第三十話 眠り姫のキス
プレシアとフェイト、悲しいすれ違いだった。
プレシアはアリシアとの約束を思い出したけれど、時間がない。半端な優しさはかえって苦しめると結局フェイトに冷たくした。そして、内に想い秘めたまま逝ってしまった。
フェイトは真実を知ってしまったが、母の見せた笑顔を糧に決意を新たにした。必死に自らの想いを告げるが、プレシアには応えるつもりはなかった。そして、今無力感に苛まれていて心を閉ざしている。
カナコがきっかけとなったプレシアの優しさはフェイトを弱くしたのだろうか? 最初から期待しなければ落胆も小さくて大きく傷つくことはなかった。
そういうことなんだろうか?
俺は自問自答しているうちにだんだん苛立っていた。ふたりの気持ちがわかるとは言えないが、俺も母親とすれ違ったまま死んだのだ。わかりあえなかったのはさびしい。
まあ生きていたところでそうなったかは怪しいけど。
でも、フェイトとプレシアは違う。お互い生きていて時間があれば心を通わすことができるはずだ。
「カナコ、どうにかならないか? …そうだ。ここにプレシアを再生させればいいじゃないか! 」
俺は我慢できなくなって訴える。カナコは静かに目を閉じている。
しばらく瞑想した後、目を開く。
「ダメよ」
カナコは静かに強い意志を込めて拒絶した。
「なんで? 」
「希の負担が大きいわ。最近のこの子の体調を見てそう考えてる。あなたと希のふたりが起きている状態は脳が多量のカロリーを必要とするの。でも、この子の身体はトラウマの影響で食物が制限されて量も少ないから内臓機能が低下している。必要なカロリーが得られてない。
だから貧血や飢餓の症状が出る。あの子がまだ眠った状態になること多いのはそのせいかもしれない。
それに生き返らせてどうするの? 先のことまで考えてる? 膨大な記憶を持った一人の人間を再生するのよ。どうなるかわかるわよね? それにアリシアの魂は肉体にはなかった、再生はできない。プレシアは生きてる限りアリシアを求め続けるはずだから。黒い女みたいな敵になることは十分考えられる。フェイトを説得した後、魂をすりつぶすなら話は別だけどね」
「……」
カナコの挙げた理由に俺は何も言い返せない。この場は彼女が正しい。希ちゃんに関しては優先順位を間違えない。たとえどんなに心を揺らされても希ちゃんと比較することはできない。カナコはそこだけは何があっても譲らないということなんだろう。
だからと言って冷たいというわけではない。さっきから手を強く握りしめている。カナコはプレシアの生きざまに惹かれていた。どうにかしてあげたいとは思っているができないのだ。
苦渋の決断なんだと思う。
ん? ああ、そういうことか。
俺は最近ずっと引っかかっていたことの理由がわかったような気がした。
話はまだ続く。
「フェイトは闇の書事件で重要な要素になる。切り捨てることなんて考えられない。できる手を考えるしかないわ。希、あなたも来なさい」
そう呼ぶと図書館の扉が開いて、眠そうな顔の希ちゃんが出てきた。
「な~にカナコ? 私眠いよ~」
「十分休んだはずよ。少しだけ起きて、手伝ってちょうだい」
カナコは希ちゃんに理由を説明する。最初は面倒だと言っていたが、なのはちゃんが悲しんでいることを俺が伝えるとやる気になったようだった。
「まずは起きないことには始まらないよな。どうやって起こそうか? 」
「おうじさまのきすぅーー」
希ちゃんが大きく間延びした声で主張する。無邪気な女の子らしい。
……
王子様のキスか?
