<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

とらハSS投稿掲示板


[広告]


No.25730の一覧
[0] 【完結・改訂完了】リリカルなのはSts異伝~子連れ武人活人劇~(×史上最強の弟子ケンイチ)[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[1] BATTLE 0「翼は散りて」[やみなべ](2013/07/16 00:16)
[2] BATTLE 1「陸士108部隊」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[3] BATTLE 2「新たな家族」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[4] BATTLE 3「昼の顔、夜の顔」[やみなべ](2013/07/16 00:18)
[5] BATTLE 4「星を継ぐ者達」 [やみなべ](2013/07/16 00:18)
[6] BATTLE 5「不協和音」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[7] BATTLE 6「雛鳥の想い」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[8] BATTLE 7「一人多国籍軍、起つ」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[9] BATTLE 8「断崖への一歩」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[10] BATTLE 9「地獄巡り 入門編」[やみなべ](2013/07/16 00:21)
[11] BATTLE 10「古巣への帰還」 [やみなべ](2013/07/16 00:21)
[12] BATTLE 11「旅立ち」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[13] BATTLE 12「地獄巡り 内弟子編」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[14] BATTLE 13「誕生 史上最強の○○」[やみなべ](2013/07/16 00:24)
[15] BATTLE 14「機動六課」[やみなべ](2013/07/16 00:25)
[16] BATTLE 15「エースの疑念」[やみなべ](2013/07/16 00:26)
[17] BATTLE 16「5年越しの再会」[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[18] BATTLE 17「それぞれの事情」[やみなべ](2013/07/16 00:27)
[19] BATTLE 18「勢揃い」[やみなべ](2013/07/16 20:54)
[20] BATTLE 19「守護の拳」[やみなべ](2013/07/16 00:28)
[21] BATTLE 20「機動六課の穏やかな一日」[やみなべ](2013/07/16 00:29)
[22] BATTLE 21「初陣」[やみなべ](2013/07/16 20:53)
[23] BATTLE 22「エンブレム」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[24] BATTLE 23「武の世界」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[25] BATTLE 24「帰郷」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[26] BATTLE 25「前夜」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[27] BATTLE 26「天賦と凡庸」[やみなべ](2013/07/16 20:51)
[28] BATTLE 27「友」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[29] BATTLE 28「無拍子」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[30] BATTLE 29「悪魔、降臨す」[やみなべ](2013/07/17 21:15)
[31] BATTLE 30「羽化の時」[やみなべ](2013/07/16 00:39)
[32] BATTLE 31「嵐の後で」[やみなべ](2013/07/16 00:40)
[33] BATTLE 32「地獄巡り~道連れ編~」[やみなべ](2013/07/16 00:41)
[34] BATTLE 33「迷い子」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[35] BATTLE 34「I・S」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[36] リクエスト企画パート1「vivid編 第一話(予定)」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[37] BATTLE 35「ファースト・コンタクト」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[38] BATTLE 36「お子様散策記」[やみなべ](2013/07/16 00:44)
[39] BATTLE 37「強い奴らに会いに行け!」[やみなべ](2013/08/01 03:45)
[40] BATTLE 38「祭囃子」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[41] BATTLE 39「機動六課防衛戦」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[42] BATTLE 40「羽撃く翼」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[43] BATTLE 41「地獄巡り~組手編~」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[44] BATTLE 42「闘いの流儀」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[45] BATTLE 43「無限の欲望」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[46] BATTLE 44「奥の手」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[47] BATTLE 45「絆」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[48] BATTLE 46「受け継がれた拳」[やみなべ](2013/07/16 00:49)
[49] BATTLE 47「武人」[やみなべ](2013/07/16 20:49)
[50] BATTLE FINAL「それぞれの道へ」[やみなべ](2013/07/16 00:50)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[25730] BATTLE 19「守護の拳」
Name: やみなべ◆d3754cce ID:1963cf14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/16 00:28

改めて思い知った達人と言う人種の人外ぶりに頭痛を憶え、頭に手をやるなのは。
他の面々はそんなものではないのだが、割と耐性がある分だけこれでも被害は軽微な方なのだが。
というか、一々この程度の事で思考を停止させていては身が持たない事をよく知っているのだ。

故に立ち直りも早く、彼女の思考はすでにこの先の事に向けられていた。
なにより、いい加減時間も押しているので話を進めたいところ。

「そ、それじゃそろそろ始めようと思いますけど、いいですか二人とも?」
「あ、うん」
「かまわん」

返事をするや否や、二人は申し合わせたわけでもないながら、揃ってビルの縁へと足を運ぶ。
同時に、ザフィーラの蒼い身体を淡い光が包んだ。
すると、光の幕越しに見えるその輪郭が緩んでいく。
歩きながらも輪郭は緩やかに溶けて行き、徐々に別の輪郭へと変化する。

前後に長かった体は縮み、反対に翔の身長ほどだった体高が急激に伸び、瞬く間に兼一の身長を越えた。
気付けば横幅と厚みも増しており、ただ高いだけではない、がっちりとした体躯が見てとれる。
やがて輪郭の変化が落ち着くと、それに伴い身体を包む光も霧散していく。

光が消えれば、そこには白髪と褐色の肌が眩しい、全身を無駄のない野生動物の様な筋肉で覆った偉丈夫が姿を現す。纏う衣服に袖はなく、代わりに丈の長い功夫服に似た蒼い衣装。鍛え抜かれた四肢には白銀の防具、白髪からは蒼い獣の耳がのぞき、切れ長の赤い瞳には強い意思の光が宿っている。

『はぁ~……』

あまり使い魔や守護獣の変身する姿を見た事のない面々(主に翔など)は、その変化に感嘆の声を漏らす。
だが、当のザフィーラはあまり気にした素振りも見せない。
既に思考が目前に迫る戦闘に向けられているのだろう。
その顔には適度な緊張感と、静かな闘争心が秘められている。
ビルの床を蹴ると、その屈強な身体は重力に反し浮き上がり、慣れた様子で空を滑るように飛んでいく。

対して兼一は、飛び立ったザフィーラの行く先を眼で追いながら、自らもビルの縁に脚をかける。
眼下に広がる遠い地面を視界に納めながら軽く息を吐くと、その背に声がかけられた。

「あの…師匠!」
「どうしたんだいギンガ、そんなに緊張して。これから戦うのは君じゃないのに」

どこか緊張で張りつめた声音の愛弟子に、おどけた様子で応じる兼一。
その顔には余裕があり、確かな自信に溢れていた。

「その……頑張ってください。ご武運を」
「父様、頑張って!」
「うん、行ってくるよ」

今の彼にとって、まさに最愛とも言える二人からの激励。
それに柔和な笑みで応え、兼一は何もない空中に一歩を踏み出す。

ザフィーラと違い、重力に従い落下を開始する比較的小柄な体。
そのまま落ちても受け身を取る自信はあるが、戦う前からあまり心配させる物ではない。
そんな配慮からか、流れる景色を見ながら兼一はすぐ後ろにある壁を蹴る。

すると、その反動で景色の流れは縦から斜めに変化した、垂直落下から斜め前方へ。
しかしすぐに目の前に向かいのビルの壁が迫り、身体を反転させながら同じ要領で壁を蹴る。
それを幾度か繰り返し、ジグザグに二つのビルの間を跳ねて行く。

耳を澄ませば、頭上からは僅かなどよめきが届く。
それに微かに苦笑を浮かべながら、気付けばすでに地面は眼の前。
危なげなく着地すると、兼一は心の赴くままにコンクリートジャングルの中を歩きだした。



BATTLE 19「守護の拳」



曲がり角を曲がれば、ビルの屋上からは死角。
当然ながら先ほどまで感じていた視線も感じなくなる。
音のない静かな路地を歩きながらもなんの気配もしない所からすると、サーチャーの類も後を追いかけて来てはいないらしい。常人では気付かないだろうが、達人級の鋭敏な感覚なら間違いない。

そうして路地を歩きながら、兼一は入念に自身の装備をチェックする。
白い道着の襟を整え、厚手の布で作られた黒い帯を締め直し、紐状のバンテージを慣れた仕草で巻いて行く。最早目を閉じていてもできるほどに染み着いた一連の動作は、どこまでも穏やかで淀みがない。
歩く度に僅かに愛用の鎖帷子が擦れる冷たく静かな音は、どこか心地よくすらある。
最後に師から賜った手甲を身に付け、準備は完了。

どれもこれも、長年愛用した品。
空手と柔術の道着、ムエタイのバンテージ、カンフーパンツ、しぐれのおさがりである鎖帷子、そして風林寺家謹製の手甲。まさに、梁山泊の一番弟子にふさわしい装いだ。
青春を共に戦い、血と汗を吸い、幾多の苦難を乗り越えてきた。
汚れや傷の一つ一つ、その全てが修業と戦いの証であり、大切な宝物だ。
こうして袖を通して戦いに臨もうとすると、若かりし日々を思い出す。

(……………………………………やめよう。わざわざ戦う前に鬱になる必要はないし)

思いだしそうになって、首を振ってやめた。
何が悲しくて、わざわざ戦う前にナーバスにならなければならないのか。

とはいえ、普通なら戦いを前にした意気込み等が顔に浮かぶものだが、兼一にその様子はない。
ビルを跳び下りた時同様、その顔に浮かんでいるのは柔和な笑みだけ。
だがそこで、兼一は一切表情を変えずに深々と溜息をついた。

「はぁ~……」

表情に変化はない、雰囲気もまた同様だ。
しかしそうであるにもかかわらず、その溜息が酷く重く聞こえるのは気のせいだろうか。
一端立ち止まり、キョロキョロとその場から周囲の様子を確認。
誰もおらず、追い掛けてくる何かもない事を確かめる。
そして兼一はゆっくりと右手を鳩尾に添えると、再度深々と溜息をついた。

「はぁ~……………………………………胃が重い」

口からこぼれたのは、先ほどとはうって変わって弱々しい呟き。
その顔にはすでに先ほどまでの余裕の表れの様な柔和な笑みはなく、むしろ顔を蒼くして憂鬱そうですらある。

「ううう、やっぱり駄目だ。緊張して気持ち悪くなってきた……」

まるで吐き気を堪える様に、左手を口元に添えた。
いい加減そっちの世界にもどっぷり漬かり、勇気をコントロールする術も心得てはいる。

が、それとこれとはまた別の問題。
勇気を奮い立たせ、必要以上に恐怖に震える事はない。
しかし、だからと言って別に緊張しないわけではないのだ。

場数を踏んで慣れてはいるし、いざ戦いが始まってしまえば平気なのだが、問題はそれまでの間。
どうにも、ジリジリと戦いが始まるまでの待ち時間は慣れない。
何と言うか、緊張で胃がキリキリと痛むような思いなのである。
脚が竦み、体が震え、怖気づいていた頃に比べれば格段に進歩しているのだが……それでも、きっと今の彼はなんというか……些か情けない顔をしているに違いない。

「こんな所、ギンガや翔には絶対見せられないや……」

先ほどまでの柔和な笑みも頼もしい返事も、全ては弟子達を失望させないために必死に取り繕った成果。
はっきり言ってしまえばザフィーラが変身するあたり、いやそれ以前から心のうちではガタプル状態だったのだ。

武術に身を捧げて十数年。
一番上達した事の一つは、間違いなく外面を整える技術である。実に情けない話だが。

(二人とも、僕の事を誇りに思ってくれてるみたいだし、ガッカリさせられないんだよねぇ……)

