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No.25730の一覧
[0] 【完結・改訂完了】リリカルなのはSts異伝~子連れ武人活人劇~(×史上最強の弟子ケンイチ)[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[1] BATTLE 0「翼は散りて」[やみなべ](2013/07/16 00:16)
[2] BATTLE 1「陸士108部隊」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[3] BATTLE 2「新たな家族」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[4] BATTLE 3「昼の顔、夜の顔」[やみなべ](2013/07/16 00:18)
[5] BATTLE 4「星を継ぐ者達」 [やみなべ](2013/07/16 00:18)
[6] BATTLE 5「不協和音」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[7] BATTLE 6「雛鳥の想い」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[8] BATTLE 7「一人多国籍軍、起つ」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[9] BATTLE 8「断崖への一歩」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[10] BATTLE 9「地獄巡り 入門編」[やみなべ](2013/07/16 00:21)
[11] BATTLE 10「古巣への帰還」 [やみなべ](2013/07/16 00:21)
[12] BATTLE 11「旅立ち」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[13] BATTLE 12「地獄巡り 内弟子編」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[14] BATTLE 13「誕生 史上最強の○○」[やみなべ](2013/07/16 00:24)
[15] BATTLE 14「機動六課」[やみなべ](2013/07/16 00:25)
[16] BATTLE 15「エースの疑念」[やみなべ](2013/07/16 00:26)
[17] BATTLE 16「5年越しの再会」[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[18] BATTLE 17「それぞれの事情」[やみなべ](2013/07/16 00:27)
[19] BATTLE 18「勢揃い」[やみなべ](2013/07/16 20:54)
[20] BATTLE 19「守護の拳」[やみなべ](2013/07/16 00:28)
[21] BATTLE 20「機動六課の穏やかな一日」[やみなべ](2013/07/16 00:29)
[22] BATTLE 21「初陣」[やみなべ](2013/07/16 20:53)
[23] BATTLE 22「エンブレム」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[24] BATTLE 23「武の世界」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[25] BATTLE 24「帰郷」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[26] BATTLE 25「前夜」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[27] BATTLE 26「天賦と凡庸」[やみなべ](2013/07/16 20:51)
[28] BATTLE 27「友」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[29] BATTLE 28「無拍子」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[30] BATTLE 29「悪魔、降臨す」[やみなべ](2013/07/17 21:15)
[31] BATTLE 30「羽化の時」[やみなべ](2013/07/16 00:39)
[32] BATTLE 31「嵐の後で」[やみなべ](2013/07/16 00:40)
[33] BATTLE 32「地獄巡り~道連れ編~」[やみなべ](2013/07/16 00:41)
[34] BATTLE 33「迷い子」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[35] BATTLE 34「I・S」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[36] リクエスト企画パート1「vivid編 第一話(予定)」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[37] BATTLE 35「ファースト・コンタクト」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[38] BATTLE 36「お子様散策記」[やみなべ](2013/07/16 00:44)
[39] BATTLE 37「強い奴らに会いに行け!」[やみなべ](2013/08/01 03:45)
[40] BATTLE 38「祭囃子」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[41] BATTLE 39「機動六課防衛戦」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[42] BATTLE 40「羽撃く翼」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[43] BATTLE 41「地獄巡り~組手編~」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[44] BATTLE 42「闘いの流儀」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[45] BATTLE 43「無限の欲望」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[46] BATTLE 44「奥の手」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[47] BATTLE 45「絆」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[48] BATTLE 46「受け継がれた拳」[やみなべ](2013/07/16 00:49)
[49] BATTLE 47「武人」[やみなべ](2013/07/16 20:49)
[50] BATTLE FINAL「それぞれの道へ」[やみなべ](2013/07/16 00:50)
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[25730] BATTLE 17「それぞれの事情」
Name: やみなべ◆d3754cce ID:1963cf14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/16 00:27

機動六課が正式に稼働した日の晩。
その食堂にて、八神家一同はその日あった出来事について報告し合っていた。
その中には当然、この日になって発覚した一人の達人の事も含まれている。

「はぁ……まさか、達人級がおったとは。
AMFの事を考えるとありがたいんやけど、頼もしいやら空恐ろしいやら……」

微妙な表情で乾いた笑みを浮かべるはやて。
彼女としても、魔法の世界においても非常識なあの存在と再び関わるとは思っていなかったのだろう。
だがその瞬間、その脳裏に意味もなく迷案が閃いた。

「そや、折角やからリインも鍛えてもらうか?」
「い、イヤです! そんな事したらリインは死んでしまうです!
 はやてちゃん、リインのフィジカルの弱さを甘く見ないでください!!」

唐突に投げかけられた問いに、顔を青ざめて震えるリイン。
はやても冗談で言ったのだろうが、本人としてはあまりにもシャレにならないらしい。
そんな二人のやり取りを聞く守護騎士一同の顔には、何とも言えない表情が浮かんでいた。

「威張って言う事かよ」
「まぁ、事実ではあるがな」
「適性がないどころじゃありませんもんねぇ」
「……魔法がなければ、ネズミにすら勝てんからな」

実際、リインのフィジカルの弱さは尋常ではない。
身体のサイズの関係上仕方ないとはいえ、彼女は魔法が使えなければ文字通り無力な小人。
適性がないと分かっていても、あまりにも貧弱すぎるのも考えもの、というレベルなのだ。
だからこそ、AMFが絡んでくるこの案件では皆はリインの身が心配だったりする。

「けど、案外いいかもな。いつもバッグで運んでもらってると、祝福の風の名が泣くぞ」
「うむ。物は試しだ、自分の限界を知るのは良い事だぞ」
「それに失敗を恐れていては進歩もない。まぁ、十中八九失敗するだろうが」
「みんな厳し過ぎなのですよぉ!? シャマルゥ~!」
「よしよし、もう泣かないでリインちゃん。みんなもね、リインちゃんの事が心配で言ってるんだから」
「「「シャマルはリインに甘い」」」

泣きつくリインを優しく胸を課すシャマルだが、そんな彼女に咎める様な視線が向けられる。
末っ子が甘やかされるのは良くある事だが、少々それが過ぎると言いたいらしい。
まぁ、これも末っ子の事を思っての事なのだが。

「せやけど、白浜二士はシャマルの患者さんやったんやろ。その時に気づかへんかったん?」
「ぁ、その…確かにすごい身体だなぁとは思いましたし、疑ってはいたんですが……」

まさかそんな偶然が早々あるとも思えず、確信が持てなかったのだろう。
眼を泳がせ、どこかバツが悪そうなシャマル。
だが、そんなシャマルにヴィータが助け船を出す。

「いや、無理もねぇって。実際、あたしとシグナムもすっかり騙されたからな」
「二人の目を欺くなんて、とんでもない話やな」
「しかも本人、騙す気も欺く気もなしに素でアレだしよ。負け惜しみじゃねぇけど、普通気づかねぇって。
だってアイツ…………パッと見、全っ然強そうに見えねぇぞ」
『まぁ、確かに……』

ヴィータのあまりに直球で本人には聞かせられない一言に、誰もが言葉を濁しながらも同意する。
正直、達人と知った今でも信じられない思いが強い。
何しろ、パッと見の第一印象と「達人」という単語は、あまりにも不釣り合いだ。
もしかすると、だからこそグレアムやゲンヤは事前にその事を教えていなかったのかもしれない。
言ってもどうせ信じないだろう、という考えもあながち間違いではないのだから。
ちなみにこの瞬間、兼一がくしゃみをしたらしいが、その因果関係は不明である。

(とりあえず、ロッサはシスターシャッハにしばいてもらうとして……)

自信満々、意気揚々と「任せておけ」と断言した兄貴分は見過ごすわけにはいかない。
彼の調査能力に絶対の信頼を置いているからこそ、「わざと報告しなかった」と確信しているのだ。
しかもその予想が大当たりである以上、折檻されても文句は言えないヴェロッサである。
まあ、それはそれとして……。

「にしても、なのはちゃんの知り合いやったとはなぁ。
でもまぁ、それならリインが見覚えがあったんも納得やけど」
「おめぇ、良く覚えてたよな。周りにいたの、こんな濃い連中だぞ」

