第十話 いんたーみっしょん
朝、起きたとき、私は上機嫌だった。
「ふふふっ …どうやら俺の力を見せるときが来たようだな」
(ずいぶん、機嫌がいいのね)
カナコの声は冷めている。
(だってさ。昨日の夢はユーノくんだろ。夢を見たってことは間違いないとは思ってたけど、俺には魔法の才能があるってことだろ! )
俺はこの体になって、ずっと気になっていたことが最良の結果だったことに歓喜していた。 我が世の春が来たァ~
(ああ、頭痛い。夢なんか見なければよかったのに)
(まあ、俺はなのは様の側近のアトランティス最終戦士だしな)
(で? どうやって戦うわけ? )
(そうりゃおまえ、俺の隠された力が覚醒してだな)
(で? どうやって戦うわけ? )
(…なんで同じ質問をするんだ? )
(で? どうやって戦うわけ? )
(なんででしょうか? )
カナコは俺の答えに全く反応せず、レコーダーのように繰り返す。怖い。
(で? )
(すいません。わかりません)
(それでいいのよ)
(それではカナコさん、いったいどうしたらいいんでしょうか? )
思わず敬語になってしまう。
(無視よ無視。前に記憶の本読んで、この世界の未来は知ってるけど、あんな危険なことさせるわけにはいかないわ。だいたい、素人が戦えるわけないじゃない)
(むっ!? …なのは様だって今は素人だぜ)
(あの子は天才。あなたとは違うわ)
(て、天才なんてどっかの負け犬が作った言葉)
(茶化すのはやめなさい。魔力資質だけじゃない、デバイスとの相性、空間把握力、数学的感覚、マルチタスク能力、運も味方したわ。あの子だって無傷で済んだわけではないでしょう? あなたにそれらを満たす素養はあるのかしら? そもそもデバイスはどこから調達するわけ? )
(うっ、それにしても分析してんだな)
(シュミレーションは得意なの)
カナコのもっともな意見に俺も反論することができない。俺は文系・アーティスト系なのだ。数学物理はちょっと苦手だ。確かめたわけじゃないけど。
しかし、なのは様ともっと親密になるチャンスなんだ。引くわけにはいかない。
(なのは様と関係を深めるには魔法は欠かせない。希ちゃんだって、きっと… )
(リスクが高いわ)
カナコは譲らない、何か妥協できるところはないか? 危険なことはさせられないってことだよな。危険? 危険か。
よしっ! これで行こう。
(今回事件が無事に済めば、次は闇の書事件だ。ヴォルケンリッターが動き出す。魔力資質の高い奴は狙われることになる。少なくともユーノ君や管理局との接点は作るべきじゃないか? 危険を回避するためにも)
(……)
(カナコ? )
(少し考えさせて、それから学校行く時間よ)
上手くいったかな? 少なくとも考えてくれるようだ。
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「という訳で、世の中にはいろいろな職業があります。みなさんも今から自分の将来について、考えてみるといいかもしれませんね」
将来ねぇ、なりたいものは管理局に入って、なのは様と教導教官になることだけど、時間を拘束されるのも面倒だな。
嘱託魔導師あたりで手を打つもの悪くない。それには、まずジュエルシードに関わるのが近道だ。カナコどうするつもりだろ? 授業を受けながら俺はそんなことを考えてた。
(ねえ? )
頭に声が響く。カナコの声だ。
(結論が出たわ。…本当に残念だけど、あなたの言うとおりにするわ)
カナコの声は嫌そうだ。そんなに嫌ですか、そうですか。
(なあ? こう言うのはなんだけど、認めてくれないかと思ってた)
(希が興味を持ってるの。それが決め手になったわ。)
(そうか。希ちゃんが…)
さすがのカナコも希ちゃんには弱いらしい。