「ふっ どうやら俺の出番の……「死ね」」
カナコは小さく鋭い声で刺してきた。邪気眼な女の子らしい。
短くて効果的な突っ込みだった。でもいくらなんでも死ねはないと思う。希ちゃんだっているのに
「鏡、見る? おじさま」
追い打ちかけてきた。
「待て! 今のは俺なりのジョークだよ。だいたい効果も期待できないのに、そんなことするはずないだろ。俺は紳士なんだ」
カナコはジト目で睨んでる。
「妻の前で堂々と浮気するなんて良い度胸じゃない」
……
そっちかよ。
今まで目をつぶってきたが、そろそろ追求する時期に来てるのかもしれない。
俺は覚悟を決める。大丈夫! なんとなくだが意図は読めてる。
「なあ、カナコ、俺はいったいおまえとどういう関係なんだ? おまえのなかで」
「夫婦」
カナコはあっさり答える。頭痛がひどくなった。あ~ そうなんだろうな。おまえのなかではな
「え~ ずるいよ。私もおにいちゃんと夫婦になりたいよ」
実に子供らしくて微笑ましい。おにいちゃん冥利につきるよ。心が癒える。思えば斎ちゃんも同じ事を……
思考がそれた。今は目の前の自称妻をなんとかしなければ
「いつ結婚したの? 」
「プロボーズしたじゃない」
……
ダメだ。コイツ何とかしないと
「あれは会話の流れから最終戦士が言ってたジョークだろ! 」
冗談じゃない。そんなことで押し切られてたまるか。
「ねえ? 子供は何人欲しい? 」
「は? 」
俺の話を聞かないカナコはわけのわからないこと言い始めた。
「私は三人欲しいわ。希が長女で、女の子がひとり、男の子がひとりね。名前は陽一が決めてあげて。私ってネーミングセンスはあるけど、ここは父親の役目よね。
えへへ、どっちに似ると思う? 私と陽一の子供だったら、きっと男の子でも女の子でも可愛いよね。それで時の庭園に住んで使い魔を飼うの。使い魔の名前くらいは私に決めさせてね。陽一は狼派? フェレット派? 私は断然フェレット派なんだけど、あ、でも、陽一が狼の方が好きだっていうなら、勿論狼を飼う事にしようよ。私、フェレット派はフェレット派だけど使い魔ならなんでも好きだから。だけど一番好きなのは勿論陽一なんだよ。陽一が私の事を一番好きなように。そうだ、陽一ってどんな食べ物が好きなの? もちろんわかめは論外、どうしてそんな事を聞くのかって思うかもしれないけれど、やだ言わせんな恥ずかしい。明日からずっと私が陽一のお弁当を作る事になるんだから、ていうか明日から一生陽一の口に入るものは全部私が作るんだから、やっぱり好みは把握しておきたいじゃない。好き嫌いはよくないけれど、でも喜んで欲しいって言う気持ちは本当だもんね。最初くらいは陽一の好きなメニューで揃えたいって思うんだ。お礼なんていいのよ妻が夫のお弁当を作るなんて当たり前の事なんだから。でもひとつだけお願い。私『あーん』ってするの、昔から憧れだったんだ。だから陽一、明日のお昼に『あーん』ってさせてね。照れて逃げないでねそんなことをされたら私傷ついちゃうもん。きっと立ち直れないわ。ショックで陽一を殺しちゃうかも。なーんて。それでね陽一、怒らないで聞いてほしいんだけど私、前世の頃に気になる男の子がいたんだ。ううん 浮気とかじゃないのよ、陽一以外に好きな男の子なんて一人もいないわ。ただ単にその子とは陽一と出会う前に知り合ったというだけで。それに何もなかったんだから。今から思えばくだらない男だったわ。喋った事もないし、喋らなくてよかったと本当に思うわ。だけどもやっぱりこういう事はさいしょにちゃんと言っておかないと誤解を招くかもしれないじゃない。そういうのってとっても悲しいと思うわ。
愛し合う二人が勘違いで喧嘩になっちゃうなんてのはテレビドラマの世界だけで十分よ。もっとも私と陽一なら絶対にその後仲直りできるに決まってるけれど、それでね陽一はどう? 今までに好きになった女の子とかいる? いるわけないけども、でも気になった女の子くらいはいるよね。いてもいいんだよ全然責めるつもりなんかないもん。確かにちょっとはやだけど我慢するよそれくらい。だってそれは私と出会う前の話だからね?私と出会っちゃった今となっては他の女子なんて陽一からすればその辺の石ころと何も変わらないに決まってるんだし。陽一を私と希が独り占めしちゃうなんて他の女子に申し訳ない気もするけれどそれは仕方ないよね。夫婦ってそういうものだもん。陽一が私と希を選んでくれたんだからそれはもうそういう運命なのよ決まりごとなのよ。他の女の子のためにも私と希は幸せにならないといけないわ。うんでもあまり堅いこと言わずに陽一も少しくらいは他の女の子の相手をしてあげてもいいのよ。だって可哀想だもんね私と希ばっかり幸せになったら。
陽一もそう思うでしょ? 」
……
息つぎなしでいいやがった。
まず思ったのはやっぱりカナコはヤンデレだったとか、ゴスロリ衣装からしてそうじゃないかといやそれは偏見だ、わかめは俺の命だとか、ここで子供が作れるのか? そういうエロス的なことはできるのか? 俺のコックはちゃんとエレクチオンするのか? コトに及んだところで希ちゃんの頭の中で情操的に問題はないのか?とか、そもそも俺は十歳くらいの子を性的な目で見る変態じゃないとか。ユーノ君は使い魔じゃないだろとか。
突っ込みどころ満載の未来予想図にほら思った通りにごちゃごちゃしてきた。
「カナコ、台詞長いね~ 」
