第二十九話 すれ違いの親子
俺たちはプレシアの元へ急ぐ。カナコの見立て通り、敵の数はかなり多かったが、クロノ君の的確な判断力はもちろんのこと、カナコの索敵能力、希ちゃんが高速詠唱・演算よる遠距離攻撃でスムーズに進んでいた。
俺の仕事は魔法を撃つときにの発動イメージをするくらいだった。俺の攻撃は中距離タイプなので、出番はない。優秀なクロノ君とカナコがそもそもそんな状況を作らなかった。
「やっぱり、俺はいらない子なのかな? あんま役のたってる気がしない」
「おにいちゃん、涙拭けよ」
その台詞に軽い頭痛を覚えながら、俺は希ちゃんにいちおう注意しとく。
「希ちゃん、その言葉あんまり使わないようにね。う~ん俺は親じゃないけど、親を見て子は育つってまさにこのことだよな」
「え~ おにいちゃんも使ってたのに~ 」
「え~ じゃない! 立派なレディになれないぞ。おにいちゃんも一緒に使わないようにするからね」
「は~い、あっ!? 魔法撃たないと、障害物で見えないけど、正面右40度、500メートル付近に半径10メートル規模と正面左20度、300メートル付近半径20メートル規模の攻撃っと、
しゅーてぃんぐもーどへ移行します。
目標を補足。
目標地点までの弾道を算定。
詠唱開始
詠唱終了
撃てるよ」
希ちゃんはデバイスごっこをしている。こんなことしなくても速攻で撃てるのだが、退屈だったみたいで、デバイスっぽくしゃべっている。
遠距離魔法は高速で編まれて、ほとんどタメなしで放たれる。何かが吹き飛ぶ音と金属ような音がするので、おそらく当たったんだろう。
「希よくやったわ、敵は沈黙、次に備えてね」
「待機モードへ移行します」
カナコはカナコでわずかな魔力の気配を捕らえては希に正確な位置を教えていた。見えない敵をエリアサーチなしで把握しているようなものらしい。
二人とも能力高いなぁ。
(私は肉体を持たない魔力だけの存在だから、魔力に対しては人一倍敏感なの。近ければ魔力の流れから次の動きを予測することも可能よ。體動察の法とか言ったけどフェイトの動きがわかったのもそのせいよ。希は私が指定した座標を正確に攻撃する。高速演算力はあの子の得意分野だからね)
ふたりで術者とインテリジェンスデバイスの連携のような戦いをしている。やっぱり俺は……
(どうした! おまえのちからはそんなものか? )
あ~~~~~~ もう!! 嫌な奴の声が聞こえた。わかったよ! 結局俺には俺のできることしかできない。戦いの場ではカミノチカラとデバイスに宿るちからがすべてだ。
それを磨くしかない。
ネガるな。うじうじ悩むな!
まだ切り札だってある。
「クロノはさすがね。魔力と身体の流れがスムーズよ。よほど訓練を積んでいるのね。魔法を撃って次の魔法に繋がるまでが早い。判断も的確。なのはとフェイトは魔力の資質や出力・攻撃力では上回っているけど、今のクロノには勝てないでしょうね。真っ向からの力勝負なら別だけど」
カナコはクロノの動きに感心している。俺も頭を切り替える。
「ほうほう、それがわかるおまえもすごいな」
「場数が違う。才能もあるけど、コツコツと努力を積み重ねるタイプね」
「そこ! 油断するな! 敵が召喚されるぞ」
クロノ君からの注意が入る。見ると俺たちの前方に複数の魔法陣が見える。どうやら作戦を変えてきたようだ。
「陽一、あなたの出番よ! 」
「おし! 見てろよ。」
俺はカミノチカラを展開すると、攻撃を加える。参加できなくてストレスが溜まっていたんだ。ちょうどいい。敵の魔法攻撃もカナコが事前に教えてくれるので防ぐことができた。カナコがすべてを統率して、俺が牽制し、その間に希ちゃんが強力な魔法を編み上げて、攻撃する。俺たちの三人の連携の形がおぼろげながらも見えてきた。
………
プレシアの元へたどり着いた。少し驚いた顔でこちらを見てる。
「ずいぶん早かったわね」
「クロノ、少しプレシアと話がしたいわ。無理かもしれないけど説得してみる」
そう言ってカナコは話しかける。
「ねえ。投降する気はないのかしら? この状況から次元震を起こすのは無理だわ」
「私はどんなに可能性が低くても最後まであきらめるつもりはない」
