第三十三話 アースラの出来事 後編
かねてからの約束通り、ここ数日クロノ君と飛行魔法なしで模擬戦をやっている。今日で四回目。過去三回はプロテクションを破ることもできずにバインドに拘束されて三戦完封負け。いいとこなしである。
正直言ってここまで差があるとは思わなかった。俺たちは三人がかりで挑んでいるが、粘るのが精一杯で正直相手になっていない。魔力はこちらが上、演算速度もこちらが早いはずなのだが先手を打たれている。近接格闘もカナコの魔力読みがあるからそうそう負けないはずなのだが、なんで勝てないのかがわからない。
俺のカミノチカラも難なくしのがれた。本人にはそんなつつもりはないのかもしれないが、今何かやったのか? というクールな表情がくやしさを倍増させる。
「さすがに強い。戦ってみて実感してるわ。まず経験からの判断が恐ろしく的確で早い。こっちの長所を殺して、短所を攻めてくる。最初はつきあってくれた近接戦をここ二回は徹底的に避けられてるし、単一なら演算こっちが圧倒的早いけど、向こうは同時並行でいくつも演算処理してるから早さで負けているわ」
(希ちゃんはオーバークロックのシングルコア、向こうはバランスがいいマルチコアってところかな)
(ちなみにあなたは電卓ね)
(ひどッ! )
せめて同じ土俵にして欲しい。
希ちゃんはマルチタスクは苦手なようで二つ以上の魔法は同時に使えない。一つのことを集中して高速で考えること関しては他の追随を許さないが、二つ以上になると並以下になってしまう。天才特有の偏ったスペックである。意外にもカナコの方がまだましで、指令を出しながら良く動き、希ちゃんの詠唱とタイミングを合わせながらコントロールしている。
カミノチカラ担当の俺については言わずもがな、クロノ君クラスには妨害くらいしかできない。本来は文系なんですよ私は! 荒事なんで向いてない。浅野陽一のときだって、数えるくらいしかしてないガチ喧嘩は負け越しである。どうも頭に血が上ると力が入り過ぎたりしてうまく動けない。怒りのパワーで強くなるヒーローみたいにはいかないのだ。経験則から冷静なほうがいい気がする。
カナコの解説は続く。
(しかも何手も先を見越した上でやってるみたい。近接戦も同じね。こっちが有利になりそうになると距離をとられる。普通なら何回やっても勝てない。なんせ戦うたびにこっちの手の内も読まれるから、先読みされてしまう。普通ならね)
カナコは何か含みを持たせている。何か作戦があるらしい。
「何をたくらんでいるんだよ? 」
「こっちも布石を打っていたってことよ。前回までは観察に主眼をおいていたからね。今までかけ声でお互いのタイミングを計っていたけどこれからは合図はしない。代わりに三人ともシンクロした状態で戦う。これでタイムロスはゼロになる。指令は私が出す。それから、三回とも接近しようしてもプロテクションに阻まれて、バインドで捕まって終わったでしょ? アレその気になれば魔力同調して一瞬で解くことできるのよ。それからプロテクションの突破もね。術式はちゃんと記憶してるから、クロノの魔力波長に切り替えて、本人と誤認させて、バインドを解くの。そして今度はこっちから不意を突いて近づき、プロテクションを左手で魔力同調させた特殊なバリアブレイクして速攻で分解、杖に集中した魔力でチェックメイトよ。クロノは私ができることをまだ知らないはずだから勝機はあるわ」
なるほどね。希ちゃんのレアスキルならば以前にプレシアのバインドを一瞬で解いたことがあるから、クロノ君の魔力と切り替えて、そのくらいの芸当はできるのだろう。デバイスも今回は調整済みだし執務官殿に一泡吹かすことができるかもしれない。
俺の方の準備はいらなかったな。せっかく厨房で見つけたときはやったねと思ったのに、まあいいか。
「希ちゃん、準備はいい? 」
メガネをかけたエイミィさんがモニターして訓練記録をしてくれている。忙しいのにありがたい話だ。
「ええ、いいわよ」
クロノ君はすでに構えている。
「雨宮希、君は強い。だから今日も手を抜かない」
目は細く静かに答える。嫌みなくらい油断はなかった。
胸がドクンと高鳴る。
ちくしょう。格好いいじゃないですか。ときめいちゃったじゃないか。今のクロノ君だったら抱かれても……
えっ? 俺は男だよ? ナニ年下の男の子に胸きゅんなんかしちゃっての?
