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No.37930の一覧
[0] 万事屋はやてちゃん(リリカルなのは×銀魂)[ファルコンアイズ](2013/09/16 03:07)
[1] プロローグ 雪の中の誓い[ファルコンアイズ](2013/06/25 00:23)
[2] 第1話 高町なのは 魔法少女始めます 前編[ファルコンアイズ](2013/06/25 00:25)
[3] 第2話 高町なのは 魔法少女始めます 中編[ファルコンアイズ](2013/06/25 00:25)
[4] 第3話 高町なのは 魔法少女始めます 後編[ファルコンアイズ](2013/06/25 00:27)
[5] 第4話 星光と孔雀姫[ファルコンアイズ](2013/06/25 00:28)
[6] 第5話 星光と夜王[ファルコンアイズ](2013/06/25 00:31)
[7] 第6話 星光と醜蜘蛛[ファルコンアイズ](2013/06/25 00:32)
[8] 第7話 親の心子知らず 子の心親知らず[ファルコンアイズ](2013/06/25 00:33)
[9] 第8話 目覚める魔導書[ファルコンアイズ](2013/06/25 00:33)
[10] 第9話 新しい家族[ファルコンアイズ](2013/06/25 00:34)
[11] 第9.5話 星光と月光[ファルコンアイズ](2013/12/05 20:50)
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[37930] 第2話 高町なのは 魔法少女始めます 中編
Name: ファルコンアイズ◆49c6ff3b ID:5ab2f191 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/06/25 00:25
 その子達と初めて出会ったのは、2年生の始業式の事だった。
 先生達のお話が大きな体育館に響き渡る中、私はアリサちゃんとすずかちゃんと同じクラスになれた事が嬉しくて1人でニコニコしていた。それと同時に、また新しいお友達ができるかなってこれからの1年に思い馳せている時、たまたまその子が目に映った。
 他の子達がパイプ椅子に座っている中、手元にはガンダムに付いてそうなスティックとかボタンとかがいっぱい付いた車椅子で始業式に出ていた。
 ぽややんとした雰囲気の子だなって思ったら、その子と目があった。一瞬恥ずかしくなったけど、笑顔で手を振ってくれたのが嬉しくて思わず私も手を振った時だ。

「はやて~~!! 今日はお前の進級祝いに私がご飯作ってやるけど。赤飯と豆パンとどっちが良いアルか~?」

 後ろから聞こえる甲高い声、何となくアリサちゃんに似ている声色と同時に響き渡る扉を破壊する音。皆何事かと振り向くと、自動車くらいの大きさはある白い犬に跨っている女の子が見えた。
 びっくりした、なんて言葉じゃ足りない。いきなり体育館の扉を壊してくるなんて今時は攘夷志士だってやらない。しかもそれが私とそんなに年が離れていない女の子なら尚更だった。

「オラ触んじゃねえぞPTAの回しもんが! 私ははやてに用があるだけネ! はやて~、いるなら返事するアル~!!」

 どうやらその子ははやてって子に会いたいらしい。先生達を押しのけながら女の子は、白い犬と一緒にズンズンという擬音が良く似合う歩き方でどんどんこっちに近づいてきて、私は思わず身構えてしまう。

「おいそこの将来サイドポニーになりそうな奴、オカッパ頭で車椅子乗ってるガキ見てないか?」

「ふぇ!? わ、私ですか?」

 どういうわけか、女の子は私に聞いてきた。何で自分に聞いてくるんだろうと頭が混乱している中、ふとさっきまで目があった車椅子の子の顔が思い浮かんだ。その子に向かって指をさそうとした瞬間、私と女の子の間に見慣れたオレンジがかった金髪の女の子、アリサちゃんが割って入ってきた。

「ちょっとアンタ! いきなり上がり込んで何の用よ! なのはに何する気!」

「お前に用はないネ、Zになって影も形もなくなったランチみてえな奴が悟空ポジションの私に楯突こうなんて100年早いアル。とっととラケット片手にバーニングしてこいヨ」

「初対面の相手に失礼ね! そもそも悟空ポジションってどれだれ自分大好きなのよ! 第一私はどちらかというとブルマとかチチよ!」

 所々聞き覚えのある単語を交えながら口論する二人の声だけが体育館を支配する中、私は車椅子の子、はやてという名前らしい女の子に再び目線を移すと、その子は顔をうつ伏せ、体を震わせていた。病気かな、と私は立ち上がり、近づいて声を掛けようとした時。

「神楽ちゃん! 学校にはこーへんといてって言うたやろ!!!」

 顔をりんごのように真っ赤にしながらアリサちゃん達に負けないくらいの声ではやてちゃんは怒鳴った。正面に私の顔があることにも気づかず。
 後から聞いたけど、間近で怒声を聞いた私はそのまま気絶してしまったらしい。気づいた時には家のベッドで寝ていて、夜になるとはやてちゃんがわざわざ謝りに来ていた。神楽ちゃんと呼ばれたあの赤い女の子と一緒に。
 それがはやてちゃんと神楽ちゃんと友達になったきっかけ。この二人との衝撃的すぎる出会いは、お婆ちゃんになっても決して忘れる事はないであろうなと、私は思った。

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「大した怪我ではない、定春殿のヨダレが体の隅々までベットリネットリ付いてたおかげで治りが早くなってるみたいだ。いやぁ子供の頃から怪我した所にヨダレを垂らせば治るのが早いと聞くがこれほどとはな。うむ、ヨダレ万歳だな」

