第四十四話 暴走と愛憎の果てに行き着いた先 後編
カナコはシンクロを解いて、なのはちゃんたちをそれぞれの夢の世界へ帰した。希ちゃんは疲れて部屋に戻っている。あれだけのことがあったというのに今は五時くらいだそうだ。後は普通に睡眠をとって、朝を迎えることになるだろう。今日のところはゲーム終了である。
だが、新たな俺の戦いは始まっていた。
憎しみが再燃し、ターゲットを捉えていた。やはり人としてまだまだだと痛感させられる。しかし、コイツを野放しにはどうしてもできなかった。
そいつの前に立つ。俺の目の前には白髪で浅黒い赤い服を来た痛々しい格好した男がいた。相変わず衣装の再現度だけは高い。そのせいで全身が沸騰してどうにかなってしまいそうだった。特に頭がダメだ。落ち武者だ。俺そっくりの顔で頭頂部を無残に無くなっていた。おまえも将来こうなるぞいう俺へのあてつけに違いない。
深く深呼吸する。
だいじょうぶ。わたしはれいせいだ。
我慢だ。まだ我慢だ。感情を堪えて押し殺した声で言った。
「希ちゃんを助けてくれたり、黒い女の攻撃から助けてくれたり、世話かけたな。ジーク」
「礼には及ばん。俺は自分の信義に従って行動しただけだ」
いちいち嫌な奴だ。コイツのしゃべる気障な台詞は俺の神経を逆撫でする。義母を受け入れてからはダントツトップだ。それでも、いろいろと世話にはなったので筋は通す必要がある。しかし、感謝の気持ちは一ミリもこもってない。これで義理は果たした。
俺は今まで堪えていたものを緩やかに解放する。拳を握りしめて右手に力を集中。飲み込んで憎しみの歯車の動力にすることも可能だが、今回は試してみたいことがあるしな。ちょうどいいサンドバックが目の前にあるので使うことにする。
もう我慢しなくていいよね? 我慢する気もない。
「それから俺はおまえに言いたいことがあるんだ」
「まだ何かあるのか? 」
受け取れ俺の想いっ! おまえに伝えるために帰ってきたぞ。
「死ねええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇ~ 」
殺意の領域まで高まった鬱憤を込めて助走をつけてジークをぶん殴る。奴は反応できない。今の俺は格闘プログラムプレシアだって凌駕できる。腕にずっしりと重い負荷を感じながら力任せに拳を振り抜く。奴の身体が宙に浮き、グルグル回転しながら十メートルほど吹き飛ばされて止まった。
意外にもすぐに奴は立ち上がってきた。ちっ、手ごたえはあったのにな。
「いきなり殴るとは、何をする貴様? 今日のことは貴様がしっかりすれば起きずに済んだことだ」
言われたことは最もだ。しかし、痛いところを言われたくない奴に指摘されたらますます腹が立つのはどうしようもない。理性でどうにかなるもではないのだ。
感情の手綱が外れていくのがわかる。
ダメだ。今ぷちっと音が鳴った。
ああ、マジで切れましたわ。
「やかましいんじゃボケがああ、なのはちゃんとあまったるい芝居しくさってからに、俺と同じ容姿と同じ声でそんなマネされみろ? 恥ずかしくて死ぬわ! いや、おまえが死ね。死んでしまえ 」
普段クールで知的な自分のキャラを崩して汚い言葉で罵った。言いがかりに近いが、完全にタガが外れて心に溜め込んだものを放出している。俺の言葉を皮切りにジークも負けじとこちらを睨み返してきた。
「なんだと貴様! おまえこそ、いつまでも、いつまでも粘着質に過去の事を引きずりおって、みっともないと思わんのか? それに愛は心に秘めるもので声高に叫ぶものではない。このロリコンがっ! 」
……屋上。
すでに怒りの沸点を超えていた感情が一気に氷点下まで冷たく凍りつく。逆にクールになる。最適化されていく。どうしたら目の前の不愉快な声を黙らせることができるか思考がフル回転していた。感情はコントロールが困難になり暴走に近い状態になる。冷たくに口だけは動いた。
「何、おまえ、喧嘩売っての? なのはちゃんの前に引きずりだして簀巻きにして吊るして油性マーカーで生まれてすいませんって書いてやろうか? ああん? 」
罵りを加えるも忘れない。ああん? とか田舎のヤンキーみたいな言い方を使ったことなど初めてだ。当然奴はまったくひるまない。逆に火が付いたようだ。
「敬意を込めてなのは様言え! この無礼者が! 貴様が王座に据えておいて敬意のかけらも見せんとはどういうことだ? 」
そっちかよ。沸騰して凍結する激しい感情の揺れにアタマ痛くなってきた。
「アホか。そういうのは厚苦しいだけだろっ! 時と場所を考えろ! おまえの設定に他人を巻き込むな。それに弓の人をこの上なく侮辱したその格好やめてくんないかな? 」
「この設定を作ったのは貴様だろう? 俺は生まれた時からこうだったぞ。そんなもんは知らん」
こうして言い争っていてわかった。というより改めて思った。
「俺はおまえが嫌いだ」
「俺は貴様が嫌いだ」
言葉が重なる。
こんなところで気が合うのも仲がいいみたいで嫌すぎる。なのはちゃんたちがいなくて良かったよ。みっともないところをみせるところだった。俺とジークフリードはお互いを否定せずにはいられなかった。
十数分後…
「はあはあ 」
「争いは同レベルでしか発生しないのねえ」
言い争いをしてお互いに疲れて息をついた頃、カナコがやや呆れた声でつぶやいた。のんびり紅茶のカップを口に運んでいる。罵り合いのすえ暴れまわっていた心が落ち着き始めた。
ここまでかな? ようやく理性が主導権を取り戻す。
希ちゃんやなのはちゃんたちがいると良くも悪くも感情にブレーキがかかる。年上という見栄があるから理知的で落ち着いた大人の仮面をかぶるのだ。カナコの場合はいてもいなくても変わらない。いろいろと恥ずかしいことを知られていることもあって今更感がある。
「……ちょっとアタマ冷やしてくる。少し待ってろ」
俺は自分の部屋に戻ることにした。落ち着いてきたとはいえ、今後のことを少し考えておきたい。
怒りを放出した後は心を鎮める必要があった。整理する時間だ。
さっきは怒り狂っていたが、半分位はわざと外した。抑えようと思えばできた。それをしなかったのは解放してどのくらい怒りをコントロールできるか試すためでもある。あのときのような憎悪の暴走はこれから先も起こらないとは限らない。だからこそ、自分の制御下に置いておきたかった。
結果はまだまだ強力な感情に振り回され気味だ。美由希さんの言うところの暴れる感情をしっかりとコントロールしているか、感情のままに動いても染み着いた習慣のようにきちんと体が動かせる領域にはまだ遠い。内に収めて運用する方がいいらしい。
俺が暴走したときに弾かれ、床に転がっていた折れた霊剣聖乗十字を拾うと自分の部屋に入る。
俺の部屋は閉められていたカーテンが開かれ、昼のように明るくなり、まぶしい光が差し込んでいた。雑然として散らかっていた部屋は綺麗に片付けられている。昔希ちゃんが通ってたときのように変化していた。
カナコの話では夢の世界の身体が魂本体とするなら、この部屋は希ちゃんから独立した精神領域で持ち主のすべての記憶の置き場所だ。希ちゃんが知らない俺の記憶の本も置かれている。心の在り方が鏡のように心象風景として現れるそうだ。
見慣れない小さなオルゴールのようなものが机の脇の置かれている。俺の愛と憎しみの相反する力がお互いを高め合う力のイメージだ。黒と桃色の歯車が勢い良く回転して部屋の全体に黒と桃色の波紋を生じさせていた。
ただ今は黒い歯車の勢いと黒い力が強いように感じる。
バランスが悪い。まだ思ったより乱れているのか?
カナコの部屋には五行封印と檻があったな。俺と同じようにあれがカナコの力の象徴なのかもしれない。
感情を持て余していた俺はなんとなく霊剣を本棚の上に飾った。ここなら一番高い場所で神棚のように奉っているように見えるし、心なしか手を合わせると神社に来たときのような引き締まった気分になれる。
……考えて見たら、この中の人はイギリスの宗教関係の人だったはず。
まあ、いいか日本の宗教は大らかなのがいいとこだ。
形から入るのも悪くない。それに心なしか先程より歯車の調和が整っているようだ。
この霊剣、俺が闇の囚われたときには全く役には立たなかったうえに刀の美術的な価値は全くわからないけど、見た目が気に入っているし、俺が預かると言った以上大事にしたいと思う。
さて、気分転換したところでコスプレ野郎について冷静に考察する。
別にコスプレを否定するつもりはない。好きなキャラクターになりきりたい願望は俺にもある。役者は一度やるとのめり込んで止められないという通説があるが、元演劇部だから理解しているつもりだ。いろんな人生を体験できるのは得難い体験であり、あの一体感はいいものだと思う。
俺の場合は絵本の読み聞かせから始まった技術だから一人多役や二重人格などの切り替えるのが得意だ。希モードで思考は浅野陽一ながら、十歳の女の子の雨宮希としてふるまうことは可能にしているのはこれが大きい。
ただし、あれはそのような場で同好の士が集まって場を与えられて舞台があって成立するものだ。だから役作りでもないのに徹底的に現実生活に自分の妄想を持ち込んで他人を巻き込むのはダメだ。アトランティス王国戦士団でもその辺は徹底していた。
すなわち現実生活に持ち込むな。
しかし、そんな倫理的な理由だけではこの怒りの本質はついていないと思う。
もっと考える。
シンプルに絞っていくなら、俺の顔と声で恥ずかしいことやってじゃねえに集約される。
じゃあ、どうして恥ずかしいのだろう?
俺は自分の容姿に自信がないからカッコイイキャラを演じても、他人にどう見えているかが気になる。柄じゃない。鏡見ろと言われてるんじゃないかと考えてしまう。斎ちゃんに役者を勧められて、曖昧にごまかしたのも根底にはそういう感情があった。それに比べて奴はそんなのお構いなしだ。場違い、大根役者だろうが全く周囲を気にしないで振舞っていた。しかし、それがなのはちゃんたちにはウケた。仲良くなるきっかけになったといえるだろう。奴でなければ一日で友達になることなどできなかったのは間違いない。
ああ、なるほど。
どうして奴がこんなにむかつくかわかった。つまらない理由で認められなかったらしい。
自分自身のことなのに、案外分からないもんだ。
理解した瞬間今までわだかまっていた心が水面のように透明に、激しく波を打っていた心が静かに落ち着きを取り戻していく。
……いいぞ。この感覚だ。思考して葛藤することで怒りの本質を噛み砕いていく。ズレを生じてた歯車がぴったりと合った。
この感覚に希ちゃんへの想いが加われば俺の最大の力を発揮する精神状態だ。まだ、未熟で揺らぎやすく、短時間しか続けられない上に自らの意思でスイッチ入れることは難しいが、必ずモノにしてみせる。
この状態の俺なら最大限に力を発揮できる。
歯車は完全に元の調和の取れた出力に戻った。
(ソウデ~ス。自分ノ過チヲ認メ、相手ヲ許ス事ガ救イノ道ナノデ~ス。ソレガ内ナル声二耳ヲ傾ケ、心ニカミヲ宿シテイルトイウ事ナノデス。アナタニハカミ二仕エル資格ガ十分アリマス。是非洗礼ヲ受ケテ私ト同ジ道ヲ… )
なんか途切れ途切れの変な声聞こえてくる。久しぶりに聞く霊剣聖乗十字に宿るジョージさんの声だった。よくわからないが、褒めてくれているらしい。
(貴方ハカミヲ信ジマスカ? )
カミ? 髪のことか?
「ああ、この十年くらいずっと信じて頑張ってきたし、例え報われなくても、これも試練だと思って信じているけど」
俺の髪への想いは始まりこそ不純なものだったが、貫き通してきた確かな力だ。
(……エクセレント! 素晴ラシイ。父ト聖霊ノ御名ニオイテ。許シノチカラヲ知ッタ貴方二祝福ヲ)
なんかかみ合っていない気がするけど、どういう意味だ?
霊剣が光り、水の粒が雪のように俺の部屋の天井からゆっくりと落ちて頭と肩に降り注いだ。
これはあれか。洗礼ってやつじゃないだろうか?
黄金の光があたりを包む。
まあ、いいか。
これも何かの縁だ。夢で洗礼受けたからと言って何かが変わるわけじゃないだろう。生前から特定の宗教に入っているわけじゃないしな。
体が輝きを帯びる。
神聖な光が部屋を浄化していく。
黒と桃の隙間に黄金の小さな歯車が加わり、出力が上がる。気流を生み風を生じさせていた。
……風か。いいな。澱んだ黒い霧を祓うのにふさわしい。
(コレデアナタハ神ノ子デ~ス。洗礼名ハ奇跡ノ右手、聖フランシスコ・ザビエルノ名ヲ…「お願いです。その洗礼名だけはやめてください! 」
言葉をさえぎって最後まで言わせない。俺にとっては縁起でもない名前だ。イギリス人なのにポルトガル人の聖人を使うのはどうなのよ?
