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No.25730の一覧
[0] 【完結・改訂完了】リリカルなのはSts異伝~子連れ武人活人劇~(×史上最強の弟子ケンイチ)[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[1] BATTLE 0「翼は散りて」[やみなべ](2013/07/16 00:16)
[2] BATTLE 1「陸士108部隊」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[3] BATTLE 2「新たな家族」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[4] BATTLE 3「昼の顔、夜の顔」[やみなべ](2013/07/16 00:18)
[5] BATTLE 4「星を継ぐ者達」 [やみなべ](2013/07/16 00:18)
[6] BATTLE 5「不協和音」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[7] BATTLE 6「雛鳥の想い」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[8] BATTLE 7「一人多国籍軍、起つ」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[9] BATTLE 8「断崖への一歩」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[10] BATTLE 9「地獄巡り 入門編」[やみなべ](2013/07/16 00:21)
[11] BATTLE 10「古巣への帰還」 [やみなべ](2013/07/16 00:21)
[12] BATTLE 11「旅立ち」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[13] BATTLE 12「地獄巡り 内弟子編」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[14] BATTLE 13「誕生 史上最強の○○」[やみなべ](2013/07/16 00:24)
[15] BATTLE 14「機動六課」[やみなべ](2013/07/16 00:25)
[16] BATTLE 15「エースの疑念」[やみなべ](2013/07/16 00:26)
[17] BATTLE 16「5年越しの再会」[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[18] BATTLE 17「それぞれの事情」[やみなべ](2013/07/16 00:27)
[19] BATTLE 18「勢揃い」[やみなべ](2013/07/16 20:54)
[20] BATTLE 19「守護の拳」[やみなべ](2013/07/16 00:28)
[21] BATTLE 20「機動六課の穏やかな一日」[やみなべ](2013/07/16 00:29)
[22] BATTLE 21「初陣」[やみなべ](2013/07/16 20:53)
[23] BATTLE 22「エンブレム」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[24] BATTLE 23「武の世界」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[25] BATTLE 24「帰郷」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[26] BATTLE 25「前夜」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[27] BATTLE 26「天賦と凡庸」[やみなべ](2013/07/16 20:51)
[28] BATTLE 27「友」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[29] BATTLE 28「無拍子」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[30] BATTLE 29「悪魔、降臨す」[やみなべ](2013/07/17 21:15)
[31] BATTLE 30「羽化の時」[やみなべ](2013/07/16 00:39)
[32] BATTLE 31「嵐の後で」[やみなべ](2013/07/16 00:40)
[33] BATTLE 32「地獄巡り~道連れ編~」[やみなべ](2013/07/16 00:41)
[34] BATTLE 33「迷い子」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[35] BATTLE 34「I・S」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[36] リクエスト企画パート1「vivid編 第一話(予定)」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[37] BATTLE 35「ファースト・コンタクト」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[38] BATTLE 36「お子様散策記」[やみなべ](2013/07/16 00:44)
[39] BATTLE 37「強い奴らに会いに行け!」[やみなべ](2013/08/01 03:45)
[40] BATTLE 38「祭囃子」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[41] BATTLE 39「機動六課防衛戦」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[42] BATTLE 40「羽撃く翼」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[43] BATTLE 41「地獄巡り~組手編~」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[44] BATTLE 42「闘いの流儀」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[45] BATTLE 43「無限の欲望」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[46] BATTLE 44「奥の手」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[47] BATTLE 45「絆」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[48] BATTLE 46「受け継がれた拳」[やみなべ](2013/07/16 00:49)
[49] BATTLE 47「武人」[やみなべ](2013/07/16 20:49)
[50] BATTLE FINAL「それぞれの道へ」[やみなべ](2013/07/16 00:50)
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[25730] BATTLE 25「前夜」
Name: やみなべ◆33f06a11 ID:1963cf14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/16 00:34

森林地帯へと設定された機動六課訓練場。
緑に溢れた視覚に優しいその場所で、今日も今日とて一人の少女の絶叫がこだまする。

「あああああああ! 滑るぅ~~~!!!」

ギンガが握っているのは投げられ地蔵の脚。
両手に一体ずつ地蔵を掴み、それを大きく旋回させる。
物が物なので尋常ではない風切り音がするのだが、妙に光沢があるのは気のせいか。
しかし、そんな事を気にする余裕など与えられる筈もなく、ギンガに向けて叱責が飛ぶ。

「ほら、握りが甘くなってる! ちゃんと掴んでないと……」
「あぁっ!? すっぽ抜けた!?」

ギンガの右手から離れ、水平に飛ぶ投げられ地蔵。
重量にして数十キロを超えるそれだ、もし人に当たれば大惨事。
そして、その飛ぶ先には先ほどギンガを叱責した師の姿。

「ほら、こういう事になる」

目前まで迫った投げられ地蔵の頭を鷲掴みにし、ゆっくりと地面に下ろす兼一。
それを見て、ほっと一息つくギンガ。心配するまでもない相手とわかっていても、感情は別だ。

「………はぁ。あの、ごめんなさい」
「うん、一応みんなと離れたところでやってるけど、少し危ないからね」
(少し、じゃないよね、どう考えても)
「しっかり掴んで、絶対に離さない事。当然、僕がいない時もこれは無し。いいね?」
「……はい」

師からの厳しい言葉に、若干うなだれるギンガ。
兼一がいればすっぽ抜けてもリカバリーが効くが、いない者には何もできない。
効果的な修業ではあるのだが、危ない物は危ないので、ちゃんと師の監視下でやるのが望ましいのだ。

「じゃ、続きだ。ほら」
「っと!」

兼一は一端地面に下ろした投げられ地蔵を弟子へと投げ、ギンガはその足を掴んで再度旋回を開始する。
ギンガの額には弾の汗が浮かび、両腕はその負荷からプルプルと震えていた。
そろそろ限界が近いのだろうが、常に限界を越えてこその梁山泊式。

ギンガの格闘スタイルは、足技より手技を主体とする。
特に、突きにおいて重要となるのは腕もそうだが背中の筋肉。
これはその両方を鍛える為の修業。

とはいえ、下半身は武術家の基礎中の基礎なのでもちろん徹底的に鍛えている。
が、弟子の長所を伸ばすのも当然。

「それにしても師匠!」
「ん? どうかした?」
「なんで油なんて塗ってるんですか!!」
「だって、その方が修業になるし」
「た、確かにきついんですけど……」
「ほら、無駄口叩かない!」
「は、はい!」

そう、投げられ地蔵に妙な光沢がある理由、それは油が塗られているから。
先日、はやてより「ヤーレギュレシ」というトルコのオイルレスリングの話題が出た。
その際思い出した事なのだが、アレは全身に油を塗りたくるその性質上、非常に摩擦係数が小さい。
レスリングと言うだけあり投げ技も多いのだが、摩擦が小さい状態での投げ技には尋常ではない力がいる。
なら、普段の修業でもその点を利用すればいい修業になると考えた結果がこれだった。
ギンガの様子を見るに、とりあえず今のところは功を奏しているらしい。

(さて、これが終わったら地蔵を担いで坂上り。それから……ああ、サンポススンデサガレバジゴクもいいな。
 折角、岬越寺師匠に送ってもらったのを組んでくれたんだし)

ギンガの修業を見守りつつ、この後の修業メニューを思い返す。
らしいと言えばらしい話だが、その八割は基礎。
もちろん、坂上りとサンポススンデサガレバジゴクの際には脚にたっぷりと油を塗るつもりでいる。
そうなると、滑る足元を掴む為に足の指が鍛えられるし、踏ん張る為に足全体に負荷がかかると言う次第だ。
どうも味をしめたらしく、最近の兼一のマイブームは油らしい。
ちなみに、嬉々として組んだのはシャーリーの仕業である。

(それにしても、中々上手くいかないなぁ……)

最近、ある技に関する上達が見られない弟子の現状に悩む。
人に何かを教えると言うのは、存外難しい物。
人一倍苦労して技を覚えてきた分、基本的に兼一はどこかで躓いても適切なアドバイスができる方だ。
しかし、それでも兼一の指導歴の浅さは埋めきれない。
元々要領も悪く、あまり器用ではないのだ。