のんびりとした口調の希ちゃん
「あ~ もう! どこから突っ込んだらいいものか」
「じゃあ、まずは私から……って痛たああぁ、何するのよ! 」
顔を赤らめてクネクネするカナコに俺は額にチョップを食らわせる。
「女の子がそんな下品なこと言うんじゃありません! 」
「……夫がAVをするわ。協議離婚だわ。みのさんに相談しないと」
DVだろ。エロいネタ禁止。
「おにいちゃん、私にも突っ込んで~ チョップ、チョップ」
希ちゃんの無邪気な言動がますます場を混乱させる。
俺は優しく希ちゃんにチョップする。
「へへへっ、いたい~ いたいよ~ おにいちゃん くすくす、ひどいよ~ 」
希ちゃんは何がそんなに嬉しいのか含むような声で笑っている。ひどいと言う割にはぜんぜんそんな感じはしない。
カナコは希ちゃんを優しくみつめていた。
「よかったわね。希、おとーさんが遊んでくれて」
カナコ? 都合が悪くなったから希ちゃんでお茶を濁しに来たな。ここで逃がしてたまるか。
「希ちゃんのためか? 俺と夫婦になろうって言うのは? 」
俺は先ほど得た結論を武器に一突きにする。急所は捕らえたはずだ。
「そ、そんなことないです」
わかりやすい奴だ。
「どもってるぞ。それから口調がいつもと違う」
俺はカナコの目をしばらくみつめる。やがて観念したかのように目を伏せると真剣な表情を作る。
「……どうしてわかったの? 」
「態度があからさまだった。どうしてこんなことするのか確信したのはついさっきだけどな。おまえは希ちゃんのためになることしかしない。急に色恋に走るなんて違和感ありすぎだ。他のことに目移りするなんて考えられない」
「よく見てるわね。私のコト、あ~あ、もうちょっと馬鹿だったらやりやすかったのに」
これでもキャバ嬢や泡姫にさんざんタカられてきたからな。いい加減学習する。泡姫日記にちゃんと傾向と対策を書いてるからな。
「どうしてだ? 俺は希ちゃんのために生きると決めてるぞ」
「信じられないわ」
カナコはきっぱりと言い切った。
「ぐっ、 カナコさんや、そんなんにあっさり言われると俺だって傷つくぞ。アリサちゃんの家の帰りのときだって希ちゃんを見守るって誓ったばかりじゃないか」
カナコは下を向くと何かをこらえるような表情になる。
「不安なのよ。あなたを何かで縛り付けておかないと、どっか行ってしまいそうで、だって一度成仏して消えてしまいそうになったじゃない。あなたには本当の意味で未練なんてないんだわ。希にはあなたが必要よ。でもあなたはそうじゃない。だったら心を縛り付けるしかない。恋人や夫婦になればきっとこの世に執着ができると思ったのよ」
「俺は約束したぞ」
少し強めに言う。俺の覚悟は本物なのにそれをコケにされた気がしたのだ。
「そうね。でも人間は嘘をつくし、約束を破るものよ。私の周りには信じられる人間はいなかったもの。前のあなただって……」
カナコの言葉には隠しきれない不信と非難の感情がみえた。
少しだけ理解できた。カナコは他人を信じるのが怖いのかもしれない。ずっとひとりで希ちゃんを守って頑張ってきたのだ。誰にも頼ったことなどなかったのだろう。
反面、百合子さんへの態度、前の学校でのクラスメイトへの対応、前の俺に対する扱い、希ちゃんに関しては万能を誇るカナコだったが、それ以外は感情的で、排他的、子供っぽくって世間知らずな面が浮き出てくる。
それがカナコをひどく歪つなものに感じさせていた。
これは俺がいくら言葉を重ねたところで、カナコを安心させることはできないかもしれない。しかし、話をしないことには何も始まらない。
「カナコ、俺とおまえじゃ夫婦っていうのは無理がないか? せいぜい歳の離れた兄弟、親子にだってみえるぞ」
「むしろいいじゃない。男はみんな若い嫁が良いに決まっているわ」
まあ、それも一つの真理だが、しかし、カナコおまえは甘く見てる。男の好みは意外と広く、業が深い。
「前世で本当に好きなったのは年上で、二十代後半の職場の上司だったぞ。まあ向こうは俺のこと可愛い部下としか思ってなかったけどな。それでも家族ぐるみでつきあうくらいは仲良くなったよ。希ちゃんくらいの女の子がいてな。父親が海外に単身赴任でいないから寂しかったんだろうな。俺に甘えてきてさ。俺も張り切って絵本とか読んであげたら喜ばれて、俺も嬉しく練習してな。それが俺の演技力のルーツと言ってもいいくらいだ」
余談だが、その後転生というか思い出して、斎にも同じことをして、中学では演劇部に入っちゃたりなんかして俺はスキルを磨いた。
カナコは驚愕の表情でこちらを見てる。
「そんな。想定外よ。あなたが妹以外で年上、子持ち、不倫に反応するコアな変態だなんて、これじゃ私は何もできないわ」
「そんな~ 」
希ちゃんも同時にショックを受けてる。
コアな変態じゃね~ たまたま好きになった人がそうだったってだけだ。それに俺を呪縛から解放してくれた人だから尊敬と感謝の思いが強くて、そんな不埒なことは考えられるわけがない。
ただレンタルDVDに人妻モノが入るようになっただけだ。
ちゃんと家に行くときは自家発電して賢者だったから問題ない。
家に訪ねていくと娘さんと一緒に笑顔で出迎えてくれたんだ。継母にいじめられた俺のすさんだ心を癒してくれた。
エプロン姿が実にけしからんが大丈夫。問題ない。
旦那さんが海外に行って寂しいとかいう物憂げな表情が実にけしからん!