自業自得…と言うのもおかしな話だが、兼一は二人の前では理想的な武術家としてふるまうよう努力してきた。
その中には、当然修業中の態度なども含まれる。
まぁ、実は細々と情けない所を見せているのだが、それは横に置いておく。
とにかくその結果として、二人は兼一が心技体に優れた武術家と信じて疑っていない。別に間違っているわけでもないので、詐欺と言うわけではないだろう。

時折、過去を含めた本当の自分を明かせればどんなに楽か、とは思わなくもない。
ただその辺りは、いくつになっても変わらない男の子の意地である。
大切な弟子達の前では……そんな、下らないと言えば実に下らない見栄。
だが、わかっていても捨てられないのがバカな男の性でもある。

「ええい、いっそホントのところを正直に白状するか!?
 でもなんて? 実は良く修業がきつくて逃げたとか、戦う度に怖気づいてたと言えと?
 言えるわけないじゃないか、そんなこと~~~~~~!!」

誰もいない事をいいことに、久しぶりに情けないほど取り乱して叫ぶ兼一。
まぁそんなわけで、実はあまり自分の過去を二人に話していない。
正確には、“過去の自分”をあまり話していないのだ。
恥ずかしいエピソードやカッコ悪いエピソード、あるいは情けない話には事欠かないだけに、できれば二人には知られたくない。他人からすれば何をそんなに嫌がるのかと思わなくもないが、親戚からされる「小さい頃は良くおねしょしたよね」的な話と同域の恥ずかしさを感じていると思えば理解しやすいだろう。

「どーすんの? どーすんのよ!? じぇろにも~!?」

見事なまでの八つ当たりで、手近な街灯や壁への破壊活動を始める兼一。
ただ、このしばらく後に彼は後悔する。
いっそのこと、全部赤裸々にカミングアウトしとけばよかったと。



  *  *  *  *  *



路地裏で兼一がそんな事をしているとは露知らず、観戦者達は開戦の時を待つ。
ただし、別に静かに待っている必要もその理由もないわけで……。

「せやけど、こうして改めて実物を見ると、意外と華奢やなぁ」
「なにがですか、はやてちゃん?」
「いや、兼一さんがな、思ってたよりも細かったなぁと……」

形の良い顎に指を当て、思い返す様にして語るはやて。
実際、彼女の手元にあった資料には一般的な証明写真しか添付されていなかった。故に、実物はもっとこう、如何にもな筋骨隆々な姿を想像していただけに、少々肩透かしを食らったような印象なのだ。

「恭也さんもそう変わらない様に思うですけど?」
「うん、まぁそれはそうなんやけど……でもほら、元々の身長も頭一つ分位ちゃうし。
 そもそも恭也さんは武器で、兼一さんは拳や。せやから、単純比較するのもどうかなぁと」
「まぁ、確かにそうですね」

どちらにしても筋力が重要な要素であることには変わらない。
だが、概ね格闘系の試合には体重による「階級」と言うものが存在する、柔道然り、ボクシング然りだ。
相撲にはないが、その代わりに正式な入門には厳しい体重及び身長の規定がある。
体格が良ければ体重が重くなるのは当然であり、体格が良い程備える事の出来る筋肉の量、一撃の重さが増すのも道理。体重による階級と言うのは、より試合の公平性を高めるために開発されたルール。つまり、一般的に見れば些細に思える体重差でも、格闘の世界においては大きな差が出ることの証左でもある。

それに対し、剣道やフェンシングなどにはそういったものがない。
剣道と剣術だとまた話が変わってくるのだが、とにかく武器の世界においては格闘の世界ほど体格や体重の差に神経質ではない事が伺える。
そんな違いを考慮すれば、兼一と恭也の体格を比較するのは適切とは言い難い。
そもそも、はやての言う通り元々の身長にだいぶ差があるのだ。

「まぁ、達人なんやからどうせ滅法強いんやろうし、技で捌いてまうんやろうけど……」
「けど?」
「ザフィーラと兼一さん、かなり体格差があるやん。
腕回りとか胸板とかもザフィーラの方が一回り以上逞しい位やし、やっぱりその辺は分が悪そうやなぁと」
「あぁ、確かにそうですねぇ……」

はやてが言う通り、二人の体格は階級に置き換えると一つ二つの差では済まない。
達人に一般常識が当てはまらない事ははやても承知しているが、どうしても長年に渡って染み着いた常識がある。
はっきり言って、恵まれた体格によるパワーやタフネス、四肢の長さから来るリーチの差は拭えないと思う。
その上、パワーやタフネスは魔法でかなり底上げできるし、ザフィーラにも少ないながら遠距離系の魔法がある。
小柄な分、小回りや敏捷性では兼一の方が有利かもしれないが、やはり全体的に分が悪そうに見えてしまうのだ。

「フェイトさんはどう思いますですか?」
「え? そうだね、私も概ねはやてに賛成かな。
 見た感じ、白浜陸士はパワーより速さ重視みたいに見えるし。ただ……」
「「ただ?」」
「上腕とか首とか、ちょっとシャレにならない発達の仕方をしているように見えるのが気になって……」

確かに、一見した限り細身の兼一はスピード重視に鍛えているように見える。
しかしフェイトの言う通り、僅かにのぞく首筋やバンテージと道着の間に垣間見える上腕が尋常ではない。

ついさっきまでの動揺はどこへやらと言った様子だが、普段はどれだけダメに見えてもそこはそれ経験豊富な執務官である。如何に動揺していたとしても、戦いの空気に触れればスイッチが切り替わるのは当然。
余計な事は頭の隅に追いやり、目前の事態に集中して先ほどまでの情けない姿などおくびにも出さない。
戦いの場に会って、迷いや余計な思考は命取りである事を彼女達は良く知っている。
実際に戦うのは自分ではないが、それでもこの空気だけでスイッチを切り替えるには十分。
彼女達はプロフェッショナル、この程度のコントロールさえできない程未熟ではない。
これはシグナムにも言える事で、先ほどまで挙動不審の生きた見本だった彼女も、既に本来の……騎士の顔を取り戻していた。

「まぁ、白浜陸士が細身なのは事実だからね。
やっぱり技とスピードの陸士と、力と魔法のザフィーラの勝負になるんじゃないかな?」

実際にはそう単純な話ではない事はフェイトもわかっている。
ただ、今彼女の手元にある情報だけを見ると、このように判断するしかない。
何しろ、ザフィーラと違って身体能力の水増しなどできない以上、外見からの予測を裏切る可能性は低い。

だがこれは、あくまでも「低い」と言うだけの話。
この場には、兼一の身体の秘密を知る者がいる。
フェイト達の会話が聞こえたのか、その内の一人はとてつもなく怪訝そうな表情を浮かべていた。

「…………」
「どうかしたの、ギンガ? なんていうか、凄い顔してるけど……」
「あ、いえ…今、ものすごく信じられない単語が聴こえた気がして……。
 すみません、フェイトさん。今、師匠の事を『細い』って言いました?」
「あ、うん、言ったけど?」
「実際細いやん、兼一さん」
「ですです」
「あ~、まぁ確かに『細く』はあるんですけど……」
「「「?」」」

何かに悩むかのように、腕を組んでウンウン唸るギンガ。
その周りでは、妙に顔を蒼くした新人達がプルプルと震えている。

「どないしたん、みんな?」
「顔色が悪いみたいですけど、風邪なら早く休んだ方が良いですよ?」
「どうしたの、エリオとキャロまで!? 風邪、風邪なの!? ちょっと待って、今薬を……」

普段と違う部下達の様子に、心配そうにしているはやてとリイン。
その後ろでは、すっかり子煩悩モードに戻ってしまったフェイトが、懐から無数の顆粒剤や錠剤、あるいは湿布や包帯から絆創膏まで引っ張り出している。正直、いったいあの服のどこにそんなに隠していたのか不思議なくらいだ。彼女の両脇には医療道具の小さな山が出来ており、冨山の薬売りでもやれそうなレベルである。

「あ~、大丈夫だよ、フェイトちゃん。別に、風邪とかじゃないから」
「そ、そうなの? でも、念のためシャマル先生に見てもらって、それに検査とかレントゲンとかも……」
「少し落ち着けって、どうしておめぇはそう極端なんだ」
「で、でもヴィータ、風邪はこじらせたら命にかかわるんだよ!?」
「良いから落ち着けっての。顔色が悪いのは、単に昨日の事を思い出しただけなんだしよ」

頭痛を抑える様に頭に手をやりながら、溜め息をつくヴィータ。
これだけ言われても安心できないのか、相変わらずフェイトはオロオロワタワタしているが、それ以上は誰も取り合わない。
これ以上言葉を重ねても意味はなく、ちゃんと事実を事実として告げるしかないと経験からわかっているのだ。

「昨日? 昨日何があったですか?」
「言わなかったっけか? 確認がてらちょっとあいつにガジェットと模擬戦やらせてみたんだよ」
「ああ、そう言えばそんな事言うてたなぁ。せやけど、瞬殺やったって言うとらんかった?」

昨日シグナムが走り去った後、今後主に戦う事になるガジェットとの模擬戦が行われた。
敵性兵器とはいえ、模擬戦に使っているのはあくまでも訓練用のレプリカ。
仮に攻撃を受けても大怪我にはつながらないよう調整してあるし、すぐに準備できるので兼一の都合さえよければその場でできる。そんなわけで、ザフィーラとの組手に先駆けてその場でちゃっちゃとやったわけだ。

ただまぁはやての言う通り、これと言って見せ場らしい見せ場もなく撃破してしまった。
別にそれ自体は驚くに値しない。と言うか予想通り過ぎる。

「うん、二十体位相手をしてもらったんだけど、5分もかからなかったかなぁ」
「まぁ、それ自体は予想通りやな」

形式としてはスバル達の様な追跡戦ではなく、兼一に全ガジェットが向かってくる方式。
数がそれほど多くないのは、あまり増やしても意味がないから。
何しろ、ある程度の距離を置いて兼一の周囲を取り囲んだとしても、そこに並べる数には限度がある。
また、その後ろに並んだ所で、攻撃できるのは味方の背中だけ。
その上から攻撃すればいいかもしれないが、それもいずれは限度が訪れる。
まさかドームの様に、とにかく大きく広がり際限なく積み重なるわけにもいかない。

早い話、あまり数を増やしても、攻撃に参加できない分は単純に「あまり」でしかないのだ。
一機潰されれば、「あまり」がその穴を埋めるだけ。兼一からしてみると、潰し損ねても潰しても状況はあまり変わらない。相変わらず、攻撃してくる数は一定のままなのだから。

延々続ければ兼一のスタミナや集中力等の持続力が分かるが、それには恐ろしく時間がかかることが見込まれる。
さすがにそう言った事は別の機会を設けた方が良いし、肝心の新人達の底上げの時間を圧迫するのも問題だ。
兼一とガジェットの模擬戦は、あくまでもなのは達の予想の裏付け以上の意味はない。
そんな諸々の事情もあり、二十体程度で落ちついたのだが……問題なのはその撃破の仕方だった。

「何ていうか、アレだね。千切っては投げ、千切っては投げって感じかな?」
「んな、紙細工やないんやから」
「そう思うでしょ? でもね……」
「実際問題、ガジェットの攻撃はかすりもしねぇし、反対にアイツの攻撃は面白い様に当たってたんだよなぁ。
 それも貫手が装甲を貫通するわ、側面叩いたら反対側が吹っ飛ぶわ、蹴ったら真っ二つにされるわだぜ。
 そりゃこいつらが蒼くなるのも当然だって」

