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No.25730の一覧
[0] 【完結・改訂完了】リリカルなのはSts異伝~子連れ武人活人劇~(×史上最強の弟子ケンイチ)[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[1] BATTLE 0「翼は散りて」[やみなべ](2013/07/16 00:16)
[2] BATTLE 1「陸士108部隊」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[3] BATTLE 2「新たな家族」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[4] BATTLE 3「昼の顔、夜の顔」[やみなべ](2013/07/16 00:18)
[5] BATTLE 4「星を継ぐ者達」 [やみなべ](2013/07/16 00:18)
[6] BATTLE 5「不協和音」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[7] BATTLE 6「雛鳥の想い」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[8] BATTLE 7「一人多国籍軍、起つ」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[9] BATTLE 8「断崖への一歩」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[10] BATTLE 9「地獄巡り 入門編」[やみなべ](2013/07/16 00:21)
[11] BATTLE 10「古巣への帰還」 [やみなべ](2013/07/16 00:21)
[12] BATTLE 11「旅立ち」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[13] BATTLE 12「地獄巡り 内弟子編」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[14] BATTLE 13「誕生 史上最強の○○」[やみなべ](2013/07/16 00:24)
[15] BATTLE 14「機動六課」[やみなべ](2013/07/16 00:25)
[16] BATTLE 15「エースの疑念」[やみなべ](2013/07/16 00:26)
[17] BATTLE 16「5年越しの再会」[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[18] BATTLE 17「それぞれの事情」[やみなべ](2013/07/16 00:27)
[19] BATTLE 18「勢揃い」[やみなべ](2013/07/16 20:54)
[20] BATTLE 19「守護の拳」[やみなべ](2013/07/16 00:28)
[21] BATTLE 20「機動六課の穏やかな一日」[やみなべ](2013/07/16 00:29)
[22] BATTLE 21「初陣」[やみなべ](2013/07/16 20:53)
[23] BATTLE 22「エンブレム」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[24] BATTLE 23「武の世界」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[25] BATTLE 24「帰郷」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[26] BATTLE 25「前夜」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[27] BATTLE 26「天賦と凡庸」[やみなべ](2013/07/16 20:51)
[28] BATTLE 27「友」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[29] BATTLE 28「無拍子」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[30] BATTLE 29「悪魔、降臨す」[やみなべ](2013/07/17 21:15)
[31] BATTLE 30「羽化の時」[やみなべ](2013/07/16 00:39)
[32] BATTLE 31「嵐の後で」[やみなべ](2013/07/16 00:40)
[33] BATTLE 32「地獄巡り~道連れ編~」[やみなべ](2013/07/16 00:41)
[34] BATTLE 33「迷い子」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[35] BATTLE 34「I・S」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[36] リクエスト企画パート1「vivid編 第一話(予定)」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[37] BATTLE 35「ファースト・コンタクト」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[38] BATTLE 36「お子様散策記」[やみなべ](2013/07/16 00:44)
[39] BATTLE 37「強い奴らに会いに行け!」[やみなべ](2013/08/01 03:45)
[40] BATTLE 38「祭囃子」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[41] BATTLE 39「機動六課防衛戦」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[42] BATTLE 40「羽撃く翼」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[43] BATTLE 41「地獄巡り~組手編~」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[44] BATTLE 42「闘いの流儀」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[45] BATTLE 43「無限の欲望」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[46] BATTLE 44「奥の手」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[47] BATTLE 45「絆」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[48] BATTLE 46「受け継がれた拳」[やみなべ](2013/07/16 00:49)
[49] BATTLE 47「武人」[やみなべ](2013/07/16 20:49)
[50] BATTLE FINAL「それぞれの道へ」[やみなべ](2013/07/16 00:50)
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[25730] BATTLE 37「強い奴らに会いに行け!」
Name: やみなべ◆33f06a11 ID:1963cf14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/08/01 03:45

ある日の夕暮れ。
部隊長室に集ったはやてとフェイト、そしてなのは。
機動六課のトップに位置する三人は、揃って難しい顔を並べていた。

「今日、教会の方から最新の預言解釈が来た。
 やっぱり、公開意見陳述会が狙われる可能性が高いそうや」

公開意見陳述会、それは主要世界において1・2年に一度行われる会議。
発表された地上本部の運用方針に対する議論が行われ、その様子の公開は当該世界のみならず各世界で行われる。
地上本部が主体となる会議だが、本局からも多くの高官が列席する場だ。

確かに、管理局における陸と海の重鎮が多く集まる時という意味では、狙いどころだろう。
上手く行けば、管理局の中枢機能を大幅に麻痺させることも不可能ではない。
実際、公開意見陳述会にはレジアス・ゲイズ中将以下、地上本部の名立たる将帥の他、本局からも三提督をはじめとした提督級以上の上層部も多く参列するのだから。
もしこの面々が全てテロに斃れれば、管理局の機能は大幅に低下せざるを得ないだろう。

とはいえ、だからこそその警備も普段とは比べ物にならない。
ただでさえ地上本部の魔法防御は鉄壁であり、さらに多くの優秀な魔導師達が警備に参加する。

「もちろん、警備はいつもよりうんと厳重になる。機動六課も、各員でそれぞれ警備に当たってもらう。ホンマは、前線丸ごとで警備させてもらえたらええんやけど、建物の中に入れるんは私達三人だけになりそうや」
「まぁ、三人揃ってれば大抵の事はなんとかなるよ」
「前線メンバーも大丈夫、しっかり鍛えてきてる。副隊長達も、今までにない位に万全だしね」

重い口調のはやてに、フェイトとなのはは励ます様に言葉をかけた。
実際、六課は現状望める範囲では最高に近い状態でその日を迎えつつある。
不安があるとすれば、ヴィヴィオを保護して以降ほとんど動きを見せない戦闘機人達の情報が少ない事と、地上本部側があまりAMFを用いるガジェットの危険性を重要視していない事。

そして、未だその解釈に不明瞭な部分を残す件の預言。
聖王教会騎士団の騎士にして、時空管理局においては少将待遇であるカリム・グラシアが有する希少技能(レアスキル)『預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)』。
それは最短で半年、最長で数年先の未来を詩文形式で書き出した預言書の作成を行うと言うもの。
ミッドの衛星軌道上を回る二つの月の魔力が上手く揃わなければ発動できない為、ページの作成は年に一度のみ。
また、預言の中身は古代ベルカ語で書かれ、しかも解釈に寄っては意味が代わることもある難解な文章。
その上、世界に起こる事件をランダムに書きだすだけで、解釈ミスも含めれば的中率や実用性は『割とよく当たる占い』程度とされる。

とはいえ、大規模災害や大きな事件に関しての的中率は高く、管理局や教会からの信頼度は高い。
聖王教会や次元航行部隊のトップも有識者の予想情報の一つとして予言内容には眼を通している。
だが、実質的な地上本部のトップ、レジアス・ゲイズ中将はあまり好意的に見ていないのが問題。
その為地上本部自体は、「地上本部襲撃」という預言を基にした予想事態を信用せず、特別な体制を組む気がない。これが、はやて達の不安の一端でもあった。

何しろ、数年前から書き出されてきた今回の件にまつわるであろうある預言が現実になれば、大変なことになる。
そうさせない為の六課だが、やはりその内容というのが……

『古い結晶と無限の欲望が集い交わる地。
 死せる王の下、聖地より彼の翼が蘇る。
 死者たちが踊り、中つ方の塔は虚しく焼け落ち、それを先駆けに数多の海を守る法の船も砕け落ちる』

これだ。この預言が意味する所は、ロストロギアをきっかけに始まる、管理局地上本部の壊滅、そして管理局システムの崩壊。
現状、地上本部が何らかの形で壊滅したとして、それで管理局全体が崩壊するという事態まで発展するとは考えにくい。

しかし、だからと言って軽視できるような内容ではない。
はやて達がどこか重い空気を纏うのも、無理からぬことだろう。
それに、気が重くなる理由が新たに一つ。

「それではやてちゃん、兼一さんの事は?」
「その事やけど、やっぱりどうにも難しそうや。何度か警備の統括役に掛け合ってはみたんやけど『魔法はおろか、碌に武器も持たない者など話にならん』の一点張り。
 陳述会当日は、兼一さんはシャマルやザフィーラと一緒に留守番をしてもらうことになりそうや」
「そっか……」
「『信じられない』って言う地上本部側の気持ちもわからないでもないけど……かなり痛いね」
「まったく、ことAMF環境下では最高の戦力やっちゅうのに……あんの偏屈、ちぃとも話しを聞かへんねん!!」

よほど鬱憤が溜っているのか、歯軋りせんばかりに忌々しそうなはやて。
所詮、六課の所属は本局。地上本部と本局の間に軋轢がある中では、彼女の発言力などたかが知れている。
彼女が如何に声高に危険と兼一の有用性を説いた所で、地上本部のお歴々達はまるで聞く耳を持たない。
御蔭で、地上本部の建物内に入れる人員は大幅に制限され、挙句の果てに兼一に至っては事実上の締め出し。
その力の程を知る身から言わせてもらえば、戦力の無駄遣いの極みである。

「となると、やっぱり……」
「うん、みんなだいぶ頑丈になってきた。
最後の仕上げじゃないけど、追い込みをかけるなら今だと思う。はやてちゃん」
「大丈夫、こっちの準備ももう整ってるよ。手続きに根回し、その間の体制、みんな万端や」
「なら、早速……」

兼一が警備に出られない以上、残る戦力でなんとかするしかない。
ならば、来るべき日の為に戦力の底上げを図るべく、かねてより計画していた『アレ』を実行に移す時が来た。

「だ、大丈夫かな? 別に、そんな無理しなくても……」
「フェイトちゃん、ええ加減に覚悟決めぇな」
「そうだよ。確かに大分キツイけど……みんなが、元気に六課を卒業する為なんだから」
「う、うん。わかってる、みんなの為だもんね」

未だ不安げなフェイトに、はやてとなのはが揃って諭す。
確かに危険ではあるが、それを乗り越える力を養う為に無茶を承知で訓練のレベルを上げたのだ。
今のみんななら、きっと生き残ってくれる筈……たぶん。

「ほな、『死んだらそれまで、毒を食らわば皿まで』作戦(by兼一)、発動や!!」
「ねぇはやて、せめてその名前だけでもなんとかならない?」
(兼一さん、なんだかネーミングセンスまで長老さん達に似てきたなぁ……)

ついに動き出した、『一度闘い始めれば引き返す道は無し。だったら最後まで行っちまおう…ZE!』なこの作戦。
ちなみにこの瞬間、前線メンバーが揃って言いしれない悪寒に襲われた事と、この作戦の因果関係は不明である。
そう、不明と言ったら不明なのである!!



