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No.25730の一覧
[0] 【完結・改訂完了】リリカルなのはSts異伝~子連れ武人活人劇~(×史上最強の弟子ケンイチ)[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[1] BATTLE 0「翼は散りて」[やみなべ](2013/07/16 00:16)
[2] BATTLE 1「陸士108部隊」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[3] BATTLE 2「新たな家族」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[4] BATTLE 3「昼の顔、夜の顔」[やみなべ](2013/07/16 00:18)
[5] BATTLE 4「星を継ぐ者達」 [やみなべ](2013/07/16 00:18)
[6] BATTLE 5「不協和音」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[7] BATTLE 6「雛鳥の想い」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[8] BATTLE 7「一人多国籍軍、起つ」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[9] BATTLE 8「断崖への一歩」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[10] BATTLE 9「地獄巡り 入門編」[やみなべ](2013/07/16 00:21)
[11] BATTLE 10「古巣への帰還」 [やみなべ](2013/07/16 00:21)
[12] BATTLE 11「旅立ち」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[13] BATTLE 12「地獄巡り 内弟子編」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[14] BATTLE 13「誕生 史上最強の○○」[やみなべ](2013/07/16 00:24)
[15] BATTLE 14「機動六課」[やみなべ](2013/07/16 00:25)
[16] BATTLE 15「エースの疑念」[やみなべ](2013/07/16 00:26)
[17] BATTLE 16「5年越しの再会」[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[18] BATTLE 17「それぞれの事情」[やみなべ](2013/07/16 00:27)
[19] BATTLE 18「勢揃い」[やみなべ](2013/07/16 20:54)
[20] BATTLE 19「守護の拳」[やみなべ](2013/07/16 00:28)
[21] BATTLE 20「機動六課の穏やかな一日」[やみなべ](2013/07/16 00:29)
[22] BATTLE 21「初陣」[やみなべ](2013/07/16 20:53)
[23] BATTLE 22「エンブレム」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[24] BATTLE 23「武の世界」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[25] BATTLE 24「帰郷」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[26] BATTLE 25「前夜」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[27] BATTLE 26「天賦と凡庸」[やみなべ](2013/07/16 20:51)
[28] BATTLE 27「友」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[29] BATTLE 28「無拍子」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[30] BATTLE 29「悪魔、降臨す」[やみなべ](2013/07/17 21:15)
[31] BATTLE 30「羽化の時」[やみなべ](2013/07/16 00:39)
[32] BATTLE 31「嵐の後で」[やみなべ](2013/07/16 00:40)
[33] BATTLE 32「地獄巡り~道連れ編~」[やみなべ](2013/07/16 00:41)
[34] BATTLE 33「迷い子」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[35] BATTLE 34「I・S」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[36] リクエスト企画パート1「vivid編 第一話(予定)」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[37] BATTLE 35「ファースト・コンタクト」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[38] BATTLE 36「お子様散策記」[やみなべ](2013/07/16 00:44)
[39] BATTLE 37「強い奴らに会いに行け!」[やみなべ](2013/08/01 03:45)
[40] BATTLE 38「祭囃子」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[41] BATTLE 39「機動六課防衛戦」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[42] BATTLE 40「羽撃く翼」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[43] BATTLE 41「地獄巡り~組手編~」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[44] BATTLE 42「闘いの流儀」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[45] BATTLE 43「無限の欲望」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[46] BATTLE 44「奥の手」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[47] BATTLE 45「絆」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[48] BATTLE 46「受け継がれた拳」[やみなべ](2013/07/16 00:49)
[49] BATTLE 47「武人」[やみなべ](2013/07/16 20:49)
[50] BATTLE FINAL「それぞれの道へ」[やみなべ](2013/07/16 00:50)
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[25730] BATTLE 47「武人」
Name: やみなべ◆33f06a11 ID:1963cf14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/16 20:49

第一管理世界「ミッドチルダ」、首都「クラナガン」の中央に一際高くそびえる時空管理局地上本部。
その中央タワーの遥か上方、クラナガンを充分一望できる場所に地上部隊の事実上のトップ、レジアス・ゲイズ中将の執務室があった。

「オーリス、お前はもう下がれ」
「それは、あなたもです。あなたにはもう、指揮権限はありません。ここにいる意味はない筈です」

市街地では、今も多くの局員たちがガジェットの進行を抑えるべく戦っている。
本来なら彼がその指揮を取り、今日まで守り続けて来た物を守る筈だった。

しかしオーリスの言う通り、今の彼にその権限はない。
元々、些か強引ではあるものの、その確かな政治手腕で長く地上を守ってきた巨人だ。
何かと黒い噂の絶えない人物でもあるが、本来ならその程度は握りつぶせるだけの力の持ち主である。
だが、手を組んでいた筈のスカリエッティの裏切りにより、その影響力にも陰りが生じた。

結果、今までその力で抑えつけていた各方面から、ここぞとばかりに突き上げを受けている。
あれよあれよと言う間に大半の権限を封じられ、今や査問を待つ身。
ほんの数日で、かつての栄華は見る影もなくなってしまった。

それでも、彼はこの場に鎮座し続ける。
しかしそれは、かつての栄華に対する浅ましい執着などではない。
その瞳に宿るのは……静かだが重い不動の覚悟。

避けようのない凋落と言う事実は、もう受け入れた。
この場所に拘るのは、ただ単に“あの男”に会えると確信しているからこそ。
過去の全てを清算する時が来た事を…………彼は悟っているのだ。
ならばどうして、この場を離れる事が出来ようか。

「ワシは、ここにおらねばならんのだよ」

デスクの上に両肘をつき、オーリスを見ることなく告げた。
その声音には事件発生当時の激情はない。
むしろ、血の繋がったオーリスですらもう長く聞いた事がない程に、穏やかな声音。

その瞬間、オーリスは説得の無意味さを悟る。
父がどのような覚悟を胸に秘めているかは分からない。
それでも、百万言を費やしても、その意思を覆すことができない事だけは明白だった。

と同時に、オーリスの背後で堅く閉ざされていた筈の扉が粉砕される。
濛々と立ち込める煙。その先から、オーリスもよく知る人物が姿を現した。

「来たか…待っていたぞ、ゼスト」
「手荒い来訪ですまんな、レジアス」
「ゼスト…さん?」
「オーリスか、久しいな」

父を守る様に間に立つオーリスに、ゼストは郷愁を宿した眼差しを向けた。
彼女を見ると、友と決定的に袂を分かってから随分と時間が経ったのだと思う。
しかし、そんな感傷を振り払い、ゼストはかつて共に正義を語り合った男へと視線を向ける。

「聞きたい事は、一つだけだ。八年前、俺と俺の部下達を殺させたのは、お前の指示で間違いないか」
「………………………ああ、間違いない」
「っ! ………では、共に語り合った俺とお前の正義は、今はどうなっている。
 俺はいい。お前の正義の為にならば、殉じる覚悟があった。だが、俺の部下達はなんの為に死んでいった。
 どうして、こんなことになってしまった。俺達が守りたかった世界は、俺達が欲しかった力は、俺とお前が夢見た正義は……いつの間に、こんな姿になってしまった」

友へと語りかける言葉には、怒りも憎しみない。
あるのはやり場のない……深い深い悲しみだけ。
どうしてこんなことになってしまったのか。いつから道を逸れてしまったのか。
なぜ、自分達はこんな形で向き合わなければならなくなってしまったのか。

それまで、俯きながらゼストの言葉に耳を傾けていたレジアスが、ゆっくりと顔を上げる。
自己弁護の言葉を紡ぐことは容易い。
全ては、限られた戦力の中で地上の平和を、市民の安全を守るためだった。
上に行けば行くほど、年をとればとる程に、綺麗なままではいられない。
法的・倫理的に問題がある方法でも、それで平和と安全を実現できるならと、全てを轢き潰して推し進めて来た。

結果的に、それらは実現できたと言えるだろう。治安を維持し、犯罪の増加を抑えたのは紛れもない事実だ。
その陰で、多くの犠牲を払いはしたが……見合うだけの成果は上がっている。
彼らの犠牲は、決して無駄ではないし、無駄にしない為に突き進んできた。

しかし、今語るべきはそんな言葉ではない。
それらは結局、上に立つ「中将」としての論理であり言葉に過ぎないのだ。
今語るべきは、かつて切り捨てた友を前に紡がなければならないのは、「自分自身」の言葉なのだから。

「ゼスト、ワシは……」



BATTLE 47「武人」



シグナムが先行させたリインを追って地上本部に突入した時。
レジアス中将の執務室へとつながる通路では、リインとアギトが互いに氷弾と炎弾をぶつけ合っていた。

「ですから、そこを通してくださいと言ってるんです!」
「旦那はただ古い友達と話したいだけだって言ってんだ!
 そいつを邪魔しよぅってんなら容赦しねぇぞ、ばってんチビ!」
「なんで邪魔するって決めつけるですか! 私達はただ、事情を聞かせてほしいだけなんです!」
「漢と漢の間に入ろうってんならな、それだけで邪魔なんだよ!」

融合騎と言う事や身体のサイズだけでなく、使う力こそ真逆だが、その力量もほぼ同等らしい。
炎が氷を溶かし、溶けた傍から構築される氷によって炎がせき止められている。
一体どれだけの時間このような口論とも喧嘩とも付かないやり取りをしているかは定かではないが、通路の荒れようからすると、相当長い時間やり合っていたらしい。
ただ、ここまで拮抗していると…傍から見る分には、いっそ不毛にさえ映るが。

「まったく、なんの為に先に行かせたと思っているのやら……リイン!」
「ぁ、シグナム!」
「ちぃ、厄介な奴が追い付いてきやがった……だがな、誰が相手だろうとここから先は一歩も行かせねぇ!
 旦那には…もう、時間がねぇんだ……!!」
(やれやれ、こうも頑なでは話し合いどころではないな)

相手の言い分など、元より精神的に聞く余地がないのだろう。
リインが口論まがいの小競り合いをしていたのも、これでは無理からぬことか。
とはいえ、シグナムもあまり悠長にしてはいられない。

シグナムが現れた事で、アギトはその小さな体を精一杯広げ、自身の背後にバリアを展開している。
身を呈してでもシグナムを阻む、その意思の表れだろう。
その決意と覚悟は認めるが、それでもここを通してもらわなければならないのだから。

「……」

無言のままレヴァンティンを上段に構え、アギトが自身の背後に展開するバリアに狙いを定める。
アギトを倒すことが目的なのではない。目的はあくまでも、この先にいるであろうゼストだ。
僅かな時間ぶつかり合っただけだが、それでもこの健気で一途な融合騎の事をシグナムは決して嫌いではない。

アギトを傷つけることなく、ただ背後のバリアだけを斬る。
その意思をこの一太刀に込め、シグナムは愛機を振り下ろそうとし……

「そこまでだ」

直前で割って入った重厚な声により、その切っ先が止まった。
アギトはその声の方…後ろに振り返り、背後に立つ男を見上げる。

「旦那!」
「すまんな、アギト。苦労をかけた」
「もう、いいのか?」
「ああ…もう、全て済んだ。終わったんだ」

目に涙を浮かべるアギトに、ゼストはその武骨な手を乗せて労う。
その顔には、先ほどまであった張りつめた物がない。
晴れやか…とはどこか違い、何かが抜け落ちている気がした。