その上、その技と言うのが『流水制空圏』なのだから無理もないだろう。
無敵超人が誇る百八つの超技の一つ、修得が困難なのは必然。
とりわけ、兼一もあの技を習得したのは死闘の中での事。
原理も極意も理解し、言葉で説明できるとしても叩きこむのは難しい。

制空圏を薄皮一枚まで絞り、相手の動きを流れで読む、それが流水制空圏。
だが、それではまだ不完全。
流水制空圏の完成形は、目の光から相手の心を読み、相手を自分の流れに乗せてしまう事にある。
今のギンガは第2段階「相手の動きと一つになる」まではできるのだが、中々その神髄たる第3段階へと至れない。それが、目下のところ兼一の最大の悩みである。
とそこで、少々離れたところから火柱が上がった。

「ああ、シグナムさんもやってるなぁ……」
「みんな、死んでませんかね?」
「まぁ、その辺は大丈夫でしょ。仮にシグナムさんが手加減があんまり得意じゃなかったとしても、非殺傷設定があるわけだしね」

新人達が個別スキルに入ったのと時を同じくして、並行して実戦に近い訓練も積むことが決定。
最近では、六課上層部との模擬戦の機会が増えている。もちろん、ギンガとて例外ではない。
で、今日の担当はシグナムだったと言う事。
普段あまり訓練に参加できない事を少々気にしていたのか、最近のシグナムは生き生きしてきた。
なので、ギンガとしてはむしろやり過ぎないかどうかが心配になってくる今日この頃である。

「大丈夫だよ。ギンガもまたやってもらうから」
「あ、あははは……師匠との修業だけで精一杯なんですけど……」
(ま、あの技の修業の時は、より一層追い詰めてもらうつもりだけど)
「何か、言いました?」
「いや、何でもないよ」

別に兼一一人でも教えられるのだが、その技を教えるにはシグナムなどの協力があった方が良い。
実際、兼一自身も技を教わったのとは別の師にその稽古をつけてもらっていた。

「そう言えば、突然みんなとの組手が増えましたけど、アレってなんなんですか?」
「まぁ、みんな投げ技とか関節技の経験がないからね。ちょっと経験を積ませようって話になってさ」
「はぁ……」

恐らく、ギンガも薄々その意図には気付いている筈だ。
以前戦った、中国拳法やムエタイを使う自律行動する人型機械兵器。
皆との組手が、その対策の一環である事に。

ギンガは兼一より空手と柔術、中国拳法にムエタイを習っている。
一人でYOMI四人分の武術をカバーできるので、対策訓練の相手にはもってこい。
兼一だと力の差があり過ぎるので、実力が近い者とやる方が訓練になると言う考えもある。
ギンガ自身、いつも兼一ばかりではなく、別の誰かを相手に技を試すのは良い練習になるのだ。
もちろん他の武術に関しても対策は練っているが、不慣れな投げや関節、締めへの対策が急務。
そう考えてのギンガとの組手である。
ちなみに兼一も参加しているのだが、みんなからはちょっと恐れられていたりするとかしないとか。

「さて、そろそろ次の修業に移ろうか」
「はい!」
「うん。じゃ、まずは……」



BATTLE 25「前夜」



時刻は昼過ぎ。
昼食を終え、書類仕事にも一段落ついたギンガは師を探して寮を彷徨っていた。

目的はもちろん、修業を付けてもらう為。
ギンガ自身、流水制空圏を完全な物にしたいという焦りがないわけではないのだ。
思うようにいかない事へ、師の期待に応えられない不甲斐なさへの、そう言った様々な物がないまぜになった焦りが。

「おっかしいなぁ……師匠、どこにいるんだろう?」

いくら探せど姿は見えず。
兼一がいそうな所はだいたい見当がついているのだが、全てを見て回っても見つからない。
同様に、大抵は兼一と一緒にいる翔の姿もだ。

「もしかして……どこかに出かけてる?」

外出の場合には連絡が入る筈だが、急ぎの用の場合はそれが行き届かない事もある。
いくら探しても見つからないのなら、その可能性が高いだろう。
とはいえ、いくら急ぎでも上司への報告くらいはしている筈。
そんなわけで、寮を出て部隊の総元締めに直接聴きに行こうとする。
が、丁度寮を出たギンガの前に現れる思わぬ障害。

「あら、ギンガ、いい所に!」
「え? アイナさん?」

そこにいたのは、両手に大荷物を抱えた寮長のアイナ・トライン。
あまり普段一緒にいる事がないので忘れがちだが、そう言えば彼女も兼一の上司の筈。
それを思い出したギンガだが、それを聞く前にその荷物を押し付けられた。

「丁度よかったわ。これ、お願いね」
「へ? なにを…って、洗濯物…ですか?」
「ええ。今日は天気が良いからよく渇いたわ」

額に浮かんだ爽やかな汗をぬぐう。
六課は前線に出る者こそあまり多くないが、それでも一部隊。人数はそれなりの物。
そのほとんどが寮住まいなので、必然的に洗濯物の量も相当な物になる。

で、それを洗って干すのはバックヤード陣の仕事だ。
何しろ、個別にやるより纏めてやってしまった方が水道代、洗剤代、時間、全てにおいて効率的。
というわけで、別にアイナが洗濯物を手渡ししてくる事自体は不思議でもなんでもない。
時間がある時、今回の様にたまたまた洗濯物を取り込んだ所へ通りがかった時にはよくある事だ。
なので、それは良いのだが……

「あのこれ、私のじゃないですよね?」

そう。今ギンガの手元にあるのは、どう見てもギンガの物ではない。
というか、間違いなく男物。つまり、スバルやティアナ、キャロの分ですらない。
同じ女子寮の分を渡されるのならわかるのだが、何故男子寮の分を……

「ええ。それ、兼一さんと翔、それにエリオ君の分よ」
「ああ、そうでしたか。道理で小さいのも混ざってると思ったら……って師匠のですか!?」

さらっと渡された情報に、一瞬普通に頷くが、ギンガの表情は訳を理解した途端に驚きに染まる。
別に兼一の洗濯物が珍しいわけではない。が、大なり小なり気になる男の物となれば話が別。
108にいる間は、ギンガが年頃と言う事もあり別々に洗濯していたので触れる危機はなかったのだが、まさかこんな所でいきなりそれを受け取ることになろうとは……。

「で、でもそんな! いきなり渡されても…その、困ります!」
「ごめんなさいね。でも、今ちょっとたてこんでて……お願い!
 部屋の前にカゴごと置いててくれれば良いから!」
「あ、ちょっと……」

引きとめる間もなく、そそくさとその場を後にするアイナ。
確かに、男が女子寮に入るのには山ほど制限が掛かっているが、その逆は特にない。
なので、別にギンガが男子寮に入って兼一達の部屋の前にこれを置いてくる事は簡単だ。

そう、簡単な筈。なのに、ギンガはカゴに入った洗濯物に目を落とし途方に暮れる。
やる事はわかっている、その為の手順など考えるまでもない。
にもかかわらず、頭が働いてくれずに呆然と立ち尽くす。

とはいえ、いつまでもそうしてはいられない。
何より、ギンガの僅かに残った冷静な部分が彼女を動かす。

「と、とりあえず、部屋の前においてくればいいのよね。そう、それだけ。それだけ……」

誰に言い聞かせるでもなく、そんな事をぶつぶつと呟くギンガ。
彼女はどこか頼りない足取りで男子寮へと入り、目的の部屋を目指す。
日中と言う事もあり、当然ながら寮内に人影はない。

よく手入れのされた白い壁が陽光を照り返し、床を踏む靴音が朗々と響いていた。
どこか現実感のないその状況に、ぼんやりと思考力がマヒしていく。

気付けば兼一達の部屋の前。
ギンガは軽くその扉に手をかけ、特に意味もなくドアノブを回してみる。

「……やっぱり、開かない…か」

何故そんな事をしたのか、それはギンガ自身にもわからない。
開かないと言う事実を残念に思ったのか、それとも安堵したのかすら。
ギンガはその場で小さくため息をつく。

「まったく、何やってるのかな、私」

呆れたように天井を仰ぎ、肩の力を抜く。
自分で自分の事がよく分からないが、どうも調子がおかしい事はわかった。
今思い返せば、ここに来るまでやけに心臓が早く脈打っていた気がする。
何に緊張していたのか、何を期待していたのか。本当にわからないことだらけだった。