う~ん。いかん。そろそろ平常運転に戻ろう。
俺は深呼吸して心を落ち着かせる。
「そのときだけだよ。極端すぎるわ! 」
カナコは少し考え込んでる。しばらくして何か納得したように手を叩くと照れるような表情を作り上目使いでこちらをみつめる。
「おにいちゃんって呼んでもいいですか? 」
甘くささやく。
ぞわああああああ
「頼むからやめてください。おねがいします」
「そうだよ~ おにいちゃんって呼んでいいのは、私と斎おねーちゃんだけなんだから、カナコがどうしても呼びたいならいいけど」
認めないで希ちゃん
「だめ? 」
だからくねくねとシナを作るな。変な方向に行きすぎてるぞ。収拾がつかない。仕方あるまい。俺は前々から考えていたことを提案する。
「カナコ、希ちゃん、不満はあるだろうけど、俺が希ちゃんやおまえを恋人とか夫婦にみれるわけない。妹とか家族ならなんとかなるよ。でもカナコ、おまえはそれだけじゃ不安なんだろ? だったら俺の部屋の記憶の本を見て脅せばいいじゃないか。消えたりしたら公開するとか言えば俺もそうそう成仏なんてできないぞ」
「いいの? 」
「ああ、男に二言はないぜ」
カナコは探るような神妙な顔でこちらを見る。不信感が強くて不器用なコイツを納得させるにはこれしかない。どうせ俺が言わなくても勝手に見るだろう。
「じゃあ、高校のとき彼女に振られたときの」
「何でも言うこと聞くから、それだけは許してえええええええ」
俺はプライドなどすっとばして土下座する。
俺の覚悟は所詮そんなものだった。たった一言で折れてしまった。おのれええ、すでに最大の急所のひとつを押さえているとは恐ろしい奴だ。
カナコはしばらく俺を観察すると、
「そんなに言われたくないんだ? わかったわ。成仏なんかしたら使うから、絶対使うからね。絶対よ」
カナコは子供のような笑顔だった。結局夫婦ごっこは続くらしい。
いろいろゴタゴタはあったが、俺たちはフェイトを起こすためにここに来てる。起こす前に作戦を立てることした。
作戦名は「フェイトちゃんのブレイクハートペロペロ大作戦」
だった。
プレシアを生き返らせるのは論外なので、三人で話しあった。
結果、フェイトにプレシアとの楽しい夢を見せれば目を覚ましてくれるのではないかと考えた。
ここは希ちゃんとカナコの世界だ。多少制限はあるが何でもできる。希ちゃんは経験が少ないのでここでモノを作るのは苦手らしい。カナコはベテランで単純なものは容易に作ることができるが、複雑な機構なものを作るのが不得意だ。俺は元々イメージ力とかそういうものは得意な方だ。ふたりのサポートをする。
やり方は三人で力を合わせて、夢の世界の住人を作る。希ちゃんのレアスキルとは違ってただの夢なので空っぽで感情なんてものはなく役割が終わると消えてしまう儚い存在だ。後のことを考える必要はない。操り人形とか舞台俳優のようなものだ。
「名付けてドリームキャストね」
もしかしてわざと言ってる?
