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No.25730の一覧
[0] 【完結・改訂完了】リリカルなのはSts異伝~子連れ武人活人劇~(×史上最強の弟子ケンイチ)[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[1] BATTLE 0「翼は散りて」[やみなべ](2013/07/16 00:16)
[2] BATTLE 1「陸士108部隊」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[3] BATTLE 2「新たな家族」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[4] BATTLE 3「昼の顔、夜の顔」[やみなべ](2013/07/16 00:18)
[5] BATTLE 4「星を継ぐ者達」 [やみなべ](2013/07/16 00:18)
[6] BATTLE 5「不協和音」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[7] BATTLE 6「雛鳥の想い」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[8] BATTLE 7「一人多国籍軍、起つ」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[9] BATTLE 8「断崖への一歩」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[10] BATTLE 9「地獄巡り 入門編」[やみなべ](2013/07/16 00:21)
[11] BATTLE 10「古巣への帰還」 [やみなべ](2013/07/16 00:21)
[12] BATTLE 11「旅立ち」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[13] BATTLE 12「地獄巡り 内弟子編」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[14] BATTLE 13「誕生 史上最強の○○」[やみなべ](2013/07/16 00:24)
[15] BATTLE 14「機動六課」[やみなべ](2013/07/16 00:25)
[16] BATTLE 15「エースの疑念」[やみなべ](2013/07/16 00:26)
[17] BATTLE 16「5年越しの再会」[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[18] BATTLE 17「それぞれの事情」[やみなべ](2013/07/16 00:27)
[19] BATTLE 18「勢揃い」[やみなべ](2013/07/16 20:54)
[20] BATTLE 19「守護の拳」[やみなべ](2013/07/16 00:28)
[21] BATTLE 20「機動六課の穏やかな一日」[やみなべ](2013/07/16 00:29)
[22] BATTLE 21「初陣」[やみなべ](2013/07/16 20:53)
[23] BATTLE 22「エンブレム」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[24] BATTLE 23「武の世界」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[25] BATTLE 24「帰郷」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[26] BATTLE 25「前夜」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[27] BATTLE 26「天賦と凡庸」[やみなべ](2013/07/16 20:51)
[28] BATTLE 27「友」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[29] BATTLE 28「無拍子」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[30] BATTLE 29「悪魔、降臨す」[やみなべ](2013/07/17 21:15)
[31] BATTLE 30「羽化の時」[やみなべ](2013/07/16 00:39)
[32] BATTLE 31「嵐の後で」[やみなべ](2013/07/16 00:40)
[33] BATTLE 32「地獄巡り~道連れ編~」[やみなべ](2013/07/16 00:41)
[34] BATTLE 33「迷い子」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[35] BATTLE 34「I・S」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[36] リクエスト企画パート1「vivid編 第一話(予定)」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[37] BATTLE 35「ファースト・コンタクト」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[38] BATTLE 36「お子様散策記」[やみなべ](2013/07/16 00:44)
[39] BATTLE 37「強い奴らに会いに行け!」[やみなべ](2013/08/01 03:45)
[40] BATTLE 38「祭囃子」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[41] BATTLE 39「機動六課防衛戦」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[42] BATTLE 40「羽撃く翼」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[43] BATTLE 41「地獄巡り~組手編~」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[44] BATTLE 42「闘いの流儀」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[45] BATTLE 43「無限の欲望」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[46] BATTLE 44「奥の手」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[47] BATTLE 45「絆」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[48] BATTLE 46「受け継がれた拳」[やみなべ](2013/07/16 00:49)
[49] BATTLE 47「武人」[やみなべ](2013/07/16 20:49)
[50] BATTLE FINAL「それぞれの道へ」[やみなべ](2013/07/16 00:50)
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[25730] BATTLE 11「旅立ち」
Name: やみなべ◆d3754cce ID:1963cf14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/16 00:22

白浜親子が地球に戻ってからしばし。
あるべき日常を取り戻したギンガは、今日も今日とて職務に励んでいた。

「……………………………ふぅ、報告書と資料はこれで良し、と」

小さく呟きながらディスプレイを閉じ、ギンガは天を仰ぐ。
そこにあるのは、なんの変哲もない見慣れた無機質な白い天井と電灯のみ。
当然ながら、そこにギンガの求める物はない。そもそも何を求めているのか、それすら判然としないのだが……。

(翔と兼一さん、今頃どうしてるのかな?)

別段、白浜親子がいなくなった所で何が変わったわけでもない。
より正確には、「かつての日常に戻った」と表現すべきだろう。

隊舎の中を歩いても、あの「お人好し」の代名詞の様な男の姿を見かける事はない。
家に帰った所で、ちょこまかと動きまわる幼い少年の気配は残滓すら残っていない。
休憩時間の恒例となった、常軌を逸した基礎訓練を課される事もない。

それこそがあるべき日常、そんな事はギンガとて理解している。
だがそれでも、身の周りが急に静かになった事への戸惑いは隠せない。
耳を澄ませば、可愛い弟分の自分を呼ぶ声が聞こえる様な気がした。
振り返れば、忙しそうに隊舎の中を駆け回る彼の後ろ姿が見える気がした。
いくら耳を澄ませ目を凝らした所で、それらが現実になる事はないと分かっている筈なのに……。

いや、そんな事は当たり前だと、ギンガとて百も承知だ。
承知しているにもかかわらず、気付くと彼らの影を探す自分がいる。

(要は…………寂しい、って事なのよね)

あの親子がいた一ヶ月半は、近年稀に見るほど騒がしく慌ただしい日々だった。
僅かな期間に起こった、大小さまざまなトラブルや事件。
たいして長くもないギンガの人生だが、その中でもあそこまでそれらが立て続けに起こった事はない。
最後の一週間など、特に濃密かつ刺激的な時間だった。刺激があり過ぎて、軽く心臓発作が起こりそうなほどに。

だが振り返ってみれば、つい口元がゆるんでしまうほどに充実した時間だったのだ。
この先の長い人生でも、恐らくはもうないのではないかと思うほどに色々な意味で充実した時間。
最早会う事かなわないだろう可愛い弟分と、尊敬するその父親。
二人の事だから、自分が心配する必要もなく元気にやっている確信がある。

「……はぁ」

しかし、感情と理性は別物だ。
それらを思い、つい溜め息が漏れてしまうのも致し方ないというものだろう。
だが、そこで唐突にギンガの背後から声がかけられる。

「二十八回目」
「え? ぁ……」

その声に振りかえると、そこには大きな影が立っていた。
電灯が逆光になり、影となって顔が良く見えない。
そのせいだろうか、一瞬その顔がいる筈のない人物のように見えた。
しかしすぐに目も慣れ、その顔が良く見知った…だが彼女が無意識のうちに探しているのとは違う顔であることが分かる。

「父さん、いたんですか?」
「いたんだよ、随分前からな。ったく、仮にも現役の武装隊員が簡単に背を取られてんじゃねぇよ。
 兼一の奴に知られたら大目玉を食うか、それともメニューが何倍になるか……」
「…………」
(はぁ、ホントに重症だな…こりゃ)

父が発した一言により、ギンガはまたも物思いにふける。
そんな娘を見て、ゲンヤは心配すればいいのか呆れれば良いのか心中複雑だ。
ゲンヤなどからすれば、ギンガがこの場にいない者達、特にそのうちの一人に向ける感情は一つしかないと思う。
にもかかわらず、当の本人であるギンガはその可能性に全く思いいたっていない様子だ。
今までその手の感情とほぼ無縁だったせいもあるのだろうが、あまりにも鈍い娘には正直呆れるしかない。

直接その感情を言葉にしてつきつけてやることは簡単だろう。
だが、果たしてそれで事が好転するかというと何とも言えない。
男女の仲、特に色だの恋だのはちょっとした刺激がどんな化学変化を見せるかわかった物ではないのだから。
そんなわけで、ゲンヤとしても已む無く話題はそこから反れて行くことになる。

