第十九話 フェイト再び
カナコ視点
私は紅茶を飲む。外の世界と違って行為自体に意味はない。リラックスするためにしているだけだ。私のちからでもこの世界でモノを創造するくらいはできる。あの男のように複雑な構造のモノをつくることはできないけれど…
リラックスしながら、今までのことを考える。
順調だ。次の大きなイベントは管理局との接触になるはず、こちらの魔力資質を示して自分用のデバイスを貰うことができれば成功と言っていいだろう。はっきり言ってジュエルシード事件なんてどうでもいい。あくまで闇の書事件までの通過点で私たちの魔法戦闘力技術を上げる手段だ。
ただ個人的にテスタロッサ親子のことは気になっている。希以外の人間はいざとなれば切り捨てるつもりはあるが、どうしてこの親子が気になるか考えることにした。
フェイト・テスタロッサ
最初の出会いで、希に手を出されて戦ったけれど。あの物語で気になる存在だ。実際に会ってみて、あの暗い表情は落ち着かない気分にさせる。
プレシア・テスタロッサ
関わるのはごめんだが、在り方には惹かれている。シンパシーというか共感できることが多い。目的のために突き進む姿は見習いたい。機会があれは少し話してみたいとさえ思っている。
アリシア・テスタロッサ
プレシアのすべて、すでに死んでいるが、死してなおプレシアの生きる目的となっている少女、私にとっての希になる少女だろうか?
答えは簡単だった。
テスタロッサ親子の状況と自分と希、あの男を重ねているのだ。では私があの男にさせているのはプレシアがフェイトにさせていることと似ているのだろうか?
いや少し違う。
確かに秘密を抱えているし、最初は替えがあるから、壊れてもかまわないと思っていた。しかし、運良く育ってきたので、もったいないと思っている。希にとって有用な存在だからというのも大きい。
再びプレシア一家について考える。
アリシアが死んでいなければ、そもそもフェイトは生まれなかったけれど、プレシアがアリシアのフェイトに対する感情を想像できていれば違う状況はありえたかもしれない。
私だって未来を知っているこの世界に介入することに楽しみや喜びを感じていないわけではない。なのはやフェイト達は希にとってもいい子たちだ。より良い方向に進んでほしいし、フェイトにも親の情愛を知ってもらいたいと考えている。
しかし、自分にある言葉を言い聞かせる。
目的を忘れるな。
優先順位を間違えるな。彼女たちに感情移入しすぎるな。私の使命を忘れるな。私は希のためだけに生きている。希が笑顔で、しあわせに暮らすことができるならそれでいい。
確かに魔法のちからで得たものは大きく、この世界の大人に力で負けないのはありがたいことだ。しかし、大きなちからはさらに大きなちからに呼ぶ。場合によってはより大きなちからに飲み込まれてしまうだろう。闇の書がいい例だ。
私は希のためにジュエルシード事件をうまく立ち回るのよ。それに集中しよう。……もし余力があれば少しだけ手を貸そう。そのスタンスでいいはずだ。
そんなとりめないことを考えていると、プレシアにとってのアリシアこと、私にとって大切な希が姿を見せた。
「あらっ!? 珍しいわね。あなたがここに出てくるなんて」
思わず声が弾む。
「私だって、たまには出てくるよ~ 寝てるのが一番だけど…… 」
いい傾向だ。想定してたよりずっと早い。うまくいって夏くらい、遅くても来年くらいを考えていたから、破格のスピードだ。この子が自発的に図書館まで出てくるのは、トラウマやシンクロ以外ではあの日以来、初めてかもしれない。
私と話したいことでもあるのだろうか?
