第二十二話 猛毒の真実
「斎くん」
ほんの好奇心だった。妹と同じ名前の先生、気にならないはずがない。俺は近づいて来た先生にそう呼びかける。
「えっ!? 」
明らかに表情が変わった。やはり斎か? どういうことだ? 前世の世界はこことは違う。だって俺は魔法少女リリカルなのはを見ていて、今までほぼ見たとおりに実際に体験しているんだから、そんなはずはない。斎先生は驚いた顔をして答えた。
「ごめんね。驚いてしまって、その呼び方ね。私の死んだおにいちゃんがよくふざけて呼んでたの」
(やめなさい!! )
カナコはせっぱ詰まった声で制止するが、俺は止まれない。そこから先は聞いてはいけないと思いつつ聞いてしまう。
「その人のなま ……うぐっ!!」
(やめさないって言ってるのよ!!! )
カナコは激しい怒りの声で、俺の口の動きを封じるが、
「どうしたの? 名前? いいわよ」
もう遅い。
「浅野陽一、陽一おにいちゃんだよ。字は太陽の陽と始まりの一」
ヨウイチ、その言葉は俺の胸に染み込んでいく。
何かが終わり、そして始まった。
ドロドロだった物が固まり、同時にヒビが入ったような感覚だ。
真っ先に思い浮かんだのは俺の姿と顔だった。カメラ越しに自分を見ているような感じだ。声まではっきりわかる。視点は見上げるようなアングルだ。
??
あれ!? なんで自分を第三者的に見ているんだろう?
(あの本と斎からいずれたどり着くとは思っていたけど、案外早かったわね。好きなだけ調べなさい。終わったらここに来て、話があるわ)
カナコの声が聞こえる。さっきまでの厳しい声はなりをひそめ、気落ちした声だ。だが、そんなことより自分は何者なのか? どうしてここにいるのか? そんな言葉がずっと頭をグルグル回っていた。最後に斎先生とどんなやりとりをしたかは覚えていない。
俺は学校の授業が終わったあと、すぐに家に帰り、インターネットを開く。調べるのは海鳴大学病院のことを知って以来だ。手の動きがもどかしい。思えば俺はなのは様に出会ってから浮かれていて、日課のようにやっていたネットをしなくなっていた。毎日が楽しくてそれどころじゃなかったし、おかーさんが近くにいてやりにくいのもあった。今日は幸い留守にしている。ちょうどいい。
テーブルには紙が置かれていて、病院まで行ってきます。おやつは冷蔵庫に入っています。と書かれてあった。おかーさんらしい。
飲むゼリーをすすりながら俺はネットを開く。
最初は自分の名前を検索にかける。いくつかヒットしたが、どれも関係のなさそうだった。事故の事がわかるかと思ったのだが……
次にアサノヨイチで検索をかける。これはかなりヒットした。ネットの人物辞書によると新人官能小説家としてデビューして、官能小説家? 大人向けのエロい小説を書いてる。その他にも多数の著作があるようだ。
俺にはこの身体になってからエロいことの知識がすっぽり抜けている。というか前世の知識にはそれっぽいのがあるのだが、靄がかかったようになっている。覚えている大量のマンガやアニメ、小説はある。魔法使い、童帝、ラッキースケベ等のネタとしてはわかるのだが、そこからも引き出すことはできなかった。
検閲されているような感じだ。
それからアサノヨイチの著作を調べる。知ってるタイトルで全部内容を理解しているもの、あらすじくらいならなんとかいうもの、一部官能小説のように全く俺の記憶にないもの、俺の記憶にはあるが出てないものもあった。
(小説家とは知らなかったわ)
カナコも見ている。言いたいこと、聞きたいことはいろいろあるが今は後回しだ。検索を続ける。
アサノヨイチは事故で亡くなったらしい。アサノヨイチが俺ならば希ちゃんの身体に入る一週間前になるから、時系列から考えてもおかしくはない。
前世の俺はこの世界に存在していた可能性が出てきた。
アトランティスの最終戦士で検索をかける。これもヒットした。アトランティス王国戦士団というところに目が止まった。
個人のサイト? 『アトランティスの最終戦士物語』というページを開くと俺の知識にある物語と全く同じことが書かれていた。こんなこと知っているのは俺以外にはいない。この世界にはいないと思っていた同胞の可能性はまだあるが、
これで俺が前世に存在したことは間違いない。
