<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

とらハSS投稿掲示板


[広告]


No.25730の一覧
[0] 【完結・改訂完了】リリカルなのはSts異伝~子連れ武人活人劇~(×史上最強の弟子ケンイチ)[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[1] BATTLE 0「翼は散りて」[やみなべ](2013/07/16 00:16)
[2] BATTLE 1「陸士108部隊」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[3] BATTLE 2「新たな家族」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[4] BATTLE 3「昼の顔、夜の顔」[やみなべ](2013/07/16 00:18)
[5] BATTLE 4「星を継ぐ者達」 [やみなべ](2013/07/16 00:18)
[6] BATTLE 5「不協和音」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[7] BATTLE 6「雛鳥の想い」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[8] BATTLE 7「一人多国籍軍、起つ」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[9] BATTLE 8「断崖への一歩」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[10] BATTLE 9「地獄巡り 入門編」[やみなべ](2013/07/16 00:21)
[11] BATTLE 10「古巣への帰還」 [やみなべ](2013/07/16 00:21)
[12] BATTLE 11「旅立ち」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[13] BATTLE 12「地獄巡り 内弟子編」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[14] BATTLE 13「誕生 史上最強の○○」[やみなべ](2013/07/16 00:24)
[15] BATTLE 14「機動六課」[やみなべ](2013/07/16 00:25)
[16] BATTLE 15「エースの疑念」[やみなべ](2013/07/16 00:26)
[17] BATTLE 16「5年越しの再会」[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[18] BATTLE 17「それぞれの事情」[やみなべ](2013/07/16 00:27)
[19] BATTLE 18「勢揃い」[やみなべ](2013/07/16 20:54)
[20] BATTLE 19「守護の拳」[やみなべ](2013/07/16 00:28)
[21] BATTLE 20「機動六課の穏やかな一日」[やみなべ](2013/07/16 00:29)
[22] BATTLE 21「初陣」[やみなべ](2013/07/16 20:53)
[23] BATTLE 22「エンブレム」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[24] BATTLE 23「武の世界」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[25] BATTLE 24「帰郷」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[26] BATTLE 25「前夜」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[27] BATTLE 26「天賦と凡庸」[やみなべ](2013/07/16 20:51)
[28] BATTLE 27「友」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[29] BATTLE 28「無拍子」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[30] BATTLE 29「悪魔、降臨す」[やみなべ](2013/07/17 21:15)
[31] BATTLE 30「羽化の時」[やみなべ](2013/07/16 00:39)
[32] BATTLE 31「嵐の後で」[やみなべ](2013/07/16 00:40)
[33] BATTLE 32「地獄巡り~道連れ編~」[やみなべ](2013/07/16 00:41)
[34] BATTLE 33「迷い子」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[35] BATTLE 34「I・S」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[36] リクエスト企画パート1「vivid編 第一話(予定)」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[37] BATTLE 35「ファースト・コンタクト」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[38] BATTLE 36「お子様散策記」[やみなべ](2013/07/16 00:44)
[39] BATTLE 37「強い奴らに会いに行け!」[やみなべ](2013/08/01 03:45)
[40] BATTLE 38「祭囃子」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[41] BATTLE 39「機動六課防衛戦」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[42] BATTLE 40「羽撃く翼」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[43] BATTLE 41「地獄巡り~組手編~」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[44] BATTLE 42「闘いの流儀」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[45] BATTLE 43「無限の欲望」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[46] BATTLE 44「奥の手」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[47] BATTLE 45「絆」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[48] BATTLE 46「受け継がれた拳」[やみなべ](2013/07/16 00:49)
[49] BATTLE 47「武人」[やみなべ](2013/07/16 20:49)
[50] BATTLE FINAL「それぞれの道へ」[やみなべ](2013/07/16 00:50)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[25730] BATTLE 42「闘いの流儀」
Name: やみなべ◆33f06a11 ID:1963cf14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/16 00:47

『聖王のゆりかご』浮上より僅かに時を遡る。
フェイトやゲンヤをはじめとする108部隊の地道な捜査により、ある程度の範囲にまで絞り込まれたスカリエッティのアジト。ヴェロッサやシャッハの脚を使った追い込みにより、ついに発見へと至ったその奥深く。
同行していた二人に先行し、一人アジトの奥…スカリエッティの居所を探す兼一はその道中、眼に写る光景に歯噛みせずにはいられなかった。

(嫌な物は、今までにもたくさん見て来たつもりだったけど……)

物影に潜みながら視線を上げると、そこには無数に並ぶ番号の振られた生体ポッドの数々。
所々に空きはあるが、その大半に老若男女様々な人間が収められている。
恐らく、人体実験の素体かサンプルなのだろう。

兼一とて、裏社会に関わる様になって長い。
惨たらしい物、見るに堪えない物も少なからず見て来たつもりだ。
しかしこの、命を実験材料として扱うあり様には圧倒されるものがあった。
一体、どんな精神構造をしていればこんなことができるのか。
彼には、到底理解の及ぶものではない。

(一刻も早く、彼を止めないと)

慎重に、張り巡らされたセンサーに引っかからない様に細心の注意を払って移動していく。
時に物影に隠れてやり過ごし、時に壁や天井を伝って隙間を縫う。
設備こそ洗練されているが、天井や壁面はゴツゴツとした部分が多く残されている。
兼一からしてみれば、充分過ぎるほどの手掛かりであり足場だ。
音を立てずに移動するには、これでも十分すぎる。
とはいえ、兼一にはそれがかえって不気味に思えるのだが。

