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No.25730の一覧
[0] 【完結・改訂完了】リリカルなのはSts異伝~子連れ武人活人劇~(×史上最強の弟子ケンイチ)[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[1] BATTLE 0「翼は散りて」[やみなべ](2013/07/16 00:16)
[2] BATTLE 1「陸士108部隊」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[3] BATTLE 2「新たな家族」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[4] BATTLE 3「昼の顔、夜の顔」[やみなべ](2013/07/16 00:18)
[5] BATTLE 4「星を継ぐ者達」 [やみなべ](2013/07/16 00:18)
[6] BATTLE 5「不協和音」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[7] BATTLE 6「雛鳥の想い」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[8] BATTLE 7「一人多国籍軍、起つ」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[9] BATTLE 8「断崖への一歩」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[10] BATTLE 9「地獄巡り 入門編」[やみなべ](2013/07/16 00:21)
[11] BATTLE 10「古巣への帰還」 [やみなべ](2013/07/16 00:21)
[12] BATTLE 11「旅立ち」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[13] BATTLE 12「地獄巡り 内弟子編」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[14] BATTLE 13「誕生 史上最強の○○」[やみなべ](2013/07/16 00:24)
[15] BATTLE 14「機動六課」[やみなべ](2013/07/16 00:25)
[16] BATTLE 15「エースの疑念」[やみなべ](2013/07/16 00:26)
[17] BATTLE 16「5年越しの再会」[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[18] BATTLE 17「それぞれの事情」[やみなべ](2013/07/16 00:27)
[19] BATTLE 18「勢揃い」[やみなべ](2013/07/16 20:54)
[20] BATTLE 19「守護の拳」[やみなべ](2013/07/16 00:28)
[21] BATTLE 20「機動六課の穏やかな一日」[やみなべ](2013/07/16 00:29)
[22] BATTLE 21「初陣」[やみなべ](2013/07/16 20:53)
[23] BATTLE 22「エンブレム」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[24] BATTLE 23「武の世界」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[25] BATTLE 24「帰郷」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[26] BATTLE 25「前夜」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[27] BATTLE 26「天賦と凡庸」[やみなべ](2013/07/16 20:51)
[28] BATTLE 27「友」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[29] BATTLE 28「無拍子」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[30] BATTLE 29「悪魔、降臨す」[やみなべ](2013/07/17 21:15)
[31] BATTLE 30「羽化の時」[やみなべ](2013/07/16 00:39)
[32] BATTLE 31「嵐の後で」[やみなべ](2013/07/16 00:40)
[33] BATTLE 32「地獄巡り~道連れ編~」[やみなべ](2013/07/16 00:41)
[34] BATTLE 33「迷い子」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[35] BATTLE 34「I・S」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[36] リクエスト企画パート1「vivid編 第一話(予定)」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[37] BATTLE 35「ファースト・コンタクト」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[38] BATTLE 36「お子様散策記」[やみなべ](2013/07/16 00:44)
[39] BATTLE 37「強い奴らに会いに行け!」[やみなべ](2013/08/01 03:45)
[40] BATTLE 38「祭囃子」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[41] BATTLE 39「機動六課防衛戦」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[42] BATTLE 40「羽撃く翼」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[43] BATTLE 41「地獄巡り~組手編~」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[44] BATTLE 42「闘いの流儀」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[45] BATTLE 43「無限の欲望」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[46] BATTLE 44「奥の手」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[47] BATTLE 45「絆」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[48] BATTLE 46「受け継がれた拳」[やみなべ](2013/07/16 00:49)
[49] BATTLE 47「武人」[やみなべ](2013/07/16 20:49)
[50] BATTLE FINAL「それぞれの道へ」[やみなべ](2013/07/16 00:50)
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[25730] BATTLE 13「誕生 史上最強の○○」
Name: やみなべ◆d3754cce ID:1963cf14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/16 00:24

新暦0075年3月。ミッドチルダ中央区画、湾岸地区。
古代遺失物管理部「機動六課」本部隊舎。
相応の広さを持つそれを一望できる場所に、二つの人影が並んで立っていた。

片や、低めの背と短い栗色の髪が特徴的な二十歳になるかならないかの少女。
ただし、身体は小さいながらも二等陸佐の地位と総合SSランクを有する魔導騎士。
片や、白衣とショートボブにした薄い金髪が目を引く女医。
ただし、見た目は二十歳そこそこながらも実は千年以上昔から存在する夜天の書の守護騎士の一角。

はっきり言って、色々な意味で一筋縄ではいかない二人組である。
迂闊に手を出せば、それこそ生まれてきた事を後悔させられることは間違いないだろう。
そんな二人なのだが、今はその経歴に似合わぬ人懐っこい笑顔を浮かべて談笑していた。

「なんや、こーして隊舎見てると『いよいよやなー』って気になるなー」
「そうですね、はやてちゃん……いえ、八神部隊長♪」
「あはは♪」

金髪の女医、シャマルの言葉に呼びかけられた少女、はやても笑顔で返す。
その様子は、髪や瞳の色を無視すれば仲の良い姉妹のようにも見える。
事実、二人は血のつながりこそないが十年に渡って家族として過ごしてきた。姉妹と言う表現もあながち間違いではない。まあ、実際にははやてが「母」で、シャマルやその同胞たちは「子ども」に近いのだろうが。

「良い場所があってよかったですねぇ」
「交通の便がちょう良くないけど、ヘリの出入りはしやすいし、機動六課にはちょうどええ隊舎や」
「なんとなく海鳴に雰囲気も似てますしね」
「あはは、そういえばそーや」

懐かしき故郷の事を思い出したのか、はやての顔に僅かな郷愁が浮かぶ。
故郷を離れて早数年、時折里帰りはしているものの郷愁の念は如何ともしがたい。
特に、今も故郷で暮らす親友たちや、良くしてくれた人たちの事を思うとなおさら……。
だが、はやては軽く頭を振って胸の内の寂しさを振り払う。

(会おうと思えばいつでも…ちゅうわけにはいかへんにしても、会えないわけやない。
 昔を振り返るのは、もっと後の話。今はただ前に進む、それだけや)
「どうかしましたか、はやてちゃん?」
「ん? 何でもあらへんよ。
ただ、やっぱ自分の隊を持つっちゅうと感慨深いものがあるから、ちょうセンチになっとったみたいや」
「それなら良いんですけど、ここの所最後の詰めで忙しかったですし疲れてるんじゃ……」
「大丈夫やて。背はあんまり伸びてくれへんかったけど、体力には自信ありや。
 まあ、さすがになのはちゃんとかフェイトちゃんと比較されても困るわけやけど……。
 それに…………………………………大変なのは、これからや」
「そう、ですね」

それまでとうってかわって神妙な面持ちになる二人。
年相応だった柔和な表情から、責任ある立場に相応しい厳しくも覚悟を秘めた顔へ。
その変化は、はやての年齢とその外見から彼女の能力を疑う者であっても、その認識を改めさせるに十分なもの。
年相応の少女らしさ、年不相応ながらも地位に見合った姿勢と能力。
はやては、その両方を兼ね備えている。そこに無理がないかは、本人にすらわからないが。

「自分の隊を持つのがゴールやない、これでやっとスタートや。
 私の命への恩返しと、夢の舞台の…な。
手伝って応援してくれて、期待してくれてる人たちの為にも、きっちりしっかり…やってかんと」
「はい」

今日まで沢山の人たちに支えてもらい、助けてもらってきた。
たぶんこれからも、相変わらずたくさんの人たちのお世話になって迷惑をかけるだろう。
だがもう、ただ庇護されるだけの子どもではない。それだけの年齢になり、それだけの立場を得た。
だから始めよう、今までもらってきた物の返済を。これが、その為の第一歩。

「しかしほんま、ナカジマ三佐には足向けて寝られへんなぁ。
 スバルだけやなくてギンガまで借りてもうたし……」
「ですねぇ……まあ、その分地上本部からの風当たりはより一層強まっちゃうでしょうけど……」
「やり辛くなるのは否めへんけど、風当たりは今に始まった事でもなし。
そこは部隊長としての腕の見せどころやね」

明らかに異常としか言いようのない程に充実した戦力。
それだけのものが必要だったのだし、これでも充分かは定かではないが、今望み得る最大限を揃えたと思う。
いずれ来るであろうその反動は無視できないが、それを時に抑え時にかわすのも責任者の手腕。
それに、どのみち“アレ”が実現してしまえばそれどころではなくなる。
だからこそ、はやては敢えてに無理を押し通す方法を選んだのだ。

「それにしても、実際問題として魔導師ランクの保有制限はどうやったんですか?
 現状、ギンガ抜きでも一杯一杯の筈ですよ」
「あれ、シャマルにはまだ教え取らんかったっけ?」
「はい。しばらく前、夜中に『閃いたぁ!』って叫んでたのは知ってますけど……」

正直、あの時は悩み過ぎて熱暴走でも起こしたのではないかと心配した。
それほどまでに、あの時のはやては「魔導師ランクの保有制限」に頭を抱えていたのだ。

「それで、結局どうやって解決したんです?」
「クフフフ……そうかそうか、そんなに気になるんやったら教えたげな可哀そうやなぁ」
(まさか、かなり不味い手段に訴えたんじゃ……)
「って、そんな不安そうな顔せんでも大丈夫やて。
 ちょう強引な論法やけど、裏技っちゅう程でもないし」
「そ、そうなんですか? 信じていいのね、はやてちゃん!?」
「何をそんなに心配しとるのか、逆に気になってくるんやけど……まぁええわ。
 えっとな、今後レリックがクラナガンに密輸される可能性もあるわけやし、陸士108をはじめ、いくつかの部隊とは連携していく事になっとるやん」
「はい。って言っても、協力してくれそうな部隊は限られますけど」
「うん、まぁそこも頭の痛い所なんやけど……とりあえず、それは置いておくとして。
 幾ら連携してるっちゅうても、早々まめに連絡やら打ち合わせやらできるわけやないやろ。かといって、部隊ごとに意向やら方針やらが違う以上、勝手にこっちで判断する訳にもいかん場合がある。
なんで、その辺を伝えて調整する、監視兼折衝役の人員っちゅう口実で……」
「ギンガを派遣してもらう訳ですね。まぁ、そう言う事がない訳ではないでしょうけど……でも、部隊の戦力下がる様な人は普通出しませんよね」
「うん。せやけど、別にそれをしたらあかんってきまっとる訳でもない。
まぁ、単に普通はせぇへんからなんやけどね」

