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No.25730の一覧
[0] 【完結・改訂完了】リリカルなのはSts異伝~子連れ武人活人劇~(×史上最強の弟子ケンイチ)[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[1] BATTLE 0「翼は散りて」[やみなべ](2013/07/16 00:16)
[2] BATTLE 1「陸士108部隊」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[3] BATTLE 2「新たな家族」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[4] BATTLE 3「昼の顔、夜の顔」[やみなべ](2013/07/16 00:18)
[5] BATTLE 4「星を継ぐ者達」 [やみなべ](2013/07/16 00:18)
[6] BATTLE 5「不協和音」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[7] BATTLE 6「雛鳥の想い」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[8] BATTLE 7「一人多国籍軍、起つ」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[9] BATTLE 8「断崖への一歩」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[10] BATTLE 9「地獄巡り 入門編」[やみなべ](2013/07/16 00:21)
[11] BATTLE 10「古巣への帰還」 [やみなべ](2013/07/16 00:21)
[12] BATTLE 11「旅立ち」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[13] BATTLE 12「地獄巡り 内弟子編」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[14] BATTLE 13「誕生 史上最強の○○」[やみなべ](2013/07/16 00:24)
[15] BATTLE 14「機動六課」[やみなべ](2013/07/16 00:25)
[16] BATTLE 15「エースの疑念」[やみなべ](2013/07/16 00:26)
[17] BATTLE 16「5年越しの再会」[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[18] BATTLE 17「それぞれの事情」[やみなべ](2013/07/16 00:27)
[19] BATTLE 18「勢揃い」[やみなべ](2013/07/16 20:54)
[20] BATTLE 19「守護の拳」[やみなべ](2013/07/16 00:28)
[21] BATTLE 20「機動六課の穏やかな一日」[やみなべ](2013/07/16 00:29)
[22] BATTLE 21「初陣」[やみなべ](2013/07/16 20:53)
[23] BATTLE 22「エンブレム」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[24] BATTLE 23「武の世界」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[25] BATTLE 24「帰郷」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[26] BATTLE 25「前夜」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[27] BATTLE 26「天賦と凡庸」[やみなべ](2013/07/16 20:51)
[28] BATTLE 27「友」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[29] BATTLE 28「無拍子」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[30] BATTLE 29「悪魔、降臨す」[やみなべ](2013/07/17 21:15)
[31] BATTLE 30「羽化の時」[やみなべ](2013/07/16 00:39)
[32] BATTLE 31「嵐の後で」[やみなべ](2013/07/16 00:40)
[33] BATTLE 32「地獄巡り~道連れ編~」[やみなべ](2013/07/16 00:41)
[34] BATTLE 33「迷い子」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[35] BATTLE 34「I・S」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[36] リクエスト企画パート1「vivid編 第一話(予定)」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[37] BATTLE 35「ファースト・コンタクト」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[38] BATTLE 36「お子様散策記」[やみなべ](2013/07/16 00:44)
[39] BATTLE 37「強い奴らに会いに行け!」[やみなべ](2013/08/01 03:45)
[40] BATTLE 38「祭囃子」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[41] BATTLE 39「機動六課防衛戦」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[42] BATTLE 40「羽撃く翼」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[43] BATTLE 41「地獄巡り~組手編~」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[44] BATTLE 42「闘いの流儀」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[45] BATTLE 43「無限の欲望」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[46] BATTLE 44「奥の手」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[47] BATTLE 45「絆」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[48] BATTLE 46「受け継がれた拳」[やみなべ](2013/07/16 00:49)
[49] BATTLE 47「武人」[やみなべ](2013/07/16 20:49)
[50] BATTLE FINAL「それぞれの道へ」[やみなべ](2013/07/16 00:50)
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[25730] BATTLE 24「帰郷」
Name: やみなべ◆33f06a11 ID:1963cf14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/16 00:34

唐突だが、遺失物管理部機動六課と言う部隊は異常だ。それも色々な意味で。
まず上げられるのがその人材の豊富さ。総合とは言えSSランクを有する部隊長『八神はやて』以下、上層部はオーバーSかニアSランク。シャマルやザフィーラ、あるいはリインもまたAA+からA+と高ランク。それで言えばギンガもAランクであり、他の隊員達にした所で、若手揃いではあるが軒並み未来のエリート候補。その上、あまり知る者はいないが『達人』などと言う常軌を逸した生き物まで擁しているときた。
次にその年齢層、はっきり言ってこの部隊は若すぎる。部隊長及び分隊長ですら二十歳前で、中心メンバーのほとんどが十代。二十代でそこそこ、三十代となればチラホラいる程度。それ以上の年齢の者はいない。中堅なしの若手のみで運営される部隊、それが機動六課だ。まぁ、実際には上層部などには入局十年以上のキャリアがあるので、『若者』ではあっても『若手』ばかりとは言えないのかもしれないが。
最後に、その後ろ盾の厚さ。筆頭にフェイトの義兄でもある本局次元航行部隊提督『クロノ・ハラオウン』、同じくフェイトの義母『リンディ・ハラオウン』統括官。さらに、聖王教会の騎士にして管理局の理事官も務める『カリム・グラシア』。また、表立ってこそいないが『伝説』と称される三提督まで一枚噛んでいると来た。

ただ、そんな背景があるからこそ無視できないものがある。
例えば、後ろ盾になってくれている聖王教会からの依頼とか。

「えっと、確か異世界でのロストロギア関連の任務で出張なんだよね?」
「はい。聖王教会からの依頼らしいですよ」
「でもさ、管理局と聖王教会ってところが深く関わってるのはわかったけど、それって政教分離的にどうなの?」
「そんなこと私に聞かれましても……」
「まぁ、こっちにはこっちの事情があるのかな? よくわかんないけど。
でも、やっぱり危ないかもしれないんだよね」
「はい。確定ではありませんけど、危険はあるかもしれません」

屋上ヘリポート。集合場所に指定されたそこで、一足先に来ていた師弟は困り果てていた。
その原因は別に危険な任務に臆しているとかそういう事ではない。問題なのは、二人の足元。

「連れて行っちゃ、まずいよね?」
「そりゃまずいですよ」
「…………………………」

敢えて視線を逸らす為に上を向いていた二人だが、チラリと足元を見やる。
そこには、父のズボンと姉のワンピースの裾をガッチリとつかむ小さな手。
その身を包むのはシャツとパーカー、それに短パン。
特に凝っていたり高そうだったりするものではないが、年相応で可愛らしいのでそれはいい。
ちなみに、兼一はジーンズを履いている以外はほぼ翔とお揃い、ギンガは落ち着いた青地のワンピースである。

閑話休題。
問題なのは、普段は純真無垢なつぶらな瞳が、今日は強い決意を湛えた瞳で見上げていること。
それもほんの僅かどころではない怒気が籠っている。

「翔、僕とギンガはこれからお仕事でお出かけしなきゃいけないんだけど……」
「やだ! 僕も行く!!」
「で、でもね、もしかしたら危ない事があるかもしれないし、翔はお留守番してた方が……」
「や~~~だ~~~!! 行くったら行くったら行くの―――――――――――――――――――!!!」
「「はぁ~……」」

さっきから何度繰り返したかわからない堂々巡りの問答に、いい加減疲れたため息をつく二人。
基本的に聞きわけの言い翔だが、所詮は幼児。いつでも大人しく言う事を聞くとは限らない。

それも今回は間が悪かった。
今日兼一は街に買い出しに出かける予定でおり、それに翔もついて行く筈だったのである。
だがそれが、唐突に持ちこまれた派遣任務でお流れ。
短い時間とは言え、久々の父との外出に心躍らせていた翔に与えた衝撃は思いのほか大きかった。
見ての通り、すっかりへそを曲げて珍しく駄々っ子モードに突入している。
しかも、両親に似たのか変な所で意思が強いと来た。一度頑固になると梃子でも動かない。

先ほどから方々手を尽くして説得しているのだが、「一緒に行く」「絶対に手を離さない」の一点張りで、妥協の余地はなし。これがもっとのっぴきならない緊急事態とかなら、二人も無理矢理にでも翔を引き離しただろう。
しかし、あいにく今回はそういう雰囲気ではない。
危険はあくまでも「あるかも知れない」レベル。わからない事が多過ぎて強く出られないのだ。
もしかすると、翔もその辺りを感じ取っているからこその我儘なのかもしれない。

「―――――――っ! ―――――――っ!」
「困ったねぇ……」
「困りましたねぇ……」

声ならぬ声による抗議の嵐。翔はポカポカと父と姉を叩き、『怒ってるんだぞ』とアピール。
まぁ、傍から見れば実に微笑ましくもかわいらしい光景なのだが、本人達は本当に困り果てている。

「あ、ギン姉! 兼一さん!」
「あれ、二人とも早いですね…って、何してるんですか?」
「ぁ、スバル、ティアナ…………………これは、その」

私服姿で現れたティアナとスバル。
二人は兼一達の姿を発見するや、早速怪訝な面持ちになる。
無理もない。保護者二人は揃って弱り果て、翔が頬を膨らませているのだから。

「翔が、一緒に行くって聞かなくて……」
「え? でもそれって……」
「いくらなんでも……」

無理だろう、と言うのは言葉にするまでもないが、二人は翔の眼を見て悟る。
相手は子ども、理屈が通れば世話はない。
特にティアナの場合、スバルの驚異的な我儘に振り回されてきただけに理解は速かった。
そこへ、続々と集合する前線メンバー達。

「スバルさん、ティアさん! 遅くなりました」
「大丈夫だよ、まだ時間あるし。っていうか……」
「今、かなり厄介な問題が発生中なのよね」
「はい? ぁ、兼一さんとギンガさんもいらっしゃったんですね…って、なんで翔が?」

ティアナの溜め息交じりの言葉に首をかしげるも、その後ろの三人に気付くキャロ。
見送りにしては様子がおかしい事に彼女も気付いたのだろう。
とはいえ、兼一達としても改めて事情を説明する気になれない。
ただただ曖昧な苦笑いを浮かべ、誤魔化す様に乾いた笑い声を洩らすだけ。

見れば、エリオ達の後ろにははやてにヴィータ、シグナムやシャマル、それにリインの姿もある。それどころかなのはとフェイトまで。
つまりこれは、今回出動する面々が勢ぞろいしてしまった事を意味する。
ちなみに、ザフィーラは番犬らしくお留守番だが。

そして、当然ながら集まった面々は一様に様子がおかしい翔の事を気にかける。
若干一名、幼い愛らしさに胸を打たれ悶絶している人物がいるが、それはどうでもいい。
そうこうしているうちに年長組も翔の件は決着を見たらしい。
子どもの相手に長じるフェイトが奮闘したのかもしれない。
とりあえずなのはとフェイトに呼ばれ、新人達はヘリの前に集合。
そして、皆を乗せたヘリは機動六課を飛び立ったのだった。



BATTLE 24「帰郷」



転送ポートを経由し、移動することしばし。
任務先の異世界……というか、隊長達にとってはもろに故郷である地球、それも日本、さらには海鳴市。
作為があるとしか思えないそこに、機動六課前線メンバーは降り立った。
ちなみに、はやて及び副隊長とシャマルはよる所があるので別行動。

視界に映るのは、ミッドとほとんど変わらない風景。空は青く、太陽も一つ、山と水と自然の匂いもそっくり。
フリードはこの環境が気に入ったのか、上機嫌に皆の上を跳び回っている。
すぐそばには湖とコテージ。できればのどかな空気を楽しみたいところなのだが、そういうわけにもいかない。
特に、大きくなった通称「ちっちゃい上司」、まぁそれでも小さいのだが…彼女は特に。

「ひゃ、ひゃめるです、ひょ~~~!!」
「キャハハハハ♪」
「あ、そこは引っ張っちゃダメです!! そんなことしてもリインの体は伸びません~!」
「リインさん……」
「すっかり、遊ばれてるね」

助けるでもなく、微妙な表情でつぶやくキャロとエリオ。
その視線の先には、髪の毛やらほっぺたやらを引っ張られて涙目のリイン。
犯人はだれか……など考えるまでもなく、一緒に付いてきた翔である。
大きくなったリインが面白いのか、もっと大きくなれとばかりに引っ張りまくっている。
とそこで、意図しない翔の手がリインの背中や首筋、わきの下を撫でた。