(…………やっぱりおかしい。幾らなんでも、こんなに簡単に進めるなんて……)

そう、あまりにも順調過ぎる。
確かにセキュリティーのレベルは恐ろしく高いが、忍び込む余地がないというほどではない。
並の者なら不可能なレベルかもしれないが、兼一には「少し厄介」な程度。
仮にも「闇」と関わりのある研究者のアジトが、この程度と言うのは不自然ではあるまいか。
なにより、ここに至るまで誰と擦れ違うこともなかった。

それらを「幸運」で済ませられるほど、兼一も楽天家ではない。
つまり、これらの意味する所は……

(罠か。だけど、だとしたらその狙いはいったい……)

罠と言う事は予想が付く。問題なのは、その罠の意図だ。
奥へ奥へと誘い込み、逃げ場のない状況で何かしらの手を打つつもりなのか。
あるいはそれを警戒させて最深部への侵入を阻む、ないし遅らせることか。
新島ならばその意図を正確に看破し、逆手に取ることもできるかもしれない。
だがここに新島はおらず、兼一にはそこまでの事は無理だ。

行くか退くか、セキュリティーから身を隠しながら悩む。
さすがの兼一も、師匠達の様な「罠があると分かっていれば怖くない」と言えるほどの剛毅さはないのだ。
しかし、そんな逡巡も僅か数秒程度。

(とりあえず、行ってみよう)

やらずに悩むより、とりあえず行動してみる。この男は、昔から妙な所で大胆なのだ。
それに、ここでジェイル・スカリエッティを捕らえる事ができれば事態は一気に好転する。
そのメリットを考えれば、多少のリスクはやむをえまい。

意を決して進む事しばし。
通信が妨害されている事には気付いていたが、それでも構わず進んでいく。
やがて、ひしめく様に並んでいた生体ポッドも見られなくなり、最後に辿り着いたのは行き止まり。
引き返し別のルートを探るべきかと辺りを見回せば、壁面には規則正しく並ぶ扉の数々。

兼一はそれらを一つ一つチェックしていく……なんて事はしない。
なぜなら、規則正しく並ぶ部屋の一つから、明らかに人の気配がするのだから。
罠の可能性は百も承知。それを覚悟した上で、兼一は気配に誘われて部屋に入る。
そしてその瞬間、部屋の雰囲気が一変した。

「これは……閉じ込められたか」

入ってきた扉の方を見れば、そこには淡い光を灯す紅い膜。
それは、以前なのは達に見せてもらった「ケージ系」の魔法に酷似していた。
見た所、それほど堅そうにも見えないし、破るのは造作もないだろう。

とはいえ、これで侵入に気付かれていたことがはっきりした。
まぁそんなこと、部屋の奥から気配の主が出て来た時点で意味のない考察になった訳だが。

「やぁ、よく来てくれたね。歓迎するよ、白浜兼一君」

声と同時に、部屋に明かりが灯る。
奥から姿を現したのは、白衣を着た紫の髪の男。

「ジェイル…スカリエッティ」
「ふむ、どうやら自己紹介の必要はないようだ。手間が省けて助かるよ」

軽く肩を竦め、瞑目しながら微かな笑みを浮かべている。
その様子には侵入者への警戒も、敵に対する悪意すらもない。
まるで、友人の来訪を待ちかねていたかのような趣すらある。

いや、もしかしたらそれは当たらずとも遠からずなのかもしれない。
何しろ、荒事とは無縁そうな病的なまでに白く細い指は、品の良いティーセットの乗ったトレイを握っている。

ポットからは白い湯気が立ち上り、鼻孔をくすぐるのはふくよかな紅茶の香り。
スカリエッティはそれを二人の丁度中間にある木製のテーブルに置き、慣れた手つきで「茶会」の準備を進めて行く。
その様子は、どこからどう見ても先の言葉通り「迎撃」ではなく「歓迎」するためのものである。

「さ、そんな所で立っていないでかけたまえ。これは私のお気に入りの葉でね。プロ顔負け…と胸を張れるほど入れ込んでいる訳ではないが、それなりの物だと自負しているよ。気に入ってもらえると嬉しいのだが……」
「どういうつもりですか?」
「うん?」

兼一の問いに、手を止めて顔を上げるスカリエッティ。
その顔は本当に不思議そうで、兼一の意図をまるで理解していない様に見える。

「僕はここにあなたを捕まえる為に来ました。今起こっている事件を止める為に、攫われたヴィヴィオちゃんを助ける為に。なのになぜ、あなたは僕を捕まえようとも、倒そうともしないんですか?」

万が一にもそんな事はないと思うが、何もわかっていない相手に乱暴を働くのは彼の流儀に反する。
なので仕方なく説明してみたのだが、スカリエッティの様子に変化はない。
それどころか、彼はさも当然とばかりに……

「おかしなことを聞くね。何故そう言った事をしないのかと聞かれれば、それが無意味だからだ」
「?」
「本当にわからないのかね? ここには私と君しかいない。つまり、君をどうこうしようとすれば、私がするしかない訳だ。その結果がどうなるかなど、考えるまでもないだろう?」

