第十九・五話 プレシア交渉
カナコ視点
私の目の前にはプレシアがいる。死んだ愛娘のためにすべてを捧げた女。いや、アリシアとの約束なのかもしれない。事故で死んだのはアリシアの娘だけ、プレシアも事故の影響を受けて徐々に身体を病んでいく。フェイトを育てるために、わざわざ身体に負担をかけてリニスを使い魔にするくらいだから、病気のため自分ではあまり動けない。あるいは、庭園を出ると魔力の供給がなくなって彼女は魔導師のランクが下がるのだろうと予測している。
彼女は企業のプロジェクトリーダーを任せられているから、非常に優秀なはずだ。しかし、残された時間がない。だからジュエルシードに賭けた。本当は心のどこかで成功の可能性が低いことがわかっていたのではないかと思う、私の力を見て恐らくアリシアの魔力資質再現の可能性を見いだしたと考えられる。
プロジェクトフェイトでは魔力資質を再現できないはずだ。魔力資質の傾向をある程度再現する力はあったが100パーセントではなかった、スカリエッティはそれで十分と考えていたんだろう。あるいは完全に再現することは不可能なのかもしれない。
できるだけ上手く立ち回らないとね。ここ交渉が今後を左右する。できるだけ優位に、向こうには時間がないはず、そこをつけばイケる。
「そこで、止まってくれないないかしら、この子あなたくらいの大人を怖がるの」
「この子? 」
プレシアは立ち止まると、いぶかしげな表情をする。
「私はこの子の身体に宿る別人格よ、フェイトと戦ったのは私の方よ、そっちのほうが話は早いでしょう? 」
「どういうことかしら? 」
私はこの子の事情について簡単に話す。この子は多重人格で、私は母親的な人格だいう情報を伝える。語弊はあるが私たちの事情を伝えるのはこの言い方が伝わりやすいだろう。症状や体の傷や食べ物のことも教えておく。プレシアは少しだけ目をひそめるがブレない。さすが優秀なだけあってプレシアの理解は早かった。
「誘拐されているのに、ずいぶん落ち着いているのね。こっちは目的のためなら手段を選んでられないの。無理矢理にでも言うことを聞かせることだって……」
「おー怖い怖い。あなたの目的は知らないけど、フェイトからあなたが会いたいと言っていたし、私のレアスキルに関係してるのかしら? フェイトもデバイスも驚いていたみたいだから」
「頭の回転がいい子ね、だったら話が早いわ。私の研究に協力しなさい」
「デバイスないわよ私」
「そのくらいこっちで用意するわ」
「お願いするわ。それから、できれば容量を多めにして、あなたのデバイスのデータを移しておいてくれないかしら」
「それくらいならすぐできるけど、私のデバイスのデータを入れてどうするつもり? 」
「あなたのデバイスのデータを入れるのは私の能力を確かめることができるでしょう? 別にあなたのデバイスで確認してもいいけど、それじゃあ無用心よね」
「ふん。まあいいわ。じゃあついて来なさい。魔力を測定するから」
私はプレシアのあとに付いていく。廊下にでると、フェイトがアルフと一緒に待機していた。何か言いたそうにこちらを見ている。
「あの ……母さん」
「フェイト何かしら? 母さんはこれからこの子と研究室に入るわ」
プレシアはうっとしげな目で見ている。
「 ……ごめんなさい」
フェイトは下を向いてしょぼんとしている。私はその寂しそうな目を見ていて言わなくてもいいことを言ってしまう。
「プレシア。褒めたあげたら、この子頑張ったんでしょう? 」
あの勝負は私がカウンターを当てた時点で勝負はついていた。しかし、フェイトは母親への想いから、ダメージに耐えて逆に強力な一撃を放ってきた。あんな一撃二度とくらいたくない。負けたこと自体は悔しいし、あの男の前で無様をさらしたのは屈辱だけれど、フェイトには恨みはない。やられたわと言ってあげたいくらいだ。
「あなたには関係ないでしょう」