そう言ってヴィータが呼び出したのは、なのはから借りた結婚式の時の写真。
そこに映るのは、褐色の肌の巨人や凄まじい強面の大男、金髪と髭が特徴的な筋骨隆々の老人など。
正直、あまりにも個性的すぎて近くにいる凡庸な男の事など目に映らない。
仮に映っても、決して記憶に残らないこと請け合いだ。

「えっへん、リインの記憶力を甘く見てはいけないのです!」
「といっても、見覚えがあっただけで確信はなかったのだろう」
「ま、まぁそうですけど……」

ちっこい上にペッタンコなうす~い胸を張って威張るリインだったが、ザフィーラの突っ込みですぐにションボリする。良くも悪くも、この感情の起伏は実に子どもっぽい。まぁ、口にしたら本人は怒るのだろうが。
だがそれはそれとして、部隊長であるはやてとしては確認しておかなければならない事がある。

「ところで、結局この人はどういう扱いにするつもりなん?」
「はやての許可さえありゃ、戦闘要員として作戦に組み込むつもりなんだけどさ、どうする?」
「かまへんよ。達人っちゅうだけでも、実力は保障されとる。
相手がガジェットなら、ある意味最高の人材やしな。
 その上、Cランク魔導師5人を無血制圧の実績もあるし、実力もギンガ以上のお墨付き。
文句のつけようがないやん」
「そっか、ならなのは達にも教えてやんねぇとな」

ある意味予想通り、あっさりと許可を出すはやて。
彼女も、なのは程ではないが達人という人種への知識はある。
何しろ家族であるシグナムなどは、割と頻繁に恭也と手合わせをしていたのだ。
手合わせの話を聞いたり、時には直接見学したりした事もあった。
おかげで、勝手にある程度の理解を得るに至ったのである。

「せやけど……」
『?』
「なのはちゃん、教導の方はどうするつもりなんやろ。こと、フィジカル面についてあっちはプロどころの話やないで。やっぱり、ある程度お願いするんかな? ギンガの事も気になるし」
「ああ、その事か。ギンガは、日中はなのはの戦技教導と折半、それ以外はアイツが担当するってよ。
 ま、実際には臨機応変に調整するらしいけど、なのはの手を借りるのは決定だな」
「まぁ、白浜二士は魔法資質そのものがないわけやし、その辺が妥当かもしれへんね」

ギンガは純粋な格闘家ではなく、あくまでも魔法を駆使する格闘系魔導師だ。
ならば、魔法の指導を受けて損はない。
そして、兼一にその点を教える事ができない以上、出来る相手に頼むのは必然だ。
兼一自身、師匠をかけ持ちしていた経歴から、自分に教えられない事を頼むのに抵抗は少ない。

「せやけど、時間はそれだけで大丈夫なんやろか?」
「本人も学生時代、日中は学校、それ以外を修業に当ててたから問題ないってよ。
 108にいた時も、日中は仕事だったから訓練は基本朝・夕・晩だったらしいし」
「ふ~ん。新人達は? やっぱり、専門家にお任せするん?」

ギンガに関しては、兼一となのはがそれで良しとしているのなら口を出す気はなかった。
生憎、はやては兼一やなのはの様なその筋の人ではない。

とはいえ、新人達とギンガでは色々と事情が異なる。
まず根本的な問題として、彼らは兼一の弟子ではない。
達人的に、弟子以外を鍛える事がどういう位置づけになるのかイマイチわからないのだ。
また、ライトニングに限れば保護者の反応も気になる。

(達人の訓練っちゅうのが具体的にどんなんかはようわからへんけど、下手したらフェイトちゃん…………発狂するんちゃうかな?)

達人とは、人知を越えた肉体とそれを完璧にコントロールする技術を持つ生き物。
そんな人間の指導が、生半可ではない事くらいは想像がつく。何をするかまでは想像できないが。

なにしろそこは、到底合理的とは言えない道筋の果てに至る領域。
一般的には、『適度な練習』と『適度な休養』を推奨されるが、そんな限度を守っていては達人にはなれない。

鍛えれば鍛えるほど肉体は強靭になり、磨けば磨くほど技は冴える。
限度を知らないある種の『信仰』を貫いた者達こそが達人。
五体どころか五臓六腑に至るまでが、極限をも超越する愚直かつ狂信的な鍛錬の結晶なのだ。

とりあえず、そんな連中が課す鍛錬をさせて、あの心配性の子煩悩が正気でいられるだろうか。
気になると言えば、それが一番に気になるはやてだが、既に話は先に進みかけていたりする。

「実はエリオが、知らずに訓練に参加しようとしてたらしいんだけどさ」
「知らないとはいえ、早まった事をするですね、エリオも」

兼一の本質を知らない段階での希望だったのだから仕方がないとは思う。
しかし、やはり覚悟もなく飛び込もうとしたのは無謀としか言えないだろう。
なにより、その訓練内容によっては金色の保護者が大変な事になってしまうかもしれない。
とはいえ、幸いな事にその心配は今のところは杞憂に終わる。

「ちゅうことは、エリオは確定として……他の子達も?」
「ううん、エリオを含めて当分その予定はなしって事になった」
「え、そうなん? てっきり専門家を頼るかと思ってたんやけど」
「いや、それがよぉ……下手すると殺しちまうかもしれねぇし、もう少し頑丈になってからって事で話が纏まった」
「そ、そらまた……」

どの程度マジで言っているのかは分からないが、あながち嘘とも思えないだけに反応に困る。
その事に思い切り顔をひきつらせるはやてだが、実を言うとこれでもまだマシな部類なのだ。
中には、「三日で殺してしまうかもしれない」と期限まで付ける連中もいるのだから。

まぁ、一応兼一は5歳の息子も鍛えているし、手加減を知らないタイプでもない。
なので、そこまで心配しなくてもいいのだろうが、念の為の安全策だろう。
あるいは単なる方便で、しばらくギンガの修業の様子を見てから決めるつもりなのかもしれない。
もしくは、新人達自身にそれがどういうものなのか見せるのが狙いなのか。

「ま、さしあたっての問題は明日だな」
「明日? 明日何かあるですか、ヴィータちゃん?」
「いや、大した事じゃねぇんだけどよ。
アイツの実力とか戦い方とかまだよくわかんねぇし、それだと作戦に入れづらいだろ?」
「まぁ、Aランク以上っちゅうことしかわかってへんしね」
「そんなわけだから、軽く模擬戦をやって確認しておこうって事になったんだわ」
「まぁ、それはええんやけど…………何でシグナム不機嫌なん?
 こういう時、一番楽しみにしそうやのに」

確かにヴィータの言う通り、口頭や資料だけの情報では少々心許ない。
背中を預けて戦う以上、実際に戦う姿を見ておくにこした事はないだろう。
どんな戦い方をして、どんな傾向があるのか、それらを知らないままなのは不味い。
下手をすると、互いに足を引っ張り合う事にもなりかねないのだから。
別に全力を出し切る必要はないが、最低限見ておきたい事があるのだ。

まあ、それなら訓練用のガジェットでもいいのだが、武術とはそもそも対人戦の技術。
なら、やはりやる相手は人間である方が望ましいし、その方が多彩な技を披露できる。
どうせなら新人達に高度な技術を見せてやりたいなのはの親心もあって、模擬戦と相成ったわけだ。

なので、それ自体は別にいい。
ただ、なぜにこういう時に一番ウキウキしていそうな決闘趣味のシグナムが、ブスッと不貞腐れているのかがわからないのだ。しかも、どこかそれだけではない違和感がある。

「シグナム、なんで拗ねてるですか? 何かイヤな事でもあったですか?
 そう言えば、さっきからなんだか上の空の様な……」

思い返して見ると、最初のころ以来シグナムは一切会話に参加していない。
何を考えているのかは定かではないが、とにかくだいぶ様子がおかしい。

「別に、拗ねているわけでも不機嫌なわけでもない。私はいたっていつも通りだ。ああ、何も変わらないとも」
「「?」」
「気にしなくていいぞ、はやて・リイン」

当事者としてその事情を知っているヴィータは、どこか呆れの混じったため息をつく。
同時に、その事情の元凶たるザフィーラは、少々居心地が悪そうだ。
理由のわからないはやてとリイン、それにシャマルは揃ってらしくないシグナムの様子に首を傾げている。
ヴィータは一つため息をつくと、その訳を話し出した。



BATTLE 17「それぞれの事情」



場面は戻って、機動六課訓練場。
一通りの事情やらなんやらを確認し終えた所で、ヴィータは密かになのはに念話を送っていた。

(なぁ、なのは)
(なにヴィータちゃん?)
(アイツが達人で、お前の知り合いなのはわかった。
 ついでに、正直信じられねぇような事情でここにいるのも、納得はしていねぇけど理解はした)
(まぁ、気持ちは分かるけどね。だけど、あの人達に関しては諦めちゃった方が早いよ)

それはそれでどうなのかと思わなくもないが、今は丁重に横に置いておくヴィータ。
外見は子どもでも、そういう大人な対応ができる大人の女なのだ、自己申告的には。
なにより、個人的にもっと気になる事があるわけで……。

(だけどよアイツ、さっきギンガに「地獄の修業をさせる」とか言ってたけど、何させる気か確認しなくていいのか?)
(…………)
(恭也さん達を見てても、達人の修業が半端じゃねぇってのはあたしにも多少はわかる。
 それだけのもんが必要な道なんだろうけどよ……大丈夫なのか?」
(大丈夫って?)