(デハ『アンドレ』ナド)
「それもなんか途中で銃で撃たれて死にそうだから嫌だなぁ。ジークフリードってないの? 一応もうひとつの名前なんだけど」
それに決まった。
ジョージさんの洗礼により、俺の名前は正式にジークフリード浅野陽一になった。
ジーク浅野とか芸人みたいだなと思ったけど、首を振って頭から追い出す。
少しだけ、霊剣を手に取りジョージさんと話をした。
先程からどうやら俺の力の影響を受けて破損した魂が少しずつ回復しているらしい。折れた部分の刃先が指の爪くらい再生して伸びている。
……やべ、カナコになんて言おうか? 捨ててらっしゃいとか言われそうだ。
ただ相変わらず名前とか自分の記憶に関することは全く思い出せていない。名前は立派なものを継承者として受け継ぎ、異教徒の国日本に渡ったところまでは覚えていて、それから先はひどく曖昧でかれこれ数百年は経っている。
理由は魔物と戦いで刀身が折れたせいで、武器として機能を失い、それを悼んだ所有者によって神社に奉納された。
本来なら眠ったまま朽ちるはずが、神社から持ち出され、ある男の手によって再生されたそうだ。混濁した意識の中で途切れ途切れながらも男の声が聞こえていたらしい。その男は白い服を来た魂の科学者を名乗る者で、同じ成分の材料さえあれば機能の修復と複製は可能だと言っていた。実際こうして作り直されたが、完全な修復はできなかったようで、それができないとわかると途端に興味を無くして、あの退魔師を名乗る男の手に渡るまで放置されていたそうだ。そして、俺と退魔師との戦いで剣は再び折れ、希ちゃんのスキルのよって魂のかけらを吸収された。そのことについては聖職者らしく何の怒りもなく、むしろ刀身が折れて消えるはずだった魂を救ってくれて感謝していると言われた。
ちょっとむずがゆい。俺には助けたという意識すらないからそんなこといわれても困る。むしろ、加害者に近い。
現代の知識については前の所有者から少しは得ているそうだが、このままじゃかわいそうだな。希ちゃんの力で再生させるのはカナコが反対するだろう。だったらせめて十六夜さんも他の霊剣からの目撃情報もらっていたし、罪滅ぼしも兼ねて余裕が出てきたらこの霊剣の素性を聞いてみるのもいいかもしれないな。
ジョージさんの返事がなくなったところで本棚の上に飾り手を合わせる。
新しい名をありがとう。これからその名前にふさわしい男になって戻ってきます。
俺は部屋から出て図書館に戻る。奴はもたれかかったまま目をつぶって待っていた。相変わらずカッコつけているが、洗礼を受けたおかげて静かだった。
「むっ!? また、少し雰囲気が変わったな。目つきが違う」
ジークの少し警戒したような目で俺を睨む。
すでにジークをどうするかは結論は出ている。
共存も考えたが、何が何でも再び一つになる必要があった。本来の名前にジークを加えたのも決意表明の現れだ。さらなる高みを目指すなら、ここでの対決は避けられない。おまえも超えるべき壁なんだ。俺は名前にふさわしい力を取り戻す。
ジークフリードに向き直って言った。
「やはり、おまえとは今ここでケリをつけないといけないようだな? 」
「よし、夕日が差す河原で殴りあうのだな? 」
タイマンで殴り合ってお互い疲れてボロボロで地べたに倒れて、やるじゃないか。おまえもな。みたいなことでもやりたいのか? そんな青春古典芸能、どんな罰ゲームだよ?
うまく伝わっていないようなので俺はできるだけ真剣に感情をこめて言った。
「違う。浅野陽一とジークフリードはこの世に一人だけでいい。そういう勝負だよ」
「天空に極星はふたつはいらぬということか。望むところよ。どのように戦うつもりだ? 」
動じてる様子も気負っている様子も見られない。俺の言葉の意味と力の差を知っても、なお引くつもりはないのか。そういうところは無謀とも言えるが、揺るがぬ心の強さを感じさせる。だから、邪道でなく正面からきっちりと受けて、叩き潰す必要がある。敗北を認めさせなければならない。そうでないと再び分かれてしまうだろう。奴は俺自身でもあるのだ。
「戦い方はおまえが納得できるやり方で決めろ。なんならお互いの差を埋めるため俺の力を分けてやるぞ。勝ったほうが相手の言うことをなんでも聞くということでいいか? 」
「いいのか? 悪いが俺はおまえとは別個の存在として個性化している。生き方を全うするために遠慮はせんぞ」
ジークにしては珍しくこちらを気遣うような言動だ。
「はあ~ 本気でいるのかおまえ? 」
ため息をつく。俺の力を正確に分析したというのにわかっていないらしい。俺は体の中に封じ込めてある力の一端を解放して奴とリンクする。
「何をっ!? 」
元々同じ存在だからそんなに難しいことじゃない。俺の力を感じて奴はさすがに戸惑っていた。これで俺の力と奴の力は共有化される。同時に奴の力も共有化された。思考もある程度は読める。これで力は互角。後は魂の削りあい。使うものの意志の差で決まってくるだろう。
「これで条件は同じだ、後は俺とおまえどちらの想いが強いかで決まる。まあ負ける気はしないな」
奴のなのはちゃんへの想いも強い。しかし、俺の想いは遥かに先にある。奴の額から汗がにじんだ。
「……これほどの力を分け与えておいてそれを言うのか? 部屋で一体何があった? 精神と時の部屋でもあるまし、さらに強さを増している? 」
「ああ、洗礼のことを言っているのか? これはただの副産物だぞ 」
そう言う俺にジークは観念したかのように笑う。
「ふふふっ、まだまだ伸びると言うのだな? この時点でも通過点だと。 ……なるほど俺の負けだ。この力でさえ俺の手に余る。何をしようと勝てる気がせん。よかろう。好きにするがいい」
そう言うと奴はおもむろに服のボタンを外して服を脱ぎ自らの上半身を晒し…
俺は迷わず電光石火で動いていた。
グシャッと肉がつぶれる鈍い音が響く。
俺は無言で間合いをつめて後ろ回し蹴りを後頭部に打ち込み、奴を地面に叩きつけていた。奴の頭が地面にめり込む。踏み潰すように体重をかけるのも忘れない。俺の運動神経ではとてもじゃないができないことだが、考えるより先に体が動き、人知を超えた動きを可能にしていた。
「……脱ぐんじゃねーよ。キモいわ。つーか、俺なんでこんなことできんの? 」
自分でも言うのもなんだが、俺は文系で運動神経は普通だ。浅野陽一の頃はもちろん体操選手や格闘家のような動きはできないし、どうやったらできるかもわからない。
「見事な蹴りだ。共有化した状態で反応できなかったぞ。やはり貴様のその技はつっこみベース技のようだな。ぐふっ 」
倒れたまま奴は得意の解説を始めた。それによると俺と奴の初対面のときからのつっこみ、恐ろしく早いハリセン錬成からのカナコの下ネタ制裁。暴走していたときの奴への攻撃は全く視認できなかったそうだ。つっこみたいという思いが世界の法則を越えて時間の壁を超えて超神速のつっこみを可能にしているらしい。
「おまえ、まさか、このためにわざと? 」
「せめてもの贈り物だ。これからは意識して使うことも可能だろう。ゲホゲホっ! 」
「おい、しっかりしろ」
俺は反射的に吐血した奴の肩に手を回して身体を起こす。なんだか雰囲気に流されているような気がするが反射的に動いてしまった。今にも死にそうな表情のジークフリード。目はうつろで幻覚で誰か見えているかのように宙に手を伸ばし、諦観した声で虚空の人物に話しかけた。
「ああ、なのは様、あなたを残して行く私をお許しください。せめて、せめて、もう一度だけあなたにお会いしてこの胸の想いを告げたかった。また、次の輪廻でお会いしましょう」
悲劇に浸って実に気持ち悪い。この大根役者がっ!!
ああ、俺って他人から見たらこんなふうにみえてたんだなあとわかった。俺は辛い過去があって今でもそれに苦しんでいている。だけど同情なんていらないぜっ! ……チラッというのが見え隠れして非常にやるせない。自己陶酔の極みだ。股間に手を当てたまま恍惚の表情を浮かべている。
恥ずかしい。
このまま消えてしまいたい。どうしてコイツは俺のマイナス面を抉る真似ばかりするんだろう。しかも、自覚がないからタチが悪い。このまま芝居を続けさせたら、また、殺したくなるので、ため息をつきながら提案する。
「別に消えるわけじゃないぞ。今度こそ自分自身の分身をゆっくりと受け入れるだけだ。時にはアトランティスの最終戦士として振舞ったっていい。おまえの想いも継ぐつもりはある」
驚き問いかけるような顔でこちらを見る。
「いいのか? おまえにとって俺は黒歴史なのだろう? 」
「ああ、そうだよ。だけど、同時に周囲が何を言っても気にしないで、カッコイイと信じたもの自分のものとして取り込んでいるおまえを羨ましくも感じてたんだ。……嫉妬してたんだよ。言わせんな。今の俺はできない。馬鹿にはなれてもどこか冷静に滑稽だと見ている自分がいる。徹底的にはできないんだ。おまえは俺さ。俺の影。シャドウ。抑圧してる自分。もうひとつの可能性なのさ。そして、認められない欲求を満たす英雄願望が形になっただけ、今度は捨てない。大事に抱えていくよ」
ようはジークを俺の一部として認めればよかっただけのことだ。それが認められず抑圧したせいで同化への道を阻んでいた。
「そうか。あらゆるものを飲み込む黒い女の特性をも自分のものにしつつあるのだな。すべてを受け入れるということか? ……完全に化けたな。愛を知り、たった一度の勝利がここまでおまえを変えてしまうとは。不思議だな。怖い気持ちがない。俺は消えなくてもいいのか? 良かった 」
俺の気持ちが伝わったのか穏やかな口調で安堵の表情を浮かべるジーク。なんだよ。そんな顔しやがって。
「そうだよ。これからも頼む。俺の影にして英雄、だが、気に入らなかったら、いつでも追い出すからな」
また一つのなるために苦労するのかもいいかもしれない。怒りは消え、あれほど嫌っていたはずなのに、寂しさがこみ上げそんなことを言ってしまった。
「それはこっちのセリフだ。そのときが来るを楽しみにするとしよう。そうだ! 耳を貸せ。最後に言っておくことがある」
「なんだ? 」
そう言うと奴の顔に耳を傾ける。
「カナコに気をつけろ! 共有すればわかることだが、何をするかわからないところがある」
「ちょっと待て、どういう意味だ? 」
「……ああ、今還ります。なのは様」
質問には答えることはなく、苦しみから解放されてうわごとのようにつぶやくと奴は光の粒となって俺の中に消えた。カナコに気をつけろとわざわざ言うのは少し気になる。それより、やっぱりあいつも消えるのが怖かったんだな。俺が奴を同じ存在だと認めなかったのと同じように、奴も自分自身が無くなってしまうことを拒んだのだ。
誰しも何も残せないまま捨てられ消えていくことはつらく悲しいことだ。俺は他でもない自分自身の一部を捨てようとした。
やはり俺はまだまだ未熟だ。
(俺もまたおまえの礎になって力になろう。我はアトランティスの最終戦士ジークフリード! 王剣を守る小手なり)
ふたつの影がぴったり重なる。
俺は自分にとって受け入れ難い。影を受け入れた。
これは魂の成長に他ならない。
俺はまたひとつ階段を昇った。これからは舞台で言うようなどんな歯の浮くような台詞もクサイ言い回しも恥ずかしくないだろう。
……いいのかそれで?
ちょっと間違った方向に行っている気もするが、自信を持って、堂々と言いたいことを言うのはいいことだ。
胸の愛と憎しみに歯車の周囲に小さな赤い歯車が黄金のものと噛み合う。心の中から湧き出る力がまたいっそう強くなった。出力が驚異的に上がる。俺の器から力が溢れ出て止まらない。腕がぶるぶる震えている。
「ははっ、これだよ。そう、この力だ! 」
思わずこんな言葉が出てしまった。
強くなれるとは思った。
そのつもりだった。
しかし、まさかこれほどとは思わなかった。震える腕から出てくる力の大きさに戸惑いを隠せない。
「なんという力だ。究極のパワーだ。 勝てる!!! あいてがどんなやつだろあろうと負けるはずがない!!! 俺はいま究極のパワーを手に入れたのだ――――――――――――っ!!! 」
俺は思わず叫んでいた。今なら空だって飛べる。あまりの力に笑いがこみ上げてきた。
「うはははははははは――――――――――――っ 」
……
……
ここは現実世界。眩しい朝日に照らされて俺は地面に倒れていた。
「ま、まさか、この俺が… 」
完敗だった。俺は人生の大きな舞台に立っていた。 ……それ乾杯やん。
そんな寒いギャグに一人ツッコミが入れられるほどおかしなテンションだった。
毎朝の習慣で他人の家でも早めに起きたなのはちゃんを訓練に誘って勝負を挑んだ。
いつものように模擬戦。カナコと希ちゃんはなしで俺だけで戦ってみた。
自信はあった。
その結果がこれだ。俺は過去最高の力を発揮したと思う。カミノチカラはさらに強力になり、風を纏っていた。さらに変幻自在で攻守にわたって冴えまくり、なのはちゃんの誘導弾や砲撃を竜巻のように高速回転する髪で弾いて防ぎ、中距離では優位に戦っていた。飛行魔法で金網にぶつかって鼻血を出していた頃に比べると桁違いに強くなっていたと思う。勝利のイメージさえ出来上がっていた。
おれつえええええええと調子に乗っていた。
しかし、それはほんの十数分のことで徐々に拮抗して逆に攻められるようになった。俺はさらにギアを上げるものの、イメージ通り体が動かなかった。いや、鈍くなっていた。簡単に弾いていた誘導弾の圧力が徐々に増している。レイジングハートが輝き、なのはちゃんが表情が引き締まったものになったかと思ったら、プレッシャーが一気に肥大して、巨大化したなのは様から放たれる大砲撃の幻覚を見せられた。
それと同時に勝利のイメージはもろくも崩れ去る。
俺はいつの間にかバインドによって拘束されていた。
んっ!! なんでだよっ! 取れねえ!!
枝のように別れた未来への道が、無数にあったはずの勝敗の行方の選択肢が消えてたった一つに結果に定まる。
それは何しても負けるという圧倒的な敗北イメージだった。
なのはちゃんの周囲に魔力が集まる。その一つ一つは微々たるものだが、視認している空間すべての魔力となると話は別だ。
しかも、俺のまで使ってるっ!
集まった魔力はまるで桃色の太陽のように輝く。
それはすべてを終わらせる勝利の一撃。
終 息 砲 撃
なっ! ちょ! 最終奥義!
「スターライト… 」
天からくだされる神の審判の如き詠唱が告げられる。反射的にカミノチカラをすべて防御に回す。
負けるのはわかってた。でもこうせずにはいられなかった。
「ブレイカアアアアアアアアアアアァァァァァーーーーーーー 」
ジャッジは下された。
上空から迫ってくる桃色の魔力の奔流を僅かなあいだは受け止めたが、圧倒的な出力を前に飲み込まれた。
やっぱり撃たせたらダメなんだ。
俺は地に堕ちた。ギアを上げたのは向こうの方だったということだ。高速道路を100キロで走ってたら、300キロで抜かされたそんな気分だよ。フェイトちゃんとか音速超えて衝撃波でふっとばされそうだなとか、くだらない考えが頭に浮かんだ。勝てると思ったんだとけどなあ。
「大丈夫ですか? あ、あの、ごめんなさい。撃っても耐えられそうだったから」
「うん、ちょっと疲れたから休んでるだけだよ」
なんとか返事を返す。まあ、非殺傷設定だから心配はしてなかったし、守りの意味では自信を持ってた。実際こうして無事だし、戦力分析も正確にされていると思う。
なのはちゃんの想定内に収まったと言うことだ。
それでも死ぬかと思ったのは確かだ。いや、何度もくらったことあるけど、今までの人生で最大の恐ろしい衝撃だった。胸がドキドキしている。
目の前のあどけない少女は申し訳なさそうな表情で覗き込んでいる。可愛い外見に反して戦闘力は凄まじい。原作でもこんなに強かったかなあ。ちょっとコツを掴んで強くなったつもりの素人が世界ランカーに挑んだようなもの。無謀な挑戦だった。
認識不足だった。器が違いすぎた。生まれついての戦闘強者の一族を血を引いていることをすっかり忘れていた。
俺の中のジークはなのはちゃんを見ているだけで喜んでいる。半ば融合しながら意識を保っていた。そのせいか奴の考えることが手に取るようにわかるし、奴の感情に引っ張られて今までにない感情でなのはちゃんをみつめてしまう。
やだ。なのは様、強くて凛々しくて可愛い。素敵っ! 抱いてっ!!