「レジアス中将は……」
「案ずるな。元より、どのような答えであったとしても……レジアスを斬る気などなかった」
「…………」
「いや、違うな。俺には、はじめからそんな資格も権利もない。
アイツを断罪できるとすれば、それは俺ではなく俺の部下…その遺族か、あるいは……」

その正義の下に犠牲となった、自分以外の誰か達だけ。
裁きを降すとしても、それはやはりゼストの役目ではないのだろう。
それは、客観的に物事を判断できる第三者がする事なのだから。

彼はただ……………知りたかっただけなのだ。
生き残ってしまった者として、共に正義を語り合った友として。
そして知った全てを託し、審判を降してほしかったのだろう。友と…自分に。

「俺とレジアスは同罪だ。俺達が奉じる正義は同じものであり、俺はその正義に殉じるつもりだった。
 もし、その正義が歪もうとしていたのなら、俺がそれを正さなければならなかったのだ。
 そして、その正義の果ての罪ならば俺もまた背負うのが道理。そんな俺に、どうしてアイツを裁く事が出来る」

かつて思っていたそれとは些か形が違ってしまったが、元よりゼストはそのつもりだった。
同じ正義を共有し、それに殉ずるという事はそう言う事だ。
例えその正義が形を変えてしまったとしても、その誓いまで変えてしまったつもりはない。

「俺が知る限りの事件の真相は、全てこの指輪に収めてある」
「お預かりします」
「レジアスも、この事件が終わり次第全てを明らかにするだろう。ここからは……お前達の仕事だ」
「同行は…願えませんか?」
「断る。ルーテシアを助け、スカリエッティを止めなければならん」
「ルーテシア・アルピーノは私の部下達が保護するべく動いています。ジェイル・スカリエッティの研究所にも、我々の仲間が既に突入しておりますので、いずれ……」

今のところそちらの情報は来ていないが、シグナムはフェイトや兼一達の事を信じている。
彼らなら、無事にスカリエッティを止めるだろう事を。

「そうか。ならばこれ以上、亡者が現世に介入するべきではないか」
「どうなさるおつもりですか」
「俺は元より当の昔に死んだ人間だ。それが、なんの不条理か未練に引き摺られて動いていたにすぎん。
ならば、未練が無くなった以上、この世に居座る理由もない。後は、ただ土に変えるだけだ」

シグナムの横を通り抜けながら、ゼストは自嘲気味にそう語る。
そう、これまでが異常だったのだ。だから後は、自然の流れに帰るだけ。
死人は朽ち、土に変える。それがあるべき姿なのだから。

「長くは持たない身体とは言え、これでも技術者連中には貴重な研究材料だろう。だが、死んだ後まで利用されるのは御免被る。亡者は亡者らしく、人知れず消えるのが分相応だ」

確かに、死した後には献体として扱われる可能性は充分ある。
それをこの男が望まないというのも……わからないではない。
恐らくその言葉通り、野生の獣の様に、誰の目にもとまらないどこかでひっそりと眠りに付くつもりなのだろう。
それを引きとめる言葉は……シグナムの中にはなかった。
彼女には、ゼストの気持ちが多少なりともわかってしまうから。

(出来れば、もう少しお前達の行く末を見届けたかったが……詮無い事か)

チラリと、通り過ぎた自身の背中を見つめるアギトに目配せする。
未練がないと言えば嘘になるが、この身にそんな猶予はない。
ならば、その様な願いは抱くべきではないのだろう。

(あと思い残すことがあるとすれば、それは……イヤ、これ以上、今を生きる者に余計な重荷を背負わせるべきではないな)

シグナムでも相手として申し分はないが……すぐに頭を振って否定する。
最後に残った身勝手な未練、そんな物を押し付けられても迷惑だろう。
なにより、身勝手と知ってなおこの未練をぶつけたい相手がいるとすれば、それは彼女ではないのだ。
シグナムが相手として不足なのではない。ただ、彼女より先に出会ってしまったというだけのこと。
とはいえ、目の前にいるのならともかく、遥か彼方にいるであろうその人物に押し付ける気にもなれなかった。

「旦那!」
「来るな!」
「っ……」
「お前は、お前達は未来へと進まなければならん。俺の様な過去の遺物に、いつまでもとらわれるな」
「でも……!」
「アギトとルーテシアの事を…頼めるか。巡り合うべき相手に巡り合えなかった、不幸な子どもだ」

ゼストの頼みに、シグナムは無言のうちに首肯を返す。
それに満足そうな、安心したような微笑みを浮かべるゼスト。
だがそこで、アギトがうつむきながら涙を堪えている事に気付く。

「……」
「そんな顔をするな。お前達と過ごした日々、存外…悪くなかった。俺などには、勿体無い程に」
「行かれるのですね」
「夢を描いて未来を見つめた筈が、いつの間にか…随分と道を違えてしまった。
お前達は、過たずに進んでくれ。さらばだ」

それだけ言い残し、ゼストは地上本部から飛び立ち、何処かへと消えて行く。

「リイン、お前は先に行って主はやてと合流しろ。私も直、空に上がる」
「……はいです」

シグナムの指示に従い、リインは一足先に空へと向かった。
その間に、シグナムはゼストより託された子らの一人と向かい合う。

「アギト、お前はどうする?」
「旦那は…アンタにあたしと願いを託した。だから、アンタと行く。
 傍にいて、見極めてやる。アンタがもし、旦那の言葉を裏切るようなマネをしたら……絶対に、ゆるさねぇ」
「ああ。騎士の誇りにかけて誓おう、決して騎士ゼストとの誓いを破らんと。
 もしその誓いを違える時がきたなら……お前が、私を止めろ。例え、焼き殺すことになったとしても」
「その言葉、二言はねぇな」
「無論」

そうして、リインにやや遅れてシグナムとアギトも空へと上がっていく。
やらなければならない事がある。悲しみに暮れるのは、今ではないのだから。

だが、二人は知らない。
誰にも看取られずに逝く事を望んで一人飛び立ったゼストが、光に呑まれ姿を消した事を。



  *  *  *  *  *



「…………」

暗い洞穴の奥深く。
弱者を人質にとり、巧妙な話術で己を封じた男の横顔を微かに睨む。
その視線は、常の彼からは想像もつかない程に鋭く険しい。
視線の圧力だけで、常人ならば卒倒してしまうであろう程に。

それどころか、感情の昂ぶりと共に漏れた気当たりが狭い室内を鳴動させ、陶磁器製のカップにヒビが入る。
しかし、いっそ暴力的とも言っていい気迫に当てられて尚、男は優雅に紅茶を口へと運んでいた。

彼の性格を知り抜いているが故か、あるいは単に開き直っているだけかは定かではない。
だが厳然たる事実として、男に動じる素振りはない。
威嚇の無意味さを悟ったのか、彼は視線を宙空に浮かぶモニターへと戻す。
そこにもまた、男…ジェイル・スカリエッティの姿が映し出されていた。

「あれは……人形ですか」
「正解だ。何事も使いようでね。君達が0型と呼ぶアレに人型の偽装を施し、マルチタスクの一部を使って動かせばこういう事もできると言う訳さ」

魔法や次元世界の進んだ技術には未だ疎い兼一には詳しい事は良く分からないが、そう言う事もあるのだろうと納得する。
何しろ、事実としてジェイル・スカリエッティと呼ばれる男の姿をした者が、こことモニターの向こう、2箇所に同時に存在しているのだから。

「……卑劣だと思うかい?」
「…………」

スカリエッティの問いに兼一はなにも返さない。
ただ無言を貫き、怒りを帯びた気迫を洩らしながらも、中空に浮かぶモニターを見続ける。
スカリエッティは特に兼一の反応に落胆の色を示すことなく、さらに言葉を紡ぐ。

「君の事だ、思わない筈がないだろうが……言葉にも出来ないと言ったところか。
 なにしろ、話術もまた立派な兵法。この場合、心を揺さぶられている彼女が未熟…違うかな?」

モニターに映っているのは、赤い糸の様なバインドに囚われ窮地に立たされたフェイトの姿。
バインドから脱出するだけならば、幾らでも手はあるだろう。
実際、一度は片刃の剣へと形態を変えたバルディッシュで斬り払う事により、脱出に成功している。
再度捕らわれてはいるが、もう一度脱出することが出来ないとは思えない。

しかし、共に突入したシスターシャッハとはトラップとセインにより分断され、彼女の周りには2体の戦闘機人。
更に、兼一には直接影響がないので詳しい事はわからないが、研究所内部は高濃度のAMF 空間らしい。
仮にバインドから脱出しても、こうも不利な要素が目白押しでは……。

「――――――――――――っ」

静かに、兼一は一人臍を噛む。
それは、仲間の窮地に自分だけ何もできずに見ている事しかできない無力に対するもの。
同時に、スカリエッティの言葉を否定することができない事に対するもの。

スカリエッティの言う事は正しい。
例えトラウマを刺激されたのだとしても、それでも心を揺らされ冷静さを欠いた彼女が未熟だっただけのこと。
闘うという事は、綺麗事ではない。敵の弱点は容赦なく付くのが常道であり、弱い者…弱さを晒した者から潰されていく物なのだから。

武人として、フェイト達以上に長く闘争の世界に身を浸してきた彼は、それを理解している。
ただ、理解と納得は別だ。「そういうもの」とわかっていたとしても、仲間のこの様な姿を見て「未熟なのが悪い」と言える程、兼一は冷徹ではない。その板挟みにあっているからこその無言なのだ。

「ところで、これはいわゆる驚愕の真実…と言う奴だと思うのだが、感想はあるかね?」
「別に、何も」
「ほぉ……もしや、以前から知っていたのかね?」

その問いに、兼一は首を横に振って否定する。
実の所、兼一はあまり六課の仲間の過去を知らない。フェイト然り、はやて然り、守護騎士然りだ。
知っているのはティアナとキャロ、あとはギンガとスバル、そしてなのはのことくらい。
最後の二人の場合、ギンガの事を知る事はそのままスバルの過去を知るのとほぼ同義だし、なのはの場合は魔法関連とは別の過去を知っているという事になるが。
そのため、先ほどスカリエッティがフェイトを揺さぶる為にモニターの向こうにいる人形を介して語った内容こそが、彼が初めて知ったフェイトの過去に関する情報と言えよう。

「では、仲間と思っていた者がかつていた人物の粗悪な模造品だという事を知って、何も思う所がないと?」
「おかしなことを聞くんですね。詳しい事情はわかりませんが、彼女はフェイト隊長です。彼女は確かに、えっと…アリシアさん、でしたか? その人のクローンなんでしょうが、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは彼女の他にいないでしょう?」
(考えてみれば、彼は自身の弟子が戦闘機人であっても気にしない男だったか……)