「……何でそれで治りが早くなるわけ? それと桂さん、物がヨダレですからベットリとかあんまり言わないでください。貴方が言うとほんとに気持ち悪くなります」

「お前の顔面にヨダレぶっ掛けてやろうか?」

 アリサ・バニングスと神楽のツッコミには歯牙にも掛けず汚い表現をこれでもかと連発する黒髪長髪の男、表向きは神楽の年上の友達という事で通っている攘夷志士、テロリストの桂小太郎は手に持ったイタチ改めフェレットをなのはに渡す。フェレットは体中に包帯を巻かれて雪だるま状態で眠っており、本来の原型を留めていなかった。
 ここはとある長屋の一室、イタチを巡って起こった大喧嘩は、なのはの親友であるアリサと月村すずかの仲裁で、双方は未だに火花を散らす怨恨を残しながらも一応は丸く収まった。
 定春が公園のそこかしこで垂れ流したフン――この件がなのはと神楽の喧嘩を再燃させたのは言うまでもない――を四人と一匹で処理してから、さあこのか弱いフェレットを病院で手当てしてあげようという話が持ち上がったのだが、学校帰りの小学生と毎日の食事にも四苦八苦する似非チャイナ娘に動物の治療費なんぞ出せるはずもなく、しょうがなくこの無駄に色々なスキルを持ってそうだったなんちゃってテロリストの隠れ家まで足を運んだというわけだ。それにしてもテロリストのくせに隠れ家の表札に堂々と本名を晒すのはどういう了見であろうか。

「でも大した事なくて良かったね、なのはちゃん」

「うん、ありがとうございます桂さん」

 すずかと一緒に自分の手の上でグッスリと眠っているフェレットの姿に安堵し、改めて桂の方に向き直して礼を言うなのは。
 本来ならば穏健派に転向したとは言え、幕府を脅かすテロリストとこれだけ親しくなるのは褒められる行為ではない。それは学校や周りの大人に飽きるほど聞かされてきたが、実際に桂の人となりを見てきた少女達にとっては的外れでしかない。確かにかつては武力行使による攘夷を目指していたが、今はそれが間違いである事に気づき、こうやって怪我をした動物の治療に一生懸命になってくれる人を嫌う理由なんてあるはずがない。

「礼には及ばん、リーダーやなのは殿達には日頃から世話になっている。それに未来の攘夷志士達の頼みとあらば聞かぬわけにもいくまい」

 もっとも、周りが警戒している理由はむしろこの突拍子のない電波台詞があるからなのだが、それに気づけるほど彼女達は大人ではなかった。

「オイヅラ、勝手に人の妹分共の将来決めてんじゃねえぞ」

 さり気なく勝手にテロリストの仲間にしようとする桂に速攻でツッコミを入れる神楽に、アリサとすずかは互いに向き合い、驚いたような表情をする。一応は自分達よりも年上と言っても、精神年齢は下手をすると小学生以下と思ってしまうほど子供っぽい言動が多い彼女が、あれだけ低レベルな口喧嘩を繰り広げた相手を一応は心配するような言動をするとは思わなかったからだ。
 何だかんだで彼女も姉貴分として自分達の事を護ってくれているのだなと、嬉しくもあるが少しだけ気恥ずかしくなった2人。

「……別に攘夷志士になる気なんてないけど、神楽ちゃんに決められたくない」

 しかし当のなのははそんな神楽なりの気遣いなんてお構いなく口汚く罵ってしまう。だが刺々しい口調に反して頬を微妙に赤らめており、単に素直になれないだけなのは明らかだったのだが、それが分かるような相手ならこんな喧嘩が起こるはずもない。眉間にシワを寄せて怒気を発する神楽を見てアリサとすずかは顔に手を置く。

「あぁん!? テメエなんつったアルか! 人生の大先輩に向かって乳臭ぇガキが生意気言ってんじゃねえぞコルァ!!」

「自分の将来が不安定な人に私の将来をどうこう言う資格なんかないって言いましたよ~だ! それに人生の先輩って言ったって私と5つしか離れてないくせに! 神楽ちゃんなんか毎日酢昆布臭いくせに!!」

 勝手知ったる他人の家。周りの事なんてお構いなしに罵り合う2人の間に入るアリサ達を無視して、桂はフェレットに顔を向ける。

「……」

『桂さん、どうしたんですか?』

 そう書かれたプラカードを片手に、オバケのQ太郎の出来損ないのような謎の生物(?)。桂のペット(?)であるエリザベスが訪ねてくる。

「いや、あのフェレット、ただならぬ気配を感じたのだが」

 それは普段の彼特有の妄想か、はたまた地獄のような戦場を生き抜いた戦士の感か。桂はそんな事を呟いた

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 不愉快だ。オレンジの髪に狼の耳を生やした女性、アルフは数日前の出来事を憎々しく思っていた。
 彼女は人間ではない。彼女は使い魔と呼ばれる存在で、魔導師によって生み出された狼だ。幼い頃に死にかけていた所を小さな少女、今の主人に救われ、こうやって元気に歩き回ることができる。
 アルフにとって少女は誰よりも大切な存在だった。自分に命を与え、自分に自由になる権利も与えてくれた。だから彼女は少女の為なら命も投げ出すことができる。もしも傷つくことがあるのなら全力で護ってみせる。
 だが現実はそうはいかない。少女にも親がいる。理由は不明だがどうもその親はある魔法を行う為に様々な命令を突きつけてくるのだ。大型生物の捕獲、希少物質の確保、エトセトラエトセトラ。
 それは魔導師として一流である少女にとっても荷が重いものばかりだ。
 しかも命令を遂行したとしても自分の満足いかない結果になったら平気で手を上げる。この前も言われた通りの発掘品を持ってきたというのに、何が気に入らないのかそれをそのまま少女に投げつけてくる始末だ。だが少女はそれに怒るどころか、親に食って掛かろうとする自分をなだめる。
 育ての親しか知らない――まあ、その育ての親も数年前にどこかに行ってしまったのだが――自分には血の繋がった親子がどういうものなのかは知らないが、少なくともあんな簡単に手を上げるような奴は親じゃない。
 だが彼女にとって少女の言葉は何よりも尊い、たとえその結果が少女をより傷つけることになろうと、自分は言われた通りに動くしかないのだ。いつか少女が幸せになる日を夢見て。その日までこうやって無人の世界で憂さ晴らしにトレーニングをするに限る。