心配そうに、同時に何かを手探りで確認するかの様に言葉を選びながら話すヴィータ。
彼女は知っているのだ。なのはの教導における基本方針。過去の手痛い教訓に基づくそれを。

(だから、ギンガの事だよ! あんま無茶して、その…………昔のお前みたいになるのもアレだろ。
 お前、そういうの絶対許さないじゃねぇか。なのに、今回は普通にスルーしてるし……)
(ああ、その事)
(ああって、おい!?)

予想に反し、あまりにも素っ気ないなのはの反応に思わず語調を荒げるヴィータ。
彼女の知るなのはなら、本来決して見過ごさない筈の事だから。
だが、そんな十年来の友人に対し、なのはは静かに万感の思いを込めて礼を口にする。

(ありがとね、ヴィータちゃん)
(な、何がだよ……)
(ギンガの事もそうだけど、私とかみんなの事も心配してくれてるんでしょ? ヴィータちゃん優しいから)
(そ、そんなんじゃなくてだな!!)
(でもね、大丈夫だよ。そりゃ、兼一さんが「地獄の修業をさせる」って言うんなら、相当無茶な事をさせるんだと思う。もしかすると、命の危険がある位の事はするかもね)
(おいおい……)
(だけど、こと武術に関して兼一さんはエキスパートだからね。
私が口出しできる事じゃないし、ギンガが兼一さんの後を追うのならこれが一番なんだよ)
(まあ、そりゃそうだろうけどよぉ……)

確かに、達人を目指すのなら直接達人に学ぶ以上の事はない。
本人が覚悟の上でやっているのなら、ヴィータ達にギンガの邪魔をする権利はないだろう。

(何より……)
(何より?)

なのはとて、そこまで詳しく兼一や達人の課す修業を知っているわけではない。
もしかしたら、本来彼女には到底受け入れられない様な修業をさせる可能性もある。
しかしそれでも、なのはは兼一を止めるつもりも、滅多な事でその指導方針に口出しする気もない。

(兼一さん、優しいから。だから、大丈夫だよ)
(それ、理由になってねぇんじゃねぇか?)
(かもね。実際、もし同じ内容でも一人でやってたり、他の人がやらせてるのなら止めるかもしれない。
 今の私には、まだとてもじゃないけど怖くてやらせられないし)
(アイツならいいのかよ)
(良いか悪いかって言うより、大丈夫だと思えるんだよね)

どこか、何かを懐かしむ様な表情でなのはは語る。
その訳を、その根拠を。数年前に聞いたある質問に対する答えを。

(あの怪我が治った後、偶々家に来てた兼一さんに聞いた事があるんだ。
あんな無茶な事をして大丈夫なんですか? いつか大怪我して、武術ができなくなっちゃうかもしれないのに、どうしてこんな危ない事を続けるんですかって)

それはもしかしたら、かつての自分自身に向けた言葉だったのかもしれない。
兼一となのはでは色々異なるし、単純に比べられる事ではないが、危なく無茶な事をしていた事に変わりはなかった。必要だった事とは言え、魔法と出会って間もなく何度も無茶を重ね、その後も……。

その結果の生死の彷徨う大怪我を負い、一度は飛ぶ事はおろか歩く事さえ絶望視されもした。
そんな思いを誰にもさせない為に、同じ轍を踏ませない為の教導がなのはの方針だ。
だから自分以上の結末になりかねない、日常的に無茶を重ねる男に問うたのだろう。

(何て答えたんだ、アイツ?)
(全然大丈夫じゃないって。臨死体験の連続で生きた心地がしないって泣いてた。
 実際、結構何度も脱走してたみたいだしね)
(おっかねぇとかって問題じゃねぇな、そりゃ……)

思わず顔が引きつるヴィータと、愉快げに笑みを零すなのは。
はじめから達人の人間などいる筈がないし、兼一にも修業時代があったのはヴィータも理屈では分かっている。
だが、今まさに弟子にその手の無茶をさせようとしている男が逃げ出す程の何かというのは、正直背筋がうすら寒くなるものがあった。いったい、どれほど危険に満ちた恐怖体験だったのやら。

(でも、疑った事はないって)
(あ?)
(どれだけきつくて無茶で、死にそうになる…っていうか、いっそ死んだ方がマシな様な修業でも、師匠さん達を疑った事はないんだって。あの人達の教えはまっすぐで、いつも見守ってくれている。命懸けで導いてくれているからって。凄く誇らしそうに言ってたのを、良く覚えてる)
(…………)
(そんな人達に鍛えられた兼一さんだから、ギンガはきっと大丈夫だよ。
 それこそ、死んでもギンガを守る…くらいのことは平然とする人だから)

揺るぎない、確固とした師への信頼。それが正しかった事を証明する様に、兼一は達人の域に至った。
確かに無茶でどうしようもなく危険な修業だが、大丈夫なのだ。
ちゃんと、それを見守り正しく管理する師がいるのなら。

そしてなのはは、兼一にそれができると信じている。
信じさせてくれるだけの物を、信じるに足る物を、かつてその瞳の奥に見たのだから。

(…………はぁ、わぁったよ。お前がそこまで言うんなら、あたしも信じてやらぁ)
(ありがと。でもまぁ、危ない事に変わりはないから、フィジカルトレーニングに協力してもらうのは、みんながもう少し丈夫になってからにするけどね)
(…………そうしとけ)

ここまで無垢な信頼を見せられては言うだけ無駄と悟ったらしく、溜め息交じりのヴィータ。
完全に兼一の事を信用できる筈もないが、なのはの顔を立てようと言うのだろう。
もしもの時には、なのはと部下を守るためにグラーフアイゼンの頑固な汚れにする気は満々なのだろうが。

で、それはともかくとして。
予想外にも程がある兼一の素性を知って、スバル達が平静でいられる筈もなく……。
まだ白浜兼一という男との繋がりが薄いキャロやシャーリーはマシな部類だが、それでも「魔導師に匹敵する」という突飛かつこれまでの価値観をひっくり返す事実には、俄かに信じたいものがあるのも当然だろう。
なので、スバルがギンガにその真偽を問うたのも無理からぬ事だった。

「ね、ねぇギン姉」
「何が聞きたいかは分かるつもりだけど…なにスバル?」
「Cランク魔導師五人を完封したって言うの、本当なの?」
「というか、弟子入りして2ヶ月、未だに触れる事も出来てないんだけどね、私」

スバルの問いに、ギンガは若干凹みながら答えた。
すると、ただでさえ引きつり気味だったスバルの顔は、最早形容しがたいなにかになっている。
それは他の面々も同様で、スバルの後ろでこっそり話し合っているのだった。

「ギンガさんでもダメって、つまり……」
「単純に考えれば陸戦A以上の戦力、って事になるよね」
「モンディアル三士は同室なんですよね。ご存知でした?」
「ぶんぶんぶんぶんぶんぶん!! し、知りません! 全然全く、初めて知りました!!」