「ひゃん!?」
「? っ! コチョコチョコチョコチョコチョコチョ!」
「っ、きゃははははははははははははは!! た、助けてください―――――!?」
「まぁ、見てる分には微笑ましいわよね」
「リイン曹長的には、多分それどころじゃないんだろうけど」
「わかってるなら助けるです――――――!!」

傍から見れば、十歳くらいの女の子が五歳ほどの男の子の面倒を見ているようにも見える。
まぁ、実際には一方的におもちゃにされているわけだが。
助けなければとはティアナとスバルも、と言うか全員が思っているのだが、誰も手を出さない。
なんと言うか…………………………割と面白い。

「でも、よかったんでしょうか。翔を連れてきちゃって……」
「ま、まぁ、ここは危険な世界ってわけじゃないし、ロストロギアにさえ近づけなければ……」
「それはそうですけど……あんまり我儘を聞くのもよくないですし……」
(なんだかギンガ、最近言う事が所帯じみてきたなぁ)

遊ぶ翔と遊ばれるリインを横目に、ギンガとフェイトは困惑顔でヒソヒソ話。
別に翔は「行くな」と言っていたのではなく「連れて行け」と主張していただけ。
行き先の治安はよく分かっているし、危険があるとすればあくまでもロストロギア。
ならそこから離しておけば問題ないと言う事で、はやての一存で許可したのだ。
翔も地球出身だし、少しくらい里帰りさせてやりたいと思ったのかもしれない。
その気持ちは分かるし、兼一には「今日は親として翔を守る事を優先」との指示も出された。

一応対外的には、休暇で里帰りをしていた白浜親子と偶々出張先がぶつかった、ことになっている。
なので特に問題はないのだろうが、ギンガとしては翔の教育的にどうかと言う思いが強い。
なんというか、考え方がだいぶ母親っぽくなっている気がしないでもない。

ところで、その親は何をしているのか。
探して見ると、街の方を向いて何やら難しい顔をしている。

「どうしたんですか、兼一さん?」
「あ、なのはちゃん。いや、恭也君と美由希ちゃんが帰ってるのかなぁって」
「へ? お兄ちゃんとお姉ちゃんがですか?」

突然何を言い出すのか、と言わばかりに怪訝な顔をするなのは。
同時に、聞き捨てならない単語に反応する新人達+1。
ここがなのは達の故郷と言う話は道中聞いていたが、それでもどこか実感が薄かったのかもしれない。

「なんでそんな事を?
 お兄ちゃんは忍さんとドイツですし、お姉ちゃんも香港ですからあんまり帰ってこれないと思いますけど」
「うん。でも間違いなく、達人級が3人以上。もしかしたら4人いるかもしれないんだよね」
『達人級が4人!?』

新人及びギンガが揃って声を上げる。
だが、無理もない。何しろこれは、彼らにとって非常に衝撃の大きい情報だ。
比較的弱い者でも、生身のまま魔導士と真っ向勝負できる怪物が4人以上。兼一の話では自分達でも勝てるらしいが、それでも生身の人間としては異常な戦力だ。

なのはの家族にもいると聞いているが、わかっていても驚きを禁じ得ない。
というか、知っている達人が兼一しかいないので、ついそれを基準にしてしまうのだから仕方がないだろう。
まぁあのメンツの場合、別にそれを基準に考えても間違いではないが。

「そんな人が4人もいるなら、私たちいらないんじゃ……」
「で、でもスバルさん! 兼一さんは封印処理とかできませんし」

確かにいらないかもしれないが、エリオの言う通り適切に処理するなら魔導師の方が向いているのは間違いない。
まぁ、放っておいても勝手に解決しそうと言う現実に変化はないが。
いや、この街には超能力者とか霊能力者もいる。達人には無理でも、彼らなら対処できるかもしれない。
というか、忍者に吸血鬼に人狼、はてはロボットや妖怪までいる。むしろ、対処できない事態と言う物の方が少ないくらいだろうが。

「っていうか、なんでいることが分かるんですか?」
「え? 気」
「き?」
「うん。途轍もない、だけど覚えのある気の波動が感じられるから、多分」
「……キャロ、なんか感じる?」
「全然わかりません」

試しにキャロに話を振るティアナだが、返ってきた答えはやはり否。
魔導師や魔導騎士が使う魔力感知の様なものなのかもしれないが、さっぱりわからない。
というか、そもそも「気」と言う概念になじみがないのだから当然か。
で、悩む新人達とは別に、高町家の家族構成を知るフェイトとリインがその4人の内訳を考える。

「士郎さんに、恭也さんと美由希さんで3人。でも後は……」
「美沙斗さんもいるかもしれないですね」
「あぁ、確かに」
「あの、どなたなんですか、その人?」
「御神美沙斗さん、なのはの叔母さんだよ。美由希さんは同じ職場で働いてるから、一緒に帰ってきてるのかも」
「だとしたら、世界で4人しかいない御神の剣士勢揃いです♪」

ギンガの問いに、とりあえずさわり程度に答える。
正直、高町家は高町家で色々家庭事情が複雑なので、話し出すと割と長く、その上重い。
実は御神流は元々暗殺を生業としており、それが原因で4人を残して他の御神の剣士は皆爆弾テロで亡くなってるとか、実はなのはと美由希の関係は姉妹ではなく従姉妹とか、美沙斗が美由希の実の母親で幼い美由希を兄であるなのはの父に預けて復讐の旅に出たとか。そんな話はさすがにできない、プライベートにもかかわるし。

「そう言えばギンガさんは来た事あるんですよね?」
「前に一度師匠達を送ってきた時にね。って言っても、海鳴は通っただけよ。
 まぁ、あの時は達人がそんな何人もいる街とは思わなかったけど……」
「兼一さんが住んでた所って近いの?」
「近くもなく、遠くもなくってところかしら。電車でいくつか先だし」
「へぇ~」

とは、ナカジマ姉妹とティアナの会話。
スバルなどとしては一度見に行ってみたいと思わなくもないのだろう。
まぁ、若干怖いもの見たさ、お化け屋敷や絶叫系のアトラクションに乗る心境なのだが。

「でも、今日はお仕事だしね。さすがに梁山泊に寄っていく訳には……って車?」

と、遠方から響く車の駆動音の方へ視線を向ける兼一。
皆もやや遅れてそれに気付き、等しくそちらを見た。
さりげなくスバルとティアナが「自動車」が存在している事実に感心しているが、さすがに失礼である。
いったい彼女達は、文化レベルBというものをどの程度のものと思っていたのやら。
まさか、石器時代を想像していたわけではあるまいに。

まぁそれはともかく、やってきた車はなのは達の手前に停車。
勢いよく扉を開くと、陽光を凝縮した様な明るい金髪をショートにした闊達そうな美人が飛び出してきた。

「なのは! フェイト!」
「アリサちゃん」
「アリサ」
「なによもう、ご無沙汰だったじゃない」
「にゃはは、ごめんごめん」
「色々、忙しくて」
「私だって忙しいわよ、なんたって大学生なんだから」
「アリサさん、こんにちはです!」
「リイン、久しぶり!」
「はいです!」

どうやら「アリサ」と呼ばれた女性となのは達は知り合いらしく、和気藹々と旧交を温める。
その姿はどこにでもいる普通の少女のそれで、あまりそう言った姿、イメージのないティアナやスバルなどはどこか茫然とそれを眺めていた。
また、エリオやキャロも知らない人物らしく、誰なのか聞きたそうにしながら踏ん切りがつかないでいる。
それに気付いたフェイトは、皆に向かってアリサの紹介を始めた。

「紹介するね。私となのは、はやての友達で幼馴染」
「アリサ・バニングスです、よろし……」
「や、アリサちゃん久しぶり」

フォワード陣の後ろから、にこやかにあいさつする兼一。
その瞬間、それまで親友との再会に満面の笑顔を浮かべていたアリサの顔が歪んだ。

「…………………げぇ」
(うわ、凄く嫌そうな顔……)

満場一致で看破されるアリサの心。
まぁ、仕方がない。実際、本当に疑いようもない位にげんなりした顔をしているのだから。
むしろ、これを見て「再会を喜んでいる」と思った人は、眼科が脳外科に行った方が良い。

「話しは聞いてたけど…アレ、ホントだったんだ」
「あ、アリサちゃん……」
「アリサ、アリサは兼一さんの事知ってるの?」
「あ~、一応ね。ほら、私とすずかの家ってああいう所でしょ。その関係でね」
「ああ」

月村家とバニングス家は頭に『蝶』…ではなく『超』のつくお金持ち。
その成功や発展を妬んでの脅迫及び誘拐など、その手の実力行使に晒されることも多かった。
一応ボディーガードや警備員を雇ったりはしていたが、それでは手に負えない時もある。

そう言う時に頼りになります、梁山泊。
と言うわけで、望むと望まざるとにかかわらず、アリサは兼一ともかかわることになった。
その際に何があったのかは知らないが、アリサの中では兼一も梁山泊の師匠達と同じ「変人」判定がついているらしい。

ただ、他の面々はそんな事情などもちろん知らない。
なので、一同を代表しギンガが問うた。

「リイン曹長、その『すずか』さんというのは……」
「アリサさんと同じ、はやてちゃん達の親友です!
 お二人とも御実家がお金持ちですから、昔からいろいろ大変だったみたいですよ」
『へぇ~』
「ちなみに、なのはさんのお兄さんとすずかさんのお姉さんは結婚してるので、なのはさんにとっては親戚でもあるわけですね」
「なんというか、すごいですね」

とは、事情を聞いたティアナの弁。
実際、高町家と月村家の繋がりは一際深いと言っていいだろう。

ちなみに、先ほどからずっと影の薄い翔だが、少し離れたところでフリードと一緒に湖覗き込んだり、周囲の森を探索したりしている。
どうやら、翔やフリードには大人組みの話はあまり面白くなかったらしい。

とまぁ、外野がそんな他愛もないことをしていたその時。
アリサは深々と溜息をつき、兼一に向けてこう言った。

「まぁ、なんか今更な感じになりましたけど……お久しぶりです」
「そうだね。なのはちゃんと会った時も思ったけど、アリサちゃんも益々美人になって。
 なんていうか、月日の流れを感じるなぁ。僕も年を取るわけだよ」
「言うほどの年齢じゃないじゃないでしょ」
「まぁ、そうなんだけど、気分的に」

親しいと言えるほどの関係ではないのか、どこか素っ気ないアリサの対応。
いや、彼女がこういう態度を取るのには別の訳がある。

「とりあえず、一ついいですか?」
「え?」
「あの宇宙人、いい加減なんとかしてくれません?」
「ああ、アレ?」
「そう、アレ」
(アレ? って言うか宇宙人?)