……って、ロリコンはおまえじゃねーか!
(バカを言うな。好きな人がたまたま幼かっただけだ)
(それ常套文句。ジークのなのは様補正は恐ろしいな。まるで思春期少年に戻ったように胸がバクバクしているよ。ああ、スターライトブレイカーにハートまで貫かれたみたいだ)
(……ギルティ)
カナコ、頼むからそんな冷たい声で性犯罪者認定の有罪は勘弁して欲しい。というか起きてたんだなおまえ。もしかして黙ったまま見てたのか。
(なあ、カナコどうして俺は負けたんだ)
ギルティと言う言葉は無視して聞く。おまえだって俺の力はすごいって言ってたからそれは現実にも通用すると考えていた。実際数分はそのイメージでできたと思う。
(流したわね。まあいいわ。わかりやすく二つパネルを作ってみたの。右が頭の中のあなたで、左が現実のあなたよ)
右のパネルは今にも襲いかかりそうな強面の虎がこちらを睨んでいた。実物はかなり大きくて凶暴だろう。
左のパネルは威嚇するトラ模様の可愛らしい子猫だった。実物はかなり小さくて愛らしいだろう。
(こんなに違うんですかねえ? )
(あそこは思うがままに世界を変えられる精神だけの夢の世界。最終的に意志の力がすべてを決めてしまう世界よ。現実の世界は違う。現実は肉の呪縛に縛られる。目で見て聞いて感じる五感があるわ。それを活用しないと勝負にならない。並の人間は振り回されることの方が多いわ。それから、現実世界には自然の法則がある。覆えすことが困難な共通のルールがあるの。重力があるわ。空気がある。魔法を撃つには魔力が必要で術編む式があって、時間は平等よ。相手も常の考えて行動している。人形じゃない。知恵でこちらを上回ってくることもある。それを超えることは容易じゃない。あなたのカミノチカラはそう言う意味では異常ね。水気の類の力のはずなのに風を起こすなんてデタラメもいいとこよ。十数分持ったのは模擬戦で加減していて、なのはとレイジングハートが初めてみる技に警戒して推し量っていたからよ。あなたは単純に魔力が底をつきかけただけ。ちゃんと管理しないからそんなことになるの)
ぐうの音もでねえ。なるほどバインドが解けなかったのは魔力切れが原因か。
たしかに当たり前のことだ。そんな基本的なことが抜けていた。いくら頭の中で強いと思っていても現実には通用しない。
(俺、夢の感覚に慣れすぎていたんだな。気だけが大きくなって、この有様か。なあ、カナコはどうしているんだ? )
夢の世界での生活が長いから現実でどうしているのか気になった。
(私は最初から現実と同じようになるよう縛りをかけていたわ。この姿は希のボディイメージに合わせているからよ。五行封印とか生理的なもので現実と乖離している例外はあるけど、戦闘や身体能力に関しては現実と夢の世界で差異が出ないようになっているの。情報操作系は元々私の力だし、現実の希の脳の神経伝達を制御しているから、図書館の管理とかその縛りでも動くことができるの。それに簡単な道具の具現化くらいならイメージするだけでいいからそんなに難しいことじゃない。ゲームだって法則に基づいてプログラムを組んだだけよ。当時は外の方が危なかったもの。とっさに動けないと捕まる可能性もあったし、ここでの私の肉体の動きは全部現実に基づいているわ。だから外でも同じようにできるの。攻性プログラムは夢の世界で制限のあるそんな私をサポートするために作ったの。プレシアの動きが現実にできれば最初から鍛える必要なんてないわ)
なにげに恐ろしいことを言っている。同時に納得もしていた。
(すげえなあ)
そんな言葉しか出ない。それだけ現実のイメージ力が優れているということに他ならない。夢の世界の訓練がカナコにとっては現実の訓練と変わらないのだ。非力な希ちゃんの身体能力で大人一人とやりあってきた。そのくらいできないと生き残れなかったのだろう。それに加えて資質はあったとはいえ魔法による補正でまさしく鬼に金棒。自分の魔法の才能もなのはちゃんと比べて霞んでいたが、ユーノ君から基礎を学んで、いろんな人の技をコピーしながら、ほぼ独力で開拓している。
なのはちゃんと同じ時期に魔法を覚えて、フェイトちゃん、クロノ君とまともに戦うことができる理由がようやくわかった気がした。
やはり天才か! 天才で人に負けない努力までしていたら誰も勝てないな。差は広がるばかりだ。クロノ君やなのはちゃん、フェイトちゃん、ユーノ君も同じような努力を重ねているのだと思う。
(私は理に基づいた予想通りの結果しか出せない。だから外的な要因が強いものや予想外の出来事には弱い。私から見たら、あなたの意志の力の方がよっぽど恐ろしいわ。外的要因や予想外の出来事にあたふたしながらも、うまく取り入れて結果を引き寄せる。何が起ころうが結局関係ない。諦めない絶対の意志の力が約束されたように奇跡を生む。さっきの戦闘だって常に全開なんて無駄な使い方さえしなければ…… いや、これはいいわ)
途中で何か言いかけて黙る。
(えらく持ち上げてくれるんだな? )
(あなたは自分の思う道を進めばいいわ。私は希のためになるかぎり、あなたの選んだ道の支えになる)
心強い言葉だ。
天才と努力家ばかりで気後れしそうな心が力を取り戻していた。希ちゃんとは違う共通の目的に進む仲間意識というか、背中を預けてるような気持ちになる。一人では無理だけど、こいつと希ちゃんとならどんな相手だろうと勝てる気になれた。
実際いい相棒だよな。
だからこそあのとき一瞬だけ見せた野獣のような目が気になる。奴が感じたのは蛇に睨まれたカエル。蜘蛛の糸にかかった蝶。肉食獣にターゲットにされた草食獣のような本能的な恐怖だ。以前に同じ目をした子に見られていた記憶があるが、誰だっただろう。
いろいろ気にしても仕方がない。希ちゃんのためという意味においては俺とカナコの共通認識は変わらない。それでいいと結論を出す。
今回はなのはちゃんに負けた。うん。完全に負けた。
負けて良かったと思う。自分の力に溺れて見誤ることだった。ヴォルケンリッターと戦いになったとき、この調子で挑んだら目も当てられない。幸い俺には俺の武器がある。背伸びする必要はない。得意分野を活かせばいい。苦手な戦闘でも創意工夫して、努力すれば、力及ばすとも、足止めくらいはできるだろう。
(本当にわかってないのね)
カナコは俺が迂闊で怖いもの知らずような含みを持たせた言い方をする。少しだけ気になったけど、気配が消えてとドアを閉める音が聞こえたから聞くことができなかった。
何がわかっていないのだろう?
こうして早朝訓練は終わった。
前日のこともあって、みんな少々疲れ気味だった。希ちゃんは爆睡モード。恐らく夜まで起きてこないだろう。俺は完全に徹夜だ。どこか出かける気にもならなかったので、ゲームしながらだらだらと過ごしていた。十時を過ぎた頃、体のなまりを感じたのでお爺ちゃんの許可をもらって屋敷内を運動を兼ねて探検する。昔の金持ちの象徴の蔵まであるのだから純日本式と徹底的に拘っているようだ。蔵の数は全部で5つ。おじいちゃんの話では蔵の中には前の屋敷から持ってきた先祖代々のものやもう亡くなった身内の身の回りのものが置いてあるそうだ。
俺たちは鍵を借りて中を見てみることにした。中の見るのは自由だということだが、一番右端の4番目の蔵だけはただの蔵書部屋だが、足場が悪くけが人が多く出たそうだから子供が入ってはいけないと言われた。しかし、そう言われると入って見たくなるのが人間というもの。まさか秘密の隠し部屋があって血に濡れた拷問道具が置かれていたり、妖怪でも封印されていると考えると少し楽しい。後でひとりで入ってみるか。
最初の蔵には壺や皿が置かれているが見えた。これ売ったらいくらになるんだろうとか、庶民的思考が浮かんだが、今は金に困っているわけでもないし、すぐにくだらないことだと考えを改める。みんなおっかなびっくりしながらも興味深そうに眺めている。その中で目を引いたのは血の跡が付着した碁盤だった。不思議なことにそれをみんなに言ってもアリサちゃんから怖がらせないでよそんなのついてないじゃないと怒られただけだった。
(もしや、その血の跡があなたには見えるのですか? )
という整った顔立ちの烏帽子を被った若い男の声が聞こえた気がするが、無視して足早に蔵を出る。
ふう。危ない危ない。現代に棋聖を蘇らすところだった。次行こう。
二つ目の蔵を開ける。扉を開けて漂ってくるかび臭い匂いに顔をしかめていた。
(おめえ…… ニンゲン…)
渋いしゃがれた声が聞こえた瞬間。バタンっとドアを閉めて、鍵をかける。
いや、槍とかいらないし。
なのはちゃんたちにはかび臭い部屋だから入りたくないと言って誤魔化した。
この家の蔵にはまともなのがないのだろうか?
三つ目の蔵を開ける。酒蔵のようで大きな樽がいくつも見えた。地下にはワインセラーまで完備されている。
アルコールの匂いがするけど、ここの空気は澄んでいるな。神社や寺に来たような独特の雰囲気がある。
それにしてもでけえ樽だな。
全部で8つか。
一つだけでも大人数人が風呂入るくらいの大きさある。全国展開してる酒造メーカーが作る量に匹敵するんじゃないだろうか? え~と、銘酒竜殺しか。角の生えたよいどれ占い師とか喜びそうな名前だな。
ワインセラーはラベルが外国語ばかりで南米からヨーロッパまで幅広い。年代もかなり古いものがある。良く知らないけど、めちゃくちゃ高いんじゃないだろうか?
ごろーとか大喜びだろう。つよしはしんごーしんごーと連呼しながら脱ぎそうだな。
高そうな酒ばかりで、こんな体じゃなければ飲みたいもんだ。
基本ひとりだったから、店以外で飲むことはあまりなかった。しかし、集まって飲む楽しみを知らないわけじゃない。庶民舌のせいで高いお酒の飲んでもまずくて味とか全然わからなかったけど、きっとみんなで飲む酒は美味しいだろうと思う。
何年か過ぎて大人になって、ここの酒でみんなと飲んでいる光景を夢想する。目がすわって愚痴り出すなのはさん。眠ってしまったアリサちゃん。血を求めて希ちゃんにしなだれかかってくるすずかちゃん。誰彼構わずキスするフェイトさん。真っ先に餌食にされたアルフ。立派なメガネサドに成長したユーノ君。家庭的な雰囲気を出して違うステージにいるクロノくんたち一家。それはたやすく叶う未来のような気がした。
いや、叶えよう。上手くいけばはやてちゃんや騎士たちだってこの中に入るはずだ。
ただ酔った希ちゃんがどんなになるか想像できなかった。
ようやくまともな蔵で、一通り見てすぐに蔵を出る。
四番目は飛ばして五番目の蔵に入る。すごく気になるし、蔵書部屋ということですずかちゃんは関心を示していたが、一応おじいちゃんの言いつけにあったから今は入らない。なんだかアリサちゃんも不安げな表情しているし、嫌な予感がするのだ。危険だと言われているところに入って、よそ様の子を怪我させては申し訳ない
五番目の二階式で一階には古めかしい着物や化粧品が置かれていていた。
こっちは古い生活用品ような品々が多い。
しかし、まあ、品のある道具ばかりだな。最初の蔵の骨董品や美術品と並べても素人目には区別がつかないと思う。いい仕事してるぜ。
あれっ!? このティーカップセットどこかで見たことあるな。普段の生活ではあまり使わないし、こんな特徴的なの覚えがあるのがおかしいはずなんだが。
……
ああっ! そうだ! カナコが使っているやつだよ。間違いない。
ということはあれもあるはずだよな。うっすらとホコリを被った衣装ケースを開けて丁寧に調べていく。すると、色あせてはいるものの、いつも見ている少女が着ている黒いドレスが目に入る。同じものだ。赤いバラの髪留めもどこかにあるのかもしれない。希ちゃんのおかーさんはここで衣装を手にとったのだろうか?
(へえ、私のなんだ。希の母親は誰をモデルに私を作ったのかしら? 魂の残滓も何も残っていないみたいね)
どこか面白そうに答える。自分のことだというのにこの調子だ。自分の記憶のかけらだというのにあまり関心がないというか執着しない。俺はおまえの自分を全く省みないところが心配だよ。いつだって希ちゃんことばかりだ。
そっと衣装を元に戻す。
二階に上がると部屋の奥にあまり似つかわしくない子供用品が見えた。服やおもちゃや学用品が整然と並んでいる。名前を見てぎょっとする。
雨宮美里と書かれていたからだ。
「これって、もしかして? 」
そのまま沈黙の空気が流れる。恐らく俺が雨宮の家で見つけては都合の悪かったものが置かれているのだろう。今はそうでもないが、百合子さんと一緒だったら気まずいな。
どんな子だったのだろうか?
俺がこの子から百合子さんと居場所を奪って、こんな場所に追いやった俺のことを恨んでいないだろうか?
ごめんなさい。心の中で謝る。
死者は何も答えてはくれない。
当たり前のことだ。死んでしまっては許す許さないもない。俺は百合子さんの娘がどんな子だか知らないし、会ったこともないのだ。ただすごく愛されていたんだろう。丁寧に置かれた遺品からも痛いほど伝わってくる。
……ここは良くないな。出よう。いや、待てよ?
