その日、仕事を終えた僕の携帯に一通のメールが届いていた。
「誰だろ?」
珍しい訳じゃないが、それでも時間を考えるとあまりメールが届く時間ではなかった。時刻は深夜一時半。今日も徹夜を覚悟した資料請求が、予想以上に早く片付いたのだ。そのため、僕は五日ぶりに自宅へ帰ろうと意気揚々としていたのだが……
「フェイト? しかも……ついさっきじゃないか」
差出人は幼馴染の一人であるフェイト・T・ハラオウンだった。金髪の美人で執務官。しかも、ナイスバディで性格はやや天然という多くの男性が彼女にしたいと思う女性だったりする。
一部には同性愛者との噂を流されているが、フェイトがノーマルなのは僕が一番良く知ってる。何度それ関係の悩みや愚痴を聞いた事だろう。その度に励まし、慰めたのだから。
「用件は……僕にしか相談出来ない事がある、か」
しかも今すぐにとある。フェイトは基本人に頼み事をする時、あまり押し付けたりはしない。それが、今すぐと書くという事は只事じゃない。そう判断し、僕は帰宅を諦めて一路フェイトの家まで向かう。
少し前までフェイトはなのはやヴィヴィオと一緒に住んでいたのだが、最近一人暮らしを始めた。何でもクロノがさすがに口を出したらしい。親友だから寮のルームシェアまでは理解出来るが、家で同居するのは違うだろう。そう告げたのだ。その裏には、フェイトとなのはの関係を勘繰る噂を断ち切ろうと思う義兄心があるのは、僕にも分かる。
それをフェイトも感じ取ったのだろう。なのはとヴィヴィオに惜しまれつつ、引っ越したのだ……近所のマンションに。それも、歩いて五分ぐらいの位置関係。これにはもうクロノも何も言えなかった。
フェイトは、言われた通り引っ越したよ、と満面の笑みで告げたそうだ。ちなみに、引っ越してもなのはの家へは足繁く通っていて、周囲からは通い妻ならぬ通い女と呼ばれているとかいないとか。
あ、気付けばもうフェイトのマンションが見えてきてるや。実は、今ちょっとした違法行為をしていたりする。そう、無許可での飛行魔法使用。本当はいけないんだけど、フェイトのためだ。後で僕が謝罪して違反料を払って、始末書書けば済む事だし。
「えっと……フェイトの部屋は……」
フェイトの部屋番号を入力し、返事を待つ。まずはマンションの中へ入れてもらわないとね。だけど、何かおかしい。いつもならすぐにフェイトが出て、あっさり開けてくれるのに、今日は一向にモニターに顔が映らない。
それを不思議に思っていると、静かに玄関の扉が開いていく。どうもフェイトが開けてくれたみたいだけど……何でモニターに顔を出してくれなかったんだろ?
「まぁ、行けば分かるか」
自分を納得させて、エレベーターに乗りフェイトの住む階を目指す。フェイトはマンションの最上階から数えて四階下に住んでいる。本当は最上階が良かったらしいのだが、非常時に階段を下りるのが大変だと思って少し下げたらしい。
それを聞いて、僕もなのはも微妙な顔をしたのは言うまでもない。ただ、ヴィヴィオはそれに深く頷いていたから賛同出来たのだろう。やはり、あの子はなのはとフェイトの子だよ。
そんな事を思い出している内に、エレベーターは止まり、フェイトの住む階を示していた。僕は少し急いでフェイトの部屋を目指す。そして、インターホンを押し、待つ事数秒で静かにドアが開いた。
そこにいるのは、優しい笑みを浮かべるフェイト―――ではなく非常に困った表情の黄色いネズミのような格好をしたフェイトだった……
「……成程、押収したロストロギアでね」
フェイトが言うには、つい先日押収した違法ロストロギアを保管していたケースを、明日引き渡すために色々と点検していたらうっかり落としてしまい、鍵が開いていたために中身が暴走。
結果、今の姿になってしまったとか。それでも助けと呼ぼうとしたのだが、なのはは長期の教導のために無理。はやては捜査官として別世界に主張。守護騎士達もそれぞれに忙しく、スバルはレスキューで疲れているだろうから却下。ティアナは相も変わらず凶悪事件のため忙しい。
エリオやキャロには頼れない。そんな風に色々考えて、駄目元で僕にメールを送ったらしい。無限書庫は年中無休フル稼働。故に休みなど早々取れるはずもないだろうし、取れてもそんな都合良くは無理。そう考えたとフェイトは言った。
でも、実はなのはと同じで真っ先に浮かんだと聞いて、少しだけ嬉しかったりする。ロストロギアの知識なら自分の知っている中で一番信頼出来るから。そんな風に言われてやる気にならない男はいない。いないのだが……