固有名詞を徹底的に排除した会話に、首をかしげる一応。
なのはだけは意味がわかっているのだが、苦笑いを浮かべるだけ。
二人の話題となっているナマモノの実態を知るだけに、そういう表情しか浮かんでこないのだ。

「そんな事言われてもねぇ…僕ももう連合から離れてるし」
「アレの親友でしょ! なんとかしてよ、あのバカ!」
「え? 親友って誰が?」
「あなた以外にいないじゃない! 友達の言う事なら少しは……」
「友達? 友達じゃないよぉ~、アレは悪友。
ついでに言うと、アイツは人間じゃないから誰が何を言っても心を入れ替えるなんてありえないしね」
(どこのだれか知らないけど、酷い言われよう……)

会った事もない宇宙人(仮)の、あまりの扱いの酷さに同情を禁じ得ない面々。
しかしすぐに思い直す。このお人好し大王にここまで言わせるような相手だ、もしや自業自得なのではないかと。

「あの、さっきから宇宙人と言ってますけど、どんな人なんですか?」

聴くのはティアナで、聞かれたのはなのは。
こっそりと耳打ちされ、なのははなんと答えたものかと微妙な表情。
とはいえ、外見的特徴くらいなら簡単だ。

「耳がこんなとんがってて、眼はつりあがってるかな? で、おかっぱ頭で頭から触覚が生えてて、舌の先が二股にわれてるんだけど……」

次々と列挙されていく宇宙人(仮)の特徴。
それを聞いて、皆は思った。アリサと兼一の評価が、実に妥当なものである事を。
少なくとも、外見的特徴はだいぶ人間離れしている。

「情報歪めていい様に利用しようとするし」
「うん、それ昔から」
「文句言っても口八丁で丸めこむし」
「それも昔から」
「挙句の果てに、人の事を道具か何かとしか思ってないのよ!」
「初めて会った頃からそうだったなぁ」
「………………………よくあんなのの友達やってられますね」
「うん、僕もそう思う。
実際、縁なら何度も切ろうとしたよ……だけど、アイツが自分の駒を手放すわけないじゃないか」
「確かに……」

苦虫を万単位で噛み潰したような表情の二人。
あの宇宙人に苦杯や煮え湯を飲まされた事数知れず。
性格は最悪だが、これで無能ならよかった。しかし性質の悪い事に、あの男は世が世なら歴史に名を残したかもしれない程に有能な策士。
おかげで、今日までどれだけの迷惑を被ってきた事か……。
そんな二人の話を聞き、フェイトがその人物像を総括する。

「それってつまり、悪魔みたいな人って事?」
「みたいって言うか、完全に『悪魔』よ、アレは」
「最低最悪にして卑怯千万。性根がひん曲がっている上に、骨と魂の芯まで腐った男。疫病神と貧乏神と死神が泣きながら裸足で逃げ出す大害虫。宇宙人の皮を被った悪魔、それが奴だよ。間違いない」
『そこまで言いますか!?』
「いいかい、みんなもくれぐれもかかわっちゃいけない。
関わったら最後、いい様に利用された揚句に骨までしゃぶりつくされるから」

なんだかよく分からないが、下手な…どころか大抵の犯罪者より関わってはいけない相手らしい事はわかった。
というか、考えてみると名前すら聞いていないのだが……二人曰く「知ったら不幸になる」との事。
名前を聞くだけで呪われるとか、いったいどれほどの災厄なのやら。
もしかして、地球が管理外なのは達人を始めそんな人外がいるからなのではないか。
皆の脳裏に、そんな嫌な可能性が頭をよぎるのであった。



  *  *  *  *  *



その後、とりあえずアリサと別れた一向。
チームを4つに分け、それぞれバラバラに市街を探索。
副隊長は後で合流し、リインはスターズと行動しながら中距離探査。
後は各所にサーチャーとセンサーを設置し、結果を待つと言う方針だ。

まぁ、こういう探しものは足と数が基本。
数は人数が限られているので、そこはサーチャーとセンサーをばらまいて補う。

で、チーム分けとなれば当然分隊ごとに分けることになる。
スターズ、ライトニング、全体統括のロングアーチ、そしてその他。
本来、兼一はギンガと一緒に、その他として単独でセンサーやサーチャーの散布に当たるべきなのだが、今回は翔が一緒なのでそちらにつきっきり。
そんなわけで、現在白浜親子は合流してきたはやてやシャマルと先のコテージにいた。

「すみません、八神部隊長。翔の我儘を聞いてもらっちゃって」
「ええですって。翔も偶には日本の空気を吸いたいやろうし」
「それに、折角のお父さんとのお出かけを潰しちゃったんですもの、これ位の穴埋めは良いじゃないですか。ね、翔?」
「んふふ~♪」

管制や通信などに精を出す傍ら、そんな雑談をする大人たち。
翔はシャマルに頭を撫でてもらいながら、気持ち良さそうに猫の様に目を細めている。

「みなさん、ちょっと翔を甘やかし過ぎですよ……」
「まぁまぁ、ええやないですか。可愛いんやし」
「そうですよ。翔は良い子ですし、偶には我儘を言ったっていいじゃないですか。ねぇ~」
「うん!」
「はぁ~、まったくもぅ……」

その年齢もあり、翔は今や機動六課の2大マスコットの一角。
親として息子が愛されているのは嬉しい限りだが、甘やかしてばかりは良くない。
そうは思うのだが、あまり聞き入れてもらえないのが現状だったりする。

「ほら翔も、二人ともお仕事中なんだからあんまり邪魔しない。こっちにおいで」
「ぶぅ~」

溜め息交じりの兼一と、それではつまらないとばかりに口をとがらせる翔。
はやてとシャマルとしてはそんな微笑ましい光景がおかしくて仕方がないらしく、クツクツと笑いを堪えていた。
『別に気にしない』とも言おうと思ったのだが、それを言うとまた兼一が渋い顔をするのが目に見えている。
なので、とりあえずここは兼一の顔を立てて何も言わずにいたのだが……。

「じゃあ、何するの?」
「折角湖がある事だし泳ぐ……にはちょっと冷たいか」

泳げない事はないだろうが、急な出張だったのでそんな準備はない。
あとやれる事があるとすれば、修業か森の中を散策する位。
とそこまで考えた所で、ある事を思い出して手を叩く。

「そうだ。もし聞こえる範囲にいれば……」
『?』

言うと、兼一は森の方を向く。
その行動の意味がわからず、揃って首をかしげる三人。
だが、頭に疑問符を浮かべる三人を無視し、兼一は大きくも小さくもない声で森へと呼び掛けた。

「お~い、もし近くにいるなら出てきてくれないかな?」
「誰に話してるんでしょう?」
「ここって確か、アリサちゃん家の土地の筈やけど……」

だとすると、コテージを含めたこの辺りの管理をしている人を呼んだのかもしれない。
何しろ、この湖とコテージを中心とした森の大半がバニングス家の土地。
充分に広いその敷地を管理する人間がいても不思議ではない。
また、兼一は以前からアリサとも顔見知りだからその可能性はある。
が、それにしては些かならず親し過ぎる呼びかけの様な……。

そのまま、待つこと数分。
皆が兼一の言葉の意味を測りかねていると、森の方から『ガサガサ』という何かを掻き分ける音。
全員が揃ってそちらを向くと、そこからのっそりと巨大な黄色と黒の縞々の巨体が……。

「って、トラ――――――――――――!?」
「なんで! なんで日本の森の中からトラが出て来んねん!?」
「そもそも日本にトラっていましたっけ!?」
「そら動物園とかならおるやろうけど、野生のトラなんているわけないやん!!」

そもそも、日本はトラの生息地ではない。
なのではやてが言う通り、日本に『野生』のトラがいる等あり得ないのだ。
いるとすれば、それは動物園から逃げ出して野生化した場合くらいか。

本来トラなどものともしない戦力を持つ二人だが、さすがにインパクトが大きかったらしい。
面白い位に慌てふためき、ワーワーギャーギャーと叫ぶばかり。
がそこで、翔がトラに向かってトテトテと駆けて行くのを発見。

「あかん、翔!!」
「こっち、早くこっちに!!」
「わぁ~、おっきい~」
「そんな悠長なこと言うとる場合かぁ~~!?」

危機感の欠片もない翔の反応に、全身全霊の突っ込みを入れるはやて。
しかし、そんなものでネコ科の大型肉食獣が止まる筈もなし。
優に体重300キロは超えていそうなトラは、口を開きながらゆっくりと翔に顔を近づけ……。

「シャマル!」
「はい! クラールヴィント!」

今まさに翔の頭にかぶりつこうとするトラを止めるべく、デバイスを起動する二人。
だが幼い子どもを守ろうとするそれは、その親の手によって阻まれた。

「あの、二人とも。気持ちはわかりますけど、物騒な事はやめましょうよ」
「止めないでください、兼一さん! というか、なんでそんな平然としてるんですか!!」
「そです! このままやと、翔がトラの餌食に……!」

デバイスを持つ手をやんわりと掴まれた二人。
どこまでも必死な表情の二人に対し、兼一は苦笑を浮かべている。
二人の懸念は最もなのだが、事情を知る身としてはそんな表情しか浮かばないのだ。

「ああ、その辺は大丈夫ですよ」
「何を根拠に……」
「だって、ほら」

兼一が指し示す先にあるもの。
それは、二人が全く予想もしなかった光景だった。

「キャハハハハハハハハ♪ くすぐったいよ~」
「ゴロゴロガオ~ン♪」
「「う、うっそ~ん……」」

べろべろと翔の顔をなめまくるトラと、それを笑って受け止める翔。
幾ら子どもでも、あの巨体を恐れない胆力は凄まじい。
まぁ翔の場合、逆鬼の強面で耐性があるので、この程度はなにほどの物でもない…のかもしれない。
ではなく、どこからどう見てもトラに間違いないあの生き物が、何故にまるで猫の様な仕草なのか。

「ど、どういう事ですか?」
「いやまぁ、驚くのも無理はないですけどね」
「あれ、トラですよね?」
「はい、名前はメーオ。師匠のペットなんですよ」
「ペット!?」
「トラをですか!?」

苦笑しながら事実を告げてみれば、案の定目を白黒させる二人。
生き物としての危険性で言えば、竜であり火を吐くフリードの方がよっぽど危険な気もするが、アレは普段の状態が状態だ。
外見的には、やはりトラ…メーオの方が危険に見える。
それを考えれば、目の前の事実を中々受け止められないのも無理はない。

「トラをペットにするなんて、さすが兼一さんのお師匠さんや……」
「どういう意味なのか凄く聞きたいですけど……いいです。
まぁ、本人は未だに猫と思ってるみたいですけどね」
「トラと猫って……普通、間違えませんよ?」
「すずかちゃんとこのにゃんこの中にトラがまじっとったら、絶対気付くで」
「でも、ほんとなんですよ。メーオって名前も、タイ語で『猫』って意味ですし」

つまり、トラと猫を同列に扱っているとかではなく、完全に猫として認識していると言う事だ。
一応他の師匠達はトラと認識した上で猫と同列に扱っていたので、あまり差がないと言えばそんな気もするが。
とはいえ、さすがにその感覚のズレには頭を抱える二人。

「でも、あのトラが兼一さんのお師匠さんのペットなら、なんでこんな所に……?」
「以前は梁山泊で飼ってたんですけど、あの大きさですからね。
 さすがに庭で飼うのは無理があったので、丁度仕事で知り合ったアリサちゃんの御両親に頼んで……」

場所を貸してもらったと言う事だ。
敷地の外には囲いもあるし、メーオには厳重に囲いから出ない様に言ってある。
幸いメーオは利口なトラなので、言い付けは守っているらしく騒動にはなっていない。
まぁ、そうでなければとっくの昔に動物園に送られるか射殺されているだろうが。
ちなみに、食費と食料の調達はちゃんと梁山泊持ちである。

「しかしまぁ、これでようやく納得がいったわ」
「何がですか?」
「アリサちゃん、兼一さんの顔見てものすんごい嫌そうな顔しとったらしいやん」
「……あぁ、それはまぁ、無理もないですよね」

幾ら土地があろうと、トラなど押し付けられては嫌な顔の一つもするのは仕方がない。
翔とのやり取りを見る限り、かなり懐っこい様だが……それはたいした救いにはなるまい。

この日、はやては心の底からアリサに同情し、同時に不安を覚えた。
いつか自分も、アリサが被ったのと同等かそれ以上の何かに見舞われるのではないか、と。



  *  *  *  *  *



ちなみにその頃、なのはの両親が経営する喫茶翠屋。
任務とは言え、久しぶりの里帰り。
折角なので家族に元気な姿を見せたいし、自分も元気な姿を見たいと思うのは人情。
顔を見せるついでにお土産でもと、スバルとティアナ及びリインを伴って、なのはは翠屋の扉をくぐった。

「おかーさん、ただいまぁ!」
「なのはぁ、おかえり!」

扉を開くと、間もなく駆け寄ってくるなのはと同じ長い栗色の髪をしたエプロン姿の女性。
パッと見の年齢は、高く見積もって二十代後半。
しかし、今現在目前で繰り広げられているなのはとの様子を見るに、この人が彼女の母親らしい。
あまりの若々しさに、新人二人は空いた口が塞がらない。

(お母さん、若っ!?)
(ほんとだ……)
「桃子さん、お久しぶりです♪」
「リインちゃん、久しぶりぃ!」

そんな二人を尻目に、リインもまた久しぶりのなのはの母親「桃子」との再会を喜んでいる。
その間にも、ぞくぞくと店の奥から姿を荒らす人々。

一人は背の高い黒髪の男性、こちらも若い。
さらにその後ろには、長い黒髪を三つ編みにした眼鏡美人、こちらはさらに若い。

「おぉ、なのは。帰ってきたな!」
「おかえり、なのは」
「お父さん、お姉ちゃん」
「「あ……」」

憧れであり、目標であり、身近にいても雲の上の様な人の家族と、そんな人たちに見せる素の表情。
その様子にどこか圧倒された様子の二人。
ただただ呆然とする事しかできない二人だが、なのはは気付いた様子もなく紹介する。

「あ、この子たち私の生徒」
「ああ、こんにちは。いらっしゃい」

なのはの紹介に、どこか感慨深そうな表情を浮かべるその父。
スバルは緊張の為か、声を上ずらせながら返事をする。

「は、はい!」
「こんにちは」

スバルと違い、辛うじて平静を装うティアナ。
だが、スバル同様その眼はチラチラとなのはの家族へと向けられている。

「でも、お姉ちゃん帰ってたんだ」
「まぁね。大きな仕事が一段落したから、母さんに『しばらく休んでこい』って追い出されちゃった」
「あはは、そっかぁ」
(お母さんに追い出された?)
(のに、なんでお店のお手伝い?)