(いくつか条件があるわ。まず安全の確保。今夜の事件は離れたところから見ること。終わった頃に近づいて、接点はそこで作りなさい)
(近づいちゃだめなのか? )
なのは様の初の勇姿だ。できれば近くで見たい。
(当たり前でしょ。今夜の事件は危険度が最も高いわ。なのは覚醒してないし、ユーノは負傷してるし、不確定要素を入れるわけにはいかないわ。希が見たいって言い出したのよ。これでも妥協してるの。それから、接点を作ったら魔力資質をユーノかレイジングハートに見てもらいなさい。ここは私も興味があるのよ)
(なんでまた? )
(私と希の世界と私達のことよ。確かにこの子と私には特別な力がある。私はその力を使いこなしているけど、生まれたときから使っているから、今まで疑問に思ったことはなかったの。まあ、私は自分の存在を幽霊みたいなものだと考えていたけど、別の視点が欲しいとこね。魔力資質の検査はその一環なの)
(かっこいいじゃん。どんな力だよ? ちなみに俺は高い魔力量があるけど、一回の放出量が少ないのが欠点だ。複数の掃討戦なら誰にも負けない自信があるぜ。あとこれは自爆技になるんだが…(興味ないわ、私たちの話をするわね))
途中で遮られた。ひどい奴だ。だが、俺がデバイスを得た暁には認識は変わるだろう。カナコは続ける。
(私たちのちからは、私と希の世界そのものが象徴している。それから、その世界は魔力で構成されている可能性があるわ。だから、闇の書事件が起こって魔力を蒐集されたら、どんな影響があるかわからない。最悪を想定するなら、私とあなたは消えて、希は眠ったまま起きないなんてことも考えられる。
だから、あなたは思いつきで言ったかもしれないけど、私にはそれなりに考える材料にはなったわ)
(そうか。まあ、役立って良かったよ)
(見てもらったら、ふたりに戦えるかどうか判断させるから、先のことはそれから考えるわ。今回は外での危険が大きい。あなたにかかってる。仮にも戦いの記憶があるんだったら、危険察知能力はあるわよね? )
「危険察知能力? 任せろ!! これでも致命傷を避けるのは得意なんだ」
前世では部隊は全滅したが、俺だけは生き残ったんだからな。魔力は覚醒していないが、そのくらいはできるだろう。
(保険は用意してあるけど、しっかり働きなさい。この身体はあなただけのものじゃない。私たちは運命共同体なんだから)
カナコはそう言って中に引っ込んだ。ほう、どうやら今回は俺に任せてくれるようだ。ご期待に応えてやろうじゃないか。
ここから始まるんだな。俺の物語が…
新たなるアトランティス最終戦士の物語が…
「……さん」
(ん? )
「雨宮さん」
(やべ! 呼ばれてる。俺じゃなく私に切り替えないと…)
「は、はい」
いつのまにか、先生が近づいてる。だいぶ近い、近いなぁ。
先生が近いことを認識すると、急に希レベルの症状が押し寄せる。不意打ちはきつい。先生は前より苦手になったくらいだ。
(先生近いです。前は大丈夫だったけど、今はその距離はきついんですぅ。)
先生は困った顔で、
「どうかしましたか? さっきの先生の質問を聞いてましたか? 雨宮さんにどんな仕事がしたいか聞いたんですよ」
(えっ …質問? 仕事? もう! こっちはそれどころじゃないって言うのに、涙も出てきたし、とりあえず何か答えないと… )
「わ、私はアトランティスの魔法少女になりたいです」
私は涙をこらえながら、何とかそう答える。すると、ぶわっと先生の目から涙が出てきた。
「そ、そうなの。そうなれるといいわね。強く生きてね。ちょっと、先生、顔洗ってくるわね。みんな、ちょっと待っててね」
先生は教室から出ていく。ようやく離れてくれた。でも、なんで教室出ていくんだ?