「フェイトのことはどうするの? 」
「フェイト? あの人形? あなたたちの好きにすればいい、私には関係ないわ」
「嘘!! だったらどうして最後にあんなこと言ったの? あなたはフェイトが好きなはずよ」
プレシアの表情は怒りに染まる。
「だ、黙りなさい!! 私はあんな人形は知らない! アリシアだけが私の娘よ。フェイトは娘なんかじゃない!! 私の命令で動く使い勝手のいい駒に過ぎないわ」
声は厳しく鋭く。カナコの指摘を否定する。
「あくまで否定するんだ。だったら…… 」
カナコは目を閉じると、魔力を集中させた。色が変わる? 紫の色のプレシアの魔力波長だ。
(何する気だ? )
(リーディングとシンクロの応用、プレシアは一度記憶と魂を全部読み取っているから、魔力のリンクと大元があるの。この距離なら離れていてもシンクロさせることができる。私たちと別れてからの記憶を吸収するの。パソコンで言うところのアップデートみたいね。プレシア・テスタロッサ最新版ってことこかしら? プレシアの本音を引き出してやるんだから)
(便利だな。相手の考えてることが全部わかるってことじゃないのか? )
(そうでもないわ。吸収するだけで、リアルタイムに使えるわけじゃないから、戦闘には使えないし)
欠点はあるわけね。しかし、尋問用としては便利だな。
「何をしてるか知らないけど、私たちの邪魔をしないで…… フェイト! 」
カナコがプレシアを記憶を読み取ってる間に、フェイトがきたようだった。
………
「言ったでしょ。私はあなたが大嫌いなんだから」
足場が大きく崩れる。
「母さんッ!! アリシアッ!!」
「待って! プレシアーーーーーー」
涙を流しながらプレシアは落ちていく。アリシアの亡骸と共に、フェイトの想いなど始めから応える気がないように、プレシアはフェイトの差し伸べた手を振り払った。カナコの声も届かなかった。
俺たちはアースラに戻った。
「泣いているのか? 」
「プレシア…… 結局私たちには何もできなかったわね」
カナコは流れる涙を拭いている。読み取り自体はすぐに終わったが、フェイトが来てしまった。俺たちにふたりの会話を邪魔するなんて無粋ことなんてできるはずもなく。
元々俺たちが入る余地なんてない。俺たちはあの場面では端役にすぎないのだ。
フェイトはプレシアに自分の想いを伝えるが、プレシアは聞き入れなかった。つらそうな表情で涙を流しながら、大嫌いだったと言うと、プレシアは庭園を崩壊させ、アリシアと一緒に消えていった。
(仕方なかったと思う。俺たちにはプレシアの願いも病気もどうすることもできなかったし、フェイトのことも彼女が自分で選択したことだから、部外者がとやかく言ったところで聞いてくれなかったと思うぞ。なんせ、実の娘のためにずっとひとりで頑張っていたんだから)
(そうかもしれない。でも、私は助けたかったの! それに見たでしょあのバレバレの演技。あんな下手くそなのみたことないわ!! )
(そうだな。俺が監督なら帰れってレベルだよ。でもだからこそ悲しいよ)
プレシアには演技なんてできなかった。それはつまり言ってることと思っていることが正反対ってことなんだろう。
カナコは希の姿でしばらく泣いていた。
フェイトはそんなカナコをぼーっとした顔で眺めていた。ちょうどプレシアの告白で膝をついたときの表情によく似ていた。
「この事件は終わりだけど、私たちにとってはこれからの半年どれだけ強くなれるかが生死を分ける。次の戦いは始まっているわ」
泣きやんだあと、カナコは次を見据える。心の整理はついたようだ。
俺たちは闇の書事件に向けて話し合う。
最初は闇の書関連で未来を先読みして行動することも考えたが、人の思惑がどう作用するかわからない以上危険と判断した。ジュエルシード事件では最初の怪物が俺たちを襲ってきたのも予想外だし、プレシアがフェイトを使って俺たちを誘拐したのもそうだ。結果だけみればうまくいったかもしれないが、ちょっとしたことで最悪の結果になった可能性がある。
だから、あれこれ考えるより俺たちは自分達の戦闘技術を上げることが一番大きな保険になる。幸い今回の戦闘で鍛えればヴォルケンリッターと十分互角に戦えるとカナコは判断したようだ。