いまいちなのはの姉の言っている意味がわからず、首を傾げる二人。
事情を知らない二人からすると、彼女の言は前後で矛盾しているように聞こえる。
が、当の家族一同は特にそれに違和感がないようなので、尚の事首をひねるばかりだ。

「じゃあ、美沙斗さんは?」
「まだ香港だけど、もう少ししたら帰ってくるよ」
「そっかぁ、となると今回は会えそうにないかな。じゃあ、お兄ちゃんは帰ってる?」
「? ううん。帰ってくるって話は聞いてないけど……どうしたの?」
「あ、ちょっと気になって」

そう言って、笑って誤魔化すなのは。
兼一の感覚が正しければ、この街にはあと一人か二人は達人がいる筈。
まぁ、他にも当てがないわけではないので、他の人たちだろうと結論したのだ。
例えば、さざなみ寮の住人や元住人達とか。

と、そこでなのは思い出す。
翔の面倒もあるし、出張中に私用の為だけに動くわけにはいかない。
なので、もし翠屋に寄る事があったらよろしく言っておいてほしいと頼まれていたのだ。

「あのね、ちょっといいかな……」
「あ、そうだ。なのは、こっち!」
「にゃにゃ!?」

が、それを言おうとしたところで突然姉に腕を引かれる。
身体能力では天地の開きがあるので、なのはにそれに抗う術はない。

「ど、どうしたの!?」
「ちょっとね、今日は珍しいお客さんが来てるんだ。
 折角だし、なのはも挨拶していきなよ」
「へ? …………………あ!」

連れて行かれたのは、奥まったテーブル席。
見れば、そこにはなぜ今まで気付かなかったのか不思議なほどの存在感を放つ大小の二人組がいた。

そこでなのはは理解する。
兼一の感覚が正しかった事と、彼が感じた気の波動の正体を。



  *  *  *  *  *



で、場所は戻って湖畔のコテージ。
少々早めではあるが、そろそろ日も陰り始め夕食時だ。
現地協力者…この場合、なのは達の幼馴染兼親友であるアリサとすずかになるが、彼女らが差し入れをしてくれた。コテージの倉庫に入っていたバーベキューセットを引っ張りだし、調理に掛かるはやてと兼一。

諸般の事情により、シャマルと翔は見学。
意味合いは違えど、この二人が調理に関わるのは非常に危険だ。
同列に扱われ、シャマルが不機嫌になったのはどうでもいい事だが。

ちなみに、すずかはそれほど兼一……というか梁山泊や新白連合への抵抗感が強くはないのか、アリサと違い中々友好的な再会を果たした事を追記する。
さらに言うと、メーオはすずかから肉のおすそ分けを貰い、頭を撫でてもらって機嫌良く森の中へと帰って行った。特殊な血筋の彼女からすると、達人たち同様メーオは猫と同列なのだろうか。

まぁ、それはいい。ここまでなら特に問題もなく時間が過ぎて行っていた。
しかし、市街に探索兼センサーやサーチャーの設置に出ていた面々が戻ってきた所で状況は一変。
より正確には、やや遅れてやってきた自称「お姉ちゃんズ」、なのはの義姉「美由希」とフェイトの義姉「エイミィ」、おまけでフェイトの使い魔…改め、ハラオウン家の使い魔「アルフ」の到着と共にだ。

運転席からエイミィ、助手席からは美由希と彼女に抱えられたアルフ。
そして、何故かその後ろから姿を現したのは……

「やぁ、アパチャイだよ!!」
『デカッ!?』

2mを優に超える褐色の肌の巨人。
通常なら威圧感満載の体躯なのだが、その顔には愛嬌のある人なつっこい笑顔。
とはいえ、やはり外見が外見だけに、一瞬ビクリと身体を震わせた面々。
だが、そんな皆を余所にアパチャイへと駆けよる二人がいた。

「って、アパチャイさん! どうしてここに……」
「あ、アパのおじ様、ひさしぶりぃ~」
「アパ! ギンガと翔も久しぶりよ!!」
「ん? 確かこいつ、恭也さんの結婚式の写真に写ってた……」
「ギンガ、彼はもしや……」
「あ、はい。師匠のムエタイの師匠のアパチャイ・ホパチャイさんです」

副隊長達の質問への答えに、皆が「あぁ」と思いだしたように手を打つ。
そう言えば、以前確認のために見せてもらった写真に写っていた。
兼一と違い、見た目からしてキャラが濃いので忘れたくても忘れられない。
と、そこでアパチャイの視線がある一点で止まった。

「あ、なのはも久しぶりよぉ!!」
「うん、ホント久しぶりぃ!」

なのはへと駆けよるアパチャイと、それに満面の笑顔を返すなのは。
だが、次の瞬間皆の目が点になった。

何しろ、なのはを抱き上げたと思ったら、そのままポンポンと何mも真上に放り投げてはキャッチ。
それを何度も繰り返し、なのはも特に抵抗せずに為すがままだ。

「ええっと、良い人…みたいだね」
「そ、そうみたいね」

なのはを尊敬する新人達としては、中々ショッキングな光景だ。
思わず顔をひきつらせ、そんなコメントをしてしまうのも無理はない。
そこではたと気付く。折角の師との再会だと言うのに、兼一はどうしたのだろうかと。

「そういえば、兼一さんは?」
「あれ、さっきまでそこに……」

気になったエリオとキャロが周囲を見渡すと、すぐに兼一の姿は発見できた。
ただし、ちょっとおかしな状態で。

「うきょー! 女の子がいっぱいねぇ!!!」
「やめてください、師父! アンタ突撃して何する気ですか!?」
「そんなの決まってるね! そこに山(胸)が、谷(尻)がある。
 なら、やることなんて四千年前から一つしかないね!」
「元とは言え鳳凰武侠連盟の最高責任者でしょ!
梁山泊と中国拳法の品位をどれだけ下げれば気が済むんですか!?」
「ふっ、真に価値のある物の為には何物も恐れない、それが漢の生き様というものね!
 それがわからないとは、兼ちゃんもまだまだね」
「それっぽい事言っててもやろうとしてる事はセクハラでしょうが!!」

帽子を被った髭の小柄な男に掴みかかり、なんとか抑え込もうとする兼一。
見た目からは想像もできない筋力を持つ兼一が相手となれば、振り払う事は不可能に近い。
仮にできても、生半可なことではない筈なのだが……。

「邪魔ね――――――――!!」
「ああ、もう! ホントこのオッサンはエロが絡むと!!」

なんと、体格で一回り以上小柄な男は兼一の妨害などものともせずに突き進む。
とはいえ、兼一は弟子や子ども達を守る役目を自らに課している。
たとえそれがセクハラであろうとも、と言うかセクハラなど以ての外だ。
ならば、やる事は決まっている。

「アパチャイさん! 美由希ちゃん!」
「あぱ!」
「はい!」

兼一の求めに応じ、小柄な男…剣星へと駆けより取り押さえに掛かる二人。
そうして、達人三人がかりでようやく剣星の侵攻は止まった。
地面に組伏された剣星は、未練がましそうに指をワキワキさせながら、まるでこの世の終わりの様に涙する。

「な、なんで邪魔するね―――――――――!?
 そこに、そこにパラダイスがあると言うのにね!!」
「「邪魔するに決まってるでしょうが!!」」
「アパパパパパパ♪」

こうして兼一は、師や旧友との再会を喜ぶ間もなく疲れ果てることになったわけで。
ちなみに他の面々が唖然としていた中、アリサは冷ややかな目でこの師弟を見ていたのだが……これではそう見られても仕方がない。

その後、剣星は美由希が常時携帯している鋼糸でグルグル巻きにされ拘束。
だが全く懲りていないようで、隙あらば抜け出そうと虎視眈々。
しかし、さすがに兼一と美由希の二人がかりで監視されていてはそれも難しいらしい。
一応、今のところは大人しくしている。

初対面となる面々は努めてそれを意識の外へと追いやり、とりあえず初対面同士で自己紹介。
それにはもちろんアパチャイや剣星も含まれる。

「やぁ、アパチャイだよ!」
「アパチャイさん、それもうやりましたから」
「あぱ?」

そもそも、これでは碌に自己紹介にすらなっていない。
とは言えアパチャイにこれ以上を期待しても仕方なく、代わりに兼一が紹介する。

「えっと、こちら僕のムエタイの師匠のアパチャイ・ホパチャイさん」
「よろしくよ!」

返って来た反応はどこか呆気にとられた様な少々まばらな拍手。
アパチャイはそれを気にした様子もなく、にこにこと満面の笑顔を浮かべている。

「で、こっちの変態が中国拳法の師父で……」
「何を言うね、兼ちゃん! エロは生命の象徴ね! おいちゃんはただ魂の咆哮に正直なだけね!!」
「……聴いての通り、趣味はセクハラと盗撮だから、みんなくれぐれも注意するように」
『は、はぁ……』

その紹介の仕方もどうかとは思うのだが、一面の事実だけにどうしようもない。
だがまぁ、場の男女比率を考えれば当然。それも、その美人度たるや尋常ではないのだから。
ただ、相手は曲がりなりにも師。そんな事を言っていると……

「兼ちゃん、おいちゃんは悲しいね。あの頃は師弟を越えた友情があった筈なのに、昔の兼ちゃんはどこに行ってしまったね。あの日、胸に宿し共有したと思った情熱、それを兼ちゃんは忘れてしまったね」

涙ながらに過去を振り返り嘆く剣星。
言っている意味はわからないが、きっととても大切な何かがあったのだろう。
その姿は周囲の同情を引くには十分で、それまで冷ややかだった視線が僅かに緩む。
まぁ、実際にはそんな上等なものではないのだが。

「そう! あの日、共にしぐれどんの罠をくぐり抜け! その先に待つ美羽の」
「ワー! ワー!! ワー!!!」

語りの途中、突如大声を上げる兼一。
それにかき消され、その続きは皆の耳には届かなかった。

「父様?」
「どうしたんですか、師匠?」
「な、なんでもないよ! 師父、ちょっとこっちへ!」

剣星の肩に腕を回し、少々強引に連行する。
もちろん、息子と弟子への愛想笑いは忘れない。
皆、いったい何をしているのかと首を傾げる中、兼一は剣星に詰め寄る。

「いったいどういうつもりですか?」
「いや、兼ちゃんの昔の武勇伝を聞かせてあげようかと思ってね。
 師と共に数々の苦難を退ける、まさに美談ね」
「あ、あなたって人は……!」

確かに、字面だけ追えば美談に見える。
しかし、その実態を知る当の本人としては、隠蔽したい恥部だ。
それもこの場には弟子や息子など、自分を尊敬してくれている人が多数。
知られれば、彼らから軽蔑のまなざしを向けられる事は必至だ。
ならば、する事は一つ。

「要求はなんです?」

声をひそめ、ぼそぼそと剣星の耳に小声で話しかける。
剣星はそれに対し、長い眉毛に隠れた目を光らせた。

「なぁに、ちょっとおいちゃんの行動の自由を保障してくれればそれでいいね。
 安心するね、ギンちゃんには何もしないと誓うね」
「僕に、みんなを売れと?」
「別に怪我をさせるわけじゃないね。それに、弟子と息子の尊敬と比べれば安いものね」

確かに、言ってしまえば所詮はセクハラ。
昔の若さ故の過ちを知られる事に比べれば、何程の物か。
だが、このお人好しがどんな理由であろうと仲間を売る筈がない。
それも、皆を実の子どもや妹の様に思っているのなら尚更。

「師父、僕の信念は信じた正義を貫く事。この拳は、大切な人達を守る為の拳です」
「それは、交渉決裂と言う事かね?」
「弟子はいずれ師を越えるものですよ」
「よく言ったね! なら、おいちゃんを越えてみるが良いね、我が(ウォー)弟子(ディーズ)!!」
「積年の恨み、今こそ!!」