『アルフ、聞こえる?』

 頭に響く声、同時に目の前に現れた映像に映る金髪の少女。彼女の主人であるフェイト・テスタロッサが念話でこちらに話しかけてきた。

「フェイト、どうしたんだい?」

『うん、また母さんの探し物なんだけど』

「また? あの女、どれだけ働かせるつもりだい」

 まったく忌々しいといった感じのアルフだったが、フェイトはそれにムッと口を釣り上げる。

「ダメだよ、母さんは体が弱いから私が動くしかないんだから」

 今までの仕打ちを考えたらむしろフェイトが愚痴らなきゃいけないことなのに。理不尽だと思う反面、どこまでも自分のご主人様らしいと呆れる。

「オーケー、じゃあ今度こそアイツが満足するものを見つけようか」

「うん、私はもう現地の世界に付いてるから、また後で合流しよう。場所は第97管理外世界、現地の星の名前は……」

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 家に帰ってからずっと、なのはは悩んでいた。
 フェレットに関しては彼女の予想に反して両親の士郎と桃子、さらには兄の恭也と姉の美由希が快く受け入れてくれた。父親の士郎に至っては簿記を一時切り上げてわざわざフェレットの飼い方を調べてくれるほどだった。
 飼い主が見つかるまでの間までだというのに美由希はペットの名前に四苦八苦してしまう始末で思わず呆れてしまったが、それほどまでに真剣に考えてくれる事はとても嬉しかったし、やはり自分の大好きな家族だという事を再認識するくらいだ。

「……神楽ちゃんと喧嘩しちゃった」

 ポツリと口にする。そう、彼女が悩んでいた理由は、今日の神楽とのイザコザだった。
 別段、神楽と喧嘩するのは珍しい事ではない。そもそも1年生の頃からの親友であるアリサとすずかとの馴れ初めは小学生らしからぬ取っ組み合いから始まったのだから、単なる口喧嘩で悩む事はない。
 ただ今回は勝手が違う。なのはは少し頭に血が登りすぎて譲歩するタイミングを自分から潰してしまい、神楽は年長者らしからぬ言動と対応をしてしまった。単体ならそれほど問題にならなかったが、そのお互いの悪い面が今回の喧嘩で出てしまったのだ。極めつけは。

「テメエなんざもう妹分でもなんでもねえ! その薄汚ねぇツラを二度と私の前に晒すんじゃねえぞ!」

 桂の自宅で言われたこの言葉がなのはの心を深く抉っていた。アリサとすずかにはバカの戯言とか、どうせ後悔して向こうから泣いて謝ってくるから放っておけ――殆どアリサの言葉であるが――なんて言われたが、家族以外で初めて自分とたくさん接してくれた姉貴分からの拒絶の言葉は、想像していた以上に重い。
 パカっと携帯を開く。普段なら鬱陶しいくらい来るはずの神楽からのメールはまるでなく、自分のメールには一切返信しない状態が続いている。こんな状況になったのは神楽と友達になって初めての経験だった。
 神楽と一緒に住んでいるはやてにその旨を送信してみたが、そちらの方も返信がない。八方塞がり、まったく打開策が見つからない状態だった。

「どうしよう、嫌われちゃったよ……」

 枕に顔を埋めて、僅かに頭を揺らしながらむせび泣く。普段は良い子と評判のなのはだが、どうしようもない状況には泣きたくなるし、悩む事もある。まあこの喧嘩は客観的に見ると九割九分神楽が悪いのだが、そこに思いつくほど彼女も大人ではないし、他人の悪い所を見れない子供だった。
 今の自分にできるのは、このまま寝て次の日には気分が晴れるのを願うだけ、そう考えた時だ。

「うぅっ!?」

 頭、いや正確には脳に突然の激痛が襲う。まるで焼印を押し付けられたような形容し難い痛みが襲うが、それはすぐに和らいだ。

――聞こえますか? 僕の声、聞こえますか?――

 次いで聞こえる声、この感覚には覚えがある。あのフェレットを助けた時と同じだった。そしてこの声の主があのフェレットである事も。

――……あ、貴方は?――

 誰かに言われたわけでもなく、なのはは声に出さず、心で喋る。

――!? 聞こえるんですか! もう時間がない、お願いします、助けてください――

 返事がすぐに帰ってきた。その声色からフェレットが懇願している事が分かる。

「時間がない?」

――はい、いきなりですみません、でも本当に時間がないんです――

 思わず口に出してしまうなのはだが、フェレットにはその言葉も聞こえるらしい。

「……」

 なのはは思い悩んだ。誰かが助けを求めているのは分かる。だが具体的に何を助けて欲しいのか、そもそも自分に何ができるのか、まるで説明のない状態では彼女だってどう動けばいいのか分からない。
 そもそも助けて欲しいと言うが、それが真実かどうか怪しい。自分の問いに対してもまったく答えない時点で何かを隠しているかもしれない。