だが、今回はその辺りを逆に利用したと言うわけだ。
なるほど、はやての言う通り確かにかなり強引な論法である。
実際、これでも叩かれる可能性は充分にあるが、それは元より覚悟の上と言う事か。

「それはそうと、ギンガとセットで108から来る…えっと……」
「白浜兼一二等陸士ですか?」
「そうそう。その二等陸士やけど、確かグレアムおじさんの斡旋なんやったっけ?」
「そうらしいですね」
「で、シャマルの元患者さん」
「はい、108に研修に行った時にちょっと……まあ、あの人がそのまま局員になったのは驚きましたけど……」
「ふ~ん」

シャマルの話を聞きながら、はやては手元の資料に目を向ける。
それは、彼女や六課上層部がスカウトした面々以外の履歴書。
そこには当然兼一の事も書かれているのだが、あまり多くは書かれていない。

「なになに? 大学在学中、高校時代の友達と『財団法人 新白連合』を企業。大学卒業と同時に結婚し、24歳で第一子を設けるも奥さんと死別。これを機に退社し、チェーン展開しとった園芸店に転職…ただし、最近倒産して失業。その後グレアムおじさんの推薦で試験を受けて、辛うじて合格。六課に来るまでは、研修を兼ねて108で雑務をこなすっと。なんちゅうか、割と波乱万丈やねぇ……人のこと言えへんけど」

軽く目を通す限り、妻と死別するまではおよそ順風満帆と言っていい人生だ。
また、新白連合の名ははやても知っている。彼女がまだ地球にいた頃からチラホラ名前は聞いていたからだ。
しかし、彼女は知らない。新白連合の本質も、白浜兼一の本質も。
所詮は紙面上に書かれた端的な情報の羅列に過ぎないのだから当然と言えば当然だが。

「もっとる資格は、普通自動車免許と空手の黒帯。せやけど段位はなし……って、なんやこれ?」
「他に柔術と中国拳法とムエタイもやってるみたいですね」
「節操無いなぁ……」

あまりにも手広いその経歴に、思わずそんな言葉が漏れる。
無理もない話だが、一般的に見てこれほどあれこれ手を出していては「趣味」や「運動」の範囲にしか見えない。
特に、わかりやすい形での「段位」などがないとなおさら。

「その上、格闘技を始めたのも高校生になってから、それ以前の運動歴も特になしっと……これは、あんまり期待できそうにないなぁ」
(…………………確かに、どんな事でも始めるのが早いに越したことはないわ。
 兼一さんが遅すぎるとは言わないけど、それでも決して早い部類じゃない。
 だから、はやてちゃんがそう考えるのも当然…………なんだけど……)

ほんの僅かながら、兼一の身体をじかに見たことがあるからこそシャマルの中には強い疑念が生じていた。
はやての考えもわかる。だが、実物を見たことのあるシャマルでは見解が違うのもまた必然。
それは別にはやてに見る目がないとかいう話ではなく、実物を見たかどうかの差。
もしシャマルがはやてと同じ立場なら、恐らくは同じように考えていただろう。

「まあ、さすがに恭也さんみたいな人を期待するのがまちがっとるんやけど」
(いまのうちに言った方がいいのかしら? でも、確信があるわけでもないし……)

それにどの道、近いうちに顔を合わせることになる。
ならば、兼一の真実についてはその時に確認すればいい。
今いたずらに確証のない話をしても、害悪にしかならないのだから。
シャマルはそう判断し、今はまだ一つの可能性を胸の内にしまいこむのだった。



BATTLE 13「誕生 史上最強の○○」



新しい年度を間近に控えた3月某日。
その日兼一は、普段とは比べ物にならない程に神妙な面持ちで愛弟子と向き合っていた。

「ギンガ、君を弟子にとってもう2ヶ月になるね」
「そうですね、もうそんなになるんですよね………………………生きてて良かった。ほんっとうに良かった」

師の言葉に同意するものの、思わずポロリとこぼれた本音。
その呟きに込められた感情は計り知れず、生への喜びと感謝、そして2ヶ月に渡る地獄に対する恐怖が滲んでいる。

光陰矢の如しとは言うが、確かにあっという間の2ヶ月だった。
何しろ、毎日毎日限界を越えて死にそうな所まで追いつめられてきたのだ。
はっきり言って、余計な事を考えている余裕はなく、気付けば2ヶ月経っていたと言うのが本音だろう。

逃げようと考えたことなど一度や二度ではない。
この2ヶ月は、地獄の修業の日々であると同時に、地獄からどうやって逃げるかを模索する日々でもあった。
ただ、同居している上に職場まで同じとなると逃げるに逃げられない。
仮に逃げようとしても見つかってしまい、当然の如く捕まりさらに修業が厳しくなったほど。
ちなみに、この逃走劇自体も足腰の鍛錬のうちだった事をギンガは知らない。

「ははは、修業って言うのはそういうものだよ。でも、この2ヶ月良く生き延びたね。
正直、このペースでやってたら死んじゃうんじゃないかなぁと思ったものだけど」
「ちょっ!?」
「何てね。冗談冗談♪」
「………………………………………シャレになってませんよ、師匠」

連日休みなく行われた殺人的な修業の日々。
いったい何度死を覚悟したか知れない。いったい何度今は亡き母の影を見たか知れない。
正直、とてもではないが師の言葉は冗談に聞こえないのだ。
故に、ギンガの顔が思い切りひきつって目が虚ろなのも無理はないだろう。

「まあ、それはそれとして、来週には機動六課に出向することになるわけだけど……僕と翔は一足先に向こうに合流するのは聞いてるね」
「はい。私はまだ引き継ぎとかが残ってますけど、師匠は違いますもんね」
「うん。それに僕は一応後方勤務だし、色々準備もしなきゃいけないから。
 というわけで、来週まで直接指導はできない。そこで、今ここでこれまでの修業の仕上げをしたいと思う」

一応修業メニューは渡しておくつもりだが、それでも直接見てやれないのは事実。
師としてそれは申し訳なくもあるが、こればかりは仕方がない。
兼一とて、今は組織の一員。よほどのことがない限りその意向に反するわけにはいかないのだから。

「仕上げ、ですか」
「そう。この2ヶ月、教えられる限りの事は教えてきたつもりだ。
いくつかの極意と秘伝もすでに授けた。でも、ギンガにはまだ使えないものもある。
だけど、修業に完全に修めると言う事はないにしても、ある程度修めれば結果は自ずと付いてくるもの。
 今から始めるのは、君の中に築いてきたものに一つ実を結ばせる、そんな修業さ」
「…………………」
「同時に、どれだけ練習で上手く出来ても、実戦で使えなければ意味がない。
 今日まで教えてきた全てを振り絞るつもりでいなさい、いいね」
「はい、師匠!!」

言わば、これは一つの節目。
この2ヶ月の間にギンガに授けた教え、ギンガのうちに築き上げた膨大な蓄積。
それらに一つの形を与え、ギンガを一段階上の領域に引き上げる為の修業。
既に必要なものは全て詰め込んだ。しかし、今はまだバラバラなそれらを反応させ、結晶化させる。
これから始めるのは、その為の方法の一つ。

以前、まだ兼一と翔が梁山泊にいた時のこと。
師匠達に呼び出された兼一は、彼らからこんな事を問われた事がある。

「兼ちゃんや。お主、いったいどんな方法で弟子を育てていくつもりじゃ」
「と言うと?」
「難しく考える事はないね。単純に、どうやって武術を伝えていくのかと思っただけね」
「ただ兼一君も知っての通り、古来より肉親に武術を伝えるのは想像以上に難しい。情が邪魔をするからね」

血の繋がった者同士の情は深い。相手を愛していないならともかく、愛しているからこそ時にその情が枷となる。
それが必要と分かっていても、本当の意味で相手を追い詰めることはなかなかできない。
故に、ある者は姿を変え、ある者は実戦の中で学ばせてきた。

だが、兼一はとりわけ情が深い。いっそ甘いと言っても良い。
その甘さが彼の強さの一端である事は師達も否定しないが、その甘さが武術の伝承の妨げになる日がいつか来る。
相手が肉親であるかどうかなど兼一にはあまり関係ない。恐らく彼なら、血の繋がらない弟子でも我が子同然に慈しみ愛するだろう。
だからこそ、彼らは早い段階で問うたのだ。
どうやって、その情を抑えて武を伝えていくのかを。

「………………僕なりに、考えはあります。
 僕がどうしようもなく甘いと言う事はもう分かってますし、その辺は諦めてもいます。
 長老の様に、力を抑えた上で一切の情を捨てて戦うなんて僕にはできませんしね」
「ふむ、それではどうするつもりなのじゃ?」
「それは……」

兼一は語る。長年に渡り、胸の内に温めてきた自分の考えを。
今更生来の甘さをなんとかすることはできない。
故に、師達のマネをしても上手くいくとははじめから考えてはいない。
ならば、自分だからこそできる自分らしいやり方を考え続けてきたのだ。
そして全てを語った兼一に、長老以下梁山泊の面々は呵々と笑う。