自分達がアレだけてこずったガジェットを、まるでおもちゃの様に壊す生身の技の数々。
なのは達から説明は受けていたし、ギンガを軽くあしらう所も見ていたが、それでも顔色をなくすには十分すぎる光景だった。
昨日は戻ったのが遅かった為にその映像まではチェックしていなかったはやてだが、それを聞いて頬が引きつるのを自覚する。

「挙句の果てに、殴られたやつは空の彼方に消えるとか、どういうパワーしてんだっつうの」
「師匠、ああ見えてちょっとシャレにならないパワーがありますからね。
確か、戦車もひっくり返せるって言ってたような……」
「戦車が何トンあると思ってんねん……」

正直、『オイオイ』としか言いようのない非常識さである。
戦車ともなれば、その重量は優に50トンを超えるのだ。
はっきり言って、いったいどれ程のパワーがあればそんな物をひっくり返せるのか甚だ疑問である。

だがまぁ、確かにそれなら「細い」と言う言葉は不適切の極みかもしれない。
同時にそれは、パワーではザフィーラが有利という見解を思い切り覆されたと言う事でもあるわけだが。

とはいえ、別に単純な力や速さで勝負は決まる物ではない。
それこそ、力や速さだけでなく技を含めて勝っていても、負けるかもしれないのが勝負の世界。
なら、表面的な情報ではなく、組手の過程と結果をこそ見守るべきなのだろう。

「でもほんとなんですか? とてもあの細腕のそんなパワーがある様には見ないですよ?」
「師匠、瞬発力と持久力を兼ね備えた中間筋肉に全身を造り変えてますし、漢方で内臓まで鍛え上げてますから……」
「そう言えば108で検査した時のデータだと、骨密度や赤血球の数も常人の数十倍、細身だけど体重は80キロオーバーだったかしら?」
「血の一滴、骨の髄まで改造人間かい!?」
「摂理に反するのも大概にしてほしいですねぇ……」

ギンガとシャマルのコメントに、ツッコミを入れるはやてと呆れるリイン。
まぁ、実際問題として何で出来てるのか心底不思議な身体の持ち主ではあるのだが……。

しかし、まずい事にこの場には「改造人間」や「摂理に反する」と言う言葉に、過敏に反応する者達がいる。
それは特異な生まれを同じくするフェイトやエリオであり、その身に重い秘密を持つスバル。
自分達の失言とも言えない様な失言に気付き、はやてとリインは慌てて口を閉ざす。

だが、時すでに遅し。余人では気付かないほど僅かに三人の身体は強張り、口は硬く引きしめられていた。
なのはやティアナもそんな親友たちの様子の変化に気付き、どこか気遣わしげな視線を向ける。
彼女達は知っているのだ、三人がそんな反応を示すその理由を。
できるなら今すぐにでも声をかけてやりたいが、あまり人前で口にするような話題でもない。
迂闊に口にできないからこそ、事情を知る面々も口を開く事が出来ずにいる。

(しもた~!! 何か、何か話題を変えんと!?)

はやてもまた三人の事情を知るだけに、自身の失言を激しく悔いる。
彼女は氏素性などで人を判断しない。だからこそ、三人の秘密についてもいい意味で過剰に意識してはいないのだが、今回はそれが仇になった。
場の空気が見る間に重くなっていく中、なんとか話を逸らそうと話題を探す。
そんな中、翔だけは突然重苦しくなった周りの様子を不思議そうに眺めている。

「? 姉さま、みんなどうしたの?」
「ああ、えっと~、ちょっとその……」

就学年齢にも達していない様な子どもに空気を読めと言う方が無理難題だが、だからと言って詳しく説明するわけにもいかず困るギンガ。
助けを求める様に周りに視線を送るが、誰も援護してはくれない。
正直、誰一人としてそんな余裕も機転も聞かない状態なのだ。

しかし、そこではやては発見した。
眼をやるのは空中に展開されたモニターの一つ。
そこに映るのは、ザフィーラにやや遅れ、丁度都合よく指定されたエリア到着した兼一の姿。

「お、おお! 兼一さんも到着したみたいやし、そろそろ始まるかなぁ?」

テンパっているからか、用意された原稿を読む様に棒読みのはやて。
しかし、場の空気を変えたいのはこの場に入る全員の総意。
多少の苦しさは感じつつも、はやてに乗っかってまずはリインとギンガが話題を変えに掛かる。

「ああ、ホントですねぇ! ほらほら、翔も見てください、お父さんが映ってるですよ!」
「え? どこどこ? どこにいるの、父様?」
「ほら、右から二番目の……」
「あ、父様だぁ!」
(よかった、翔が子どもでホントに良かった……)

お子様なだけあり、あっさり話を逸らされてくれる翔。
それに便乗する形で、他の面々も動き出した。

「え、エリオ君? 兼一さんの試合が始まるし、その……」
「ぁ……うん。大丈夫だよ、キャロ。ちゃんと…応援しないとね」
「う、うん♪」
「ほら、フェイトちゃんもそんな顔してるとエリオとキャロが心配するよ」
「お前も今は隊長なのだ、あまり情けない顔をするな」
「そう、ですね。すみません、シグナム。なのはも、ありがとう」
「ふん」
「にゃははは……」
「ったく、らしくもなく凹んでんじゃないわよ。いい加減しゃんとしなさいよね、ヴィータ副隊長が見てるわよ」
「スバル、なんなら気合入れてやろうか? うっかり手元が狂っちまうかもしれねぇけどよ」
「あ、いえ、もう大丈夫です! ですから、グラーフアイゼンを振りかぶるのはやめてください!!」

重苦しさはまだ残っているが、なんとか話題を逸らすことには成功した一同。
それぞれに胸の奥に複雑な感情を仕舞い込み、空中モニターに視線を移す。

そこには、無言で二人は向かい合う二人の姿。
勝負を前に語り合う言葉はなく、語るなら拳で語れと言ったところか。
距離は幾分開いており、双方ともに初手で仕留めるにかかるのは難しい。
ある程度間合いを詰めてからが本番か。

勝負を目前にした緊張感が上手く作用したのだろう。
二人の様子をギンガと翔は食い入るように、なのは以下隊長陣は静かに、新人達は画面越しに伝わる緊張感から息苦しそうにモニターを見つめている。
そこで、サーチャーや録画装置などの管理を担当しているシャーリーが口を開いた。

「なのはさん、そろそろ始めないんですか?」

それは、本当に何気ない一言。
両者が向かい合い臨戦態勢に入っているにもかかわらず、一向に開始を宣言しないなのはへの疑問。
だがそれに返ってきたのは、なのはではなくシグナムからの言葉だった。

「違う」
「え?」
「既に、始まっている」

モニターから目を離さずシグナムは語る。
戦いとは何も「よーいドン」で行われるとは限らない。実戦経験が豊富な者同士であればなおの事だ。
向かいあった瞬間、あるいは戦う事が決まったその時、既に戦いは始まっている。
それを豊富な実戦経験を持つ隊長達は理解し、感じ取っていた。

いや、それはギンガにも言える事だろう。隊長達ほどではないにしても、彼女も局員としてのキャリアはそれなりのものであり、高い実力の持ち主たちだ。
新人達もまた前途有望な面々。経験でこそ劣るが、感じ取る物はあった。
息苦しい程に張りつめた空気と、当事者でもないのにのしかかる重々しいプレッシャーを。
とはいえ、新人達にはその原因まではわからないのだが……。

「些細なきっかけ一つで爆発する火薬庫、と言うのが妥当な表現か」
「実際、いつ均衡が崩れても不思議じゃねぇからな」
「ああ。互いに隙を探り、手を読み、流れを掌握しようと腐心している。
 一見静かだが、その実恐ろしく複雑に入り組んだ攻防だ」

新人達には見えていないものが、シグナムやヴィータには見えているのだろう。
それはなのはやフェイトにも言える事で、四人の眼は僅かな変化も見落とさんとばかりに見開かれている。

「なのは、どれぐらい見える?」
「ざっと数えて…………90、ううん100は超えてると思う。フェイトちゃんは?」
「私もそれくらいだと思う。
同時にこれだけの攻防を処理するなんて、さすがと言うかなんというか……本当に常識を無視してるよ」
「ホントに」

彼女達も十年のキャリアを持つ超一流の戦闘魔導師。
動きを先読みし、行われている駆け引きを見抜くくらい訳はない。
兼一がマルチタスクを習得しているのかは知らないが、修得していても容易に処理できる情報量ではないのだ。
正直、なのは達でも本当に自分が全て読み取れているのか自身を持てない程なのだから。
が、生憎とこの場にいる全員にそんな高度な真似ができるわけではない。

「? さっきからいったい何の話を……」
「ん? なんだ、見えないのかギンガ?」
「あの、そもそもなんの話をしてるのかさっぱりなんですが……」
「ふむ……」

どうやら、新人達だけではなくギンガにもこちらまでは見えていないらしい。
シグナムは顎に指をやって僅かに思案すると、慎重に表現を選びながら説明する。

「噛み砕いて言ってしまえば、互いに攻守の軌道を先読みし、牽制し合っているのだ。
 お前達もやっている事だろう?」
「そう言えば、良く師匠が言ってました。武術は極めるほどに陣取り合戦に近くなっていくと。
 でも、『見える』とか『見えない』って言うのは一体どういう……」
「どうって言われても、ねぇ?」
「そのままの意味で、『こうきたらこうしよう』って言うのが見えるだけだよ?」

さも当たり前の様に言うなのはとフェイトだが、幾ら目を凝らしてもギンガには全く見えない。
同様に、新人達もわからないなりになんとかそれを見つけようとするも、首をかしげるばかり。
さすがにこれは、新人達にはまだハードルが高すぎると言うものだろう。
未だ「緊奏」の域にも至っていない身では、技撃軌道を視認するなど身の程知らずですらあるのだから。
とはいえそれも、新人達より数段先にいるギンガだけは話が別だが。

「ギンガは心を静めてみろ。そうだな…………………高町と戦った時に使ったあの技の要領だ」
「流水制空圏、ですか?」
「そう言う名の技なのか? まぁ名前は何でもいいが、とにかくやってみろ」
「はい」

シグナムのアドバイスに従い、ギンガは肩の力を抜き意識を集中していく。
呼気と共に深く心を静め、『見の眼』ではなく『観の眼』で全体を掌握する。
やがて、徐々にギンガの眼にはそれまで見えていなかった何かが、ぼんやりと浮かび上がり始めた。
まだまだうっすらと頼りないそれだが、しかし確かにその眼に二人の描く攻防を映し出す。
ギンガはそれに身震いし、それを見てとったシグナムは僅かに笑みを浮かべながら問うた。

「(たいしたものだ。この程度のアドバイスで技撃軌道を見るとは。それだけ、奴によく仕込まれていると言う事か)それで、どうだ?」
「これが、皆さんの…師匠達の世界……。
でも、100って……とてもそんな数がある様には見えませんよ」
「そりゃ単純におめぇの読みが粗ぇだけだ」
「そう言う事だ、まだまだ精進が足らんな」

実際、ヴィータやシグナムの言う通りなのだろう。なのは達には見えて、未熟なギンガには見えない。
それが今の彼女らとの間にある力量の差であり、ギンガには半分も見抜けない攻防を密かに繰り広げていた二人との差でもある。己が歩む道の果てしなさを実感すると共に、少しでも追い縋ろうと目前の戦いに意識を集中する。

