日の当たらない夜の国。そこはそう呼ばれていた。
地下深くに築けられ、一切の光を遮断し、不細工な妓楼(ぎろう)と人工的な光だけが自己主張するその様は、その国の主の内面を表すかのように暗く、そして渇いていた。
その有象無象に立ち並ぶ建物の中で一際その存在を誇示する巨大な妓楼の奥、闇の中で健気にも光を灯すロウソクの火が1つだけあるカビ臭い座敷の一室にて会話をする2人の人間。
「……そうか、遂にあの小娘がこの星に降りたか」
そう言っておちょこに口を付けながら、老人は卑しい笑みを浮かべる。齢にして七十に届く男だが、着物の下に見える筋肉はまるで衰えを見せず、老人特有の貧弱さは欠片もない。
「はい、本来なら地球に到着するのはまだ先のはずなのですが、輸送船を襲撃した事があの大魔導師の動きを早めてしまったようです」
その男を前にして、シュテルは片膝をつけて今回起こった出来事を報告している。視線は常に自分の足下、別に目の前の男を敬わっているからというわけではなく、単に視界に映したくないというだけなのだが。
「問題はあるのか?」
「ない、とは言い切れませんが、微々たるものです。輸送船があの宝石を落とし、それで彼女が地球へ降りる。時期が早まっただけで道筋は大きく外れてはいません。追い求めていた物を失う可能性がある以上、不安を抱くのも分かりますがそれは杞憂というものでは?」
挑発とも取れる物言いをするシュテルに、しかし男は望んだ答えが聞けたのかただ笑うだけだった。その表情は何かを企んでいるような、少なくとも自分の益になる時にしか出せないような笑い方だった。
「ハハハ、地位も名誉も捨て、永遠と見紛う時を過ごす日々が無駄ではなかった訳か。ならば問題あるまい。後は来るべき儀式の時まで座して待つのみだ」
「はい、少なくとも今から我々ができる事はあまりありません。せいぜい思い通りに動かない人間の監視といった所でしょうか」
「それはレヴィと地雷亜、そして貴様の仕事だ、せいぜい都合の悪い駒を間引くが良い」
余程愉快なのか、滑稽な程に絶え間なく笑い続ける姿にシュテルは思わず息を漏らしてしまう。
「勿論、そのつもりです」
やはり苦痛だ。この男と同じ空間に存在するという事そのものが耐え難い。既に半年近く目的達成の為に行動を共にしてきたが、この男の喋り方、性格、思考、笑い方、怒り方、歩き方、腕を動かす仕草、箸の持ち方、酒の飲み方、この男を構成するナノ単位のパーツに至るまですべてが気に入らない。まがりなりにも協力者であるはずの男を何故ここまで嫌うようになったのか、最初にきっかけがあってそこから坊主憎けりゃ袈裟まで憎いの理論で現在に至るが、そのきっかけが何であったのかは今のシュテルには思い出せなかった。
もっとも、そのきっかけを思い出した所で今の自分の心境が変わる事はないと確信できる。元々お世辞にも人格者とは言えない凶暴な夜兎族を相手に好意的に見ろというのが無理な話だ。
「それと、ここに連中が集まるのはいつだ?」
そんなシュテルの考えなど関係なしに男が問いかける。あぁ、そういえばもうすぐ彼等も合流するのだったなと肝心な事を忘れて思わず焦りそうになった。
「彼等は例の武装集団と接触、時期に我々の手足となる駒を持ってこの国に入るでしょう。王の目覚めもその時になると思います」
もののついでとしてシュテルは家族の事を口にする。自分と男の盟主となる王の事を。
「……ディアーチェか」
だがそれがいけなかった。王という言葉に男は眉間にシワを寄せ、それまで見せた事のない険しい表情を作る。その意味を理解したシュテルもまた無表情から一転、顔を険しくし、座敷にはそれまで無かった不穏な空気が充満していく。
「本来ならばもっと早くに、少なくとも貴様等と同時に目覚める手はずだ。だが蓋を開けてみれば目覚めたのは貴様とレヴィのみ、何故に彼奴だけ遅れるのだ?」
またそれか、当初の予定よりもだいぶ遅れてしまった事は言い訳のしようがないが、自分が気に入らなければ同じ話を何度も蒸し返す器の小ささも男を嫌う理由だった。
「前にも申した通り、プログラムのバグとしか考えられません。我々は普通とは異なるプログラムで構成されているので手のエラーは珍しくありません。彼等もそのバグを取り除く方法が解明されない以上、王とリンクしているこの時代の少女が覚醒する時を待つしかないと結論づけています」
「バグ? バグが原因ならば彼奴と密接に繋がっている貴様達にも影響が出るだろう? ならば何故貴様とレヴィにはそれがないのだ? 王にだけ作用するバグなど、怠慢の理由としては幼稚だな」
男は鼻で笑う。いつもなら不機嫌になりながらもそれで一応の納得をするというのに。不出来な頭のくせして無駄に知恵をつけては重箱の隅をつつく、つくづく人を不快にさせる男だとシュテルは思った。
「自身は何もせず、ただ惰眠を貪るだけの王を良しとするとは、貴様もレヴィも暗愚な王に忠誠を誓うとは愚かという言葉以外ないな」
その言葉を聞いた時、シュテルの頭の中で何かが切れた。
自分が罵られるのは慣れた。目の前の愚者のおかげで愚者の扱い方は覚えたからだ。だからこそ耐えてきた。だがよりにもよってこの男は代え難い家族を暗愚だ愚かだと罵った、それだけはこの半年では鍛えられなかった。