どうして気づかなかったのだろう? と考えたが記憶に欠陥がある以上考えても無駄と判断して次の作業に移る。
次にチャットのページを開く。誰でも自由に書き込みできるようになっている。チャットの内容を辿ると、ネオアトランティス首領ガーゴイルの名前でアトランティスの最終戦士の訃報が記載されていた。やはり時期も重なる。しかし、同志ガーゴイルとの交流は覚えていない。
あたまがいたい。
他には追悼コメントが多く寄せられていた。そのほとんどがお悔やみの内容だった。
ハンドルネーム『疾風』の名前で、「せんせが亡くなったなんて嘘や~ 約束しとったレムリア都市連合の物語について知りたかったのに~ 残念です。お悔やみ申し上げます」という書き込みが気になった。アトランティス最終戦士物語ではレムリア都市連合における闇の書事件には触れられてなかった。俺の記憶ではこの時期はちょうど留守を任され、イツキと母の事件ことで手いっぱいで直接関わることはなかった。そのため最終決戦の時点でも渦中にいるはやてとヴォルケンリッターは顔見知り程度だった。
チャットのログを辿ると疾風さんは前世でレムリア連合の代表かもしれないらしい。前世の記憶の覚醒が十分ではないということだろう。最終戦士の物語を読んでそうではないかと考えているそうだ。サイトの俺はレムリア都市連合の物語をUPすると約束したまま死んだようだ。書き込みはアサノヨイチの死んだ時期と重なるように止まっていた。
う~ん、せっかくの同志が見つかったというの残念だ。何とかしてあげたいが、どうしようもない。今の時点では最終戦士の物語以外は全く知らないが、思い出せばわかる可能性がある。
頭の隅に入れておこう。
チャット古い順に読んで、自分の書き込みを読んでいく。どれも記憶にはないが、俺らしいと感じられるものだった。よくやっていたはずなのにどうして記憶にないのだろう?
俺の記憶の欠陥はこうして考えてみると偏りが激しく、抜けも多い。
っ!! また頭が痛くなってきた。今度は強い。反転衝動だ。まずい。
おおおおおおおおおおっ
お、落ち着け、わからないことはカナコに聞くしかないか。答えてくれるかわかないけど。
ここまでだな。俺はネットを閉じて、パソコンの電源を切る。
自分の部屋に移動して、ベットに横になる。
俺は希ちゃんの世界に来た。カナコは一冊の本を抱えて立っている、厳しい表情だ。いつものようなふざけた様子はない、今までは、怒ったりしてもどこか余裕があったが、それを微塵も感じさせなかった。
「待っていたわ。ヨウイチ」
「ああ……」
「ここがあなたにとってすべての始まりの場所」
カナコは人形の棚を見ている。いつのまにか増えていた。
小さいフェイトがいる。アリシアちゃんだろうか?
「始まり? 」
「ちょっと愚痴を聞いてくれないかしら? 」
そう言うと少しだけいつものカナコに戻った気がした。
「いいぞ。話せよ」
俺も少し無理して、いつもの調子で答える。カナコは語り始めた。
「最初はね、不完全でもよかった。時間さえ稼ぐことができればね。あのときの私は時間だけが心の傷を癒す特効薬と信じた。だから。どんなことになっても、生きていさえいれば、希や私に代わって外に出続けることができればよかったの。あなたのことは魂の欠陥が多いから壊れる前提で考えてた。実際消耗品のつもりだったもの。スペアさえ用意してた」
「何の話かわからないけど、ひでえなぁ」
「そうよね。ひどい話よね。でもね、幸か不幸かそいつは一回で外の環境に適応した。そして、不完全な魂を補強できる環境が整っていた。だから、生まれて最初の1ヶ月は見守った」
「環境ってなんだ? 」
「百合子よ。自分を無条件で愛してくれる存在は自分の存在がここにあることを信じるちからとなって、お互いの存在を強くしてくれるわ。母親の愛の渇望していたあなたにとって、それは甘美なものだったでしょう? 」
「俺はマザコンか? 」
俺はやれやれといった感じで手を振る。
「あなたが母親と上手く関係をつくれなかったのは知ってるわ。そう判断した。百合子はあなたがおかーさんと呼んだときから、受け入れてくれたでしょう? そして、あなたは悲しませないための演技を続けることにした。でも居心地の良くて、今は本当の母親のように思っているって言ったじゃない。あなたは希の真似をしながら、自分自身が母を求めていたのよ」
