カナコ視点
ヨウイチは消えてしまった。悲しみと喪失感で胸が詰まる。泣くなんてここでは生まれて初めてだ。不思議だ。歯車としか思っていなかった男がいつの間にかこんなに大きな存在になっていたとは思わなかった。
いつまでも悲しんではいられない。ジュエルシード事件はまだ続いている。ヨウイチの足跡を無駄にしてはならない。私は頭を切り替える。予備はまだあったはずだ。
さっさと次のヨウイチを作ることにしよう。
また最初から……
ダメだ。
次なんて考えられない。自分で作っておきながら、あの男の代わりはいないなんて思い始めている。だがヨウイチの魂はくだけてしまった。もう記憶操作できない。あの本棚に深く記憶されてしまった。記憶操作は生まれる前の初期設定だからできたことだ。下手にいじるのは逆効果だ。一度失敗して黒い影になってしまったこともある。
どうすればいいのかしら?
うつむいていた顔を上げるといつのまにか髪の長い少女が立っている。
「な~んだ。やっぱり死んじゃたんだ。その人。ふふふっ」
様子がおかしい。この子、こんな笑い方なんてしたことない。目はどこ見ているかわからない。……嫌な予感がする。
「希、どうしたの? あなたらしくないじゃない」
「私らしく? 私は平気だよ。こうなることわかっていたことだもん。こうなることは」
希は淡々としゃべる。やっぱり変だ。まさか!? 希はうつろな表情のまま続ける。
「私の好きな人はいつだって私を置いていなくなってしまうんだ。お父さんもお母さんもお兄ちゃんも、私を一人にしないでよぉ」
いけない。絶望しないで。
「希、考えちゃダメよ」
私は希に近づこうとする。
「来ないで!!! 」
希の拒絶の悲鳴に私の足は止まる。いつの間に多量の黒い霧が流れてきている。封印が…… こんな時に、こんなときだからこそか。
ただの悪夢風情が私と希をどうにかできるとか思わないことね。時間はかかるしと苦労はさせられるだろうけどあなたたちでは決定打にはならない。
黒い霧は集まり濃縮され、赤い目とニヤリとした口をした巨人を構成していく。他にも数十体の小柄な子供くらいの小人の黒い影が現れた。
めんどくさいのが出てきたわね。
「ノゾミィィィーーーー ノゾミィィィーーーー 」
巨人は希の名を叫び、
「キャキャキャ、ネクラオンナチカヅクナ~ シネシネシネ」
他の小人たちはこちらを嘲るような声でからかってくる。
希は座り込んで耳を塞いでいる。
心配しないで、あなたは私が守るから、今までずっと一人でやってきたんだ。これからも。
「運がないわね。今日の私、すごく機嫌が悪いの。希にその汚い手で少しでも触れてごらんなさい。二度と再生する気がなくなるまで、地面にたたきつけてあげるわ!! 」
私は強い想いを込めて宣言すると、巨人へ飛びかかった。
「はあ、はあ」
息もあがってきた。どのくらいの敵を倒したんだろう? 時間はまだ一時間も経過していない。大きいのは十までは数えていたけど…… 小さい奴は多すぎてわからない。ここでは純粋に精神力の勝負になる。体力や魔力なんて存在しない。敵は希の悪夢そのものだ。今までと違って、敵は時間まで無尽蔵、ここまで戦ったのは浅野陽一が死んで希が絶望して以来だろう。あのときは丸一日、無尽蔵の悪夢と戦い続けた。
あのとき状況が似ていた。おそらくヨウイチが消滅したことで、浅野陽一が死んだときのショックがフラッシュバックしたのだろう。