確かに、スカリエッティが兼一と闘えば……というか、そもそも闘いにすらならない。
なにしろ、スカリエッティには武の心得はおろか、武器すらも持っていないようだ。
また、兼一はこの数ヶ月で魔導師の力量を大まかに把握できるようにもなっている。
そちら側からの視点で見ても、やはりスカリエッティに戦闘能力がある様には見えない。

「ああ、安心…と言っていいかは分からないが……というか、むしろ安心すべきは私の方かな?
 とりあえず、『研究が高じて強者になっていた』なんてオチはないよ。
 私は正真正銘、吹けば飛んでしまう程に貧弱で脆弱だ」
「……なら、ジェイル・スカリエッティ。あなたを逮捕……」
「いや、それも意味がないよ。なにしろ、君はもうここから出られない」
「あの膜の事を言っているんですか? それくらい……」
「ああ、君なら容易く壊せるだろう。それは私が保証する。君なら、軽く打つだけで充分だ。
 だがね、それでもやはり君はあれを壊せないし、他のルートから出る事も出来ない。
 なぜなら、あの膜はこの部屋を包むように展開されていて、それを破るとここは崩落する」
「っ!?」

予想外のその宣言に、兼一は僅かに息をのむ。
それが、「崩落」と言う事態に対する恐怖かと聞かれれば、否定はしない。
だがそれは、自身の生死にかかわる恐怖ではない。
兼一なら崩落から逃れる事も、力技で天井を突き破って外に出る事も可能だ。
しかし、問題なのはそんな事ではなく……。

「理解したようだね。確かに君は崩落が起きた位では物ともしないだろう。
 だが、君以外の者はどうかな? 私は自業自得にしても、例えばここに来る途中ポッドに入っていた彼らはどうなる? 意識のない彼らが崩落に巻き込まれれば命はないだろう。
そして君がどれほどの武勇を誇ろうとも、全員を助ける事は難しい。崩落までに数人、崩落後の発掘による救助でだいぶ助ける事は出来るかもしれないが、全員の生存は厳しいだろうね」
「……」
「そんな目で睨まないでくれたまえ。君に本気で睨みつけられては、私などそれだけで死んでしまうよ」

苛烈な視線を向ける兼一に、スカリエッティは捉え所のない態度で返す。
この男はわかっているのだ、力無き者が達人と対する時のセオリーを。
真っ向勝負は避け、そもそも相手が力を発揮できない状況を構築する。

とはいえ、兼一とてそれを全く警戒していなかった訳ではない。
訳ではないが、それでも自らの命をも犠牲にすることを前提にしたこんな策に出ようとは……。
ここはスカリエッティのアジト、なら安全地帯くらいは用意してあるのかもしれない。
しかしそれも、兼一が彼を気絶させてしまえば無意味となる。
スカリエッティはアジト内の大半の人間の命を握っているが、スカリエッティの命を握っているのは兼一なのだ。
彼が強行突破を選択し、その上でスカリエッティを行動不能にすれば命はない。
そうとわかっていない筈がないのにこんな策を実行に移す。それこそが、兼一にとってなによりも予想外だ。

「僕があなたを気絶させるか、あるいは脅してその罠を解除しようとするとは思わないんですか?」
「まったく、慣れない脅しなどする者ではないよ。
何しろ、君は優しい男だ。闘う意思のない、武人ですらない者に拳を向けられないだろう?
 いや、私を気絶させるくらいはできるだろう。だが、君はポッドの中の人々を見捨てる事は出来ない。
 また、無力な私に対して直接力で訴える事も。違うかね?」

茶会の準備を終えたスカリエッティは一人椅子に腰かけ、優雅にカップを口に運ぶ。
その仕草に緊張や不安の色は見られない。彼は、敵である白浜兼一と言う男を心から信じているのだろう。
この男は、決してそんな事はしないと。
命懸けの状況であっても揺らがないそれは、最早「理解」ではなく「信頼」の領域だ。

「さぁ、かけたまえ。共に、これから始まる舞台を見守ろうじゃないか。
 もちろん、君達が勝てばアレは解除するし、私も大人しく縛につく。約束しよう」

どこまで信用できるかわかったものではないが、今はそれに従うより他はない。
兼一が強行突破すれば、生体ポッドに捕らわれた人達を見捨てる事になる。
そんなこと、この男にできる筈がないのだ。

已む無く、兼一はスカリエッティに促されるままに椅子に腰かける。
しかし、一つ質しておかなければならない事があった。

「なぜ、こんなことを?」
「それは、どうしてこんな形で君を足止めしようとしたか、と言う意味かな?」
「ええ」

確かにスカリエッティの策は効果的だが、なにも彼がここにいる必要性はない。
兼一を閉じ込めるだけで策はなるのだから、彼はどこか離れた所で高みの見物としゃれこめばいいのに。

「そうだな……今、私の娘たちが身体を張って闘おうとしている。
 私は闘う事は出来ないが、せめて私もまたリスクを背負おうと思ってね。
 まぁ、所詮は気休めであり自己満足に過ぎないが……」