「そうかもしれない」
母の記憶はないが嫌な感じなのは覚えている。
「私にしたら百合子の家はカッコウの巣の上で滑稽だったわ。外見は希だけど、中身は大きな大人だもの。見事にはまったわねあなたたち、これは予想外だったわ」
カナコは皮肉げに言う。
「あいかわらず、おかーさんには厳しいやつだな。それにカッコウって何だ? 鳥か? 」
「調べればわかるわ。カッコウは他の鳥の巣に卵を産みつけて育てさせるの。他にも意味はあるけど」
「おいおい、その場合。希ちゃんの立場はどうなるんだ。それに俺が卵なら親鳥はおまえってことになるんじゃないか? ずいぶん無責任な母親がいたもんだな」
「育てる親鳥もタチが悪いわ。確信犯よ。子供の記憶がないこといいことに自分の子供のように扱うのもおかしいと思わない? 私だってこんな身体じゃなければ…… 」
長くなりそうだな。話題を変えよう。
「転校についてはどうなんだ? 」
「入院してたから、一度しか行かなかったんだっけ? あまりいい環境ではなかったわね。二年通ったけど友達もいなかったし、今のあなたでも作ることはできなかったと思う。私も環境を変えるのは悪くない選択だと思ったんだけどね。よりにもよって転校先であなたの妄想が本当に起こるとは思いもしなかったわ」
「妄想とはあんまりじゃないか? 」
「普通は信じないわよ。魔法なんて」
「おまえの存在だって非常識じゃないか? 」
「私には目的がある。それが最優先。自分が何者かなんて二の次よ。でも私にも前世の記憶はあるから、魔法とは別の系統で自分の存在を捉えていたけど、魔法のおかげで気づいたこともあったわ。話を戻すけど、転校はよい面もあった。友達ができたこと、ここはすごく感謝してるわ。そうして、魂の存在を強めたあなたに私は役割を二つ追加した。それは希を癒すために楽しいことを体験すること、いつか帰ったときの環境を作ること。私はこのころからあなたに期待していたのね。これは完全に私のミスだけど、あなたに危険の高いジュエルシード事件の始まりを任せようとしていたものね」
カナコはくすっと笑う。
「人使いが荒いなカナコは」
「そうね。でもね。そもそも、希がこうなったのはあなたが死んで絶望したからなんですからね」
カナコは少し恨みがましいニュアンスで言う。
「ちょっと待て! 俺は希ちゃんに会った覚えはないぞ? 」
「名前と一緒で希に関する記憶は奪ってあるから、この本をみて」
カナコは本を取り出すと表紙を見せる。そこには「おにいちゃんと私」と書かれていた。
「この本は? 」
「あなたが生まれた理由が書かれているわ」
カナコは俺に本を渡す。渡すときの手は震えていた。
「読んでいいのか? 」
「あなたは自分の名前を知ってしまった。あなたの記憶の封印は解かれたわ。糸が少しずつほつれるように思い出していくわ。あとは早い遅いかの違いよ。せっかく今までうまくいっていたのに、こんなことでしくじるなんてついてないわ。でもね」
カナコは自嘲的な顔で、俺を見つめると言った。
「今回の偶然は運命かもしれない。そして、時が来た。そう思うことにするわ。この真実に耐えることができれば、あなたは自分の存在を確立できるわ
……だから、お願い消えないで!! 」
カナコは俺の服の袖をつかんで哀願するように見上げている。目がうるんでるようにも見える。
「心配するな、俺は消えたりしない。それから、戦争が終わって帰ってきたら、町の小さな教会で結婚しよう」
「戦争って何よ。プロポーズ? なんでこんなときにするのよ」
これは序の口だ。
「俺のお気に入りの銃、おまえにやるよ。大事に使ってくれよ。さあ、おまえは先に行け!! ここは俺が食い止める」
「なるほどそういうこと……
こうかしら、絶対に無事に帰ってきて、待ってるから」
ようやくカナコは理解したようだ。次は応用編だ。
「俺は一人で寝るぜ。殺人鬼のいるかもしれないところで寝られるか!!」
「第二の犠牲者決定ね」
「これはやっぱりそうだ。早く金田一君に教えてあげないと!!」
「探偵より先に気づいたら駄目よね」
ホラー編です。
「ヘーイ、ベイベー、先にシャワー浴びてきな。ベットで舞ってるぜ」
「待ってるでしょ! アイスホッケー面をしてナタを持った瞬間移動を使う風紀委員に殺されるわよ。なによりそれだと私が先に死ぬじゃない! 」