次元が安定するまでしばらく日がかかる。その間にデバイスの調整とクロノ君に戦闘の師事をもらう予定だ。俺たちがついていった成果として、クロノは大きな負担がなかったため無傷だ。
クロノとした約束は何とか時間をとってもらえることになった。
しかし、その前に俺たちはこの事件に介入したことによる結果を突きつけられることになる。
フェイトが心を閉ざしたのである。外部からの刺激への反応が薄くなり、意識が朦朧状態で医務室へと移された。
本来の歴史であれば、一度はプレシアによって折れた心も、なのはちゃんとの絆によって立ち上がり、プレシアに自分の想いを伝えることができた。結局かなうことはなかったが、それでも前に進むことができたはずなのだ。
俺たちの世界でも同じようにほぼ同じように流れているはずだ。しかし、ジュエルシード事件が終わった直後にフェイトがこうなってしまった。
ここにきて何かが狂い始めていた。
アースラ艦内の食堂でなのはちゃん達と食事をするが、みんな暗い顔をしている。フェイトがこんな状態ではそうなるだろう。フェイトは今生きる屍、点滴によって生かされているだけだ。アルフは心配してずっとついている。
いったい何が悪かったんだろう? 流れからみても最悪のパターンが想像できた。
(私のせいね。きっと)
沈んだ声が聞こえる。
(どういうことだ? カナコ)
(ほんのいたずらのつもりだったのよ。プレシアがフェイトに冷たいから、ちょっとからかってやろうと思って、フェイトに無理矢理優しくさせたのがいけなかった)
(それなら俺も見たよ、何が問題だったんだ?)
(はっきりとはわからない。私たちが見た限りでは同じように展開しているけど、フェイトは何かに気づいて、内心に変化があったのかもしれない。シンクロして確かめてみるしかない)
確かにそうだけど、カナコは希ちゃんのこと以外ではなんだか不安がある。
すぐに能力に頼ろうとするところは危ういと感じた。
今まで漠然と思っていたことだったが、今回のプレシアとのやりとりで説得をすぐあきらめ記憶を読み取ろうとしたことでほぼ確信した。
(カナコ、今回は仕方ないけど、あんまり人の心に土足で入り込むのは良くないと思うぞ? 誰にだって知られたくないことはあるんだから)
俺はカナコに釘を刺す。
(なによ? 説教する気なの)
(ちゃんと聞いてくれよ! 普通お互いの心なんてわからないのが当たり前なんだから、能力に頼っていると、そうしないと不安になるし、人間は正と負の側面を持っているものだから、知りたくもないことを知ってしまうかもしれない。
おまえ、希ちゃんが自分をどう思っているか調べたことはあるか? )
(……ない)
(だろう? そんなことは絶対にないけど、希ちゃんが心の中でおまえのこと少しでも嫌っていたら、耐えられないだろう? 俺だってそうさ)
沈黙の時が流れる。
(わかったわ。肝に銘じる。でも少しムカつくわ。あなたに説教されるなんて、やっぱり男は結婚すると貫禄が出るものかしら? )
おい! 誰とだよ? いい加減この件が片づいたら話し合わないと。
現実に戻ると、暗い顔をしているみんなに私はある提案をする。
「みんなちょっと聞いてくれないかな。フェイトちゃんのことで試してみたいことがあるんだけど」
今は病室。希ちゃんはフェイトに会うのはまだ怖いようで奥に引っ込んで眠っている。フェイトのそばに近づいてひざまづくと、気になったのかアルフが
「何をする気だい? 」
聞いてきたので
「ちょっと罪滅ぼしに行ってくるね」
私は笑って答えフェイトの手を握ると目を閉じた。
(シンクロ開始)
カナコがそう言うと、意識が遠くなり、夢の世界へ突入した。
フェイトは門の前に横たわっている。さてどうしたものか? とりあえず、あいさつしとこう。
「こんにちわ、フェイトちゃん」
「……」
フェイトの返事はない、接点が作れない。困った。それから、俺は何度も呼びかけるが一度も返事はなかった。カナコに揺すってもらうが全然反応がない。
「一度は立ち上がったはずなのに、何で今なんだろうな? 」