「ところで、大丈夫なのか?」
「何がですか?」
「練習メニューだよ。六法全書みたいなやつを残して行っただろ、アイツ」

そう言って顎で示す先にあるのは、文字通りとんでもないぶ厚さを持った紙の束。
ミッドを離れる直前、兼一が夜通しかけてまとめた向こう数ヶ月分の練習メニューである。
練習の内容、その趣旨、注意事項、ウォーミングアップとクールダウンについて、日々の食事、その他諸々。
細やかな、それこそ気にし過ぎと思えるような配慮が隅々まで行き渡った代物だ。その上、それが何冊も。
最後の一冊に至っては、年単位でのトレーニング計画まで。
自分が指導できなくても、仮に一人で鍛錬するとしても、着実に強くなれるように組まれた計画。
今はそれが、ギンガが先を目指す上での道標であった。

「あの量だと、休憩時間一杯まで使わんことには一日分が終わらねぇだろ」
「大丈夫ですよ、毎日の量はちゃんとこなせてますから」

父の言葉に、ギンガは笑って答える。しかし実際には、ギンガは一日分をしっかりこなしているわけではない。
とはいえ、それはサボっているのとも異なる。
むしろその逆、記述されている量より多めにこなしている位だ。

あのメニューは、あくまでも「兼一がいない事」を前提として組まれた物。
つまり、安全面を考えていくらか余裕を持って組まれているのだ、少なくとも兼一的には。
普通人なら十分すぎるほどにハードワークなのだが、一時でも兼一の下で学んだギンガにはそれがわかった。
兼一が指導していた時は、アレ以上の質と量を課されていたのだから。

(まあ、兼一さんに知られたら怒られるかもしれないけど……)

何しろ、ゲンヤはもちろん兼一もギンガが指示以上の鍛錬を積んでいる事は知らない。
指示以上の事をすれば故障に繋がるかもしれないし、あるいはどこかで歪みを生む可能性もある。
その場合、最終的にはギンガ・ナカジマという武術家の完成を阻むことになるだろう。

それを考えれば、ある意味指示に従っていないギンガを兼一は怒るかもしれない。
実際、あのメニューの中で兼一は過度の鍛錬を何度も戒めていた。
だがそれでも、ギンガはいまのやり方を変える気はない。

(……………これ位やらないと、多分…追いつけないから)

リスクは承知の上、その覚悟は既にある。
彼に追いつく事、それこそが何にも勝る恩返し。
これだけやっても追い付くのがいつになるかわからないのだから、これくらいは当然。

次に会うのがいつになるのか、次に会う日が来るのかすら定かではない。
しかし、その時には驚かせてやりたいとギンガは思う。
『これだけ強くなりました』と、そう胸を張って伝えたいから。

「そう言えばどうだったんですか? 本局から呼び出しなんて珍しいですけど……」
「ん? おお、その事か」

気を取り直す様にギンガは話題を変え、ゲンヤはそれに苦笑いを浮かべる。
今朝方、突然ゲンヤに対し本局から呼び出しがあったのだ。
一応地上本部を通した上での正式な呼び出しだったのだが、その理由も目的もゲンヤは知らされていなかった。

だが、それでも命令は命令である。
管理局員には上司や上層部からの命令に従う義務が当然あるし、ゲンヤとて早々突っぱねられるものではない。
故に、朝からゲンヤは隊を離れ本局に行っていたのだが、いつの間にか帰ってきていたというわけだ。

「用件っつうのが、まぁなんつーか……アレだ、新しい奴が来るからウチで引き取って教育しろとよ」
「この時期にですか? 新しい局員の配属にしても微妙ですよ」
「だな。あと2ヶ月もすりゃ配置転換の時期、訓練校や士官学校上がりのヒヨッコ共の配属もだ。
 ならそれに合わせれば良いじゃねぇかとは俺も思ったんだが……」

ゲンヤはどこか困ったように、あるいは呆れたように頭をかく。
普通、新しく配属されるにしても、あるいは配置変えになるにしてもこんな微妙な時期にはやらない。
あと少しすれば、世間も就職や入学・進級で沸き立つ。地球で言うところの『新年度』である。
にもかかわらず、僅かに時期をずらしての配置など滅多にある物ではない。
あるとすれば、よほど問題があって前の職場を追い出されたか、よほど優秀で即戦力として迎えられたかだろう。
だが、ゲンヤの発言から新しく管理局に入った物であることが分かる以上、考えられるとすれば……

「高ランク魔導師、なんですか?」

そう、よほど優秀かつ強力な魔導師で、即戦力として期待されていうならまだ納得できる。
管理局は例年人手不足に悩まされ、優れた戦闘能力を持つ魔導師は特に手が足りないのだから。
まあそれでも、よほど強力な魔導師ですらこんな微妙な時期に配属されたりはしないのだが……。
しかし、実を言うとそれすらも外れだったりする。

「いや、それがな、そもそも魔導師ですらねぇ」
「は?」

思ってもみない父の言葉に、思わずギンガは間の抜けた返事を返す。
魔導師以外でそう言った事がないわけではない。
例えば、企業などからヘッドハントされた優秀な人材などならない話ではない。
だが、それにしてもこの微妙な時期にそれをする理由としては魔導師意外というのは考えづらいのだ。
そして、続く説明もまたギンガを納得させるに十分とは言い難かった。

「上の方にコネがある奴らしくてな、特例として試験を受けてギリギリ合格、そのまま配属って具合らしい」
(まぁ、管理局はその辺の融通は利く方だし、上にコネがあればそれくらいの事はできそうだけど……)

可能不可能でいえば可能だろう。しかし、そこまでする意味と意図がわからない。
これでは、周りの心証を悪くしたり上にいらない借りを作ったりすることになる。
そんな事をするくらいなら、大人しく2ヶ月後を待った方が良い。

「まあ、正式な配属は2ヶ月後、例の八神の部隊なんだが…まだ稼働はしてねぇだろ?
 そこで、それまでの間ウチで預かって諸々教え込めとさ」

早い話が、一種の研修という事なのだろう。
前の経歴はわからないが、管理局員としては明らかな新人。
それを新しい部署に放り込むに当たり、108でちょっと揉んでおこうというのだ。
まあ、本局所属の人間を地上部隊に預ける理由がさっぱりわからないのだが……。

「確かにウチは八神二佐とも交流がありますけど、それにしたって……」
「まぁな。とりあえず来るのは明日からだ、それで何かしらわかるだろうよ」

どうやら、ゲンヤにもまだあまり詳しい情報は与えられていないようだ。
彼は肩を竦め、「はいはい、どうぞお好きなように」と言わんばかりの投げ槍な態度を取った。

しかし、翌日二人は知ることになる。
新しく二ヶ月だけ配属される仲間は、二人の思いもしない理由で配属された事を。



BATTLE 11「旅立ち」



時は遡って、白浜親子が地球に戻って間もないある日の事。
早々に居を梁山泊に移した兼一と翔は、師匠連に見守られながら今日も今日とて修業に励んでいた。

「いたたたたたたたたたたたたたた!!!」
「ほらほら、もうちょっともうちょっと♪ あと少しで120度回るよ…………………首が」
「く、首がぁ~~!! 首の骨が折れるぅ――――――――――!!」

亡き妻の忘れ形見であり、最愛の息子である翔の頭を両の掌でしっかり押さえ、回ってはいけない位回そうとする兼一。その胴体はしっかりと固定され、身体を回して負荷を軽減することすらできない。
このままだと、翔の首は真後ろを向き、頸椎をおかしくしてしまいそうだ。
だが、そんな家庭内超暴力も、梁山泊ではその限りではない。

「アパパパパ、ガンバよ翔! 真後ろまで回るようになれば合格よ!」
「そんな人いないと思う!!」
「大丈夫だよ、翔。僕の古い友人は16歳のころには180度、今では360度回るから」
「う…ん。柔らかいよね…彼」
「それもう柔らかいとかって問題じゃないよ――――――――――――――――――――――――――っ!!」