「なるほどのう。確かにそれは、実に兼ちゃんらしい」
「うんうん、自分の事をよく分かってる兼ちゃんだからこその発想ね」
「全くですな。他の者では無理でしょうが、兼一君ならば……」
「う…ん。兼一もだいぶ、僕たちみたいになってきた…ね」
「アパパパ♪ 殺さないようにガンバよ、兼一」

長老の0.0002%組手には及ばずとも、兼一の考えたそれもかなり無茶なことには変わらない。
アパチャイの言葉通り、下手をすると本当に殺しかねないだろう。
その時の事を思い出したのか、兼一の表情に苦笑ともつかない微妙な笑みが浮かぶ。

「あの、どうかしたんですか?」
「ああ、ゴメンゴメン。師匠に似る事を喜ぶべきか悲しむべきかちょっと悩んでね。
それじゃあ早速修業を始めたいんだけど、その前にひとつお願いがあるんだ」
「はぁ…………なんでしょう?」
「うん、実はね…………………………………死なないでくれ!!」
「いったい何をするつもりなんですか!?」

今まで散々無茶な修業をさせられてきたが、兼一がこんな事を言うのは初めてだ。
むしろ普段は「死んじゃうぞぉ」と笑いながら脅してくるのだが、「死ぬな」と懇願された事はない。
だからこそ、これから始まる得体の知れない何かに、ギンガは途方もない不安を覚える。

「やるのは組手だよ。ただ、自分で言うのもなんだけど、組手とは名ばかりだからねぇ……。
 本当に死にかねないから十分に気をつけた方がいい」
(か、帰りたい……)
「長老命名、その名も……」

これが、今後幾度となくギンガと翔が武術の上達の節目節目に行うことになる地獄の第一回目。
やる度に生死の境をさまようことになったのは言うまでもない。
とりあえず、生きて六課に行けるかどうか、それが問題だろう。

「の~ん」
「ギン姉さま、早く逃げて~!?」
「じぇ、じぇろにも~~~~~~~!?」

ギンガの未来に、幸あれ。



  *  *  *  *  *



十数分後。
過去最大最悪の地獄をなんとか生き残ったギンガは…………………隊舎の中庭で物言わぬ屍と化していた。

「…………………………」
「まぁ、かなり危ないところだったけどギリギリ合格かな。
 特に、ローラーブーツの使い方が良かったね。そこはシューティングアーツならではの特徴だから、これからも精進を怠らない様に。じゃあ、ちょっと早いけど今日はここまでにしよう」
「……………………」
「うん、お疲れ様。風邪を引かない様にちゃんと汗をふくんだよ」
(ああ、死ぬわね、これは……)

フェードアウトしていく意識の中で、ギンガは自らの死期を悟る。
まあ、一度や二度死んだくらいなら、いつもの秘薬で引き戻されるので問題はないのだろう。
むしろ、そう簡単に死なせてくれない事をこそ嘆くべきか……。

とりあえず、兼一は微動だにしないギンガを担ぎベンチに横たわらせる。
そうしてタオルや薬を取りに行こうとするが、そこで4階の窓からゲンヤが顔を出した。

「かぁ~、ホンットに容赦なくやったなぁ。
しかし、ちょうど終わったところか。おう、兼一。ちょっと来てくれ!」
「あ、はい。今行きます。翔! 悪いけど、ギンガにタオルと薬を」
「うん!」

翔にそう言い残し、兼一は衣服を整えて隊舎の中に戻っていく。
その間に、翔はタオルと徳利に入った秘薬を手にギンガの下へ駆けよる。

「ギン姉さま、生きてる?」
「…………………………………………………………………死んでる」

辛うじて返ってきた消え入りそうな返事。
ただしそれは、ギンガの口から出た物ではなく、その口からこぼれたエクトプラズムの呟き。
いよいよもって、本当に死にかけている。

「とりあえず、ホラ! 飲んで飲んで、そうすればすぐに元気になるから!!」
「いっそ、このまま天に召されてしまいたい。ほら、空から綺麗な光が……」
「わぁ――――――――――!? だめ、逝っちゃダメ――――――――!!」

あまりにも不吉な事を呟くギンガの目は、既に焦点が合わずどこも見ていない。
それはいい加減この流れにも慣れた翔をして焦らせるには十分すぎる。
彼は大急ぎで持ってきた徳利をギンガの口に押し当て、流し込むようにして飲ませていく。
そして、辛うじて返ってきたギンガは先の事を思い返すとどうにも釈然としない。

「というか、なんであんな状態であそこまで強いの? アレで力を落としてるって、なんの冗談?
技は鈍らないし、攻撃は正確。むしろ、いつも以上にキレがあったような気すら……」
「そこは…ほら。父様だから」
「なんでかしら、物凄く説得力がないのに納得してしまう私がいる」

それはつまり、達人と言う名の理不尽にも慣れたと言う事なのだろう。
2ヶ月、人が順応するには十分な時間だ。それも、日々命懸けで余計な事を考えている余裕すらなければ尚更。
いや、アレだけのダメージからこうも早くリカバリーしている辺り、彼女も大概そちら側に染まってきている。

「そういえば、翔の方は今日の分は終わったの?」
「あ、あははは、実はまだ半分くらい……」

頭をかきながら、翔はどこか乾いた笑みを浮かべている。
練習をさぼるような子ではない。大方、ギンガの事が気になって様子を見ているうちに応援に熱が入り、自分の修業が手に付かなくなってしまったのだろう。父親に似て優しい子だから。

「もう、しょうがないんだから。ほら、見ててあげるからやってみなさい」
「でも、姉さまもお仕事あるんでしょ?」
「大丈夫。異動も近いし、急ぎの仕事はもうほとんどないから。
 それに、弟弟子の面倒をみるのも姉弟子の務めよ。
 まあ、翔がこんな未熟者に見てほしくないって言うなら退散するけど」
「ち、違うよ! 全然そんなんじゃ、姉さまも疲れてるだろうし、えっと、その……」

悪戯っぽく小首をかしげるギンガの言葉を真に受けた翔は、それはもう慌てふためいて弁明する。
翔の性格から、他人、とりわけ特に懐いている相手を邪険にすることなどあり得ない。
そんな事はギンガとて先刻承知している。
ただ、翔はこういった少々意地の悪い問いかけには耐性がなく、それで慌てて困る所が可愛くて仕方がないのだ。

(直さないと翔に嫌われちゃうかも……って言うのはわかってるんだけどなぁ。これが中々……)

癖になってやめられない。
涙目になり、叱られた子犬の様にシュンとなっている姿を見ていると無性に思い切り抱きしめてやりたくなる。
人の言う事を真に受ける純朴さ、それを受けてコロコロと変わる表情、どれをとっても犯罪的に愛らしい。
思わず緩みそうになる頬の筋肉を引き締めるのに、毎度毎度苦労する。

(………っと、鼻血でてないかしら?)
「どうしたの? 姉さま」
「な、何でもないわよ、何でも」

ショタコンの気はないつもりだったが、翔をからかっているとおかしな性癖に目覚めそうで困るギンガ。
そんなギンガを翔はどこまでも純粋な瞳で見てくるものだから、ギンガとしては後ろめたい気がしないでもない。
なので、こう言う時はとりあえず誤魔化してしまうに限る。

「そう? ……………っわぷ!?」
「ほ~ら、やるなら早くやっちゃいなさい。そうでないと……」
「そうでないと?」
「このまま抱っこして隊舎に連れてっちゃうわよ♪」
「うぅ、それは恥ずかしいよぉ」

さすがにその図は翔の幼い羞恥心にも引っかかるようで、顔を赤くして俯いている。
ただ、その仕草がますますギンガをイケナイ方向に駆り立てるものだから困った物だ。

「私は別にそれでも良いんだけどね。
 あ、そうだ。なら、終わったら一緒にシャワーでも浴びようか。うん、それがいい。そうしましょ」
「え!?」
「イヤなの? なら、代わりに翔に抱かせようか? 投げられ地蔵を」
「姉さま、なんか父様達に似てきた」
「う!?」

師の事は尊敬しているが、さすがにまだああはなりたくない、と言うのがギンガの本音。
というか、投げられ地蔵を抱かせると言うのはつまるところ、石を抱かせると言う事だ。
それは、紛れもない拷問ではあるまいか。

「ま、まあいいわ。で、まずは何から?」
「えっと、熊歩を五千歩と正拳突きを千本。あと……」
(相変わらず、子どもにやらせる量じゃないわよねぇ……まあ、私のやってる内容も同じようなものだけど)

そうして、ギンガと翔の108での残り少ない時間は相変わらずの修業に費やされていく。
まあ、場所が変わるだけでやる事自体はそう変わらないのだろうが。



  *  *  *  *  *



場所は変わって108の応接室前。
兼一を呼び出したゲンヤは、そこまで連れてきた所で軽く親指でその扉を指しながら言った。

「おめぇに客だ。本局からだとよ」
「はぁ……僕にですか?」

正直、わざわざ兼一を訪ねてくる理由が全く思い当たらない。
兼一の管理局関連の交友関係は、今のところほぼ108に限定されている。
一応なのはとグレアムも該当しない事はないが、それとて繋がり自体は決して強くはない。
階級は二等陸士、年齢は二十九間近。こんなパッとしない兼一に会いたがる人間などまずいないのも事実だが。

「おう。ま、俺はあんま知らねぇが、八神の関係者らしい」
「ああ、なのはちゃんの友達で六課の部隊長になる子ですよね…って、上官に『子』もないですけど」
「良いんじゃねぇか。階級と経歴はともかく、実際に19のチビダヌキ、ガキだガキ」
「そんなこと言えるのは、たぶんゲンヤさん位だと思いますよ」

根が小市民な兼一としては、やはり『二等陸佐』という地位には腰の引けるものがある。
なにしろ、階級的には上から七番目。下から二番目の兼一からすれば雲の上も同然だ。
ゲンヤの様に、上下に階級を気にしないなど早々できるものではない。

