白浜親子が機動六課の寮に入って一週間。
今日ついに、遺失物管理部機動六課は正式稼働の日を迎える。
……のだが、寮の施設管理が仕事の兼一からすれば、関係あるのかないのか微妙なところだが……。
何しろ、正式稼働する前とした後で、特別仕事内容が変化するわけでもないのだから。
ただし、だからと言って一日の流れが全然全く変わらないと言うわけでもない。
例えばそう、正式稼働に合わせて遅れて異動してきた弟子の指導とか……。
「清々しい気持ちのいい朝だ、空気もおいしい。そうは思わないかい、翔、ギンガ」
「ゼーハー…ゼーハー……そ、そうですね。
このマスクさえなければ、爽やかな空気を肺一杯に吸い込めるんですけど……」
「父様~、このマスクとっちゃダメ?」
早朝恒例となった、地蔵を担いでのジョギングの名を借りた全力疾走。
ギンガに至っては優に十キロを超える距離を走らされた結果、二人はすでに息も絶え絶えの有様。
その上、頭に酸素が回り切っていないのか、二人の頭は揃って朦朧としている始末。
にもかかわらず、返ってきた答えは無情の一言に尽きる。
「ダメ。これも修行だ、頑張ろう」
((どうしてこの人【父様】は平気なんだろう?))
二人が心中でそんな事を呟くのも無理はない。
なにしろ兼一は、巨大な仁王像を背負った上でギンガを軽く十周以上は周回遅れにしている。
まあ、十を越えたあたりでギンガも数えるのをやめてしまったので、正確な数は不明だが。
それはともかく、それだけ走ったくせにその息が切れる様子はない。
それどころか、額に僅かに汗を浮かべるだけで疲れた素振りも見られない。
もしこの場に誰かいても、兼一の事しか見ていなければ軽い運動をした程度にしか思わないだろう。
兼一に限れば、本当に文字通り「爽やかな朝」としか表現のしようがないほどなのだから。
「と、確かギンガはこれからホールに集まるんだったよね」
「あ、はい。八神部隊長が挨拶をすると聞いてますけど……」
「そっか、時間もそうないし初日から遅刻は不味いね。
翔は柔軟、ギンガは硬功夫の後に少し歩いて終わりにしよう」
(絶対少しじゃないのよね、この人の場合。早くしないと、本当に遅刻しちゃう……)
兼一に正式に弟子入りして早二ヶ月。いい加減、その傾向と言うかパターンはわかってきた。
一言で表すのなら、万事全てにおいて「限界ギリギリ」なのである。
兼一自身、過去の経験から人体の限界を知りつくしている上に、幸か不幸か、ギンガの身体は常人以上に頑強だ。
普通ならとっくに壊れていてもおかしくない特訓も、ギンガなら耐えられてしまう。
才能と素質に恵まれていると言うのも、こうなってくると考えものだろう。
まあ、それはともかく。
「まとも」の対極とも言える修業を乗り越えてきた兼一がさせる事が、常識的である筈もなし。
翔は例によって例の如く、兼一発案の下108で製作された柔軟器具で各関節をありえない方向に曲げられている真っ最中。そして、ギンガの場合はと言うと……
(くぅ、ただでさえ重いのに…こう揺らされたら……!)
「ほらほら、身体がぶれてるよ。膝を使って上下左右の揺れをちゃんと吸収する」
「は、はい!」
小型の地蔵を抱えた兼一を肩に乗せ、中腰のままゆっくりゆっくりと進んで行く。
それも、ギンガの足の下には鈍い銀色を放つ小振りの球体。それが左右の足に一つずつで計二つ。
よくもまぁ、こんな物の上に乗っていられる物だ。
それも、足の裏で器用に転がしながら進んでいるのだから、相当なものだろう。
その間兼一はと言うと、ギンガの上で地蔵でお手玉をしている真っ最中。
肩の上でそんな事をされれば、普通は盛大に上半身が揺れそうなものだが、ギンガのそれは恐ろしく小さい。
柔らかく全身、特に膝を使うことでクッションとし、振動を逃がしているのだ。
そうすることで、耐震工事を施された建築物の如く、身体の揺れを最小限にとどめている。
(うん、だいぶ揺れなくなってきた。
これなら、ローラーブーツを使ってもそんなに重心はぶれないだろうし、そこそこの相手にはいけそうかな)
重心が安定すれば、それだけ大地…即ち足場を捉える力が増す。
それは転じて、震脚によって得た力を蹴りや突きに乗せやすくなることを意味する。
また、バランスを崩す事も減って行くだろう。
特にギンガの場合、ローラーブーツを使う性質上、普通に立っているよりバランス面で難がある。
その辺りを懸念して課した訓練だったが、予定よりも修業の進みが早い。
そんな弟子の成長に、声には出さず喜ぶ兼一。
この二ヶ月、教えられる限りの事は教えてきたつもりだ。
それが今、こうして形になってきているのだから嬉しくない筈がない。