BATTLE 37「強い奴らに会いに行け!」



翌日、機動六課部隊長室。
朝の訓練を終え朝食を取るべく移動する途中、なのはより「食べ終わったら部隊長室に集合ね♪」との指示を受けた前線メンバー一同。
部屋に来てみれば、そこには六課上層部+兼一までが勢揃い。
…………………そのメンツに、激しく嫌な予感しかしないのはギンガの気のせいだろうか。

「研修、ですか?」
「うん。まぁ、名目的にはな」

ティアナの問いに、はやてはどこか含みのある言葉で返す。
みながそれぞれその意図を測りかね顔を見合わせていると、シグナムとヴィータが訳を教えてくれる。

「まぁなんだ、お前達もだいぶ丈夫になってきた事だし、そろそろ思い切って外で経験を積ませてやろうかと思ってな」
「ま、早い話が研修っつー名目での『出稽古』だ。
 局内の研修ならこの先も機会があるんだろうが、外ってなると中々ねぇだろ?
特に今回はかなり豪華だ。どうだ、嬉しいだろ」
『はぁ……』

確かに言わんとする事はわかるが、正直激しく不安だった。
その理由は、シグナムの言い回し。何故彼女は「強くなってきた」ではなく「丈夫になってきた」と言ったのか。
皆を増長させない為? 確かにそれもあるのだろうが……それだけではない気がして仕方がない。
そんな皆の不安を余所に、はやては引き出しから三通の封筒を取りだす。

「ほなら、これ。スバルとティアナ…それにエリオの分や」
「あれ? 私達だけなんですか?」
「あの、キャロやギンガさん達には……」
「ああ、それなんやけど……さすがに5人全員で払うっちゅうわけにもいかへんし、今回はとりあえず3人とギンガで行ってもらうことになってな」

確かに、一度に5人も六課を外れるのは運営面からも良くない。
それはわかるのだが、ならなぜギンガの分の封筒がないのだろうか。

「部隊長、それなら私はどちらに……?」
「ギンガは兼一さんと一緒に山籠りや。丸二週間、みっちり鍛えてもらってき」

ゴクリ、ギンガは師の方を向いてから生唾を飲む。
思えば、弟子入りして以降そこまで濃密に修業に時間を費やした事はなかった。
一日の全てを武術漬けとなれば、相当な激しさは覚悟せねばなるまい。

「し、師匠……やっぱり、きついですか?」
「うん、きついよ」

今までなら「地獄の様な」とか「死なないでくれ」とか、厳しさを物語る様な言い回しを使う事が多かった。
だが、今回はそれがない。未だかつて、ここまでシンプルかつストレートな表現はなかった。
それが返って、この後に待ちうける修業の壮絶さを嫌が応にも想像させる。
ギンガの顔色はたちまちのうちに青くなり、やがて……。

「……気分がすぐれないので早退します!」
「あ、ギン姉が逃げた!?」

脱兎の如く走り出し、そのままはやての後ろにある窓へ突入。
窓ガラスは盛大な音を立てて割れ、ギンガは隊舎の外へと逃げ出したのだ。
ただ、当然兼一がそれを黙って見過ごす筈も無し。

「やれやれ誰に似たのやら……逃がすかぁ!!」

目から怪光線を放ちつつ、ギンガの後を追って彼も窓から外へ。
そのままブリッツキャリバーで疾走するギンガに瞬く間の内に追いすがる。

「逃げ切ってみせます!」
「む、良い逃げ足だ! 成長したね、ギンガ。僕も嬉しいよ……だが、甘い!」
「な、なんのこれしき!」
「諦めが悪いよ、ギンガ!」
「諦めないことを教え込んだのはあなたでしょうが!」

とまぁ、そんな具合に師弟仲好く鬼ごっこを演じる二人。
日々の地獄の修業の成果か、いまやギンガの逃げ足も相当な物。
兼一が戯れ半分に追いかけているとはいえ、身を捻り、跳び、あるいはわざとウィングロードから落下し、辛うじて兼一の魔の手から逃げ回る。
そんな二人の様子を呆然とした様子で見送ったフォワード陣に対し、なのはから一言。

「じゃ、あっちの仲良し師弟は放っておくとして……」
((((え、スルー!?))))
「せやな。とりあえず、残りの三人も期間は二週間。
それぞれスペシャルな先生にお願いしとるから、たくさん揉んでもらうんやな」
「「「は、はい!!」」」
「で、キャロには悪いんやけど、その間は留守番っちゅうことになる」
「そう、ですか……」

やむを得ないとはいえ、やはり寂しさは拭えないのか少々気落ち気味のキャロ。
だが、彼女とて決して悠長にして至れる状況ではない。
さすがに兼一の知り合いの中に召喚士である彼女に指導できる人間はいないが、別に彼女用の特別メニューの当てがない訳ではないのだ。

「大丈夫だよ、キャロ。4人も六課を空けるんだもん、その間私達がみっちり鍛えてあげるから」
「え? ……あ”」

なのはの言葉を聞き、ようやく状況を理解する。
言われてみれば確かにその通り。普段は五人を相手に教導を行って来たのが、これから二週間はたった一人。
それはつまり、密度が五倍になるも同然。

実際、恐らく管理局内にあってもあのメンツに総掛かりで鍛えてもらえる等、早々ある事ではない。
確かに兼一はいないが、それでも常時なのはとヴィータに鍛えられ、時にはフェイトやシグナム、あるいはザフィーラなどが絡んでくる可能性もある。
これでは、出稽古や山籠りに行く4人を羨む暇などない。

「ほな、研修と山籠りは来週の頭からや。それぞれ、旅の準備を忘れずにな」
『はい!』
「それと、キャロは居残り組やからって気はぬかへんように。
兼一さんからも一つ課題が出るそうやし、気を引き締めなあかんで。注意一秒怪我一生や」
(それはちょっと違うんじゃ……)

はやてのおかしな忠告に、揃って苦笑いが浮かぶ。
言わんとする事はわからなくもないのだが……用法が間違っている。
そんな面々を余所に、はやてはこっそりと気付かれない様に溜息をついた。

(あと遺書も……とは言えへんよなぁ、やっぱし)

言うべきかどうか悩み続け、結局言えなかった言葉。
なにしろ、「あの」兼一と山籠りをすることになるギンガはもちろん、残る三人の行き先もそれぞれ危険性においては勝るとも劣らないだろう事は想像に難くない。
また、そんな状況に触発されたのか、なのはのテンションもかつてない程に高くなっている。
六課を出ようが残ろうが、六課始まって以来の危機という意味では同じ事。
果たして、それを知らないことが救いなのかどうか…はやてにも判断がつかない。

そうして部隊長室に集まった面々がその場を後にし、一人部屋に残されたはやては軽く嘆息する。

「まぁ、何はともあれ……無事を祈るしかあらへんなぁ」



  *  *  *  *  *  *



〈キャロ・ル・ルシエの場合〉

みなの旅立ちを明日に控えたある日のこと。
兼一とザフィーラに伴われた二人は…………何故か六課からほど近い大通りにやってきていた。

「あの、こんな所でなにを……」

全く以ってその意図がわからず、かえって不安を覚えるキャロ。
まさか「手当たり次第にこの場にいる人を殲滅しろ」とは言いださないだろう……と思いたい。
だが、こんな場所で出来ることなど相当限られるので、ホントにそれくらいやりそうに思えてきて怖い。

「大丈夫大丈夫、別に『道行く人で強そうな人を見つけて殴れ』何て言わないからさ」
「絶対心読んでますよね?」
「いやいや、これは昔僕もやらされた修業でね、当時は僕もそんな風に思ったってだけさ」
「はぁ……それじゃ、なにを?」
「うん、これはある技の修業なんだ」

ある技の修業、そう聞いてキャロも興味深げに耳を傾ける。
思えば、これまで兼一はエリオやスバルにいくつかの技を伝授し、体捌きの要訣を伝えたりはして来た。
あるいはティアナに、心構えや同じ静の者としてのアドバイスをしたこともある。

しかし、ことキャロに関してはあまり関わりが多くない。
キャロは武術的な要素が入り込み難いフルバックであり召喚士。
そんな彼女に、格闘戦一辺倒の兼一が一体どんな技を授けると言うのか。

「でも、私が兼一さんの技を教わっても……」
「そうだね。他のみんなならともかく、キャロちゃんがあの技を身につけてもあんまり意味はない。
 でも、この技の修業の中で養われる『ある力』は、キャロちゃんにとっても有効なんだよ」

兼一がそう言うのだからそうなのだろうが、それだけではなにを言っているのかさっぱりわからない。
キャロは頭に疑問符を浮かべながら首を傾げ、続きを待つ。

「まぁ、なにとはともあれ論より証拠。
 とりあえず………………ここを突っ切って次の交差点まで行ってみようか」
「はぁ……」
「あ、もちろん途中で人を殴ったりするのは無しだよ」
「しませんよ、そんな事!?」
「ははは、冗談冗談」

冗談で当然…というか、冗談でなければ困る。
まさか、管理局員が日中…は関係ないとして、一般市民に無差別暴行を働くなど、問題どころの話ではない。
というか、それはそれとしても人ごみの中を突っ切って行くと言うのは……。