ギンガはなんとはなしに廊下に人がいない事を確認。
続いて視線を落とし、抱えたカゴを見る。
どうやら、一番上にあるのが兼一の分らしい。

「少しくらい……いいよね?」

何が少しなのか、何が良いのか。それを考える能力は今のギンガにはない。
ただ、吸い込まれるように顔を近づけ……軽く埋めた。
そのままゆっくりと息を吸い……

「あれ? ギンガ、こんな所でなにしているの?」
「ひゃい!?」

込もうとしたところで、誰もいない筈の真横から声が掛かった。
ギンガは反射的に顔を話し、カゴを廊下に叩きつけるようにして下ろす。
僅かに惜しむ気持ちが胸の奥に芽生えるが、無意識のうちに押し殺すことで忘れ去る。
これは、まだ自覚してはいけない感情だから。

とはいえ、その顔は真っ赤に染まり、肩は小刻みに震え動揺を露わにしている。
声がした方へ顔を向ければ、そこにいたのは本来あり得ない筈の人物。

「な、なのはさん?」
「うん」
「こ、ここここここれは、そそそその…ぁ、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁなんと言いますか……」
「もしかして、ギンガもアイナさんに何か頼まれた?」
「そ、そうです! そうなんです!! せ、洗濯物を頼まれまして!!」
「そ、そう?」
「そうなんです!!!」

その問いに、これぞ天の救いとばかりに食いつき必死に主張するギンガ。
なのははそんならしくないギンガに呆然とし、ポカーンと間抜け面を晒している。

「私もね、みんなへの手紙を頼まれちゃって……」

基本的に、六課職員への手紙は隊舎にまとめて送られてくる。
まぁ手紙と言っても、このご時世なので知人からと言うものはほぼ皆無。
大半がダイレクトメールだったり、保険会社やカード会社からの明細の類だ。

(何ていうかアイナさん、肝が据わってるなぁ……)

正直、あの『高町なのは』に雑用を押し付けられるその図太さは凄まじい。
大抵の者は尻込みしてしまうだろうに、アイナにそんな様子はない。
暇そうにしていれば部隊長だろうが神だろうが使う、彼女はそんな女性らしい。

「でもここにいるって事は、それ兼一さんの洗濯物?」
(ここはスルーしてくださいよ! いつもは師匠並みかそれ以上に鈍いのに!?)

テンパっているからか、割と失礼な事を考えてしまう。もちろん自覚はない。
しかし、色恋沙汰にはとんと疎いなのはだが、どういうわけか今日に限って妙な所で目ざといのはどういう事なのだろう。

「そういえばさっきのギンガ、やけに洗濯物に顔が近かったような……」
「っ!?」
「ううん、むしろ……」
(ああ~、詮索しないで! 思いだそうとしないでください~!!)

というか、そもそも綺麗さっぱり忘れて以降一切気にしないでほしい。
そんな切実なギンガの願いだが、どうやらそれは聞き入れてもらえなかったようだ。
なのはは詳細を思い返し、そこでようやくその意味を理解した。実に鈍い。

「ぁ、もしかして………そう言う事?」
「ど…どういう事でしょう? 私にはさっぱりなんのことやら……」
(眼がものすごい泳いで汗びっしょりなのに、それで誤魔化してるつもりなのかな?)

挙句にチワワの如く、あるいは油の切れたロボットの様に震えているのだから。絶対に何かあるのは間違いない。
それこそ、“あの”なのはですら勘づくほどに今のギンガは挙動不審なのだ。

そして、幾ら鈍くてもなのはとて年頃の乙女。
正直、色恋沙汰には疎くとも人並みに興味はある。

「へぇ~、ギンガが兼一さんをねぇ~」
「で、ですから何の事ですか!? わ、私は別に師匠の事なんて……」
「何とも思ってない?」
「も、もちろん武術家として、弟子として尊敬してます!」
「それだけ?」
「………………」

なのはには珍しい、ニヤニヤとした笑み。
その眼は好奇心に満ち溢れ、ただで返してくれるとは思えない。
だが、ギンガとて手札はある。直接の面識はないが、なのはにもそういう相手がいる事は知っているのだ。

「と、所でなのはさん。スクライア司書長とは最近どうなんですか?」
「え? そうだねぇ、様子を身に行けないからちょっと心配かな?
 アルフが時々見てくれてるけど、ちゃんとした物食べてるかとか、部屋の掃除はしてるかなとか。
 でも、ギンガってユーノ君と知り合いだったっけ?」
「あ、いえ。ちょっと小耳に挟んだ事がありまして。やっぱり、会えないとさびしいですか?」
「まぁね。だって十年来の友達だもん」

ギンガが言葉の裏に隠した意図を軽く笑ってスルーするなのは。
起死回生の一手の筈が、完全に空振りに終わって肩を落とすギンガ。
今ならわかる。なぜフェイト達が頭を抱えているのか、その心境が。
まったく、幾ら大切な友達でもそんな甲斐甲斐しく心配する等普通ではない。
それは間違いなく、友情ではなく愛情レベルな事はギンガでもわかる。
自分の事には気付かないのに、人の事には気付く。全く以って迷惑千万である。

「でも、相手が兼一さんとなると……………………大変だよ?」
「え?」
「知ってる? 最近、シャマル先生と一緒によくお茶会してるんだよ」
「そ、それは…一応」
「それに、少し前から夜中フェイトちゃんに勉強見てもらってるみたいだし」
「そうなんですか!?」
「二人とも満更じゃないかも…っていうのは、はやてちゃん情報だけどね」

思ってもみない情報に、狼狽を露わに顔を青ざめる。
シャマルの事は知っていたが、まさかフェイトまでとは……。
それも、はやての言う事が正しければ……それを思うと心中穏やかではいられない。

二人ともとても魅力的な女性だ。
はっきり言って、特技が「殴り合い」という自分とは比べ物にならない、と本人は思っている。
正直、兼一と並んだところを想像すると「釣り合いが取れない」と失礼な事を思う自分もいるが、人の趣味など千差万別。同性愛やデブ専等の事を考えれば、遥かに万人に理解されやすいだろう。
なにしろ、「釣り合いが取れない」と言うのであれば、翔の母である美羽からしてそうなのだから。
なら、充分にあり得るであろう可能性である。少なくとも、ギンガにはそう思えた。

(わぁ……結構あてずっぽうだったんだけど、もしかして当たり?
 だとしたら……みんな私の事をみくびり過ぎなの! 鈍い鈍いって、私そんなに鈍くないもん!)

コロコロと顔色を変えるギンガを興味深そうに見つめながら、友人たちへの不満を漏らす。
とはいえ、「あてずっぽう」な時点で充分過ぎるほど鈍い事に、本人は気付いていない。

「シグナムさんも兼一さんの前だとちょっと様子がおかしい時があるし……大変だね」
「うぅ、べ、別にそういうわけじゃ……」
(まぁ、あんまりイジメちゃかわいそうか。
 人の恋路にちょっかいかけるのも気が引けるし、ちゃんと見守ってあげないとね)

つまりそれは、野次馬根性丸出しで観察を続けると言うのと同義である。
もちろん、当の本人は善意の行為と疑ってはいない。
まぁ、基本的に他人の色恋など楽しみの種でしかないので、仕方がないと言えば仕方がないが。

「だけど、それでなくても前途多難だからねぇ」
「はい?」
「こっちにはね『結婚は人生の墓場』なんて言葉があるんだ。
 それで言うと、兼一さんはもうお墓の中。そこから引っ張り出すのは大変だよ」

亡き妻への想いを大事にするのは尊い。
美羽を知るなのはとしても、そのままでいてほしいと言う思いがないわけではなかった。

だが客観的に見て、それが正しいのかどうか、それはわからない。
新たな伴侶を得るのも一つの未来だろうし、たった一人を想い続けるのも正しい筈だ。
若いなのはにはわからない、あるいは幾ら年を取ってもわからないかもしれない。
これは、そういう命題なのだから。

「まぁ、私からは『がんばれ』としか言えないよ。もし、フェイトちゃんやシャマル先生、シグナムさんもそうだったとしても、言える事はそれだけ。どっちが良いかわからない私には、手も口も出せないから」
「…………」

