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No.25730の一覧
[0] 【完結・改訂完了】リリカルなのはSts異伝~子連れ武人活人劇~(×史上最強の弟子ケンイチ)[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[1] BATTLE 0「翼は散りて」[やみなべ](2013/07/16 00:16)
[2] BATTLE 1「陸士108部隊」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[3] BATTLE 2「新たな家族」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[4] BATTLE 3「昼の顔、夜の顔」[やみなべ](2013/07/16 00:18)
[5] BATTLE 4「星を継ぐ者達」 [やみなべ](2013/07/16 00:18)
[6] BATTLE 5「不協和音」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[7] BATTLE 6「雛鳥の想い」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[8] BATTLE 7「一人多国籍軍、起つ」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[9] BATTLE 8「断崖への一歩」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[10] BATTLE 9「地獄巡り 入門編」[やみなべ](2013/07/16 00:21)
[11] BATTLE 10「古巣への帰還」 [やみなべ](2013/07/16 00:21)
[12] BATTLE 11「旅立ち」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[13] BATTLE 12「地獄巡り 内弟子編」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[14] BATTLE 13「誕生 史上最強の○○」[やみなべ](2013/07/16 00:24)
[15] BATTLE 14「機動六課」[やみなべ](2013/07/16 00:25)
[16] BATTLE 15「エースの疑念」[やみなべ](2013/07/16 00:26)
[17] BATTLE 16「5年越しの再会」[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[18] BATTLE 17「それぞれの事情」[やみなべ](2013/07/16 00:27)
[19] BATTLE 18「勢揃い」[やみなべ](2013/07/16 20:54)
[20] BATTLE 19「守護の拳」[やみなべ](2013/07/16 00:28)
[21] BATTLE 20「機動六課の穏やかな一日」[やみなべ](2013/07/16 00:29)
[22] BATTLE 21「初陣」[やみなべ](2013/07/16 20:53)
[23] BATTLE 22「エンブレム」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[24] BATTLE 23「武の世界」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[25] BATTLE 24「帰郷」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[26] BATTLE 25「前夜」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[27] BATTLE 26「天賦と凡庸」[やみなべ](2013/07/16 20:51)
[28] BATTLE 27「友」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[29] BATTLE 28「無拍子」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[30] BATTLE 29「悪魔、降臨す」[やみなべ](2013/07/17 21:15)
[31] BATTLE 30「羽化の時」[やみなべ](2013/07/16 00:39)
[32] BATTLE 31「嵐の後で」[やみなべ](2013/07/16 00:40)
[33] BATTLE 32「地獄巡り~道連れ編~」[やみなべ](2013/07/16 00:41)
[34] BATTLE 33「迷い子」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[35] BATTLE 34「I・S」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[36] リクエスト企画パート1「vivid編 第一話(予定)」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[37] BATTLE 35「ファースト・コンタクト」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[38] BATTLE 36「お子様散策記」[やみなべ](2013/07/16 00:44)
[39] BATTLE 37「強い奴らに会いに行け!」[やみなべ](2013/08/01 03:45)
[40] BATTLE 38「祭囃子」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[41] BATTLE 39「機動六課防衛戦」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[42] BATTLE 40「羽撃く翼」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[43] BATTLE 41「地獄巡り~組手編~」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[44] BATTLE 42「闘いの流儀」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[45] BATTLE 43「無限の欲望」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[46] BATTLE 44「奥の手」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[47] BATTLE 45「絆」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[48] BATTLE 46「受け継がれた拳」[やみなべ](2013/07/16 00:49)
[49] BATTLE 47「武人」[やみなべ](2013/07/16 20:49)
[50] BATTLE FINAL「それぞれの道へ」[やみなべ](2013/07/16 00:50)
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[25730] BATTLE 16「5年越しの再会」
Name: やみなべ◆d3754cce ID:1963cf14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/16 20:55

機動六課訓練場前の高台に並ぶ、大小4つの影。
彼らは四者四様の面持ちで、模擬戦の決着を見届けた。

序盤はほんの小手調べ。開始位置から一歩も動くことなく、なのははギンガをあしらって見せた。
だが、ギンガも意地を見せる。あの手この手を駆使して挑み、ついにはなのはをその場から動かす事に成功したのだ。
そうしてギンガの実力が明らかになるにつれ、なのはも合わせる様に徐々にギアを上げて行く。
とはいえ、終始なのはがエースの貫録を見せつける形で進んだ事に変わりはない。

結局、ギンガがなのはに与えたダメージは皆無に等しい。
最後の最後で一矢報いた形ではあったが、ダメージとしては微々たるものだろう。
そこでギンガは力尽きたのか、すぐ目の前のなのはにしなだれかかる様にその身を預けている。

こんな形で決着した模擬戦の一部始終を見ていた4人だったが、皆が一様に口を閉ざし、一言も言葉を発さない。
ある者は模擬戦の内容を吟味し、またある者は初っ端からやらかしてくれた(一応の)上司に頭を抱え、更にある者は初めての弟子と過ごしたこの2ヶ月を思い返していた。
やがて、重苦しくはないにしろ、些かの緊張感を孕んだ空気を破る様にシグナムが口を開く。

「……ふむ。正直、嬉しい誤算…と言うべきか。よもや、ギンガがあそこまでやるとはな」
「まぁな、なのはの奴も終盤は少し本気だったみてぇだし、よく食い下がった…つーか、一撃入れたとは思うけどよぉ」

詰めていた息を入れ替える様に、深い呼吸と共にシグナムは率直に感想を述べた。
ヴィータもそれ自体には異論はないようで、やや引っかかりこそあるが、シグナムの意見に同意する。
とはいえ、シグナムもその辺りが気になった様で、僅かにいぶかしむ様な視線をヴィータへと向ける。

「どうした、ギンガになにか思う所でもあるのか?」
「いや、ギンガには特にねぇよ。むしろ、よくやったって言ってもいい位だと思うし。
ただ、なのはのバカがな……」
「そうか? あれはやむを得ない部分だと思うが?」
「どこがだよ! 今回はあくまでも様子見って事になってたじゃねぇか!
 それなのにあのバカ、いきなり飛ばし過ぎだっつーの!!」

実際、今回は新人達を含めて初回の訓練という事で、諸々の確認がてらの様子見という意味合いが強かった。
概ね全員の能力は事前に把握しているが、それでもAMF環境下やガジェット相手となると勝手が違ってくる。
その辺りの差異にどう対応してくるかなどを見極めるのが、今回の訓練の主な目的だった。
だというのに、なのはは当初の予定を変更し、ギンガ相手にもっと先でやる予定だった「追い込む」系の戦い方をした。
部隊長であるはやてからも「初回くらいは程々にな」と念を押されていたのにもかかわらず、だ。

口調こそ荒っぽいが、根は優しく世話焼きなヴィータとしては色々と頭が痛いのだろう。
ただ、そんなヴィータに対しシグナムはまた意見が違うようだが。

「だが、それほど当初の目的を逸脱していたとは思えんが?」
「あのな、何を見てたらそういう風に思えるんだよ!
 物質加速は使うは、バインドに嵌めての砲撃までやるは、明らかにやり過ぎだろ!?」
「しっかり見ていたからこその感想だ。ギンガの実力が予想以上だったのは、お前も同じだろう?」
「それは、まぁ……」

シグナムの言う通り、ギンガの実力が予想以上だったのはヴィータも同じ。
だからこその「良くやったと言ってもいい」発言だ。
どちらかと言えば褒めたりするのが苦手なヴィータに、本人がいないとはいえいきなりこれを言わせるのだから、ギンガの実力がどれだけ予想を裏切ったかわかると言うものだろう。

「ならば尚の事、早急に実力の程を確かめねばならん。
 予想以上にギンガがあてになるとなれば、こちらの動き方も変わってくることだしな。
 その意味で言えば、高町の判断もそう悪くはあるまい」
「……」

納得できるがしたくない、と言わんばかりの表情でそっぽを向くヴィータ。
彼女としては、それを踏まえても尚「幾らなんでもやり過ぎだ」という思いが強いのだろう。
そんな家族に、シグナムは「やれやれ」とばかりに肩を竦めて苦笑を浮かべる。
だが、そんな二人とは対照的に、未だ無言の兼一の表情は浮かない。

(まぁ、今の段階ならこんなものかな)

胸中で漏らした弟子の闘いぶりに対する感想は、彼の人柄からすれば素っ気ないにもほどがあるものだった。
とはいえ、そこに失望や敗北に対する憤りなどといった負の感情はないし、もちろん関心が薄い訳でもない。
ただ、より大きな感情が頭の大半を占めているために、反応が薄くなってしまっているだけだ。

そもそも、なのはの噂は兼一の耳にもいくらか届いているし、ギンガからもその逸話の一部は語られた。
故に、正確な実力はわからないにしても、今のギンガの及ぶ相手ではない事は明白。
元よりこの模擬戦は、勝つ為ではなくどこまで通じるかを試す闘いとしての色合いが濃かった。

その中で兼一が特に注目していたのは、やはり一番弟子たるギンガの闘いぶり。
彼女を弟子にとって早二ヶ月。組手の相手はそのほとんどを兼一が勤め、文字通り間近でその成長を促し、見守って来た。しかしだからこそ、一歩離れてギンガの闘いを見る機会というのは多くなかった。
特に、ギンガや翔の前で己が武を初めて露見して以来、これと言ったトラブルもなく平穏そのもの。

もちろん、時に陸士108の隊員相手の模擬戦で外野に回ってのチェックもして来たが、そもそも108の中でギンガを大きく上回る実力者となると、兼一しかいない。
そのため、外野に回ってチェックすると言っても、常に同格以下の隊員達との戦いしか見る事が出来なかった。

だが、今回は違う。
今回ギンガが挑んだのは、兼一同様ギンガにとっては遥か格上の実力を持つなのはだ。
今まで自分との組手の記録映像でしか見られなかった、「格上」に挑むギンガの姿を見る貴重な機会。
同等の実力の持ち主との闘いの中でしかわからない事もあれば、格上との闘いの中でしかわからない事もある。
そこで、この機に色々と確かめておきたいと思っていた点をこと細かにチェックしての感想が「こんなもの」。
それはつまり、概ね今のギンガは兼一の予想・想定通りに成長していると言う事だ。

とはいえ、だからといって愛弟子の闘いぶりに思う事がなにもないと言う訳ではない。
むしろ兼一としては、格上相手に終始臆すことなく挑み、怯むことなく前へ前へと踏み込んで言ったギンガには、言葉にならない想いを抱いたほどだ。
ただ、それ以上に思う。果たして自分は……