「でもあの、それって皆さんの迷惑になるんじゃ……」
「まぁまぁ、とりあえずやってみる事だよ。
 じゃ、僕とザフィーラさんは先に行って待ってるから」

そう言って、キャロを置き去りにスタスタと人ごみの中に入っていく一人と一匹。
その間、無言のまま棒立ちになる少女が一人。
周りからは少々いぶかしげな視線が送られているが、今のキャロはそれどころではない。

理由としては、やはり一体これがなにを目的とした訓練なのか判然としないこと。
もう一つは、正直田舎暮らしが長く都会が苦手な身としては…こうして人ごみの中を歩く事に一抹の不安があるから。
白状してしまえば、本当に交差点までたどり着けるかさえ自信がなかったりする。

そんな不安を抱えながら、待つこと十数秒。
ようやく、待ちに待った合図が来た。

「さ、行ってみようか」

声はすれども姿は見えず。
『肺力狙音声(ハイパワーソニックボイス)』。
肺に特殊な振動をさせることで、音声を特定の人だけに聞こえるような超音波に変える超技百八つの一つ。ある程度の距離であれば、通信も念話も無しに密談ができる優れ物である。

普通なら驚愕ものの技術だが、今更この程度で驚いていても仕方がない。
慣れない人ごみに一瞬ためらいを見せるキャロだったが、心を奮い立たせて跳び込んでいく。

(よくわからないけど、とにかく周りの人の迷惑にならない様に……)

六課に来て得たフェイト直伝の回避術を総動員し、ちょこまか動いて人ごみの隙間を縫って行く。
幸い、身体が小さいおかげか、あるいは積み重ねた回避訓練の賜物か。
とりあえず誰とぶつかることもないのだが、代わりにドンドンあらぬ方向に流されていく。

「あ、あ!?」

軌道修正しようとするが、すればするほどドンドン別の方向に行ってしまう。

「ち、違うんです! 私が行きたいのはそっちじゃ!? あ~!?」

気付けば、入るつもりのない路地の方へ一直線。
これでは、目的地に着くどころか目的地自体を見失いかねない。
救いを求めるように手を伸ばすも、その手は虚しく空を切るばかり。
それどころか……

「おい、気をつけろ!」
「は、はい!?」
「イテッ!? 誰だ、足踏みがったのは!」
「ごめんなさい!?」

という具合に、流れに逆らおうとすればするほどに周囲からの叱責を貰ってしまう。
結果、なお一層人ごみの流れに押し流され、あらぬ方向へと向かってしまう。

そうして、キャロなりのやり方で人ごみを突破するのに約十分。
キャロがどこか憔悴した様子でようやくたどり着いた時、そこにはホッと安堵の息を漏らす兼一の姿。
申し訳ないやら怖い思いをしたやらで、キャロはどこか肩を落としている。

「ああ、よかった。正直、いい加減探しに行った方が良いかと思ったよ」
「ごめんなさい、ご心配おかけしました」

安心した様子の兼一に、さらに肩身が狭くなる。

「それで、今のは一体何だったんですか?」
「うん、とりあえずキャロちゃん……………………0点」
「ですよねぇ……」

兼一の採点に、案の定と言わんばかりにうなだれるキャロ。
どういう意図かは分からないが、十分も迷走した自分が合格の筈がなく……。
そう言う意味では予想通りなのだが、では一体どうすればよかったのか。

「とりあえず……どこで流されちゃったの?」
「その……入ったらいきなり……気付くと一つ目の路地まで流されちゃってて」
「な、なるほどねぇ」

つまり、人ごみに入るや否や、いきなり角度を45度以上変えてしまったと言うことか。
それにはさすがの兼一も苦笑いしか浮かんでこない。

「ん、気を取り直して……キャロちゃんは、どんなことに気をつけたのかな?」
「えっと、皆さんのご迷惑にならない様に、間を縫う様にして……」
「うん……悪くはないね。でも、正解とも違う。
 いいかい、正しくはこうやるんだ」

言って、今度は兼一が人ごみの中へと入っていく。
すると、あら不思議。
無理矢理突き進むではなく、かと言ってキャロのように流されるでもなく。
誰一人として兼一の存在に気付くことなく、悠々と言った様子で人ごみの中を軽やかに進んでいる。

「あ、あれっていったい……」
「感覚の隙間を縫って動いているのだ。常に通行人の死角を突き、存在そのものを薄くしてな」
「……」

ザフィーラの解説に、空いた口が塞がらないと言った様子のキャロ。
キャロが通行人の物理的な隙間を縫おうとしていたのに対し、兼一がやっているのは意識の隙間を縫う行為。
その為に言ったどんな能力がどう必要なのか、さっぱり見当がつかなかった。

「でも、それがいったいどう役に立つの?」
「あのやり方は、何も感覚の隙間を縫っているだけではない。周りの通行人がどこに意識を向け、次にどこへ行こうとしているかを読んでいるのだ。そうすることで、今ある隙間ではなく、この先にできる隙間を予測し、先読みして動いている」

キャロの場合、今ある隙間だけを縫って行こうとしたがために袋小路に陥り、結果的に行き当りばったりになって流されてしまった。だが兼一のやり方なら、そうならない為のルートを常に模索しているも同然。
それが、キャロと兼一の違いだった。

「つまり、他人の『意』を読む訓練という事だ」
「ねぇ、ザフィーラ、それってどういう……」
「わかりやすく言えば、敵がどこに意識を向けているかが分かれば、自ずと次に打つであろう手もより正確に予測できるようになる。あるいは、相手が意識を向けていない箇所へ動けば、隙をつく事もできるだろう。
特にお前は最後衛、支援の為に敵味方を問わずその『意』を見抜く能力は大きな力になる」

本来この修業は「孤塁抜き」という超技習得の為のもの。
例えば近接型のギンガやスバルであれば孤塁抜きを会得する意味もあるが、キャロの場合はそれほどではない。
しかし、『孤塁抜き』とはそもそも「相手がどこを意識しているか」を見抜く技術。

キャロの場合であれば、相手が意識していない方向へ回避していけば味方が救援に間に合う可能性が高まるし、後ろから支援する場合でも味方の意識の弱い場所に自分が注意を向ければ穴を減らすことに繋がる。
ある意味、最後衛であるキャロはティアナ以上に全体を俯瞰できるポジションにいるからこそ、そういった能力が必要になってくるのだ。
キャロのポジションでは指示を飛ばすにはやや遠いが、より効果的なサポートをする為に。

「な、なるほど……」
「白浜は明日には立つが、明日からは私が付き合う。
折角だ、外に出ている連中が驚くような成果を見せてやれ、できるか?」
「うん!」

こうして向こう二週間、キャロはいつもより密度を増した訓練にプラスして、連日街に出ることになるのだった。
当然、その度に人ごみに流されて半泣きになってしまうのだが……。





  *  *  *  *  *



そんな事があった明くる日。
機動六課を出立したスバル、ティアナ、エリオの出稽古組三人は、本局を経由し広義的な意味での目的地に到着した。
転移ポートを利用して辿り着いたのは、三人にとっても見覚えのある湖畔のコテージ。
そう、なのは達の幼馴染『アリサ』が提供してくれている転送ポートだ。

「さて、こっからエリオは別行動な訳だけど」
「大丈夫? 途中まで付いてこうか?」
「だ、大丈夫ですよ、子ども扱いしないでください」
「あ、いや……」
「子どもでしょ、アンタ」

エリオの不満にどんな顔をしたものやら困る二人。
子ども扱いするなと言われても、実際問題として子どもなのだからそれはどうか。

「ま、まぁあっちへはアリサさん達が送ってくれるみたいだし」
「そうね。むしろ、辿り着けるか心配って言えば私達か」

なにしろ、ミッドとこちらでは色々勝手が違うだろう。
エリオは比較的にここから近いらしいが、二人は色々乗り継いでいかなければならない。
交通機関はともかく、問題なのは慣れない土地であると言う事。
その意味では、人の心配をする前に自分達の心配をすべきと思いなおす。

「それじゃ、二週間後にまたここで」
「はい!」
「うん!」

そうして、エリオは一人アリサの下へと向かい、スバルとティアナはとりあえず駅を目指す。
各々、この後に待ちうける「何か」に、不安と期待をないまぜにしながら。



〈スバル・ナカジマの場合〉

「はぁ……やっと着いた~!」

燦々と降り注ぐ陽光に手を翳しながら、ここまでの長旅を想って伸びをする。
ゆっくり腕を下ろしていくと、肩にかけたボストンバッグが重い音を立てて落下した。

出来る限り手荷物は少なくしたが、なにぶんスバルも年頃の女の子。
化粧品やらなんやらで、バッグの中身はそれなりの重量だ。
まぁそれでも、他の同い年の少女の旅行に比べれば、遥かに量は少ないのだろうが。

「ん~、それにしても『ニホン』ってところとあんまり変わらないなぁ」

周りの風景を確認し、一人呟くスバル。
彼女の呟きが示す通り、ここは日本ではない。
エリオと別れた後、スバルとティアナは封筒に入っていた指示に従って電車を乗り継ぎ、成田空港なる場所に出た。そこで二人は、同封されていた旅券で別々の飛行機に乗り込み……今に至る。

「ってまぁ、それ言い出したらミッドの空港周辺とだってそんなに変わらないんだけど」

実際、海鳴でスバル達の認識からすると「ミッドの少し郊外」くらい。
なので、概ね外見的な発展具合で言えば、ミッドも地球もそれほど大差ない。
強いて言えば、東京やこちらの方が幾らか「せせこましい」と言うぐらいだろうか。