(私に見えるのは、たぶん精々五分の一程度。だけど……それで『満足』なんてするつもりはないわ)

昨日の模擬戦の事を思い出したのか、モニターを見つめるギンガの視線にさらに熱が籠る。
そんなギンガの様子を、少し離れた所で見る隊長陣の表情はどこか微笑ましい。

「にゃははは、頑張ってるねぇ」
「良い傾向じゃねぇか。並の奴なら、ここで心が折れたり妥協したりする所だぜ」
「いきなりこんな物を見ちゃったら…ね。でも、ギンガならその心配はいらないかな?」
「そやね。その辺りは、さすがに達人の弟子ってところやな」
「だが、惜しくもある」
『え?』

なのは達がそれぞれ好意的なコメントを口にする中、全く別種の内容を口にしたシグナムに、一同の視線が集まる。
その表情はどこか厳しく、まるでギンガに何か足りない物があるとでもいう様に。

「あの、シグナムさん。それってどういう……」
「なにか、ギンガに不満でもあるんか?」
「いえ、別にそう言う訳ではありません。むしろ、ギンガは恵まれている部類に入るでしょう。
良き師に、良き後輩。目標もいれば、後を追う者もいます。
しかし、ギンガには一つ、決定的に欠けている物があるのです」
「な、なんなんですか、欠けてる物って?」
「好敵手…いや、この場合はライバルと言った方が良いか。
対等に競い合う相手がいれば、さらに成長することも可能だろうと思ってな」
「ああ、昔のなのはとフェイトみたいにか?」
「そんな所だ」
「確かに……私となのはも、何かに付けて競い合ったものですけど……」

風林寺隼人曰く「武術家は、自分の命を本気で狙う者が出来て一人前」。
さすがにそれは行き過ぎにしても、やはり競い合えるライバル(好敵手)と言うのはいいものだ。
多くの物に恵まれているギンガだが、彼女にはそれがない。
自身の限界を超え、殻を破るきっかけとなる競争相手の存在。
そんな存在と出会えれば、ギンガはきっとさらに化けることだろうに。

なのはも自分自身の道程を思い返し、シグナムの言の正しさを認める。
彼女もまた、競う相手がいたからこそここまで来れた事は認める所だ。
そんななのは達を見て来たシグナムが、今のギンガを「惜しい」と思うのも無理はないと納得した。

だがなのはは、とりあえずそんな思考をいったん脇に寄せ、やや肩を落としている新人達へと意識を向ける。
確かにシグナムの言う事は一理あるが、こればっかりは外野がどうこうできる事ではない。
ライバルとの出会いは、師との出会いと同様に本人の「縁」による物だ。
候補を紹介することはできるだろうが、その相手と本当に「良きライバル」に慣れるかは本人次第なのだから。
なので、今は先にやや消沈気味の新人達のフォローを優先する。

「スバル、ティアナ、エリオ、キャロ」
「「「「は、はい!」」」」
「みんなにはまだ何を言ってるかわからないかもしれないけど、大丈夫。
焦らなくても、もう少し強くなれば段々わかってくるよ。だから今は、とにかく一瞬も見落とさないようによく見る事。見る事も、大事な練習であり経験だからね、これも勉強だよ」

なのはの言葉は、恐らく非の打ちどころのない正論だ。
しかし、誰も彼もがその正論を疑うことなく信じて進めるわけではない。
むしろ大抵の場合において、誰もが一度は「本当にできるのか」と疑い、焦り、不安にかられる。
だが、なのはにはそんな経験がほとんどない。魔法や戦技の習得において、大きな壁にぶつかり躓いた経験が絶対的に少ないから。

無論、彼女とて一度も挫折を味わったことがないわけではない。
いや、挫折と言うのであれば人一倍大きな挫折を経験している。
それでもこの時なのはは、教え子の一人がその胸の内に「本当にできるようになるのだろうか」という恐れを抱えている事に、気付く事が出来なかった。



  *  *  *  *  *



観戦者達の間でそんなやり取りがなされている間も、兼一とザフィーラの睨み合いは続く。
別に二人とて、好き好んでにらみ合いを続けているわけではない。
しかし、今の二人はそうする事しかできなかった。
それというのも……

(長老の言う通り、やっぱり魔導師の相手はやり辛いなぁ。
 格闘型でも僕よりだいぶ制空圏が広いんだもの。これじゃ迂闊に近づけないや)
(まったく、本当にこれが丸腰の男の制空圏か? 下手な格闘型の魔導師よりよほど巨大ではないか。
こちらの方が広いが、私では外からの牽制は効果が薄い。踏み入るとなれば、こちらも相応の覚悟がいるな)

ザフィーラの制空圏は兼一のそれより優に二回り以上大きい。その為、間合いに入れば一方的に攻撃にさらされることになる。その利点を活かし、間合いに入れば距離を置きながら攻め立て様とザフィーラが牽制している為に、兼一は迂闊に踏み込めない。
逆に、ザフィーラの本分は肉弾戦、元より遠距離攻撃で仕留めるのは難しい。かと言って下手に達人の間合いに踏み込むのは危険。その為、出来るなら外からの牽制で隙を作りたいのだが、兼一がそれを丁寧に潰し隙を見せないので彼も下手に動けない。
つまり、間合いの利がザフィーラにある為に兼一は迂闊に踏み込めず、思う様に隙を作れない為にザフィーラもまた攻めあぐねている、と言う状態なのだ。

とはいえ、いつまでもそれでは千日手となってしまう。
先に動いた方が負ける、と言う状態ではないにしても、互いに出方をうかがっているからこその硬直状態。
それを崩したのは………………………意外にも兼一だった。

(虎穴に入らずん場虎児を得ず、ってところかな。
間合いに差がある以上、消極的になってたら主導権を持って行かれる。
弟子と息子が見てるんだ。時には、多少強引に行く事も必要か)
(空気が変わったな、来るか?)

ムエタイ基本の型である竦めた肩が特徴的なタンガード・ムエイを解き、別の構えを取る。
しかもそれだけでは飽き足らず、さらにはジリジリとにじり寄り間合いを詰め始めたのだ。
それを画面越しに見てとった弟子が、小さく驚きの声を漏らした。

「……珍しい」
「どうしたの、ギン姉?」
「師匠が、天地上下の構えを取るなんて……」

それは空手の型の一つ。片手を天に、もう片手を地に向ける威圧・殲滅の構え。
ギンガの言う通り、攻守で言えば「防御」に重点を置く傾向が強い兼一にしては珍しい構えだ。
だがそれは、何も兼一のスタイルや性格的な部分だけでなく、この選択に対しても言えることだった。

「見た所、典型的な攻めの構えの様だな」
「来ないなら自分から踏み込むという意思表示……ううん、どちらかと言えば挑発でしょうか?
同じ踏み込むにしても、定石ならここは守りを固める所なんですし……」
「実際、この状況はザフィーラからすると願ったりかなったりだからな…餌としては魅力的だろう」
「だよなぁ。自分の間合いに捉えるまでは徹底的に守り抜いて、そこから…ってのが普通だろ。
 それをしねぇって事は、多少の被弾は覚悟の上…むしろ、間合いに飛び込ませようって考えかもな」
「あるいは、ザフィーラを揺さぶるのが狙いかもしれませんよ。明らかに誘ってますし」
「ふむ、可能性としてはありうるか……」

兼一の変化を見てとり、なのはを除く隊長陣はそれぞれその意図を考察する。
なにしろ、兼一が防御ではなく攻めの構えを取った意味は大きい。
ザフィーラとしてはどうやって兼一に隙を作らせるかが悩み所だっただけに、守りを固められるよりこちらの方が都合は良い。隙も作りやすいし、そうすれば一気に間合いを詰め本命で畳みかけることもできる。

しかし、同時にそれが兼一の狙いである事にも気付いているのだろう。
兼一の耐久力の高さは先ほどのパフォーマンスで周知の事実。
おそらく、「隙あり」と見てザフィーラが直接攻撃に出る事を待っているのだろう。
守りを固めて追い掛けても、ザフィーラはひたすら距離を取ればいいのだ。そう、丁度「逃げ水」の様に。
だが、六課内では割と兼一をよく知る方のなのはとしては、それだけだとどこか釈然としない。

(でも、そういうのって兼一さんのイメージじゃないんだけどなぁ……)

なのはとて、兼一とそれほど深い付き合いがあるわけではない。
故に、兼一らしくないと思ってもそれは単に自分が知らない一面、と考える事ができる事は承知している。
しかし、それでも彼女の感性は中々それを受け入れられないでいた。
とそこで、スバルは小声で隣に立つ相棒に話しかける。

「ねぇティア」
「なによ」
「今兼一さん、サーチャーの方見なかった?」
「はぁ? 幾ら兼一さんが強くても、この状況で余所見なんてしないでしょ。
 私には見えないけど、隊長達が言うには今とんでもない駆け引きしてる最中なんでしょ、あの人」
「うん、私もそう思うんだけど……」
「エリオとキャロは?」
「あ、いえ……」
「私も特には……」
「でしょ。だいたい、今は脇道に逸れてる場合じゃないでしょうが。
アンタが逸れるのは自由だけど、私達まで巻き込まないでよね」
「う、うん、ごめん」

一見邪険に扱っているようではあるが、その実「余計なこと考えてないでよく見ろ」という忠告だ。
スバルもそれに同意し、口を閉ざしてモニターに視線を送る。
だが、なのは達はティアナ達とは違う感想を持っていた。
一瞬の出来事で新人の中ではスバル以外気付かなかったようだが、隊長達は見逃していない。

(ああ、そう言う事なんだ)
「ふっ、愛されてるなギンガ」
「は? それは、どういう事でしょう?」
「おい、シグナム」
「わかっている。余計な事を言う様な野暮はせんさ」
「あの、フェイトさん?」
「ああ…ごめんね。私の口からはちょっと……」
(つまり、ギンガや翔に少しでも色々な戦いを見せてあげたい親心、か)

兼一が、敢えて彼にしては珍しい戦法を選んだ最大の理由。それはこの一点に尽きるのだろう。
敢えて強引に突き進むのも、ザフィーラに揺さぶりをかけるのも目的の内ではある筈だ。
兵法などの苦手な兼一だが、数多の経験から身についたものは存在する。
が、最大の目的はやはり弟子達に「見せる」ため。
そんな純粋な弟子への愛情が根幹にあるのだ、それを他者が洩らすのは野暮と言うものだろう。

とはいえ、まだギンガも翔もその事には気付いていない。
隊長達はただただ静かに微笑み、口にするのはささやかな助言のみ。

「良く視ろ、刹那も眼を離すな、我等から言えるのはそれだけだ。
 そして、それこそが今お前が師の想いと信頼に応えられる唯一の事と知れ」
「はぁ……」

そんなやり取りをするうちに、気付けばあと半歩でザフィーラの制空圏と言う所まで迫っていた。
同時に、それまでのスリ足から、小さくとも大きな意味を持つ一歩を踏み出す。
だが、兼一の足が地に着くその直前……

(十中八九誘いだが……良いだろう。その策もろとも、打ち砕いてくれる!!)

