第十七話 アリサと温泉とカミ
私たちは温泉宿にいる。これから二日間滞在予定だ。ウチの家はおとーさんは仕事、おかーさんは車が苦手なので行くことができなかった。とても残念そうにしていた。希ちゃんの症状についてはみんな知っている。桃子さんは慣れたのでOK、美由希さんと忍さんは近すぎなければ大丈夫、ファリンさんは残念ながらアウト。
気をつけていれば大丈夫だった。
今は待ちに待った入浴タイムだ。私は心は男で、どうすればいいか葛藤していたが、アリサに無理矢理引っ張られてここまできてしまった。
正直に言おう。それはただの言い訳だと、私はここに無理矢理連れてこられたという免罪符が欲しかったのだ。
理想郷はすぐ目の前に広がっていた。しかし、みんなが服を脱ぐ光景を見ながら、私の心は熱くなるどころか逆に冷めていく。その感覚に戸惑いながら答えを探して、私の理解者でもあるはずのカナコに話しかける。
(なあ、カナコ、俺さ、この世界でなのは様に出会って、ここに到達するのを夢見てた。最終到達点と言ってもいいよ。今俺は夢見た舞台に上がっている。けど、なぜだろう? このむなしさは、……例えるなら、世界最高の絶景と聞いてさ、あれこれ想像してきっと心が震えるような体験ができるに違いないと思って行ってみたら、ぜんぜん、想像とは違って、逆にがっかりしたみたいな)
(話長いわ。あなたは女の子よ。性は精神より肉体が優位ってことじゃないの? たまに反逆する人もいるみたいだけど、どんだけらぶちゅーにゅうDXみたいに)
(ああいう特殊部隊と一緒にされたくないなぁ。男の俺は哭いてるぜ。でもこれは女として、しっかりお勤めしろってことなんだろうな)
しみじみ思った。そんな私にアリサはかまってくる。
「希、アンタ、何景気の悪い顔してるのよ。せっかく温泉来たのに」
「ごめんね。アリサちゃん、こういうとこ来たことないから恥ずかしくて…… 」
淑女のたしなみで、恥ずかしがってみる。
「何いってんの。女同士でしょ。こっち来なさいよ」
アリサは私の手を引っ張る。よく見ると、タオルを巻いて可愛らしい格好だ。もう少しひたりたいが、周囲が楽しそうにしてるのに場を盛り下げるのは心苦しい。
私も女の子として振る舞おう。
あ、ユーノ君どうしよう? 着替えのときは髪でうまく隠したけど、まあ見逃してやろう。私の裸を見せてやるつもりはない。後でネチネチいじめてやるから ……くくくっ、ここは恥ずかしそうに振る舞っておけば、こうかはばつぐんだろう。私は周囲をチラチラみながら下を向いて、体をうまく隠しながら洗う。
「よし、綺麗になったわ。ユーノ、次はの・ぞ・み、ふふふっ、な~に恥ずかしがってるのよ」
ユーノ君を洗って満足したアリサは私にターゲットを変えたようだ。いや恥ずかしいんじゃなくて、ユーノ君を気にしてるだけなんだけど……
「こんなタオルがあるからいけないのよ。希、取るわよ」
「ちょっとアリサちゃん、や、やめてよ~」
アリサは私のタオルを取ろうとする、楽しそうだなアリサ。私もユーノ君に見られるのはごめんなので抵抗するが、こういう場合は守勢の方が不利だ。少し粘ったが結局タオルを取られてしまった。ごめん希ちゃん、私は心の中で希ちゃんに謝る。
「ううっ、恥ずかしいよぅ~ 」
一応女らしく、抗議をするが、何かアリサの様子がおかしい。答えが返ってこない。よく見ると呆けたような顔をしている。
「ご、ごめん。し、知らなかったの。私、アンタが一緒に入りたがらないし、身体を隠そうとするのが気にいらなくて…… 」
呆けた顔から急に深刻な表情になる。泣きそうな声だ。アリサの視線は全裸になった私の身体に向けられていた。
ああ、そうか。
私の身体は傷だらけだった。最初の頃より薄くはなっているが、見ていてあまりいいものではないだろう。私は申し訳ない気持ちで力なく笑顔を作るとアリサを声をかける。
「その、何て言うか ……あんまり見てて気持ちいいものじゃないし、ごめんね」
アリサの顔がみるみる崩れて涙が流れてきた。
「ごめ、……ごめんなさい」
アリサは泣いていた。あの気の強いアリサが……
私はショックだった。
こっちこそごめん。
せっかく盛り上がっていた場面を暗くしてしまったことを心のなかでわびる。なのは様とすずかも目を伏せて暗い顔をしている。
こういう場面は苦手だ。
自分が身体を借りて好き放題やっている事実に直面させられる。
希ちゃんがどんな目にあったかはわからない。考えるだけで恐ろしくなる。でも、それはどこまでいってもひとごとに過ぎない。私のことではないからだ。だから同情されても困る。私には資格がない。居心地が悪い。
看護婦たちのあの哀れんだ目を思い出す。その目はやめて欲しい。同情するのは勝手だけど、残念でした! 私は可哀想な子じゃない!! 中身は違うし、昔はそうだったかもしれない。でも今からは幸せになるんだ! 希ちゃんと一緒になのは様やみんなと楽しい学園生活を送るつもりなんだ。
アリサの嗚咽だけが響く。誰もこの重い空気のなかで口を開くことができなかった。
この重い空気は私が招いたことだ。だから、楽しい雰囲気を他でもない私が取り戻すんだ、取り戻してみせる。
ここに悲しい場面はふさわしくない。楽しい思い出にするんだ。
よしっ!!