「ピカ。ピカピカ、ピカッチュウ……」
【そうなんだよ。念話を使う事は出来るんだけど、それ以外が何も出来なくて……】
現状のフェイトはこれである。しかも、念話を使おうとするとどうしても声が出てしまうらしい。おかげで電話も使えず、クロノにも恥ずかしくて頼れなかったそうだ。僕は平気なのと聞くと、ユーノなら笑ったりしないだろうからとの事。
……うん、それだけでもやる気が沸くよ。でも、実際見て思うのは……
「……フェイト、それ妙に似合ってるね」
「ピ、ピッカ! ピカピカチュウ!」
【も、もう! 何言ってるの、ユーノ!】
僕の言った事に軽く怒ったのか、フェイトの体から電撃が発生した。うわ……これ、ちょっと言動に気をつけないと黒コゲにされるかも……
「ゴメン。でも、可愛いなって思ってさ」
「ピ、ピカチュ?」
【ほ、ホント?】
「うん。本当なら綺麗って言われる方が嬉しいんだろうけど、可愛いって方がしっくりくるよ」
偽らざる本音だ。フェイトの顔や体を覆っている黄色の服とでも言えばいいのだろうか。それは、少しファンシーな印象がある。それを大人のフェイトが着ているというのは、どことなく違和感もあるけど似合わないって訳じゃない。
でも……何だろう。何かいかがわしいお店とかで同じような格好とかしてたら、完全に問題があるとは思う。少なくても、これを着て外は出歩いて欲しくはないかな。何せ、体のライン結構出てるし……
「ピカ?」
【ユーノ?】
僕が黙ってフェイトを観察するものだから、フェイトがそれに不思議そうに小首を傾げた。うわ、それ反則ってぐらい可愛いよ。きっとクロノ辺りが見たら変な葛藤をするぐらいに。
あ、こっちに迫ってくる。不味い不味い! って、さっきは気付かなかったけど、歩く度にキュッキュッって音がしてる!? 見た目は完全に着ぐるみを着た金髪女性。でも、ちゃんと出る所は出てるし、女性らしい線はむしろ普段より強調されて……って、違うだろ!
「ちょ、ちょっと待ってフェイト」
「ピカ?」
【どうしたの?】
「えっと……僕は元に戻す方法を考えればいいんだね?」
そう、当初の目的を思い出そう。フェイトを元に戻す方法を見つけるんだ。一つは時間で戻る可能性がある。でも、これは確実じゃないし、どれだけ時間が必要かも分からない以上、これは最後の手段かな。
次は効果を解除する事。でも、これはその現物を調べる必要があるし、時間も掛かる。確実ではないが、可能性は高いかな。でも、フェイトの事を考えるとあまりオススメ出来ない。何せ、明日―――つまり今日の朝にはこれを本局に届けるのだから。
見ればフェイトもそれを考えたのか、やや暗い顔をしている。もし、これで本局に行こうものなら、フェイトの噂は一気に変わる。同性愛者から一転軽い痴女扱いに。それは絶対させない。これ以上フェイトの心を苦しめてなるものか。
そう思っていると、何故かフェイトがこちらを見て心なしか頬を染めている。何か僕の顔についてるのか? そう思って視線を向けると、フェイトが慌てて視線を逸らした。何だろ? ま、いいか。
「……とりあえず、そのロストロギアを見てもいい?」
「ピカ~……」
【いいけど……】
僕までこうなる事を心配してるんだろう。相変わらず優しいなぁ。そう思って、フェイトへ大丈夫だからと笑顔で告げる。それに、もしそうなったらフェイトも寂しくないでしょ? そう軽く笑って言うと、フェイトがどこか嬉しそうに頷いた。
良かった。やっといつもみたいに笑ってくれた。仕事中や考え事をしてる時の凛々しい表情も素敵だけど、やっぱりフェイトにはこういう優しい表情が一番似合ってるや。そんな風に思いつつ、僕はフェイトが指し示したケースを手に取る。これは……
「……フェイト、これなら大丈夫だ。昔、僕が調べた事があるロストロギアにそっくりだから」
「ピカチュウ?」
【そうなの?】
どこか意外そうな表情のフェイトに、僕は力強く頷いてみせる。それにフェイトは安堵の息を吐いた。実は僕も安堵していた。これは発動させた対象の魔力の質に応じて、その姿を変える変身系のロストロギア。
どうも古代の魔導師はこれを使って自分の魔力変換資質を調べていたらしいのだ。ちなみにこれの解除は簡単。そう、もう一度発動させればいい。そう説明し、フェイトへロストロギアを手渡す。そして、フェイトがそれに自分の魔力を流した瞬間、眩しい光が室内を満たした。
「くっ!」
「ピッカチュウ!」
【あの時と一緒だ!】
