第十一話 シンクロ魔法少女ならぬ○○少女?
日本の治安を守るお巡りさんに見つかった。考えてみれば当たり前だ。こんな時間に小さな女の子が歩いていれば補導されるに決まっている。まだ背中から声かけられただけで顔は見られてない。すぐ角を曲がればなんとかなるか。
私はふり返る間もなく走り、右手の細い路地に入る。
「あ、コラッ! 君、待ちなさい」
お巡りさんは不意をつかれたのか、慌てて声をかけてくる。誰が待つかよ。はははっ、また会おう明智君。…誰だよ?
細い路地を抜けていくが、右腕と右目を怪我していて、思ったより走りにくい。このままじゃ追いつかれるような気がする。
「痛ったぁ~ 」
急に右腕に痛みを感じて立ち止まると、右腕の肘の近くから血が出ている。狭い路地と右目が見えないせいで、気づかずに右腕を壁にこすって怪我をしたらしい。尖ったところだったらしく、血は勢い良くドクドク流れている。泣きたい。
(痛い。ここせまいなぁ。おかげでお巡りさんもすぐには追いつけないみたいだけど)
そんなことを考えていた私をさらに追いつめる事態が判明する。細い路地から少し広い場所に出たのだが、
「行き止まり。そんな! 」
行き止まりである。しかも一本道だったので、他に道はない。どこかに隠れる場所もない。こちらに走ってくる音はどんどん近づいてくる。姿は見えないが、もうすぐここに来るだろう。
補導されるなんて恥ずかしすぎる。補導少女なんていやじゃ~ なのは様やフェイトはよく捕まらなかったもんだ。魔法少女だけに適用されるルールとかあるんだろうか?
「どうしよ? ここをなんとかやり過ごすにはどうしたらいい? 考えろ。考えるんだ」
足音は近い。10秒もないだろう。隠れる時間はない。
(手持ちは何もない。腕痛いし、んん~と …腕? これしかない! )
私は覚悟を決める。大丈夫、他に手段はない。ダメで元々だ。落ち着いていこう。
(何をする気? )
カナコが聞いてきた。
(まあ、見てなさいって)
…私はとってもかわいそうな女の子。探し物をしているの。自分自身に暗示をかける。女優魂をみせてやろうじゃないか。舞台は始まっている。
私はお巡りさんが来る方向に背中を向けて、膝を折ってかがむと、両手を両目に当てて、シクシクと泣き出した。その間に工作を進める。
足音が止まる。そして、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
「ダメじゃないか、こんな時間にこんなところで、君どこの子だい? 」
お巡りさんはこっちが泣いていることに気づいたのか、少し離れたところから、優しく声をかけてくる。私は無視して泣き続ける。
「え~ん、え~ん」
「どうしたの? 」
「え~ん、え~ん」
「お嬢ちゃん? 」
お巡りさんは無視して泣き続ける私に優しく声をかけてくれる。いいひとだな。私はとても泣きながら悲しそうに話す。
「え~ん、え~ん、見つからないの」
「見つからない? 何だい? 」
「ぐすっぐすっ 私の大事なもの」
「大事なもの? それは何だい? 」
お巡りさんは泣いている私を気遣い、ゆっくりと聞き出そうとしている。そして、私は次の一言を口にする。
「 ……右目がないの」
「み・ぎ・め? 」
お巡りさんはゆっくりと一言ずつ発音する。まだ、理解できていないようだ。私は泣くのやめる。ゆっくりと立ち上がると背中を向けたまま感情のない声で言った。
「右目がないの」
「右目って何だい? 」
お巡りさんは急に泣きやんだ私を疑問に思いつつ、確認するように聞いてくる。私は淡々と答える。
「私、右目がみえないの。どこかにあるはずなの。だってここで無くなったんだから」
「な、無く ……なった?」
お巡りさんは声が震えだしてきた。私の異常さにようやく気がついたようだ。
