<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

とらハSS投稿掲示板


[広告]


No.25730の一覧
[0] 【完結・改訂完了】リリカルなのはSts異伝~子連れ武人活人劇~(×史上最強の弟子ケンイチ)[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[1] BATTLE 0「翼は散りて」[やみなべ](2013/07/16 00:16)
[2] BATTLE 1「陸士108部隊」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[3] BATTLE 2「新たな家族」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[4] BATTLE 3「昼の顔、夜の顔」[やみなべ](2013/07/16 00:18)
[5] BATTLE 4「星を継ぐ者達」 [やみなべ](2013/07/16 00:18)
[6] BATTLE 5「不協和音」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[7] BATTLE 6「雛鳥の想い」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[8] BATTLE 7「一人多国籍軍、起つ」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[9] BATTLE 8「断崖への一歩」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[10] BATTLE 9「地獄巡り 入門編」[やみなべ](2013/07/16 00:21)
[11] BATTLE 10「古巣への帰還」 [やみなべ](2013/07/16 00:21)
[12] BATTLE 11「旅立ち」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[13] BATTLE 12「地獄巡り 内弟子編」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[14] BATTLE 13「誕生 史上最強の○○」[やみなべ](2013/07/16 00:24)
[15] BATTLE 14「機動六課」[やみなべ](2013/07/16 00:25)
[16] BATTLE 15「エースの疑念」[やみなべ](2013/07/16 00:26)
[17] BATTLE 16「5年越しの再会」[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[18] BATTLE 17「それぞれの事情」[やみなべ](2013/07/16 00:27)
[19] BATTLE 18「勢揃い」[やみなべ](2013/07/16 20:54)
[20] BATTLE 19「守護の拳」[やみなべ](2013/07/16 00:28)
[21] BATTLE 20「機動六課の穏やかな一日」[やみなべ](2013/07/16 00:29)
[22] BATTLE 21「初陣」[やみなべ](2013/07/16 20:53)
[23] BATTLE 22「エンブレム」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[24] BATTLE 23「武の世界」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[25] BATTLE 24「帰郷」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[26] BATTLE 25「前夜」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[27] BATTLE 26「天賦と凡庸」[やみなべ](2013/07/16 20:51)
[28] BATTLE 27「友」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[29] BATTLE 28「無拍子」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[30] BATTLE 29「悪魔、降臨す」[やみなべ](2013/07/17 21:15)
[31] BATTLE 30「羽化の時」[やみなべ](2013/07/16 00:39)
[32] BATTLE 31「嵐の後で」[やみなべ](2013/07/16 00:40)
[33] BATTLE 32「地獄巡り~道連れ編~」[やみなべ](2013/07/16 00:41)
[34] BATTLE 33「迷い子」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[35] BATTLE 34「I・S」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[36] リクエスト企画パート1「vivid編 第一話(予定)」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[37] BATTLE 35「ファースト・コンタクト」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[38] BATTLE 36「お子様散策記」[やみなべ](2013/07/16 00:44)
[39] BATTLE 37「強い奴らに会いに行け!」[やみなべ](2013/08/01 03:45)
[40] BATTLE 38「祭囃子」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[41] BATTLE 39「機動六課防衛戦」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[42] BATTLE 40「羽撃く翼」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[43] BATTLE 41「地獄巡り~組手編~」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[44] BATTLE 42「闘いの流儀」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[45] BATTLE 43「無限の欲望」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[46] BATTLE 44「奥の手」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[47] BATTLE 45「絆」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[48] BATTLE 46「受け継がれた拳」[やみなべ](2013/07/16 00:49)
[49] BATTLE 47「武人」[やみなべ](2013/07/16 20:49)
[50] BATTLE FINAL「それぞれの道へ」[やみなべ](2013/07/16 00:50)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[25730] BATTLE 23「武の世界」
Name: やみなべ◆33f06a11 ID:1963cf14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/16 20:52

初出動から数時間後の機動六課。
先の戦闘の資料を提出し終えたフォワード陣は隊舎の一角、とある会議室に集められていた。

そこに居並ぶ部隊長であるはやてとその副官とも言うべきリイン、さらに各分隊長及び副隊長。
他にも医務官のシャマルや無官のザフィーラ、そして白浜兼一の姿もある。
錚々たる面々の表情は一様に厳しく、新人達は緊張の色を隠せない。

そしてその議題は、もちろん先の戦闘で現れた2種類の新型機。
球形の大型ガジェットと戦ったライトニング、格闘技を用いる人型ガジェットと戦ったギンガ。
彼らはそれぞれまとめた資料を読み上げ仲間達に注意を促す。

大型機はAMFの強度及び領域がそれまでの物より強力で、その形状から砲撃が通りにくい事。
人型機はAMFの領域こそ狭いがその分強度が高く、またかなり高い技術を持つ人物のデータを用いていると思われる事など。
終始手を組んで静かに聞いていたはやては、4名が報告を終えた所で重々しく口を開く。

「つまり大型機…とりあえず最初に確認されたタイプを『Ⅰ型』、飛行型を『Ⅱ型』と呼称しとる事やし、その例に倣って暫定的に『Ⅲ型』とでも呼ぶとして……」
『……』
「こいつは基本的に今までと同じやり方で対処できる、っちゅうことでええか? エリオ、キャロ」
「あ、はい!」
「攻撃と防御も、基本的な所はこれまでのガジェットと変わりませんでしたから」

光線や触手を使った攻撃、守りを装甲とAMFに頼っている所などは既存のガジェットと同じ。
違いがあるとすれば砲撃が効き難い事、そして大型化した分全体的な性能が上昇している位。
確かにそれならば、基本的な対処の仕方はこれまでとあまり変わらない。
やる事の規模と出力こそ上がるが、同時にそれだけでしかないとも言える。
それが、実際にⅢ型と戦った二人の意見だった。

「高町教導官の意見は?」
「私も二人と同意見です。ただ、データを見てもかなり頑丈な事が伺えるので、今のフォワード陣だと倒すのは手間ですね。Ⅰ型ならもう単独でも対処できますが、Ⅲ型は最低二人以上のチームで対処するのが望ましいかと」

実際、フリードさえいればキャロでもⅠ型数機程度なら大過なく対処できるだろう。
だからと言って、単独行動はまだ早いので絶対させるつもりはないが。
そもそも、成長してきたとはいえ4人ともまだまだ穴だらけ、と言うのが上層部の判断。
その穴を埋めるためにも、単独でやり合うのはよろしくない。

「まぁ、今も不測の事態に備えて基本単独行動はなしやから、その辺は問題ないな。
 とりあえず4人は常に集団行動を心がけて、もし単独で敵と遭遇した時は至急近くの仲間と合流や、ええな?」
『はい!』

遭遇するのがⅠ型でも、基本的にその方針は変わらない。
弱くても数が多ければ新人達では危ういし、前回の様にⅢ型が突然現れる事もある。
何があっても大丈夫なようにする為のチーム、ならばそれを徹底するのは当然だ。
強いて変更する点を上げるなら、今後は採取したデータから再現したⅢ型との模擬戦もやっていく事位だろう。

「さて、そうなってくると問題なんは……」
「あの人型機…ですね」
「うん。アレばっかりは今までと勝手がちゃうし、一層慎重にやってかんと……フェイト執務官、現状で何かわかった事は?」
「白浜陸士が比較的損傷の少ない機体を確保してくれたので、それを現在フィニーノ一士が解析にあたっています。ですが、詳細を解析するにはもう少し時間がかかりそうです」
「さよか……。せやったらしばらくは報告が上がるのを待つとして、とりあえずいつまでも『人型』っちゅうわけにもいかんし、なんや呼称が必要やな」
「んなの、ⅠⅡⅢと来たんだからⅣで良いんじゃねぇの?」
「う~ん、ちょう他と開発コンセプトがちゃう感じやし、別扱いしたいところなんやけど」
「なら、0型とかで良いんじゃねぇか。あんまこだわる様な事でもねぇし……」
「まぁ、その辺が妥当やね。とりあえず、暫定的にこのタイプは0型と呼称して、ギンガ陸曹が闘ったのを0-1型、白浜二士が戦った方を0-2型とでも呼んどこか」

事実、趣がだいぶ異なる上に植え付けられたデータによって戦い方も大きく異なるあの機体。
はやての言う通り、通常とは別の区分けにした方が良いと言うのは皆も同意する所だ。
とはいえ、ヴィータの言う通りあまりこだわる様な事でもなし。
わかりやすく通常の番号の流れから外し、ついでにもし他のタイプも出て来るようであれば、さらに『0-○』とでもナンバリングしていけばいい。
あるいはさらに何かわかった時には、もっと別の呼称を考えれば良いだけの事。
実際、このすぐ後にアレらの機体には六課独自の暗号名がつけられることになる。
とそこで、報告を終えた後黙りこんでいたギンガが口を開いた。

「あの、よろしいでしょうか?」
「ん? なんか気付いた事があったら気にせんと言ってええで」
「ありがとうございます。師匠…白浜二士にお聞きしたい事がありまして……」

ここは一応公式の場と言う事で、『師匠』という呼び名を控えるギンガ。
まぁ、その辺りはみんなやっている使いわけなので別にいい。
そもそも、問題とすべきなのはギンガが兼一に何を聞こうとしているかだ。

「私が戦ったアレは、確かにムエタイを使っていました。
 でも、私があなたから学ぶそれとはどこか異質で……あれはいったい、何だったんですか?」

それまで兼一とギンガの間を行き来していた皆の視線が、兼一へと集中する。
これまで一言も発さなかった兼一だが、ここにきて深くため息をつく。
戦闘記録の映像を見たその瞬間、兼一はアレが何なのかを理解した。正確には、アレが何をやっているのかを。
まだギンガに教えるには早いと思う。だが今後アレらと戦っていくことになるのなら、出し惜しみは弟子の命にかかわりかねないだろう。
となれば、速いとか遅いとか言っていられる状況ではない。
そうして兼一は、再度深いため息をついてから重い口を開いた。

「アレは……………………古式ムエタイだよ」



BATTLE 23「武の世界」



『古式…ムエタイ?』

兼一の一言に、隊長達も含めて皆一様に首をかしげた。
地球で暮らしていた面々なら、ムエタイという名前くらいなら聞いた事がある。
だが、古式ムエタイという名称に聞き覚えのある者はいない。
いや、なんとなくの想像はつくが、それだけでしかないとも言える。