まさか、そんなとんでもない人物だったとは露知らず、朝の鍛錬に参加しようとしていたエリオは、首を激しく左右に振って否定する。
若いとはいえ、エリオは「魔導師」ではなく「騎士」志望。
彼自身槍術の心得があるからこそ、畑は違えども先達に対しては相応の敬意を払わなければならないと教わった。
兼一の人柄と翔の懐っこさもあって、すっかり気安く接する様になってしまっていたが、そこまで突出した武の持ち主だったとは。

だがこの白浜兼一という男、単に優れた武を持つだけの達人ではなかったりする。
しかしそうと知らない面々の間では、こんなやりとりがなされていく。

「でも、副隊長達が知らなかったって事は、あんまり有名じゃないって事じゃないの?」
「あ、そう言えばそうですよね。そんなに凄い人なら、副隊長達が知っててもよさそうですし……」
「でもさ、キャロ。じゃ、有名な人ってどれくらいなのかな?」

あまりにも恐ろし過ぎるシャーリーの言葉を聞き、瞬間的に青ざめる新人達。
なのはがそうである様に、管理世界では優れた魔導師は非常に有名だ。なのは達の場合、その容姿もあって意図的に管理局が宣伝しているのもあるが、優れた術者は相応に有名な場合が多い。

故に、皆がそう勘違いしてしまったのも無理はないだろう。
で、兼一であまり名が知れていないのだとすると、名が広まっている者とはどれだけの怪物なのか。
という話になってしまうのは、ある意味必然なのかもしれない。

「Aランク魔導師を封殺できる様な人で無名って……そんなの、悪夢以外の何物でもないじゃない。
 それじゃ私達が今までやってきた事は、いったいなんだったって言うのよ」

小さく、誰にも聞こえない声量でありながら、溢れんばかりの感情が宿った声でティアナは呟く。
凡人を自認する彼女からすれば、それはまさしく悪夢。
取り得など、射撃魔法とサポート用の幻術位なものとは本人の弁。
彼女にとってそれは、あまりにも心許ない武器だった。
それでも腐らず、一日たりとも欠かす事なく磨き続けた魔法を生身で凌駕する化け物がいる。

相手が自分達と同じ、個人が扱う中では次元世界全体で特に評価される力、魔法を使うなら諦めもつくかもしれない。同じ土俵に立っているのなら、あとは単純な優劣の問題。
それが才能なのか努力なのか、それとも相性なのかは千差万別だが。
もしくは、強力な質量兵器を用いているなら納得もできるだろう。

だが、目の前に立つ男は魔法も兵器も用いず、その身一つで魔導師を圧倒すると言う。
魔法の力を信じてそれを磨き続けた彼女にとっては、この事実はあまりにも受け入れがたい。
身体+魔法+技術の魔導師に対して、身体+技術のみの武術家。優劣など、火を見るより明らか…な筈だった。
にも関わらず、兼一は魔法という絶対的な筈の不利を覆す。

そんな兼一ですら無名だとすると、高名な達人とはどれほどのものなのか。
とはいえ、実の所兼一は割と有名人だったりするのだ、その筋では。

「いやまぁティアナの言う通り、有名じゃないのは確かなんだけど…あくまでも一般社会での話だよ、それ」
「あの、ナカジマ陸曹」
「それは、どういう事なんでしょうか?」
「どうもね、師匠達の身体能力は向こうでも常識外れ過ぎて、世間的にはあんまり知られてないらしいの。
 そうじゃなかったら、師匠が園芸店に就職するのなんてまず無理だしね」

ギンガの言う通り、もし兼一の素性が広く知れ渡っていたら彼の希望は叶えられなかっただろう。
仮に就職できても、希望通りの部署に行けたとは到底思えない。
なにせ、達人と言う存在をあんな所に配属するなど、人的資源の無駄遣いにも程があるのだから。

「へぇ、そうなんだぁ…じゃあ、他の所だと有名だったりするの?」
「うん、鳳凰武侠連盟ってところから幹部にならないかって話もあったらしいし」
「ふ~ん」

地球の武術事情に詳しくないスバルでは、まぁこんなところだろう。
とりあえず、かなりの好条件を出してでも求めた人材、と言う事はわかるのだが……。
そんなスバルの反応を見て、もう少し情報が欲しいと思うギンガ。
彼女自身、今まで色々必死で聞きそびれていた事があるので、丁度いい機会だった。
実を言うと、他にも理由はあるのだが。

「実際どうだったんですか、師匠?」
「え?」
「ですから、鳳凰武侠連盟からはどんな条件を出されたのかな、と。
 新白連合ではナンバー2だったのは聞いてますけど」
「「なに!?」」
『ウソ!?』

副隊長たちを始め、その場のほぼ全員が驚愕の声を上げる。
幹部クラスなのは予想していたが、まさかナンバー2だったとは。
世界的にも有数の企業のナンバー2。まさか、それほどの好条件を蹴ってこんな所にいるとは、ある意味それが一番の驚きだ。本来なら、今頃相当羽振りの良い生活もできていただろうに。
誰しも、給料日を待ち遠しく思う日々を好んで過ごそうとは思わない。
そんな風にあまりにも皆が驚くものだから、兼一はしどろもどろになっておかしな言い訳を並べ出す。

「え、えっと、連合については、学生時代に悪友が組織したもので、単にそれだけだから……」
(((((((いや、それだけって事はない)))))))

まだ十歳になったばかりのエリオやキャロでもわかる。
規模が小さかったうちはともかく、大きくなっていけばそれだけでナンバー2の地位は確保できない。
確実に、それだけの地位に相応しい何かがあったのは間違いないのだ。

「それで、鳳凰会の方だけど……」
『フンフン』
「確か、日本に支部を出すからそこの支部長にならないか、って話はあったかな」
『おぉ!』

鳳凰武侠連盟が具体的にどの程度の規模の組織なのかは皆にはわからないが、「支部長に抜擢」と聞いて感嘆の声を漏らす面々。だが、実を言うと出された条件はこの程度ではない。
というか、この条件自体が『日本進出に伴い、そのエリア全体の統括を任せたい』というものだったりする。
しかも、他に出された条件はさらにとんでもなく、最高責任者の娘との結婚話や最高幹部への勧誘もあったのだ。
つまり、もし結婚話が現実になっていれば確実に最高幹部、場合によっては最高責任者の伴侶になっていてもおかしくない。それを言わないのは、自慢話をしない奥ゆかしい性格…と言うよりも、ヘタレな性分のせいだが。

と、兼一が皆にアレこれ色々と説明している間、その陰であるやり取りがなされていた。
やり取りをしているのは、ギンガと翔の姉弟弟子コンビ。
二人は兼一が話し始めるのと同時にアイコンタクトを取り、ゆっくりギンガは兼一の右斜め後ろ、翔は左斜め後ろへ。そして配置に付くと、一切の言葉のやり取りもなく二人は一斉に動いた。

「「隙ありぃ!!」」

挟み打ちに近い形で襲い掛かる弟子二人。
ギンガは隙だらけの師の背中側から脇腹へ渾身の左。
対して、翔は勢いよく跳び上がり父の延髄に蹴りを見舞う。

『っ!?』

兼一に向き合う形で話を聞いていた面々は、突然の二人の行動に声が出ない。
だが、そんな皆の様子は一切気にせず、ギンガと翔は“今度こそ”クリーンヒット、最低でも掠る位はできるのではと“期待”する。しかし……

((とった!!))
「残念、そこじゃない」
『え! すり抜けた!?』

二人の会心同時攻撃は、何事もなかったかの様に兼一の身体をすり抜ける。
ヴィータとシグナム、そしてなのはを除く面々は信じ難い光景に驚きを露わにし、特にティアナのそれは大きかった。

「まさか、幻術!?」
「いやぁ、そんな大層なもんじゃねぇだろ」
「ああ、単に高速かつ最小限の動作で避けたからそう見えるだけだ」
(良く見えるなぁ、二人とも)

歴戦の騎士だけあり、さすがにしっかり兼一の動きを捉えている二人に、密かに感嘆のため息を漏らすなのは。彼女とて全く見えていなかったわけではないが、辛うじて影が見えた程度。
素の状態では到底目が追い付かないし、自己強化に関してはベルカの騎士には及ばないが、本来ならもう少しはっきり見えた筈だ。

