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No.25730の一覧
[0] 【完結・改訂完了】リリカルなのはSts異伝~子連れ武人活人劇~(×史上最強の弟子ケンイチ)[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[1] BATTLE 0「翼は散りて」[やみなべ](2013/07/16 00:16)
[2] BATTLE 1「陸士108部隊」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[3] BATTLE 2「新たな家族」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[4] BATTLE 3「昼の顔、夜の顔」[やみなべ](2013/07/16 00:18)
[5] BATTLE 4「星を継ぐ者達」 [やみなべ](2013/07/16 00:18)
[6] BATTLE 5「不協和音」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[7] BATTLE 6「雛鳥の想い」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[8] BATTLE 7「一人多国籍軍、起つ」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[9] BATTLE 8「断崖への一歩」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[10] BATTLE 9「地獄巡り 入門編」[やみなべ](2013/07/16 00:21)
[11] BATTLE 10「古巣への帰還」 [やみなべ](2013/07/16 00:21)
[12] BATTLE 11「旅立ち」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[13] BATTLE 12「地獄巡り 内弟子編」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[14] BATTLE 13「誕生 史上最強の○○」[やみなべ](2013/07/16 00:24)
[15] BATTLE 14「機動六課」[やみなべ](2013/07/16 00:25)
[16] BATTLE 15「エースの疑念」[やみなべ](2013/07/16 00:26)
[17] BATTLE 16「5年越しの再会」[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[18] BATTLE 17「それぞれの事情」[やみなべ](2013/07/16 00:27)
[19] BATTLE 18「勢揃い」[やみなべ](2013/07/16 20:54)
[20] BATTLE 19「守護の拳」[やみなべ](2013/07/16 00:28)
[21] BATTLE 20「機動六課の穏やかな一日」[やみなべ](2013/07/16 00:29)
[22] BATTLE 21「初陣」[やみなべ](2013/07/16 20:53)
[23] BATTLE 22「エンブレム」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[24] BATTLE 23「武の世界」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[25] BATTLE 24「帰郷」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[26] BATTLE 25「前夜」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[27] BATTLE 26「天賦と凡庸」[やみなべ](2013/07/16 20:51)
[28] BATTLE 27「友」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[29] BATTLE 28「無拍子」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[30] BATTLE 29「悪魔、降臨す」[やみなべ](2013/07/17 21:15)
[31] BATTLE 30「羽化の時」[やみなべ](2013/07/16 00:39)
[32] BATTLE 31「嵐の後で」[やみなべ](2013/07/16 00:40)
[33] BATTLE 32「地獄巡り~道連れ編~」[やみなべ](2013/07/16 00:41)
[34] BATTLE 33「迷い子」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[35] BATTLE 34「I・S」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[36] リクエスト企画パート1「vivid編 第一話(予定)」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[37] BATTLE 35「ファースト・コンタクト」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[38] BATTLE 36「お子様散策記」[やみなべ](2013/07/16 00:44)
[39] BATTLE 37「強い奴らに会いに行け!」[やみなべ](2013/08/01 03:45)
[40] BATTLE 38「祭囃子」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[41] BATTLE 39「機動六課防衛戦」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[42] BATTLE 40「羽撃く翼」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[43] BATTLE 41「地獄巡り~組手編~」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[44] BATTLE 42「闘いの流儀」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[45] BATTLE 43「無限の欲望」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[46] BATTLE 44「奥の手」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[47] BATTLE 45「絆」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[48] BATTLE 46「受け継がれた拳」[やみなべ](2013/07/16 00:49)
[49] BATTLE 47「武人」[やみなべ](2013/07/16 20:49)
[50] BATTLE FINAL「それぞれの道へ」[やみなべ](2013/07/16 00:50)
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[25730] BATTLE 46「受け継がれた拳」
Name: やみなべ◆33f06a11 ID:1963cf14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/16 00:49

「シッ!!」
「イェイ!!」

鉄槌の如く振り下ろされる肘と、風を切って蹴り上げられる膝。
両者は立ち並ぶ高層ビル群の上空で真っ向から重々しい激突音と共にぶつかり、拮抗した。
が、均衡は一瞬にも満たない間に崩れ、重力の恩恵を得た肘が膝を押し退ける。

「っとと……!」

渾身の膝を弾かれ、空色の髪の青年…アノニマートの体勢が崩れる。
とはいえ、彼ならば即座に崩れた体勢を立て直すくらい訳はない。
それどころか、流れるような体捌きで崩れた体勢を逆に利用し、今まさに眼前を落下していく敵に反撃しようとする。その間に要した時間は、それこそ一秒にも満たない。

しかし、僅かであっても隙は隙。
そしてその隙を、見逃すギンガではない。

アノニマートの膝を弾いた瞬間、ウィングロードを展開。
着地の為に折った膝を即座に伸ばし、屈伸運動を利用した掌底で顎を狙う。

「はぁっ!」
「ほいっと」

この体勢では、今から掌底の回避は間に合わないと見切りを付け、自身の顎の下に両手を差し挟む。
ギンガの掌打は確かにアノニマートの顎に衝撃を与えたが、本来狙った威力からは程遠い。
顎と掌底の間に挟み込まれた両の掌がクッションになり、ダメージを緩和したのだ。

だが、ギンガはそれに落胆した素振りを見せない。
それもその筈、彼女には密着状態からでも敵を打倒できる手札があった。
ウィングロードを踏み、得られた勁力を全身で増幅しながら密着させた掌へと送り込まんとする。

しかしその直前、ギンガの視界の隅を影がよぎった。
僅かに垣間見えた程度の影だが、ギンガはその正体を正しく見極め、片足を引く事で真半身に。
刹那前まで彼女の身体があった空間を、鋭い蹴りが通り過ぎる。
あと僅かに避けるのが遅ければ、今頃強烈な前蹴りが鳩尾に突き刺さっていたことだろう。

とはいえ、これにより身体が伸び切ってしまい、折角練り上げた剄力が泡と消えてしまった。
その上、アノニマートは掌越しに顎に添えられたギンガの右拳を逆に掴み、蹴りの反動を利用して一息に捻りあげる。

「くぁっ……!?」

手首に、肘に、肩に…右拳へと繋がる各関節が次々に連動し、稼働域の限界を訴えるように悲鳴を上げる。
それに苦悶の表情を浮かべるギンガだが、手をこまねいている場合ではない。
これ以上捩じられれば関節を外され…最悪、筋肉や靭帯にも痛手を被ることになる。
そうなれば、無理矢理関節を嵌め直したとしても右腕は使い物にならなくなるかもしれない。
関節を嵌め直すとなれば相当の痛みを覚悟せねばならないが、筋肉や靭帯が傷つけば物理的に動かせなくなってしまう。

唯でさえ相手は対等以上の実力の持ち主。
それは、あまりにも致命的過ぎる。

「右腕…もらい!!」
(させるもんですか!)

両手に続き両足まで使ってアノニマートは腕を極めて来た。
だがそこで、ギンガは伸ばしたウィングロードを疾走する。
腕を捻ってくるというのなら、捻るのと同じ方向へと身体を回転させてしまえばいい。
ギンガは敢えてアノニマートの力に逆らわず、身体を反転させて難を逃れた。

さらに、左腕に装着したリボルバーナックルを唸らせる。
そして、自身の右腕に四肢を絡ませるアノニマートへ向け、鋼の拳を叩きこんだ。

「ぜりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



BATTLE 46「受け継がれた拳」



充分に力の乗った一撃を受け、眼下でそびえるビルへと叩きつけられたアノニマート。
彼は屋上で大の字になって倒れ、動く素振りは見られない。
ギンガはそれをウィングロードの上から見下ろしながらも、その瞳から険しさが消える事はなかった。

(手応えはあった、確実にダメージは与えられた筈。だけど……)

そっと右手で脇腹を撫でる。すると、手から伝わってきたのは粘性のある液体の感触。
また、鼻孔をくすぐるのは薄らと香る鉄の匂い。

脇腹を撫でた右掌に視線を落とすと、そこには手袋をうっすらと染めた紅い命の雫。
幸いにも傷は浅い様で、手を染める血の量も微々たるもの。
だがギンガには、とてもそれを楽観的に受け止めることはできそうになかった。

(もし、少しでもタイミングが違っていたらと思うと、ゾッとするわね……)

ギンガが打ち込むのと前後して、アノニマートは彼女の腹に向けて貫手を放っていたのだ。
辛うじてギンガの拳が先んじたからよかったものの、万が一でも逆になっていれば、今頃どうなっていたことか。

これで楽観的になれるとしたら、よほど自信過剰な阿呆くらいだろう。
なにより、この闘いはまだ終わっていないのだから。

「よっこいしょっ…いやぁ、効いた効いた。この拳の重さときたら、初めて会った頃とは別人だ。はてさて、この成長を僕は喜ぶべきか、それとも悔しがるべきか……どっちだろうね?」

