第十二話 ないしょのかなこさん
今、私は自分の部屋だ。少し赤くなってヒリヒリする左頬を押さえながら、先ほどのやりとりを思い出していた。
ピシャリ
おかーさんに言い訳しようとしたが、いきなり頬を叩かれた。
私は突然のことで何が起こったかわからず、唖然としてしまった。こういうことをされたのは初めてだった。痛いです、おかーさん。
「こんな時間にどこに行ってたの? 」
おかーさんの声は小さく低く、こもるような怒りを感じさせた。私はいままでにないおかーさんの態度に縮みあがった。
「あ、あの …おかーさん、ごめんなさい。」
私は消えるような声で答える。
「どこに行ってたの!! 」
今度の声は大きく強く、詰問するような声だ。その迫力に私はすっかり参ってしまった。もはや、何を聞かれても答えるだろう。
「動物病院に、今日、見つけたフェレットが気になって」
「こんな時間に行くなんて何考えてるの!! おかーさんとおとーさんがどれだけ心配したと思っているの!!! 」
おかーさんは悲鳴のような大きな声で、涙を流しながら訴える。これがトドメだった。
「ごめんなさいごめんなさい。わ~ん」
私は心は大人のはずなのに、子供にように泣いた。思い出すとすごく恥ずかしい。
その後、家に入るとおとーさんのお説教コースが待っていた。今どき正座で一時間なんて前時代的なことをするなぁ。最後に言われたのはしばらく外出禁止である。これには再び泣きそうになった。しかも、次の日曜までだから、ジュエルシード集めを3回も立ち会えないなんて、痛恨の一撃である。
ああ、疲れたもう寝よう。
だが、今までは前半戦、次は後半戦だった。
気がつくと希ちゃんとカナコの世界だ。カナコは腕を組んで、冷たい目でこちらをみてる。
「あなたには失望したわ。よくも騙してくれたわね」
「いきなり、それはないんじゃないでしょうか? 」
「わたしは言ったわよね。今日の事件はあなたにかかっているって、それが何よあれ! もっとましに動けないの? 」
「そう言われても、急に来たから、さっぱり反応できなかったんだよ」
うん。俺は悪くない。運が悪かっただけだ。そんな俺にカナコは皮肉で返す。
「アトランティスの哀愁戦士なのに? 」
「最終戦士だよ。まだ、魔導師として覚醒してないしな」
「それでも、あのくらいは反応して欲しいわ。音と気配でわかったはずよ。私が念のため予備動作をしてたから良かったけど、当たったら危なかったわ。そもそも、アトランティスの最終戦士って何よ。怪しすぎる。この世界の未来がわかるからって信じた私が馬鹿だったわ」
「ちょっと待ってくださいカナコさん、俺の存在意義を否定しないでいただけませんか。それから、あなた、どこの達人ですか? 気配とか、なんでそんなのわかるんだよ」
「あのくらい反応は普通じゃないの? 私、生まれたときから使えたわ。見えなくても近づいてくるのはすぐにわかったわよ」
何でもないように言うカナコ。だが俺にはある疑問が湧く。カナコは自分を基準にしていて、他人のレベルがわかっていないんじゃないだろうか? 意外と世間知らずなのかもしれない。
「カナコ、普通の人間は見えないものの動きなんてわからないぞ。俺だって、魔力が覚醒してなければそんなもんだよ」
カナコはたじろぐが、すぐに睨みかえしてきた
「う、うるさいわね。ちょっと勘違いしてただけじゃない」
開き直りましたねカナコさん。他にも気になることがある。
「希ちゃんとカナコは一体どんな人生を送ってたんだ? 日本にいたのか? どっか別の国にいたとか、実は家族とは仮の姿で傭兵一家ってオチはないよな」
「いいとこついてるって言いたいけど、傭兵一家って何よ。ハリウッドの見すぎよ。それからちゃんと日本にいたわ。あなたの周りの人間は普通の人間よ」
「じゃあ、カナコは何者? 」
「それは前に話したわ」
「そうじゃなくてさぁ。俺は確かに特殊な記憶があるけど、カナコだって現実でもあんなのに反応できるんだったら、ただ者じゃないはずだ」
「さあね、もしかしたら、あなたと同じアトランティスの究極戦士なのかも」
少し苛立つ俺をカナコは煙に巻こうとする。切り口を変えてみるか。
「それはいいよもう。代わりに答えてくれ。危険から守るためだったら、外にはカナコが出ればいいじゃないか? どうして外にでないんだ? 」
カナコは少し考えて答える。
「私は表に長く出続けることができない。あなたは一日でも一週間でもずっと外に出てられるけど、私にはそれができないの。出続けるのは一日が限度ね。優先する仕事があるし、ここ黒い影たちがねらっているのよ。