「今記憶を検索してる。今回のフェイトといい私の部屋にはテスタロッサ関係ばかりたまっていくわね。一度掃除しないと」
「何だ? 」
「プレシアとアリシアの記憶よ。最初に時の庭園に行ったときリーディングしたの。ふたりとも死の直前までの記憶がある。プレシアにはシンクロしたままだったから結局最期の瞬間まで記憶を拾ってしまったわ」
「なあ全部把握しているんじゃないのか? どうして調べる必要があるんだよ」
「希じゃあるまいし、一回見ただけで全部覚えられるわけないでしょ? ちゃんと抽出しないといけないと私にはわからないわ」
話によるとリーディングでは情報収集するだけで記憶する力は別だと言う。他人の記憶はカナコの部屋では本の状態で、その中で調べたいことを辞書を辿るように探すそうだ。この状態ならいらなくなれば捨てることができるらしい。他人の経験や知識を使いこなすにはレベルによっては時間がかかるそうだ。
夢の世界へ持ち込めばパソコン検索並みにはなるという話だ。
「希の世界に置くわけにはいかないわ。アリシアはともかく、恐怖の対象のプレシアの記憶を希が受け入れるわけないもの。だから、必要な情報集めたら捨てようと思っているんだけど、あっ…これね」
カナコは何かに気づいたようだ。
「フェイトは自分の正体にうすうす気が付いていたみたい。私とプレシアの話を聞いているわ。それから、プレシアは私たちが知っている歴史とは少し違う行動をしているみたいね。詳しくはこれから一緒に見ましょう。まずはプレシアから」
そう言うとカナコは俺に触れるとプレシアの記憶が流れ込んでくる。
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「そうね、まず頭を撫でて、そして、いい娘ねフェイトって言うの。最後にちゅーしてあげなさい。もちろん笑顔でね」
交渉相手はとんでもないこと言い出してきた。私にそんなことできるはずがない。
カナコという子、こっちに時間がないことを察しているようなのだ。頭も切れる。だが、これを我慢すれば協力するという言質はとった。やるしかないようだ。
アリシアごめんさないママはこんなことしたくはないけれど、あなたのためだから……
私はあの子の言葉で熱に浮かされような状態になりフェイトに何をしたかよく覚えていない。しかし、幸せそうな顔はなぜか心をざわめかせた。
あの子との研究でわかったことは人造生命と死者蘇生の秘術をもってしても、アリシアの肉体が変質しているため、完全に蘇らせることは不可能ということを突きつけられただけだった。
もうあの子には用はない。やはりアルハザードへ行くしかないようだ。あの子をつかまえておくことも考えたが、私の体は予想以上に悪化していた。ジュエルシードを一刻も早く手に入れることが最優先と判断した。
あの子が言っていたアリシアとの約束は私の心に鈍くトゲのように刺さった。
そんなことあなたなんかに言われたくない!! 何様のつもりよ! 子供のくせに、親になったこともない小娘の分際で…… あなたに、あなたに私の気持ちがわかるはずない。
私は最近おかしい、フェイトが失敗して戻ってきても、いつものように鞭をふるうことができない。心のトゲがジクジク痛む。
原因はわかっている。あの子のせいだ。あの子がアリシアは妹を欲しがっていたなんて言うものだから、思い出してしまったアリシアとの約束を、どうやって子供が生まれるか知らない、無垢で、罪のない子供らしいお願いで、私も照れながらもながらも指切りを交わした。
そう約束したのだ。
人形を拘束して、鞭をふるおうとするが、人形が痛みに耐えようと目をつぶるたび、アリシアの顔がちらつく。
(ママ、約束)
あの子の声が聞こえた。
結局鞭で叩くことができなかった。
数刻のち、人形の使い魔が怒り顔で襲ってきた。防御魔法を突破して胸ぐらを掴んで言う。それでも母親かといつもの私なら何も感じないはずのセリフだったが
「約束は違った形で果たすことができるわ、例え自己満足でも」
(ママ、私、妹が欲しい! )
…フェイトはアリシアの約束が形をなしたもの