私は決意をすると自然と笑顔になる。アリサちゃんを抱きしめる。そして、アリサちゃんの耳元でささやく。
「泣かないで、アリサちゃん、いつも元気なアリサちゃんが泣いていると私も悲しいよ。私のことは気にしないで、ちょっと恥ずかしかっただけだから、この傷だって時間が経てばそのうち目立たなくなるから、ほらっ! 涙ふいて」
アリサの涙をぬぐう。目は赤い。まだ感情の整理ができないのかな? それじゃあ、私はある提案をする。
「そうだ。アリサちゃん、身体を全部洗ってよ。丁寧にだよ。私髪の毛多いから、特に洗うの大変で、シャンプーなんて一回で一本なくなるんだから、綺麗にできたら、さっきのことは許してあげる。あっ、首と肩はダメだ怖いから」
アリサは目は赤いままこちらを見ている。私の話を聞くうちにだんだん真剣な顔になってきた。大丈夫かな? もうちょっとフォローがいるかな? 私がそう考えた始めたころアリサはゆっくり深呼吸すると、
「わかったわ。綺麗する。綺麗にするわ」
アリサは神妙な顔で答えた。それから、私の身体をおずおずと洗い出す。くすぐったい。半刻ほどアリサに身体を洗われる。少しのぼせた。
髪を乾かすのが大変だった。
風呂から上がると、いつもより大人しいアリサだった。だから、私は普段より元気を出して、三人を引っ張る。そんな私にみんな戸惑っていたが、時間が経つと普段のペースに戻っていた。
よかった。ようやく本編らしくなってきた。
私はアリサに笑いかける。すると、アリサは目を大きく開いて驚いた顔をした。どうして驚く?
「は~い、オチビちゃんたち」
赤毛の女が近づいてくる。あ!? アルフこんなときに来るとは、せっかくみんな気分良くなったのに水を差されたくない。一応準備してきてよかった。
「こんにちわ。おねーさん、どうかしましたか? 」
「へぇ~アンタが… 」
アルフはこちらを見下したような目でみる、挑発されているな。少し驚かせてやろう。
くらうがいい。メルマック星人!
「失礼ですが、おねーさん少し臭いますね。これ使ってください」
私はふところに手を入れてスプレーを取り出すとアルフの鼻先にシュとふりかけた。
「ぎゃああああああ」
と悲鳴を上げてアルフは逃げ出した。柑橘系の強力な香水だ。いくら使い魔とはいえ急にされれば驚くだろう。所詮は犬、いや狼か。
「希ちゃん、今何したの? 」
「あのおねーさん少し動物の匂いがしたから、香水してあげたの。まさか嫌がるとは思わなかったよ。ほらコレ」
私はなのはちゃんたちの前でスプレーをすると柑橘系の独特の匂いが広がる。
「へぇ~いい匂い。でも人によってはキツいかも」
すずかは気に入ってくれたようだ。おかーさんの香水の中から強力そうなやつ選んだ。そういえば、匂いによっては私の気分悪くなったけど、どんな香水だったかな? 花の香りだったような?