「生憎と、王はただ眠っているわけではありません。この時代で覚醒する為には相応の時間を要するというだけです。それを理解してるからこそレヴィは今も変わらずに私と王を慕っているのです。闇を真似るだけの不出来な貴方では到底理解できないと思いますが、かつて闇に敗れた時のように己の見識の浅さを露呈するだけですのであまり口に出さない方がよろしいかと」
パキッと、陶器を砕けるような音が座敷に響き渡る。同時に男の右手の握りこぶしからおちょこだった物が砂となって下へと落ちてゆく。
「シュテル、貴様……」
「何か? 事実を語られ逆上する暗愚な王である貴方がこれ以上何を言いますか?」
不穏な空気が座敷に充満していく。互いに触れてはいけないものに触れた事でそれまで押さえ込んでいた相手への不満がこの場で爆発したのだ。
「闇からこぼれ落ちた出がらし風情がこの夜王の闇を猿真似と同義と申すか、ワシの本質を見抜けぬ貴様が見識を語るとは滑稽だな」
「滑稽とは我々を、いえ。あの子と王を出がらしと捉えている貴方に当てはまる言葉だと思われます。そして訂正します、貴方の闇は模倣の域にも達していません。模倣が可能であればそもそも求めませんからね、追い求めたものに二度も惨めに敗北した貴方は他の誰でもない、唯一無二の欠陥品です」
震える大気に敏感に反応したロウソクが揺れ動き、最期に微かなロウの香りを残して消えた。座敷には男とシュテル、そして闇だけが残る。だがその闇の中で互いに己の存在をこれでもかと誇示し、自分以外の存在を滅殺しようとする。
「理のマテリアルが、粋がるでないわ」
「せめて腕の1つでも奪って王への供物としましょうか」
ルシフェリオンを男に向ける。先端に自分の怒りを具現化させたように苛烈に燃え上がる紅蓮の炎が現れ、瞬く間に肥大化していく。
触れた者を骨ごと灰にする地獄の業火を前に、男はその表情を険しくしながら立ち上がり、ゆっくりと両腕を前面に構える。
「ルシフェリオン、これは間違った選択ではありませんよね?」
≪間違いは目の前の男以外にありえない≫
愛機の言葉に思わず笑いながらも油断はない。互いに眼前の相手を敵と捉え、今にもその喉元に己の必殺を叩きこもうとしたその時だ。
「たっだいま~~! 見て見て、ツッキーと一緒に悪者退治したらこんなに三色団子貰ったんだ、一緒に食べ……」
バカみたいに大きな声と共に勢い良く開けられるフスマから、長い青髪を左右に結った少女が、一昔前の泥棒が使ってそうな風呂敷の中に三色だんごを詰め込んで現れた。無数の串が風呂敷に穴を開けている。
「ちょっとぉ、電気も付けないで2人だけで何やってるの? ボクだけ除け者なんてズルいよ~!」
頬を膨らませて文句を言いながら少女は座敷の隅に設置されているスイッチを一通り押していく。一瞬にして座敷には人工の光が差し、3人の姿が鮮明に写し出されていく。
「……」
(……レヴィ、少しは空気を読んで下さい)
呆気にとられるとはこの事であろうか、さっきまで互いに殺気を剥き出しにしていたシュテルと男は、場違い極まりない少女、レヴィの登場で一気に萎えてしまった。今更振り上げた得物を相手にぶつける気力はなく、お互い静かに得物を下げる。
「それより早く食べようよ、取り合いにならないように一杯貰ってきたからね」
そう言って風呂敷から団子を1つ取り出し自分の口に入れるレヴィ。するとまるでどこぞの料理漫画のようにオーバーなリアクションを取り。
「う~ん!! 悪くない、悪くないぞぉ!」
これまたどこかで聞いたような台詞を言いながら口いっぱいに頬張る。そんなに美味いのだろうか? どう見てもただの三色団子なのだが。
「やっぱりヒノワンとスッチーのご褒美は格別だねぇ、そうだ、ジイちゃんには特別にボクがア~ンして食べさせて上げよう」
どうせろくでもない事になる。そう考えたシュテルの予感はズバリ当たった。団子を1つ手に取って男によじ登ったレヴィは、ほら、お食べ。と何度も口に串を向けるが、団子はまるで口元に近づかず、鋭い串が男の頬や顎を突き刺すだけだった。見てて滑稽過ぎる上にそもそもそれはア~ンじゃない、ペットへの餌付けだ。
男は鬱陶しそうに串を手で払いのけ、レヴィを片手で持ち上げると適当な壁に向かって投げる。壁に叩きつけられてそのままバランスを崩したレヴィは畳に落下、すると風呂敷に一杯に詰め込んだ三色団子が辺りに散らばる。
「あぁ~!! ボクの団子ぉ! 3秒ルール3秒ルール!!」
急いで団子を拾い上げようとするがそう言っている間に3秒は既に立っている。それを理解したのか目から滝のように涙を流しながらう~う~とグズりだす。それだけならまだ可愛いのだが周辺に団子が散らばっているせいでコントにしか見えない。
「興が醒めたわ」
何かもういきなりギャグマンガみたいなノリになってついて行けなくなった男は、しかし険しい表情を崩さないままその場を後にしようとする。
「逃げるのですか?」
シュテルが男の背中に向かって話しかける。レヴィのせいでやる気がなくなってしまってはいたが、王達を侮辱した件をうやむやにするつもりはないらしい。
「貴様とてこの状況でワシとやる気力はなかろう? ワシもここで同盟相手を殺す事に何の益もないと気づいた。レヴィに感謝するのだな」
「私を殺せると? 傲慢もここまでいくといっそ清々し……」
その言葉を言い終えるよりも先に、男の鋭い目がシュテルを睨みつける。
「ッ!」
そこで喋るのを止めた。いや、喋る事ができなかった。睨まれる事など慣れているはずなのに、この男の時だけは体中の筋肉が萎縮し、言葉が続かない。レヴィが来る前はどれだけの殺気を浴びせられても問題なかった。だがそれは怒りによって感覚が麻痺したからに過ぎなかった。今の冷静な判断ができるシュテルなら理解できる。