それに、ものすごく疲れるの。私の今の仕事に差し支えるわ。それが一番困るの」
「なんで俺は出続けることができるんだ? 」
「さあ、鈍いからじゃない? 」
「なんだよそれ、まじめに答えろよ」
「言えないのよ」
「また、それかよ」
「言わないんじゃなくて言えない。ここに何か感じて欲しいわね。団長さん」
「どこの強キャラピエロと額十字入れ墨だよ。でも何となくわかった。他になんかないか? 」
「じゃあ、今後の方針について少しね。これを見て」
カナコが頭上に手をかざすと光がはじけて、一冊の本が落ちてくる。本は空中ですっとカナコの手に収まる。見た目は茶色く分厚い本革の本で魔導書みたいだ。
「これは希の本の写しね。私が管理用に手元に置いてるの。名前は希のちからの名前をもらって、希プロファイルっていうの。これまでのシンクロについて書いてあるわ。」
「へぇ… 」
カナコが本を広げるとほとんど白紙だが、少し何か書かれているようだ。4項目ある
① シンクロイベント ともだち
② シンクロイベント 黒い影に立ち向かう
③ シンクロイベント 魔法少女は実在する
④ シンクロイベント いたずらな幽霊少女
「短期間で4つよ。シンクロの効果はすでに説明してあるわよね」
「ああ、希ちゃんの心の傷を効率良く癒すイベントなんだよな」
「そうよ。思った以上の成果が出てる。これからはもっとシンクロイベントを意識してね」
カナコの声は弾んで嬉しそうだ。しかし、俺はふと疑問に思ったこと聞いてみる。
「おかーさんはシンクロイベントに含まれないのか? 」
「おかーさん? …なんで百合子が出てくるのよ! 」
さっきまで嬉しそうだったカナコは目に見えて不機嫌になっていく。
「百合子って… なあ、前から聞きたかったんだけど、カナコは希のおかーさんが嫌いなのか?」
「嫌いだわ」
きっぱりと言う。
「どうして? 」
「あなたにとってはいい母親かもしれないけど、私にとってはそうとは限らないわ。考え方や立場が違うから当然ね。評価はしてるわよ。希の心の病を理解して、希用の食事の作り方、接触の仕方を考えている。希が食べるものが増えたのも百合子との接触に不快感が薄いもの全部百合子の努力の賜だもの。でも、この家はカッコウの巣の上だけどね」
カッコウ? なんだそりゃ。
「そこまで、評価してるのに嫌いなのか? 」
「理性が認めても感情が認めないわ。わかりやすく言うと嫉妬なの」
「嫉妬か。意外だな」
カナコはあんまり感情とかに振り回されないイメージを持っていた。それに嫉妬とかあまり認めたくない感情ではないのだろうか?
「そうでもないわ。百合子がしていることは、私がしたいことだもの。もし、私に肉体があれば必ずそうしてるわ。かなわない願いだけど」
「カナコは希ちゃんのおかーさんになりたいのか? 」
「おかーさん。 …そうね。そうだと思う。でも今の関係で満足しないと贅沢だわ。いま私がやってることだって、きっとあの子のためになる」
その表情は柔らかく、優しいおかーさんのようである。カナコは希ちゃんのことを思うときはこんな顔になる。カナコはなんでそこまで希ちゃんにこだわるんだろう? 見た目は同じくらいにしか見えないしな。
いろいろ考えることはあるが、今は話を戻そう。
「カナコ俺の最初の疑問に答えてない」
俺が聞くと、カナコは少し間をおいて答える。
「そうね。私が考えるのはシンクロイベントは友達との関係から生まれているわ。子供には親より友達を優先したい時期あるわ。そうやって親から離れて周囲と関係を作って自立していくの。正しい成長の過程よ。あなたはまだ母親のおっぱいが恋しいのかしら? 」
カナコはいたずらっぽく微笑む。 …なんというか照れる。
「からかうなよ。そんな年じゃない。でも、友達云々は確かにそうだな」
俺が納得して答えると、カナコは下を向いている。あれ?
「どうかした? 」
俺が聞くと、カナコは困ったような顔をしている。
「さっきのこと。私、あなたに話していないことがたくさんある。それが何なのか今は言えないけど、ちゃんと意味があるからそうしているということを信じてほしい。少しだけ言うなら、あなたという存在の存続に関わっているの。そして、強くなったとはいえあなたはとても儚い存在なの。あなたがいなくなるのは困るわ」
「ああ… 」
いろいろ疑問はあるが今は問わないことにした。
作者コメント
今回はあまり進みませんでした。
意味深なことばかりですいません。ちゃんと広げたふろしきたたみますからご勘弁を。