だめだ。私の中の女性ホルモンが活発化している。ゆっくりと深呼吸する。
俺は男だ。
俺は男だ
俺は男だ。
何度も自分に言い聞かせる。
数十秒後ようやく落ち着いてきた。
ふつふつとクロノ君に怒りが沸いてきた。
おのれええええ、クロノおぉぉ、私の中の女の呼び起こすとは、認めん認めんぞ。おまえは俺の男の誇りを汚したのだ。
漢の魂にかけて貴様を否定してやる。ユダの気持ちがよくわかった気がした。冷静にみれば、どう考えても言いがかりで理不尽だったが、俺は自分の中に沸いた女の感情を恥じて、それを引き出したクロノ君に対して嫉妬が渦巻いていた。
よし、今回やる気は十分だ。
「それじゃあ行くよ。始め! 」
開始の合図が鳴る。
「同調開始。ペダルを踏むタイミングをあわせるわよ」
チェンジカナコスイッチオン!
先手は俺たち、手を合わせてカミノチカラを展開、十数個拳を作りクロノ君に打ち込む。この起動速度は誰にも負けないし、カナコ戦闘の邪魔にもならない。でもクロノ君のプロテクションが拳を容易に防ぐ。通用しないのはわかっている。ただの牽制だ。こちらの攻撃が見えなければいい。希ちゃんが演算する時間を作る。
カナコはすでにデバイスに魔力を集中させている。さあ行くぞ。もうひとつの俺の出番だ。
「打ち貫け閃光のスフィア! スナイプシューティング」
オサレポイント 70点 SAN値 -10
カミノチカラの拳を引いて視界を開かせると、デバイスから魔力弾が放出される。しかし、魔法弾は何もない虚空を突き抜けていった。
読まれたか。今の詠唱はなかなか良かった。オサレ度もポイント高い。その代わりこっちのSAN値は少しばかり下がった。
カナコの視線は左に移動した黒い影を捉えている。クロノ君は正面に向かい合ったまま横に移動している。
(移動しながらバインドを設置してるわね。あそこに誘い込まれないようにしないと、最初に負けたときは気がついたらはまっていたもの)
左に回り込んだクロノ君は次はこちらの番とばかりに魔法を打ち込んできた。
希ちゃんがプロテクションを展開する。
そうして、二つの魔法が拮抗する。さほど強くないようだこれならしのげる。ところが、その魔法弾はいきなり目の前で破裂した。閃光と爆音ともに視覚と聴覚がふさがれる。だがカナコは次の攻撃を予測して動作に入っていた。光が途切れて視界が開けると同時に見えたのはデバイスに魔力を集中し、目の前に迫るクロノ君だった。
「くっ、プロテクションッ!」
近接用の強力な術式に私たちの防御はたやすく砕かれ、衝撃で吹っ飛ばされる。幸いカナコが予想していたのですぐに体勢を整えることができた。しかし、クロノ君の攻撃は緩まない。すぐ追撃してくる姿が見える。
俺は手を合わせカミノチカラを展開する。今度は前方に大きな一つの拳を作り、飛んでくるクロノ君に放つ。
これでも食らえ。
「砕けよカミの一撃」
オサレポイント 60点 SAN値ー4
避けられてしまった。でも追撃の邪魔ができたからこれで十分。オサレポイントはイマイチだった。
「これまで、避けてきた近接をしてくるなんて」
カナコは戸惑っている。予想をことごとく裏切られているからだ。ゆっくりとクロノ君の足が止まる。
「今までと違う。特に魔法が連携がこれまでより数段スムーズになってる。視覚は遮っていたのに防御が早い。やはり初めから視覚や聴覚には頼らずこちらの魔力の動きを読みとっているのか? 上位の魔導師レベルの戦闘技術だぞ。それは。髪の毛の攻撃は威力はともかく起動速度が異常に早いな。たいしたものだ。ただ詠唱に必要ない言葉が入ってないか? 無駄な言葉はそれだけ隙になるぞ」
……
そこはつっこまないでお願いだから、だって仕方ないじゃないですか。こっちが希ちゃん好みでカッコいい詠唱を唱えると威力が上がるんだから、俺のSAN値だってさっきから急降下中なんだぞ!