口元に指をやり苦笑を浮かべる。不合理な自分の行いに、滑稽さすら覚えるのだろう。

「ああ、それともう一つ」
「?」
「どうせ話をするのなら、こうして直接向かい合った方が良いだろう?
 なにしろ、この時を一日千秋の思いで待ち望んでいたのだから」

それはつまり、スカリエッティは兼一と話をしたかったという事だろうか。
その意図が兼一にはいまいちわからず、いぶかしむ様な表情。
スカリエッティはそんな兼一の反応を楽しんでいる様子だ。

わからない物はいくら考えてもわからない。
兼一は意を決し、スカリエッティの真意を問う。

「それは、どういう……」
「おお、どうやら始まったようだ」

『パチン』とスカリエッティが指を弾くと、空中にいくつものモニターが出現する。
それらはそれぞれ別の場所の状況を映し出す。
ある物はクラナガン市街を走る高速道に降り立った六課前線メンバーを。またある物は地上本部へと向かう大柄な男とその傍らを飛ぶ妖精を。あるいは、スカリエッティのアジトへと飛翔するフェイトを。
そして、その中には徐々に高度を上げる「ゆりかご」の内外を。



BATTLE 42「闘いの流儀」



「僕さ、ず~っと前から君の事……………………殺したいと思ってたんだ~♪」
「な……アノニマート、何を!?」

思いもしない、笑顔のまま発せられたアノニマートの告白。
ディエチはそれが信じられなくて、眼を剥いて驚きを露わにする。
彼女には信じられないのだ。愛情表現の仕方は果てしなく迷惑だが、それでも……自分と同じように、彼も家族を大切に思っていると信じていたから。
しかしそんなアノニマートの告白に対し、それを向けられたクアットロもまた思いもしない返事を返す。

「え~、よ~く知ってるわん」
「く、クアットロ!?」
「だって~、アノニマートちゃんってば…私にセクハラした事ないでしょ?
 だ・か・ら、もしかしたらそうなのかなぁって」
「やれやれ、人が悪いなぁ、クアットロ。
セクハラした事がないんじゃなくて、できないようにず~っと距離を取ってたのは君じゃないか」
「あら~ん、そうだったかしら~♪」

『殺しに来た』と宣言した側とされた側。
どちらもそれが嘘であるかのように平然と、普段と変わらぬ様子で談笑している。
だがその実、二人の間にある空気は険呑そのもの。
それを理解してか、知らず知らずのうちにディエチの頬を汗が伝う。

「でもぉ、やっぱりショックだわ~。アノニマートちゃんってば、殺したいほど私の事が嫌いだったなんて~」
「ん? いやいや、ちょっとその勘違いはいただけないな、クアットロ」

わざとらしいまでの憂いの表情を見せるクアットロだが、そこにアノニマートからの待ったがかかる。

「君も知っての通り、『博愛』が僕の信条だ。
だから、僕はちゃんと君の事も好きだし、『殺したいほど嫌い』って言うのは正しくない」
「ふ~ん、それは初耳ねん」
「そうかな? 美点に好意を持つのは当然だし、全く美点のない人の方が珍しいでしょ。
 例えば、ウーノは毅然としたみんなのまとめ役、トーレはかっこいいし、チンクは面倒見がいい。セインとウェンディは明るくて、セッテとディードは無口だけど真面目、オットーとディエチも実は優しいし、ノーヴェはすぐ怒るけど仲間思い。先生は大概アレだけど、変な所で人間臭くて憎めないんだよねぇ……。
 君やドゥーエもそう。君達の非情さは、正直見習うべき点だと思う」

それは、偽り無きアノニマートの本心だ。
彼は心から、クアットロの非情さ・冷徹さを尊敬している。
だが、それも……

「でもね、クアットロ。どんな理由があれ…………………………こんな子どもを洗脳して戦わせるなんてさ、悪趣味にも程があるよ」

呟くと同時に、肌を刺すような殺意がクアットロを打つ。
彼が許せないのは、本当にただそれだけの理由だ。
別にクアットロが嫌いなわけではないが、彼女のやろうとしている事は彼の流儀に反する。
己が意思で闘うのなら、それは本人の決定であり、他人が口出しする様な事ではないだろう。
しかし、洗脳した上で助けに来るであろう人物と闘わせるという悪辣さが、アノニマートには許せない。

「そう。あなたがルーテシアお嬢様にまとわりついていたのは、そう言う理由なの」
「ああ、そう言う理由だよ、クアットロ。君がルーを洗脳しようとしているのには気付いていたからね。
 なんとか邪魔しようとしてたんだ。まぁ、結局失敗しちゃったわけだけどさ」

アノニマートは、なによりも当人の自由意思を尊重する。故に、それを奪う行為を認めない。
その点に置いて、ルーテシアのおかれている状況は、正直彼女の自由意思に委ねられる余地は少ないだろう。
正しい教育を受けられず、母を人質に取られているも同然な状況。
だがそれでも、彼女は自らがおかれた立場や状況の中で精一杯「自分なりの選択」をして来た。

しかし、クアットロはそれさえも奪おうとしている。
それに気付いていたからこそ、アノニマートはできる限り彼女の周りに侍り、クアットロを牽制してきた。
殺意を抱いていたのも、好悪の感情よりもこれが理由の大半を占めると言っていいだろう。
結局それらは徒労に終わったが、今ならまだそれを挽回する事が出来る。
アノニマートの表情からは笑みが消え去り、強い意志を感じさせる目がクアットロを射抜く。