その後、朝のメニューを終えたギンガは汗を流し身支度を整えるべく一端自室に戻る。
白浜親子もそれに倣い自室に戻ると、そこには顔を洗い終えたばかりの同居人の姿があった。
「あ、起きてたんだ。おはようエリオ君」
「おはよう、兄さま!」
首にタオルをかけ、寝間着姿で出迎えるエリオ。
そんな彼に、翔は駆け足で駆け寄るとおもむろに飛びついた。
「っと。おはよう、翔! それに、兼一さんも」
抱きついてきた小さな体を受け止め、ゆっくりとおろしながら挨拶を返す。
初めて会った時の堅さはすでになく、好意的な視線を向けている。
「今日も走ってきたんですか?」
「うん、隊舎の周りをちょっとね」
「起こしてくれれば僕も行くのに……」
「ごめんごめん」
少し不貞腐れた様な表情を浮かべるエリオに対し、兼一は苦笑しながら軽く頭を下げる。
過去の事もあってかどこか遠慮しがちで「甘える」事が苦手なエリオだが、兼一にはこうした表情を見せるようになってきていた。
それというのも、眼の前で父に甘える翔の姿に無意識のうちに触発された影響だろう。
彼とてまだ十歳。どんな過去を持っていようと、まだ子どもであることに違いはない。
甘えられる大人、と言う存在がいるに越したことはない。
「じゃあ、明日は兄さまも走る?」
「え、いいん…でしょうか?」
(う~ん、まあそれくらいなら大丈夫かな)
慣れていないエリオだと、兼一達のノリにはついていけない可能性が高い。
しかしそれも、走るだけならペースと距離を調整してやればなんとでもなる。
別に、何か後ろ暗い事をやっているわけでもないのだから。
そうして、正式な保護者のあずかり知らぬ所でエリオは禁断の世界に片足をつっこんだのだった。
BATTLE 14「機動六課」
涙にぬれるつぶらな瞳、不安そうな幼い表情。
どちらも、一目見れば誰もが罪悪感から挫けてしまいそうな幼子の武器。
それを無自覚ながらも巧みに使い、翔はエリオを上目遣いに見上げていた。
「行っちゃうの、兄さま?」
「うっ!?」
そのあまりの攻撃力に、エリオの決心が揺らぐ。
それはさながら、鋭い槍で心臓を貫かれたかの如き衝撃。
同時に内心では「そういえば昔、フェイトさんが帰る時に泣きそうになってたらフェイトさんまで泣きそうになってたけど、それってこういうことだったのか」とかつての自分に重ねていたりしたのだが、それは余談だろう。
「ほら翔、エリオ君もこれから仕事なんだから無理を言わない」
「……はぁい」
兼一に注意され、ションボリとうなだれる翔。
それにますます心を揺さぶられ、心中穏やかではいられないエリオだが、兼一の言う通りこれから仕事。
まさか、初日からサボるわけにはいかないし、そもそも生真面目な彼に「サボる」と言う発想自体がない。
故に、断腸の思いで翔の眼を振り切ろうとするが…………出来ずに口からはこんな言葉が漏れていた。
「えっと…………ほら、戻ったら遊ぼう、ね?」
「でも、兄さま明日もお仕事あるんでしょ?」
「少しくらいなら大丈夫だよ。あ、あんまり遅くまではダメだけど……」
「うん♪」
一度は遠慮がちに尋ねた翔だったが、結局は満面の笑顔を浮かべる。
それに釣られてエリオも笑い、その手は自然と翔の柔らかな黒髪を撫でていた。
「ごめんね、エリオ君。いつも翔の我儘に付き合わせちゃって……」
「あ、そんな事は全然」
苦笑を浮かべながら謝る兼一に対し、エリオは嫌な顔一つ浮かべずに首を振る。
彼にとっても、今までにあまり経験のないこの交流は新鮮で心地よい物なのだろう。
そうして今度こそ、エリオは二人に背を向けて隊舎へと駆けだした。
「それじゃ、行ってきます!」
「はい、行ってらっしゃい」
「うん! 行ってらっしゃい兄さま!」
翔は大げさなまでの身ぶりで手を振り、妙に似合うエプロン姿で箒を片手に兼一も小さく手を振っていた。
徐々に小さくなっていくその背を見送った二人は、そのまま玄関先の掃除を始める。
とはいえ、エリオが出て行ったことからも分かる通り、今は丁度出勤時間。
寮からは次々と人が現れ、皆一様に隊舎へと向かって出て行く。まぁ、当然と言えば当然だが。
兼一と翔はそんな面々を送り出していくわけだが、そこで見知った顔がやってきた。
「あ、ヴァイス君、おはよう」
「オッス、朝から精が出るじゃねぇか」
上着を肩にかけ、ネクタイを結びながら出てきたのは隣部屋の住人。
階級ではだいぶ彼の方が上なのだが、年が近い事や彼の人となりもあってすっかり打ち解けている。
ただし、それはあくまでも兼一との関係に限った話。相手が翔になると……
「ようチビ助、相変わらず親父にべったりだよなぁ、お前」
ヴァイスの言葉に一瞬表情を凍らせる翔。
だがそれも、返される翔の言葉でヴァイスもまた凍りつく。