とはいえ先ほどのやりとりだけでここまで読まれているなんて、恐ろしいな。俺なんてカナコについていくだけで精一杯なのに、問題はやはり威力にあるようだ。そこを解決すればもう少し助けになるかもしれない。
今までのはただ固めて殴るイメージだけでやってきたから、それだけではダメってことだよな。もっと精密に何かヒントは、鎮獰さんは足と腰を意識して、全身を使ってとか言ってよな。でも全体はカナコだし俺が操作できるのは起動のときだけ両腕でデバイスと髪の毛だから、全身もくそもない。
だったら、猿でもわかる物理とか、魔力の集中の仕方にかけるしかないわけだ。とりあえず、先端に魔力集中して、ボクシングのひねりを加えたコークスクリューとか遠心力、回転運動、重力強化を意識してやってみよう。
俺は今の考えを元に、クロノ君にカミノチカラで攻撃をしかける。
「我が拳に打ち抜けぬものはなし シャイニングブロー!! 」
オサレポイント70点 SAN値ー15
まあプロテクションで余裕で防がれたけど、クロノ君は真剣な顔を崩さない。全く勝てる気がしないぞ。こんなんでさらに上のヴォルケンリッターに勝てるだろうか? カナコは勝算があるようだったが、そう考えてしまう。
「少し威力が上がってきた。厄介だな」
全然そうは見えませんよクロノ君、手を抜いているわけじゃなく、こっちに変化がみられたから、余裕を持たせてくれているんだろう。教官としても優秀なんだろうな。やっぱりくやしいでもビクンッビクンッな俺に希ちゃんが話しかけてきた。
(お兄ちゃん、私もカミノチカラ使ってもいいかな。計算ばっかり飽きちゃった)
希ちゃんのスキルは魂の再生だけじゃなくて、相手の魔法を真似することもできるから、使おうと思えば使えるわけね。
(いいぞ。希ちゃん、やってごらん。でも真剣勝負なのは忘れないで)
(わ~い、お兄ちゃん。ありがと~)
喜んでくれて何よりだ。では希ちゃんのカミノチカラみせてもらうじゃないか。
(行くよ~ 伸びて、固くなって、雨のように降り注げ~ ブラックレイン)
んん? ずいぶん可愛らしい詠唱だな。
そう言うと希ちゃんはカミノチカラを起動させる。俺と違って手は使わない起動速度もゆっくりだ。やはりこの辺には熟練度の差が出るのだろう。でも伸びるスピードはなかなか早いし、先端が尖って高速回転している。
…って、えっ!?
希ちゃんの髪は上空へ勢い良く伸びて、一本一本が天井から雨のように降り注いだ。最初は手を掲げてプロテクションする気だったクロノ君だったが、降直前に何かに気づいて素早く側転して避けた。
クロノ君のいなくなった地面に髪の雨が一本一本降り注ぐ。
ザクザクと刃物でも落ちてきたかのような音が聞こえ、床には髪の毛が深ぶかと突き刺さっていた。地面はえぐりとられ、髪はドリルが途中で止まるように回転を止めていた。
危ないな。やべえ!
(お兄ちゃん、抜けない)
希ちゃんの暢気な声とは裏腹に俺は戦慄していた。下手をすれば大惨事になるところだった。考えてみればこの魔法は非殺傷指定なんて便利な機能は付いていない。それでも俺ならコントロールしきる自信はあるが、希ちゃんは違う何も知らない子供に弾入りの鉄砲持たせるようなものだ。もっと気をつけなければいけない。
それもだけれど、希ちゃん俺より上手くね? 展開速度こそ俺に分があるけど威力では負けてる気がする。俺の存在意義ががががggg
クロノ君はあきれた顔でこちらを見て。
「今のは危なかったぞ。まともに当たったら怪我じゃすまなかった 」
と落ち着いた声で言った。クロノ君が相手で良かったよ。
「ごめんなさいクロノ、希が加減間違えたわ。でもなぜ避けたの? 途中までそのつもりだったでしょう?」
カナコが疑問をぶつける。そうなのだ。プロテクションで防ぐことができるはずだ。なんで今のだけ、
「魔力強化された髪の毛がプロテクションを貫通する可能性があったからね。相手の固い防御を破るために魔力の密度を高めて細長く高速で飛ばす貫通性の高い術式は実際にあるし、その髪の毛一本は非常に細くて勢いもあったから、念のためさ」
なるほどね。クロノ君がヴォルケン戦で見せたスティンガーグレイブエクステンションシフトみたいなものと考えればいいかな。ただ希ちゃんに疑問もあった。
(希ちゃん、なんで俺みたいにカッコ良く言わないの? )
本当は恥ずかしいとは言わない。
(だってあれはお兄ちゃんが言うから良いんだよ)
……
あ~それはつまりこれからもシャウトしなさいってことね。
(課題ができたわね。そろそろ勝負をかけるわよ。バインドに気づかないふりをしてわざと引っかかる。クロノは引っかかった瞬間、急接近してくるはずだから、そこを狙うわ)
再び魔法の撃ち合いを始める。カナコは魔法を避ける動作をしながら、クロノ君の張ったバインドの方へゆっくり近づいていく。希ちゃんはバインド解除のためにクロノの魔力波長の用意をして、俺はカミノチカラで目くらましをしている。
クロノ君はじっと観察しながら、攻撃魔法の手は緩めない。希ちゃんが準備に回っているので、どうしても競り負けてしまう。踏ん張りところだった。
(行くわよ)
カナコは設置型バインドの範囲に入る。すかさずクロノ君は起動させて、こちらを拘束した瞬間にはすでに、移動の体勢を取り、一気に距離を詰めてきた。
こちらは一度拘束されるが、一瞬で何もなかったかのように素早く腕を抜くと、バリアブレイクの演算を希ちゃんが即座に行う。この攻撃でシールドを破壊して、杖の先端に集中させた魔力が炸裂してクロノ君を吹っ飛ばす寸法だ。
「もらったわ 」
「なに! 」
驚いた表情のクロノ君。カナコの作戦通り。こちらが杖を構えて、すぐクロノ君は驚くべき判断の早さで術式を展開した。なんでそんなに早いのよ!