ならば、この情報をどうやりくりした所で揺さぶれる筈がなかったのだろう。
まぁ、アノニマートの存在を受け入れている時点で、わかりきった事ではあったが。

兼一はフェイトが仲間であること、彼女が模造品などではない一個人であることを強調しない。
それが逆に、彼の本心を物語っている。殊更声高に主張するまでもなく、繰り返し言い聞かせるまでもなく、それが唯一無二の真実であると確信していればこそ。
故に兼一は立ち上がり、外への道を閉ざす赤い膜へと歩みを進める。

「どこへ…行くつもりかな?」
「……フェイト隊長を助けに」
「無駄だよ。言ったろう? 確かに君になら…いや、君でなくてもそれを壊すのは容易い。
 しかし、問題はその後だ。お約束で申し訳ないが、この研究所にはいわゆる自壊機構が備わっているのだよ。
そしてそれは今、その膜が壊れると同時に起動するよう設定されている。
 仮に君が地中を掘り進むなり、天井に穴をあけるなりした所で同じ事だ。その膜はこの部屋全体を、壁も地中も関係なく覆っている。君が外へ出るにはどうやった所でその膜を壊さねばならない。だが、壊せば研究所そのものが崩壊し、当然研究所内にいる全ての人間が巻き添えとなる。
いや、君やフェイト・テスタロッサならば脱出も可能だろう。しかし、ポットに入っている者達全てまでは手が回るまい。活人の拳士である君に、彼らを見捨てる事が出来るのかな?
まぁ、もし四方を壁に囲まれた状態で、壁に傷一つ付けずに脱出する技が君にあるのなら、話は別だがね」

もちろん、そんな都合のいい技は存在しない。
あればとっくの昔に使っているのだから、まさかこれまで隠していたという事もなかろう。
どれほど荒唐無稽に思えても、達人達がやっているのは超能力や魔法と言った特殊な力を持たない、ただの人間と言う動物がはじめから持ち得ている動作の延長でしかないのだ。
まぁ、あまりにも地平線の彼方へ飛んで行ってしまってはいるが、それが事実。

消えたからと言って別に本当に消えたわけではない。単に動体視力が追い付かない程の速度で走っているだけだ。
水の上を走り、空を飛び跳ねていたとしても、それは水面や音の壁を蹴っているだけに過ぎない。
分身したように見えても、気当たりで他者の本能を逆手に取ってそう見せているだけ。
彼らは超能力者でもなければ魔法使いでもなく、ましてや奇術師でもない。あくまでも「武術」と言う名の技術を…肉体運用の極地へと至っただけの人間でしかないのだから。

「君は強い、今や君に勝てる者はそういないだろう。
 だが、強いだけではどうにもならない事は多い。肉体を運用する…そんな、ある意味最も単純な技術を極めたが故の強みもあれば、どれほど極めてもどうしようもない場面と言うのはある。
 私がそれを知っていたが故に、今回は後者だった。ただそれだけのこと、君が無力に思う事ではない」
「…………あなたは結局、僕をどうしたいんですか」

スカリエッティに背を向けたまま、兼一は問う。
それは苦し紛れの問いだったが、同時に確信を突いた問いでもあった。
確かに今一時の間、スカリエッティは兼一を封じることに成功している。

しかし、こんなやり方がいつまでも続く筈がない。
フェイトが…いや、フェイトでなくても、管理局側の誰かが研究所を制圧してしまえば、兼一を封じることに意味はなくなる。ポットに入った人々を救出できれば、兼一は自由を取り戻すのだから。
逆にスカリエッティ側が勝利したとしても、兼一が傍にいる限りスカリエッティが逃げることは不可能だ。
転送しようにも、それが発動するより速く何らかの手を打つ事が出来るのだから。

「ふむ……君は先ほどあちらの私を人形と見抜いた。だが、ここにいる私さえもが偽物だとしたらどうかね?」
「あり得ません」
「その心は?」
「どれほど精巧に作っても、『人を模した物』は『人を模している』限り『人』になれません。
例え、人の動きを忠実に追い掛けたとしても」

スカリエッティの問いに、兼一は確信を持って答えた。
そして、当のスカリエッティもまたそれを当然の様に受け入れる。

「ましてや、君ほどの者の眼は騙せない…そう言えば、先ほど私が言ったことだったな。肉体の運用を極めた君たちだからこそ、その違和感を見抜けない筈がない。ああ、全く以って道理だ」
「……」
「私が何をしようとしているのか、それがそんなに気掛かりかな」
「ええ。何を考えているかわからない…そう言うタイプは特に厄介ですから」
「ふむ。では、そろそろ胸の内を明かすとしよう。
別に、君と会って話をしたかったと言うのも嘘ではないが、丁度……頃合いだ」

呟くと同時に、兼一は弾かれた様に背後を振り向く。
ただしその視線の向かう先は、未だ椅子に座したままのスカリエッティではなく、そのさらに後ろ。
煌々と光を放つ魔法陣と、そこから姿を現しつつある人物へと向けられていた。

「あなたは確か、あの時の……」

魔法陣から姿を現したのは、古ぼけたコートと一目で業物と分かる槍を手にした壮年の人物。
まだ若いと言っていい兼一が持つ精悍さとは逆に、確かな年月によって刻まれた重厚な面立ち。
その顔には見覚えがなかったが、立ち姿、気配には覚えがある。
かつて、ヴィヴィオを保護した事件の折に闘ったフードを被った男。
彼と同一人物である事を、兼一は即座に理解する。

スカリエッティでは兼一に敵わない。それどころか、そもそも勝負という形にすらなるまい。
それが、スカリエッティ自身が語った事であり、兼一もまた確信する事実。
しかしそれは、必ずしも兼一と闘う相手がいないという事ではなかったのだ。
だがそれにしては、召喚された人物の様子がおかしい。

「お前は……貴様の仕業か、スカリエッティ」
「ああ、私の仕業だよ、騎士ゼスト」

ゼストは手に持った槍の矛先を、兼一ではなくスカリエッティへと向ける。
そんなゼストに肩を竦めながらも、スカリエッティは動じない。
自身の返答一つで命が危ういこの状況を理解していないのか。それとも……

「どういうつもりだ、まだ死人を働かせるつもりか」
「いや。君達の勝敗そのものは戦局に何ら影響しないだろう。仮に君達が闘わなかったとしても、この結界があれば現状を維持することはできる。つまり、この場に君を召喚する意味は……特にないだろうね」
「ならば、どういうつもりだ」
「祭りに踊りはつきものだろう? 折角の祭りなんだ、より派手な出し物があった方が盛り上がるし、見物人も楽しめる。私はただ、君達の踊りを見たいと思う見物人に過ぎんさ」

確かに、ゼストを今この場に召喚することには何らメリットがない。
しかし、だからといってゼストはスカリエッティの言葉を鵜呑みにする気はなかった。
この食えない男が、早々本音を口にするとは思えないから。
それは間違ってはいない。間違ってはいないが、やはりその本音までは読み切れない。
ならば、後は自身の心の赴くままに動くしかないのだろう。

「さあ、役者は揃った。思い残すことのない様、存分に踊ると良い。
 とはいえ、無論私は君達に一切の強制力を持たない以上、どうするかは君達が決める事だが……」
「……………………………良いだろう、貴様の策に乗ってやる」

正直に言ってしまえば、ゼストにとってこの召喚は僥倖だったとも言える。
未練を果たし、思い残す物のにも粗方区切りをつけた。
気掛かりは多くあるが、信じるに足る人物に託せただけでも良しとすべきだろう。
僅かに言葉を交わし、数度刃を交えただけだが、信じられるという確信は得られた。
どの道、彼には最後まで見届けてやることはできないのだから。

だがそんな彼に一つ残った、ささやかな心残り。
長年に渡って突き動かされてきた未練には遠く及ばない。
出来れば最後まで見守ってやりたかった気掛かりに比べれば、あまりにもちっぽけなそれ。
晴らせないのであればそれも已む無しと思える程度の、本当にささやかな心残り。
しかしそれでも、目の前にそれがあれば止まる事は出来ない。
自身に残された時間が少ない事が分かるからこそ、尚更に。

(まさか…な)

まるで己が内心を見透かしたかのような召喚。
ゼストはある可能性を思い浮かべるが、早々に否定する。
この男がそんな事をする理由が見当たらない。二人の関係は、あくまでも限定的な協力関係。あるいは、研究者とその実験材料。そんな間柄にもかかわらず、この男が「最後の心残りを果たさせる」そんな理由でこんな事をするとは到底信じられない。

「確かに貴様の策に乗せられてやろう。だが……!」

言うや否や、スカリエッティの身体を幾条ものバインドが拘束する。

「俺同様、この先の世に貴様は必要ない。俺は朽ち、貴様は法によって裁かれねばならん。
 この勝負、どちらが勝ったとしても…貴様の行く末は同じだ」

兼一が勝てば、当然スカリエッティは牢獄行き。その後はフェイトに加勢することだろう。
逆にゼストが勝ったとしても、彼はスカリエッティを引き渡すつもりだ。また、長くは持たない身とはいえ、迷惑をかけた詫びに、行方を眩ます前に研究所内のナンバーズの対処くらいはする。それが、けじめと言う物だ。
その意味で、この勝負の結果は二人の勝敗以上には発展しない。

「ああ、構わんよ。なんなら、ロープで物理的に拘束してもいい。
 ただ、君達の勝負を見られれば文句はないさ」

スカリエッティの正面に浮かぶモニターには、彼らがいるこの部屋が映し出されている。
おそらく、身動きが取れなくてもこれで見ると言う事なのだろう。

「…………好きにしろ」

ゼストがスカリエッティから視線を外すと、同時に部屋を包んでいた結界が消失した。
自壊機構とやらが作動した様子もないので、正規の手順による解除ならば問題はないと言う事か。
これで、兼一は自由を取り戻した事になる。だが、彼はその場から動かない。
いや、動かないのではなく、この場合は動けないと言うべきか。

「すまんな、お前に恨みはない。本来なら、俺はこのまま人知れず朽ちるべきなのだともわかってはいる。
 しかし、こうして巡り合ってしまった以上……立ち去る事も出来ん」
「退いては、いただけませんか」
「俺もかつては武人の端くれだった。晩節を汚すことになろうとも、最後はせめて……武人として」
「……」

相手の命が長くないことくらい、兼一にはわかっていた。
武術を極め、また医術の心得もある彼にわからない筈がない。

断れるものなら、断ってしまうべきだ。
兼一にはまだやるべき事がある以上、敵ですらない男と闘う意味はない。
折角結界が消えたのだ、早々に離脱し、フェイトの加勢に行くのが利口だろう。

「受けては、もらえまいか」

もし、単に死を望んでの闘いであれば、兼一はこうも悩みはしなかったろう。
命を賭けることと、死ぬために闘う事は違うのだ。そんなバカげた命のやり取りなど、出来る筈も無い。

だが、ゼストの願いは違う。ただ最後に、武人として誇れる闘いを、かつてつけられなかった決着を。
結果が勝利であれ、敗北であれ構わない。それこそ、生も死も受け入れる覚悟なのだろう。