これまで全く知らなかった身近な人たちの非常識な常識に、翔は魂の底から叫ぶ。
しかし、当然ながらそれが彼らの心に届く筈もなく。
翔が叫んでいる間も、兼一はしっかり力を弱めることなくその首をねじり続ける。
というか、万力の様な力で首をねじられているにもかかわらずこれだけ叫ぶとは、翔もいい具合に順応してきている証拠だ。本人としては全く嬉しくないだろうが。

「ふむ、兼一ちゃんの修業も中々の物じゃな。のう、秋雨君」
「全くですな。柔軟性は筋力に並ぶ武術家の命、骨もしなり筋肉や腱も柔らかい子どものうちに柔軟な肉体に仕立て上げれば、それは後の翔のよい武器となるでしょう」
「うむ。関節の稼働域が広がれば、それだけ出来る事も増える、これは必然にして極自然なことじゃ」
「鍔鳴りもそうだったし…な」

基本的に人間の関節の稼働域は決まっている。だが、達人ともなってくるとのその常識は通用しない。
首が異常に回る者、肘があり得ない方向まで曲がる者、種類は様々だがそう言った人物は確かに存在する。
身体の柔らかい子どものうちからそれらを仕込んで行けば、いずれは彼らに匹敵する柔軟性を得ることも不可能ではない。しかも、これは攻撃以外にも有用なのだ。

「それに、関節が良く動けばそれだけ壊される心配も減るね。
 搬欄でも、兼ちゃんの友達が相手だと首を折るのは一苦労ね」
「へへへ。ま、そういうこった。おう兼一、体がやわらかくて損はしねぇんだ、行けるとこまで逝っちまえ」
「もちろんですよ、逆鬼師匠。さあ翔、これも大事な息子にして弟子である君が壊れないようにっていう親心だ」
「むしろ父様に壊されるぅ~~~~~!」

ちなみに搬欄(はんらん)とは、中国四大武術とも称される太極拳の一手。
この技は頭を両手で上下から挟み、そのまま捻り倒し首を折る。
兼一の古い友人の一人、ジークフリートの柔軟な首を以ってすれば回避も防御もすることなくこの技を無効にできるだろう。もちろん、相応の使い手が使えばその限りではないが。
しかし実際問題として、このレベルの柔軟な関節群を身につけられれば、様々な関節技や関節破壊の技への予防策となる。そんなわけで、この以上な柔軟は何も首に限った話ではない。

本来、一定の方向にしか曲がらない筈の肘や膝。
それを、本来曲がってはいけない方向に曲げようと力を込める兼一。
翔はただただ、首を絞められる鶏の様に悲鳴を上げるのみ。

「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理!!!
 肘も膝もそんな方になんて曲がらないから!?」
「曲がらないだろうねぇ…………今は」
「昔も今もこの先も変わらないってば!!!」
「大丈夫、人間は慣れる。慣れてしまえば曲がるから」
「曲がるわけないってば―――――――――――――――っ!!!」

そうして、その後も常軌を逸した柔軟体操の名を借りた拷問は続く。
時に背骨を限界以上に反らし、時に肩や股関節が外れるギリギリのところまで開く。

気付いた時には、翔はまるで全身が軟体動物の様にぐにゃぐにゃになっていた。
より厳密には、四肢に力が入らず敷物の様になっていると言うべきか。
しかし、それですら梁山泊的には序の口だったりする。

「立てるかい、翔?」
「…………………………………」

返事はない、まるで屍の様だ。おお、翔よ。死んでしまうとは情けない。
とはいえ、それならそれでやり様があると言うのが梁山泊式。例えば……

「う~ん、立てないのなら仕方ないよね」
(よ、よかった。ようやく少し休め……)
「師父~、例の薬をおねがしま~す」
「ほい、死人も目覚める秘薬ね。こいつでさっさと修業再開ね」
「いやぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁああぁぁ!?」

こうして、今日もまた蒼穹に翔の絶叫が木霊するのだった。
臨死程度では、その日の修業が中断することなどない。梁山泊とはそういう場所なのだ。

そんなイカレタ梁山泊だが、この日は中々に珍しい人物が訪れることになる。
しかしこの時、その事をまだ誰も気づいてはいない。
特に一番の当事者である逆鬼は、誰が近くに来ているかも知らずに酒など飲みながら長老に話しかけていた。

「だがよぉジジイ。別に兼一のやり方に口出す気はねぇが、俺らも一緒にやらねぇで良いのか?」
「ふむ」
「はっきり言っちまえば、兼一はまだまだ師匠としちゃ未熟だぜ」

そんな事は、長老を始め師匠連全員が承知している事。
兼一は確かに彼ら全員が認めた武人だ。だが、兼一が師匠として未熟な事とそれはまた別の問題。
兼一が初めての弟子を取ってからまだそう日も経っていない。
誰しもはじめのうちは未熟なもの、はじめから何でも上手くできる人間はいない。
特にそれが、人を教え導くという難題ならなおの事。
故に、逆鬼の言葉は単なる事実の確認に過ぎない。

「まぁ、兼ちゃんもよく頑張っているんだけど、こればっかりは致し方ないね」
「そんなことないよ! 最初の頃のアパチャイよりマシよ!!」
「まぁ、アパチャイくんと違って殺してはいないからねぇ……」
「比較対象が間違って…る」

さすがに、手加減できずに弟子を殺してしまうのは論外。
それも、それが修業のきつさが原因なのではなく、組手の最中に強く殴り過ぎてとなれば尚更だ。
指導者としては超一流だったかもしれないが、少なくともあの時点でのアパチャイはそれ以前の問題を抱えていたのである。まあ、それも早い段階で解決されたのだから、あまり蒸し返すような事でもないが。

「ホッホッホ、逆鬼君は相変わらず心配性じゃのう」
「ば、ばーろう、んなんじゃねぇ!!」
「しかし、逆鬼の心配ももっともではありますな」
「そうね、兼ちゃんの事だから殺してしまう事はないと思うけど、それ以外の失敗なら十分可能性はあるね」

兼一は確かに、かつてのアパチャイの様な問題は抱えていない。
だが、だからと言って何の問題もない完全無欠の指導者というわけでもないのだ。
そもそも兼一には、誰かを指導すると言う経験が絶対的に不足している。
そうである以上、いつ何時思わぬ事態が発生しないとも限らない。
そういう意味で考えれば、彼らの心配は最もである。まあ、同時に彼らでもそれは同じことなのだが。

「でもそれは、僕たちにも言えるこ…と」
「うむ、世に絶対はない。仮にわしらがやった所で、絶対に翔が達人となる保証はないからのう」

そう、確かに彼らは指導者として紛れもない超一流。
白浜兼一という、才能の欠片もない男を達人へと仕立て上げた事でもそれは証明されている。

しかし、だからと言って彼らが弟子に取った者が全員達人になれるとは限らない。
兼一は慣れた、だが兼一より遥かに才能で勝るものが慣れない事もあるだろう。武術とはそういうものだ。
それこそ、途中で死んだり道を誤ったりしてしまう可能性がある事は、彼らにも否定はできないのだから。

「でもアパチャイ、兼一と翔なら大丈夫だと思うよ。
 アパチャイも最初は下手だったけど、少しずつなんとかなる様になったよ。だから大丈夫よ!」
「そうね。今が未熟でも、この先も未熟とは限らんね」
「う…ん。兼一が成長すればいいだ…け」
「志場っちの例もある。弟子によって師が武術家、あるいは人間的に成長することは良くある事だ。
 我等はただ、弟子と孫弟子の成長を見守るのみではないかね、逆鬼君」
「ま、そりゃそうなんだけどよぉ……」

その強面と荒っぽい口調のせいで誤解されがちだが、逆鬼は基本的に面倒見がよい兄貴肌だ。
可愛い弟子とその一人息子、その行く末を心配する思いは人一倍強い。
まあ、二人を思う気持ちでいえば、師匠達の間に優劣などないのだが。