片腕を奪う? 笑えない冗談だ、その程度の実力差ならばこの男を今まで放置するはずがない。この男が何故古代ベルカの英傑達と同じ王の名を、夜王を名乗れるのか、少し考えれば分かるはずだというのに。
「自惚れるなシュテル。貴様がこの常夜の国でワシに意見できるのは、その力が地雷亜を上回っているから、そして王であるディアーチェとの協力関係を維持する事がナハトヴァールを手に入れる最良の行動だと考慮したまでの事。だが貴様等がおらずともそれを手中に収める策なぞ用意している。別段ここで貴様等との関係を潰しても構わんのだぞ?」
「……夜王ッ!」
どこまでも不遜な態度を崩さない男だ。そう思っていてもシュテルはさっきまでの強気な態度とは一転、男の圧倒的な気迫にただ押し黙るしかなかった。ここで歯向かえばその瞬間殺される、確定しているその運命を変えるにはただ黙るしかなかった。
男はそれに満足したのか、嫌らしく笑みを作り、そのまま座敷を後にする。
「……分からない、ディアーチェ、なぜあの男を、鳳仙を選んだのですか?」
男への憎悪、そしてその男を利用と称してのさばらせているディアーチェへの不安にシュテルは思い悩む。このままで果たしてうまくいくのか、あの男にそこまで利用する価値があるのか。
「うわ~んシュテる~ん!! 団子が全部落っこちた~!! せっかく皆で分けようと思ったのにぃ。ジイちゃんのバカァ~!!!」
「……」
それに追加して、こちらの事なんてまるで考えずにたかが団子に泣き崩れる家族の存在に、シュテルは大きくため息をつく。
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それを見つけたのは偶然だった。
とある世界の遺跡から発掘された21個の蒼い宝石。古い文献には願いを叶える宝石として記されているそれは、たった1つだけでその次元世界を壊滅させかねない大地震、次元断層を引き起こす程の力を発揮する純粋なエネルギー結晶体である。
だが、文献というのは発達した現代の水準で照らし合わせると極端に誇張されているかまるで見当違いのことが書かれている方が多い、そんな的はずれな内容ばかりを知っていたからこそ、大半の発掘班と輸送班はその宝石に危機感を抱かなかった。唯一慎重な姿勢を見せた現場指揮官、ユーノ・スクライアからの強い要望で管理局への報告こそ行ったが、後の対応はおざなり極まりなかった。専用の輸送船に載せるべき発掘品を経費削減の為に安かろう悪かろうな次元輸送船で運び出し、さらには近道と称してよりにもよって次元世界のソマリアこと――何故次元世界の住人が地球の国際事情を知っているのか疑問ではあるが――第97管理外世界の近くを渡るという横着極まりない行動をしてしまった。
だからこそ、正体不明の魔導師による襲撃にまともな対応もできず、発掘した宝石はそのまま97世界の、それも数年前まで紛争が起こっていた地球という星にばら撒かれてしまった。さらに後になってその妄想染みた文献が実は完全に真実を記していたなんて発覚してしまったのだから関係者は例外なく頭を抱える始末だ。
急いで回収しようとするのも当然の成り行きなのだが、上述の通り97世界は次元世界のソマリア。内乱の激しい管理外世界であるオルセアと比べれば平和であるが、それでも交流の殆どない管理局が回収へと赴く為には長期間の申請が必要となる。
ましてや武器商人や犯罪シンジゲートなどが跋扈している中でそのような宝石の存在が露呈すれば話がややこしくなる事は必然、結局大部隊よりも個人で動いた方が制約が少ないという理由から、宝石を発掘したユーノが単独で捜索に乗り出した。
それでも、厳しい入国審査を通る為に書類等は偽装せざるを得なかった。その途中でアンパンを頬張りながら追い掛け回す謎の男を振り切る為に無駄な魔力を消費し、暴走した宝石が思念体となり、戦闘時にはそれが原因で力尽きる事となる。
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「以上が、僕から話せる内容の全てです」
なのはが目を覚まし、神楽が悲鳴をあげながら散歩から帰ってくると、ユーノは万事屋の居間の中央の机の上でここまでに至る経緯を話した。
あまりに突拍子のない話に頭がついていけない新八、なのは、はやては思わず頭に手を置く。自分達の住むこの世界が97世界と呼ばれている事は学校で習っていたからまだ理解できていたが、そこに魔法だの願いを叶える宝石ことジュエルシードだのと、それまでおとぎ話の中でしかなかったものが地球以外ではポピュラーな存在だといきなり言われて納得しろというのは無理な話だ。
それでもまだ理解しようしている分3人はマシだった。神楽は完全に話に付いていく事を放棄して定春の上で爆睡しているし、銀時は最初から興味がないかのようにソファーに寝転んであくびをする始末、だがいくつかの話に興味があるのか、たびたび視線をユーノに合わせるのだからこの男は何がしたいのかよく分からない。
「神楽ちゃん、お話が終わったから起きていいよ」
難しい話に区切りがついたことを察して、両手で神楽の体を揺らすなのは。
それに反応して口にヨダレを垂らしながら虚ろな目を開ける神楽。オシャレという言葉からもっとも遠く離れた場所にいる彼女とはいえその姿は見ててあまりにみっともないと思ってか、ヨダレをハンカチで綺麗に拭き取る。