ただここまで予定通り、右手の術式がそっと触れる。
「その幻想をぶっこわす。イマジンブッレイカアアぁーー」
オサレポイント 90点 SAN値 ー40
ぐっ…… さすがに上条さん! SAN値を一気に持ってかれた。しょうきをたもてなくなりそうだ。カナコのバリアブレイク炸裂。防御魔法を破壊、後はバリアジャケットのみである。
カナコはバリアブレイクした右手と右足を勢い良く引き戻し、入れ替えるように左手の杖の先端をクロノ君の胸元に添えるように出す。
やった! 俺もカナコも勝ちを確信していた。勝った勝ったクロノに勝った。
「甘い」
クロノ君の冷静な一言に俺たちは呆気にとられる。片手で持っていた杖は発動することなく、絡め取られ手から離れた。
カランと乾いた音が響く。俺たちのデバイスが床に転がる。代わりに鼻先にクロノ君のデバイスが突きつけられていた。
……なん……だと!
「君の魔力の色と動きが怪しかったから、備えることができた。惜しかったな雨宮希」
クロノ君は落ち着いた声で終了宣言をする。
「まだだ、まだ終わらんよ」
俺はとっさに離脱する意志を伝えるとクロノ君へ向けて叫ぶ。カナコは30メートルほど離れた場所に回避すると向き合う。
(陽一、あなたが戦うつもりだったからいちおう回避したけど、もう手はないわ。杖もないし)
(何言ってんだカナコ、俺はまだ切り札を使っていないぞ。それに杖なら…)
俺はカミノチカラで床に落ちたデバイスを回収をする。
(便利ね。威力は低いけど汎用性は高さには驚かされるわ。それに切り札って何をするつもり? )
(まあ、見てろ)
では始めよう。舞台は整った。
俺は懐から5センチくらい緑色の丸い玉を出す。
「わかめ玉」
「わかめ玉? 」
「そう、これは水分を極限まで乾燥させた増えるわかめを丸状に固めたもの。食べると体内の水分を吸収し爆発的に成長する。量を間違えると内臓を突き破り死ぬ可能性だってある。これを一気に噛み砕いて飲み込む」
※ 本当です。よい子は真似しちゃだめだぞ!
「そんなっ! 」
「なんてことをっ! 」
モニターのアナウンスから悲鳴のような声が聞こえる。
この技はまだ使ったことはない。しかし、試さずともどういうことになるかはわかっている。前世の特訓の成果だ。
問題はこの力とんでもない暴れ馬なのだ。
すぐに力が満ちるのを感じる。乾燥したわかめは体内の水分を吸い取り本来の姿を取り戻していく。わかめ玉によって与えられた養分が髪のひとつひとつにまで通り、母なる海に草原のように広がるわかめたちをイメージする。
俺は
いつものように
両手を
合わせ
髪をすき
その力を解放した。
「制御不能(アウトオブコントロール) うぷっ」
せっかくここまで決めていたのに、最後の台詞で失敗してしまった。
ドクンッ
何の前兆もなくいきなり巨大な魔力が吹き上げる。
それに合わせて、突然、髪の毛が爆発的に増殖増加し、土砂崩れのように前方にいるクロノ君をあっと言う間に飲み込む。
逃げる暇などない。急に幅にして縦横30メートルの髪の毛の濁流が現れたのだ避けられるはずもない。発動までの展開速度はクロノ君が異常に早いと言ったスピードと変わらない。
(とんでもない切り札ね。クロノ大丈夫かしら? )
(心配ない。なのはちゃんのアレよりは出力は下だし、今回は希ちゃんの体も考えて50パーセントにしてるから)
(これで50パーセントなの? )
カナコは驚いているようだ。
(それにしても、制御不能アウトオブコントロールなんてなかなかいい名前。漢字と英語のナイスコラボね)
さすが上級オサレさんよくわかっている。
濁流は勢いがゆるくなり、髪の毛は徐々に細くなる。徐々にクロノ君の姿が見えてくる。なんと彼はまだ立っていた。ところどころ髪の毛が巻き付き、バリアジャケットも大きく破け白い肌が露出している。ほとんど半裸で女の子なら赤面ものだ。
あらやだたくましい。
それにしても立ってるよこの人。肩で息をしながら、驚愕の顔でこちらを見てる。
「なんなんだっ! 今の魔法は、でたらめにも程があるッ!」
「今ちょっと信じられないくらい瞬間最大出力を記録したよ。普通はあれだけの出力出すには詠唱時間がいるし、前兆もないなんて」
ここまでかな。急激な魔力の放出で足がガクガクしてる。倒すことはできなかったけど、四回目にようやく執務官殿をおびやかすことに成功した。大きな疲労と充実感を感じる。
でもここで終わりだ。さっきから腹が苦しい。激しく動いたら間違いなく吐くだろう。
わかめを吐く?