ビルの屋上で身を起こし、クツクツと笑みを零す。
その所作には溢れんばかりの余裕が滲みでており、一瞬効いていないのではないかという不安が頭をよぎる。

しかし、ギンガは即座に頭を微かに振って否定する。
あれは苦し紛れに放った雑なものではなく、ウィングロードを足場に震脚を効かせて打ち込んだ一撃だ。
相手が人外のタフネスを誇る師のような人種ならともかく、アノニマート相手にそれはない。
少なくともある程度のダメージは与えている筈だと、自分自身に言い聞かせる。

(ホントに、良い性格をしてるわ)

恐らく、彼の台詞や態度は半分素で残り半分は演技によるものだ。
元々ああいう性格なのだろうが、意図的にそれを助長することで精神的に揺さぶりを駆けている。

力が強さではない様に、強いから勝利するとは限らない。
闘いは心の駆け引きに持ち込まれる事が多くある。どれほど強くとも、迷いのある拳では打倒できないのだから。
その事を知っているからこそ、アノニマートはわざとああいう態度を取っているのだろう。
それを卑怯だとは思わない。話術も立派な兵法だと、耳にタコができるほどに言い聞かされてきたから。

「ところで……いいのかな? いつまでもそんな所にいて」
「どういう意味?」
「いや、だってさ、このままだと回復するまでこうしてるつもりだけど…いいのかなぁって」

そう。アノニマートとしては、ギンガが追撃を駆けて来ないのならその間は休んで回復に努めれば良い。
逆に言えば、折角相手にダメージを与えられたこの好機を、ギンガが逃す手はないのだ。
セオリー通りに行くなら、ここは徹底的に畳みかける場面。
むしろ、相手に休み暇を与えるなど、愚の骨頂でしかない。

もちろん、ギンガとてその程度はわきまえている。
だが、しないからには当然、それ相応に理由があるのだ。

(私の射砲撃じゃ、この距離は射程圏外。仮に届いても、当たってくれるような相手じゃない。
出来れば近づきたいのは山々だけど、地の利を捨てていいものかどうか…そこが問題ね)

先ほど戦っている時も思ったが、アノニマートはなんとかギンガを地上に引きずり降ろそうとしている。
今も、ダメージからの回復という目的もあるのだろうが、自分から上にあがろうとしていない。
つまり、彼もまた理解しているのだろう。空中戦闘は、ギンガに分があると。

空戦魔導師を始め、魔導師は全般的に空中戦や高低差に強い。
自由に空を飛びまわる空戦魔導師は当然だし、陸戦型にしても空戦型と闘う事を意識せずにはいられない。
その為、必然的に彼らは空中戦や対空戦に長けて行った。
特にギンガの場合、陸戦型ながらもウィングロードと言う空中戦を行える魔法を持っているだけに、他の陸戦型以上に空中戦及び対空戦を得手としている。

反面、地球で開発された武術と言うのは、あまり空中戦が得意ではない。
まぁそれも当然の話で、世の理とは「適者生存」。その時代、環境により適した物が生き残り、発展していく。
魔法文化のない地球では、空を縦横無尽に飛び回る敵と闘う事など考えられない。
その為、必然的に地球の武術は地上にいる敵と闘う事を前提に進化を遂げて来た。

無論、中にはルチャリブレのように空中戦を得意とする武術もあるにはあるし、ジャングルファイトから発展したプンチャック・シラットなどは比較的高低差を利用した技が多い。
だがそれらは、結局「跳躍」や「地形」と言う領域から出る事はなく、故に魔導師の「飛翔」には到底及ばない。
達人級ともなればこの領域を逸脱していくが、それでも空中における自由度、対空戦の蓄積においては「魔導」に分がある。

そのため、戦闘理論の根本に闇の十武術を据えていながら、ギンガのように空中でも地上と同等に動く術を持たないアノニマート相手には、空中戦に徹するのが正しい。
もちろん、彼とて空中戦が鬼門である事を理解した上で、その対策は取っている筈だ。
実際、だからこそ空にいながらも、彼はギンガを相手に引けを取らなかったのだから。
迂闊に地上に降りれば、彼の有する技術が十全に発揮され、形勢が逆転する可能性がある。
その上、相手にはまだ奥の手が残されている。

(みすみす回復するのを見ているなんて馬鹿げてるけど、それでも地の利を捨てるわけにはいかない。
 まだ向こうには、イグニッション・スキンがある)
「やれやれ、そっちから来ないのなら…………しょうがない」

ギンガが逸る心を制する中、肩を竦めるようにしてため息をついたアノニマートは、展開した魔法陣を足場に軽い足取りで空へと駆け上がってくる。
分の悪い空であっても気にしないその素振りは自信の表れか、それとも何らかの策があるのか。
ギンガはその両方を念頭に置きつつ、油断なく構えを取る。

「確かに空中戦は対武術家戦のセオリーだ。でもね、それじゃあ……魔導師の弱点はなんだか知ってるかい?」
「……」
「正解は……っ!」
「上!」

アノニマートの姿が視界から消えると同時に、ギンガは即座に自身の真上を見上げる。
するとそこには、案の定アノニマートの姿。
ただし、展開した魔法陣に天地逆様の状態でしゃがみこみ、踏み砕かんばかりの力でそれを蹴った。

「ディエゴティック…フライングボディーアタック!」
「って、はい?」

予想もしなかった、自ら身体の正面を晒しての落下体当たり。
これはもう、「どうぞ好きなように打ち込んでください」と言わんばかりに隙だらけ。
あまりの事に一瞬あぜんとしてしまったギンガだが、とりあえず落下速度だけはあるので、気付けばアノニマートはすぐ目の前。いったい何を考えてこんな隙だらけの技を使ったのかは知らないが、それでもこれは好機。

疑問をはじめとしたアレこれはとりあえず頭の隅に追いやり、左拳をアノニマートの鳩尾目掛けて突き上げ、同時に左足でウィングロードを踏み込む。
震脚で得た力を拳に加算し、「天王托塔(てんのうたくとう)」が放たれる。

「チッチッチ……」
「っ!」

が、拳が触れるまであと僅かと言う所で、アノニマートは空中で器用に身体を回転。
ギンガの一撃は空を切り、その間にアノニマートはギンガのすぐ横に四肢を付く様にして着地する。
そして、手で身体を支えて軸にし、強烈にしてアクロバティックな回転蹴りを放つ。

「くぅっ!?」

プンチャック・シラットの一手「トウンダンアン・グリンタナ(地転蹴り)」。
なんとか空いていた右腕をたたみ防御はしたが、身体が伸びた所への一撃で踏ん張りが効かない。
ギンガは為す術もなくウィングロードの外へと弾き出され、重力に引かれて落下を開始。
そこへ、ギンガが離れた事で消えつつあるウィングロードを蹴って、アノニマートが追撃を駆ける。

放つは、これまたプンチャック・シラットより「猛獣跳撃(スラガンハリマウ)」。
狙うは首。虎に擬態し、跳躍しながら襲い掛かり、体重と落下の勢いで首をへし折る必殺の一撃だ。

(高低差を利用する技の多いシラットと、空中戦を得意とするルチャを駆使した変則攻撃は確かに凄い。
 これなら私達(魔導師)が相手でも引けは取らないかもしれない。だけど、これが私達の弱点だというつもり?)

だとすれば、考えが甘い。この組み合わせは、あくまでも空中戦を得意とする魔導師と渡り合うのに有効と言うだけで、魔導師の弱点を突くものではないからだ。
実際、今こそ重力に引かれて落下しているギンガだが、彼女がいつまでもそれに従っている理由はない。

再度ウィングロードを展開し、「猛獣跳撃(スラガンハリマウ)」から逃れる。
続いて、敵が体勢を立て直すより速く、ウィングロードを疾走して背中を取った。
そのままなんの捻りもない、だからこそ基本に忠実な正拳突きが放たれる。

「おおおおおお!!」

真後ろからの攻撃では、防御も反撃も人体の構造上不可能に近い。
出来るとすれば、「靠撃(こうげき)」などの背面を使った体当たり位。
もちろん、中国拳法も学ぶギンガはその可能性も予想済み。
仮に敵がその手できても、更に返す算段は付いていた。

しかし、アノニマートが選択したのは防御でもなければ、反撃でもなく…回避。
それも、前後左右のいずれでもなく、ましてや上でもない下への。

(……低いっ!)