「クアットロ、これが最後だ。その子とルーにかけた『コンシデレーション・コンソール』を外せ。
 そうすれば、僕も大人しくこの場を退こう。出来れば、君を殺したくはない」

『コンシデレーション・コンソール』、それがヴィヴィオとルーテシアにかけられた、人造魔導師・戦闘機人の量産・商品化を見越して製作された「条件付」を利用した洗脳技術の名称。
特定の条件を満たしている間、影響下にある人造魔導師・戦闘機人は自我を喪失、怒りや悲しみの感情を強化。身体の限界を無視して全ての能力を破壊衝動へ振り向けるそれは、アノニマートの流儀からかけ離れている。

「アノニマートちゃん、あなた……ドクターを裏切る気?」
「……違うよ、クアットロ。僕は別にその子を助けに来た訳じゃない。
 可哀そうだとは思うし、僕としても先生の考えに全面的に賛同している訳じゃないのは確かだ。出来るなら、その子を自由にしてやりたいと思う。
でもね、僕も人の子だ。先生に親孝行の一つもしたい。この祭りがどんな形で終わるにせよ、きっとこれが最後の機会になる。
だから、百歩譲ってその子を利用するのは我慢しよう。でもね、それ以上は我慢できないし、する気もない!」

宣言すると、これ以上交わす言葉はないとばかりに腰を落とし、構えを取るアノニマート。
拒否すれば殺してでも洗脳を解く。強い意志を湛えたその瞳が、何よりも雄弁にその心情を物語っている。

「な、何言ってるんだよ、アノニマート!
 そりゃ、アノニマートの言う事もわかるけど! 仲間割れしてる場合じゃないだろ!!」

正直言ってしまえば、ディエチとしてもこの作戦は気乗りしない。
アノニマートが言う様に、彼女は目前で力なく俯く少女への同情を禁じ得ないのだ。
『こんな小さな子どもを使ってまでやらなければならない事なのか』、それがどうしても納得がいかない。
だがそれは、スカリエッティを裏切ったり、同胞に武器を向けたりするほど強い感情ではなかった。
だからこそ、彼女ははっきりとクアットロに敵意を向けるアノニマートに怯んでいるのだろう。
しかし、明確な殺意を向けられて尚、クアットロの余裕の笑みが崩れる事はない。

「はぁ…わかってないわね、二人とも。いい? ドクターの研究は、人々を救える力。
 今回の件で軽く何千人か死ぬでしょうけど、百年もしないで帳尻が合うわ。
 今回の件も、その子の事も、ぜ~んぶ大事の前の小事。小さい事に拘らないで、もっと大きな視野で物を見なさい。何よりその甘さが、あなたのオリジナルが死んだ理由でしょう?」

視線と言葉で叶翔を侮蔑する。
彼女に言わせれば、何もできない無力な命など虫けら同然。
そして、それを弄んで蹂躙し、もがいている様を安全圏から眺める事こそ最高の娯楽なのだ。
彼女にはアノニマートの流儀も、ディエチの葛藤も、叶翔の死に様すら『愚か』としか映らない。

「敵を庇って…それも虫けらみたいな男に後を託した道化。ホ~ント、つまらない男」
「クアットロ、そんな言い方……」
「ああ、それはつまり……殺してくれって事で良いんだよね、クアットロ」

アノニマートは、むしろ叶翔の生き様に尊敬の念すら抱いている。
何を為したかではなく、命を捨てて自分自身を貫いたその生き様を。
それを侮辱されて、黙っていられる道理はない。

「アノニ…マート?」
「あらん? もしかして怒っちゃった?」
「出来るなら殺さずにと思ったけど、やめた。
 きっちりしっかり、息の根を止めてあげるよ…………………クアットロ!!!」

床を蹴ると同時に、アノニマートの体は爆発的に加速する。
イグニッション・スキンによる加速も加わり、その様はさながら標的めがけて飛ぶ矢だ。

クアットロはバックスであり、直接的な戦闘能力はそれほど高くない。ましてや白兵戦など論外。
彼女に、この距離でアノニマートの必殺の一撃を回避することは不可能だ。

(殺った!)

クアットロまでの距離、歩数にして残り一歩。未だ、クアットロに回避や防御の素振りはない。
アノニマートは自身の鉄槌の如き拳が、家族の頭を砕く未来を僅かな後味の悪さと共に確信する。
だがアノニマートの確信は、背後から迫る気配により夢想に帰す。

「ざ~んねん」
「っ!?」

後は拳を突き出すだけと言う所まで接近しながら、直感に従い反射的にその場から飛び退く。
すると、間もなくクアットロのすぐ前を燈色の閃光が通過した。

「ディエチ!? なんで!」

ある意味、最も意外な人物からの攻撃に驚きを隠せない。
ディエチの気性はアノニマートもよく理解している。無口であまり感情を表には出さないが、家族への愛情は深い。それは時に「甘さ」となる部分だが、実戦ではそれに引き摺らない冷静さも併せ持つ。
それらを総合すれば、確かにディエチがアノニマートを止めるのはそれほど不思議ではない。

だが、先ほどの様子だとディエチもこのやり方には疑念を抱いている様子だった。
言われた事をそのまま鵜呑みにして実行するのではなく、自分なりに考えられる彼女だからこそ、アノニマートは彼女からの攻撃が信じられなかった。
しかしそんな疑問も、彼女の眼を見た瞬間に氷解する。

(あれは、まさか!?)