それだけは許されない。そうなるくらいなら敗北を選ぶ。
「ここでギブアップするよ」
クロノ君はこちらの呼びかけにほっとした表情で杖をおろす。
「やれやれやっと終わったか」
「なあ質問いいかな。今の攻撃、クロノ君クラスだと、どのくらい有効かな? 」
少し考えてクロノ君は話す。
「事前知識なしの不意打ちという条件なら上のクラスにも通用する。君のその食べる行為に意味があるかはわからないが、念のために防御魔法を強化しておいて良かったよ。それでもほとんど破られたな。バリアジャケットまで損傷してしまった。瞬間的に魔力を爆発的に増加させる手段はいくつかあるけど、なんの前兆もなくいきなり強大な魔力を引き出すなんてほとんどレアスキル並の反則技だ。二度と食らいたくないよ」
Sクラスにも通用するってこと? 魔力を瞬間的に増加させる手段というのはカートリッジシステムのことかな? なかなか良い情報です。さすがクロノ執務官だ。
「もういいか? そろそろ君の魔法を解いてくれないか。髪に縛られて動きが取れない」
あっ、そうか今回はここまでだけど、拘束してるから次に繋ぐ攻撃があれば可能性はひろがりんぐだ。
「あ~ ごめんごめん」
俺は手を合わせて、魔力を解除する。
きゅと締まる。
「おい! 逆に絡まって、キツくなってないか? 」
ん?
もう一度操作しようとするか。カミノチカラは俺の意志に反してクロノ君を縛りあげ宙に持ち上げる。
俺は申し訳なさそうな顔を作る。
「クロノ君、うまくコントロールができない」
「ちょっと待て、じゃあどうなるんだ? 」
「もうちょっと頑張ってみるから待って」
とはいうものの、わかめ大量摂取といきなり魔力を引き出した代償でこっち体もふらふらだ。拘束を緩めようと努力するがうまくできない。
あ! まずい。首とか絞めたら洒落にならん。なんとか命の危険の少ない結び方に持っていかないと、俺はとっさにある結び方を思いつき、コントロールできないカミノチカラにイメージと意志を送る。
「おい、なんだこの縛り方は真面目にやれ。んんっ」
クロノ君は縛りがキツいのか。苦悶の声を上げる。巻き付いた髪の毛は網の目のように這って、首とか命の危険は少ないが体の自由を奪うのに適した形に変化していく。
……亀甲縛りだった。
「きゃあああ、クロノ君が大変なことに」
エイミィさんの声はどちらかと言うと黄色い。喜んでないか?