「おはようございます、ヴァイス“おじさま”」
「………………」
頬ひきつらせ、眉を震わせるヴァイス。
深く深く息をつき、彼は翔の頭に両手を伸ばしてこう言った。
「良し。『お兄さん』だっつってんだろうが、このガキ!! 俺はまだ二十代だ!!」
「あいだだだだだだだ!!?? や、やめてよ“おじさま”」
「お兄さんだ―――――――――――!!!」
「仲いいよねぇ、二人とも」
両手を握りこみ、翔のこめかみに当てがって強くグリグリと押し込むヴァイスとそれに苦悶の声を挙げる翔。
しかし、全く懲りていないようで尚も「おじさま」と言っているが。
そんな二人を、兼一はとても微笑ましそうに見守るのであった。
* * * * *
その後、隊舎に出勤していく寮の面々を見送った兼一と翔は、玄関前の掃除を終え、今は花壇の花に水やりをしている。
今頃は、隊舎で部隊長の挨拶でも行われているか、あるいはもう終わってそれぞれの部署に異動しているかもしれない。余談だが、なのははだいぶ先に出てしまったらしく、鉢合わせすることはなかった。
なぜ兼一がそれに出席していないかと言えば、単純にやる事があるからだ。
部隊長の挨拶は確かに重要だが、何も全隊員が出なければいかないわけではない。
というか、全員が一ヶ所に集まっては業務に支障をきたす。
なので、前線メンバーを除くほぼすべての部署で何人かは通常業務を続けており、兼一はその一人という事だ。
で、彼は今何を考えているかと言うと……。
「う~ん、やっぱりどうせなら一年通して何かしら咲いている方がいいよね。
こっちの花の事はまだ良く分からないし、何を植えるかちゃんと調べて計画を立てないと」
などと言う事を、ぼんやりとホースで水をまきながら考えている。
前の職の事もあり、六課内の花壇はほぼ全て兼一の担当。そういう意味では責任重大なのだ。
その間翔は何をしているかと言えば、ジョウロを手にちょこまか動きながら水やりに参加している。
父の影響もあってか土いじり草いじりを好む翔、あまりにも好き過ぎて人間を相手にする様に話しかけるほどだ。
翔の様子を見るに何やら返事の様なものも返ってきているようだが、気のせいだろう。
アパチャイじゃあるまいに、動物ではなく植物と話せるとは思えない。
しかしそこで、突然翔が立ちあがり驚いた様子で兼一の背後を指差す。
「父様! なに、あれなに?」
「ん?」
翔が示すものを確認すべく振り返ると、そこには妙なものがあった。
先ほどまでは海といくつかの六角形が組み合わされた浮島があっただけの場所。
だが今そこには、対岸と同じような近代的なビル群が出現している。
もちろん、兼一にそれがなんであるかなどわからない。
「お~、なんだろうね、あれ?」
「父様にもわからない?」
「う~ん、こっちの技術はすごいからねぇ。アレも魔法なのかな?」
「ふえ~、魔法ってすごいんだねぇ」
「凄いねぇ(でも、なんかリアリティにかけると言うか……立体映像って奴なのかな?
あれ、でも確か、ティアナちゃんが幻術って言う魔法を使うって言ってたし、そっちかな?
まあ、どっちでもいっか)」
どうも、兼一の中では良く分からないすごい技術は全てとりあえず「魔法」と考える事にされているらしい。
まあ、魔法だろうが科学技術だろうが、どちらでもいいと言えばいいのだが。
それよりも、兼一的にはもっと重要な事がある。
「う~ん、良く分からないけど、今度使わせてもらいたいねぇ、アレ」
「何に使うの?」
「修業」
「あぅ…………えっと、どんなことするの?」
「聞きたい?」
「いい!!」
首をかしげながら問う父に対し、翔は全身全霊を持って首を振る。
どうせ聞いたところで今不幸になるだけ。何を言った所でいずれは訪れる結末なら、今だけでも心安らかに。
翔の中の動物的本能が、その救い難い事実を告げていた。
とそこで、兼一の望遠鏡も真っ青な双眸が何かを捉える。
「あ、ギンガだ」
「え、姉さま!? 父様、どこに姉さまがいるの!!」
「ほらあそこ、あの街の方に向かってる橋の上。
ああ、スバルちゃんにティアナちゃん、エリオ君も一緒だね」
「う~ん、どこ? 全然見えない」
「まだまだ修行が足りないねぇ」
(そういう問題なのかな?)
「そういう問題なんだよ」
「っ!?」
「あ、そういう顔してたからそうじゃないかなぁと思ったけど正解みたいだね」
(そ、そっか、別に心を読めるわけじゃないんだ)
「読めないよ、全然」
(読めない、よね?)
段々本当はどちらなのかわからなくなってきた。
しかし兼一は、悩み困っている息子に悪戯っぽい笑みを向けながら、少々考える。
(う~ん、ちょっと見に行ってみようかな?