壁際まで飛び退き、顔を上げてディエチの眼を見た瞬間に理解した。
普段の、戦場にある時とさえ違う、どこか「意思」と言う物が欠如した瞳。
それは、アノニマートが最も嫌悪する物だ。

「クアットロ、君は!!」
「あはん、気付いたみたいねぇ~。ディエチちゃんってば余分な感情が多過ぎなんですもの~。
 だから、お姉さまが何があってもぶれない無敵のハートをプレゼントしてあげたわん」
「その子やルーだけじゃなくて、ディエチまで……家族を、妹をなんだと思ってるんだ!!」
「はぁ? おかしなことを言うのね。家族なんて、他の虫けらより少し近くにいるって言うだけの他人でしょ?」

言ってしまえば、ルーテシアもヴィヴィオも他人だ。
だからクアットロも洗脳などと言う外道が出来たのだろうと思っていたが、それは違った。
クアットロにとっては、仲間たちですら弄ぶ駒の一つに過ぎない。
ある意味、アノニマートはクアットロの非情さ、冷徹さを甘く見ていたのだろう。
幾ら彼女でも、そこまでする筈がないと思っていたのだから。

驚愕冷めやらぬまま、意思無きディエチの砲撃を軽やかな身のこなしで避けて行く。
ディエチの砲撃は強力だが、その分隙も大きい。
遠距離から攻撃されれば、如何にアノニマートでも不覚を取る可能性は否定できない。
だが、この玉座の間程度の広さなら、むしろ分はアノニマートにある。

(狙いはあくまでもクアットロ、操られてるだけのディエチを傷つける必要はない。
 砲撃の隙をついて近づき……殺る!!)

被害者でしかないディエチを傷つけるのは、アノニマートとしても本意ではない。
クアットロさえ止めれば、後からディエチの洗脳を解く事も可能だろう。
もちろんディエチの砲に背を向けるリスクは高いが、アノニマートはその方針を変える気はない。

(一か八か………捨て身の勝負だ!)

意を決し、再度イグニッション・スキンでクアットロへの接敵を試みた。
当然、ディエチの砲撃がそれを阻むべく迫るが、紙一重の所でアノニマートは斜め前方に跳躍してそれを飛び越える。
そのまま次弾が来る前にクアットロの上方から、その頭頂部目掛けて身体を回転させながら踵を振り下ろす。

「へあっ!!!」

落下と回転のエネルギー、更には体重さえも一点に集中させた踵落とし。
人間の頭蓋など容易く粉砕できる一撃は見事にクアットロの頭に突き刺さり、クアットロの首から頭がもげ落ちた。

「え?」

『あり得ない』とばかりに目を見開くアノニマート。
それも当然。何しろ、確かに彼は殺す為の一撃を見舞ったが、それでもこんな結果になるなど予想外。
頭が粉砕し、血と脳漿がまき散らされる事はあれども、こんな結果になる筈が……。

「これは……転送陣!?」

気付けば、アノニマートの周囲にはケージが展開され、足元には転送用の魔法陣が輝きを放つ。
また、再度クアットロに視線を戻せば、そこには無残な女の死体…ではなく、鈍い銀色の光を反射する人型の機械。

(しまった! シルバーカーテンは警戒していたのに、こんな手で来るなんて……)

クアットロのIS『シルバーカーテン』。
その真髄は幻影を操り、対象の知覚を騙すことを旨とする。
この能力を知るアノニマート、細心の注意を払って視線の先にいるクアットロが実体かどうかつぶさに観察した。

しかし、クアットロはそんなアノニマートの裏をかいたのだ。
『実体があるなら本物だ』と思いこませ、その実『実体の上に自分の幻影を被せていた』のである。
アノニマートがクアットロだと思っていたのは、幻影でクアットロの外見を被せられたガジェット0型。
大方、あらかじめクアットロ自身のデータを入れておいたのだろう。
おかげで、癖や挙動にまんまと騙されてしまった。

「クアットロ――――――――――――――――――――――!!!」

絶叫すると同時に足元の陣が光を増し、アノニマートの身体を飲み込んでいく。
僅かな間、玉座の間に反響した彼の絶叫も間もなく消え。
残されたのは、虚ろな瞳で砲を担ぐディエチと力なくうなだれるヴィヴィオ。
そして……どこからともなくこだまするクアットロの嘲笑だけ。

「ホ~ント、おバカなアノニマートちゃん。あなたが何を考えているかなんて、私が気付かない筈がないし、気付いていて対策を練っていない訳がないでしょ? さあ、あなたも存分に踊りなさい。私の手の上でね。
 フフフ、ア~ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」



  *  *  *  *  *



時を同じくして、ミッド中央市街地方面。
道中、Ⅱ型の襲撃を受けるも、アルトのテクニックで難を逃れたフォワード陣。
彼女らは当初の予定通り、降下ポイントである人も車も絶えた高速道に降り立った。

任務は、厄介な敵戦力である戦闘機人や召喚士たちを止める事。
他の隊の魔導師達は、ほとんどAMF戦や戦闘機人戦の経験がない為だ。
そうして、中央部へと突き進んでくる敵へとフォワード達も歩みを進める。