「エイミィさん、どうしたのかな? 」
なのはちゃんは無垢な表情でしきり首をかしげてる。お願いだから見ないであげて、まだ知らなくて、いや一生知らなくていいです。
「コラッ 今度はくすぐったい。バリアジャケットの隙間から、あっ そんなところに入るな、ダメだ」
「…………ごめん」
「なんで今あやまるんだ~~、やめろ、やめろ。んぐっ! らめだ、みんな見てるのに」
クロノ君の声はだんだん色っぽく、せっぱ詰まったものになっていく。
「ああ、クロノ君が~ クロノ君が~ こんな公衆の面前で」
エイミィさんはやけに熱心な実況が入ってる。髪の毛はコントロールを離れてクロノ君の肌を這い回り、時にきつく優しく締めつけていた。確かにヒィヒィ言わせちゃるとか思ってたけどここまでは考えてない。その刺激にクロノ君は朦朧とした声でとうとう限界を迎える。
「あああ~~~~っっっ!!!」
矯声が訓練所に響きわたった。
クロノ君逝ったあああああああああああああああああ
イカされたクロノ君倒れてピクピクして、レイプ目、口からは涎を垂らしている。どう見ても事後マグロです。ごめんなさい。
誰も動けずにいるなかメガネをかけたユーノ君が率先して動き、髪の毛をほどくと、クロノ君を起こすとふらふらを彼を部屋まで連れていった。
「だらしないなぁクロノ、こんなに垂らしちゃって、ふふふっ」
ユーノ君の小さな子供に言うように迷惑そうな中にも楽しげなニュアンスの声を聞くと何かいやしく聞こえるのは俺が欲求不満だからだろう。
クロノ君はリンディ提督の計らいでしばらく休むということだった。
なのはちゃんはわけがわからないと言った顔、クロノを連れってたユーノ君はなんだか彼らしくない邪悪な黒い笑いをしてたけど、大丈夫かな? メガネをかけたエイミィさんは熱に浮かされたような顔でぼーっとしていた、武装局員たちはみな前かがみで帰っていった。
思春期の少年の心に大きな傷を作ってしまった。悪いことしたな。
のちに執務官触手プレイと名付けられたこの事件は息子の名誉を守るべく、すべての映像はリンディ提督に集められ、厳重保管となった。
データ破棄ではない保管である。この違いは大きい。息子さんのあられもない姿を見てリンディ提督が何を思ったのか伺い知ることはできない。
ただリンディ提督から魔法のコントロールについての注意があっただけでおとがめはなかった。
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真っ白な閃光が脳を染め上げ、僕の自我は白い大波のような刺激に飲み込まれていった。
自室のベットで目を覚ます。
昨日はひどい目にあった。意識ももうろうとしてはっきり覚えていない。生まれて初めて感じる刺激に我を忘れてしまった。その後も何かしたような気がするが、いつの間にかシャワーに入って、着替えてベットに寝かされていた。誰かやってくれたんだろうか?
胸元に赤い跡がいくつもあるし、なんか尻が痛い。
昔母さんにされたおしおきされたときを感覚を思い出す。
父さんが亡くなって、母さんは仕事も忙しいのに厳しく、時に優しく育ててくれた。小さい頃は悪いことをすると、どこだろうがズボンを脱がし、手のひらで強く叩かれた。さすがに今はされなくなったけど、リーゼロッテとアリアにも目撃されていて、たまにからかってくる。おかげで母さんが怒っているときはなにもされていないのに、そのときの熱さと恥ずかしさを思い出してしまう。ちょっとしたトラウマだ。
でも母さんなんで、父さんのことを呼びながらちょっとうれしいそうに叩いたんだろう?
しばらく誰とも顔を合わせたくないくらい恥ずかしいけれど、執務官の仕事はいくらでもある。母さんいや艦長はもう一日くらいは休みなさいと言ってくれたが、そうも行かない。いつも通りに仕事を始める。
ジュエルシード事件の報告書作成、フェイト・テスタロッサの証言聴取、次の仕事に向けて動く。
フェイト・テスタロッサは一時は心を閉ざしていたが、回復してきているようだ。雨宮希が精神同調して何をしたかはわからない。少なくとも母親の死を受け入れ暗い陰を取り除くことはできたようだ。
管理外世界航海日誌に目を通す。レーダーに未確認飛行物体が観測されている。多くは現地のものと考えられるが、一部は音速をはるかに超えるスピードで、ジグザク飛行をしている。形状は円形、現地の飛行物体データと照合しても逸脱した形と飛行性能をしている。魔力反応もある。現地データ収集不足かあまり考えたくはないが次元犯罪者が介入しているのかもしれない。