「わしらが口出しすれば、確かに一時的には良い方向へと向かうじゃろう。
じゃがそれは、回り回って最終的に兼一君の成長を阻害することになる。
それは、逆鬼君とて望んではおるまい?」
「まぁなぁ……」

長老の言には、逆鬼も納得しているのだろう。
しかし、二人を心配する気持ちはそれとはまた別の問題だ。
口出しはすべきではない。少なくとも、兼一の方から助言を求めない限りは。
そうとわかってはいるのだが、それでも逆鬼の顔が浮かないのも事実。

「弟子を信じるのも、師の務めだよ逆鬼君」
「心配なら心配といえば良いね、男のツンデレなんて全然萌えんね」
「逆鬼の過保護は、死んでも治ら…ない」
「ア~パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ♪」
「てめぇら、好き勝手言いやがって……」
「アパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ♪」
「つーかアパチャイ、てめぇは笑い過ぎだ!!!」

すっかり爆笑モードに入ったアパチャイの胸倉を捕まえようとする逆鬼。
だが、逆鬼とアパチャイはほぼ同域の達人。
そう簡単に胸倉を掴ませてくれる筈もなく、その手は虚しく空を切った。

「ちっ、酒が切れちまった。酒買ってくるついでにパチンコにでも行ってくらぁ」

この場では形勢不利と悟り、逆鬼は一時撤退しほとぼりが冷めるのを待つことにする。
しかし、逆鬼がそうして立ち上がろうとしたところで、底冷えのする殺気が彼の背後に生じた。

本来生半可な殺気など、逆鬼からすればそよ風に等しい。
むしろ、どんな殺気であっても彼を同時させることは難しいだろう。
だが、この殺気だけは別。
世界でただ一つ、この殺気だけは逆鬼にとっても逆らえない絶対的なものなのだ。

「ふ~ん、いつまでたっても帰ってこないと思ったら、そうやって遊んでたんだぁ~、至~緒~」
「……………どっから湧いた、ジェニー」
「うふふ、一ヶ月ぶりに会った最愛のワイフに対する言葉がそれ?
 電話の一つも寄越さない旦那様のハート(心臓)に、ついつい鉛玉をぶち込みたくなっちゃうわぁ♪」

不自然なまでに上機嫌な声、それに反して凍てつく空気。
そして背中に押し付けられる冷たく硬い鉄の感触。
間違いなく、銃口を背中に押し付けているのだ。

「日本にゃ銃刀法ってもんがあるんだけどよ、知ってるかジェニー」
「ええ、もちろん知ってるわよ♪ でも、銃は家族。そんな大切な家族を置いて行けるわけないじゃない♪
 まぁ、どこかの誰かさんみたいに薄情な人はそうじゃないみたいだけどぉ♪」

実ににこやかに、いっそ気味が悪い程に「♪」が言葉の端々に乱舞している。
口調は優しげなのだが、その裏は隠しようもない程の刺々しさでいっぱいだ。
この2週間、一切連絡しなかった事を相当に根に持っている様だ。
基本逆鬼にベタ惚れのジェニーだが、今ではすっかり尻に敷いているらしい。

「あれ、ジェニーさん? 来てたんですか?」
「ハイ、久しぶりね兼一、それに翔も」
「あ!? 助けて、ジェニーおば「ん?」…お姉さま、お久しぶりです」
「よろしい。礼儀正しい子は好きよ、翔」

助けを求めるあまり危うく禁断の一言を言いかけてしまう翔だったが、般若の如き微笑みを見て即座に訂正する。
あのまま言ってしまっていたら、今頃胴体に風穴が空いていたに違いない。

「ああ、でもやっぱり子どもはいいわぁ、至緒もそう思うでしょ?」
「こめかみに銃口を押し付けてまで何が聞きてぇんだよ」
「やぁねぇ、そんなの女の口から言わせないでよね♪」
「とりあえずだ、ゴリゴリと銃口を耳の穴に押し込むのはやめろ」

どこからどう見ても、誰が見ても間違いようのない脅迫である。
相手が逆鬼でなければ、今頃無条件降伏するに違いない様な状況だ。
如何に逆鬼が銃弾すら回避できるとは言え、相手が同じく達人、しかも零距離ともなればそれも難しい。
そして、逆鬼であっても銃弾が脳天に直撃すればただでは済まない。
まあ、逆鬼が珍しく脂汗を流しているのはそれとはまた違うものが原因なのだが。

「さ、名残惜しいけど一ヶ月もお邪魔しちゃったんですもの、そろそろ帰りましょうか、ねぇ至緒?」
「いや、待てジェニー! 俺はまだこっちでやることが……」
「は?」
「……わかりました……」

逆鬼至緒、ケンカ百段の異名を持つ空手家にしてあまりにも強過ぎるが故に空手界を追放された猛者。
しかしてその実態は、すっかり尻に敷かれた恐妻家であった。



  *  *  *  *  *



その日の深夜。
日中の修業の疲労から、既に翔は泥の様に眠っている。
地球に帰還してからというもの、漢方の秘薬や怪しげな医術により翔の修業の苛烈さはエスカレートする一方。
何しろ、例え死にかけてもすぐさま蘇生、動けなくなっても動ける状態にされてしまうのだから。
おかげで、日を追うごとに兼一の指導には遠慮というか容赦がなくなってきている。

翔としては、命の危機を感じると同時にあれこれ考えている余裕さえない有様だ。
しかし、翔を指導している兼一は話が別。
むしろ、彼の場合はアレコレ考え、やらねばならない事が山の様にあったりする。
この日も翔が寝静まった後、深夜遅くまで剣星の部屋に入り浸っていた。

「ん、それじゃ今日のところはここまでね。
 今日やったのを明後日もう一度調合して、今度はそれを翔にのませるからそのつもりでね」
「ありがとうございます、師父」

白いものが混じる口髭をさすりながらそう言う師に対し、兼一は深々と頭を下げる。
そんな二人の前には、すり鉢や急須、あるいは徳利や鍼などが置かれ、その周りには素人目にはよく分からない乾燥した何かが無数に並べられていた。

「確か、明日は秋雨どんの所で整体をやるんだったかね?」
「はい。まだまだ、覚えなければならない事がありますから」
「うんうん、その意気ね。薬も整体も、他の何にしてもちゃんとした知識と技術がないと危ないからね。
 この先、当面の間は翔の肉体改造に重きを置く予定なのなら尚更ね」

向上心旺盛な弟子を喜んでいるらしく、上機嫌な様子で剣星は頷く。
兼一が夜遅くまで剣星の下で学んでいた物、それは武術ではなく鍼灸や漢方の技術と知識。
今はまだ師に遠く及ばず、薬の大半は師である剣星に調合してもらっている。

だが、いつまでもそれではいけない。
いずれは自分一人でもそれが出来るようにならねばならない、そうでなければ翔の師として胸を張れないから。
それは何も漢方薬に限った話ではなく、翔の身体をメンテナンスする為の整体などの医術にも言える事。
少なくとも兼一はそう考え、こうして毎晩毎晩剣星や秋雨の部屋を訪れ、教えを乞うているのだ。

また、今の兼一の翔に対する指導方針にもそれらは深く影響する。
どれほど優れた才があったとしても、翔は所詮4歳の子ども。
あまり筋肉を付けるのは好ましくないし、だからと言って技の修業を重視するにも早い。

そこで出した答えが、日中の異常な柔軟をはじめとする基礎のさらに土台固め。
基礎工事をする土壌、その土壌そのものを充実させる時期ととらえているのである。
具体的には、優れた柔軟性の獲得や基礎体力の向上、あるいは筋肉の質を変えるといった内容だ。
中でも漢方などが深く影響するのが、筋肉の質を変えること。