そうして、突如始まる無駄にレベルの高い師弟喧嘩。
蹴りが湖を割り、拳が地を穿ち、激しい動きが突風を生む。
外野からすると突然脈絡もなく始まったそれを見て、ヴィータが一言。

「いきなり何始めてんだ、アイツら?」
「しかし、さすがは白浜の師だ。勉強になる」
「いやまぁ、そりゃそうなんだろうけどよ……」

シグナムの言は正しいのだが、それで済ませていいのだろうか。
正直、状況の変化に付いていけない。
それは他の面々にも言える事で、大半が呆然とそれを見やっていた。

しかしそこで、師弟のしょうもない骨肉の争いに変化が生じた。
元より、如何に達人の世界に至ったとはいえ、兼一と剣星では武の世界に浸って来た時間が違う。
故に、拳を交えれば兼一の方が分が悪いのは自明の理。

それを証明する様に、徐々に徐々に防戦一方へと追い詰められていく兼一。
やがて、兼一の堅牢な防御を突破し、剣星の右掌打が兼一の身体を跳ね上げた。
向かう先は、醜い姉弟喧嘩を繰り広げる二人に背を向け、翔やフリードと戯れる身長2mを超す褐色の巨人。
吹っ飛ばしてからその事に気付いたのか、剣星は思わずばつの悪そうな声を漏らす。

「ぁ、こりゃちょっとミスったね……兼ちゃん、許すね」
「アッパァ!」
「ぶほっ!?」

振り向きざまに放たれた蹴りが、兼一の身体を今度は高々と斜め上空に蹴り飛ばす。
まるで小石の様に吹っ飛んでいく兼一に気付き、皆の視線がそちらに移る。

「あぱ!? アパチャイ、今なに蹴ったよ!?」
「な、何やってんですかアパチャイさん!」
「癖よ!」
「おい、今のかなりヤベェ角度で入ったぞ」
「師匠~~~~!?」

何が悪かったかと言えば、ただひたすらに運が悪かった。そうとしか言いようがない。
もし吹っ飛ばされた先が他の誰か、せめて美由希相ならこうはならなかっただろう。
だが、相手はアパチャイ。幼い頃から命懸けの裏ムエタイのリングで戦い続け、全力攻撃が条件反射の域に達した彼だからこそのこの結果。

その間にも兼一の体は美しい放物線を描いてコテージに激突、同時に爆砕。
辛うじて半壊にとどめたが、閑静なコテージは見るも無残な有様と相成った。

「け、兼一さん!!」
「も、もしかして死んじゃったんじゃ……」

あまりの激突の勢いとその結果に、顔を青くして震えるライトニングの二人。
バリアジャケットがあったとしても、あの一撃を受けては命が危ない。
幾ら以上に頑丈な兼一とは言え、あの威力を無防備な状態で危険極まる角度で受けては……。
二人だけでなく、その場にいるほぼ全員がそう思っていた。

「いや、兼ちゃんならこの程度で死にはしないね」
「ですね。それにアパチャイさん、ギリギリのところで手加減しましたし」
『ホントですか!?』

剣星と美由希の言葉に、食いつくように反応する面々。
そんな皆をなだめるように、剣星が言葉を重ねる。

「そうね。昔のアパチャイならともかく、今のアパチャイは手加減を覚えてるね」
「そうよ! アパチャイ、ちゃんとテッカメンしたよ!」
「手加減ですよ、アパチャイさん」

美由希のツッコミに、みんなは思った。『覚えてないじゃん!?』と。
まぁそれでも、昔はホントに比喩ではなく「手加減」と言う言葉そのものを知らなかったので、それに比べれば遥かにマシなのだが。

「それに、他の人ならいざ知らず、兼ちゃんの耐久力なら……」
「あいちちち……いやぁ、さすがに効くなぁ」
『ホントに生きてた!?』
「つーか、全然ピンシャンしてんぞ、アイツ」

剣星の言う通り、瓦礫と化したコテージから平然と出て来る兼一。
そう簡単に死ぬタマではないとわかってはいたが、それでもあまりの無傷っぷりにヴィータは頭を抱えている。
その後ろでは、アリサが『だから関わりたくないのよ、この連中とは』と言わんばかりに深々と溜め息をついたとか。

「え~っと、一応診ておいた方がいいですよね」
「あの様子やといらへん気もするけど……お願いな」
「はい」

なんとなく無意味と予想しつつ、上体を診察するべく兼一へと駆け寄るシャマル。
その結果は、アパチャイの絶妙な手加減もあって骨折などの重傷は特になし。
というか、コテージを粉砕したくせに打ち身や擦り傷すらない。
ここまで完全に無傷だと、かえって気味が悪い位だ。

とはいえ、怪我がない事を喜ぶならともかく、嘆くのもおかしな話。
六課一同、色々と思う所はありつつもそっと胸に秘め、食事を再開。
はじめのうちは微妙な空気が流れたが、次第にそれもなくなり、皆くつろぎながら思い思いに時を過ごす。
その中には、アパチャイと大食い競争をするエリオの姿もあった。

「兼一さんがあんまり食べないからこっちの人達もそうかと思ったけど……」
「アパチャイさん、エリオ君達に負けず劣らず召し上がられる方なんですね」

本当にちゃんと噛んでいるかさえ怪しいその速度に、若干引き気味のティアナとキャロ。
その足元では、フリードがおこぼれの肉を嬉しそうに貪っている。

やがて空腹を満たしたらしいエリオ。
その食事量は、アパチャイの分と合わせると優に30人前を越える。
が、エリオが満腹になっても、アパチャイは紙皿を手に食事を取りに行く。
それに唖然としたキャロは、思わず尋ねていた。

「ま、まだ食べるんですか?」
「あぱ? 違うよ、これはみんなの分よ」
「みんなって……」

言って、辺りを見回すが概ね皆食事を終え雑談に入っている。
では、アパチャイの言うみんなとは誰かと言うと……

「ピーヒョロロロ~♪」

野菜や肉の山盛りになった紙皿を手に、指笛を鳴らすアパチャイ。
新人四人がそれに首をかしげていると、森の方からガサガサと言う物音。
そして、徐々に彼らは姿を現しアパチャイの下へと集って行く。

『わぁ……』
「ほら、みんなも食べるよ」

集まってきたのは、大小さまざまな動物たち。
小さいものはリスやネズミに小鳥、大きなものはネコやイヌまで。
それぞれが喧嘩をする事もなく、アパチャイの手や紙皿から好みの食事に口を付けている。

「キャロも、こういうことできるんじゃないの?」
「できますけど、でも……」
「でも?」
「何て言うか、凄いなぁって」
「ふ~ん……」

ティアナの問いに、キャロは驚きを露わに答える。
上手く言葉にはできないが、アパチャイのそれは自分とはどこか違うように感じていた。
召喚魔導師にとって、鳥獣使役は割と当たり前のスキルだ。
当然彼女もできるのだが、アパチャイは魔導師ではない。だからこその、「凄い」なのだろう。

「あの、触っても良いですか?」
「……良いって言ってるよ。優しくしてあげれば大丈夫よ」
「あ、はい」

どうやらアパチャイは、すっかりエリオの心も掴んだらしい。
見れば、キャロも混ぜてほしそうにしていた。
ティアナはそんなキャロの背を軽く押してやる。

「って、あれ? そう言えばスバルは?」

視点は変わって剣星。
相変わらず兼一と美由希の二人がかりで監視されているが、特に気にした風はない。
はやての料理に舌鼓を打ちつつ、一番弟子の近況に耳を傾けていた。

「じゃあ、兼ちゃんは闇が何か関わっているかもしれないと考えているのかね?」
「はい、あまり可能性は高くないと思うんですけど」
「まぁ、連中の性質を考えると確かにそうね」
「美由希ちゃんは、最近の闇については?」
「いえ、特に目立った動きはないと思いますけど……」

仕事柄、裏社会とのつながりの深い美由希だが、彼女も特に思い当たる節はないらしい。
まぁ、闇が絡んで来ないならそれに越した事はないのだが。

「話は変わりますけど、どうして師父がこちらに?」
「ん? ちょっと生薬の買い付けにね。そのついでに、翠屋に寄ってみたら丁度なのはちゃんが来てね。
 聞けば、兼ちゃん達も来てると言うじゃないかね」
「でも、普段は岬越寺師匠と一緒ですよね?」
「秋雨どんは所用で出てるね。確か、知り合いから美術品の修復を頼まれたとか」
「なるほど」
「ちなみに、長老は東にぶらっと、しぐれどんは刀狩りの真っ最中ね」
「ああ、そうでしたか。それなら……」

無理に戻らないで正解だったかもしれない。
何しろ、無理に戻っても誰もいないのだから。
とそこへ、それまで遠巻きに様子をうかがっていた人影がはやてやってくる。

「どもです、兼一さん。お話の邪魔をしてもうてすみません」
「いえ、それは別に……」
「ところで、そちらが兼一さんの先生なんですよね?」
「あ、はい」
「おいちゃんに何か用かね?」
「はい。馬先生に、折り入ってお願いが」

とても、とても真剣な表情で剣星と向き合うはやて。
その眼には不退転の決意の光を宿し、その「お願い」に何かある事が伺えた。

「ほう、お願いかね? 可愛い女の子のお願いなら何でも聞いちゃうね」
「ありがとうございます。実は……」
「実は?」
「……………………弟子にしてください!!」
「「はい?」」

突然の申し出に、呆気にとられる兼一と美由希。
はやてが格闘技を覚える事自体は別にいい。
向いていなスキルではあるが、趣味あるいは運動の一環としてやるのはありだろう。
だが、この男に教わると言う事はその域を遥かに超える。
それがわからないはやてではない筈だからこそ、二人は首をかしげているのだ。

「先ほどのお手並み、感服しました! 私も自分の技には自信がありました、ですがそれが井の中の蛙やと思い知ったんです! 是非、弟子に!!」
「ねぇ、はやてちゃん?」
「なんですか、美由希さん?」
「えっと、なんの話?」

相手が剣星なので、はじめは武術の話かと思った。
しかし、それだと前後の言葉に違和感がある。
はやてが自信を持つと言った「技」、それと武術はまず重ならない筈。
相手がシャマルなら、まだ鍼灸や漢方の技術で教えを乞おうとするのはわかる。
では、はやてが教わりたいと言う技とはいったい……。

「それは……………………この手や!」
「「て?」」
「そう! さっき兼一さん達に捕まった時の、指の一見大胆ながら滑らかかつ繊細な指捌き!
 乳揉み道の者として、あれはまさに理想的やった……」

しみじみと、まるで尊いものでも回想するように語るはやて。
二人には何を言っているか全くわからないが、どうやら相当感銘を受けたらしい。

「ほほう、おいちゃんの手技の深さが分かるとは、お嬢ちゃんも相当やるようね」
「いえいえ、まだまだ至らない所ばかりの若輩者です。それを、今日思い知りました」
「そんな事はないね。自分の未熟さを知る、それだけでも充分大したものね」

何か通じる者でもあるのか、二人の間には早速親しい友人の様な空気が生まれている。
本人達からすれば、偉大な先達と将来有望な後輩と言ったところなのかもしれないが。

「あれ? 部隊長、何してるんですか?」
「おお、スバル! ええ所に来た!」
「え?」
「確か、ギンちゃんの妹の……」
「あ、はい! スバル・ナカジマです」
「先生、実はこのスバルも、中々ええものを持ってまして……」
「ほほぅ、確かに将来が楽しみね」

言いつつ、剣星が視線を向けるのはスバルの胸部。
いやまぁ、ギンガの妹なら将来有望なのは確かだが。
しかし、今はやてが言っているのはその事ではない。
もちろん、その事に全く触れていないわけではないが。

「いえ、確かにそっちの成長も期待しとるんですが……スバルも日頃から技を磨いてるんですわ」
「おお! ちなみに、誰で練習してるのかね?」
「ティアです! 今はまだみなさんほどじゃないですけど、いつかきっと追いつくって信じてるんです!
というか、私が育てて見せます!!」
「いやぁ、その使命感はようわかるわ。私も昔は、みんなの健全なバストアップに貢献しようと頑張ったもんや」
「うんうん、美しい友情ね」

目の端に涙を浮かべ、それをぬぐいながら感動する剣星。
ちなみにこの瞬間なのはとフェイト、さらにアリサ、ついでにティアナが「んなわけあるか!!」と誰もいない空間に突っ込みを入れたのだが、この会話との因果関係は不明である。

「ふふふ、エロに性別も年齢も関係ないということね。
もっとエロくなれば世界は平和になると思うけど、君達はどう思うね?」
「いや、全く。世界はもっとエロくあるべきです。エロなくして人類の繁栄はないんやから」
「はい! 胸を揉むくらい軽いスキンシップですよね!」
「うんうん、師弟と言わず、君達とは良い友になれそうね」
「「光栄です!」」

互いに手を握り合い、友情を確認す三二人。
その後もエロ談議に花を咲かせ、「胸だけに拘るのは狭量でしょうか?」「胸、お尻、太股、みんないいものね。優劣を付けるなど女体への冒涜ね」「ふ、深いですね……」「実は、最近はコスプレに凝ってるんですが……」「いいですよね、コスプレ」「うん、それならチャイナドレスは外せないね」等々。余人からすればかなりどうでもいい事で盛り上がっている。

「ふっ、その若さでその見識、おいちゃんの若い頃を思い出すね。
 兼ちゃんには期待してたんだけど、こっちの後継者にはなってくれなくて残念に思ったものね。
 でも、こんな所で若い後を継ぐ子に出会えるとは、今日は素晴らしい日ね」
「ありがとうございます、先生!」
「私は、まだまだお二人には全然及びませんけど…これからもがんばります!」
「うん、その意気ね。それに、スバルちゃんも自信を持つね。スバルちゃんは技が粗いけど将来性は抜群、はやてちゃんも熟練の域に入ろうとしているね。
だけど、それに慢心せず日々の練磨を怠らないことね。エロは、一日にしてならずね!!」
「「へへぇ!!」」
((え? 今、いい事言ったの!?))