他にもレーダーには無視できない規模の異常な魔力に似た波動をいくつも測定できた。おそらく魔法生物のようなものと考えることができる。すべて調べたわけではないが違和感を感じる。この世界は科学技術が発達し、魔法技術の確立されていない。理由は簡単で未だ技術発展途上にあり、魔力を使う人間の絶対数が少ないからだ。それでもこれほど強い力を持った存在がいるのに、人々に認知されていないのはおかしい。人は強い力を求めずにはいられないからだ。その力を知ることで自分ものとしていくことで技術を革新してきた。それは進化と破滅の両方の側面を持つ人間の業と言える。あるいはこの世界は技術発展の過渡期を迎えているのかもしれない。
そういえば尊敬するグレアム提督はこの世界の出身だった。リーゼロッテやアリアからも聞いたことがある。この世界では人々に魔力は認知されていないが、魔法生物の被害はあり、対応する組織は小規模ながら存在し長年に渡り存在してきたその組織は歴史の影で国や権力に秘匿され、人に害をなすものを退治してきたそうだ。
人々は畏敬をこめてハンターと呼ぶらしい。
グレアム提督も管理局と掛け持ちで祖国のハンター協会に所属していたそうだ。リーゼロッテとアリアともそこで出会った。ソロハンターは伝統的に狩りのお供としてアイルー村出身の猫をサポート要員として連れていく。G級ソロフンターとして名声を得ていた提督は当時最強のオトモアイルーだった彼女たちを任された。
下位の魔法生物は一般のハンターなら十数回攻撃を当ててようやく倒すことができる。ところが彼女たちはならば一撃でしとめてしまう。まるで反則、チートとふたりについた別称は双子悪魔猫だった。
ふたりはその後提督の使い魔になり、師匠にもなってくれた。野外演習でまず叩き込まれたのは、こんがり肉の焼き方、閃光玉、音爆弾、G樽爆弾の使い方だった。特に肉は生焼けだったり、焦げたりしたら容赦なく怒られた。何でもお金では買えない価値があるらしい。今でもよくわからない。グレアム提督は長年のハンターとしての習慣からか生肉と肉焼き器は常に常備してると言っていた。
「一日一回は食べないと落ち着かなくってね」
それが口癖だった。今でも贈り物には大きな生肉が送られてくる。お返しにはちみつ送ったらものすごく喜ばれた。引退したとはいえ、グレアム提督は対巨大魔法生物戦闘のスペシャリストである。たまに武装局員の精鋭の訓練に顔を出して、局員を震え上がらせているそうだ。衰えを知らない体力と魔力の秘密は肉とはちみつにあるのかもしれない。ただ髪の毛だけはどうしようもなかったようだ。
どちらにせよこの管理外世界は注視していく必要がある。
ここまでにしよう。仕事を終わりにする。部屋に戻り個室シャワーを浴びる。昨日粗雑の扱ったようで物が散乱していた。
服を着替え、しばし休憩する。
あの模擬戦を振り返る。
雨宮希のレアスキル、登録した相手ならバインドと近接のプロテクションはほぼ無効化される。うまく自分のスキルを活用していると思う。戦闘技術も少々変わっている。受け重視ながらも相手の動きをよく読んだ高い近接技術。魔力に対する感覚の高さや演算能力、髪の毛を使った魔法攻撃は瞬間魔力出力は非常に高く大きな武器になるだろう。大きな欠点はマルチタスクが苦手なこと、デバイスの余計な一言でタイムロスがあることと性質があまり戦闘向きではないことだろう。体術やかけひきはそれなりにできるから誰か師事した人間がいるのだろうか?
現場を見ていたのは艦長とエイミィ、雨宮希、高町なのは、ユーノ、見学の武装局員たちだ。
この件は口外しないようにと艦長から厳命が下ったが、どこまで効果があるだろうか?
多くの武装局員たちは口の出したり、態度に変わりはない。しかし、顔を赤くしてこちらを気遣うような表情をした武装局員や局員同士耳打ちしている場面が多くなっている。全体的に浮ついた雰囲気が感じられた。みんなギクシャクしてどう話していいかわからないのだろう。
武装局員のひとりが思い詰めた表情で私の目に出て、
「執務官殿ッ 自分はッ 自分はっ むぐ! 」
「こらっ 一人で先走んじゃない! 」
「離せーー 俺は伝えなければならないことがあるんだ~~」
と他の局員たちに取り押さえられ連れていかれたけど、あれはなんだったのだろう?
高町なのはは純粋に気遣ってくれている。表裏がない。正直ありがたい。もしかしたら彼女だけ何も気づいていないのかもしれない。
ユーノはなぜかメガネをかけてイヤな笑い方をしてたが、なんだか目が鋭く、寒気を感じるのは気のせいだろうか。昨日運んでくれたは彼だったような?
意識が朦朧とした中、ユーノの声が聞こえた気がする。
問題はエイミィだ。声をかけるとうわずった声で飛び上がるし、仕事中顔を真っ赤にしてこちらをチラチラと視線を送っていた。あんな顔をしてたらこっちも意識してしまう。エイミィは気さくにつきあえる数少ない友人なのに
明日からの仕事について頭を悩ませていたところ、そういえばどうしてメガネかけているのだろう?