そう、筋肉の質を変えるのだ、筋肉を付けるのではなく。
早い段階で馬家十二筋法や岬越寺流秘密の鍛え方から特に筋肉の質を変える点を抽出しそれを施すことで、無理に筋肉をつけずに瞬発力と持久力を兼ね備えた筋肉に作り替えようと言うのである。
はっきり言って、それは机上の空論にも等しい未知の領域。秋雨ですら、筋トレなどをする中で徐々に作り替えて行ったのである。質のみを変えるなどそう簡単にできることではない。

しかし、今の翔を相手に行うにはこれが精いっぱいなのも事実。
そして、筋トレをあまり用いずにこれをやるとなると、どうしても漢方などの比率が大きくなる。
だからこそ、兼一は大急ぎで二人の技術を身につける必要があった。
とそこで、扉を軽くノックする音が二人の耳に入る。

「すまん剣星、少々兼一君に話があるのだが良いかね」
「大丈夫ね、秋雨どん。こっちもちょうど終わった所ね」

剣星が答えると、秋雨は静かに扉を開ける。
彼が軽く兼一を手招きすると、兼一も何も言わずに立ち上がり扉の前に立つ。

「どうかなさったんですか、岬越寺師匠」
「ふむ、長老が君に話があるそうだ。ああ、剣星も来てくれ、これより梁山泊豪傑会議を開く」
「こんな遅くにかね?」

そう言いつつ剣星も立ち上がり、三人は連れ立って道場へ向かう。
翔が寝静まるのを待ったためなのだろうが、それにしても遅すぎる。
おそらく、それ以外にも何かしら理由があるのだろう。

そうして道場に付くと、そこにはジェニーに連行された逆鬼を除く師匠達が勢ぞろいしていた。
上座に長老、両脇を固める様に剣星と秋雨が腰をおろし、さらに手前にはアパチャイとしぐれが座っている。
兼一は長老と正対する場所に置かれた座布団に腰をおろし、最初の一言を待った。

「遅くにすまんのう、兼ちゃんや」
「あ、いえ、それは別に」
「実はのう、一つ兼ちゃんに聞いておかねばならんことがあるのじゃ」
「はぁ……」

長老たちが唐突なのは今に始まった事ではない。
というよりも、大抵の場合この人たちは唐突で突飛なのだ。
今更この程度の事に動じていては、梁山泊ではやって行くことなど不可能。
とは言え、未だに兼一には彼らが何を考えているのか完全に把握できてはいないので、続く言葉を待つことしかできない。

「白浜兼一よ。お主この一月、いったい何を思い悩んでおる」
「え? べ、別にそんな事は……」
「隠しても無駄じゃ。わしらが、お主の変化に気付かんとでも思うておるのか?」
「う”……」
「みなもそうじゃろう?」

痛いところをつかれたのか、兼一は言葉に詰まり、そんな兼一に構うことなく長老は皆に意見を求めた。
当然、残る師匠たちから帰ってきた答えは……

「兼一君自身の問題故、敢えて口出しは控えてきましたが……」
「そうね。兼ちゃんも子どもじゃないんだし、自分で何とかすると思ってたんだけどね」
「そんなに、わかりやすかったですか?」
「アパパパパパ、あんなにしょっちゅう溜息ついてたら否でもわかるよ!」
「しか…も、毎晩毎晩『あー』とか『う~』とか唸っててうるさ…い。安眠妨害も良いところ…だ」

元来、嘘も隠し事も下手な性質である。
本人は表に出さないようにしていたらしいが、周りからすれば丸分かりだったようだ。
そうして、兼一もようやく白状する気になったらしい。

「そりゃまぁ、悩みはありますよ。今までの貯蓄があるとは言え、今の僕は絶賛求職中ですし」
「本当にそれだけかね?」
「何をおっしゃりたいんですか、師父」
「いやね、仕事が欲しいだけならなんとでもなるね。新白連合、鳳凰武侠連盟、あるいは他の武術組織でも兼ちゃんなら間違いなく雇ってくれるね。でも、兼ちゃんはそうとわかっていてどこにも所属しようとしていないね」
「それは……」

実際問題として、梁山泊の一番弟子である兼一は武術界においては引く手数多だ。
彼を欲する組織は星の数ほどあるし、かなり良い条件を提示している所も少なくない。
あるいは、どこから聞きつけたのか、兼一が梁山泊に戻ったと知って弟子入り志願する者もいる。
その悉くを兼一は断っているのだ。これで何かないと思う方が不可能という者もの。

「まあ、それは別にかまわんよ。兼一君なりに考えあってのことだろう」
「…………」
「職がない、確かにそれは死活問題だが、いざとなれば君の場合なんとでもなる。少なくとも、今はそこまで切羽詰まっていまい。にもかかわらず、君の表情は浮かない。
 ならばそれは、その事とはまた別の事という事だ」

秋雨への返答はない。それはつまり、兼一がその言葉を認めたと言う事だ。
元々、梁山泊の中でも特に頭の切れる人物である。
その秋雨を相手に、下手な嘘をついた所で無意味なのは明らかなのだから。

「あぱ? 何をそんなに隠すよ兼一。ギンガが心配なら心配って言えば良いよ。
 ヤンデレは逆鬼だけで充分よ」
「ヤンデレじゃなくてツンデレね、アパチャイ。ヤンデレなのはむしろ彼女の方ね」
「そもそも、別にツンデレとはそういうものでもないのだがね」
「確か、普段はツンツンして気のない素振りをしているが、単にそれは素直になれずに天の邪鬼に接する事じゃったかのう?」
(なんで岬越寺師匠や長老までそんな事を知ってるんだろう……)

剣星のみならず、この二人までそんな言葉を知っていることに若干頭が痛い兼一。
まあ、実際兼一はツンデレとは言えないので間違ってはいないのだが……。

「心配なのじゃろう、ギンちゃんの事が」
(ギンちゃんって……)
「隠す…な。隠していても話が進まな…い」
「しぐれさんまで………………」
「いい…か、兼一。師が弟子を心配するのは当然…だ、何も恥じる事は…ない。
 僕たちだって昔はたくさん心配した…し、初めての弟子なら尚更…だ」

それは確かにそうなのだろうと兼一も思う。
かつてトラウマ克服の為にしぐれと裏社会科見学に行った時も、秋雨や逆鬼は心配するあまり徹夜していた。
アパチャイに至っては、兼一を守る為に死の縁から舞い戻ってきたことさえある。
師が弟子の身を案じ、守ろうとするのは極々当たり前のこと。
兼一はそれを、師達の言葉や態度から誰よりもよく知っている。
故に、兼一もいよいよ観念してその心の内を明かすことにした。

「…………………そりゃ、心配ですよ。だって、ギンガちゃんがしてるのはああいう仕事なんですよ?
 怪我していないかとか、しっかり三食食べているかとか、ちゃんと寝ているかとか、身体を壊していないかとか、悪い男に引っかかっていないかとか…………………ああ! 考えだしたら余計不安になってきた!?」
「親バ…カ?」
「親バカね」
「紛れもない親バカだねぇ」
「アパパパパパパ♪」

段々…というか、早々に仕事とあまり関係ない方向に突っ走りだす兼一。
食事や睡眠、体調はまだしも、「悪い男」などが入ってくるあたりすっかりお父さん状態だ。
事実、こちらの世界に戻ってからの一ヶ月、あちらの様子がわからない兼一には心配以外の言葉が出て来ない。
人知れず呟いた回数は、軽く万に届くかもしれない。
何しろ、夢に出てうなされるほど心配しているのだから相当なものだ。

「兼ちゃんや、少し落ち着きなさい」
「で、ですけどねぇ! 全然さっぱり音信不通なんですよ!?」
「そりゃ向こうとは電話もつながっとらんしのう」
「これで心配するなって言う方が無理でしょ! 無理だと思いませんか? 無理に決まってるじゃないですか!?」
「正真正銘の親バカじゃな」

師達の言葉など全く聞こえていないのだろう。
いくら「親バカ」と連呼されても、兼一は気付くことなく身悶えする。
まあ、初めての弟子が可愛くて可愛くて目に入れても痛くないのだろうと思えば、彼らにも理解はできる。
そう、出来るのだ。だからこそ……