さすがにビルが邪魔でここからだと良く見えないし)
あの様子からすると、あそこで訓練をするのは明白。
ならば師として、弟子の様子を確認しておきたい所。
また、聞くところによれば、フォワード達の指導は“あの”なのはがやると聞いている。
友人兼ライバルの妹であり、知り合って十年になる少女。
最後に会ったのは四年以上前だし、その成長も含めて気になる所だ。
(雑誌で見たけど、ホントに美人になってたもんなぁなのはちゃん。
まぁ、桃子さん似って事を考えると順当と言う気もするけど……)
また、なのははギリギリまで寮には入らなかったので、忙しかった事もあってまだ会っていない
ゲンヤからは『面白そうだ、気付くまで黙っとけ』と言われてるが、さすがにそれはどうか……。
だがそこで、何気なく視線を横に向けると何ともデコボコな二人組を発見した。
(アレって、確かシグナム二尉とヴィータ三尉。あんな所でなにしてるんだろう?)
兼一達がいる所よりもいくらか高い場所、そこにはスターズとライトニングの両副隊長の姿。
部下の様子を見に来ているのは状況的に間違いないが、あそこからでも街の中の様子は見えない筈。
「う~ん……よし、ちょっと見に行ってみよう」
「どうしたの、父様?」
「翔、背中に乗って。ちょっと………跳ぶよ」
「あ、うん。でも、どこにいくの? あのビルの上?」
「それも良いけど、もしかしたらもっと見やすい場所があるかもね」
「?」
翔の問いに意味深な答えを返す兼一の表情は、どこか楽しげだ。
翔は良く分からないまま父の背中にしがみつく。
経験上、全力でしがみついていないと振り落とされてしまう事を知っているのだ。
そして先の宣言通り、翔がしっかりと抱きついたのを確認した後…………兼一は跳ねた。
場所は変わって、機動六課訓練場前の高台。
空中に投影したモニターを見ながら、シグナムとヴィータは新人たちを見守っていた。
「あーもう、そうじゃねぇって!! そこはもっと……!!」
「落ち着けヴィータ、ここで叫んでも聞こえはしない」
「でもよぉ……だぁ、まぁた危なっかしい事しやがって! もうちょいでいいから周りをよく見ろ!!」
まるでスポーツ中継…それも贔屓にしているチームの試合でも見ているかのように画面に向かって叫ぶヴィータ。彼女からすれば、新人たちの動きは危なっかしくて心臓がいくつあっても足りないのだろう。
外見こそこんなだが、年齢的には間違いなく六課最高齢に位置する一人だ。
もしかすると、孫を見守るおばあちゃん的な気持ちになってしまうのかもしれない。
そんな意外な一面を見せる同胞と対照的に冷静なシグナムは、溜め息交じりにこれ以上の進言の無駄を悟る。
「はぁ……言うだけ無駄か」
「あんだよ。べ、べつにあたしはアイツらが心配なんじゃなくて……」
「お前、墓穴を掘っている事に気付いているか?」
「な、何が良いてぇんだよ!!」
自覚があるのか、顔を真っ赤にしてシグナムに食ってかかるヴィータ。
どれほど年月を積み重ねても、彼女の直情径行や外見通りの子どもっぽさは変わらない。
長い付き合いのシグナムとしては、ヴィータのそういうところには安心感すら覚える。
「気付いていないならいい。良くも悪くもそれでこそお前だ」
「勝手に一人で納得すんなよな……って、バカ! ガジェット相手にウイングロードはヤベェ!!」
「見事に突っ込んだな。怪我はないようだが」
「ふぅ……あ~、心臓に悪ぃ」
ウイングロードから振り落とされ、ビルの窓に突っ込んだスバルの無事を確認して安堵のため息をつくヴィータ。
どれだけ悪態をついて否定しようとしたところで、これでは説得力などある筈もない。
「まぁ、お前の言う通りヨチヨチ歩きのヒヨッコだからな、仕方あるまい。
それに、アイツらを一人前にするのがお前たちの仕事だろ?」
「そりゃそうだけどよ」
「それに、危なくなればお前に高町、テスタロッサ、あとはまぁ……私もいる。
仮に怪我をしてもシャマルが治す。そう簡単に、壊れさせはせんさ」
「……」
「それでも不安なら、ギンガもいる。
同じ陸戦のアイツなら、時に空に行かねばならん私達よりフォローには向いているだろうよ」
「まぁな」
陸戦Aという肩書は伊達ではないのだろう。
あるいは、二人は直接的にギンガの実力を知り、それが信頼に足るものとわかっているのかもしれない。
いずれにせよ、ヴィータもギンガの事についてはある程度信頼していることがうかがえる。
「っと、終わったようだな。お前の評価は?」
「辛うじて及第。はじめてにしちゃー良く対処したんじゃねぇか。
ま、実戦でこんな手間取ってたらアウトだけど、これでやり方はわかっただろ。
次からは今の半分で終わらせてもらわねぇと」
「厳しいな。ティアナなど、AAの技術まで使ったと言うのに」
「らしくねぇこと言うなよ。敵がそんな事考慮してくれるかっつーの」
「だな」
ヴィータの言に、苦笑交じりにうなずくシグナム。
だがそこで、二人は全く同時にふっと背後を振り向く。
「む?」
「あん?」
「あ、すみません。僕達もちょっと同席させていただいて良いですか?」
「てめぇは……」
「ああ、確かにバックヤードの」
「白浜兼一二等陸士です。シグナム二尉、ヴィータ三尉」
彼我の距離はおよそ5m。突然振り返った二人に対し、兼一は翔を乗せたまま敬礼する。
それに対し、二人も敬礼を返す。ただし、先日の事もあってヴィータは非常に不承不承とだが。
そんなヴィータの様子をいぶかしみながらも、シグナムは兼一にその訳を問う。
「一ついいか? 単なる興味なのだが、バックヤードなのになぜ?」
「あ、ご存じないですか? 僕、ここに来る前は陸士108にいたので」
「なるほど。ならちょうどいい、今しがた新人たちの番が終わった所だ。
ギンガが目当てなのなら、もうじき始まるだろう」
「……………………………………ま、見たいってんなら見りゃいいじゃねぇか」
「すみません」
「ありがとうございます!」
「お、おう」
不機嫌そうではあるが、さすがに無碍に断るのも気が引けたのか、承諾するヴィータ。
彼女としても、純真無垢な翔の瞳があっては突っぱねるのは難しかったらしい。
そうして、シグナムとヴィータは再度兼一から視線を逸らしモニターを見る。
だがその瞬間、二人はある事に気付く。
(…………………………待てっ! これは、どういう事だ!?)