作る舞台女優はプレシアだ。
「じゃあ、プレシアを作るわ。詠唱する」
俺たちは三人で手をつないで輪を作る。手をつなぐときカナコは少し緊張したようだ。照れるなよ。家族みたいなもんだろ。
詠唱はカナコ謹製でイヤな予感しかしない。
「回れうずまき、唸れ4つのシーピーユー、例え忘却の彼方へ消えようと我はその名を忘れず。創造神セガこそ至高、君は覚えているかシェンムーを、シーマンを、バーチャ3を、セガガガを、ナップルテールを、ベロニカを、夢広く伝える伝説の名機 ドリームキャスト降臨せよ」
「こうりんせよ~」
やっぱりね。もはや突っ込む気力さえない。バーチャとかベロニカとか何だよ! それに今は舞台女優を作っている最中だ。雑念が入ると上手くいかないだろう。
集中、集中
どんなプレシアがいいだろうか? やっぱり若くて健康的だった頃がいいのか? 痩せすぎだし少しくらい太ったほうが母親っぽいはずだ。そういえばベロニカで思い出したけどプレシアさん顔色悪いし、ゾンビに間違えられそうだよな。バーチャとか土星の頃から友達と遊んでたしあれはあれで好きなんだよな。それから技術がものすごく進んだけど、あのときの気持ちはプライスレスだよな。いかん発想がおっさんだ。
雑念だらけだった。
俺たちを中心に天井から光が降りてくる。
その光はやがて3つに分かれ圧縮されていく。白い繭を形作るとやがて収まっていく。
……3つ?
「なんで3つ分かれたんだ? 」
「さあ、イメージの統合が上手くできなかったのかも、とりあえず産まれるみたい。いいんじゃない。夢だし、フェイトに好きなの選んでもらいましょ」
3つ繭にひびが入り、何かが生まれた。まさか護衛軍みたいな奴らじゃないよな。
最初に生まれたのはちょっぴり太り気味のプレシアさんだった。丸々としてつやつやして健康そうだ。以前の3倍くらいの横幅で不健康そうだった青白い肌は血色もよくピンク色だ。逆に糖尿とか心配だ。常にくちゃくちゃしていた。
次に生まれたのは、不健康そうなプレシアさんだった。ただでさえ痩せていた体は半分くらい細くなり、目は白目でう~う~わけのわからないのことを言っている。肌は土気色だ。化粧とかしたほうがよさそうだ。
最後に生まれたのは、カクカクしたプレシアさんだった。
片言で「フェイトアイシテル」としゃべり続けている。女性的な丸みはいっさいなく、ものすごく立体的に見えるけど。直線と四角と三角で構成されていて、ギクシャクしている。肌の色は折り紙でも張ったようにのっぺりしていた。
……ポリゴンだった。
どれもプレシアなので区別するためにDX、ゾンビ、バーチャと名前をつけた。明らかにおれのイメージが反映されまくってた。こんなのどうするんだ?
……
この中から選べと言うのか。
カナコはフェイトの額に手を触れると目を閉じる。
(フェイト聞こえる。カナコよ)
(カナコ? もしかして私が母さんのところへ連れてきた…)
(そうよ、あなたに提案があるの、プレシアに会いたいでしょ? )
フェイトは目を開けると飛び起きた。キョロキョロ首を振ると3タイプのプレシアに目が止まる。
「さあ、好きなプレシアを選んでちょうだい」
フェイトはとまどいながら、まずプレシアDXの前に足を止める。じっと見つめると首を振る。
「違う母さんはこんなに健康じゃないよ。もっとやつれて青白い顔してる」
正直なのはいいことですよ。フェイトちゃん
「あら、残念」
プレシアDXはドロドロと溶けて消えた。
「っっ!!」
フェイトは声にならない悲鳴をあげた。人間の体が溶けていくなんてホラーすぎる。しかもグロテスクだった。そんなことに凝ってどうするんだ。
次はゾンビプレシア。フェイトはすでに足がすくんでいる。言うまでもなくこれも選ばれないだろう。俺だってちかづきたくない。
「母さんによく似てるけど。やっぱり違う」
似てるのね。お兄さんこの場合正直すぎるのはどうかと思うよ。
「おおお」
「きゃあああああああああああああ」
ゾンビプレシアはいきなりフェイトに抱きついてきた。
「あらら、これもダメね。知性がないわ」
カナコがそう言うとゾンビプレシアは体がひび割れていく。ゆっくりとむき出しの肌や肉、骨を見せながら崩れ落ちていった。先ほどよりさらにグロテスクだった。
フェイトは恐怖で固まっている。
「おい! 俺たちはフェイトに楽しい夢を見せるんじゃなかったのか? ホラー映画じゃないんだぞ」
「おにいちゃん、フェイトちゃんはなんであんなに怖がってるの? 」
希ちゃんは平気みたいだ。そういえばあんまり怖がったことなかったっけ。怪談も全然怖がらず、きゃきゃと聞いてた気がする。
あ~ まずいな。目の光がだんだんやばくなってきた。最後の奴に賭けるしかないのか。カナコが手を引いてバーチャプレシアの前に連れてきた。
「母さん!! 」
フェイトは即座にバーチャプレシアに抱きつく。
いいのかコレで、ポリゴンだぞ。カクカクしてるぞ。今までのやつらからすればはるかにましかもしれないけど
「母さん、なんか角が当たって痛いね」
そういう問題か?