「え~っと、確かここで迎えの人と合流なんだよね?」

とは、ボストンバッグから取り出した封筒の中身を確認しながらの呟き。
若干手持無沙汰になり、近場の柱に寄りかかって待ち人を待つスバル。

「むぅ、どうしよう……」

晩夏に差し掛かろうと言う時期だが、まだまだ暑さがきつい。
別段暑いのが苦手というわけではないが、涼しい空港のターミナル内に戻ろうか悩む。
なにしろ、迎えがいつ来るかだってわからない。一応指示された便に乗ってきたので長く待たされることはないと思うが、この暑さの中じっと待つのもつらいわけで……。
だがそこへ、なんだか珍妙な三人組が現れた。

「ちっ、なんでこの俺がアイツの使いっパシリなんぞしなきゃならねぇんだ!
 行くならてめぇが行けっつーんだ!」
「しょーがないでしょ。あんなんでも上司だし…ま、昔世話になったのは事実だしね」
「今夜は金星が満ちる、吉兆だ。良い出会いがあるに違いない」
(相変わらず訳わかんねー奴……)

人相の悪い白髪の男と、その両脇には団子頭の女性と片目を眼帯で閉ざした巨漢。
見るからに一癖も二癖もありそうな一団は、真っ直ぐスバルの方へと向かってくる。
やがて三人はスバルの数歩手前で立ち止まり、『手に持った封筒』に目を通す。

(あれ、なんか見覚えがある様な……)
「ふん、どうやらこいつで間違いねぇらしいな。隙だらけな所は白浜の野郎にそっくりだ」
「え、嘘!?」

スバルは慌てて自身のポケットを確認するが、そこにはあるべき物がない。
確かに持ち歩いていた筈の封筒がなく、眼を凝らせば男が持つ封筒には見覚えのある筆跡と文字。
間違いない、あれは先ほどまで彼女が大切に持ち歩いていた封筒だ。
それを気付かないうちに…そもそも近づかれた事さえ分からない間に奪われていた。

「あの、あなた達は……」
「迎えだ、さっさと行くぞ」
「まだまだ修行が足りないわよ、お嬢ちゃん」

スバルが状況を飲み込むより前に、さっさと背を向ける二人。
しかし、ただ一人立ち止まったままの巨漢は思い切り左目を見開き言った。

「う、美しい……惚れた!?」
「なに!?」
「嘘!?」
「冗談だ」
「昔から言ってるがな、楊。お前の冗談は全くわからん」
(なんだかよくわからないけど……とりあえずわかった、この人達……達人だ。色々な意味で)

力量的にも、人間性的にも。
こうしてスバルは東洋の魔都、上海に降り立ったのである。



そして、結局名も告げられぬまま車に乗せられやってきたのは、他の建物とは様式の異なる建造物。
あれよあれよという間に中に通され、引き合わせられたのは大きな鈴の髪飾りが特徴的な、真っ赤なチャイナドレスを着た美女。
だがその美女は、スバルを一目見るや……

「え~、なんで兼一じゃないの~!」

と文句を言いだし、駄々っ子のように手足をばたつかせだした。
それに困ったのがスバルである。
連絡の行き違いがあったのかは定かではないが、とりあえず落ち着いてもらわないことには話が進まない。
しかしこの女性、全然人の話に聞く耳を持ってくれない。

「あ、いや、その…私に言われても……」
「兼一が来ると思って気合入れたのに、なんなのよこれ――――――!
 慰謝料払え! そして兼一を出しなさい!」
「そ、そんな無茶な!?」
「いい加減にしろ、馬一族!」

とそこへ、女性の背後に立って手刀を振り下ろす白髪の男。

「イタッ!? なにすんのよ、郭」
「手紙をよく見ろ。白浜の野郎からなのは事実だが、アイツが来るとは一文字も書いてねぇだろ」
「え~、そんなの知らないわよ~! 会いたい人に会いたい時に会う、これが馬家の家訓なんだからぁ~!
 いいから、四の五の言わずに兼一を出せ―――――!」
「いねぇんだからどうにもならねぇだろうが! つーかお前、アイツの事諦めたんだろ」
「それとこれとは話が別よ。会いたいと思ったから会う、そこに理屈なんていらないわ」
「いいこと言ったつもりかもしれねぇが、確実にダメ人間だぞ。
だが、改めて確信したぜ。やっぱり俺は、そんなお前たち一族が俺は大嫌いだ」

その後も、スバルそっちのけで言い争いを続ける二人。
話の端々から聞こえて来る内容を纏めると、どうもこの女性は以前あった「馬剣星」の娘の「馬蓮華」と言うらしい。で、案内してくれた三人は「三頭竜」という、蓮華直属の部下のようだ…この様子を見ていると信じられないが。

「悪いわね、しばらくほっておけば勝手に終わるから。はい、お茶」
「あ、どうもすみません」
「それで…お前は、白浜の弟子なのか? アイツが弟子を取ったと言う話は聞いたが」
「いえ、それは私の姉で……」
「そうよね。アイツの弟子って感じじゃないし」
(そんなはっきりわかるものなのかな?)

と思いつつ、二人の言い争いが終わるまでスバルからは兼一の近況を、二人からは昔の兼一の話などを教え合う。
どうやら、この二人も含めてかなり長い付き合いの友人らしい。
ただ、「友人」という単語が出た辺りで白髪の男が「んなんじゃねぇ!」と食ってかかってきたりもしたが。

そうして待つこと十数分。
説得された蓮華は、ようやく椅子に座ってスバルと向き合ってくれた、不満そうな顔のまま。

「で、え~と……」
「あ、スバルです、スバル・ナカジマ」
「蓮華よ。それで、兼一からはなんて言われてる訳?」
「えっと、兼一さんからは『動の極み』を学んできなさいと。
 それに、こっちは色々な達人がいるから参考になるよって言われました」
「ふ~ん。ま、確かにうちは大所帯だから、色んなタイプに会えるのは事実よね」

『動の極み』を学ぶだけであれば、梁山泊に行ってアパチャイなどから教わればいい。
あるいは、新白連合に行ってもいいだろう。

にもかかわらず、兼一があえてスバルを蓮華に預けたのは、彼女が所属する「鳳凰武侠連盟」が理由。
中国全土に十万人以上の門下生を抱え、未だ新白連合より多くの達人を擁するこの組織であれば、こと「観る」と言う点において連合とは比較にならない。
観ることもまた修行。特にスバルはそのスタイルが特殊なだけに、兼一とギンガの様に長期的に教えられるならともかく、短期的に特定の流派を教えると言うのは齟齬や歪みを生みかねない。
そこで、数々の中国拳法をその目に焼き付け、体験させる事で自分なりに取り込ませようと言うのだろう。
そして、もう一つ……

「魔法の事はパパから聞いてるし、その辺は上手くやるとして…………………………………よし、行くわよ」
「へ?」
「たった二週間なんでしょ? だったら時間が惜しいわ。
 私の修業はちょっと実戦的だけど……まぁ、なんとかなるでしょ。ならなきゃ死ぬだけだし」
「え、ちょ!?」
「丁度いい具合に、アイツの居所も突き止めた事だしね。ほら、行くわよ!」
「ど、どこにですか―――――――――――!?」

腕を掴まれ、引き摺られるようにして連行されるスバル。
その時彼女は見た。自分に向けて合掌する、三頭竜の姿を。

蓮華は言った。『自分の修業はちょっと実戦的だ』と
だがスバルはすぐに理解する。
蓮華の修業は全然全く『ちょっと』ではなく、むしろ『練習より実戦が多い』事に。



「ぐわぁぁぁぁぁぁあぁ!?」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!?」

建物内部に響き渡る野太い悲鳴。
同時に轟く重厚な打撃音。
その中を蓮華は王者の如く堂々と歩き、スバルは恐れ慄きながらその後に続く。

「あ、あのぉ…蓮華さん? 穏便に…穏便に…ね?」
「あら、穏便じゃない。誰も死んでないんだから。でも、梁(リャン)には死んでもらわないと。元とは言えウチの郎党がマフィアのボスやってるなんて……門派の恥だもの」

なんだか訳もわからないうちに車に放り込まれ、郊外の屋敷に止まったかと思えば、あっという間にこの有様。
ここに至るまで、門番から中にいた手下や用心棒まで、誰も彼もが問答無用で叩きのめされていく。

中には武器を捨てて投降する者もいたが、蓮華は一瞥することもなくこれまた粉砕。
理由を問えば「アイツについた時点で同罪よ」との事。
いっそ、清々しいまでの暴君ぶりである。

(ふぇ~ん、誰か止めて~……!?)

自分で止めようとは思わない。それは止められないとわかりきっているから。
スバルでは蓮華の実力を測りきれないが、わかることが一つ。
今の自分では、天地がひっくりかえっても手も足も出ないと言う事。
彼女にできる事は一つ、少しでも怪我人が少なく、人死にが出ない事を祈るだけ。

「って、アンタもやりなさいよ」
「え、私も!?」
「当たり前でしょ。ほら、その辺の連中なんてあんたには丁度良い位なんだし」
「は、刃物と銃持ってますよ!?」
「そりゃ持ってるでしょ、マフィアなんだし」
「わ、私今魔法が!?」
「使えないのよね。よかったわね、より大きな危険に身を晒した物ほど上達する、武術ってそういうものよ」
(どんなポジティブシンキング!?)