先にザフィーラが仕掛ける、放つのは数少ない遠距離仕様の『烈鋼牙』。
本来は射撃系などの魔法に対するカウンターに用いるものだが、単体でも使用は可能だ。
左右の拳に一発ずつ宿る白い魔力光の輝き。その内、右拳で突きを放つと共に宿る光を飛ばす。

狙いは兼一が降ろそうとしている足の直下。
初撃で相手のリズムを崩し、あわよくば脚にダメージを与える。
続いて、左拳に残した二撃目で体を崩し、その隙をついて間合いを詰めて渾身の蹴りを放つ連携。
それがザフィーラの構想だったわけだが、予定というのは頭の中では完璧なもの。
しかし、それをいざ現実にしようとすると思うようにはいかない。

「っ!?」

驚き僅かに息をのんだのは兼一…………ではなく、ザフィーラの方。
ゴンッと言う音と共に魔力弾が着弾したが、そこに兼一の脚はない。
それどころか、兼一の身体自体が着弾地点より一歩以上後ろにある。

(誘いとわかってはいたが、まさか進むと見せかけて下がるか!?)

柔術ならではの、重心を錯覚させる膝使いによるフェイントである。
さすがにそれは予想外だったが、ザフィーラとて歴戦の勇。
即座に左拳に宿した烈鋼牙の狙いを変更、後退した兼一自身に向けて放つ。

(こんな苦し紛れでは足止めにもならんだろう……だが、そうそう思い通りにはさせん!!)

ザフィーラが狙いを変えるまでの刹那、その間に兼一は好機とばかりに力強く大地を蹴っていた。
正面から衝突しようとする兼一と烈鋼牙。
それに対し兼一は腕をコロの原理で回転させ、烈鋼牙のベクトルを逸らす。

太極拳特有の優れた身法「化剄」である。それにより軌道を変化させ、速度を緩めることなく回避。
そのまま一気にザフィーラを間合いに捉えようとするが、それには及ばない。
なぜなら、烈鋼牙を回避した時既に、ザフィーラが兼一の目前にまで迫っていたのだから。

(速い!)

おそらく烈鋼牙で視界を制限し、死角を縫う形で接近したのだ。
通常ならここで一撃は覚悟しなければならないだろう。
だが、兼一とて伊達に達人ではない。
彼の鋭敏な危機感知能力は、魔力弾の影から迫る危機に警鐘を鳴らしてくれていた。

「おおおおおお!!」
「シッ!」

目前にまで迫るザフィーラの突きを回避しながら反転し背後を取る。
回転の勢いを利用して放つのはムエタイの「ソーク・クラブ(回転肘打ち)」。
しかしそれは、ザフィーラが前方に身を投げ出した事で空振り終わった。

だが両者ともにその程度では立ち止まらない。
ザフィーラは着地と同時に右足を軸に切り返し、兼一もまた再度ザフィーラへと疾駆する。

「ちぇすとぉ!!」
「ぜりゃあ!!」

接敵し、互いに放つのは息も突かせぬ突きの連打。
同時にそれは、並の者の眼には影さえ映らぬほどの高速の拳。
その悉くを時に捌き、時に受け、あるいはいなし、または弾く。
兼一は化剄や回し受けを駆使し、ザフィーラは受け止めるバリアと弾いて逸らすシールドを使いわける。
繰り出される拳撃は一瞬のうちに数十を超え、中には……

「がぁっ!?」

フックに近い一撃を下段に払い、払った手の鶴頭がそのままザフィーラの鳩尾に突き刺さる。
『弧突き』と呼ばれる、空手の基本的な返し技だ。

バリアジャケット越しとは言え、急所である鳩尾への強烈な一撃にザフィーラの息が詰まる。
その隙を逃さず畳みかけようとする兼一だが、ザフィーラも負けてはいない。
渾身の力でアスファルトを踏み砕かれた事で、狙いがずれた兼一の回し蹴りが空を切った。
そこへ、全身の捻転を使った裏拳が迫る。

「へあ!!」
「くっ!?」

首を打つ衝撃を、歯を食いしばって堪える。
普通なら首が折れてしまいかねない一撃だが、兼一の首を折るには至らなかった。
強靭かつしなやかに鍛え上げられた首の筋肉が、衝撃を吸収したのだ。
とはいえ、さすがに魔力ダメージの影響は皆無ではなく、一瞬意識が遠のきかける。
だが、それを繋ぎとめ彼はその場に踏みとどまった。

そこへザフィーラが追撃を仕掛けるも、即座に立て直した兼一もまた反撃にでる。
豪速の鉄拳が空中で交差し、互いの頬に突き刺さった。

しかし、口元から血をにじませながらも二人は止まらない。
強烈な踏み込みが大地を揺るがせ、基本に忠実な何の変哲もない中段蹴りを繰り出す。
そうして真正面から衝突した蹴りは、周囲に爆音を轟かせた。

稀に鉄壁にも等しい守りが抜かれる事もあるが、二人の手を緩めるには至らない。
しかも、兼一の拳圧とザフィーラの魔力の余波が周囲を徹底的に破壊し尽くす始末。
知らない者がその光景を目の当たりにすれば、突然の嵐か、戦争でも始まったのかと錯覚しかねないだろう。

いや、例え知っていたとしても、二人の動きをほとんど追えない者ならそう思うに違いない。
なにしろ、丁度新人達がそんな感じなのだから。

「ティア! 今二人の立ち位置が入れ替わってなかった!?」
「そんな事より、道路が爆発したわよ!?」
「あ、あは、あははは……アスファルトが宙を舞ってるよ、フリード……」
「いったいなにがどうなってるんですか!?」
「ザフィーラが魔力弾を目くらましに接近して攻撃したんだけど、陸士は回避しながら反撃。
 それをさらにザフィーラが避けた時にすれ違ったから、それで入れ替わって見えたんだね。
 で、二人がもう一度間合いを詰めて突きの応酬を始めた余波で、周りが吹き飛んでるんだけど……わかる?」
((((さっぱりわかりません!))))

悲鳴じみたエリオの問いに、できる限り噛み砕いて解説するフェイト。
ただし、何が起こっているか説明されても眼が追い付かないのだから理解などできる筈もなし。

そうしている間にも二人は縦横無尽に動き回り、その攻防は拡大の一途をたどる。
隊長達はその恐ろしく高度なやり取りに感嘆し、ギンガは二人の動きを追い掛けようとするだけで精一杯。
息をすることすら忘れ、死にもの狂いで追ってもなお追いきれない。
が、辛うじて何かが見えるからこそ、その意識はより一層モニターへと集中していく。
正直、今のギンガの耳には新人達の声すら届いていなかった。

とそこで、拮抗していたかに見えた攻防に変化が起こる。
顔面へと迫る拳を兼一が左腕で弾く。すると、ザフィーラはそのまま身体ごとぶつかり、弾かれた腕を兼一の首に絡める。そうして兼一の動きを封じ、身長差を活かした強烈な頭突きへとつなげたのだ。

「取った!」
「いいえ、取られたのはあなたの方だ!」
「ぬ……」

柔術家にとって、この程度は取られた内に入らない。
頭突きよりわずかに先んじ、体を入れ替えザフィーラに背を向ける。
そして器用な事に、自身の手は使わず、首に掛かったザフィーラの腕を軸に投げへと持って行く。

「せい!!」
「なんの!!」

突然の浮遊感にも動じず、兼一の首にかけていた腕を離し地面に落とす前に投げから脱出するザフィーラ。
彼は宙で反転すると、着地と同時に大地を蹴って再度兼一に迫る。

しかも、今度は突きではなく熊手打ちの様に五指を立てていた。
その指の先端には僅かな輝きが宿り、ただの熊手ではない事は自明。
目前に迫る脅威を前に、兼一もまた打って出る。

「迎門鉄臂ぃ!!」

アッパー気味の突きと膝蹴りが、迫りくるザフィーラを迎撃する。
心意六合拳の一手。突き上げと膝蹴りを同時に行う技「迎門鉄臂(げいもんてっぴ)」。
だが、当のザフィーラはその直前で強引に停止。止まる為に踏み込んだ足はアスファルトを砕き、薄皮一枚の所を兼一の拳と膝が通り過ぎて行く。
そしてザフィーラは、僅かに距離のあいたその場で腕を振り下ろす。
兼一は反射的に頭上で両腕を交差させ防ごうとするも……

(これは…マズイ!?)

背筋を走る怖気。右腕の軌跡を追う様に爪状の魔力が前方の空間を薙ぎ払う。
描かれたのは、下手な刃物とは比べ物にならない程鋭利な五条の斬閃。
アスファルトの地面には深々と五本の爪痕が刻まれ、その威力を物語っている。
しかし、ザフィーラの油断なくその先を見据えていた。

「仕留めるには至らずとも、手傷くらいはと期待していたのだがな」
「いえ、素晴らしくも恐ろしい威力です。まともに受けたらと思うとゾッとしますよ」
「そうか。ならば次こそ、この爪牙で捉えて見せよう。
(まったく、なんという反応速度だ。あそこで手を変えやり過ごすとは。あまつさえ……)」

右の熊手自体は止められても、それに付随する魔力による爪撃までは防げない。
そう判断した兼一は、咄嗟に防御ではなく身を屈めることによる回避を選択した。
しかも、それだけでは飽き足らず……

(なんと言う凄まじい柔軟性と脚力か。よもや、あの体勢からこれほどの蹴りを……)

ザフィーラのコメカミから、僅かに赤い雫が滴り落ちる。
前屈に近い形で身を屈めた体勢のまま、左足を軸に右足を大きく振り上げた踵による蹴り。
そんな無理のある体勢で、これほどの威力を持たせるなど尋常ではない。
まさか、防御を力づくで破ってくるとは……。

だが、何も驚いているのは彼だけではない。
それまで呼吸も忘れて注視していたギンガは、身体に溜め込んでいた息を大きく吐き出し呟く。

「す、すごい……と言うか、速すぎて全然参考にならない……」
「厳密に言うと、速いって言うのとはちょっと違うんだよねぇ……いや、確かに普通に速いんだけど」
「え?」
「ま、速度“だけ”ならフェイト隊長の方が速いしな」
「でも今見た感じだと、実際やるとなれば翻弄する…ってわけにはいかないよ、きっと」

思わずこぼれた言葉に、なのはとヴィータ、そしてフェイトが口々に着眼点が違うと言う。
その上、フェイトの方が早いのにそのスピードで翻弄するのは難しいと言われても意味がわからない。
なにしろ、高速機動および高速戦闘に特化しているフェイトの基本戦術は、そのスピードで翻弄することにある。
最高速度で拮抗しているならともかく、上回る相手を翻弄できない理由がわからないのだ。
だから、ティアナがその理由を問うたのも当然の話。

「フェイトさんの方が速いんですよね、それなら……」
「いや、ここで重要なのは速度ではなく極限まで無駄をそぎ落としたその身のこなしだ。
最高速度の不利を最短最小の動作で埋め、互角のタイムに持ち込む。
達人と言う連中は、そう言う事ができるほど洗練された技術の持ち主だ」

実際にはそこに洞察力や判断力、あるいは勘などの様々な要素も絡んでくる。
追跡戦等ならともかく、真っ向から打ち合う限り一方的に出遅れると言う事はない。

「でも、フェイトさんだって一線級の魔導師ですし……!」
「ああ、気を悪くせんといてな。エリオやキャロにとってフェイトちゃんは大切な人やし、そう思うのも当然や。
でも、シグナムも別にフェイトちゃんの動きが粗いって言いたいわけじゃないんよ。
 ただなんちゅうか、ミッド式にしてもベルカ式にしても、兼一さん達に比べればやれることが多い。
それは長所なんやけど、必ずしもそれだけとは限らんのよ」
「はぁ……」
「そうだね。私達はできる事が多い、それはつまり戦術の幅が広いって事でもあるんだけど、白浜二士はその幅が私達に比べればどうしても限定されるんだ」