「ギンガは良くやった。でも、僕はどうだったろう」

誰の耳にも届かない、すぐ隣に立つ翔ですら聞こえない程に小さな、蚊の鳴くような声で兼一は呟く。
その瞳にあるのは………深い深い底知れぬ悔恨。
かつて友は言った、「キミの負けが恩師たちにとってどれだけ重いかを知るべきだ」と。
今かつてない程、その意味が良く分かる。
なぜなら、今彼の胸を埋め尽くすその思いはあまりにも苦し過ぎた。

(ギンガは良くやった。今できる限りの事を、精一杯にやり切った。
だけど、僕は……………………怠りはしなかっただろうか。やるべき事、課すべき事、教えるべき事……僕は本当に、あの時間の中で出来る全てをやり切ったんだろうか。もっと鍛え、伝える時間はあったんじゃ……)

顔は俯き、握りしめられた拳と片が小刻みに震えていた。
歴史に「たら・れば」はない事は承知しているし、万全などこの世に存在しない事もわかっている。
だが、それでも思わずにはいられない、悔やまずにはいられない。
伝えておくべき事が、もっと教えられることがあったのではないか、と。
そうしていれば、勝てはしないまでも、ギンガが肩を震わす事はなかったのではないだろうか。

兼一を除き、この場のだれも気付いていないかもしれないが、ギンガの肩は僅かに震えている。
決して長い付き合いではないが、それでも濃密な時間を共に過ごしてきたのだ。
だからこそわかる。今弟子が肩を振るわせる、その訳が。

どんな戦いであれ、今の勝負は門派の威信と師の名誉を背負った一戦。
誰かに師事し、特定の流派を学ぶということは、背負ったものに恥じぬ戦いを常に求められるのだ。

無論、勝ち目のない勝負である事はわかっていた。
故に、負けた事はやむを得ないし、まずは一撃入れることを目標に置く事も間違ってはいない。
だが問題なのは、ギンガが一瞬とはいえそれで満足してしまった事。
それこそが、ギンガが今肩を震わせている理由だ。

目標という物は、無闇に高く設定すればいいというものではない。
己が分をわきまえずに設定された目標は、妄想も同じ。
しかし同時に、設定した目標に達した事に満足してしまえば、それ以上の発展もない。
己が為した成果に納得はしてもいいが、満足してはならない。
満たされる事なく先を目指してこそ、発展があり、進歩があり、成長がある。
その飽くなき、貪欲とも言い換えてもいい向上心の先にあるのが達人の世界。
だがギンガは、なのはに一撃入れた瞬間に満足してしまった。その先を望む事を忘れてしまった。
故にそこで緊張の糸が切れ、今こうしてなのはに支えられている。

そんな自分の心の動きをギンガも理解しているのだろう。
だからこそ、彼女は今「満足」してしまった自分を恥じている。
どの道模擬戦はあそこで終了していたろうが、それでもこの様な無様を晒すべきではなかった、と。
この様な無様を晒す事は、師の顔に泥を塗り、門派の誇りを貶めるも同然。
あるいは、そうとすら思っているのではないだろうか。
それほどまでにギンガは生真面目で義理堅く、深く師を敬愛している良い弟子だ。

だからこそ、悔しくて悔しくてたまらないのだろう。
自身の不甲斐なさが許せず、満足してしまった心の弱さを恥じている。
師は心の重要性を繰り返し説いた。そんな師の期待に応えられなかった事が、申し訳なくて仕方がない。
ましてやギンガは兼一と母、二人分の誇りを背負う身。だからこそ、その思いも人一倍強いのだろう。
そんなギンガの心の動きすら、兼一には手に取るように分かる。
そして、我が子に等しい弟子のそんな姿を見て、平静でいられる師(親)など……いる筈もなし。

(違う。恥じるべきは、悔いるべきは、謝るべきは君じゃない。
僕こそが、謝罪しなければならないんだ。君の心を傷つけてしまった、僕こそが……)

伏せられた顔は歪み、兼一は砕かんばかりの力で歯を食いしばる。
もっとしてやれることがあったのではないか。もっと弟子の事を考えてやるべきだったのではないか。
そうすれば、少なくともこうして愛弟子が己を恥じる様な事にはならなかったかもしれないのに。
教えている時は、不安はあったが同時に「これなら」という思いがあった。
だが今は「もっとああしていれば」「もっとこうしていれば」「もっと…もっと……」そんな思いが後から後から溢れて止まらない。意味はなく、既に手遅れな慙愧の念だと分かっていても…否、わかっているからこそ。

数えきれない程のものを教え与えてくれた恩師と、それを託すに足る可愛い愛弟子。
合わせる顔がないとはこの事だろう。自身の怠慢が弟子の心を傷つけてしまったのだから。
少なくとも、師匠達はこのような不手際をする事はなかったというのに。

心を千々に引き裂く程の感情の荒波が兼一を苛む。
それは今のギンガを思ってのものであり、同時に過去師達に与えていた重さを理解したからこそ。

親にならなければ、真に親の気持ちなどわからない事をこの数年で兼一は知っていた。
同様に、師とならなければ真に師の気持ちを理解することなどできない。
弟子が心身のいずれか、あるいは両方に傷を負う。
それが師にとってどれだけ重く、心を責め苛むか、兼一はそれを痛感している。
ましてやそれが、敗戦とは違う箇所に起因するとなれば尚の事。

しかし、どれほど悔い謝罪した所ですでに遅い。
ゆるぎない現実として、ギンガは己が心を恥じ傷ついている。
悔いるなら、申し訳なく思うならすべき事は別にある。
そう、かつて師達が兼一にしてくれたように。だからこそ、兼一はもう一度呟いた。

「ごめんよ、ギンガ」
「父様?」

今度の声は翔にまで届いたのか、姉弟子のずっと下から見上げていた我が子が首を傾げる。
その手は堅く兼一のズボンの裾を掴み、不安そうな面持ちだ。

翔が見ている事に気付いた兼一は、即座に体裁を取り繕い平静を装う。
相変わらず嘘は下手だが、(本意とは到底言えない)豊富な人生経験のおかげで取り繕う事は上手くなった。
翔の前であまりみっともない姿は見せられないと言うのもあるが、それだけではない。
それというのも、梁山泊を立つ前夜に秋雨からとある訓戒を聞かされていたのだ。

「兼一君。今更言うまでもない事だが、感情を深く呑み込んでこその静の武術家だ。
 心の綻びは技の乱れに繋がり、時には死に直結する。いついかなる時も、それを忘れてはいけない」
「はい。心得ています、岬越寺師匠」
「うむ。だが、これからの君は尚一層その事を心がけねばならない」
「それは、どういうことでしょう?」

過去、いったいどれほど聞かされたかわからない静の者の心得。
別にそれを聞かされる事自体はいいのだが、この念の入れようは尋常ではない。
その事に疑問を持つ兼一に対し、秋雨はゆっくりとその訳を語った。

「息子とは言え君も既に弟子を持つ身、即ち師だ。それも、これから新たな弟子を取ろうとしている。
 いいかね。師は、何があろうと弟子の前で揺れてはいけない。どれほど心が乱れ、いかなる感情の奔流が胸の内で渦巻き脳を焼こうと、決してそれを表に出してはいけない。少なくとも、弟子の前では。
 その訳は、わかるね?」
「………………弟子を、不安にさせてしまうからですか?」
「そうだ。師が動揺すれば、弟子の不安を煽ることになる。
弟子にとって、師は大地にも等しい。決して揺らがず、確固として支えてくれる地盤であらねばならない。
そんな師が揺れれば、弟子に与える影響は計り知れないだろう。無闇にそんな事をすべきではない。
この事を、良く心しておきたまえ」

だからこそ、翔やギンガの前で心を乱してはならない。
もしそんな所を見せれば、ギンガをさらに追い詰めてしまうことになるのは明白。それは翔が相手でも変わらない。幼い翔では、ついはずみでその事をしゃべってしまうかもしれないから。

故に、師は弟子に対して「弱さ」を見せるべきではない。
それでは弟子の心を苛んでしまう。弟子が傷ついている時となれば、逆効果そのもの。
もっと別の、弟子を心の重みを払拭する姿をこそ示さねばならない。
兼一は、師達の姿からそれをしっかりと学んできたではないか。

「僕は、ギンガに対して甘すぎたのかもしれない。初めての弟子だからって、少し慎重になり過ぎたみたいだ。
 バカだよね。逆鬼師匠やアパチャイさんは、こんな事で二の足を踏んだりしなかったのに」
「え?」
「何より、身を持って知っていたじゃないか。経験上、あと二段階修業のレベルを引き上げることも不可能じゃない事を。地獄の深さは倍になるけど……………まぁ、修業なんてそんな物!!」
「ぇ?」
「そう、傷心の弟子に師である僕がしてあげられる事は一つ!! 更なる修業だけだ!!」
「…………」

震える拳を強く握りしめ、兼一は決意も新たに小さく宣言した。
だが、父が口にするその内容に翔は顔を蒼くする。
無理もない。早い話が、心の傷を別の「何か」で塗りつぶそうと言うのだから。
そりゃまぁ、まともなわけがないだろう。

とはいえ、難しい所は幼い翔にわかる筈もない。
故に、翔の頭をよぎった思考は大凡以下の通りだ。
今、この人はなんと言ったのだろう? 修業のレベルを二段階引き上げる? 地獄の深さが倍? 言葉の意味はよくわからないけど、きっと凄い事だ。そんな事になったら姉さまの命が……!?
とまぁ、こんなところだろう。
しかし、実際に震えながら絞り出す様にして出て来た言葉はこれだけだった。

「そ、そんなことしたら、死んじゃうんじゃ……」
「死ぬ気でやればなんでもできる!! 不可能なんて言葉はないんだから!!」
(きっとできない!? だって、その前に死んじゃうもん!!!)