「おめぇ、そう言うのに興味ねぇくせに気にするんだよな」
「だって、偉い人とかって緊張するじゃないですか」
「緊張ねぇ……アイツにそんな大層なもん持つ必要ねぇぞ」

というか、ゲンヤとしては兼一がそう言ったことで緊張するのが似合うのか似合わないのか判断に困る。
達人と言う領域にいる事を考えると冗談にしか聞こえないが、それが兼一だと恐ろしく納得してしまう。

(ほんっとうに、武術以外の事は普通なんだよなぁ、こいつ。時々、達人だってことも忘れちまいそうだ)
「どうかしましたか?」
「いんや。ほれ、良いからさっさと入れ」
「そうですね、あんまり待たせるのは失礼ですし」
「じゃ、俺は仕事に戻るぜ。終わったら声をかけてくれ」
「はい」

そうしてゲンヤは兼一を残してその場を後にする。どうやら、中の人物に紹介はしてくれないらしい。
兼一は慣れない緊張感にジットリと汗をかき、大きく深呼吸をする。
アポもなしに一大企業に乗り込み、トップに会わせろと言った男と同一人物とは思えない。
まあ、相手がアレで、場所が古巣だったからできた事なのだが。
とりあえず、兼一はゆっくりと扉をノックする。

「はい」
「遅くなって申し訳ありません、白浜兼一二等陸士です」
「ああ、お待ちしていました。どうぞ」
「失礼します」

扉を開けると、そこは落ち着いた丁度で統一された部屋だった。
まあ、植物には詳しいが、インテリアなどにはとんと疎い兼一には高いのか安いのかも定かではないが。
ただ、その部屋の中央に据えられたソファ、そこに腰をかけた人物は少々異質だった。

まずは若い。兼一よりも何歳か若く、地球なら社会人3年目以内の若者だ。
さらに鮮やかな長い緑の髪が目を引き、その上純白のスーツを着ていてそれが妙に似合っている。
水商売系の様な印象がなくもないのだが、手に取ったカップをテーブルに下ろす所作には滲み出るような優雅さがあった。恐らく、特別意識してのものではなく、これは彼にとって当たり前のことなのだろう。
街を歩けば、当たり前のように女性から熱い視線を集めそうな美男子だ。
はっきり言って、こんな応接室にいるのは場違いも甚だしい……筈なのに、馴染んでいるのだから不思議だ。
そんな事を考えているうちに青年は立ち上がり、兼一に向けてさわやかな笑顔を向ける。

「はじめまして。本局査察部、ヴェロッサ・アコース査察官です」
「…あ、失礼しました。陸士108部隊、白浜兼一二等陸士であります」

制服ではない為、当然階級証もなく正確な階級はわからない。
だが、なんとなく本局と聞いて自分より階級は上だろうと思い敬語になる兼一。
組織とは縦社会。基本的には地位と階級が物を言う。目上は敬って当然だが、これが基本だ。
年下であっても、階級が上ならそのように対応しなければならないのだから。

「はは、あまり堅くならないでください。
あなたの方が年上ですし、今日は堅い話をしに来たわけでもありませんしね」
「はぁ……」
「とりあえず、立ち話もなんですから座ってはいかがですか」
「すみません、失礼します」

ヴェロッサに促されるまま、彼の対面に腰を下ろす兼一。
落ち着きようからして、これではどちらが年上かわかった物ではない。

「あの、僕に話があるとうかがってきたのですが」
「ええ。といっても、半ば個人的な事なんですけどね」
「?」

首こそ傾げないが、意味がわからず不思議そうな顔をする兼一。
そんな兼一の反応を見て僅かに苦笑を洩らしたヴェロッサだったが、途端にその表情を真剣なものに変える。
それは、先ほどまでの人当たりの良い青年とは別種の顔。

「不躾ではありますが、少々あなたの事を調べさせてもらいました」
「と、言いますと?」
「さすがに地球でのあなたの事を正確に調べることはできませんでしたが、こちらに来てからの事は調べられました。自慢できるような事じゃありませんけど、粗探しは僕の得意分野なもので」
「…………」
「正直、驚きました。まさか、その身一つで魔導士と真っ向勝負できる人間がいるとは……」

そう言いながらヴェロッサは困ったような表情を浮かべる。
現場を見ていないが故に信じられない思いもあるのだろう。
特に、目の前の凡庸な男がそれを為したとなれば尚更。

「ああ、安心してください。別に、このことを広めようとかそういうつもりはありません。ただ……」
「ただ?」
「あなたが異動する部隊、機動六課の部隊長は僕の知己でして」
「ええ、ゲンヤさん…ナカジマ三佐からもうかがっています」
「彼女は…何と言うか、僕にとって妹みたいな子でしてね。
はやてはちょっと危なっかしいと言うか、自分を省みない所があるものですから、僕らとしては心配で心配で」

そう語るヴェロッサの表情には、偽りのない感情が浮かんでいる。
兼一にはその表情に、ほのかのことを心配する夏がだぶって見えた。

「僕にも妹がいますから、お気持ちはわかります。
こちらの気持ちなんて全く気付いてくれませんからね、妹って言うのは」
「全くです」

兼一の言葉に、ヴェロッサは大仰にうなずいて見せる。
その顔には苦笑が浮かび、心底困っていることがうかがえた。

「このまま愚痴を並べるのも楽しいんですけど、もうしわけありませんが話を戻させていただきます」
「あ、はい」
「まあ、早い話が妹分へのお節介なんですよ。
 はやて達が直接スカウトした人はまあ良いとして、そうでない人はちょっと調べておこうかと思いましてね。
 なにしろ、あの子をよく思っていない人が少なからずいるものですから」

つまり、ヴェロッサが危惧しているのははやてをよく思っていない誰かが、その足を引っ張る為に息のかかった者を送り込んでいないかと言う事だ。
新白連合の様な新興の組織はまだ一枚岩を維持していられる。規模が大きくなるにつれ一枚岩ではいられなくなりつつあるが、それでも長い付き合いの上層部は今でも一枚岩だ。

しかし、管理局の様に巨大で長く存在する組織はそうはいかない。
様々な人の思惑や思想、理念や正義、あるいは利権などが絡み複雑な構図を生む。
当然、中には対立関係や足の引っ張り合いも起こる。
はやては前と先ばかり見て足元や後ろが疎かになりがちだからこそ、こうしてヴェロッサが骨を折っているのだ。

「まあ、グレアム提督の推薦を受けたあなたを疑う必要は本来ないんですけどね。
 ですが、逆にそれが気になったので少し調べさせていただいた次第です。本来、管理局や魔法と何の接点もないあなたを、地球に帰ってしまえばそれっきりの筈のあなたを、どうして提督は推薦したのか。
 それは、当然の疑問ではありませんか?」

確かに、ヴェロッサの言う事はもっともだ。
表面的にみた白浜兼一と言う男の素性に、わざわざグレアムが推薦し、六課にねじ込む理由が見当たらないのだから。

「そうして調べているうちに、あなたがこちらで保護されている間の事件に行きあたりました。
 地上本部や本局は気付いていない様ですがね。僕も、こうして調べてみなければ見逃していたでしょう。
 でも、調べているうちに昔はやてや友人から聞いた話を思い出しましてね。地球には、生身で魔導士とケンカできるようなレベルの戦闘能力を身に付けようとしている人たちがいると」

おそらく、はやてが言っていたのは恭也や美由希の事なのだろう。
はやて達が魔法と出会った頃は、まだ恭也達も修行中の身。
まだ、魔導士と真っ向勝負ができるような段階にはいなかった。
だが、いずれはそのレベルに至る事を士郎辺りから聞いていたのかもしれない。

「白浜さん、恐らくはあなたもそんな人の一人なんじゃありませんか?」
「ええ、その通りですよ」
「………………」

ヴェロッサの問いに、兼一は極々自然な動作で頷く。
それに対しヴェロッサは、少々の間の抜けた顔で茫然としている。
その様子を不思議に思った兼一は、少々控えめにその訳を問う。

「どうか、しましたか?」
「あ、いえ。こんなにあっさりうなずかれると、拍子抜けしてしまって」
「いえ、別に隠していると言うわけでもありませんしね。
言いふらすような事でもないので聞かれなければ言いませんけど」
「そう、ですか」
「それに……」
「それに?」
「八神二佐の話していた人達は、多分僕の知り合いですしね」
「…………」
「高町一尉とは少々縁がありまして。八神二佐が話しておられたのは、恐らく高町一尉の御家族でしょう」

さすがに、この展開は想像していなかったのか、ヴェロッサは固まって動かない。
時間的な問題もあって地球での事はあまり調べられなかったが、まさかなのはの知り合いとは思わなかったのだろう。

(この事をはやては………………知らないんだろうなぁ、きっと)

今のはやては事務作業で忙殺されている。
はっきり言って、兼一の様な末端部分の事にまで気を回す余裕はない。
というか、そもそも兼一と面識があるかさえ定かではないのだ。
面識がない場合、本当に気付かない可能性すらある。

そうなると気付く可能性があるのはなのはだが、アレはアレでやることが多い。
一部隊ともなれば人員も相応にいるし、さすがに全員の顔と名前をチェックしきれているとは思えない。
ならば、兼一の存在に気付いていない可能性はかなり高いだろう。

(教えておいても良いけど…………………………黙ってた方が面白いかな?)