おお、そうだ。なのは様へ情報を伝えなければ。
なのは様にこっそり近づいて、耳打ちする。
「あの人、ふつうの人間じゃないね。宝石ついてたし、魔力からして、この間の子の関係者だと思う」
「えっ? そうなんだ」
少々のアクシデントはあったものの、おみやげ見たり、卓球したり、楽しく過ごした。
アルフ? 居たかなそんな奴? 茶色いモップみたいなエイリアンは見てません。はーはっはっは。
遊び疲れて部屋に戻ると、なぜか大人たち目が真っ赤だった。何があったんだろう? 特に桃子さんは「ごめんね」と断りを入れてから私に抱きしめてきた。どうしたの? と聞いてもみんな何でもないと答え、そこだけがこの旅行の初日で不可解なことだった。
夕食、残念ながら私は人が調理したものは食べられない。せっかくおいしそうな匂いするのに…… みんなも私だけが食べれられないことに残念そうな顔をしている。
おかーさんが作ったものなら平気なんだけど、ここにおかーさんがいないのが悔やまれる。
みなさんお気になさらずに、私にも食べられるものがあるんです。
わかめだ。
命の源と言ってもいい。
特別メニューで用意してもらったどんぶり一杯に山盛りになったわかめを食べる。ひたすら食べる。
びゃあ゛ぁ゛゛ぁうまひぃ゛ぃぃ゛
私はこれが好きなんだけど、おかーさんあんまり出してくれないから困っていた。久しぶりに満足にワカメを食べて私の髪も喜んでいるみたいだ。
このあいだのドッジボールで勝つためとはいえ酷使したから、ねぎらってあげないと、ごめんよ~私の髪、ちゃんと手入れしてあげるからねぇ~
ああしあわせだ。これだけで生きてける。
「希ちゃん、おいしい?」
なのは様が聞いてくる。
「うん、もちろんだよ」
私は満面の笑みで答える。
「そ、そうなんだ。希ちゃん、髪の毛、ワカメ…… 何でもない」
なのは様は他にも言いたそうなかんじだったが、結局何も言ってくれなかった。なのは様だったらなんでも答えるよ!
最初は暗かった空気も私が食べてるうちにいつのまにか明るくなり、みんなワイワイ言いながら食べるようになった。
ご飯は楽しくに食うのが一番だもんな。
夜中
なのは様は出かけたようだ。私もついていきたかったが、カナコの反対があった。この前のは力試しで今回は必要ない。戦っても勝てる相手ではないし無用の挑発で相手を刺激したくないらしい。お互いにねと皮肉を加えられた。
何より、アリサが抱きついてきて離さなかったから、私もあきらめた。
すずかは寝ぼけながら噛みつこうとしてきた。ほんとに寝てたんだろうか?
次の日の朝、私はアリサを温泉に誘った。わだかまりをなくしたい気持ちと何よりアリサに楽しい思い出を作って欲しかったからだ。温泉に入り、特にすることがなかったので身体を洗うことにした。
「ねぇ、希、シャンプー取って」
「はいはい」
私はにゅると髪を伸ばす。
「ありがとう、アレ? アンタどうやって渡したの、手じゃないわよね」
「コレよ」
私は髪の毛に魔力を通すと、硬度を変えて手のような形を作る。
「きゃああああーーーー」
アリサは悲鳴を上げて後ずさり、しりもちをつく。私は立ち上がりアリサに近づくと、
「ふふふっ、アリサちゃん、とうとう知ってしまったわね」
私は邪悪な笑みを浮かべてアリサを見下ろす。
「最初に会ったときからウネウネしているとは思ってたけど、やっぱり妖怪だったのね」
妖怪? なるほどそういう解釈もできるわけか。
「アリサちゃん、私が怖い? 」
私は沈んだ顔を作るとアリサははっとした顔で首を振る。
「こ、怖くないわ」
なぜこんなことをしたか? 目的はふたつある。この力便利だから日常的に使えるようにしたいのだ。もうひとつは、アリサと秘密の共有をして友情を深めるためでもある。
「なのはちゃんとすずかちゃんもまだ知らないの。知っているのはアリサちゃんだけだよ。ふたりにもそのうち話すけど今は内緒にしておいてね」
「わかった。アンタが話すまで秘密にする」
物わかりが良くて、大変結構です。
「それから、私ここに来て良かったと思うよ。いろいろあった気がするけど、今は友達がいて楽しいし、これからもずっとそうだよ。だからずっと笑っていよう」
「アンタって… 」
アリサは何か言いたげな顔をしている。
また、そんな顔するんだ。
空気が重くなる前に変えてしまうか。
「じゃあアリサちゃん、この髪で洗ってあげるね」