なのはの言葉に、ギンガは沈黙をもって答えるしかない。
なにしろ、何が正しいかなどギンガにもわからないのだから。



  *  *  *  *  *



で、本人のあずかり知らぬ所で話題の人となった兼一は、どこで何をしているのか。
それは、先日出張任務があって行けなかった街への買い出し。
あのドタバタで忘れかけていたのだが、ふと思い出したので急遽行動に移した次第。

そんなわけで、以前の約束を守る意味で翔も一緒。
なのだが、今日はそこにさらに一名追加されている。

「へぇ、部隊長の誕生日ってもうすぐなんですか?」
「はい。なので、そろそろ見繕っておこうかなと」
「そうでしたか。じゃあ、僕も何か用意した方が良いですかね」
「あ、きっとはやてちゃんも喜んでくれますよ」
「でも、どうにも昔からそういうセンスがなくて……手伝ってもらえませんか?」
「そうですねぇ………まぁ、アドバイスくらいでしたら」
「お願いします、シャマル先生」

元々おっとりとした気性の持ち主同士、和やかな雰囲気で歩く三人。
翔は兼一に手を引かれ、ご機嫌な様子で満面の笑みを浮かべている。

「でも、ごめんなさい」
「え?」
「ほら、あのお茶会……」
「ああ……」

シャマルの言葉に、少々困った様子の兼一。
本来はシャマルに軽く茶道の手解きをしていただけのそれが、いつの間にか話が広まり、気付けばかなりの大所帯になりつつある。
どうも良い気分転換になると言う事で、男女を問わずに人気が出てきてしまったのだ。

今回の買い出しも、その材料をそろえる意味合いがある。
本来管理外世界の物品などあまりない筈だが、ミッドには多種多様な人種が入り乱れる関係から、様々な世界の品も揃う。場所さえ把握していれば、およそここで揃えられないものはない。
少なくとも、「管理」と言う単語がつく世界の物なら。
何しろ、ミッドには和風の居酒屋まであるのだ。

「まぁ、ああいう文化が浸透してくれるのは良い事だと思いますよ」
「それはそうなんでしょうけど……」
「それに、やっぱり大勢いた方が楽しいですしね」
(私としては、静かに二人でって言うのもよかったんだけど……)

そんなシャマルの呟きに、兼一が気付く様子はない。
ちょっとした思い付きから始まったお茶会だったのだが、茶を点てる兼一の姿と空気はどこか静謐な印象を見る者に与え、シャマルはそんな時間が気に入っていた。
兼一の言う通り、大勢の方が楽しいと言うのは基本的に賛成だ。
だが、人が多くなるとあの空気が維持されない。
シャマルとしては、それはそれで惜しむ気持ちがある。

「シャマル先生、どうしたの?」
「え? ぁ、何でもないのよ。心配してくれてありがとう」

そんなシャマルの様子に気付いたのか、翔が心配そうに見上げて来ていた。
シャマルはそんな彼の頭を撫でながら、優しく笑いかけてやる。
すると、翔は父の手を離し、その小さな両手でシャマルの手を優しく包む。

特に、何か意味があっての行為ではないだろう。
単に、シャマルが少しでも元気になるならと思っただけ。
人の温もりは、ただそれだけで人の心を穏やかにする作用がある。

「ありがとう、もう大丈夫よ」
「ホントに?」
「ええ、本当。翔のおかげで、とっても元気になっちゃった♪」
「うん♪」

だが、それでも翔がシャマルの手を離す事はない。
彼は片手でシャマルと手をつないだまま、改めて空いた手で父と手を繋ぎ歩き始める。
丁度、翔を間に二人が並んで歩く形で。
シャマルはその状態に若干顔を赤くしながら、少しだけ嬉しそうにほほ笑む。
すると、それを見ていた翔もつられて笑い、二人は顔を見合わせて笑顔を向け合う。

そして、二人のやり取りを微笑ましそうに見守る兼一。
はじめは自分の我儘、弟子の為に異世界へと渡る事に躊躇いがあった。
しかし、今はそれでよかったと思える。
確かに、それまであった人間関係をほぼ白紙にする事になり、翔にはさびしい思いをさせたかもしれない。
だが、新しい人間関係を築き、その人達が翔の心を満たしてくれている。
その事に安堵し、感謝し、同時に嬉しく思う。

とそこで、シャマルの肩がすぐ傍をすれ違う女性と僅かに触れる。
見れば、それは実に仲睦まじい様子の老夫婦。シャマルと老女は軽く会釈をしてそのまま離れていく。
しかし、この喧騒の中では決して聞こえない筈のやり取りを、なぜかシャマルの耳は拾っていた。

「仲のよさそうなご家族でしたね、お爺さん」
「ああ、若い頃を思い出すな」
(え? 家族って、家族って……そう言う事!?)

空いた片手で緩みそうになる頬を必死に抑える。
つまり、あの二人はシャマルを翔の親と勘違いしたのだ。
設定年齢的には21歳のシャマルなので、それには少々言いたい事がある。
が、別の視点でものを見ると、彼らはシャマルと兼一を夫婦と思ったと言う事だ。

(わー♪ わー♪ 私と兼一さんが、その……夫婦?
 周りから見ると、そういう風に見えるのかしら?)

思い返して見ると、今日は一向に誰からも声を掛けられない。
大抵、繁華街などを歩いていると言い寄ってくる男の一人や二人はいる筈なのだが……。
偶然かも知れないが、もしかすると他の者達もそう勘違いしたからちょっかいをかけないのかもしれない。
それは、なんと言うか……………………悪い気はしなかった。

「どうしたのかな? シャマル先生」
「さあ?」

ちなみに、白浜親子がシャマルの緩みまくった顔を不思議そうに見ていた事に、彼女は最後まで気付かなかった。
それが幸運なのか、それとも不運なのか。それはきっと、誰にもわからない。



やがて、三人はミッドでも話題の大型デパートへと入る。
もちろん、地球などと言う辺境独特の品物がこんな所にある筈がない。
故に、ここは兼一目当てのものではなく、シャマルのお目当てを求めて。
とはいえ、それも微妙に違うと言うか……

「ドレスですか?」
「はい。次の任務が、とあるホテルで行われるオークションの人員警護と会場警備で。
 ああいうところは中に入るとなるとドレスコードが厳しいですから、そのために」

まぁ、確かにオークション会場内で制服やバリアジャケット姿なら浮く。
警備や警護をするのなら、そこに溶け込める服装が望ましいだろう。
兼一自身、そういう仕事の経験もあるだけにその辺りは理解できる。
実際、彼もその際にはタキシードや燕尾服等の礼服に身を包んだ。もちろん貸衣装だったが。

さらに言うと、結局ボロボロにしてお店の人に大層怒られ、ケチってはいけないと学習した。
なので、今は一応ちゃんと仕事用に持っている。

「でも、みんなエリートなんですし、そう言うの位持っていそうですけど?」
「まぁ、持ってはいますよ。でも……」
「でも?」
「折角ですし、新しいのでビシッと決めたいじゃないですか!!」
「はぁ……」

それでなくとも、三人とも身長はともかく他の部分は未だ成長中。
いや、はやては割と微妙なのだが、折角誕生日が近いのだ。
プレゼントも兼ねて、ちょっと奮発してやりたいとかそういう事なのだろう。

「それで、どんな配置なんですか?」
「新人達とギンガが会場周辺で、隊長さん達が会場内の警備ですね。
 で、私が管制を、副隊長とリインにザフィーラがさらに外を担当します。
 兼一さんには……」
「あの子たちですね」
「はい」

兼一は会場に残り、不測の事態に備えて新人達やギンガのサポート。
まぁ、これまでとそう変わらない布陣と言ったところか。
ただ、仮にも兼一はちゃんとした警備の仕事の経験がある。
その立場から言わせてもらうと……

「でも、なのはちゃん達に警備ですか?」
「ああ……」

そこを突っ込むと、あからさまにシャマルが顔を逸らせる。
どうやら、その辺りの事は彼女もわかっていたらしい。

「はっきり言って、不向きにも程がありません?」
「そ、それは……」
「いえ、部隊長は良いですよ。総責任者が安々と出張るのも問題ですし。
 だけど、なのはちゃんやフェイト隊長が会場内の警備なんてしたら……」