うるさい黙れ!! 違う違う。あの子の言葉とアリシアの約束が頭をよぎり私を苛立たせる。
使い魔をとどめを刺そうとしたが、勝手に墜落していったあの怪我ではしばらくは動けないし、どこかでのたれ死ぬだろう。
ジュエルシードは11つ手元にある。必要数にはまだ足りないが、もう少しでなんとかなりそうだ。手を引くなんて考えられない。
私は眠っているフェイトをみつめる。
可愛い寝顔だ。アリシアの妹だと思うと愛しさが止まらない。不思議ね。私の子供だとは思わないように、思ってはいけないと考えていたのに……
今からでもまだ……
そう思って、フェイトに手を伸ばそうとするが、咳が止まらない。
また吐く血の量が増えた。
この事実は私を打ちのめした。
いまさらもう遅い。時間は戻すことはできない。私のしたこと消すことも…… いつも私はそうだ。アリシアとの約束は私にとって残された最後の絆でなにより大切なものだ。それを踏みにじっておいて、今からフェイトを娘として扱うことなんてできない。
時間がもうないのだ。私はどのみち長くない。
半端な優しさはかえってあの子を苦しめる。そう思いたい。
何より私は今までフェイトにしたことに向き合うことなんてできない。どんなひどいことをしたか。どんなにさびしい思いをさせたか。直視できない。
ずるい大人だった。
気づくのが遅すぎた。
私は自分の心を守るために最後までフェイトを人形として扱い、唾棄するものと思うことにした。
いつものようにフェイトを起こしジュエルシードを取ってくるように命令する。
大丈夫。心がざわめくけど、普段通りに振る舞えばいい。
フェイトがいなくなった後、もう取り戻すことのできないアリシアとの穏やかな日々と優しさを注ぐ時間がなくなってしまったフェイトへのことを想い、私は泣いた。
フェイトはあの白い服の少女とジュエルシードを賭けて勝負をする。大丈夫かしら? 勝負はフェイト有利に進んだ。今まで感じたことはなかったが強くなったフェイトを誇らしく思い同時に悲しくなった。あの強さは私の期待に応えたものだ。あの子はあの歳でどれほどの修練を重ねたのだろうか? これも私の罪だ。
あの少女は逆転したようだ、あの年齢で収束砲撃魔法を使うとは才能に恵まれた子なんだろう。残念だったわねフェイト。それよりも、フェイトを気遣う態度が気になった。もしかしたら、あの子がいればフェイトは大丈夫かもしれない。
少しだけ希望が見えてきた。
あの子たちにフェイトを託そう。そして私はフェイトを否定する役割を演じるのだ。
フェイトにあなたを見捨てたというメッセージを込めて攻撃する。ごめんねフェイト。それに気を取られている間に、次元干渉魔法でジュエルシードを回収する。おそらくかぎつけられるだろうが手段を選んでられない。
フェイトは管理局に拘束された、もう会うことはないだろう。問題は私に荷担した罪に問われることだが…
フェイトは私に従っただけで何も知らなかった、管理局にそう印象を与えられれば罪は軽くなる。私がフェイトを捨てたようにふるまえば管理局の同情も期待できるし、フェイトもあきらめてくれるだろう。自分は騙されていたと思えば少しは慰めになるはず。私はいつも通りすればいい。真実も告げてしまおう。しばらく時間はかかるだろうが、思いやってくれる人がいるなら大丈夫だ。
これはフェイトに与えられる最初で最後の贈り物だ。
私はフェイトをアリシアと比較してなじる。それはかつて本当に思ったことだった。
心が痛い。
私の言葉はそのまま刃となって自分に返ってくる。本当は違うの! けれど、あなたのために、あなたは私に騙されていただけ、悲しんで、憎んで、そして忘れてちょうだい。
フェイトが私をあきらめるために管理局やあの子たちが同情してくれるようにかつての私がそう思ったように言葉を吐き続ける。
「べ、別にフェイトのことなんか全然好きじゃなくて、大嫌いなんだからぁ」
そして私はやり遂げた。最後の方では心が揺れてしまったけれど、問題ないはずだ。
心残りはなくなった。これでアリシアとふたりで旅立つことができる。
最後の時になって私に思い出したくなかった事と大切な事を教えてくれたあの子が邪魔にしにきたけど、もう私の気持ちは固まっている。