「あはははははははははははははは・・・」
そうして私は壊れたように笑い出す。今の私は恐怖の支配者だった。お巡りさんは完全に恐怖で固くなっている。そして、私は楽しげに言う。
「あははははははは… ねぇ? おじさん、おじさんの右目、私に、私に、くくくくっ」
私はここで振り向くと、血で汚れた包帯の着いた右目と血まみれの顔を見せつけて、求めるように血で汚れた手をのばし、狂気をこめて言った。
「ちょおだ~い~」
「ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁ」
お巡りさんは腰を抜かすと、信じれない悲鳴をあげた。うおっ! こっちがビビったぢゃないか。
(すご~い)
あれ? 誰だ? カナコじゃないな。この感じはシンクロしているようだ。
(ねぇ? )
カナコが話しかけてくる
(何? )
(今日ほどあなたを恐ろしく思ったことはないわ。それから、今、シンクロしてるわね)
賞賛をこめて言う。まともに誉められたのはこれが初めてかもしれない。
ちょうどその時、今まで感じたことがない感覚がひろがっていく。
景色の色が夜の闇からモノクロに塗り変わっていく。
気がつくとお巡りさんはいなくなっている。
「何だコレ!? そうか。ユーノ君の広域結界」
そう言えば忘れていた。これを待っていれば魔力資質のない人間以外は結界の外に出ることになるから、捕まっても大丈夫だったかもしれない。無駄だったかな?
そうだ。なのはちゃんどこに? とにかく、広いところに出て探そう。
私は来た道を戻ると、当たりを見渡す。どっちだ?
爆発音が聞こえる。
こっちか。何かぶつかる音が聞こえる。あっちは槙原動物病院だ。間違いない。
私は急ぐが、さっきも走ったので、息が上がっている。思うように行かないのがもどかしい。
だいぶ離れた場所に桜色の光の柱が立つ。きれいだ。思わず見とれてしまう。これがなのはちゃんの光か。
おそらくレイジングハートのセットアップの光だろう。最初の変身は見逃してしまったようだ。
ちょっと遠いな。間に合うかな。私は光を頼りに追いかける。モノクロの空に桜色の光がときどき輝く。音も近くなってきた。
(ちょっと、近づきすぎ、もう少しゆっくり動きなさい。気配の動きが変わったわよ)
カナコのあわてた声で立ち止まる。あれ? なんか音だけ近づいてくる。私がそんなことを考えている、わずかな間に大きな影がドンッと降りてきた。
顔を上げると、軽く大人二人分はある黒くて丸い影のような怪物が、赤い目でこちらを睨んでいた。
「なんで、こっち来るの~ 」
怪物は黒い腕ようなものを振り上げ、私に向けて放つ。
あ、これヤバ、これは死ぬ。
時間がゆっくり流れる、スローモーションのように振り降ろされる腕を見ながらそんなことを考えていた。
(何立ち止まっているのよ!! 役立たず。…代わるわよ)
そんなカナコの声が聞こえた。
気がつくと私は化け物の攻撃を左に避けていた。体が勝手に動いたようだ。
私のいた場所はへこんで、粉塵が上がっている。
危なかった。本当に死ぬところだった。
(なぁ、カナコ? )
(うるさいわよ。カナコさんは今忙しいの)
(おまえ、希ちゃんの身体動かせるんだな? )
(そうよ。ほらっ! あなたも動かしなさい。一人だけじゃ大変なんだから)
身体のコントロールはすでに俺のものではないが、感覚は残っている。シンクロしているようだ。俺は身体の感覚をカナコの意志に合わせてみる。
(そう、それでいいわ。走るわよ)
私たちは、なのはちゃんのいる方向へ飛び出した。すごく疲れるがそんなことはおかまいなしに身体は動く。なんでこの体でこんなに動けるか不思議だ。しばらくすると、反対から誰か走ってくる。桜色の光、なのはちゃんだ。