「…………………わかりました」
「……恩に着る」

そんな漢の覚悟に、背を向ける事は出来ない。
仮に拒んだ所で、この男は無理矢理にでも闘いの場に引き摺りこんでくるだろう。
そうなれば、どの道兼一としても受けざるを得ない。自分自身の命を守るために。
避け得ぬ戦いであれば、受けるしかない。

せめてもの救いは、この男の望みが「死」そのものではないこと。
それならば、まだ幾らかやり様はある。

「前回は名乗る事かなわなかったが、此度は名乗ろう。
古代ベルカ式、ゼスト・グランガイツだ。貴殿の名は」
「梁山泊、『一人多国籍軍』白浜兼一です」
「そうか、白浜殿…………いざ、参る!!」

袈裟掛けに振り抜かれる白銀の一閃。
兼一は大きく飛び退きながら、回避すると同時に狭い室内から脱出する。



  *  *  *  *  *



暗く静かな回廊に響き渡る、胸を抉る言霊。
露骨な悪意を宿した笑みを形作る口から放たれる声は、不可視のメスとなって金の少女の心を切開する。
全身の自由を奪うバインドにより苦痛で歪んでいた表情が、ある種の恐怖に染まっていく。
心の奥底に抱え続けた不安を突かれ、赤い糸に拘束された少女…フェイトは明らかに動揺しているのだ。

「君と私は、良く似ているんだよ」
「っ!」
「私は自分で作り出した生体兵器達。君は自分で見つけ出した、自分に反抗することのできない子ども達。
 それを自分の思うように作り上げ、自分の目的のために使っている」
「黙れ!」

演説の如く朗々と語られる言葉を遮る様に、フェイトは拘束されたまま魔力弾を放つ。
だがそれは、男が右手を翳す事で展開した障壁に阻まれ空中で四散。
スカリエッティ…より正確にはそれをかたどった人形は、何事もなかったかのように演説を続ける。

「違うかい? 君もあの子達が自分に逆らわない様に教え込み、闘わせているだろう」

スカリエッティの言葉を否定したい。そんな事はないと、自分は違うと。しかし……出来ない。
出来たのであれば、わざわざ行動でその口を閉ざそうとはしなかったろう。
行動に移してしまった時点で、彼女にはスカリエッティを論破出来ないと認めた様なものだ。
彼女自身もわかっているのだろう。どれほど否定したくとも、言葉が出て来ない。
フェイトはただ、嫌な笑みを浮かべるスカリエッティを忌々しげに睨む事しかできない。

「私がそうだし、君の母親も同じだ。周りの全ての人間は自分のための道具に過ぎん」

だがそれも、長くは続かない。
徐々に瞳からは反抗の意思が薄れ、その美貌に年相応の弱さが顔をのぞかせる。
どれほど強力な力を持ち、如何に明晰な頭脳を持ち、十年にも及ぶ経験があろうとも、彼女はまだ20歳にも満たないのだ。周りが思う程、その心は強くない。むしろ、重い過去を抱えるからこそ……。

「その癖君達は、自分に向けられる愛情が薄れるのには臆病だ。
実の母親がそうだったんだ、君もいずれああなる」

道迷った幼い子供を想わせる、怯えに染まった表情。
今の自身を支える根幹であり土台であり、柱。それを揺さぶられれば……こんなにも脆い。
彼女の心は、あと少しで折れてしまいそうな程に追い詰められていた。

「間違いを犯すことに怯え、薄い絆に縋って震え、そんな人生など無意味だと……」

フェイトの心を折る最後のひと押し。
だがその直前、回廊内を耳朶を振るわせる轟音が埋め尽くす。

その場にいる全員が反射的に音の出所へと視線を向ける。
壁一面に整列するガジェットの群れ、そこに突如として爆砕したのだ。
そして、穿たれた大穴から濛々と立ち込める土煙を掻き分けて、二つの人影が姿を現す。

「むんっ!」
「ぜりゃぁ!」

鍔迫り合う槍と手刀。
さすがに刃そのものを手刀で受けることはできないのか、実際には柄を手刀で防ぎ、あるいは装備した手甲で刃を止めている。その意味では鍔迫り合いと言うのは正しくないのかもしれない。

しかし、衝突する互いの気迫や槍と手刀がぶつかる度に爆ぜる空気は、鍔迫り合いとしか言いようがなかった。
ただ、両手で得物を振るう槍使いとそれを片手で受け止める拳士。優劣は明らかだ。

「くっ……」
「おおおおおおお!!」

鍔迫り合いになったは良いが、押し合いになれば当然拳士の方が不利。
徐々に槍が押し込まれ、拳士の前に刃が迫る。

確かに鍔迫り合いにおいては分が悪い。
だが、闘いそのものは一概に振りとも言い切れない。
片手で槍を受け止めていると言う事は、もう片方の手が空いていると言う事を意味する。

片手で槍を支えつつ、更に一歩前へ。
床を蹴り砕かんばかりの踏み込みが、爆発を想わせる轟音を響かせる。
懐へ入ると同時に、空いた肘をがら空きになった敵の鳩尾へ。

「こっ!」

八極の一手『裡門頂肘』。裡門とは敵の内懐へと入ることであり、頂肘とは肘打ち。
つまり、敵の懐に入りながら体当たりの如く肘を打ち込む技である。
充分に震脚の効いたそれは一打必倒。
どれほど分厚い腹筋に守られ、如何に堅固な障壁があろうと打ち砕くだろう。
ただし、あくまでも当たればの話だが。

(外された!)

当たる直前、刹那のタイミングで半歩下がりやり過ごしたのだろう。
全くの無傷とは思えないが、威力の大半を削られてしまった事は手応えから明らか。

次の動作に移ろうにも、この技は大きく腰を落とす性質上、次の動作に繋げ辛い。
一打必倒の大技故に、打ち終わりの隙もまた大きい。

見れば、半歩下がった敵は既に反撃に移ろうとしている。
口の端から血を零しながら、唐竹の一撃が脳天目掛けて振り下ろされる。
この体勢では、受けることも飛び退いて避けることもかなわない。

だがそこで、兼一は通常とは全く別の選択肢を選ぶ。
身体に力を入れるのではなく、抜く。
脱力によって兼一の身体はその場で崩れ落ちる。

とはいえ、それで斬撃の軌道から完全に抜けられるわけではない。
狙いは僅かに外れたものの、穂先は確かに兼一の身体を捉えた。
道着の下に着込んだ鎖帷子と刃が衝突し、眩い火花が舞い散る。

槍撃の衝撃により、踏みとどまる力さえも捨てた兼一の身体は面白いように床の上を転がって行く。
しかし、それを為した張本人…ゼストの顔は浮かない。
会心の一撃だった筈が、まるで柳の枝でも殴ったかのような手応えのなさ。

『捨己従人(しゃきじゅうじん)』あるいは『流水』とも呼ばれる、相手の力の流れに逆らわない事で、逆に身を守る技法だ。
まぁ、武器の一撃を受け流してしまえる程に己を捨てるなど、早々できることではないが。

「いちち…あっぶな~……」

転がりながらも身を起こし、兼一は軽く息を突きながら呟く。
実際、九死に一生だった。
僅かでも恐怖に負けて身体が強張っていれば、本当に死んでいたかもしれない。
それほどまでに、鋭くも重い一撃だったのだ。

ただし、なんとか最小限のダメージに抑えはしたものの、その代償は決して安くもない。
僅かに視線を落とせば、そこには無残に斬り裂かれた道着と……砕け散った帷子。

「頼みの帷子もはじけたな。これで、先の様な手は使えんぞ」
「でしょうね」

無論、兼一とて先ほどの様な手が何度も使えるとは思ってはいない。
ああいう防御法があると知られれば、それなりのやり方で攻めて来るだろう。
ダメージは兼一の方が有利なのだろうが、防御力の低下は由々しき問題だ。
この先、兼一は手甲のみであの刃を防がなければならないのだから。

「兼一…さん」
「ぁ、フェイト隊…長?」

背中へと掛けられた声に反応し、僅かに視線を向ける。
確かにそこにいたのは、彼もまた良く見知った女性。

だが、その表情は普段の彼女とは別人のように弱々しく儚い。
あまりに覇気の感じられないその様は、一瞬フェイトである事を疑ってしまうほどだ。
モニター越しに心を揺さぶられている事は見ていたが、ここまでではなかった。
恐らく、ゼストと闘っている間に更に何かあったのだろう。

兼一はゼストへの警戒を怠らず、左手を二閃三閃させることで彼女を縛るバインドを断ち切る。
しかし、解放されたフェイトはまるで糸の切れた人形のように、力なくその場に座り込む。
そんなフェイトに兼一は一瞥もくれることなく、ただ前を向いたままに厳しい声音で言葉を紡ぐ。

「立ってください、フェイト隊長」
「ぁ、でも、私…は……」
「立つんだ!」

呆然と、意思の感じられない眼差しを向けるフェイトに叩きつける。
手を差し伸べる事は容易い。だが、それでは意味がないのだ。

今視線の先で槍を構える敵が、そんな隙を許してくれないと言うだけではない。
何より、フェイト自身にとって、この場で手を差し伸べることに意味がないのだ。

滅多に聞く事のない、兼一の強い言葉にフェイトは僅かに身体を振るわせた。
そうして言われるがまま、フェイトは緩慢な動作で立ち上がる。

「何があったのかは知りません。何があなたをそんなにも追い詰めているのか、僕にわかる筈もない。
 恥ずかしい事に、僕はあなたの事をほとんど知らないから」
「……」
「でも、知っていることもある。あなたは……強い女性(ヒト)だ。
誰かのために本気で怒り、悲しみを共有できる、優しくも強い人です」
「違…私は、そんなんじゃ……」

その言葉を、フェイトは「自分はそんなに立派な人間ではない」と否定しようとする。
だが、兼一はそんな彼女に構うことなく言葉を紡いでいく。

「そんなあなたが、こんなにも追い詰められている。それはきっと、僕の想像が及ばないくらいに重い何かなんでしょう。その重さを、何も知らない僕に軽くできるとは思いません。
 だけど、全力を出す妨げになるその感情は邪魔です。辛くても苦しくても、今は前を向いてください」
「それが、出来れば……!」

兼一の言う事は正しい。しかし、それができればこんな事にはなっていない。
兼一の言う通り、彼はフェイトの事をほとんど知らない。知らないからこそ、そんな事が言えるのだ。
無知故に無遠慮なその言葉に、フェイトの中で沸々と怒りが湧き上がる。
何も知らない癖に、家族に恵まれ、才はなくとも正道を歩み続けた男に、いったい何が分かると言うのか。

「あなたには仲間が、友達が…家族がいるでしょう」
「ぇ……」
「一人で背負わないで。色々な物を一緒に背負って、一緒に考えてくれる…それが仲間であり、友達であり、家族なんじゃないですか? あなたの心を責め苛んでいるそれは、本当に一人で背負わなくちゃいけないものですか?」
「それ、は……でも、そんなの……」
「大丈夫、みんな強い人達ですから。きっと、一緒に背負ってくれますよ。
それに……何も知らず、頼りないかもしれませんけど…僕も一緒に考えて、背負いますから」