――お願いします! もう危険が……――

 最後まで言い切る事はなく、突然ぶっつりと言葉が聞こえなくなる。
 その瞬間、なのははいてもたってもいられなくなった。何か危ない事が起こるかもしれない。ひょっとしたら罠かもしれない。だがそれがどうした? そんな事がたった今助けを求めてる人を見捨てて良い理由になるわけがない。
 部屋を出て、出かけてくる旨を家族に伝えて夜の街を駆ける。恐らくあのフェレットがいるであろう、桂の家まで。

 ・
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「ほんとにさあ、酷いヨ。私はなのはの為にあのオコジョ見つけたし、ヅラからも護ってやったんだヨ。なのにあの態度はあんまりアル」

「ワフゥ……」

 時刻は8時。
 万事屋に帰ってきてから神楽は延々と愚痴を言って床をコロコロのように行ったり来たり。妙に元気のない定春はそんな神楽に相槌を打つかのように短く鳴くだけだった。

「いや、それどう考えても神楽ちゃんが悪いでしょ。そんなに落ち込むんならさっさと謝りに行けばいいのに」

「うるせぇぞメガネ、今の私は生理中の女のように気が立ってんだ。滅多なこと言うとぶっ殺すぞ」

「お前が滅多なこと言ってんじゃねえ! 小学生の前で生理とか言うな!!」

 声が付いたら確実に自主規制音が飛び交う会話の中、それを聞いていたのか、微妙に顔を赤らめているはやてが二人のあいだに割って入った。

「そうやで神楽ちゃん、人の嫌がる事はしたあかんって前から言うてるやん、じゃないと今もんじゃ焼き作ってるどっかの誰かさんみたいなマダオになってまうよぉ」

 ジッと台所を睨みつけるはやての目線の先には、家政婦ロボットの火炎放射器によって頭がアフロになっている銀時が熱い鉄板の上で一生懸命へらをかき回しながら遅い食事を作っていた。

「んだコラ、そんなに銀さんのアフロが珍しいか? 1秒300円な」

 背中から感じる視線にイラつきながらも手を止めずに憎まれ口を叩く銀時に、はやては小さくベロを出して応える。

「あんな風にお金のことしか頭にない人間になったらお先真っ暗なんやから、今から謝りに行こ。なのはちゃんも待ってるよ」

 ギュッと神楽の腕を掴むはやてだが、所詮はか弱い女の子。車や電柱を軽々と持ち上げる事ができる怪力娘に腕力で叶うはずもなく、あっさり引き剥がされてしまう。

「いやアル! それだとまるで私が負けてるみたいネ! 向こうから鼻水垂らして土下座しながら頼み込むでここから動かないネ!」

「それじゃ意味ないから! 何でなのはちゃんの方が先に謝るの!」

 新八のツッコミには歯牙にも掛けずに再びコロコロっと動き、最後には定春にダイブしてこちらに背中を向けてふてくされてしまう。普通に頭を下げて謝まってもらう為に土下座を強要するのはあまりに割に合わないのではないのだろうか。
 しかしこのままでは平行線だ、そう思ったはやては。

「……なのはちゃん、ゴメン」

 そう小さく言いながら携帯を取り出し、何やら操作をし始める。

「土下座はともかく、なのはちゃんの方は凄い後悔してるみたいやで」

 ピクっと体を僅かに揺らし、顔を再びはやて達に向き直すと、携帯のメール画面が目の前にあった。

『……今日神楽ちゃんと喧嘩しちゃった、どうしよう。私がもっと冷静だったらここまでの事にならなかったのに。このまま仲直りできないのは嫌だよ。PS この事は神楽ちゃんに内緒ね』

「……」

 内容を見た神楽は微妙に表情を歪めながらもその目は真剣そのものだった。てっきり自分と同じようにふてくされていると思っていた相手がここまで重く考えていたなんて思っていなかったからだ。

「あ~あぁ、なのはちゃんは神楽ちゃんと仲直りしたいって思ってんのになぁ。神楽ちゃんがほんのちょっとだけ素直になればまた友達でいられるのになぁ。ごめんなさいって一言を言うだけやのになぁ」

 わざとらしく喋りながら表情を伺うと。神楽は冷や汗を掻きながら携帯を持つ手をプルプルと震わせていた。いや、良く見ると体全体を揺らしている。いくらなんでも揺れすぎだ。

「ちょ、ちょっと神楽ちゃん。どうしたの?」

 あまりの不自然さにはやてと新八は目線を下に向けると、その揺れの正体が分かった。揺れていたのは神楽ではなく、下敷きになっていた定春だった。

「ワ、ワウゥ……」

「さ、定春!? どうしたの! 何か悪いものでも拾い食いしたんじゃ……」

 まるで痙攣してるかのように小刻みに揺らす定春に、思わず熱があるか確かめる為に近づく新八だったが、それがいけなかった。

「オゲエェェェェ……!」

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 そのデカイ顔面に見合う口から滝のように流れてくる黄色い液体は一晩寝かせたカレーのようにドロッとしており、あえてソフトに言うならばゲロである。それをモロに被った新八はあまりの汚臭にこの世のものとは思えない叫び声を上げならのたうち回る。