ただそれも、魔法の発動が「間に合えば」の話。
キャリアの差もあって、さすがに魔法発動速度では二人に及ばない事がこの差を生んだ。

しかし、そうしている間にも事態は動く。
更なる追撃に出ようとギンガは右の回し蹴り、翔は蹴りの勢いを利用した反転し肘打ちを放つ。
だが時すでに遅かった。

「二人とも、精進が足りない…よ!!」

ダメ出しするや否や、後出しにも関わらず遥かに早く届いた豪速の中段蹴りがギンガを打った。
身体は「く」の字に折れ曲がり、そのままビルの外まで吹っ飛ばされる。

つづいて、軸足でコンクリートの床を踏み、同じ方の手を上方へ突き出す。
所謂、中国拳法における「天王托塔(てんのうたくとう)」である。
真下から突き上げられた掌打の衝撃は防御もろとも翔の身体を貫通し、小さな体は宙を舞う。

「「ぁぁっぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ!?」
「ああ、ギン姉!?」
「翔――――――――――!?」

特に二人と繋がりの強い、スバルとエリオが悲鳴を上げる。
このままだとギンガは地面まで転落、翔も頭からコンクリートの床に激突するだろう。
そんな事になれば、どちらもただでは済まない。かと言って、今から動いたのでは翔はともかくギンガの救助は間に合わないだろう。そういう意味では、ギンガは絶望的と言えた。
ただしそれも、このまま落ちるのだとすればの話だが。

「翔、受け身!」
「たああ……!!」

兼一の指示が飛ぶと同時に、それまで無防備に頭から真っ逆さまだった翔は空中で身軽に体勢を変える。
そうして、最終的には後ろ受け身を取り最悪の事態は免れた。さらに……

「ギンガはチンクチ、衝撃に備えろ!!」
「兼一さん、何を!?」
「待って、スバル。あれ」
「え?」

スバルは「チンクチ」の意味など知らないが、衝撃に備えろなど、何もするなに等しい指示だ。
この急場でそんな指示を飛ばす兼一に、一端は食ってかかろうとするスバル。
だが、続いてなのはが指し示した方向に思わず視線を向ける。

そこには、勢い余って隣のビルの窓を突き破るギンガの姿。
おそらく、ギンガを蹴り飛ばすその瞬間からこうするつもりだったのだろう。
そうでなければ、都合よくビルの窓に突っ込む事などありえまい。

また、チンクチとは筋肉と関節を締めて堅くする剛体法の事。
元より窓に蹴り込むつもりだったからこそ、あんな指示を飛ばしたのである。

とはいえ、スバルからすればそれでも開いた口が塞がらずにいた。
明確な意図があっての反撃と指示なのはわかったが、それでも正確に窓に蹴り込む技量が凄まじい。
それは他の面々も思う事だが、そうして唖然としている間にギンガが窓際まで出てくる。
そこには、強かに打ちつけた背中を摩り、蹴られた腹を抑えながらも元気なギンガの姿。
彼女も、大概タフになったものである。

「あいたたた…勘弁してくださいよ、師匠。危うく落ちる所だったじゃありませんか」
「大丈夫だよ、落ちない様に蹴り込んだんだから」
「それはそうですが…万が一という事もあるでしょうに。弟子が落ちたらどうするつもりだったのやら……」
「まぁ、手元…ならぬ足元が狂って落ちたとしたら、それはそれだしね」
「だぁもぉ、あなたはそうやってすぐ弟子の命を蔑ろにして!!」

もし、もし本当に転落しようものなら…あの兼一の事だ、ビルから飛び降りてでも助けた事だろう。
その点において、本当に危なくなれば助けてくれると言う事は疑っていない。
が、逆に言うと本当に危なくならない限り助けてくれないのも疑ってはいないギンガだった。

しかし、この点に関して何を幾ら言っても改善が見られないのも事実。
とりあえず元いたビルに戻るべく、深々と溜息をついたギンガはウイングロードを展開する。
で、戻ってきたギンガには当然ながらある質問が待っていた。

「でもギン姉、なんでいきなり不意打ちなんか……」
「え? 不意打ちはいきなりやるものよ、スバル」
「あ、いえ、多分スバルが言いたいのはそういう事じゃなくて……」
「なんで不意打ちなんかしたのか、って事じゃないんでしょうか?」
「ああ、そのこと」

スバルの言いたい事を要約したキャロの言葉を受けて、ギンガは問いかける様に兼一を見た。
それに対し、兼一はただ無言でうなずき了承の意を伝える。

「実はね、ちょっと師匠と賭けをしてて」
「賭け、ですか?」

あまり兼一やギンガのイメージにそぐわないその単語に、首をかしげるエリオ。
実際、実直で生真面目な兼一と「賭け」という単語はあまり結び付かないだろう。
まあ、それはギンガに対しても言える事だが。
ただそれも、時と場合と内容による。

「うん。どんな形でも、もし一本とる事が出来たら『とっておき』を一つ教えてくれる、って約束でね」
「え、でもそれって……」
「まぁ、実際この二ヶ月一度も成功してないんだけどね……はぁ」

今のやり取りを見てもわかる通り、成功する可能性は恐ろしく低い。
完全に不意を突いた筈なのにアレなのだから、それは誰の目にも明らかな事実。
それを口にしようとして言いづらいのか口ごもるエリオだが、苦笑するギンガも承知の上なのだろう。

しかし、これが兼一とギンガや翔の間で交わされた約束である。
二人がかりだろうが寝込みだろうが関係なく、一撃入れる、ないし掠る事ができれば合格。
その際には、一つ「とっておきの技」を教える事になっているのだ。
まぁ、普通に考えれば到底不可能な事ではあるのだが、可能性がないわけではない…らしい。

「一応ね、師匠が言うにはちゃんと隙があるらしいんだけど……」

そう言う賭けを持ちかけているのなら、恐らくは意図的に作った隙でもあるのだろう。
まぁ、この様子だとギンガにはまださっぱりわからないのだろうが。
と、そこまで言った所でギンガの瞳がギラリと光る。

「隙ありぃ!」
「甘い甘い」

どうやらまだ諦めていなかったらしく、今度は振り向き様に突きの連打を放つギンガ。
だがそれも、その悉くを左手で捌かれ失敗。
その間に、空いた右腕から放たれるなんの変哲もない正拳。
寸止めではあってもその拳圧は尋常ではなく、ギンガの体が宙に浮く。

(拳圧で、人が浮く!?)

改めて思い知らされる非常識に呻くギンガだが、すぐにそんな余裕はなくなる。
いつの間にか襟を取られ、気付いた時には既に投げられていた。
最早半ば以上思考は追いついていないが、染み着いた反射が身体を動かす。

(そうだ、受け身!)

辛うじて受け身を取るが、それでもその衝撃は凄まじく身体が動かない。
つまり、結局今回も徒労に終わったわけだ。
で、この有様を見ると先ほどの言葉の信憑性は薄まるばかり。

目まぐるしく変わる状況に感情が飽和状態に陥っているのだろう。
ギンガの事を気遣う余裕もなく、新人達は唖然とした面持ちで傍観していた。
とそこで、思わずと言った様子でスバルの口から問いが漏れる。

「ホントにあるんですか、隙」
「あるよ」

スバルの問いに当たり前の様に即答する兼一。
ただ皆からすれば、自然体かつ隙だらけで立ってるようにしか見えないわけで。

「でも、どう見たって無造作に立っているようにしか……」
「ん~、そうでもないと思うよ」

思った事をそのまま口にしていたティアナへ不意にかけられたコメント。
弾かれた様にティアナが振り向くと、そこにいたのはどこか苦笑気味の表情を浮かべたなのは。
知らず知らずの内に、ティアナはその意味を問い返していた。

「どういうことですか?」
「例えばだけど、いつ攻撃されても対応できるように心もち半身、裾に隠して微かに肘や膝も曲げてるよ。
ほら、一見棒立ちに見えるけど、良~く見れば僅かに重心が下がってるでしょ」
(わかる、スバル?)
(い、言われてみればそんな気も…する様な、しない様な……)
(当てになんないわね)
(そんなこと言われたって~……)