それは、本当に極々当たり前のこと。別に、何ら感銘を受ける要素のない一般論。
しかしなぜ、そんな当たり前で月並みな言葉がこんなにも心に染み渡るのか。
それはきっと、この男がそれを心の底から信じているからだ。
一点の曇りもなく、仲間・友・家族…それは、重荷を分かち合ってくれる存在であり、自身もまたその人達の重荷を共有することが当たり前だと思っている。
この男は、ずっとそうやって生きてきて、この先もそうして生きて行くのだろう。

「だから悩むのも、迷うのも………そう言う難しい事は、とりあえず彼らを倒してからにしませんか?」
「…………」

別に、心を責め苛むそれが消えたわけではないし、重荷が軽くなった訳でもない。
何も、何も変わってはいない。ただ、それらを全て一時棚上げにしただけで、何の解決にもなってはいない。

だが、今はそれでもいいのだろう。答えを急ぐ事はない。
迷うのも悩むのも、きっと一生付き合っていかなければならない彼女の性質だ。
フェイトの心は決して強くない。だからこそ仲間が、友が、家族がいるのだろう。
色々な物を分かち合い、支え合う為に。

《Get set》
「オーバードライブ、真・ソニックフォーム」
《Sonic drive》

暗い回廊を、金色の光が照らし出す。
誰もがその輝きに目を細める中、一人それに背を向ける兼一だけは頬笑みを浮かべる。
背後から伝わる気配が喜ばしいのだろう。フェイトが、もう一度立ち上がれた事が。

「もう、大丈夫ですか?」
「ええ、御心配おかけしました」

光が収まり、フェイトはゆっくりと兼一の横に並び立つ。
その装いは先ほどまでのそれからは一変し、酷く薄く身体の線を浮き彫りにする程にフィットしている。
どこか、かつて妻が愛用していた防弾スーツ似ていなくもない。

フェイトのリミットブレイク、『真・ソニックフォーム』。
装甲は無きに等しく、一撃でも受ければそれで終わり。
ただしそれは、魔力の全てを速度に費やし、速さのみを追求した超高機動特化形態であることを意味する。
それが、自身の長所を極端なまでに突き詰めた、フェイトの切り札だった。

「とりあえず、後先のことは……………今をなんとかしてから考えます!」

その言葉と同時に、その場にいた全員が動き出す。
フェイトは戦闘機人達向けて飛び、兼一はゼストに向けて拳を構えた。

先手はゼスト、やはり槍と拳では間合いの利は槍にある。
間合いに入ると同時に横薙ぎに一閃。
兼一はそれを回避するが、その背後で斬撃に余波により壁に断裂が走る。

しかも、一撃や二撃では終わらない。
兼一を寄せ付けない様、刺突が、切り上げが、袈裟斬りが、縦横無尽に襲い掛かる。
その悉くを回避するが、その度に壁一面に無数の斬痕が刻まれていく。

だが、兼一とて一方的に攻撃に晒されてばかりいるつもりもない。
あまりの猛攻で中々拳の届く距離までは近づけないが、それでも斬撃の合間を縫って接敵。
手数で攻めるゼストに対し、少ないチャンスを逃さぬよう、強烈な右拳を見舞う。

「ぐぬっ!」

その一撃を、ゼストは槍の柄を盾にして防ぐ。
まともに受ければ柄そのものをへし折ってしまいそうな程の剛打だが、辛うじて逸らす事で柄を折らせない。
代わりに、壁には巨大な亀裂が走る。

しかし、それに僅かに遅れて右拳の影から左拳が現れた。
思いもよらぬ伏兵により、鉄塊の如き拳が頬に突き刺さる。

だが、常人ならば頭がはじけ飛んでもおかしくない一撃を受けてなお、ゼストは屈さない。
それどころか、半ば意識が飛びかけた状態で、反射的に操った槍の石突が兼一の鳩尾を狙う。
兼一はそれを、急ぎ戻した右腕で防ごうとするが、その直前で槍の軌道が変わる。

(しまった…フェイント!?)

巧みな槍捌きで石突はあらぬ方向へと軌道を変え、代わりに槍の穂先が逆袈裟に振り下ろされる。

(……これを防ぐか)

完全に虚を突いたと思った一閃だったが、兼一はそれを左の手甲で防ぐ。
空手において失伝されたとも言われる多くの口伝の一つ、『夫婦手(めおとで)』。
それは、両の手をつかず離れず同時に動かす手法。前の手は攻撃もすれば防御もする。さらに後の手も攻撃もすれば防御もする。つまり万が一の保険であり、敵にとっては思わぬ伏兵となると言う寸法だ。
ゼストは、まんまとそれに掛かってしまったと言う事。

槍を防がれ、がら空きとなった胴。
その隙を逃さず、ムエタイの跳び膝蹴り『ティーカオ』を放つ。

「おおっ!」

しかし、そんな兼一の行動を予測していたのか、いつの間にか発生していた魔力球が爆ぜる。
魔力資質を持たない兼一にとって、魔力ダメージは鬼門と言っていい。
飛びかけた意識を引き戻す技術に長ける兼一でも、刹那の空白は免れない。

飛びかけた意識を無理矢理引き戻すと、そこには全身を引き絞り槍を構える敵の姿。
肉体は弓、槍は矢。限界まで引き絞った身体から、渾身の一閃が放たれようとしている。

今からでは、満足に防御も回避も行えない。
そう見切りを付け、兼一の肩が僅かに動く。

狙うは岬越時流柔術の究極奥義の一つ、『真・呼吸投げ』。
気当たりによる反射を逆手にとり、相手の体を崩すように誘導し、手を使わずに相手を投げる技。
その性質上、相手が真の達人である場合のみ使える代物だが、ゼストが相手であれば……。
だがそんな兼一の目論見は、別の意味で外される。

「……かぁっ!!」
「なっ!?」

気当たりによる誘導を振り切り、渾身の突きが放たれる。
真・呼吸投げの弱点、それは…捨て身の相手には効果がないと言う事。
この技は、相手の危機回避反射能力を利用して技を掛ける。
それ故に、命を捨てて挑んでくる者には通じない。

とはいえ、微かに反応しかけた所を見るに、全く効果がなかったわけではない筈だ。
恐らく、反応しかける体を押さえつけ、無理矢理に放ったのだろう。

閃光の如き一閃が兼一の胴を襲う。
僅かに反応しかけた事で生じた一瞬にも満たない間。
そのおかげで、辛うじてだが回避が間に合い、脇腹を掠める様にして槍が通り過ぎる。

だが、掠めただけにもかかわらず、帷子の守りを失った身体から鮮血が宙を舞う。
しかし、それも致し方なし。これほどの使い手が放つ渾身の一撃、余波や風圧だけでも人を殺傷するには十分すぎる。それが掠めて行ったのだから、むしろこの程度で済んでよしとすべきだろう。

そうして、何合かそんな打ち合いを続けるうち、やがて先に洞窟の方が限界を迎えて行く。
勝負の余波でひび割れた天井や壁面から、次々に小さい物は人の頭ほどから、大きなものは人の背丈を越える程の岩が落ちて来る。
二人はそれを時に回避し、時に粉砕しながらも闘いを辞めはしない。

むしろ、回避や破壊により生じた微かな隙を狙い合う。
しかし、二人の表情は似ても似つかない。
決死の覚悟で挑むゼストと、苦渋に歪む兼一。
本来、体調の思わしくないゼストに勝ち目はないに等しい。

が、この甘い男がその様な半死人を相手に、容赦なく拳を振るう事が出来る筈も無し。
結果、兼一は攻めるに攻めきれず、二人の闘いは拮抗状態に陥りつつあった。
だがそれも、長くは続かない。

「ぐふっ! ごほっ、ごっ……!」
「っ!」

突然吐血し出したゼストに、兼一は反射的にその身を気遣いそうになるが、止まる。
右手に持った槍で身体を支えるゼストの視線が、それを許さなかった。
『来るな』と、『まだ、勝負は終わっていない……』と、その眼が強く訴えている。

(どうしても、さがれませんか……)

幾度も斬り裂かれ、ボロボロになった道着を脱ぎながら唇を噛む。
闘えば闘う程に、ゼストの寿命は削られていく。
それを見ているのが辛く、止められない自分の未熟が恨めしい。

いや、止めるだけならば簡単だ。
ゼストの身体はもう限界を越えつつある。そこへ渾身の一撃を打ち込めば、恐らくそれで勝負は終わるだろう。
今までにも何度か打ち込める隙はあったし、実際に何度も打ち込んではきた。
ただそこに放つ攻撃を、『必殺』へと切り替えればそれで済む。

しかしその先に待つのは、ゼストの死という結果のみ。
そんな安易な結末で満足できるのなら、はじめからこんな回りくどい戦い方はしていない。
『殺さずに倒す』、それが武の世界に身を投じてからずっと、兼一が貫き続けて来たあり方なのだ。
例え数時間後には潰えるかもしれない命が相手でも、そこを妥協する気はない。

「はっ、はぁ……すまん、不調法した。
 だが………………………身勝手な男だ。己の命は晒しておきながら、俺の命を取りに来ないとは……」
「でしょうね。でもそうじゃなきゃ、活人拳なんてやってられませんよ。
 それに、これが僕の闘いの筋の通し方です」

そう、ある意味活人拳ほど我儘で身勝手な生き方もない。
敵は倒すが、決して殺さない。だが、そんな甘っちょろい事を、この男は本気で貫いてきたのだ。
賭けているのはほかでもない自分の命、その使い方を他人にとやかく言われる筋合いはない。

「……なるほど。確かに、野暮は俺の方だったか」
「ごめんなさい」
「何を謝る。本来受ける必要のない闘いを受けてくれているのだ。感謝こそすれ、謝罪される覚えはない。
なにより………これほどまでに燃え上がったのはいつ以来だ。
叶うなら、燃え尽きるまで続けたいが……決着はつけねばならん」
「……」
「最早、そうはもたん。締まらぬ終わりを迎える前に、この打ち込みで幕引きとしよう!!」

一足飛びの接近から、一切の遅滞なく振り下ろされる上段よりの一撃。
それを、兼一は両腕の甲を頭上に掲げ、装備した手甲で受け止める。

あまりの重さ故に、受けると同時に兼一の足元が陥没した。
一瞬の膠着。その間に、ゼストの膝が鳩尾に突き刺さるが、兼一は動じない。

「おおおお!」

槍を受けた両腕を傾け、槍を右にいなす。
拮抗していた力を逸らされた事で、ゼストの体勢が僅かに崩れた。
兼一は踏み抜かんばかりの力で床を蹴り、逆の脚で膝蹴りを放つ。

「ぐぉっ!」

辛うじて防御が間に合い、槍の柄でそれを受け止めるゼスト。
衝撃を吸収すべく、槍をたわませる。
まともに受けていればへし折れていただろうが、微妙にたわませた事で衝撃が拡散された。
膝を受け止めた槍は、依然としてゼストの手の中で健在。