「ふぁぁ~、ようするにどういうことだヨ?」
「ユーノ君のお友達が運んでたジュエルシードが落っこちちゃったから、それを集める為に地球に来たんだよ」
掻い摘み過ぎてまったく説明になっていないが、この程度の話でギブアップしてしまう相手に理解してもらう為の説明としてはまあ間違っていない。
「ジュエルシードって何アルか? 食ったらウンコまで光り輝く肉アルか?」
「それ違うから! ジュエルしかあってねえよ!」
思春期の少女が平気でウンコなどと口にすることに思わず新八がツッコむ。まあ最初から説明を聞いていない以上こうなるのも仕方ない。
「だからね、ユーノ君は遠い所で遺跡の発掘をお仕事にしててね……」
「何でオコジョの分際でそんな偉そうな仕事してんだヨ、私達にさせるネ」
なのはが話の内容を噛み砕いて説明しているが、自分のペースを崩しそうにない神楽に分かるように説明するのは並大抵のことではなかった。もっともユーノ自身は神楽に理解を求めていないのか、僅かに睨むくらいで特に気にする様子はなかった。
「……なあ、ちょっとええかな?」
何故神楽が睨まれているのか僅かに不思議に思ったが、それよりもユーノの話に思う所があったはやては手を上げて質問をしようとする。
「それだけ聞いてるとユーノ君はそのジュエルシードを見つけただけで、輸送に関しては何も責任はないと思うんやけど? どうして自分でやろうなんて思ったんや?」
そう、直接の原因は雑極まりない輸送をした輸送班か、輸送船を襲撃した魔導師にある。ただ発見しただけのユーノがここまでの事をする理由はどこにもない。
実はこのフェレットにはとんでもなく邪な野望が隠されているのか、若干不謹慎な事をはやては考えたが、ユーノはしばらく俯き、その重い口を開いた。
「だけど、あれを発見したのは僕なんです。見つけただけとか、そんなことを言って他の人に責任を擦り付けるなんてできません。すぐに何とかしないと地球の人達にも迷惑を掛けてしまう。だからこの件も僕が動かなきゃって思って」
「……」
邪どころかとんでもなく真っ当な正義感で動いていた。
自分の心は何て汚いのだろうか、完全に親の影響を受けてしまっている事に恥ずかしくなって両手で顔を隠すはやて。
「大層な御考えだねぇ、だけどそれでそのザマじゃせっかくの正義感も台無しなんじゃねぇの?」
しかしはやてとは対照的に、寝転がっていた体を起こし、ソファーで足を組んで若干不機嫌な口調で責める銀時に、ユーノは暗い表情になる。
「銀ちゃん、そういう言い方したらあかん。誰のおかげでなのはちゃんが無事やったと思ってんの?」
「そうですよ銀さん、この子がいなかったら神楽ちゃん達だってどうなっていたか分からなかったんですから」
当然そのキツすぎる物言いに万事屋きっての常識人であるはやてと新八が反論するが、そんなもので黙るほど銀時は繊細ではない。先程よりもキツい語調でさらに言葉を続ける
「公園でぶっ倒れてたコイツを拾わなかったらなのは達も巻き込まれなかっただろうよ、そもそも地球に迷惑ってんならもう十分迷惑掛かってるからね、勝手にテメェんとこのデバイス使わせて化物退治の片棒担がせておいてよくそんな口が叩けるもんだ。拾う前に事故を未然に防いで欲しかったね俺ァ」
相手を思いやるなどという気持ちを欠片も込めない言葉、なまじ言ってることは一理あるだけにたちが悪い。
ただ銀時もユーノに対して悪感情ばかり持っているわけではない。漬物石によって足を怪我して動けない自分の代わりに神楽達を助けてくれたことは感謝しているし、ユーノの置かれた状況には彼なりに何とかしてやりたいと思ってもいる。問題は口が悪すぎる上に問題点ばかりをあげつらってしまうためそれが相手に伝わらないことだ。
「……すみません」
案の定というかある意味仕方ないというか、ユーノは言葉が出なかった。半分以上難癖を付けてる部分はあるものの、確かにどんな理由があっても現地の人間にデバイスを使わせ、本来なら自分がやるべき封印を任せた事実には変わりない。
彼自身が荒事に向いていないというのもあるが、そんな自分の特性を理解した上で回収を決めたというのに、己の浅はかさを指摘されてどんどん気持ちが沈んでいく。
「考えなし、もうちょっと言葉を選びいや」
銀時の耳元でボソッと呟くはやて。彼女も銀時の言いたいことは理解しているがその非常識すぎる暴言には物申したかった。
問題はそれでこの男が自分の態度を改めるような殊勝な性格ではないことだ。一応ユーノに配慮しているのか、聞こえないように舌打ちしてから銀時ははやてに顔を向ける。
「うっせーよ、んなこと分かってんだよ」
「分かってない、銀ちゃんそう言って相手怒らせたこと何回あると思ってるん? フォローする私の身にもなってよ」
「誰がテメーに頼んだよ誰が? 勝手にフォローとかしちゃって何? お母さん気取りですかコノヤロー」
「お父さん気取りもロクにできてへんから私がお母さんにならなあかんやんか、子供を叱るのは母親の仕事ですぅ」
そう言いながらも小さくベロを出す仕草はどこまでも可愛らしい子供そのものだった。だが相手のためを思って毅然と言い放つち、あえて憎まれ口を叩く辺り、この2人は似たもの同士と言えるかもしれない。
「ケツも胸も出てねえガキがいっちょまえに言ってんじゃねえよ、せめて俺くらい年食ってボンキュッボンな体になってから言ってくれない?」