この辺りはゲンヤとも意見が一致しているらしい。
実際、兼一もゲンヤからは「面白いから気付かれるまで黙ってろ」と言われている。
ただヴェロッサの場合、後々この事がばれた場合はやてから「なんでだまっとったんやぁ!!」とお叱りを受け、教育係の様な存在のシャッハからキツーイお仕置きを受けることになるのだろうが。

「コホン。まあ、本人に肯定していただけたなら問題ありませんね」
「お話と言うのはこれで終わりですか?」
「あ、いえ、実はもう一つありまして」
「はぁ……」
「あなたが本当にそういう人間であるのなら、お渡ししておきたいものがあります」

ヴェロッサはそう言うと、自身のスーツの懐を探り始める。
取り出したのは、一枚のカード。どうやら局員IDらしい。

「今後は、こちらのIDを使ってください」
「?」
「大雑把に言ってしまうと、今のあなたを正規の戦闘要員として作戦行動に組み込むことはできません。
 魔法は使えず、質量兵器も使わない。その上、局で正規の訓練を受けたわけでもなく、当然武装局員の資格を持っているわけでもありませんからね」

一口に管理局員と言っても、その役職や専門分野は個々で異なる。
そして当たり前の話だが、戦闘と言う危険な行為に参加するにはそれ相応の能力が必要だ。
個人としての能力、集団として動く際の能力、場合によっては指揮官としての能力や作戦立案の能力なども求められるだろう。
管理局員なら大凡誰もが一定の訓練は受けているし、有事には後方勤務の人間も武器をとる。
だが、実際に無限書庫の司書や医務局の人間などの基本的に非戦闘員である彼らが武器をとる事はまずない。
当然だ、彼らと武装局員とでは訓練の内容からして違う。
戦場と言う過酷な場所で、専門家以外を投入することなど非常識の極み。
そして兼一は、今のところその「戦闘の専門家」として扱われてはいない。

では、それらをどうやって証明するか。
直接実力を示すと言うのも手だが、一般的には資格や免許と言った物がそれを証明する。
そう言った資格は、「形」として「これだけの能力がある」という証明なのだ。
だいたい、一々実力を示していくのではあまりにも時間がかかり過ぎる。
しかし、生憎と兼一はそう言った形のある何かを一つも持っていない。
当然、彼を知らない人間からすれば、いくら「武術の達人です」と言ったところで信用できるものではない。
もしそんな兼一を作戦行動に組み込み、それが明かるみになれば、確実に問題になる。

かつて高町なのはは一般人にして九歳と言う年齢でロストロギアにかかわる事件の解決に尽力した。
だが、それは例外中の例外だ。
彼女が優れた魔導士としての能力を持っている事が証明され、子どもの手を借りなければならないような状況にあり、なおかつ局内で確かな立場を確保しているリンディ・ハラオウンだからそれが出来た。

だが、ただでさえ実験部隊の機動六課、その上はやては色々と微妙な立場にある。
そして、兼一が使うのは魔法と言うこの世界において最も信頼される力ではなく、眉唾扱いされること間違いなしの純粋に己が肉体のみを頼みとした力と技術。
魔法は使えず、武器も持たず、武装局員としての資格もない。
そんな人間を戦場に積極的に出せば、これ幸いとばかりにはやては袋叩きにあう。
故に彼女は、何があろうと兼一を戦闘要員として数えるわけにはいかない。
しかし、それだと今度は白浜兼一と言う駒を遊ばせることになり、それはそれで無駄の極み。

「ですが、不幸中の幸いにもあなたはこちらで保護されている間に、一つの事件の解決に尽力しました。
 というか、事実上一人で解決してしまった。それも、Cランクの魔導師複数を相手に」
「ああ、つまり、それをとっかかりにしたんですか」
「ええ、戦闘行為への参加、その承認をねじ込みました。
 扱いとしては、過去の実績を鑑みて陸戦B相当としています」
(無茶な事してるなぁ……新島ほどじゃないけど)

普通、資格だの何だのはそう簡単にどうこうなるものではない。
なにしろ、あの高町なのはとフェイト・T・ハラオウンですら、訓練校での短期プログラムを終えるのに3カ月を要した。兼一がこちらの世界に移ってからまだ2ヶ月、正規の手順を踏んでいては到底間に合わない。
かと言って、彼は優れた魔導師でもないので、それを盾にごり押しもできないと来た。
魔法全盛のこの世界では、純粋な武術家の扱いはまだまだ低い。
何しろ、基本的に武術だけでは魔法に勝てない以上、いくら優れた武術家でもあまり信用されないのだ。
だからこそ、こう言った権力任せの力技に出るしかなかったわけで……。

「グレアム提督も、はじめからそのつもりだったのでしょうね。
 おかげで、なんとか異動前にIDカードが間にあいました」
「じゃあ、今日はこれを届けに?」
「それと、一応の最終確認です。あなたが本当に、あの件を解決したのかを」

これまでの調査で、ほとんど裏は取れていた。
だが、それでも確認しないわけにはいかなかったのだろう。
アレを、本当にこの一見普通そうな男が為したのかを。

「もちろん、あなたが戦いを望まれないのであれば、こちらは突き返していただいて……」

『結構です』とヴェロッサが最後まで言い切るより前に、兼一はその手から新たなIDカードを受け取る。
元より、グレアムの元を尋ねた時点でこの話は了承済みだ。
なにより、この根っからのお人好しが自分一人戦いから逃げるなどと言う事が出来る筈がない。
特に、その戦闘要員のほとんどが女子どもばかりの場所ともなれば尚更に。

「戦うのは……正直あまり好きじゃありませんけど、高町一尉には縁もありますし、何より僕だけ戦いから逃げるなんてできません。この拳は、大切な人を守る為に、正しいと信じた道を貫くために鍛えてきたんですから。
こちらは、有り難く頂戴させていただきます」
「…………………………ありがとうございます。はやて達の事、よろしくお願いします」
「微力ながら、お力添えさせていただきます」

力強く頷く兼一に対し、ヴェロッサは深々と頭を下げる。
もしかすると、兼一と話す前にゲンヤやグレアムとも話をしていたのかもしれない。
そうでなければ、達人と言うものをあまり知らない彼がここまで兼一を信用することなどなかろう。
彼からすれば、まだまだ武器も魔法も使わずそれだけの力を身に付けられることは信じ難いのだから。



数時間後、ミッドチルダ北部、旧ベルカ自治領、聖王教会「大聖堂」。
個人的な役目を終えたヴェロッサは、その一室にて一人の女性に会っていた。

「どうだった、ロッサ?」
「うん、快く引き受けてもらえたよ。グレアム提督からは武術の達人としか聞いてなかったし、クロノ君たちからもあまりその辺りの事は聞いてなかったから、もっと気難しい人かと思ってたけどね」
「そう、それは良かった」

かつて僅かに小耳にはさんだ「達人」と呼ばれる人種。
まさかその力を借りる日が来るとは思っていなかっただけに、力を貸してくれるか不安だった。
「武術を極めた者」「人の限界を越えた者」そんな風に聞かされていただけに、もっと難航することすら予想していたのだろう。

その点でいえば、快く引き受けてもらえたのは僥倖だった。
魔導師にとって天敵と言えるAMFも、純粋な身体能力と武術のみで戦う相手には意味を為さない。
もし本当に、魔導師と真っ向から戦えるだけの戦力を持つのなら、この件においてこれほど頼りになる味方はいないのだから。

「ただ……」
「ただ?」
「良くも悪くも普通の人だったね。
 普通過ぎて、本当に技を極めた人なのか今でも信じられないよ」
「あらあら」
「でも、アレが擬態だとしたら恐ろしくもある。
きっと、彼がその気になったら僕は敵に襲われたことすら気付かずに殺されそうだ」

査察官として数々の現場を見てきた、様々な人間を見てきた。
故に、人を見る目、違和感を見つけ出す観察力や洞察力には自信もある。
だが、今日会った相手はその目を容易くだまして見せた。
自信が揺らぐとともに、世界の広さを実感できた日だったのは間違いない。

「カリムやシャッハは教会をあんまり離れられないし、クロノ君は忙しい。僕もどちらかと言えば裏方だ。
 六課は若い子たちばかりで、あまり年長者もいないから援護を期待出来ないんだよね、もどかしい事に」
「そうね。でも、これで少しはバランスがとれるんじゃないかしら」
「だね。いくら能力的に優れていても、はやても高町一尉やテスタロッサ・ハラオウン執務官も二十歳未満。
 精神的な幼さ、未成熟さはどうしようもない。そんな所も含めて公私両面でサポートしてもらいたいかな」
「本当に」
「ついでに、今度会う時ははやて達の苦労話で盛り上がれたら尚よしだね。
このネタでぶっちゃけられる相手は少ないから」
「ロッサ、あまり変な事を言っていると、はやてに叱られるわよ」
「それは困る。ただでさえカリムとシャッハには頭が上がらないのに、はやてまでってなったら僕はいいとこなしじゃないか」



  *  *  *  *  *



翌日。
ギンガより一足早く六課へと移った兼一は、翔と共に直属の上司に挨拶していた。

「はじめまして、バックヤードで隊員寮の寮母を務めますアイナ・トラインです。
 よろしくお願いしますね、白浜兼一さん、それに翔君」
「はい。こちらこそ、よろしくお願います」
「よろしくおねがいます」
「はい、良く出来ました。元気な挨拶は大事ですからね」

兼一に続き頭を下げる翔を、アイナは優しく褒める。
如何に戦闘への参加資格をねじ込んだとはいえ、兼一の扱いは基本的に後方勤務だ。
元々戦闘要員として採用されたわけではないし、資格は所詮後付けに過ぎない。
あくまでも兼一の扱いは、「戦闘への参加を承認された事務系局員」でしかないのである。

「一応、私が寮全体の管理責任者ではあるんですが、この広さでしょ?
 なので、寮を女子棟と男子棟に分けて、白浜さんには男子棟の管理をお願いします」
「ああ、なるほど。そういう事ですか」
「はい。それに、やっぱり同じ男性が管理した方が、皆さんも落ち着くでしょうしね」