(カナコ、ここにある品から魂のかけらは集められるか? )
(できるけど、しないわよ。……わかっているわよね? )
驚く程冷たく確認するようにゆっくりとした声で返す。こええよ。ゾクッと来た。自分のことは無関心なのに、地雷を踏むとこうなる。それができるならプレシアのときにとっくにやっているはずだと言いたいのだ。これは俺のエゴ。席を奪ってしまった後ろめたさと百合子さんが喜んでくれるかもと軽い気持ちから魔が差したに過ぎない。
(ああ、確認しただけだよ)
(私が言うことじゃないけど、魂だけでも死者はむやみに蘇らせるものではないわ。古今東西、死者を蘇らせようとしたものは不幸に終わったことが多い。プレシアは言うに及ばす。希の母親は恐ろしい存在になってしまった。私だってあなたを蘇らせたときは最初はただの駒として扱ったわ。本来はそれが正しいと今でも思ってる。それが今じゃ私たちと同等以上になりつつある。いえ、意思の力だけで無から有を生んでいると考えるなら完全に逸脱した存在。今も成長してる精神の怪物よ。本当に運が良かったのね。きっと摂理に反することにはそれ相応の報いがあるのよ。これから先は何があろうと使わせないわ。たとえ希が誰を生き返らせることを願ってもね。再生させたら希の中で生きていくしかないの)
俺を駒とか逸脱した存在とか、そういうところを包み隠さず言うところはカナコらしい。
(いや、悪かったよ)
(分かればいいわ)
(ついでに聞いておきたいんだけど、希ちゃんが再生させた魂を別の肉体に定着させることは可能なのか? )
(ええ、理論的にはね。霊剣十六夜なんかその典型でしょ? 私の祖かぐやだって肉体を変えながら長生きしたらしいし、技術としてはあるのは間違いないわ。再生した魂をシンクロの要領で情報を流し込めばできなくはないはず。私は封印が専門だからできないわよ。希だって吸収と再生が専門だからできない)
前に月の管制人格がカナコは転生魔法の要領で転写されて、術者が未熟だったせいでカナコは自身の記憶が不完全だと言っていた。来週には月と管理局との交渉に参加するから聞いてみるも悪くはない。
……駄目だ。
魔が刺したとわかっていたはずなのに。死者蘇生の可能性を追求してしまっている。
もし、希ちゃん以外の誰で俺の大事な人が死んだとき、その誘惑に耐えられるだろうか?
もし、百合子さんから娘に会わせてと懇願されたとき、断ることができるだろうか?
答えは否だろう。そして、無邪気な希ちゃんは俺の願いを聞いてくれる結果まで予測できる。
死者蘇生。
これは甘美な誘惑だ。有り得ないことを起こすからこそ、その価値は計り知れない。プレシアもアリシアへの想いが強すぎてこのような結果になった。愛するものを失ったものがそれを取り戻す手段があると知ったとき、たとえどんなことだろうとやってしまうだろう。
希ちゃんへの気持ちが強くなったからこそ、初めてプレシアの気持ちも理解できたんじゃないだろうか。そして、弟に死なれた義母のことも、理解と言うにははおこがましいのかもしれない。俺はまだ失っていないのだから。わかるような気がするだけだ。
諦めたほうがいい。いや、諦めろ。
この方法は最悪の事態になったときの解決の手段になり得る。しかし、使い手は希ちゃんのみ。
二度も死んで、生き返った俺が一番肝に命じなければいけないことなのだ。
次なんてないっ。
人生は本当なら一度きり、俺は三度目があったように認識しているが、自分の存在を突き詰めるなら、俺の魂は希ちゃんの魔力によって構成され、グレイに脳改造されたことによってある男の一生を五歳くらいの時に思い出した浅野陽一という人物の記憶を持つ全く別の誰かともいうことができるのだ。我ながらややこしいけど。取り込んだジークを含めるともっと難解になる。
その辺は斎ちゃんによって兄だと認められ、百合子さんに愛情を注がれて、希ちゃんに必要とされて、なにより俺自身が希ちゃんのために生きようと思っているから、全く存在を揺るがすことはない。
だからこそ、次なんて考えたら絶対にダメだ。
結果としてどうせ生き返らすことができるのだからという逃げ場になってしまう。弱さに繋がる。最後の最後の踏ん張りどころで力を発揮できないだろう。安易に救いを求めてはいけない。どんな結果であろうと結果として受け止めなければならないのだ。
そういう意味ではカナコの言葉はありがたいとさえ言える。たとえ希ちゃんが願っても絶対に止める言ってくれるのだから。俺の弱さを叱ってくれたのだと思う。
俺たちは少しだけ後味の悪さを感じながらこの蔵を後にする。探索はこれで終了だった。
夕方になって希ちゃんも起きだして、二日目の入浴タイムだ。初日はあまり乗り気ではなった希ちゃんも今日は積極的だった。
……悪い意味でな。
「ちょっと、希、やめ… 」
「大丈夫。お兄ちゃんと時のように洗ってあげるだけ」
その言い方はいろんな方面で誤解を招きそうだ。アリサちゃんへの好感度が上がった希ちゃんが張り切ってるらしい。当然俺はサウンドオンリーで状況を把握しようと努めていた。不思議となのはちゃんを見たいと言う気持ちにはならず。むしろ絶対に見るなというブレーキがかかっている。
「なんで、アンタが知ってのよっ! んっ! あっ! ダメえ、なのはたちが見てるのに~ 」
「アリサ、気持ちよさそうだった」
思い出したが、あのときは希ちゃんは心の奥に篭ってはいたが楽しい思い出はカナコが本にして共有しているんだったな。すっかり忘れていた。これは約束破ったことに入るのかな?
「っっっ~~~~~!! 」
堪えるような熱のこもった妖しい艶声が聞こえたところで俺は音声を遮断した。これ以上はさすがに聞くわけにはいかない。かといって介入して止めるわけにもいかない。アリサちゃんへの釈明をどうするか考えながら、俺はカナコとお茶を楽しむ。
…って、なんでおまえがここにいるんだよ。止めてやれよ。
「止めないのか? 」
「仲良くなるのはいいことだわ」
なんでもないことのようにあっさり返事をする。俺はため息をつきながら天井を見上げた。
「仲良くなりすぎて道を外れないといいけどな」
誰に向けるでもなくつぶやいた。カナコの返事はない。俺も期待はしてなかった。
時間だけがゆっくりと過ぎる。
しばらくして、希ちゃんからお声がかかる。今から夕食で俺に代わって欲しいと言われた。祖父や伯父と伯母と対面するのはまだまだ難しいようだ。
「アリサを念入りに洗った」
ああ、そうですか。止めさしたか。きっと天国を味わったに違いない。
それだけ言うと引っ込んだ。少々怖いが交代する。
みな一様に静かだった。アリサちゃんは顔がほんのり紅潮して目は潤んでいる。右手は頬に左手は太ももに添えられていた。なのはちゃんとすずかちゃんはそんなアリサちゃんを何をいっていいかわからな様子でチラチラ見ている。
湯上りのせいだよね?
アリサちゃんの手がそっと絡みつく。髪の毛を優しく撫でられる。紅潮した頬に物憂げな表情でふぅという吐息をついた。尋常じゃない色気を帯びている。
湯上りのせいだと言ってくださいよっ!
無垢な少女たちの好奇心が一体どんな結果を生んだのだろう? それはカミのみぞ知る。
夜。今日も川の字になって眠る。その頃には夢見心地だったアリサちゃんも現実に戻っていた。謝罪と釈明をしたが、なんとなく聞いているだけで、彼女にとってはそんなものはどうでも良かったようだ。俺を見る目はどこまでも優しい。
もう取り返しのつかないところまでイってしまっているのだろうか?
夢の世界へ戻る。なのはちゃんたちは来ていない。もしゲームが一晩で終わらなかったときの予備の日として考えていた。しかし、ゲームは完膚なきまでに壊されて、ぼうけんのしょは消えてしまったそうだ。そして、黒い女の本体の封印はまだ残されたまま。
俺たちは本体の封印の破壊は諦めた。必要ないという判断だ。
今の俺ならわかることだが、きっとゲームで倒してもこれだけは完全に消えることは無いだろう。あれは希ちゃんの状態によって左右されるし、倒すものでなく受け入れるものだからだと考えている。受け入れるには時間がかかる。カナコも俺の意見に賛同してくれて、焦った様子は無かった。本体は順調に弱くなっているそうだ。これなら今の状態でも大丈夫らしい。
それに俺たちはあの日を一緒に乗り越えてくれたなのはちゃん、アリサちゃん、すずかちゃんを信じている。前よりもずっと信じられるようになった。たとえ俺たちがいなくなったとしても、彼女たちが支えになってくれる。もちろんヴォルケンリッターとの戦いになったとしても負けるつもりもない。
戦闘力では及ばなくても、会話して意思疎通ができるのなら手段はいくらでも考えることできる。説得を試みてもいいし、相手を信じて理由を話せば聞いてくれるかもしれない。前の俺たちは焦るあまり戦闘でどうにかするしかないと思い込んでいたが、少しだけ相手に委ねるだけでこのように選択肢は多くなるのだ。
「変ね。状況は全く変わってない。狭まって限られた道しか見えなかったはずなのに、あなたのその言葉だけで目の前が無数の道が開けているように感じられるわ」
「そうか? 絶対にいい結果になると信じて、他人任せにしただけぞ」
「私、他人を信頼しないのは変わってないのに、楽観主義なんて軽蔑していたはずなのにあなたの毒が伝染ったのかしら? 」
軽口を叩いているにも関わらず、何か重荷が取れたようなそんな顔をしている。焦っていたのはお互い様だった。
大丈夫。きっとうまくいく。
その日は普通に早く寝て、朝早く起きた。
今日は祭日、お爺ちゃんの家でゆっくりと二日目の朝を過ごしている。なのはちゃんたちは午前中の早い時間にもうすでに帰った。
アリサちゃんとすずかちゃんは習い事が忙しいのに工面してもらった。なのはちゃんもフェイトちゃんが来る前でいろいろやりたいことがある中で来てもらって感謝している。友達とはいいものだ。そのうち何かの形で返したい。そして、それを繰り返して友情は続いていく。ただ昨日のことは一切触れることなく、いつもの調子だった。心の内はよくわからないが、水に流してくれたと信じたい。
ただ、朝からごく自然に手を繋いできたり、髪を撫でるなどの密着回数が増えてきた。表面上は何も変わらないように見えるから逆に怖く感じる。
おとーさんはとおかーさんは俺たちが起きる前の朝早くから仕事で外出していた。百合子さんは久しぶりに雨宮総一郎の妻のとして病院の催しに参加するそうだ。夜には迎えが来る。
お爺ちゃんは今日は来客のため自宅に一日いるそうだ。誰かと思ったら、知っている人だった。俺にも用があるらしい。おじいちゃんはあまり会わせたくないようだったが、俺にとっては渡りに船でいろいろ聞いておきたいことがあった。
おじいちゃんと朝食を食べながら、普段は見ないニュースを眺めていた。何かの予感があったのかもしれない。
サイバーダイン社、本社ビル及び工場爆破、社長は行方不明、犯人は脱獄した女性テロリストか? 高性能CPU供給ストップで株価最高値を更新したオレンジ社に翳り。
FBIデータハッキング、発信元は日本? インターポールを通じて日本へ要請。
月面計画。米ソ共同で再始動か!?
アマゾン密林。演習中の部隊消息不明事件。キャンプ跡発見される。
アフリカ人食いライオン、各地で被害多数。二頭一体奇形の突然変異か? 軍による広域封鎖でも捕まらず。旅行者入国禁止処置。
世界肉食獣の被害額、前年の10倍。戦後最悪を記録。
サンボマスタープー○ン首相軍事演習に参加。大虎狩りに挑戦。
第三代合衆国大統領の遺品。所在不明だった桜の木を切った斧見つかる。
剣内閣。一年経過。武闘派ながら支持率過去最高を保つ。銃刀法違反や広域暴力団組長との黒い付き合いを指摘されるも野党代表を一蹴。
大西洋海底遺跡調査団、海洋調査終了、調査進展アリ、団長冬月教授 3月に帰国予定、記者会見予定。本格サルベージ着工か?
ブータン王国、大物大師緊急来日。
枢機卿含むバチカン使節団、皇室親善訪問。異例の日本長期滞在予定。
世界の恐竜と隕石展、海鳴市で今日から三ヶ月間開催。地域の小学校にチケット無料配布。メインスポンサーで世界的冒険家にして名誉男爵ギル・グレアム氏の大佐時代のコレクションも展示中。牙、ウロコ、皮、化石、隕石等の素材を使ったアクセサリーを販売中。こんがり肉・ハチミツなどのハンター食も実演販売中。
宗教法人退魔導師育成協会。器物損壊・重要文化財窃盗・違法薬物所持の容疑で立ち入り捜査。重要文化財刀剣類多数見つかる。霊感商法で多額の被害。無許可で薬物と日本刀製造の疑いも? 教主行方不明。中国系マフィアとの関連も!?
○○県○○病院爆発事故。院長スタッフ患者含む行方不明者多数。数百名規模。爆発原因は戦前の負の遺産不発弾含む未使用化学兵器によるものか? 郊外のため発見遅れる。有毒ガス残留のため救助隊待機中。霧による視界不良のため撮影困難。現在自衛隊が半径10km全面封鎖。旧帝国陸軍施設跡の呪われた病院? 過去に患者連続不審死で立ち入り検査。
このようなニュースだった。どうでもいいニュースがほとんどだった中で、できる限り援助していた冬月さんのニュースが一番気になる。どうやら夢をかなえたようで嬉しい限りだ。今夜にでもアトランティス王国戦士団のチャットルームを覗けば降臨しているかもしれない。
アトランティス王国騎士団のチャットルームには疾風さんをはじめさまざまな外部ゲストが来る。その中でも特に仲の良い同好の士が久々に集結するかもしれない。
サイトを見るとすでに有志による首領ガーゴイルを祝う会の告知がされていた。
早いな。今夜九時からか。まあ行けそうだな。
サイバーダイン社も気になるところ。携帯パソコンのスリムフォンの歴史を変えたとも言われている。すずかちゃんの家も関心を寄せているそうだ。なんせものすごく小さいのに他社の十万くらいするCPUと同等の性能を持っているのだから、科学者の予測したCPU進化のスピードを完全に逸脱しているらしい。まあ、これも月からもたらされたものだろう。軍事ではなく民間まで普及させたのには違和感があるところだが、気にしても仕方ない。
後は、グレアム氏だな。
地球では近年最強と言われたG級ハンター。管理局の提督で闇の書を抹消するためにはやてに援助しているということしか知らない。こういう表向きの立場もあるわけか。今の動きは闇の書に合わせてのことだと思う。だが、知らない動きが多い。調べてみた方がいいかもしれない。
携帯で検索にかけてみる。トップに写真が出てきたが最初グレアム氏だとはわからなかった。髪の毛がなく眼帯をしていて、顔は傷だらけ。割とスマートだった外見だった記憶とは違うがっしりとした世紀末拳法家のようなはちきれんばかりの胸厚筋肉の体型をしている。
別人だよっ!!