(おいおい、こんなに近づかれるまで気付かなかったってのか、あたし達が?
なのはやフェイトでも、後ろからくりゃ近接の間合いに入る前に気付くのに……)
二人の背筋を冷たい汗が伝う。
二人も歴戦の騎士だ。背後から声もかけられずにある程度の距離まで近づかれれば、嫌でも気付く。
にもかかわらず、二人が「絶対に気付く」距離より遥かに深く彼は踏み込んだ。
あまりにも希薄な違和感。まるではじめからそこにいたかのような、あるいはいて当たり前の様な空気。
「ほら、翔。これなら見えるだろ?」
「うん! 姉さま達の顔もよく見えるね!」
驚愕と戦慄に固まる二人を尻目に、兼一は翔を下ろし二人でモニターを見る。
その横顔は、相変わらず「のほほん」としたもので、守護騎士二人の領域を大きく侵犯した者には到底見えなかった。
* * * * *
時を同じくして訓練場のビルの屋上。
機動六課、スターズ分隊分隊長を務める栗色の髪をサイドポニーにした白い制服を着る「高町なのは」は、モニター越しに自身の部下であり教え子である新人たちにアレコレとアドバイスをしている。
その数歩後ろで彼女同様新人たちの訓練を見ていたギンガは、新人たちの訓練の様子から、自分なりにガジェットと言う機械兵器への対策を練っていた。
「さて、それじゃ4人は一度こっちに戻って。次は……ギンガ、やってみようか」
「はい!」
新人4人の訓練が終われば、次にギンガの番が回ってくるのは極自然な流れ。
それまでなのはの後ろで軽く身体を解していたギンガは、待ってましたとばかりに威勢の良い返事を返す。
どうやら、4人の悪戦苦闘する姿が刺激となり、身体がうずうずして仕方がなかったらしい。
そんな様子が微笑ましいのか、なのはは薄らと頬笑みを浮かべている。
ただ、実際に現場に出る時の事を考えれば、いずれはギンガも交えての訓練を取り入れて行こうとはなのはも考えている。
しかしそれも、ある程度4人での連携が形になってからの話。
新人たちとギンガとの間に実力差がある以上、突出した戦力に引き摺られることで生じるかもしれない歪みを懸念しての事だ。
だが、ギンガが新人たちと入れ替わりに下に降りようとしたところで、そのなのはから爆弾が投げ込まれる。
「私とね」
「はい! ……………………はい?」
言っている意味がわからないとばかりに、なのはの方を振り向くギンガ。
いま、この不屈のエースオブエース様は一体何とのたまわれたのか。
ギンガは停止寸前の思考回路を再起動させ、順を追ってここまでの流れを思い返す。
(①スバル達の訓練が一段落ついた→②次は私の番→③その相手はガジェットじゃなくてなのはさん。
………………………なじぇ?)
①と②まではいい、極々自然な流れだ。
が、②から③へと至る流れと理屈がわからない。というか、幾らなんでも突飛過ぎる。
何がどうしてどうなれば、いきなり雲上人ともいうべきなのはとタイマンを張らなければならないのだ。
ぶっちゃけ、血迷っているとしか思えない。
(確か、なのはさんの元のランクがS+。で、リミッターで2.5ランクダウンしてる筈だから、実質AA相当。
そりゃ、ランクの上では一つしか違わないといえばそうだけど……平和な訓練の筈が、何故か一転大ピ―――――――――――ンチ!?)