「こら定春! ゲロ。……吐瀉物はちゃんとトイレシートの上でしぃっていつも言ってるやんか!! 新八君も暴れんといて、広がるから!」

「目にイイイ! 目にゲロが入ったアアア!!!」

「こんなん神楽ちゃんのに比べたら量も匂いも大した事ないやろ!」

 可愛い顔してとんでもない単語を吐き出しているはやてはいつの間にかバケツとモップを手に持って床に広がったゲロの掃除に取り掛かった。本当に準備のいい。

「定春、家に帰ってからずっと気分悪そうにしてたネ、大丈夫アルか?」

 神楽はゆっくりと定春の背中をさする。さっきまでなのはのメールで動揺してたというのに切り替えの早い。そう思いながらも今日中に謝りに行かせる理由を考えながらゲロの掃除に勤しんでいたはやての腕が、そこで止まった。
 ゲロの中心、周りのドッグフードや米の欠片とは明らかに異なる異物が転がっている。丸くそれでいて小さい、まるでさくらんぼのように可愛らしい宝石だった。

「……これは」

 綺麗だな。それが最初の感想だった。美しい宝石に見とれる美少女という絵面は、周りがゲロだらけで、しかもその横でゴロゴロとやかましい雑音を出しながらのたうち回るメガネがいなかったら純真な少年の心を鷲掴みにするであろう。
 思わずその宝石を手に取り、周りのゲロを拭き取る。するとその宝石は生気を取り戻したかのように鈍く光りだす。

「あ、それあのオコジョが首に付けてたやつネ」

 同じく宝石を見た神楽が思い出したかのように口にする。

「もう定春、何でも噛んだり飲み込んだらあかんって何回言わす……」

 そう言い掛けた時だ。

「……あぁっ!?」

 突然痛みが襲う。脳を直接響かせるような激痛に頭を抱えるはやてに神楽とゲロから復活した新八が近づいて顔色を伺ってくる。

――聞こえますか? 僕の声、聞こえますか?――

 そして聞こえてくる幼い少年の声。

「!? だ、誰なん……?」

 思わず声に出したが、新八達の困ったような表情から、この声は自分にしか聞こえないものだとすぐに察した。

――……あ、貴方は?――

 間髪いれずに聞こえてきた声に思わず困惑した。先ほどの少年とは違う高い声にはやては思わず驚く。当たり前だ、突然頭の中で自分の親友の声が聞こえたのだから。

「なのはちゃん!? 何で!?」

 だが何も知らない新八からは奇異にしか見えなかった。突然頭を抑えたと思ったら今度はいきなり独り言を始めるのだから無理はない。
 だが神楽はなのはの名前を聞いて、何か思う所があるのか表情を険しくする。
 神楽達と同じようにはやての奇行を耳にしている銀時だが。

「あぁはいはい、構ってちゃんのはやてちゃんは可愛い可愛い」

 心配する素振りが全くなかった。

――!? 聞こえるんですか! もう時間がない、お願いします、助けてください――

「時間? 待って、どういう事? 助けてって……」

――時間がない?――

――はい、いきなりですみません、でも本当に時間がないんです――

 あぁ、なるほどな。はやては漠然とだが理解した。どうやら自分はこの頭に響く声を受信してるだけで、会話に入る事はできないらしい。痛みに耐えながら冷静に分析する。

――お願いします! もう危険が……――

 ブツッとそれから会話が聞こえなくなった。まるでテレビの電源を消したかのように。
 同時にそれまで自分を襲っていた痛みは嘘のように消えている。手の中の宝石もその輝きを失っている。

「はやて、どうしたアルか? なのはに何かあったのか?」

 自分の肩を掴みながら神楽が問いかける。どこか懇願するかのような表情と言葉に、目の前で苦しんでた自分よりもなのはの方が心配なのかと、少し嫉妬しながらはやてはゆっくりと神楽の手を退ける。

「……神楽ちゃん、なのはちゃん達と見つけたフェレットって今どこにおるん?」

「? オコジョならヅラが預かってるけど」

 正直言ってはやてには何も理解できない状況だ。
 愛犬の口の中から出てきた綺麗な宝石を触った瞬間に突然少年と親友の声が頭に直接響いて、しかもその会話の内容が切羽詰っていた。ただの妄想と切って捨てるにはあまりに非現実的な事が起こり過ぎている。
 本当ならここは何も聞かなかった事にして家でおとなしくしてた方が良いのかもしれない。少なくとも銀時ならこのオカルトな状況に怯えて布団に隠れるだろう。だがはやてには助けを求める声を無視できるほど非情にはなれなかった。

「新八君、ごめんやけど部屋の掃除しといて。神楽ちゃんは私と一緒に桂さんの家に行こ」

 はやての突然過ぎる言葉に驚く二人をよそに、はやては宝石を首に掛け、掃除用具一式を新八に押し付けると、神楽の手を掴んで外に出るよう促す。

「銀ちゃん、ちょっと出掛けてくるけど、もう本にイタズラせんといてな!」

「あぁ、行って来い行って来い」

 銀時の適当な返事を背に、神楽に車椅子を押してもらいながら、はやては万事屋を後にした。
 その銀時の真横、漬物を漬けている樽の上で重石の下敷きになっている鎖付きの本が淡く光り、自分達の後をつけるように浮遊移動している事にも気づかず。
 そして浮遊する時、上に乗っていた重石がごとりと音を立て、銀時の足の甲に直撃した事にも、勿論気づかなかった。

