要すると判断。守護騎士システム以外の機能を一時的に凍結。守護騎士システムの起動開始>>

 重々しく、妙に色っぽい電子音が本から聞こえ、そして最後の動悸に合わせるかのようにびひ割れの鎖が飛び散る。
 1ページ。2ページ。3ページ。
 目一杯開かれた本は真っ白の紙を一枚ずつめくり始め、最後のページに到達。そして。

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 瞬間、万事屋のすべてが白い光りに包まれる。

 ・
 ・
 ・

「アアアウアァァァッッ!!」

 模擬戦用の広い空間で激痛からくる自身の叫び声が響き、それがさらに頭の痛みを増幅させるていたが、シュテルは怒りよりも先にその痛みから逃れようとのた打ち回る。
 今まで戦いによって得た痛みとは根本からして違う。まるでノコギリで脳みそをゆっくりと傷付けるような鈍くて形容しがたい激痛。いくら頭を押さえつけてもそれから逃れることができずに倒れこみ、本人の意志とは関係なく体をくの字に曲げてエビぞりになる。
 傍目から見ると異様極まりないその光景を、練習相手をしていた地雷亜はその状況を理解しているのかニヤリと笑って眺める。

「思っていたよりもに早かったな。あれの起動は1ヶ月以上も猶予があると貴様の口から聞いたが?」

「そんなこと貴方に言われなくても分かっています! 私とてなぜ今この時にあれが目覚めたのか検討もできていないのですから……!」

 感情的に喚きながらも痛みが消えることはない。何とか立ち上がって自身の手の平に真円の魔法陣を展開。魔法陣の中心に赤い粉末の入った小さな小瓶が現れるや否やシュテルはそれを掴みとり、フタを開けると中の粉末をすべて飲み干す。
 粉末が体の隅々まで行き渡るのを感じると、さっきまで襲っていた耐え難い激痛がようやく薄れていく。

「無様だな。イレギュラーに対応できずに後手に回って傍観し、遂にそのツケが自分に来るとは」

「……私達が必要以上にでしゃばった結果想定不可能な事態に陥るよりも最良の方法だと考えた結果です。それを思えばこの程度の頭痛も」

「パイプ役が負うべきものではない。悪いがこれ以上貴様の考えに賛同するつもりはない。勝手に動かせてもらう」

 呆れたようにその場を後にしようとする地雷亜。だがその動きは両足、胴体にまとわり付いた真紅のリング、ルベライトに止められる。
 不愉快に思いながら首だけを動かし、バインドを仕掛けた本人、シュテルを睨みつける。

「何をするつもりですか?」

「貴様の痛みの原因を断ちに行く。正確にはあの女の四肢を奪い、本と一緒に吉原まで連れ……」

 そこで地雷亜は言葉を切り上げて首を少し横に曲げると、さっきまで自分の頭があった空間には極大の炎が通過する。僅かに焦げ付いた包帯が千切れていき、風にのって流れていく。

「ふざけたことを、今彼女にそんなことをすればそれこそ危険です。なぜ我々がここまで回りくどいことをしているのか理解できないのですか? 貴方の行動はこれまでの積み重ねを無に帰す行為ですよ」

 頭の回らない愚か者への怒りをぶつけながらシュテルはルシフェリオンの先端から再び炎を生成する。たとえここで地雷亜を殺してでもこれまでの成果を台無しにするようなことだけはさせないために。
 だが地雷亜はそんなシュテルの行動に鼻で笑い、包帯越しにも分かるほど表情を歪めた。

「殺さなければ良いだけの話だ。そもそもその回りくどい行動をして目の前の餌に食いつかなかったことで得たものは何だ? 貴様達の中から離反者が現れ、感染者が流れ、テスタロッサは想定以上に地球に到着した。さらに華陀まで離反の動きを見せている。どうだ? すべて貴様が記憶の再現とやらに固執して放置した結果だ。その後の世界を知っていれば意味があるのだろうが、今ここで生きている俺からすればまるで無意味でくだらない計画だ。貴様の積み重ねたものはチャンスを不意にしているにすぎん」

「……ッよくもぬけぬけと!」

 らしくなく饒舌に罵る地雷亜の言葉が訓練エリアに木霊する。シュテルはギリッと歯を鳴らして目の前の愚者を撃ち殺したいという欲望に必死に抗う、
 確かに当初の予定よりも目に余る相違点が増えたのは否定のしようがない。シュテルも地雷亜も絶好のチャンスと理解しつつあえて見逃した数も計り知れない。だが目先の利益に食いつき、長期的に見れば破綻をきたしかねない不安定な未来に可能性を見出すなどできるはずがない。先を知っているシュテルと知らない地雷亜、2人の差は結局それしかなかった。