いつの間にか展開した魔法陣の上に着地し、まるで地に伏せるかのように身をかがめたアノニマート。
ギンガの拳はその真上を通過し、彼女の視線だけがその動きを追っている。

アノニマートは体勢を低くしたまま身体を反転。
続いて、ギンガを正面に捉えると地を這う蛇の様な動きで接近を果たす。
そのまま脚を刈り取りにかかるが、ギンガは突き放さんと咄嗟に背足蹴りを放った。
だがそれを、身体を振って薄皮一枚の所で回避したアノニマートは、蹴り上げられた脚を担げてひっくり返す。

背中から倒されたギンガだったが、なんとか受け身を取った事でダメージは軽微。
しかしそこへ、ギンガが起き上がるより速く伸びた四肢が関節を極めに掛かる。

急ぎ関節技から脱出しようとするが、先手先手を取られて抜け出せない。
いや、そもそもこうして倒されてしまった時点で手遅れなのだろう。
抜け出そうとするなら、それこそ抜本的に状況を変えるしかない。

「っ!」

ギンガの意思に呼応し、二人分の体重を支えていたウィングロードが消失する。
二人の身体は空中に放り出され、居心地の悪い浮遊感が身体を包む。

支えを失った事で、一瞬アノニマートの力が緩んだ。
ギンガはその機を見逃さず、あらんかぎりの力で振りほどく。
さらに離れ様に蹴りを入れ、仕切り直しとばかりに距離を空ける。

だが、不十分な体勢からの蹴りではアノニマートの攻勢を弱めることはできない。
瞬く間のうちに距離を詰め、再度足元から伸びあがる様にして貫手を放つ。

「らぁっ!!」

繰り出されたのは、強い回転を加える事で貫徹力を上げた「ねじり貫手」。
放たれた矢か銃弾の如きそれは真っ直ぐにギンガの胴へと伸び、当たればその身を貫く事も可能だろう。
それに対し、ギンガもまた自身の右手で手刀を作り、左下から切り上げる事でそれを弾きにかかる。

「えあっ!!」
「ぬん!」

危うい所で貫手の軌道は逸れ、ギンガの脇腹を掠める様にして通り過ぎる。
二人はそのまま擦れ違い、それぞれ別々のビルの屋上に着地する。
いつの間にか、随分と高度が落ちていたようだ。

それはそれで由々しき問題だが、他にも問題がある。
何しろ視線を落とせば、そこにはまるで何かに抉られたかのように無残に引き裂かれたバリアジャケットと、痛々しく浮かび上がった内出血の痕。
直撃こそ避けたが、掠めただけでこれだ。
直撃すれば、あの貫手は必殺の名に相応しい威力を発揮するだろう。
されど、それはギンガの手刀にもまた言えること。

「いやはや、全くどういう腕の構造をしているのやら。
打たれた腕が飛ぶかと思ったよ。イチチ……ははっ、左手に力が入らないや」

ギンガが後ろを振り向くと、そこには「パッパッ」と痛みと痺れを払うように手を振るアノニマートの姿。
その左腕にはくっきりと青痣が浮かんでおり、先の一撃の威力を物語っている。
まぁ、彼女の師のそれであれば、最早『打撃』ではなく正真正銘の『斬撃』と化すのだろうが。

「だけど、もう気付いたんじゃないのかな? 魔導師の弱点」
「……」

相変わらずの朗らかさで指摘され、ギンガは微かに臍を噛む。

「空中戦や対空戦、あるいは対『対空戦』に優れる魔導師は、確かに空の闘いに優れ、高低差にも強い。
 それは、ルチャリブレやプンチャック・シラットでも一歩譲らざるを得ないだろうね。
 だけどダメだよ、上と下ばっかり気にして足元を疎かにしちゃ~♪」

そう、それが魔導師の弱点だ。
魔導師は上下の動きに強く、攻撃範囲も広い。
一見死角がないようにも思えるが、彼らにも死角がある。
それが低い位置…より正確には足元からの攻撃。

この場合の『下からの攻撃』と『低い位置からの攻撃』は似ているようで僅かに違う。
体感的な話になるが、『低い』と言うのは『近く』て『遠い』のである。例えば、直立した姿勢で手を伸ばしても爪先には届かない、別に隔絶した距離がある訳でもないのに。
それはつまり、触れられそうな程に『近く』、それでいて手を伸ばしただけでは届かない程度に『遠い』と言う事。自分の足元という、酷く近い場所にもかかわらずこんなにも遠い。

この微妙な距離からの攻撃に、思いの外魔導師は不慣れなのだ。
射砲撃のように『発動』『射出』などのプロセスを踏んでいては、敵が足元にいる状況では先手を取られてしまう。しかし近接戦を仕掛けようにも、足元にいられては酷く選択肢が制限される。距離を空けようにも、この近さではよほど速度に差がなければ引き離すことは難しい。
『魔導』と言う超常の力を有しても尚、人にとって足元は変わらず死角なのである。

ましてやその敵が、関節技や締め技と言った次元世界ではほとんどお目にかからない技術を駆使してくれば、なおのこと魔導師にとってはやり辛いだろう。
地球の武術を学ぶギンガだからこそ、なんとかこれらに対応できるのだ。

(不味い。地上に降りれば、足元からの低空攻撃もしやすくなる。それなれば、ますます不利に……)
「さて、このまま互いの武を競い合うのもそれはそれで楽しいんだけど……とりあえず技術的に引けを取らないことは証明できただろうし、そろそろ……」

アノニマートの雰囲気が一変したのを鋭敏に感じ取り、ギンガの顔色が変わる。
先ほどまでも充分に警戒したが、そこへ緊張の色が強まった。また、構えも絶対防御の「前羽構え」。
それらが、ギンガがどれほどアノニマートの事を警戒しているかを物語っている。

「使わせてもらうよ。僕は君を侮ったりしない、むしろ高く評価し、警戒している。
だから出し渋って負けるなんてバカらしいし、なにより…………全力で倒す事こそが礼儀だと思う」

それまでの軽い態度はナリを潜め、武人としての顔が表に出て来る。
その代わり様は、まるで別人であるかのようだ。
だが、どちらが本当の彼なのかを論じることに意味はない。どちらもアノニマートの一側面に過ぎないのだから。
ただ今は、初めて『勝ちたい』と思わされた好敵手との決着を前にして、武人としての面が強く出て来たというだけに過ぎない。

「行くよ、IS…イグニッション・スキン!」

宣言すると同時に、爆発的な加速と共にアノニマートはギンガ目掛けて疾駆する。



  *  *  *  *  *



時を同じくして、クラナガン市街地。
一影九拳が一人『拳豪鬼神』と名乗った夏の気当たりにより、足止めされていたシグナム。
常人ならば呼吸すら困難になるような緊張感に、場の空気が支配されている。

それを感じ取っているからか、野良犬はおろか虫一匹たりとも近寄ってこない。
故に、彼方で行われている戦いの喧騒が嘘のように、この場は痛い程の静寂に包まれている。
しかし、その静寂と緊張感はなんの前触れもなく、夏自身の手によって打ち破られた。

「そうか。ま、足止めとしちゃ十分か……」

小さく、虫の鳴き声程にも思える大きさで夏が呟く。
普段であれば誰の耳に届く事もなく消えてしまいそうなそれだが、あまりにも静かすぎるこの場ではその限りではない。

夏の言葉はシグナムの耳にもしっかりと届き、彼女は僅かに怪訝そうか表情を浮かべる。
それもその筈、先ほどまで叩きつけられていた気当たりが途端に消え、夏は躊躇なくシグナムに背を向けたのだから。

「(誘いか? だが、それにしては……)貴様、どういうつもりだ」
「さてな。時間切れ、と言ってもテメェにはなんのことかわからねぇだろうよ」
「なに?」

夏の呟きを反芻し、思考を巡らせる。
素直に受け取るなら、シグナムを足止めする意味がなくなった。つまり、ゼストがどんな形であれ目的を達したという事だ。
しかし、どうにもそれでは釈然としない何かが引っかかる。
どちらかと言うと、足止めなどと言う時間潰しに費やす時間がなくなった、と言う風に聞こえたからだ。
だがその間にも、夏はシグナムから遠ざかっている。

「待て! 貴様、いったい何を……」

咄嗟に引き留めようとしたが、僅かに早く夏はその場から姿を消してしまう。
追うべきかどうか一瞬悩んだが、リインを先行させた地上本部へ向かう事を優先する。
あれがこの場にいた目的は定かではないが、良からぬ事をしようと言う雰囲気ではなかった。

相手が相手なので、何かが起こってからでは遅いという懸念はもちろんある。
しかし今は、それよりも優先せねばならないことが他にあるのだ。

シグナムは僅かに後ろ髪を引かれながらもそれを振り切り、地上本部へ向けて飛翔する。
ただし、念の為に警告だけは残して。

「こちら機動六課ライトニング2、シグナム二尉だ。
 市街防衛に参加している全局員に通達、フードを被った黒服の男が現れたら手出しはするな。命が惜しければ、ガジェットの侵攻を阻む事だけに集中しろ。
 繰り返す、フードを被った黒服の男には手出し無用。いいな!」

どの程度の局員がこの警告に従ってくれるかは分からない。
中には、職務に忠実すぎるあまりに手を出してしまう者もいるかもしれない。
詳細を説明できればいいのだが、しても大半の者は信じてくれないだろう。
なにしろ達人と言う非常識の存在は、未だ六課と108部隊位にしか認知されていない。
時間もない中、皆に信じてもらえる説明をできる自信が彼女にはなかった。

(切り替えろ、今はこちらの方が先決だ!)