あの子には気づかれたみたいね。
バカな子。どうしてわたしに構うの? 関わないと約束したのに、ここまで来るなんて
悪いわね。あなたがやっているのは余計なお世話なのよ。邪魔なのよ。それ以上しゃべらないで! 管理局の人間もいるんだから
私の気持ちを知られたくない。
それくらい察して欲しい。
何を勘違いしてるのよ。本当に邪魔な子。
フェイトが私の前に立つ。強い子だ。一瞬愛おしく思ってしまうが、そんな自分を叱り奮い立たせる。もう大丈夫だ。あれは人形だ何を言ったところで私の心には響かない。
「あなたは私の母さんだから…… 」
フェイトのこの言葉にとうとう涙をこらえきれなくなる。その手を掴んで強く抱きしめてあげたい。でもそれをしてしまったら、全部水の泡になってしまう。
これが最期だ。
私は涙をこらえながら時の庭園を崩壊させる。もうフェイトは大丈夫。真実を受け止めた上で私の前に立っているのだから心配ない。
アリシアを見つめながら私はフェイトのこと思う。どうしてフェイトをあれだけ憎んだのだろうか、もっと良い方法はなかったのだろうか?
フェイトに偽りとはいえ注いだ愛情は私の心を癒してくれた。けれど、それは同時にアリシアへの罪悪感となって私を責めるのだ。アリシアは私の帰りをずっと待っていた。寂しい思いをさせてきた。あの子の寂しさを思うとたまらなくなる。
アリシアに注ぐはずの愛情をあの人形に与えるのか?
心の中で暗い声が響く。自分自身の声だ。
それは憎悪となってフェイトに矛先が向く。
ああそうなのね。
アリシアが死んでいる限り、私は罪悪感に苦しまれフェイトに愛情を注ぐことなどできないのだ。私がフェイトを遠ざけたのはアリシアを思い出して、すがってしまいたくなるから、それは許されないことだ。自分はこの苦しさに耐えなくてはいけない。
アリシアがいない限り私たちは決してわかりあえない。さびしい巡り合わせだったのね。
ごめんなさいフェイト
……愛してあげれなくて
さあ、アリシア一緒に行きましょう。今度は離れないように
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
プレシアほぼ俺たちが知る通りの行動をとった。でも、内心は違ったらしい、いや、俺たちが知らないだけでプレシアは違う歴史でもそう思っていたのかもしれない。
「見たわね。次はフェイトを見せるわ」
カナコの声は暗い。
「カナコ? 大丈夫か? 」
「大丈夫かって、何がよ? 」
「プレシアのおまえへの本音聞いて、ショックだったんじゃないかと思ってさ。カナコ、プレシアに思い入れがあったんじゃないのか? 」
「っっ!? そんなことない! 」
言葉では否定てしているが、動揺しているのはバレバレだった。俺はカナコに近づくと頭をなでる。なんでこうしたか自分でもわからない。
「なんで、頭なでるのよ。ナデポなんて私には通用しないんだから! 」
カナコは目をつり上げる。
「そう言うなよ。髪の手入れをしてるだけだよ。これでも十年も髪の手入れと研究はしてきたんだ。淑女の髪もなんとかなるだろ」
俺は適当にしゃべる。良い髪をしてんなぁ。
「うそつき、騙されないんだから……」
声が穏やかになってきた。う~ん? もしかしたら俺の隠しスキルにナデポとか、ニコポがあるのかもしれない。
……
やべえ、俺ハーレムじゃん!
んっ?
よく考えてみると現実だと女の子だった。
ガクリ
短い夢だった。
とはいえ試してみるか。俺はカナコに微笑みかける。白い歯が輝く感じとかバラを意識してみた。
「何よ? ニヤニヤして気持ち悪いわね」
思い切り引かれた。
残念ながらニコポ持ちではないらしい。せめてナデポがいかほどの効果があるか実験するか。
「お~し、良い子だ。よ~しよしよしよし」
動物マスターを意識してカナコの頭を撫でる。
「まるでム○ゴロウさんね。仕方ない騙されてあげるわ。淑女の髪なんだからちゃん手入れとしなさいよ」
「ああ、任せろ」
カナコはあきれた表情でため息をつきながらされるがままになっている。頭を撫で続ける。しばらくするとカナコが話しかけてきた。なんかこっちを見上げてる?