実際、一つの寮として繋がっているとはいえ、男子棟と女子棟に分けられている以上は別物とみていい。
男子棟で暮らす面々としても、どうせなら管理人は同性の方が気は楽だろう。

「こちらが手順書になりますので目を通しておいてください。
 主な仕事は、プライベート空間以外の寮内の清掃と備品や消耗品の管理と補充、それに補修。
 あと、食事は調理の方々がやってくれますけど、洗濯物は部屋の前に出していただいてまとめて、ですね。
 そうそう、一応白浜さんには隊舎の方の管理も一部やってもらいますし、花壇の手入れもお願いします」
「はは、やることいっぱいですね」

まあ、兼一としても家事全般は決して嫌いではない。
美羽の手伝いもしていたし、むしろ家事全般は得意な部類だ。
少なくとも、武術よりは適性があると思う。

「まあ、当面は寮に移ってくる人たちの荷運びと荷解きのお手伝いがメインですけどね。
 早い人はもう部屋に入って、オフシフトでは思い思いに過ごしてますよ」
「ああ、基本的には二人部屋なんですね」
「ええ、士官の方には個室が用意されてますけど、八神部隊長は御家族で一緒ですし、高町隊長とハラオウン隊長も古いお友達と言うことで同室ですから、あまり意味がないですね」

寮の見取り図とにらめっこをする兼一に対し、アイナは苦笑交じりに実情を話す。
上層部は特に身内ばかりなので、そういう傾向になってしまったのだろう。

「1階は共有スペースで、2階から個別の部屋になります。白浜さんは2階階段のすぐ前のお部屋です」
(ふ~ん、スバルちゃんとティアナちゃんが同室。ギンガは…………ルシエさんか、どんな人なんだろ?)
「白浜さんはお子さんと一緒ですけど、モンディアル三等陸士と同室です。
まだ十歳との事ですから、色々と面倒を見てあげてください」
(う~ん、こっちにもだいぶ慣れたつもりだけど、さすがに十歳で働いてるって言うのは慣れないなぁ……まぁ、美羽さんを含めて、幼少期から本物の戦いに身を投じている人はいる所にはいるわけだけど……)

子どもと思って侮ってはいけない、それは兼一自身身に染みて良く知ること。
彼の師の中にもそう言った人物はいる。年齢は必ずしも絶対ではない。
特に、武術の世界では何十年も鍛えた強者が一瞬の油断で弱者に負けることなど珍しくもないのだから。

「さて、大雑把な所はこんなところですね。今日のところは白浜さん自身の荷解きと、寮の作りや雰囲気に慣れるようにしてください。本格的な管理の仕事は明日からですから、わからない事があったら聞いて、何かあったら逐一報告してくださいね」
「はい。あ、モンディアル君はいつ頃来るかわかりますか?」
「ああ、今朝方シグナム副隊長が迎えに行かれましたから、お昼には」
「わかりました。ありがとうございます」
「いえいえ」

そうして兼一は翔の手を握って自室へと向かう。
少々年季の入った様子ではあるが、あまり悪い印象は受けない。
恐らく、アイナがあらかじめ手入れをしてくれていたのだろう。
これから一年を過ごすことになる自室の前に付くと、既に送っておいた荷物が届けられていた。

「さて、それじゃあモンディアル君が来る前に荷解きをしておこうか」
「うん。早くしないときちゃうかもね」
「そうだねぇ」

正直、二人の眼前にある荷物の量は半端ではない。
何しろ、元々兼一はかなりの本好き。かなり量は減らしたとはいえ、それでも持ち込んだ量はかなりの物。
その上、修行用の道具の一部もあるのだからその量は推して知るべし。
翔の言う通り、早くしないと同居人が到着してしまう。
まだ同居人の荷物は届いていないが、早くしないと廊下の一部を封鎖する形になってしまいかねない。
とそこへ、丁度隣の部屋の扉が開かれ、そこから背の高い黒髪の男が姿を現す。

「お、その部屋に来たって事は、おめぇがこっちの寮監か?」
「っ!?」
「まったく、この子は……。あ、失礼しました、白浜兼一と言います、こっちは息子の翔。
仰る通り、男子棟の管理を任されることになりました。えっと、あなたは?」

翔は突然のことに兼一の陰に隠れ、そんな息子に兼一は困ったような表情を浮かべながらも律義に答えていく。
良く見れば、相手が着ているのは陸士制服とは違う作業服の様なもの。
背は兼一よりだいぶ高く、目は若干タレ気味でその声からは闊達さがあふれている。

「おお、悪ぃ悪ぃ。ヘリパイロットをやってる、ヴァイスだ。お隣さん同士、仲良くしようや」
「ええ、よろしくお願いします」
「堅ぇなぁ、見たところ年もかわんねぇだろうに、もっと気楽にしてくれていいぜ。
 つーかここは女所帯だからよ、男同士上手くやってきてぇんだわ」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
「おう! っと、荷解きか。なんなら手伝うぜ?」
「あ……………じゃあ、少しだけお願いしても良いですか?」
「おう! 坊主、おめぇはそっちの軽いの持て。俺がこっち持つからよ」

折角の好意を無碍にするのも躊躇われ、兼一は控えめにヴァイスの申し出を了承する。
それに対し、ヴァイスは人好きのする笑顔を浮かべ、早々に荷運びに入っていく。
ただ、翔がいまだに兼一の後ろに隠れたままなことに気付き、手を止めて問いかけた。

「あ? どうした、坊主?」
「坊主じゃないもん」

ゲンヤからも坊主扱いの翔だが、さすがに初対面の相手にこれでは文句の一つもあるらしい。
その表情はどこかふてくされ気味なのだが、ヴァイスは全くそんな事は気にしない。

「じゃあ、しっかりあいさつしな。そうしたら名前で呼んでやるよ」
「むぅ………………………………白浜翔です、はじめまして」
「おう、はじめまして。そら、さっさとやるぞ、翔」
「う、うん」

不承不承といった様子であいさつする翔と、快活にそれに返すヴァイス。
逆鬼とはタイプこそ違えど、兄貴肌の人物なのだろう。翔もそのペースに流され気味だ。
そんな二人のやり取りを兼一は荷運びをしながら密かに笑いつつ見守っていた。



そうして三人がかりで荷解きをする事しばし。
一通りの荷物を運び終えたところで、兼一はそのお礼にとヴァイスをお茶に誘おうとするのだが……

「いやぁ、どうせなら酒の方がいいな。どうよ、これから一杯……」
「あの、ヴァイス君? それはちょっと……」
「良いじゃねぇか。おめぇだっていける口なんだろ?」
「いや、でもさすがに昼間からって言うのは、それに……怖い人が見てるよ」
「は?」
「ほほう、それはおもしろいな。ぜひ私も混ぜてくれ」

突如背後からかけられた言葉に、石像の如く硬直するヴァイス。
油の切れたブリキの玩具の様にぎこちない動きで背後を振り向くと、そこにいたのは般若。
ではなく、ピンク色の髪をポニーテイルにした、凛とした女性。
美人は美人であるのだが、どちらかと言えば「かっこいい」という言葉がよく似あう。

「し、シグナム姐さん…戻ってたんスか?」
「丁度今な」
「そ、そいつはお早いお帰りで……」
「ああ。と、そちらの御仁とは自己紹介がまだだったな。
 ライトニング分隊副隊長のシグナム二等空尉だ」
「あ、白浜兼一二等陸士です。よろしくお願いします」
「あまり顔を合わせる機会もないかもしれんが、こちらこそよろしく頼む」

キビキビとした動作、毅然とした態度。
一見すると美女と美少女の中間の様な女性だが、そこに弱さや儚さはない。
むしろ、研ぎ澄まされた刃の様なその雰囲気は、『武人』と言う言葉が良く似合う。

かと言って、抜き身の刃の様な危うさも恐ろしさもない。
他の者なら緊張してしまいそうだが、兼一としてはむしろ安心感すら覚える空気だ。

(この人、かなりできる。肩の筋肉からすると、多分剣……あと弓も使うのかな?)
(ふむ。良く澄んだ、穏やかな眼だ。見覚えがない所からするとスカウト組ではないようだな。
しかし、今一瞬鋭い輝きを見た気がしたが……………いや、気のせいか。
 だが、それにしてはこう……)

一瞬何かに気付きかけるシグナム。
しかし、歴戦の騎士である彼女の眼を持ってすら兼一の本質を見抜く事は出来なかった。
だが同時に、無意識のうちにそれで済ませてはならないことにも気付いている。
過去、初見で兼一を強者と見抜けた者は皆無に近い。
そう考えれば、違和感を拭えずにいるだけでも彼女の慧眼の鋭さがわかると言うものだろう。

「ん? その子は……あなたの子か?」
「あ、はい。息子の翔です」
「そうか。エリオ、お前の方が年上なのだ、面倒を見てやれ」

そう言ってシグナムが軽く後ろを向くと、そこには赤毛の少年が緊張した面持ちで立っていた。

「は、はい!」
「さて、ヴァイス。私の記憶が確かなら、お前はまだ勤務中の筈ではなかったか?」
「そ、そうっスかねぇ? 気のせいじゃないっスか?」
「ふむ。では、外でお前の事を探していたアルトも何か勘違いしていたと言うことか?」
「あ、アハハハ、アルトの奴は粗忽っスからねぇ」
「なるほど、確かにそれはあるな。何しろ、7歳まで自分の事を男と思っていた奴だ」
「でしょう?」
「…………………………………」
「…………………………………さいなら!!」
「逃がすか!! 正式稼働前からサボりとはいい度胸だ! その腐った根性、この場で叩き直してやる!!!」

脱兎のごとく逃げ出すヴァイス、鬼の形相でそれを追いかけるシグナム。
置いてきぼりにされた面々は、とりあえず今見た事をなかったことにすることで意見の一致を見ていた。