全く理解できない三人のやり取りに、すっかり置いてけぼりを食う兼一と美由希であった。
とりあえず、ここに子ども達がいなかったのが不幸中の幸いだろう。



そうして交流会を兼ねた夕食も終わりに近づいた頃。
腹も程良く満たされ、さて食後の一服でもと思った所で、中々に面白いイベントが発生した。
何しろ、茂みからそれぞれ刃物や銃器で武装した黒服の集団現れ、瞬く間の内に当たりを囲んだのだから。

「手を上げろ! 抵抗しやがったらぶっ放すぞ、ガキども!!」

威嚇射撃として上空に向けて一発。
とはいえ、この場にいるメンツのほとんどが荒事の専門家。
すずかやアリサなど、そちらの方面が不得手な者もいるが、彼女らは彼女らでこういう状況には慣れっこだ。
何しろ、割と誘拐や脅迫などの犯罪に晒されることも多い家だっただけに。

故に、取り乱したり恐怖に震えたりする者はいない。
その代わりに、皆は一様に警戒心や敵意を黒服達に向けている。
ただその中にあって、例外が少々。
例えば、たった今やってきた剣星だったり、アパチャイだったり。

「おら、オッサン。手を上げろってのが聴こえねぇのか!」
「ほっほっ。そんな豆鉄砲向けられてもねぇ……とりあえず落ち着くね」
「アパパパ♪」
「笑ってんじゃねぇよ、木偶の坊! 頭悪そうなツラしやがって!! 頭だけじゃなくて目も悪いのか!!」
「……今の、ちょっと傷ついたよ。アパチャイ、頭悪くなんかないよーだ。
むつかしい日本語だってとっても上手になったんだから」

心ない一言にショックを受け、いじけて地面に「の」の字を書きだすアパチャイ。
はっきり言って、銃を前にしているにしては異常なまでの緊張感のなさである。
まぁ、このメンツでは仕方ないと言えば仕方ないのだが。

「主、ここは我らが……」
「あかんよ、シグナム。管理外世界、それも現地の人間相手に魔法は御法度や」

相手が魔導師やロストロギアならともかく、どんな理由があろうと現地の人間に魔法は不味い。
幸い、こちらには達人が複数。なら、特に被害を出さずに鎮圧することも不可能ではない筈。
それならば今はやてがすべきは部下達の制止であり、魔法を使わない事を徹底する事だ。
もちろん、フリードには姿を隠してもらう事も忘れない。

(みんな、絶対に手ぇ出したらあかんよ。ええな?)
『……はい』
(せやけど、この人達の狙いは……)

突然トラックで乗り付け、瞬く間の内に周囲を囲った黒服。
暴力には通じているようだが、軍人や警察の様に訓練が行き届いているようには見えない。
真っ先に狙いとして浮かぶのは、そういう連中に狙われやすいすずかやアリサなのだが……。

「ようやく見つけたぞ! 化け物女!」

品なく怒鳴るのは壮年の強面。
その銃口で示すのは…………………美由希だった。

「誰が化け物ですか!!」
「ほほぅ、重火器で武装したうちの連中50人を無傷で叩き潰した奴が化け物じゃねぇとぬかすか?」
「う…そ、それはまぁ…その……」

まぁ確かに、それだけやれば充分化け物の部類だ。
美由希としては反論したいところかもしれないが、説得力はあまりない。

とはいえ、あまり美由希の深い事情を知らないティアナなどとしては、なぜ目の敵にされているか不思議な所。
少なくとも、彼女の眼には美由希は温厚な女性くらいにしか映らないのだから。

「あの、美由希さんって……」
「ああ、美由希さん、私達と似たような仕事してるから」
「そうなんですか?」
「うん。こっちの世界の武装警察というか、なんと言うか……そう言う所の所属なんだ」
「じゃあ、アレって……」
「たぶん、その関係で怨みを買ったとかそういう事だと思う」

戸惑いがちに問いかけるティアナに、できるだけ噛み砕いて説明するフェイト。
彼女もあまり深く知っているわけではないが、実力主義で、かなり過激な組織とは聞いている。

「てめぇに組織を潰された恨み、晴らさせてもらうぞ!
 なにしろ、今日はこの前の倍の100人! 銃に爆弾もたんまりある!
それも、てめぇの周りには守らなきゃいけねぇ奴らもいるときた。
幾ら化け物みたいな女でも、これならさすがに勝ち目はねぇだろ!!」
(え? 100人って……それだけ?)
(アイツ、自殺願望でもあるのかしら?)

すずかとアリサの二人は、男が提示した今の状況に目を丸くする。
はっきり言って、このメンツにケンカを売るには戦力不足も甚だしい。
なのは達魔導師組を除いても達人が四人。それも、うち二人は正真正銘の梁山泊の豪傑だ。
これをなんとかするなら、最低でもその百倍の戦力は必要なのではないだろうか。
そもそも、この戦力では美由希一人すら殺せるか怪しい所。
なので、美由希が思わずこんな事を呟いたのも仕方がない。

「う~ん、100人かぁ…………今日の御礼参りはちょっとしょぼいかなぁ?」
『これでしょぼいんですか!?』

あまりにも場馴れした、その上とんでもない発言に驚く新人達。
それを見たすずかとアリサは「ああ、まだ耐性ができてないんだ」と憐れむ。
この人種と付き合うには、この程度では驚いていられない事を、あの子たちはまだ理解していないのだ。

「アパ、ならアパチャイがやるよ!」
「アパチャイだとやり過ぎるかもしれないし、おいちゃんがやっても良いね」
「良いですよ。これは私の問題ですし、ちゃんと私が始末をつけますから」
「なら、じゃんけんで決めるよ!」
『よ、余裕だ……』
「てめぇら、状況わかってんのか!!!」

普通に考えれば状況が分かっていないとしか思えないやり取り。
だが、それもこのメンツなら許される。
むしろ、こうなってくると怒鳴り散らす男が哀れでならない。
どれだけすごんでみたところで、男の結末など既に決定しているのだから。
とそこで、辺りを囲む黒服の中の一人がある事に気付いた。

「アパチャイ? まさか、裏ムエタイ界の死神! アパチャイ・ホパチャイか!?」
「なにぃ!? なら、あっちは馬剣星!?」
「ふざけんな!? 梁山泊がいるなんて聞いてねぇぞ!!」
「逃げろぉ!! 物理的に地獄に落とされちまうぞ!!!」

まるで、クモの子を散らす様に逃げまどう黒服達。
彼らはあっという間にその場を離脱し、残されたのは先ほどの壮年の男とガタイの良い長身の黒服一人。
実に見事な撤退であった。

「………………………………………」

いっそ涙を誘う位唖然とした表情で固まる男。
まさか、絶対の自信を持って集めた部下が、戦いもせずにいなくなるとは……。

「あの連中、裏の世界じゃ超のつく有名人だしね。当然っちゃあ当然よ」
「うん。梁山泊って言ったら、基本的にどの組織でも接触禁止が原則だもんね」
「触れたら大爆発…っていうか、関わった瞬間に壊滅決定だしね」
(うわぁ……)

六課も何かと異常な部隊だが、そう言う事を聞かされるとそうでもない気がしてくるから不思議だ。
あの男は犯罪者なのだろうが、それでもこの状況と巡り合わせには同情してしまう。

そんな何とも言葉をかけづらい空気の中、男に声がかけられる。
だがそれは、男のすぐ横合いから。

「所詮屑の下に集まるのは屑か。まぁ、この理論で行けば、俺もその屑の一人なわけだが」
「っ! そうだ、まだお前がいた! ここは退くぞ、一端退いて今度こそ!」
「黙れ、最早貴様に用などないわ」
「は? おぶっ!?」

残された黒服は、裏拳で男の顔を殴り飛ばされる。男の体は面白いように数度バウンドして停止。
一撃で意識を刈りとられたのか、その身体はピクリとも動かない。

「香港警防小隊長『高町美由希』殿とお見受けする」
「確かに私は高町美由希ですけど」
「我が名は黄伯雲、東方で十指に入ると謳われた武器使いとお会いできて光栄だ」

言って、男は手に持っていた長物の布を剥ぐ。
そこから出てきたのは、長い柄の先端に歪曲した刃と言う形状の見事な大刀。

「薙刀…いえ、関刀ですか」
「然り。彼の関羽も用いた青龍偃月刀だ。用件は、おわかりだろう」
「ええ、まぁ。こういう仕事ですからね。
兼一さんも剣星さんも、それにアパチャイさんも手は出さないでください」
「話しが速くて助かる。私が求めるは、貴殿との尋常の勝負。
 梁山泊の首にも興味はあるが、此度の目的はあくまでも貴殿だ。
 恨みはないが、その首を頂戴したい」

宣言すると同時に、強烈な気当たりが叩きつけられる。
腕を上げる為、名を上げる為に強者を求める武人は多い。
特に武器の世界はいつでも首の取り合い。中でも、香港警防で活躍する美由希の首は大人気だ。

「なるほど、気を隠すのがお上手ですね。
 それと、さっきの発言は訂正します。達人級がいるのなら、今日の御礼参りはかなり気合が入ってますね」
「ああ、そういえば御礼参りだったな、これは。危うく忘れる所だった」

苦笑するように、黄と名乗った男の肩がふるえる。
元々、御礼参り自体はそれほど興味がないのだろう。
強者を探していた所に丁度いい話があって参加した、その程度と言ったところか。

そうして、大刀を構えた男は深く腰を落とす。
かまえはやや下段、下からの斬り上げを狙っているように見える。

「ずいぶんとまた、真っ正直な構えを……」
「小細工は好かん。乾坤一擲、初撃に全てをかけるのが我が流儀なれば」

それだけ、自分の力量に自信があると言う事なのだろう。
駆け引きを蔑ろにしているのではなく、あらゆる駆け引きを叩き潰す、その意気の表れだ。
だが美由希はその愚直さに、真っ正直さに好感を覚えた。

初撃を流し、その隙をつく自信はある。
相手の武器は大型だけに、渾身の一撃の後には隙が生じるだろう。
その点、美由希の武器は小回りが利く。その隙をつくのにはうってつけだ。しかし……

「さすがに、それは野暮かな……」
「む?」
「なら私も、受けて立ちましょう」

美由希が腰の後ろに手をやると、「パチン」という音が鳴る。
同時に、彼女の足元に二本の何かがスカートの中から落下。
見れば、それは黒塗りの二本の小太刀。
恐らく、常に肌身離さず携帯する為、そこに隠していたのだろう。