発想が原始人以下のエロオヤジそのものである、そもそも人を叱るのに年齢も身体的特徴も全く関係ないという発想がこの男にはないらしい。よほど純情な人間が相手でなければこんな言葉に反応するのはありえまい。
「ボ!? ボボ、娘の体になに求めとんねんセクハラ男!!」
しかし相手は蝶よ花よと――銀時以外に――育てられた可愛い女の子、体のことを言われて初々しく赤くなりながら反論するはやてに、掛かったなバカめと言わんばかりに憎たらしい笑顔を露わにする。
「え? どうしたの? 子供に言われたくらいでなに顔赤くしちゃってんの、なにムキになってるのはやてママ~ン? あ! すいませ~ん、都合が悪くなると娘に戻っちゃうお子ちゃまにはアダルトすぎましたねえ、ごめんねえ、俺アーチャーほど気が効いてないからさあ、何なら令呪でも使えば~?」
手を口にやって笑いをこらえる仕草をしながらこれでもかと挑発を繰り返す銀時。バカなのかそれとも余裕があるのか、何故か最近見た映画のキャラクターの話まで持ち出してくる始末だ。
「うぅぅ~!! 私やって都合が悪くなるとシモネタで誤魔化すような人なんかに話を通じると思ってなんかいませんよ~だ! こんなんお父さんでもアーチャーでもない、弱くて性格の悪い部分だけ抽出したランサーや! 自害を強要されてもまるで同情できひん! 弱いだけならまだしも性格まで最悪なサーヴァントやったら自業自得や!」
よほど悔しいのか同レベルの罵倒で応えるはやて。
「あぁ! 誰が全身青タイツだ! 弱ぇのはどっかのクソマスターの魔力供給が滞ってるからだろうが! テメエがもう少しまともなら士郎セイバーレベルなんだよ俺ァ」
「自画自賛も大概にせえ! 銀ちゃんなんかと比べたらどんなサーヴァントでも輝くわ! それに誰が魔力供給してへんって? 昨日レイジングハートが反応してたんやから私にやって少しくらい魔力あるはずや!」
「おいおいこの子さっき自分の言ったことがそのままブーメランになって返ってることに気づいてないよ、ゲイボルグが俺の心臓じゃなくてテメエに突き刺さってるよ、そんな才能があったら俺のパラメーターはオールAランクだよ。つうか魔力があるから何って? タイトルが魔法少女リリカルはやてに変更するのか、語呂悪すぎんだろうがよぉ、ウヒャヒャヒャ!」
もはや相手を叩きのめすことしか頭にないバカの言葉が居間に響き渡る。そして屁理屈と難癖で構成された罵詈雑言に、はやては堪えていた涙をボロボロとこぼしながら悲痛な叫びを上げる。もうどれくらい泣かされているのだろうかこの子は?
「止めろオオオオオオ!!! もう話がズレまくって意味分かんなくなってんぞ! つうかいい加減はやてちゃん泣かすの止めろダメ親父!!」
どんどん泥沼化していく低レベルな口論が周りにお構いなしに繰り返されることに新八がついにキレた。最初にユーノの行動に関して言い合っていたのにどうしてここまで話が脱線するのやら。
「……」
ユーノはユーノでそんな親子の喧嘩なんか気にする素振りもなく延々と自分の不甲斐なさを心の中で責めてる始末、完全に自分の世界に入ってしまっていた。
「失敗は誰にもであるよ」
「え?」
そんなユーノに優しく語りかけたのは、神楽に分かりやすく説明することを放棄したなのはだった。
「誰だって自分が関わってた話で大変な事が起こって、それで自分に何とかできる力があるなら頑張りたいって気持ちってすごく分かる。結局それで失敗しちゃって、色んな人にご迷惑を掛けるのは確かに悪いことだよ? だけどそれがまだ取り返しの付く段階で落ち込んだり塞ぎ込むのはもっと悪いこと。私ははやてちゃんが持ってきてくれたレイジングハートのおかげで今まで気付けなかった魔法の力を使えるようになったし、神楽ちゃんのおかげで死にそうな所を助けてもらって、あのジュエルシードもちゃんと封印できた。何よりユーノ君があそこにいたおかげで怪我も治ってこうやって私が知らなかった事をいっぱいお話してくれてる。ほら、ユーノ君が落ち込む理由なんてまったくないんだよ、むしろユーノ君が来てくれたから自分にできるかもしれないことがちゃんと自覚できたんだ。だから落ち込まないで、少なくとも私は迷惑だなんて思ってないから」
「なのはさん……」
「なのはで良いよ」
膝を曲げ、ユーノと同じ目線で語るなのはの顔は優しかった。その表情はどこまでも純粋で、少なくとも同情や打算が含まれていては絶対に出せないほど暖かった。
「……なのは」
「うん!」
よくできましたと頭をそっと撫でるなのは。撫でられることに慣れていないのかユーノは恥ずかしくなって何度も振り払おうとするが、動物の性か、妙に気持ちよくてなすがままである。
そのやり取りげ原因か、さっきまで騒がしかった銀時達は静まり返り、自然となのは達を眺めていた。
「流石やなあ。どっかの誰かさんになのはちゃんの爪の垢を煎じて飲ましたいくらいやわ」
「あぁ、そうだな。どっかのクソガキに飲ませりゃ俺の苦労も少しはマシになるのにな、なんなら銀さんの垢飲むか? 足の爪でならできるぞ」
「テメエは空気読んで黙ってろ」
しかしやっぱり万事屋、どんな時でも減らず口と皮肉に余念がない。
「それとね、ユーノ君が良ければなんだけど……」
顔を紅潮させ、口をモゴモゴと動かしながら何かを言いたげななのはの姿に、ユーノは不覚にも可愛いなと考えてしまった。