警備なのだから、基本的に受け身。攻められない限りは自分からは何もできないだろう。
一応外を守る面々もいるし、まず内部に入られる事はない。
が、万が一の事があるかもしれないからこその会場内警備。
その万が一が起きた時どうなるか。

「あの二人だと、会場ふっ飛ばしちゃいません?」

そう。あの二人に会場の警備をさせると言うのは、戦車か戦闘機を配備するのと同義。
一発でも砲撃を放とうものなら、確実に全て台無しになってしまう。
誘導弾と言う手もあるが、人でごった返す会場内ではやり辛いことこの上ない。
なにより、限定された空間ではなのはとフェイトの能力が活かせない。
あの二人は、広々とした空間で火力、あるいは機動力を存分に奮えてこそ活きるのだ。
その程度の事は、兼一でもわかる。

「そ、そうなんですけど……」
「どうせなら外は二人に任せて、副隊長達を中にした方がよくありません?」
「うぅ~」

シグナムやヴィータの場合、使う武器が武器なのでまだ向いている。
接近戦では、基本的に銃よりナイフが優れているのと同じだ。
大砲を部屋の中で使う等愚の骨頂、小回りの効く剣やハンマーの方が良いに決まっている。

シャマルとしては、これを口実に隊長達におめかしさせてやりたかったのだろう。
どうせ、もし防衛ラインが突破されそうになったら、その時は隊長達も外に出て来る。
元より、彼女とて二人が会場警備に向いていない事は承知の上だ。
とはいえ、正論で来られては強く出られない。

その上、改めて兼一が上に具申してはどうにもならなかった。
こうしてシャマルの思惑も虚しく、当日の配置場所の変更は決定される事となる。



  *  *  *  *  *



場面は戻って機動六課。
兼一は早速先ほどのやり取りを通信ではやてに報告。
配置の変更を具申すると、はやてもそれを了承した。

で、もう少ししたら戻る事を伝えた後。
今部隊長室には、はやての他に大小二つの影。

「ちゅうわけで、今度の任務ではシグナムとヴィータに会場警備を任せることになったから、二人ともそのつもりでな」
「はい」
「おう」
「それでなんやけど、二人って確かああいう所に入れる衣装とかもっとらんかったやんか。
 その辺、どうするつもりなん?」

なにしろ、守護騎士たちには少々込み入った過去がある。
そのおかげか、まずそう言った場に招かれる事はなかった。
なので、二人には格式ばった場に来て行く礼服の類…この場合はドレスなどは持っていない。
まぁ、二人ともそう言った物にあまり興味がないのもあるかもしれないが。

「そうだなぁ…そう言う事ならシャマルにでも見繕ってもらって、早いとこ揃えなきゃいけねぇかな?」
「別に貸衣装でかまわんだろう。いざとなれば結局騎士甲冑になるのだ、わざわざ余計な出費をするまでもない」
「ああ、それもそうか。あってもどうせ着やしねぇし」

予想通りと言うべきか、案の定手軽に済ませようとする二人。
確かに、絶対になくてはならないと言うわけでもないし、貸衣装でも特に問題はない。
だが、それでは満足できない人物がここに一人。

「はぁ…まぁ、そうなるとは思うとったけどな……」
「いかがなさいました、主?」
「どうしたんだよ、はやて」
「全く、二人とも素材はええんやからちゃんとおめかしせなあかんで、勿体無い」
「ですが、オークションまであまり日もありません」
「そうだぜ。今から買いに行けるほど暇もねぇしよ」

何しろ二人とも副隊長だ。当然ながらそれに見合った仕事量がある。
つまり、忙しくてそんな物を買いに行く余裕などないのだ。
まぁ、シャマルにでも頼んで買ってきてもらえばいいだけの話ではあるので、決して無理ではないだろう。
しかし、はやてはそんな必要はないと言う。

「その辺は心配いらんで。こんなこともあろうかと!!」

突然机の下をガサガサと探り始めるはやて。
それを見た二人は、言いしれない不安が忍び寄る足音を聞いた。

「なぁ、シグナム」
「なんだ?」
「あたしさ、すっげぇヤな予感すんだけど……気のせいかな? つーか、気のせいであってほしいんだけど」
「奇遇だな、私も丁度逃げようかと思っていた所だ」
「逃げるか?」
「そうするとしよう」

逃げない者は確かに勇気があるだろう、だが時には逃げる事にこそ勇気が必要だ。
大切なのは、今はどちらを選ぶべきなのか見極める事。
逃げれば良いと言うものではない。逃げなければいいと言うものでもない。
逃げるべき時と逃げるべきではない時を見極め、それを実行する勇気を持つ者。
それが真の戦士であり騎士、本物の勇者なのだ。

そして、二人は歴戦の騎士にして勇者。
誇りに囚われ、その境界を見誤る事はしない。逃げるべき時に逃げる、それは恥などではないのだから。
故に、今は逃げるべき時と判断した以上、二人の行動は早かった。
何かを探すはやてに背を向け、一目散に扉へと向かう。だが!

「これは……結界か!」

誰が張った物か、そんな事は考えるまでもない。
二人が逃げる事を考慮し、あらかじめ展開していたに違いない。
考えてみれば、二人が動いているのにあくまでも探し物を続けている時点で気付くべきだったのだ。
逃げようとしているのに追わないと言う事は、逃げられない自信があると言う事。

しかし、それ以上に特筆すべきは二人に気付かせずに結界を展開したその手際。
頭の隅で主の成長を喜びたい気持ちはある。だが、今はそれどころではない。

「どけ、シグナム! 一気にぶちぬく、グラーフアイゼン!!」
《Jawohl》

素早くデバイスを展開し、思い切り振りかぶるヴィータ。
しかし、結界に阻まれ、強行突破を決断し、デバイスを展開、そして実行に移す。
そこに至るまでの一秒程度の僅かなタイムラグ。それが明暗を分けた。

「あかんなぁ……副隊長ともあろう二人が、隊の施設を壊すんは問題やで」
「う、動けねぇ…バインドかよ!」
「く、全ては主の掌の上だったと言う事か……」

何かを振ると言う動作には、どうしても避けられない停止の瞬間がある。
体を捻り、それを元に戻そうとするその瞬間。人間の体は、一瞬だが停止する。

はやてはその瞬間を見極めバインドをかけた。
如何にヴィータが優れたパワーの持ち主でも、この体勢では思うように力が出せない。
結界の破壊に気を取られ、はやてが探し物の最中である事に油断した結果だ。
いや、そうなるように仕組んだはやてが上手だったと言う事か。

「安心しぃ、今回は別に変な物を着せよう言うんやないから」
「お言葉ですが………………信じられません」
「今までシグナムにやらせてた事考えろよ! 信用なんかできるか!!」
「悲しいわぁ……家族は信頼し合うもんやで」
「この状況で主が何をお考えになるか、それがわかっていますから。
 むしろ、主ならそうなさると“信じる”からこそです」

はやての言葉は信じていない。だが、はやてが何をするかは信じている。
これもまた、一つの信頼の形だろう。

「でもなぁ、今回はいつもと違って公共の場に出るんや。
 さすがに、そこでけったいな物は着せられへんて」
「む……」
「確かに、そう言えばそうだよな」

言われてみれば、確かにその通りだ。
オークションともなれば、当然の衆目の目に晒される。
普段は身内の間でのみだから問題はなかったが、それが多くの人の目に晒されるとなれば話は別。
おかしな格好をさせれば、六課の評判を落とすだけでは済まなくなる。

そんな事になれば、地上本部からの風当たりが強くなるだけでは済まない。
付け入る隙を与えることになるかもしれないし、本局からの覚えも悪くなる。
また、後ろ盾になってくれた人達にも迷惑がかかるだろう。
最悪、六課の運営そのものに多大な支障を生むかもしれない。それがわからないはやてではなかった。

「申し訳ありませんでした、主はやて。御無礼をお許しください」
「ごめん、はやてもちゃんと考えてくれてたんだよな。
 あたしらじゃ上手く選べそうにないし、はやてに任せて良いか?」
「うん、任された! ちゃ~んと二人に似合うのをコーディネイトしたるからなぁ~」
「まぁ、あまりきわどい物でさえなければ……」
「大丈夫やて。その辺は穏やかなもんやから」