そう、今のスバルは魔法が使えない。
基本、魔法の存在しない管理外世界で魔法の使用はご法度。
例外があるとすれば、ロストロギアや次元犯罪者などが関与してきた事件の場合と、メンドくさい許可を得ての現地での訓練。もちろん、現地でその場におけるトラブルに巻き込まれたからと言って、原則魔法は使えない。
そんな事をすれば、一体どんな処罰が下る事やら……。

「ほらほら、早くやらないと死ぬわよ」
「人殺し~!?」
「失礼ね、なるとしたらこれからよ」

その後、スバルは『修業』という名の下に、二週間絶えず実戦に放り込まれ続ける。
もちろん、彼女がこの出稽古の間中「死ぬほど後悔した」事は想像に難くない。
なにしろ、荒事の現場に行くまでもなく、蓮華の傍にいるだけで荒事の方から向かってくるのだから。



  *  *  *  *  *



〈ティアナ・ランスターの場合〉

成田空港でスバルと別れたティアナは今、年代物の大型バイクのサイドカーに揺られている。
飛行機に乗ること数時間、到着したのはアメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市クイーンズ区のJFK国際空港。

スバル同様、迎えを待っていた彼女の前に現れたのは、見るからにアウトローな風貌の素肌の上に革ジャンを着たサングラスをかけた大男。
その頬から鼻にかけて横断する一文字の傷があり、明らかにカタギではない。
空港に来ていた周りの利用者達も、はっきり分かる位にこの男の事を避けている。
それどころか、一部のこれまたカタギとは思えないメンツに至っては、この男の姿を見るや否や大急ぎで方向転換し逃げていく有様。

そんな状況には、もう心の底から嫌な予感しかしなかったが……彼女はこの男に心当たりがあった。
以前、新島が置き土産として残して行った映像データやなのはが見せてくれた彼女の兄の結婚式の写真。
そこには、確かにこの男が移っていたはず。
つまりこの男は、彼女の記憶違いでなければ兼一の師の一人ということになる。
ティアナがそんな事を考えてなんとか冷静になろうとしていると、男はサングラスをずらし、その奥に隠されていた巨獣の如き鋭い眼差しを向けて言った。

「おう、オメーが兼一の言ってたガキか?」

気圧されそうになりながらも、なんとか心を奮い立たせて頷くと、男は破顔しティアナの襟首を掴む。
まるで猫のように持ち上げられ、止めていた大型バイクのサイドカーに放り込まれた。

そうしてバイクを走らすことしばし。
気付けば、それまで通ってきた近代的な建物などとは一線を画す、少々小汚いアパートが立ち並ぶ区画に出た。
この男の住まいがこの辺りにあるのだとすれば……まぁイメージ通りではあるが、恐らくあまり治安のよくない地区なのだろう。
バイクに乗っている間だけでも、確実にその筋と思われる人間を十人以上見かけた。

なにがあってもいいように僅かに緊張するティアナ。
それに気付いたのか、男は野獣のような笑みを浮かべている。

「へへへ、どうした? こういう所は初めてか?」
「そう言うわけじゃありませんが……」
「まぁ気にすんな。どんなとこも住めば都だ、これはこれで退屈しなくていいんだぜ」
「はぁ……」

明らかに、この街で起こるトラブルを楽しんでいる。
ティアナには到底理解できない感情だが、この男はえらくそれを気に入ってるらしい。

到着したのは、他と大差ない古ぼけた作りの安アパート。
サイドカーを降り、しばしの住居となるそれを見上げるティアナ。
兼一の師であればおかしなことをされるとも思えないが……剣星の例もあるではないか。
『本当に大丈夫だろうか』と別の意味でも心配になる。

そんな、不安と不安と不安しかない中、ティアナの視界を何かがよぎった。
物取りか何かかと警戒する。
しかし、彼女がそちらの方を振り向くと、そこには意外な光景が広がっていた。

「ねぇ至緒! 空手教えてよ、空手!」
「俺も俺も!」
「至緒、私山突きできるようになったよ!」
「だぁもぉ、うっせーなガキ共!
 俺ぁこれから一仕事終えた後のビールちゃんの時間なんだよ! 後にしろ、あ・と!」

鬼のような風貌の男に群がる子ども達。
どうやらこの辺りに住む子ども達が、この男に武術を習いに来ているらしい。
人種は多様で、肌の色も顔立ちも千差万別。だが、一様に子ども達はこの男に懐いているようだ。
ただし、ねだられている当の本人は鬱陶しそうに手を払って追い返しているが。
しかしその反面、満更でもない様子が見て取れた。
一瞬でも警戒した自分がバカらしくなるティアナだったが、そこさらに大勢の人間が集まってくる。

「お? なんだ至緒、そんなガキ連れ込んで…嫁さんに殺されちまうぞ」
「え!? 至緒、あんたロリコンだったのかい? ああ、だからジェニーを選んだんだねぇ…納得だよ」
「んなわけあるか! こいつは俺の弟子に頼まれて仕方なく預かったんだよ!」
「ん? じゃあ、至緒の新しい弟子か! 全く至緒は、いつもいつも『弟子はとらねぇ主義だ』とか言ってガキ共突っぱねてる癖に……素直じゃねぇなぁ」
「どういう意味だ、このアル中共!」
(ど、どうやら見た目と違っていい人っぽいわね……)

見る限り、彼はこの街では大層な人気者らしい。
性別を問わず、年齢を問わず、人種を問わず様々な人が集まってくる。
その人達は誰もが彼に赤の他人には決して向けない様な笑顔を向け、からかったり冷やかしたりしているではないか。考えるまでもなく、これは彼の人柄による物なのだろう。

「そもそもだな、こいつは俺じゃなくてジェニーに習いに来てんだよ」
「オイオイ至緒、ただでさえ普段から仕事もしねぇで飲んだくれてるヒモのくせしやがって、弟子を鍛えるのまでカミさん任せか? 甲斐性がねぇにも程があんだろう」
「「「至緒の甲斐性なしぃ♪」」」
「んだとテメェら! 俺はチマチマ稼ぐなんて性にあわねぇんだよ!」
「それでギャンブルやってすってりゃ世話ないじゃないか。
 アンタ酒は強くてもギャンブルにゃ弱いんだから気をつけな。その内またジェニーに撃たれるよ」
「ぐっ、わぁってるっての……ちっ! オラ、行くぞガキ」

そう言って、不貞腐れたようにアパートの階段を上っていく。
ティアナが慌ててその後を追うと、後ろからは「あ、至緒が逃げたー!」とか「おーい至緒、くれぐれもそんな子どもに手を出すんじゃないよ」とか聞こえて来る。

「ジェニーが帰るまでまだある。適当に荷物置いて勝手に寛いでろ」
「は、はぁ……」

部屋の中は、もうこれ以上ない位にこの男らしい部屋だった。
数百キロはあろうかという重りのついたバーベルに、サンドバック、やけにボロイソファ、棚には酒の瓶が山ほど並んでいる。

「えっと、逆鬼至緒さん…ですよね? 兼一さんの空手の師匠の」
「あん? それがどうした?」
「あの、私はここでなにをすればいいんでしょうか?
 兼一さんからは、『銃の極み』と『捜査のノウハウ』を学んでくるようにと言われたんですが」

大雑把な概要くらいは聞いているが、実のところあまり詳しい話は聞いていない。
迎えが来るからその人に付いて行き、後はその人の指示に従ってこの二つを学んで来い。
わかっていることなどその位。ティアナが改めてなにをどうするのか尋ねるのも当然だ。
そんなティアナに対し、逆鬼はというと……

「知るか」
「えぇ!?」
「兼一に頼まれたのは俺じゃなくてジェニーだ。てめぇをどう鍛えるのかも、ジェニーが決めるこった。
 それともアレか? 空手でも習いたいのか?」
「いえ、そう言うわけでは……」
「なら俺が教えることなんぞねぇ。ああ、部屋の中のもんは適当に使っていいぞ。
 ただ、この辺はまだ治安が良くねぇからな。夜中に一人で出歩かねぇ方が良いぜ。
ま、何事も経験だ。それはそれでおもしれぇだろうがな」

その後、ソファに横になってビールを飲み昼寝を始める逆鬼。
ティアナは外に出るのも躊躇われ、已む無く魔力の運用効率を上げるイメージトレーニングに時間を費やすのだった。



それから数時間後。
日が傾き始めた頃、ようやくその人物は帰って来た。

「ただいまぁ、今帰ったわよぉ」
「おう、ようやくか。ほれ、ジェニー。こいつがそうだ」
「あ…ティアナ・ランスターです! これから二週間、よろしくお願いします!」
「ええ、ジャニファー・G・逆鬼よ、こちらこそよろしく」

あいさつを交わし、握手をする二人。
その後ろでは、逆鬼がやけに度数の高そうな酒瓶をラッパ飲みしている。

「で、兼一からはどの程度聞いてるの?」
「それが、あんまり……ジェニファーさんは……」
「ジェニーでいいわ、みんなそう呼ぶし」
「あ、はい。ジェニーさんは兼一さんからはなんと?」
「捜査関係の仕事を目指してる子を送るから、面倒を見てやってほしい…ってくらいね。
 まぁ、そっちに関しては明日から私に付いてもらえばいいわ。
 私なりのやり方になるけど、参考くらいにはなるでしょ。
捜査って言っても、基本はそう変わらないでしょうしね」
(そう言えば、FBIってところの捜査官をやってるんだったっけ?)

