第四話 裏返る世界
……平和な日常は些細なことで崩壊する。私はそれを今身を持って体感した。
私は狙われている。 ……くっ、やはり私が転生したことをかぎつけた連中がいるらしい。ムー帝国の残党だろうか? アトランティスの同志に連絡しようにもここは前世とは違う世界だ。
孤独な戦いだった。
向こうから歩いてくる一見普通主婦に見える女性。あれはどう見ても危ない。殺気を感じる。しかもあの買い物袋が怪しい。主婦はその中に手を入れながら歩いてくる。
恐らくあの中に拳銃が入っていて、近づいたらズドンとやられてしまうのだろう。
あの主婦こちらを見て微笑んだ。濃密な殺意が私を襲う。
まずい!!
奴は私を殺す気だ。
そうはさせるか! 私は細い路地に入る。主婦は笑いながら去っていった。
どうやらやり過ごしたようだ。
転生してすぐに医者に口をすべらせたのがいけなかったらしい。すでに各国のムー帝国の残党には私の顔写真が配られているのだろう。学校も安全ではないかもしれない。だが、月村家の一族もいるから奴らも簡単には手出しできないはずだ。
すずかの一族の力は思った以上に強い。だから、奴らは普通の主婦に見える暗殺者を送りこんできている。恐らく秘密裏に始末するつもりなのだ。その証拠に違うタイプの主婦の姿をした暗殺者とすでに10人遭遇している。赤ちゃんや子供を連れて偽装までしてくる念の入れようだ。
今日も無事に学校に着いた。ひと安心だ。今日も日常を謳歌できるのだ。なのは様と一緒に…
(バカがここにいるわ)
また幻聴が聞こえた。最近を多い。転校してからは特にそうだ。気が滅入ってくる。
アリサが近づいてくる。
「アンタ朝から疲れた顔してるわね」
「そうなの。アリサちゃん、今日も通学途中に暗殺者に狙われてちゃってさ。10人だよ! 10人!! 」
熱っぽく語る私にアリサは冷めた表情で
「そう良かったわね、で、何人殺ったの? 」
と感情がこもっていないと言うよりは、棒読みで返す。私は怒りがこみ上げてきた。
「ちょっと。アリサちゃん、もっと真面目にやってよ。」
アリサは手で頭を押さえながら、苦い顔をして言う。
「アンタこそ、朝っぱらから変な行動しないでよ。女の人が通るたび、暗殺者が来たって、隠れて、通る人みんな笑ってたわよ。アンタがどうしてもって言うからつきあってるのに」
「だって、殺気を感じたのは間違いないもん」
これは確かなことだ。今でも寒気や不快感が残っている。
「どう見ても普通の主婦が暗殺者なわけないでしょ!! なんでアンタなんか狙うのよ。しかもアンタ通学中に会った女の人全員にそれやってたでしょ」
「まあまあ、アリサちゃん。希ちゃんにつきあってあげようよ」
「そうだよ~ 希ちゃんに突き立ててあげたいよ~」
さすが、なのは様天使だ。すずか本音が出てる。牙とか突き立てないで。
「なのはもすずかも希を甘やかさないの。ここのところ毎日じゃない。最初は希を見てるだけで面白かったけど… 」
なるほど、飽きてきたみたいだな。
「じゃあ、設定を変えるね。地球を侵略にしたエイリアンにしましょう。主婦に変装してるの」
「主婦だけは変わらないのね」
「私は地球防衛軍の要人の護衛任務を受けた隊員。なのはちゃんは今は亡き地球防衛軍司令の娘で父の意志を継いでるの。すずかちゃんは穏健派の異星人のお姫様、アリサちゃんはすずか姫の護衛ね。私たちは地球と異星の同盟のために集まったんだけど、それを快く思わないエイリアンが地球人に化けて襲ってくる。私たちは安全な学校まで逃げなければならないっていうのはどうかな? 」
「こんな短時間でよくそこまで設定できるわね。ねぇ、なんでいつもなのはが優遇されてるの? 前回はなのはは最強の暗殺者だけど一時的力を失って、弟子のアンタに守られてるって設定じゃない。私はアンタに仕事を斡旋する仲介者なんだけど、実は裏で暗殺者を使って亡きものにしようとしてるとか、微妙に悪役が多い気がするんだけど」
アリサは納得していない表情だ。架空の設定とはいえ、なのは様を持ち上げすぎたようだ。
「でも、私のイメージだといつもそうなるのよね~ 次はアリサちゃん主役で考えてみるよ。ツンデレ枠しかないだろうけど」
「ツンデレ? 」
「まだ知らなくていいわ。あなたの宿命だから」
「わけがわからないわ」
今日も平和だった。
数日後の放課後
今日はなのは様の実家である喫茶翠屋に行く日である。関係を深めるチャンスである。ここ数日は大きな成果が得られなかったので願ったりである。
翠屋に行くきっかけになったのはアリサが私のお弁当に文句を言ったからである。
「アンタいつもそんだけしか食べないなんて、おおきくなれないわよ」
(よけいなお世話です。親戚のおばさんみたいね)
「私もたくさんは食べれないけど、希ちゃんのお弁当はちょっとものたりないかも? 希ちゃんの…だったら少しほしいなぁ」
とすずかも控えめに言う。それから、本音が混じってませんか? 涎拭こうね。