プレシアの冷たい一言に少し腹が立った。
「いいのかしら? 協力者の機嫌を損ねて、言っておくけど私が出ていられるのは一日だから、別人格は話が通じないし、レアスキルは私しか使えないわ。時間かかるわよ」
私は時間という言葉を強調する。プレシアは少し怒った顔でこちらを睨んでいる。
「どうしろっていうの? 」
聞いてくれるようだ。ちょっとハードルを上げてしまおう。あの男の真似だ。
「そうね。まず頭を撫でて、そして、いい娘ねフェイトって言うの。最後にちゅーしてあげなさい。もちろん笑顔でね」
せっかくだから携帯で動画を撮っておこう。確かこのボタンで良かったはず……
「ちょっと待ちなさい!! なんで私がそんなこと、だいたいなんであなたはそんなことさせるの? 」
プレシアは慌てて抗議してきた。私はさらに追い打ちをかける。
「この子の事情は教えたわよね。だからせめて癒されたいの。そうすれば、喜んで協力するわ。それだけでいいのよ。協力するんだからちょっとくらい見返りがあってもいいでしょう」
嘘だ。ただプレシアをみてなんとなくいじめたくなったのだ。
「わかったわよ。すればいいんでしょう。すれば! 」
プレシアは渋々こちらの提案を受け入れる。フェイトに近づくとひきつった笑顔で頭を撫でようとする。フェイトは顔を赤くしながらプレシアの顔を見上げている。
「よろしくおねがいします!! 」
フェイト、ガチガチね。
「フェ~イ~ト~」
プレシアが笑顔を作る。頬が不自然なほどヒクヒクして目は笑ってない。細くなっているが目の鋭さを強調して、怖いくらいだ。
ビクッ!!
フェイトはそんなプレシアの表情を見ておびえている。
「ダメダメ、全然ダメよ。笑顔がぎこちないわ。逆にフェイト怖がってるじゃない。真面目にしなさい、ちょっと耳を貸して」
私はプレシアの耳打ちする。近づいて話すのはストレスだが仕方がない。こっそりシンクロさせて気持ちを無理矢理同調させる。プレシアがやる気になるように、シンクロは希とあの男、私が気持ちを合わせて記憶や行動を共有する魔法だ。
私の場合は相手を自分のペースや気分に巻き込むことができる。サブリミナル効果の強化版のようなもので触れた相手に簡単な暗示をかけられる。記憶操作の応用でこれくらいはできる。ただし、短時間で、強い拒否があることや緊張状態、戦闘中には使用できない。
ちなみにシンクロはためしてはいないが私と希の世界に魔力資質のある人間は連れてくることができるはずだ。記憶情報の送受信は私の得意分野だ。
「いいこと。これは研究のためなの。私が満足するような親子愛を演出しなさい。研究のためよ。フェイト愛してる最高フェイト愛してる最高」
「研究のため」
プレシアはつぶやく。そして私たちに背中を向けると両手を目に当てて、ブツブツ何かつぶやいている。
「研究のため研究のため研究のため研究のため研究のため研究のためアリシアのためアリシアのためアリシアのため」
うまく言ったようだ。そしてばっと身体をこちらに向けると満面の笑みでフェイトを見つめる。今度は大丈夫だ。やればできるじゃない。
「フェイトぉ」
「はいっ」
一瞬まぶしい光と花でも咲いたかのような、笑顔でプレシアは愛おしげに名前を呼ぶ。
……ちょっとカクカクしてロボットみたいだけど気にしない気にしない。
「フェイトアイシテルサイコウ、フェイトアイシテルサイコウ」
「はいっ 母さん」
ちょっと声が固いけど、これでもいいわね。フェイトは赤くなって気にならないみたいだし。
「イイコネ。フェイト」
プレシアの慈しむようにフェイトを頭を撫でる、フェイトは顔を赤らめて夢心地の顔をしている。私は携帯で写真と動画を撮る。綺麗なプレシアだ。
「うん、良い感じよ」
「イイコニハ、ゴホウビヲアゲマス」
プレシアは棒読みの優しい声でささやき身体を屈めるとフェイトの口にキスをする。むさぼるように吸いついているようにも見えるけど、親子だからこれくらいは当たり前よね。