「なんだぁ 猫か? 脅かしやがって」
「シムラ~ウシロウシロ」
ハードボイルド編
「もう殺しは廃業だ。田舎帰って、カーチャンの世話でも焼いてるぜ」
「後ろからズドンよ」
格闘編
「わが弟子よ。今の技見たな。これが我らの流派の最終奥義だ。これでもうおまえに教えることはない」
「いつから弟子になったの? 」
「おなかの子供頼むぞ」
「たわし妊娠したの? 」
「犯罪の匂いがするな。じゃあ、おとーさんたくさん稼いで帰ってくるよ。絶対に無事に帰ってくるから心配するな。簡単な仕事さ短期間でがっぽりさ」
「私が娘なんだ。パパ早く帰ってきてね」
そろそろ締めよう。
「最後はこれかな。急いでください。なのは様!!」
「あ~あれね。敵が近づいてる? 」
「はい、カナコ様……私を信じてください。私はあなたの敵を斬る剣やあなたを敵から守る盾にはなれないけれど、あなたの剣が存分に力を発揮できるように支える小手でありたいと思ってます」
俺は手を天に掲げると心に秘められた呪文を唱える。
「来たれ、我が黒き外套、赤き銃身ディスティ。我はアトランティス最終戦士ジークフリード、王剣を守る小手なり! 」
「うん、無理しちゃだめだよ。……私がなのはになってるけど」
「はい、カナコ様この戦いが終わったら、聞いて欲しいことがあるのですがよろしいですか? 」
「わかった。死なないで… というか死ぬしかないわね。ふふふっ」
カナコは目を拭い、笑顔をみせる。よかった笑ってくれた。そして、俺は覚悟を決める。
本を開く。
本の記録が流れてくる。
それは少女からみたある男との約二年の記憶だった。ビデオを回すように詳細に俺の言葉やしぐさが時間に沿って詳細に流れ込んでくる。俺は自分自身を見上げている。記憶の中の俺はちいさい女の子に話しかけるように優しく話しかけている。
「すご~い、私でもそんな前のこと覚えてないよ」
「ちょっと、ちがうんだけどね。絵本の女の子なのは様と最初に出会う物語でね、実は…僕はいや……俺はアトランティスの最終戦士ジークフリードなんだ」
さっきまで断片的だった映像がはっきりと流れ込んでくる。
場面が変わる。
俺はカナコと対面している。俺はぼーっとした表情でカナコを見ている。
「初めまして」
「………」
カナコは俺の頭をペシペシ叩く。
「頭はやめんか~」
「魂の情報が不十分ね。このままじゃ動かないか。コレだけ足りないのに髪だけは気にしてるのね。希の記憶をコピーして適当に改造すればいいかも」
また場面が変わる。さっきと同じだ。
「コレで大丈夫よね。コホン! 初めまして 」
「初めまして」
「よしよし。あなたの名前は? 」
「雨宮希? 浅野陽一? あれ? どっちだっけ? 記憶がごちゃごちゃして気持ち悪い」
俺は頭を押さえている。
「まだ認識が混乱してるようね。魂の欠損を補うために無理矢理希の記憶を入れ込んだから無理もないわ。じっとして調整するから」
映像の俺は逆らえない。カナコはそう言うと俺の頭に触れる。カナコの手から光が伸びて頭に入っていく。作業をしながらカナコはつぶやいている。
「名前を奪って、矛盾している希に関する記憶を封印する。これで希の記憶を自分のものだと認識することができるはず、じゃああなたの名前は? 」
「あれ!? わからない。俺は誰だ? アトランティスの最終戦士ジークフリード? 」
「ジークフリード? あだ名みたいなものかしら? これはこのままでいいわね。欠陥だらけの記憶の中で唯一強くてはっきりした記憶だから、不安から心理的に逃れるために拠り所になるはず、実名の迷彩になってくれるといいけど。それから一応仮の名前のあげるわ。あなたの名前はアマミヤノゾミよ」
「女の子みたい」
「そうあなたは今から女の子になるのよ」
「俺は男なんだけど…… 」
「変なとこで強情ね。いいわ。この状態なら暗示もかかりやすいはずよね。矛盾がないように慎重にしないと」
カナコはしばらく考える。
「目覚めたときの初期設定はあなたは事故で死んでこの子に取り付いたの。あるいは転生したの。転生の神様によって選ばれた戦士よ。見知らぬ女の子になって、どう反応するかしら? これでいきましょう。
バックアップも取っておきましょう。目が覚めたら、調整のことは忘れているわ。安心しておやすみなさい」
ここで映像は途切れる。