何しろ、距離の離れた敵に対して兼一はまず手の届く距離まで近づくしかない。
フェイト達なら複数の選択肢がある状況でも、兼一には「一つしかない」ないし「限られている」状況と言うのは存外多い。そして、多様な選択肢の中から、その状況において最適なものを選択するのが魔導師の戦いであり、限られた選択肢を最大限に活かすのが武術家の戦い方だ。

「でもね、限定されているからこそ、一つ一つの技術の深度が恐ろしく深い。
 器用貧乏じゃないけど、色々できる分あの人たちに比べれば突き詰め切れてないのは否めないんだ。
 まぁ、そこは戦術の幅の広さと相殺なわけだけど……」

フェイトの言う通り、「技術の深さ」においては達人に一日の長があるだろう。
だがそれは「浅く広く」か「狭く深く」か、と言うだけに過ぎない。どちらが優れているかではなく、単にそういう「方向性」と言うだけの話。
「静」と「動」、どちらの属性が優れているかなど論ずるに値しないのと同じだ。ただ、敢えて言うならば浅く広い方が色々できる分「便利」だし、武装局員に求められる能力としてはこちらの方が優先順位は高いだろうが。
というか、そもそも彼女らの技術は別に浅いわけではないので、「広くて深い」魔導師と「狭いが極端に深い」達人、と言うのが正しい。さすがに達人ほど一つ一つを掘り下げられてはいないと言うだけなのだから。
ただそれも、人によりけりではあるのだが……。
とそこで、モニターに映るザフィーラが苦笑を浮かべる。

「それにしても、どうやらこの拳もそう捨てたものではようだな。十年の鍛錬は、とりあえず実を結んだか」
「謙遜はよしてください。直接拳を交えて確信しました、あなたの技は達人の域にある。
何より……重い、とても重い拳でした。こんな重い拳を受けたのは、本当に久しぶりです」
「そうか…そうか」

その言葉に、噛みしめる様に呟くザフィーラの口元に笑みが浮かぶ。
最後の夜天の王、八神はやてと出会って十年。
この十年、ザフィーラはひたすらにその技を、牙を磨き続けてきた。
全ては優しい主と仲間達を守る為、先に逝った同胞から託された願いの為。
使命でも役割でもなく『自身がそうしたい』と想ったが故に、『守る為の拳』に恥じぬ大切なものを守り抜く力を欲した。

また、最初から完成された戦士であった守護騎士達には「未熟な時期」がない。
同時に、歴代の主達の大半は彼らに自由な時間を許さず、蒐集と戦闘に時間のほとんどを費やしてきた。
故に、はやてと出会うまで研鑽に本腰を入れた経験は皆無に近く、だからこそ日々の研鑽は新鮮かつ充実した時間だった。

そうして十年間、休むことなく地道に練り上げた力と技。
それはついに、目指した域に届いたのだ。
多様性に富んだ技術を持つ半面、若いなのは達が未だ届かぬ域に。

「世事は要らん…と言いたいところだが、いかんな。どうやら、そこまで無欲ではないらしい。
その賛辞、有り難く頂戴するとしよう。勝利と共にな」
「ハハ、それはできませんね。弟子が見ているんですから、花は持たせてもらいますよ」
「それはこちらの台詞だ。主の御前、無様は晒せん」

緊迫した空気の中、二人はまるで親しい友人の様に笑みを浮かべる。
胸中に抱くのは、言葉にできぬ共感。自分も相手も、宿すのは守る為の拳。
二人はそれを言葉ではなく拳を通して理解した。そして、理解したその事実が嬉しくてたまらない。
純粋に称賛し、尊敬できる相手との邂逅と勝負を、二人は心から喜んでいた。

「いっそ拳だけで打ちあうのも爽快だろう…だが、この身は拳士ではなく守護の獣。そんな私が力を、技を、魔導を封じるのは貴殿に対して無礼だろう。故に、出し惜しみはせぬ! 行くぞ!!」
(さっきまでの魔法とは違う? だとしたら、どこだ、どこから?)

先ほどまでの魔法と違い、ザフィーラに目立った変化はない。
ただ彼の足元に、澄んだ白色のベルカ式魔法陣が浮かぶだけ。
魔法を発動しようとしているのか、それとも既に発動しているのか。
どちらかは分からないが、その時に備え………それは間もなく来た。

「『鋼の軛』!!」
(来る。場所は……下!!)

ザフィーラが叫ぶと同時に天高く跳躍する。
すると、先ほどまで兼一がいた場所からザフィーラの魔力光と同色の棘が飛び出した。
それも一本や二本ではない。数えるのも億劫になる様な数の棘が地面から霜柱の様に突きだし、大地を針の山へと変えて行く。

それも、その長さたるや短い物でも十メートルを超える。
警戒し思い切り跳躍していなければ、今頃兼一は串刺しになっていた事だろう。

(危ない危ない。どんな魔法かわからないけど、触るのはやめた方が良さそうかな?)

特に根拠があるわけではないが、外したと言うのに出しっぱなしにしている所が気にかかる。
丁度いい足場や遮蔽物になるだけに、それを残している事が不可解なのだ。
なにより、アレに触れるのは彼の「弱者の勘」が忌避していた。

そうしている間に、兼一は手近なビルの壁面に着地。
壁を掴みザフィーラに視線を向けるが、足元に微細な振動を感じ、すぐにまた跳躍した。
すると、ビルの壁面にまたしても棘が生える。

(場所はお構いなし、か。これじゃ、おちおち立ち止まることもできない。
 まいったなぁ…空中戦は苦手なんだけど……)

とにかく一瞬たりとも足を止めることなく、ビルの間を飛び跳ね続ける兼一。
さすがにむざむざやられるほど鈍重ではないが、状況が良くないのは明らか。

現実的にも比喩的にも、彼は翼を持つ鳥ではない。正直、空は彼の居場所ではないのだ。
陸に打ち上げられた鮫、海に沈んだ鷹、空に放り出された獅子に何ができる。
幸い兼一は獣ではなく、空中戦に対応した技もある。故にやってやれない事はないだろう。

だが、本分と言う意味ならやはり地に足を付けた状態が本領。
だと言うのに、眼下には足の踏み場もないほど突き出た棘の数々。
ザフィーラも多少無理をしているのか、視界の端に捉えた時は僅かに息を切らしているように見えた。
しかし、そんな事は気休めにもならない。演技かもしれないし、すぐに回復する程度の疲労かもしれないのだ。
その上、着地するとすぐに棘が飛び出してくるし、長さが長さなので半端な回避ができない。それも……

(誘導…されてるよね)

罠…と言うよりもフィールド設定の一環だろう。
自分にとって有利で相手にとってやり辛い条件に持ち込む、兵法の基本中の基本。
ザフィーラに空戦能力があるのは初めからわかっていた事。つまり、この場は彼の領域なのだ。
出来ればすぐにでも地面に降りたいところだが、この有様では。

その上、じきにビルの壁も棘で埋め尽くされるやもしれない。
となれば選択肢は二つ、場所を変えるか棘にあえて触れるか。

触れずに済むなら未知の代物に触れるのは避けたいところなので、場所を変えるのが妥当。
しかし、それは相手も百も承知だろう。
となると対抗策を練っている筈なので、嫌でも触らなければならなくなる。

だが、そんな兼一の覚悟は杞憂に終わる。
棘の出現が治まり、今度はその表面に無数のヒビが走っていく。
もちろん兼一は触れていないので、これは相手の意図によるもの。
そこで、兼一の脳裏にいやな想像がよぎる。

(あ~、これってもしかして、ガラスみたいに……)

砕いて撒き散らそうとか、そういう話なのかと推測する。
そして、その想像は兼一が何度目かになる跳躍をした時に的中するのだった。

「テオラァァァアァ!!」

ザフィーラの一声と共に、無数の破片が舞い散り渦を巻く。それは白刃の竜巻。
前から、下から、上から、横から。縦横無尽に鋭い破片が襲い掛かる。

「っ!」

それらを回し受けの要領で前方から迫る破片を払う。
人の腕から生じたとは思えない、突風とも呼べる風が巻き起こった。
すると、数メートル先の破片すらも払い散らしていく。

しかし、それが全方向からとなると話は別。
人間の腕が二本である以上、防ぎきれないものが出てしまうのは致し方ない。
と、普通なら考える。ダメージを覚悟し、それを最小限にして耐える。それが常識的な見解だ。
だが、その定律に収まらない存在こそが達人。

(焦るな、思い出せ! 今まで身を置いて、見てきた戦いの数々を。打開するヒントは必ずある!)

この方法では防ぎきれないと見切りをつけ、別の方法を模索する。
脳裏には過去十数年分の戦いの記憶が駆け巡り…………やがて、それを見つけた。

(あれは……あった!)

幸いなことに、必要な物は自身のすぐ後ろに迫ってきている。
背後に迫るもの、それは剥き出しになっているコンクリートの壁。
兼一はそこに背を預ける事で、死角を減らすと同時に背後からの破片の飛来を封じたのだ。

本来、それだけでは再度鋼の軛が出現すれば危ういだろう。しかし、兼一に限ってはその心配は不要。
秘密は、中国拳法にある「聴剄(ちょうけい)」という技法。元来これは、肌から伝わる微細な振動で相手の動きを先読みする技法なのだが、兼一レベルになるとそれでは済まない。
肌で聴くのは風の流れと大地の声。人が、物が動けば空気が動き、動いた空気は風となる。あるいは人が歩き、地の底で何かが蠢けば大地は揺れる。そこから動きを予知し、鋼の軛を回避できるからこその手段。

背に伝わるのは、冷たく堅いコンクリートの感触。そこに不自然な振動はない。
背後の心配がなくなっただけでも遥かにやりやすくなる。
兼一は身体の前面だけに迫る軛の欠片を捌きつつ、更なる一手を打つ。

「ぬりゃぁ!!!」

蹴撃一閃。渾身の力で振り抜いた右足の延長上、そこには信じ難い光景が広がっている。
先ほどまで軛の破片を帯びて荒れ狂っていた風は、既にない。
無残にも蹴り裂かれ、その先には無機質なビル群が姿を現している。
それはさながら、海を割ったモーゼの如き所業。

真の達人ともなれば、蹴りでプールの水を蹴り割ることすら可能。
ましてや白浜兼一と言う武術家の真骨頂は足と腰。
その脚力を以ってすれば、人工的に起こされた一時的な竜巻を蹴り割ることも不可能ではない。

とはいえ、一時的に蹴り裂いた所で相手は所詮風。それも、尋常ならざる速度で動くそれだ。
瞬く間に…とはいかずとも、やがて蹴り裂かれた個所は埋まり、元のあるべき姿を取り戻す。

しかし、僅かな時間でも兼一にとっては充分。
彼はその間に竜巻からの安全圏である屋上に退避する。
が、そうは問屋が卸さない。

「やっぱり、そう来るよね……」

ビルの壁面を駆け上がりつつ呟くと、足元から異音が漏れる。
現れるのは先ほどまでと同じ白い棘。
だが、その時既に兼一の脚はビルの壁を離れている。
跳躍し屋上を目指すが、頭上より裂帛の気迫が叩きつけられた。

「おおおおお!!」

振り仰げば、そこには白刃の竜巻を突き破ってきたザフィーラの姿。
その周囲には、計五本の鋼の軛が滞空していた。
ザフィーラが振り上げていた右腕を振り下ろすと、号令に従い五本の光の棘が兼一目掛けて襲い掛かる。

(止むを得ないか!)