「ジュエルシード探しの手伝いをさせてほしいんだ。さっきも言ったように私は迷惑なんて感じてない、自分に何とかできる力があるなら誰かの助けになりたいんだ。きっとそれがユーノ君にとっても、皆にとっても迷惑にならない方法だと思うの」
「も、勿論! なのはが良いって言うのなら僕も……」
「ヌオオオオオウリャアアアアアアアア!!!!!!」
瞬間、華奢な拳が頭上に現れる。ユーノは驚愕の表情をしながらもその場で大きく跳躍、間一髪ではやての足元まで移動してどす黒く光る拳を回避、さっきまで陣取っていた机は粉砕され、その勢いは床下を陥没されるにまで至る。
「神楽ちゃんんん!!! お前は何やってんだ!!」
「神楽ちゃん! いきなり何するの! ユーノ君に当たる所だったよ!」
「イラッとしたアル! 私だけ除け者して皆で話してたかと思ったらいきなり2人だけの世界作ってるのが! 出会ってちょっとしか経ってねえ分際でなあなあで付き合うバカなカップル見た気分アル!!」
どうやら自分が知らないうちに勝手に話が進んでいるのが気に食わないらしい。だがそれは話を理解せずに爆睡している自分が悪いと考えるまでには至っていない。
「人の話聞かないで寝てるのが悪いんでしょ! 八つ当たりしないで!」
当然そんな無茶苦茶な理由にツッコむなのは。神楽は正論を言われて僅かにうなり声を上げて押し黙るが、一度ユーノの顔をこれでもかと恨みを込めて睨みつけ、再びその口を開く。
「私の許可なくあぶねえことしようとするテメエに言われたくねえヨ! 何がジュエルミート探しアルか! んなもん私は認めねえからな!」
「だからジュエルシード! いい加減にジャンプの話しないで! それにいくらダメって言ったって私はやります! 絶対に譲りません!」
決定事項だとばかりにこれ以上の反論を封じようとするなのはだが、精神年齢がヘタすれば自分よりも低い神楽には意味を成さない。むき出しの歯をギリギリとこすらせる。
「また怪我したらどうするつもりアルか! お前に何かあったらアリサもすずかも美由希達も悲しむんだぞ! テメエのケツもまともに拭けねえガキが背伸びすんじゃねえヨ!」
さっきよりもキツイ言葉を浴びせるが、それを聞いたなのはの目が潤みだし、どんどん涙が溢れていく。確かに神楽の言いたいことはなのはにも理解できた、自分だけでは何にもできなかったことも、自分の身に不幸が起これば家族や友達が悲しむことも。だがだからといって困っている人をほおっておいていい理由にするなんてとてもできなかった。
「今度は魔法もちゃんと上手く使えるように練習するもん! 誰も泣かせないように頑張るもん! それでも危なくなったらまた助けてよ!」
「あんなおはぎのバケモン何度も相手にできるか! 銀ちゃんや新八と一緒でも勝てるか分からないんだぞ! 何でも私に頼ればどうにかなると思ってんじゃねえぞ!」
「そんなことない! だって神楽ちゃんがいなかったらあの時だって勝てなかったもん! ユーノ君やレイジングハートだって一緒にいてくれるし私にとってはいつでも頼りになるもん!」
それなりに微笑ましい空気だったなのはとユーノの話は、不機嫌な態度を臆面もなくさらけ出す神楽によってやかましい口喧嘩に戻ってしまった。
「あぁ~どうしよう、僕がなのはを巻き込んだせいで神楽さんが……」
激しさが増すばかりの2人の口喧嘩に再び自己嫌悪に陥るユーノを見て、はやてと新八は小さく笑いながらそれを否定する。
「違う違う、あれはユーノ君のせいじゃないよ」
「そう、あれはただの嫉妬や、大好きな妹を他の誰かに取られちゃって駄々こねてるだけ、妹は大好きなお姉ちゃんにやりたいこと否定されて癇癪起こしてるだけ、私やって妹なのになぁ。結局は何かあればなのはのは、何かあれば神楽ちゃん神楽ちゃん……」
私だって2人のこと大好きなのになぁと、はやては2人の関係を僅かに嫉妬して自分の太ももに乗るユーノを撫でる。
「銀ちゃん、あぁなったなのはちゃんはテコでも動かへんよ、そうなったら神楽ちゃんも何やかんやで手伝ってしまうやろうし、このまま放っておくわけにもいかんよな?」
どこか勝ち誇ったような表情のはやてに、銀時は心底不快そうにしながら、しかし諦めたように肩をすくめる。
「へいへい、どうせここまで話を聞いちまった以上はこうなる予感はしてましたよ銀さんは、もう好きにしやがれメスダヌキ」
「決まりや! ユーノ君、ウチは頼まれたら落し物探しでも何でもしてくれる万事屋をやってるんや。流石に今は家計も苦しいからタダってわけにはいかないけど、あの2人のためにちょっとウチに依頼してくれへん?」
「依頼?」
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日が沈んでも人工的な光によってその賑わいが止む気配がないかぶき町の市街地とは異なり、長屋や小さな雑貨屋が密集している住宅地は、月明かりの優しい光によって照らし出さられている。
その夜の世界にて、テロリストのくせに堂々と顔を晒して我が物顔で闊歩する長髪の男、桂は月を背にして舗装のされていない道を歩く。昨日のなのは達が起こした騒動の中心となった市街地は警察組織達によって厳戒態勢となっているが、遠く離れたここにはその手は回っていない。
だから身を隠すことなく安心していたのだが、後ろから感じる視線に気づき、桂は小さく息を吐く。
「今宵は満月が顔を出す日、8月にはまだ遠いが、かぐや姫が月に帰るにはもってこいなのだが」