気持ちを切り替え、シグナムは視線の先にそびえる地上本部に意識を集中する。
大分時間を削られてしまったが、その分を取り返そうと際限なく飛行速度を上げて行くのだった。



そして、シグナムの足止めを切りあげた夏はと言うと……

「ほぉ、アンタも来てたのか」

とあるビルの屋上で仁王立ちする男に声を掛ける。
一応知らない仲ではないのか、その声音には親しみ…とは言わないが、それに近い感情が込められていた。

ただし、男からの返事はない。それどころか、夏の方を見向きもしない。
しかし、夏は夏でそんな事は期待していなかったのか、気にした素振りも見せずに男の隣へと足を運ぶ。

「ま、知らねぇフリを通すこともできねぇか。何しろあれは……」

そこまで言いかけて、夏は途端に口を噤む。
何しろ、隣に立つ男が静かに…だが、決して穏やかとは言えない眼差しで夏の横顔を微かに睨んでいるのだから。
その視線に込められた無言の圧力は、一影九拳を名乗るに相応しいだけの力をつけた夏をして、冷たい汗をかかせるに足る。

しかし、別にその視線に負けて口を噤んだのではない。
彼は、義兄とは違って踏み込んではならない領域と言う物をわきまえている。
義兄の場合は無意識だが、それでもデリカシーに欠けることに変わりはない。
生憎とアレに倣う気は更々ないのだ。

(さて、どんなもんか見せてもらおうじゃねぇか)

視線の先で繰り広げられている戦いへ、夏は品定めをするような…同時に、見守る様な視線を向ける。
義兄の弟子と、夏とも親交のあった男の血を継ぐ少年の闘いへと。
とそこで、それまで無言を通してきた男が蒼い空へと視線を向けて呟いた。

「なにか、来るな」
「ああ、この祭りも……もうじき終わりって事だろうよ」
「……」
「ああ、ガキの喧嘩とはいえ…それでも誰にも邪魔はさせねぇよ。アンタも、そのつもりなんだろ」

夏の問いに対し、返事は返ってこない。
その後は夏も口を閉ざし、二人はただ無言で決闘の結末を待つ。



  *  *  *  *  *



だが少し考えてみれば、それは至極当たり前の帰結で。
元々、明確な差のない力を持つ二人が拮抗した闘いを繰り広げる中、片方に「+α」が加わればどうなるか。
その「+α」の程度にもよるだろうが、天秤を傾かせる一因としては充分だろう。

「ハッ…ハッハッ、ハ……」

クラナガン市街上空で対峙するギンガとアノニマート。
しかしその様相は、ほんの十数分前とは大きく異なっている。
片や、僅かに息を乱しながらも悠然と立つアノニマート。
片や、今にも倒れそうな程に消耗し、荒い息をつくギンガ。

無理もない。アノニマートのISは攻撃・防御・移動の全てに応用が効き、なにより格闘戦において絶大な威力を発揮する。同じ格闘型だからこそ、その威力を真正面から受け止めざるを得ない。
むしろ、ここまでその猛威に晒されてなお立ち続けられる事こそ、アノニマートにとっては驚きだ。

(わかってはいたつもりだったけど……師弟揃って、つくづくタフなんだから)

受け継がれた記憶に残る男と重なるその姿。
充分以上に評価し、警戒していた筈だが…それでもなお見立てが甘かったと思い知らされる。
とはいえ、それでも相手が最早満身創痍なのも事実だ。

(さて、あんまりいたぶるのも趣味が悪いし、次でケリをつけれたらいいんだけど……)

別に、アノニマートに敵をいたぶったり嬲ったりする趣味はない。
むしろ、心から認める相手であればこそ、明快な決着を望むのは武人の性だろう。
故に、この状況はアノニマートの意図するものではなく、ギンガの奮闘による部分が大きい。

唐突に加速してくる強烈どころではない拳や蹴りを、的確に芯から外す。
その作業が彼女はべらぼうに上手い。
普段から達人の拳に慣れ親しみ、その上でさらに対策を練ってきた成果だろう。
これにより受けるダメージを最小限にとどめているからこそ、今もギンガは立っていられるのだ。
だが、それが結果的にこうして時間を掛けて削られる様な戦況を作る原因でもあった。

「そんな事をしても、苦しい時間を引き延ばすだけだ。だからもう抵抗はやめて、潔く散ったらどうだい……なんて言った所で無意味なんだろうね、君には」
「当…然でしょ。私は、絶対に諦めるな…って、教わったんだから」

まったく、そんな言葉にするには簡単で、しかし何よりも実行が難しい事を教えたのは誰だろうか。
師か、それとも親か。どちらかと言えば、恐らくは両方ではないかとアノニマートは思う。
そして、それは決して強がりでも虚勢でもないのだろう。事実、ギンガの眼はまだ死んではいない。
ボロボロの身体とは対照的に、眼光は一際強さと鋭さを増している気すらした。
立っているのもやっとの様な身体で、それでも彼女は虎視眈々と勝利を狙っている。

(怖い怖い…ああいう目が一番危ないってイーサン先生も言ってたけど……なるほど、納得)

爛々と輝く瞳に僅かに息をのみ、再度気を張り詰める。
勝負に絶対はない。どれほど技を極め、力をつけた強者でも、一瞬の油断で弱者に敗北するのが武の世界。
負けはないと思える状況であっても、「必勝」の気概を疎かにしてはいけない。
それが、ギンガとの戦いを通して彼が学んだことの一つだった。

相手は、そんな大事な事を教えてくれた好敵手。
だからこそ、全身全霊を以って屠る事こそが礼儀ではないか。

「――――――――――っ!」

防御を固めるギンガに、アノニマートは疾駆する。
ギンガの基本戦術は堅守。徹底的に守りを固め、あらゆる攻撃を耐え凌ぐ。
それは、イグニッション・スキンさえも防ぎ切り程に堅固なもの。
故に、一度これを崩してからでないと、決定打は望めない。

それをこれまでの攻防で知っているからこそ、アノニマートは奥の手を温存する。
針の穴ほどの隙が生じるのを待つ。

「へぁっ!」
「くっ!?」

間断なく放たれる拳打の雨を、ギンガは時に捌き、時にいなし、時に受け止めて耐え忍ぶ。
反撃は、やろうと思えばできなくもない。
重ねて言うが、ギンガとアノニマートの腕前はほぼ互角。
イグニッション・スキンさえなければ、対等以上の闘いをくり広げられる。

故に、嵐の如き猛攻であっても、ギンガには少なからず反撃の機会がある筈なのだ。
それでも決して反撃しないのは、イグニッション・スキンを警戒するからこそ。
もし、迂闊にも反撃に出れば、その際に生じる隙をアノニマートは見逃さない。
イグニッション・スキンによって加速された一撃は、確実にギンガのそれより速く届く。
そしてその一打は、充分にこの一戦の結末を決められる。

だからこそ、ギンガはひたすら待ち続けるのだ。
彼女が待つ狙い球は、ハナから一つだけ。

「シッ!」

手数重視の猛攻から一転、脳天へと振り下ろされる胴回し蹴り。
なんとか回避が間にあったが、アノニマートは着地と同時に再度跳躍。
真っ直ぐに顔面へと伸びて来る膝を両腕を交差して防ぐも、回避したばかりで充分とは言えない体勢では踏ん張りが効かない。

「くぁっ!」

飛び膝蹴りの威力に押され、ギンガの身体が僅かに仰け反る。
アノニマートはその隙を見逃さず、膝蹴りを放った右足を伸ばし左足で宙を踏む。
その瞬間、彼の左足の裏で何かが炸裂した。

イグニッション・スキンの反動を利用し、猛烈な加速と友に放たれる飛び蹴り。
ギンガはのけぞった身体を戻す事を辞め、敢えて重力に従いその場で倒れこむ。
ウィングロードから外れた事で、彼女は地面に向かって真っ逆さまに落下を開始。
だが、それによりなんとか蹴りの軌道からも外れることに成功した。

とはいえ、いつまでも落下していてはいつ追撃が来るかわかったものではない。
ギンガは急ぎ体勢を立て直し、再展開したウィングロードを駆けあがる。
がそこで、彼女の胴体を守る胸甲が砕け散った。

(ごめん、ありがとう……)

ここまで命を守ってくれたそれに、胸中で感謝を告げる。
決定打になったのは最後の飛び蹴りで間違いない。
かわしたと思ったのだが、完全にかわしきる事が出来ず、胸甲を掠めでもしたのだろう。

元々、これまでの激闘で全体にヒビが入り、いつ壊れてもおかしくない有様だったのだ。
ここまで守ってくれたことには、幾ら感謝しても足りない。

「厄介な胸甲も砕けた、そろそろ年貢の納め時って奴じゃないかな?」
「もう、勝ったつもりでいるの? はっ、はぁ…油断は、足元を掬うわよ」
「違いない。『百人の敵と闘う時は九十九人を以って中程とせよ』って言葉もあるしね、誰の言葉か覚えてないけど。ん? この場合なら、『息の根を止めるまでが決闘です』の方だったかな?」
「それを言うなら『100里の道も99里を以って半ばとせよ』で『家に帰るまでが遠足です』でしょ。絶対にこの状況とは合ってないから」
「そうだっけ? まぁ、細かい事は気にしな~い♪ というわけで、最後まで油断せずに行こう」