細められた父の目からうっすらと放たれる怪光線に晒され、翔の震えはピークに達した。
翔のあずかり知らぬ事ではあるが、兼一とてなんの根拠もなくそんな事を言っているのではない。
何しろ、そこは遠い昔に兼一が通り過ぎた場所。故に人体の限界など、いまさら試したり確認したりするまでもない。それらは全て、才能の欠片もない自分自身で検証済みなのだから。
もちろん、そんな事など露知らぬ翔は、父を止められるとも思っていないので姉の冥福を祈るのみ。

そうしている間にも兼一は何かを決めたらしく、再度翔を背中に乗せる。
同時に、兼一が何か言っているのを聞いていぶかしんだヴィータとシグナムが、白浜親子の方に顔を向けた。

「ったく。おい、さっきから何叫んで……」
「待てヴィータ! この男、先ほどまでと気配が……と言うか様子がおかしい!」

そこまで言った所で、突如兼一の姿が消える。
常人では、何が起こったかすらわからない程の速度での移動。
だが、歴戦の騎士である二人にはその姿を目で追う事が出来た。
反射どころの域ではないレベルで発動した身体強化の恩恵である。

「……………………………飛んだぞ、アイツ」
「いったい、何者なのだ? いや、いまはそれどころではないか…追うぞ!」
「お、おう!!」

一早く気を取り直したシグナムはそう言って飛び立つ。
続いて、その後を追う様に大急ぎでヴィータも空に身を躍らせた。

なんとか魔法の発動が間に合い、追う事の出来た影の行く先。
それは彼女達の戦友と部下達が集う、訓練場の方向だった。



BATTLE 16「5年越しの再会」



場所は変わって訓練場。
兼一達が訓練場へ向けて動き出したのからやや遅れて、なのははギンガを支えながら思案する。

(さて、ギンガには聞きたい事もあるし、早めにその辺りははっきりさせたいんだけど…ここは、落ち着いてお話できるような場所じゃないよね?)

なにしろ、訓練場の様相たるや惨憺たるもの。
幾ら陸戦シミュレーターによって構築された仮想物とは言え、それでも腰を据えて話す様な有様ではない。
イスとテーブルにティーセットなどと贅沢は言わないが、せめて気持ちが切り替えられる程度には落ち着いた場所が欲しい。
かと言って、あまり先送りにしていると、よくない事が起こりそうな予感を絶賛受信中。

経験的に、あの手の連中が関わってくると碌な事にならない。
もし、どうしても関わらなければならないのなら、少しでもダメージを減らす為にも時間が惜しい。
その辺りを吟味し、なのはは早々に「とりあえずみんながいるビルの屋上で我慢しよう」という結論で手を打つ事にする。

当然、時間が惜しいのでギンガを支えたままでの移動だ。
と思っていた矢先、それまで僅かに肩を震わせながら俯いていたギンガが、ゆっくりとなのはの方を押し返してきた。

「? ギンガ?」
「あの、ありがとうございました。もう……大丈夫ですから」
(あんまり、大丈夫そうには見えないんだけど……)

未だ俯いたまま顔を上げようとしないギンガに、なのはの中で徐々に懸念が積み上がって行く。
ギンガは最善を尽くしたと言っていいが、常に最適な行動を選択できていたかと言えば…否だ。
それを悔いているのかとも思うが、直に否定する。
常に最適な行動をとり続けることなど、土台無理な話。
ましてやそれが、自分一人だけで成立する物ならともかく、それを邪魔する敵までいるのなら尚更だ。
それがわからないギンガではあるまい。

となると、敗戦によるショックが思い浮かぶ。
だが、その線も薄い。いや、当然あるにはあるだろうが、この結果が当然の物であることは、ギンガも理解している筈だ。
そもそも、なのはは未だ大いに余力を残している。
これだけの力量差があり、それを理解しているにも関わらず、ギンガの憔悴は濃い。
おそらく、そう言ったものとは別の何かがギンガの心を苛んでいるのだろう。

なのはとしては、正直いまのギンガをあまりほったらかしにはしたくない。
出来るなら、傍について様子を見たいのが本音だ。

(でも、下手に踏み込まない方がよさそうでもあるし……)

心というのはデリケートかつ複雑な物だ。
ちょっとした刺激で思わぬ反応を起こすこともざらだし、人によってその種類もマチマチ。
故に、なのははここで強引にでもギンガを伴って飛んでいくかしばし悩む。

ただでさえ、ギンガが使ったいくつかの技術については問い質さないにはいかない。
全部が全部ではないが、いくつかはなのはにとっても見覚えがあったから。

世間で「闇の書事件」と呼ばれる一件が終結して以降、彼女は父や兄の勧めもあって家族の鍛錬を見学することが多くなった。件の事件を通して近接型への理解と知識を得て、対策を立てる必要性を肌で感じたためだ。
そんな折兄とその友人がなのはの実家で手合わせをする機会もあり、後学の為にと彼女も時間が許す限りは同席したものだ。優れた技術を持つ者同士の手合わせを見ておいて損はない、と言うことだろう。

長い間記憶の奥底にしまわれていた、薄れてしまった記憶に刻まれた技の数々。
ギンガが使った技の中には、その中で使われた技と酷似した物がある。
また、兄や姉にいくつかの教えを授けた兄の友人の師匠が見せてくれた技もあった。
これでは、気にするなという方が無理がある。
とはいえ、それにかまけてギンガの心を軽視するのもよろしくない訳で……。

そんな具合に悩むなのはだが、答えは思いの外すぐに出た。
今のギンガの様子だと余計な時間を食う可能性がある。
また、曲がりなりにも勝者が敗者に手を差し伸べ過ぎるのもよくない。
わかり切っていた結果とはいえ、それでもギンガからすればみじめな気持になるかもしれない。
そこでなのはは時間を掛けず、かつギンガの心にも配慮した方法を選択した。
なにしろこの部隊には、そういうことに長けた隊員がいる。

『キャロ? 悪いんだけど、ギンガをそっちに転送してくれる?』
『了解であります! なのはさんもご一緒しますか?』
『そうだねぇ…………じゃあ、お願いしようかな?』
『はい!!』

キャロは召喚士、つまり転送魔法のエキスパートだ。
年齢に比してまだまだ経験不足で足りない物は多いが、それでも専門家であることに違いはない。
折角だし、直接キャロの召喚魔法を体験してみるのも悪くない、という考えがあるのだろう。

やがてギンガとなのはの足元にもピンク色の魔法陣が出現する。
光は優しく二人を包み込み、徐々に光はその輝きを増す。
召喚士の肩書に恥じることなく、キャロの行使する召喚魔法が淀みなく作用している証左だろう。

(うん、座標の指定から転送までの所要時間も悪くない。
 実戦で使う事を考えるともう少し早くしたいところだけど……夜天の書には転送魔法もあったはずだし、はやてちゃんに手伝ってもらうのも良いかな?)

間もなく二人はその場から姿を消し、スバル達の待つ元いたビルの屋上に転移されることになる。
ただし、丁度それと擦れ違いになる形でとある親子連れがその場に姿を現し……

「え、なんで!?」
「父様、ギン姉さま達が消えちゃった!?」

等というやり取りをしながら、途方に暮れることになる。
なのははもちろんキャロにも一切落ち度のない事だが、あまりにも間が悪過ぎたとしか言いようがない。
そんなわけでその後しばしの間その親子は、ギンガ達の行方を求めて当てもない捜索に着手するのだった。
ついでに、右往左往する二人の様子を上空で眺めていた騎士二人は、当初の驚きもどこへやら「何やってんだ、こいつら?」とばかりに呆れていたとかいないとか。



  *  *  *  *  *



まぁ、そんな些事はどうでもいいとして。
場所を移したなのは達に、シャーリーを含む新人たちが駆け寄ってくる。

まずスバルとティアナが、続いてエリオとキャロは出会ったばかりでギンガとの付き合いなどないに等しいが、それでもギンガの事を気にかけているのは容易に知れる。
実際、スバル達に遠慮して遠巻きにではあるが、しっかりと様子を見ているわけで。

ただ、いつまでもそれではこの先の訓練や任務に支障をきたす。
この辺りは、出来る限り早く打ち解けてもらわなければ困る。
なので、なのはは丁度良いとばかりにもう一つ役目を振る事にした。

「キャロ、連続しちゃって悪いんだけど、そのままギンガの治療をお願い」
「あ、はい。でも、なのはさんでも……」
「まぁ、あんまり得意じゃないけど、全くできないわけでもないんだけどね」

昔の手痛い経験もあり、最低限の応急レベルの治癒魔法くらいならなのはも心得がある。
自分が怪我をした時もそうだが、仲間が怪我をした時に手も足も出ないのでは最悪の事態もありうる。
いつ何時でも、即座に医療班が駆け付けられるとは限らない。
本格的とは到底言えない携帯式の医療キットと専門家の足元にも及ばない知識と技術。
全てを備えることは無理でも、出来る物だけは揃えなければ。
それが、生死を分けることをなのはは身を持って知ったから……。
故に、十年来の親友にして魔法の師である金髪の少年司書長から治癒魔法の手ほどきも受けている。

ただ、今は自分が出しゃばるべきではないと言うのがなのはの考え。
そもそも、なのはは治癒魔法をそれほど得手としていない。そう言う考えもあっての人選なわけだ。

そんな言外の意図をキャロも察したのか、それ以上問う事はせずにギンガに治癒魔法を掛けに行く。
欠けて行くキャロの背中を見送りつつ、なのはは少し距離を取ってギンガと新人達の様子を見る。
どうやらギンガ本人も、妹以下年下の仲間達に心配をかけないよう努めて明るくふるまっているようだ。
ただし、それが空元気である事もなのはにはわかっているのだが。

(できるなら、もう少しそっとしておいてあげたいんだけどね……)

ギンガの表情を見れば、まだ完全に立ち直っていない事は見てとれる。
しかしなのはとしても、早めに確認しておかなければならない事があるのだ。
何の接点もない筈のギンガと彼ら。にもかかわらず、ギンガが使った技。
六課の戦技教導官として、スターズ分隊分隊長として、なにより「高町なのは」個人として。
どうしても、見過ごせない事がある。

「でも、本当にすごい試合だったよ! 前に見た時より、ギン姉も全然キレが良くなってたし!
 ティアもそう思うよね!!」
「まぁ、ね。正直、少しは追いつけたかなって思ってのに、また差を付けられた気持ちですし」
「そう、ありがとう。
でもね、スバルもティアナも前よりずっと腕を上げてるじゃない。私も負けてられないよ」
「ぁ、その……」
「なんでティアが照れてるの~?」
「うっさい!!」

二人の励ましに、はにかみながら返すギンガ。
だが、気遣いを無駄にしまいと浮かべる笑みはどこか寂しい。
それに気付いているのか、さらにエリオやキャロまで参加してくる。