「しかし私の言う通りにしたことで結果的に修正可能な状況になった。彼女の魔導書の起動も想定外ではあってもそれで計画を変更するかどうかを決めるのは貴方ではありません。これ以上命令に背くのであればこのまま焼き尽くします」

 脅しではない。シュテルの魔法は確実に地雷亜の胴体を捉え、ひとたび発動させれば確実に絶命させる一撃を放つだろう。さすがに自分の命を天秤に掛けられては計画もへったくれもないと理解したのか、地雷亜は大きく舌打ちする。
 それが抵抗の意志を挫いたと判断してルベライトを解く。良かった、気に入らない相手とはいえこれ以上駒を失うのは危険が伴う。頭の痛みが完全に消え失せ、安堵の息を漏らした時だ。

「……ならば今貴様の身に降り掛かっている苦痛を取り去ってもらう。それまで拒否するのならば俺は今後貴様の命令では動かんし協力もしない。そうなれば俺への命令権は鳳仙に戻ることになる、それは望むことではないだろう?」

「それは既に取り去りました。今更心配することではありません」

「そんな一時的なものではない。本来3つに分けられるはずのものをすべて貴様が受けているからそんな醜態を晒すんだ」

 シュテルの心臓が一際大きく高鳴る。地雷亜の言葉の意味を感じ取り、次に何を強要するのかを理解してしまったからだ。

「ディアーチェを起こせ。既に魔導書が起動したのなら奴が目覚める土台は出来上がっているはずだ。それが無理なら月詠に押し付けているあのおちゃらけ娘を使えば……」

「バカを言わないで下さい! 私1人が耐えれば済む苦痛をなぜあの2人に押し付けなければならないのですか!! なぜあの魔導書が完全に起動するまでディアーチェを覚醒させなかったと思っているのですか貴方は!! 特にレヴィはダメです! あの子にだけはこの痛みを味あわせたくない!!」

 それ以上の言葉を言わせないがために感情的に叫ぶ。今までの理知的な雰囲気をかなぐり捨て、嫌悪すべき相手に懇願してまで大切な家族を巻き込ませないという揺るぎない信念。しかしそれは地雷亜にとっては知ったことじゃなかった。

「耐えた結果が今の醜態だというのが理解できないのか? そんな爆弾を抱えて偵察や戦闘の最中に起こされては本末転倒だ。それに連中とて家族の貴様が耐えていると知れば喜んで苦痛を分かち合うだろう」

「違う! 苦痛を無理やり共有するのは家族なんて言いません! 私にとってあの2人はもっと……」

「これ以上議論するつもりはない、俺にとってはお前の苦痛は少しでも和らげることが重要なんだ。そうだな、1日だけ待ってやる。それ以降俺の目に看破できない異変があると判断すれば俺は鳳仙の下に戻る。そうなれば奴も独自に行動を起こすことができよう」

 話は終わりだと言わんばかりに地雷亜は徒歩でその場を後にしようとする。その後ろ姿にルシフェリオンを急いで構えるが、途端にに冷静になった頭が魔法の発動を拒否する。
 ここで地雷亜を殺して何になる? 少なくとも魔導書の主をここに連れて来るという暴挙とは違い、計画を順調に進めるために足手まといになりかねない自分の枷を解こうとしているだけだ。その彼を殺せば確実に今の同盟関係は崩れる。いっそ前者の暴挙を押し通そうとしてやもなく手に掛けたと報告するかという言葉が頭によぎるがすぐに否定する。あのめざとい鳳仙と華陀が相手ではいずれバレてしまう。
 あらゆる思考を巡らせるも、遂に地雷亜の姿が消えるその時まで答えが出せなかった。1人訓練エリアに取り残されたシュテルはその場で膝をつき、悲痛な声を上げる。

「……どうすれば、どうしたら良いのですか。ディアーチェ。レヴィ」

 ・
 ・
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 断続的に流れる爆音と閃光が止み、視界がクリアになっていく。
 銀時達はまずさっきまで空中に浮いていて、そして今は机の上でパタリと倒れ込んでいる本を凝視する。今まで巻き付いていた鎖は今はなく。表紙に施されている十字の装飾が目を引いた。

「ど、どうなってんだ。これ?」

 おっかないと感じながらも本に触り、ある程度ページを捲ってみるが中身は白紙で何も書かれていない。別に呪いの言葉とか、見た瞬間1週間で死んでしまう呪いのビデオのような展開を期待していたわけではないが、あれだけの騒ぎを起こしておいて実は何もありませんでしたじゃ肩透かしもいい所だった。