 ・
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 優しい母の為に。少女、フェイト・テスタロッサの行動理念はそれだけと言っても過言ではなかった。
 常に自分の事を考えてくれた母、自分の為に何もかも投げ捨ててくれた母の豹変ぶりは彼女のパートナーであるアルフの言う通り異常かもしれない。だがそれは何かの目的の為に一途になっただけであり、その目的が達成されればまたあの優しい笑顔が戻ってくる。そう考えれば苦痛や暴力なんて彼女にとっては何も恐れるものではなかった。
 この地球と呼ばれる星に母が求めるものが落下した。ジュエルシードと呼ばれる古代文明の名残り、ロストロギアの一つ。それがどのような力を持っているのか彼女は詳しく知らないが、母が一刻も早く回収を望んでいるのなら、それが何であれ手に入れてみせる。

「第97管理外世界、あまり長居すると国際問題になりかねない、一刻も早く見つけないと」

 ビルの屋上から吹く冷たい夜風が自身を襲うが、それほど苦痛には感じない。レオタードのような黒い服の上から黒いマントを羽織っただけで露出は多いが、バリアジャケットと呼ばれる魔力で作成されたこの防護服は体を覆う部分以外もしっかり防御されている。勿論、普通のバリアジャケットに比べれば防御力の低さは歪めないが、彼女の戦闘方法を考えれば特にデメリットがあるわけではない。
 魔法。ここの世界では馴染みは薄いが、ミッドチルダに代表される世界では魔導師と呼ばれる者が行使するポピュラーな存在だ。それだけに魔法が認知されていない、もしくは普及していない管理外世界では使用を制限される。いつそれらの違法魔導師を取り締まる管理局や現地の武装組織に見つかるか分からない。母の為であっても周りの無関係な人を傷つけたくない彼女にとっては時間との勝負でもあった。
 広域探索を初めて数時間、そろそろ休憩しようかと考えた矢先、頭に直接語りかけるような声が聞こえた。念話と呼ばれる遠くの人間と会話のできる魔法だ。魔法技術に優れていない者でも使える反面、初めて使うと頭痛にも似た現象が起こるが、フェイトは特に痛みを感じることなく念話に耳を傾ける

――聞こえますか? 僕の声、聞こえますか?――

 アルフだと思っていたが、どうやら違うらしい。自分と同じくらいと思われる少年の声色は、パートナーであるアルフの声とは似ても似つかなかった。

――!? だ、誰なん……?――

――……あ、貴方は?――

 少年とは別に二色の声が聞こえた、どちらもこれまた自分とそう年の変わらない少女と思われる。だが何か様子がおかしい。

――!? 聞こえるんですか! もう時間がない、お願いします、助けてください――

 少年の言葉から、フェイトはようやく今の状況を理解した。どうやらこの念話は双方合意の上で行われているものではないらしく、少年が一方的に行っているみたいだ。それにしても秘匿性の高い念話を簡単に傍受されるとは、少年は素人かと錯覚してしまう。

――時間? 待って、どういう事? 助けてって……――

――時間がない?――

――はい、いきなりですみません、でも本当に時間がないんです――

 会話内容から察するに、少年は片方の少女とだけ会話しており、もう一人の少女の言葉が聞こえていない状況らしい。恐らくこの会話に入れていない少女がたまたまこのダダ漏れの念話を感じ取っているだけなのだろう。

――お願いします! もう危険が……――

 そこで会話が途切れた。同時に体に感じる悪寒。膨大な魔力反応を遥か遠方から探知した。

「この魔力は、ジュエルシード……!?」

 どうやらジュエルシードを集めているのは自分だけではないらしい、この念話の少年も何らかの目的で集めている。そして会話の途中で何らかの妨害、恐らく暴走したジュエルシードが実体化し、思念体となって襲っている。
 本格的な捜索はアルフが来るまではやらないつもりだったが、目の前にある餌に食いつかないほど彼女も我慢強くない。魔力反応がした方向めがけ、フェイトは飛翔する。

 ・
 ・
 ・

 昼間は人工物特有の醜悪さが目立つ江戸のビル郡も、夜になれば街路灯などのライトアップによって一定の美しさを保っていた。
 光の1つ1つが自己主張するその様を、ビル群の中でも一際高い場所、この地球の入口とも言うべき宇宙船発着施設、ターミナルの屋上で、その少女は見下ろしていた。
 黒と赤を基調としたドレスのような服と、短く揃えた栗色のショートカットの髪が風に煽られるたびに揺れ動く。手に持つ朱色の杖の先端がビルの光に反射して艶やかに光る。その雰囲気は、どこか高町なのはを思わせていた。

「シュテルよ」

 突然、シュテルと呼ばれた少女の背後に現れた男。全身を黒い服で覆っており、顔にはボロボロの包帯を幾重にも巻いていて、隙間から見える二つの剥き出しの眼球からその表情は伺えない。

「地雷亜、調査はどうでしたか?」

「貴様の言う通り、思念体は攻勢に転じたようだ。だが結界を張った様子はない。どういう事だ?」

「妨害電波ですね、魔導師への対策として幕府は大規模な魔法を感知するとそのまま逃走されない為に町全体を覆う広範囲の対結界用の妨害電波を発信しているようです」

「それも想定通りというわけか」

「はい、少なくとも我々が動くまでもありません」

 そう言ってシュテルは予想通りの結果に満足したように笑う。これまで多少の誤差はあったが、あの石がこの星に落ちた事、それを追って少年が少女と会う事、この大筋は変わっていないし、小さな違いはすべて許容範囲内に収まっている。後はこのまま少女が石を巡ってもう一人の少女と対峙し、そこから自分達が介入すれば良い。
 わざわざ隠密に優れているが実力に不安が残るこの男を使って情報収集をした甲斐があるというものだと勝手に安堵した。地雷亜が次の言葉を発するまでは。