「あの、ナカジマ陸曹。もしよろしければ、今度型を見てくださいませんか?」
「でも私、槍は専門外よ?」
「あ、いえ、そうなのかもしれないんですけど……でも、格闘家の方からの御意見も聞きたいんです。
 僕もナカジマ陸曹と同じベルカ式ですし、今日の模擬戦は駆け引きとかも凄く参考になりましたから!」
「あの、私もすごく勉強になりました!
 って、みなさんに教えてもらわなかったら、全然わからないくらいすごかったんですけど……」
「ふふふ、そっか。参考になったのなら良かった、ありがとね、二人とも」

ギンガの謝意に、顔を赤くして照れる年少組。
口にした言葉に偽りはないとはいえ、自分達の気遣いなど容易く見透かれてしまったのが気恥ずかしいらしい。
しかし、どうやら早速良好な関係を築けているらしい面々に、なのはは微笑ましさすら覚える。
同時に、一生懸命あれこれと励ましの言葉をかけるスバル達には申し訳なく思いながらも、彼女は動いた。

「あぁ、ちょっとごめんね」
「なのは、さん?」

ほどほどの距離まで歩み寄り声をかけるなのはと、それに首をかしげるスバル。
そんな彼女をやんわりと無言のまま手で制し、なのははギンガの瞳を見つめる。

「ギンガ、いくつか聞きたい事があるんだけど、いいかな?」

その言葉を聞き、まずギンガが思った事は「やはり」だった。
なのはは彼女の師の事を知っている。どの程度の知り合いかまではあまり詳しく知らないが、師となのははあまり深い関係ではない事だけは聞いていた。関係が深かったのは、あくまでも彼女の兄や姉との間だからと。

とはいえ、それでもなのはは彼と関係があったことに変わりはない。
なら、自身の戦いを見て何か感じるものがあったとしても不思議はないだろう。
故に、今更無理に隠そうとしても意味がないし、そもそも隠す理由がない以上拒む筈もなく。

「はい、大丈夫です」
「うん、ありがとう。
それで早速なんだけど、なんて言うか……あんまり見かけない技を使ってたよね、投げ技とか」
「あ、それ私も思いました。スバルもそうですけど、ギンガさん前はあんな技使ってませんでしたよね」
「そうなんですか、ナカジマ二士?」
「きゅくる?」

なのはの問いかけで、以前(少なくとも2ヶ月以上前に)ギンガが相棒と組手をしていた時の事を思い出すティアナ。
キャロとフリードはそれに便乗し、引き合いに出されたスバルに話を振る。
それに対し、スバルもどこか考え込んでいる様子で言葉を選ぶ。

「あ~……うん。シューティングアーツは打撃系だし…っていうか、今の格闘型の主流がそうなんだけど、魔法が使えるとああいう技ってまず使わないんだよねぇ」
「スタイルを変えたって言うことでしょうか?」
「う~ん……」

エリオの発言に対し、スバルは釈然としない様子で首をかしげる。
そもそもシューティングアーツに投げ技がない事を考えると、これを「スタイルの変更」で済ませていい物か。

(スバルやティアナも知らなかったってことは、覚えたのは本当に最近って事だよね。
 修得できたこと自体は不思議じゃないけど、付け焼刃だと普通は組み立てとかに綻びがでる。
 なのに、そんな短期間で違和感なく取り入れられてた。
とすると、ちゃんとした人からかなりのスパルタで仕込まれた筈……)

ギンガが陸戦Aを取ったのは最近の話ではない。つまり、Aランクになった後に一連の技を身に付けた事になる。
既にAクラスの格闘戦技を持っていたギンガに対し、全く別系統のスキルである投げなどを仕込むとなれば逆に大変だ。修得自体はできるだろう。だが、既にある程度形になっている中に別の物を入れるとなれば話が別。

誰しもどうせ使うなら使い慣れた道具や技を使う。
それが今まで使っていた物より練度と使いこんだ時間で劣るとなれば尚更。
しかし、ギンガは特に偏りも見せずにシューティングアーツにない技もバランス良く使って見せた。
つまり、それだけ密度の濃い練習をし、他の技に引けを取らないレベルで身に付けていると言う事だ。

(別に、独学じゃ絶対に無理、何て言う気はないけど……)

可能性としては高くない。
仮に独学だったとしても、十中八九教本となる物はあった筈だ。
一指導者として、もし教本頼りならその参考にした教本には大いに興味がある。
まあ、そういった人物と人種に心当たりは多いにあるし、十中八九こちらだとは思っているが……。

(たぶんあの人たち関連なんだろうけど……でも、どういう縁があれば知りあえるのか、全然想像がつかないよ。
ただでさえ地球で管理局と関わることなんてまずないし、武術家ってなるとなおさら……)

自分のことは一先ず棚上げにし、内心で「いやいやあり得ない…でもなぁ」と首を捻るなのは。
まあ、その気持ちは無理もない。幼い頃に一発芸的に見せてもらった「相剥斬り」を使った事を考えるとしぐれが真っ先に浮かぶが、あまりにも接点がなさすぎる。
それは「あの人種」全般に言えることで、例外は彼女の家族くらいだ。
まさかその縁で、という事はあるまい。それなら必ず、なのは自身が仲立ちとなっている筈だ。

思い当たる節はないでもないが、可能性としてはやはり薄い。
そんな二つの思考に挟まれ、半ば思考の袋小路に陥るなのは。
いや、答えはほぼわかっているも同然なのだが、途中の式がさっぱり理解できない為に頭が納得してくれないだけなのだろう。
同時に、それを自覚もしているなのはは、素直にギンガに聞いてみる事にする。

「ねぇ、ギンガ。投げもそうだけど、『劣化 相剥斬り』だっけ? あれ、どこで覚えたの?」
「あ、ああ…実は、2ヶ月ほど前からある人に師事していまし、て……」
「え、そうだったの!? それなら言ってくれればよかったのに……って、どしたのギン姉?」

なのはの問いに対し、尻すぼみに弱々しくなるギンガの返答。
当初は驚きを露わにしたスバルも、その変化に気付き不思議そうに首をかしげる。
良く見れば、ギンガの顔はあっという間に蒼白になり、肩と頬が痙攣しているかのように引くついていた。
ギンガと一名を除き、全員がその引きつった表情に疑問符を浮かべる。

しかし、ギンガを除いたもう一人。
なのはだけは、ギンガの様子が変わるのとほぼ同時に振りむく。そこには……

「あ、久しぶりなのはちゃん」

実ににこやかに片手を上げて挨拶をする、凡そ十歳は年の離れた兄の友人(つまりは知人)の姿があった。
その姿を一目見るや、なのはの顔は即座に驚愕に染まり奇声を上げる。

「にゃぁぁぁっぁぁぁあぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

新人組とシャーリーは奇声にビクリと肩を震わせ、反射的になのはへと視線を移す。
そこには、昔の口癖と共に驚異の速度でバック走をするなのはの姿。
後先考えない後退の末、壁へと強かに背中をぶつけしばし意味もなく脚を動かす。
やがてようやくその無駄を悟ったのか、今度は力なく床に腰を落とした。

その姿は、世間における「エースオブエース」の姿からはあまりにかけ離れているだろう。
実際、それなりの付き合いがあるシャーリーですら信じられない物を見るような眼でなのはを見ていた。
だが本人はそれどころではないらしく、視線の先の人物を震える指でさし、虚しく口を開閉させている。

「いやぁ、いきなり消えるから探しちゃったよぉ」
「…………………」
「でも、しばらく見ない間にすっかり大きくなったねぇ。
 それに、見違えるほど立派になって……あの小さかったなのはちゃんがって思うとちょっと感動しちゃったよ」

本当に感動しているのか、手にしたハンカチで目元をぬぐう兼一。
しかし、当のなのはからは一向に言葉らしい言葉は返ってこない。

「できればもう少し再会を喜びたいところなんだけど…ごめんね、先にうちの弟子に話があるんだ。
 積もる話はあるけど、ちょっと待っててくれないかな?」
「な、なななななななななななななな」
「父様、驚き過ぎて聞いてないみたいに見えるんだけど、気のせい?」
「え? ……………………………ま、いっか」
(いいのかなぁ?)

幽霊でも見たかのように挙動不審に陥るなのはは、当然兼一の話など碌に聞いちゃいない。
多少気が緩んでいたとはいえ、気付かぬ間に背中に立たれた驚きはもちろんある。
だがそれ以上に、あまりにも予期せぬ人物の登場に頭が混乱しているのだ。
確かに、この手の人種の存在は頭に浮かべていたが、同時に否定もしていたせいだろう。
何より彼女の認識における「白浜兼一」は、非常識の権化達の中における希少な常識人。
その彼がこんな心臓に悪い登場をした事も一因に挙げられる。

しかし、兼一がギンガに向けて一歩を踏み出すのとほぼ同時に、この場に案内してきた二人もその場に降り立った。
どうやら、ギンガ達を見失った後に二人に行方を聞いたらしい。

「おい、なのは。こいつお前の知り合いなんだろ?」
「いきなりですまんが、簡単に説明を……」
「なんで兼一さんがこんな所にいるんですかぁ!!!!」

二人の問いかけを塗り潰す形で、ようやくなのはの口から大音量で根本的な問いが発せられた。
とは言え、全く事態が呑み込めないエリオとキャロ、及びシャーリーからすれば、疑問符が溢れて止まらない状況だ。嘆かわしい事に、それに答えられるなのはとギンガは形と意味は違えど慄き、兼一はなのはのリアクションにビックリして答えてくれる様子がない。
なので、彼女達は仕方なく自分たちで手持ちの情報を突き合わせるしかないのだった。

「ええっと、あの方はどなたなんでしょうか?」
「あ、そっか。ルシエさんは寮が違いますし、初めて会うんですよね」
「? モンディアル三士はご存じなんですか?」
「えっと、男子棟の管理をしてる白浜二等陸士です」
「エリオが知ってるのは……同じ男子棟だからわかるけど、なら肩に乗ってる子はわかる?
 なんか、さっきからこっちにすんごい笑顔で手を振ってる気がするんだけど……」
「あぁ、お子さんの翔です。僕兼一さんと同室なんで、色々とお世話になってて……」
(なるほど、だからあんなにフレンドリーなんだ。
ってもしかして、フェイトさんの様子がおかしかったのって、あの人のせい?)