「フェイトアイシテル」
「えっ!?」
フェイトは驚いた表情になり、そしてだんだん悲しい顔になる。どうしたんだろう。
フェイトはバーチャからすっと離れると悲しい顔のまま言った。
「ごめんなさい。これもよく似てるけど母さんじゃない」
似てるのか? フェイトは続ける。
「だって、母さんは私のこと愛してるわけないもの」
そう言うとフェイトはしゃがみこんで膝をかかえて眠ってしまった。
俺たちの作戦は失敗だった。
次の話し合いに移る。
「プレシアの本当の気持ちを教えるべきじゃないのか。カナコだったらできるだろ? 」
カナコはうなずく。しかし、その視線は厳しい。
「できるわ。でもプレシアの遺志はフェイトに真実を教えないことよ」
「そうだな。でも死んだ人間より生きた人間を優先した方がいいよ。それに今のフェイトの状態はプレシアの望んだことじゃない。管理局については気の使いすぎたと思う」
「物は言い様ね。でもあなたの知ってるフェイトは母親への愛の渇望をバネにして、強くなったんじゃないの。知ってしまうことでどんなことが起こるかわからない。弱くなるかもしれないわ」
何がそんなに気にいらないんだよ。というよりは質問していろいろ考えているのか? 俺は少し時間をもらって考えをまとめる。
「あれこれ理屈をこねたけど、結局は俺の押しつけだよ。経験から言わせてもらうと、確かに母親の愛情がすべてじゃない。最初の前世で俺は職場の上司から信頼されてそれに応える喜びを知ったから立ち直ることができた。フェイトだってなのはちゃんやリンディさん、クロノ君が支えたから立ち直れたんだ。
でもな、やっぱり母親の愛って存在のすべての始まりで根源的なものなんだ。浅野陽一は確かに前世の知識で成功して満たされていた。でもね、常に何か足りないと思ってた。欲を満たしてもその場だけでどこかむなしかったよ。希ちゃんとの交流で何か掴みかけた。それも希ちゃんがいなくなってするりと逃げた。死んで再生されて最終戦士の記憶で百合子さんに母親として接してもらったことを知ったとき。ああ俺が求めていたのってこれだったんだ思ったよ。ただの思いこみかもしれないけど俺は前より強くなったよ。
フェイトが闇の書に取り込まれたとき、あの子が見た夢は家族としあわせに暮らすことだっただろ? だからフェイトは立ち直っても心のどこかでプレシアのことはずっと求め続けてたんだよ。弱くなったっていいじゃないか。俺たちの知っているあの世界は参考するのはいいかもしれないけど、もう違う道を歩んでいるし、囚われてはいけなんだ」
「確かに歴史をなぞることを気にし過ぎたら身動きが取れないわね」
「それに心に愛と哀しみを刻むものは……」
俺はここで言葉を切り、カナコに目で続きを言えと合図する。きょとんとしていたが理解は早く。
「天地を砕く剛拳すら、凌駕する。むそーてんせいを可能にする。強くなるとも言えるのね」
「うんうん」
俺は妄想転生いや転生妄想と診断されたけどな。
「ありがと、決心がついた。プレシアの記憶をフェイトに見せることにするわ。さすが私の見立てた愛の戦士ね」
愛ね。恥ずかしいが俺の今のちからの根源は愛だ。まだ知ったばかりの未熟な初心者だから精進しよう。
斎への愛は欲望との葛藤が入り交じった歪んだものではあるが、そこから生まれた作品は認められて俺の自信となった。開き直るとそんなに悪いものでもないかもしれない。しかし、これは欲望として満たされてしまうと性質は変わってしまうだろう。
希ちゃんへの愛は百合子さんが俺に注いでくれたものに似ていると思う。別の言い方をすると理想になる。家族、父性的なもので、とても純粋で強いものだ。これこそが今の俺のちからだろう。
(では貴様は今日から愛の戦士というわけだ。最終戦士は俺のだぞ)
……
黙れ! 妄想戦士
カナコはフェイトに再び話しかける。
「フェイト、プレシアが何を思ったか知りたくないかしら? 」
フェイトは目を開くと、こちらをうかがうようにおずおずと聞いてくる。
「さっきの話は? 」
カナコはフェイトに自分のスキルのことを話す。他人の記憶を収集して自在に操ることができること、さらに、直接見せることもできると伝える。
フェイトは静かに聞いていたが、下を向いてしまった。どうしたんだろう?