「ク、クロノ君、い、いいかな?」
今心の中で思った人物の声に思わず体が跳ねる。ドア越しにもわかるほど緊張した声が響く。努めて冷静に返事を返す。
「どうした? エイミィ」
「中に入っていい?」
「あ、ああ」
いきなりの申し出に戸惑いながら返事をする。
中に入ってくる。メガネをかけたエイミィは手を後ろに組んで顔を少し紅潮させたまま落ち着かない様子であちこち視線がさまよわせる。
「どうした。なにかあったか? 」
「う、うん」
意を決した様子で顔を引き締める。だが手は後ろに組んだままだ。
「あのね、昨日のこと、それから、今日のこと」
いきなり核心に迫る発言にますます緊張してくる。
「ごめん。クロノ君、助けられなくて、それから、今日ずっと意識しちゃって、ごめん。明日からは大丈夫だから」
しどろもどろになりながら、手はあいかわず後ろに組んだままエイミィは謝罪してくれた。ほっとした。こちらとしても願ってもない申し出だ。
「こっちこそ。それで頼む」
「よかった~」
エイミィの笑顔を見て、しばらくはギクシャクする可能性もあったから一安心する。でも手は後ろに組んだままだ。
気になる。
「エイミィ、さっきから手を後ろに組んだままで、どうした? 」
エイミィはさっきのように顔を赤くしてもじもじさせてチラチラとこちらを見ながら切り出してきた。
「クロノ君、あ、あのね。お願いがあるの」
「わかった。で、何だ? 」
そう言うとずっと後ろに回してした手をゆっくりと前に持ってくる。赤く長いものが目に入る。
赤い紐?
こんなもの何に使うんだ?
エイミィは顔を紅潮させたまま口を開いた。
「あのね、クロノ君、これでクロノ君を縛ってもいい? きゃああ、言っちゃった」
……
……
は?
「すまない。エイミィ、もう一度言ってくれないか? 」
「これでクロノ君を縛ってもいい? 」
「……もう一回」
「これでクロノ君を縛ってもいい? 」
レコーダーのように答えた。
頭を抱える。さっきから混乱している。エイミィの言うことがさっぱり理解できない。
「なんで? 」
ようやく声を絞り出す。
「似合うと思ったから」
「意味がわからないんだが」
「絶対似合うって、昨日のあのときもすごく良かったんだけど、なんか足りなくて、そしたら縛る紐の色だってようやく気づいたんだよ」
頭痛がしてきた。こんな一面があったとは今まで知らなかった。
「嫌だと言ったら」
「ごめん。クロノ君、私、止まれない。例え艦長命令も聞けないっ! 他の局員たちが行動起こす前に先に行かせてもらうよ」
「なにをっ」
そう言うとエイミィに正面から抱きしめられる。頬に感じる親しい友人の柔らかな感触に戸惑いながら、どうしようか考えあぐねているとあっと言う間に手を後ろに縛られ、自由を奪われてしまった。
「ああ、クロノ君、やっぱ似合うよ」
エイミィは熱に浮かされたような表情でこちらを眺めている。
「これで満足か? 」
少しだけ落ち着いてきたので、冷静に聞く。エイミィは首を振る。嫌な予感がする。
「そのちょっと反抗的な目ドキドキするよ。クロノ君、縛るの得意だけど縛られるのに弱いみたいだね。今縛られてどんな気持ち? ねえどんな気持ち? 」
「なんの話をしてる? 」
エイミィの顔が目の前に来た。息が触れるくらい近い。いつものからかうようなじゃない初めてみる表情だ。手を頬に当てると優しく撫でる。
「大丈夫。クロノ君、優しくするからね」
熱っぽく情熱的にささやく。パキッと心の何かが折れた。
結局、エイミィが帰ったのは一時間後だった。ナニがあったなんて言いたくない。ただメガネが外れたエイミィは何が起こったのかわからない顔で急に真っ赤になり部屋から逃げるように出て行った。
次の日、艦長としてではなく母さんから赤い穀物を食べるように勧められた。最近ブームのこの国の風習らしい。
「あなたもお父さんの子なのね~ 」
としみじみ言われた。意味がわからなかった。
「エイミィは一体どうしたのかしら? 別に焦る必要はなかったと思うんだけど 」
その言葉で察しがついた。
「ま、まさか母さん、見てたんじゃ」
「あら、息子の成長を見るも母親を勤めよ。焚きつけたのは希さんかしらねえ」
母さんはニコニコを微笑む。これ以上の追求はやめることにした。
作者コメント
ユーノとクロノとエイミィの三角…… いやなんでもありません。
次回は未定。タイトルは梅雨の少女とさざなみ寮です。