「ギン姉、知ってる?」
「……」

隣に立つスバルからの問いに、ギンガは無言のまま首を振って否定する。
白浜兼一と言う武術家の弟子になってしばらく経つが、今まで一度も聞いた事のない名称だ。

「古式ムエタイと言うのは『ムエボーラン』や『パフユッ』とも呼ばれる、言わばムエタイの原型だよ。
 そもそもムエタイは白兵戦用に作られた実戦武術だからね、その原型ともなれば当然……」

強力な技も数多く存在する、ということだ。
しかし、だとすれば一つ疑問が浮かぶ。

「あの、そんなにすごい技がたくさんあるんだったら、なんで今までギンガさんに教えなかったんですか?」
「……」

疑問を率直にぶつけてきたのはティアナ。
まぁ、彼女の疑問も最も。強力な技を学べば、それだけギンガも強くなれる。
武装局員の任務には危険がつきものだし、腕を上げればそれだけ生存確率も上がるだろう。
だと言うのに、それをしないと言うのはおかしいと考えるのが当然だ。

もちろん、兼一とていずれは教えるつもりだった。だが、今はその時ではない。
とそこで、それまで狼形態のまま座っていたザフィーラが口を開いた。

「教えるには時期尚早だった、と言う事だろう。
映像を見る限り恐ろしく殺傷性が高く、急所への攻撃どころか致命傷狙いの技が多い。
あんなもの、下手に人に当てれば死ぬぞ」
『っ!?』

その言葉に息をのむフォワード陣。
強力な技とは、つまりそれだけ効率的に人体を破壊できると言う事。
使い手の腕が悪ければ、最悪の『事故』の可能性も必然大きくなる。
まぁ、もしその使い手と教える側の人間がそう言う道を進もうとしているなら、話は別なのだが。

「ザフィーラさんの言う通り。今でこそムエタイは一国の国技へと昇華されているけど、その原型である古式ムエタイは殺傷のみを目的とした殺人拳。下手に当てれば死んでしまうし、上手く当てれば殺す事ができる、そういう技なんだ。
ギンガ、僕は君を弟子に取った時、まず何を教えた?」
「……武術は、人を活かしてこそ。人を守り、活かす。そこに武術の真髄はあると」
「そう。武術は本来、弱者が強者から身を守る為に編み出された護身の業、活人拳こそが武術の原点だ。
 だからこそ、あの技は今のギンガには必要ない。そう思ったから、敢えて教えてこなかったんだ」

今のギンガの腕では、敵を『殺してしまう』かもしれないから。
一般的なミッド式の使い手と違い、肉弾による直接攻撃を行うギンガにはその可能性がある。
だがそこで、エリオは気付く。果たして兼一は、この技を使う事が出来るのか否かと言う問題に。

「あの、兼一さんはこの技を……」
「使えるよ、一応ね。僕もムエタイ家の端くれ、嗜みとして失伝しない様に教わったんだ。
 でも、使った事はあまりないかな。教わったのもそれなりに腕を磨いてからだったし……何より」

文字通り必殺の技の宝庫であるだけに、使いどころが難しかった。
下手に当てれば死んでしまう、それが枷となり兼一ですらほとんどこの技を使った事がない。
それほどまでに、古式ムエタイの技は危険なのだ。

「じゃあ、これからもギンガさんには教えないんですか?」
「いつかは教えようと思う。でも、それはいまじゃない」

控えめなキャロの問いに、兼一は意識的に毅然とした態度をとって答える。
この際だ、自分の意思と方針ははっきりと示しておいた方が良いと考えたから。

「当面は古式ムエタイ以外…そもそもムエタイ自体ですら、ギンガにはまだまだ学ばなければならない事がたくさんあるんだ。それらを修めてからでも遅いと言う事はないよ、僕もそうだった」

物事には順序と言うものがあり、簡単なものから複雑なものへと進んで行くのが正しい流れ。
その意味で言えば、強力な技は後から学ぶというのは当然の事。
殺人拳の者の様に、殺すことを前提として技を磨いているわけではない以上、それがあるべき流れなのだ。
とりあえずその説明で納得がいったのか、それ以上のこの件に関する質問の声は上がらない。
代わりに、ザフィーラから別の質問がぶつけられた。

「白浜」
「はい」
「お前の弟子の育成方針はわかったが…0-2型、あれについては何かわかるか。
 0-1型が古式ムエタイとやらを使っていた以上、地球ゆかりの武術を使う可能性があると思うのだが?
 見た所、お前やギンガと似た様な技を使っているように思える」

兼一はザフィーラの問いに一瞬複雑そうな表情を浮かべるが、直にそれを消す。
そして、思い出す様に画面の一つを指差した。

「ええ、これは八極拳と劈掛拳ですね」
「……なんだ、それは?」
「あっ、思い出した! 八極拳は私もやってるけど、確か接近戦に特化し過ぎるから他の武術と合わせて学んで補完するって……」
「そう、その良く一緒に学ぶ武術の一つが劈掛拳。遠心力を利用した鞭の様な鋭さと重さの打撃が特徴の武術だ。『放長撃遠』の言葉が示す通り、遠い間合いでの戦いを得意としていて、曲線的な歩法を使い相手の側面や後ろに回り込むのも得意だね。
 劈掛拳は他にも蟷螂拳を学ぶこともあるけど、この人は八極拳みたいだ」
「では、使い手と戦った事は?」
「…………あります」

その問いに、兼一は少しだけためらいがちに答える。
それに何か気付いたかのように眉を僅かに動かすザフィーラだが、追求する様な事はしない。
その代わり、彼は視線を兼一からはやてへと移し……

「それで、こちらへの対策はいかがなさるおつもりですか、我が主?」
「……ま、よう知っとる人がいるんやから、その人に任せるんが筋やろ。
そんな訳で、対策はお願いしてもええですか?」
「あ、はい。大丈夫です」
「高町教導官は?」
「私も問題ありません。
できれば、白浜二士の訓練はもう少し後にしたかったんですけど、仕方ないですね。
白浜二士と資料を纏めて、早いうちに動こうと思います」
「ん、じゃあそれでお願いするわ」

肩を竦めながら二人に問うと、両者ともに了承の意を示す。
なのはとしては、もう少しみんなが頑丈になってからにしたかったがそうも言っていられない。
ギンガですらやっと倒せたくらいの相手だ、新人たちだと非常に危険。
早いうちに対策を講じて行かなければならない。

「他にはないか? ないんやったらもう暗くなっとるし、これで解散にしたいんやけど……」

実際、窓の外は夜の帳が下りている。
戦闘後なのでゆっくり休ませてやりたかったが、新型機が出たとあっては早いうちに周知した方が良い。そう言う事で、こうしてやや遅くまで残ってもらった。
しかしそれが終わったのなら、明日に響かない様はやく休ませてやるのも部隊長の務め。
とそこで、それまでずっと聴き手に回っていたシャマルが手を上げる。

「あ、ちょっと良いですか?」
「なんや、シャマル?」
「ギンガ、今回の戦闘で怪我しちゃってるじゃないですか。
 大事はありませんでしたけど、それほど軽くもないので……」
「ちょう休ませたい、っちゅうことか。どないやろ、お二人としては?」

確かに、新人達は怪我らしい怪我もなく、問題なのは疲労だけ。
連日の訓練で体力も増し、回復魔法もあるから後に響く事はあるまい。

だが、ギンガの場合はかなりの苦戦を強いられただけあって、肉体へのダメージも相応。
医者であり皆の体調管理が仕事のシャマルとしては、完治までとはいかなくても、少しちゃんとした休みを取らせてやりたい所。
それでなくても、彼女は新人たち以上のハードメニューをこなしているのだ。
なにしろギンガの場合、師がアレなので心配し過ぎると言う事はないだろう。

「私は良いと思いますよ。怪我が悪化しても大変だし、兼一さんはどうです?」

なのはは過去の苦い経験があるだけに、シャマルの提案に異を唱えるつもりはない。
自分の事ならいくらでも無茶できてしまうとは言え、過去の事はちゃんと懲りている。
ましてやそれが他人の事なら、彼女はちゃんと常識的な判断と言うものができるのだ。

ミッドの医療技術はとんでもないし、魔法も併用すれば治りも早い。
傷自体もそれほど深くはないので、数日のうちにほぼ完治させる事が出来るだろう。
治癒をかけっぱなしにしておけば、一日もあれば完治とはいかなくても復帰できる筈。
なら、その間くらい休ませても良いと思う。それだけの働きをしたのだから。
まぁ、実際には報告書等もあるので、午前はデスクワークにあて、午後に休ませるのが妥当か。

ただ、そこで問題になってくるのが無茶の権化の存在。
アレの事だ、このくらい傷の内に入らないとまた無茶をさせる可能性がある。
そんなアレをどう説得するか隊長達は考えを巡らしていたのだが、出てきた答えは意外なものだった。

「そうですね、僕も良いと思いますよ」
『え”!?』

皆の口から揃って発せられる『信じられない』と言わんばかりの声と注がれる視線。
それだけ、皆にとってこの返事は意外なものだった。
しかし、それは本人からすると非常に不本意なもので……

「…………………なんですか、その『え”』っていうのは?」
「ああ、いや…なんちゅうかその……」
「な、何でもないですよ、何でも! ねぇ、フェイトちゃん!!」
「う、うん! 全然全く、他意なんて微塵もありませんよ!!」
(ま、いつもいつもアレだからなぁ……)
(信じろ、と言うのが無茶な話だとなぜ思わん?)