「……だがテスタロッサが既に地球に降りているが、それに関しては問題ないのか?」

 自分の心臓が一際大きく聞こえるのが分かった。自分の知っている知識からはありえない状況、大筋を大きく変える可能性のある事象に、彼女は表情を凍りつかせた。

「ふ、貴様でもそんな顔をするのだな」

「……」

 地雷亜の不愉快な笑みを無視してシュテルは言葉を続ける。

「彼女の動きは?」

「思念体に向けて移動している。今は思念体の一部を相手に手こずっているが、このまま行けばスクライアの小僧達とも鉢合わせだ」

 マズイ。たった一つの相違点が大きな歪みとなって全体の大筋を狂わそうとしている。だがここで自分達が動けば収拾が付かないかもしれない。うかつな行動はできない状況になっている。

「貴方はそのまま彼女を監視してください。私はスクライアの方へ行きます。状況次第では動くかもしれませんので、その時は私の指示に従うよう」

「御意。まあその時にならずとも俺は既にお前達の手足も同然ではあるがな、いつから対等な関係になったのだ?」

 いちいち癇に触る言動をするが、今はそんなことを気にしている場合ではない事を理解しているシュテルはそのまま飛行を始める。あの少女が初めて魔法と触れ合うその場所へ。
 
(不確定要素は可能な限り取り除く。王の為に……!)

 ・
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 雨が降るわけでもないのに濁った雲が夜空を覆っていた。そんな不気味な光景の中、なのはは人気のない道をただただ走り続ける。
 昼間といい、今日の自分はとことん走る事に縁がある。体力に自信がなくて体育の時間はいつも辟易していたが、今回で少し自信が付いた。今日という日を無事に乗り越えたらもっと持久力を付ける努力をしてみようかなと呑気な事を考えた瞬間、地面をドリルで砕いたような音が一気に耳をつんざく。
 思わず足を止めて音の発生源である前方を見据える。

「……な、何、あれ?」

 ゆっくりと、なのはの視界に現れたそれは形容し難い形をしたなにかだった。
 あえて言うならそれは今日の夜空を覆っている真っ黒い雲のようだった。ブヨブヨとした不定形なのに妙に肉付きが良い。てっぺんにくっついている二本の触手には多少の愛嬌はあるが、充血したかのよう真っ赤な目がせっかくの愛嬌を殺している。
 心臓の鼓動が自然と早くなるのを感じる。今まで似たようなエイリアンを数えるのも馬鹿らしくなるくらい見てきたなのはだが、この黒い生物は今までのそれとは比べ物にならないと、理屈ではなく直感で理解していた。
 黒い生物は動かない。まるで珍しい物を見つけたかのようにその赤い目は怯えるなのはを見据えている。

「はぁ、はぁっ!」

 早く逃げなければ、頭では分かっているのに、恐怖で足がすくんでいるのと、そもそも自分に助けを求めていたあのフェレットの事が気がかりで、そこから動く事ができなかった。
 黒い生物の触手が凄まじい勢いで伸びる。距離にして10メートル以上の距離を瞬きする間もなく詰め、その先端がなのはの頭を貫こうと迫り来る。
 だがそれが叶う事はなかった。触手が触れる直前、なのはの目の前に緑色の真円が現れ、触覚はそれに遮られた。バチッという大きな音と共に触覚は再び黒い生物の中へと収納、元の長さへ戻っていく。

「間に合った……!」

 聞き慣れた声。
 さっきまで頭から響いていたあの少年の声を、自分の耳ではっきりと確認できた。
 声の発生源である足元を見ると、クリーム色の毛色の可愛らしいフェレットがいた。後ろ足だけで立ち上がって片手をかざすという奇妙極まりない光景であるが、それは間違いなくあの公園で定春に食べられかけていたフェレットだった。

「な、何、なんなの!?」

 眼前で起こっている出来事に、何度もフェレットに向けて問いかけるなのは。突然触手の化物が襲ってきたかと思えば、今度は喋るフェレットが手から魔法陣みたいなものを出して自分を護ってくれている。何から何まで非現実的過ぎて頭が追いついていない状況だった。

「すみません、今の僕の魔力じゃ長く足止めをする事はできません。早く逃げて下さい!」 

「えぇ~!? ちょ、ちょっと待って、あなたさっきは助けてって……」

「事情が変わったんです、勝手は承知ですけど。今はこのまま警察に連絡を……」

 喋り終える間もなく、黒い生物が再び触手を展開、ムチのようにしならせながら二本の触手はブロック塀を砕きながらなのは達の左右へと攻撃する。
 これに対してフェレット触手の動きに合わせて魔法陣を二つ展開、同時に黒い生物はそのまま突撃を始める。
 フェレットはこれも正面に魔法陣で防御するが、触手に比べてその質量は大きい。遮られながらも勢いを殺さぬまま突撃を繰り返す黒い生物の巨体の前に、魔法陣に少しずつヒビが入る。

「くっ!! は、早く……!」

 苦悶の表情を浮かべるフェレットは、それでも防御の手を緩めなかった。自分勝手な理由で他人を巻き込み、危険に晒した事への罪悪感、そしてこれ以上巻き込みたくないという使命感を持って。
 それはなのはにも感じ取れた。
 少なくとも、今の自分がここにいても足手まといにしかならない。だが助けて欲しいという最初の言葉にも応えたい。
 ならばこのフェレットの言う通り、まずはここから離れて彼の負担を減らし、それから警察に来てもらう。それが今の自分にできる事だ。