美由希は小太刀を抜き、腰だめに構えて深く腰を落とす。
狙いは突き。だがその構えは、男の構えとどこか似た印象を見る者に与える。

「まさか、真っ向から受けてもらえるとはな。………………かたじけない」
「あなたみたいな人、嫌いじゃありませんから。
 それに、妹や友人の教え子やお弟子さんもいますからね。
 真の武器の技でも、見せてあげようかなぁと」

本来なら、秘技や奥義をひけらかすようなまねはすべきではない。
しかし、この技は別だ。この技を会得できたのは、兼一と出会えたからこそ。
彼が紹介してくれたある人物との出会い、それがあったからこそ習得できた業。
生みの両親も、育ての父も習得できなかった奥義の極み。
その恩義に報いるべく、彼の弟子にこれを見せることに迷いはない。

「ギンガ、翔。それにみんな、君達は運が良い」
「師匠?」
「父様?」
「アレが、真の武器使いの技だ。よく見て、学びなさい」

それは最早技ではない。
『武器を身体の一部』とし、さらに『武器と一つ』となる事で至れる境地。
世界を見渡しても、使える者など数えるほどしかいない。そんな技を見る事ができるのだ。
いったいそれをどれだけ理解しているかは分からないが、それでもギンガ達は目に全神経を集中する。
そして美由希と黄、二人の間を一陣の風が吹き抜いたその瞬間、二人は動いた。

「おおおおおおおおおお!!」
「……………!」

交錯する影。
黄の右下からの斬り上げは、あまりの鋭さにより発生した鎌鼬で延長線上に斬閃を刻む。
おそらく、たとえ風圧でも充分な殺傷力を秘めている筈だ。

それに引き換え、美由希がはなった突きは静かだった。
強く風を裂いた印象はない。気付けばそこにあり、いったいいつ動いたのか判然としない程。
ただ一瞬、手に持つ刀と彼女が同化して見えたのは錯覚か、それとも……。

いずれにせよ、決着はすでに付いている。
大気を割る斬撃と、それとは対照的なあまりにも静かな刺突。
その激突が生みだした結果は、実に顕著だった。

「うっ……ぐはぁ!!」
「…………ふぅ」

刃の中ほどから真っ二つに折られた青龍偃月刀の先端が宙を回る。
また、黄の胴には血の滲む箇所が一つ。鋭利な刃物で刺され、貫かれた傷だ。
その割には出血が少ないように見えるが、普通に考えれば十分すぎる致命傷の筈。だと言うのに……

「武器を折られ、身体を貫かれた。生きてはいても、続ける気には……なれんな」

胴を貫かれながら、黄は致命傷を負ったとは思えない動作で立ち上がる。
彼はそのまま美由希に背を向け、傷を抑えて一歩を踏み出した。

「腕を磨き直して出直すとしよう。失礼する」

敗者にかける言葉はない。
美由希も、もちろん観戦していた面々も何も言わない。
そうして、黄の姿が見えなくなった所で、ようやくキャロが口を開いた。

「あの、あの人治療しなくて大丈夫なんでしょうか?」
「ああ、その心配はないね。ちゃんと、隙間を縫ってたからね」
「隙間、ですか?」
「そうね。体幹部分は確かに内臓や血管、神経がいっぱいで切られたら致命傷ね。
 でも、美由希ちゃんくらいならそれらを避けて通すことも可能ね」

あの一瞬で行われた超絶技巧に、空いた口が塞がらない。
シグナムですら、その精緻を極めた技術に戦慄を覚える。
果たして、自分にそんなまねができるのか。できるとして、あの速度で可能なのか。
正直、自信はない。こと、繊細な技術においては後塵を拝するしかないと自覚しているのだ。

「じゃあ、あの技は……」
「小太刀二刀御神流斬式・奥義の極み『閃』。他流では、『心刃合錬斬』なんて呼んだりもするね。
 武器に頼るのではなく身体の一部とし、さらに武器と一つになる、そう言う技」

美由希の言葉から、かつてシグナムや兼一から聞かされた口伝を思い出すエリオ。
心構えの一種と思っていたそれを体現する技と、それを会得した剣士。
兼一が「武器の極みの技」と言ったその真の意味を、ようやく彼は理解した。

力も速さも超えた境地の太刀筋、それが閃。
同時に、心刃合錬斬とは刀と己を一つにして斬りかかる剣身一体の剣技である。
武器使いとして、剣士として最終的に行きつく先は同じと言う事なのか。
名称こそ違うが、この二つはその本質を同じくする。

義父「士郎」や実母「美沙斗」ですらたどり着けなかった境地。
故に至るには独学で会得するしかないと思っていたその技を、恭也と美由希はしぐれから学んでいた。

「それにしても、結構余裕だった?」
「まさか。正直、ちょっとヒヤッとしましたよ」

逆に言えば、それだけの実力差があったとも言えるのかもしれないが。
何しろ、結局は「ヒヤッとした」だけとも言えるのだから。

「そりゃしぐれさんなら余裕だったかもしれませんけど、さすがにしぐれさんには及ばな……っ!?」

そこまで言いかけた所で、美由希がある事に気付く。
強敵との戦いに集中するあまり、つい失念してしまったその存在。
先ほどまで意識を失って転がっていた筈の男は起き上がり、こちらに向けて何かを投げた。
その正体は……

「爆弾!」

導火線を切る……いや、そんな単純な構造ではないだろう。大体、導火線自体が見当たらないのだ。
あまり強い刺激を与えても、その場で爆発しないとは言い切れない。
魔導師勢にしても、場所が制約となり一瞬躊躇してしまっていた。

「みんな、伏せて!!」
「兼ちゃん!」
「はい!!」

兼一の指示に従い、咄嗟に伏せる面々。
同時に、兼一は師に向けて蹴りを放ち、剣星の身体が爆弾めがけて飛ぶ。
彼はそれを優しく掴み、続いて全力で空高く投擲した。

直後に起こる爆発。
かなりの火力を有していたらしいそれは、かなり高い位置にあってもかなりの余波を生む。
幸い、辛うじて怪我人こそ出る事はなかったが、それでも舞い上がった土埃などで皆汚れだらけのあり様。

まぁ、そんなものは結局風呂にでも入れば解決する事だ。
だから、問題だったのは……

「みんな、大丈夫かよ!」
「僕達は、なんとか」
「翔も大丈夫です」

キャロの上に覆いかぶさる様にして守ったエリオと、同様に翔を守ったギンガが答える。
しかし、突如アパチャイの顔が強張る。
その視線の先には、先の爆発の余波を受けたと思しき小鳥の姿。

「……おろろろろろろろろろ!!!!」
『ビクッ!?』
「やばだばどぅ―――――――――――!!!」

叫ぶと同時にいずこかへと跳躍するアパチャイ。
その姿は瞬く間に見えなくなり、皆はその豹変ぶりに唖然としていた。

「あいや~」
「怒らせてはならないものを怒らせてしまいましたねぇ」
「そう言えばさっきの人は………逃げたみたいですね」
「無駄なのにね」
「「ですね」」

本来、美由希が片を付けるべき事なのかもしれないが、最早彼女に出番はない。
今日、御礼参りにやってきた連中は、逃げた者も含めて壊滅することになるだろう。
なぜなら、彼らは「死神」を怒らせてしまったのだから。
アレに目を付けられれば、たとえ地球の裏、次元世界の果てに逃げても追ってくるだろう。

とりあえず、巻き添えを食った哀れな小鳥を治療し、アパチャイの帰りを待つ。
数秒後、この世のものとは思えぬ悲鳴が上がるのだった。



  *  *  *  *  *



場所は変わって海鳴市内のスーパー銭湯。
先の爆発のおかげで汚れに汚れた事もあり、風呂に入ってさっぱりしようと言うのは自然な流れ。
ただ、あのコテージには風呂はなく、さすがに湖で水浴びという季節でもない。
何より、そんな事をしているとどこぞのエロ親父が何をするかわかったものではないだろう。

一応まだ任務中ではあるが、サーチャーからの連絡を待つのはどこにいても同じ。
デバイスさえ持っていればいいわけだし、同時にデバイスさえあればすぐに戦闘態勢に入れる。
なので、別に銭湯に行っても何も問題はない。

まぁ、問題があったとすれば、あのナリのヴィータが「大人」と主張するくらいか。
どうも、どっからどう見てもエリオやキャロより年下と言う自覚は薄いらしい。
その点、アルフはよく開き直っていると言える、潔い事だ。

ああ、あと些細な問題がもう一つ。
キャロやフェイトを始め、揃いもそろってエリオと翔を女湯に誘う事。

「ほら、注意書きに『女湯への男児入浴は、11歳以下のお子様のみでお願いします』って。エリオ君、十歳」
「ぃ…ええ!? でも、キャロ…その、ええっと……」
「折角だし、エリオも一緒に入ろうよ。エリオと一緒のお風呂は久しぶりだし」
「フェイトさんまで!?」

他の面々の反応も似た様なもの。
まぁ、エリオの事を『男』として認識していないからこそだが。
その点において、エリオと翔は同列と言えるかもしれない。
なにしろ、翔は翔でギンガに誘われているのだから。
ただ、その影でこそこそと女湯へ向かう変態が一人。

「二人だけじゃ心配だし、おいちゃんも一緒に行ってあげるかね」
「師父はこっちです!」
「ああ~、兼ちゃんのいけずぅ~」
「まったく、弟子の弟子に色目を使わないでください!」
「別にギンちゃんが目当てなわけじゃないね! おいちゃんはただ、この世の桃源郷に挑むだけね!」
「どちらにせよ性質が悪い事に変わりはありません!」
「じゃ、じゃあ、僕は兼一さん達と入りますから! それじゃ!」
「あ、僕も~」

まるでどころか、文字通り逃げ出す様にして兼一の後を追うエリオとそれに付いて行く翔。
ギンガはどこか寂しそうにそれを見送り、フェイトは怨みがましい視線を兼一達の背に送るのだった。

しかし、その時は誰も気づかなかった。
男湯へと潜入する、桃色の髪をした小さな影の存在に。



「さて、それじゃまずは軽く身体を洗おうか。特に僕たちは泥だらけだし」
「「は~い」」
「……はい」

元気よくお返事するお子様二人と、どこかガックリと消沈した様子のエリオの声。
無理もない。ようやくキャロとフェイトの「お願い」攻撃を振り切ったと思ったら、今度はキャロの方が突撃してきたのだから。

「じゃ、エリオ君が僕の前でその前に翔。キャロちゃんは僕の背中をお願い」
「「「はい」」」

ちなみにこの布陣、キャロの存在に狼狽しまくりのエリオに配慮しての物。
この段階で既に真っ赤になっていると言うのに、キャロに洗わせたりキャロを洗ったりしたら確実にオーバーヒートする。せめて、少しでも落ち着かせる為に前後を男で固めたと言うわけである。

「ところで…………………師父はくれぐれも普通にお風呂に入ってくださいね」
「………………………なんのことかね?」
「今日は子ども達もいるんですよ! あまり恥ずかしい真似はしないでください! もう遅い気もしますけど……」
「そうね、もう手遅れね! だから、後は突っ走るだけね!」
「開き直らないでください!! アパチャイさん、これちゃんと見張っといてくださいね」
「アパ! アパチャイに任せれば万事休すよ!」
「万事オーケーでお願いします、心の底から」

人はいれども頼りになる者のなんと少ない事か……この状況を一言で言い表すなら「孤立無援」。
ある意味、今兼一は何よりも過酷な戦場にいるのかもしれない。



   *  *  *  *  *



ところ変わって女湯。

「うははは、なんちゅかもう…………堪らんなぁ~」
「はやて、とりあえずその笑いやめなさい、おっさん臭いわよ」
「む、失敬やなアリサちゃん。花の19歳に向かって」
「だから、どっからどう見ても19の女が浮かべる笑いじゃないでしょうが。
 私達はアンタのそれには慣れてるから良いけど、あの子たちが見たら引くわよ」

アリサの言う通り、はやての表情はまるで下卑たオッサンの様。
正直、女性が……それも二十歳前の乙女の表情では断じてない。
彼女を尊敬しているスバル…は微妙だが、ティアナが見たら色々とショックが大きいだろう。

いや、仮にこの笑みをやめたとしても、この手がある限り同じ事か。
何しろ、アリサに注意されている間も間断なく、まるで別の意思を持っているかの様に動き続けているのだから。