明らかに動揺する部隊長と分隊長、口には出さないが失礼な事を考える副隊長。
まぁ、ヴィータの考える通り、普段の行いからの正当な反応なのだから仕方がない。
新人達も一様に夢かどうか確認する様に自分の頬をつねっていることからも、それが伺える。

「あの、兼一さん。念の為に言いますけど、ギンガを休ませるんですよ?
 休ませるって言うのはですね、修業とかしないでゆっくりと……」
「いや、そんな事言われなくてもわかってますよ」
「十分とか一時間とかじゃ、全然休んだことにはならないですよ?」
「ま、まぁ確かに『ちょっと』と言って似た様な事はしてますけど……今回はちゃんと休ませますから」
「わかっているとは思うが、修業していないからと言って重り付けて生活させるのは休むとは言わん。それはわかっているか?」
「あの、僕をなんだと思ってるんですか?」
「「…………」」

拷問と書いて修業と読む地獄からの使者、とは思っていても言わないシャマルとリイン、そしてザフィーラ。
だが、三人の考えもあながち間違ってはいない。過去兼一は、休みを与えられた際に修業こそしなかったが、ダンベルを腕に括りつけられた事がある。
それと同じ事をしないとは言えないのだ、三人は知らない事だが。
しかし、兼一の返事に誰が一番驚いたかと言えば、それは愛弟子のギンガに他ならない。

「あ、あの…ホントにお休みなんですか?
 だ、だって弟子入りして今日まで休みなんて一日も……」
(うわぁ、なかったんだぁ……)

と、同情的な視線を向ける一同。
あの地獄の修業を毎日、それも3カ月以上休みなしで。
それはもう、いつ死んでもおかしくないのではないだろうか。

「実を言うとね、あのレベルの修業を休みなくやらせるのは無茶だなぁとは思ってたんだ。
 だからその内ガス欠になるだろうし、そこで休みをあげるつもりだったんだけど、意外と保っちゃうからタイミングを外しちゃってさ」
「は?」
「だからまぁ、今日まで良く頑張ったし、そのご褒美って事で」

それはつまり、無茶とわかった上で無茶をさせてみたら、予想外にも耐えてしまうので限界が来るまで続けてみたら今日になってしまったと、そう言う事なのだろう。
あまりにもあまりな現実に、立ちくらみを覚えるギンガ。
耐えられた事は純粋に喜ぶべきだが、耐えられたからこそ休みがなかったと思うと複雑だ。

「ま、何はともあれ明日はゆっくりと休んで、羽を伸ばすと良いよ」
「あ、ありがとうございます……」
「ゆっくり休んで怪我を治して、そしたらまた修行だ。
 手強い相手もいる様だし、ますます気合が入るよね。
 それなのに怪我なんてしてたら、むしろ大変なことになっちゃうよ」
(治りたくない……)

今この時ほど、ギンガは切実にそう思った事はない。
この口ぶりだと、さらに修業がきつくなるのは明らかなのだから。
しかしまぁ、何はともあれ明日一日、ギンガに休みを与えられる事が、これで決定したのであった。



そうしてフォワード陣が退出した後。
会議室に残された隊長陣とシャマルにザフィーラ、そして兼一。
彼らは先ほどまで以上に険しい表情で、先の戦闘映像を見つめている。
そして、唐突にシグナムが口を開いた。

「何か隠しているな、白浜」
「…………わかりますか?」
「お前は取り繕うのは上手いようだが、反面嘘が下手だ。
八極拳と劈掛拳の使い手と戦った事があるかと問われた時、嘘をついただろう。
 いや、嘘とも言えんのかも知れんが、それでも全てを語らなかったな」

ザフィーラの問いに対して答えるまでの、一瞬のタイムラグ。
その際に垣間見えた、ただ戦った事があるだけとは思えない複雑な何か。
それにシグナムは目ざとく気付いていた。いや、気付いていたと言うのなら、それは……

「おそらく、ギンガも気付いていたな。気付いていた上で敢えて聞かなかったのだろう。
 信じて師を待つ、良い弟子を持ったものだ」

口の端を持ち上げ、僅かに笑うシグナム。
それに対し兼一は、頭をかきながら照れるばかり。
とはいえ、それで誤魔化されてくれる相手でもない。
兼一としても、子ども達の前では話すべきか迷ったがこの面々には話しておくべきだと思う。
だが兼一がその事に触れるより前に、なのはがどこか躊躇いがちに口を開いた。

「ちょっと、良いかな?」
「どないしたん、なのはちゃん?」
「実は少し気になる事があるんだ」

気になる事、と聞いて一声に全員の注目がなのはに集まる。
当のなのははどこか自信なさげに、同時に記憶の糸をたどるような表情。
しかし彼女は意を決し、画面上の一点。0-1型と名付けられたそれの胸部を指差す。

「これ……」
「漢字、だよね」
「『炎』か。確かにその字に相応しい激しい攻めの姿勢だ。
 だが、問題なのはそこではなく……」
「なんでガジェットに漢字が書かれてるのか、だよな」

なのはの示すそれを見て、各々呟きを漏らすフェイトにシグナム、そしてヴィータ。
実は、フォワード陣には「調査中」と言う事で秘した情報がある。
それは、回収した0-1型と0-2型の胸部に刻まれていた紋章について。

別に教えてもよかったのだが、教えたからと言って特に意味があるとは思えない。
また、0-1型の『炎』と違い0-2型に書かれた『月』という漢字との関連性は不明。
なので、『炎』が実は何を意味するかもよく分かっていない。
なら、何かわかってから教えた方が良いとの判断だ。
ただ、『月』に関してこれと言って思う所のないなのはだが、『炎』の方には他にも気付いた事があった。

「これね、ちょっと見覚えがあるんだ……」
「ホントなの、なのは!?」
「マジかよ! どこだ、どこでだ!!」

何かの手がかりかと思い、なのはに詰め寄るフェイトとヴィータ。
だがなのはの表情は浮かないもので、本当は話すべきかすら迷っている事が伺える。

「その……………………………お兄ちゃんの部屋」
『は?』
「だから、お兄ちゃんの部屋なの! 昔、ああいうのがあったなぁって!」

なのはの告白を聞き、皆一様に肩透かしを食らった様な表情を浮かべている。
無理もない。確かに使っている技は地球の物だが、恭也との関連性が見えてこない。
なのはも知っているのはそれだけなので、それ以上言える事はないのだ。
言える事があるとすれば、それは……

「お兄ちゃんが持ってたメダルみたいなものがあって、それとよく似てるなぁって……」
「それって、字体がって事ですか?」
「うろ覚えなんだけど、字体も似てると思う」
「『も』ということは、この縁取りみたいなのも?」
「はい」

リインとシャマルの問いに、なのはは自信なさそうにうなずく。
文字が描かれているのは左胸。その周りには、まるで炎を象徴するかのような縁取り。
そのデザインが、かつて兄の部屋で目にしたそれと酷似している様に思う。

とはいえ、なにぶんずいぶん古い記憶の話だ。
なのはとしても『そんな気がする』だけで、確固とした自信があるわけではない。
折角の手がかりかと思ったが、これではないも同然だ。
一応恭也と連絡を取っておくべきかと思った所で、おもむろに兼一が口を開く。

「あ、そっか。恭也君はコーキンと戦った事があるんだっけ……」
「ぇ…あの、兼一さんも知っとるんですか?」
「はい、僕も持ってますし」
『はい!?』
『なに!?』

兼一の言葉に色めきたつ面々。
恭也と連絡を取るべきかと思った所で、同じものを持つ人物がもう一人。
ならば、わざわざそんな手間をかける必要もない。

「せやったら、アレが何なのかも……」
「知ってますよ。とても、よく」

どこか遠い目をしながら、兼一は噛みしめるようにして言葉を紡ぐ。
それは、兼一にとって懐かしき青春の記憶の一つを象徴するもの。

「古式ムエタイを使って、炎のエンブレム、それにあの拳筋。
 間違いなく、0-1型に使われているのは『ティーラウィット・コーキン』のデータです」
「知り合い……とは違うようだな。とすれば…ライバルか?」
「ええ。修業時代から何度も拳を交えた、ライバルの一人ですよ」

シグナムの問いに、兼一は確信を持って答える。
忘れる筈がない、間違える筈がない。かつて、一度自分を殺したあの拳筋を。

「獅王神…ナラシンハとも呼ばれたムエタイ使い。
 一影九拳が一人、拳帝肘皇アーガード・ジャム・サイの一番弟子にして後継者です」
「なんなんだよ、その…一影九拳っつうのは?」

ヴィータの問いに対し、さてどこから説明したものかと迷う兼一。
闇の事を話すとなると、かなり話が長くなる。
だが、そこで首を振った。どうせだ、いっそちゃんとした知ってもらった方が良い。
どの程度あの組織が関与しているかは分からないが、もしもの時の為に。

「一影九拳の話をするには、まず『闇』について話さなければなりませんね」
『…………』

この場合、沈黙は了承の意。
兼一もそれを理解し、静かに自身の知る事を語り始めた。

「闇の詳しい成立ちについては僕にもわかりません。ただ、今の形になったのは第二次大戦後とされ、多くの達人が戦争で亡くなり、文化としての武術の失伝を防ぐべく創られたと聞きます」
「それだけ聞くと、一種の文化保護団体って感じですよね」
「ええ、あながちそれも間違ってはいません。ただ、普通の保護団体と大きく違う点がありました。
 それが……」

兼一はシャマルの問いに答えてから、一端そこで言葉を止め大きく息を吸う。
それからゆっくりと、闇の本質を紡いでいく。

「彼らは殺法を重視していたと言う事です」
「殺法だと? つまり、闇とはその名が示す通り……」
「はい。彼らは武におけるもっとも重要な資質を『非情』と唱え、如何に効率的に敵を破壊するか…活人という原点ではなく、武の果てを追求してきた存在です。その為ならば、殺人すら厭いません」
「ただ技を磨き、伝承するだけならば問題はないのだがな。
 いや、確かに使わぬ技術は錆朽ちて行くのみか。
その意味で言えば当然なのだろうが……」

過去の経歴もあるだけに、あまり人の事を言えないと思うのか、シグナムの語気はあまり強くない。
とはいえ、技の探究のための殺人と言うのは認めたくはなかった。

兼一としても、殺法の伝承そのものを否定する気はない。
殺法とて武術の一側面だし、追求していけば如何に効率的に敵を破壊するかに行きつくのもわかる。
だがそれも、使い手次第。使う者によっては、殺法でも人を活かす事ができる。
事実、兼一は殺法を多く含む古式ムエタイも伝承しているが、それを活人拳として振るう。