息を整える。あいからず黒い霧は洪水のように流れてきて、黒い巨人や小人を生み出していく。だが最初に比べると勢いがなくなってきている。希が平静を取り戻し始めているからだろう。今回は黒い影から完璧に希を守ることができていた。
私は今まで基本的に掴んで投げるしかできなかった。それが最大の武器だ。本気でやれば巨人といえど一撃で倒すことができる。しかし、多人数には向かないため、捌ききれずどうしても希に接触を許してしまっていた。そのため、黒い影が希に精神的なストレスを与えて、ますます強力に、大量になるという悪循環ができあがっていた。結局希が気力を使い果たし、外部の刺激に反応しなくなるまで続いた。丸一日もかかったのはそのせいだ。
奴らに希をどうにかすることはできないが、精神的に追いつめるという意味ではやっかいな存在だった。ましてずっと続くなら衰弱して現実でも死んでしまうだろう
今は魔法のちからに覚醒している。希を結界で守り、小物は魔法で遠距離複数攻撃、巨人は攻撃力の高い近接で倒している。効率は段違いだった。
早く終わりそうね。そう思いは始めたとき、黒い霧に変化が見られた。広がっていた黒い霧が一点に集まり濃縮していく。戦術を変えたようだ。
黒い霧は人間の大人サイズでより濃く、よりはっきりとした形を作る。シルエットも丸みを帯びた大人の女性らしい姿に変わる。
さっきの黒い影と比べると弱そうに見えるが、コイツが最強の敵だと私はすでに知っていた。悪霊と言ってもいいだろう。今までとは危険度が違ってきた。
「希ィー どこにいるの~ 」
その声が今までの奴らの濁った声とは違うはっきりと女性とわかる声で呼ぶ。
「いやあ、いやあああ」
希はその声を聞いたとき、体を震わせてますます縮こまって固くなる。
私は激しい憎悪とほんの少しの懐かしさをこめて話しかけていた。
「久しぶりね。あのときバラバラにしてゴミ箱に入れておいたのに、あなたも陽一と同じで魂の情報が不完全なまま作られた紛いものだけど、あなたはこっちがいくら壊しても蘇るし、封印からゴキブリみたいに染み出してきて、ウザいわ。しつこい女は嫌われるわよ。いい加減あきらめたら、希の体はあなたのものにはならないわ。私が入る限りね」
黒い女はこちらを向くと、赤い目と口をみせる。気持ち悪いわね。
「くすくすくす、実体を得たのは久しぶりだわぁ。このままアンタと希を殺してこの体を乗っ取ってやるわ」
黒い女は出来もしないことさえずる。だからさせないって言ってるでしょうが! あんたができるのはせいぜい希に強いストレスを与えるだけ、そんなことはできない。
「私がそれを許すと思う? 覚醒していない頃の希のちからでできた失敗作の分際で」
「できるわぁ!! ほらっ」
黒い女はそう言うと手をかざす。床に黒い霧が広がっていく。希は私の結界で守られている。
「なんのつもり? 」
広がった黒い霧は形をなしていく。ん? 色まで変わっていく。 これは!!
黒い霧はあっという間に白い花に変わり、辺りを埋め尽くしていく。暗い図書館の床は白い花畑となっていた。白い花の蔓が伸びて私に巻き付く。動きがとれない。無駄よ。こんなもの少し時間があれば取れる。
そう思っていたが狙いは別のところにあったようだ。
「いやああああああああああああああああああ」
希は悲鳴を上げる。
しまった!! 此花は
鈴蘭?