その後、いろいろ調べてわかったことがある。
若いときからほぼスキンヘッドなので、恐らく月の連中から脳改造されたと思われる。しかし、操り人形にはならなかったようだ。そうでなければ、月の施設は管理局についてもっと早く知っていたはずだし、グレイを撃退したのも月の連中の利益に反している。恐らく魂に眠る別の記憶が呼び覚まされた転生覚醒者なのだろう。
ギル・グレアム。
世界最高のハンターにして冒険家。アナコンダ。双頭の悪魔。マンイーター。スノードリフト等の悪名高い害獣及び人食いを二人の助手と共に仕留めて有名になり、イギリス軍に一時所属して野外演習教官の実績もあるらしい。階級は大佐。イギリス王室から名誉男爵の地位をもらったそうだ。今も現役で、未開の森に篭ったまま数ヶ月姿を現さなかったり、所在不明のことが多いらしく。世界を飛び回っている。
資産家でジュエルシード事件のときに数日アースラに乗るために百合子さんを誤魔化す方法として利用した医療機関はグレアムの出資で成り立っている。最近では特定の宗教活動にも熱心でそこで数少ない公の場に姿を見せることがあり、バチカンの孤児院にも巨額の出資をしているらしい。
朝食が終わり、おじいちゃんは来客を待つ。
来週には月の勢力と管理局の会談が迫っている。裁判が終わったフェイトちゃんがウチの学校に転校の準備のため来る予定だ。原作ではヴォルケンリッターがなのはちゃんと接触する日になる。今のところ、管理局員との接触も無いようなので、戦うことはないかもしれない。しかし、グレアム側のけん制のためにもリンディさんやクロノ君たちに打ち明ける手筈だ。
いろいろ不安もないわけではないが、水霊、グレイのなのはちゃん拉致、退魔師、そして、暴走したあの事件を乗り越えてから俺の心境は大きく変わった。準備は大切だが予想外のことはいつでも起こる。だから、しない後悔より、やって後悔しようと決めた。
そう決めた。
ん?
メールだ。携帯を開くと疾風さんからのメールが届いていた。特にバレたような問題なく、収集は3分の2まで進んでいるそうだ。文末に「車椅子壊れてもうた(TT)」と書かれていた。
何をやったの?
ちょうど良かった。これを機会に直接話してみるか。
俺は「お話しましょう」と自分の番号をメールに添えて返事を待つ。
以前の俺ならやらなかったことだ。
今回のことも具体的なプランがあるわけではないが、ヴォルケンリッターと戦うの可能性を減らしておきたかったことと、はやてちゃんもいい友達になってくれるはずという軽い気持ちからそうしたほうがいいような気がした。四六時中監視しているわけでもないし、電話くらいじゃグレアム側にバレることはないだろう。バレたとしてもそれならメールの時点でバレてるだろうと考えることにする。
しばらくして見慣れない番号から電話がかかってきた。ちょっとだけ深呼吸してボタンを押す。
「もしもし、雨宮希ですが? 」
相手の息を呑む声が聞こえる。
「わっ! ほんま繋がった。女の子の声や。もしもし、のぞみんですか? 疾風です 」
のぞみん? ああ、そうかハンドルネームしか知らなかったはずだよな。電話越しに少し緊張して弾むような声がする。
「はい。のぞみんです。車椅子壊れたって聞いたけど、大丈夫だったの? 」
「う、うん。なんかテレビの真似しようとしたら車輪が外れてしまったんよ。リンゴは砕けたからできるおもたんやけど… あ! ちゃんとジュースにしたんやで、食べ物粗末にしたらアカン」
リンゴ素手で砕いたって…… はやてちゃんはどこに行こうとしてるの?
一応確認の意味で視聴は続けていた。確かにそんなシーンがあったと思う。両足が使えないから両腕が異常に発達したという誰もそんな設定してねえよ。監督出て来いやと許可をした立場から言わせてもらいたい。巨大掲示板でもアトランティス王国戦士団のチャットルームでも今期ぶっちぎりでネタアニメとしての地位を獲得して、頭の痛い展開にしかなってない。まさかねえあのエイミィさんが…
闇の巻物そっちのけで三角愛憎劇を繰り広げている。誰得かもわからない。ヴォルケン忍者がまだましだ。
「僕を身体を隅々まで発掘したくせに、エイミィに最深部まで発掘されるなんて不潔だよっ!! 」
「男じゃないと満足できない君が結婚? 笑わせるね。仕上げに入れられないと眠れないくせに」
「そんな! エイミィにはついているのかい? 」
耽美系ユーノ君のこれらの台詞が象徴するように本人たちには見せられない異次元にシフトしている。ちなみに良心的な放送局ではだいぶカットされたらしい。小学生に見せるアニメじゃねえな。割とマジでナイスボートにならないかな? このアニメ。
「ほんまにのぞみんなんやな」
そんなことを考えながらはやてちゃんとの会話を楽しむ。ずっとメールで話してた子と話すのは新鮮だ。話によるとアニメのはやてちゃんが車椅子に魔力を通して高速移動するシーンを見て自分もできないかとやってみたらこうなったそうだ。両方の車輪の螺子が飛んで、転倒しそうになったらしい。そして、がっつりシグナムやシャマルに怒られたそうな。その騎士たちはみんな蒐集のため各地へ飛んでいる。
見つからないようにたいぶ気を使っているようだ。
初めて話すのにまるでずっと友達だったかのようにお互いいろいろなことをしゃべった。これもはやてちゃんの持つ人を惹きつける才能だろう。このカリスマ性。これで十歳の少女だというのだから将来が恐ろしい。
さて、じゃあ本題に入ろうか。
今回電話をかけたのははやてちゃん自身の口から思いを聞いておきたかったのだ。今はやてちゃんは人生においての岐路に立たされている。そして、将来の選択をすることになる。俺たちは希ちゃんの安全のためはやてちゃんのそばにいることはできない。だったらせめて直接声を聞いて励ましたいと考えたのだ。
「はやてちゃん、来週にはあの管理局やフェイトちゃんたちが来る予定だ。私は味方が多い方がいいと考えているから話そうと思っているんだけど、はやてちゃんはどうしたい? 」
「あのな。レムリア都市連合物語を読んでから、しばらくして私が闇の書のマスターやからおじさんは氷結杖ディランダルで氷漬けにしてしまうん? もし本当だったらやめるわけにはいきませんか? って手紙書いたんよ」
……
……
かけ引きなしのド直球っ!!
俺の知らないところでこの有様だよっ!
いや、オチつけ!
自分に言い聞かせる。考えてみろ。はやてちゃんはグレアムおじさんを足長おじさんだと思っていたのに、レムリア都市連合物語のように暗い目的のために援助してるアレながおじさんだと知ったら、まず確認するだろう。現物の騎士たちは存在しているのだからそんな行動してもおかしくないはずだ。俺が見落としていただけ。想定してなかった結果に過ぎない。
「返事来たの? 」
恐る恐る聞いて見る。しばしの沈黙があってはやてちゃんはあったと答えた。
手紙の内容はこうだ。
八神はやて君へ
いつも手紙と写真をありがとう。君がいつ誰からどのような手段でディランダルのことまで知ったのか興味があるところだが、それは問うまい。私がこれからしようとしていることに比べれば瑣末なことだ。
手紙の返事はイエスであり、ノーだ。
つまり、私が闇の書の覚醒に合わせて君をディランダルで氷漬けにして永久封印しようとしているのは間違いないという意味でイエスであり、やめるわけにはいかないという意味でノーだと答える。
闇の書は地球より遥かに優れたミッドチルダの管理局の力を持ってしても完全消滅させることができず。私のミスで多くの犠牲を出してしまった。
私には忘れられない。闇の書の犠牲になった部下たちの顔が。妻と幼い子供を残されることを知りながら、闇の書もろとも引き金を引けという若い士官の顔が。
私には忘れられない。悲しみに暮れる部下の家族たちの顔が。夫を亡くしても気丈に振舞う妻と涙を堪える幼い男の子の顔が。
私は自らの罪を償うために生き残った。そして、償うために罪を重ねている。
初めて闇の書が地球の君のところにいると知ったとき、これは運命だと思った。管理局にとって地球は魔導や次元世界の概念を社会が持っていないため管理外世界とされている。人材スカウトこそ盛んだが、それ以外ではロストロギアのような危険な魔導科学の発動が確認されない限り、非介入とされている場所だ。私を含めたごく少数の地球人を除いて特別な意味のある場所ではない。
闇の書は魔導技術もほとんどないそんな場所を選んだ。
神というものがいるのなら、ここで、この場所で決着をつけよと言われているのだと思う。
私は自分の故郷も危険に晒している。だが、保険として地球の最大勢力の教会からも賛同をもらっている。どこに助けを求めようと無駄だと考えて欲しい。無論逃げても無駄なことだ。地球で万が一私が失敗しても、暴走した闇の書は管理局か、教会の手により迅速に葬られるだろう。
許してくれとは言わない。恨んでもらって結構だ。後悔することがあるとすれば、両親が死んで孤独な君がいなくなっても悲しむものは少ないと考えた偽善と君からの命乞いや非難を恐れて、直前まで黙っていることにした自分の臆病さを恥じている。
どうか、あきらめて欲しい。
私は君を殺す。
闇の書の蒐集がなくても、書は君の身体を蝕み始める。君のリンカーコアと一体になっている以上生きたまま引き離すことは不可能だ。君が死んでも転生機能で次の主に移る。君ではないほかの誰かに変わるだけ。
君で終わりになることを願っている。
どんな方法を使っても年明け前に君の体はタイムリミットを迎えるだろう。クリスマスまでは待つ。蒐集を続けながら、それまでは穏やかにすごして欲しい。
すべて片付いたら、清算として娘たちと共にこの命を捧げ、先に旅立った部下たちと君に詫びに行く。それが私の最後の仕事になるだろう。 ギル・グレアム
はやてちゃんは硬い声で淡々と読む。しかし、どうかあきらめて欲しいの辺りから声が詰まらせる。感情の揺らぎのだろう。ショックだったのは間違いない。文面から感じられるのはグレアムははやてちゃんが真実を知っても覚悟完了でかえって決意を強くしたように感じられる。しかも、地球の勢力にも根回しは済んでいるような内容で、失敗しても保険があるように書かれている。この分では管理局の方にも思っている以上に根回しが行っているかもしれない。
同時にはやてちゃんのことを思えば、ひどく自分勝手な文で破り捨ててやろうかと怒りがこみ上げてくる。
「はやてちゃん…… 」
名前だけ読んであとの言葉が続かない。言葉が見つからないのだ。なんと言えばいいのか。グレアムははやてちゃんに死んでくれとはっきり書いたのだ。
頭がぐるぐるして沈黙と時間だけが過ぎる。聞こえるのははやてちゃんの電話越しの呼吸だけ。
「おじさんも辛かったんやな」
この期に及んで、はやてちゃんの口から出てきたのはグレアムを気遣うものだった。俺の心ははやてちゃんにあきらめて死んでくれと書いたグレアムに対する怒りで満ちている。だからこそ聞きたかった。
「どうしてそんなこと言うの? 騎士たちは知ってるの? 」
「みんなは知らん。知ったら私のために泣いて怒ってくれるから。私な。自分だけやったら死んでもいいかなと思ってた。でも、今の私にはみんながおる。幸せにしてあげないかん子たちがいる。それにおじさんは私を殺したあと、死ぬゆうてた。それだけはあかんよ。絶対にあかん。私を助けてくれて、みんなに会わせてくれた優しいグレアムおじさんを後悔させたまま死なせるわけにはいかん」
強く優しい言葉だ。グレアムの気持ちを受け止めた上でこの子は答えを出した。そして、騎士たちを幸せにするために自分は死ねないと決心しているのだ。
ああ、脳天痺れた。俺、この子の味方するわ。
「はやてちゃん、俺、感動したよ。君の優しさに。大丈夫だ。君の願いはきっと叶う。俺が君の願いを叶える。俺は君の味方だ。たとえ世界を敵に回してもね」
自分でも信じられないほど気障なセリフが出ても恥ずかしくない。
「……ありがとう。ほんとはずっと不安やったんよ。私は間違ってるんやないか? ワガママ言ってるだけやないんかって。でも、のぞみんがそう言うてくれるなら私も頑張れる 」
噛み締めるように優しくしみじみとした声にこっちまで嬉しくなる。少しでも心を軽く出来てよかった。
「そうだな。いずれ俺たちのこともちゃんと話すよ」
「……ねえ、今日とか学校がお休みの日やし会われへんの? 私、のぞみんに会いたい 」
甘えるような声で頼まれて、俺もその気になる。
「ああ、もち…(裏切り者に死の制裁を)」
快諾しようとした俺の耳に地獄の底から聞こえてくるような怨嗟の声が響き声が止まった。首のところに刃物を押し当てられいるような感覚に陥った。
「どうしたん? 」
「い、いや、なんでもないよ。それより、ごめん。直接会うのはさすがに無理だよ。使い魔の猫姉妹に見つかったらまずいし」
「そっか。残念やな」
沈んだ声に未練が残るが、首の刃物の冷たさはまだ消えてくれない。汗がダラダラ出ている。すぐ後ろにうつろな目をした女が立っているように感じられた。ただ俺の妄想かもしれないが感覚的なリアリティだけはある。
「また、電話するよ。じゃあ、また」
「うん、またお話しよな」
そう言って、はやてちゃんには悟られぬように早々と電話は切った。なごり惜しいが仕方がない。首を圧迫していた感触はなくなった。
プレッシャーから解放されて、はあはあと息をつく。
カナコに声をかけたいが怖くてできない。夢の世界に戻ったらどうなるかわからないからだ。ジークの言った意味がおぼろげながらわかってきた。
カナコは希ちゃんのためならなんでもする。
逆にそこを外れると、たとえ俺でも容赦することはないだろう。NG行為は百合子さんの娘を生き返らそうとしたこと、危険を全く考えずにはやてちゃんに会おうとしたことから豹変したと考えることができる。
だんだんわかってきた。
なら、はやてちゃんのために考えることくらいはセーフになるはずだ。
さて、今回のはやてちゃんとの電話で分かったことはグレアムが覚悟完了して、いろいろと画策しているということだ。地球にも手を回すあたり用意周到なものだと思う。
予定外なのは月の勢力とリンディさんが俺を通してコンタクトを持ってしまったことだろう。でなければ年末も近いグレアム側にとって重要なこの時期にリンディさんが月の勢力と交渉のために訪れるのはおかしいし、嘱託魔導師のフェイトちゃんが転校して来るのは都合が悪いはずだ。
つまり、グレアムの力ではリンディさんたちにバレずに影響を及ばすのは難しいか。巻き込みたくないなどの別の思惑がある可能性がある。
グレアム自身の能力はわからないが、あのG3がグレアム本人ならシグナムさんの話では相当の実力者で、猫姉妹の実力は一対一でクロノ君を凌ぐということから、いざとなったら強引に推し進めるつもりだろう。管理局システムのハッキングなどの妨害等の準備もしていると考えられる。
俺の知る闇の書事件で最大の誤算だったのはシステムのハッキングで不自然に思ったクロノ君が真相に気づいて、不意打ちとはいえ、明らかに格上の二人を捕縛できてしまったことで、それがなければ修正しながらも目的を達成していたはずだからだ。
やはり鍵を握るのはリンディさんやクロノ君だということだろう。
俺が知る知識ではユーノ君が言っていた闇の書覚醒後にはやてちゃんが意識を保っていれば、強力な魔力攻撃で分離することが可能だった。その情報ははやてちゃんや騎士たちにも伝わっているはずだから、あっちに任せておけばいいことだ。はやてちゃんを通して騎士たちからの質問はないか? とこっちから投げかけて、特にないと言うことだったから、俺がやることは闇の書覚醒のときになのはちゃん、フェイトちゃん、アルフ、ユーノ君、クロノ君の陣営が揃うようにするだけだ。
それから、今回の不確定要素の地球の最大勢力の教会ってどんな組織だろうか?