「ナデポなんて効かないんだからあ。
もう手遅れよ。とっくにかかっているわ。あなたの魔法に」
カナコは夢見るような顔で甘くささやく。
え!? 効いた?
いっつふぉおおおりんんんらaaaaaaaaaaaaa
!!!!!!!
うちゅうのほうそくがみだれる。
だめだ。いしきが……
むにのみこまれる。
だいじょうぶ?
だれかがこえをかけてくる
だいじょうぶわたしはへいき。ふいういちでおもいのほかだめーじうけてるけど、なんとかたえられる。
あかつきのせんしがむをおさえてくれている
さあ、いまのうちにエ○スデスを……
……
ついにやったぞ!
でもちからがもうはいらない…
ねむいんだ。
……
ひかりがみえる。
さあかえろう。おれたちのほしに
………
「どうしたの? 」
「ああ。地球か? 還ってこれたんだな。何もかもが懐かしい」
どうやらカナコのあの台詞で俺は一瞬異次元に意識を飛ばされていたようだ。しかし、体感した時間は胡蝶の夢のように長く感じた。クリスタルの戦士たちと無を操る化け物と戦って、死闘の末に倒したが、無の世界に飲まれて、長い放浪末帰ってきたのだ。
「どうでもいいけど、その台詞死亡フラグよ」
おまえの台詞がよっぽどやばいわ!!
例えるなら、紐緒閣下のデレた顔見たときと伝説の木で伊集院の正体を知ったとき俺の心の何かが崩壊したときの衝撃に似ている。
最近で言えばラウラさんとかな。
ワンツースリー
なんじゃああそりゃあああああああああああああああああああああああああああああ
俺はなんとか正気に戻るとさっきの言葉を確かめるためにおそるおそる聞く。
「カナコさん? さっきの台詞は一体? 」
「さっきの? ああ、魔法がどうとかのあれ? 」
「そうそう」
ドキドキ! やべえ、胸がドキドキしてきた。決してときめているとかそんな淡いものではない。
「だって男の人はああいうこと言われると嬉しいのよね? 」
「ああ、良かった。いつものカナコだよぉ~ 」
うれしくなってカナコの頭を両手で抱きしめる。どうやらカナコは俺のネタに乗ってくれたらしい。
「コラッ! 急に何するのよ。びっくりするじゃない! やっぱりあなた小さい子を主食とした…ペド「違うわ!!」」
いつもの雰囲気に涙する俺だった。どういうつもりだ? カナコの奴、最近妙にすり寄ろうとしているところがある。
「私がしたことは余計なお世話だったの? 」
カナコは急に押し殺して耐えるような声で問いかける。プレシアのことだろう。俺は少し考えてから答える。
「プレシアはそう思っているみたいだな。でも耳が痛い忠告はなかなか受け入れられないものさ。年を取って自分より若い奴から指摘されると特にさ。誰にだって正しいと思っていてもおまえに言われたくないってことはあるだろ? 」
「そうね」
「でもさ、結局プレシアは否定しながらも、カナコの忠告を受け入れたんだと思うぞ。だってフェイトを鞭で叩くことができなくなったし、フェイトへの気持ちだって良い方向に変わっただろう? だから、それで良かったじゃないか」
「そうかしら? でもあなたが言う人の心に土足で入ることの迂闊さの意味が少し理解できたわ」
「そうか。わかってくれたならいい。だから、俺の心の部屋の本をあまりむやみに見ないでね」
特に、エロいのは勘弁して欲しい。
「ふふふっ それは約束できないわ。……ありがとう陽一気持ちが楽になったわ。次はフェイトの記憶に行くわよ」
次はフェイトの視点に切り替わる。
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母さんは最近優しくなった。あの子を連れてきたときはいつもの怖い目をしてたけど、いい子だって褒めてくれた。
母さんにキスされてたときは、嬉しくてぼーっとしてしまった。
ほんとのキスってこうするんだ。うれしくうれしくて顔が熱い。アルフも喜んでくれるかな? もう少し余韻を味わいたいけど、どうしてもあの子の真意が気になって近づいてはダメだ言われた研究室にこっそり入ってふたりの話を聞いてしまった。