捜査のノウハウと言うのであれば、長く執務官を務めているフェイトからも教わっているし、同様に108で捜査官を務めていたギンガに同伴したりもして来た。
だが、その二人とジェニーの最大の違い。それが経験。

フェイトでさえ、入局してようやく十年。
しかし、その頃には既にジェニファーは数々の任務に従事し、今では多くの後進も育てている。
その辺りを見込んで、兼一はティアナを彼女に預けたのだろう。

「それじゃ、とりあえず……表に出ましょうか」
「え?」
「あなたの魔法、どんなものか見せてもらうわ」

動きやすい私服に着替えたジェニーに連れられ、開けた空き地に出る。
『今なら人目に付く事もないから』とゴリ押しされ、とりあえず手始めに直射弾・誘導弾・幻術・その他諸々、一通りの魔法を実演させられた。
で、それらを見たジェニーの感想はというと……。

「ふ~ん、話には聞いてたけど中々悪くないわね。でも、これなら……ああ、兼一がやらせたかったのってそういうことか……」

何やら一人で納得しているが、ティアナにはなんのことかさっぱりわからない。
だがそこで、唐突に顔を上げたジェニーはこんな提案をして来た。

「そうね…ねぇ、ティアナ。ちょっと勝負してみない?」
「勝負、ですか?」
「ええ、ルールは簡単。この空き缶を、そうね…………うん、あそこに置くから、合図と同時にそれをどっちが早く撃ち抜くかの勝負。簡単でしょ?」
「はぁ、それはいいですけど……」

別に、これと言ってティアナがそれを拒む理由はない。
しかし、一つ疑問がある。この勝負、あまりにも……………ティアナに有利過ぎるのだ。
空き缶の置き場所は、この場からは障害物が多過ぎて直接目視の出来ない所。
誘導弾を使えるティアナなら弾丸を迂回させて撃つことができるが、ジェニーの場合まず狙える箇所に移動する必要がある。どれだけ凄まじい技量を持っていようと、このハンデは大きい。
そう思って一応進言してみたのだが……ジェニーは柔らかい笑顔のまま全く動じない。

「大丈夫大丈夫。これでも、伊達に『銃の達人』なんて呼ばれてないわよ。
 それとも、万が一にも負ける事を考えてる?」
「……良いですよ、やりましょう!」
「若いって素敵♪ それじゃ、シンプルにこのコインが落ちたらって事で」

安い挑発だと言うのは理解しているが、それでも興味があった。
この人は、絶対に負けないと言う自信があってこの勝負を提案している。
ならば、これほど不利な条件でどう負かしてくれるのか、興味がわく。

ティアナはクロスミラージュを構え、いつでも撃てる体勢に。
ジェニーは右手でコインを構え、左右どちらの手にも銃は持っていない。
恐らく、コインが落ちてから抜き、撃つつもりなのだろう。
まぁ、どの道移動してからでないと撃てないのだから、大差はあるまい。

「それじゃ、行くわよ。準備は?」
「いつでも」

返事と同時に、暗く静かな夜の空気にコインを弾く硬質の音が響く。
ティアナはクロスミラージュを固く握り、息を整えその時を待つ。
相変わらずジェニーは不動。コインを弾いた右腕はダラリと下げられ、完全に脱力し切っていた。

その間にもコインは上昇を続け、やがて落下に転ずる。
ティアナはやけに大きく聞こえる鼓動の音を聞きながら、それらを知覚していた。
そして、ついにコインが地面と衝突する。

―――――キィィィィィン!

硬い衝突音。
ティアナはそれと同時に指先に力を込め、引き金を引く。

――――――――――ガォン!

ティアナが引き金を引くより刹那早く、彼女の横手から重々しい銃撃音が響いた。
いつでも撃てる体勢だったティアナにさえも先んじる早打ち。
それだけでも驚愕ものだが、真に驚くべきはそんなものではなかった。

ジェニーの位置からでは、どうやっても的を狙う事は出来ない。
拳銃は、一度放てば後はただただ真っ直ぐ飛んでいく事しかできない武器。
故に、視界の範囲外にある的や障害物に隠れた的にはどうやっても当てられないのが道理。

されど、それは所詮常人の枠内での話。
ここに立ちたるは銃という武器を知りつくし、その扱いを極めた真の達人。
最早彼女にとって銃は手足の延長、放たれる弾丸は自らの指先と同じく変幻自在に空を駆ける。
それを証明するように、ジェニーの放った弾丸は……正確にその的の中心を撃ち抜いていた。
無論、ティアナの誘導弾より遥かに早く。

「ウソ……」
「とまぁ、ざっとこんな所ね」

呆然とするティアナと対照的に、余裕綽々の様子で硝煙を吹く。
ティアナとて、何らかの方法で撃ち抜いてくるとは思っていた。
それが、自分より速いかもしれないとも。

しかし、それでもこれは予想外に過ぎる。
まさか、その場から一歩も動くことなく、成し遂げて見せるとは。

「あなたは筋も悪くないし、銃の真髄…その階(きざはし)くらいなら覚えられるかもしれないわね」
「でも、クロスミラージュはあくまでも銃の形をしてるだけで……」
「同じことよ。銃の形をした武器を持って、弾丸を撃つのならなにも違いはない。
 安心なさい。この私が教えるんですもの………中途半端なマネはしないから♪」

こうして、日中はジェニーに連れられて捜査のノウハウを学び、仕事が終われば徹底的に銃の扱いに関する指導。それを逆鬼が傍で面白そうに見学したり、時には空手の指導をねだる子ども達に彼が困り果てるのを逆に眺めたりの日々。
しかしもちろん、この二人がそれだけで終わらせてくれる筈もなく……。

「至~緒~♪ ちょ~っとお願いがあるんだけどぉ」
「へ、またいつものか?」
「うん、なんか上に圧力がかかってるみたいで許可が下りないのよねぇ」
「よっしゃ、んじゃ早速行くか。よしガキ、おめぇも来い」
「え? あの、行くって…どこに?」
「なぁに、特別に俺もてめぇの成長に手を貸してやろうと思ってな。
心配すんな。ちょっとした…………社会科見学だよ」

そうして、本人の了解を得る間もなく引きずり込まれる社会の裏側。

「こ、これのどこが社会科見学なんですか!?」
「あん、立派な社会科見学だろ。裏社会科見学…ってな。ガハハハハハ!」
「笑い事じゃありませ…キャッ」
「おいおい、ちゃんと頭下げてねぇと危ねぇぞ……流れ弾が」
「ぶっ殺せ――――――!」
「殺らなきゃ殺られるぞ! 気張れ、野郎ども!!」
(っていうか、なんでこの人はこの銃弾の雨の中で無傷?)

ティアナの頭の上を、無数に飛び交う銃弾の雨霰。
それらをまるでドッジボールの球の如く気安く避けては敵を殴り倒していく大怪獣。
それはまさに、悪夢の具現であった。

「な、なんでこんなことに!?」
「そりゃおめぇ、兼一の奴からも頼まれてたからな。
……つーか、『パンパン』うるせぇんだよ! 楽器叩く猿のおもちゃか、テメェらは!」
(む、無茶苦茶だぁ……)

延べ二百人はいたであろう麻薬密売組織の面々が、そのあまりの暴威の前に薙ぎ払われていく。

「オラオラオラオラオラ! ちったぁ根性見せやがれ、悪党ども!」
「て、テメェ、俺ら手を出してただで済むと思ってんのか!
 俺達のバックには、テメェなんぞとは比べ物にならねぇ大物が……」
「黙れよ。他人の力に縋ってねぇで、男ならテメェの脚で立ってみやがれ!」
「なっ……」
「その腐った根性、叩き直すまでもねぇ。徹底的に粉砕してやらぁ!!」

そうして、気付けばティアナの周りには辛うじて生きている悪党達が死屍累々。
ただし、何も粉砕されたのは悪党達の根性だけではない。

「あの、根性どころか建物まで粉砕されてるんですが……どうするんですか、生き埋めになった人達」
「ったく、骨のねぇ奴らかと思ったら、アジトまで骨がねぇと来やがった」
(そう言う問題じゃないでしょうに……)
「これでも控えめにしたんだがなぁ」
「これでですか!?」

『控えめ』という言葉を一度辞書で確認したいと思うティアナであった。



  *  *  *  *  *



〈エリオ・モンディアルの場合〉

スバルやティアナと別れた後、指示どおりにアリサと合流したエリオ。
なんでも、彼の行き先は海鳴からそれほど離れていないとの事で、彼女の車で送ってもらえるらしい。
がそこに何故かすずかが合流し、国守山を抜ける国道を通って移動中…それは起きた。

「っ! この私の前を走ろうなんていい度胸してんじゃないの!」
「いっけぇ、アリサちゃん!」
「え、ええ!?」

訳もわからぬままに公道でのレースが始まり、アリサは驚異のテクニックで相手車両をぶっちぎる。
ちなみにその間、後部座席に座るエリオは右に左に振り回され、これ以上なく酔ってしまったのだが……二人は全然気にした素振りもない。

「ふん、良かったのは威勢だけだったみたいね」
「ダメだよ、アリサちゃん。普通の人にあんまり高いレベル求めちゃ」
「何言ってんのよ、すずかだってノリノリだったくせに。
 ま、すずかと忍さんが手ずから改造した、この『地球に礼儀正しい電気自動車』があってこそだけど」
「あ、あの…そこは『地球にやさしい』なんじゃ…ウップ」
「そんなになってもツッコミを入れるなんて、良い根性してるわね。さすがなのはの教え子だわ」
「ホントに」

ちなみに余談だが、なんで「地球に礼儀正しい」かというと、作者が好きな小説にその様な文章があり感銘を受けたからである。



そうして、エチケット袋という名の親友を得たエリオは、ようやく目的地に到着。
車を降りた瞬間の彼が、まるで地獄から生還したかのように晴れ晴れとしていたのは秘密である。

「ここが……」
「そう、『久賀舘流杖術』の道場。兼一さんの古いお友達の道場だよ」
「良かったわね。この人、あの人の関係者の中じゃかなりまともに近い部類よ」

『純粋にまとも』ではない所に、彼の交友関係の偏りが垣間見えるコメントだ。
エリオを案内するという目的を終えた二人は、そのまま車で去っていく。
それを見送り、一度深呼吸してからエリオは道場の門を叩いた。

「あの、すみません! 白浜兼一さんの御紹介で来ました、エリオ・モンディアルと言います!
 どなたかおられませんか!」

道場の前に立ち、大きな声で呼びかける。しかし、道場の奥からは特に物音も人の気配もしない。
留守だろうかと不安になるが、そこへ思わぬ方向から足音が近づいてきた。

「早かったな、少々準備に手間取っていたんだ。待たせてしまってすまなかった」
「あ、あなたが道場主さんですか?」

エリオが声の方を振り向くと、そこには短く切った髪と褐色の肌、そして顔の傷が特徴的な『武人』という言葉がしっくりくる女性。

「この道場を任されている、久賀舘要だ。その筋では『フレイヤ』などとも呼ばれているがな。
好きなように呼んでくれ」
「エリオ・モンディアルです。兼一さんの紹介で伺いました」
「ああ、話は聞いている、歓迎しよう。まぁ、立ち話もなんだ、とりあえず上がると良い」
「はい、失礼します」