「みんな、わかってるわね? 数は相手の方が上。囲まれたり、バラバラにされたりしたら分が悪いわ」
『はい(うん)!』

この場では最年長のギンガからの注意に、皆は真剣な面持ちで頷く。
こちらは五人なのに対し、確認できるだけでもあちらは戦闘機人5名に、召喚士と召喚獣を含めて計7人。
もしかすると更に伏兵がいるかもしれない可能性を考えると、やはり数的不利と言わざるを得ない。
とそこで、フリードの巨体に跨ったキャロが、真っ先にそれに気付く。

「ぁ、あの子……」

視線の先には、幾度かまみえた紫髪の召喚士。
だが、そこで僅かな違和感を覚える。
周囲には、虫の様な小さな影が無数にあるが、召喚獣と融合騎は一緒ではないのだ。
しかし、ティアナはすぐに頭を切り替える。
なにしろ、彼女の指先はフォワード達を送り届けたアルトの操縦するヘリへと向けられているのだから。

「フリード!」

その意図を看破し、急ぎフリードを向かわせるキャロ。
フリードは巨体に相応しい唸り声を上げ、両翼を羽撃かせながら主の意に沿って飛ぶ。
とはいえ、それだと折角のチームの利点が失われることになる。

「予定変更、こっちを先に捕まえる。良いわねスバル! ギンガさんも」
「うん」
「ええ」

ティアナの指示に従い、二人はウィングロードを展開してキャロの後を追おうとする。
だがこの瞬間、確かに三人の意識は召喚士とそれを負ったキャロとエリオに集中した。
そしてそれを逃すことなく、三人の死角を突く様に突如一つの見覚えのある影がティアナの背後に降り立つ。

「「「え……」」」
「……」

影から伸びた手は、無言のままティアナの襟首を掴み、残る二人が反応するより速く紫の光に包まれて消失した。

「ティア! ティア!!」
「やられた! はじめからこのつもりで……」

虚をつかれた一瞬の出来事だったが、ギンガは正確に状況を理解していた。
如何に召喚士が転送魔法を得意とするとは言え、いきなり敵を別の場所に転送することは難しい。
そんな事が出来れば、敵の戦線を崩す事など容易だし、召喚士はある意味最強の魔導師と言えるだろう。

しかし、実際にはそう都合よくはいかない。
そもそも、魔法陣の発動からタイムラグなしでの転送自体がまず困難。
さらに、どんなに不意をついたとしても、転送が発動するまでの時間で範囲外に逃れることくらいはそう難しくはない。

だが、己が召喚獣が相手なら話は別。
あらかじめ準備しておけば、瞬間的に転送する事自体はそう難しい事ではない。
つまり、ルーテシアが飛ばしたのは、正確にはティアナではなく己が召喚獣であるガリューだったのだ。
ティアナは、言わばそれに巻き込まれるような形になったのだろう。
そして、その目的は……しかし敵は、二人に悠長に事態を考察する時間を与えてはくれなかった。

「IS発動、レイストーム」

静かな宣言と共に放たれる、幾条もの翠の閃光。
多角的に迫る光条から、二人は咄嗟に飛び退く事でそれらを回避。
代わりに、二人は高速道を挟んで真逆のビルに着地してしまう。

「スバル、急いで合流を!」
「う、うん……っ!」

ギンガの指示に従い動きだそうとした瞬間、首筋に迫る悪寒。
スバルが身を屈めると、それまで頭のあった所を業速の蹴りが通過する。

「ちぃっ!」
「下がれ、ノーヴェ! IS『ランブルデトネイター』!!」

身を屈めて蹴りをやり過ごしたは良いが、体勢が悪い。
また、続いて迫るナイフには見覚えがあった。
先日の地上本部襲撃の際、ギンガに重傷を負わせた銀髪の少女、チンクの物。
同時にその能力を思い出し、スバルは急ぎ拳を床に叩きつけて階下に逃れる。

「くっ…スバル!」
「ほらほら、余所見してる場合じゃないっスよ。エリアルキャノン!!」

視界の端で巻き起こる爆炎。妹の身を案じるギンガだが、彼女もあまり余裕はない。
ギンガの正面には、盾形の砲を構えるウェンディ。
そこから放たれる閃光を掻い潜るが、その先には待ちかねたかのように光剣を構えたディードの姿。

「ふっ!」
「ぜりゃぁ!」

振り下ろされた右の光剣に「白刃流し」を合わせ、やり過ごした拳が顔面に迫る。
だがディードはそれを左の光剣の柄で防ぐ。
その間に、再度ウェンディからの射撃に晒され一端距離を取った。

(不味い、まんまと分断された。なんとか合流したい所だけど……)

スバルが降り立った筈のビルの方を見れば、いつの間にか高速道を境に左右を分かつように結界が展開されている。敵と向き合った状態でこれの破壊は至難だろう。
また、エリオ達の方も召喚士たちの対応に追われ、こちらへの合流は難しい。
ティアナに至っては、そもそもどこに連れて行かれたかすら不明。

「お察しの通り、合流はさせねぇっスよ」
「……………少し、意外ね。てっきり、アノニマートが出て来ると思ったけど、あなた達が私の相手?」
「ああ、その疑問もごもっとも。
ホントは私ら後詰の予定だったんスけど、アノニマートの奴がふけちまって……」
「お姉さま」
「ん? どうしたっスか、ディード」
「来たようです」