まるで登山中仲間を励ますかのような口ぶりで話しかけてくるアノニマート。
つくづくシリアスとか緊張感とかが持続しない男である。
まぁ、果てしなく好意的に解釈すれば、「いついかなる時も余裕を保っている」とも言えるのだろうが。

「さあ、次の打ち込みだ。もう守ってくれる胸甲はないからね。
 上手く守らないと、次は……アバラを貰って行くよ!」

体勢を低くし、アノニマートは地を這う蛇の如き動きで距離を詰めてくる。
かつて兼一は、似た様な戦い方をする相手に「居取り」と言う技で対処した。
だが、アノニマート相手にそれは通じない。彼自身が、ギンガと同等以上の柔術の使い手でもあるからだ。
迂闊に取りに行けば、逆に取られてしまう危険がある。

ギンガは一端後ろに下がって距離を取りながら、リボルバーシュートで牽制。
しかしそれを意に介すことなく、アノニマートの身体が加速する。

またもイグニッション・スキンを用いた加速によって迫りくる敵。
それに対し、ギンガは自らも姿勢を低く、右足を引き左掌を前へと突きだす。

『退歩掌破(たいほしょうは)』。
一歩引いた脚と、前に突き出した反対の腕を一直線にすることによって、向かってくる相手を返り討ちにするカウンター技だ。自分ではなく、相手の力を利用するこの技が成功すれば、敵は「地面に固定された柱に自ら突っ込んだ」状態になるこの技は、対イグニッション・スキンとしてとても有効な技だ。しかし……

(ヤバッ!?)

ギンガの狙いに気付き、なんとか接近を止めようとするアノニマート。
だが、イグニッション・スキンによる加速は本人の力の限界を超える物。
どれだけ止まろうとしても、自力で止まれるものではない。
そう、もし止まろうとするのなら……同等のエネルギーの逆噴射以外にはないのだ。

「破っ!!」

裂帛の気合と同時に、アノニマートの身体が途端にそれまでと真逆…真後ろへ向けて飛ぶ。
ギンガの掌はアノニマートに触れてはいない。つまり、退歩掌破は不発に終わったという事。
狙いを外され、ギンガの瞳が大きく見開かれる。

イグニッション・スキンはその性質上、一度発動させれば止まる事が出来ない。
放つ動作・攻撃は全て実。即ち、虚実の使い分けができない事こそが弱点。
故に、ギンガはアノニマートがイグニッション・スキンで接近してくるこの瞬間を待ち続けた。
それも、相手がこの可能性を失念するように、何度かあったチャンスを敢えて棒に振る事で、警戒心を抱かないように配慮までして。

しかし、そんなことはアノニマートも承知の上。
だからこそ、彼はこの勝負が始まってからずっと、ISの連続使用をしてこなかった。
使うのは常に一度だけ。その分のエネルギーのタメが済んでから、再使用。その繰り返し。
常に温存している一回分のエネルギーは、万が一の時に急制動を掛けるための物だ。
即ち、彼は迂闊に接近しても大丈夫なように、保険を掛けていたのである。

「ゲホッ、ゲホ……あっぶなぁ~。うん、今のはホントに危なかった……。
 あのまま突っ込んでたら、一発逆転は堅かっただろうね」

さすがにあの速度を一瞬にして0にし、それどころか真逆の方向へと移動する様な動きは、身体への負荷が大きかったのだろう。咳込むその姿からは、先ほどまでより幾分か余裕が失われている。
まぁそれでも、あのまま突っ込んでいるよりかはマシだ。
自分自身ですら完全には制御できない程の加速によって生じた勢いのままあの一撃を受けていれば、最悪それだけで戦闘不能になりかねない。
なにしろ、口調こそ相変わらず軽い物だが、その実背中には嫌な汗がにじみ出ている。
油断しているつもりはなかったが、それでも充分以上に肝を冷やしたのは間違いない。

(不味い…こんな奇策、2度も3度も使えるものじゃないのに……)

恐らく、もう2度とこんな策には嵌ってくれないだろう。
となれば、後は正攻法で打ち破るしかない。
一応、辛うじて最後の一撃の為の余力は残しているし、その為の技もある。

だが問題なのは、そのチャンスが巡ってくるかどうか。仮に巡ってきたとして、それまで温存しておけるかだ。
一撃必倒の大技なんて、普通に出したのでは当たってくれまい。入れるにはそれ相応の状況が求められる。
それが満たされるかどうかすら怪しいが、満たされたとしても、その時に撃つ余力がなければ意味がない。
もしこの先、アノニマートがギンガを削ることに終始すれば、その余力すら残らない可能性だってある。

そして、その時は決して遠くない。
今だって割とギリギリなのだ、これ以上削られれば本当に勝ちの目がなくなってしまう。

ならばせめて、一か八かでも打ち込むべきではないか。
あまりに分の悪い賭けに出るか否か、決断を迫られる。

しかしそんなギンガを余所に、突如アノニマートが空を振り仰いだ。
その瞳にはまるで悪い夢でも見ているかのような色を浮かべ、「冗談でしょ」と言わんばかりの表情で。

「うわっちゃぁ~……そんなのあり?」



  *  *  *  *  *



同じ頃、クラナガン市街地防衛線。
幾ら破壊しても際限なく侵攻してくる、ガジェットの群れ。

終わりのないそれを前に、防衛線を築く魔導師達にも疲労の色が濃い。
肉体的な疲労もそうだが、何よりも精神的な物が問題だ。
いつ終わりが来るともしれないそれは、急激に彼らの精神を追い詰めて行く。
今はなんとか持ちこたえているが、それもいつまでもつかは時間の問題だろう。
例えそれが、まだ比較的に余裕のある陸士108部隊であったとしても……。

「ああ、市街地戦の防衛ラインはなんとか持ち堪えてる。
 ガジェットどもが相手なら、まだなんとかならぁな」
「はい」

指揮車の前で、108部隊の長ゲンヤは各地の戦況を確認するグリフィスからの通信にそう答える。
この部隊は部隊長の性格からか、地上部隊の中にあっても比較的に本局側とも親交がある珍しい部隊だ。
おかげで、数年前からなのはやフェイトなどが働きかけていた対AMF戦の訓練も他の部隊に比べれば遥かに積んでいるし、実際にヴィータを教官として招いて鍛えてもらったこともある。
その結果、AMFがあってもガジェットが相手ならば早々遅れを取る事はない。
少なくとも、他の部隊よりかは余裕があるだろう。

「だが、現状でギリギリだ。
他に回せる余裕はねぇし、戦闘機人や召喚士に出て来られた、一気に崩されるかもしれねぇ」
「戦闘機人と召喚士一味は、先ほど六課前線メンバーが確保しました。あとはゆりかごの停止とスカリエッティの確保、それに…ギンガさんと闘っている戦闘機人だけです」
「そうかい」

それはいい情報だが、しかし他にも不安要素が目白押しだ。
この先もガジェットの数が減らないのであれば、いずれ限界は来るだろう。
そうでなくても、もし件の0型とやらの数が増えれば、どこが崩れても不思議はない。
アレは、他のガジェットとは対処の仕方が異なるし、あまり経験したことのないタイプなのだから。
とそこへ、血相を変えた部下が駆けよってくる。

「さ、三佐!」
「今度はどうした!」
「新たにガジェットの増援を確認! うち、半数は…0型です。他の隊からも、同様の報告が……」
「ちっ、まじぃな……野郎ども、ここが正念場だ! 気合入れて、何が何でも持ちこたえろ!
 もうじき、六課の連中が主犯格を押さえる。そうすりゃ、この事件も終わりだ!」
『はい!』

ゲンヤの発破を受け、隊員たちの士気が上がる。
だが、ゲンヤの傍に控える彼の副官は、彼に対し少々不安そうな視線を向けていた。

「三佐、その様な報告は……」
「ああ、来てねぇな。だが、嘘でも何でも言わなきゃならねぇだろ」

この状況における士気の低下は、直接戦況に大きく影響する。
ならば、嘘をついてでも彼らに希望を示さなければならない。
そうすることで、彼らが少しでも長く持ちこたえられるのなら。
その間に、嘘が真になる事を信じて……。

(まぁそれも、他が崩れちまえば同じ事だが……)

仮に108だけが最後まで持ちこたえても、他が崩れてしまえば変わりはない。
それどころか、1ヶ所でも崩れればそのまま連鎖的に他も崩れて行く可能性がある。
そうすれば、最悪陣営総崩れと言う可能性すらあるだろう。
とはいえ、ゲンヤの権限では自分の隊の事までしかどうにもならない。