そうして、二人は大人しくはやてが提供してくれる衣装を着る覚悟を決める。
が、二人はわかっていなかった。
確かにはやてとて時と場合くらいはわきまえる。

しかし、今はそのわきまえるべき時でも場合でもない。
それはあくまでもオークション当日。
いまはまだ、充分遊んでいい時なのだから。



故に、この結果はある意味必然だった。
二人ははやてが渡した衣装を受け取り、それに着替える。
その結果に、二人は自分達の見通しの甘さを心底呪った。

「主、これは……」
「え? ドレスやで、れっきとした」

何かを抑え、同時に絞り出す様にして問うシグナム。
はやてはしてやったりと言う顔で笑いを堪えながら、同時に会心の悪戯が成功したことに満足している。
なにしろ、いまシグナムの身を包んでいるのは、あまり一般的なドレスとは言い難い。
まぁ、確かに注文通りきわどくはないのだが……。

「これは確か、メイド服と言うものではありませんでしたか?」
「うん、ノエルさんやファリンさんが着とったのとはちょうデザインがちゃうけどな」

そう、今シグナムが着ているのは一般的に「メイド服」と呼ばれる衣装。
頭にはレースのついたカチューシャを付け、真っ白のエプロンに袖の長い黒のワンピース。
救いがあるとすれば、なんちゃってではなくかなり本格的な仕様な事くらいか。

「ドレス…ではなかったのですか?」

正直、最近散々着せ替え人形にされた影響からか、シグナムの中で意識改革の様なものが起こりつつある。
とはいえ、別にそれは前向きな物ではない、むしろどちらかと言えば後ろ向きだろう。
体操服とかレオタードとかスク水とか、そういう恥ずかしい格好をさせられる位なら、普通に可愛い格好、女性らしさを強調した格好の方が遥かにマシ、そういう風に思う様になっただけ。

だが、その甲斐あってかドレスと聞いて若干興味を引かれるようになったのも事実。
なのに、ふたを開けてみればこの有様だ。もうコスプレは勘弁してほしいのに、またコスプレ。
シグナムが受けた精神的ダメージは、思いの外大きかった。

「え? でも、これもドレスやで」
「メイド服がですか?」
「うん。それ…エプロン“ドレス”」
「あ”あ”~~~~~!」

それは盲点とばかりに、頭を抱えて唸るシグナム。
彼女がメイド服を着ると、その怜悧な美貌と刀剣の如き鋭い雰囲気もあって、「できるメイドさん」に見える。
そんな彼女が頭を抱えて唸る姿は、中々に面白い。
で、今の衣装に忸怩たる思いがあるのはなにもシグナムだけではない。

「それでさ、はやて。なんだよこのヒラヒラ」
「? 騎士甲冑もそんなもんやろ?」
「いや、いつもより十割増しじゃん……」

確かにヴィータの騎士甲冑も似た様なものかもしれないが、これには機能性の欠片もない。
典型的なゴスロリ、それも黒。普段とは比べ物にならないフリル全開の衣装は、見る者からすれば可愛らしく映るだろう。しかし、来ている本人としては動き辛い上に慣れない色合いもあって、気恥ずかしさが先に立つ。

まさか、こんな恰好で人前に出ろと言うのか。
それを思うと、ヴィータも途轍もなく気が重くなるのを自覚する。
正直、その小さな胸の中は羞恥心に任せて暴れ回りたい衝動で一杯だ。

「じゃ、早速なのはちゃんとフェイトちゃんに感想を……」
「ちょっと待て、はやて! なんでよりによってなのはなんだよ!!」
「お許しください、主! テスタロッサだけは……!!」

ヴィータとシグナムにとっては、家族を除けば特に繋がりの深い二人だ。
きっと二人の事だから温かい言葉をかけてくれるだろう。
いや、もしかしたら本心から似合っていると言うかもしれない。
だが、二人にとってはそんな物は何の救いにもならないのだ。
むしろ、逆にみじめな気持になるとしか思えない。

「う~ん、それなら…ヴァイス君とかスバル達とか…………」
「「…………」」

それはそれで嫌なのか、揃って顔を青ざめさせる二人。
はやてはそんな二人の百面相が楽しくて仕方ないらしく、零れんばかりの笑顔。

まぁ、このネタでいじる機会はまだあるだろうし、今日のところはこの辺りでやめることにする。
そう、はやてはそのつもりだった。
しかしその瞬間、突然部隊長室の扉が開く。

「すみません、部隊長。ただ今戻りました…………あれ?」
「っ!? し、白浜!?」

驚きの声はシグナムの物。
そう言えば、戻ったら今度の任務の事で話したいから顔を出すように言っておいたことを思い出す。

だが、驚いたのは兼一も同じ。
別にシグナムやヴィータがいるのはいい。
しかし、何故この二人がこんな恰好をしているのか理解が及ばないのだ。

「ええっと……」

なんとも言えない沈黙が場を満たす。
いや、ヴィータはまだいい方か。彼女の場合、単に溜め息交じりに「間の悪い奴」と呆れているだけ。
はやてははやてで、思わぬ闖入者に驚きこそしたが新たなファクターの登場にワクワクした眼をしている。

問題なのはシグナムだ。
いったいどんな表情をすればいいのかすら判然とせず、魚の様に口をパクパクさせるだけ。
てっきりヴィータやはやてなどは羞恥を露わに爆発するかと思っていたのだが、その様子がない。
むしろ、そのせいでこの後に何が起こるか予想が付けられないのだ。

そして、そんな場の空気を理解していないのか、シグナムの恰好をマジマジと見ていた兼一が口を開く。
状況は良く分からないが、あまり見ない格好をしているならそれに関するコメントをすべき、と。
そんな、彼なりに必死に気を使っての事だった。

「あぁ……とてもよく似合ってらっしゃると思いますよ」
「む…そ、そうか」
((あれ?))

思わぬシグナムのしおらしい反応に、肩透かしを食らう二人。
いつものシグナムなら、強気な態度で「世事は要らん」とか「そんな事はない」と否定しそうな物なのだが。
だが、兼一の方は相変わらずその事がよく分かっていないらしく、的外れにもとってつけたようにヴィータの恰好を褒める。

「あ、ヴィータ副隊長も可愛らしいですよ」
「あ、ああ。ありがとよ」

シグナムの様子がおかしいせいか、ヴィータも調子が狂う。
本当に、今日のシグナムはいったいどうしたと言うのか。

「でも、どうしたんですか、その格好?」
「や、やはりおかしいか? まぁ、私の様な武骨な者にこんな恰好をしても違和感しかないのは当然だが……」
(……ちょっと残念そうに見えるんは、気のせい?)

顔を逸らしながら、どこか気弱げにつぶやくシグナム。
十年来の家族だが、はやてですら見た事のない表情。
あのシグナムが、質実剛健にして謹厳実直を絵に描いた様なシグナムがだ。

「まぁ、ちょっと見ない服だったので物珍しかったのは本当ですけど……結構違和感がない気もしますよ」

何と言うかこう、先ほどシャマルと次の任務に付いて話しただけに、オークション会場で働くメイドさんとしてイメージしてみると、そう違和感は覚えない。
むしろ、てきぱきと仕事をこなし、有事の際には陣頭に立って出席者を守る。
そんな華やかでありながらもカッコイイメイドさんが浮かぶ。

「な、なるほど。お前は嘘が下手だからな、そのお前が言うのなら悪くないのかもしれん」
「シグナム、本気かよ?」

いやまぁ、確かにそれはそれでありかもしれないとはヴィータも思う。
元々はやての従者の様な事もしているし、参加者ではなく主催者側に紛れ込む事で有益な事もあるかもしれない。
だが、あのシグナムがそれを本気にすると言うのが信じ難い。
それははやてにしても同じ事。
弄って遊ぶ為のチョイスだったのが、まさかこんなことになろうとは……。

「ま、まぁ一つの案だ。まだオークションまで時間もある、じっくり考えれば良い。
 さぁ、行くぞヴィータ。まだまだ仕事は山積みだ、そろそろ戻らねばな」
「おいおい! せめて着替えてから……」

そうして、シグナムはヴィータを引きずる様にして部隊長室を後にする。
その表情が、若干上機嫌そうに見えたのは、何かの錯覚か。
いずれにしろ、これがいわゆる「塞翁が馬」と言う奴なのだろう。