「えっと、もしかして君がモンディアル三士?」
「あ、はい。私服で申し訳ありません、エリオ・モンディアル三等陸士であります!」
「いや、私服なのは僕も同じだし気にしないで。
男子棟の施設管理を担当する白浜兼一二等陸士です。同室らしいから、これからよろしく」
「はい、よろしくお願いします!!」

かしこまって敬礼であいさつし合う二人。特に、エリオはガチガチに緊張している。
六課が初所属と聞いているので気持ちはわからないでもないが、エリオの力の入りようは微笑ましい限りだ。
まあ、いつまでもこれでは身体が休まらない。
兼一としては、せめて自室でくらいはリラックスしてもらいたいと言うのが本音だ。
その上、彼は前線に立つフォワードメンバー。休む時はしっかり休まないと、身体がもたない。
弟子ではないので、彼の人権はちゃんと尊重しないと。

「そんなに緊張しないで、階級だって一つしか違わないんだから」
「い、いえ。白浜二士は僕よりずっと年上でもありますし」
「と言ってもね、この年で二士の下っ端だよ。階級なんてすぐに追い抜いて、あっと言う間に上官さ」
「で、ですが……」
(う~ん、やっぱり大人が相手だと緊張しちゃうものなのかなぁ。
 それなら、ここは……)

エリオの事は兼一もまだよく知らないが、気持ちはわからないでもない。
初めての職場、期待と不安で内心複雑でしかないのだろう。
特に、周りはほとんど年上………と言うか大人ばかり。
失礼にならない様に、足を引っ張らないようにと堅くなっているのが手に取るように分かる。

しかし、それならそれで発想を変えれば良い。
兼一はエリオの前で勢いよく手を合わせ、頭を下げると口早に告げる。

「ごめん。ちょっと用事があってね、悪いんだけど少しの間翔の相手をしててくれる?」
「え? ……ええ!?」
「ごめん、すぐ戻るから。あ、荷物は後で手伝うからしばらくそのままでいいよ。それじゃ!!」
「ちょ、白浜二士!?」

エリオはなんとか兼一を引きとめようと、無意識のうちに持ち上げた右手で兼一の服の裾を掴もうとする。
だがそれより早く足早に兼一がその場を離れたことで、その手は虚しく宙に浮かんだままとなった。

たっぷり一分かけ、ようやく諦めたエリオはゆっくりと腕を下ろし背後を振り向く。
そこには、扉から隠れる様にして、つぶらな瞳でエリオの様子をうかがう翔の姿。

(……ど、どうしよう…………)

いったいどうすればいいのか途方に暮れ、エリオは思わず天を仰ぐ。
まあ、そこには天井しかないのだが……。



  *  *  *  *  *



場所は変わって六課の敷地内。
翔をエリオに押し付けてきた兼一は…………特に行くあてもなく散歩していた。

(う~ん、子ども同士打ち解けてくれると、少しはエリオ君も肩の力が抜けると思うんだけど…………上手くいくかなぁ? でも、僕が一緒にいても返って緊張させちゃうだろうし、難しいなぁ)

兼一とて、別に無責任にエリオと翔を放り出してきたわけではない。
これでもエリオの事を慮り、これからの共同生活が上手く行くよう配慮しているのだ。
まあ、あまりそういった方面でも器用ではない兼一なので、上手くいくかは定かではないが。
とそこで、兼一は少々この場には不釣り合いな人物と遭遇することになる。

(え? 子ども?)

そう、子どもである。それも、エリオよりなお小さい。
恐らく、翔とそう年も変わらない。6歳か7歳か、まあその辺りだろう赤毛の少女。
そんな少女が陸士制服を身にまとい、年に似合わぬ堂々たる態度で闊歩している様はいっそシュールですらある。
如何に戦いの場においては、幼いからと言って油断は禁物とは言え、これはさすがに……。

少女の方でも兼一の事に気付いたらしく、一瞬目を丸くした後足早に兼一の下へ歩み寄ってきた。
そして、兼一の眼前で止まった少女は、鋭い目つきで下から兼一の事を睨んでくる。
少々困惑した兼一だったが、とりあえず当たり障りのない所から話題を振ることにしてみた。
ただし、それは思いっきり地雷だったわけだが。

「えっと…………君みたいな“小さな子”がこんなところでどうしたの?」
「……………(ピキッ)」
「う~ん、もしかして道に迷ったのかな? お母さんはどこかわかる?」
「……………………………………(ビキ!)」
「あれ? でもそれって陸士の制服だよね…………………………コスプレ?」
「…………………………………………………………(ビキビキ!!)」

話せば話すほど、言葉を重ねるほどに少女の顔に浮かぶ無数の青筋。
頬はヒクヒクと痙攣し、全身から放たれる殺気は龍も裸足で逃げ出すほど。

しかし、空気読み機能の欠如した兼一は気付かない。
それどころか、あやす様にして頭に手を乗せ撫でるものだから、少女の怒りはさらに鰻登り。
怒髪天を突くと言う言葉があるが、今の彼女なら天を引き裂くことすらできそうだ。

「むぅ、しょうがない。隊舎の方へ行って迷子の放送をかけてもらおう」
「………………………………………………………………………………(ブチッ!!!)」

そうして、兼一は少女の手を握り隊舎の方へ連れて行こうとしたところで、ついに堪忍袋の緒が切れる。
まあ、彼女にしては良く我慢した方だろう……。
普段の彼女なら、早々に怒鳴り散らしていた筈だが、兼一が意味もなくたたみかけるものだから不必要なまでに怒りが蓄積してしまったらしい。

「あれ? どうしたの? 大丈夫だよ、すぐにお母さんも見つかるからね」
「ああ、ありがとよ。だけどよ、悪ぃんだけどさ、その前にちょっとこっち向いてくれねぇか?」
「へ?」

兼一が視線を下にずらすと、目に飛び込んできたのは美少女と言って差し支えない少女の実に良い笑顔。
ただし、その顔に無数の青筋が浮かんでいなければの話だが。

「……アイゼン」
《ja》
「えっと…………そのハンマーは、なに?」
「あたしは優しいからな、選ばせてやる。
液状化するまで磨り潰されるのとハンバーグになるの、どっちがいい?」
「ええっと、意味が良く分からないんだけど……どっちも遠慮するのは?」
「そうか、両方だな」

待機形態を解除したアイゼンを手に、底冷えのする笑顔を振りまく赤いおさげが特徴の少女。
本来なら実に愛らしい筈のその容姿に反し、背後には鬼神の姿を幻視する。

同時に、ここにきてようやく兼一の恐怖センサーが警鐘を鳴らした。
当然、最大警戒レベルの。まあ、思いっきり色々と手遅れなわけだが。
そうしている間にも、見る見るうちに少女の手にあるハンマーは巨大化していく。

「いやぁ、さすがにそれは…………………死ぬんじゃないかなぁ?」
「安心しろ…………死んだらまた殺してやる」

最早説得は叶わない。というか、当に説得の機会など逸してしまっている。
ようやくその事に気付いた兼一は、大急ぎで背を向けた。
これは逃避ではない、戦略的撤退なのだから!!

だが、初動の差は如何ともしがたい。
既に攻撃態勢にある少女と、今から逃げに入る兼一。
どちらが有利なのかは、論ずるまでもない。

「あの、一ついいかな?」
「いいぜ、辞世の句くらいは聞いてやる。一秒で忘れるけどな」
「それじゃ意味がない気が、まぁそれはともかく………“ちっちゃい”のにすごいんだね」

ダウト。この期に及んで尚の禁句。今まさに兼一は、自らの死刑執行書にサインした。
最早ここまで来ると、弁解の余地すらない。
白浜兼一、「人の逆鱗に触れる天才」に衰えの兆しはないのだった。

「よし―――――――――――――――殺す!!」
「わぁ!? 待った待った、ちょっとタイム!?」
「死ぃねぇぇえぇぇぇぇぇぇえぇぇぇ!!!」
(すみません、美羽さん。今からそっちに逝くかもしれません)

怒りにまかせ、勢いよく振り下ろされる巨大な鉄槌。
如何に頑丈さに定評のある兼一とは言え、さすがにこれでは一巻の終わりか。
そう思われたその瞬間、二色の光の帯が少女に絡みつきその動きを止める。

「ヴィータちゃんストップ!! それはさすがにやり過ぎ!!」
「やめるです、ヴィータちゃん!! 稼働前から殺人事件は不味過ぎです!!」
「離せ! 離してくれ、シャマル、リイン!! こいつだけは、後生だからこいつだけは殺させろ!!!」

もがくヴィータとそれを必死に止める二人の女性。
と言っても、片方は女性と言うにはあまりにも小さいが。
しかし、見た目に反してそのバインドは強力らしく、ヴィータは拘束を振りほどけない。
とりあえず命の危機は去ったのだが、兼一は場違いにもこんな事を思っていた。

(へぇ、こっちには妖精までいたんだぁ……)

明らかに論点がずれているのだが、それに突っ込む余裕のある者はここにはいない。
ちなみにこの後、兼一はしばらくの間ヴィータに邪険にされるのだが、自業自得と言うものだろう。



そうしてヴィータが沈静化するまでしばし。
二人の説得でようやく怒りを治めたヴィータだが、それはもう険しい目で睨んでくる。
当然口など聞いてくれる筈もなく、兼一は無言の圧力にさらされるのだった。
なものだから、迂闊に「ああ、死ぬかと思った」などと口走ることすらできはしない。