仮に、手の空いた六課のメンバーが加勢に入っても、戦線全体をカバーすることはできないだろう。
その為には、圧倒的に人手が足りなさすぎる。
手の打ちようのない現状に、ゲンヤは額に手を当てて空を仰ぐ。
無意味と知りながらも、空を見上げる事で何か起死回生の策が浮かぶことを期待して。
が、もちろんそんな物は浮かぶ筈もない。しかしその代わりに、別の何かが蒼穹に浮かび上がってくる。

「なんだ…ありゃぁ?」
「三佐?」

ゲンヤの呟きに倣い、副官もまた彼の視線を追って空を見上げる。
すると、陽炎の如くその姿を揺らめかせながら、巨大な構造物が徐々に姿を現して来た。
それはやがてはっきりとした輪郭を描き、その存在を露わにする。

「艦…次元航行艦か!?」
「で、ですが、本局からの増援はまだ先です! そもそも、このような場所に転移してくる事自体……」
「言われなくてもんなこたぁわぁってるっての。だが、だとすればどこのバカだ?
 今は渡航規制が掛かって、ミッドに転移できるのは局の船だけの筈だが……」

だが、あの船が管理局の所属であれば、あらかじめ彼らにも何らかの報告なり指示なりがあるだろう。
それがない時点で、明らかに局の所属とは思えない。
実際、局が保有するあらゆる船と照合させても答えは否。

つまり、あれは管理局所属の船ではなく、民間保有と言う事。
どうやって渡航規制プログラムを破ったか知らないが、そんなのが戦場に飛び込んでくるなど正気の沙汰ではない。どこのバカの仕業だと、ゲンヤは頭を抱えそうになる。
ただでさえエライ状況だというのに、これ以上場を混乱させないでほしい。

だがそこで、ゲンヤを含めその場にいる…それどころか、この事件に関与する全員の眼の前にモニターが開いた。
映し出されたのは、どっかで見た事のある様なマーク。

「し~~~~~~~ん、ぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁく!!」
『は?』

戦場が、(ある意味)一つになった瞬間だった。



「おお、すげー! マジでどっかの街の上に出たぞ!」
「ほぉ~、宇宙船に乗ってワープと聞いた時はなんの冗談かと思ったが、ホントに付くとはのぅ」
「ララ~♪ トール、あなたは総督を疑っていたのですか?」
「でも、これはさすがにびっくりなんじゃな~い?」
「確かにな。大概の非常識には慣れたつもりだったが、世界は広い」
「ふ~ん……で、ここがクラナガンとやらで間違いないのかよ、新島」

突如クラナガン上空に現れた次元航行艦。
その艦橋では、空中に投影されたモニターに映し出された映像を、新白連合が誇る隊長達が見上げていた。
そして、艦長席に座する宇宙人…もとい悪魔…ではなく、新白連合総督は高らかに宣言する。

「ケケケ、ま、そう言うこった。さあ、新白連合の精鋭たちよ! 今こそ……」
「ねぇねぇ! そんなことより兼一どこ、どこよ兼一!」
「あ、こら! ちょっと下がるね、蓮華!」
「ちょ、何するのよパパ!」
「そこの曲者が何かする…気だ。少し後ろに行くぞ…と」
「俺様、やっぱアイツ苦手……」

昔から相性が悪いのか、どうにも蓮華にはペースを乱されっぱなしの新島。
いい所で割って入られた様で、どうにもしょげてしまっている。
だが、いつまでもそうして凹んでいる様な男ではない。
一つ咳払いをすると、後ろで騒いでいる蓮華やリミは努めて無視して、新島は改めて立ち上がる。

「もう邪魔はいねぇな? よし……ゴホン、少々出遅れたっぽいが…新白連合の精鋭たちよ!
今こそ、遍く世界に我らが威光を示す時である!!」
「ちょっと待て! 俺はなんたら連合とは関係ねぇぞ!」
「「まーまー」」

一部不服のある者もいるようだが、その大半が「早くやらせろ」とばかりに獰猛な気配を発している。
まぁ事実として、新白連合の人間ではない者も多数いるのだが。例えば……

「ふむ。見事だ、新島君。よくこんな短期間のうちにこのような船を調達したね」
「ほっほっほ…うむ、しかも最新鋭艦とは豪勢じゃのぅ」
「ウヒャヒャヒャ! ちょいとお偉いさんと会う機会がありましてね。その時に誠心誠意お願いしたんですよ、心を込めて」

もちろん、ただお願いしただけの筈がない。
以前ミッドに来た折、新島は聖王教会の騎士「カリム・グラシア」と一対一での会談の場を設けた。
その際、彼女はまんまと新島の毒牙に掛かり、洗脳されてしまったのだ。
後日、その洗脳は兼一の手により解かれ事なきを得たが、新島が彼女を洗脳して何をさせたか、あるいは何をさせようとしていたかは不明のままだった。

その不明だった目的のうちの一つが、これ。
本来、次元世界になんのコネクションもない彼が、次元航行艦を入手することは難しい。
そこで、カリムの人脈を借りたのだろう。
無論、この男がそれだけで済ませたとも思えないが、その辺りはまだ闇の中である。

「ってか秋雨! ジジイ! 笑ってねぇでこっちをなんとかしろ!」
「飛行機は勘弁よぉ~~~!!!」
「飛行機じゃなくてこいつは船だっつってんだろ!!」
「鉄屑が飛んでるならそれは飛行機よ!」

なんとか暴れるアパチャイを押さえようと奮戦する逆鬼。
まぁ、飛んでいるのなら飛行機と似た様な物と言えないこともないかもしれない。

「おい、新島。このままだと船を壊されちゃうんじゃなぁ~い」
「総督。ここは、プレスティッシモ(出来る限り早く)に降ろしてしまうのがよろしいかと」
「う、うむ。では、皆の衆よく聞けい!」
「わぁ~、良い眺めですね、龍斗様♪ これが夜景だったらロマンチックだったのに! そうは思いませんか!」
「とりあえず腕を離してくれないか、リミ。重いよ」
「イヤです!」
「そう……」
「あ~ん、龍斗様のいけずぅ~!?」
「聞けよ、人の話!?」

良く聞けと言った傍から、人の話を聞かないリミ。
そんなリミを引き剥がしつつ、龍斗は至って冷静に先を促す。

「悪いね、こっちは気にせず進めてくれ」
「ったく……もういい、細かいことは言わねぇ。その秘めたる力を以って、敵戦力を撃滅せよ!! 存分にその武威を振るうが良い!! 「アパ~!?」だから船壊すんじゃねぇ! 高かったんだぞ、これ!」

そうして、船に備え付けられた転送装置を使い、市街地で防衛戦を繰り広げる各部隊の下へと送り届けられる達人達。もちろん、こんな連中を放り込んで色々とただで済む訳がない。
一部抜粋すると、大体こんな感じに。

「ったく、なんで俺がこんな事を……」
「ア~パパパパパパ! やっぱりムエタイには戦場がよく似合うよ!」
「いやまぁ、別にそれを否定する気はねぇんだけどよぉ……」

何故かアパチャイと同じエリアに放り込まれ、愚痴りながらも一抹の不安を覚える郭。
そしてその不安は、間もなく現実のものとなる。

「あ、こら! そっち味方、味方だっての!」
「アパパパ、大丈夫よ! アパチャイ昔、敵と一緒に味方も全滅させた事あるよ!」
「全然大丈夫じゃねぇ!?」

テンションが上がり過ぎ、そのまま管理局の方まで攻撃しそうになるアパチャイ。
この瞬間、郭は自らの役割を理解した。
彼の仕事は敵戦力の撃破ではなく、アパチャイの暴走を抑える事なのだと。

また、他の所では……

「もー! 兼一はどこにいるのよ!」
「のー、私も兼一に会えるって言うから来たのに、どうしてこんな所にいるのかのー?」

状況をわきまえず、マイペースに探し人を求める二人。
そこは一応、ガジェット達の光線が飛び交う最前線なのだが、二人は全然気にすることなく避けながら会話を続けている。とはいえ、それはそれで鬱陶しかったらしく……。

「ああもう! ピュンピュンうっさい!」
「邪魔だの!」

突然キレた二人に、瞬く間のうちに殲滅されていく。
あるいは……

「ふぅ……」
「ん? どうしたんじゃい、ジーク。そんなため息をついて」
「トール…溜め息の一つも付きたくはなります。無粋な鉄屑が相手では、素晴らしいメロディーが降りて来る訳がないではありませんか。御覧なさい、この音楽性の欠片もない戦場を。私の心は今、コン・メランコリア(憂鬱)な雲で閉ざされているのです」
「ん~、なんならワシが一人でもやって良いんじゃがのう」
「いえ、それでは総督の命に背く事になります。ここは暗雲を払うべく、一際フェローチェ(荒々しく)に全ての雑音を駆逐するとしましょう。いざ、音楽性なきものに死を!! ラララ~♪」
「ふむ……お~い、後ろでドンパチやってるお主ら、静かにしとかんとジークに殺されるぞ~」