「でも、きれいなお弁当だよね。フルーツとか小さくきれいに切ってるし、お店に出せそうだもん」
なのは様はフォローしてくれるのか、感心したように答える。そう、ウチのおかーさんは使える材料が少ないぶん見た目にこだわってくれていた。わかめあんまり入れてくれないけど。
「お店? 」
(えらくほめてくれるな。なんだか照れる)
「そうだ! 」
急にアリサがいいことを思いついたと手をたたく。
「今日はなのはの家に行きましょう」
「なのはちゃんの家? 」
「この子の家喫茶店なの。私たちもたまに行くんだけど、けっこう気に入ってるのよ」
「そういえば、最近行ってないね」
「うんうん。希はまだ行ってないし、おいしいもの少しは食べなさいよ。なのはもいいわよね? 」
「もちろん。お客さんは大歓迎だよ。ウチのおかあさんも喜ぶよ」
みんな乗り気であるが、私は自分の体質が気になって躊躇した。どうする? なのは様が喜んでいる以上断るという選択肢はない。ケーキ・クッキー・クリーム系は何とか我慢できなくはないけど、フルーツ系で誤魔化すかな、聞いてみよう。
「いちごサンデーとかある? 」
「あるよ、希ちゃんイチゴ好きなんだ? 」
「けろぴーもね。じゃあ、行きます」
まあ何とかあるだろう。私は気楽に考えていたのだが、
(人が多いところはやめておきなさい・・・後悔するわよ)
どこかで覚えのある少女の声が聞こえたような気がした。
久しぶりの幻聴だ。
放課後。すずかの家の車に乗せてもらった。そういえばこの体になって外出したのは初めてだった。ウチはセレブなので買い物はしなくてもよかった。配達やお手伝いさんがしてくれた。私も長い入院で疲れが出たのか出かける気にならなかったし、髪を触っていれば一日が過ぎることも多かった。
お手伝いさんと言えばメイドだが、残念ながらウチのお手伝いさんは若い男性だ。
メイド服は着てません!
まだ入ったばかりらしく、ミスも多い。
男のドジっこメイドなんて許せない。ふつふつと怒りがわいてくる。
なんで男なんだろう? 前に長年勤めていた女性には暇を出したそうだ。急だったらしい。
車に揺られながら、私はさっき聞こえて声について考えていた。
あの声はいったい何だったんだろう? 女の子の声だったよな。最初に目が覚める前に聞いたことがあったと思うんだけど。それから、何度も聞いている。
まあいいか。なのは様のご両親にしっかりご挨拶しないとな。
今は考えても無駄と、頭を切り替える。
「着いたみたい」
「さあ行くわよ」
車を降りて、店の前に移動する。すると、なのは様が店の前に立ちこちら向くとうやうやしく頭を下げた。
「へへっ… いらっしゃいませお客様。ようこそ、翠屋へ」
「「くすっ」」
アリサとすずかは吹き出したが、私はなのは様のお茶目なしぐさに見とれていた。これだけでも来て良かった。
「ひどいよ~ こっちは真面目にやっているのに~ 」
なのは様は怒ったように言うが、顔は笑っていた。
「ごめんごめん、でも似合わないわよ。」
と笑いをこらえるアリサ
「まあまあ、みんな中に入りましょう」
「そうね」
店のドアを開ける。
店はそれなりににぎわっている。年配の女性のグループが5、6人いる。
…あれっ!? なんかクラクラしてきた。化粧と香水の匂いのせいだろうか。どうもこの手の匂いは苦手だ。さっきまで良い気分に水をさされて顔をしかめる。
殺気を感じる。まさか、暗殺者じゃないよな? ここは高町家のテリトリーだ。入ることは不可能なはずだ。
「「いらっしゃいませ」」
少し遅れて若い女性の声が二つ聞こえる。そのうちのメガネをかけた一人が近づいてきた。
「あらっ、なのは、おかえり。友達連れてきたの? 」
「うんっ、ただいま。おねーちゃん 」
「アリサちゃんとすずかちゃんこんにちわ ……あれっ? 初めて見る子がいるね」
「雨宮希ちゃん、最近同じクラスに転校してきたの」
「へぇ~ こんにちわ」
「こんにちわ」
美由希さんか? こうしてる場合じゃない。ここはなのは様のお姉さまだし、第一印象は大事にしておかないと。気を取り直して美由希さんと向き合う。
「初めまして、希ちゃん。私はなのはのお姉ちゃんで高町美由希と言うのよろしくね」
微妙に殺気を感じるが、まさかね。理由がない。
「初めまして、私は雨宮希と申します。なのはさんとはよいおつきあいをさせてもらってます。これからもよろしくお願いします 」
丁寧に頭を下げた。美由希は少し驚いた顔で
「ずいぶん礼儀正しい子なんだね 」
「ありがとうございます。美由希おねーさんはカッコいいですね 」
「へっ? …ありがとう。そうかな、そんな事言われたの初めてだよ」
「すごく姿勢とか歩きかたがきれいだし、何かスポーツとか武道をされているんですか?」
「えっ? ……武道を少しね」
美由希さんは思いがけない言葉に本当驚いたようだった。なのは様も目を大きく開いて口に手を当てている。びっくりしたかな?