確信はなかったし、カナコがはっきり言ったわけではないが、今までの言動からカナコには記憶を操作するちからがあって、それを俺にやっている可能性は考えていた。間違いないのだろう。ショックだったが、カナコも別にいじわるするためにやっているわけではないと信じている。俺は質問することにした。
「他の記憶は? 」
「ないわ。それがあなたに与えた記憶のすべて、足りない魂の情報を補うために私が組み込んだもの。あなたの記憶の元になったものよ。私とあなたが初めて会ったのはもう思い出したわね。そのときに記憶を操作した」
「記憶操作についてはうすうすそんな気がしてたよ。私を信頼できなくなるって言ってたもんな。足りない魂の情報ってなんだ? 」
「希の能力はデバイスを誤認させるレベルで魔力を再現するレアスキル。
……この能力には先がある。魂の残滓から情報を読み取ることで、希の体内で再生するちから。
『ソウルプロファイル』と呼んでいる。でも生前のあなたと会っていたときは希はまだ魔法に覚醒していなかったから不十分な魂の情報しか集められなかった。
なんとか不十分な魂の情報から人格・行動をある程度まで再生できた。でも人として動かすには記憶が足りなくて、赤ん坊と同じだった。だから希からみたあなたの記憶を組み込んだ」
「そんなバカなこと…… 」
カナコが組み込んだという記憶について考える。この記憶は詳細すぎる。俺が何年何月何日何時何分に、どんな表情やしぐさをして、どんなことをしゃべったかを時間に沿って覚えるなんて、部屋にビデオカメラでも使って撮ってない限り不可能だ。
ああああ、そうか。希ちゃんは記憶力に優れている。
そうなんだ!! やっぱりこの記憶は本物ではない。希ちゃんの記憶を元に作られたものなんだ。自分の部屋から外に出た記憶なんてない。当然だ。本物の浅野陽一は出たかもしれないが、希ちゃんの記憶から作られた俺にはそんなもの存在しない。
記憶の欠陥と偏り、アトランティスの最終戦士、使えないパソコン、男としての意識の低さもすべて、これが原因か。
死者が生き返る? そんなことはあり得ない。
俺はニセモノ?
んん~~~??
俺は天才だあああああああ
それはアミバだよ。うわらば。
嘘だ!!!
転校なんかして…… 転校してるじゃん!!
ニセモノなのか。
偽物? 俺には過去は存在しないのか? 俺のアトランティスの最終戦士という拠り所すらまがい物。作られたモノ?
ダメだ。こんなの耐えられない!! 俺の記憶が作られたものだなんて、俺はフェイトみたいに強くない。
頭が痛い。こんな真実知らなければ良かった。
「思い出して!! 確かにあなたに過去は存在しない。私が記憶を操作して作り上げたモノ。でも初めはニセモノだったかもしれないけど、あなたがこの何ヶ月かけて体験したことは本物よ。あなたは確かにここにいて生きてたの。それだけは信じて!! それだけがあなたの存在を支える力になる」
カナコが叫ぶ。
そうだったんだ。カナコはずっと言ってたじゃないか。俺は儚い存在だと、いろいろ検査してた。俺が完成するのが楽しみだと言ってくれた。厳しくしてたのも今日みたいにならないように一人で秘密をかかえていたんだ。
それなのに俺は、少し疑ってしまった。
「ごめん」
「あきらめないで!! 魂は不完全だけど希の力で本物を再現してる。それに記憶の積み重ねで強化されているわ! 心を強く持って!! 」
身体が痛いよ!! ばらばらになりそうだ。
ダメだ。何も考えたくなくなってきた。
俺が俺であることが信じられなくなっていた。今感じてる感情すら作りモノなんじゃないのだろうか。疑い出したら止まらない。
真実はあまりに強大で、体中にヒビが大きくなっていく。体がはじけそうだ。目に映ったのはカナコの泣き顔だった。
すごいレアだな。おまえが泣くなんて……
最後に声を絞り出す。
「ごめん。無理だった」
「あきらめるなぁ ばかぁあ
…………嘘つき」
悲しみでぐちゃぐちゃになった言葉と恨みがましい言葉が耳に届き、
ガラスが割れるような音と共に俺の体と魂は砕け散った。
作者コメント
予告編の台詞をすべて回収です。
ようやく男の本名がわかりました。ヨウイチの正体について皆さんの反応が怖いところですね。作者の頭のなかでは固まっているのですが、うまく伝わるかどうか。