「そんなに心配なのなら、君はいつまでこんな所で燻っているのかね、兼一君」
「え、岬越寺師匠?」
「まったくね、いくら心配したって別に何も変わらんね。
 変える為にする事は一つ、一歩を踏み出すことね」
「馬師父」
「そんなに気になるなら、会いに行けばいいだ…ろ」
「しぐれさん」
「そうよ! アパチャイなんて、兼一守る為に死神さんの所からだって帰って来たよ!」
「アパチャイさんまで……」

師達の言わんとする事はわかる。兼一とて、今日まで何度ギンガの様子を見に行きたいと思ったことか。
だが、ギンガがいるのは地球上のどこの国でもない。
地球上のどこかなら会いに行く事も出来るが、別の世界とあってはそれもかなわない。
兼一には、別の世界に渡る術もコネもないのだから。
まあ、それは単に「兼一にはない」と言うだけに過ぎないとも言えるのだが。

「でも僕には、向こうに行く方法が……」
「何を言うとるんじゃ? わしの知り合いに関係者がおると言ったじゃろうに」
「そ、それはそうですけど……」
「いったい、何をそんなに躊躇っておる」
「……」

長老の言う通り、兼一は躊躇っていた。
ギンガの事はもちろん心配だ、出来るなら最後までその成長を見届けたいと思う。
それは師としての義務感よりも、彼女の成長を見ていたいと言う気持ちから。

しかし、それこそが問題なのだ。
ギンガの成長を見たいと思う。叶うなら、自分の手でその成長を促し、教え導いてやりたい。
ミッドに行くことで、その気持ちのタガが外れてしまいそうな事を兼一は恐れる。
それだけ強い思いを抱かせるほど、ギンガは良い教え子だったから。

「……………そうですね、確かにためらっているんだと思います。
だって、最後まで見届けたいって、思っちゃいそうなんですよ」
「それの何が不味いというんだい?」
「ギンガちゃんがいるのは地球じゃありません。そんな気楽に行き来できる場所でもありません。
 一度行ったらそう簡単には帰ってこれませんし、最後まで見届けたいと思ったら…尚更。
 僕は、ここを離れたくないんです。だって、ここは……」

兼一にとって、最も大切な彼女が眠る世界だから。
一時的にこの地を離れるのならそこまで抵抗はない。
だが、ギンガを最後まで見届けるとなれば一年や二年では済むまい。
そうなれば、長くこの世界から離れることになる。

それが、兼一を躊躇わせた。
確かに梁山泊への愛着はあるし、大切な友人や仲間がこの世界には多くいるだろう。
しかし、彼らはみな生きている。会おうと思えば会えるのだ、時間はかかっても。
それは師達にも、梁山泊という場所にも言える事。

ただ、もういない人はそうはいかない。
美羽が眠るのはこの世界、仮に遺影や位牌を持って行った所でその事実は変わらない。
亡き妻を一人残し、この世界から長く離れる。兼一が異世界に渡ると言う事はそういう事だ。
それに、その場合翔もそれに同行すると言う事になる。
翔を美羽の眠るこの世界から引き離す、それが兼一にはどこか裏切りの様に思えた。
だからどうしても、兼一はギンガに会いに行く事を躊躇ってしまう。

「美羽は、自分の為に兼ちゃんがここに縛られる事を望まんと思うがね」
「それは……」

死者は黙して語らない。あるいは美羽が生きていれば兼一の背を押したかもしれないが、さもありなん。
美羽が死んでいるからこそ兼一はこの世界にとどまることにこだわっているのだから、生きていたらと仮定すればとどまる理由も消失する。故に、そもそもそんな仮定こそが無意味なのだ。
だがそこで、しぐれが全く別の視点を兼一に提示する。

「兼一、お前は一つ大事な事を忘れて…る」
「え?」
「ギンガは仮であってもお前の…弟子。なら、中途半端に終わったら師匠であるお前の恥…だ。
 ひいては、それはお前に全てを授けた僕たちと各門派の…恥」
「う……」
「そうよ! アパチャイ恥ずかしいのは嫌よ!!」
「うぅ……」

考えてみれば確かにその通りで、ギンガが中途半端になれば、中途半端な弟子しか育てられなかったというレッテルが兼一にはられることになる。さらに視野を広げれば、そんな武術家にしか育てられなかったというレッテルが各師匠とその門派にも貼られてしまうのだ。武術家にとって、それは大きな恥であり汚名。
自分一人ならまだしも、師達の顔にまでは泥を塗れない。こう言われてしまうと、兼一としても大弱りだった。

「それはですね、皆さんの仰りたい事もわかりますが……」
「まぁまぁ、皆の衆。そこまでにしてやりなさい、兼ちゃんとて悩んで出した結論じゃ」
「長老……」
「そうじゃの、わしから言いたい事は一つ…………………………………………………責任を持って死ぬか大成するまでしっかり面倒見てこんかい!!! ちゅうことじゃな」
「ええ―――――――――――――――――――――――――――――!?」

それは結局、みんなが言っている事と同じということではないだろうか。
むしろ、「面倒見てこい」と思いっきり命令している分性質が悪い気もする。

「あの、長老。そこに僕の意思や希望は?」
「は? そんなもんありゃせんよ」
「やっぱし……」

ある程度予想がついていたとはいえ、こうまではっきり言われてしまうと涙が出てくる。
どうせ何を言ったところで、聞くような人ではない事は百も承知な分余計に。
しかしそこで、長老はおもむろに真剣なまなざしで兼一を見つめる。

「よいか兼ちゃん、確かにこの件に関して兼ちゃんの意思も希望も入り込む余地はない!」
「改めて断言しないでくださいよ」
「じゃがのう、ギンちゃんに教えを授けたのはお主の自身の意思じゃろ?」

その言葉に、それまで俯き肩を震わせていた兼一がピタリと止まる。
ゆっくりとあげられる顔には、どこか驚いたような表情が浮かんでいた。

「だったら……いや、だからこそ…最後まで見届けてやりなさい」

教えを授けたのは兼一自身の意思、それは紛れもない事実。
教えを授けたことに後悔はない。ギンガは、自分にはもったいないほどの教え子だとも思う。
だからこそ、長老は兼一に見届けてこいと言う。

「それに、新しい環境に身を置く事で得るものもあるじゃろう」
「人間何はともあれ慣れが怖いからね」
「確かに、魔法は兼一君にとっても未知の力。良い修業になりますな」
「その上、師匠として成長もでき…る。一石二鳥だ…ね」
「アパパパパ、四の五の言わずとっとと行くよ!」
(まったく、この人たちは……)

師達の言葉に、兼一は思わず内心で苦笑を洩らす。
恐らく、この場にいない逆鬼がいたら「一回りでかくなって帰ってこい」くらいは言ったことだろう。
兼一とて分かっている、彼らは自分が向こうに行くための大義名分を作ろうとしてくれていることくらい。

行きたいか行きたくないかでいえば、無論行きたいに決まっている。
しかし、兼一にはこの場を離れられない理由があった。
だがそれも、師の命令とあっては、兼一も逆らう事は出来ない。
そう、これは仕方のない事なのだ。故に、大人しく従う事こそが、師達への何よりの感謝の印となるだろう。

「…………わかりました。師匠達の命令とあっては、仕方ありませんね」

溜息一つ突いてそう言った兼一の顔は晴れやかだった。
同時に、それを見つめる5対の眼差しもまた、満足気だったのは言うまでもない。



その翌日。
一人美羽の墓前に立った兼一は、自身のこれからについて報告する。

「ごめんなさい、美羽さん。帰ってきてすぐなのに、またしばらくここを離れることになりました。
 次戻ってくるのはまだいつになるかわかりませんけど、次の命日には必ず戻ります。
 それまで、待っていてください」