とりあえず、白浜親子に対する情報の少ない三人はヒソヒソとそんなやり取りをする。
ただ、エリオの表情には他の面々に対するものとは一線を画す好意の色が見られた。
フェイトに対するもの程ではないだろうが、今朝会った時の上司の様子の原因を推測するシャーリー。
同時にその手が止まる事はなく、手元の端末を操作し兼一の情報を引っ張りだす。

「……とあったあった。白浜兼一二等陸士、元はロストロギアの発動に巻き込まれてミッドに飛ばされた管理外世界出身者。一度は故郷である『第97管理外世界』に帰還するも…ああ、なのはさん達と同じ世界出身なんだ。
で、2か月前に管理局に就職。保護及び就職後の配属先は陸士108部隊、か。
じゃあ、もしかしてスバルとティアナも知り合い?」
「あ、はい」
「少し前に、ギンガさんに紹介してもらいましたので」
「そう言えば……」
「ナカジマ陸曹も陸士108部隊出身なんですよね」
「そういう事だね、部隊長はスバルのお父さんだし」
「「へぇ~」」

意外に狭い世間というものに、しきり感心するエリオとキャロ。
まぁこの辺は、ほとんどが身内や知り合いで構成されている六課の性質の様なものだろうが。

「で、年齢が…………………29歳!?」
「ず、ずいぶんとお若いんですね……」
「きゅく~……」

そして、最後に出てきた情報にシャーリーはあからさまに驚き、キャロは微妙な表情を浮かべる。
もちろん、若いと言うのは年齢ではなくその外見の事。
まあ無理もあるまい。あの外見で三十路手前というのだから、少々信じ難い若々しさだ。
親譲りの童顔もあるのだが、同時に兼一は延年益寿の心得もある。
中国拳法でも、高等な秘伝には必ず“長寿の秘訣”に繋がる練功がある以上、彼がそれを修めているのは必然だ。
とはいえ、そんな事露知らぬティアナやスバルも、その辺の感想は同じなのだが。

「まあ、それが普通の感想よね」
「うん、私も聞いた時はちょっと驚いたし……どうみても二十歳前後だよねぇ」
(((何て言うか、リンディ【統括官・さん】みたい……)))

残る三人の場合、老けない生き物と聞いてまず思い浮かぶのがこの人物だ。
まぁ、兼一の延年益寿がどの程度かは時間を置かねばわからないが、某提督には及ばないかもしれない。
だが、実をいうとその某提督ですらまだ序の口。
何しろ地球には、喜寿(77)を軽く越えていながらも二十代の艶を保つ妖怪染みた生物がいる。
もちろん、それらの事は当然皆のあずかり知らぬ事ではあるが。

「そう言えば、兼一さんとなのはさんって知り合いなのよね。すっかり忘れてたけど」
「そうなの?」
「はい、そんな事を以前言ってました」
「えっと……なのはさんのお兄さんの友達、だったっけ?」
「そういう話だったわよね、確か」

以前会った時に聞いた、兼一の意外な交友関係を思い出すティアナとスバル。
それにシャーリー以下、各々「へぇ~」という表情を浮かべる。
しかし、それがシグナムとヴィータになると話が別だ。

「なのはの兄貴って事は、恭也さんのダチかよ」
「確かに、それならあの身体能力も合点がいく。まぁそうだろうとは思っていたが、やはりマスタークラスか」

やや離れた所で5人の話に聞き耳を立てていた二人は、その内容にようやく得心がいったと頷き合う。
自身の間合いに平然と踏み込まれたことに始まり、ここにたどり着くまでに見せつけられた異常な身体能力。
それも、一切魔力の発動を感じさせずにだ。
普通ならあり得ないそれも、相手がそういう生き物なら納得がいくと言うもの。
海鳴に住み、御神の剣士というそちら側の知己を持っている彼女らだからこそ、それを割とすんなりと受け止められた。だが、その意味がわからない面々にもその声は届き、代表してシャーリーがその訳を問う。

「あのぉ、副隊長達は一体何に納得してるんでしょうか?」
「む。ああ、そうか。お前達は知らないか」
「まぁ、しゃーねーよな。普通に管理世界にいたんじゃ、まずお目にかかれない人種だしよ」
「あの、ですから何なんですか?」

勝手に納得され、完全に話に付いていけていない一同を代表し、ティアナが具体的な説明を求める。
とはいえ、聞いた所で理解できるかどうか……というのが、二人の心境だ。
しかし、だからと言って無関係でいられる状況でもなく、とりあえず話すだけ話してみるべきだろう。

「恐らく奴は、地球において『達人』と呼ばれる人間だ」
「『達人』、ですか?」
「意味はそのまんま、技を極めたっつーとんでもねぇ連中だ」
『は、はぁ……』

まぁ、こんな大雑把な説明で納得しろというのも無理な話だ。
シグナムとヴィータももちろんその事はわかっているのだが、口で説明して納得させるのも大変なのである。
なので、後で直接見せてやった方が手っ取り早いと思っているらしい。
だがそこで、突然雷に打たれた様にスバルの体が硬直し、続いて周囲を見回しながらボソリと呟く。

「…………そう言えば兼一さん、どこから来たの?」
「は? アンタ何言ってんのよ、そんなの階段を…上って……」
「でもティア、向こうに階段はないよ」

スバルの言う通り、兼一が現れた先に階段はない。あるのはビルの縁だけ。
兼一が魔法を使えない事はティアナもよく知っているし、今見ても相変わらず魔力の欠片もない。
だと言うのに、いったいどうやって表れたのか。その訳は、シグナムの口から語られた。

「先に言っておくが、私はあまり冗談は得意ではない。自慢にならんが、ユーモアのセンスにも乏しい。
もちろん意味のない嘘もつかんし、目が悪いわけでもない」
『?』
「その上で聞け。奴は……………………………ビルの壁を駆け上がった」
『はい!?』

その、あまりに非常識な、いっそ軽いホラー的な言葉に異口同音に素っ頓狂な声が上がる。
冷静さが売りのティアナですら…いや、だからこそ相貌を崩して「空いた口が塞がらない」とばかりに大口を開けて唖然としている有様だ。
そこへ、割と早めに復帰したキャロは、その言葉を自分なりに解釈する。
まあ、本当は解釈の必要すらないのだが。

「えっと、それはつまり…ロッククライミングの要領で……」
「ちげぇよ、それなら『よじ登る』だろうが。そうじゃなくて、正真正銘壁を駆け上がったんだよ、アイツ」

つまりその言葉を信じるのなら、地面に対して限りなく水平に近い角度で壁面に二本の脚だけを付けて走って登った、という事なのだろう。
実に信じ難い内容だが、シグナムとヴィータの表情に冗談や嘘の色は見られない。
その言葉通り、紛れもなく見た事実をそのまま口にしているらしい。

「ま、信じられねぇのも当然だけどよ」
「だが、それができるのが達人なのだ。
 詳しい所は、本人から直接聞くなり見せてもらうなりしろ。口で説明して納得できるものでもない」
「とりあえず、今ある常識は早めに捨てとけ。一々驚いてると疲れる上に身がもたねぇぞ」

どうも、実際にその経験があるらしく、ヴィータの声音には疲労の色が濃い。
とはいえ、表面的な兼一の情報しか知らないスバル達からすれば、兼一がそんな大層な存在なのか疑わしく思うのも無理はない。何しろ彼は、外見的にはどう見てもどこにでもいそうな普通の気弱そうな青年なのだから。
なにしろ、実際にチンピラの恫喝に足が震えている所も見たわけで……。

まあ、そんな外野の様子はあまり気にせず、兼一はギンガの前に立つ。
皆の話はなのはの耳にも届いているようだし、どうしてここにいるのかの前段階部分については知ってもらえたはずだ。
なら、先にギンガとの話に入ってしまっても問題あるまい。

「ギンガ」
「し、師匠……」

外野からは、スバルの「え!? 師匠ってどういう事!?」という声が聞こえてくるが、今のギンガに答える余裕はない。
一度はスバル達の手前押し殺した感情が顔を出し、兼一から顔を逸らす。
負けた自分が、どんな顔を向ければ良いのかわからず、師の顔を…その眼を直視できずにいた。

「……とりあえず身体の具合を見よう。どこかに異常があったら大変だ、見せてごらん」
「…………………はい」

師の言葉に従い、言われるがままに傷を見せるギンガ。
さすがに人目のある所で服を脱がせるわけにはいかないので、服の上から丁寧に触診していく。
はじめは腕や足などの末端、やがて徐々に胴や背中などの体幹へと。
兼一の手が腹や背中に触れた瞬間、僅かにギンガの身体がピクリと反応した。

しかしすぐに身体から力は抜け、優しく触れるその手のぬくもりに身を任せる。
ギンガも年頃の娘。もし相手が他人だったなら気恥ずかしい思いもしただろうが、兼一に邪念がない事は誰よりも彼女が良く知っていた。
その間ギンガは無言を貫き、兼一も特に声はかけない。
周りの面々も、どこか声をかけづらいその雰囲気に飲まれ口を閉ざす。
重い沈黙がしばし流れ、触診が終わった所でようやく兼一がその沈黙を破った。

「ふむ、脱臼に骨折、肉離れや拳を痛めた様子は見られないね。その他、靭帯と内臓にも異状なし、と。
 なのはちゃんの噂は色々聞いてたからちょっと心配してたんだけど、これなら一安心か」

五体満足でこれと言った大きな怪我のない弟子の状態に満足げにうなずく兼一。
目下最大の懸案事項の一つが解消され、その顔には僅かに安堵の色があった。

「何はともあれ、無事で何よりだ」
「…………………………………無事じゃ、ありませんよ」

弟子に向き直りその無事を喜ぶ師に対し、ギンガは俯きながら絞り出す様にして言葉を紡ぐ。
確かに身体は無事だったかもしれない。だが、心は違う。
体を鍛え、技を磨くと共に、心もまた強くなっていると思っていた。
にもかかわらず晒してしまった、心の弱さ。その事実と認識がヤバいとなって、ギンガの心に深々と突き刺さる。

師と亡き母の期待に応えられなかった。大切な弟妹に情けない姿を見せてしまった。
それが本当に、なんと言って詫びればいいかわからない程に申し訳ない。

本当は、まず真っ先に謝りたかった。
しかし、謝りたい事が胸の中で膨れ上がり、ギンガ自身で整理できていない。
故にギンガは、何から口にすればいいのかすらわからず、こんなことしか言えなかった。

「確かに、無事とは言えないか。心に大きな傷が付いているね、さぞかし疼くだろう」
「……師匠」
「うん?」
「私は、あなたの弟子にふさわしいんでしょうか? 武術に専心しない上に、こんな「やめなさい。その先を言ったら、さすがに怒るよ」…………ごめんなさい、軽率でした」