覚悟を決めた兼一は、飛来する鋼の軛のうちの一本を両腕で捉える。
幸いにも、単純に触れているだけならばそれほど影響はないらしい。

兼一は掴んだ鋼の軛勢いを利用して身体を捻る。
回転しながら、残る四本を捕まえた鋼の軛で薙ぎ払った。
そして、今度はお返しとばかりに不要になった光の棘をザフィーラへと投げ返す。

「ぜりゃぁぁぁ!!」
「ぬん!!」

真っ直ぐにザフィーラへと突き進む鋼の軛だが、空戦を得手とするザフィーラなら難なく回避できるだろう。
だがザフィーラはそれをせず、自身の前方にシールドを張った上で強烈な蹴りを放つ。

真っ向から蹴りと鋼の軛が衝突し、軍配は蹴りに上がった。
投げ返された鋼の軛はやすやすと砕かれ、あまつさえその勢いには微塵の衰えも見えない。

迂闊な防御は命取りとなる事は誰の目にも明らか。
しかし回避しようにも、そこは鳥ならぬ身では自由などない空中。
観客達もクリーンヒットを確信したそれを、兼一は真っ向勝負で受け止める。

「秘技…真拳白浜捕りぃ!!!」
「無駄だ! その程度で止まりはせん!!」

蹴り足を両手で挟みこもうとする兼一だが、強固なシールドがそれを阻む。
踏ん張りが利かない為に全力とは言い難いが、それでも万力に等しい力をかけている。
それでもなお、ひび割れるような音を立てながらも「盾の守護獣」のシールドは屈さない。

なんとか蹴りの直撃は防げたが、それでもこのまま地面に叩き付けられればただでは済むまい。
また、掌を覆うバンテージがシールドとの摩擦により焦げる匂いが鼻につく。
だが、兼一の本当の狙いはここからだった。

「しっ!!」

両手で蹴りを防ぎつつ己を捨てて流れに身を任せる。
太極拳の極意の一つ、「捨己従人」。日本の古武術では流水などとも呼ばれる、相手の力に逆らわない事で活路を見出す技法である。これを応用し、兼一は丹田を中心に後方へ回転。
同時に神業的な流れの誘導により蹴りの軌道は外され、兼一の真上を通過する。

しかし、それだけでは終わらない。
回転の勢いを利用し、そのままザフィーラの頭部を蹴りつけた。だが……

(防がれた……この人、やっぱり守りが上手い。でも!)

それを辛うじて手甲でガードするザフィーラ。
兼一はそんな事お構いなしに足を振り抜き、ガードその物を蹴り潰す。

「ふんっ!!」
「ぬぉ!?」

腕と言うクッション越しでも、放ったのが兼一ならその威力は尋常ではない。
一瞬朦朧とする意識、揺れる視界。
しかし、クッションを挟んだ蹴りで沈んでいては「盾の守護獣」は名乗れない。
蹴り飛ばされながらも体勢を立て直し、展開した魔法陣を蹴って切り返す。

「じぇあ!!」

放たれたのは、熊手打ちからの五本の爪撃。
兼一はその側面に捻りきった拳を入れ、一気に捻り上げの筋肉のパンプと螺旋の力で最小にして最速の払いを行う。刀を持った敵と戦う為編み出された、古流空手真髄の技の一つ「白刃流し」。
本来は払うと同時に攻撃する技なのだが、さすがに間合いの差は大きく拳が届かない。
また、爪撃の鋭さも並々ならぬものがあり、兼一自身は無傷だが道着とバンテージの一部が飛散する。

だが、ザフィーラの攻め手はまだ尽きていない。
片手分の爪撃は防がれた。しかし、彼にはもう一本腕がある。

(直接じゃ届かない。それなら……!!)

振るわれる腕と共に迫りくる五本の爪撃。
とはいえ、危険なのはあくまで爪撃。熊手そのものは通常のそれと大差ない。
それを見抜いた兼一は、辛うじて手の届いたザフィーラの腕を抑え、それを支えとして利用し引き寄せる。
そして、もう片方の手で渾身の突きを放った。

(狙いは……頭か!?)
(あ……これはダメだ!)

急遽頭を守るべくバリアを展開するザフィーラ。
ザフィーラの守りは堅く、万全のそれは兼一でも破壊するのに難儀する。
だが、この様な構成の粗い即席のバリアなら破ることも可能。
そう予想したザフィーラは来る衝撃に備え覚悟を決め、同時に、自由な右腕から出力した魔力刃を横薙ぎに払う。
しかし、その衝撃は来ない。それどころか……

(あの土壇場で、拳を引いただと!?)

バリアを目前にした所で兼一は拳を引き、代わりに膝でザフィーラの横っ腹を蹴る。
絶妙なタイミングのフェイントに反応が遅れ、その身体は大きく弾き飛ばされた。
横薙ぎに払われた魔力刃はと言えば、兼一の手甲に防がれその身には届かずに終わる。

ここまでの攻防で高度が下がっていたのだろう。
二人は鋼の軛の消え去った地面に着地する。
気付けばすでに荒れ狂う竜巻は消えていた。

とはいえ、バリアジャケットを纏うザフィーラは無傷だが、兼一の体には幾本かの破片が刺さっている。
兼一はそれらを振り落とし、先の攻防を述懐した。

(手甲越しとは言え……今のは効いた。
まぁ、この程度で済んで幸運と言えば幸運か。正直、この手甲がなかったら危なかったし。
 そこは純粋に長老に感謝だね…………だけどホント、何で出来てるんだろ、この手甲)

身体の奥に宿った重さに耐えながら、チラリと横目で自身の両腕を覆う手甲を見やる。
そこには、鋭利な魔力刃を受け止めたにしては無傷に等しい手甲。
かつては達人の斬撃すら受け止めた、若かりし日の一影九拳が長、一影も使った手甲だ。とんでもない業物だとは思っていたし、敵からそう指摘された事も数多ある。が、今日ほどその事を強く意識した事はない。

無理矢理流れを変えた為、危うく遅れかけた防御。
辛うじて間に合うも、捌く事もいなす事も出来ず、これはさすがに…と思ったのだが。
まさか、ほぼ無傷で耐えきるとは。前々から思ってはいたが、甚だ材質が気になる代物である。
そして、兼一がそんな事を考えているのと時を同じくして、ザフィーラもまた思索を巡らしていた。

(一見すれば繊細に流れを変えたようにも見えるが、アレにはどこか無理があった。
 そうでなければあの膝、碌に防御もせずに受けてこの程度のダメージで済む筈がない。だが……)

その理由が、ザフィーラにはわからない。
しかし、それも無理からぬこと。先ほど兼一が使おうとしたのは、普段彼が使う技とは一線を画す技。
技の名は、「ルーシー・ハーン(仙者飛撃)」。飛び上がり片方の手で相手の攻撃の抑制に加えてそれを支えとして利用し、もう片方の手で突きを入れる、その応用である。

これだけならば特に問題はないのだが、問題なのはこの技の種別。
それは「空手」でも「柔術」でも「中国拳法」でも「超技百八つ」でもない。
敢えて言うなら「ムエタイ」だが、「ムエタイ」であって「ムエタイ」ではない技。
その区分は「ムエボーラン」や「パフユッ」と呼ばれる「古式ムエタイ」に属するもの。

元々、ムエタイは白兵戦用に創られた実戦武術。
時代を重ね一国の国技へと昇華されたが、元をただせば殺傷のみを目的とした殺人拳。
兼一なら上手く加減し「殺人ムエタイ」を「活人ムエタイ」とする事も可能だろう。

だが、彼の弟子達はそうはいかない。未熟な彼らが使えば、強力な技であるが故に相手の命を脅かす。
かつて兼一も、師より「今の君には必要ない」と伝授を許されない時期があった。
それと同様に「今はまだ見せるべきではない」と考え、故に拳を引いたのだ。
全ては、弟子の成長と未来を案じればこそ……。

そして、戦いは最終局面を迎える。
恐らく時間も残り少ない。
折角の血沸き肉躍る相手との勝負だ。どうせなら、「引き分け」などと言う灰色で終わらせたくはない。
言葉にせずとも、相手がそう思っている事が二人にはわかっていた。

「……そろそろ、ですね」
「ああ、決着を付けるとしよう」

張り詰める空気。両者は互いに威嚇するように気当たりをぶつけ合い、その余波が大気を振るわせた。
モニター越しでも伝わるその息苦しさに、皆が固唾をのんで見守り、額に汗をにじませる。
そして、先に動いたのはザフィーラだった。

「いざ!!」

その一声と共に、腕を折りたたみ肩から突進をかけるザフィーラ。
仕掛けるは、全面にシールドを展開してのシールドダッシュ。
一見粗雑にして短絡的。だが、その速度、体躯、重量から繰り出される突撃は交通事故に等しい。
元来小柄な兼一にとっては、この様な体格差を活かした攻撃は特に厄介である。

また、全身全霊を注いで構築されたシールドは鉄壁を誇り、その速度も相まってあらゆる障害を弾くだろう。
攻撃、あるいは防御するならそれごと圧倒的な圧力の下に撥ね、蹂躙し、轢き潰す。
一見荒っぽく見えるが、単純であるからこそ強力、厄介極まりない。

故に兼一に許される選択肢は非常に限定される。
その中で兼一が選択したのは…………回避だった。

(ここに来て選択を誤ったか、白浜!)

回避先は空。大地を蹴って跳び上がった兼一を見て、一瞬ザフィーラは胸中でそうこぼす。
ザフィーラが飛べないならともかく、飛べる敵を相手にわざわざ飛び上がるなど愚策中の愚策。
それも、先ほどまでの様に足場となるビルに飛び移っていないなら尚更だ。
しかし、だからこそザフィーラはそんな考えを即座に首を振って否定する。

(いや、奴に限ってそれはない。ならば、何かしらの考えがあるのだろう)

今までの攻防で、そんな初歩的なミスを犯すような相手ではない事を痛いほど理解している。
ならば、確かな勝算があった上での選択なのだろう。
それが何かまではザフィーラにも読めないが……

(見せてみろ、受けて立とうではないか!!)

慎重になって足踏みする気はない。それどころか、突進の軌道を無理矢理変えて兼一を追う。
有りっ丈の魔力を拳に乗せ、渾身の一撃を期する

だがそこで、ザフィーラは信じ難い光景を眼にした。
思うように動く事も出来ない空中で、後は落下するしかない筈の兼一が、突如ザフィーラ目掛けて蹴りかかってきたのだ。

その名も「空中三角飛び(くうちゅうさんかくとび)」。
宙を蹴って恣意的に攻撃の軌道を転換する、達人だからこそ可能とする非常識極まりない技である。
とはいえ、所詮は宙を蹴って跳んでいるだけ。
さすがに飛行魔法ほどの自由度はなく、だからこそ「ここぞ」と言う時の為のとっておきだ。
しかし、ザフィーラもまた今更受けに回ってはならぬと覚悟し、かまわず渾身の一撃を繰り出した。

「「ぜりゃあ!!」」

拳と蹴りが交錯する。
重い拳はガードを崩すもその身には届かず、鋭い蹴りはバリアジャケットと薄皮を裂くに留まった。
だが、だからこそ二人ともまだ戦える。

今にも衣服同士が触れそうな距離で、既に二人は次なる一手を講じていた。
蒼き狼は擦れ違い様に顎に肘、鳩尾に膝を放つ。
しかしそれを、一人多国籍軍は相手の首と胴体に回した手を引き寄せる事で対処する。

「ごふっ!」

密着する事で打点を殺し、肘や膝に力が乗りきる前に敢えて受ける。
そうする事でダメージを最小限にとどめたのだ。
そして同時に、ここからが兼一の狙いでもある。

(これは投げ、関節……いや、締め技か!?)