なのはにわかってスバルやティアナにわからない理由、それは言うまでもなく技量…観察眼の差。
如何に兼一と同じ格闘型のスバルや司令塔役のティアナとは言え、兼一やなのはからすればまだまだ尻に殻のついたヒヨッコに過ぎない。
なのは達には容易にわかっても、ティアナ達には未だ困難な課題と言わざるを得ないのだろう。

無論、ギンガもそこまでは気付いていた。
気づいてはいたが、あくまでもそこまで。
さりげなく体勢を整えている事はわかったが、どこに隙があるかまでは分からない。
故に、ヤマを張って一か八かに賭けたのだが、結果は予想通りのものだったと言うわけだ。
とそこで、今度はどこか肩を落とした様子の年少組二人が、傍らに立つ二人の副隊長に恐る恐る確認する。

「あの、シグナム副隊長達はやっぱり……」
「わかりますか? その……」
「どこに隙があったのか、か?」
「「はい」」
「まぁな。ヴィータもわかっているだろう」
「うん? ああ、てっきり誘ってんのかと思ったけどな。右の膝裏の辺りとか」
「あと狙いやすかったのは、右肩だな」

案の定、スラスラと隙の在り処を上げて行く二人。
ただ、弟子に合わせてわざと用意した分少々二人の眼にはあからさまに映ったらしく、逆に警戒されていた様だが。とはいえ、そんな事さっぱりわからない新人達は、必死になってその隙を見出そうとするもかなわない。

「そうなんですか!? 僕には全然……」
「わかる、ティア?」
「わからないわよ、悪かったわね」
「わ、わかるんですか、副隊長?」
「きゅくる~?」
「まぁ、おめぇらにはちときついかもしれねぇけどな」
「その隙を見抜くだけの眼力と、一撃入れる技量があれば合格、とこういう事なのだろう?」
「あ、はい。そう言う事ですね」

隙があるとは言え、それでもギンガの技量でそこをつくのは至難の技。
また、下手に一撃入れさせても弟子に己の腕を過信させてしまう事になる。
己の技量への過信は非常に危険。
なので、もし見抜いて攻撃してきた時にもしっかり反撃する予定なのは秘密である。
もちろん、褒美にちゃんと新技は伝授するつもりだが。

その後、とりあえずは第一回目の訓練と先の模擬戦について、兼一も交えて考察し解説し問題点や課題を指摘した後。
なんやかんやと色々一段落した所で、ある話題に話が移った。

「そういえば、結局こいつってどんなもんなんだ?」
「どんなもんってどういう事、ヴィータちゃん?」
「だからよ、達人つっても色々だろ。
あたしらが会ったばっかの頃と海鳴を出る直前の頃の恭也さん達じゃ全然違うわけだし」
「ああ、まぁそうだよね」

概ねヴィータが何を言いたいのか理解したなのはは、「なるほど」とばかりに頷く。
だが、そのやり取りに引っかかりを覚えたスバルが手を上げた。

「あの、それってどういう事でしょう?
 なんだか、達人の中でもすごく違いとかがある様に聞こえたんですけど」
「いや、実際その通りだ。一口に達人と言ってもピンキリでな、下位ならお前達でも勝ち目はあるが、上位になれば陸戦でAAA以上のベルカ式使いとも渡り合うぞ」
『AAA!?』

AAAともなれば、管理局で5%に満たないと言われる超エリート。
そんな相手と渡り合えるとなれば、新人達が改めて驚愕するのも無理はない。
陸戦Aであるギンガをあしらう姿を見てある程度理解したつもりだったが、AAA以上との間にある隔絶した差を思えば実感が薄いのも当然だった。

「なにせ、シグナムをかなり追いつめる奴が知り合いにいたからな」
「ああ。最後に手合わせをしてからもう数年経つ。
あれからさらに腕を上げているだろう事を考えると、また勝てるとは限らんな」

古代ベルカ式の使い手にして、ニアSランクのシグナムをしてここまで言わせる怪物が存在すると言う事実。
もう何度目になるかわからないが、新人達は立ち眩みの様な感覚を覚える。

「で、結局こいつどんなもんなんだ? 恭也さんと互角だったのって、5年も前の話なんだろ?」
「今も互角と考えれば我らでも勝てるかわからんという事になるが、その認識で構わんか?」
「えっとぉ…どうなの、ギンガ」
「って、私ですか!?」
「だって私も5年ぶりだし、ちゃんと兼一さんが戦う所なんてそれ以上に見てないんだよ。
 多分、今の兼一さんを一番知ってるのはギンガだから」

実際、なのはにも兼一の厳密な実よくはわからない。
強いと言う事は過去の情報などから推測できるのだが、明確な判断ができないのだ。
それは兼一の「実力より遥かに弱そうに見える」という性質も原因の一つ。
なのはとしても判断に困るので、ギンガに尋ねたのは当然だった。ただ……

「そんなの私にだってわかりませんよ。
 師匠が本気とか全力を出してる所なんて、一度も見た事がないんですから」
「まぁ、それもそうか」

何しろ、ギンガと兼一の間にある差自体が半端ではない。
寝込みを襲っても一撃掠らせる事すらできない程の実力差。
これでは、日々の組手でその実力の片鱗を垣間見る事すらできまい。
同様に、なのは達との間にも実力差があるので基準点を設けられないのだ。

「兼一さんとしてはどうですか?」
「う~ん、どうなんだろう。僕が知ってるのって、108の中だけだから」
「地上部隊でなのはさん達クラスなんてまずいませんし、やっぱり比較できませんよね」

ギンガの言う通り、地上部隊に高ランク魔導師は少ない。
高ランク魔導師のほとんどは海、本局に流れてしまう。
そのため、この2ヶ月で兼一はなのは達クラスの魔導士と戦った事がない。
故に、やはり彼自身にもはっきりした事は言えないのだった。

「となると、やっぱり直接やってみるのが手っ取り早いよなぁ」
「うん。それに、スバル達もまだ完全には信じられないだろうし、見てもらうのが一番なんだけど……」

その性格に反し、あまり好戦的ではないヴィータの呟きになのはも同意する。
この先戦力として数えるなら、ある程度の実力は知っておきたいし、スバル達新人組にも理解してもらう必要があるだろう。そうでなくても、達人という存在を知る事には意味がある。

ただ問題なのは、誰が相手をするかという点。なのはが言葉を濁していた原因もこれに尽きる。
新人達では相手にならないのは、ギンガと兼一の実力差から明白。
同時に、ギンガをぶつけてみた所であまり意味がないし、どうせならもう一段先を知りたい所。

ギンガよりも強い、どこまでギンガを封殺できてしまうのか。
それだけでもいいと言われればいいが、出来れば力の底とはいかなくても、何かしらの基準点がほしい所。
とはいえ、それが「ギンガを封殺できる」だけというのも…正直、もう少し事実をはっきりさせたいのである。
そこで、初め以降しばし沈黙を保っていたシグナムが、何かを抑えているかの様な声音で口を開く。

「ふむ、となると相手は私か。武器を持たない者とやるのは気が乗らんが…高町やヴィータより適任だろう。
他に適任者がいないのでは仕方がない。いや、本当に気が乗らんのだが……」
(バレバレな嘘つくなよな、口角がひくついてんじゃねぇか)

付き合いの長いヴィータにはわかる。
素っ気ない態度を取ろうとしているが、本心ではシグナムがさっきからウキウキしっぱなしである事が。
好戦的というかバトルマニア気質な決闘趣味の彼女からすると、兼一との模擬戦と言うのは酷く心躍るイベントであるらしい。あの恭也と渡り合った程の武人、無手かどうかなど些細なものだ。
これほど期待いっぱい夢いっぱい、遠足前日の子ども状態のシグナムなど早々お目にかかれないだろう。
具体的には、ライバルのフェイトや剣友のシスターシャッハとやる時並みである。

だが、言っている事は間違っていない。
実力や技を見るのなら中・遠距離型のなのはは論外。そして、遠近両用のヴィータと近・中距離型のシグナムなら、やはりシグナムの方が相手としては相応しかろう。
ただし、そんなシグナムの期待とやる気をなのはは華麗にスルーしてのけた。

「ヴィータちゃん、ザフィーラいる? ちょっと兼一さんの組手の相手してほしいんだけど」
「む、待て高町。だから私がやると……」
(なんのかんの言って、結局やる気満々じゃねぇか)