私も希にお願いしてみよう。
一分経過……
長いわね。
三分経過
おかしいわね。
五分経過
「ぷはー、ゲホッゲホッ」
プレシア息止めてたのね。ずいぶん濃い親子のちゅーだったわね。
……糸引いてる。
フェイトは呆然としたあと、ふにゃふにゃと顔が崩れ泣いてしまう。よっぽどうれしかったのね。プレシアはそんなフェイトを見てとろんとした目で見ていたが、急に目が覚めたような顔で、いつもの厳しい目に戻り立ち上がる。
なんだ意外とフェイトに優しいところがあるのね。もっと冷たいかと思ってた。本心から嫌であれば当然この暗示は利かないからだ。つまり、暗示の誘導はあったがこうしてもいいと選択したからだ。
「フェイトぉ、これから母さんは研究があるからぁ。しばらく、部屋にこもるからわねぇえええ、あなたは部屋で控えていなさいてねぇ。用があったら呼ぶからぁああ」
口調が変ねプレシア、まだ利いているのかしら。私は目の前で手を叩く暗示を解くためだ。
「はっ!? 私は何を? 」
「戻ったようね」
ここからはいつものプレシアに戻っていた。研究室に向かって歩く。フェイトはぼーっとしたまま動かない。かと思うといきなりくすくす笑い出した。そして身体をくねくねさせている。トリップ中ね。そっとしてあげましょう。
「これでいいんでしょう? 」
プレシアはふいに話かけてくる。顔が赤い。
「満足よ。女優ね。あなた、尊敬するわ」
「約束は覚えているわね? 」
「もちろん」
そうして、そうしている間に研究室に着く。
「魔力を測定するわよ」
「ええ」
こうして私は魔力を測定し、デバイスを作ってもらうことになった。デバイス作成は本来は時間がかかるものだが、私の注文内容であれば、元の材料になるものもあったので、すぐに完成するということだった。その間少し休む、私が表にいられる時間は限られているから、少しでも休息が必要だった。
3時間ほど休んで、プレシアに呼ばれる。
「できたわよ」
見せられたのは黒い十字架のネックレスだった。
「コレあなたの趣味? 」
「違うわ。あなたの要望に答えることができるのはこれだったからよ、このままでも使用できるわ。今は名前すらついてないから、使用者登録のときでもつけなさい。タイプはインテリジェンスタイプだけど、AIは入れてないからその分を容量に回しているわ。形状は使用者の意志で変わるけど、見た目だけで機能的には変わらないわ。まだ未完成品なんだけど、時間もないし、あなたから希望もなかったからこれで十分なはず」
私はゲスト使用で魔力を通してみる、自分本来の魔力、なのは、フェイトまで試した。そしてあまり触れたくないけどプレシアに触れて試す。
デバイスの反応も上々だった。
「確かに問題ないわ。これなら使用できる」
「本当に他人の魔力をコピーできるのね。これなら、私の目的を果たせるわ。ふふふっ じゃあ部屋を変えるわ」
プレシアはにやりと笑う。
「ここじゃないの? 」
「違う部屋にもあるのよ」
おそらく、アリシアの肉体を保管している部屋だろう。フェイトはまだ立ったままぼーっとしている。結構時間経ったはずなんだけど、よっぽど嬉しかったようだ。
案内されたのは、暗い部屋で、大きな筒状の透明なケースに入った少女が見える。
「この子は? あなたの娘フェイトにそっくりだけど」
私はわざとプレシアの神経を逆なでするような言い方をする、話は早いほうがいい。
「フェイトを ……あの失敗作の人形を娘なんて呼ばないで!! 私の娘はアリシアだけよ」
「どういうこと? 」
本当のことは知っているが、ここは聞いておくべきね、プレシアの話だとフェイトはアリシアのクローンで記憶も転写している、だが失敗作で利き腕が違うし、魔力資質が全く違うということだった。
「じゃあ私を呼んだのはこの子の魔力資質を再現するため? 」