「調子はどう? 」
「怖い夢見なくなったから、楽になったよ。イヤな感覚はたまにあるけど、ずっとじゃないから、あんまり起きなくてもいいし」
今のところ経過はいいようだ。十分な休養になっている。シンクロイベントがうまく作用して気力が少しずつ回復している。体力が休息や食事で回復するように、気力も休息、ストレス解消や楽しみごとで回復する。
希の場合は過去の事件の影響で気力が常に減り続け、今まではゼロに近い数字を行ったり来たりして、心が身体を動かす力を失い、ほとんど生きる屍だった。
この調子で一日一回でもここまで出てきてくれれば次のステップに進めるかもしれない。
「何か聞きたいことがあるの? 」
「うんっ、 おにいちゃんのこと、いつになったらお話できるか気になって、いつもカナコとばかり楽しそうでうらやましいよ~ 」
あの男か。希は顔を合わせたことはあるが、まだ会話らしいことはしたことがない。この間は私の言いつけを守って逃げたみたいだが、やはり気になっているようだ。
「まだだめよ。この間検査したけど、身体の形を再構成するちからはなかった。もう少しだとは思う」
「今どのくらいなの? 」
「きょしんへいくらいね」
「早すぎたんだ。腐ってやがるの? 」
この返しもあの男のものだ。良くも悪くも影響を受けている。
「それは冗談だけど、魂がさらさら液体からドロドロの粘土にくらいまでは育っているわね。固まるまでには時間がもう少しかかる。ジュエルシード事件が終わるころにはなんとかなりそうだわ。そのためにももう少しあの女には頑張って貰わないとね。まだまだ自分の存在を確立するだけの記憶の積み重ねが足りないわ」
あの男の記憶は私たちの都合に合わせて封印・操作してある。キーワードはあの男の本名だ。名前は自分の存在を信じる上で重要な要素である。フェイトもなのはに名前を呼ばれることで自分の存在を実感し、あの状況から心が折れずに踏みとどまったと考えている。
それほど重要な意味を持つ名前を奪うことで記憶の封印・操作を可能にしている。仮の名前はアマミヤノゾミ、あの男は意識していないが、アマミヤノゾミと呼ばれることには違和感を感じていないはずだ。
まずいのは希本人と接触すると仮の名前に対する意識が揺らいで、存在が希薄になってしまうことだ。そうなると自分の名前や過去の記憶を求めてしまうだろう。自滅への道だとも知らずに……
魂が固定化すれば、真実を名前を教えて記憶を取り戻しても耐える事は可能だろう。むしろ、個別化することで強化されていく。
思考がそれた。
希に目を向けると、希は遠くに思いを馳せるように
「そうなんだ、楽しみだな~ 」
とつぶやいた。
……う~んこれは良くない。あの男に感情移入してはだめだ。あんまり居心地がいいと、外の世界に出る気が無くなってしまうかもしれない。自分の世界で完結してしまう。言いたくないけれど、釘を刺しておかなければいけない。
「わかっているとは思うけど、話できるようになってもあまりあの男に頼らないのよ。外の人間と交流しなさい」
希はむっとした表情になる。そんな顔はしないで欲しい。あなたのためなんだから…
「わかってるよ~ カナコはうるさいな~ ねぇカナコはお兄ちゃんのことどう思っているの? 」
希は予想外の質問をしてきた。少し考えて答える。
「良く動く歯車ね。でも目が離せないから心配だわ」
「嘘つき~ カナコ、お兄ちゃんといるとき楽しそうだよ。私も混ざりたいよ」
楽しそう? まさか、あの男は希の代わりに外で動くだけの存在だ。思った以上に働くから役割を増やして、存在を維持するため、あの男に悟られないように動いている
はずだ。
あの男について考える。
あの男の抱える物語は刺激的で面白く夢中になって目的を忘れそうになるし、日常の会話でもついつい使ってしまいたくなる魅力がある。私の記憶にある前世ともよく似ていて、故郷に帰った気持ちになる。