「ぁ、ん…ちょ、はやてちゃん」
「ふぁ、こんな…ところで……んぅ」
「ほほぅ、それは場所を改めればええちゅうことか? そう言う事なんか?」

なのはとフェイト、二人の反応に気をよくしたのか、さらに激しさを増すはやての指先。
外野ではスバルが「おお! さすが部隊長!!」と感動し、それを後ろから見ていたティアナは「いっそ殺してでもこいつを止めるべきか」悩んでいる。
つまり、アリサの危惧は既に意味をなくしていたのだ。

「なぁ、いい加減止めた方がよくねぇか?」
「なら止めてくれ。私はもう諦めた」
「安心してええで、あとでシグナムとヴィータもちゃぁんと揉んだるからなぁ!」
「「ああ~……」」

はやての事は従者として慕っているし、家族として愛してもいる。
が、本当にこればかりは頭が痛い二人。

「はやてちゃん、楽しそう……」
「最近は忙しくてあんまりセクハラ出来てませんから、ストレスがたまってたんでしょうね」
「なぁ、シャマル。かなりヤバい事言ってるって自覚あるか?」
「あら、別にあれくらいいいじゃないの。アルフもやってもらったら?」
「遠慮しとく。つーか、トップがセクハラ上司で大丈夫なのか、機動六課?」
「はやてちゃんのはセクハラじゃないよ。女の子同士の、楽しいスキンシップ、ですよねシャマルさん」
「はい♪」
「そりゃ本人は楽しいだろうけどさ……」

シャマルとすずかの会話に、呆れて溜息しか出ない。
とりあえず、今被害を被っているなのはとフェイトはそれほど楽しそうには見えない。
で、そんな若い衆を見守りながら、それを横目に身体を洗う年長者二人はと言うと……。

「いやぁ、みんな若いねぇ」
「エイミィ、一応私たちまだ二十代だよ」
「でも、カレルとリエラの友達からしたら、私はもうおばさんだけどねぇ……」
「それは、同い年の私もおばさんって事?」

確かにエイミィの言う通りなのかもしれないが、未婚の二十代でおばさんはきつい。
少なくとも、三十路を越えるまではその呼称はご遠慮願いたい美由希。

「そんな事言うなら、美由希ちゃんも結婚すればいいじゃん」
「……エイミィ、誰も彼もが相手がいるわけじゃないんだよ?
 エイミィとかほのかの方が珍しいんだから。それに、私だって別に遅いわけじゃないし」
「でも、最近同級生で結婚する人が多いんだよね」
「お願い、言わないで。結構焦ってるんだから」
「ははは、ごめんごめん」

エイミィに悪気はないのだろうが、それでもとんと相手ができない美由希へのダメージは大きい。
間違いなく美人なのだが、その家事能力の低さと戦闘能力の高さが原因なのだろうか。

「まぁ、なのはちゃんはなのはちゃんでリーチが掛かったまま、一向に上がれないわけだけど……どっちが先になるのかなぁ?」
「うぅ、なのはには負けたくないなぁ…でも、なのはにはユーノ君がいるし……」
「というか、下手するとリーチで終わっちゃうかもだよ。本人、リーチが掛かってる事に気付いてないし」
「……それはそれで、ちょっと心配」
「可愛い妹には、ちゃんと幸せになってほしいもんねぇ」
「ホントに。お姉ちゃんを心配させるのもほどほどにしてほしいよ」
「全く」

仕事一辺倒で、どうにも色恋に疎い妹達。
その上、二人揃ってシスコンの兄がいる。恋愛や結婚となると、人一倍障害が大きいのだ。
なのはは相手がいるだけマシだが、フェイトには本当に頑張ってほしいと思う。

ちなみにこの二人、もちろん兼一とフェイトが夜な夜な勉強会を開いている事など知らない。
まぁ、別に後ろ暗い事はしていないので、知られたからどうという事でもないだろうが。

とそこで、唐突に背後を振り返る美由希。
そこにいたのは兼一が弟子取った少女の姿。

「たしか、ギンガだよね。兼一さんのお弟子さんの」
「あ、はい」
「ふ~ん」

まじまじと、上から下までギンガの身体を観察する美由希。
その視線に若干の居心地の悪さを感じるギンガだが、美由希の顔に浮かぶ笑みに戸惑いも覚える。

「あの、なにか?」
「ああ、ごめんね。何ていうか………兼一さんらしい鍛え方をしてるなぁって」
「え?」
「相当念入りに、しつこい位基礎をやってきたでしょ」
「わ、わかるんですか!?」
「まぁ、身体つきとか身のこなしとか見ればそれなりにね」

服越しだとさすがにわかりにくいが、これだけはっきり見えれば彼女には一目瞭然。
なにより、兼一の修業風景を知る彼女としては、彼がやりそうな事もいくらか想像がつく。

「まだ弟子を取る気はないつもりなんだけど、あれを見ちゃうとちょっと羨ましくなっちゃうかなぁ」
「あれ?」
「兼一さんがギンガを見る目がさ、凄く優しいんだよね。
 なんていうか、大事な宝物を見るみたいに。よっぽどギンガが大切なんだと思うよ」
「そ、そうですか……///」

美由希の発言に、顔を赤くして恥じらうギンガ。
兼一が自身に向ける愛情が、あくまでも師弟愛であり親子の情のそれに近い事はわかっている。
それでも嬉しいと感じるのは確かだ。まぁ、僅かにそれ以外の物がないことに不満を感じないでもないが。
そのまま二・三言葉を交わし、ギンガは湯船の方へと向かう。
それと行き違う形で、トテトテと駆け寄ってきたのはリイン。

「あ、美由希さん、エイミィさん」
「おお、リイン。ほら、こっち来なよ。頭洗ってあげるから」
「むぅ! エイミィさん、もうリインは子どもじゃないんですよ! 頭くらい自分で洗えますぅ!」
「あははは、まぁ良いじゃん。久しぶりに洗わせてよ、リインの髪ってきれいだからさ」
「そ、そうですか?」
「そうそう」
「じゃ、じゃあしょうがないですね。特別に洗わせてあげるのです!」
(エイミィの口が上手いのか、それともリインがちょろいのか……)

恐らく両方なのだろうが。
だが、エイミィの膝にちょこんと座ったところで、リインがある事に気付く。

「美由希さん、何してるですか?」
「ん? ちょっとね、用心しておこうかなと」
「用心、ですか?」

美由希の手元には、これでもかとばかりに石鹸やシャンプーを溶かした混合液。
彼女はそれを念入りにかき混ぜ、さらに石鹸を塊で、シャンプーをボトルで投入していく。
最早、水に石鹸やシャンプーが溶けているのか、あるいはせっけんとシャンプーの混合液を水で割っているのか判別がつかないレベルだ。

「うん。たぶん、そろそろ……」

そこまで言ったところで、突然浴場内に響き渡る「パンッ」と言う小気味よい音。
瞬間、美由希は混合液の入った桶を掴み、渾身の力でその中身をぶちまけた。
狙いは男湯と女湯の境界となる壁の上。
僅かな隙間のあるそこへ、針に糸を通す正確さで混合液が飛んだ。
混合液は何かと衝突し、続いて壁の向こうから落下音が響く。そして……

「ぎゃぁぁぁぁぁっぁぁあぁっぁぁぁぁ!?
 眼が、眼がぁぁぁぁぁあっぁぁぁっぁ~~~~~~!?」
「え? 今のって……」
「馬、先生ですね」
「馬さんがいる時にお風呂に入るなら気をつけないとね、いつ覗かれるかわかったもんじゃないし」



  *  *  *  *  *



そんな感じで、色々とすったもんだはあった物のとりあえず風呂から上がった面々。
結局翔とエリオはあの後女湯に入ったようだが、翔は特に気にすることなく、エリオも気恥ずかしそうにしながらもなんとか無事帰還。
翔は疲れたのか、今は兼一の背中でスヤスヤと夢の中だ。

そして、丁度その時ケリュケイオンとクラールヴィントにサーチャーからの反応が入った。
場所は河川敷。
シャマルとリイン、それにはやてがティアナの幻術で姿を隠しながら、結界及び管制と探査を担当。
白浜親子と現地住民一同を除き現場に急行しようとしたのだが……

「アパチャイ、軽くいってぶっ壊してこようか?」
「いいですから。というか、高い物なので壊しちゃダメです」
「ほら、早くいくと良いね。アパチャイはちゃんと抑えとくからね」
『は、はぁ……』

促されるまま、ロストロギアを追って移動を始める六課の面々。
翔を背負った兼一は、他の面々と共に先のコテージへと戻る。

「ま、何はともあれ兼ちゃんもギンちゃんも、それに翔も元気そうで何よりね」
「はい。長老や岬越寺師匠、しぐれさんにもよろしく伝えてください」

その道中、皆の数歩後ろを歩きながら言葉を交わす師弟。
話の内容は機動六課での出来事や、梁山泊の近況など。
だがそこで、唐突に剣星は話題を転じる。

「兼ちゃん。ちゃんと、あの子たちを支えてあげるね」
「え?」
「特にあのちっちゃい子二人は、親の愛情に飢えているように見えたね。
 兼ちゃんはあの子たちの親にはなれないかもしれないけど、それでも親代わりにはなれるね。
 あのフェイトちゃんと言う子が母親代わりなら、向こうでの父親代わりは兼ちゃんの仕事ね。
 幸い、二人とも兼ちゃんの事が好きみたいだしね」

先ほど、風呂の前に身体を洗いあった時キャロは言った。「こうしてると、なんだか兼一さんお父さんみたいですね」と。キャロがその能力の高さから一族を放逐された事は兼一も知っている。
色々言いたい事はあるが、その場にいない者に何を言っても仕方がない。
エリオの事情はまだ詳しく知らないが、彼も本局の施設で育ったとか。
剣星の言う通り、確かに二人は親の愛に飢えているだろう。
その全てを補ってやれるとは思わないし、フェイトほどの事が出来るとは思わない。
それでも、剣星の言う通りできる限り支えてやりたいと思う。

(そう言えばエリオ君、『師父』って言葉をちょっと気にしてたような……)

師父とは、つまり『師匠』同じ意味の言葉。
だが、その字面からは「師匠」以外に「父」という意味も含まれる。
以前その事を話した時、エリオが少々興味を引かれた様子だったのを思い出す。

「他にも癖や事情のありそうな子が多かったし、中々面白そうな所みたいね」
「まぁ、確かに」
「特に、ティアナちゃん。あの子は要注意ね」
「……」
「ちょっと、危うい所があるね」

それは、兼一もわかっていた事だ。
普段はあまり目立たないが、ティアナには密かに危うい所がある。
彼女は克己心が強い。それは良い事なのだが、それがかえって自分を追い詰めている節がある。
それが転じて、ただ力だけを求める様になってはしまわないか。
兼一としては、それが心配の種の一つ。

「わかっている…つもりです」
「ならいいね。兼ちゃんは兼ちゃんが良いと思うようにすればいいね。
まぁ、ティアナちゃんは特別な才能はなさそうだけど、その分兼ちゃんと気が合うかもね。
 あ、でも兼ちゃんよりずっと筋は良さそうだし、そうでもないのかね?」
「どうでしょう?」

兼一としては、ティアナには若干避けられている気がしないでもない。
その理由がさっぱりなので、彼としては首をひねるしかないのだが。

「……」
「空気が変わったね。この様子だと、あっちも終わったようだし、そろそろお別れかね」
「そうみたいですね。今度はちゃんと休暇を取って帰ってきますよ」
「ギンちゃんや翔の成長と、土産話を楽しみにさせてもらうね」
「はい、必ず」

こうして、再会と出会いに満ちた機動六課の出張任務は終わりを告げた。
この日の再会と出会いが、各々の心にどのような影響を与えたのか。
それとも何の影響も与えなかったのか、それはまだだれにもわからない。






あとがき

相も変わらずどうにも短くまとめられません。
切ろうと思えば切れるのですが、なんかおさまりが悪いので切りたくないんですよね。
とりあえず、戦闘シーンやら風呂場のシーンはひたすらシンプルに。
今回のメインは戦闘じゃありませんし、風呂場は色々な人がやった分どうにもアイディアが……。

さて、次回は今のうちにやっておきたい日常編。その後、前半の山場の入り口アグスタですね。
あらかじめ言っておくと、ティアナをめぐって兼一となのはがバトル、って事にだけはなりません。
鍵を握るのは兼一……と言うよりも、アイツですね、アイツ。うん。


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