その光が僕らを包む。そして、目を開けた時には、もう黄色い格好のフェイトではなくなっていた。
「……戻った」
自分の格好を見て、どこか不思議そうな表情をするフェイト。それに僕はほっと一息。もし、これで戻らなかったらどうしようかと思ったのだ。そんな僕にフェイトが視線を向け、喜びを前面に表した笑みを見せた。
それに僕は、心から力になれてよかったと思った。その気持ちを込めて、僕も笑顔を返す。すると、フェイトが妙に視線を合わせなくなった。あれ? どこか変な顔をしたのかな? ちゃんと笑ったつもりだったんだけど……
とにかく、これで用件も片付いた。そう思った瞬間、忘れていた疲れが一気に押し寄せてきた。あ……これ不味い。このところの疲れが全部出た感じがする。久しぶりに家に帰れると思って油断したからかな。フェイトが何か言ってるけど、もう何も聞こえないや。
もう……無理。ごめんね、フェイト。少しだけ……寝かせて……
「ううん……」
寝返りを打ったら、何かが手に当たった感触がした。何だろう……柔らかいな、これ。つい触り心地が良くて、僕はそれを何度も触った。
「んっ……ふぁ……やぁ……」
それと同時に聞こえる艶やかな声。あれ……? でも、どこかで聞き覚えがあるような……? そこまでぼんやりと考え、僕は眠い目を擦り、体を起こす。そして、周囲を確認して景色がぼやけている事に気付く。ああ、眼鏡を外してるんだ。しかし、外した覚えないんだけどなぁ……
そんな事を思い出しながら、僕は枕元にあった眼鏡を手に取り、やっといつものクリアな景色になった事に頷いた。そして、そこが自分の部屋ではない事に気付いた瞬間、眠る前までの事と目覚める前の事がフラッシュバックした。
「まさか……僕がさっき触ったのは……」
恐る恐る視線を先程の手を置いていた位置へ向ける。そこには安らかな寝顔のフェイトがいた。そして、先程の手があった位置。それは言うまでもないフェイトの体のある場所の位置だ。それを認識し、僕は無言でフェイトに何度も謝った。
決して悪気は無かった。出来心だったんだ。なんて事をひたすら心の中で言いながら。そして、自分がいる場所がフェイトのベッドだと気付いた時は色々と後悔した。一つは、自分をフェイトがベッドまで運んでくれただろう事の情けなさ。二つは、無論フェイトの……ねぇ、アレを触ってしまった事の申し訳なさ。そして最後は、自分がフェイトに男として見られていない事の空しさだ。
いくら寝入ったとはいえ、年頃の男がいるにも関らず、一つ屋根の下で寝る事に躊躇いも持たない事は有り得ない。それが意味するのは僕はフェイトから男として見られていないという事だ。いや、別にフェイトとそういう関係になりたいって訳じゃないけど、それでも一応僕にだって男としての自尊心はある。
それを軽く傷付けられたようなものだ。でも、フェイトには悪気はないんだろうし、これはあくまで僕の勝手な感情だ。だから、これをフェイトに言う気もないし、これを理由にフェイトを責める気にもならない。ただ、もっと男らしくならないと駄目だなぁとは思う。
とりあえず、フェイトを起こさないようにしてっと……
”お帰りですか?”
「バルディッシュか。うん。フェイトには、これからは気をつけてって伝えておいて」
”承りました”
相変わらず丁寧だな。そんな風に思いながら、転送魔法陣を展開して自宅へと向かう。最後に眠るフェイトへ一言だけ告げて。
―――いい夢を。
そんな言葉を残してユーノは去った。それを聞いて、静かにフェイトは目を覚ます。いや、正確には目を開けただろう。何せ、彼女はユーノが眼鏡を掛けた後から起きていたのだから。
ユーノが寝ていた自分に何かしたのは、その反応から察した。でも、それが何なのかまでは分からない。それでも、フェイトはユーノが先程までいた場所を見つめ、悲しげに笑う。そして、小さくだが、はっきりと呟いた。
―――いい夢見て欲しいなら、まだ居てくれればいいのに……
その声に、バルディッシュは何も言わない。室内に沈黙が訪れる。フェイトはふと視線をロストロギアのケースへ向け、ふと呟いた。
―――今度は、どうやってユーノに来てもらおうかな……?
そう呟くフェイトの顔は、どこか楽しそうだった……
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ちょっとしたネタ。初めてキャラ視点で書き綴ってみました。ある場所から頂いたネタを使ったので、こんな内容です。
小説家になろうの方でもこれを投稿する事にしました。