あの男の主張する前世はずいぶん荒唐無稽で怪しい。一度この世界の記憶があるから戦闘力があるんじゃないかと考え、任せてしまい冷や冷やさせられた。ちからはないと判断したが、髪の毛を操作するちからは戦闘でも使えるかもしれない。
コミュニケーション能力は希はともかく、私より優れているかもしれない。私は力で従わせるのは得意だけれど、対等の相手と話すのは苦手だ。
それにあの男は門の向こうへ投げたり、ハンマーで叩くのは楽しいというか、今度来たときはどんなふうにしてやろうかとか考えると頬が緩む。腹部が熱を持つような感覚だ。
愛? いやいや、お気に入りのおもちゃを扱うのと一緒だ。心を寄せているわけじゃない。目的が同じだから少しだけ気を許しているだけだ。そうだ。それに間違いない。
こうして考えると私の中であの男の重要度は上がっているようだ。もちろん希とは比較できない。
私は希に近づくとその体を抱きしめる。
「悪かったわね。もう少ししたらあなたもちゃんと混ぜてあげるから、もう少し我慢してね」
「うんっ」
私は希の体を抱きながら、私と希に影響を与えるあの男に脅威を感じるのだった。
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雨宮希(男)視点
温泉旅行以降は特に大きな事件もなく、上の空のなのは様にアリサがキレたくらいだった。私が「なのはちゃんにだって今は話せないことがあるんだよ」と言うと、アリサははっとした表情で「悪かったわ」と言って去っていった。少しだけ素直なアリサだった。
フェイトは時期的にあのプレシアのところに帰ったのだろうか? 事情が事情とはいえ、ひどい目に遭わされるのは想像したくない。
今日は珍しくひとりで帰る。見知らぬ女性との接触を避けるため、人通りの少ない道を使っている。逆に痴漢とかに出会ったらどうしよう怖いわとか考えるあたり、あの温泉以降、私の女としての思考は固まりつつあった。
カナコが話しかけてきたのはそんなときだった。
(魔力反応が高速で二つ動いている。なのはじゃないわね。フェイトとアルフ? ジュエルシードかしら? )
(次は管理局との接触だよな。こんなに早かったっけ? )
(こっちに気づいた!? 移動速度が上がったわ! 明らかにこっちを狙っている。東上空から来る)
私はカナコの言った方角に目を向けるが、何も見えない。
(まだ見えないんだけど)
(早い!! なんてスピードなの! 繋がるわよ)
まだ状況を把握しきれてない私とは裏腹にカナコの声はせっぱ詰まっていて、こっちの答えを待たずに繋がってきた。
あれッ? なんか星みたいな金色の光が見えるなぁ~ どんどん近づいてえええーーー
「動かないで」
背中にはバルディッシュを突きつけられている。カナコも反応できなかったようだ。早すぎてわからなかった。
ピトーさん並のスピード出てませんか? あんなスピードどうやって急停止したんでしょう? 慣性法則って知りませんか? 物理の壁突破してませんか?
そもそも、こんな展開はなかった。時期的にフェイトは時の庭園に帰っていて、鞭の餌食になっているはずだ。
(姉さん、大事件です)
(どうしたの? 一平)
(このネタがわかる時点であなたの年齢がわかります)
(うるさいわよ。それより私もこんな展開は予想外だわ)
(フェイトさん本気です。なぜでしょうか? )
(おそらく、プレシアが私の力に目をつけたのね)
(プレシアがなんでまた? )
どうしてこうなるかわけがわからない。
(あなたねぇ、プレシアの最終目標は何? )
(アリシアを生き返らせること、そうか。カナコのレアスキルか)
(厳密には希のだけどね。アリシアの魔力資質を再現できなかったと言っていたからその辺りに理由があるとはおもうけど、言うこと聞くしかなさそうね。デバイスないから勝負にすらならない)
(でも遅くなったら、ましてやその日帰らなかったら、ウチのおかーさんどうにかなっちまうよ)