とか……

「ああもう、鬱陶しんだよこの鉄屑がぁ! 後から後から湧いて出やがって、ゴキブリかテメェら!」
「荒れてるな、キサラ……宇喜多が傍にいないのがそんなに気に食わんか?」
「ば、バカ言わないでよ、フレイヤ姉! べ、別にあたしはあんな奴の事なんか……」
「だが、先日プロポーズされたのだろう?」
「ぶっ! だ、誰からそれを……た、武田の奴か!」
「ふっ、まぁおめでとうと言っておこうか。で、式はいつ挙げるんだ?」
「さ、さぁフレイヤ姉! さっさとこいつらぶっ壊しちまうとしようじゃないか!
 この分だとまだまだ先は長そうだから、いつになるかわからないけどさ!」
「まぁ、その話は追々という事にしておこうか」
(何言いふらしてんだ、武田の奴! 殺す、後で必ず殺してやる!!)
「ん? どうした武田、震えてるぞ?」
「いや、な~んか悪寒がしてさぁ……」

とか……

「あ、あっちに良い感じのお店発見! 龍斗様~、リミあっちに行きたいんですけどぉ~」
「ああ、こっちは僕だけで十分だから、行ってくれば良い。僕もその方が楽だ」
「っ! 龍斗様、リミの事を心配してくださってるんですね!? リミ嬉しい!!」
「(…………イラッ)いい加減、君の頭を割って中身を調べたくなってきたよ。
 どういう構造をしているのかには、少しだけ興味がある」
「え? そんなの開けてみるまでもありませんよ。リミは常に龍斗様の事で頭も胸も一杯なんですから!
 キャッ、言っちゃった♪」
(一緒に降りる相手を間違ったか……)

とか……

「おい、どうしたしぐれ。なに、んな鉄屑ジーッと見てんだ?」
「なぁ…逆鬼」
「あん?」
「これ、うちで飼っちゃダメ…かな?」
「ダメだろ、んなもん」
「じゃ、おまえん…ち」
「もっとダメだ!!」

極めつけが……

「召喚獣が、止まらない……」
「たぶん、ルーちゃんがまだ闘おうとしてるから」
「そんな、どうしたら……」

召喚士が意識を失って尚、闘いを辞めようとしない召喚獣達。
彼らもまた被害者であるが故に、エリオとキャロの顔には悲しみが浮かぶ。
力づくで止めるのが困難と言うのはもちろんあるが、望まない闘いを強いられる彼らが可哀そうだから。
しかしそこで、天地を振るわせる怒声が響き渡った。

「やぁぁぁぁぁぁぁぁめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいぃぃ!!!」
「きゃ!?」
「な、なんだ!?」

耳朶を撃ち、三半規管を揺さぶる程の大音量。
二人は目を白黒させ、音の出所を探す。
するとそこには、ビルの屋上で仁王立ちする金髪の老人の姿。

「あれは、まさか……」
「確か、兼一さんの……」

その見覚えのある特徴的な容姿……というか、映像だったとしても、一度見れば決して脳が忘れる事を許してくれない、果てしなく濃いその存在感。
二人の顔からは悲しみの色が失せ、代わりに戦慄が浮かぶ。
“あの”兼一の師の中でも、とりわけ無茶苦茶な御仁の事だ。何をやらかすかわかったものではない。

その間にも、地雷王や対峙する白天王とヴォルテールが老人の方を向く。
横槍を入れた事で、敵と認識してしまったのかもしれない。
が、老人はそんな事は一切気にせず……

「デカイ図体しとる癖に、小競り合いも大概にせんか、お主ら!!」

敵意を向けて来る召喚獣達を、気当たり一つで黙らせる。
二人が悩んでいたことの全てが、老人の一喝で解決されてしまった。

とはいえ、それも無理からぬことだろう。
人間と違い、彼らは本能に対し鋭敏であり正直だ。
だからこそ、この彼らにとっては遥かに小さな存在がどれほど危険なのかを、即座に理解したのだろう。
というか……

「ヴォルテールと白天王の闘いが……」
「小競り合い?」

ちょっとあり得ないその認識に、二人の顔が引きつる。
どこの世界にあんな怪獣大決戦を「小競り合い」などと評する生き物がいると思うだろう。
しかし、二人の驚きはそんなものでは済まされない。

「ん、ヴォルテール? のう、今ヴォルテールと言うたか?」
「え? は、はい」
「なんじゃ、どこか見覚えがあると思うとったらお主じゃったか。久しいのう!」
「ヴォ~」
「「は?」」

老人がヴォルテールに対し気軽にあいさつすると、ヴォルテールもまたそれに気安く返す。
仮にも守護神として崇められる真竜のこの態度に、巫女であるキャロは空いた口が塞がらない。

「あの……」
「うん?」
「お知り合い…ですか?」
「まぁなんじゃ、所謂………………マブダチと言う奴じゃな!」
「ヴォ!」

声の出ないキャロに代わり、仕方なく投げかけたエリオの問いに、揃ってサムズアップする一人と一匹。
その光景は、エリオですらなんだか気が遠くなるような思いのするものだったとさ。



  *  *  *  *  *



アノニマート達の下にも出現したモニター。
それには、今まさに繰り広げられている闘いがリアルタイムで映し出されている。
大方、これを使って管理局とその局員たちに彼らの力を知らしめるつもりなのだろう。
で、それを見たアノニマートの感想はと言うと……。

「うわぁ、何て言うか…詰んだんじゃない、コレ?」

これだ。というか、他になんと言えばいいのか。
まだスカリエッティは捕まっていないし、ゆりかごも止まってはいない。
だが、こと地上における闘いの趨勢は決まったと彼は思う。
だってもう、こんな連中が介入してきたら過程はどうあれ結末は決まっている。

(こりゃ、あんまり悠長にはしていられないなぁ……急いで決着付けて、逃げた方が良いかも)

新白連合と、その幹部に名を連ねる達人達の情報は一通り頭に叩き込んである。
弟子の喧嘩に師匠は出ない。それは活人拳・殺人拳を問わず、武人ならば順守せねばならない絶対のルール。
これはなにも、師弟関係にある者同士に限った話ではない。例え他人の弟子の闘いであっても、無粋な横槍を入れれば「恥知らず」の誹りを免れないだろう。
一角の武人である彼らが、そんな野暮なマネをするとは思えない。

が、魔導師達は話が別だ。
彼らが参入した事で戦場には幾許所ではない余裕が生じるだろう。
それにより、魔導師達の中にも二人の決闘の場に介入しようとする輩が現れないとも限らない。
その可能性を考慮するのなら、急ぎ決着をつけるのが望ましい。
何より、このまま嬲る様にして削って行くというのは、彼の趣味にも合わなかった所だ。

「ギンガさん」
「……っ!」

アノニマートの呼びかけに、ギンガは間の抜けた表情で振り向く。
どうやら、彼女は彼女でこの状況に唖然としていたらしい。

「地上での闘いは君達の勝ちだ。だけど、僕達の勝負に決着はついていない。
 今を逃せば次はいつにかるかわからないし…………ここでケリをつけようと思うんだけど、どうかな?」

戦局全体を考えれば、この場でアノニマート一人に固執することはないのかもしれない。
このまま彼をこの場に足止めし、同時に念話で増援を求める。
その後、複数人で制圧するのが、確実で手堅い方法だろう。
ただしそこに、武人としての矜持はない。あるのは、管理局員としての義務だけ。

別にそれが悪いというわけではない。
職業人として考えれば、文句なしにこれが正しい。
だがそれでも……ギンガは、一人の武人足らんと心に決めていたのだ。

「いいわ。その勝負、受けて立つ」
「ありがとう、感謝の言葉もない……」
(それは、こっちの台詞よ)

ギンガからすれば、この一合でケリをつけるというのはありがたい話だ。
もう全身ボロボロで、後一撃打ち込む力が辛うじて残っている程度。
この一発をどう使うか…それ以前に、どうやって使える状況に持っていくかが問題だったのだが、それが解決されたのだ。この一合で終わりなら、互いに出し惜しみや小細工を弄する余地はない。
全身全霊、乾坤一擲のそれで臨む。それ以外の選択肢など、二人にありはしないのだから。

「……」
「……」

無言で構えを取る二人。
アノニマートの狙いは、恐らく貫手。オリジナル同様、それこそが彼が真に頼みとする技なのだろう。
さらに、今までとは異なる凶暴な気がギンガの肌を撃つ。
『静動轟一』。最後の一撃と決めたからこそ、今まで使わなかった禁断のそれを使うのだろう。
確かにそれは、彼にとって全てを込めた一撃に違いない。

では、ギンガが最後に頼みとするのは? 考えるまでもない、師より賜り、受け継いだ拳「無拍子」。
これこそが、ギンガが用いる中で最大の威力を誇る一撃だ。
なにより、師より受け継いだという事実こそが、彼女にとっては何よりも心強い。

「いざ」
「尋常に」
「「勝負!!」」

互いに足場を蹴り、愚直な程真っ直ぐに間合いを詰める。
ただし、動くと同時にアノニマートの身体が加速した。それも、2回。

この状況に置いて、出し惜しみをする理由がない。放つは、最速にして最強の一撃。
その為に、イグニッション・スキンの連続使用で最大限にまで速度を上げる狙いなのだろう。

2度に渡る加速により、アノニマートの動きはギンガの動体視力を越える。目で追う事はかなわない。
だがギンガは、咄嗟に自身の正面に多層のシールドを展開。
首筋を走った悪寒が告げる直感に従った、反射的な防御。
それは見事的中し、アノニマートの貫手が幾重にも重ねられたシールドに付きたてられる。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

それら全てを捩じり込む様にして放つ貫手が粉砕する。
勢いは衰える事を知らず、瞬く間のうちにギンガの命へと伸びて行く。

(止める! 絶対に、必ず!!)