僅かに震える唇から洩れる言葉を、珍しく怒気を帯びた声音で制する兼一。
余人にはギンガが何を言おうとしていたのかは定かではない。
だが、その先を察した兼一に与えた戸惑いは小さくはなかった。

自分に相応しいとか相応しくないとか、そう言う視点で兼一はギンガを見た事はない。
強いて言うなら、師達から授かった物を託すに足る「心の持ち主」かどうかという視点があるだけ。
そもそも、兼一がギンガを弟子にと望んだのは、ある意味ギンガの人柄に惚れ込んだからだ。

だからこそ、兼一はそれ以上何かを口にする事を許さない。
自分を卑下し、蔑ろにするような言葉を弟子が口にすることは兼一にとっても悲しかった。
一度の敗北や心の緩みで弟子を見限るなどもってのほか。
その程度の事で変わる程、兼一のギンガへの評価と信頼は低くない。
愛弟子が生きて無事でいてくれる、兼一にとって今はそれで充分なのだから。

同時に弟子を思うからこそ、兼一は敢えて優しい言葉をかけようとはしない。
敗者に対する同情は虚しく、安易な慰めの言葉はかえって心を傷つける事がある。
それを知っているからこそ、無理な慰めはしない。
迂闊な言葉は、むしろ弟子を惨めにさせるだけだから。

「顔を上げなさい、そこには何もない。ただ、心の重みが増すだけだよ」
「でも、私は……」

師に、合わせる顔がない。
確かに「エースオブエース」に一撃入れるのは大きな成果だった。
だが、一瞬とはいえそれに満足してしまった事で、自信が揺らいでしまっているのだろう。
アレだけの鍛錬を経てもなお、最後の最後で心が緩み、満足してしまった。
そんな自分が、果たして武の深淵へと至る道を歩み切り、この背に追いつける日が来るのだろうか。
師の教えは疑っていない、ただそれに応え切れなかった自分を恥じている。
いっそ難儀な程に生真面目で責任感の強い性格ゆえの弊害だろう。

「ギンガ、君はこの勝負で何かを怠ったのかい?
 例えば…そう、力や技を出し惜しみしたり、負けても良いと手を抜いたのかな?」
「そんなこと、あるわけないじゃないですか!!」

真剣に、本気でいま持てる全てを注ぎこんで戦ったことに間違いはなかった。
模擬戦ということもあり、大きな危険と隣り合わせの実戦程の危機感はなかったかもしれない。
だがそれでも、師と相手に対してそんな無礼な真似をできるギンガではない。

手を抜いて、ないし手加減して勝つのはいい。それをして勝てるだけの力の差があるのなら。そう、丁度今回のなのはのように。
しかし手を抜いて負けるなど、自身の修業に全力を傾注してくれる師に対しても、戦ってくれたなのはに対しても失礼極まりない。
だからこそギンガは、思わず声を上げて否定したのだ。
ここでそんなものを持ち出すほど、彼女は堕ちてはいない。

「やり残しがないなら良いさ。武人が持てる全てを出しつくした戦いに難癖をつけるほど、無粋じゃないよ」

ギンガはあの時点における功夫と精神状態で、持てる全てを絞りつくし勝つ努力をした。
だからこそ、充分信頼に応えてくれたと兼一は思う。
心が緩んだと思うのなら、次はそんな事のない様にすればいい。

信じることと結果は別の問題。
結果が期待した通りにならなかったからと言って、それは決して裏切りではない。
もし裏切りがあるとすれば、それは為すべき努力を怠る事である事を彼は知っている。
ギンガは為すべき事を為した末に、未熟を晒したに過ぎない。
故にギンガへの失望はなく、むしろそれを恥じる事の出来る彼女を弟子にできて良かったとさえ思う。

そんな兼一の真意を汲み取ったのか、緩慢な動作ながらギンガは面を上げる。
期待に応えられなかった自分に、尚も変わらぬ期待と信頼を寄せてくれる師。
そんな彼に、これ以上情けない姿は見せられない。

「やっと顔を上げたね。おっと、まだ下げちゃいけないよ。
辛いだろうけど、自分自身から目を逸らしちゃいけない」
「どういう、意味ですか?」
「向き合う相手の瞳に映るのは自分の姿だ。同じように、他人は自分を映す鏡。
 もし、誰かを見るのが辛いと思うのなら、それは今の自分を見るのが辛いのと同じだよ。だけど、辛い時にこそ見つめなければいけない。眼を逸らせば見ずに済むけど、それじゃあ敗北感に屈した負け犬だ」

負けっぱなしの半生を送っていた兼一だからこそ、誰よりもその事をよく知っている。
敗北感は、言わば彼に取って親しい友人の様なもの。彼の半生は敗北に塗れ、まさしく負け犬そのものだった。
だからこそ、ここで眼を背けてはいけない。背け続けた結果こそが、ある時までの彼自身だったのだから。

「いいかい? 自責に、敗北感に、心の傷に打ち勝つ事。敵に勝つ前に、まずはそこからだ。
真の敵は、いついかなる時も歩みを止めそうな弱い自分であることを肝に銘じなさい」

徐々に、ギンガの眼に力強い輝きが戻り始める。
師に合わせる顔がないという気持ちは変わらない。だがそれ以上に、師をこれ以上失望させたくはなかった。
まだ自分を信じてくれる師に、自分ができることは少ない。
なら、今できる精一杯でその信頼に応えてこその一番弟子だ。
故に、ギンガは必死に心を奮い立たせ、決然と面を上げて兼一の瞳を直視する。

「もしこれが実戦だったのなら、ギンガはトドメを刺されて死んでいた。そうなれば、当然“次”もなかっただろうね。でもギンガ、君は死んだのかい?」
「……いえ」
「そう、ギンガは生きている。勝敗はどうあれ、これが全てだ。
武術家にとって真の敗北とは『死』。でも生きていれば、いつか雪辱を晴らす機会もあるだろう。
今はその時の為に、自分の弱さを、足りない物を知りなさい」

確かに最後の最後、ギンガの心は「満足」して緩んだ。
それは厳然たる事実であり、受け入れねばならない現実でもある。

しかし同時に、ギンガが生きているのもまた事実なのだ。
模擬戦だから当然? 確かにそうだが、再戦の機会がある以上これはまだ終わりではない。
終わっていないのなら、顔を上げて前に進まなければならない。
そうでなければ、本当に終わってしまうのだから。

悔いるのも反省するのも次の糧となるが、それで下を向いていては仕方がない。
むしろ、下を向いていては自責と後悔で心が折れてしまう。
辛く苦しい時にこそ、顔を上げて前を見なければならない事を兼一は知っている。
俯いてしまった結果と、顔を上げた結果、その両方を知っているのだから。

「そして、この敗北でまだまだ修業が足りない事はギンガもよく分かった筈だ。
 それを教えてくれた相手に感謝し、今度はその手で御礼をしなさい」
「…………はい。次こそは、クリーンヒットを入れて見せます! それで、いいんですよね…師匠」
「うん、その意気でいこう」

決然とした面持ちで答えるギンガに、兼一は弟子の肩に手を置いてにこやかに笑いかける。
まぁ、これで素直に終わっていればよかったのだが……兼一の肩から降りた翔が、必死の身振り手振りでギンガに危機を知らせるも、悲しい事にギンガはその事に気付かない。

「さしあたっては……」
「はい! どんな修業も恐れません」
「え? あ、そう? それならもっとゴージャスかつデンジャラスに……」

不用意な発言と共に、師の顔に浮かぶ不吉ないい笑顔と目から放たれる怪光線。
即座に命の危機を察したギンガは、平身低頭して許しを乞う。

「すみません、恐れるかもしれません、割と早めに」
「ハハハ、何てね。冗談冗談。
だけど、その意気に免じてここは一つ限界を超えるために……」
「じ、地獄の様な修業をしようと?」

ゴージャスかつデンジャラスというのは冗談らしいが、それでも頬が引きつるギンガ。
今までは「限界ギリギリ」だったが、今後は「限界を超える」と聞いて慄くのも無理はない。
この男に限って、誇張などではない事をギンガは身を持って知っているのだから。
まぁ、修業時代の兼一など「常態」として限界を越え、さらなる危険に「無茶を承知」で放り込まれていたのだから、それに比べれば今のギンガの状況はよほどマシとは言える。
つまりギンガにとっては最悪に近い現状も、兼一からすればまだまだ上があるわけだ。だからこそ、笑って弟子を追い詰めることができるのだろうが。
しかし、兼一から返ってきた言葉は思いの外優しかった、のかもしれない。

「いやいや、そんな事は考えてないよ」
(……ほっ。そうよね、今までが地獄みたいなものだったわけだし、これ以上なんて……)
「地獄の修業をするだけさ」
「えええええええええええええ!? もっとひどいじゃないですか!!」
「え、そう? 地獄の底じゃないだけマシだと思うんだけど……」
(比較対象がイヤ過ぎる……)

心底引いた表情で呻くギンガ。
確かに、「地獄の底」に比べれば「ただの地獄」の方がましかもしれない。

だがそれは、あくまでも比較した場合の話。9と10を比較すれば、確かに10の方が大きいと言うだけだ。
だからと言って、9なら問題ないと言うことでは断じてない。

「なに、人間いつかは慣れるさ。傷心の痛みを忘れるには辛い修業が一番だよ」
「もし、慣れなかったら?」
「……………………………………埋められるならどこがいい?」
「埋めるな! というか、慣れなかったら死ぬんですか!?」
「修業なんてそんなものさ。まぁ、どうしても嫌なら無理にとは言わないけど……」
(逃げたい、本音を言えばすぐにでも逃げたい! 逃げられる気はしないけど。
でも、この人の事だからホントにイヤと言えばやらせない可能性もあるし……………だけど、それでいいの?)

理由や形はどうあれ、これでも弟子を思って言ってくれていることくらいはわかっている。
過激で過酷で過剰な修業ではあるが、それでも師を疑った事はないし、今も疑ってはいない。

(逃げ出したとして、私は…………戻ってこれる?)