「分かりません。確かにさっきまで浮いていたはずなんですけど」

「分かった! きっとその本に封印されていた魔王が銀ちゃんによって解かれたんだヨ! そして再び魔王を封印するには優秀な術者の力を本に込めて再び魔王の前に……」

「んなわけねーだろ」

 ベシっと神楽の頭を叩く銀時。なんであれだけの出来事でそこまで妄想できるのか不思議でならない。

「でもこれはやてちゃんに何て説明するんですか? いきなり鎖がなくなったって言っても信じてもらえませんよ?」

「んなこと言っても俺達が原因じゃねえんだから正直に言うしかねえだろ」

「いやどう考えてもアンタに原因があっただろ! 何しれっと捏造してんだ!」

「え? そうだっけ? おかしいな、確かはやてが直し忘れた本をしまおうとした時に起こったのかと」

 とんでもない捏造である。確かにすべてが銀時に責任があるかと言われれば疑問が残る点が多すぎる気がしないでもないが、それでも発端ははやての鎖付きの本をチェーンソーで切り裂こうとしたことであるのは疑いようのない事実であるというのに。
 本を片手にあーでもないこーでもないと議論を繰り返すが。

「もー、さっきから何暴れてるん3人とも? ええ加減にせんと今日のご飯作ってあげへん……」

 はやての微妙に怒ったような声色が爆発音で途切れた。

「はやて!?」

 神楽の表情が引きつる。爆発は居間で起こったものではなく今はやてがいる台所から聞こえた。背中に嫌なものを感じながら3人は我先にと台所に急ぐが、競争しているわけでもないのに周りを押しのけて自分が一番乗りしようとするためかえって時間がかかっている。

「おい! ガスの元栓はちゃんとしめとけってあれほど……」

「はやてちゃん! ちょっとどうしたの! 何があった……」

「オイはやて、大丈夫アルか……」

 ほぼ同時に台所に着いた3人は、ほぼ同時に喋り、そして目の前の光景にほぼ同時に言葉を失った。
 台所は足の踏み場もないほど食材が散乱しており、しかもそのすべてが爆発に巻き込まれたかのように黒く焦げている。銀時が大切にとってあったいちご牛乳もすべて床に飛び散り、周囲には甘ったるい匂いが充満している。だが3人が驚いているのはそんな小さなことではなかった。
 車椅子の下敷きになって目を回して気絶しているはやての先。ドアが外れた冷蔵庫の前にいる4人の人間が黒いインナースーツを着て跪いていた。

「闇の書の起動、ただいまをもって確認」

 頭に生肉を乗っけているピンク色の髪を後ろでまとめている女性。凛とした声が耳心地が良いと新八は感じた。

「我ら闇の書の守護騎士。蒐集のため、主の剣となり盾となる存在にございます」

 隣で金髪をボブカットにした女性は対称的にふんわりと優しい声色。棒アイスが落ちていても落ち着いていて、わけの分からないこの状況でも安心感を与えてくれる。もっとも銀時にとっては風呂あがりに食べようと思っていた棒アイスがその女性の足下で無残な姿になっている方が驚愕だったが。

「あらゆる厄災から夜天の主を護る雲の騎士」

 大柄で色黒、それに反して汚れのない白髪の男。その頭の上には2つの獣耳、そして後ろから見える立派な尻尾が印象的である。体中に1年以上も放置して腐っている納豆がまとわりついても平然としている姿を見て、銀時と新八はただ者ではないと感じ取る。

「もぐもぐ、ヴォルケンリッター。ご命令を。これうんめえ……」

 トリを努めるは赤みがかったオレンジの髪を2つの三つ編みでまとめた少女。外見ではなのはやはやてよりも幼く見える少女は一応膝をついていたものの、冷凍ウインナーを堂々と口に頬張っており、人の家の食料に何を手を出しているのだと拳を強く握るも、寸前で抑える神楽。
 長い沈黙、すぐにはやてを助け起こさないといけないのは理解しているのだが、目の前で冷蔵庫の残り物のせいで見るも無残な姿になっている4人の姿に動けなくなっている銀時達。

「何やってんだいアンタ達」

 結局それを破ったのはやかましい騒音にブチ切れて文句を言いにいってやろうと駆けつけたお登勢であった。





あとがき
 やっとヴォルケンリッターを出せました。これでようやく書きたいことができるので私自身とても嬉しいです。
今回の万事屋はやてちゃん、略して『よろはや』(この略称流行らせたいからあとがきでしつこく書いてます)でヴォルケンリッター達の台詞をどのように変えるかを考えるのに苦労しました。過度な原作コピーを防ぐためとはいえ完全に変えると私の素人臭い台詞になってしまうためなんとかアレンジを加えてみました。


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