  *  *  *  *  *



時は移ろい夕刻。
本日の業務も一段落し、そろそろオフシフト。
後は手持ちの書類の決裁を貰うだけと言うところで、ギンガは目当てではない部屋の前で歩みを止めていた。

見上げると、そこには「医務室」の札。
別にギンガはこの部屋に用などない。
用などないのだが……

「ぁ…兼一さん」
「大丈夫、力を抜いて。痛くなんてないよ、すぐに良くなる」
「は、はい……ふぁ!」
「どうかな?」
「そ、その……気持ち、良いです」

とか聞こえてきて、どうして素通りできようか。
漏れ聞こえて来る声音には嫌と言うほど覚えがある。
尊敬する師と上司。兼一とフェイトの声だ。
しかも、兼一の声は落ち着いているのに対し、フェイトの声は違う。
何と言うか、妙に艶っぽいと言うか熱っぽいと言うか……恥じらいの中にも恍惚とした響きがある。
正直、同性であってもつい頬を赤らめてしまう、そんな色気があった。

「で、でも…ちょっと、怖いです。だって、そんな…長くて、太くて……」
「もしかして、こういうのは初めて?」
「あ、当たり前じゃないですか…んぅ!?」
「あ、ああああああの二人、こ、こんな所で何を!?」

あまりに予想外の事態に、碌に頭が回らない。
というか、何が『長く』て、どう『太い』と言うのか。
あまつさえ『初めて』と来た。だがしかし、まさかまだ日のあるうちから隊舎の一室でそんな事……。
そこでふと思い出す。日中、なのはから聞いたあの話を。

『少し前から夜中フェイトちゃんに勉強見てもらってるみたいだし』
『満更じゃないかも…っていうのは、はやてちゃん情報だけどね』
「まさか……まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか、そう言う事なの!!!」

何が『まさか』で、何が『そういう事』なのかよく理解できないながら、際限なく妄想が暴走する。
医務室、夜の帳がおりようとする時間帯、最近親密度を増した二人。
さらに、医務室から漏れ聞こえる怪しくもアダルトなやり取り。

それらの情報が、益々ギンガの冷静さを削り落していく。
だがそこで、すっかりテンパったギンガにさらに追い打ちがかかる。

「へぇ、そうやるんですねぇ~」
「しゃ、シャマル先生! そこは……!?」
「いいのよ、フェイトちゃん。緊張しないで、ね?」

興味津々と言った様子のシャマルの声と、怪しい会話。
二人がかりでフェイトに何かしている、それは間違いない。では、それは……?

(さ、三人でいったい何を……!?)

手に持っていた書類が床に「バサリ」と落ちた事など気付かない、気付く余裕がない。
今のギンガには、境界線の様に立ちはだかる医務室の扉と、その奥から漏れ聞こえる声と物音が全て。
最早、普段の冷静さも状況判断能力も見る影もない。
あるのはただ、これを捨て置く事などできないと言う胸の奥に湧いた黒い炎のうずきだけ。
が、そこへ偶々通りが掛かる4…いや、5つの影。

「あれ? ギン姉、そんな所でなにしてるの?」
「す、スバル! それに……」

そこにいたのは、仲良く連れ立って歩く新人四人組。
四人は四人とも、普段と様子の違うギンガに怪訝そうな視線を向けている。

同時に、ギンガは気付く。
この奥で為されている何か、それは子ども達には聞かせてはならない。

「エリオ、キャロ!! 耳閉じて、聞いちゃダメ!!」
「え……」
「あの、ギンガさん?」
「良いから、二人にはまだ早いから!!!」
「「は、はい!!」」

何が何やらよく分からないながら、ギンガの指示に従い掌で耳をふさぐ二人。
そこで、いよいよもって様子のおかしいギンガにティアナが問う。

「あの、ほんとにどうしたんですか? なんだか、汗びっしょりですし具合でも悪いんじゃ……」
「そ、それは……」
「それに、いきなりチビッコ達に耳を塞ぐように言ったりして、何かあるんですか?」
「あ、あわわわわわ……」
「ギンガさん?」
「ギン姉?」

このままでは二人も医務室の変事に気付いてしまう、それは不味い。
何が不味いのかよく分からないが、とにかく不味いと言う事だけは悟る。
スバルはともかくティアナは鋭い。あと少し近づけば気付くかもしれない。
それは、きっと良くない事だ。

(どうする? 今からでも追い返す? でも、そんなことしたら……)

逆に怪しまれる。
ならば、みんなを連れてこの場を離れるのか。全て聞かなかった事にして。

(そんなこと、できるわけないじゃない!!)

追い返すこともできない。聞かなかったふりなど以ての外。
それなら、最早ギンガに許された選択肢は一つ。
もし、もし本当に妄想通りだとしたら気不味いことこの上ない。
だが、最早それ以外に手がないのだ。

(そう、もうこれしかない。これしかないから、仕方がないの!!)

ギンガはそんな言い訳と、胸を焦がす炎を後押しに医務室の扉に手をかける。
そして思い切り息を吸い、扉を砕かんばかりの勢いで開け放った。

「な、何やってるんですか、こんな所で!!」

顔を羞恥で真っ赤にしながら怒鳴るギンガ。
しかし、そこで目にしたのは全く予想外の光景。

ベッドにうつ伏せになったフェイトと、その傍らに立つ兼一とシャマル。
フェイトの背にはワイシャツの上から真っ白のタオルがかけられ、兼一の手には鈍い光を放つ長い金属の棒。
そして、シャマルはバインダーに挟んだ紙にペンで何かを書きこんでいた。

「ど、どうしたの、ギンガ?」

眼を白黒させ、びっくりした様子の兼一。
それはフェイトやシャマルも同様で、先ほどまであった筈の怪しい雰囲気など微塵もない。

「…………………………あれ?」

ギンガの顔からは赤みが急速に消え失せ、漏れたのは間の抜けた声。
扉の前で硬直するギンガを余所に、隙間からなかを覗き込むスバルにエリオ、そしてキャロ。

「あ、シャマル先生に兼一さん」
「って、フェイトさんまで」
「あの、何をなさってるんですか?」

皆の質問に、兼一は一端手元に視線をやる。
そして、答えた。

「なにって……………………針」



その後、しばし事の次第を説明する。
どうも連日の遅くまでの捜査でフェイトが疲れている様子だった。
それに気付いたシャマルが、そう言えば兼一は鍼灸や指圧等の心得がある事を思い出す。
栄養ドリンクの類もあるにはあるが、あまりそれに頼り過ぎるのもどうか。
出来るなら、人体が持つ回復力を引き出した方が良いに決まっている。
シャマル自身そちらの方面にも関心があったので、勉強も兼ねて兼一に頼んだと言う次第だ。

「あの、マッサージはまだ分かるんですけど、針を刺したり火のついたのなんて乗せたりして大丈夫なんですか?」
「あ、うん。特に痛かったり熱かったりはなかったかな。むしろ、気持ちよかった位だし」

ティアナの質問に、フェイトは身体の具合を確かめながら答える。
まぁ、さすがに針としてはかなり『長く』て『太い』部類なので、最初は気後れした。
だが実際には、痛いどころか気持ちよすぎて眠りそうになった位だ。
その上、身体の調子もずっと良くなっている。東洋の神秘、恐るべしと言ったところだろう。

「鍼灸って言うのはそういうものだよ。痛みが引き、力が漲る。馬師父直伝の技さ」
『へぇ~』
「私もいい勉強になりました」

感嘆の声を漏らす子ども達と、満足げにうなずくシャマル。
その傍ら、一人早とちりで暴走したギンガは気恥ずかしそうに小さくなっている。
何を勘違いしたかは言っていない、何しろ恥ずかし過ぎる。

(あ~も~、私のバカバカバカ……うぅ)

数分前の自分をぶん殴って言ってやりたい、もっと冷静になれと。
よくよく考えれば、医務室でそんないかがわしい事をするなど、まずあり得ない。
その上3人とか、いったい何を勘違いしていたのだろう。
なにより、なのはも言っていたではないか。今の兼一は、相手を女性として見る事はあっても異性、つまりそう言うものの対象として見る事がないと。