「フェイト? どうしたの? 何でも言ってみて」
カナコはそんなフェイトにゆっくりと問いかける。
「ありがとう。カナコ、でも、私怖いよ。母さんはきっとアリシアのことで頭がいっぱいで、私なんか嫌いなんだ。そう言ってたから…」
「でもあなたは気になっているんでしょう? プレシアが私のことを知ってからの態度が変化していることに、だったら知るべきだわ。これは本来はあなたが知らないままでいることだけど、私と陽一はこれを知ってほしいの」
カナコは怖がるフェイトを優しく優しく説きほぐす。母親が子供にするように、希ちゃんの母親をやりたいというだけのことはある。そんなカナコに下を向いていたフェイトは顔を上げていく。今は膝を折ってはいるが、本来は芯の強い子なのだ。
「カナコ、教えてほしい! 母さんのこと」
フェイトは一歩踏み出した。母の真実を知るために
「…プレシアいいわよね? この子はちゃんと自分の意志で決めた。あなたは知られたくなかったみたいだけど、大丈夫、フェイトはきっともっと強くなれる」
カナコはもうここにはいないプレシアに向けてつぶやく。
一冊の本を取り出すとフェイトに渡す。
「これは? 」
「プレシアの私に会ってからの記憶よ。すべて読むのは時間がかかるから、この本に抽出したの。開けば記憶が流れ込んでくる」
「ありがとう。カナコ」
フェイトはお礼を言って本を開くと、そのままその場に座り込んでしまった。目は閉じられている。気を失っているようにも見える。
「今、記憶が流れ込んでる。少し時間がかかるわ」
ーーーーーーーーーーーーー
母さんの記憶はやはりアリシアでいっぱいだった。私のことはアリシアを思い出すから嫌なんだ。私の存在が母さんを苦しめていたことはショックだった。
母さんはカナコとの出会いでアリシアとの約束を思い出した。母さんにとってアリシアとの約束は大事なもので嫌いな私への思いを変える力を持っていた。やはり、母さんにはアリシアしかいないんだ。私はそのついでなんだ。知らなければよかった。
…私の心は深く暗く静かに沈んでいく。私は真実を知るのを後悔し始めていた。
「べ、別にフェイトのことなんか全然好きじゃなくて、大嫌いなんだからぁ」
そうだ、そう言われたっけ、これも母さんの思っていることに違いないよ
……えっ?
母さんは私が管理局の罪が軽くなるように、昔は思ったかもしれないけど、今はそう思っていないことを言ってくれた。優しくしたら私が母さんから離れられなくなると、その表情とは裏腹に母さんの心の痛みが伝わってくる。
ごめんなさい。
本当は違うの! けれど、あなたのために、あなたは私に騙されていただけ、悲しんで、憎んで、そして忘れてちょうだい。
ひどい。ひどいよ。
母さん
私、わからなかったよ。
母さんがそんなこと思っていたなんてわからなかったよ。
愛されていないかと思っていた。けど違った。今はつらくても私のことを考えてくれてた。私が立ち上がると信じてくれてた。
……ひどいよ。私はそんなに強くないよ。今だってこんなになっているもの。
そして、最期の記憶
母さんは覚悟を決めていたけど、私の言葉で心が揺れてしまった。だから、あんなに泣いていたんだ。本当は私を抱きしめたかった。でも我慢して我慢してあの言葉を言ったんだ。
「言ったでしょ。私はあなたが大嫌いなんだから」
……母さんのうそつき
私、一生懸命言ったんだよ。好きだって、それなのに
そして、私のことは愛せないことあやまりながら、アリシアと一緒に逝ってしまった。
最期に私のことを……
私と母さんは生きているあいだわかりあうことはできなかった。仕方のないことだった。だって私に優しくしたらアリシアだけが寂しい想いをしてしまう。母さんだってずっと寂しさを耐えてたんだ。私よりずっと長い間。母さんは悲しくなるくらい我慢強い人だった。
なんて悲しく寂しい関係だったんだろう。
母さんは私のこと愛してはくれなかったけど、愛そうとしてくれた。
胸が熱い。涙が止まらない。悲しい涙じゃない。全身を喜びで包まれていた。あのとき、母さんに抱かれて、認められたときだってここまでの気持ちにはならなかった。
外からではなく中から、おひさまのように熱いものが産まれた。そして暖かく私を満たしていく。こんなに満たされる気持ちになったのは初めてだった。
アリシアの記憶じゃない。私に向けられた母さんの気持ちが私の心を癒していく。