「……違うわ。あなたのちからにはその先があるはず。魂を再現するちからが」
プレシアの目が血走り、唇はニヤリを歪んでいる。本物の魔女がここにいる。あまり近づかないでほしい。さっきから希のストレスが溜まっていく。ここまで来たら触れられただけでトラウマが発動してしまうだろう。
私はプレシアを甘く見てたようだ。まさか、フェイトとの戦いだけという限られた情報で、希のちからの秘密をかぎつけるなんて、しかし、残念ながらうまくいかないはずだ。
「あまり期待できないわよ。私の力は生きてる人間しか試したことないし、死んだ人間には基本的に魂は残らないはずよ」
「それでもやりなさい。リンカーコアは機能停止してるけど、身体に魔力が残っているはずよ」
「わかったわ、じゃあ、少しの間その子を外に出して、直接肉体に触れてみるから、通常なら魔力だけなら触れるだけで済むのだけど、魂と魔力を見るから」
プレシアは機械を操作して、液体を少しずつ抜いていく、液体がすべて抜けるとケースを外す、プレシアはアリシアを優しく抱き寄せると自分のマントを床に敷いて寝かせる。その視線は母親のものだ。こんな目もできるのね。
私はアリシアのリンカーコアの付近に手を乗せると希のちからを使う。魂の残滓らしきものは確かにあったが不十分だ。再生できるレベルにはない。魔力情報がやっとだった。ついでに私のちからで記憶を収集しておく。保存状態が良かったので、記憶の状態も良かった。30分ほどかけてすべて抜き取る。まだ小さい子供だったからこんなものだろう。やはり私のちからは一人の人間の記憶を抜き取ることが可能なようだ。死体であっても……
私は顔を上げて首を振る。残念だ。プレシアの顔は硬い。
「魂は見つからないわ。それから、体内に魔力らしきものはあって、登録したけど、でも高濃度魔力を受けて身体そのものが変質しているみたいな…… 」
「まさか。そんな! でも、だとしたら、人形の魔力資質の高さの説明がついてしまう」
プレシアは狼狽している、何か思い至ったようだ。力なくうなだれて私に告げる。
「この子の身体の死因は未反応の反応魔力素を浴びたことによる心停止、反応魔力素を大量に浴びてこの子の弱かった魔力を飲み込んだ。あの人形には生き残ったわずかな細胞を使ったけど、その細胞は魔力を大量に浴びて変質してしまったから、高い魔力を持ってあの人形はできあがったことになる。じゃあこの肉体があっても記憶が完璧でも魔力の資質を再現できても別の人間ができてしまう。
この肉体では完璧なアリシアは作れない」
「私は専門じゃないからわからないけど、筋は通っていると思うわ。それからね、例えアリシアの魔力がわかっても完全には再現できないわ」
「言い切るのね。さっき専門じゃないって言ったのは誰かしら? 」
プレシアはこちらを睨むが弱々しい。
「簡単な話よ。すべての物は少しずつ変わっていくわ。人間だってそうよ。身体は常に新しい細胞を産み出して、古い細胞は死んでいく。記憶や心だって同じ常に変わっていくの。あなたのやっていることは100パーセントに近づくことはあっても100パーセントになることはない。フェイトはあなたの体内から生まれたわけではないでしょう? そこからしてアリシアとは違うわね。完璧なアリシアを作るには時間を巻き戻すしかない。人間には不可能ね」
それに希のレアスキルで再生できたとしたも希の体内でしか生きられない。だから見つからないという言い方をした。
「あなたに何がわかるっていうのよ!! 私が取り戻したいのは失われた過去、無理なのは承知の上よ」
プレシアは私の胸ぐらをつかみ、睨みつける。あっ!? まずい、希のストレス値は高い。今触れられたらトラウマの条件がそろってしまう。
「嫌あああああああーーーーー」
私は追い出されて希と入れ替わる。
じっとしている暇はない。