テーブルに座ると注文を取る。女性グループと近い。なんだか匂いが気になる。待つ間さっきのことでアリサは感想を言ってきた。
「アンタって、変な事言うかと思えば、妙に鋭いし。訳わかんないわね」
「そうだよ~ 私も美由希さんのことは恭也さんから聞いても信じられなかったもの」
「お姉ちゃん、普段は結構ぼーっとしているから周りの人も信じてくれないんだよ。修行しているときはカッコいいんだけど」
私は少しだけ気分が良くなった。
(……ずいぶん調子に乗ってるみたいね。)
また、あの声が聞こえた。
(誰だ? )
(私は警告したはずよ。限界は近いわ。 ……もう遅いから)
幻聴が答えを返してきた。なんの事だ? 考えごとをしていたら声が聞こえる、いつのまにか誰かすぐ隣に来ているようだ。
「おまたせしました。ご注文のケーキセット3つ、いちごサンデーになります」
「あれっ? お母さんどうしたの? 」
「おかえり。なのは、美由希から新しい友達が来たって聞いたから会いに来たのよ」
顔を上げるとすぐ間近にどう見ても20代にしかみえないエプロン姿の女性が微笑んでいた。
(桃子さんか、よしっ、なのは様のお母様だ。しっかりポイント稼がないと。あれっ? ……体が)
なんか体の調子がおかしい。寒気と鳥肌が立っている。頭も痛い。なんか吐き気まで……
「こんにちわ雨宮さん。なのはの母で高町桃子といいます。いつも娘と仲良くしてくれてありがとう。これからもよろしくね」
「は、はい ……よろしくお願いしますお母様」
何とか返事を返した。
「じゃあ、ゆっくりしていってね」
と言って桃子さんは去っていく。ふぅ少し落ち着いたようだが吐き気はまだ残っていて、とても食べられそうにない。香水もダメだ、匂いを嗅ぐだけで頭痛がしてくる。他のみんなは気にならないのかな?
「どうしたのたべないの? 」
なのは様が不思議そうな顔で言う。
「た、食べさせてもらいます」
なんとか口に入れるが、二口目は無理そうだ。
「希ちゃん、気分でも悪い? 顔色がよくないよ」
「ほほほ。すずかさん、わたくしはもともとこんな顔でしてよ」
こう言っているが、実は余裕はない。冷や汗までかいてきたよ。ますますグラグラしてきた。
「アンタ口調が変よ。」
つっこむアリサ。実は私は余裕がなくなると丁寧語になるのだ。
「わたくしお化粧直しに行きたくなりました。なのはさんお手洗いはどこかしら? 」
「えっ、あっちだよ。希ちゃん大丈夫? 一緒に行こうか? 」
心配そうな顔でなのは様はトイレを指さしてくれる。
「しんぱいなくってよ。一人で参ります。では、ちょっと席を外しますね」
(吐きそうなのに、ついてきてもらうわけにはいかねぇ)
心配そうな顔のみんなを横目に、少々小走りでトイレに向かう。
ジャーーーーーーーー
トイレの音に合わせて吐いた。中身が少なかったので、かなりこたえた。幸いなことに私一人のようだった。
(はぁーーーこれからどうしよ? )
トイレのドアを閉めて、席に向かう途中ドンッと何かにぶつかった。
「あ、すいません」
「こちらこそ、あらっ希ちゃん? 」
桃子さんだった。
桃子さんだと気づいた瞬間、先ほどと寒気と鳥肌、頭痛吐き気がぶりかえしてきた。
(あれっ!? 何で ……体がいうこときかない!!)
何か得体の知れない感覚に恐怖した。体がガクガクふるえて止まらなかった。自分の体が自分のコントロールから外れていく。私の様子がおかしいこと気づいた桃子さんは正面に立ち顔をのぞき込んだ。
「どうしたの? 顔色が悪いわ。汗もかいてるし」
「へ、平気です」
何とか答える。だめだ完全に言うこときいてくれない。
「無理しちゃだめよ。足もふるえてるみたい。」
桃子さんは私の体を支えようと何気なく両肩に触れて抱き止めた瞬間ーーーーーー
「嫌ああああああああああああああああーーーーーーーーーー」
店内に絹を裂くような少女の悲鳴が響いた。
ああ、これは自分が出した声なんだと、よくこんな声が出せるもんだなと動かない体と裏腹に冷静に思考しながら。
私は意識を失った。
作者コメント
そろそろ生意気にも張った伏線の一部回収に入ります。
伏線に手を出すと大変です。矛盾が生じます。いいアイディア浮かんでも縛られます。そうならないようにしたいなぁ~
シリアスモードへ突入です。アトランティス期待してくれてる人はごめんなさい。ここから先は少し成分が薄くなります。