渾身の一撃を放ち終えた兼一は、未だ体勢を立て直せていない。
だがそこで、裂帛の気迫が全身を打つ。

「コォォォォ……」

自身を真っ直ぐに見る兼一の眼は、これまでのどんな時よりも鋭い光を放っていた。
同時に、膝を蹴り上げた体勢のまま、槍の守りを抜けて脚が伸びて来る。

そこに来て、ようやくゼストは失策を悟った。
兼一の攻撃はまだ終わっていない。そも、あの膝はここへ繋げるための囮に過ぎなかったのだ。
真の狙いは、防御することで逆に意識から外れたその奥。

「ちぇりゃぁ!!!」

無敵超人が誇る百八つの秘技が一つ、『孤塁抜き(こるいぬき)』。
その神髄は、連綿と続く攻防の中、防御こそしているが意識下より外れ孤立している箇所を見つけ出し、堅固に守っている箇所を敢えて打ち抜く事にある。

武術家の基礎は下半身、即ち脚と腰。
徹底的という言葉ですら生温い程に丹念に鍛え上げられた足腰から放たれるそれを総動員して孤塁を穿てば、耐えきれる者などまずいない。

その威力を物語る様に、床には巨大なクレーターと共に、放射状の亀裂がどこまでも走って行く。
否、それどころかあまりの威力に耐えかねて、踏んだ床の底が抜けた。
巧みな足裁きでゼストを抜け落ちた床の外へと飛ばし、兼一自身もまたその場を離れる。

兼一が着地した時、ゼストもまた大穴を挟んで対面に位置する場所で、辛うじて槍で身体を支えていた。
ただし、その身体からは見る見るうちに力が抜け落ちて行く。

「見事、だ………………ぐはっ!」

自身を打倒した敵への称賛を残し、ゼストの身体がその場で沈む。

しかし兼一は、勝利の余韻に浸る気にはなれずにいた。
相手は死期を間近に控え、以前戦った時より遥かに肉体的には衰えている。
その意味で、勝って当たり前と言われれば確かにその通りな勝負だったろう。

だが、兼一はそうは思わない。
実力がどうであれ、命を捨てて挑んでくる敵は恐ろしく、なにより手強い。
事実、他者が思う程に兼一に余裕はない。『なんとか勝てた』と、心から安堵する程に。

されど、彼の闘いはまだ終わっていない。
兼一は軽く両手で己が頬を叩き、自身の手当ては後回しに、大穴を飛び越えて倒れ伏したゼストの傍に膝を突く。
彼の身体を仰向けにひっくり返し、目視と触診でダメージの状態を確認していく。

孤塁抜きにより、右側の肋骨が全滅している。
また裡門頂肘を始め、幾度となく打ち込んだ拳や肘、膝に蹴りで内臓へのダメージが複数個所。
その他、上げて行けばきりがない程のダメージが刻まれている。
極力最小限のダメージに抑えようと努力はしたが、この有様。
自身の未熟さを、改めて思い知る。

かつて長老も言っていた。
『“ただ敵を殺すだけの力は容易く”…“敵を必要以上に傷つけずに大切な者を必ず守り抜く力”っつーたら、こりゃもう史上最強レベルなんじゃよ』と。
まだまだ自分はその域には届いていない。道は果てしなく遠く、終わりは見えず、見える事すら想像もつかない。

しかし、そんな感傷は頭の隅に。
今やるべき事は、自身の未熟を恥じることではない。

「…なにを、している……」
「しゃべらないで。いま、応急処置を!」
「無駄だ。自分の身体の事は、自分自身が一番よくわかっている。俺は、もう……もたん」
「諦めないでください! あなたには、まだやり残した事がある筈です!」
「ない。結果は敗北ではあったが、俺は充分に満足している。最早……思い残すことはない。
 ただ、頼めるなら……俺の躯は、人知れず葬ってはくれまいか」
「嘘だ!」

医者も顔負けの手際で処置を進めながら、兼一は険しい顔でゼストの言葉を否定する。

「嘘など……」
「いいえ、嘘だ。あなたには、あなたを待つ人たちがいる筈です」
「……」
「眼を見ればわかります。あなたには………………子どもがいる。
残り少なくい命でも良い、その子の為に……生きてください。生きる事を諦めないで! 共に行きたくても、出来ない人だっているんです! だから、諦めるなんて……絶対に許しません!!」

懸命な兼一の言葉が、ゼストの脳裏に残して来た二人の姿を呼び起こす。
信頼できる者に託したから、もう心残りはない。なるほど、そうかもしれない。
だが、そんな理屈とは別の所で、彼は彼女達のとの日々の終わりを惜しんでいたのではないか。
最早長くはない命と、諦めはつけた筈だった。しかし、目の前で懸命に「生きろ」と「大切な者を残して逝くな」と叫ぶ男を前に、諦め蓋をした筈の未練が蘇ってくる。

生きられるのなら、もう少しだけ共に歩みたい。その行く末を、あと少しだけ見届けたい。
そんな、あまりにありふれた未練。
だが、それは叶わない。兼一がどれほど手を尽くした所で、この運命は覆りはしないのだから。

「っ! これは……」
「自爆装置か何かでも起動したか……奴のやりそうなことだ」

突如として、研究所全体が鳴動を始めた。
それに対し、ゼストはスカリエッティの可能性を指摘するが、兼一は内心でそれに首を傾げる。
もしそうするつもりであったのなら、あの結界を解除した時点でやっていたのではないだろうか。
それに、なんとなくだがあの時点で彼はこれから起こる色々なものを既に受け入れていたように思う。
そんな男が、今更その様なマネをするだろうか。とはいえ、今はそんな議論をしている時ではない。

「もう行け、仲間の所へ。生体ポットの中には、まだ息のある者もいる筈だ。
お前が救うべきは、俺の様な死人ではない」
「でも!」
「元より、俺はとうの昔に土に返っている筈だった。それが今になった、それだけの事に過ぎん。
 そう、今まで逆らってきた運命(さだめ)に、帰るだけだ……」

確かにゼストの言う通り、大局を見れば彼一人に拘っている場合ではない。
彼一人を見捨てでも、助けられるかもしれない人々を救うべきだ。
そうとわかってはいても、この甘い男には彼を見捨てる事が出来ない。
そんな兼一を無理にでも行かせようと、ゼストは死に体に鞭打って上半身を起こそうとする。
しかしそこで、あり得ない声が回廊内に木霊した。

「ならば、運命(さだめ)など駆逐してしまえばよい!!」
「な……」
「こ、この声は…まさか……」

聞き覚えのある、如何にも脳裏に浮かんだ人物が言いそうな言葉に、兼一の表情が凍る。
二人が揃って声の出所に視線を向ければ、そこには見間違えようのない二人組の姿。

「輪廻を斬り裂き摂理を歪め!! 熱力学第二法則に真っ向から戦いを挑む人術!!!
 それが―――――――――――――――――――――医術!!!!」
「まぁた、無茶苦茶な理屈を言い切っちゃったね、この人」
「岬越寺師匠! 馬師父まで! どうしてここに!?」
「ふっ、新島君に誘われて異世界旅行の旅にね」
「兼ちゃんの友達も大勢きてるから、外の事は安心ね」
「は、はぁ……いや、それにしてもどうしてこんなタイミング良く!?」
「ふむ、我々も最初は市街地に降りるつもりだったのだが、丁度この辺りに緊急の患者(クランケ)がいると通信が入ってね」
「え……?」

一体誰が、そんな千里眼の如き真似をしたのだろうと考えて……一人の男の姿が思い浮かぶ。
此度の騒動の全体を把握し、なおかつゼストをここに呼び込んだ張本人。
あの男以外に、そんな事が出来る者がいるとは思えない。

(あの人が……)

つくづく、何を考えているのかよくわからない男だ。
だが今は、どのような思惑があるにせよ、それに感謝しよう。

「ほら、兼ちゃんも忙しいんだから、こっちはおいちゃん達に任せて行くと良いね」
「そう言う事だ。さあ、行け、我らが一番弟子よ」
「はい! お願いします、師匠方!」

秋雨と剣星の技術レベルは、兼一のそれを大きく上回る。
この二人が揃っていれば、例え死んでも生き返るだろう。
誰よりもよくそれを(身体で)理解しているからこそ、兼一は迷うことなくフェイトの下へと向かう。
そんな弟子を見送った二人は、ゼストの状態を見て感心したように眼を細める。

「ほぉ、良い手加減だ。まさに死なないギリギリのライン、腕を上げたな、兼一君」
「弟子の成長に、おいちゃんちょっと感動ね」

兼一の手際が医者も顔負けとするなら、二人のそれは目にも止まらぬ早業。
不可視の両腕が動く度、ゼスト・グランガイツと言う人間の身体が見る見るうちに修復されていく。
されど……

「それにしても、良くこの身体でまだ生きてるね」
「それも含めて兼一君の手際だろう。だが、この場では応急処置が精一杯か。急ぎ専門の設備のある病院に搬送し、しっかりとした修理をしたい所だが……ここでは修理(なお)せるものも修理(なお)せない」
「字が違うね、秋雨どん」

ここから市街地までは、二人の脚でも幾らかの時間を要する。
恐らく、それまでゼストの身体はもたないだろう。
ならば、病院へ搬送する以外の解を求めるより他はない。

「というわけで、何か手があるのなら教えてほしいのだけど…どうかね、そこの所」
「やはり、気付いておられたか」
「……見た所、人形の様だが?」
「さすがは哲学する柔術家とあらゆる中国拳法の達人。
私としても、彼の一人多国籍軍を育て上げたあなた方には直にお目通り願いたい所なのだが……残念ながら、今私は身動きが取れなくてね。失礼かとは思うが、これで勘弁していただきたい」

姿を現したのは、第三のジェイル・スカリエッティ。
まぁ、フェイトの前にいたのが人形であったのだから、もう一体人形がいても不思議はないのだろう。

「少々入り組んだ所に、設備の整った部屋がある。そこでなら、満足のいく治療も出来よう」
「それはありがたい話ね」
「うむ。それでは、ありがたく拝借して彼を修理(なお)すとしよう」
「字が…違うのではないかな?」

秋雨の言に引っかかるものを感じ、意見を求める様に剣星を見やる。
すると、返ってきたのは万感を込めた重々しくも短い答え。

「気にしたら負けね」
「だが、この場合は“治す”なのでは……」
「気にしたら負けね」
「いや、しかし……」
「気にしたら負けね」
「……なるほど、あなた方に常識的な応答を求めた私が悪かったということだな、了解した」

スカリエッティとて、己が決して他人の言動にイチャモンをつけられるほど良識のある人間でない事は承知している。
だが、剣星に繰り返し諭された事でついに折れた。
この相手が、こんな自分よりもさらに常識や良識から逸脱した相手である事を思い出したのだろう。
言うだけ無駄、つまりはそう言う事だ。

「ああ…それと、君自身は今どこにいるのかね?」
「それを聞いて、どうするおつもりかな?」
「なに、少々手を貸してもらいたいと思ってね」
「本気かね?」
「うん、本気だよ」