「カナコどうしたんだよ? ってうわあああー 」
あの男が何か言っているが、それどころじゃない。体の支配力が一番強いのは当然持ち主の希だ。錯乱しているときは、私は基本的に何もできない。喫茶翠屋のときは私にも予想外で繋がって足を止めるのが精一杯だった。結局急に足をとられた希を転ばせて怪我をさせてしまった。
今回はそうはさせない。急いで全身に魔力を通す。繋がると動けない? 見るとプレシアがバインドを使って動けなくしている。これでケガしなくて済みそうと思ったが、希はそうはいかないようで、動きを封じられたことで、さらに恐がり暴れ出す。
「あああああーーーーー」
希は声を上げると身体が輝く紫色の光だ、そうして、バインドを解いてしまった。
「こんなに早く、まさか拘束魔法に同調して、かけた本人が解いたように錯覚させたの? 」
「プレシア早く、この子気絶させて」
私はこう叫ぶと、プレシアは電撃を放って希を気絶させた。当然私も巻き込まれて意識を飛ばされる。このところ気絶させられたばかりだ。気が付いたのは意外と早く30分後だった。希怖い思いさせてごめんなさい。
プレシアは少し離れたところでこちらを見ていた。
「気が付いた? 」
「ええっ ……気分は最悪だけどね」
「ずいぶん厄介な子ね」
「どうするか決まったの? 」
「ジュエルシードを集めることにしたわ。あなたはここの秘密を知った以上逃がすわけにはいかないわ」
予想していた答えの一つだ。私は前から考えていた交渉するための手段を使うことにした。
「私を人質にすれは、少なくともなのは達の集めているジュエルシードはすぐ集まるわよ。この間の小規模な次元振でそろそろ管理局がかぎつけてくるんじゃない? 」
「ダメよ。人質には使うけど、あなたは帰さない」
まずい、プレシアは頑なだ。下手するとここを管理局にかぎつけられるまで拘束されるかもしれない。どうしようか?
「悪いけど、すべて終わるまでは大人しく ……ゲホッゲホッ」
「隙あり!!」
懐に入ってプレシアを投げ飛ばす。
グシャ
何かがつぶれる音がした。嫌な音ね。
プレシア血を吐いて倒れている。白目むいてピクピクしてる。あら? 気絶させるために手加減したんだけど、嫌な汗が出てきた。
指でプレシアをつつく。
「う~ん」
ほっ 生きてる。
どうしましょう? こんなところフェイトに見られでもしたら、フェイトが母親への想いがMAXのときは勝てる気がしない。何より帰り方がわからない。
仕方ない。
私はプレシアに触れて、希と私のちからで魔力と直接記憶を読みとる。不快感はあるが首や肩に触れなければ我慢できる。
プレシアの記憶をすべて読みとり、必要な情報を検索する。膨大な記憶の中から必要な情報を探すのは骨が折れる。
魔法に関連したもので、……転移魔法あった。やっと見つけたこれで帰ることができる。五時間くらいかかってしまった。私の部屋はプレシアの記憶の本が散乱している。プレシアの人形を見つける。念のため紐で縛っておく。
私が部屋を出ようとするとプレシアが気がついたようだ。タイミングが悪い。話すしかないわね。
「やはりこの身体はもう持たない… 背中にまで痛みがきたわ、それに世界が回転するような目眩は初めてよ」
よかった。私が投げたことに気がついていないらしい。
プレシアは声は暗い。吐血で自分には時間がないことを強く感じた? そこを突けばなんとかなるかもしれない。
「ねぇ私を見逃してくれないかしら? ジュエルシードの交換には協力するわ。管理局が来たらその手もつかえないでしょ? 」
プレシアは少し考えると、
「いいわ。あなたの話に乗るわ、その代わり約束しなさい、ジュエルシードには関わらないで、それからここで見たこと聞いたことは口外しないこと」
「わかった。言わないわ。いつも出てる人格は知らないから、私が表に出てしゃべらない限り大丈夫よ」
「そう、もう用はないわ。消えなさい。帰りはフェイトに頼みなさい」