鈴蘭は毒を含む。場合によっては死に至ることもある。
手の込んだことを……
希は鈴蘭を口にしたことがある。何度も。
食事に混ぜられたこともあったし、直接口のなかに突っ込まれたこともあった。他の毒もあったが、庭に咲いていることもあって一番よく使われていた。最後はトリカブトや砒素もあった気がする。
日常の見近にある毒。
希が食事を食べられなくなったのもこれが原因だ。あのときは食事の時はまず毒がないか確認しないことには命に関わった。特に人の作ったものは危険だということが刷り込まれている。手の加えられていないもの、飲むゼリー、陽一のせいでわかめは比較的安全だと希は無意識に考えているはずだ。
希は錯乱状態になり、結界の外に飛び出てしまう。黒い女はそれを見逃さなかった。
「ほ~~ら、捕まえた」
「ひぃ!? 」
まずい。希が捕まった。黒い女は希の両肩を掴んで持ち上げる。私は力を振り絞るが、鈴蘭の花が行く手を阻む。黒い影も希の恐怖に呼応して強くなっている。
「くすくすくす」
黒い女は赤い口を笑うような形でゆがめると楽しそうに希の顔をのぞき込む。希は恐怖で完全に固まり抵抗することもできない。
「た、助けて」
「だ~~~め、悪い子にはおしおきしないとねぇ、カナコぉ、そこで見てなさい」
女の声は心底楽しそうに笑う。コイツは希の恐怖にふるえるところをなぶるように楽しんでいるのだ。両肩の手を首元に移す。急げ!! 早くしないとまた希は心に深い傷を負ってしまう。せっかく回復してきた気力をすべて奪われてしまう。
私は魔法で鈴蘭の花を吹き飛ばしながら、駆け寄るが、遠い。
ああ間に合わない。
希は恐怖で震えた声を絞り出す。
「やめてえ、やめてよぉ 痛いのいや」
しかし、それは黒い女をますます喜ばせるだけだった。
「い~~~~や」
希は泣き叫ぶ。
「た、助けてぇカナコぉ、助けて……
……おにいちゃん」
ザンッと何かを切り裂く音がする。
希はぺたんと床に落ちている。
黒い女の両手が切り裂かれていた。
「あ? ぎゃああああああああああああああ」
黒い女は悲鳴を上げる。
いまだ!!
その間に私は希を抱き上げるとそのまま走り距離を取る。結界張り希の安全を確保する。良かった。
今のは誰?
よく見えなかったが、希と黒い女の間を横から閃光が走り希に当てることなく黒い女の両腕を引き裂いていった。
閃光が飛んできた方向を見ると赤い龍をかたどった銃が持ち主もないまま宙に浮いて黒い女を鋭く狙っていた。
ディスティ?
ヨウイチ!?
まさか魂が砕けたのに……
(わ、我はアトランティスの最終戦士ジークフリード。希ちゃんのおにいちゃん)
……馬鹿ね。こんなになっても守ってくれるなんて
ほんとに馬鹿なんだから
ありがとう。ヨウイチ
「希ィ~ 腕が痛いわぁ。無くなっちゃった」
黒い女はまだ何か言っている。
……いい加減にしろ。よくも私の希に汚い手で触れたわね。よくも希を怖がらせたわね。よくもよくもよくも……
泣かせたわね。
ディスティに近づき手に取る。素早く移動して希を背中にかばうように黒い女の前に立つ。
「ヨウイチ! ちからを貸して!」
(あ、あう、ああ!)
ヨウイチは消えそうな声でなんとか返事をする。やはりかなり無理をしている。
だが鈴蘭と黒い女を一気に吹き飛ばすには希とヨウイチのちからを借りるしかない。黒い女が最強の悪夢なら、ヨウイチは希の最強の幻想イマジンブレイカーならぬナイトメアブレイカー
いいじゃない。私はなかなかセンスがいい。くくくっ
さあ 懺悔の時間よ。
月の民の怒りを受けなさい。
私の大切なものに触れたことに後悔させてあげる。
「希も一緒に」
「えっ!? うん」
希と一緒に銃を構える。銃口には貫通弾ではなく光が集まる。光は銃口の先で巨大な銃身をガタガタ震わせる。
準備ができたようだ。
後は引き金となる強い意味を持つ言霊を……
確か私の知識にもあったはずだ。
「エターナルフォースブリザード!! 」
(カナコそれは違うぞ ……ガクリ)
引き金を引く。
光の奔流が黒い女と鈴蘭を花畑を蹂躙していく。無に帰っていく。さながら龍の口から発せられるドラゴンブレスだ。
「五行封印の元に還りなさい。もう二度と会いたくないわ」
黒い女は去り際に
「くすくすくす。私は死なないわ。何度だって蘇る。今回戦ったのは5つの分身のひとつ。希は私を消す事なんてできない。だって心のなかではいつも私を想っているんですもの。カナコぉアンタを殺す手段だってちゃんと考えてるんだからぁ」