私は自分のことだけで、先生がなぜ教室から出ていったかわからなかった。周囲は私の方を見てヒソヒソ話してる。
私、何か変なこと言ったかな? このくらいの年の子ならおかしくないと思うんだけど。アリサが気むずかしい顔をして近づいてくる。
「そうじゃないかとは思ってたけど、アンタってまだまだ夢見る年頃なのね。あんなに必死に言われたんじゃ誰も笑えないわ」
失礼なことを言わないでよ。今は言えないけど本当にそうなるんだから。絶対なんだから。
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放課後
なのは様とアリサとすずかと一緒に歩いて帰る。今はアリサおすすめの公園の近道だ。私は上機嫌でテンションも上がっていた。ユーノ君との接触まであと少しだ。
「希ちゃん、目と腕の包帯はまだ取れないの? 」
「そうね、まだ疼くわ。…うっ!」
「大丈夫? 希ちゃん」
私が右手を苦しそうに押さえると、すずかは心配そうに聞いてきた。
「まずいわ。封印が解けてる。このままではこの右腕に封印された鬼が蘇ってしまう。封印の巫女の力が必要だわ。でも、本家の封印の巫女はすべて死に絶え、後は遠い血筋の分家の娘を訪ねてきたのだけど、どこにいるのかしら? 」
三人とも固まってる。私はかまわず続ける。
「おお、そこにいるのは」
私はなのは様の手を取る。
「へっ!? 」
なのは様はきょとんとしてる。
「あなたこそ封印の巫女ね。私の右目は見えなくとも、あなたの霊力をとらえてます。なんと素晴らしい霊力。あなた様は歴代の巫女でも屈指の才能を持ち合わせているに違いないわ」
ようやく理解が追いついてきたのか、なのは様は苦笑し、すずかは吹き出してる。アリサの目は冷たい。
「さあ、私と共にこの戦いを終わらせましょう」
私はなのは様の肩を抱いて、そう締めくくる。……ふっ、決まったわ。
「くすっ 希ちゃんって演技うまいよね~ 女優さんみたい」
「アンタ、こんな道の往来で恥ずかしくないの? 」
「希ちゃん、なんでいつも私なの~ 」
三者三様の答えを返す。
「アンタ機嫌いいわね」
「実は昨日ね。夢を見たの。場所はここの近くで、お化けと誰かが戦っているの」
「えっ!? 」
なのは様は驚く、やはり同じ夢を見ていたか。
「もしかして、何かの前触れかしら。なのはちゃんに会ったときみたいな」
意味ありげに言う。なのは様へのアピールを忘れてはいけない。
(誰か聞こえますか? )
「「えっ!? 」」
なのは様と私は反応する。
「今、何か聞こえなかった? 」
となのは様、もちろん私も聞こえましたよ。
「えっ、なのはちゃん? 」
すずかは答える。アリサも訳がわからないという顔をしてる。私はどう答えるか考えているうちに、なのは様は
「こっち? アリサちゃん、すずかちゃん、希ちゃん、ごめん」
手を合わせて、藪の中に入っていく。
「ちょっと! なのは! 」
「待って! なのはちゃん! 」
…発見したのはフェレットことユーノ君だった。ようやく会えたね。長かったよ。ここまで来るのは。
それから、私たちは槙原動物病院にいる。だが、私だけ入り口からのぞいていた。槙原医師はそんな私を見て、人見知りする子だと思ったのか安心させようと微笑みかける。
ビクッ、ひいいいいい~
その笑顔が怖いです。私には肉食獣が威嚇しているようにしか見えません。命の危険を感じます。せっかくの美人なのに近づけないこの体が憎い。結局みんなが帰るまで動けなかった。
ユーノ君は病院で一晩預かることになった。流れ通りだ。あとは救援のテレパシーを待つばかりだな。
私は家で待機している。
まだかな、まだかな
「誰か、誰か、聞こえますか」
聞こえた。キタァーーー とうとう始まる。
私はこっそり家を抜け出すと暗い闇の中を走る。顔が熱い。心臓はドクドクして興奮で高ぶっている。今までにない高揚感だ。
ここより先は雨宮希ではなく、アトランティス最終戦士として行くぜ。
そうして、
「君、こんな時間に何してるんだ。ダメじゃないか。こんな時間に出歩いて」
私の計画は出だしから最大のピンチを迎えた。
(無様ね)
こんなカナコの一言が聞こえた。
作者コメント
原作沿いは難しいですね。