「つーかよ、そんな連中ほったらかにしてていいのかよ?」
「闇は政財界とのパイプも太く、政治的影響力や資金力が凄いんですよ。
 死者が出ても明るみに出ることなく各国は黙認、文字通りの闇です。
 まぁ、今はさすがに以前ほどの影響力はありませんけど」
「そうなんですか?」
「十数年前にちょっと色々ありまして、以前に比べれば幾らか勢力は衰えてますね」

ヴィータとリインの問いに答えながら、それでも完全にその影響力が消えたわけではない事も含ませた。
それは正しく伝わったようで、皆は難しい顔をしている。
それだけ強大な組織なら、確かに完全に潰えさせるのは難しい。
信奉者も未だ多いので、こればかりは仕方がないのだが。

「とりあえずその事は置いておきましょう。
 重要なのはこの後です。闇はその性質上、二つの派閥に分かれます。
 それが徒手空拳を旨とする『無手組』と、武器戦闘を旨とする『武器組』です」
「もしかしてその二つって、仲悪いん?」
「…はい。同じ闇ではあるんですが、思想の違いから基本的に疎遠ですね。利害が一致すれば共闘しますし、中には相手方にパイプを持つ人もいる様ですけど」
「ふ~ん、派閥争いっちゅうのはどこでもあるんやなぁ……」
「ですね。まぁそれはともかく、その無手組の最高幹部、それが『一影九拳』です」

そんな組織の最高幹部となれば、当然組織内に置いて最も優れた使い手の集まりと言う事。
出なければ周りが認めない。
何しろ、武術家同士の間における権威とは、即ち本人の実力のみが物を言う。
その事を、皆は言われずとも理解していた。
何しろ、程度の差はあれ武装隊などにもそういう空気と言うか風潮は確かに存在する。

「それで、この機体のデータの元になったのが、その内の一人のお弟子さんなんですか?」
「ええ、間違いありません。
 一影九拳は一人に一つその人を象徴するエンブレムを持ち、それを弟子にも持たせます。
 そして、アーガードさんとコーキンのエンブレムが……」
「炎、なんですね。でも、なんでお兄ちゃんと兼一さんがそれを持ってるんですか?」
「彼らはこれを時に決闘状として、時に敗北の証として相手に渡すんだ。
 次戦う時、相手を殺してそのエンブレムを奪い返すと言う誓いを込めて」

何ともまぁ、物騒極まりない誓いもあったものである。
何しろそれを持っている間、半永久的に命を狙われ続けると言う事なのだから。
とそこで、フェイトがちょっとした興味からある事を尋ねる。

「ちなみに兼一さん、そのエンブレムっていくつ持ってるんですか?
 一影九拳っていう人達が一人ずつ弟子を持ってたら、軽く十はある筈ですけど」
「………………………………まぁ、半分以上は」

どこか黄昏た様子で肩を落とす兼一と、彼に痛ましい視線を向ける面々。
そんなおっかない連中の弟子の半分以上に命を狙われるなんて……。
それはなんというか、あまりにも酷い。
ちょっとした好奇心で聞いてしまった事を後悔しながら、言葉が見つからないフェイトはなんとか話題を転じに掛かる。

「で、でもそれなら兼一さんはほとんどの一影九拳とその関係者を知ってるんですよね」
「え? まぁ、一応ほぼ全員と面識はありますけど……」
「だ、だったらこの『月』の人もわかりますか?」
「あぁ~、一応『月』のエンブレムの人も知ってますけど……」

そこまで言って、途端に歯切れが悪くなる。
無理もない話だが、知っているどころの間柄ではないのだ。
何しろ、師匠は自分の師父の実の兄、弟子は親友にして妹の旦那。
これではなんというかその……非常に言いにくい。
だが、別にそれだけが理由と言うわけではないのだ。

「じゃあ、この人の事も知ってるんですね!」
「それが……知らないんですよ」
「え? 知らないん、ですか? でも、面識があるって……」
「確かによく知ってます。『月』のエンブレムの一影九拳『拳豪鬼神』も、そのYOMIも」
『YOMI?』
「あ、YOMIというのは無手組の弟子育成機関で、一種の下部組織ですね。
 一影九拳の弟子が幹部を務めてるんですけど」
「はぁ……でも、だったら知ってるんじゃないんですか?」
「はい。でも、この機体のデータの元になったのはその人じゃありません。
 確かに彼も八極拳と劈掛拳を使いますが、拳筋が違うんですよ」

そう、0-2型の使う拳筋は兼一も見た事がない。
彼の拳筋を兼一が見間違う筈がない、なのでアレは彼ではないのだ。
だと言うのに、『月』のエンブレムを付けているのが腑に落ちなかった。
兼一としてもそれが悩み所だったのだが、リインやシャマルの問いにより思考が横道にそれる。

「というか、どうやってそんな所の人達のデータを手に入れたんですかね?」
「違うわ、リインちゃん。むしろ気になるのは、どうして弟子のデータなのかよ。
 普通、どうせならより強い人のデータを欲しがるはずなのに……」

言われてみれば確かにその通りで、これを作った者は何故一影九拳のデータを入れなかったのか。
手に入らなかったというのはわかる。だが、それならなぜYOMIのデータは手に入ったのだろう。
その違いはいったい何なのか、闇に関する知識の乏しい六課の面々にはわからない。
だがそこで、兼一は昔聞いたある事を思い出していた。

(そういえば、昔闇は研究機関と協力して積極的にYOMIのデータを取ってたって聞いた事がある。
 きっとこのデータはその時取ったもの。それなら、コーキンのデータが古いのも頷ける)

実際、画面に映し出されている0-1型…コーキンのデータを入れた機体の技は甘い。
恐らく、兼一と出会った頃とそう大差ない頃のデータだろう。
まぁ、そうでなければ応用力に欠ける機械とは言え、ギンガがあの程度の傷で済む筈がない。
その事を正直に皆に話すと、シグナムがある疑問を示す。

「だとすれば奇妙だな」
「え? あの、どういう事ですか?」
「YOMIのデータを取っていたのはわかった。恐らく、これらを作った者はどういう手段かは分からんが、それを入手したのだろう。研究機関の人間に紛れ込んだのか、あるいは機関員を買収したのか、それとも闇と結託していたのかはわからんがな。
 だが、だからこそ疑問なのだ。どうしてこいつを作った奴は、もっと後のデータを入れなかった?」

その方が性能が良いのは言うまでもない。
機体が再現しきれないからという可能性もあるが、そもそもこのデータでも再現しきれているとは言い難いのだ。その可能性はあまり高くない。
だとすれば可能性は一つ、入れなかったのではなく入れられなかった。
そもそもデータが手に入らなくなったのではないか。

「白浜、闇の勢力が衰えたのは十数年前と言ったな」
「はい」
「このデータの元となった男、コーキンとやらのデータはそれより前か後か?」
「たぶん、同じくらいの頃だと思いますけど……」
「なら、辻褄が合いますね。
その頃を境に影響力が薄れてしまって、満足のいくデータ収集ができなくなったんでしょう」
「そやね。同時に、それなら闇と結託してた可能性は消える。
 多分、どこかの研究機関を利用して、そこで必要なデータを取るのを誤魔化してたんやな」

フェイトやはやても合点がいくとばかりに静かにうなずく。
人一人のこれほど詳細なデータ採取は、今の地球の技術ではできない。
取るとなれば、管理世界の機材が必要。とはいえ、そんな物を使えばきっとばれる。

しかし、木を隠すなら森の中。
通常のデータ採取にかこつければ、上手く誤魔化す事ができるかもしれない。
そして、研究機関が離れてしまった為に隠れ蓑がなくなったからこそ、この時期までのデータしか入れられなかったのだろう。

そして、兼一はその推測を聞いた事である事を思い出す。
あの時期にあった、一つの出来事を。

「そう言えば、あの頃YOMIの交代劇がありました。
 前任者の事は良く知りませんけど、確か同じ中国拳法使いと聞いた事があります」

それはつまり、0-2型にはその前任者のデータが使われているのだろう。
丁度久遠の落日や勢力が衰える前後だった事もあるし、彼やその師がそう言う事に協力的とは考え難い。
故に、これらを作った者の手元には前任者のデータまでしかなかったのだ。

「なるほどな。確かにそれなら知らねぇのも当然か」
「ですね」

何しろ、兼一自身は面識どころか名前も知らない相手。
すっかりその存在を忘れていても無理はない。

ただ、これでいくつかわかった事がある。
アレらの機体に使われているデータはYOMIと呼ばれた面々の物。それも、ある一時期までの。
その数は恐らく最低十、兼一の話では一影九拳の弟子以外にも弟子がいるそうなので、数はもっと多いだろう。
その全てに対策を練るのは現実的ではないが、最も厄介と思われる十人分の対策ならまだ何とか。

「ちゅうわけで、申し訳ないんやけど兼一さんにはその対策をお願いできますか?
 なのはちゃんとヴィータはサポートをお願いな」
「「「はい(おう)」」」

三人の了承の返事を聞き、機嫌良く微笑むはやて。
とそこで、リインがある疑問を呈する。

「というか、なんで兼一さんはそんなに闇の事に詳しいんですか?」

その瞬間、場の空気が凍りついた。
ついつい流してしまっていたが、兼一の闇の事情への精通具合は尋常ではない。
聞けば元々かなり強大な組織であり、多少勢力が衰えても充分危険なそれ。
にもかかわらず、兼一はやけにその情報に詳しい。
それを疑問に思うのはある意味当然。
なのははなんとなく事情がわかっていそうな素振りだが、やはり詳しくない。

「そもそも、なんでそんなにYOMIの人と戦ってたのですか?」
「う~ん、それが梁山泊は活人拳の象徴みたいな所でして」
『ふむふむ』
「そんな所が最強を名乗って、それも武術界全体がそれを認めてたものですから、闇の殺人拳こそが最強と言う事を証明する為に、ある時抗争に発展したんですよ」
「でも、それでしたら兼一さんのお師匠さんだけの問題じゃありません?」

リインに続き、シャマルも問う。
確かに、それだけなら問題は師匠達同士の話。
だが、それだけで済まないから世の中は大変なのだ。

「それが、闇が掲げる大義名分である伝承において、弟子は非常に重要な意味を持ちます。
 技を究めるだけでなく、それを受け継ぐ弟子を育成できる事もまた優れた武術家の証ですから」
「つまり、自分で師を破り、弟子に敵の弟子を倒させる事で最強を証明すると言う事か」
「はい。それで、梁山泊の弟子は僕だけでしたから……」