展開したシールドに魔力を注ぎ、なんとか止めようと躍起になる。
元より、イグニッション・スキンと言う反則的な加速能力を持つアノニマート相手に、先手を取れるとは思っていない。例え先にギンガが攻撃しても、相手はそれを追い越すことができるのだから。

故に、ギンガははじめから先手をくれてやるつもりだった。
先手を取らせ、防ぎ、然る後に最後の一撃を叩きこむ。
それ以外に、ギンガには選択肢がなかったから。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「ああああああああああああああああああ!!!」

早く鋭い矛の前に、盾は悉く打ち破られていく。
しかし、徐々にだが確実に、その勢いは衰えている。
やがて最後の最後、残り1枚となった所で……ついに、矛が止まった。

(今っ!)

貫手が止まったと認識すると同時…否、認識するより速く、既にギンガは動きだしていた。
確認してからでは遅い。その間に、この相手なら残る左拳で何らかの攻撃を仕掛けて来る。
元々、この一回しかないのだ。だったら、打ち込める距離になった時点で動きだしてしまえばいい。
その考えの下、ギンガの拳は既に加速を始めている。

師の下で教えを受けるようになって、早数ヶ月。
毎日毎日、骨の髄…魂の深奥へと染み込ませるかのように繰り返した基礎動作。
それらを全て連動させ、有りっ丈の力と共に拳に乗せる。

『無拍子』。
武の世界で、かつては「史上最強の弟子」今は「一人多国籍軍」として勇名をはせる師の代名詞とも言うべき技。
その名と誇りにかけて、この一撃で終わらせる覚悟と決意で放つ。

だが……今にも砕けそうなボロボロのシールドによって阻まれた貫手。
そこから繋がる肘で、何かが炸裂する。

「―――――――――――っ!?」

澄んだ音共に、最後のシールドが砕かれる。
イグニッション・スキンの連続使用回数は2回まで。それは紛れもない事実。
だがそれは、あくまでも通常使用する場合に限っての話。
後先考えず、全身から絞りに絞れば……辛うじて、1回分の出力は絞り出せる。
無論、本来ない筈の物を絞りだせば、その反動は計り知れない。
しかし、これで終わるのなら関係ないではないか。元より、そのつもりで使った「静動轟一」でもある。

「烈破!」

『脚破ねじり貫手』という技がある。
かつて一影九拳が一人、「人越拳神」が同じく九拳である「拳魔邪神」との闘いで使用した技。
自らの貫手の肘部分を膝で蹴る事により加速させ、さらに強い回転を加えて対象を貫くこの技が、アノニマートが放った技の原型だ。
本来は膝蹴りによって加速させる物を、自身の能力によって加速させる。
それが『脚破ねじり貫手』の変形、「烈破ねじり貫手」。

「ねじり貫手!!!」

加速中の拳と、一瞬にして加速を終える貫手。どちらが先に届くかは自明の理。
出来るとすれば、出しかけの拳を引き、貫手をやり過ごすことくらい。
貫手の狙いは、拳を振り抜く際に正面を向くギンガの鳩尾へと向けられている。
ならば、今のまま…真半身の体勢を維持できれば、貫手をやり過ごす事が出来る筈。

だが、加速を始めた拳はもう止まらない。通常の拳打ならともかく、全身運動によって放つ無拍子は、全身の力を一点に収束させるが故に一度動き出せば止められないのだ。
故にこの瞬間、二人の勝負は決着を見た―――――――――――――――――――――――――――――かに思われた。

「ぁ、あああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

止まらない筈の拳を引く。
止まるか止まらないかではなく、止めるしかない。
そうでなければ負け、そして死ぬ。

腱が、筋肉が、骨が悲鳴を上げる。
それは無理だと。精神論とは別の所で、物理的に無理なのだと声なき声で叫ぶ。
しかしそれを、ギンガは全て斬って捨て、歯を食いしばって力づくで抑え込む。

勝つと誓った。その為に修業を積んだ。その為にここまで粘ってきた。
なにより、全力を尽くさずに負けることなど、できる筈がない。

「―――――――――っ!!」
(とめ…た……)

アノニマートの眼は驚愕に見開かれ、あり得ないものを見たような表情だ。
それも当然。強烈な一撃であるからこそ、止められる筈がない。
全身の力を収束して放つ一撃なら、同じだけの力を掛けなければ止まらないのが物の道理。
だがあの時のギンガは、無拍子にその力を使い、止めるだけの力はなかった筈なのに……。

幾らあり得ないと否定した所で、現実は変わらない。
道理を意思一つでねじ伏せ、止まった拳。
未だ真半身のままの身体の前を、加速のついた貫手が空気を裂いて通り過ぎる。
しかし、ギンガも決して無傷とは言えない状態だ。

(つぅっ……)

全身運動によって放つ無拍子。ギンガは確かにそれを止めた。
だが、無理な制動の代償は決して安くない。腱が、筋肉が、骨が…全身が変わらず悲鳴を上げている。
気が遠くなりそうな程の痛みでギンガの眼の焦点が曖昧になった。同時に、一瞬彼女の身体から力が抜ける。

(好機!)

それを目敏く見抜き、アノニマートは空振りに終わった右の貫手に変わり、身体を戻す勢いを利用して左の貫手を放つ。
確かに無拍子を止めたことには驚いた。
しかし、それで勝負が終わったわけではない。
アノニマートはまだ立っているし、身体も動く。
当分イグニッション・スキンは使えないが、それでも無防備な今のギンガを仕留める位は可能だ。

だが、それは誤りだ。
ギンガは身体から力が抜けたのではない。力を…抜いたのである。

(そう、これがきっと……私の原点)

無拍子の基本理論はそのままに、一端全身から力を抜く。
脱力した静止状態から、脚先からは下半身へ、下半身から上半身。
全身から集約した力に、回転の加速を加え、拳を……………押し出す!

放つは、師から受け継いだ「活かす拳」にして、母から受け継いだ「繋がれぬ拳」。
かつて山籠りの際に兼一から出された課題。それはつまるところ、ギンガと兼一の違いは何なのかと言う事だ。

そしてそれは、考えてみればそれほど難しい問題ではなかった。
ギンガにあって兼一にない物、それは……………母、クイントの教え。
母から学んだ「シューティング・アーツ」。そして、母が得意とした技の名を「アンチェイン・ナックル」。

あとは簡単だ。無拍子の定義は、広義的に解釈するなら「修得した武術の要訣を融合させた技」と言う事。
なにも、兼一が扱う空手・柔術・中国拳法・ムエタイに限る事はない。
空手・柔術・中国拳法・ムエタイ、そこへ更に原点とも基盤とも言える「シューティング・アーツ」を融合させる。それこそが、ギンガの目指すべき完成形なのだから。

「はぁぁっ!!!」
「ぐっ……」

アノニマートは咄嗟に両腕を交差させてそれを防ぐ。
しかし、受ける感触が彼の知る無拍子のそれとはどこか異質。
受けた両腕よりもなお奥へ、身体の芯へと走る衝撃がアノニマートの身体を貫く。

拳から伝えられた全ての力が、吸い込まれるようにアノニマートの身体へと送り込まれる。
あまりの威力に体が浮き上がり、足場から両足が離れ吹き飛ばされていく。

(あ~あ、勝ちたいと思った相手にこそ勝てないんだから、ホント…武術は難しい)

そして、アノニマートの身体が何かにぶつかって止まるより前に、彼の意識は闇に消えた。






あとがき

まぁあれですね、ギンガの原点にして基盤はやっぱりシューティング・アーツなんですよ。
なので、兼一の技をさらに発展させるとしたら、まずこれが絡んでくるのが必定だと思う訳です。
というわけで、いつぞや出された課題に対する回答でした。

あんまり新白側の活躍を書けませんでしたが、正直あれが今は手一杯です。
まぁなんというか、デスパー島の時並かそれ以上に大暴れしたと思って補完してください。
書きたいのは山々だったんですが、上手く文章にできず…そもそもイメージが膨らましきれずに断念した次第。
誠に申し訳ない……。


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