プレシアはもう興味を失い、うつろな目でアリシアを眺めている。私は出口に向かうが、プレシアのその姿は哀れで見ていてどうしようもない気持ちになった。私はもうひとつ余計なことを言うことにした。
「過去は取り戻すことは誰にもできないわ。でも約束は違った形で果たすことはできるはずよ。例え自己満足でもね、アリシアに触れたとき記憶を読んだけど、あの子、妹を欲しがってたんじゃない? 」
プレシアの視線は動かない、聞こえてはいたはずだ。聞くつもりはないのかもしれない。声は届かなかったようだ。我ながら余計なことをしたものだけど、どうやら結末は変わらないということなのだろう。
アリシアのいた部屋から出るとすぐ近くフェイトがいた。私のことにはまだ気が付いていないようだ。
「フェイト? どうしたの? 」
「きゃあ」
フェイトは私の声に驚くと尻餅をつく。まだ余韻にひたっていたのかしら? しょうがない子。
「ママのキスはそんなに良かったのかしら? 」
私はニヤニヤしながら聞く。
「えっ? ……うん」
その割には表情が暗い、むしろ深刻な顔をしている。研究のことを心配しているんだろうか?
「残念ながら研究は失敗よ。ここで私のすることは無くなったわ。プレシアからジュエルシード集めに戻って、私をなのはからジュエルシード奪うための人質に使いなさいって言ってたわ」
「そう、ダメだったんだ。ありがとう、協力してくれて」
フェイトはもういつもの無表情な顔に戻っていた。私の気のせいらしい。
私はなんとか一日で帰ることができた。手に入れたのは私用のデバイス、レアな動画、プレシアとアリシアの記憶と魔力情報、魂の情報、これは私の部屋に収納しておけばいいだろう。疲れた眠い早く休まないと。
希の夢の世界へ帰る。すると、あの男がボロボロの服装で待っていた。疲れきった表情だ。
「どうしたの? 」
「3メートルくらいの影に襲われた、倒したけど」
忘れていた。希のトラウマが発動したから、久々に影が出たらしい。それにしてもこの男まがい物のくせに生意気だ。3メートル級なら通常では容易には倒せない。
「どうやって倒したの? 」
「赤き龍の銃身ディスティで、貫通撃ち、20分針ってこところかな? 」
「時間のかけすぎ。でも、初めてにしては上出来よ」
「いや~ 雷打ってきてさ、大変だったよ」
ちょっと聞き捨てならない。雷? 悪夢の元になった存在の模倣を始めている。これは良くない兆候だ。黒い記憶の本の封印が弱くなっているらしい。
この男、ここではかなり強い。いや現実でも髪を使った魔法といいバックアップさえあれば化けるかもしれない。
考え込む私に男は声をかけてくる。
「どうしたんだ? カナコ」
「いえ、何でもないわ。疲れたから部屋で休むわ。あなたが出てもいい」
褒めてあげたいところだが、黒い本の封印が弱くなっているなら、急いで自分の部屋へ行かなければいけない。
元々この図書館にあったもので閲覧禁止したものを黒い記憶の本と呼んでいる。それから黒い影の根源というべき存在を封印している。元々はあの男のようなもので、これは希が自らの意志で発動させた存在だが、黒い霧を取り込み希の悪夢そのものになってしまった。おかげで、人形の棚は一度完全に掃除するはめになってしまった。
封印はしたものの、希のストレスに呼応して、黒い霧を吐き封印を破ろうとしている。
早く再封印しないと……
封印は一度にすべて解放しない限り大局的には影響はないが、確実に希の気力を根こそぎ持っていくから復帰が遅れることになる。私は封印の作業時間を思うとげんなりする。
結局、修復はしたが、破損の多い封印は後に回すことにした。
作者コメント
原作キャラ分を補給。ぶっちゃけると投稿の構成のミス。本来は無印編の終盤に入れる予定だった話。
続けて読んでくれてる読者には流れを悪くしてしまって申し訳ない。