狙いが、兼一一人に集中したと言うわけだ。
その事情を理解した皆は、うなだれる兼一に同情の視線を向ける。
何が悲しくて、そんな裏世界の大組織に命を狙われねばならないのか。

とはいえ、このままだと場の空気がよろしくない。
そこで、ザフィーラは苦しいと自覚しながらも唐突に話題を変える。
本来、こういうのは彼の役目ではない筈だが……。

「ところで白浜、お前が戦ったYOMIとやらは、一影九拳になったのか?」
「え? あ、ああ、風の噂で何人か代替わりしたという話は聞きましたよ。
全員ではないらしいですけど」

何しろ、一影九拳は武術家として最強クラスの実力者たち。
以下にその弟子たちとは言え、そう簡単には跡目を継げるものではない。

「そうか」
「はい」

悲しい事に、普段寡黙な人物がやってもこういう事はあまり話が続かないらしい。
そこで会話は途切れ、「さてどうしたものか」と言う空気が流れる。
まぁ、空気を変える事は出来たのでいいのだが……とそこで、唐突にはやてが動く。
彼女は兼一のすぐそばにやってくると、こう切り出した。

「なぁ兼一さん、実は前々から聞いてみたかったんやけど……」
「はい?」
「ヤールギュレシの達人ておるん?」
「よ、良く知ってますね、そんなの……」
「で、おるんですか?」
「いえ、今のところ聴いた事はないですけど……」
「そですか」

兼一の返答に、どこかしょんぼりした様子のはやて。
他の面々はなにを言ってるのかわからないらしく、シグナムですら小首をかしげていた。
そんな中、リインははやての目の前へと飛んでいき尋ねる。

「はやてちゃんはやてちゃん、ヤールギュレシってなんですか?」
「ん? ほうほう、聴きたいかリイン?」

リインの質問に、はやてはどこか邪悪な笑みを浮かべる。
兼一とリインを除く面々は悟った、「セクハラする気だ」と。

「ヤールギュレシっちゅうのはな、トルコの国技とされる650年を越える歴史を持つ伝統格闘技や」
「へぇ、すごいんですねぇ。でも、はやてちゃんなんでそんなに詳しいですか?」
「ふふふ、人間好きなものには詳しくなるんよ」
「好きなんですか? ヤールギュレシ」
「見るのも大好きやけど、ホンマはやるのも大好きや!!
 ただ、格闘技は相手がおらんと意味ない。
せやけど、周りに誰もやってくれそうな人がおらんかったから、結局今まで秘密になってたんや」
「それは、とてもかなしいですねぇ……」
「うんうん、リインはええ子やなぁ」
「それで、どんな格闘技なんですか?」
「ん? それはな……」

待ってましたとばかりに瞳を輝かせるはやて。
リインは無垢な瞳で見つめているが、他は違う。
リインの為にも止めるべきだと思うのだが、止めようとして止まる相手ではない。
それを理解し達観した、諦めの色が見て取れる。

「ぶっちゃけてまうと……トルコ式オイルレスリングや!!!」
「オイル…レスリング?」
「知らん、オイルレスリング? 深夜番組とかで、全身に油を塗りたくった二人がぐんつぼぐれつ……」

実際には、別にそんな卑猥なものではなく、れっきとした伝統格闘技なのだが……。
何故かはやてが言うと、恐ろしく生々しくもエロく聞こえるのはなぜか。
はやての語るヤールギュレシ像に顔を赤くし震えるリインと、それがつぼにはまったのかドンドン表現がエスカレートするはやて。はっきり言って、トルコという国そのものに切腹すべき悪行である。
いやまぁ、日本でテレビに映るそれは、ほとんど深夜帯やお笑い路線でしか使われないので、ある意味仕方がないのかもしれないが……。

その後も執拗に、それこそリインが耳をふさいで「イヤーイヤー!!」と叫んでも、念話を使って卑猥な表現を駆使し続けるはやて。その顔は実に生き生きとしている。
やがてリインは、頭から湯気を上げながらゆでダコ状態になって思考停止した。
そこまでいたいけな彼女を追いやった張本人はと言えば、「いやいや、リインもウブなお子様やなぁ」と爽やかに汗をぬぐう。正直、やってる事は言葉のセクハラ以外の何物でもなかったが。

何しろ、この場にはその手の事に免疫のない者も多い。
つまり、なのはとかフェイトもそれが耳に入ってしまい、「うわぁ」と真っ赤になって頭を揺らしている。はやて的には『大成功』と言う気分なのだろうが。

一武人として、兼一ははやてに怒るべきなのかもしれない。
だが、もうここまで来るとそんな気も失せて来る。
それは他の面々も似た様なものらしくは、ただただ深いため息をつく。
というか、兼一としては他に気になる事があるのだ。
なので、とりあえず手近な所にいたシグナムに声をかける。

「あの、シグナムさん」
「言っておくが、ヤールギュレシとやらならやらんぞ」
「やられても困ります」
「そうか。で、なんだ?」

とりあえずお互いに一安心し、話しを戻す。
見れば、兼一の表情は今日見せた中で一番真剣なものとなっていた。

「身体能力のデータを取るとかって言うのは理解できるんですけど、技術とか拳筋はそれでコピーできるようなものじゃありません。
 でも、あの機体はそれをしていました。なら、人の記憶とかそういうのを移す技術があるんですか?」
「…………」

至極当然なその疑問に、シグナムは沈黙を貫く。
それは何よりも明確な肯定の証なのだが、やはりそれだけで済ませられるものではない。
彼は武人、自分のものではないとはいえ、データを取れば技を再現できてしまうと言うその事実に、何か思う所があるのかもしれない。

ならばちゃんと説明してやるのが仲間だとは思うが、シグナムにはためらいがある。
それは、彼女の視界の端にある長い金髪の女性の存在。
フェイトはそれまで赤面していた筈の顔を、うってかわって蒼白に変えている。
他の面々もどこかその表情には緊張が潜み、場の空気は硬い。
はやてとリインですら、先ほどまでのじゃれ合いをやめてこちらを注視している。
それに気付いていないとは思えないのだが、兼一は相変わらずシグナムを見つめていた。

「どうなんですか?」
「……プロジェクトFと言うものを知っているか?」
『っ!?』

いつまでも隠し通せるものではないと観念し、その名を告げるシグナム。
その瞬間、場は騒然とし皆が息をのむ。
シグナムの眼には、兼一の斜め後ろ、死角となる場所で肩を震わせるフェイトとそれを支えるなのはの姿が映っている。
同時に、そのなのはからシグナムへと念話が飛ぶ。

『シグナムさん!?』
『わかっている、余計な事は言わん。だが、完全に黙秘と言うわけにもいかんだろう』
『……それは、そうですけど』

どの道、その存在と概要を眼にすることはできる。
隠した所で、兼一がその気なら知られてしまう。
そもそも、本当に問題なのはそこではないのだ。

「それで、知っているのか?」
「……いえ」
「そうか、ならばちょうどいい機会なのかも知れんな。
 プロジェクトFと言うのは、率直に言ってしまえば『記憶転写型クローン』を作り出す研究だ」
「記憶の転写、ですか?」
「ああ。クローン技術自体は地球にもあるだろう? だがクローンはクローン、本人ではない。
当然だな。同じ遺伝子でも、生みだされた命はまっさら、その人物が持っているものを持っていないのだから」

何を、などと問う必要はない。
これまでの話の流れから、それを予想できないほど兼一はバカではない。
と言うより、人一倍本を読み、その中にはSFの類も多かった兼一には、ある意味すぐに思いいたった。
いつだったか、同じような話を読んだ事がある。

「だから、ですか?」
「そうだ、だからだ。生み出されたクローンにオリジナルとなった人物の記憶を転写すれば、全く同じ人物を生みだせる、つまり死者を蘇らせられる。なにしろ肉体の設計図である遺伝子も、人格を形作る記憶も同じなのだから。そう考えた者がいて、それを研究し、実行した。そういう話だ」

結果は、言うまでもない。
そんな都合よくいくのなら、もっと世界的に普及している筈だ。
成功はしたが倫理的問題から禁止されているか、未だコストが高過ぎて普及に至らない可能性もある。
だが、兼一にはそうは思えない。

「人造魔導師同様、れっきとした違法研究だ。バレれば豚箱行きでも、縋る人間はいる。
 っと、人造魔導師は知っているか?
 外科的な処置・調整によって強力な魔力や魔法行使能力を持たせる技術だ。まぁ、こちらも成功率が高くない上に倫理的な問題から禁忌とされているがな」
「はぁ……」

地球から来たばかりの人間としては、あまり実感がわかないかもしれないとシグナムは思う。
しかし、こちらでやっていくためには必要な知識だ。
違法研究とは言え、それに手を伸ばす者がいないわけではないから。

「話しが逸れたな。
とにかく大切な者を失い、その喪失に耐えられず、儚い希望に縋る者達がいると言う事だ。
他はダメでも、自分の時は上手くいくかもしれない、そんな可能性に縋る気持ちは分かるがな……」

シグナムもまた、かつてかけがえのない同胞を失った。
彼女はその結末を嘆いてはいなかったのかもしれないが、それでも悲しむ主を見て感じたのだ。
失われた物を求める人達と同じ気持ちを。

「これを用いれば、あの機体の様なことも可能かもしれん。
 まぁ、やる者は良くも悪くも相当頭と心のネジが飛んでいると思うがな」

他者の記憶を保存し、それを転写する。
確かにその技術があれば、機械兵器にその記憶を転写する事でこの様な結果を生み出せる可能性はあるだろう。
人間の記憶を構成するのは、言葉や知識を司る「意味記憶」、運動の慣れなどを司る「手続記憶」、想い出を司る「エピソード記憶」の三種。
記憶喪失の人間が言葉をしゃべれなくなる事はないし、歩けなくなる事もない。
意味記憶や手続記憶を失えば話は別だし、そういう実例もあるが、一般的な記憶喪失とはエピソード記憶の喪失を意味する。