不吉な言葉を言って消えていった。
黒い女、希のレアスキルで最初に再生した影、こんなモノ作る予定はなかった。生まれてすぐに黒い霧のちからを取り込み希に害するだけの全く別物に生まれ変わってしまった。いや、もしかしたら最初から別の意志を持ってこの世界に取りついた存在かもしれない。その証拠にどんなにバラバラに砕いてても封印しても蘇ってくるのだ。ただ今はちからが少し強いだけで希に強いストレスを与えるだけで、支配できるわけではない。
だがこの女の希に与えるストレスは段違いだ。知性を備えて希のトラウマをえぐってくる。
この世界は私と希の世界だ。私たちはこの世界の神様。心を強く保っていればかなうものはない。その世界で思う通りにならないという点では驚異だった。元になった存在のことを考えると当然かもしれない。だから私は念入りに封印している。
やれやれ封印を確認しなければ……
私の部屋の封印を確認する。
なるほど、五枚の札のうち、一つが破られている。破損がヒドかったから当然かもしれない。5つのうちで最強の木の封印を選ぶあたり狡猾だ。黒い女にとって鈴蘭といった毒を司るちからに該当するはずだ。本来、封印を解くときは希がトラウマに向き合うときのためなのだが、準備を待たずに黒い女によって封印は破られた。
希の気力が十分回復すれば時期をみて、こちらから封印を解いて、希と直面させることになるだろう。希が受け入れれば、奴らも今回ほどのちからを発揮できないし、現実世界の症状も大幅に軽減されるはずだ。
私は再封印を施すと希の元へ戻る。希は膝を抱えたまま動かないでいた。転がったままになってるディスティを見つめている。
「カナコ、おにいちゃん助けてくれた」
「そうね」
悔しい。ヨウイチがいなければ希を守れなかった。黒い影が集まる原因を作ったのもコイツだけど、
それはいい。私のミスだ。希がヨウイチをどう思っているか考えれば、もっとましな対処ができていたはずだ。
ヨウイチは黒い女とまるで正反対だ。生まれた経緯と希にとって良くも悪くも深い意味を持つ存在であることは共通しているが、黒い女は存在は強靱でしぶとく希に害をなすもの、ヨウイチの存在ははかなくもろいが希を守ってくれる。
私はある決心を固めていた。ヨウイチはこの世界では希が信じる最強の戦士だ失うわけにはいかない。
「希、浅野陽一の家に行きましょう」
「えっ!? 」
希は下を向く。やはり嫌なのだろう。
浅野陽一の死をまだ受け入れることができていないのだ。希の年で受け入れろというのは酷だ。私も希につらい思いはさせたくないが、他に方法はない。前のヨウイチを作ることは簡単だ。希のちからで魂を構築して、足りない部分は希の浅野陽一との二年の記憶を私が作り変えて組み込めばいい。元々そのつもりだった。しかし、もうそんな気にはならなかった。ただの歯車が記憶を積み重ね個として確立する一歩手前まできていたのだ。私はこの記憶を持ったヨウイチと一緒にやっていきたいと思っている。
「ヨウイチは自分の記憶が希の記憶ということに耐えられなかった。希からみたヨウイチという客観的な視点を、自分のものだと思っていたわけだから、自分が自分であるという主観が崩れて、不完全な魂は自己崩壊してしまった。こうなったらヨウイチの部屋で見つけるしかないわ。彼の強力な主観なるものと魂のかけらを」
「っっ!!」
希は首をぶんぶん振る。私は希の頬に両手を当てると瞳をのぞき込む。
「希、これまでを思い出して! お願いよ」
「でも私、あの部屋に行くのが怖いよ。あのニュースは間違いだったんじゃないかと今でも思いたいよ」
「あなたの記憶力は他の人間とは違うわ。一言一句間違えない。それに私たちは魂が砕けたヨウイチに助けられたわ。私は浅野陽一をあなたの記憶でしか知らないけど、このヨウイチのちからに賭けたいの。他に代わりはいない。あなたのちからと私のちからでヨウイチの記憶を持った浅野陽一を再生させましょう。あなたがつらいのはわかるでも。現実での浅野陽一の死を受け入れてほしい、それがあなたと私のちからを完全なものとする最後のパーツだから。お願い!!! 」
私は希に強くお願いする。はっとした表情をしたあと目を閉じる。考える時間が必要だ。しばし待つ。静かに時は流れる。
やがて希は目を開く。
「カナコはあのおにいちゃんが好きなの? 」