劉さんの話では騎士たちがてこずって闇の書のページにしたあのでっかいワニを討伐できる力だけの持っているのは予想できる。少なくとも地球ではグレアムと同等以上の勢力なのではないだろうか? 調べた限りでは教会との繋がりを示唆する記事もあった。
そのくらいしかわからないな。ここまでにしよう。後は知ってそうな人物に聞くしかない。幸い心当たりがある。
ああ、考えすぎて疲れた。畳の上に転がる。
のんびり過ごしながらそろそろ昼かなという頃、お爺ちゃんに呼ばれた。来客が会いたいそうだ。
やっときたな。今回は聞きたいことが山ほどある。
見覚えのある白いフード中国人が目に入った。竜の一族の代表の劉さんだ。横にいるチャイナドレスの女性は以前に見た人とは違うようだ。二人とも顔は覚えていないが、胸とヒップのラインが数センチ程違う。一体何人いるんだろう。
お爺ちゃんは苦々しい顔をしている。会わせたくはなかったから当然だ。そんなことは一向に気にした様子もなく、劉さんは親しげに笑顔を作る。
「やあ、希、久しぶりネ。元気だったカ? 」
「はい。劉さんもお変わりないようで」
「今日は頼みがあって来たアル」
どうしてわざわざ俺のところに来たのだろう。もしかして、あれかな。
「あの騎士たちをどうしても紹介して欲しいネ。報酬は弾むヨ」
やっぱりか。前に仕事でヴォルケンリッターを派遣したことがあるから、唯一の窓口の俺に目をつけたのだろう。
「報酬には興味ありません。紹介も駄目です。前にも言ったじゃないですか? 」
「そこをなんとか頼むアル。前にもらった至郎田正影のレシピの魔法薬を全部用意したヨ。これだけでもかなりの値がつくヨロシ」
ドンと袋に入った数々の薬や食品が目に広げられる。小瓶に入った赤と青の『ミラクルキャンディ』とかレトルトカレーのパッケージの『Jリーグカレー』など、他にもいろいろとある。もしレシピ通りの効果があるならすごいことだが、今試す気にはならなかった。
やけに熱心だなと思って理由を聞いてみると、巨大ワニ討伐を皮切りに10月頃から今世界では原因不明の強力な魔物何体も各地で暴れているらしい。
……えっ!? 軍隊を壊滅させるような魔物が何体も暴れているなんて地球が大ピンチじゃん。
なんでニュースにならないんだろう?
ニュースにならないのは隠蔽しているからだそうで、政府やマスコミも繋がっているという驚くべきことを聞かされた。人目に触れることで多くの人間が恐れを抱くことになり、その負の念を吸収して魔物はさらに巨大に強力なるのが理由で災害などで起こる恐慌状態は一番避けたいことなんだそうだ。そのため、情報は伏せられガス爆発や汚染物質などのニセの発表で世間を誤魔化しているらしい。さらに言うなら結界捕縛によって人目につかないようにしたり、目撃者を強力な催眠・暗示で記憶改竄するなどの隠蔽技術も発達しているそうだ。
負の感情を集めるとはかぐやの話と似ているかもしれない。また、テレビやインターネットには人間の想念に方向性を与える性質があり、その結果として妖怪が生まれることもあるらしい。
「誰も第二のヒガシハラは産みたくないネ」
ヒガシハラ。
インターネットが生んだ不幸を操る現時点で日本最強の妖怪。ほとんど自然災害並みの対応をする。本体はただの人間と特定されているが、害意を持ったものはどうあがいても近づくことができず。ことごとく不幸になるそうだ。本体の人間の書いた他愛のないネット上の記録が預言書になっていて、日本では分析する専門の政府機関があるらしい。予言が的中するたびに負の想念を蒐集して力を増しているそうだ。
インターネットが普及する前はテレビが噂を取り上げて何も考えずに作った創作上の妖怪がテレビを通して想念を得て、実体化した口裂け女や人面魚や人面犬などの妖怪が生まれた事件があった。ただテレビで生まれる妖怪は一過性で瞬間的な力は強かったが、年月の流れとともに消えていったそうだ。
さらに古くなると妖怪博士の水木先生の時代まで戻る。自然災害や理不尽、当時の人間が理解できない恐怖を受け止め形を与える器として妖怪や魔物たちは生まれた。現代では科学が進むにつれ、現象は解明されて、力が弱くなり、消えてしまった妖怪や魔物たちも少なくない。
海外でも死神という名前で類似の現象はあるそうだ。普段は知覚することすらできないが、たまたま感の良い人間が死神の想念を読み取り、自分や他の誰かの死の運命を救ってしまうことがある。しかし、それは一時的に死のまぬがれたに過ぎない。死をまぬがれたものたちにも等しく死の運命は訪れた。とても信じられないような自然発生的な事故で誰も生き残ることはできなかったそうだ。実体に触れることができないものはどうしようもないということらしい。
恐怖がさらなる恐怖を生み負のスパイラルとなる。
そのため多くの人に知られて恐怖の象徴になる前に事態の迅速な収拾が求められている。劉さんのところは所属魔導師が総出で動き、竜討伐に長い歴史を持つ教会も力を注いで外部に漏れずに済んではいるが、疲労は限界を迎えているらしい。なんせ一体一体の個体の力が強く倒すのに時間がかかるらしく。現在10体は討伐して7体が結果内に閉じ込め討伐待ち。5体が所在不明。
さらに倒した魔物を分析して波長を調べた結果。その魔物はさまざまな人間を含めた動植物に強力な魔力の種が埋められて何かのきっかけで発動するとあのワニのように凶暴になるそうだ。すでに未発動状態で何体かは確保され、監視下に置かれている。さらに恐ろしいことに少なくとも数十体近くまだ発芽していない魔物が野放しにされていることがわかり騒然となった。俺たちの言葉で表現するなら、世界中にジェエルシードが数十個くらい飛び散り、騎士たちがてこずるワニような凶暴な魔物が数十体は発動待ちということらしい。
発動のきっかけについて実験した結果、強い感情の発露、あるいは埋められた個体の死が条件になっているそうだ。
「討伐。あるいは発動待ちには人間も含まれていたネ。今のところ、発動を止める手段はないヨ。発動したら殺すしかなかったネ。躊躇った魔導師が犠牲になったケースもあったアル。あの祟り狐にも埋められてたから、発動したら大変ヨ」
……久遠か。会ったことないけど、那美さんたちも大変だな。
どうにかしてあげたいが、今の俺たちにはどうしようもない。
「意思疎通可能な人間から誰がやったか聞き取れなかったですか? 」
「残念ながら、記憶がすっぽり抜けて誰も覚えてなかったヨ」
記憶がないとは少し引っかかりを覚える。月の連中の手口と良く似ているからだ。もしかしたら、言ってないだけでいろいろやらかしている可能性はある。奴らの科学力なら久遠をどうにかできるかもしれない。
こっちには奴らの王なのは様がいる。王を通してなら無碍にすることはないはず。今度の交渉で聞くことが増えたな。ああ、そうだ。管理局はどうなんだろう。
「管理局は動いていないんですか? 」
「すでに要請を出しているネ。もう5体くらいは仕留めたみたいヨ。ただ秘密主義でこちらとの連動は断られたアル。倒した魔物は倒した勢力のものになるのが決まりヨ。こっちは結界維持と探索ばかりで旨みは全部教会と管理局に持っていかれているネ。魔物を倒せる強者が必要アル」
なるほどね。
「あの騎士たちはギル・グレアムと教会のターゲットにされているんだけど、それでも、紹介しますか? 」
これは暗にギル・グレアムと地球最大勢力の教会から守ってくれるかどうかと聞いているのと同義だ。はやてちゃんたちには地球の味方がいない。後ろ盾が必要なのだ。それにクロノ君たちやリンディ提督が加われば対抗勢力としては十分だろう。
劉さんは厳しい顔をすると携帯をかけ始めた。
「ちょっと待つネ。今から電話かけるヨロシ。さすがに私たちもこの世界三強の老魔法王だけは敵に回せないネ」
「老魔法王? 」
電話をかけている劉さんの代わりに秘書のおねーさんが説明してくれた。
あまり近寄れないのがもったいない。
老魔法王。世界三強のひとり。すなわち世界最強の一角。他御方はイギリスと日本の尊い血筋の象徴にあたる方らしい。いづれも御高齢であらせられるのは間違いないらしい。俺、全く知らないのに敬語使ちゃってるよ。
法王の名前は通称教会と呼ばれる竜討伐の頂点あることを示す。教会は古の時代より布教活動のために魔物を狩っている組織である。特に今代は引退前で高齢とはいえ、歴代最強と言われているそうだ。銀河帝国皇帝、暗黒卿、老賢者、キュベレイ、未来を見通すもの、預言者、光と闇を抱えるものなど数々の異名を持っている。
表の顔は決して口に出してはいけない。最近は表の顔の仕事が忙しく過ぎて魔物討伐に出ることは世界の危機でもない限り稀だそうだ。
教会は竜や妖怪、魔物が人間の恐怖や恐れで力を増していることに目をつけて、それらを討伐することで尊敬と感謝、信仰心を集めて勢力を増して来た背景がある。彼らの使う魔物討伐用の武器は元々優れた退魔の付与されたうえに信仰の力によって凄まじい力を発揮するそうだ。
老魔法王になるとその肉体そのものが最強の武器である。しかも、今代の父上は光と闇の相反する力を備えているという。これは闇の力で凶暴な力を発揮し、当時双璧と言われた皇帝を雪の下に沈め、許しを請うまで屈服させながらも最期は自壊したと伝えられている憤怒のグレゴリウスを超えていると言われている。
いや、グレゴリウスと言われても知らんがな。
十数分ほど話して劉さんは電話を切った。
「だいたいの事情は聞いたヨ。G級ハンターグレアムは教会への援助の見返りとして、闇の書だったか? その持ち主とあの騎士たちについて条件付の非介入を求めてきたらしいネ。暴走前に手出ししても逃げられるだけだから、最後にできる手段を持つ自分が狩るから暴走する前から手を出すなということヨ。しかし、暴走したら世界が滅ぶなんて相当危険な代物あるな。もしグレアムが敗北したときには老魔法王が出ることになってるネ 」
そこまで情報を掴んでいるんだな。
「どうしますか? 」
「いいアル。条件を飲むネ。暴走前なら問題ないと解釈するアル。あくまでこっちは依頼する側ヨ。相手がどんな人間だろうが仕事をしてくれるなら問題ないヨロシ。まあ、老魔法王が出る来るわかってる時点でたとえ世界を滅ぼす力を持とうと関係ないネ。老魔法王でどうにかできなければ、この世界の誰にもできないネ。これは暴走するまではどの勢力に所属しようと関係ないということヨ。敵対することにはならないネ」
うまく逃げ道を作られた気がする。つまり、暴走するまでは庇護下には置いてくれるが、後は知らないということらしい。商売人らしいやり口だ。こっちの思惑は少し外れてしまった。でも、まあ、得られた情報には価値がある。暴走してもはやてちゃんたちがなんとかしてしまえばいいのだ。
俺は少し迷った末にはやてちゃんに電話する。
はやてちゃんは困っている人たちがいるならということで非常に前向きで、騎士たちも戻っていたため、そのまま話し合いになった。それによると近場で多くの蒐集できることは騎士たちとってもありがたい話で、はやてちゃんを通してお礼を言われた。
それだけ、はやてちゃんのそばにいる時間が増えるからだろう。
こうして、竜の一族とヴォルケンリッターとの間に契約が結ばれた。
契約といっても顔を合わす必要はなく、お互いの連絡先を知るにとどめている。
契約内容は要約すると魔物一体につきその都度報酬は支払われ、その状態によって決まる。ということだ。
問題は魔力の種によって発動した魔物は必ず殺すように念を押された。発動した魔物は次々に犠牲者を拡大させるからである。さっき話にあった元人間の発動体に対して魔導師が躊躇ったために起こった悲劇について、詳細なレポートでどうして殺す必要があるか説明されていた。
元人間の発動体は他の動物の発動体に比べて、対人戦闘に優れ、人間を最優先で狙う傾向にあり、犠牲者も多いそうだ。これはこの世界の元人間から生まれた妖怪や魔物、強い恨みを持つ霊障、怨霊にも同じことが言える。中には隠蔽に優れた厄介なやつもいるそうだ。
そして、これは現在発動待ちの人間や久遠も含まれることになる。植えられた魔力の種は時限爆弾のようなものだ。劉さんの話ではなんとか分離させようと必死に研究しているがなかなか上手くいかないらしい。
ままならないなぁ。
俺自身はこれだけ理由があるのなら殺すのも仕方ないと割り切ることができる。もちろん実際にできるかと言われればわからない。どんな正当な理由があろうと人間が人間を殺すということは今まで培ってきた道徳や倫理が働いて、思いとどまるのものだと考える。
せっかく良い方法だと思ったのに人殺しの片棒を背負わせることになるのかもしれない。騎士たちはともかく、はやてちゃんにはこの事実はつらいだろう。仕方ないで割り切るには優しすぎるのだ。
結局誰かがやるしかない。ここは近いうちに騎士たちと話をしていくしかないな。
劉さんはまだ話があるようだった。
「教会はあなたに興味があるみたいよ。老魔法王に会ってみるアルカ? 」
……
いやいや、会うつもりは毛頭ない。どんなトラブルが起こるかわかったもんじゃない。
「会うつもりはないです。ちなみになんで向こうは私に興味があるんですか? 」
「日本滞在中の枢機卿が希の波動の変化を感知して法王に伝えたら興味を持ったらしいネ。今日連絡とった相手からよ 」
??