確かに私は最後まで母さんに娘だと認めてもらえなかった。報われなかったのかもしれない。
でもいいんだもう。
母さんの気持ちを優しさとぬくもりを知ることができたから
私はこの喜びを一生忘れない。ずっと覚えていよう。
この喜びがあるだけで、私は立ち上がることができる。新しい自分を始めることができる。アルフにも心配かけてる、なのはという子にだって。
母さんは見ててくれる。だから立ち上がろう。
アリシアだって
(うんっ! 私はフェイトのお姉さんだもの。ずっと一緒だよ。フェイト)
優しい誰かの声が聞こえた。
(……そうだったの。アリシアの魂はフェイトの中にあったのね)
静かで落ち着いた声が聞こえた。
私は目を開ける。涙でずぶぬれになっていた。顔を上げると誰かがこちらを見てる。この子がカナコ? 外で見た子とは違う。顔つきは違うし髪は短い。私と同じくらいの年のはずなのに大人びて見える。優しい目だ。
カナコはどこからかハンカチを取り出すと、私の顔を母親が小さい子供にするように拭う。顔がすぐ近くにある。なんだか恥ずかしい。
「もう大丈夫? 」
「うん…ありがとう。カナコ、お礼がしたい」
私はあることを思いつく。これは私も嬉しかったからカナコも喜んでくれると思う。
「あら? 何かしら」
私はカナコの首に手を回すと
想いを込めて
キスした。
「んんっ!! 」
確か母さんはこうして、舌をからめて……
カナコ暴れないで!
まだ終わってないよぉ 私の気持ちを受け取って
「うわあぁ」
誰か男の人の消えていきそうな声が聞こえた。
最初は暴れていたカナコも両手の力が抜けて私の自由にさせてくれました。
「しくしく、初めてだったのに、最初は希って決めてたのに」
カナコは泣いてます。あれ? 私何か間違ったかな?
「あのぅ ごめんなさい。嫌だった? 母さんはこうしてくれたんだけど」
「はははっ、フェイトちゃん気にしなくて良いぞ。自業自得だからなカナコ場合。それに女の子同士はノーカンらしい」
男の人が笑って答えます。誰だろうこの人?
「あなたは? 」
「俺か? 俺は浅野陽一だ。こいつらの保護者みたいなものさ」
カナコは赤い顔のまま男の人をにらんでます。
「あなたね~ 妻の貞操が奪われているのに、なんで黙って見てるのよ。ちゃんと助けなさい」
「妻言うな! いや~ なんか見とれてしまってさ。なんというか。こう創作意欲を刺激されたよ。新作書けそうだな。飲み込まれそうな愛を感じたよ。さすがだなフェイトちゃん、すでにその歳で愛を極めつつあるのか」
愛? 喧嘩してるみたいだけど。なんだかとっても楽しそう。とっても仲良しなんだ。
「希ちゃんこっち来て ……ってなんでそんな隅の方へいるの? 」
少し離れたところでこちらを誰か観察していた。警戒してる? 外で見たあの子だ。髪がものすごく長い。でもなんだか印象が違う。
「や!! 」
「希ちゃん、後で本を読んであげるから、新作だよ。だからこっち来て、挨拶だけでもしときなさい」
「う~ おにいちゃんがそこまで言うなら」
じっと目を見つめると急に私の前に飛び出してきた。
「よう! 」
「よう? 」
変な挨拶だ。
「希ちゃん、フェイトちゃん 名前、名前」
「あ、雨宮希」
「フェイト・テスタロッサです」
なんかすごく緊張する。
「ほら、握手」
「「はいっ」」
同時に返事をして、言われるままに握手する。
「うんっ これで友達だ」
友達? お互いに見つめあって、首をかしげる。友達って何をするのかな? キスすればいいのかな?
「ちょ、ちょっと待ちなさい! フェイト! さっき私を見た目で希を見ないで、あなたもそろそろ戻りなさない。心配している人が他にもいるわ」
ちょっとあわてたカナコが言うと門が開く。ここどこだろう? 本とかたくさんある。あの四角い母さんもカクカク揺れている。疑問はあったけど、言われた通りに門をくぐる。
急に目が真っ暗なる。一瞬不安になるが夢から覚めるのが感覚的にわかった。
ありがとう。母さん。ずっと覚えてるから。
ありがとう。カナコ。大切なことを教えてくれて
私はもう大丈夫 これから何があっても怖くないよ。
自分の力で歩いていきます。
作者コメント
次回で無印編終了。今回は苦労しましたプレシア魂の再生も考えたけど、無理だった。途中まで書いて没にした。次に一度アップしようしたデータが壊れて、半分以上書き直し、全く別物になりました。