一度逃げて、もう一度この場所に戻ってこれる自信は…………ない。
たった一度でも逃げ出せば、心が折れて、もう二度と戻れない気がするのだ。
帰ってこれるだけの、折れた心を戻せるだけの強さがあるかわからない。
だからこそ、ギンガの出す答えは決まっていたのかもしれない。

「…………………やります。強く、なれるのなら」

ギンガの答えに、兼一は一層笑みを深める。
昔の彼であれば、一目散に逃げ出していた事だろう。
自分と違って逃げることなく受けて立つ弟子。それが嬉しくて仕方がないと見える。

ただ、果たして「逃げ出さない者」と「何度逃げ出しても戻ってくる者」。
このどちらの方がより心が強いのか、それはわからないが。

そうして、話を終えた兼一はようやくなのはの方へと顔を向ける。
その頃にはなのはも精神を立て直し、真正面から兼一を見据えていた。

「ああ、何と言いますか…………お、お久しぶりです、兼一さん。
それと、その子はもしかして……」
「ああ、そう言えばちゃんと会うのは初めてなんだよね。翔、ごあいさつ」
「う、うん。は、はじめまして、白浜翔です!」

少し戸惑い気味ながら、元気よく頭を下げて挨拶する翔。
なのはは、そんな翔を優しげに、同時にどこか寂しげに見つめる。
彼女も気付いたのだ、その瞳の色が、母親譲りのものである事に。
そう言った端的に見える母親の面影が、懐かしくも悲しいのだろう。
とはいえ、相手がしっかりあいさつしたのにそれに返さないのは礼を失する訳で。

「うん、はじめまして、高町なのはです。兼一さんには、昔から良くしてもらってるんだ。よろしくね、翔」
「は、はい!」

なのはが差し伸べた手を、翔は少しばかり恐々とした様子で握り返す。
ただ、どうにもなのはを見る翔の様子は少々緊張し過ぎている。
それが、気になると言えば気になるなのは。

「ねぇ、なんか妙にかしこまってる気がするんですけど…どうしたの?」
「あ、あの! ギン姉さまとスゥ姉さま……」
「ギン姉…はギンガの事だろうけど、スゥ姉って…もしかしてスバル?」
「あ、はい! 二人からお話は聞いてます、凄い魔導師だって!」
「そうそう、色々聞いたよ。凄い有名人じゃないか、なのはちゃん」
「あ、あははは、そう言われると…照れますね。ギンガもスバルも、どんな事話したの?」
「その、なのはさんに助けてもらった事とか、管理局のエースオブエースって事とかですけど……」
「べ、別に誇張したりはしてませんよ?」
「まぁ、いいけど……」

どうやら、そこまで「凄い」と意識されるのは気恥ずかしいらしく、少々顔を赤らめるなのは。
だが、そんななのはの気も知らず、翔は相変わらずキラキラと憧憬の眼差しを向けていた。
分野は違えど、それでも相手は一つの分野で万人から優れた人物と評価された存在だ。
子どもらしく、素直に「凄いなぁ」と思うのも当然だろう。

とはいえ、なのはとしてはやはりその視線は困るらしい。
助けを求める様に兼一に視線を向けると、彼もそれに苦笑しつつ話を逸らす。
それくらいには空気を読めるようになったのだ。

「でも、本当に久しぶりだね、なのはちゃん。ますます桃子さん似の美人になって、ご両親も鼻が高いだろう。
 まぁその分、周りが放っておかなくて心配かもしれないけど」
「あ、ありがとうございます。でも、べ、別にそんな事は……」
「そう? ところで、士郎さんや桃子さんは元気?」
「は、はい。あんまり実家には帰ってないんですけど、相変わらず新婚気分みたいです」
「そっかぁ、相変わらずなんだねぇ。でも、ちゃんと帰らないとダメだよ、みんな心配してるだろうし」
「き、気をつけます」
「ところで、お店の方は?」
「その、繁盛してますよ。確か前に『後継者がいない~』って、お母さんが愚痴ってましたけど」
「二代目候補だったなのはちゃんが、今や戦技教導官だもんねぇ」
「話が弾んでる…のかな?」
「というか、なんかなのはさんがやけに落ち着きがないんだけど……」

何か苦手意識でもあるのか、なのはの表情は引きつり気味で歯切れも悪い。なんと言うか「借りて来た猫」の様だ。
動揺から抜けだしきれていないと言うのもありうるので、あまり気にする程の事でもないが、一応理由はある。
ただし、スバルやティアナ的にはもっと別の事の方が気になるのだった。

「それになのはさん、なんか普通の女の子みたいに見えない?」
「アンタも、そう思う?」
「うん……」

憧れの人の思ってもみない姿に困惑するスバル。ティアナもそれは大差ない。
無理もないのかもしれないが、彼女達が持つなのはへのイメージには多分に誇張された部分がある。
局の内外で流れる噂などは、本来のなのはから独り歩きしている部分があるので、仕方がないと言えばそれまでだが。ただそのせいで、どうにも「素に近いなのはの姿」に驚きを隠せずにいるらしい。

しかし、どれほど祭り上げられた所で、高町なのはも一人の人間に過ぎない以上そういう面はあって当然だ。
欠点や短所、弱さを持たない人間などおらず、なのはとて例外ではない。
だが、その事に二人はまだ気付いていないのかもしれない。
あるいは、わかっていても先入観ともいうべきイメージ(偶像)がそれを阻むのか。
とはいえ、そんな二人を余所に話は進んで行く。

「そういえば、5年ぶり……って事はないよね、確か」
「あ、はい。その……美羽さんのお葬式には出られませんでしたから」

これが、なのはの歯切れの悪さの原因。早い話が、顔を合わせずらいのである。
5年前となれば、学校と掛け持ちとは言え管理局での仕事もバリバリこなしていた頃。
中には数日帰れない事もあり、丁度それがぶつかったのが美羽の葬儀の日だったのだ。

魔法と出会うよりもさらに前。
本当に普通の、無力な子どもだった頃からほのかをはじめ、兼一や美羽には世話になった。
特に美羽には手製の和菓子をふるまってもらい、かなり可愛がってもらったりしたものだ。
強く美しく、賢く気立ても良くて優しかった完璧超人の美羽は、なのはにとって憧れの女性の一人。
仕方がなかったとはいえ、そんな相手の葬儀に出られなかったのは、本当に心苦しかったのだろう。

兄達に弔辞を託しはしたが、性格的にそれでよしと出来る筈もなく。
なんとか時間を見つけて墓参りをし、位牌に線香を上げる位はできた。
だが互いに仕事を持つ者同士、時間が合わず、兼一は後からなのはが尋ねた事を母から聞いたのだ。
それ以前も、管理局の仕事が多くなるにつれて兼一達と合う機会は減っていた。
実質的な空白の時間は、やはり5年では済むまい。

「中々お墓参りもできず、こうして直接お悔やみの言葉をも伝えられなくて、本当に申し訳なくて……」
「いや、気にしないで。そうして悼んでくれるだけでも、きっと美羽さんは喜んでくれるよ。
 むしろ、妹みたいに可愛がってたなのはちゃんがそんな悲しい顔をしてたら、美羽さんも悲しむ」
「そう言ってくださると、少しだけ救われます」

兼一の言葉に、なのはは僅かに安堵する。
別に、彼の性格を考えれば何か厳しい事を言われるとは思っていないが、それでもこう言ってもらえると心が軽くなる。実際、中々墓参りもできない事は心苦しい限りだったのだ。
まあそれはそれとして、なのはとしては一つどうしても気になる事がある。

「所で兼一さん、ロストロギアに巻き込まれたってシャーリーが言ってましたけど、ホントなんですか?」
「あ~、うん、まぁ」
「なんでまたそんな物に……」

彼女も大概ではあるが、普通は管理外世界で早々魔法やロストロギアに関わるものではない。
それも、全く魔力の欠片もない兼一がとなれば尚更だ。
その意味で、なのはの疑問も当然のものだろう。

「いやぁ、実はね」
「実は?」
「あれ、長老がお守りとして翔にあげたものでさ」
「長老さんだと、普通に納得してしまえるのが凄いですね」
「だよねぇ……」

詳しい事情など一切関係なく、問答無用の説得力があるのだから凄まじい話だ。
実際、二人揃って呆れるやら感心するやら微妙な表情だ。
その後もグレアム元提督と友人だと言う話が出たのだが、驚きこそすれすんなりと受け止めるなのは。
これもまた、ある意味長老の人徳のなせる技だろう。

とはいえ、このままだと周りが置いてけぼり。
一応、一連のやり取りでそれなりに知らない仲ではない事はわかるが、それだけに過ぎない。
そこで、いい加減痺れを切らして一念発起したヴィータが動く。

「あのよ、旧交を温めてるとこ悪ぃんだが、そろそろ紹介してくれねぇか?」
「あ、ごめんね、ヴィータちゃん」
「いいからよ、あっちで混乱してる連中に事情を説明してくれ。
あたしらもたいしてわかっちゃいねぇが、多少想像がつくだけまだマシだからいいけどよ。
アイツらはそうじゃねぇだろ」

何しろ、スバル達は兼一となのはの兄が友人ということくらいしか知らない。
ましてや、達人やらギンガの師匠発言やらわからない事が多過ぎる。
ヴィータとシグナムは、まだ高町家の事や達人の事を知っているだけにマシだが、それでもわからないことだらけ。早く色々説明して欲しい事に変わりはない。

「えっと、もう分かってるかもしれないけど、こちら私のお兄ちゃんの友達の『白浜兼一』さん。
 世間では達人なんて呼ばれてる人…でいいんですよね?」

なのは自身、別にそこまで武術の世界に詳しいわけではない。
家庭の事情からそれなりに知識と理解はあるが、所詮はその程度。
なので、正確にいつ頃から兼一が達人級入りしたのかは良く分かっていない。
多分そうなんだろうと言うのはわかっているが、念の為の確認である。

「うん、まぁ一応はね」
「あの、さっきから疑問だったんですけど、何なんですか、達人って?」

疑問を口にしたのはティアナだ。
さっきから何度か出た言葉だが、ちゃんとした説明はまだ貰っていないのだから当然だろう。

「何、って聞かれると逆に困っちゃうんだけど……武術を極めた人、かな?」
「いや、ですからそれだけだと……」
「つまり、具体的にどんな事が出来るのかを知りたいのだろう?」
「その……はい」

所謂「何が疑問かすらよく分かっていない」状態のティアナの言葉を、わかりやすい形に直すシグナム。
これでもだいぶ曖昧だが、それでも一定の方向性は示された。
ならば、ある程度具体的な事を説明することもできるだろう。

「具体的に………………銃弾を避けるとか、車並の速度で走るとか、そういうの?」
『へ?』
「あとは、片手で車を持ち上げるとか、銃口を指でつまんで潰すとかもできますよね?」
「まぁ、それくらいなら」
『できるんですか!?』