二つ名に恥じず闘志をメラメラ燃やすシグナムを無視し、八神家の番犬とカードを組もうとするなのは。
その真意はわからないが、とりあえず慌てた様子でなのはに待ったをかけるシグナムと、それを見て呆れるヴィータ。素っ気ない態度など既に遥か彼方、折角の面白そうな相手を逃してたまるかという様子が丸分かりだ。

しかしこれもまた、そこそこ兼一の事を知っているなのはに考えあっての事。
とはいえ、ここでシグナムと向き合うと押しきられてしまいそうなので、決して目を合わせない様にする。

「(兼一さんの主義を知られると後々大変だし、ここは丁重に聞こえないふり聞こえないふり)
で、今どこにいるかわかる?」
「ああ、アイツなら今日は日が暮れるまで外だぞ」
「え、そうなの? でもザフィーラって、あんまり外に用事とかない筈じゃなかったっけ?」

管理局内ではあえて役職を持たず、六課隊舎の留守役や隊員達の護衛が彼の役目。
にもかかわらず六課隊舎を開けると言うのは、その役目から外れるのではないか。
寡黙ながら責任感が強い彼の事なので、何かしら理由があるのだろうがその理由が思いつかないなのは。
そんな彼女に、ヴィータは少々肩を竦めながら答える。

「ほら、海鳴にいた頃からやってたアレだよアレ」
「アレ? ……ああ、アレ。まだやってたんだ」
「あれで意外と重宝するからなぁ」

ヴィータに言われ、ようやく何か思いいたったなのは。
だが、以降「アレ」としか言われないのでは何を指しているのか周りには全く分からない。
なので、仕方なくティアナが場を代表してその意味を問う。

「あの…何なんですか、そのあれって……」
「いやよ、なんつーか…近場の野良犬どもをシメに行ったんだわ」
『はい?』

ヴィータから返ってきたあまりにも肩透かしな事実、思わず間抜けな声で聞き返してしまう面々。
ザフィーラが犬、正確には狼の姿をしているのは彼女らも知っている。
しかし、だからと言って縄張り争いをしに行ってどうすると言うのだろう。
それではまごう事なきボス犬ではないか。
だが、一応ちゃんとした理由があるのだ、それもかなりしっかりとした。

「私達は『野良犬ネットワーク』って呼んでるんだけど、これが意外とバカにできないんだよねぇ」
「なぁ。野良犬なんざどこにでもいるけどよ、だからこそ思いもしねぇ情報が手に入ったりするしな」
「そうそう」
「そ、そういうものですか……」
「「そういうものなんだよ」」

名前こそバカバカしいが、その有用性は海鳴で実証済み。
基本、野良犬なんてどんな街でも数の程度はともかくいる。
そして、一々野良犬の動向など誰も気にしない。
しかし、もしその野良犬とコンタクトを取り、意思疎通ができたら。
下手に脚で調べ、人間に尋ねるより遥かに有用な情報が得られる可能性が高いのだ。
実際、海鳴にいた時は様々な事件をこの情報網から密かに解決に導いていたりする。
名前と中身がアホらしいからと言って、決して軽んじてはいけないのだ。

とはいえ、いない上にそんな理由があるのでは無理に返ってきてもらうわけにもいかない。
そうなれば、必然選択肢は一つ。

「それじゃ、仕方ないから明日お願いしようかな」
「だから、私がやるとさっきから言っているではないか!!」
「まだ言ってたのかよ、シグナム」

すっかり忘れていたが、しぶとく主張を続けるシグナム。
その根気は見事だが、彼女の願いがかなえられる事はないだろう。
何しろ、白浜兼一という男はある主義の持ち主。
それがある限り、彼女が本当に望む展開になる事はない。
その事を知っているからこそなのははシグナムを除外しているのだが、ここで張本人が余計な事を言ってくれやがった。

「あの、すみません。そのザフィーラさんって言う人の事は良く分かりませんけど…実は僕、女性は決して殴らない主義なんです」
(なんで余計な事言うんですか、兼一さ―――ん!!!)

折角知られないまま話を進め様としたなのはの努力空しく、全てを台無しにする兼一。
一応、兼一のこの主義は組手では例外扱いとなる。だが、それは決して組手なら殴ってもよいと言う事ではない。実際、美由希との組手でも極力殴らないよう配慮していた。その上、美由希に限らず兼一以上の実力者である美羽とやる時でもやり辛そうにしていたのだから筋金入りだ。
しかも、今度やるのは組手など練習ではなく、どちらかと言えば試合に近い。となれば、当然兼一の「女性は殴らない主義」は避けて通れないだろう。

で、このシグナムは「自分は女である前に騎士だ」と豪語するタイプのお方。
この手のタイプを相手に「女性は殴らない主義」などと言えば、確実に「侮辱」ととる。

「ふざけるな!!!」
(ああ、やっぱり……)

二つ名の通り烈火の如く怒るシグナムと、話がこじれた事を確信するなのは。
こうなると分かっていたからこそ、なんとか知られずにこの場をやり過ごしたかったのだ。

「貴殿は私を侮辱する気か!! この身は女である前に騎士、主の剣!
 私は侮辱には剣を以て応えるぞ! 貴殿も、女は戦うなという口か? 答えろ!!」
「あ、いえ、確かに僕は女性は殴らない主義ですけど、別に侮辱とかそういう事は……」
「それが侮辱でなくてなんだ!!」
「おいおい、どーすんだよ、あれ……」

案の定ヒートアップするシグナムにヴィータは呆れ、なのはは頭を抱える。
どうするのかなど、むしろ聞きたいのはなのはの方だった。
しかしここで、空気を読まないスバルが絶妙な言葉を挟んでくれる。

「あれ? なら、なんで兼一さんはギン姉を蹴ったんですか? 殴らないけど蹴りはありって事?」
「む、そう言えば…どういう事だ?」
「え? そんなの当たり前じゃないですか。弟子は人間じゃないですから」
『…………』

さも当然とばかりに断言する兼一に、一瞬場が凍結する。
改めて自分の境遇にガックリと肩を落とすギンガだが、この瞬間こそが好機。
一応「弟子は人間じゃない」思想を知っているなのはは、この瞬間を逃さなかった。

「あのですね、シグナムさん。兼一さんは別に、女は戦うなとか言う人じゃないんですよ」
「確かにギンガを弟子にとった以上そうなのだろうが、女だから殴らんなど侮辱ではないか!」
「う~ん、確かにシグナムさんからしたらそうなんでしょうけど……」

実際シグナムの言い分にも理があるだけに、はてさてどう説明したものか。
兼一が女を殴らない主義なのは知っているものの、だからと言って詳しく説明できるわけでもないだけに困る。
そんななのはに助け船を出したのは、意外にもその原因である兼一自身だった。

「あの、御怒りはごもっともだと思います。
ですが、なんと言われても僕は女性であるあなたを殴る事はできません」
「まだ言うか!」
「落ち着けってシグナム。とりあえず話だけは聞いてみようぜ」
「……良いだろう」

さすがに一端間を置いただけに、そうそう以前ほど燃えあがれないシグナム。
燃えきれない部分がヴィータの言の正しさを理解していたからこそ、その提案を渋々ながら承諾する。

「ほれ、続き話して見ろよ」
「ありがとうございます。えっとですね、シグナム二尉は先ほど『女である前に騎士』と仰いましたが、あなたが『女性』である事に変わりはありません。『騎士』である事と『女性』である事、どちらもあなたの一面を示す事実なんですし」
「確かに、構造的に女である以上それを否定するのはおかしな話だろう。
だが、だからと言って手を抜かれるなど承服できん」
「手を抜く気なんてありませんよ」
「なに?」

一見、前後で矛盾する様にも聞こえる兼一の言葉に、シグナムの眉が歪む。
それは他の面々にも言える事で、自然と兼一へと視線が集中した。
その中で兼一は、臆す事なく自身の本心を吐露する。