フレイヤの後を追い、道場ではなく屋敷の方に向かう。
その背中を負いながら、エリオは思う。
アリサは『かなりまともに近い部類』と言っていたが、むしろ会ってみた印象としては『凄くまともな人』だ。
アレはもしかすると、アリサなりの冗談か何かだったのではないだろうか。

そそうして居間へと通され、すすめられるままに座布団に腰を下ろす。
すると、バンダナを巻いた少女がお茶と菓子を出してくれた。
一息つき、互いに茶に口をつけた所でフレイヤから切り出す。

「白浜からは、やり方は私に任せると聞いている。
 聞くところによると、君は槍を使うそうだな」
「はい」
「『突かば槍、払えば薙刀、持たば太刀。杖はかくにも外れざりけり』の言葉が示す通り、杖術と槍術には繋がる部分がある。君にはこれから二週間、久賀舘流の修業を受けてもらう事になるだろう」
「……」
「それに、部下の中には槍を使う者もいる。そいつに槍術について習うのも良い。
 他にも、ここには色々な武器を使う奴がいる。稽古の相手には事欠かない筈だ」
「はい、よろしくお願いします! 誠心誠意、修業に励みます!」
「白浜がわざわざ送りつけてきたんだ、期待させてもらおう。
では、道場に案内する、ついてきなさい」

フレイヤは新白連合の中にあっても数少ない、直属の部下を持つ幹部である。
ほとんどの幹部が弟子は取っても部下は持たない中、彼女ともう一人だけが部下を抱える身だ。
それも彼女の下には基本『武器使い』が集まり、もう一人の方には『徒手空拳』が集まる。
その為、現在フレイヤの下には昔よりも多くの武器使いが彼女を慕って集まっていた。
ただし、その全員が……

『キャアアアアアア! 可愛い~~~♪』

二十歳半ばから三十路辺りまでの女性…それも美形揃いなのである。

(――――――――ビクッ!?)
「十歳ぐらい?」
「は、はい……」
「うわぁ、肌スベスベ! いいなぁ、若さよね!」
「ああ、丁度いいサイズ! 抱き枕に最適かも♪」
「や、やめて、抱き上げないでください~!?」
「あれ~、もしかして照れてますの? 可愛いですわねぇ」
「ハァハァ…フレイヤ様、この子貰っちゃっていいんですか?」
「ふむ…………いいんじゃないか?」
「良い訳ないですよ! あ、やめ、やめてください! なんでズボンに手をかけるんですか!?」
「え? いや、どんなものかなぁと」
「なにがどんなものなんですか――――――――――――!?」
「ヤバ、私鼻血でてない?」
「ムフフフ、中々いい素材じゃない。この子を自分好みに育てる……燃えるわね!」
『いや、全く』

六課も女所帯だったが、ここはその日ではない。
比率的には99.9%が女性。エリオを除けば、右を見ても左を見ても女ばかり。
しかも、誰も彼もがエリオを遥かに上回る技量の持ち主。
当然、セクハラなどされれば色々な意味でエリオに状況を打開することなど不可能。

こうして、エリオの女難に満ちた二週間が始まるのだった。

「キャロ、フェイトさん、助けて――――――――――!!」
「ああ! こんないい女に囲まれておいて他の女の名前を呼ぶなんて、イケナイ子ねぇ。そんな子には?」
『お仕置きだべぇ~』
「いやぁぁぁあぁっぁぁぁ!?」
「こんなに道場が活気づくのはいつ以来かな? 白浜には感謝しなければ」



  *  *  *  *  *



〈ギンガ・ナカジマの場合〉

場所は移ってミッドチルダ。
四方を険しい山岳に囲まれた山深い森の奥深く。
いっそ「樹海」と呼ぶべきだろうそこは、夏場であっても人が立ち入ることはない。
だが今そこに、二つの黒い影が降り立った。

「よし、だいぶ空気が濃くなってきたし、この辺りで良いかな?」

先に降り立った影…兼一は大きく息を吸い込みそんな事を言う。
そこへ、やや遅れて追いかけてきたギンガがウィングロードから降りて周囲に視線を配る。

「随分奥深くまで来ましたけど、なんでまたこんな所まで?」
「注意して息を吸ってごらん。何か普段と違うと思わないかい?」
「言われてみれば……」
「なんか、不思議な匂いがする」
「うん、そうだね」

兼一のものとも違う、ギンガのものとも違う子ども独特の高い声音。
声の主…翔は兼一の背中から降りると、言われた通りに注意して息を吸った。
二人も兼一が言った事をなんとなく理解したようなので、より詳しい説明に入る。

「これは植物の発散物質『フィトンチッド』がとても濃いからだ。これには肝機能の改善や自律神経の安定効果があるんだけど……まぁ早い話、こう言った場所で修業すると怪我の治りが早かったり強い集中力が得られたりするわけだ。昔から修業と言えば山籠りが定番なのは、そう言った効能があるからだね」
「なるほど」
「お~……」

まぁ、一番の目的は追い込んで逃げ場をなくすことなのだが。
なにしろ、翔はもとよりギンガですらここから兼一の案内なしで帰れるか自信がない。
兼一はまるでこの場所を知りつくしているかのように真っ直ぐ進んできたが、ギンガ一人であれば道中3回以上は遭難していた筈なのだから。

「でも師匠、よくこんな場所知ってましたね」
「いやぁ、以前から地図を見ていい場所がないか探してたんだよ。そしたらここを見つけてね。
さて、とりあえず修業の前にしばらく暮らす為の準備からだ。
 僕は寝床を作るから、二人は水汲みと薪集め…それから食料の調達に入ろう」
「はい」
「うん」

なにしろ食料を始め、普通なら野宿に必要なものは何一つとして持ってきていない。
最低限、緊急時の連絡の為に必要な機器と医療道具などは持ってきているが、それだけ。
予定では二週間はここで暮らすのだから、まずは最低限必要な環境作りからだ。

ちなみに、全くの余談だが……翔が二人に付いて六課を出る際、遊び相手がいなくなるせいかヴィヴィオは「ダメーっ! 行っちゃダメなのーっ!」と酷く抵抗していた。
あの様子だと、「帰ったら色々と後が大変だろなぁ」と思うギンガである。



「さて、探し始めたのは良いけど……………果たしてこれは食べられるのかしら?」

ギンガの手には、普段は全く見たこともない植物……というか、そもそもあまり詳しくない彼女には、違い自体が全然わからないのだが。
一応訓練校時代には野営の訓練もあるにはあったが………………それにした所で何が食べられて、何を食べてはいけないのかさっぱり。

一応兼一からは、『自分の食い扶持くらいは自分でなんとかしないとね。武人以前に生き物として』と言われている。
あの様子だと、幼い翔はまだ温情の余地があるだろうが……ギンガに対してはそれも期待できないだろう。

「とりあえず魚でもとって、それから果物を探そうかしら。下手に毒のある草なんて食べたら笑えないし……」
「姉さま! こっちこっち」
「ん? どうしたの、翔?」
「これ、食べられるよ」
「え?」

翔が指し示すのは、ギンガにはさっぱり他との違いがわからない草。
普段であれば「雑草」の一言で済ませてしまうそれなのだが、翔の眼には確信の光がある。

「あ、こっちも食べられる」

翔とて、決して山菜類に詳しい筈がない。
それが、住み始めて数ヶ月のミッドに自生する植物となれば尚更だ。
なのにこの子は、まるで迷いなくそれらを収穫し、時に「あ、これ毒だ」と言って避けていく。

「ねぇ、翔。どうしてわかるの?」
「え? だって、みんなが教えてくれるもん」
(みんなって誰!?)

ギンガは慌てて立ち上がり、最大級の警戒で持って当たりを探る。
しかし、これと言って怪しい気配など皆無。

当たり前だ。少なくとも、ここには翔とギンガと兼一以外には誰もいない。
だからこそ兼一はこの場所を選んだのだから。
だが、だとすればいったい誰が翔にこの事を教えたのだろう。
兼一が教えている筈もないし、ギンガなど以ての外。
では、「みんな」とはいったいどういう意味なのか。

(ここ、何かいちゃいけない物でもいるのかしら?)
「どうしたの、姉さま?」
「う、ううん、なんでもない」

とりあえず、ホントに大丈夫かどうか翔が食べる前に確認だけはしておこうと誓う。
だが、後ほど確認した上でギンガは思った…………「なんて便利な子」と。



その後、さしあたってしばらく住む為に必要な環境整備を終えた三人。
森の奥深くなのをいいことに……つまり、近所への迷惑を顧みる必要がない為に、基礎修業が行われた。
そして二人がへとへとになり、兼一的には「体が温まった」頃、いよいよ今回の山籠りの本題に入る。

「さてギンガ、ちょっと……無拍子をやって見せてくれないかな?」
「え? 無拍子を、ですか?」
「うん」

思えばこの技を習得して以降、特別『無拍子』に関する指導というのは受けて来なかった。
それもその筈。そもそも無拍子とは、武術家「白浜兼一」が操る四種の武術の要訣を集約した技。
難しい技なのは事実だが、分解した四種の要訣自体は複雑なものではない。
故にその威力、精度を決めるのは四種の要訣の練度と、それらをどれだけ自然に融合させられているか。
その為、無拍子の修業というのはすなわち四種の要訣の完成度を高める基礎修業に他ならない。
まぁ、単に完成度を見るだけと考えれば不思議なことではないのだろうが。

「では……」

手頃な太さの木を見繕い、腕を折り畳んだ独特の構えを取る。
そのまま、四種の要訣を意識し……放つ。

「破っ!」

重い打撃音と共に太い幹が揺れ、今にもへし折れそうなほどに軋みを上げる。
魔法による身体強化はしなかったが、それにしても凄まじい威力だ。
良く師の言う事を聞き、地道に基礎を練り上げてきた証左だろう。

(……よし!)