「で、ギンガはどうしたの?」
『さあ?』

というか、兼一の針や灸、それにマッサージならギンガも受けた事がある。
整体では途轍もなく痛い事をする場合もあるが、不必要に痛がらせる事はしない。
むしろ、基本的にはリラックスできるよう心地よい力加減を心がけている。
身を持ってそれを知っているのに、この有様。
穴があれば入りたい気分だ。自分で掘った墓穴ならあるが、それはさすがに……。

とりあえず、兼一をはじめみんなはその事を理解していない。
救いと言えば、それだけが救いだった。



  *  *  *  *  *



同日夜半、人の気配などない廃棄都市区画の一角。
その一部が、ある時唐突に崩壊した。
同時に、そこから粉塵を突き破る様にして飛び出て来る人影。

「がはっ!?」

壁に叩きつけられると同時に、苦悶の声が漏れた。
それを追う形で屈強な人影が現れ、叩きつけられた人物を叱責するでもなく睨む。

「……」
「わかってますよ。ここ一番で大振りになるのは悪い癖だって言うんでしょ」

膝に手をやる事で身体を支えながら立ち上がる少年。
そんな彼の言葉に、男は無言のまま首肯する事で肯定した。
元々寡黙な人物なのか、厳めしい顔は微動だにしない。

「おー、おー、良くやるよなぁ、毎回毎回。なぁ、ルールー」
「うん。怪我しないか、少し…心配」
「その心配は無用だろう。怪我をさせん程度には加減している」
「マジ? アレで加減してんの旦那?」
「ああ」

そんな二人を見守る紫の髪の少女と赤い髪の小人、そしてどこか厭世的な雰囲気を纏う男。
三人は眼下で繰り広げられる、鍛錬と言うには激し過ぎるそれを見ていた。
だが、そこで唐突に男はその場で背後を振りかえる。
見れば、そこには短い青い髪をした中性的な背の高い女性の姿。

「あまり背後から忍び寄るな。反射的に体が動くかもしれんぞ」
「ご自分の身体の反射を御せない程未熟ではないでしょう、騎士ゼスト」
「さてな。それで、アレの迎えか?」
「はい。どうやら、丁度良い頃合いの様ですね」

言うと、女はそのまま宙に身を躍らせ落下する。
やがて二人の前に降り立つと、彼女はその片割れ…屈強な男に恭しく頭を垂れた。

「愚弟への御指導、ありがとうございます。ドクターに変わり、御礼申し上げます」
「あ、やっほートーレ!」
「やっほーではない。お前も頭くらい下げんか」
「は~い。ありがとうございました、先生」

トーレと呼ばれた女は少年の頭を掴むと、強引に頭を下げさせる。
しかし、それでも少年はどこか軽い調子のまま。
トーレはそんな少年に呆れた様子でため息をつく。

「まったく、この方はお前など容易く殺せる実力をお持ちなのだぞ。だと言うのに……」
「別にいいじゃない、こうしてちゃんと生きてるんだしね」
「はぁ……愚弟の御無礼、どうかご容赦を」

頭を抱えるトーレに向け、男は気にしてはいないとばかりに首を振る。
見た目は厳めしいが、別段そこまで礼儀にうるさくもなく、些細な事は気にしないようだ。

「それでは、今宵はこれで失礼いたします。何か伝言は?」
「……契約が果たされるなら、それ以上に求めるものはない」
「もちろん、契約は必ず守ります。それが、取引ですから」

男と彼女らの間に交わされた契約。
その一つの対価として、彼は少年に教えを授けてきた。
別にそれだけが理由と言うわけではないが、対価としてそう決まっている。
彼は少年に教えを授け、トーレ達はその代わりに……それが契約だ。

「では」
「……」

必要な確認を終え、その場を後にするトーレと少年。
そこで、少年はトーレに向けて問いかける。

「そう言えばさ、トーレ。機動六課ってのは、今度あのホテルで任務なんだよね?」
「そうらしいな。だからなんだ?」
「僕も行っちゃダメ?」
「お前は……少しは自重しろ」
「ええ~、どうせその内顔見せするんだしさ、別にいいでしょ~」
「なら、そう言う事はドクターに聞け。私が決められる事ではない」

どうせ、自分が言ったところで聞くような奴ではない。
ならと言う事で、自分達の生みの親に全てを押し付ける。
これを割と好きに行動させているのは彼だ。なら、その責任を取ってもらうのが筋だろう。

そうして、少年とトーレは男の視界から姿を消した。
転移魔法を使ったのだろう。気配を探っても、その残滓があるだけ。

正直、彼らの後を付けてアジトへの潜入を企てた事がないわけではない。
まぁそれも、転移魔法を用いた移動をされてはかなわなかったが。
上で見守っていた少女達に聞けば、わかるかもしれない。

しかし、彼は別にその事に固執する気はない。後を追えない事も惜しんではいない。
どうせ、あの件に関する黒幕は彼ではないのだ。
データをかすめ取ったのは彼の手の者だし、彼自身それに興味はあっただろう。
だが、別にそんな物が欲しければくれてやっても良いと言うのが彼の考えであり、他の連中も同様だった。
実際、そのデータを用いた兵器の出来などあの程度。一々腹を立てるのも馬鹿らしいと言うのが総意だ。

ただ、あの少年の事はなんとも複雑な心境になるが。
だが、もし殺すならあの男にその情報をリークした黒幕だ。
黒幕に近づくには、あの男の協力は欠かせない。
それを交渉材料に、彼は自らの命をチップに交渉し、勝ちとった。
好意等持てないが、その胆力だけは評価に値するだろう。

なにより、再会の日も近い。
その機会を与えてくれるであろうことには、感謝しても良いと思う。



「師匠?」
「あ、なんでもないよ。さ、次は五行拳をいってみよう」
「はい!」

突然天を仰いだ師をいぶかしむギンガだが、すぐに普段の様子を取り戻したようで疑問を棚上げにした。
そのまま形意拳の基本とも言える5種類の単式拳『五行拳』の稽古に入る。
学び始めて僅か数ヶ月とは思えないその練度に、兼一は心中で嬉しく思う。
だが同時に、先ほど感じた何かを反芻する。

(これは……………覚悟を決めておいた方が良いかな?)

当の本人である兼一ですら判然としないが、なぜかそう思わせるなにか。
覚悟を決め、命をかけて戦う事等過去幾度もあった。
故に、別にその事にとりわけ感慨の様なものはない。
恐怖もある、緊張もある。だが、それらは同時に慣れ親しんだものでもあったから。
強いて言うなら、ようやく「戻ってきた」という実感がわいたと言う事か。

しかし、そこで眼前で鍛錬に励む弟子に視線を移す。
自分の教えを素直に守り、愚直なまでに心身を磨く可愛い一番弟子。
命をかけて戦うと言う事は、覚悟を決めると言う事は、死ぬかもしれないと言う事。

自分より強い者など、兼一はたくさん知っている。
故に、百戦百勝とはそう簡単にいかない事も承知の上。
負ければ死ぬかもしれない、負けるつもりで戦う気など更々ないが、その可能性は確かにある。

なら、生きていられるうちに教えられる限りの事を教えるべきだ。
技だけではない、心も含めて。

「よし、それじゃ今日は……」






あとがき

今回は割と早めに投稿できました。
ほのぼのとした日常と、ラストでちょっと次回への示唆。というか、これだと兼一の死亡フラグっぽい。
前回の戦闘では無双しましたが、次はそうはいきません。色々と波乱が起こる事になります。

ところで、やっぱりどう考えてもなのはとフェイトに会場内の警備なんて向きませんよね。
個人的には、シグナム達と配置が逆だと思うのですよ。
シグナム達だって決して得意ではないでしょうけど、なのはたちなんて全然能力を活かせないんじゃないでしょうか。少なくともあの二人よりずっとマシだと思うのです。
とはいえ、具体的な配置の理由などは明言されていませんし、もしかしたら作戦上なのは達が会場内の警備をしなければならない理由があるのかもしれませんけど。
ですが、それがわからない以上、今回はあくまでも個人的な考えに基づき、配置を変えさせていただきました。
賛否両論あるかと思いますが、『正解』を出せる物でもなさそうですし、『こいつはそんな考えなんだなぁ』位に思ってくださると幸いです。


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