スバル達のそれを見る限り、当然と言えば当然だが、なのはの訓練は兼一のそれと違って実に常識的。
その事実を前に、言ってしまえば若干気の抜けていたギンガだっただけに、振れ幅の大きさから今や割とテンパリ気味。
なにしろ、リミッターが掛かり、ランクを落としているとはいえ、それでも相手はAAランク。
元のランクに至ってはS+。管理局全体でも5%に届かないとされる超エリート。
19歳とは言え、その力は決して軽んじられるものではない。
『不屈のエース』の二つ名は伊達ではないのだ。
幾ら出力が落ちているとはいえ、技巧面だけでも相手はギンガのはるか上を行くのだから。
「あ、あのぉ、理由をお聞きしても?」
「ん? 何かわからない所とかあった?」
「いえ、だって…私達が主に戦う事になるのが、あのAMFを発生させるガジェット…なんですよね?」
「うん、そうだよ」
「で、この訓練はそのガジェットとそれに付随するAMF環境下での戦い方を身につけるための物、で間違いありませんよね」
「そうだね。ガジェットは動きも速いし攻撃も鋭い。
なによりAMF環境下だと、普段通りの戦い方じゃ通用しないから」
「それはわかるんですが……なんでまた、いきなりなのはさんと模擬戦を?」
そう。普通この流れなら、ギンガもスバル達同様、対ガジェットの模擬戦訓練をする筈だ。
実力差や人数の差を鑑みて、ガジェットの動きのレベルや設定状況を変える事はあるだろう。
しかし、基本は同じ訓練をするのではないだろうか。
そして、ここまで来てようやくなのはもギンガの疑問…というか、胸中での混乱を理解してくれたらしい。
「ああ、なるほどね。
理由は二つ。一つは、ギンガの事だからもう大体ガジェットとの戦い方はイメージできてるんじゃないかなぁって思うからなんだけど、どう?」
「それは、まぁ……」
なのはの言う通り、確かにギンガは既に概ねガジェットとどのように戦えばいいかはイメージできている。
それと言うのも、スバル達の模擬戦を見る事が出来たのが大きい。
ガジェットの動きや主な攻撃の種類とそのパターンを見られた事もそうだが、なによりギンガとほぼ同じスタイルのスバルの闘いを見る事が出来た。
おかげで、どういった攻撃が有効で、逆にどんな行動に注意しなければならないかが概ねわかった。
スバルとは別のアプローチによる対策もいくつか講じる事が出来たし、あとはそれを直にAMFの厄介さを感じながら試していけばいい。
そう言う意味で言えば、確かにスバル達ほどの緊急性はないのかもしれない。
「もちろん、対ガジェットの訓練はやって行くけどね。
いくら対策が練れてるって言っても、実際に試さずに実戦でっていうのは危ないし」
「はぁ…それなら、理由の二つ目と言うのは?」
「……間違いなく、ガジェットには黒幕がいる」
「……」
「猟犬がいる以上、その後ろに狩人がいるんだから当然なんだけどね。ただ、今のところその狩人についてはまだ何もわかってないのが実情。その目的はおろか、人物像すらも。
だから、場合によっては狩人自身が前に出てくる可能性も捨てきれない。そうなれば当然、衝突することもある」
ここまで聞けば、ギンガもなのはの言わんとする事がわかって来た。
つまり、ギンガにやらせようとしているのはその狩人が前に出て来た時を想定しての訓練。
より正確には、ガジェットの様な雑兵ではなく、AMF環境下で強敵を相手取って闘う為の訓練と言う事だ。
狩人の詳細が分からない以上、具体的な対策は練れない。しかし、自身と同等以上の相手と直面した際の闘いも想定しておくべきだ。
ただ、これはまだスバル達には早すぎる。
雑兵と言うべきガジェット相手に四苦八苦している段階では、それどころではない。
だが、ギンガならいきなりこの訓練に入っても大丈夫だろうと、なのははそう判断したのだ。
もしなのは達が即座にフォローに入れない状況でその事態が発生した際、新人達に変わって狩人を抑える役割を期待して。
「なるほど、訓練の目的は理解しました。
それじゃ、なのはさんとの模擬戦と言っても、やっぱりAMFは……」
「うん、当然あり。そうだな、大体……フィールドの8割くらいはAMF環境下って設定でいくつもり。
高度の制限はどうする? ビルよりは低めにしておいた方が良い?」
「大丈夫です。その辺り、私とスバルは融通の利く方ですから」
「そうだね。とはいえ、あんまり高くにはいかない様にするけど。
じゃあシャーリー、この設定でお願い」
「は~い♪」
なのはの指示を受け、眼鏡の少女シャーリーこと「シャリオ・フィニーノ」は手元のコンソールを操作して訓練場の設定をいじり始める。
視線を下方に転じれば、どうやらちょうど新人達が戻ってきたようだ。
「とりあえず、模擬戦はあの子達の訓練の評価と課題を伝えてからだから、少し待っててくれる?」
「はい」
一度の模擬戦で割とヘトヘトの様子の4人だったが、なのはを前にして気が引き締まったのか。
なのはから今の模擬戦の評価を聞く顔は、真剣そのもの。