話しが逸れた。
三種の記憶のうち、機械兵器に武術を使わせるのに必要なのは手続記憶のみ。
それだけを抽出すればいいわけだが、言うほど簡単ではない。
記憶が三種ある事はわかっているが、どうやって分ければいいかが問題。
それ以前に、人の記憶をそうやって者のように扱う精神構造がまず普通ではないのだ。
シグナムの言う通り、実現した者はその技術を開発できた頭脳の飛びぬけ具合において常軌を逸し、記憶を物の様に捉える精神構造も常軌を逸している。

「そう言う事が出来て、やりそうな研究者には私も心当たりがある。
 と言っても、そいつに関しては他に詳しい奴がいるが……」
「はぁ……」
「一つ聞くが、闇人とやらがこの事を知った場合、その相手をどうすると思う?」
「…………」

管理局的には、彼の人物を死なせるわけにはいかない。
捕まえて、然るべき手続きを経て、受けるべき罰を受けさせるのが理想。
その意味において、闇人による殺害と言うのは避けたい可能性だ。

「人によるとは思いますが……あまり興味を持たないかもしれませんよ?」
「そうなのか? 私としては、自身とその技術や伝統への冒涜と考えるかと思ったのだが……」
「そう考える人もいるでしょうが、あまり多くはないんじゃないですかね。
 実際、コーキンのデータを使ってもアレですよ」

所詮は薄汚い鉄屑。血肉の通わない玩具に真の武術を再現することなど不可能。
その現実が証明されただけに過ぎず、むしろ嘲笑の種にしかならない可能性がある。
無論、それは不快に思わないと言う事ではないので、首謀者に然るべき罰を与える可能性は拭えない。
その場合、まず標的となるのは作った技術者ではなくそれを指示した誰かだろうが。

(問題なのは、首謀者と実行者が同一である可能性が高い事だが、気を揉んでも仕方がないか……)

とにかく、闇がその事に気付くことなく、仮に気付いても手が伸びる前に捕縛する。
別に今とて手を抜いているわけではないので、やり方も姿勢も変えるわけではない。
そういう意味で言えば、もどかしくもあり安心もしたと言ったところか。

やがて、いくつかの確認事項を終えて最後に残った面々も解散する。
そのまま隊舎に戻る者、最後に一仕事していく者など、種類は色々。
その中で、兼一とフェイトは隊舎に戻る派だった。

二人は別に申し合わせたわけでもなく、単に帰り道が同じと言うだけで道中を同じくする。
その途中、フェイトはずっと抱き続けていた疑問をぶつけた。

「ぁ、あの!」
「はい?」
「兼一さんは、さっきの話を聞いてどう思いましたか?」
「さっきの話と言うと……」
「プロジェクトFの…ことです」

プロジェクトF、それはフェイトにとって大きな重い意味を持つ単語。
それは、決して彼女と切り離す事が出来ないもの。なぜなら彼女の名は……。

よく見ればフェイトの体は震え、その手は真っ白になる程硬く握りしめられている。
詳しい事情を知らない兼一でも、何かしら因縁がある事はうかがえた。
何しろ今の彼女は、まるで雨に打たれる捨てられた子犬の様だから。

(兼一さんは奥さんを亡くしてる。だったら……)

あの可能性に縋りたくなるのではないだろうか。
他は失敗でも、自分の時は上手くいくかもしれないと言う可能性に。
失われた物を取り戻したいと言う気持ちなら、フェイトも知っている。
彼女もまた、大切な人…母を失った事があるから。

だが、あの技術と深い因縁のあるフェイトはそれを望んだ事はない。
あったかもしれないが、明確に意識した事はなかった。
それと因縁深い自分だからこそ、そんな物は望んではならないと固く禁じてきたから。

(望んでしまうのは、きっと仕方がない。でも……!)

他人が望む事を否定できるほど、フェイトは偉くない。
しかし、きっとそれを望む人、望んでいる人と自分達は相容れないだろうと思う。
生みだされた側と、生みだそうとする側は。

同時に兼一の答え次第で、フェイト達との関係に一つのラインが引かれる。
線の内側に入れるか、入れないか。それが決まるのだ。
その技術を求めるか、あるいはその技術によって生まれた者を認められない人は線の外側。
フェイトが何をするでもなく、その人の方から離れていく。それを彼女は良く知っていた。

この十年何度も繰り返し、実際これが境界となり離れた人がいるから。
親しいと思っていた人が、考えの違いや自分の素性を知った事から冷たい視線を向ける。
その恐ろしさを、辛さをフェイトは誰よりもよく知っていた。
エリオは兼一を親しい年上以上に慕っている、それこそ実の父親の様に。
だからこそ、そんな思いを幼い被保護者にさせたくはない。

ギンガの事もあるし、その可能性は低いと思う。
しかし、ギンガがまだ話していないと言う可能性もある。
まだ聞いていなかった事を、いま何よりも深く後悔していた。
だがもし、答えがYesであるのなら……

(この人は、ここにいるべきじゃない……)

その可能性を考えると、心が冷たく閉ざされていく事を自覚する。
いつか、自分だけではなくエリオやスバル……何よりギンガを深く傷つけるだろう。
ギンガが兼一に対し、深い親愛の情を抱いている事には、フェイトもなんとなく気付いていた。
それが恋愛感情なのかまでは、そもそも恋愛をした事がない彼女には判断がつかないが。

それでも、それだけ強く純粋な思いを抱くギンガの心に、傷を負わせる存在は許すわけにはいかない。
自分はこの部隊における、そういう生まれの者達の最年長者。
ならば、自分が皆を守らなければならないと思えばこそ。

「どう、なんですか?」

躊躇いがちに、表情が凍りつくのを隠す様に俯きながらフェイトは再度問う。
返事はない。いくら待てども返事がない。
時間の感覚があやふやで、一分経ったのか一時間経ったのかすらわからない。
もしかしたら十秒経っていないのかもしれないが、それでもそれは永遠に等しかった。
そうして、スカートを握る手が離され愛機に向かって伸びそうになった所で、兼一が口を開く。

「叶うなら、もう一度美羽さんと会いたいと、そう思います」
(あぁ、やっぱりこの人も…そうなんだ)

仕方がない事なのだとは思う。
その愛を否定する事はできない。だが、その果てに生みだされた者はそれに同調できない。
彼の眼にはきっと、その悲願の果ての「失敗作」としか映らないから。

結論を出すには性急かもしれない。それはフェイトとてわかっている。
だがそれでも、大切な家族を傷つける者を、その可能性をフェイトは許せない、放置できない。
信じて裏切られる、その辛さを苦しさを誰よりもよく知っているから。
この十年、その現実と共にあり、時にはこの真実ゆえに傷ついて来た彼女だからこそ。

ならば、やる事ははっきりしている。
しかし、そう思った所で兼一の顔に一抹の寂しさがよぎった。

「でも、きっとそれは望んじゃいけない事なんですよね」
「ぇ?」
「失敗したら、望んだ方も望まれた方も不幸です。望んだ側は大切な人だったからこそその違いに絶望するでしょうし、望まれた側はどうやっても望まれた人にはなれない事に苦しむでしょう。
だって、もうその人は望まれた人とは別の人だから」

それは、実際にフェイトにとっても身に覚えのある事実。
母は姉を望んだ。しかし、自分はどうやっても姉にはなれなかった。
姿形は同じでも、性格が、利き手が、能力があまりにも違いすぎたから。
母はそれに絶望し、自分を人形として見限った。
その事を自分は知らなかったが、どう努力しても姉にはなれなかった事はわかる。
兼一の言う事は、まさしくフェイト自身の身に降りかかった現実そのもの。

「僕は、あまり頭の良い方じゃないんで偉そうなことは言えませんけど、それくらいはわかるつもりです。なにより僕は……武人ですから。例え確実に成功するとしても、それは望んじゃいけないんです」
「どういう…事ですか」
「僕は何度も命を賭けて戦いました。信念の為、守らなきゃいけない人の為、色々な物の為に。
 でも、もし死んでも生き返れるとしたら……命をかける意味って、何なんでしょうね?」

そう語る兼一の表情は深い悲しみに染まっている。
本当は望みたい、だが望めない。
そんな感情の板挟みにあい、それでも望めない事を彼はわかっていた。

「命は一つ、だからこそ計る事の出来ない重さと価値があるんじゃないでしょうか。
 もし生き返れるとしたら、それは生き返る為に必要なコストこそが命の重さであり価値になります。
 じゃあ、そんな命を賭けたとして、意味は……あるんでしょうか?」

意味はあるだろう、そのコストの分だけ。
しかし、そこに以前ほどの重みがあるとは、兼一にはどうしても思えない。
そして、そんな重さのない命を賭けて、何がなせるのだろうか。

医術によって死の淵から引き戻すのとは違う。
それは死と言う一つの断絶の後、それをなかった事にしてしまうと言う事。
すなわち、「何のために死んだのか」という意味が失われるのだ。

「美羽さんは命と引き換えに翔をこの世界に産み落としました。
 それなのに、その命の価値を蔑ろにすることなんて、僕にはできません」

奴は、己が命を盾に美羽の命をこの世に繋ぎとめた。
美羽は命を対価に我が子をこの世に残した、彼女の母もだ。
彼らの死があったからこそ、為し得た成果、未来がある。
命を引き換えにしたその大業。それを軽視する事は、兼一にはできない。
何度も命を賭けて戦ってきた彼だからこそ、その意味を損なう事を許すわけにはいかない。

「できるなら翔を一目美羽さんと合わせてあげたいんですけどね。
 でもそんな事をしたら、きっと愛想を尽かされちゃいますから……」
「ぅ…ぁ……」

上手く開いてくれない口を、声を為してくれない声帯を、フェイトはもどかしく思う。
言わなければならない事があり、謝らなければならない事がある筈なのに。
勝手な思い込みをしてしまった事、試す様な事をしてしまった事。
何より、今までの誰とも違う、悲しい笑顔を浮かべながら確固たる意思を持ってそう語る彼に、言いたい事がある筈なのに。

「僕は僕が武人である限り、美羽さんが武人であったからこそ、それを望む事はできません。
 それに、僕は活人の拳士です。死んでも生き返れるなんて思ってしまったら、この拳と鍛えてくれた師匠達はいったい何だったんだ、と言う事になってしまいますよ」
「……なら、その技術で生まれた命を、あなたはどう思うんですか?」