「あなたにも騎士としての矜持、ルールがあるでしょう、それと同じです。
 僕は女性を殴らないと決めました、だから殴らないだけです。幸い、柔術には殴らずに戦う技があります。ですから、もし戦う時はそれらを駆使して『全力』でお相手します。できれば戦いたくないですけど」
「……相手が自分より強くてもか?」
「はい」
「殺す気だったとしてもか?」
「実際、昔危うく殺されかけた事もありましたねぇ」
「武器を持っていたとしても、それでも殴らないと?」
「はい、それが不殺に並ぶ僕の信念の一つですから」

いっそ晴れやかな表情と言葉。
そんなものを見せられては、シグナムとしても怒りを静めないわけにはいかない。
兼一が言った様に、シグナムにも騎士としての矜持が、自らに課した掟がある。
それは他者からすれば無価値なものだろう。けれど、自分はそう生き戦うと決めた。
誰かに押し付けたりするものではないが、シグナムはそれを命をかけて遵守する。
彼らにとって、各々の信念にはそれだけの価値があるのだ。

「僕は小心な男です。女性を殴れば罪悪感から心が鈍り、ひいては力と技を鈍らせるでしょう。
 戦場で生死を分けるのはまず心。だからこそ僕は『全力で戦うため』に、女性は殴らないんです」
「……詭弁だな」
「かもしれません。でも、やっぱり僕はあなたを殴りたくありませんよ」

自分自身、困った性分だと思わないでもない。だからこそ、ついつい肩を竦めてしまう。
しかし、それでも後悔はない。女性は殴らない、その信念が間違っているとは思わないから。

ただ、名指しで殴りたくないと言われた事はやはりシグナム的にはお気に召さないらしい。
だが、そこに今まで程の勢いと熱はなく、むしろそれまでとは別の感情が混じっていた。

「…………真顔で軟弱な事を言うな、バカ者が!」
「え、ひどっ!?」
「だが、この件に関してはもう何も言わん、好きにしろ。
己の矜持に従っているのは私も同じだ。なら、人の主義に文句は言えん」
「えっと、それじゃ模擬戦は……」
「なしだ、気勢を削がれては仕方ない」
「そ、そうですか。まぁ、僕としては万が一にも傷つける心配がなくなってよかったですけど。
 女性をキズモノにしたら男として……」
「貴殿は、いったい私をなんだと思っている!」
「女性を女性として扱わないで、どうしろって言うんですか!?」
(シグナムさんが言いたいのは、そう言う事じゃないんだろうなぁ……)

何か勘違いしているらしい兼一に、胸中で呆れるなのは。
ここまで話がかみ合わないと、見ている側としてはいっそ面白く思えてしまう。
ただ、兼一としてはシグナムとの模擬戦が流れた事が重要なので、怒られてもよく分かっていない様だが。
しかし心なしか、散々女扱いされた事でシグナムの様子もおかしい様に思える。
本人も多少自覚はあるのか、本調子に戻そうと深々と息を吐いた。

「まったく、女である事を否定はせんが、とうの昔にそんな物は捨てていると言うのに、何故今更こんな扱いを……。騎士として、そして人として正しければそれでいいではないか。
いいか、貴殿の強情さに免じて見逃すが、それを忘れるな」
「はぁ…でも、何も捨てなくても。僕の師匠には女性もいますけど、別に捨ててはいませんでしたよ、意識は薄かったですけど。シグナム二尉、折角お綺麗なんですし、オシャレとかなさらないんですか?」
「衣服に関しては主…部隊長が揃えてくださるもので満足している」
「つーか、自分で買う事なんてねぇよな。ジャージとか以外は」
「別にかまわんだろう」

本人はあまり服飾やアクセサリーなどのオシャレには興味がないらしく、基本自分で選んで購入する事はない。
実際、シグナムの服は大半がはやてチョイス。他は、ほとんどシャマルかリインの選んだものだ。
本人は選ぶ気がなく、普段着る服も割と適当で頻繁にチェックが入っている。
仮に購入するとしても、全て機能性重視。まさに色気の欠片もない。

ちなみに、手持ちの大半は彼女をより「カッコよく」見せるものが多い。
他の物もあるのだが、彼女は決して着ようとしてないのだ。
シグナムは美人系だし、別にそれが間違っているわけでもないのだが……。
八神家では密かにその辺も問題になっていたりするのだが、この十年進展はない。

「かわいい服とかもですか? フリルとかのついた」
「想像するだにおぞましい。着る者が着れば引き立つだろうが、私に似合うわけなかろう。
そんな物はヴィータかリインにでも着せれば良い」
「そうですかね? シグナム二尉すごくかわいいですし、お化粧もすればもっと似合うと思うんですけど」
「ぶっ! き、貴殿、眼と頭は確かか!?」

未だかつて、「かわいい」などと評された事がないだけに動揺も激しいシグナム。
そもそも、彼女を知る者のほとんどが「優れた騎士」として接するものだから、女性扱い自体に慣れていない。
この容姿なので女性扱いを全くされないわけではないが、大抵の場合彼女を形容する言葉として「カッコイイ」「凛々しい」などの言葉が並ぶ。
これらの事からもわかる通り、シグナムはとことんなまでに「かわいい女の子」という扱いに免疫がない。
いっそ、千年を超える夜天の書とその守護騎士の歴史においても、前代未聞と言っても良い経験である。

しかし思い出してほしい。
兼一の年齢は三十路一歩手前。対して、シグナムは設定年齢上はなのは達とどっこい。
兼一からすれば、十歳も年下の十代の女の子として映るのだ。
それはまぁ、「かわいい」という単語が出ても不思議はあるまい。
良くも悪くも真っ直ぐな男なので、尚の事その言葉はストレートに突き刺さったわけだ。

「え~…でも、実際華の乙女なわけですし」
「お、乙女!?」
「色々おしゃれするのも良いと思いますよ。かわいい系だってきっと似合いますし」
「わ、私は女である前に騎士なのであって……」
「別に、女性と騎士はぶつからないでしょう。
シグナム二尉は『優れた騎士』なんでしょうけど、同時に『かわいい女の子』でもあるんですから」
「ええい、もういい! 私は失礼する!!」

不慣れなワードのラッシュに、いったいどう反応していいかわからず戦略的撤退を選択するシグナム。
だが、兼一には一体何がいけなかったかわからない。
確かに、美人に美人、カッコイイ人にカッコイイ、可愛い女の子に可愛いというのは何もおかしな事ではないだろう。程度の差はあれ誰でもやっている事だし、それは正当な評価というものだ。
そもそも、兼一からすれば実直過ぎる女の子への助言以上の感情はないわけだが。

ただ、今回は相手が悪かった。
その辺の機微がわからない事が、この男が級友に『冴えないバカ』と称された原因の一つだろう。
そして、邪念や下心がなかったからこそ、シグナムとして対応に困ったわけだ。
邪念や下心があれば、心おきなくレヴァンティンを振るえただろうに。
とはいえ、やっぱりその辺がわからない兼一はすぐ隣にいたギンガに尋ねる。

「あっ、ちょ…行っちゃった。僕、何かまずい事言ったのかな? どう思う、ギンガ?」
「知りません!」

なぜ怒鳴られたのか、亡き妻一本道の兼一にわかる筈もなく、ただただアホ面のままポカーンと口を開けている。
反対に怒鳴ったギンガはというと、シグナムが無頓着すぎた事が原因とは言え、自分でもアレほどほめちぎられた事はないから、などと言えないわけで……色々引っ込みが付かなくなってしまった。

とにもかくにも、これで兼一とザフィーラのカードが決定したのだ。
ちなみにこのカード、何もスタイルや兼一の主義を慮っただけのものではない。
隊長陣は魔導師保有制限の関係からリミッターを付けており、はやては4ランクダウンのAランク。隊長陣はだいたい2ランクダウンであり、なのはとフェイトも2.5ランクダウンのAA。S-のシグナムとAAA+のヴィータも、確実にAA以下。その関係で、AAのザフィーラは事実上現機動六課最高位の一角。
しかも、元からそのランクだった者とランクが落ちた者。無理に力を落とせば齟齬が生じる事を思えば、本調子に近い方が戦いやすいのは言うまでもない。何より、制限を受けている者と戦うとなれば兼一も戦いづらい。その挙句に相手が「女性」となれば、尚の事模擬戦の趣旨から外れてしまう。
そんな理由もあってのカードだったのだが、結局説明する機会を逸したなのははどこか寂しげだった。


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