髪の毛に魔力を展開して、何本もの細長いホースに形を変える、硬度をスポンジくらいかな。
アリサの身体に這うように巻きついていく。
「ち、ちょっと待って、希、それだめ」
動くな、動くな。
「大丈夫。痛くしないから」
じたばたしない。大人しくしましょうねぇ~
「やらぁ、ちょっと許して …あっ」
アリサの声が響く。ちょっと艶っぽいけど、くすぐったいだけだろう。私の身体で一番大事なところで洗うんだから、もっと喜べばいいのに、
さあ気合いを入れて洗おう。床屋さんがするような髪の洗い方を意識しよう。記憶にないけど…
「んんんんっ~~~ 」
アリサは洗っている途中で声を響かせながらパタリと気絶してしまった。まだピクピクしている。粗相もあったが、これは彼女の将来のために伏せておこう。女同士だし問題ないよね? まだまだ子供のようだ。
思う存分洗って、カミノチカラを確かめる。細かい動作も繊細な力加減も可能で、改めていろいろ応用の利きそうな能力だと実感した。もしかしたらワカメ効果もあったのかもしれない。乾燥わかめを常備することも検討しなければならないだろう。
風呂の後、ドライヤーで乾かすのは面倒だったので髪の毛を振動させて乾かす。なんか低周波のような耳障りな音が出た。あとドアノブ握ったら静電気が… イタイ。フェイトの電撃よりしびれた気がする。
気絶していたアリサは低周波で目を覚ました。のぼせたのか顔が赤い。なんだかこちらを見る目が潤んでいるようだけど気のせい。気のせい。
こうして、私たちの温泉旅行は終わった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
アリサ視点
アタシにとって希は不可解な人間だ。普段は誰よりも子供っぽくてバカでおもしろい子だけど、ときどき同じ年とは思えない一面を見せる。
喫茶翠屋で見せた希は理解不能で、人はどんなことであんなに恐怖で顔を歪めることができるのだろうかと恐ろしくなった。西園先生は希の病気については教えてくれたけど、どうして希はこんなことなったかは教えてくれなかった。
気になったのでママに相談したら、ママは悲しい顔でどんなことがあっても自分から聞いてはダメということと前と同じように友達でいてあげなさいと言われた。どうして希は何も教えてくれないのって聞いたら、
「友達だから話せないこともあるのよ。知らないほうがいいこともあるわ。ママは怖い。希ちゃんに何があったか聞くのが… きっと呑みこまれてしまう」
そう言ってママはあたしを抱きしめる。
ママは震えていた。よく知らないはずのママが怖がるなんて、アタシにはそれがショックだった。世の中には知らないほうがしあわせなことがあることをこのときアタシは初めて知った。
希のお見舞いに行ったときも、普段と変わらないみたいだった。翠屋の事も逆に気を使われてしまった。それに桃子さんに謝りにいくみたいだ。あんなことがあったのに……
希のことが分からなかった。
その事件以来希は相変わらずなのはにかまって、バカやって、ユーノを見つけてから、なのはが何かに悩んでいることが気になって、あの事件の事はすっかり忘れていた。
いや、希の病気はそのままで、アタシたちに隠さなくなっただけだ。それに合わせて、日常の中で大人の女の人をどうするかが対策を立てるのが当たり前になっていた。もしかしたら、ママが言っていたことはこういうことだったのかもしれない。希も今の状況を望んでいたんじゃないかと考えるようになった。
そして、温泉の日……
アタシは浮かれていた。なのはとすずか、ユーノ、そして、希と楽しい時間を過ごせるのだから、ユーノは何だか変に暴れてたけど、洗っていて楽しかった。
次のターゲットは女同士なのに恥ずかしがる希だった。一緒に入ってからも、ちっとも楽しそうな顔をしない。少しムカついたから、希のタオルを取ってやろうとした。
希は珍しく抵抗するから、アタシもムキになって強引になってしまった。本当はこのときに気づくべきだったのに……
目に入ったのは傷だらけの身体だった。痣や切り傷、背中は火傷のような傷がある。よく見ると腕と足にも薄くなっているけど傷の跡がある。
どんなことがあればこんな傷ができるのだろう?
希はバツが悪そうに
「その、何て言うか ……あんまり見てて気持ちいいものじゃないし、ごめんね」
答える。
……なんでそんなこと言うのよ!