まぁ、それはともかく。
そんな状態なので、とりあえずは兼一と唯一面識のあるシャマルが場を取り持つ形となった。

「えっと………お久しぶりですね、兼一さん」
「はい、その節は御世話になりました、シャマル先生」

シャマルにはこちらの世界に来たばかりのころに世話になった恩があるだけに、兼一は深々と頭を下げる。
そして、それを見て面白くないのがヴィータだ。
なにしろ、自分は思いっきり子ども扱いされたのに、シャマルには礼儀正しい対応。
外見のせいと言ってしまえばそれまでかもしれないが、それで納得できれば苦労はない。

「それでですね、この子は私の家族のヴィータちゃんで、こっちがリインちゃんです」
「はいです! リインフォースⅡ空曹長です、よろしくですよ!!」
「…………………………………上官!?」
「ま、まぁ、小さいですけどそうなんですよ」

ただでさえリインは小さい上に、外見年齢も十歳そこそこ。
それでこの地位なのだから、初見の相手は大抵驚く。
シャマルとしてもそのリアクションには慣れたものらしいが、苦笑を浮かべつつその事実を肯定している。

「あの、一つ聞いても良いですか?」
「なんですか?」
「リインフォースⅡ空曹長は……」
「あ、フルネームだと長いので、リインと呼んでくださいです」
「じゃあ、リイン曹長」
「はいです。なんですか、兼一さん」
「曹長は…………………妖精か何かなんですか?」

ミッドで暮らすようになってはや2ヶ月。
だが、未だにこんな生き物は兼一も見たことがない。
大概の非常識に離れたつもりの兼一でも、これはさすがに眼を疑う光景だったらしい。

「あははは、兼一さんは面白い事を言うんですねぇ……」
「いや、割と普通のリアクションだと思うぞ」
「ですよねぇ……」
「何か言ったですか、二人とも?」
「いんや」
「何でもないから続けて」
「はぁ、そうですか。ではですね、リインについてちょっとだけ教えてあげるです。
 女の子の秘密なんですから、他の人には秘密ですよぉ」

若干背伸びをしている感じで、リインはそのまま説明に入る。
自身が管理局でも数少ない「ユニゾンデバイス」と言う存在であること。
他者と融合し、その能力を飛躍的に向上させる能力を持つことなど。
そうして一通りの事を話し終えたところで、今度はヴィータへと話が移る。

「で、ですね。こっちのヴィータちゃんなんですけど……」
「シャマル先生の妹さんですか?」
「ま、まぁ、そんな感じなんですけど…………」
「ヴィータちゃんもれっきとした管理局員です。それも三等空尉、兼一さんやリインよりずっと上ですよぉ」
「え?」

リインの話を聞き、思いっきりいぶかしんだ表情を浮かべる兼一。
ヴィータの外見上無理もない話だが、さすがにその驚きは相当なもの。
リインの場合は返ってその小ささが説得力を持たせているが、どこからどう見ても小学校低学年にしか見えないヴィータだと何かの冗談としか思えないのだ。
しかしそれも、続くシャマルの同意によって信じざるを得なくなる。

「いえ、勘違いしたのも無理はないと思うんですけど……本当なんです」
「そうだ、敬えこのバカ! あたしは大人だ!」
「でも、どう見ても子ど………すみません」

再度禁句を口にしかける兼一だが、ヴィータの鬼の形相の前に口を閉ざす。
実に賢明な判断だ。もしもう一度口にしていれば、今度こそミンチかペーストになっていたに違いない。

「そ、それでですね、リインちゃんはロングアーチ、ヴィータちゃんはスターズの副隊長ですからあまり会わないかもしれませんけど、私は医務室に詰めてますので、何かあったら来てくださいね」
「あははは……まぁ、あまりお世話にならないに越したことはありませんけど」
「確かに、それはそうですね」
「おい、シャマル。あたしはもう行くぞ」
「あ、はーい。リインちゃんは?」
「私もまだお仕事があるので戻るです」
「なら、私も戻ろうかしら」

仕事が残っているのは同じなのか、少し口元に指を当てて考えるシャマル。
兼一としても無理に引き留める気はないし、結果的にいい時間つぶしになった。
丁度いいので、そろそろ戻って様子でも見ようと思っていた所だ。

「それじゃ、兼一さん失礼します。
 それと、怪我や病気じゃなくても偶にお茶でも飲みに来てくださいね」
「あ、はい。それではまたいずれ……」
「にしてもよ、茶ぐらいはまともに淹れられる様になれよな。
 せっかくもらった道具がもったいねぇぞ」
「ヴィータちゃん、抹茶は『淹れる』じゃなくて『点てる』って言うんですよ」
「し、知ってるっつうのそれくらい!!」

そんなかけ合いをしつつその場を後にする1/2八神家であった。



  *  *  *  *  *



寮の自室に戻ると、そこに広がっていたのは期待以上の光景。
何があったのかまでは定かではない。
だが、備え付けられたベッドに横になって昼寝をする翔と、その翔と兄弟の様にして並んで眠るエリオ。

翔はエリオの服をやんわりと掴み、エリオはそんな翔を抱きかかえる様に手を頭に回している。
それだけで、事細かな説明など不要な気がした。

「やれやれ、そんな恰好で寝てると風邪をひくよ」

そんな二人を起こさない様に、優しく毛布をかけてやる兼一。
どんな夢を見ているかは分からないが、二人の表情から良い夢を見ているのだろうと思う。

「さて、今のうちに荷解きの続きでもするかな」

ただし、二人を起こさない様に静かに。
その条件の下、運び込んだ大量の段ボールの山に挑んで行く兼一なのであった。
何しろ、さっさとやらないといつまでたっても片付かない。


そうして自分と翔の分の荷物を片付け終えたところで、昼寝をしていた二人は目を覚ました。
その後は残ったエリオの荷物を三人がかりで片づけたのだが、はじめのうちエリオは一人でやろうとしていた事を追記する。
そして、一通りの片づけを終え快適な居住空間の構築に成功した三人は、なぜか一緒に風呂に入っていた。

「ほらほら、エリオ君は僕の前、翔はその前ね」
「え? え? え?」
「は~い」

翔と打ち融けこそしたが、まだ兼一にはどこか緊張気味のエリオ。
だが、そんなエリオを余所に話を進めていく白浜親子。
エリオからすれば、気付けば風呂場に連行されていたという気分なのだろう。

「えっと、これでどうするんですか?」
「それはほら、定番の流しっこ。
 終わったら今度はエリオ君が僕の背中で、翔がエリオ君の背中ね」

どうやら、あまりこう言ったことの経験がないらしく、困惑気味のエリオ。
しかし、続く翔の発言でその顔は途端に赤面することになる。

「うん。兄さまの背中洗う~」
「そっか、エリオ君はお兄ちゃんか」
「お、お兄ちゃん!?」

まだ、親元で何も知らずに普通に暮らしていた頃。
一人っ子ならだれもが一度は考えるであろう「兄弟が欲しい」という願望を、エリオも当然の様に持っていた。
だが、日常の崩壊と共に知った真実、以降そんな事を考えた事はない。
そんな余裕がそもそもなかったし、余裕が出てきてからはどうやって育て親とも言える人の力になるかばかり考えてきたのだ。それに、今更自分に兄弟などできはしないと諦めてもいた。

しかし、今日出会った自分同様育て親の力になりたいと願うもう一人の少女。
ある意味、彼女とエリオは「きょうだい」の様な間柄だろう。
もちろん、兄なのか姉なのかを論ずることに意味はないし、強いて言うなら双子に近いのだろうが。
だがまさか、こんな形で、忘れた頃になって自分が「兄」と呼ばれる日がこようとは。
知らぬうちに口角の緩む自分がいることに、エリオは気付いていない。

(そ、そっか。翔は年下だし、お兄ちゃん…か)

それは、思っていた以上に甘美な響きで、気付けばいつの間にか兼一の背中を流していた。
どうやら、舞い上がっているうちに向きが変わってしまっていたらしい。
しかし、背中に感じる年下の同居人が背中を洗う感触は……イヤじゃない。

同時に、眼の前に広がる思っていたよりも遥かに逞しい背中に、ずっと前に失った物を幻視する。
思い出す度に痛みしか伴わなかった記憶だった筈なのに、今はそれもない。
それどころか、驚くほど心は静かで穏やか。あるのは、何も知らず幸せだったころと同じ気持ちだけ。

(そう言えば、昔は父さんの背中を流したりしたこともあったんだよね。
 それが『僕』の記憶なのか、それとも『僕の元になった僕』の記憶なのかは分からないけど。
 でも………………………何だろう。胸が、あったかい)

そうして、機動六課での最初の夜は更けていく。
これから始まる弟分とその父との共同生活に、エリオは胸を弾ませていた。
その心に、初めて会った時の緊張はすでにない。

それを証明するように、その晩三人は同じベッドで眠った。
まるで、本当の親子の様に。身近に感じるその温もりに、かつて失った安心感に、エリオが知らず知らずのうちに涙していた事を、彼が寝付くまで起きていた兼一だけが知っている。






あとがき

はい、新章突入ですがまだなのは達は出てきません。
ちょろっとはやてが出てきただけですね。たぶん、なのはやフェイトは次あたりです。

それと、兼一が修業の仕上げに行った修業。これはまだ秘密。
ですが、ちょっとヒントも出しましたし、割と気付く人は多いかも。
兼一が弟子をとったとしたら、必ずその甘さがネックになるのは間違いありません。
そして、武術の伝承においてその情が時に妨げになる以上、それをどうにかする必要があります。
その前提のもと考えて出した、かなり無茶な修業法です。

あと、実はエリオとの風呂で「御家族は?」という地雷を兼一に踏ませるつもりだったのですが……………………さすがに空気読めなさすぎるのでやめました。その代わりがヴィータとのくだりですね。
いくら「相手の心の中心直接攻撃」が得意技とは言え、エリオ相手にこのタイミングでそれは不味い。

さて、次からはいよいよ六課本格始動。
なのははどのタイミングで兼一の存在に気付くのやら……上手くやれるようにしたいものです。


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