左腕をザフィーラの首に回しながら右腕を掴み、その右腕で相手の脇を取って抱え込む。
回した左腕の関節で頸動脈を絞め、落としにかかる。
それは惚れ惚れするほどに完璧な締め。普通なら、どうやっても脱出しえない形。
しかし、それも相手が魔法を駆使するとなると話が別だ。

(見事な締め技だ。正確にして完璧、これはどうあがいても抜けられん。
 だが、締め技の欠点…それは効果が出るまでに時間を要する事だ!)

四肢の抵抗を封じた以上、相手が“武術家”なら兼一の勝利は確定だろう。
しかし、ザフィーラの本分は武術家ではない。また、仮に四肢を封じた所で彼の全てを封じたわけではない。

手も足も出ずとも、魔法は使える。それを使おうとする意識と源となる魔力さえ残っているのなら。
だいぶ消耗しているがガス欠と言うわけではなく、ザフィーラの意識が落ちるまでまだ余地がある。
右腕に魔力を集め、掌を兼一に向けた。あとは、ここから放つだけ。

魔力ダメージを受けても兼一は意識を繋ぎとめられるが、それは「耐えられる」と言うだけの話。
僅かに意識が飛びかける事はどうにもならず、一瞬技のかかりが甘くなるだろう。

(緩むのは一瞬に過ぎまい。だが、私ならその間に……)

抜けだせる。と、そこまで考えた所で異変に気づく。
それまで落下により下から上に流れていた周りの景色、その方向が変わった。
頭上から響く、裂帛の気合と共に。

「ぬりゃあああああああああ!!」
「こ、これ…は……」

旋回する景色、遠心力に従い下半身へと追いやられる血液。
自身に何が起こっているか理解する間もなく、ザフィーラの意識は闇に落ちた。



  *  *  *  *  *



気付くと、視界は青と白で埋め尽くされていた。

「………………っは!?」

弾かれたように身を起こし、状況を理解しようと辺りを見回すザフィーラ。
そこへ、耳に馴染んだ幼い少女の声が入り込み。

「おぉ、目ぇ覚めたか?」
「ヴィー…タ。私は……」

声のした方へ首を回せば、そこには陸士制服を纏った赤毛の少女。
彼女はどこか気遣わしげに、同時に「ふむ」と値踏み…と言うよりも様子を見る眼でザフィーラを見ている。
とそこで、ザフィーラも直前の記憶を思い出し、何が起こったのかを理解した。

「そうか、私は負けたのか」
「ああ…まぁそういうこった」

『いい勝負だった』とは言わない。敗者への慰めなど虚しく、相手を惨めにさせるだけだから。
しかし、そうなると今度はなんと声をかけたものかわからなくなる。
どこか気不味い沈黙が二人の間に降り、ヴィータは所在なさげに視線を逸らす。
はやて達を呼ぼうか迷うが、なんとなくそんな気にはならずにいた所で、ザフィーラが口を開いた。

「……悔しいな」
「あ?」
「やはり、負けると言うのは悔しいものだ」

自身の掌を見つめながら、どこか寂しげに、悲しげに呟く。
敗因を上げるとなればいろいろ浮かぶが、詮無い事だ。何を言った所で負け惜しみにしかならない。
ただ、全力を賭した勝負に敗れた、今はその事実とこの感情が全てだった。
だが、もし一つはっきりさせたい事があるとすれば……

「それが、どうやって負けたかわからんとなると…尚更な」
「憶えてねぇのか?」
「締め技を受けた、そこまでは憶えている。だが……」

そこから先の記憶がない。締め技から脱出する為の算段はついていたし、それをしくじったとも思えない。
おそらく、予想外の何かしらの手段で脱出を阻止され、締め落とされたのだろうとは思う。
その手段が、ザフィーラには思いだせないしわからなかった。

もしかしたら実は脱出し、その後の攻防で敗れたのかもしれない。
格闘の世界では記憶が飛ぶなど珍しくもないし、頭を打たれて記憶が飛んだ可能性もあるが……。
そしてその答えは、新たに歩み寄ってきた人物からもたらされた。

「暗外旋風締め、というそうだ」
「それが、私が敗れた技か」
「ああ。急速な回転を加え、強いGでブラックアウト状態にしてからコンマ一秒で締め落とす技らしい」
「ったく、空戦魔導師は高速からの急旋回なんかもやるし、バリアジャケット自体にそういうのを防止するフィールドが含まれてるんだぜ。それを振り切るなんて、どんな非常識だよ」
「まったくだ。効果が出るまでに時間を要するという弱点を克服した、恐ろしくも見事な技だ」

それを聞き、ザフィーラの胸のうちに何かが落ちた。
もしかしたらそれは、実感だったのかもしれない。
状況や前後の記憶から推測した現実に、ようやく実感が伴ったのだろう。

「主は?」
「今は高町達とあちらで話しておられる」
「リインもな。最初はおめぇのそばにいるって聞かなかったんだけどよ、シャマルがうまく誘導してくれた」
「そうか、シャマルには感謝しなくてはな。今は………………主に顔向けできん」

はやての事だ、恐らくは健闘を労い励ましてくれた事だろう。
それは純粋に嬉しくはあるのだが、できるならそれは後に回したい。
敗戦のショックで泣けるほど若くはないが、それでも沈み込む気持ちまではどうにもならない。
彼の矜持として、そんな姿は見せたくなかった。

「それで戦ってみてどうだった、白浜は?」
「たった今負けた男にそれを聞くか?」
「なんだ、優しく慰めてほしかったのか?」
「バカを言え。子どもでもあるまいに……」
「ああ、私もそう言うのは柄ではない」

珍しく軽口をたたき合う、守護騎士における堅物二枚看板。
まぁ、これがシグナムなりの気の使い方なのだろう。
とはいえ、別に先の話題への興味が全くないと言えば嘘になるが。

「で、どうだった?」
「……強いな」
「「……」」
「だが、ただ強いのではなく、なんと言うべきか……上手く底を測れん男だった」

言葉を選びながら、拳を交えた瞬間の事を思い返す。
予想通りに強く、予想外の強さ。それが、実際に拳を交えたザフィーラの感想だった。

「そうだな……タイプ的には、高町に近いものがあるように感じた」
「なのはと同じタイプか。って事は……」
「ああ、極限の真剣勝負か……」
「守る誰かがいてこそ本領を発揮する、か」

それが、実際に拳を交えたザフィーラの感想だった。
そして、それが意味する所は……

「つまり、やつはまだ全力ではなかった、と言う事だな」
「恐らくな。本気ではあったのだろうが、全てを出しつくしていたとは思えん」

だからこそ、どうにも力の底が計りにくい。
本人は今出せる力を出しつくしていたつもりかもしれない。
だが、それでもなお出しきれていない力が秘められていたようにザフィーラは感じていた。

「なにしろ、拳を交える度に技は鋭さを増し、危うくなるほどに一打の重みが増した。
 追い詰められてからが、奴の本領なのだろうよ」
「スロースターター、だというのか?」
「おいおい、達人のくせにまだんな致命的な弱点抱えてんのかよ」
「ああ、実に信じ難い話だが、アレだけの腕を持ちながら奴は初手から全力を出す事が苦手らしい……」

普通ならそんな弱点を抱えていればいつか一撃必殺の技を持った敵に殺されそうなものである。
しかし兼一は、卓越した守りの巧さでその弱点を補う。
エンジンに火がつくまでの間、いかなる必殺技をも凌ぎ切ることで弱点を克服したのだ。
あまりにも変則的ではあるが、これこそが兼一が彼なりに出した解。

「ところで……」
「あ? どうしたよ」
「アレは、何をやっているのだ?」

ザフィーラが示す方向、そこには兼一の姿。
その向かいには、ギンガや新人達の姿がある。

「ああ、気当たりの体験だとよ」
「? どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。お前が気絶している間に、ギンガが白浜の弟子になった時の話が出てな。
 そこで気当たりで人を倒したと言う事を聞き……」
「突拍子がなさ過ぎて信じられねぇから、じゃあ試しにやってみようってなったんだよ」

なんとなくだが、言いだしたのはティアナではないかと予想するザフィーラ。
彼らの知る範囲の達人にそんなマネが出来た人物はいないが、出来ても不思議はないとも思う。
そんな事を考えている間に、突如視線の先で動きがあった。

「梁!!」

見れば、道着を脱ぎ上半身をはだける兼一。
露わになった上半身は、上腕同様異常なまでに発達している。

「山!!!」

腰付近に両手を持っていき「かめは○波」的に構えている。
そして、続く光景は色々常軌を逸していた。

「波!!!!」
『わきゃぁぁあぁぁぁぁぁ!?』

諸手で放つ熊手打ち、それと共に大気が破裂し『ドッパァン』と言う音が轟く。
それを受けて吹っ飛ぶティアナやスバル、エリオにキャロ。
もちろん、兼一自身は4人に指一本触れていない。

何ともまぁ、非常識と言う言葉を使う気すら失せる光景である。
周りを見れば、何をしているのかと不思議そうにしていた見物人(主にヴァイスやリインなど)が、「なんじゃこりゃぁ!?」「か○はめ波ですぅ!?」と叫び、いい感じに場は阿鼻叫喚と化していた。
それを見て、どこか苦悶に満ちた表情を浮かべるヴィータとシグナム。

「おい、なんか出たぞ……」
「達人の技は、ついに『波』をも可能にしたか……」
「い、いや、落ち着け。おそらく、拳圧の風と気当たりだろう」

まぁ、どちらにせよ人が吹っ飛んでいる事に違いはないが。
無敵超人が誇る超技百八つの一つ、必殺技ならぬ否殺技「梁山波(りょうざんぱ)」。
拳圧によって生じた突風と気当たりによって、遠く離れた多数の敵を圧倒する技。
指一本触れていないので、精々転倒程度の怪我しかしない優れモノである。
気当たりを受け流す訓練をした者には通じないが、そうでない相手には非常に有効な技だ。

ちなみに、何故「睨み倒し」ではなく「梁山波」なのかと言うと、睨み倒しで制圧するのは色々とショックが大きそうと言う配慮である。あまり差がある様には思えないが。
で、それをやった張本人はと言うと。
なにやらどこか満足げに微笑みを浮かべ、感心したようにしきりにうなずいている。

「いやぁ、成長したね。修業を始めた頃に比べたら見違えたよ」
「ど、どうも」

兼一の視線の先にいるのは、なんとか踏みとどまったと言う様子のギンガ。
膝が笑ってはいるが、倒れる事もしゃがみこむこともない。

「じゃあ、次はもうちょっと強くいってみよう……」
「え、ちょ…待っ!?」

どうやら、アレでもまだ加減していたらしい。
ギンガとしては今でも一杯一杯なので、なんとか師を止めようと声を上げる。

ただし、当然そんな事を聞いてくれる相手ではない。
必然的に、ギンガは限界を迎えるその時まで、何度も何度も激烈な気当たりに晒される破目になるのであった。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.040982961654663