その確かな手応えに、ギンガは胸の内で拳を握る。
これまでにない…というほどではないが、会心の一打だったと彼女自身でも思う。
それだけの一撃であり、傍で見ていた翔も満面の笑顔で控えめに拍手している。
しかし、それを見た兼一の表情は明るいとは言い難いものだった。

「師匠?」
「うん、悪くない。大分形になってきた、だけど……」
「?」
「ギンガ、君の無拍子はまだ不完全だ」
「え……」

思ってもみなかったその一言に、ギンガの思考が真っ白になる。
確かに、師のそれに比べればまだまだ未熟だとは思う。
だがそれでも、一つの形にはなっていると自負していただけに、ショックは隠しきれない。

「あの、どこか良くない所があったんでしょうか! 仰っていただければ、必ず治して……!」
「いや、そう言う事じゃない。無拍子としての体裁は為している、今のままでも一つの技としてなら十分だと思う。ただ、それだけじゃまだ足りない物があるって言うだけの話だ」

師の言っていることの意味がわからず、ギンガは混乱する。
前半と後半で、言っている事が矛盾しているように思えて仕方がないのだ。

「ギンガ、無拍子の定義はなんだい?」
「えっと…空手・中国拳法・ムエタイの突きの要訣を混ぜ、柔術の体捌きで放つ技…です」
「うん。まぁ、早い話が『修得した武術の要訣を融合させた技』って事。
 そして、それはなにも順突きに限った話じゃない」

言って、今度は兼一が先ほどギンガが打った木の前に立つ。
ただし、ギンガとは逆向き…背中を向ける形で。

「その定義をよく理解し、修業を積めば……こういう事もできるようになる。
――――――――――――フンッ!」
「「あっ!!」」

基本は通常の無拍子と同じ。
違いがあるとすれば、体重移動の仕方。
本来は前に向かって平行四辺形を潰す様に体重を乗せるのだが、それを真逆の後ろへ。
同時に、空手における引き手を肘打ちに転用し、鋭い肘が木の幹を穿った。

ギンガの拳を受けても耐えきった幹だったが、その一撃で粉砕。
驚く二人を余所に、木は重々しい音を立てて倒れていく。

「とまぁ、こんな具合かな。無拍子はなにもただ真っ直ぐ打つだけの技じゃない。
 習熟してくれば、こうして発展・応用することもできる。
 さてギンガ、ここで君に一つ課題を出そう」
「はい!」
「これから二週間、今までの事と『無拍子の定義』を踏まえて、ギンガの無拍子に足りない物が何かを考え、それを補ってみなさい。もちろん通常の修業はするし、この件に関して僕からアドバイスすることもない、以上」
「え、ええ!? そんな……」

ギンガにとっては無茶ぶりにも等しいその指示に、さすがに心穏やかではいられない。
せめてもう少し何かないのかとヒントを求めるが、兼一は首を横に振るだけ。

「いいかいギンガ、武術には創意工夫が大切だ。何でも師に聞き、それを丸覚えするだけじゃ…技は発展しない。
だからここから先は、自分自身の技と拳に聞いてみなさい。
 一体何が足りないのか、どうすれば足りない物を補えるのか。答えは全部、君の中にある。
 なによりこの技は……ギンガ自身の手で完成させるしかないんだからね」
「……」

正直言ってしまえば、兼一には既にギンガが目指すべき完成形が見えている。
確かに、彼が教えてしまえば事はすぐに済むことだろう。
しかしそれでは意味がない。これは、ギンガ自身が自分の力で乗り越えなければならないのだから。

こうして二週間、ギンガは武術漬けの毎日の中、師より出された課題に苦悩するのだった。
もちろんその間、弟分の良く分からない能力のおかげでヒモジイ思いをせずに済んだ事を追記する。



  *  *  *  *  *



同じ頃、ミッドチルダ東部の森林地帯。
人里離れた場所にあるなんの変哲もない洞窟。
だがその奥に広がる異質な空間の最深部で、今まさに紫の髪の男女が険呑な話をしている。

「ナンバー7『セッテ』、ナンバー8『オットー』、ナンバー12『ディード』、三名とも基本ベースとIS動作はほぼ完成。ナンバー9『ノーヴェ』、ナンバー11『ウェンディ』の固有武装も同様です」
「ふむ、ドゥーエとチンクも既に任務中…と。順調だな」
「はい。アノニマートも、今頃はあの方の下で修業に励んでいる事でしょう」

ウーノからの報告に、スカリエッティはとりあえず満足そうにうなずいている。
とはいえ、所詮これは祭りの為の準備。
本命は『祭り』そのものなのだから、今の段階で喜んでいても仕方がないと言う事か。

「ああ、所で『あちら』の方はどうなっているかわかるかい?」
「今のところ音沙汰ありません。クアットロの仕込みですから、手落ちはないと思いますが……」
「あの子はまぁ、私のあまりよくない所が似過ぎてしまったからな」
「とはいえ、そう言う事ができる者も組織に必要なのは事実です」
「確かにね」

姉妹の大半は知らないようだが、あれでクアットロは中々に意地が悪い。
いや、意地が悪いと言うのとも違うのだろうが……ほとんどの姉妹が彼女の本質を理解していないのだろう。
実際クアットロ自身、自分の本質を明らかにしようとしていないのだから当然だろうが。
何しろ、彼女はチンクなどをどこか見下している風もあるわけで……まぁ、そんな彼女だからこそ任せられることもあるのだが。

「とりあえず……ドクター?」
「ああ、済まない。少しぼうっとしていたようだ」
「お疲れなのではありませんか。ここの所、あの子達に掛かりきりでしたから」
「なに、確かに健康体とは言えんが、心配する程でもないさ。
 ただ……うん。なぁ、ウーノ」
「はい」
「私を、愚かだと思うかい?」

唐突に語調を変えたスカリエッティに、ウーノの表情が固まる。

「生命操作技術の完成、その為の空間作り。確かにそれらは私の夢だ、例えそれが刷り込まれたものであったとしても、自分でかなえたい夢であることに代わりはない。
だが……同時に思うのだよ。それならなぜ、私はこんな博打を打つのかとね」

此度の作戦は、曲がりなりにも死者を最小限に抑えるように組んである。
しかし、単純に目的を達成するだけならもっと効率のいい手段があった筈だ。
その場合、多くの命が失われる可能性があるが…それこそ今更。

今まで、どれだけの命を犠牲にして来たことか。
無価値な命を有効に役立てただけ……なら、それこそ今回の作戦で出る犠牲もまた同じはずなのに。

「ドクター……」
「いや、すまない。おかしなことを言ったな、忘れてくれ」
「その様なお姿は、姉妹たちにはお見せにならないでください。あの子達が迷います」
「そうだな。選択の時は既に過ぎた、引き返すには私は既に手遅れだろう。こんな事は、今更だったな」

恐らくこの世界で唯一自分の本心を晒すことのできる相手に、スカリエッティは心から感謝する。
そして、もう一人。自身の身の回りにあって、ある意味別種の存在に託さねばならない物があった。

「ああ、それと」
「なにか?」
「アノニマートに一つ伝言を頼むよ。これは、恐らくあの子にしか頼めないだろうからね」
「承知いたしました」

ウーノが部屋から出ていき、残されたのはスカリエッティ唯一人。

「いよいよ祭りの時だ。勝つのは私か、それとも……ようやく答えが出る。これから打ち上げる大きな花火と共に、求め続けた答えが……ならばあとは、ただ終焉に向かって全力で走るだけか。
誰も彼も、私さえも…………その果てに出た答えだからこそ、意味があるのだから。
ああ、楽しみだなぁ。アハ…アハハハハハハハハハハハ! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

洞穴内に狂喜を孕んだ哄笑が木霊する。
祭りの開幕まで、あと少し……。






あとがき

さてさて、いよいよ次からはクライマックスまで一直線。もうほのぼのが入る余地は最後までないでしょうね。
とりあえず、Stsが完結した後の事は…いくつか案があるんですがまだ決め切れていません。
やっぱり、最近手を出していないRedsの続きが優先かなぁ?
一応、三部に当たる空白期(予言編)であちらは完結にして、Stsはやらないつもりですし。
できれば、こっちのVivid編と並行してやれたら良いとは思いますが……。

あとは、中々手を出せずにいるアイディアの数々もどうしたものやら……。
今の所、この作品を完結させた後の執筆優先順位としては以下の通りですね。

①Reds第三部(空白期予言編)
②ここの翔を主人公に据えてのVivid編
③折角原作も最終回を迎えた事ですし、チラシの裏に放置しっぱなしのネギま×Fateを色々手直しして再挑戦
④ISとARMS(皆川亮二先生作)のクロス物
⑤HF後のイリヤをZeroに放り込みエミヤを召喚
⑥アリサとすずかがヴァイオリンとかやってるので、ポリフォニカとのクロス
⑦志貴を主人公に風の聖痕か禁書とクロス

こんなところかな? とはいえ、同時にやるとしても精々二つが私には限度でしょうし、①を完結させられれば③にも手が出せるのでしょうが……そうなると当然④以下には手が出せないわけで……。
ほんと、ネタを全部やり切るのはいつになる事やら。
どなたか、ネタは提供しますからどれかやってくれないかなぁ……いや、結構真面目に。

P.S 何故か上記の7つが「アンケート」と思われている様ですが、はっきりと申し上げると違います。アンケートではなく、これは「お願い」が正しいでしょう。「こういうアイディアがあるんだけど今の自分には①と②だけで精一杯。なのでいつになったら手がつけられるかわからない訳ですが、③はともかく④以下はこのまま消失させるのも惜しい。必要ならお手伝いしますし、アイディアの概要くらいなら差し上げますから、どなたか書いていただけませんか?」という感じです。誤解を招くような内容になってしまい、申し訳ございませんでした。改めて、もし少しでも「やってみようかな」と思ってくださる方がおられましたら、是非お願いします。

でもこれって、やっぱりマナー違反なのかな? ダメもとのお願いなので、ダメならダメで諦めも付くんですがそれだけが心配……。なので、もしあまりに不適切なようでしたら削除しようと思います。


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