いぶかしむスカリエッティに、当たり前のように秋雨は返す。
その眼は、言葉通り紛れもない本気の眼。
正直、スカリエッティでさえこんな得体のしれない相手に協力を求める相手の神経を疑うが、そもそも常識で測る事自体が無意味な相手と思いなおす。

「承知した。では、先に私がいる部屋へ案内しよう」



  *  *  *  *  *



刻一刻と揺れを増していく研究所の回廊を、兼一は一人フェイトを探して駆けまわる。

(闘っているうちに、フェイト隊長がいた場所から大分離れちゃったなぁ。一体どこに……)

正直、兼一には研究所を揺るがす自爆装置とやらを止める手立てはないに等しい。
単純に爆薬の類が仕掛けてあるだけならば、それ、あるいはそれらを取り外して脱出し、遥か彼方に放り投げてしまえば済む。だが、この揺れの感じからするとそう言う類の物とは違うように思われる。
仮にそうだとしても、繊細なセンサーで起動する類のものであれば、迂闊に触れることはできない。
ましてや、もっと複雑な機構によって駆動する物だとすれば、お手上げと言ってもいいだろう。
故に、兼一がまずフェイトと合流し、指示を仰ごうとしているのは当然の流れだった。

幸い、先ほどまでフェイトがいた場所は、大まかにだが覚えている。
彼女がそこから動いていなければ、合流までそうはかからないだろう。

そうして研究所内を走るうちに、徐々に落石や落盤が目立つようになってきた。
はじめは砂利程度だったそれらが、いまや拳大から頭大のそれになってきている。
おそらく、兼一とゼストが広範囲に暴れまわったのも一役買っているのだろう。

(これは、そろそろ時間がないか……)

いよいよもって切羽つまってきた状況に、兼一の表情にも少なからず焦りが見えはじめる。
とそこで、兼一の眼が回廊の先に探し求めた人物の後ろ姿を捉えた。
遠く暗い中では人影が辛うじて見えるかどうかと言うところだろうが、彼の人間離れした視力ならばこの程度の距離・暗さでの人物の特定くらいは造作もない。

「フェイト隊……」

その背に声を掛けようとした所で、兼一の喉が詰まる。
気付いたのだ。コンソールの操作に意識を集中する彼女の頭上へと落下を始めた、これまでの比ではない巨大な岩盤に。あんな物の下敷きになれば、細身の彼女などひとたまりもないだろう。

しかも悪い事に、フェイトはそれに全く気付いていない。
警告した所で、回避は間に合うまい。
ならば、彼がすることなど一つ。

気付いてから決断までの時間は百分の一秒にも満たない。
兼一は歩みを止め、両の脚でしっかり床を捉える。
そして、思い切り右拳を引き絞り…………岩盤目掛けて振り抜いた。

「猛羅…総拳突き(もうらそうけんづき)!!!」

正拳、貫手、鶴頭、平拳、掌底、手刀、一本拳、虎口など、あらゆる拳型で凄まじい連撃を放つ。
直線状にある全てを粉砕しながら突き進むそれは、大口径の砲撃を思わせる。

「ぇ…キャ!?」

自身の頭上を通り過ぎた途轍もない何かに、反射的に悲鳴がこぼれる。
咄嗟に頭を腕で守るが、振ってくるのは粉粒程度のものばかり。
恐る恐るフェイトが顔を上げると、頭上にはやはり何もない。
だがそこで、いつの間にか彼女の背後に立っていた男から声が掛けられる。

「大丈夫ですか?」
「え、あ…はい」

何が何やらわからないまま、とりあえずそう返事をする。
兼一はそれに軽く安堵の息をもらし、続いて改めて問う。

「止められそうですか?」

何を、とは聞かない。言葉少なな問いだが、フェイトはその意味を正確に理解し、首肯を返す。

「止めて…みせます」
「わかりました。では、フェイト隊長はそちらに集中してください。
 その間、砂利一つ邪魔はさせません!」
「……お願いします。(別に、無理に隊長なんてつけなくてもいいのに……)」

愚直なまでに律義なその態度に、若干不満そうな顔をしながらも、フェイトはコンソールへと向き直る。
兼一はその宣言通り、フェイトに振りかかる全ての落下物の悉くを粉砕していく。

やがて、アースラでフェイトの補佐をしていたシャーリーの助力もあり、研究の揺れが止まる。
崩落の危険が去ったことを確認してから、二人はようやく人心地付く。

「ふぅ……」
「なんとか、間に合いましたね」
「はい」

背中を向けたまま、強張っていた肩から力を抜く二人。
とそこへ、回廊の先から二人を呼ぶ声が響く。

「師匠――――――!」
「「フェイトさ―――――――ん!」
「ギンガ?」
「エリオ、キャロ!」

通路の向こうからやってきたのは、それぞれの戦場に区切りを付け、駆けつけた子ども達。
二人にとっても気がかりだった子らの無事な姿に、二人もまた安堵する。

「よかった。連絡が付かないって聞いてましたけど…御無事で何よりです」
「フェイトさんも」
「よかった、無事で」
「ごめんね、心配かけて」

それぞれに再開と無事を喜び合う4人。
だがそこで、一人兼一は怪訝そうな顔で愛弟子を頭から足先まで観察していた。
その眼差しに気付いたのか、ギンガは僅かに首を傾げる。

「師匠?」
「ギンガ…………何か、無茶な事をしたでしょ。
 例えば―――――――――――――――――――――――――――――――――無拍子を途中で止めるとか」
「う”」

まんまと図星を突かれ、ギンガの顔が気まずそうに歪む。
実際、未だに身体の節々が痛い。むしろ、今だからこそこの程度の痛みで澄んでいるのかもしれない。
それを考えると、明日どうなっているかが激しく不安だ。
というか、どうして見ただけでわかってしまうのだろう。

「そりゃ、そんな風に膝とか腰とかを庇うように立ってたら嫌でもわかるよ」
(また心を読まれた!?)
「とりあえず、ギンガには後で岬越寺師匠直伝のスペシャルマッサージと馬家秘伝の漢方を飲んでもらうとして…………ゆりかごの方は?」
「あ、そっちは今スバルさんとティアさんが」
「なのはさん達の救出に向かってます」

横目でチラチラと「きっと痛いんだろうなぁ」「っていうか死ぬほど痛いに決まってるよねぇ」「そして間違いなく不味いのよねぇ」と絶望してるギンガを見ながら、エリオとキャロが兼一の問いに応える。

で、そのゆりかごの方はと言うと……。
ヴィヴィオを抱きかかえ、なのはを担ぎながらマッハキャリバーを走らせるスバルと、バイクの後ろにクアットロとユーノを乗せたティアナ、そして一人せっせと走るはやてが大急ぎで出口へと向かっていた。
その背後に、無数のガジェットⅣ型をひきつれて。

「いやぁ、懐かしいねぇ。昔はトラップに引っかかる度に、こうして逃げ回ったものだよ」
「懐かしがっとる場合かぁ!!」
((凄い…余裕だ、スクライア司書長))

どうも、この手の脱出イベントには慣れたものらしく、ユーノの声に焦りはない。
むしろ、その言葉通り余裕の様なものさえ見受けられる。

「ちゅうか、こういう時は男が走って女の子に楽させるんが普通とちゃうんか!?」
「でも、この中で無傷なのってはやてちゃんくらいだし……」
「パパ、ボロボロ……イタイのイタイの飛んでけ~」
「うん、ありがとヴィヴィオ」
(くっ、今までの鈍足が嘘の様なベタベタっぷり。言ってる事はもっともなんやけど、なんや納得いか―――ん!)
(しょうがないです、はやてちゃん。私達はきっとこういう役回りなんです……)

肩に乗っかっているリインに励まされながら、はやては息を切らせながら走り続けるのだった。
何しろ、少しでもスピードを緩めると、背後から追って来ているガジェットに呑み込まれてしまう。
それはまぁ、必死にもなろうと言う物。

「そっか、なのは達も無事なんだ」
「ただ、その……」
「市街地の方が、大惨事と言いましょうか……」
「「え?」」

聞けば、兼一の旧友やら師匠ズやらが現れて、大層大暴れしているそうな。
ガジェットを一掃してくれているのでそれはそれでいいのだが、問題はその影響である。

「なんだか、ちょっとやり過ぎて建物が倒壊したり」
「勢い余って管理局の方が巻き込まれそうになったりしたとか……」
「とりあえずアースラから、あの人たちの半径100m以内には近寄らない様に指示は出してもらってますが……」

既に、物的にも精神的にも被害は甚大と言う事か。
不幸中の幸いなのは、人的被害だけは辛うじて出していないことだろう。
ただし、あまりにも衝撃的過ぎたその光景から、しばらくの間は緘口令及び情報規制がなされることになるのだが……それはまた別の話。

「ま、まぁ大事になっていないなら何より」
「色々取り返しのつかない事になってる気がするんですが……」
「だよね」
「……うん」
「って、そうだ! 師匠、大変なんですよ!」
「え?」
「シグナム副隊長から、拳豪鬼神を名乗る達人がクラナガンに現れたと」
「え……」

漏れた声ははじめの疑問符と同じ。だが、込められた感情は全くの別物だった。

「未だクラナガンに潜伏しているかもしれないんですが……」
「そ、そう……」
「師匠? どうかしましたか?」
「あ、いや…なんでもないよ、うん」

だらだらと脂汗を流しながら目を逸らす師に、ギンガは小首を傾げた。
傍で見ていたフェイトやエリオにキャロも、兼一の挙動不審に怪訝そうな顔をしている。
とそこで、外部から通信がもたらされた。

「はい、白浜です」
「おう、そっちも無事だったか」
「ゲンヤさん? どうしたんですか?」
「お父さん?」
「ナカジマ三佐……」
「いやな、おめぇの知り合いだって奴が来てよ。話がしたいっつーんでな」

どうやら、あちらの状況も概ね終息に向かっているらしい。
そうでなければ、悠長に通信を送ってくることなどできまい。

では、その知り合いとは誰か。
誰もが新白連合か、彼らと共に現れた兼一の関係者を連想する。
もちろんそれでまず間違いないだろう。しかし、兼一だけはあまりにタイミングが良すぎるせいか、ある人物の顔が思い浮かぶ。そしてその予想は、大当たりだったりした。

「あぁ、お久しぶりです、お義兄さん!」
『お義兄さん?』
「な、夏君……」
「いやぁ、こんな派手な騒動になって心配してたんですよ。
 お義兄さんに何かあったら、ほのかに会わせる顔がありませんからね」
「そ、そう……」
「あの師匠、この方は?」
「えっと、妹のほのかの旦那さんで、谷本夏君って言うんだけど……」

ここで迷う。
さて、この一見すると爽やかな好青年が、実は先ほど話していた拳豪鬼神その人だと言っていいものかどうか。
そんな兼一の迷いに気が付いたのか、他の者の眼が離れた一瞬、夏の目付きが変わる。

(余計なことぬかしやがったらぶっ殺すぞ!!!)