悪いのは私なのに。
私はすずかからリボンを取り上げてからかっていた最低の自分を思い出す。
自信家で、わがままで、強がりな、今思い出すと腹立たしいし、恥だと思ってる。
なのはに頬を叩かれて、喧嘩して、大人しかったすずかに止められて、それから、少しずつ話して仲良くなって、今の自分がある。この事件がなければ私はきっと最低な自分のままだったと思う。
変わってない。
私は同じ事を繰り返している。最低だ。なにより、みんなの前で希の見られたくないもの見せるなんて……
情けなくて、申し訳なくて、どうしたいいかわからなくて涙が出てきた。
柔らかい感触がする。耳元で声が聞こえる。
「泣かないで、アリサちゃん、いつも元気なアリサちゃんが泣いていると私も悲しいよ。私のことは気にしないで、ちょっと恥ずかしかっただけだから、この傷だって時間が経てばそのうち目立たなくなるから、ほらっ! 涙ふいて」
希だった。希はいつもと変わらない。いつもの調子で冗談みたいに軽く流してしまった。
どうして?
希は温泉に入りたがらなかった。だから、アタシが無理矢理連れてきた。服を脱いでも、どうやっているのか不思議だけど髪の毛で身体の傷をうまく隠してた。入ってからもずっと周りを気にしているみたいだったから、見られたくないのはずなのに……
どうして怒らないの? どうして笑っているの? どうして優しくしてくれるの?
どうして
許してくれるの?
温泉から上がってもアタシの頭はどうして? と言う言葉がぐるぐる回っていた。
希はいつもよりはしゃぐ。さっきまで、大人しかったのに、不自然なくらい明るく楽しそうに振る舞う。それにつられてすずかとなのはも笑顔になる。アタシもそれどころじゃなかったけど、アタシだけ暗くしているのもどうかと思って楽しそうにしているうちに本当に楽しくなってきた。
希は私を見て、にっこり笑う。
まさか? こうなって欲しかったの?
すごい……
私はこのとき初めて希を尊敬した。
そんな、私の思いなど関係なく、希はいつも以上に奇怪な行動でみんなを驚かせる。
希の病気は非日常で暗い影を感じさせる。でも希は道化を演じてその影を払拭してしまう。考えてみると、主婦を暗殺者と言ったり、エイリアンとかいうのも奇抜ではあるけど、この子なりの病気との向き合い方なのかもしれない。
食事のときだって、本当に幸せそうな顔でワカメだけを食べていた。みんないつのまにか微笑ましくみつめていた。その顔は本当に幸せそうでワカメだけしか食べられないことがぜんぜん気にならないみたいだった。
そんなわけないのに。
でも信じてしまいたくなるような顔だった。いつのまにかみんな明るい顔になっていた。
次の日、希から温泉に誘われた。気を使いすぎなのよ。
ここでの出来事はいろいろありすぎて、ごちゃごちゃしている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・股、……じゃない。また、洗ってもらおう。
家に帰りつく。頭の中はなのはのことも気になっているけど、希のことでいっぱいだ。秘密も知ってしまった。希のことを考えるとお腹のところが熱っぽくなる。どうしてだろう?
希はいつも周囲が笑顔でいれるように、周囲に気を使わせないために、自分の悲しさを奥に秘めて、道化を演じている。
「それから、私ここに来て良かったと思うよ。いろいろあった気がするけど、今は友達がいて楽しいし、これからもずっとそうだよ。だからずっと笑っていよう」
そう確信したのは希のこの言葉だった。
アタシにはとても届かない。
どうすればこの子みたいになれるのだろう? わからない。またママに相談してみよう。するとママからは違った答えが返ってきた。
「違うのよアリサ、希ちゃんの年で感情を抑えて、周囲に気を使うなんて悲しいことだわ。あなたたちはもっと怒っていいし、悲しんでいいの」
「どうして? ママ」
「今は心を育てる時期なの。いろんなことに泣いたり笑ったり怒ったりして、成長していくのよ。感情を抑えること覚えるのはまだ先でいいの」
そうなんだ。
ママは希が感情を押さえなくてもいいんだってことを教えてあげなさいと教えてくれた。
希、覚悟してなさい。これからもどんどんひっかき回してあげるから。
アタシはアタシの新しい親友のために固く誓うのだった。
作者コメント
ギャグにするつもりが、別の電波を拾ってしまった。
……まあ、いいか!
今週末から、しばらくネットが使えなくなるので、週末更新になる予定です。