静かに、穏やかな口調で兼一は噛みしめるように告げる。
美羽は怒るだろうか、それとも呆れるだろうか、あるいは寂しがるだろうか。
なんとなく一番最後であり、そのどれでもない様な気がする。
美羽はあれで寂しがり屋な部分があったし、嫉妬深い面もあった。
だが、この時はそのどれでもない顔を見せてくれている様な気がする。

「翔の事は心配しないで。必ず、一人前の武人に育てて見せるから。
命を賭けて大切な人を守れる、そんな強い男に。
翔を連れて行くのは、それで許してもらえますか?」

当然ながら返事はない。しかし構うことなく、兼一は墓石に語りかける。
まるで、そうすることで胸の中の気持ちにはっきりとした形を持たせよる様に。

「それから、次来る時には…………………弟子を、紹介することになると思います。
 僕なんかにはもったいない、本当にいい子なんですよ」

亡き妻の面影を思い返しながら、兼一は死者と語らう。
返ってくる言葉はないにもかかわらず、兼一には美羽が笑っているような気がした。
『楽しみに待っていますですわ』と、そんな言葉と共に。
そうして、兼一は最後に新たな誓いを口にする。

「だから、もしもの時は命を捨てて二人を守ります。
弟子を先に死なせるわけにはいきませんし、それが僕達がずっと見てきた人たちの姿だから。
…………………………それじゃあ、また」

そう言って、兼一は墓石に背を向ける。
まるでその背を押す様に、一陣の風が追い風となって兼一を押しだした。

「さて、まずはイギリスに行って長老の知り合いって人に会わないと。
 正式に向こうでやっていくためにはやっぱり職も必要だし、これ以上ゲンヤさんを頼るのも悪いもんね。
 就職くらい、自力で何とかしないと格好がつかないし」

優しく背を押す風を受けながら天を仰ぐ。その顔には、以前あった迷いはすでにない。
既に一歩は踏み出した。ならば、後はその果てまで突き進んで行くだけなのだから。




おまけ

イギリス某所。
その片田舎に構えられた、日本の住宅事情からすれば充分「豪邸」の部類に入る邸宅。
あまり客人の多くない静かなその場所を、白浜親子は訪れていた。

「父様、ここがそうなの?」
「う~ん、長老に教えてもらった住所だとここで間違いないんだけど……」

小さな紙切れを手に、兼一は梁山泊とは比べ物にならない程手入れの行きとどいた庭を前に棒立ちしていた。
正直、長老の古い友人とやらがこんな真っ当な所に住んでいる事が以外でならない。
あの長老の友人だ、中国の山奥で仙人をやってたり、忘れ去られた古城で吸血鬼でもやっていたりするんじゃないかと思ったのだが……。何しろ、あの櫛灘美雲もいい具合に妖怪じみている。あり得ないとは到底言えない。

にもかかわらず、ふたを開けてみれば拍子抜けするほどまともな邸宅に辿り着いたのだ。
兼一でなくとも、本当にここであっているのか不審に思うだろう。というか、翔も同じような認識らしい。

(まぁ、ここで突っ立ってても意味ないし、行くだけ行ってみるか。
 とりあえず、警戒だけはしておこう。長老の友達の家だ、罠があったりいきなり襲われたりしても不思議はないし。そもそも実は幽霊屋敷だったとしてもおかしくないもんなぁ……)

住人が聞けば、確実に「アレと一緒にするな!!」と激怒しそうな事を胸中で呟く兼一。
だが無理もない。過去、長老の無茶に散々振り回された経験上、そう言った警戒心を抱くのは当然なのだ。
むしろ、警戒せずに踏み込む事こそ無謀と言えるだろう。

そうして、兼一と翔が一歩踏み出そうとした時。
二人の機先を制するように、庭の先の邸宅から一人の老人が出てきた。
老人はピンと背筋を伸ばし、ゆっくりとした足取りで兼一達の方へと歩を進める。
翔もそれに気付き、兼一の服の裾を軽く引いて父に尋ねた。

「父様、あの人が曾お爺様のお友達?」
「たぶん、そうだと思うんだけど……」

外見的な年齢から考えても、長老の友人と言うのは納得がいく。
後ろへ撫でつけられた髪には大半が白くなり、立派に蓄えられた口髭や顎鬚も同様だ。
長い年月を生きた者特有の静かで落ち着いた、それでいて重厚な空気。
如何に達人とは言え、若い兼一では決して持ち得ないものをその老人は極自然と身にまとっている。
ただ、問題なのは……

(本当にあの人が長老の友達? あんな、常識的そうな人が? 
…………………………………………………いやいや、あり得ないでしょ)

身にまとう雰囲気が、あまりにも常識的すぎる。
あの長老の友人なのだから、どうせ相当にはっちゃけた人だと思っていたのに……。
兼一はその予想を全く疑っていなかったし、それは今も変わらない。
だからこそ、歩み寄ってくる人物が人違いなのではないかと思う。

とはいえ、幼く未熟な翔は気付かないあるものに、兼一は気付いていた。
その老人が、老いてなお揺るがぬ優れた戦士としての風格。
柔和な瞳の奥に潜む、幾度となく死線を越えた者だけが持つ光。
肉体の衰えの兆候は兼一とて見逃しはしないが、それとは別の所でこの老人が常人でない事を感じ取る。
そして、ついに兼一が抱いていた予想は当人によって否定された。

「遠路遥々、よく来てくれた。君達が、隼人の言っていた子たちだね」
「では、やはりあなたが……」
「ああ、私がギル・グレアムだ。話は隼人から聞いている、自慢話がほとんどだがね。
会えて光栄だ、『一人多国籍軍』殿」

老人、ギル・グレアムはそう言って兼一に握手を求めた。
何気ない仕草、無造作な動作にもかかわらず、それらは兼一をして目を見張らされるに足る。
兼一が感じ取ったように、この老人は外見通りの好々爺ではない。
醸し出される空気通り、本質的に善人であるのだろう。

しかし、その奥底に未だ牙を隠し持っている。
衰え、錆びていようとも、それでも決して軽んじることのできない牙を。
それも、力だけに頼った愚直な戦士ではなく、怜悧な頭脳を併せ持つ曲者。
その瞳を見て、兼一の眼力がそれらを見抜く。
だからこそ、兼一は彼が長老の友人であることに納得し、自然とその手を握り返す。

「こちらこそ覚えていただいて光栄です、グレアムさん。
 すでにご存じの様ですが、白浜兼一と申します。この子は息子の」
「始めまして、白浜翔です」

長老の友人と言うことには納得したが、その分下手に握手などしては不意打ちくらいは平然としかねない。
兼一とてその事は承知している。だが、それでも礼には礼を持って返さねばならない。
不意打ち覚悟で握手に応じた兼一だったが、返ってきたのは予想外のものだった。

「ふっ」
「なにか?」
「いや、あの隼人の弟子と聞いていたのだが、想像とだいぶ違うものでね」
「………………………………長老、何て言ってました?」
「『昔のわしによう似とる』と言っていたよ。てっきり、奴そっくりの非常識の権化かと思っていたのだが………君は、アイツに似ず常識的なようだ。正直………………………安心したよ」
(ああ、この人もか……)

その哀愁漂う、というか溢れんばかりの哀愁に兼一の目が遠くなる。
悟ったのだ。この老人もまた、かつての自分同様長老に散々振り回された被害者である事を。

(長老、アンタこんな人にまで何してんですか!?)
「さあ、いつまでもこんな所にいないで中に入りなさい。娘達も待っている。
 君達がアレと違って常識的と知れば、二人も喜ぶだろう。『アレみたいなのが来るのか』と鬱になっていたのでね、早く安心させてやりたい」
(すいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいません!!!)