夜、少しだけ抜け出しただけで、ああなったおかーさんだ。想像するだけで恐ろしい。
(知らない! 自分で何とかしなさい。帰ることができるかもわからないのよ! 私はそれどころじゃない!! 実験体になるなるなんて冗談じゃないし、希にとってプレシアは恐怖の象徴で接触させたくないのに、ありえないありえないありえないありえないありえな~い)
プリ○ュアかおまえは…
取り乱してますねカナコさん。
いつも冷静なカナコだが今までとは状況が違う。こんな反応は初めてだ。そんなカナコを見て逆に俺は冷静になっていく。
(落ち着けって、カナコ、フェイトなら話す余地くらいはあるだろう? )
(………………不覚だわ。あなたにそんなことを指摘されるなんて、
……確かに話す余地があるだけましね。最悪は想定してるけど、うまく立ち回ることができれば、いい結果が得られるかもしれない)
いつもの冷静なカナコに戻りつつあった。それでいい、私は私で自分の不安材料を解消しておこう。
「あのフェイトさん? 」
「黙って言うとおりして」
なんか声に緊張感あるなぁ。
「言うとおりするから、こっちの話も聞いてくれない? 」
「・・・・」
フェイトは答えない。かまわず続ける。
「私早く帰らないとおかーさんが心配するの。だから、なんとか言い訳するから。電話だけでもかけさせてくれないかな? 」
「母さん? …わかった。でも変なこと話したら、すぐに切らせるから」
ほっ良かった。なんかフェイトさんやけにせっぱつまっているけど、母親の名前出せばきっと聞いてくれると思ってたぜ。許可が降りたので携帯から電話をかける。
「もしもし、おかーさん、希だけど、うん、今学校の帰り ……それでね、今日はなのはちゃんのウチに行きたいの。
私ね、おかーさん以外大人の女の人にもっと慣れる必要があると思うの。だからね、桃子さんは普通の人よりは平気だから、今日はなのはちゃんの家に泊まりたいんだけどいいかな?
ほんと? ありがとうおかーさん大好き
来たらダメだからね。これは訓練なんだから」
(あなた、すごい嘘つくわね。これじゃ百合子ダメって言えないじゃない)
珍しくカナコが感心している。フェイトはなんだが複雑な表情をしている。やはり罪悪感があるのだろう。
「うん、わかったじゃあね ……さて、許可は降りた次は辻褄を合わせないとね」
「まだ、かけるの? 」
「うん、だって嘘がばれたら困るでしょ。なのはちゃんにかけるよ。
大丈夫。今日は家にいるはずだし、ここにはすぐには来れない。
共犯になってもらうからある程度は事情を話すからね」
「 ……うん」
(どっちが、犯罪者かわからないわね、今の話だと)
(基本的には素直な良い子だからなフェイトは)
「もしもし、なのはちゃん、希だけど、うん、今フェイトちゃんと一緒なんだ。えっ!? 心配いらないよ。家に泊まりに行くことになったのだけだよ。でも、良く知らない友達だから、おかーさん心配するかと思って、なのはちゃんの家に泊まるって嘘言っちゃんたんだ。
……ごめんね。
嘘がばれると後が怖いからなのはちゃんも協力してね」
(とても、これから誘拐される人間の台詞じゃないわね)
(こっちも腹をくくるさ。それにまだ決まったわけじゃないぞ)
(どういうこと? )
(それはもちろん、フェイトはいい子だから、今回のことには後ろめたさがあるはずなんだ。だから、後腐れないようにデバイスなしの魔法の勝負をする。負けたら仕方ない。なんとか明日までに帰る方法を考えようぜ)
「ねぇ、フェイトちゃん、今の状況不公平だと思わない? 私デバイスないから、力ずくじゃかなわないよ…… 」
私はフェイトの後ろめたさを刺激しながら、対等の勝負に持ち込む。フェイトは了承してくれた。う~ん、おにいさんそんな素直すぎるフェイトの将来が心配です。
(よくやったわ。これで勝つる)
×1
先ほどのは裏腹にカナコの声は弾んでいる。気持ちはわかるが早すぎませんか?