助かった。私はなのはちゃんに走りながら助けを求める。
「なのはちゃーーーーん」
「えっ!? 希ちゃん?」
私はなのはちゃん飛びついた。
「どうしてこんなところに? きゃああああーーーー」
あっ、顔血塗れだった。そら驚くわ。
「なのはちゃん、しっかり」
私は意識が飛びそうななのはちゃんに声をかける。
「はっ!? ……希ちゃん大丈夫? 血塗れだよ」
なんかいろいろありすぎて混乱してますね。
「大丈夫。それより、あれって何? 」
私は化け物を指す。
「私にもよくわからないんだよ。とにかく、私の後ろに下がっていて」
私はなのはちゃんの後ろに回る。化け物はすでにこちらに向かって飛んできている。
「プロテクション」
レイジングハートが化け物の攻撃を魔法陣で防ぐ。
「リリカルまじかる」
なのはちゃんが呪文を唱える。いつのまにか、ユーノ君も来てる。なのはちゃんに続く。
「封印すべきは忌まわしき器 …ジュエルシード」
「ジュエルシード封印」
なのはちゃんはレイジングハートをクルクルと回し、敵に向ける。レイジングハートが光ったかと思うと、ピンクに輝く帯が化け物を縛っていく。
「りりかるマジカル。ジュエルシード、シリアル21、封印」
桜色の光で貫かれながら、化け物は消えていった。おお、感動だ。これだけでも見られてよかった。
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その後、ジュエルシードをレイジングハートに納めて、人が集まる前に公園へ移動した。
私は公園のトイレに入ると血で汚れた顔を洗い、身だしなみを整える。なのはちゃんとユーノ君はお互いに自己紹介やら話をしている。さて、こっちもユーノ君との接点を作らないとな。
「あっ…… 希ちゃん、大丈夫?」
「うん、ちょっと擦っただけだから。それより、なのはちゃん」
「なにかな? 」
私はなのはちゃんの前に立つと、息を吸い込んでなのはちゃんの手を掴んで言った。
「すごい!! すごい!! なのはちゃん、魔法使いって本当にいたんだ。やだかっこいい。マジパネェ~ そのユーノくんしゃべれるの? しゃべれるんだ~ すごいね」
(あれっ? 何かこういうこと言うつもりはなかっただけど、まさか希ちゃん? )
興奮する私になのはちゃんは驚いていたが、ふと何か思い出したようにして苦笑いをした。
「希ちゃん。こういうの好きだもんね」
「なのは、どうしたのこの子? それに、僕、名前言ったっけ?」
ユーノ君が不思議そうに聞いてくる。
「ふ、ふたりの会話聞こえてたから」
「そうなんだ」
私達は簡単に自己紹介をして、時間も遅かったので、後日話を聞く約束をして別れた。その後、希ちゃんは引っ込んだようだ。
帰り道。私は今日のこと思い出していた。
いろいろとアクシデントはあったが、とりあえず目的は果たせた。結果オーライだろう。
家に帰りつく。このときの私はさっきのことで頭がいっぱいで、本当の恐怖はこれからということに気づいていなかった。
「みーちゃん、どこいってたの?」
沈んだ声、乱れた髪、涙で濡れたうつろな顔、立ってはいるがふらふらして足がおぼつかない。今日ばかりはやさしいおかーさんの顔が幽霊のように見えた。怖ええええ
(まあ、当然よね)
カナコの一言がすげーむかついた。
余談
これは少し先のお話
ある日の昼休み、何日か前からなのは様はいない。管理局とジュエルシードを集めている。決戦は近い。
いつものように屋上で、昼ご飯を食べながら、おしゃべりしていると、すずかがこんなことを話し出した。
「明日ウチのクラスに新しい先生が来るんだって」
「へぇーー」
アリサも関心を示す。
「どんな人だろね」