長老が彼らに何を仕出かしたのかは知らないが、兼一はその胸中で全力を持って謝り倒す。
何しろ、グレアムが遠くを見つめる表情には年齢以上の疲労が浮かび、どんなのが来るのかと相当に気を揉んでいたことが伺えるからだ。それだけ心配される様な事を、長老がして来たということだろう。
そうなると、弟子の身としては謝り倒すより他はない。

そうして、グレアムに先導されて二人は梁山泊の母屋にも匹敵する邸宅に到着する。
ただし、その綺麗さはとんでもなくボロイ梁山泊の比ではないが。

「リーゼ、お客だよ。思った通り、隼人の所の子たちだ」
「「お邪魔します」」

玄関へと通され、二人は軽く会釈しながら入る。
中も外観同様手入れが行き届き、綺麗に整えられていた。
しかし玄関に一歩踏み入れたその瞬間、兼一の表情に僅かな緊張が走る。

「グレアムさん」
「何かな?」
「…………………………あなた、やっぱり長老の友達ですね」
「ほう、と言うと?」
「不意打ちは勘弁してくださ……」

言いきるより早く、兼一の頭上から二つの影が落ちてくる。
特に驚いた様子も見せず、兼一はただ「遅かったか」と内心で溜息をつく。

気配を殺し、隙を窺っている視線が2対あることには気付いていた。
恐らくだが、向こうも気付かれていることに気付いているだろう事も。
だから、無用な戦いは避けようと思ったのだが、間に合わなかったらしい。

(気の殺し方が巧い。隙を見せればこっちが危ない!)

まず間違いなくグレアムの関係者であろう二人が兼一に到達するまでのコンマ数秒。
その間に、兼一は相手の戦力を気配と目の端で捉えた身のこなしから推測する。
キサラに通じるものがある、どこか猫を思わせるしなやかで軽い体捌き。
野生動物にも似た荒々しさがありながら、同時に歴戦の戦巧者特有の鋭利さを併せ持つ独特の気。

それら一つ一つが、相手の実力が侮れないものである事を知らせてくれる。
間違いなく、個々の戦闘能力はギンガとは比べ物にならない。
一人でもそれだけの戦力を持つ相手、それが二人。それも、非の打ちどころのない連携がなされている。
片や接近戦を得てとし、片や遠距離戦を得手とするのだろう。
それぞれがそれぞれにとって得意な間合いを取り、互いに相手を邪魔せず、むしろサポートし合える位置取り。
それだけでも、相手の力量が生半可なものでないことは明らか。

不意打ちを仕掛ける二人の方を向くまでの僅かな時間で、兼一はそれらを看破していた。
そして、二人のうちの一人。接近戦を得手とするであろう方は、着地すると同時に兼一に突きを放つ。

恐らくは貫手、刃物の様に鋭い爪が兼一の眉間に迫る。
だが兼一は微動だにせず、構えすら取らない。
その薄皮に触れた所で、まるで不可視の壁に阻まれたかのように爪が止まる。
続いて放たれたのは、攻撃でも戦意でもなく、静かな疑問だった。

「…………………………………………なんで、応戦しようとしないんだい?」
「あなたと戦う理由が僕にはありません」
「いきなり攻撃されたのに?」
「不意打ちはいきなりやるものですよ」
「あたしが振り抜いていたら、アンタ死んでたかもしれないよ」
「そう簡単に死ぬようなやわな鍛え方はしていません」
「こっちはそれも承知の上でやってるんだ。殺せるだけの一撃のつもりなんだけど?」
「でも、あなたは止めたでしょう?」

険しい顔で問いかけるショートヘアの女に対し、兼一は笑顔すら浮かべながら応じる。
まるで、そうすることが分かっていたかのように。
まあ、微妙に震えながら言っても説得力に欠けるのだが……。

しかし実際問題として、もし女がその突きを振り抜いていれば兼一とて無事ではなかった筈だ。
兼一には正確に感知する術がないが、女の爪の先には高濃度に圧縮された魔力の刃がある。
如何に異常なまでの耐久力を誇る兼一とは言え、これを受ければどうなったことか……。

達人は確かに常軌を逸している。しかし決して不死身でも無敵でもない。
相応の威力さえあれば、斬れば血を流すし銃弾は身体を貫通する。
先の一撃には、兼一の頭蓋貫けるだけの威力があった。
魔力を感知する術を持たない兼一だが、彼の研ぎ澄まされた武人の勘はそれを知らせている。
その上、彼女の背後に同じ顔立ちの髪の長い女性が構える何かからも相応の危険を感じていた。

だが、それでもなお兼一は構えない、応戦しない。
今は、兼一にとって戦うべき場ではないのだから。

しばし流れる沈黙。
それを最初に破ったのは、やや離れた所に立つ髪の長い女性だった。

「もう良いでしょ、ロッテ」
「…………わかったよ、アリア」

髪の長い女性はゆっくりと構えを解き、見えない何かも霧散する。
兼一の眉間に爪を突きたてていた女性も、その一言で矛を収めた。
緊張し、押し黙っていた翔も、馬の雰囲気が変わったことに気付き息を吐く。

「ふぅ、腕を見るつもりだったんだけどねぇ……」
「満足、していただけましたか?」
「満足なんかしちゃいないさ。でも、毒気を抜かれちまったよ」

アリアとロッテは互いに肩を竦め、呆れたように溜息をつく。
こうまで真っ正直に交戦の意思を放棄されては、彼女達としても矛を収めるより他はない。
元々、兼一の腕前を知る為に仕組んだ事なのに、その思惑自体をへし折られてしまったのだから。
だが、それでもわかった事がある。

「だから言ったろう。隼人が認めた男だ、試すまでもないと」
「まあ、そりゃそうなんだけどさぁ」
「でもまさか、防御すらしようとしないとは思いませんでした」
「確かに、意外と言えば意外だったが……おかげで良いものが見れたよ。
 戦わずして制する、まさに武の本懐だ。リーゼ達が止まることを見越していたのだから、充分さ」

そう、腕など見るまでもない。一切の武を振るうことなく、彼らに認めさせたのだ、その力量を。
人間と言うのは、わかっていても危険が迫ればつい体が反応する。それは生き物として当然の物。
それを抑えることは生半可なことではない。それが出来ただけでも、兼一の力量を示すには十分すぎる。
これ以上、何を試す必要もない。まあ、試しても兼一が応じないと言うのもあるが。

「すまない。我々としても、君の実力が気になった物でね」
「まあ、お気持ちは分かるつもりです。
ですが、こう言う戯れは師匠達だけで充分ですから、これからはやめてください」
「心しておこう。私達も、君を敵には回したくない」

こうして、兼一はかつての時空管理局の重鎮「ギル・グレアム」と面会の席を持つこととなる。
そこでグレアムは一つの条件を出し、その対価として兼一の要望をかなえることを約束したのだった。






あとがき

はい、そんなわけで白浜親子は再度次元世界に向かいます。
今度は事故ではなく、自分自身の意思で。
まあ、108に配属になった微妙な時期の新しい局員が誰かは言うまでもありませんよね。

しかし、なんでまた6課の方に行くことになってしまっているのかは、次の話で。
原因はグレアム、まあこれで何も言わなくてもわかりますけどね。
なので、次でギンガとの再会をやって、その次から6課に合流の予定です。

とりあえず、次でギンガは正式な兼一の弟子へとクラスチェンジ。
これまで以上に容赦のない修業が待っています。
そんなわけで、次回BATTLE 12は「地獄巡り 内弟子編」。
ギンガ、ようこそ地獄の一丁目へ。今までいたのは地獄の入口でしかなかったのですよ。
ところで、この場合「Go to Hell」と「Fall in Hell」。どっちの方がいいと思います?



P.S
最後の方を少々追加しました。
本当は次の話の冒頭部分にするつもりだったのですが、急遽変更してこちらの末尾に移しました。
思いの外長くなった上に、書いているうちにタイトルの後の所も冒頭っぽくなってしまったのが原因ですね。
この調子だと、次の「内弟子編」が比率的にとてもそう呼べないものになりそうだったのです。
まあ、なくても良いと言えばなくても全く問題ない部分なんですけどね。
基本、やりたいものは全部放り込む方針なものですから……。


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