「よくわからない。私とあなたで作ったようなものだし、生みの親というのも少し違うわね。行動を管理するために厳しくしてたから、そんなこと考えたこともない」
「じゃあ今考えて」
「一緒にいて楽しいとは思う。なぶっているとなんか胸がざわめくし、今の私になって二年だけど、前世でも男に感情を持ったことはないと思う。こんな感情は初めてだわ」
希は私をまっすぐにみつめてきた。
「うんうんっ
わかったよ。カナコが私にこんなに頼むなんて初めてだね。
……カナコいつもありがとう。私を守ってくれて、苦しいとき痛いとき危険なときいつもかばってくれたよね。だから今度は私が返す番なんだ。私もなのはちゃんみたいに勇気を振り絞るよ。私も本物のおにいちゃんとお話したい。それにあんなになっても私を守ってくれた。今も苦しんでるんだ。きっと、だから助けないと」
じ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん
うれしい。何がうれしいと言われれば希が勇気を出すと言ったことが一番うれしい。ヨウイチのことはどうでもよくなった。
感動しすぎて辛抱できないわ。私は希を強く抱きしめる。
私は報われている。あなたのその言葉だけ私は十分よ。
「痛いよカナコ~ まず外に出ないと、どうすればいいかな? 」
希が言った言葉に私はさらに驚く。この子が自分から外に行くと言い出すとは思わなかった。
どこまで私を喜ばせれば気が済むのか!
ここはうまくサポートしなくちゃ。
「うれしいわぁ。希、あなたがやっと外に出てくる気になってくれて」
感慨深い。思ったよりずっと早かった。希は胸を張って答える。
「だって、まだまだ引きこもりたいもん。おにいちゃんだったら学校の授業とか受けてくれるし、私、授業なんて出たくないよ。人と話すのも面倒くさいし、あ!? もちろん、なのはちゃんは別だけど
なまけるために頑張るよ」
「そ、そうね。はあ~ 」
そうだった。この子はこういう子だ。怠けもので、社会不適合者で、小学生ニートなのだ。
頑張るところが違うわ。
希ィ。
甘やかし過ぎたかしら?
気を取り直さないと
「希、どうやって行くの?」
「えっ!? それはその ……わかんない」
ここは私が段取りを整えないといけない。久しぶりのおつかいだ。
「希、斎は平気よね? 」
「えっ? 斎おねーちゃん? 」
「そうよ、家に行くには彼女に頼るしかないわ」
「うん、平気だよ。一回しか会ったことないけどおにいちゃんの妹だもん。桃子さんと同じくらいは平気だよ。でも、私、斎おねーちゃんがどこにいるか知らないよ。」
「任せなさい。手はあるわ。明日には会えるように、手を打っておくから、あなたは斎を説得しなさい。それまでは外には私が出るから」
「……うん」
「じゃあ、私外に出るから」
さあ打ち合わせは済んだ。準備を整えないとね。今は金曜の夜の七時だ。私は自分の部屋から学校の連絡網を探して、ある人物に携帯で電話をかける。
「もしもし、先生ですか?」
「ああ雨宮さん。ど、ど、どうしたんですか?」
なぜか先生はどもる、私から見てると気にかけてくれるが、逆に希の症状を起こすだけで。ありがた迷惑な存在だ。それにどうも希がからむと不可解な先生だ。しかし、そんな思いはおくびにも出さず、あるお願いをする。
「先生あの副担任の浅野先生の連絡先をごぞんじありませんか? 」
「えっ ……浅野先生? どうして? 」
先生は食いついてくる。うっとしいな、ヨウイチならこういうときうまく誤魔化せるんだけどね。私は今はいないヨウイチに頼っていたことを思い知って心の中でため息をつく。ここは私が頑張るしかないか。
「あの、少しご用件がありまして」
私は言葉を濁す。あまり理由は言いたくない。
「雨宮さん、先生が聞いてあげようか? 」
しつこいな。この先生、何でもいいじゃない。私はいらいらしてきた。
「いえ ……その直接お話したいんです。ふたりっきりで」
「が~ん、そんなぁ~、ふたりっきりでなんて、そんないけないわ、あなたたちは教師と生徒なんですよ、道を踏み外したら…… 」
…ぷちっ
「いいからさっさと教えなさいーーー、このグズ教師!!」
「はいィィィーーーーーーーーー」
あっ! しまった。人の話を聞かない先生につい怒鳴ってしまった。先生もパニックになりながらもこっちの命令に返事をする。
なんてフォローしようかしら?