それまでの優しげな眼差しが嘘のような、猛獣の如き眼による無言の恫喝。
しかし、そんな眼差しも一瞬。
その後は先ほどの恫喝が幻だったかのように、爽やかかつ穏やかにフェイトやギンガと談笑する。
その間、兼一は乾いた笑みを浮かべながら、呆れ交じりに『相変わらずだなぁ』と思うのだった。

「そう言えば、さっき兼一さんが闘っていた人は……」
「ぁ、兼ちゃんってばこんな所にいたね」
「って、師父!?」
『馬さん(先生)!? どうしてここに!?』

フェイトが先ほどの事を思い出して尋ねると、折よく姿を現した小柄な人影。

「師父、あの人大丈夫なんですか!」
「うん、それが……………………大失敗ね!!」
「っ!?」
「ウソウソ、冗談ね♪ まだオペの最中ね」
「あ、そうですか…………って、だったら余計にこっちにきてる場合じゃないでしょ!!」

一体どこで手術しているのかとか、色々聞きたい事はあるがまずはこれ。
確かに、秋雨と剣星が揃っていれば死んでも蘇ることは請け合いだ。
がしかし、そもそもいなくなってしまうのはそれ以前の問題だろう。

「そうは言ってもねぇ……もうおいちゃんの出る幕はなさそうね」
「え?」
「彼…確か、ジェイル・スカリエッティと言ったかね」
「あの、スカリエッティならここに……」
「あ、それ0型を応用した人形ですよ」
「えぇっ!?」
「正直、おいちゃんも驚いてるね。
怯えないだけじゃなく、まさか秋雨どんのオペについて行けるなんて…とんでもない腕ね」

秋雨は確かに屈指の名医であり、その腕前は神懸かっていると言ってもいい。
だが、同時に血を見ると変わってしまう為、大抵の者は怖がって仕事にならない。
これさえなければ意思としていい稼ぎになっただろうに……。
ただ、それとは別に彼の腕に付いて行ける者もまたほとんどいない。
秋雨に怯えず、なおかつその腕に付いて行ける医者など……兼一ですら未だかつて知らないのだ。

「岬越寺師匠並み、ですか……」
「何かが違っていれば、歴史に名を残す名医だったかもしれないね、彼」
「そうですか……」

スカリエッティと聞いて警戒心をあらわにする4人に対し、兼一は一人黙考する。
彼は彼で、色々とその心の内は複雑だったのだろう。
別に、それで罪が許される訳ではないが、もしかしたら彼は…本当はそうありたかったのではなかろうか。
同じような事を、どうやら剣星も考えていたらしい。

「そういえば彼、なんだか憑き物が落ちた様な顔をしていたね。
 どうもこの事件の主犯みたいだけど、もしかしたら…………負けることを望んでいたのかもね」
「そうかも、しれませんね」

それで彼が救われたのかどうかはわからない。
だがそれでも、何かしらの区切りにはなったのではないだろうか。
何はともあれ、こうして世界を揺るがせる大事件は一応の終結を見た。



  *  *  *  *  *



……かに思われた。

「…………………そっか、僕…負けたんだっけ」

意識を取り戻すと、目の前に広がったのは蒼い空、白い雲。
どこまでも続く果てしない蒼の下、アノニマートはその事実を受け入れる。

(身体は………拘束済みっと。ま、そんなのなくても碌に動きはしなさそうだけど……)

身体の状態を確かめるように、各部をチェックしていく。
動かなくはないが、隅々にまでダメージが行き渡り、例え拘束されていなかったとしても出来る事はほとんどない。
なにより、静動轟一とISの併用によりガス欠もいい所だ。
これでは、いま彼の周りを固めている並程度の魔導師が相手でも勝ち目はないだろう。
つまり、脱出も逃亡も不可能と言う事だ。

(ま、敗者は勝者に従う物…か)

敗北を悔しく思う気持ちはもちろんあるが、全てを出し切っての敗北となれば…後はもう、受け入れるより他はない。
この後のことなどに不安やらなんやらを覚えなくもないが、自分で決められることなどほとんどない以上、流れに身を任せるしかないのだろう。

そう思ってしまえば、何も考える必要がない分楽と言えば楽だった。
ただ、スカリエッティの頼みに応えられそうにないことが、少しだけ申し訳ない。

(さて、これからどうしよう……どうなるのかな?)

最早、敗者であり囚われの身であるアノニマートに、自由な選択肢などない。
普通に考えれば、裁判にかけられて、有罪くらって牢獄行きだろう。
あるいは、運が良ければ司法取引によって多少なりの減刑なり、ある程度の行動の自由が得られるかもしれないが……。

「負けたからって尻尾を振るのは…………なんか違うよねぇ、やっぱりさ」

敗者は勝者に従うもの。
このルールに従うのは一向に構わないが、だからと言って従順な犬になり下がるのは違う。

「まぁ、不自由の中でこそわかる事もあるだろうし、しばらくはそれでもいっか」

空を見上げながら愉快そうに笑う。
これから待ち受けているのは、明るい未来とは対極にあるもの。
抜け出す気満々で『しばらくは』と言うが、不自由な檻の中から脱出する算段も展望もありはしない。

それでもなお、アノニマートは屈託なく青い空を見て笑う。
方法も手段も全ては後から考えるとして、その困難に挑むのは中々にやり応えがありそうだ。

「ん? なんだろ?」

ふっと気になって視線を横に巡らせれば、何やらガヤガヤと騒々しい。
見れば、次々にこの辺りを固める魔導師達が集結していく。
先ほどまでの様子だと、ガジェットの侵攻も一段落つき、最早危機は去った筈なのだが……。

「ぐわぁ!?」
「がはっ……」
「あれは……」

悲鳴とも苦悶の声とも付かない声が、徐々に数を増し、更に近づいてくる。
やがて、それはあちらとこちらを分ける人垣の中央を穿ち、姿を現した。

「あなたは……」
「……」

その場にいた魔導師の悉くを薙ぎ払い、無人の野を行くが如く歩む男。
その男の姿が、アノニマートに植え付けられた記憶を呼び覚ます。
幾らか年を経て、その顔には皺が刻まれてきてはいるが……放つ気配は老いとは無縁。
むしろ、年を経てさらに強壮たる佇まいの持ち主。その名は……

「少し、驚きました。何故あなたがここに? 人越拳神、本郷晶」
「……」

アノニマートの問いかけに、男…本郷晶は一言も発さない。
無言のままに歩み寄り、アノニマートを拘束するバインドや拘束帯を断ち切ると、そのまま背を向けた。

「……やれやれ、相変わらず寡黙な人だ。いや、会ったのは初めてですけどね」
「……」
「それで、どういうおつもりですか?」
「好きにしろ。留まるも去るも、お前の自由だ」
「自由…か」

それだけ言い残し、今度こそ本郷は二人に背を向けてその場を悠然とした足取りで去っていく。
思いもかけぬ形で取り戻す事になった自由と、それを与えるだけ与えて去ろうとする良く見知った初対面の男。
その後ろ姿を目で追いながら、アノニマートはゆっくりとその場から立ち上がる

「折角の自由だし、謳歌しないのは損だよね。それに……」

軽く伸びをしてから、アノニマートはだるい身体に鞭を打って歩きだす。
たった今助けた相手の事など最早どうでもいいかのように歩いて行く、その背を追って。

「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「どこまで付いてくる気だ」

後を追う様にして歩き出してしばらく、ようやく本郷が口を開く。

「どこまでも…ですかね」
「どういうつもりだ」
「いきなり自由にしろと言われても……残念ながら帰る場所はなくなっちゃったみたいですし、行く当ても特にないんですよね。なので、とりあえずあなたの事を追い掛ける事にしました」
「……」

アノニマートの言葉に、本郷はなにも返さない。
もし邪魔だと思うなら殺せばいいし、目障りだと思うのなら速度を上げればそれで済む。今のアノニマートでは…いや、本調子でもこの男に付いて行く事は出来ないのだから。
だが、アノニマートは気付いていた。彼が追い掛け始めて間もなく、この男が彼の体調に合わせるように歩調を緩めている事に。

「一つ聞かせてください。なんで、助けたんですか? 贖罪ですか? それとも代用ですか?」
「違う。翔が死んだのは、奴自身の選択の結果だ。奴が命を賭けた選択に、俺が何を言う道理もない。
なにより…………お前は、翔ではない。お前に何をした所、翔に返るものはなにもない」
「ええ。例え同じ遺伝子を持っていても、僕は叶翔ではないし、彼にはなれない、なる気もありません」
「では、何故俺を追う」

本郷の後を追うという事は、即ち叶翔と同じ道を歩むと言う事ではあるまいか。
もし、アノニマートが「叶翔」ではなく「自分」であろうとするならば、なおのことそれは理屈に合わない。

「言ったでしょ、あなたがそこにいたからですよ」
「……」
「僕と言う存在に、あなたは避けて通れない。あなたの後を追う事が、彼の模倣と言うのは否定しませんが、だからと言ってあなたを避けてばかりいても、やはりそれでは本当の意味で『僕』になれないと思います。
 だから、あなたの後を追うんです。叶翔の模倣ではなく、彼を越えて本当の僕になる為に」
「小僧が…知った風な口を」
「口が上手いのが取り柄です。やった、一つ相互理解が進みましたね♪」
「………………良いだろう」

物怖じしないその態度か、あるいはオリジナルを越えるとのたまった事が気に入ったのか。
本郷の口元に、僅かに笑みが浮かぶ。
ただしそれは、優しげと言うには余りに壮絶で。
『できるものならやってみろ』と、『出来ぬならばそれまでだ』と何よりもはっきりと物語っていた。

「お前が翔の血だけではなく、遺志をも継ぎ、それを越えて行くと言うのなら………俺が、連れて行ってやる。
ただし、奴の影に終わるのなら……」
「ええ、お好きなように」

そんな本郷の笑みに応えるように、アノニマートの顔にも挑戦的な笑みが浮かぶ。
とそこで、突然本郷は立ち止り、何かを思いついた様に口を開く。

「フッ…ならば、いつまでもアノニマート(名無し)はないか……『ソラ』、今からはそう名乗れ」
「…………………はい」

その言葉に込められた意味を、アノニマートは正確に理解する。
今までは何者でもないが故に「アノニマート(名無し)」だった自分。
それに名を与えたと言う事は、本郷が彼の事を認めたということ。

そして、もう一つ。
戦闘機人であり、魔法をも操る彼が人越拳神のYOMIとなる事はない。
だから代わりに、その名に自身のエンブレムを与えたのだ。
『空(ソラ)』。それが、『人越拳神』本郷晶を現すエンブレムだから。

「いくぞ、ソラ」
「はい! 師匠!」

そうして青い空の下、新たな師弟は何処かへと消えて行く。
自由をさえぎるカゴは……ないのだから。






あとがき

これで残す所あと一話。
とりあえず、アノニマート改めソラは本郷と共にどこかへ失踪。
戦闘機人全員およびスカリエッティは捕まり、ルーテシアはもう少しゼストと一緒にいられる事に。
それでは次回はエピローグになります。ようやくこのシリーズも終わりと思うと、ちょっと感慨深かったり。


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