ディードの視線を追うと、そこには忌々しそうに空を見上げるアノニマートの姿。

「まったく、どこ行ってたっスかアノニマート。集団行動を乱しちゃダメっスよ」
「……………………ああ、うん。ごめん」
「? ほんとにどうしたっスか?」

ウェンディの注意に、どこか上の空な返事を返す。
いつでもテンション高めなアノニマートにあるまじきその様子に、ウェンディはつい首を捻ってしまう。
そんなウェンディに気付いたのか、一つため息をついてからアノニマートは苦笑を浮かべる。

「大丈夫だよ、ちょっと頭に来てるだけ。
さ、ここは任せて、二人はもう行っていいよ。
大丈夫だとは思うけど、危なそうな所があったら手を貸してあげて」
「まぁ、それなら別にいっスけど。ほら、行くっスよディード」
「はい」

アノニマートに促されるまま、少々怪訝そうにしながらもその場を離れる二人。
合理的に事を進めるのなら、三対一で攻める方が良いに決まっている。
しかし、アノニマートがそう言う事を好まないことを二人は良く知っているし、なにより彼が負けるとは微塵も思っていない。
チンクすらも上回るその戦闘能力への信頼は、ある意味絶対的な物だった。

「…………さて、それじゃそろそろ……」

ゆっくりと、流麗ながらも緩慢な動作でギンガの方を向くアノニマート。
相手の力量を知っているが故に、ギンガは最大級の警戒を見せる。
だが、当のアノニマートからはまるで戦意が感じ取れない。

「と言いたい所だけど、その前に……あげる」

言って、無造作に放り投げられたのは一枚のデータチップ。
反射的に受け取ったギンガだったが、意味がわからず首をかしげるばかり。

「これが、何だって言うの?」
「ゆりかご内部の見取り図」
「…………………はぁ!?」
「あと、あのヴィヴィオって子とルー…召喚士の子にかけられた洗脳の解除プログラムも入ってる。
まぁ、クアットロの事だから直接アクセスできる端末は手元にしか残してないだろうし、そうなると動きを封じてからじゃないと無理だろうから、簡単にはいかないと思うけど」
「ちょ、ま、待ちなさい! いったいどういうつもり!」

洗脳云々の事は良く分からないが、ゆりかご内部の見取り図を渡してくる意図がわからない。
それは、彼からすれば明らかな利敵行為に他ならない筈だ。
つまり、スカリエッティ側を裏切って協力するという事になる。

「あ、勘違いしないでよ。別に、先生やみんなを裏切る気なんてないんだ。
ただ、身内のやり方が許せなくてね。なんとかしようとしたけど失敗したし、今から戻ろうにも多分無理だ。
これはこっちの不始末だから仕方なく手を貸したけど、これからやることに変わりはないよ。
武人同士、ライバル同士、出会ったのならやる事は一つでしょ?」

アノニマートが何を言っているのかはよく分からないが、彼に拳を引く意思がない事だけはわかる。
恐らく、どれだけ言葉を費やしてもアノニマートはギンガを見逃してはくれないだろう。
彼女が仲間達の救援に向かうには、この敵を打ち伏せなければならない。
そして、それさえはっきりしているのなら、確かに彼の言う通り、やる事は一つしかないのだ。

「ブリッツキャリバー、データを読み込んでアースラに送信」

ギンガは特に深く改める事もせず、愛機に命じてデータを本部に送る。
他の誰かならデータの中にウイルスを仕込んでいると疑うが、彼が相手なら疑うことすらしない。
おかしな話かもしれないが、それは信頼と共感の賜物。

活人拳と殺人拳。
進む道は違えども、同じく武の高みを目指す者同士にして好敵手。
この男が、そんな「セコイ」策を弄するとは到底思えない。

「さあ、準備は良いね。三度目の正直って言葉もある事だし……………そろそろ、決着をつけようか」
「ええ、それは私も望む所よ」
「君は師匠の名誉にかけて、か。羨ましいよ、僕にはちゃんとした師匠がいないから、尚更ね」

一応イーサンから教えを受けてはいるが、アノニマートは正式な弟子と言う訳ではない。
あくまでも縁あって、少し教えを授けているという間柄。
心から信頼し、尊敬し、その背を追いたいと願える相手がいる。
そんなギンガは、アノニマートにとって確かに羨望の的だ。

「だけど、だからと言って勝ちを譲る気はないよ。
 君が流派と師の名誉を背負うのなら、僕は自分の未来を懸ける事にしよう」

未来を懸ける。それはつまり、命を捨てて挑むという事だ。
前回の戦闘を思い返せば、アノニマートに分があるように思える。
しかしギンガと出会う以前ならともかく、そんな昔の事を今のアノニマートは当てにしない。
最後に戦ってから今日にいたるまでの時間は、その程度の差を充分ひっくり返すに足るだろう。
少なくとも、それくらいの認識で戦わねば勝てない相手と考えるほどに、彼はギンガを認めている。

それぞれに構えを取り、真っ直ぐに互いを見据える両者。
張りつめた空気と、それを助長するかのような静寂。
号砲となったのは、二人の間を吹き抜ける一陣の風だった。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.04099702835083