「っ。待っててね、すぐに助けに行くから」

 行動に移すのは早かった。なのはは踵を返し、そのまま一気に走る。少し離れてからすぐに携帯で連絡、そうすればあの刀を持ったおっかない人達が助けに来てくれる、そう信じて。
 そのまま10メートル以上先の曲がり角を曲がった時だ。

「……え?」

 なのはは自分の目を疑った。曲がった直後、視界には黒い物体があった。フェレットの危ないという叫びよりも先に、その物体は自分の体を後ろのブロック塀まで吹き飛ばした。

「かはっ!?」

 吐血なんて初めての経験だった。内蔵まで吐き出してしまうのではないかという錯覚を覚えながら、なのはは目の前の物体を見る。
 それは今フェレットが自分を逃がす為に必死で抑えていたあの黒い生物にそっくりだった。どうやら今抑えられているのは囮で、後ろから仲間が襲うつもりだったらしい。
 ジリジリと黒い生物が近寄る。だが今のなのはには逃げる術がない。叩きつけらたせいで体中が痛い。指一本動かすだけで泣きそうなくらいの激痛が彼女を襲う。

「止めろぉっ!!」

 叫びながらフェレットが必死で助けようとしてくれているが、最初の黒い生物に道を阻まれて思うように動けない。完全に逆転してしまった。

「あ、あぁ……」

 ジリジリと迫り来る巨体に怯えてうまく言葉が出ない。9年間の人生で初めて味わう死への恐怖が、今にも少女を押し潰そうとする。

(嫌っ、怖い、怖い……!)

 涙で周りが霞む。いっそこのまま気を失ってくれればどれだけ楽になるだろうか、だが激痛のせいでそれも叶わない。目の前の黒い生物が自分の体を殺すその瞬間をリアルタイムで感じてしまうのがあまりにも憎かった。

(怖い、怖いよっ 嫌だよ、誰かっ!)

 周りの景色が見えなくなるくらいまで黒い生物が近づく。このまま踏み潰す気だ。
 その絶望的な状況の中で、なのはは今まで出会ってきた人達との記憶が走馬灯のように蘇る。今の自分を形作ってくれた人達の存在、掛け替えのない人達。

(……こんな事になるなら、ちゃんとしておけば良かった)

 そして後悔していた。こんな怖い思いをするくらいだったら、せめて。

(死ぬ前に、神楽ちゃんと仲直りしておけば良かった!!)

 頭の中に浮かぶチャイナ服の少女、大喧嘩し、絶交状態になってしまった少女。
 死ぬのは怖い。だからってそれで自分の行動を否定したくない、誰かに責任を擦り付ける気なんてまったくない。だけど自分の中で解決したかった事をやり残したまま死ぬのは耐えられなかった。

 息さえままならない状況、真っ暗な視界の中で少しずつ圧迫されていくのを感じたなのはは。

「神楽、ちゃん……」

 ポツリと呟いた瞬間、圧迫していた体が楽になった。
 もう痛みも感じなくなったのかと思ったが違う。黒い生物が自分の体から離れている。いや、正確には吹き飛ばされていた。

「なのはああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁっ!!!!!!!」

 聞き慣れた甲高い声、見慣れたチャイナ服。紫の番傘を振り回すその姿は雨上がりの小学生を思わせる。
 だがその番傘を振るう力は小学生の比ではない。黒い生物を空高く打ち上げ、その先にある電柱をへし折りながら未だ飛距離を伸ばしている。

「なのは!? しっかりしろヨ!! なのはぁ!」

 ゆっくりと、だが力強く肩を抱きかかえる。化物を吹き飛ばす馬鹿力を発揮したその腕は、なのはが想像していた以上に可憐で、それでいて華奢だった。
 涙で滲んでいた視界が次第に明るさを取り戻す。間近にまで迫っているその顔もくっきりと写り、なのははようやくその姿を拝む事ができた。

「……か、神楽ちゃん」

「なのはぁ。遅くなってごめんな、もう大丈夫だかんな……」

 安堵の息を漏らすと同時に、今度は目に涙をいっぱいに溜め、どんどんしわくちゃの顔になっていく。
 怒ったり笑ったり泣いたり、本当に色々な顔になる子だなとなのはは少し笑った。

「そ、そんなっ!」

 フェレットも、それと対峙していたもう一匹の黒い生物も驚愕している。想定外の第三者の介入、そこまでは良い、一番の問題はよりにもよって。
 よりにもよって、その相手がこの97世界でもっとも悪名高い夜兎族である事だ。



あとがき
 まず最初に、更新が遅くなったこと、そして前後編のつもりがやたら長くなってしまったので結局三つに分けることになってしまって申し訳ございませんでした。どうやら自分は筆力の前に物語を短くまとめる力をつける必要があるみたいです。
 今回の万事屋はやてちゃん、略して『よろはや』ではなのはと神楽の扱いにかなり気を使いました。
 なのははまずこの作品を投稿する前に大のなのはファンである従兄弟がまず見て誤字脱字のチェック、そしてキャラの言葉遣いを調べます。今回で言えばなのはが神楽に対して言葉が悪いのではないかという指摘があったりと大変でした。そのおかげでこうやって可愛いなのはが描けていると思います。原作者の都築さんには感謝です。

神楽はもっぱら自分で違和感がないかどうかを調べます。(従兄弟は言うほど銀魂に詳しくないため)あまり汚い言葉を言わせてもただのチンピラになってしまうし、かといってそれを薄めるととんでもなく無個性なキャラになってしまう。ほんと空知の絶妙な言葉回しには舌を巻きます。


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