呆れたように振り返ると、電柱の上で自分を見下ろす金髪の少女、フェイトに視線を合わせる。月明かりの光が2つに結った髪を神々しく輝かせ、右手に持つ黒い斧がその美しさを引き立てている。
それに反して桂を見やるその目はどこか濁っている。何かを成さねばならないという覚悟と信念、だがその成さねばならない何かに対する迷いと疑問が混合していて、一種の危うさを孕んでいる。
「まったく世間知らずのお姫様はこれだから困る。こっちは変な化物に家を破壊されるわ、なのは殿から預っていたフェレットに逃げられるわと散々だというのに、俺にかつての求婚者達の姿を重ねたか? そんなに下界の人間の不幸が楽しいか?」
「他人の不幸を笑う趣味はありませんし、その境遇には同情します」
八つ当たり気味に愚痴る桂に、フェイトは思ったことをそのまま口にする。確かに目の前の男の普段の行動や前科などを知らなければ同情するには十分なものではあった。
だが桂はそんな同情など気にしない素振りをする。内心は攘夷という崇高な目的のために日々研鑽しているというに、やれ電波だアホだと、口を開けば罵るばかりの身内に囲まれていたため、初めて心配されたことに嬉し涙を流したくて仕方がなかったのだが、それを暴露すると久しぶりに決めたこの状況を台無しにしてしまうため、必死に堪える。
「ならばどうして帰らぬ? 穢れた地上が気に入ったか? おてんばも構わんが月の使いに迷惑をかけてはならんぞ」
「帰ろうと思いましたが、まだ私の罪は残っていたようでしたので、今は私を慕う月の使いと共にその罪を償うためにここにいます」
その罪がどんなものなのか肝心の罪人である自分は何も知らないのだが、自分の置かれた状況を考えれば、きっとそれはとても重い罪なのだろうなと、フェイトは少し笑う。
「ほう、20年もの歳月を費やしてなお残る罪か、童話とは違い業が深いようだ。ならばどうすればそれを償える? あの無理難題な宝を集めることか? 仏の物というわけにはいかんが攘夷志士特製の鉢ならいくらでもくれてやるぞ」
何でも特製と付ければ高級感が出ると勘違いしている桂にフェイトは首を横に振る。
「月に帰る際に落とした天の羽衣と不死の薬を集めることです」
「……あれは帝にくれてやったのではなかったか?」
「落としたものを贈り物と勘違いしているだけです。それを集め、必要としている人の所に持っていきます」
「ならば他を当たれ、生憎とそんなものがあるのならとっくの昔に攘夷を成しているのでな。せいぜい月人の機嫌を損ねないことだ」
「いいえ、貴方は持っています。その袖の中に隠している蒼い宝石、それこそが私にとっての羽衣と薬です」
ピキリと、周りの空気が凍る感覚をフェイトは感じた。桂はその言葉に大きく目を見開き、おもむろに袖の中に手を忍ばせ、その宝石を前に出す。
「何も聞かずにそれを渡して下さい。私にとって必要なものなんです」
声色が震えているのを感じる。さっきまで毅然とした態度から一変、懇願するように目の前の宝石を求める姿に、しかし桂は心動かされることなく冷静に言葉を続ける。
「できんな、これは長谷川殿と一緒に公園のゴミ箱を漁っている時に見つけたもの。すぐに巷で騒ぎの元凶となっている化物の核だと分かった。今は眠っているのか大人しいが、やましい者が持てばすぐに覚醒することは理解できる。これ1つにどれほどの魔力が込められているのかな、かぐや姫? いや魔導師殿」
「ッ!?」
その言葉は戦いの合図となった。フェイトは自分の周囲に金色の光球を展開、刹那にそこから無数の弾丸、フォトンランサーを発射。
桂は腰の刀を抜いて横一閃、迫り来る雷槍を切り伏せるが、それを読んでいたフェイトは同時に電柱から飛び降りる。バルディッシュをアックスフォームに維持したまま桂に迫る。
戦斧と刀が重なりあい、小さく火花を発生させる。勢い良く斬りかかるフェイトのバルディッシュを相手に何度か打ち合うが、戦斧から繰り出される圧倒的な力に少しずつ後ずさる。
「くッ!」
華奢な体に騙された。いや、戦場に立つ戦士にとって自分の命を預ける得物が不得手なものであるはずがないのに、小さな少女と斧というアンバランスな組み合わせをそのまま自分の有利と判断した浅薄さを苦々しく思いながら桂は大きく後退。
戦斧というものは重い。故にそれを扱う戦士もその重量を利用した圧倒的な破壊力で攻めるが、裏を返せばスピードはその重量が枷となって制限される。
ならば一度距離をとってこちらの準備を整えて攻勢に転じれば勝機はある。本来ショートレンジからロングレンジまで対応できる魔導師を相手に刀しか持たない侍が距離を取るというのは愚策以外の何物でもないが、バリアジャケットの形状、最初のフォトンランサーから、桂はフェイトが近距離特化型の魔導師であると判断した。
恐らく砲撃は使えないか不得手なはず、またフォトンランサーによる攻撃が来たとしても対応は容易だった。その筈だった。
「何ッ!?」
驚きを隠せなかった。距離にして3メートルは離したはず、それをフェイトはたった一足でまた至近距離まで迫ったのだ。
再び繰り出されるバルディッシュの乱撃、本来重く、手数に劣るはずの斧を相手に、刀が防御に回るという奇妙な光景が現実に起こっている。
かつて彼が経験したあの地獄のような戦いでも確かに魔導師との戦闘はあった。だが少なくとも接近戦でここまで後手に回るような無様な経験はしたことはない。
(攻撃が全部受け流されてる、この人とんでもなく強い!)