「先生、申し訳ありません。その、言い過ぎました。感情的になってすいません。あとその、浅野先生にはお聞きいたいことがあるだけなんです」
「はっ!? いいえ、先生もなんだかおかしかったみたい。それじゃ教えるわね。番号はね…… 」
ようやく聞き出すことができた。電話一本でこんなに疲れた。他人と話すのがこんなに大変とは思わなかった。これは何がなんでもヨウイチには復活してもらわないといけない。私は心にそう誓う。
それから私は浅野先生に電話をかける。会って話がしたいと、浅野先生も今日のヨウイチの様子がおかしかったことを気にしてくれてたみたいで、快諾してくれた。明日は学校は休みだが赴任してまだ日が浅いので、少々仕事をするそうだ学校に朝からいるらしい。そこで会う約束をして電話を切った。
あとは百合子か。私は百合子には複雑な思いがある。
今までのことで感謝している。ヨウイチは百合子がいなければ、ここまで存在を保つことはできなかっただろう。しかし、強い嫉妬心を押さえることができない、肉体さえあれば私が希を外の世界からも守ってあげるのに、でも仕方ない。ヨウイチが作ってきた関係を私がそれ壊すわけにはいかない、……今はね
私は暗い衝動を堪える。
私は百合子に朝からなのはちゃんの家に行くと嘘をついてその日は終わった。
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希視点
私は久しぶりに一人で外に出ています。偽ものおにいちゃんとシンクロしたときは安心感がありました。一人で外に出るのがこんなに怖いとは思いませんでした。でも、今は勇気は振り絞らないと、なのはちゃんからもらった勇気を
目の前には斎おねーちゃんがいます。直接会ったのは一度だけです。でもおにいちゃんを通して詳しく知っています。おにいちゃんの話で一番よく出てきた人です。だから怖くありません。
「こんにちわ、雨宮さん、今日はどうしたの?」
さあ勇気を出さないと。大丈夫だ言える。
「先生、私のこと覚えてますか? 私は雨宮希だけど、……前は小林希だったの。」
私は斎おねーちゃんに昔の名前を教えます、さらに続けます。
「昔近所に住んでたの。おにいちゃんにはお話聞いたり優しくしてもらったの」
「えっ!? おにいちゃんの? 」
「私おにいちゃんの家に行きたいの。連れていってくれませんか? 」
私はおにいちゃんが死んでから止まっていた足を進めることにしました。
(大丈夫、私がいるから)
カナコが優しく声をかけてくれます。
作者コメント
まだまだ続く。オリキャラだけのやりとり、これもフラグをためるだけで適度に消化しなかった私の手落ちですね。
今回原作キャラ分補充のため、カナコ視点でプレシアとのやりとりを入れときました。今まで続けて読んでくれていた読者の皆様申し訳ありませんが、良ければ「第十九・五話 プレシア交渉」を見てください。