これは俺にもわからない。なぜなのはちゃんではなく、希ちゃんなのか?
理由を聞くと恐ろしい事実が判明した。
教会は竜の一族と同じく世界の特殊な力ある人材について動向を常に情報を収集してある程度は把握しているそうだ。ちなみに俺の情報は劉さん経由で伝わっている。売りやがったな。理由はスカウトだったり、暴走して他の人間に被害を出したときに迅速に処断するためらしい。若年のため今は生活を乱さないように見守っていたそうだが、少しばかり状況が変わったそうだ。
もしかして洗礼受けたのが関係しているのだろうか?
(あなたもたいがいトラブルを呼ぶわね )
「無理にとは言わないね。今代の猊下は基本的に子供には慈悲深い方ヨ。成人するまでは強引な手段は取らないはずアル。おかげでこっちもそれに習わないといけなくなったネ ……そうアル。直接会うのがダメなら、最近教会もインターネットの広報活動にも注目して、猊下もツイスターを始めたらしいアルから、登録してささやくとイイね。きっとフォローしてくれるヨ」
なんでこんなに劉さんが熱心かというと、今日もらった情報は対価として頼まれたらしい。抜け目ないな~
ツイスターとは約100文字以内で「ツイスト」と称される短文を投稿できる情報サービスでフォローすることでお互いにやりとりをするらしい。よくわからないが掲示板とか、チャット部屋の仕組みと似たようなものだろう。
まあ、いいか。ネット越しに話すくらいなら問題はないはずだ。
のぞみんで登録でツイスターに登録する。
最初のツイストは「ツイスター始めました。のぞみんです。よろしくお願いします」と打つ。
劉さんの話では教会には連絡を入れたそうだから、後はフォロー待ちだそうだ。
う~ん、慣れないな~ 掲示板やチャットルームの方がわかりやすい。
ついでに老魔法王の表の顔のささやくをチェックすると100万件を超えていた。これはとにかくすごいことらしい。
その後、劉さんといろいろ話をした。竜憑依についていろいろと聞くことができたのは大きな収穫と言える。
竜の一族との血縁上の繋がりの関係から、希ちゃんにも竜憑依自体は可能だそうだ。中には魔力的な親和性の高さや生まれついての加護により竜と深い結びつきを持つ人間もいるらしい。そういう場合はレベルが違う存在でも制御は可能になる。しかし、呼び出した竜があまりに巨大だった場合は憑依はあまりおすすめできないらしい。
きっと希ちゃんの呼び出したアレもそうだよな。危ねえな。
儀式の手順や頻度などを守らないと暴走して、最後はいくつか伝承に残るように体と魂を上書きされて人に害をなす竜の姿に変わってしまうそうだ。そうなってしまったら、誰にもどうすることもできない。
そして、同族あるいは教会の手によって葬られた。
嫌な話だ。下手したらあの竜に取り憑かれた希ちゃんが世界の敵になっていたわけだ。
「そういえば、ブータンの大師が国竜から竜の巫女が日本に現れるとお告げをもらっているそうネ。何か知らないアルカ? 」
ニュースでやってたな。そんな事情があったんだ。俺は竜の髭を渡したフェイトちゃんのことがよぎるが、いくらなんでも違うだろうし、推測で言うのは危険だと思ったので口には出さない。
いろいろ役に立つ情報とトラブルの種を残して劉さんは帰った。
夕方黄昏時。俺はどうしても気になって仕方がなかった最後の蔵の前に立っていた。周りには誰もいない。すべてが真っ赤に染まっていた。眺めているとどうしてだろうか不吉さと共に薄ら寒さを感じる。
昼から夜へと変わる境界線には魔物が現れるという。
逢魔が時、そんな言葉がよぎった。一人で来るのは間違いだったかもしれない。
最後の蔵は周りに誰もいないことを確認してこっそり鍵を開ける。お爺ちゃんの言った通り本棚がずらりとならんでちょっとした図書館並だった。空調が備えられて大事に扱っているのがわかる。年代物の革の本や古文書や巻物まであった。お爺ちゃんが医者だけのことはあって医学書が多く揃えられている。奥の方になんて書いてあるかわからないドイツ語のようなもので書かれた立派な本が並んだ本棚あった。
近づこうとするが、足が止まる。
なんだかわからないが怖い。
十メートルくらい先の突き当たりにある本の一角に近づこうとすると全身の毛が逆立ち、鳥肌が立つ。あそこだけ空調に関係なく酷く冷たい。一見清潔で清浄に見える。しかし、見えない何かで空気も澱んでいるように思えた。例えるなら悪意で禍々しく、水霊事件のときに感じたあの感覚に似ている。そこを無理やり浄化して塗りつぶして抑えているように感じるのだ。薄い壁を剥いだら死体が出て来てもおかしくはない。そんな残り香が漂っている。
それはあのとき感じた腐敗臭ではない。ほんのり香る花の香りが希ちゃんの記憶にある何かを刺激して、本能的に体を固くさせていた。ギリギリまで近づいて遠目に日本語らしき文字があったので目を細めてみる。
『メスメル』という横文字と『心的外傷の治療』という部分だけ読み取ることができた。
(私の中の封印がざわめいている。今は触れるべきじゃないわ。私たちには闇の書事件が待ってる。案件をこれ以上増やすべきじゃない)
結局これ以上近づくことはできなかった。妙な気持ち悪さだけが残り、カナコもそれ以上は何も言わなかった。恐らくあそこには黒い女に関してのヒントになるものがある。その代償として黒い女も再び力を取り戻すだろう。
そして、祖父は何かを隠しているのは間違いない。なぜなら、こっそり話を盗み聞きしたときに百合子さんは幽霊に憑かれて、お祓いを受けて、金だけ済んで良かったと言っていた。会話内容的に同じような経験をした可能性があると考えることができる。
だが、今聞くつもりはない。知りたいこと考えたいこと調べたいことは山ほどあるが、後回しにするべきというカナコの意見に賛成だ。
藪をつついて蛇を出すことはない。
出てくるのは恐ろしい黒い大蛇かもしれないのだ。とびきり大きな…
夜になって迎えが来て家に帰った。
水霊事件のときに感じた恐怖を思い出して、少し気分は沈んでいたが、九時が近づくにつれてテンションがあがって来た。
その前にツイスターをチェックすると老魔法王からのフォローがついていた。良かった。ちゃんと伝わったんだな。
「古より生きるわが兄弟よ。黙示録の時は近い。来るべき時の備えて、力を束ねよ」とわけがわからないことが書かれていたので、返答は適当に返しておく。他のフォローは何者だよとか、詮索する内容のものが多かった。
もうすぐ首領ガーゴイルを祝う会が始まる。祝う会といってもチャットルームで特殊な条件で話をするだけのありふれたものである。
その条件とはお互いに陰謀めいた話をするというものだ。嘘でも構わないし、本当でもいい。とにかく熱く自分のやっていることを書き込むだけでいいのだ。NG行為は冷めるようなことは書き込まないことだけ。明文化されていないから新参さんは全くついていくことができない。そういうときは丁重にお帰り願い、それでも空気読まずに居座るときにはパスワード付きの専用部屋に移動していた。
もしかしたら、お互いに夢を語り合いリアルでもだいたい素性を知る主要メンバーの怒り司令さんや斬る議長さん、仮面の零さん、ぶらっくのわーるさん、むすか大佐さんといった中心人物が集まる可能性がある。前は俺の葬式でも追悼会を行っている。今度はガーゴイルこと冬月さんの節目だから恐らく全員集まるに違いない。
濃いメンバーのことを思い出す。
怒り司令さん、冬月さんの紹介で参加している。本名は長谷川さん。冬月さんとは大学からリアルでの知り合いで第一印象は嫌な男で、教授お気に入りの女学生と結婚したことでますます強くなった。現在無職で思春期の息子の冷たい目に耐えられず、家を出て奥さんの仕送りで生活しているそうだ。ネルフという組織の一番偉い人という話。そのときは冬月さんだろうがタメ口、命令口調だ。
斬る議長さん、怒り司令の紹介で参加。本名は忘れたが。白内障でサイボーグみたいな個性的なメガネをかけた年配の人だったと思う。人類補完計画を推進しているゼーレという機関の議長をしている。怒り司令と仲が良く、今度南極へ最初の人間を探しにいく計画立てているそうだ。
零の仮面、メンバーの中では入って一年という新参だが、新しい活力を生んでくれていると信じて俺が推薦した。男子高校生。金持ちで日本人離れした顔良し頭良し生徒会にも入ってる超リア充だが、重度の厨二病で割と相殺されている。アメリカを蛇蝎の如く毛嫌いし、自分は魔女と契約してどんな命令できる力を得たと主張している。その根拠が自分の力を試すために知り合いの女子学生の目をみつめて、服を脱げと言ったら本当に脱いだことから確信を得たそうだ。ただし、息が当たるくらい近い距離で真剣に言わないと効果がないそうだ。
……いや、それはおまえリア充だからだろとつっこみたいが、それを言うのは無粋の極みだ。普段は狙われないために力を隠して学生を装っているらしい。この力で大統領の親父を打倒すると息巻いている。実は現アメリカ大統領のかくし子という説があり、意外と信憑性があるそうだ。俺とはシスコンという点では話が合う。実際にモテるのだが自分では気づいていない。妹への想いが強すぎて他の女が目に入らないのではないかと考えている。
ぶらっくのわーるさん。創立当初からの古株で不定期に顔を出している。この人はリアルでは会ったことがないため素性は良く知らない。私はこの二元世界を支配している三次元人で、おまえたちはゲームの駒に過ぎないとよく言っている。
むすか大佐さん、創立当初のメンバーで途切れずに参加している。初めて会ったときはサングラスをかけてダンディで物腰柔らかな人だった。黒メガネのごっつい秘書がふたりついてきたちょっとびびった。職業は不明だが、家は広さと作りから金持ちだろう。たまに意味不明の書き込みをしていると思ったらモールス信号で秘密の暗号を教えてくれたりした。エニグマ暗号機の実機を見せてもらったことがある。服にあまり気を使わない俺に流行の服は嫌いかね? と聞いたりするところからおしゃれには気を使っているようだ。眩しい光が苦手な様子。ちょっとした光で目が~ 目が~ と情けない声を出していたのはドン引きした。本人にしかわからないトラウマがるかもしれない。天空に浮かぶ城を探しているらしい。自分はそこの王族の子孫で世界の王になるのが目的だそうだ。そのときだけは信じられないくらい尊大になる。
ミレニアム少佐さん、本名比良坂さん。大学病院に勤めるドクターらしい。鉤十字を信望している上に戦争狂という困ったさんである。軍属の吸血鬼という変わった設定である。英国の吸血鬼を敵視しているらしい。熱が入ると止まらないところがある。
それにガーゴイル氏と最終戦士ジークフリードを加えて以上が現在のアトランティス戦士団の主要メンバーと外部ゲストだ。もう離れた人たちや俺のように一時離れて戻ってきた人間もいる。
これは専用ルーム行きは間違いないな。新参さんがついて来れない話題で盛り上がるのは必至だ。
その言葉通りチャットで盛り上がった。その日はフルメンバーで久しぶりにヒートアップ。俺はのぞみんではなく、最終戦士ジークフリードとして振舞うことを許してもらい。思う存分にチャットを楽しんだ。まるで本人が蘇ったようだとみんな驚いていた。ところが、途中でどこで知ったのか専用ルームに荒らし二人が入ってきた。
ここのセキュリティは冬月教授のマギという専用サーバーを使用しているので無駄に高く作られている。恐らく誰の口から漏れたのだろう。荒らし二人はグルで一緒に入ってきたらしい。そのせいでパスワードを変更しないといけなくなった。
木林という芸のない名前とJS最高管理局エージェントと名乗っていたが、こちらのネタ話をいちいち大げさに反応して、さもこちらが悪いように書き込んできた。まあ、そのおかげで「ふん、大国に迎合した管理局の犬めっ! 」と仮面の零の本気が見れたから良かった。アニメの影響か管理局を名乗る者が少しずつ出るようになった気がする。
さあ、寝よう。すっかりリフレッシュできた。
明日からは気が重いけど学校だ。
目を閉じて眠りにつく。
……
……
気がつくと、なぜかベットに横になって見慣れない部屋にいた。
頭が何だがぼーっとしている。上下の服は脱がされ、パンツ一丁姿で手を白いシーツで縛られ動くことができない。横目で見ると本とハンガーにかかった黒いゴスロリ衣装と檻が見えるからカナコの部屋らしい。
なんで俺ここにいるの?
向こうではいつもの本を片手にカナコが何かの準備をしている。
「気がついたの? 眠っているあいだに終わらせようと思ったんだけど」
「なんで服脱がされているの? 」
「体液で汚れるからよ 」
体液?