「何でも優秀な先生で公立からわざわざ引き抜いたんだって、理事長先生ってそういうの好きみたい」
「胡散臭い話よね。幽霊がいるホテルとかと一緒よ」
すずかは手を叩く。なにか思い出したようだ。
「そういえば、最近ね。このへんに女の子の幽霊がでるんだって」
「幽霊? 」
「なんでも事故で死んだ女の子が成仏できず、さまよっているんだって。場所は …ほらっ、大学病院から槙原動物病院に向かうときに通るあの住宅地の道路」
「ふ~ん」
アリサはこの話にはあまり興味がないようだ。
「まさか、ね」
私はなんとなく嫌な予感がした。
「それでね。お巡りさんが夜にね。包帯巻いたもの凄く髪の長い細身の女の子をみつけてね。不審に思って声をかけたんだって、そしたら、女の子背中向けたまま黙って細い路地に逃げたみたい。
そこから先は一本道で行き止まりだから、お巡りさんも不思議だったんだけど、追いかけないわけにはいかないから、あと追ったらね。途中から道に血の跡がついてたんだって」
私は汗をだらだらかいてきた。その様子に気づいたアリサはニヤニヤしながら声をかけてきた。
「何? アンタ怖いの? 」
「そんなことはありません」
これは別の汗だ。
「幽霊なんているわけないじゃない? 」
「別の世界で幽霊だったあなたに言われたくありません! 」
「何言ってのアンタ? 相変わらず変な事ばかり言うわね。すずか続けなさいよ」
アリサはすずかを促す。そうだ。よく聞いておかないと。
「うん。行き止まりに着いたら、今度はね、背中を向けて女の子が泣いているの。お巡りさんはね、どうして泣いてるのって声かけたんだって、そしたら、女の何て言ったと思う? 」
「何て言ったの? 」
「右目がみつからないって言ったの」
「 ……へぇ、ま、まあ、ありがちよね」
アリサは強がってはいたが語尾が弱々しい、怖くなってきたようだ。
「お巡りさん、だんだん怖くなって来たんだけど、確認するためにもう一度聞いたの。そしたら、女の子が立ち上がってこの世のものとは思えない声で笑いだしたんだって
こうかな?
くけけけけけけけ」
アリサは顔が青くなってる、すずかは意外と話上手いな、将来私と張り合うかもしれん。くけけって何だよ? あははだろ!
「そうして、振り返って顔を見せると、顔を血塗れで、右目は穴があいてたんだって」
「ひっ!! 」
アリサは完全に入り込んだようだ。
「そうしてね、笑いながら言ったんだって」
「おまえの目をよこせーーー」
私はアリサの耳元で叫んだ。
「きゃああああーーーーー」
アリサは飛び上がった。うんうん理想的な反応だ。
「アンタねぇ」
アリサは抗議の目でみてる。すずかは不思議そうに見てる。
「希ちゃん。この話知ってたの? 」
「うん、まあね」
「おかしいなぁ? この話は誰も知らないと思ったんだけど、あっ、続けるね。その後はね、お巡りさんの目の前で女の子突然消えたんだって、すぅーーって煙みたいにね、でもね、そこから少し離れたところがものすごく壊れていたり、血の跡は今も残ってるみたい。」
「そのお巡りさんはどうしたの? 」
私はおそるおそる聞いてみた。
「その後、お仕事を辞めたみたい。家の知り合いで屋敷の外を防犯のために回ってくれてた人でね。辞めるとき挨拶に来たんだって、そのときおねーちゃんがその話を聞いたんだけど、何でも女の子を成仏させるためにお坊さんになるんだって、お寺へ弟子入りしたって、あの少女の霊は相当強力なんだろうって …希ちゃんどうしたの? 」
「ごめんなさいごめんなさいほんとすいません」
私は運命を狂わせた男を思ってひたすら詫びた。髪を捨てるなんてとんでもない。すずかとアリサはその様子を不思議そうに見てた。
作者コメント
ホラー風味に書けたか心配です。
そういえば地味にシンクロイベントにもなりますね。