本当は、そんな事が言いたかったわけではない。
だが、気付けばこの言葉が口をついていた。

兼一の意思には胸を打たれた。
その意思は気高く、何よりも尊いと思う。
きっと何を捨ててでも願いたい望みを、彼は自分と愛する人の生き方の為に否定する。
それはたぶん、言葉にするほど簡単なことではない筈だ。
その程度の事、その横顔を見ればわかる。

もしかしたら、だからこそ聴きたかったのかもしれない。
それほどまでに命に対して潔癖な彼だからこそ、そんな技術によって生み出された命をどう思うか。

「人の命を弄ぶような研究を、僕は肯定する事はできません。
 でも、だからと言ってその研究によって生まれた命を否定したくはありません。
 人は、生まれを選べません。富裕層に生まれた人、貧困層に生まれた人、戦地で生まれた人、平和な土地で生まれた人、色々な人がいて、これもその内の一つじゃないですか?
 なら、その人にだって普通に生きて幸せになる権利があると思います」
「……」
「その研究を否定すると言う事はその存在、ひいてはそれによって生まれた命も否定するって考えることもできるかもしれません。でも、命を弄ぶ研究を否定しておいて、それによって生まれた尊い一つの命を否定したら、それこそ矛盾しませんか?」

おそらく、どちらも理論としては成り立ち、同時に隙があるのだろう。
なら、結局はどちらが正しいかではなく、自分ならどう考えるかだ。
兼一はそこで後者を選び、研究は否定しておいて命は肯定すると言う方を選んだ。
いい所取りの、酷く我儘で身勝手かもしれない考え。
それでも、白浜兼一がお人好したる由縁がここにある。
活人の道とは、見方によってはどうしようもなく我儘な道ある事を、彼は知っていたから。

全てを聞き終えたフェイトの顔に浮かぶのは微笑み。
気負いはなく、当然無理もない柔らかな笑顔。目尻に浮かぶ涙すら、それを引き立てる。
見る者を魅了し、兼一でも一瞬目を離せない輝きが宿っていた。

「……そう、ですね。私も、そう思います」
「そうですか。ところで、結局これってなんの質問だったんですか?」
「それは…………………………秘密です♪」

一度は正直に答えようと思って、フェイトは兼一の口元に指をやり軽く触れてはぐらかす。
先ほどやきもきさせた仕返しであり、ちょっとした意地悪だ。

「え…ええ!? ちょ、ずるくないですか?」
「女なんて、男性からしたらズルイ生き物ですよ。逆もそうらしいって、私も今日知りましたけど。
 でも兼一さんは、とっくにご存知かと思ってました」

気付けば静流の様な微笑みは、いつの間にかいたずらっぽい笑顔へ変わっていた。
何年経っても相変わらず心の機微と言うものに疎い兼一には、その笑顔の意味がわからない。
相手を困らせてみたい、そんな幼い好意が。

「頑張って考えてみてくださいね。あってたら、その時は教えてあげますよ」
(え? それって意味がないんじゃ……)

はじめのうちは家族の事でやきもちを焼いた。
だがその努力する姿に、全てを包み込むようで、同時に分け隔てのない優しさにいつしか好感を持つようになった十も年上の相手。いまは、つい数時間前までとは違う感情が、ほんの少しだけ芽生えつつある。

それが何なのか、フェイトにはまだわからない。
しかし、胸の内に芽生えた温かさは…………どこか心地よかった。

長い金糸の髪を翻し、フェイトは兼一を置き去りにするように歩みを早める。
自身の背を追い、足早に駆けて来る足音に微笑みを浮かべながら。



  *  *  *  *  *



一夜明けて、昼過ぎのミッドチルダのとある駅前。
そこにはベンチに腰掛け、息を整える長い青髪の少女の姿。

ギンガは降って湧いた一日限りの休みに、隊舎からほど近い繁華街へとやって来ていた。
まぁそれでも、割と町から外れたとこにある六課なので、かなりの距離があるのだが。
とはいえ、本人としては外出するつもりではなかったのだ。
だが、寮の自室に突然シャマルが押し掛け……

「どうせ暇だから訓練しようとか考えてるんでしょ。
 それじゃ折角のお休みが意味ないわ。
というわけで、今から外に遊びに行って来てなさい♪」

と言う次第で、あれよあれよという間に寮から追い出されてしまったのだ。
それも、監視役とばかりに翔まで付けて。
折角の休みだし満喫するのは悪くない。それも、可愛い弟分との時間ともなれば尚更だ。

ただ、3ヶ月に及ぶ修業漬けの毎日により、身体を動かさないと落ち着かない自分がいるのも確か。
なるほど、これではシャマルに追い出されるのも無理はない。
ギンガもなんとなく自覚しているので、シャマルの読みには舌を巻く。
しかし、そのお付きである筈の翔の姿が見えない。
それもその筈。何しろ今彼は、姉弟子より大事な任務を仰せつかっている。

「さ、さすがに、ここまで走ってくるのはきつい…かな?」

ようやく息が整いしゃべれるようになったのか、ギンガは喘ぐように天を仰ぎながら呟く。
六課からここまで、普通なら乗り物を使う様な距離がある。
だがギンガは、その全てを己が脚のみで踏破した。翔を担いで。
日頃の鍛錬の成果だが、きつい物はきつい。

というか、なんでそんな事をする羽目になったかと言えば、原因は翔にある。
子どもとは無邪気な物で、だからこそ余計な事を言ってしまう。
それも、父親がアレだ。引き継がなくてもいい物まで引き継いでいるのかもしれない。
なにしろ六課を出立する際、偶々居合わせたリインが見送ってくれたのだが……。
そんな彼女に向けて翔は一言。

「なんだか、リインさんのしゃべり方って○ラちゃんみた~い」

あの瞬間、リインの背中に落雷を見た気がする。
本来彼女は凍結資質持ちの筈だが、それでも確かに雷鳴が聞こえた。
地球にいた時間などたかが知れているギンガには翔の言った「タ○ちゃん」の意味はわからない。
しかし、それを聞いた時のリインは肩を震わせ……。

「言ったですね。言ってはいけない事を言ってしまったですねぇ―――――――――――――!!」

と激怒。それにビビったギンガは、翔を抱きかかえて一目散に逃走。
翔はなにが楽しいのか「キャハハハハハ♪」とご機嫌に笑っていたが……。
もしかすると翔は、父の「相手の逆鱗に触れる才能」を引き継いだのかもしれない。

「それは…………まずいわね」

正直、弟分の将来が心配だ。
あの才能は、あまり社会生活に役立たない。それどころか、マイナスになりかねないのだ。
よくもあんなものを抱えて、師は真っ当な社会生活を送れたと思う。
聞けば友人も多いようだし、どんな魔法のおかげやら……。
というか、ギンガとしては他にも色々心配な事が翔には多い。

「そういえばあの子、どこまで行ってるのかしら?」

そう言って、ギンガは疲労の残る体に鞭打って立ち上がる。
まったく、これではなんのための休みかわからない。

とはいえ、師から預かった子ども。それに何かあっては申し訳が立たない。
以前の事もあるし、念には念を入れた方が良いだろう。
息を切らす自分に、「飲み物買ってくる!」と気を使って駆けだしたのを見送ったのが不味かったのだろうか。

「変な所で不器用だし、道に迷ってないと良いんだけど……」

何と言うか、翔は肉体的なスペックが異常に高い半面、翔はかなり不器用な所がある。
あるいは、どこか抜けていると言うか天然と言うか、率直にドジと言うべきか。
それも、最近はそれに拍車がかかっている気がする。

体を動かすセンスは抜群なのだが、他がてんでダメ。
掃除をしようとするとむしろ散らかるし、割と頻繁に皿を割るなど当たり前。
天真爛漫にはしゃぐことも多いが、それはそれであぶなっかしい。
なにしろ、勢い余って植え込みに突っ込む事もあるくらいなのだから。

本来あの子ならそんなドジは踏まない筈だが、幼い段階で武術漬けの毎日になった反動かもしれない。
何というか、武術に関わっていない時は基本的にぼ~っとしている事が増えた。

「ホント、大丈夫かしら、あの子……」

冷や汗を流しながら、ギンガは足早に翔の姿を探す。
以前はあまりなかったが、最近になって増えた事を思うとあの可能性の信憑性は増すばかり。
とすると、迷子になったと言う可能性も……

「凄く、ありうるわね……」

ちなみに、ギンガがそんな事を考えていたその時。
翔が何をしていたかと言えば……

「あ、見つけた!」

どうすればこれだけ時間がかかるのか定かではないが、ようやく発見した自販機の前。
翔は頼まれた物を探し、それを発見。
背伸びしながら小銭を入れようとする。だがその瞬間、喜劇は起こった。

「え? あ~~~~……そっちじゃないのに~~~~~」

人の波に飲まれ、目的地から流されてしまう翔。
彼が姉と合流するのには、さらに長い時間を要するのだった。
つまり、ギンガの想定はまだまだ甘かったと言う事。

で、そんな感じにいずことも知れぬ地へ流された翔を必死に探すギンガ。
探し始めること数分。彼女は今、非常に面倒くさい足止めを食っていた。

「ねぇねぇ、君ヒマ?」
「一人じゃつまんないでしょ? 俺達が優しくエスコートしたげるからさぁ、一緒においでよ~!」
「そーそー、向こうに車とめてあるからさ、もっと楽しい所で遊ぼうぜ!」
(あーもー、この忙しい時に!!)