だが驚愕はフェイトも同じだった。
斬り合いにおいて負けることはないと自負してあった自分の繰り出す攻撃を紙一重で受け流し、刀への負担を最小限にしている桂の実力は自分の想像を遥かに上回っている。
(でも、辰羅に比べたら戦いやすい、これなら負けない!)
魔法を使わない純粋な技量では互角か少し自分が有利、ならばとフェイトバルディッシュを握る力を込める。
「バルディッシュ!」
≪Scythe Form.≫
バルディッシュから聞こえる駆動音、一瞬にして黒い戦斧は光刃を出す鎌へと変化させ、そのまま攻撃を続ける。
目まぐるしく切り替わるその武器に舌打ちしながら光刃の切っ先を刀で受け止める桂、しかし。
「アークセイバー!!」
光刃はそのままバルディッシュから離れ、桂を上空へと打ち上げる。
すぐに刀の角度をずらして光刃から脱出する桂、だいぶ高い所まで上げられたが受け身を取れば大事には至らない。
少しずつ落下する自分の体、予測落下地点に備えて体を身構えようとするが。
「……クソッ!」
自分が通過しようとするその空間に嫌なものを感じた桂はそこに体が触れる前に刀で一閃、するとその空間から金色のリングが切断された状態で姿を表し、すぐに消滅した。
(嘘!? あの一瞬でバインドに気づいた!)
魔力を感知しているようには見えない、勘だけで対応する桂にフェイトは再び驚愕する。
「ッグ!」
だがそれだけだった。バインドを破壊することに集中した結果、受け身が取れないまま地面に仰向けのまま落下、全身が強打し、激しい激痛が襲う。
「勝負ありです、渡して下さい」
足下に転がり落ちた刀を蹴り、ちゃきッとサイズフォームの切っ先を桂の喉元に向けるフェイト。
圧倒的な実力差を見せつけられ、得物も蹴り飛ばされ、しかし桂は未だに抵抗の意思を見せるが、打ちどころが悪かったのか、胸が圧迫されるような感覚に襲われ、意識が朦朧としていく。
「……何のためにあんなものを、俺でさえ危険と理解できるもの、魔導師の君なら分からないはずがなかろう」
残された力を振り絞り、何とかフェイトの真意を聞こうとするが、フェイトはその表情を暗くするだけだ。
「必要なんです、決して悪いことに使う訳じゃありません、全部終われば必ず返します、だから……」
バルディッシュを持つ右手が震える。目的のために、大切な人のために、そう覚悟を決めたはずだというのに、いざこうやって相手を傷つける立場になると、どうしても躊躇してしまう。
このまま追い打ちをかけて動けなくした後にゆっくり手に入れてしまえばいいのに、殺すわけじゃないのに、何故こんなに怯えてしまうのだろう。
「……どうも君自身も迷っているようだ」
震える手からフェイトの気持ちが揺れていることを感じ取ったのか、桂は痛みを堪え、言葉を続ける。
「君が何故こんなことをしているのかは知らん、だが少なくとも君自身が必要としているわけではあるまい。ならばこんなものを必要としているそのロクデナシに言ってやれ、影に隠れ、幼い子供を手足に使う卑怯者が、このまま目的を成就できると思うなよと」
「ッ!!」
頭の中で何かが切れる音がした、そしてその瞬間、震えていた腕が止まり、躊躇していた心が白くなる。
もう容赦なんかない。勢い良くバルディッシュを天に掲げ、その切っ先を桂に向けて振り下ろす。
「ぐわああああ~~!!!」
あとがき
今回でようやく話が動いた気がします。自分のスローペースには呆れるばかりです。
地雷亜、華陀、鳳仙と、銀魂キャラと険悪ムード全開なシュテル、口を開けばはやてに正論で突っ込まれてそれに対して屁理屈で反論する銀さん、何故かなのは大好きっ子になってる神楽。
これだけ本筋に絡まない話で構成されてたらそりゃ展開も遅くなりますね、反省します。
さて、今回のあとがきはちょっとお遊びで、銀さんの現在のステータスでも載せておきます。多分物語に反映されることはないおまけです。
侍
その名の通り侍の英霊。しかし特に難しい条件があるわけではなく、刀剣――もしくはそれに類似した武器――で戦闘をした経験のある人間すべてが該当する。それ故に基礎ステータスは低く設定され、マスターの魔力に左右される。
英霊の個体能力に拠らないクラス基本能力。
筋力:D
耐久:E
敏捷:E
魔力:E
幸運:E
坂田銀時
CLASS
侍
マスター
八神はやて
真名
坂田銀時
性別
男
身長・体重
177cm 65kg
属性
中立・善
パラメーター
筋力:C
耐久:B
敏捷:C
魔力:D
幸運:C
宝具:E
クラス別能力
騎乗:C
あらゆる車両を乗りこなし、一部の神獣、魔獣にも騎乗可能。ただし免許が必須。
保有スキル
心眼(偽):D
直感・第六感による危険回避。虫の知らせとも言われる、天性の才能による危険予知。視覚妨害による補正への耐性も併せ持つ。
直感:D
戦闘時、つねに自身にとって最適な展開を「感じ取る」能力。Dランクならば絶体絶命の状況下に限定して自信が生き残る可能性を導く
戦闘続行:E~A
往生際が悪い。決定的な致命傷を受けない限り生き延び戦闘可能。ただし本人の精神状態によってランクが変動する。
白夜叉:A
感情が高ぶる、もしくは絶体絶命の状況で発動するスキル。魔力と幸運と宝具を除いたパラメーターを+を1つ付ける。
約束:A
他者と決めた誓い。筋力と耐久を1ランク上げる。