そんな4人を少し離れた所から眺めながら、ギンガは胸中に灯った熱の存在を自覚していた。
(さすがに勝てるとは思わない。でも、これは…………いい機会かもしれない)
白浜兼一と言う名の規格外に師事して、早二ヶ月。
基本、訓練相手は師を除けばランクが下か、あるいはほとんど変わらない同僚達だった。
別に彼らとの訓練に不満があった訳ではないし、遥か格上との手合わせと言う意味では、兼一相手に嫌という程繰り返してきた。
しかし、今度の相手は格上とは言っても、師とは全く種別の異なる射砲撃を得意とする生粋のミッド式魔導師。
先ほどは突然の事態にテンパったが、誰もが認める「エース」を相手に今の自分がどこまで通用するのか、興味がないと言えば嘘になる。
この二ヶ月の成果を試すには、望外の相手と言えるだろう。
ギンガも武人の端くれ、これで熱くならない訳がない。
(とりあえず、ギプスとマスクを外すのは必須ね。こんな物をつけたまま戦える相手じゃない)
相手は遥か格上、とてもではないが勝ち負けを論ずることのできる様な相手ではない。
例えそれが、大幅に力を制限されている今であっても。
だがそれでも、「やってみなければわからない」のが勝負事。
兼一も口を酸っぱくして言っていたではないか。
『力が強さではない様に、強者が勝者になるとは限らない』
『何十年も鍛え続けた強者が、ほんの一瞬の油断で弱者に倒される事があるのが武の世界』
実戦ならばまだしも、模擬戦なら万が一を狙いに行かない道理はないのだから。
とそこへ、なのはの話が終わったのか、スバルがひょっこり横合いから顔を出してきた。
「なんか、大変な事になっちゃったね」
「そうね。でも折角の機会だし、出来る限りの事はするつもりよ」
「うん、頑張ってね。でもギン姉……」
「どうしたの?」
「そんなマスク付けてて大丈夫なの? 風邪ひいてるならまた今度の方が」
そう言ってスバルが指し示すのは、ギンガの口元と鼻を覆う白い布。病人の証、あのマスクである。
スバルとしては今日は見学とかのつもりだったのだろうが、そうではないとなれば話は別。
病人に訓練、それも模擬戦などもってのほかだ。
そして、彼女の意見に同調する者も当然いるわけで……。
「そうですよ。私、ヒーリングもできますし、今日はゆっくり休んだ方が……」
「きゅく~」
そう言って一歩前に出るのは、鮮やかなピンク色の髪が印象的な子どもの竜を連れた少女。
少女の名を「キャロ・ル・ルシエ」、竜の名を「フリードリヒ」と言う。
アルザスという土地に住まう、竜召喚と言うスキルを保有する「ル・ルシエ」の少女。
それも、あまりに竜の加護を受け過ぎて里を追われたという程の。
だがギンガは、心配そうに見つめる面々に苦笑を浮かべながら手を振る。
「ありがとう。でも大丈夫。別に風邪とか病気ってわけじゃないから。これはね……」
「もしかしてそれ、やっぱり訓練?」
説明しようとするギンガにかぶさるように発言したのは、先ほどから興味深そうに見ていたなのは。
おそらく、彼女にはそれがどういう意図によるものかもすでにわかっているのだろう。
ただ、それがわかる者ばかりと言うわけではなく。
「それ、どういう事なんですか、なのはさん?」
「ああ、うん。結構簡単な理屈なんだけどね、マスクをつけてると息が籠るでしょ。
それってつまり、吸うにしても吐くにしても空気の流れが抑えられてってことになるよね」
「はい……って、ああ」
「うん、そういうこと。呼吸しづらいのに動きまわれば、当然消耗も激しい。
だけど、それに慣れて行けば体力もつくし肺活量も上がる、とまぁこう言うことだね」
『へぇ~』
ティアナ以下、なのはの簡単な説明でギンガがマスクをしているわけを理解する。
普通に生活している分には気にならないが、激しく動けばその負荷はかなりの物。
実際ギンガも、兼一からは実戦時以外はとるなと厳命されている。
二ヶ月も続ければ、そろそろ効果が表れ始めている頃だろう。
なのはが容易くその意図と目的を看破できた事自体は、驚くに値しない。
なにしろ、彼女の役職は「戦技教導官」。つまり、戦闘方面の指導者だ。
それもまっさらな新人を育てることではなく、より高いレベルの技術を身に付けさせることが役目。
必然、その教導内容には訓練校のそれより遥かに高度で複雑な物も含まれる。
時には他者が行う、ないし行わせる訓練から学んだり、取り入れたりする事もあるだろう。
そうなってくると、当然なにを目的とした訓練なのか分析する機会も多い。
むしろこれは、彼女にとって癖や習慣にも等しい。
そんな彼女だからこそ、一目であのマスクが何を意図してのものか看破できたのだ。
「どうする、付けてやる?」
「まさか、さすがにそこまで無謀じゃありませんよ」
「そっか。それにしても、よく見ると随分厚いよね、それ。
そこまでくると、普通に息するのも大変でしょ」
『え?』
顎に指を添えつつしげしげと観察するなのはの言葉に、新人達一同そろって声を挙げた。