腕を掴まれ、馴れ馴れしく肩へと延びる手を払いながら苛立つギンガ。
速く翔を探さなければならないのに、そう言う時に限って入るお邪魔虫が三匹。
はっきり言って、今のギンガは彼らをボロ雑巾にしてしまいたい程苛立っている。
が、武装局員がそれをやるのは不味いと言う事がわかる程度には理性が残っているのは幸運か不運か。
とりあえず、そのせいで踏ん切りがつかないので、余計にいら立っているのは間違いない。

とはいえ、未だ実力行使に踏み切るには足らない。
已む無く、ギンガはやんわりと、だが言葉尻に棘をふんだんに含ませながら拒絶の意を表す。
が、無神経な男たちには通用しない。

「すみません、連れを探しているものですから」
「いーじゃんいーじゃん、そんなの気にしないでさ~!」
「あ、その子も女の子? もしかして君と同じくらい美人?」
「なら俺達も頑張っちゃおっかなぁ~!」

お世辞にもあまり品性が良いとは言えな男たちの反応に、ただひたすらに辟易するギンガ。
何より不快なのが、服越しとは言え触れる男たちの手の感触。
下心がにじみ出ているのか、ただ触れているだけで怖気が走る。
その上、払っても払っても懲りずに延ばされてくるのだから鬱陶しい。

正直、実力行使とはいかずとも、いい加減力づくで振り払いたくなってくる。
一応何度か忠告はした。ならば、怪我をしない範囲は自己責任。
そう決断したギンガが体に力を込める瞬間、何者かがの襟を引っ張った。

「ほらほら、女の子が嫌がってるんだからやめときなよ、君達。
 そんなんじゃかえって印象を悪くするってどうしてわからないかなぁ?
 女の子はデリケートなんだから、優しく礼を守って接さないとダメだよ~ん」

片手に付き一人ずつ、計二人の男の襟が後ろから引かれる。
いや、引かれるどころの話ではない。

「う、うわぁ―――――――!?」
「は、離せこの野郎!!」

男たちの脚は地面から一瞬浮きあがり、続いて即座に落下。
運動不足なのか咄嗟の事に反応できず、無様に尻もちをつく。

だが、問題はそこではない。
魔力の発動を感じなかったことからすると、襟を掴んだ人物は、素の腕力で人間二人を持ちあげたのだ。
一瞬の事ではあったが、それが単に首を絞めない為の配慮である事にギンガは気付いている。

振り向けば、そこにはギンガよりだいぶ背の高い、180cmを越える男の影。
しかしその顔立ち静観ながらはどこか幼さを残しており、年がそう変わらない事も伺える。
彼はギンガに軽くウィンクすると、残る一人に向き直った。

「それで、君はどうする?」
「ひっ…!?」

別に、少年が何かをしたわけではない。
だが、男はその眼を見た瞬間小さく呻き、一目散に逃げ出した。
残る尻もちをついた二人もそれに倣い、ほうほうの体で逃げる。
少年はそれに肩を竦め、一瞥もくれることなく言った。

「やれやれ、この辺りの人はマナーがなってないのかな?
 女の子は大事にしなさいって教わったとおもうんだけど」
「あの、ありがとうございます」
「いやいや、可愛い女の子にいいところを見せたかっただけだよ。
 ま、そんな必要もなかったみたいだけど……」

言った瞬間、一瞬細まる少年の眼。
それが、一瞬冷たく光った気がしてギンガの身体が強張る。
しかし少年はそんな事を気にした素振りもなく、どこまでも爽やかかつ朗らかに話す。

「それで、急いでるみたいだったけどいいの?」
「そうだ、翔! すみません、ちょっと人を探してるので、これで失礼します!」
「うん、それは良いんだけど……もしかしてあの子がそう?」

そう言って少年が指し示した先には、手を振って駆けよってくる翔の姿。
どこか服装がくたびれた様子だが、怪我らしい怪我はない事に安堵するギンガ。
少年は、「うんうん、見つかってよかったね」とにこやかに頷いている。
ただ目の前まで来た所で、翔の背中に誰かの腕がぶつかりバランスが崩れた。

「あ!?」
「って、翔!」

傾く小さな体と、なんとか支えようと伸ばされる手。
だが咄嗟の事にギンガの手は間に合わず、翔の体は地面と激突……する事はなかった。
寸での所で風の様に差し出された逞しい腕により、抱え上げられる翔。
少年は翔を眼の高さまで持ち上げ、にこやかに注意する。

「ほら、ちゃんと気をつけないとダメだよ、僕」
「………………ふぁい」

驚いているのか、翔はどこか間の抜けた返事を返す。
ギンガもはじめは呆然とし、続いて現実を認識。
慌てた様子で少年へと向き直り、深々と頭を下げた。

「す、すみません! 一度ならず二度までお世話になってしまって……ほら、翔も」
「う、うん。お兄さん、ありがとう」
「アハハハ、だから気にしなくていいってば。困った時はお互い様さ♪」

翔をギンガに返しながら、手を振って応える少年。
とそこで、唐突に目つきが変わる。
それを見てとったギンガは一瞬警戒し、少年の動きを注視する。そして……

「じゃ、探し人も見つかった事だし、今からお茶しない?」
「って、ここにきてナンパですか!?」
「え? だって、元からそのつもりでこの辺ウロウロしてたし」

すぐに肩透かしを食う破目になるのだった。
しかも、ツッコミを入れても開き直ってあっけらかんとする始末。
何と言うか、良くも悪くも暖簾に腕押しと言う言葉がよく似合う。

とはいえ、ギンガとしても恩人である少年の誘いは中々無碍にできない。
それも、よく見れば相手はかなりの美系。ちゃんと礼節も守っているし、爽やかな所は好印象。
正直、あまり悪い気はしないと言うのがホントのところ。
実際、外からも視線を感じるし、少年に熱い視線を向ける女性もいる事が伺える。
だが、ギンガの反応は明瞭な謝絶だった。

「折角のお話ですけど、ごめんなさい」
「ありゃ?」
「そ、それにですね、この子…………………うちの子なんです!!」
「はえ?」

そう言ってギンガが少年に向けて押し出す様にして掲げるのは、それまで抱いていた翔。
翔はなにが起こっているのかよく分からないらしく、キョトンとした顔で首をかしげる。

にしても、もう少し表現の仕方はなかったのか。
これだとまるで、『この子は私の子です』と言っているようにも受け取れる。
いや、ナンパを断る口実と考えれば狙っているのかもしれないが、それはそれでどうなのだろう。

普通ならもう少し粘るなり、ツッコミを入れるなりする所。
しかし、少年から返ってきた答えもまたさっぱりしたものだった。

「そっか、それじゃ仕方ないね」
「そ、そうです! 残念ながら仕方ないんです!」

最早自分でも何を言ってるかよく分かってないらしいギンガ。
ちなみに、翔はぬいぐるみの如く力を抜いて宙ぶらりんのまま。
そんな翔の頭を軽くなでると、少年はあっさりと引き下がり背を向ける。

「じゃ、またいずれ。ね、僕」

それだけ言って、少年は去って行った。
ギンガは翔を下ろし、先の言葉を反芻する。

「あれ? もしかして、また会おうって事だったのかな?」
「ん」

なにが「ん」なのかよく分からないが、翔も同じ印象を受けたらしい。
だが、名前も知らずにどうやってまた会うのやら……。

とはいえ、考えても仕方がない。
二人は気を取り直し、手を繋いで繁華街へと繰り出していくのだった。

視点は移り、意外とあっさり引き下がった少年の方。
彼は適当に繁華街をぶらつき、あまり人気のない一角に辿り着く。
そこには、古ぼけたコートにフードを被った小柄な人影。
彼はその人影に近づき声をかけた。

「や、元気にしてたかい?」

少年の声を聞き、小さな人影…無表情な少女が振り向く。
だが、かえってきたのはそんな少女には不釣り合いな威勢のいい声だった。

「って、あ! お前、またでやがったな!!」
「酷いなぁ、そんな虫みたいに」

もちろん、声の主はフードの少女ではない。
声の主はそのフードの影から顔を出す、赤い髪の小人。
少年は小人の言葉に苦笑を浮かべている。
そんな少年へ向け、ようやく少女は口を開いた。

「何…してるの?」
「いや、ちょっと行きずりの女の子とお茶しようと思ったんだけど、ふられちゃった♪」

特に残念そうな素振りも見せず、肩を竦める少年。
そんな彼を見て、小人は溜め息交じりに呟く。

「相変わらず軽いよなぁ、お前。ホントにアイツらの仲間か?」
「ホントに酷いなぁ、僕は単に今を楽しんでるだけなのに……そう言えば、ゼストさんは?」
「今は、別行動中」
「そっか、じゃあ今から遊びに行かない?」

脈絡も何もない唐突な申し出。
小人的には、せめてもう少し話しを連続させてほしいところだ。
だが、少女はその意味が理解できないのか、首をかしげて問う。

「どうして?」
「どうしてって、それは……」

少女の問いに、少年は腕を組んで思案する。
理由、理由と何度か呟き、ようやく思い至ったのか景気よく手を叩く。

「久しぶりに会った友達との友情を深めようと思って」
「それだけ?」
「それだけ」
「つーか、お前とルールーの間に友情なんかあんのかよ!」
「まぁまぁ、それを確認するためにも行こうよ。アギトにもおごるからさ」
「え、ホントか! って、んなもんじゃあたしは釣られねぇからな!!」
「わかってるってば」
「でも、私……」
「ほらほら、根を詰め過ぎてもよくないよ。遊ぶ時はパァッと遊ぶ。
短い人生、花の命はさらに短い。明日死ぬかもしれない命なら、今を楽しまなきゃ!」

そう言って、少年はやや強引に少女の手を引く。
しかし、少女としては気がかりが他にもある。
と言うか、その気がかりと言うのはこの少年の事でもあるのだが。

「もしかして、また勝手に研究所から抜けだしたの? ドクターに怒られるよ?」
「気にしなーい気にしなーい! さあ、今日は夜通し遊び通そうか、ルー!」
「って、ルールーに夜更かしさせんな!! 旦那に言い付けるぞ!!」
「ごめんごめん。じゃ、夜通し遊び通すつもりで!」
「何が違うんだよ!!」

そうして、大中小の三人組はミッドの繁華街へと繰り出していく。
ちなみに、この後も大と小のコンビは細々と漫才を繰り広げるのだが……それは余談である。






あとがき

フェイトとのフラグが立った………のかな?
ギンガ一人じゃさみしいと言う事でしたし、手始めはこんな所。まぁ、これも微妙な感じですけど。

それと、翔の基本路線は武術と園芸以外ポンコツで。
美羽や兼一みたいに家事はできません。そんなことしたらしぐれやアパチャイみたいな事になります。
そういう感じのキャラにしていきたいですね。

さて、次回はいよいよ海鳴出張編。
とりあえず、ケンイチからのキャラを何人か出す予定です。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.028388977050781