そういうと本を左手にいつかのようにマウントポジションを取った。いつものエプロンは外しドレス姿だ。そのドレスも肩のところまではだけている。カナコは本を隣に置いて懐からキラリと光る先端が尖った鋭利なものを取り出した。それは氷を砕くのに便利な道具だ。
アイスピックだった。
白いベットの上、俺はうつ伏せでシーツで両手を縛られて動けない。騎乗、いやマウントポジションのドレス姿の幼女がアイスピックを片手に嗜虐的な笑みを浮かべている。上に乗っているのが金髪全裸の豊満な女性じゃないこと以外は完璧なシチュエーションだった。
「……じゃあ、ひと思いにやるわね」
この女、殺る気だ。
「ぎゃああああああああああ、やめて~~~ 」
意図を理解した週間に思わず悲鳴を上げてしまった。馬乗りになったカナコの体は後ろに反って、反動をつけて覆いかぶさってくる。右手が俺の心臓めがけて振り下ろされた。
……
「どう? 興奮した? 」
「途中から読めたけど、縮み上がったわ」
俺の心臓に置かれたカナコの右手には何も握られていなかった。ご丁寧にベットの下にしまいやがった。いつか殺るつもりってことかよ。
「おかしいわね? 吊り橋効果でいい反応が出るかと思ったのに」
「それ、基本的なところ間違っているから、あれは恐怖を共有することが大事で、恐怖そのものになるわけじゃないぞ。で、なんでこんなことするんだ? 」
しまったという表情したかと思ったら今度はしなをつくってこちらを見つめる。
「か~ん~ち」「やめれ」
途中で言葉を遮る。
「交尾しよ? 」
「交尾言うなっ! 」
「嫌なの? 」
「お断りだ」
俺は即答で返す。俺は変態じゃないもんっ! お風呂一緒に入っても全然平気だもんっ! 大人の女の人がいいもんっ! 豊満で包容力があってちょっと影がる女の人がいい。条件さえ満たせば人妻でも、いや、むしろ人妻の方が…… 混乱していかがわしい方向へ思考が進む。カナコは考えるような素振りをして遠慮がちに覗き込むように問いかけた。
「やっぱり足がいいの? 踏んだほうがいい? 」
「いや、そのりくつはおかしい。それにサイズ的に、ぶ、物理的に無理だろ? 」
「……ふっ 」
蔑んだ目で口だけ歪める。
「なんで笑う! 違うからな! 違うからな! 」
俺も混乱して何を言っているかわからない。ただ男の尊厳をこの上なく侮辱された気がしたのだ。
「私は何も言ってないわ。やっぱり足がいいんでしょう? しかも素足、素足の私は抜き身の刀のように危険よ」
「どう危険なんだ? ……ぶっ! 」
カナコの足が顔面を覆う。両方の目を塞がれて、何も見えない。いきなり両足で攻めてきやがった。その後、巧な動作で足の指を器用に動かし頬っぺたを手のようにつまむ。よく見ると標準的な人より足の指が長い。なるほど足技のキレの正体はコレか。
いわゆるタコ足というやつだ。西郷四郎みたいだな。思えば恭也さんと美由希さんの前でなのはちゃんを投げたとき同じような真似をしていた。
「わかった? 」
両足で顔面を踏み踏みされながら聞いてくる。我々の業界ではご褒美ですとか知るかよ。コラッ! スカート裾がめくれてる。はしたない真似はよしなさい。
「別のことがわかったけど、ピアノ弾けそうだなその足」
「猫ふんじゃったくらいなら余裕よ。練習すれば月光くらいは弾けるわ」
「それはすごいな」
少しずつ冷静さを取り戻していく。今回はいたずらが過ぎる。お尻ペンペンの刑? いや、それは何か違う。
「いいから、やめろって、いくらおまえでも洒落にならんぞ」
ちょっと強めに言うと足を引っ込め、今度は息が触れそうな距離まで顔を近づけてきた。昏く沈んだ怨嗟のこもった目で睨んでいる。
「……うわきもの」
「え? 何だって? 」
「狙ったかのような突発性難聴イライラするわ。あなた、なのはに惹かれてるでしょう? しかも、電話で話しただけのはやてにもホイホイ会おうとしたり、フェイトにもキスしようとしたじゃない! ちょっと力つけたくらいで調子に乗ってハーレムでも作りたいの? 」
容赦ねえな。しかし、彼女たちがいろいろな意味で魅力的で心を揺らされているのは確かだ。だからと言ってどうこうするつもりはない。憧れや尊敬に近い感情だ。男女ものとはまた違う。だから少しでも手助けしてあげたいとは思っている。それに…
「フェイトちゃんのはただの遊び心だろ? 」
「やっぱり、弄ぼうとしてたのね」
「なんでそうなるのっ! 本気ならいいのか? 」
「ダメに決まっているじゃない。首だけカバンに詰めて、クルージングの旅に出るわ 」
はい、ナイスボートっ!!
この女マジめんどくさい。ちょっと恥ずかしいけど、ちゃんと言わないといけないらしい。
「だからっ! 俺の手は希ちゃんだけでいっぱいなんだって! そんな余裕ねえよ。なのはちゃんとフェイトちゃんはもう希ちゃんの友達だけど、はやてちゃんだって希ちゃんの友達にどうかな? って思っただけだよ。そんな子達を相手に色恋で見るわけ無いだろうがっ! 」
キレ気味に言う俺にカナコの険は取れ、訴えかけるような目になる。
「あの子ためならなんでもする? 」
普段の大人びた言動ではない子供のような無垢な問いかけだ。こんなところは希ちゃんに似ている。
「ああ、もちろん」
「死ぬことも? 」
「それは条件次第。あの子が悲しむなら死ねない。ほかの方法を考える」
「ふふふっ、ちょっと意地悪だったかしら? そこには私は入ってないの? 」
やっと笑った。さっきまでがアレなだけに少しだけグラっとくる。なるべく優しく穏やかに諭すように声をかけた。
「同じ目的を持つ相棒だろ? おまえも入ってるさ」
「……だったら、話は早いわ。私たちは目的のために早く一つのなるべきだわ」
「だから、なんでそうなるわけ? コラっ! またがるんじゃないっ!! くっ! 」
指先で撫でられただけななのに反応してしまう。
膨張して収まりきれなくなるじゃないか。俺の最も凶暴な怪物がもがき始めた。丸くなった目で興味深そうに視線が腹部に下がりカナコは言った。
「あらっ!? その服の下になにか隠してるの? 」
ぎゃああああああああああ、みなぎるやる気! 言い訳の余地なしっ!!
「まさか、ゴールドオーブを隠しているのね? 」
「おのれ、恥じらいを知らん女よ 」
「まあいいか。じゃあ、……いただきます」
い た だ き ま す?
首筋の唇を当てたカナコ。
なんかすごいデジャヴなんですけど…
刺すような熱さと同時に舌の感触を感じる。
吸い取られている?
ああ、ジークの言ったのはこのことだったのか。誰かの目に似ていると思ったら、すずかちゃんの目そっくりだった。
「オイコラっ! 食うってひとつになるって、そう言う意味かよ」
「あなた、私のためなら死ねるって言ったわよね? 」
「お前のせいで死ぬのは嫌だよっ!! 」
「大丈夫。怖がらないで、目を覚ませば全部終わっているわ。何もかね。ふふふっ、美味しい」
俺の意識は遠くなっていく。頭から血の気が引いて、瞼が重くなっていく。最後に目に映った俺の血で口元を汚したカナコは凄絶でなぜか美しく見えた。
……
……
俺の意識は熱を持ったときのように混濁していた。ちょうど最終戦士として生まれるとき状況とよく似ている。だってカナコの声が聞こえるからだ。
全身は溶けているかのようにグニャグニャだ。世界と肉体の境界線も上下左右の方向もわからない。感覚的に腹部に近い部分だけ熱を持っているように感じる。
すごく熱い。
「うわー、こんなに硬いの入るかな? まあ、どうにかなるでしょ」
「痛っ! おかしいわね。角度は間違っていないはずなんだけど っんん! 」
なにやってんだおまえと口に出そうとして、何か吸い取られるような感覚に俺の意識はさらに深いところまで沈んでいった。
夢を見た。
どうして、こんなところにいるのかよくわからない。
俺はバスケットコートに立っていた。白いバスケットユニホームを着ている。顔の見えない敵は赤いユニホームだ。
残り数秒で点差は一点差。俺が決める。現実では絶対にできない華麗なフェイントとドリブルで敵を躱して、高く跳躍し、ダンクシュートを決める。終了を告げるブザーが少し遅れて鳴り響いた。
ホイッスルと共に決まったあああああああ、という実況に興奮は最高潮になる。
「イエスッ!! 」
俺はガッツポーズを決める。
また、別の夢を見た。
二枚貝とオットセイが互いに戦っている。両方とも汗だくで一生懸命。オットセイは二枚貝のナカを食べようと二枚貝はそうはさせまいと戦っていた。
夢を見た。また、別の夢だ。
俺はトンネル工事の現場である重機を操作している。長かった工事もようやく終りが近い。この重機は長年使い込んできた相棒だ。今までいろんな所を掘り進んできた。そして、寝る前に先端の磨いて手入れをするのが日課だった。違う場所を掘って怒られたり、崩落事故や水漏れによって何人もの仲間が奥にたどり着くことなく消えていった。この前後にピストン運動を繰り返す削岩機で最後の岩盤さえ砕けば開通する。道は開けるのだ。俺はキーを捻る。
くっ! 最後の岩盤だけあって硬いな。
削岩機の先端は熱で赤く染まり火花を散らす。
もう少しだ! 俺は今をも暴発しそうな先端に構わずフルパワーのスイッチを入れる。削岩機はあちこち水漏れした狭い空洞で唸り声のようなエンジン音を響かせる。
最後の岩盤はとうとう崩れ、血のような砂利と水を撒き散らす。
とうとう俺はやった。俺が貫通させたのだ。
よく頑張ったな俺の相棒。俺は仕事を終えた漢の顔をしていた。
夢を見た。また、別の夢だ。まだ続くんかい。
小さく細長い花瓶が見える。そこには赤い椿の花が一輪指してあり、ポトリと落ちた。
夢をみた。また、別の夢だ。いい加減にしろよ。
俺は広大な宇宙を漂う巨大な宇宙戦艦の艦長だった。艦の最高責任者であり、すべての乗組員の父だ。
今たった一隻で何百もの敵艦と戦っていた。すでに第三艦橋は破壊され犠牲者が出ている。ワープ機能も破壊されてどうしようもない状況だ。
決断を迫られていた。
クルーの命運は俺の一言で決まる言っていい。俺は厳かに命令を下す。
「波動砲発射準備」
俺の一声でブリッジのクルーがざわめく。波動砲ならば確かに状況を打破できるかもしれないが、今ここで撃つのは自殺行為だ。一人の若い士官が進言してきた。
「しかし、艦長! 艦の損傷は激しく。撃てば暴発する危険があります」
その通りだった。
「構わん。他に手はない。敵の攻撃は激しい。このまま成り行きに任せても同じことだ。私は覚悟を決めた。せめて自分の意思でいきたいのだ」
士官はまっすぐこちらを向いて敬礼した。涙を流している。
「失礼しました。我々は艦長と共にあります。共に逝きましょう」
「すまないな。おまえたちを巻き込んで」
「いえ、せめて我々を意地を敵にみせてやりましょう。波動砲発射準備」
クルーと艦長の意思は一つだった。そして物言わぬこの艦も同じだ。
唸り声をエンジン。ピストン運動をしながら、白い粒子が砲身にエネルギーを集中させていく。
「対閃光防御」
白い光は目を焼くのでサングラスをかける。
「120%まで上げろ」
恐らく一度しか撃てないし、敵を全滅させるには出力を限界まで上げなければ不可能だろう。ここですべてを出し切るつもりだ。
すでに暴発せずに生存する確率は数パーセントを切っていた。
「エネルギー充填120パーセント! いつでもイけます」
「波動砲発射っ!! うっ! 」
頭が真っ白になるような感覚と共に意識は途絶えた。
夢をみた。お願いだから終わってくれよ。
白い服を着た何十万ものを俺が一番を目指して競争していた。一番以外に価値はない。一番以外はみんな死んでしまう過酷なレースだ。
……
……
この夢、全部――――――――――――っ
「下ネタじゃねーかっ!! 」
俺は思いっきり叫んだ! 今度こそ完全な闇が俺を包んだ。
どのくらい経ったのだろう?
徐々に覚醒して正しい世界と身体の感覚を取り戻していく。
腹部を撫でられるくすぐったい感触で目を覚ました。まだ、頭がボーッとしている。ぼやけた目が次第に焦点を合わせていく。割と命の危険を感じたけれど、無事に帰って来れたようだ。二度と目を覚まさないかとさえ思った。シーツを羽織ったカナコが俺の腹を撫でている。
「なぜ、腹を撫でる? 」
「あら、こっちだったかしら? 」
今度は自分の腹を優しくさする。まるで、希ちゃんを優しく見るときのような目だ。
……やめれ。犯罪者の心境だよ。
拘束は解かれていた。俺は全裸でパンツ行方不明で一大事だ。申し訳程度にシーツがかぶせられている。シーツを羽織ったカナコから肌が見えるから全裸でこっちはもっと一大事だ。
あれだけ飛び散っていた血で染めていたシーツも俺の体も元通りになっている。俺が眠っているあいだに後始末をしたんだろう。意識なくてから何をされたかさっぱりわからない。気だるい疲労感もある。なんか涙出てきた。
「犬に噛まれたとでも、思って忘れなさい」
どこかなげやりに気だるそうに紅茶のカップを口に運ぶ。タバコがあったら絶対吸ってる。実際噛まれたどころじゃ済まないんですけど。
「なによっ!! こっちを縛って好き放題して、この人でなしっ!! 」
普段の自分より甲高い声で喚く。白いシーツで身体をかばうように覆う。なんで俺がヤラレタ側なの? とか疑問は浮かぶが、状況は正しい。
「ウブなねんねじゃあるまいし、あなたも好きなんでしょう? 」
「……なにそれ、抱くだけ抱いて、こっちの気持ちはおかまいなしじゃないっ!! 」
……でいつまで続くんだ。この三文芝居。
最後にこっちの手を絡めて満面の笑みで言った。
「これからも私たちをよろしくね。お父さん。それから、浮気したら生まれたのを後悔させるまで痛めつけるから」
笑顔で嬉しそうに言うのが怖すぎる。
お父さん?
その一言でなんとなく察した。状況はあまり覚えていないが、薄れゆく意識の中でカナコの言った言葉は覚えている。そして、あの夢とこの疲労感。
この女とうとうやりやがった。犯りやがった。
どうやらそういうことらしい。
愛と憎しみと暴走の果てにこのような手段に至ったようだ。
夢の世界とはいえ、俺は法律上アウトのことをしてしまった。
俺はそのまま脱力してベットに横たわる。
闇の書事件の前にだというにいろいろありすぎだ。
先が思いやられる。
闇の書事件と月の勢力との交渉はすぐそばまで迫っていた。
作者コメント
長い空白期はこれにて終了。
外伝を入れてAs編を開始します。
感想返しは後日します。しばらくお待ちください。