マスクをつけている意図はわかったが、なのはの「厚い」という言葉の意味を図りかねているのだ。
見る限り、普通のマスクにしか見えないのに。
「あ、あはは、さすがなのはさんですね」
「そりゃみんなの教官だからね、これ位に気付けないと失格だよ」
「ねぇ、ギン姉、それってどういうこと?」
「ん? ほら、スバル」
不思議そうに尋ねてくる妹に対し、ギンガはおもむろに取り払ったマスクを渡す。
それを受け取ったスバルと、周りに集まる新人たちはしげしげと件のマスクを見つめる。
そして、すぐにスバルは気付いた。
「うわぁ、分厚い」
「ほ、本当に……普通の三…ううん、五倍はありますよ、これ。キメも細かいし」
「あの、ギンガさん。さすがにこんなに分厚いと相当に」
「うん、物凄く辛い」
「というかこれ、内側湿ってる気がするんですが……」
「きゅくる~……」
「ああ、少し水を含ませてるから」
『ええ!?』
今度は、ギンガを除く全員が驚愕の声を漏らす。
なのはですら、厚さには気付いても水の事には気付かなかった。
厚さだけならまだいいが、水も含ませてあるとなれば話が別。
それも当然の話で、ミッドのマスクはその技術力もあってごく薄だが、それでも五倍となれば相当な物。
その上水など含ませれば、最早それは拷問にも等しい息苦しさではないか。
「ちょ、ギンガ! それはさすがに……」
「あ、いえ。私も無茶だなぁとは思うんですけど、訓練の時も極力つけて置く様にと言うのが師匠からの命令でして……それに、慣れてくれば、まあそれなりに」
(師匠? ギンガの師匠って、お母さんだよね。その遺言って事?
でも、このノリはまるであの人たちのような……)
そう、こう言う無茶な事をやらせる連中になのはは心当たりがある。
一般的な常識や理論を笑って無視し、非常識を常識とする頭のいかれた連中に。
自分の家族も同類と考えるとなんだか悲しくなるが……。
「ギン姉、さすがにそれは……」
「無茶、だよね?」
「うん」
「ギンガさん、これをつけて訓練って、それはちょっと……死にますよ?」
(実際、これで組手やると死にかけるんだけどね)
何しろ、ただでさえ組手中は徹底的に打ちのめされる。
その上これでは、さすがのギンガでも堪えるのは当然だ。
むしろ、今日までよくぞ生き残ったものだろう。
「あ、ちょっと待ってください、後もう一つ」
「え? ギン姉、まだなにかあるの?」
スバルの疑問に答えず、ギンガは唐突に上着を脱ぎ捨てる。
その下から現れたのは、あまりにも前時代的としか言えない代物。
『ぎ、ギプス?』
(はぁ、何を服の下に着込んでいるのかと思えば、ますますノリがあの人たちみたいだよねぇ……何考えてるんだろ?)
唖然とする新人たちと、呆れてものも言えないなのは。
まぁ、長袖の上着で隠れているにもかかわらず気付いていたあたり当たり、さすがとしか言いようがない。
とはいえ、これではますますあの連中と同じではないか。
その訓練の有効性は認めるが、このノリで他の訓練もしているとなれば、注意が必要かもしれない。
このやり方は、一歩間違えば故障どころでは済まないのだから。
そもそも、ティアナ達の手前敢えて口にはしなかったが、あのマスクにはスタミナ強化以外の目的もある事になのはは気付いていた。あのマスクに隠されたもう一つの狙い、それは「動きの最適化」。
動きに無駄が多ければ、必然的に消費する体力も増える。逆に言えば、無駄が少なければ動ける時間が増すのだ。
ただでさえ息切れを起こしやすいあのマスクをつけて動くには、スタミナの強化だけでは足りない。
動きの無駄を減らし、スタミナを長持ちさせる工夫が必要となる。
おそらく、平然と動けるようになる頃には、スタミナの強化と共に動きの最適化も進んでいる事だろう。
その上、スタミナがギリギリになっても動きが雑になる事もなくなる筈だ。
ギンガの段階ならそろそろそれに着手しても良い頃だとなのはも思う。
しかし、まだティアナ達には早い。彼女達は、もうしばらくは動きの基礎を固めるべきだ。
そう考えたからこそ、なのははこの目的にはあえて触れなかった。なにしろ……
(やっぱり危険なのは確かなんだよねぇ……ちゃんと見てくれる人がいるなら良いんだけど)
確かにギンガはそろそろこの段階に至っても良い頃だ。
ただし、これにはいくらかのリスクを伴う。よほどこまめに動きをチェックし直していかないと、無駄をなくすどころかおかしな癖をつけてしまいかねないのだから。
その意味では、正直独力でやっているとしたらやめさせた方がいいかもしれないとさえ思う。
まあそれは、この模擬戦での動きを見て判断すればいいと結論するなのはだった。
「さて、もう準備はいい?」
「はい、もう他に付けてる物もありませんので」
「うん。それじゃ、行こうか」
ギンガの返事に対し、なのはもバリアジャケットを展開。
一足先に屋上の床を蹴って空に向かって飛翔すると、ギンガもその後を追ってビルを降りるのだった。