あまりにも非常識な事柄に対し、驚愕を露わにする新人組とシャーリー。
シグナムやヴィータ、それに兼一を師に持つギンガなどは「そういう反応するよな」という顔をしていた。

「あの、兼一さんからは全く魔力を感じないんですけど……」
「確か、ギン姉から聞いた話だと、兼一さんはリンカーコアもないって……」
「まあ、別に不思議じゃないよ。兼一さんは武術家であって魔導師じゃないんだから、魔力がなくてもねぇ」
「達人って言う人は魔力なしでそういう事が出来るって事ですか!?」
「チビッコ、アンタもやっぱりそういう風に聞こえた?」
「それ以外にどう解釈すればいいんでしょう?」
「まあ、そうよね」

新人たちは、各々全く未知の概念である「達人」という存在に呆気にとられる。
まぁ、初めて知った達人が兼一だった事もあるのだろう。
正直、どれだけ言葉を重ねられても信じ難い思いが強い。
どこからどう見ても、白浜兼一という男にそんな様子は欠片も見受けられないのだから。

「そういや、なのは」
「なに、ヴィータちゃん」
「こいつ、なんの達人なんだ? 槍か? それとも刀か?」

無理もないのかもしれないが、ヴィータ達の知る達人は高町家の関係者だけである。
故に、真っ先に思い浮かんだのが武器使いでも仕方がないだろう。

「ううん。というか、兼一さんは武器系じゃないし」
「まぁ、そうじゃなきゃギンガが弟子なのはおかしいよな。って事は、晶さんと同じ格闘系か。
で、何やってるんだ、お前?」
「ええっと、空手と柔術とムエタイと中国拳法を嗜んでます」
「……………………で、どれがメインなんだ?」
「あ、いえ、一応全部なんですよね、これが」
「……………………………………………マジなのか?」
「うん。信じられないのはわかるんだけど、本当」

胡乱気なヴィータの問いに、なのはは苦笑いを浮かべながら首肯する。
普通に考えれば、確かに疑いたくなるような事実だ。
しかし、幾ら疑った所で事実は変わらない。
実際問題として、白浜兼一がそれらの達人である事は事実なのだから。

「でも、こうして考えてみると、ギンガは幸せだよねぇ」
「高町、それはどう言う事だ?」
「えっとですね、今言った通り兼一さんはいくつもの武術の達人です」
「まあ、確かにその時点で破格だとは思うが……」

シグナム達は知らないし、なのはも詳しくは知らないが、兼一の師は誰も彼もが真の達人ばかり。
その豪華さは、「これだけの達人に一度に教わるなど、一国の王ですら不可能」と言われる程。
逆に言えば、それだけの面々から教わった兼一から教われると言うのも、それに匹敵する幸運という事も出来る。

「でも、それだけじゃないんですよね」
「……というと?」
「シグナムさん、新白連合って知ってます?」
「海鳴にいた頃に名前くらいは聞いた事があるが、それがどうした?」
「兼一さん、元はそこの一員なんです」
「「なに!?」」

多少なり新白連合の名は知っていたらしく、シグナムとヴィータの驚きは大きい。
管理外世界の一企業の事など他の面々にはわからないだろうが、5年前はまだ八神家一同も海鳴にいた。
故に、丁度名が広まり始めたその存在を知っていてもおかしくはない。
あの当時からそれなりに世を賑せていた企業の人間。武術とは一見関係なさそうだが、驚きがある事に違いはない。まぁ、やはりこの点に関してもなのはは詳しくないので、「一員」という事くらいしか知らないわけだが。
つまり、早い話がなのはの持つ武術界の知識は非常に中途半端なのだ。仕方のない事ではあるけれど。

「美羽さんが亡くなってスグにやめたって、お兄ちゃんに聞きましたから」
「でもよ、なんで達人がんな企業に属してたんだ? もっと他にいい場所があるだろ」
「待て、ヴィータ。確か、新白連合は格闘団体か何かではなかったか?」
「あん? そうだっけか?」
「うむ、私もうろ覚えなのだが……」
「ええ、そうですよ。一応連合は武術関係の組織ですから」

シグナムの曖昧な記憶を補強する兼一。
ただし、あまり事を大きくしたくないのか、ナンバー2であったことなどは口にしない。
奥ゆかしいと言うよりは、単に尻ごみしているだけだろうが。

(なるほどな、そういう事なら達人が所属していたのもうなずける。
 武術系の組織という事なら、十中八九幹部クラスか。しかし、だとすると……)
「けどよ、それとギンガと何の関係があるんだ?」
「いや。というか、そもそもなぜやめたのだ? やめていなければ、地位や権力、それに金銭…は武人の貴殿からすれば興味が薄いかも知れんが、やめる理由にはなるまい。
 何か、袂を分かつような事でもあったのか?」
「いえ、そんな事は別に。ちょっとした、一身上の都合です」
(……まぁ、あまり詮索することでもないか)

兼一の言葉と表情から、あまり話したくないというニュアンスをくみ取ったのか。
この点に関しては、シグナムもそれ以上の詮索はしない。

「しかし、達人級の武を修めた貴殿であれば、各方面から引く手数多だったのでは?」
「まあ、分不相応ながら」
「それなのにわざわざ局の二等陸士に身をやつしてまでギンガを弟子に、か。
 なるほど、確かにギンガは幸せ者だ」

シグナムは兼一の言から、あらゆる勧誘を蹴ってギンガを弟子にするべく局入りしたと判断し、微笑を浮かべる。
概ねその判断に間違いはないので、兼一も特に何も言わない。
あらゆる世俗の栄誉と富を振り払い、異界の組織の下っ端になってまで弟子にと望まれたのだ。
それは確かに、幸せ者と言えるだろう。

「ところで、恭也の友だったのだろう? 勝率はどれくらいだったのだ」
「5年前まででしたら五分くらいですかね。妻が逝ってからは、手合わせはしていませんけど……」
(なぁ、シグナム)
(何だ?)
(どうも話を聞いてるとよ、5年前からその方面と離れた様な感じなんだけど、どう思う?)
(確かにその様だが、詮索するだけ野暮というものだろう)
(まあ、後ろ暗い事があるわけでもねぇならそうだろうけどよ)

念話で密談する二人だが、シグナムはあまりこの事を突っ込む気はない。
別に犯罪でもないのなら無理に聞く気はない。
ヴィータもそれに気付いたらしく、それ以上問いかけることはしなかった。

「恭也と互角、か。それほどの武人とは露知らず、失礼した。
 今までお会いできなかったのは残念だが……」
「あの、シグナムさん?」
「なんだ、高町」
「あのですね、多分会った事ありますよ、前に」
「なに?」
「そうなのか?」
「うん。兼一さん、お兄ちゃんと忍さんの結婚式にも出てくれたし」

てっきりこれまで会った事がないと思っていたらしいが、よくよく考えてみればこれは当然だろう。
兼一と恭也達がそれなりに親しくしていた以上、結婚式に招待されても不思議はない。
なら、その場でシグナム達と会っていた可能性はあって当然だ。
なのはもその証拠を探すべく、デジタル化した写真を引っ張りだし検索する。

「ええと…………あった! これこれ」
「うん? どこだよ?」
「ほら、ここ」

呼びだされたのは、結婚式の中で撮影されたと思しき写真。
ここに映っていれば、間違いなく一度は顔を合わせていた証明になる。
なのはが示すそれには、複数の人物が映っている。そして、その一人は……

「ふむ、確かにいるな。しかし、なぜ今の今まで忘れていたのか……」

過去に会った事があるにもかかわらず、全く記憶にとどめていなかった事をいぶかしむシグナム。
だがそれも、ヴィータの言葉によって得心へと変わる。

「あ? そんなの………………周りが濃すぎるからだろ」

ヴィータが示すのは、兼一の周りに映る面々。
そこには、個性の塊としか言いようのない連中の姿。
早い話、兼一の師匠達の姿がくっきりと映っていたのである。

「こんな連中と一緒にいたんだ、そりゃ覚えてねぇだろ。地味だし」
「はぐっ!?」
「む、そうだな、思い出してきたぞ。あの日、やけに目立つ上に凄まじい気を放つ連中がいたな。
 すっかりそちらに目がいっていたせいで、気付かなかったのか」
「ぐふぁ!?」

正直な、そうであるが故に無慈悲な言葉の数々。
誰とは言わないが、その言葉に多大な精神的ダメージを受けている男が一人いた。

「け、兼一さ―――――――――ん! どうしたんですか―――――――――――!?」
「し、師匠――――――――――――!? しっかりしてくださ―――――――い!!」
「父様―――――――――――!?」
「いいんだ、いいんだ。どうせ僕は地味だよ、没個性だよ、弱そうですよ~だ」

灰色の床に体を横たえ、コンクリートの床にグリグリと指を押し当てる兼一。
さりげなく指がめり込んでいるのだが、彼の放つ鬱なオーラがそれを覆い隠す。
仕方がない事とは言え、さすがに師匠達に個性ではかなわない。

その後、すっかり凹んでしまった兼一を励ますのにいくばくかの時間を要するのだった。
もちろんその間、新人組などがすっかり置いてけぼりを食ったのは、言うまでもない。






あとがき

はぁ、ようやくなのはとご対面でございます。
ただ実をいうと、ここでやりたい事の半分ちょいくらいしかできていない不思議。全部入れるとなるとかなり長くなりそうですし、そもそも収まり切らない可能性があるのでここで一端区切りました。
なので、次回はこの続きになります。つまり、はじめの事件とかはまだもうしばらく先になりますね。
実際、まだなのは達にとって兼一の実力は未知数ですし、次に進む為に踏まなければならない段階も残っていますから。
とはいえ、つくづく話が進まない。端折っていい部分でもないので仕方ないと言えばそうなんですけどね。
まあ、気長にお付き合いくだされば幸いです。
あと、残念だったのはあんまり兼一に良い事を言わせられなかった事ですかね。それどころか、大分苦しい展開かもと、ちょっと反省。もう少し良い事を言わせるなり、上手い展開に持って行けられればよかったんですけど……。

ちなみに、ヴィータが恭也とかに対して「さん」付けなのは、サウンドステージを聞く限りではすずかとかには敬語を使ってますし、ならおかしくもないのではないかと思ったからですね。
あと、タイトルが「5年」なのは作中内での年度が変わったからです。六課に来る前は年中だった翔も、今や年長。次の年には初等部1年になりますからね。


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