私たちは人気のない場所に移動すると、十メートルくらい離れて向きあう。ちょうど夕方だ。なぜか強い風が吹いてと枯れ葉が舞っている。決闘にはふさわしい場面だ。
いつのまにかアルフが私たちの間に立っている。審判?
「勝負は無制限一本勝負、気絶または参ったと言ったほうの負け、フェイトが勝ったら素直に付いていくんだよ、アンタが勝ったら今回は見逃す」
あきらめるってことはないわけね。
(ふふふっ デバイスないなら負ける要素はないわ。あの子スピードはあるけど、動きは単純だから容易にカウンターを当てられる。あのスピードが命取りよ。正面衝突すれば2tくらい打撃になるはず、その後は投げ飛ばしてあげるわ)
おいおい、カナコさん、アンタ投げる方が専門じゃないのか? なんで打撃技にも精通しているんだよ。
きゅぴ~ん、きゅぴ~ん
×3
んっ!? 何だ今の音は、
(そんなにうまく行くのか? フェイトの目、真剣だぞ)
(大丈夫よ。あの子とは一度戦っているもの。それに私には體動察の法があるわ。敵の肉体の筋肉・表情・呼吸の微妙な変化を察知し、その動きを完璧に予見できる。たやすいことだわ。)
きゅぴ~ん、きゅぴ~ん、きゅぴ~ん
×6
前から思っていたけど、血の気の多いカナコさんだった。それにさっきから嫌な数字がカウントされているんですけど、カナコは気づいていないのだろうか?
「じゃあ始めるよ。レディーーーGO」
アルフの掛け声を共に、フェイトは矢のようなスピードで突っ込んでくる。
早ッ!!
フェイトは魔力を込めた左拳をこちらの顎に向けて突き出す。
(早い!! でも予想通り。甘いわフェイト!! )
きゅぴ~ん
×7
カナコはニヤリと笑うとフェイトの左腕に交差させるように、魔力の込めた右拳を繰り出すと身体ごとを地面に向けてフェイトの顎を打ち抜いた。フェイトの左拳は首を傾けてギリギリ避けている。
クロスカウンタァーーーーーーーー
すさまじい衝撃音が響く。カナコの予告通り衝撃にして2tのパワーが炸裂した。
完璧な一撃だった。
「 ……あっ!?」
フェイトはゆっくりと崩れ落ちていく。もはや立つことはできないだろう。
(勝ったわ)
カナコは勝ちを確信した。私もそうだ。
きゅぴ~ん、きゅぴ~ん
×9
あれっ? まだ聞こえる。
「 ………………母さん」
きゅぴきゅぴきゅぴ~~~ん
×20
何ですとーーーーーーーーーーー
倒れるかと思われたフェイトだったが、上半身がほとんど床に着きそうな位置から、足を踏ん張る。身体の筋肉をきしませながら、右手に魔力を集中させる。こっちはさっきの一撃で体勢が戻っていない。
(そんな! さっきの一撃で倒れないなんて!! 右に魔力を集中!? まさか、食らうのは承知の上だったの? )
フェイトの利き手は右手だ。最初の一撃は左だった。ということはフェイトは食らうのは覚悟の上で全力で左の一撃を放ったのだろう。攻撃に耐えて、次の自分の攻撃を確実に当てるために……
フェイト恐ろしい子。
ああ、これはまずいな。私たちにさっきから聞こえていた音は負けフラグがカウントされていく音だったんだ。次のフェイトの反撃の威力がフラグの数だけ倍加される。つまり20倍もの威力一撃だ。
うんっ、オーバーキルですね。
フェイトの一撃が迫ってくる。スローモーションだ。人は死ぬとき自分の一生が走馬灯のように見えるという。私には記憶がないけれど、暗い部屋でパソコンをカタカタやっている自分の姿が見えた気がした。
(きゃああああああああああああああああああああーーー)
カナコの悲鳴が聞こえる。その音と共にわき腹への衝撃と自分の身体が高速で横回転しながら空中に上昇するという、これは死ぬレベルの感覚を味わいながら意識を失った。
次に気が付いたのはフェイトのこの世界での拠点だった。