「フェイトを ……あの失敗作の人形を娘なんて呼ばないで!! 私の娘はアリシアだけよ」
その言葉を聞いたとき、私はなんのことか理解できずにその場から動けなくなってしまった。
母さんは次々と告げる真実は私を打ちのめした。だから、あの子が悲鳴を上げても母さんが倒れても動くことができなかった。
「過去は取り戻すことは誰にもできないわ。でも約束は違った形で果たすことはできるはずよ。例え自己満足でもね、アリシアに触れたとき記憶を読んだけど、あの子、妹を欲しがってたんじゃない? 」
あの子の言葉が聞こえる。少しだけ我に返る。アリシアの妹、本当にそうだったらどんなに良かっただろう。母さんと私、アリシア、アルフ、そしてリニスと楽しく暮らしている姿を夢想する。
あの子が近づいてきても全く気づかないくらい幸せな夢だった。
それから、あの子と交換でジュエルシードを手に入れた。
交換した後、一人で考える。
母さんのことが好き。大好き。
認めてもらえてうれしかった。
でも、母さんが見てるのはアリシアだけで、ても悲しい。
しかし、時間が経って落ち着いてくると冷静に受け止められるようになった。
私は母さんの態度に納得していた。母さんが身体を壊してまで、研究に没頭する理由が、そして、いつもどこか悲しいそうな顔をしていることに、母さんにとってアリシアがすべてで私が入る余地はないんだ。
でも一度だけ見た母さんの本当の笑顔が私には忘れられない。それに、偽物だったかもしれないけど、ケーキを食べて、一緒に寝てくれた、頭を撫でて褒めててくれて、キスしてくれた、それが私を支えてくれる。
私はアリシアではないし、あなたの娘ではないけれど、あなたは私の母さんだから、あなたの望みをかなえよう。私を見てくれなくてもいい。望みをかなえてもう一度笑ってもらおう。
私は決意を新たにジュエルシード集めに奔走する。
あれから、母さんは最近少し変わった。私が失敗したのに鞭で叩かなかった。いや、叩こうとしたけれど悲しいそうな目でみて手を降ろしてしまった。
期待していいのかなぁ
あの子が言ったみたいに私をアリシアの妹と思ってくれるのかな? でも母さんは私を起こしにきたとき、母さんはいつもの表情で甘えるような声だけどどこか冷たくて、その期待はだめになっちゃった。
最後の期待を込めて、なのはという子とジュエルシードを賭けて決闘する。強い。どんどん強くなる。私の切り札にまで耐えて、ものすごい魔法を打ってきた、なんて強い子なんだろう。私は管理局に捕まってしまった。
母さんごめんなさい。
「べ、別にフェイトのことなんか全然好きじゃなくて、大嫌いなんだからぁ」
母さんのこの言葉はどこか予想できていた。大嫌いなんだ。やっぱりそうだったんだ。ショックで膝をついてしまったけど、なのはの姿が目に入る。
なのは。いつも全力でまっすぐに向き合って、何度も私の名前を呼んでくれた子
私はなのはに何も応えてない。大嫌いって言われたけど、母さんにだって私の想いを伝えてない。
だから、立ち上がろう。
アルフと一緒になのはを助けに、そして母さんのところへ急ぐ。
母さんの前に立って想いを伝える。母さんは一瞬驚いて、涙を流しながら、
「言ったでしょ。私はあなたが大嫌いなんだから」
アリシアと一緒に落ちていく。私の想いは届くことはなかった。
私には母さんが最期に何を想ったのかわからなかった。悲しくて悲しく涙出てきた。もう一度母さんを笑顔にすることができなかった。
だって、涙を流して悲しくなるほど、私のことが嫌いなんだもの。
ある言葉が私を貫く。
私は無力なんだ。
心は深く深く沈んでいく。
作者コメント
SAN値がやたらガリガリ減った気がする。おかしいな? 厨二ネタのときはニヤニヤなのに。新境地が開けたかも。
シリアスは難しいです。