カナコは私より先に意識を取り戻して、対策を練っていたようだ。こうなった以上プレシアと交渉するつもりらしい。疑い深くあのおかーさんさえ信用していないカナコしては楽観的な考えだ。それについて聞くと、
(信じて行動しなければ今は身動きが取れないわ。私たちの運命を他人に預けるのは気に入らないけど、仕方がない)
(でもカナコ、ウチのおかーさんにも厳しいのに、プレシアはいいのか? )
(そうね、確かに壊れているかもしれないわねプレシアは。でも、残酷な現実を覆すために、どこまでも目標に到達するために厳しく生きているわ。結局報われなかったかもしれないけど、そういうところに惹かれているのかもしれない。プレシアの目的ははっきりしてるから、交渉もしやすいと思う。それから、今回は私が出るわ。あなたには私と希の世界を警護してほしい。プレシアとの交渉は能力使える私の方が話が早いし、プレシアとの接触は希にはストレスだから黒い影との戦いになる可能性が高いわ。プレシアとの交渉内容は後で話すわ)
(いつ交代する? )
(プレシアに会ってからでいいわ。私、外に出るとすごく疲れるから、今は休むわね)
目を開けるとフェイトがいる。アルフも一緒だ。覚悟を決めよう。
「じゃあ、フェイトちゃん行こうか」
「ごめんなさい。あなたにどうしても会いたい人がいるの。私の大事な人なの」
フェイトは勝ったにも関わらず、申し訳ない顔をする。いい子だ。
前世では恋敵で今でもなのは様の心を掴んでいるから、複雑な思いはある。しかし、その境遇を思うと幸せになってほしい。その役目はこの世界でもなのは様なんだろう。
あれっ!? なんか涙出てきた。振られたような心境だ。
ええい、今は考えるな。目の前のことに集中しよう。笑っていればいいことあるさ。
こうして、俺たちは意図せず、プレシアの待つ時の庭園に行くことになった。海鳴市から時の庭園に移動して、フェイトの案内でプレシアに会った。そのプレッシャー並じゃなかった。今までで一番強かった。希レベルの症状はかなり堪えたが、ここでカナコと交代した。
俺はカナコが交渉している間、この図書館を守る。途中でカナコと一緒に紫の雷を使う黒い影が現れて、カナコは急いで現実に戻り、俺は一人で戦うことになったが、アトランティス最終戦士の前では敵ではなかった。
……ふっ 久しぶりにディスティの貫通弾の威力を堪能できた。
帰ってきたカナコは最初はいつもの軽口で「時間かけすぎ、でもよくやったわ」と言っていたが、黒い影が紫の雷を使ったことを教えると顔色が変わり、驚愕の表情でこちらをみると、黙ったまま自分の部屋に行くと言っていなくなった。
俺が次に現実で目が覚めたのは学校で一時間目の授業が始まるところだった。
首には黒い十字架がかけられていた。おお、カッコいいじゃないですか。カナコはプレシアとうまく交渉できたようだ。良かった良かった。
その日は身体は疲れていたようで、一限目が終わった後、保健室に行くことになったが、担任の先生がえらく心配してたな。あんまり近づいて欲しくないんだけど、もしかして、小さい女の子とか好きなんだろうか?
それだったら担任として問題がある気がする。
結局その日は早退した。おかーさんが迎えに来てくれた。歩くのは無理だったのでタクシーに乗ることになった。おかーさんは前と同じく笑顔だったが、汗をだらだらかいて明らかに無理をしている様子だった。これだけ苦手だと気になる。
その日のおかーさんはやはりトイレに駆け込み、ご飯を食べることができなかった。おかーさんごめんさない。それからうそついてごめんなさい。
作者コメント
希と男となのはをからめたように、カナコとフェイトとプレシアをからめていこうと考えてます。